【執筆開始】
春大会に向け、台本の執筆を始めた週の日曜の朝。
普段であればテレビの前でスーパーニチアサタイムを満喫している時間帯なのだが、どう言うわけか、俺はろくに服の詰まっていない、自室のクローゼットの前で頭を抱るはめになっていた。
「デートって……何着てきゃいいんだ……?」
どういうわけか俺は、六花と二人で、千葉有数の大型ショッピングモールへと、デートをすることになっていた。
時は一昨日。金曜にまで遡る。
◇
南部長に、「面白い台本書いて文句言う奴全員ぶっとばしてやるぜぇ!」と啖呵を切り、台本の内容を練り始めた矢先ではあるのだが……俺はすでに俺は悩んでいた。
その主な原因は、果たして、どんな御伽噺をベースにするのか、という点だ。
御伽噺の路線を取り入れる以上、ヒロインは赤ずきんや白雪姫といったキャラクターをモチーフに取り入れるのが好ましい。しかし、それが、六花が演じるところを想像してみると、どうにもしっくりこない。
最有力候補は、御伽噺界の王道、シンデレラだったのだが、シンデレラという、地味な服を着せられ、継母にいびられる立場から、王子の妃にまで転身する、成り上がりの代名詞であるシンデレラは、一眼でその存在感がわかる、六花にはまらないと感じたのだ。
それ故に、俺は、六花の魅力を最大限引き出せるのか、について頭を悩ませ、六花の様子を観察していた。
「狭間くん、どうかしたの?」
「ああ、まあ台本のことでちょっと悩んでてな」
「ひょっとして、スランプってやつかい?」
聞きなれない単語なせいで、真っ先にドクタースランプという響きが頭をよぎる。
鳥山明の漫画は、ドラゴンボール後半のような白熱の戦闘も大好きだが、ドラゴンボール初期や、それこそアラレちゃんのギャグシーンも大好きだぜ、俺は。
「そこまで深刻なもんでもねぇよ。まだ考え始めたばっかだしな」
「じゃあ、それでも思いつかなかったら、いよいよスランプってわけだね」
「嫌なこと言うなよ……。ま、そうなったら、いつもみたいに気分転換に外出て、映画見に行って──で、どうにかするさ。そうだな……最近行ってないし、日曜辺り久々に何か観に行くか……」
さて、今は何が上映していたんだっけか、とスマホを取り出そうとすると、六花がキラキラと目を輝かせていた。
「映画……! 長太郎くん、ボクも一緒に行っていいかな」
「あー……」
映画は一人でニヤニヤしながら観る派の俺ではあるが、こうも期待に満ちた表情を向けられては断りようもない。
「いいぞ。一緒に行くか」
「(やった……長太郎くんとデートだ……!)」
小声でつぶやく六花を横目にふと思いだす。
そういえば、男女が二人で事前に予定を決め、休日に会うことを、世間一般では『デート』と呼ぶのだったな……。
俺──デートするのか───?
◇
そんな経緯もあって、今一度クローゼットの中を見渡してみるが、目に入るのは積み上がったラノベや漫画、おまけにガンプラ。さらに隅の方には黒いローブや指抜きの手袋、そしていつだかに己の手によって生み出したオリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』など、スペースのほとんどをオタクグッズが占有しているばかりで、肝心の服は、といえば、隅のほうに、申し訳程度に置かれた、引き出し式の衣装ケースが何段か積み上がっているだけだ。
当然、衣替えなんて概念は存在せず、春夏秋冬をこの中の服だけで駆け巡っている。
そして中を開ければ見渡す限りのユニクロユニクロユニクロGユニクロユニクロGUユニクロ。
もはや何もいうまい。
ウン万の服や靴を買う人間はもはや異なる生態系で生きる別種の生物なのだ。
衣服は高くて三千円がモットーだが、三万で買ったベルトだったら持ってるぞ。
バックル部分のコウモリが最高にイカしたデザイン、
しかも光って、鳴って、杉田智和の声で喋るやつが。
ま、そもそもの話、今日の相手は通りすがれば誰もが振り向く、ハイスペックどころか、オーバースペック美少女の六花さんだ。
例えジェケットでビシッと決めたところでどうにかなるレベルじゃない。
まさに月とすっぽん、天と地の差である。
結局、グレーのロングTシャツに黒いスラックスという、休日にブックオフに出かける時と全く変わらない格好で俺は家を出ることになった。
待ち合わせ場所である久城駅まで電車で揺られながら考えるのは、もっぱら、六花がどんな私服を着てくるのか、ということだ。
六花のことだ、どんな服を着ても似合うだろうが。
うむ。世間一般で、おしゃれと認識されているようなストレートなファッションでくるのか、はたまた、そのボクっ娘という特徴をフルに活かし、ボーイッシュなパンツスタイルの可能性も…………アリだなアリ。大いにアリアリだ。
俺の心の中のブチャラティもそう言っている。
そんなことを考えながら電車を降り、待ち合わせ場所である改札内のベンチのへと向かう。
すると、こちらに向かって手をぶんぶんと振るう六花の姿が見えた。
「あ、長太郎くん、もっはろー!」
いつも通りの挨拶。そして、いつも通りなのは挨拶だけではなく、服装に関してもそうで、俺の勝手な想像とは裏腹に、六花はいつも通りのブレザーにスカートと、制服姿だった。
そんな俺の疑問を察したのか、六花は申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、その、ボク、あんまり外に着ていけるような服持ってなくて」
そうは言っても、全くの一着も持っていないということはあるまい。六花なら何を着たとしても似合うのだろうし、正直に言えば、せっかくだから私服姿の六花を見たかった、という気持ちもある。
だがまあ、そこに関しては本人のこだわりもあるのだろうし、俺がとやかく言うことでもあるまい。
「気にせんでいい。というか、そういう話で言えば、今の俺だって人に言える立場ではないしな」
そういって俺は、両手を広げてユニクロフル装備を見せつける。
「せっかくなら今日六花の服も見るか?」
「嬉しい提案だけど……いいのかい? ボクが勝手に長太郎くんの外出についてきただけなのに」
「ああ。服の買い物なんて、自分じゃしないからな。むしろ新鮮でいい経験になる」
「そう言うことなら、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな。
「ああ。荷物もちならまかせとけ」
そう言うと、六花はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「じゃあ、そっちもお願いしちゃおうかな」
◇
ショッピングモールに着くと、予定通り映画館へと向かう。
映画館のフロアに足を踏み入れると、キャラメルポップコーンの甘ったるい匂いとホコリっぽい匂いが混ざったような、独特の空気が鼻腔をついた。
六花は物珍しそうにあたりをきょろきょろ辺り見回していた。
「おー……! ここが映画館かぁ……!」
「ひょっとして、来るの初めてか?」
「うん。実はそうなんだ。なんかいいね、独特の雰囲気があるっていうか」
「それ、わかるなあ……」
ホコリの匂い、なんて表現をしたものの、俺は結構、この映画館特有の雰囲気が好きだ。
特に、黒の目立つ空間の中に差し込んでくるオレンジ掛かった照明加減なんか最高だ。
「それで……長太郎くんが観たい映画はどれだい?」
「ああ。あれだ」
そう言って俺は、宇宙服を着た男が一人、真っ白な背景に佇んでいるポスターを指さした。
難解で斬新なストーリーの超大作だと、ことあるごとに聞いていて、いつか見ようと思いながらも見れていなかった映画だったが今回のリバイバル上映にかこつけて、ようやく重い腰をあげることにしたのだ。
「これは……いわゆるSFってやつかな?」
「ああ。なんでも、ストーリーが、何度も見返さなければ把握しきれないほど難解らしくてな。そんなもんを六花と一緒に見るのはどうかとも思ったんだが、むしろ、六花ならひょっとして一回でも理解できたりするのかとも思ってな」
問題文を読むだけで答えがわかる少女VS超難解SF映画。
いったいどうなるのか。
「なるほど。あんまりこういうの見たことないからわかんないけど……それ、面白そうだね」
「じゃ、終わったら感想会だな」
そう言って六花の方を見ると、フードを販売している売店の方を見つめていた。
「長太郎くん、あれ……!」
その先を聞かなくとも、六花の言わんとしていることはわかった。
「おう。ポップコーン、買うか」
「うん!」
フード販売の列に並びながら、今日は何味を頼もうか、と考える。
やっぱりここはど定番の塩味にコーラだろか。うん。いいな、定番最強だ。
そうこう考えているうちに、注文の番が来た。
「ああ、六花から頼んでいいぞ」
「うん……でも、塩もキャラメルもどっちも美味しそう……でも二つは食べきれないし……どうしよう……」
…………それは困った。由々しき問題だ。
六花が決めきれずに迷っていると、そこに、店員が助け舟を出した。
「では、こちらの二種類の味が選べるペアセットはいかがでしょうか」
「じゃあそれで![#「!」は縦中横] 長太郎くん、いいかな?」
それじゃあまるでカップルみたいじゃないか、と思ったが、よく見れば、一人ずつ頼むよりもこのペアセットのほうがいくらか安い。
これで、断るという選択肢はなくなったわけだ。
「……ああ、別に構わん」
──だが、座席に座り、ポップコーンを俺と六花の間にあるドリンクホルダーに置いて、ふと気づいた。
これ、このポップコーンの位置。
さては鑑賞中に手がぶつかってドキッとときめいてしまうあのイベントが発生するあれでは?
それでもって、なんだかいい雰囲気になった二人は手なんか繋いじゃったりして……というアレでは⁉︎──と。
あれ? でもそれだと、ポップコーンを摘んで油でベトベトになった手で握り合っていることにならないか?
うわぁ……。そう考えたらこのイベント、あんまりいいもんでもなさそうだな。
……まあ、それがわかっている以上、そんなイベントは発生する余地は無くなったが。
映画が始まると、その没入感に、気づけば俺は食い入るようにスクリーンを見つめていた。
中盤を超えた頃だろうか。
ハラハラが続きっぱなしだった展開もひと段落し、ようやくホッと息をつく。
すると、自分が随分のどが乾いていたことに気づく。
……そう言えば、映画が始まってからは飲まず食わずでずっと見入っていたのか……。
この目の離せなさ。さすがは数々のレビューサイトで持ち上げられているだけある、といった感じだ。一瞬たりとも目が離せない。
俺は、視線をスクリーンへと固定したままコーラをすすり、ポップコーンへと手を伸ばす。
すると、手がこつん、と何かに当たった。
俺は反射的に視線を向けた。
映画が始まって以来、スクリーンから目を離すのは、初めてのことだった。
───目と鼻の先に、天使のように安らかで慈愛に満ちた微笑みで、俺のことを見つめる六花の顔があった。
ドクン、と心臓が力強く脈打った。
「(あ、やっとこっち見てくれた)」
「(……まあそりゃ、映画だからな……)」
そりゃあ、スクリーンの方ばかりみることになるはずだ。
「(……ふふ、そうだね。ボクも、集中してみてみよっと)」
そう言って六花は視線をスクリーンに視線を戻す。
俺も、今しがた乱れた呼吸を整え、視線をスクリーンへともどす───はずだった。
俺はなぜか、画面を見つめる六花の横顔から、目が離せなかった。
脈拍も、落ち着かせるどころか、どんどんと速く、そして強くなっていき、大音量の効果音が鳴り響く部屋の中、なお、その鼓動は自分の耳に届くほどだった。
先ほどまであれだけのめり込むようにしていた映画。
だが、今は六花の横顔を見る方を優先するべきだと体が言うことを聞かない。
結局俺は、エンドロールが流れ始めるそのときまで、六花の青い瞳に吸い込まれるように、彼女のことを見つめ続けていた。
「んん〜」
六花が伸びをしただけで、ドクンと、また心臓が跳ねる。
そんな彼女を見ていると、ふと、疑問が湧き上がってきた。
『俺はポップコーンへと手を伸ばしたとき、六花はなぜ、ちょうどそのタイミングで俺の方を見ていたのか』。
───ひょっとして、六花はあの瞬間までずっと、スクリーンではなく、俺の方を見ていたのではないか。
今の今まで六花の横顔を見つめていた、俺のように。
それに気づいたとき、俺は、自分の顔が急激に熱を帯びていくのを感じた。
映画館の暗闇に、これほどまでに感謝したのは初めてのことだった。
◇
「ん〜面白かったー……。長太郎くんの言った通り、内容は結構難しかったけど、でも、それを理解しながらみると、すっごく練り込まれた映画なんだなー……って思った」
映画館を後にした俺たちは、歩きながら話していた。
「六花、あの一回で内容把握できたのか……?」
「うん。それでも、初めの方はつい長太郎くんの方ばっかり見ちゃって、見落としてる部分もあるかもだけどね」
「そ、そうか……」
「長太郎くんは? どう、面白かった……?」
「いや……、実はその、俺も……、後半は六花のことが気になって……全然内容が頭に入ってこなかった」
「そ、そっか……そうなんだ」
六花が顔を赤らめ、指先をいじいじと絡める。
ああ、これは駄目だ。
さっきから──映画館で、六花も俺のことを見ていたのだと気づいたときから──やけに六花が可愛く見えてしょうがない。
ようやくわかった。俺は今まで六花のことを、ボクっ娘だの、白髪碧眼だの、天才美少女だの、まさしく二次元のキャラクターを好きになるような感覚で見ていたところがあったのだろう。
たった今。それがわかった。
そして、その事に気づいた理由も明確だった。
───俺は、六花のことが、一人の女子として好きなのだと、ようやく自覚できたからだ。
ミステリアスな雰囲気を持ち合わせていながら、俺のことを気にかけてくれる彼女のことを、好きにならないはずがなかったのだ。
「でも、それじゃあ台本の参考にはならなかったよね」
「いや。そうでもない。寧ろ大収穫だ」
また一つ、新しい六花の魅力を知り得ることができて、なにより、最高に魅力的なキャラとして、台本に六花を登場させたいという気持ちが、モチベーションが、今の俺を満たしていた。
◇
昼食を済ませると、第二の目的である、六花の服選びを始めることにした。
リッカは特にこの店に行きたい、という要望のはないようで、現在は、ひとまずぶらぶらとモール内を歩くことにした。
「なんか、どういう系の服が欲しい、とかそういうのはないのか?」
六花は「うーん」と顎に手をあてる。
「かわいいやつ、かな」
「大分ざっくりしてんな……。こう……ほら……かわいいにもジャンルとかあるだろ、なんかこう……ナチュラル? とあほら、地雷系……? とか。そういうのはないのか?」
自分の中の絞りカスのようなファッション知識を捻り出す。
「うーん、正直、自分がどんな服が好きかとか、あんまり分かんないなな」
「そうなのか?」
六花は、照れ臭そうに、後頭部を撫でながら言う。
「うん。だから今日もこうやって制服なわけでして……面目ない」
「じゃ、致し方ないが、店員に頼むか。六花なら大抵の服は似合うだろうし、気に入った服選んで行けばいいだろ」
「それと、長太郎くんが気に入った服もね」
六花はウインクすると、服屋へと小走りで向かった。
そこから、目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返した。
なまじ、どんな服も似合ってしまうので、決まらなかった。
あとはもうお財布との戦いだな、これは。
そして、気づけば俺たちはモール内をほとんど一巡していた。
「いやあ、ごめんね、ボクの買い物に付き合ってもらっちゃって」
「別にいいぞ。退屈してないし。多分、あそこが最後になるかな」
驚いたのは、これだけ自分には関係のない買い物に付き合って、足回りこそ疲労を感じはじめているものの、飽きが襲ってきていない、ということだ。
ジーンズだったり、ビッグシルエットのシャツだったり、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だ。
店に入ると、グリーンのメッシュが入った明るい茶髪を、後ろでフレンチクルーラーみたいな複雑なお団子に結った店員が出迎える。
左肩だけが露出した、左右非対称な服を、違和感なく着こなしているあたり、さすがは店員。
「いらっしゃいま……かっっっわい…! モデルかなんかやってます⁉︎」
「やってない……ですけど」
「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」
なんだこの押しが強いどころか推しを前にした反応の店員は⁉︎
名札を見ると、店長と肩書きが書かれていた。なるほど、通りで個人的な趣味で安くしよう、なんて言い出せるわけだ。
「え、えーと……モデルはちょっと……、試着はいいですけど」
「わかりました! じゃあとりあえず、これとこれと……」
そういって、売り場からコーデ一式を素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。
「とりあえずこれに着替えてもらっちゃっていいですか? その間に他のコーデもいくつか揃えておくので!」
「は……はい」
六花があれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまたので、仕方なく、フィッティングルームの前で、着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を見繕ってきた話しかけてくる。
「」
コート、オーバーオール、ワンピース、ふんわりとしてスカート(フレアスカートというらしい)、時にはベレー帽やメガネを合わせたりしながらいろいろな姿を見ることができたのは嬉しい誤算だった。
本当に、どれも似合っていた。試着にどれだけ時間がかかっても。いつもの飽き性は鳴りを潜め、楽しいとすら感じていた。