ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、ボクが下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

『当たり前だろ。……それでも、屋上に呼び出しってのは流石に驚いたが』

 

 親しい異性からの呼び出しの手紙。イタズラでもなければ、それが意味することは一つだろう。

 

『春乃が四月に転校してきてからもうすぐ一年か……。初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

『もちろん。忘れるわけないよ、幼少期からの趣味としてやっているスカイダイビング中にこの後転校先となるこの中央高校の校舎傍に生えた二十メートルの大木にパラシュートが引っかかって身動きが取れなくなってそのま真っ逆さまに落ちたところを……ぜぇ……はぁ……ところを…………しょ、翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 

 ◇

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 やたらに通りの良い、ハスキーな叫び声が部屋中に響き渡る。

 その声は当然俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒、南希望(みなみのぞみ)部長によるものだった。

 

 部長は後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書いてきた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』を容赦なく、部室の床に叩きつける。

 

 パシーーーン……!

 

 紙束ゆえに、それは決して大きな音ではなかったが、作者である俺にとっては紛れもなく、開戦のゴングだった。

 

「人の台本に何してくれてんですかーーーーーーーー‼︎」

 

 ◇

 

 ──春休みも始まろうかという三月半ばの部活終わり。

 俺は部室に残り、部長に昨晩できたてホヤホヤの台本をチェックしてもらっていた。

 

 部室とはすなわち、この千葉県立久城高校の滅多に使われない視聴覚室を占領……もとい。間借りしている演劇部の部室のことだ。

 

 普通教室の倍の面積はあろうかという広さに加え、床には緑色のカーペット。防音のために無数の穴が空いた壁は温もりのある木製で、極め付けは、部屋の奥に横幅いっぱいに広がった教壇。

 高さ三十センチほどの高さのそれは、ステージと呼んで差し支え無いものだ。

 そして、その両脇をパーテーションで覆ってしまえば、正面からは覗くことのできない空間、いわゆる舞台袖ができる。

 今は長机とパイプ椅子がところせましと並べられているが、机を全てとっぱらい、椅子だけをずらりと並べれば、即席舞台の完成となる。

 うちの部はそこそこ人気があり、文化祭の時には全ての席が埋まり、立ち見席まで用意する必要があるくらいだ。

 

 ……そして、その演劇部をまとめる部長こそ、黒髪ポニーテールに鋭い目つき。そして何より、容赦なく人の書いてきた台本を叩きつける残虐性を持ったクールビューティーもとい、バイオレンスビューティー、南部長である。

 学年は俺より一つ上の二年生。

 と言っても、じきに新学期になるため、すぐに部長は三年生に、俺、狭間長太郎(はざまちょうたろう)もその例外に漏れず二年生となるわけだが。

 

 ……だがしかし。いくら先輩で部長といえど、ろくに内容を読みもせずにこんな仕打ちをされては、こちらも動かざるを得ない。

  

「冒頭のシーンすら読み終わってないのになのに「読んでられるかー!」はないでしょう! いったい何が気に入らないんです⁉︎」

 

 問い詰めてみるも、部長も一歩も引く様子はなかった。

 

「気に入らないもなにも、こんな甘々で恥っずかしい台詞言えるか‼︎ それになんだこの設定! なんだこの説明台詞! そもそもなんだこの『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』ってタイトルは! ラノベタイトルにも程があるだろう‼︎」

「ウチの演劇なんてこのくらい分かりやすくていいんですよ! どうせウチの演劇に芸術性とか伝統を求めて観に来る人なんて一人もいないんすから!」

「おいお前それは! …………まあそうだが…………」

 

 そう。そうなのだ。

 演劇と聞くと、堅苦しくてお高く止まっていて、敷居が高くて……と、そんな風な印象を抱かれていることが多いが、その点で言えば、ウチの部は全くの逆である。

 

 その作風は、ドラマよりもむしろ、アニメやマンガのそれ近い。二・五次元っぽい、といえば、いくらか伝わるだろうか。

 衣装部屋には、あからさまなコスプレ衣装こそないものの、明らかにコスプレ用であろうカラフルなウィッグが立ち並んでいるという有様で、なにより、今まで全く演劇に触れて来ず、唯一の接点は友人に借りて観た、某テニスで王子様なミュージカルくらいなものだった俺が。

 ──マンガアニメ、ラノベ。そうした物語を愛していることだけが特徴だったオタクが。それなりに充実した一年間を過ごすことができた、と聞けば、いかに俺のような人種に優しい部活なのかが伝わるだろうか。

  

「まったく、やれやれですよ。読み合わせなんだから、最低限読み合わせてくださいよ……」

 

 わざとらしく肩をすくめ、部長に言う。

 

「そのやれやれをやめろ。……いやな、それはわかってる……分かってるんだが……」

 

 南部長はなぜか、不機嫌な表情を浮かべるでもなく、なぜかもじもじとしていた。

 

「……? 何がそんなに気に食わないんです? 差別とか際どい描写とか、あと●●●とか××××みたいなシーンも書いてないですよね」

「そういうことさらっというな! びっくりしたろうが!」

 

 部長は、観念したかのように、「はぁ」とため息をつくと、ゴニョゴニョと何か言いはじめた。 

 

「…………だよ」

「えーと、すんません。今なんて……?」

「…………恥ずかしいんだよ! 演技でも、その、『好き』とか言うの……。何回も言わせるな!」

 

 部長は顔を真っ赤にしてこちらをキッと睨みつけてくる。

 そして不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった俺がいた。

 ……台本床に叩きつけられたばっかなのにも関わらず。

 ……チョロすぎるだろ、俺。

 

 そんなことを考えていると、部長が仕切り直すかのように、クレームを再開させた。

 

「というか! この一連のセリフ……文字量の多さに圧倒されて見過ごしてたがどういう状況だよ……!」

「と、いいますと?」

「校舎脇に都合よく二十メートルの大木があるのも無理があるし、何より、よりにもよってそこにパラシュートが引っかかるって……どう考えてもおかしいだろ!」

 

 部長が必死に主張してくるが、正直俺はどこがツッコミどころなのか、あまりピンときていなかった。

 自分の書いた作品だからだろうか……それとも、徹夜明けだからだろうか。

 どっちもな気がするするなぁ。

  

「でもほら、実際うちの校舎の脇にもでっかい木生えてるじゃないですか」  

「でかいといえばでかいが……あれ、それでも十メートルないくらいだろ。なのに二十メートルってお前、そんなガンダムよりでかい木が校舎脇にあってたまるか」

 

 そう言われてみれば確かに。

 校舎の真横に常時ガンダムサイズの大木が並んでいるところを想像すると、明らかにアンバランスだった。

 ……というか部長、よくガンダムのスケールなんか知ってたな。

 

「まあ正直、正直木の大きさについてはどうでもいいっちゃぁどうでもいいけどな。なにせ、舞台化するとしても実際に二十メートルの木を用意するわけじゃないし」

 

 あっけらかんと言い放つ部長。

 そこはどうでもいいのかよ……。

 そう思った矢先、部長は眉間を揉みながら言う。

 

「…………だが、登場人物二人とも、普通の高校生っぽいのに、パラシュートはどう考えてもおかしいだろ‼︎ 一体何があってこの発想に至ったんだ⁉︎」

 

 肩を掴む勢いで詰めてくる部長を避けつつ、俺は答えていく。

 

「まあ一旦落ち着いてください。それを説明するには、まずこの台本のコンセプトから説明する必要があります」 

「コンセプト?」 

「ええ。この作品のコンセプトはずばり、主人公とヒロインによるラブコメです。それも、三角関係みたいな”誰とくっつくのか”が醍醐味の作品じゃなくて、主人公とヒロインが”どう言う経緯でくっつくのか”を見守るタイプのラブコメです」

 

 前者で言えば『五等分の花嫁』や『やはり俺の青春ラブコメは違っている。』などの作品が。

 後者で言えば『宇崎ちゃんは遊びたい!』や『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』などが該当するだろう。

 

「誰と誰がくっつくのかは初めから分かりきってる以上。必然的に主人公と、なによりヒロインに魅力に気合いを入れ必要があるわけですよ」

「ほう」

「それで俺は考えたんです。魅力的なヒロインとはなにか、と」

 

 俺は一呼吸置いて、結論を述べた。

 

「ヒロインはやっぱり、空から降ってくるべきなんですよ」

「…………は?」

 

 部長から、間の抜けた声が上がる。

 

「ほら部長『ラピュタ』思い出してください。神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる神秘的な少女。なんと衝撃的で情緒に満ち溢れた出会いなことか……。あれこそボーイミーツガールとしての理想の出逢いですよ」

「………ああ…えーと……?」 

 

 部長は未だ混乱しているようだった。

 仕方がないので、部長の言いたい事を汲み取って、俺が代わりに話すことにする。

  

「ええ、部長の言いたいことはわかります。「お前の好きな、現実が舞台の青春ラブコメじゃ、空からヒロインが降ってるくるなんて展開は無理だろ」ということですよね」 

「思っとらん思っとらん」

「で、その問題を解決しうるのが、魔法も超能力も使わずに空から生身で降下できる手段、パラシュートというわけです。ご理解いただけました?」

「一応はな。……正直、そこまでこだわるなら、パラシュートよりももっと自然な方法があっただろ、と思わなくもないが」

 

 部長は台本を拾うと、軽く埃を払った。

 

「……いきなり叩きつけたのは悪かったよ。正直こんなん書いてくるお前もお前だとは思うが……。まあいい、これは後で読んでおく」

 

 結局、部長は最後まで引き下がらなかったな。ここらが落とし所なのだろう。

 

「でも一人で読むんですか? 掛け合いがキモの台本なんですから、二人でやりません?」

「……お前、そんなに私とイチャイチャラブコメがしたいのか……?」

「あー、そう言われると別にいいかな、って気になってきますね」

「よしわかった。はっ倒す」

 

 部長が右手を高々と振り上げる。

 でも今の質問、「はい」と答えてもそれはそれではっ倒されそうだな……。詰みだったじゃん……。

 

「はっ倒さないでください。ほら、アレですよ? そういう気が早いところが、男子が寄り付かない原因なんじゃないですか?」

「ああん?」

 

 やべっ、地雷踏んだ。

 つい先ほどまで、丸く収まりそうな空気だったのが一転。

 部長は、ただでさえ鋭い目付きを更に吊り上げて、俺を見つめていた。

 思わずドキドキしちゃうね。これが恋かな。或いは命の危機。

 

 その切れ長の目と、ハスキーな声、そしてすらりとしたスタイル。これらを有している南部長は女子からモテる。

 それも、仲間内のノリや雰囲気で持ち上げられてるタイプじゃなく、机の中にラブレターが入ってたりするタイプのガチなモテ方をする。

 しかしながら、本人にその気はない上、その反動として、男子からは距離を置かれる一方のようで、そこらの女子高生らしく、彼氏欲しいだの何だのとぼやいている姿をよく見かける。

 

「狭間ぁ……お前こそ、先輩を煽り散らかす腐った根性してるから一向に彼女ができないんじゃないのか……?」

 

 ドスの効いた声で問い詰めてくる部長。

 めちゃくちゃ怖い。

 

 ……確かに。俺に彼女はいないし、その原因の一旦が、部長の言う腐った根性とやらにあることは事実だろう。

 

 だが……だがしかしである。部長は一つ、重大な思い違いをしている。

 

「彼女を作ろうなんざ、一ミリも考えてませんよ。俺をそこらのパリピウェイどもと一緒にしないでください」

  

 真っ直ぐに部長を見つめて告げる。

 

「──俺は、空から降って来た美少女と運命的な出会いでもしない限り、三次元の彼女を作る気は全くないですよ」

「……妖怪こじらせオタクめ…………」

 

 部長が引き攣った顔で言う。

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は……。

 

 当然ながら、空から降って来るボクっ娘美少女など、この現実には存在しない。

 つい捻くれた言い方をしてしまったが、とどのつまり、三次元の彼女など不要。そう言うことである。

 

「狭間、どうしてそう歪んでしまったのか……」

 

 なぜか頭を抱える部長。

 入部から約一年。無意識に行えるくらいに鍛えた腹式呼吸を利用し、息を思いきり吸い込む。

  

「そこまで言うなら敢えて言いましょう。……三次元の恋愛なぞクソくらえだ‼︎‼︎」

「うるっさ!」

 

 三次元の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変わるわ、今の彼氏より良い相手が現れたらサクっフラっとと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわ……! 

 考えただけで胃液が沸騰しそうなくらいだ。

 

「……まあ、全員が全員、クソじゃないってのは、重々承知しているつもりではありますけどね。……それでも、面倒事を引き寄せる可能性がそれなりにある以上、三次元の恋愛なんざ、する気はおきませんね」 

「……あー、なんだ、そんなお前でもそのうちあるんじゃないのか? 運命の相手が見つかる……みたいなの」

「そりゃあきつい冗談ですね。やっぱ二次元ですよ二次元。もしくは絶対に裏切られない関係。ま、そんなもんはないですけど。……あー……早く、人間が脳みそだけの状態でホルマリン漬けにされて、都合のいい夢だけ見せてくれる時代とかこないですかね」

 

「想像するだけで恐ろしいことを言うんじゃない、ディストピアにも程があるだろ」

 

 部長が呆れた視線を向けてくる。

 

 

「ところで狭間。一昨日まで、別の台本書いてたよな。確か……『白雪王子』とかいうタイトルだったか」

 

 白雪王子。その内容は、少年漫画版白雪姫とも呼べるもので、白雪王子の才能に嫉妬した隣国の王子の陰謀により、無実の罪で王宮を追放された白雪王子が、七人の小人ならぬ七人の少女たちの協力を得てその地位に返り咲く……という話だ。

 

「……あー、そういえばそうでしたね」

「そっちはどうした……?」

「はい。気に入らなかったのでデータ消しました」

「消したって……はあ⁉︎」

 

  消した理由は、衝動としか言いようがないだろう。

  

「おとぎ話をベースにすると、書きやすいし、集客もウケもいいんですけど……。俺自身は別におとぎ話に興味あんまりないですし、」 

「やっぱり書きたいものがあるなと思って書いてきました。昨日一二時間ぶっ通しで」 

「……はあ⁉︎ 昨日ってお前、だって睡眠時間……さてはお前徹夜したな⁉︎」

「ええ。マジの一睡もしてないです。だからもう眠くて眠くて」

「それでか。今日妙に頓珍漢なことばっか言うのは。……いや、でもわりかしいつもこんな感じな気もするな」

 

 

「あの時はもう、何かに突き動かされてるとか、そんな感じでしたよ」

 

「なあ、お前、本当に自分の欲望だけ詰め込んだ内容じゃないだろうな……?」

 

 

 

 

 

 

 

【02運命の出会い】

 

 ●役者がやる以上、過度なエゴは役者の負担にもなる

 

 南部長との台本チェックから二週間過ぎ、春休みも明けた四月上旬。寒いだの暖かいだの、どっちつかずだった空気はすっかり春らしい生温いものへと変わっていた。

 

 ちなみにあの後『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』はあえなく却下され、演目は三年の田山先輩が書いて来た、代々受け継がれる演劇部伝統のシリーズ『御伽探偵ホームズ』の新作に決まったのだった。

 

 部長いわく却下の理由は『お前は新歓で、この作中六回ラッキースケベ小悪魔巨乳ボクっ娘メインヒロインラブコメをやるつもりか⁉︎』とのこと。

 ……恐ろしく正論だった。

  

 新歓───正式名称『久城高校演劇部 新入生歓迎公演』。

 

 衝動とは恐ろしく視野を狭めるもので、俺は入学ホヤホヤの新入生に向けた劇の台本を書いている事を、そもそも忘れていたのだった。

 

 新入生向けの演劇にする、というのは想像以上に重要だ。

 演劇部はほとんどの新入生にとって馴染みがない部活であり、新入部員確保のためにも、演劇に触れるきっかけとなる新歓の劇は非常に重要である。

 ……つまり、間違っても、求められているのは、作中六回ラッキースケベ小悪魔巨乳ボクっ娘メインヒロインラブコメなどではなかったのだ。

 

 記憶力にはそれなりに自信がある方だが、今回の件、どうしてこうも間違った方向突っ走ってしまったのか。

 春になると、その陽気に当てられておかしな言動をする人間が増えると聞くし、その類だろうか。

 

 布団の中でもぞもぞとアンニュイな気分に浸っていると、

 

 チュチュチュチュチュン‼︎ ……と、さえずりというには些かやかまし過ぎる鳥の声に叩き起こされる。

 

「うるせぇ……」

 

 なんとかベッドから這い出てベランダの方を見ると、柵の手すりのあたりで、野球ボール大の茶色い塊がちょこちょこ動き回っているのが見えた。

 

 中学時代に夜な夜なネット小説を読み漁り自力で下げた視力ではぼんやりとしたシルエットしか見えないが、スズメで間違いないだろう。

 

 俺は観念して布団から這い出る。

 そのまま勉強机に座り、鏡を見ながらコンタクトを眼球に貼り付けると、視界がようやくクリアになる。

 

 卓上のデジタル式の時計を見ると、ちょうど午前十時に切り替わるところだった。

 ピピッとアラームが鳴り始めるが、一瞬でそれを止める。

 

「勝ったな」

 

 ……何にだよ。

 

 俺は、コンタクトに違和感がないことを確かめると、身支度を済ませ家を出た。

 

 本来なら眼鏡で済むところをわざわざコンタクトをつけるのは、未だに俺が物語の主人公に憧れているからだろう。

 

 それにしても、どう言うわけか、アニメ漫画ラノベゲーム、すべての創作物においてメガネの男子高校生主人公というのは本当に少ない。

 特にラノベはことさら少ない……気がする。 

 どうせほとんどの作家は夜な夜なラノベを読んだ影響でメガネなのだから、その分厚いメガネに誇りを持って、かっこいいメガネ主人公を増やしていってほしいものである。

 ……と、コンタクトをつけたばかりの俺が言ったところで、どの口が言ってんだ案件でしかないが。

 

 自転車に跨り、田畑混じりの住宅街を走ることで十五分。最寄駅であるJR光井駅に着く。

 そして、さらにそこから五分ほど電車に揺られ、隣駅のJR久城駅から歩くこと十五分。

 ようやく俺は久城高校の校門前まで辿り着いた。

 

 

 校門には『千葉県立久城高校 入学式』と書かれた看板が設置されていた。

 

 そう。今日は久城高校の入学式である。

 現在の時刻は十一時前。既に式は終わり、今頃体育館は撤収作業中だろう。

 

 在校生である俺は本来休みなのだが、新歓の練習のためにこうしてやってきたのである。

 なにせ、新歓の本番が、明日なのだ。ここで休むわけにはいくまい。

 

 今日練習するべき内容を頭の中で整理しながら校門を抜けると、学校特有の広々とした敷地が視界に入る。

 

 正面には校舎があり、敷地の右端のほうには、校舎に並行するように屋根付きの駐輪場が奥まで続いている。

 校舎の左手にはグラウンドが見えるが、今日に限ってはどの部活も活動している様子はなく、やけに静まりかえっていた。

  

 すると、視界の端に人影が映った。

 反射的にそちらを見ると、校舎の二階。昇降口の真上に位置する図書室のベランダに、女子生徒が一人、遠くを眺めるようにして佇んでいた。

 

 思わず食い入るようにして見入ってしまったのは、彼女が、雪のように真っ白な髪をしていたからだろう。 

 風に吹かれたショートボブが、きらきらと反射する様は、まるで一枚の絵の様で、pixivのランキングに掲載されていても何ら違和感のない、Twitterならで二万いいねは有に超えるような、そんな光景だった

 

 誰だ……あいつ。

 

 久城高校は髪色の校則がかなり緩く、学年が上がるにつれ茶髪率が増えていく様はもはや伝統と言っても過言ではないが、あそこまで極端な色に髪を染めた生徒を、俺は入学してから現在までに見たことがない。

 

 だとすれば新入生、だろうか。

 入学式が終わって一足早く学校の中を見学しているのだと考えれば辻褄は合うが、あのド派手な髪色で入学式に臨んだというのは考え難い。

 

 それに、どうしてわざわざ図書室の、それも一番奥にあるベランダなんかに居るのかも謎だ。

 

 とはいえ、こうして考察を続けていても、当然答えは出ない。

 

 俺は、彼女の学年を確かめようと、彼女のブレザーの左襟に目を凝らそうとする。

 

 久城高校の制服の左襟には、校章をつける穴が空いていて、一年は赤、二年は緑、三年は青と、学年ごとに異なった色をしており、、そこから学年を判別する事ができるのだ。

 

 だが、その色を確かめるより先に、彼女と目があった。

 

 その直後、俺の頭にズキン、と鋭い痛みが走った。

 

「ぐっ……!」

 

 頭の中で痛みが乱反射して飛び交うかのような不快感に、俺は苦悶の声を漏らしながら、額に手を当てた。

 

 だが幸い、その痛みはすぐに引き始めた。

 その事に安堵しながら顔を上げる。

 

 すると、ベランダに立った白髪の女子が、ふらりとよろけた。

 

 あの方向は不味い……っ!

 

 悪い予感は見事的中し、彼女はベランダの柵に正面から叩きつけられるように倒れ込み。そしてそのまま、くるん、と。

 さながら鉄棒で前回りをするかの如く、その身体は、宙に投げ出された。

 

 俺は知っている。この現実じゃあ、奇跡も、魔法も起こらないことを。

 例え二階の高さでも、無防備に地面に叩きつけられれば、ただではすまない事を。

 

 ──俺は、気づけば彼女の元へと走り出していた。

 

 すると、突然世界がスローモーションになったかのような感覚に襲われる。

 風で散る桜の花びらも、彼女のたなびく白髪も。その一枚、一束を目で追えるような遅さだった。

 

 たしか、人間は、危機的な状況に陥ると、こうして世界がスローになったかのように感じることがあるんだったか。

 

 ……けれど、スローになるのは俺の体も同じだ。

 俺の体も、世界と同じように、鈍く動いていた。

 加速しているのは、俺の思考だけ。

 それはつまり、彼女を受け止めるには、俺自身に冷静な判断ができるかどうか。それにかかっていた。

 

 俺は背負っていた、リュックを最速でその場に投げ落とすと、渾身の力で地面を蹴りはじめた。

 そして俺は、彼女が地面に叩きつけられるよりも僅かに早く、その落下地点へと潜り込んだ。 

 

 ふわりと落下してくる彼女。その体を、差し出した両手でしっかりと受け止めた。

 

 間に合った……。 

 

 安堵すると、スローだった世界は、元の速さを取り戻した。

 次の瞬間、俺の両腕を激痛が襲った。

 

「ぐおぉ……」

 

 お、重い……!

 冷静になって考えてみれば当たり前だ。

 重力に引かれて二階から降ってくる人間の重みに、文化部男子の細腕が耐えられるわけがなかったのだ。

 

 少しでも負担を和らげようと、腕を引き寄せながら腰を落としていく。

 

 空から女の子って展開は、願ってもないが……! どうせならもっとマシな落ち方があるだろうが!

 現実で空から降ってくるなら、やはりパラシュートは付けるべきだと、改めて思った。

 

 大体、この手の出逢いは多少なりとも受け止める側に余裕があるものだ。かのラピュタだって「親方、空から女の子が!」と叫ぶくらいの時間はあったし、他の作品だって、魔法だったり、超人的な身体能力だったり、とにかくヒロインを十分に受け止めるだけの手段があるもんだろうが。

 

 だが、やはり現実は非情だ。

 頼りになったのは人間の防衛本能のみで、しかもその結末は、が痛いわ、腰は落ちきって便所座りの姿勢になってるわで、見るに耐えない有り様だ。

 

 俺は、ようやく彼女を受け止めた勢いを殺し切ると、とにかく彼女の様子を確認しようと、腕の中の彼女に視線をやった。

 

 ──── そして俺は、彼女の瞳を前に、呼吸を忘れた。

 息を呑むような美しさとは、まさしくこういう事を言うのだろう。

 

 その整った顔立ちもさながら。何より、澄んだブルーの瞳に視線が吸い寄せられる。

 太陽の光を帯びて爛々と輝くその目は、その色も相まってサファイアの宝石ようだった。

 

 息を吸う。たったそれだけの当たり前の行為を思い出す頃には、俺の心臓の鼓動はかつてないほどの速さで律動を刻んでいた。

 息を吸うと言う、生命活動を行う上で、最重要な行為。

 本当の衝撃の前では、人間は、それすらも忘れてしまうということを、俺は始めて知った。

 

 彼女がゆっくりと目を開け、再び視線がぶつかる。

 

 彼女は、何度か瞬きをすると、その小ぶりで艶のある唇を動かして見せた。

 

「───君が、ボクの王子様……?」

 

 少し気怠げで、けれどとても心地のいい、芯の通ったソプラノが俺の鼓膜を震わせる。

 ほとんど囁くようにして紡がれた言葉だったが、その一音一音は俺の体に染み込むように伝わった。

 

 だが、だからこそ俺は、彼女が何を言っているのか、まるでわからなかった。

 

「王子……様……?」

 

 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まった気がした。

 直後、彼女は俺の腕の中からするりと抜け出す。

 

「お、おい!」

 

 彼女はストンと、足を揃えて着地すると、迷いのない足取りで左側、駐輪場の方向へと駆け出した。

 

 思考がまとまらないまま彼女を追って、校舎の角を曲がる。

 しかし俺は、曲がった先で呆然と立ち尽くしてしまった。 

 そこには閑散とした駐輪場が視界に映るのみで、彼女の姿はすでになかったのだ。

 

 ──おかしい。確かにさっき彼女はここを曲がったはずだ。

 

「消えた……?」

 

 いや、そんなはずはない。

 俺は、駐輪場の方に駆けていき、あたりを見回った。

 だが、どれだけ探しても、彼女の姿を見つけることはできず、俺は持て余した視線で、舞い散る桜を追う事しかできなかった。

 今も花弁が一枚。風に導かれるように、高校の敷地から飛び出していった。

 

 ◇

 

 あまりに衝撃的なできごとに、ぼんやりとした思考のまま、部室のある四階を目指し階段を登る。

 まるで白昼夢でも見ていたような気分だ。だが、階段を登るたびにじわじわと痛む手足が、確かに彼女を受け止めたことを証明していた。

 ……明日は筋肉痛確定だな。

 

 それにしても彼女、『ボク』という一人称を使っていたな……。

 そして、宙から……言うなれば、空から降ってきた、ということだ。

 

「おいおいおい……」

 

 

 まさか……! 空から降ってくるボクっ娘美少女は存在していた……⁉︎

 それに、「君がボクの王子様?」と、なにやら意味深な言葉を言い残した後に姿を眩ませる。

   

 世紀の大発見にもほどがあるだろう。ツチノコや雪男なんて次元の話ではない。それこそ、相対性理論のような学会を揺るがす…………なんの学会だよ……。   

    

 ……あまりに突拍子もなさすぎて、何が何だかわからなくなっていた。

 

 それにしても、だ。

 人生二度目のボクっ娘との邂逅とは。俺の人生も、少しは面白くなってきたのかもしれない。

 

 ──久城高校に入学した初日。俺は一人のボクっ娘と出会った。

 一人でふらりと、演劇部の新歓を見に行ったときのことだ。

 

 とはいえ、当初は演劇部どころか、他の部活にすら入るつもりは毛頭なかったが。

 ……当時は、中学で半ば強制的に入部させられていた美術部で、思春期特有の人間関係の面倒臭さに辟易していたからだろう。 

 

 勉強、部活、そして恋愛。何事にも精力的に取り組む、いわゆる『青春』に憧れがない訳ではなかったが、それでも妬み嫉みに惚れた腫れた。厄介事を運んでくるのなら、俺はそんな面倒なものはいらないと思っていた。

 

 

 見に行ったのは単に、興味が引かれたからだ。

 廊下の掲示板に張り出された『演劇部新歓 おとぎ探偵ホームズ 〜アリス失踪事件〜』を見て気にならないわけがない。

 演劇のイメージに似つかわしくない、おとぎ探偵というポップな響き。どこの探偵オペラかと思ったものだ。

 

 

 

 部室──視聴覚室の両開きの大扉をくぐり抜けた俺を出迎えたのは、普通の教室とはまるで違う、異質な光景だった。

 遮光カーテンが閉めきられ真っ暗になった部屋を、僅かなオレンジの証明だけが照らしていた。

 

 俺が空いていた最前列に座ると、開演のブザーがすぐに鳴り出した。

 そして、灯りのついた舞台の中央には、ぶかぶかのコートと探偵帽に身を包んだ、青髪の美少女が立っていた。

 

 少女は探偵帽のつばを左右に揺すると、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「なるほど。僕、この事件の犯人、わかっちゃった!」

 

 その体躯に相応しい、鈴の鳴るようなかわいらしい声に、俺は探偵少女から目が離せなくなったのだ。

 

 ───手を伸ばせば届く距離に、『ボクっ娘美少女』が存在していた。

 

 「演劇は二次元の妄想を三次元にもたらしてくれる」そのことに気づいた俺は、自分の妄想を現実のものとする事を決意し、その日のうちに入部届を提出したのだった。

 

 とはいえ、大勢の人間を巻き込む、部活という活動において、個人の妄想のみを詰め込んだ台本が採用されるはずもなく。俺は自然と、観客を楽しませる事優先した無難な台本ばかりを書くようになった。

 

 ひょっとして、二週間前のあの日、俺が急にベタなラブコメを書きたくなったのは、その反動だったのではないかと思う。

 

 それに、理想と現実のギャップがあるのは、役者だって同じだ。

 いくらステージの上でかわいらしいボクっ娘美少女ホームズだったとしても、舞台を降りてウィッグを外せばただの女子。

 その上、あの人の場合、おまけに男嫌いときたもんだ。

 

 どうしようもなく造りもので、敢えて言うのならば、『偽物』だった。

 

 

 

 

 だからこそ俺は、白い髪に青い瞳を持ち、突然空から降ってきた彼女は、今度こそ『本物』なんじゃないかと、そう思わずにはいられなかった。

 

 名前、学年も、クラスも分からずじまいだが、あれほど目立つ容姿ならば、すぐにでも有名になるだろう。きっとすぐに再開することができる。

 

 俺はひとまず、ポケットからスマホを取り出し、『今ボクっ娘美少女が空から降ってきたんだが』と、友人にLINEを送ると、部室の両開きの扉を開けるのだった。

 

 

 

【 03 類は友を呼ぶ 2022/08/07】

 昨日の練習から一夜明け、迎えた新歓の本番当日。

 

 案の定、手足は筋肉痛になっており、駅までの自転車での道のりは非常に辛いものがあった。

 それも、美少女の命を救った結果だと思えば、この痛みも立派な勲章である。

 

 さあ今日は頑張るぞ、と気合を入れて登校してきたのはいいものの、新歓は放課後であり、その前に体育館で行われる部活紹介も五、六限目。

 よって、午前中は普段通りの授業である。救いはないのだ。

 

 

 現在は朝のホームルーム前。

 俺はいつも通り、席に座るなりリュックサックから本を取り出す。

 

 今日持ってきたのは、かの有名な物語シリーズの初巻である『化物語(上)』である。昨日、美少女を受け止めたことで、久しぶりに読み返したくなったのだ。

 

 ペラ、と表紙を捲ったところで、遥々一番後ろの席から文句を言いにくる奴がいた。

 

 ちなみに俺の席は前から二番目、廊下側から二番目だ。

 

「おい、昨日送ってきたLINEはなんだ」

 

 やってくるなり俺の机を叩いた野蛮人は、いつも通り不機嫌そうな表情をしていた。

 その高校生というにはあまりにも……よく言えばダンディな、悪く言えばおっさん臭い、ブラウンがかったレンズの眼鏡をつけた男子は朝倉一郎(あさくら いちろう)。俺が昨日、彼女を受け止めた直後、LINEを送った相手である。

 

 こいつとは去年も同じクラスで、ラノベ好きの捻くれオタクという、この世の最果てのような共通点から話すようになった仲だ。要は、「類は友を呼ぶ」の典型例である。

 

 分かりやすく違う点を挙げるとすれば、

 俺がラブコメ作品を中心に、現実が舞台となる作品を多く見るのに対し、朝倉はその好みが、もっぱら異世界ファンタジー、それよりよりダークで重厚な物に偏っていることだ。『オーバーロード』やら『幼女戦記』やら、常に大判の小説を持ち歩いてるところを頻繁に見かける。

 

 

 朝倉の指摘を受け、改めて昨日送りつけたメッセージを確認する。

 

 『今ボクっ娘美少女が空から降ってきたんだが』

 

 少しばかり……いや、それなりに説明を省いたとはいえ、これら全てが事実なのだから驚きだ。

 

「まあ、そのまんまだよ。昨日部活行く前にボクっ娘が降ってきたってだけだ」

「お前、説明する気ないだろ」

 

 朝倉がより一層顔をしかめる。

 

「落ち着けよ、俺だって未だに混乱してんだ」

 

 そう言いながら俺は本をしまうと、朝倉もそれに合わせて、俺の右隣の席に座った。

 

 人の席に無断で座ったことに対して、一瞬指摘しようとも思ったが、昨日の新学期初日に隣人は欠席しており、ホームルーム直前の今の時間になっても来ておらず、今日も欠席の可能性が高い。

 わざわざ言うほどのことでもないだろう。

 

 頬杖をついた朝倉が催促してくる。

 

「とりあえず話してみろ。話はそれからだ」

 

 俺は朝倉に、ベランダから彼女が落ちてきたこと、「キミがボクの王子様?」と、なにやら意味深な言葉を残して、その場から消えたことを話した。

 

「なるほど、その経緯があって、あのメッセージを送ってきたわけか」

 

 朝倉は相変わらずの無愛想で淡々と答える。

 俺は、今朝倉が何を考えているか、さっぱり読み取れなかった。

 

 朝倉は一呼吸置き、再び口を開く。

 

「高校生が突然消えるわけねぇだろ」

「…………だよなぁ」

「話聞く限り、証拠らしい証拠もないんだろ?」

 

 証拠や根拠が無い限りてこでも信じない。朝倉とはそう言う男である。

 

「だから、仮にそんな話があったとしたら───そんな、もしもの過程の話としてだったら聞いてやる」

 

「おーけー。それで十分」

「で? そもそもお前自身はこの一件についてどう思ってんだよ」 

 

 そう言われ、一瞬俺も言葉に詰まる。

 

「それは……あれだよ。美少女が降って来たってことは、これから俺の物語が始まるってことだろ。でもって、彼女は、宇宙人とか超能力者とか、そんな感じだ」

 

「お前がとんでもない偶然に立ち合わせたのは認めるし、そいつの命を救ったってのも賞賛するが、少なくともそれはねーよ」

 

「おい、俺の願望を一蹴すんな。偶然で『君がボク王子様?』って聞かれるわけ無いだろ」

 

「果たして、本当にそうか?」

 

 朝倉がしたり顔で言う。何やら、既にこいつの中では何かしらの仮説が立っているらしい。

 

「仕方がないから聞いてやる。それは一体どう言うことだ」

 

 朝倉がドヤ顔を浮かべながら言う。

 

「お前、真面目に考えすぎ。でもって視野狭すぎ」

 

 ……ムカつく。

 とはいえ、前者に関しては定かではないものの、後者に関しては台本の件がマルっと該当しているため、何もいえないのが一層腹立たしい。

 腹立たしいのでこちらも催促し返す。

 

「はいはい、考察があるならさっさと離せ」

「わかった。俺は今から、お前に現実を叩きつける」

 

 嫌な予告だ……。

  

「その『君がボク王子様?』ってセリフの真相はな……」

 

 朝倉は、溜めに溜めた後言った。

 

「特に意味のない中二病発言に決まってるだろ‼︎」

 

「リアルボクっ娘なんか、こじらせた電波系メンヘラ女しかいねぇんだからよ!」

「お前ぇ……殺す‼︎」

「バカめ! 理想を抱いて溺死しろ‼︎」

 

 ───とはいえ、今の一言で俺は朝倉の言う事言わんとする事を理解できてしまった。

 それはつまり、朝倉に殺意をぶつけながらも内心では、この現実において、オカルトで摩訶不思議なな展開など無いと思っていたからだ。

 

 

 ●このへん情報つめすぎ

 

「朝倉の言いたいことは大体わかった。彼女は典型的な中二病で、ベランダに出ていたこと自体に深い意味はなく、むしろ「風に吹かれて黄昏るのはなんかかっこいいから」。で、髪色は染髪。瞳はカラコン。全てはこじらせ高校デビューの賜物───で、合ってるか?」

 

「そういうこと。ようこそ現実へ」

「招かれる前に、疑問が二つある」

「なんだ?」

「一つ目。彼女が中二病なのは分かった。だが、なぜ咄嗟に『キミがボクの王子様?』なんて台詞が出てくる。言っておくが、俺と彼女は間違いなく初対面だぞ?」

 

 たとえ中二病といえど、彼女が美少女であることは間違いない。どこかで面識があったとすれば、例え幼少の事だったとしても覚えている筈だ。

 

 加えて、当然ながら俺は王族の生まれでもなければ、王子だった前世もない。

 

「あー……それなぁ……」

 

 すると、朝倉はばつの悪そうな顔をした。

 

「なんだ、今更勿体ぶるなよ」

 

 すると、渋々と言った様子で口を開く。

 

「お前、そのセリフ言われただけで、直接会話してないだろ」

「ああ、そうだけど……それがどうした?」 

 会話をしたか否か。それがセリフと何の関係があるのだろうか。

 

 朝倉は、

「こういうことを言うのは非常に癪だが」

 と、前置きをしてから言い放った言葉に、思わず耳を疑った。

 

「お前、顔だけは多少モテそうな雰囲気あるんだよ」

 

「は……⁉︎」

 

 モテそう……だと? 生まれてこの方一度も告白などされた事のない俺が……?

 顔……顔か……やはり高校に入学してメガネからコンタクトに変えたからか……?

 

 認めたくない……メガネよりコンタクトの方がモテるなど……‼︎

 

「おい、たった今質問が増えたぞ。俺がモテるだと……?」

「こうやって面倒なことになるだろうからは言いたく無かったんだ。とりあえず黙って話聞け」

「……わかったよ。で、俺の顔がなんだって?

 

 狭間長太郎イケメン説については後できっちり問い詰める事にしよう。

 

「こうなると鈍いやつだな……。相手の女子は物語みたいな展開に飢えてる拗らせ中二病だろ? 今回の件、その女子の立場に立って考えてみろよ」

 

 その女子の……立場で……。

 ……その発想はなかった。一度、集中して考えてみよう。女子で……夢見がちで……ちょっと痛い子で……。

 

『今日は入学式にゃん! そう……夢にまで見た高校生活がこれから始まるのにゃ!

 気の合う友達を作って、部活に打ち込んで……そして、少女漫画のヒーローみたいな、ボクだけの王子様を見つけるんだにゃ!

 なんたって、王子様がボクの事見つけやすいように白い髪に青い瞳にしたんだからにゃ!

 

 ワクワクしすぎて入学式が終わった後、こっそり学校を探検! 図書室のベランダに出てみると、いい風が吹いてたにゃん!桜が舞ってて、いかにも入学式って感じにゃ!

 そんなとき、急に眩暈がして気づいたら宙に投げ出されていたにゃ。

 そんなボクを、あろうことがお姫様抱っこで受け止めてくれたのは、多少モテそうな雰囲気のある黒髪のイケメンだった……!

 

 

「そして彼女は言った。『キミが……ボクの王子様……?』……って何だこれ、少女漫画?」

「なげぇよ。ま、今ので一つ目の質問はわかったろ。で、二つ目は?」

 

「……二つ目はなぜ彼女は逃げ出したのか。なぜ消えたように見えたのか……って聞くつもりだったんだが」

「ああ、それは」

「いや、言わんでいい」

 

 なにせ、今の回想をして、俺は気づいてしまった。

「初対面の相手にいきなり『ボクの王子様……?』ってうっかり聞くの、もう、なんというか恥ずかしいとか言うレベルじゃないわ。そりゃその場から逃げ出したくもなる」

 

「だな。でもって消えたように見えたのは、相手が運良くお前からみて死角に隠れられたからだろうな。駐輪場は遮蔽物が多くて死角だらけだし、なによりその時お前も冷静じゃなかったろ?」

 

 確かに、朝倉の言う通り、あの時の俺に,死角がどうか、なんて細かいところまでは見れていなかったろう。

 

 ●この短い時間で、納得させられてしまった。

 

「なるほどな…………ん? 待てよ」

 

 俺は一つ重大な謎に気づいた。

 

「なあ、俺の顔がそれなりにモテそうな雰囲気っていったよな」

「……ああ」

「なら、どうして俺は一度の告白もされてないんだ?」

 

 モテるという事に対してさほど興味もないが。───本当に、全くもって興味もないがそれはそれで気になった。

  

「知らんのか? なら教えてやろう」

 

 朝倉がばっさりと言い放つ。

 

「オタクを隠そうともせず、所属はイロモノ部活代表の演劇部───要は変人奇人の類だと思われてるだからだ」

「……ああ、なんかすごい納得したわ」 

 

 俺は現実を諦めて、もう一冊持って来ていた文庫本、『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』を取り出す。

 俺も、マンションの隣の部屋に美少女住んでたりしないかな。

 ……実家暮らしだけど。

 

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