ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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第22話

 

 

 

【キャッチコピー】

 

 小pのヒロイン、厨二病? それとも”本物?”

 

 

 ラブコメミステリー 第一幕 開幕!

【なろう版タイトル】

 ニジとサンジの狭間くん 〜偶然命を助けたミステリアス美少女にベタ惚れされてるが、中二病かホンモノかわからなくて困ってる〜

 ミステリアスを通り越して意味深なんだが〜

 

 〜厨二病かと思ったら、意味深なことばかり起き始めた〜

 

 各話タイトル(全て狭間による交互調)

「降ってきたんだが」

 朝倉、どうしようもないな

 

 

 タイトル 拗らせオタクにどうしろと?

【00 はじまり】

 

 目の前に立つ彼女は、白髪をしていた。

 彼女との出会いが全てのはじまりだった。

 

 

 ●観測者になった長太郎からの視点

 

 

 ラブコメ、青春SF、ファンタジー。そうした創作物のジャンルは細分化され、無数にあ1るが。

 まさか、それらを身を持って体験する事になるとは。

 どこにでも転がっていそうな捻くれオタクだった俺は、予想だにしていなかった。

 

 今に思えば、全てはあの日から始まったのだろう。

 

 物語の世界に憧れていた俺の元に、空からキミが降ってきた、あの日から。

 

 

 

 この物語を舞台に。あるいはライトノベルにするのなら。

 

 俺と、それから彼女達にまつわる物語。

 そういううことになるのだろう。

 

 それから、今「ラノベって大体そうじゃね?」って思ったやつは手を上げろ、しばき倒すから。

 

 ————————————————————————

 

 

 

【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、ボクが下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

 

『当たり前だろ。……それでも、屋上に呼び出しってのは流石に驚いたが』

 

 親しい異性からの呼び出しの手紙。イタズラでもなければ、それが意味することは一つだろう。

 

『春乃が四月に転校してきてからもうすぐ一年か……。初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

 

『もちろん。忘れるわけないよ、幼少期からの趣味としてやっているスカイダイビング中にこの後転校先となるこの中央高校の校舎傍に生えた二十メートルの大木にパラシュートが引っかかって身動きが取れなくなってそのま真っ逆さまに落ちたところを……ぜぇ……はぁ……ところを…………しょ、翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 

 ◇

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 視聴覚室のステージの上から、やたらに通りの良いハスキーな叫び声が部屋中に響き渡る。

 その声は当然、俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒、南希望(みなみのぞみ)部長によるものだった。

 

 部長は後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書いてきた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』を容赦なく部室の床に叩きつける。

 

 パシーーーン…………。

 

 紙束ゆえに、それは決して大きな音ではなかったが、台本を叩きつけるという行為は、作者である俺にとっては侮辱に等しい。

 それ即ち、開戦のゴングだった。

 

「人の台本に何してくれとるんじゃーーーーーーーー‼︎」

 

 ……俺は入部以来最大の声量で、吠えた。

 

 ◇

 

 春休みを目前にした三月半ばの部活終わり。

 ほとんどの部員は既に帰り、この千葉県立久城高校演劇部の部室には、二人の部員が残っていた。

 

 一人はこの演劇部の部長である南希望先輩。

 そしてもう一人は、アニメマンガラノベを始めとする、創作という創作。物語と言う物語を愛してやまない脚本家。狭間長太郎(はざまちょうたろう)こと、俺自身だった。

 

 男女が部室で二人きり。する事なんぞ一つに決まりきっている。

 

 ──そう、台本の読み合わせだ。

 

 ……残念ながら、甘酸っぱい”青春„的な展開など、俺と南部長の間には発生しようもない。

 

 南部長は俺のことを、拗らせた二次元オタクとしか思ってないし、俺は俺で南部長のことをガサツな頼れるイケメンとしか思っていない。

 ちなみに再度言っておくと、南部長は生物学上は女子だ。

  

 身長が俺よりも頭ひとつ高くて、頻繁に机の中には可愛らしい便箋のラブレターを入れられているが、それでも、女子なのである。

 

 俺も入部しばらくは半信半疑だったが、虚な目で「彼氏欲し〜……」と呟いている姿を見て、俺はようやく南部長が女子であると確信が持てた。

 ……どんだけ男子からモテないんだよ。

 

 まあでも、この人凶暴だしな……。モテないのってそう言うところなんじゃ……と、俺は、ステージ上に無惨に散らされた、昨晩書いてきたばかりの台本に視線を向けた。

 

 余談だが、ウチの演劇部がこの視聴覚室を部室にしているのは、この教室が今となってはほとんど使われなくなっていることの他に、演劇部にとって、些か都合が良すぎる設計になっている点にある。

 普通教室の倍の面積はあろうかという広さに加え、床は緑のカーペット、壁は木製とやたらと洒落ていて、極め付けはやはり教室の奥に横幅いっぱいに広がっているこのステージだろう。

 教壇の用途として設置されたものなのだろうが、それにしては奥行きがある。三、四人くらいなら踊れるくらいの広さはあるだろうか。

 まあ要するに、このステージの両端をパーテーションで覆えば席からは覗くことのできない空間、いわゆる舞台袖となり、簡易的な舞台の完成と言うわけだ。

 客席はそのまま、部屋中に所狭しと備え付けられた長机と椅子を使っているのだが、文化祭で公演を行った際は、その五十席あまりがほぼ満員になる。

 一応、それくらいの需要はある部活なのだ。

 

「部長、冒頭のシーンすら読み終わってないのに、読んでられるか! ってのはないでしょう? いったい何が気に入らないんです?」

 

 俺はじっとりとした視線を部長へ向けて問い詰めてみるが、部長も一歩も引く様子はなかった。

 

「気に入らないもなにも、こんな甘々で恥っずかしい台詞言えるか‼︎ それになんだこの設定! なんだこの説明台詞! そもそもなんだこの『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』ってタイトルは! どう考えても演劇につけるタイトルじゃないだろ! ラノベか‼︎」

 

 怒涛のツッコミに、思わずのけぞりそうになるが、作者の俺としては、どれも相応の理由があって決めたことだ。

 こう言われっぱなしでは我慢ならない。

 俺はひとまず、手近な、タイトルについての問いから返していくことにした。

 

「ウチでやる演劇のタイトルなんて、このくらい分かりやすくていいんですよ。どうせウチの演劇に芸術性とか伝統を求めて観に来る人なんて一人もいないんですから」

 

 それゆえに、タイトルは、その字面からとっつき易い内容を想像できるようなものにするべきなのだ。

 

「おいお前それは! …………まあそうだが…………」

 

 部長は、一度否定しようとしたものの、すぐにうちの部がそんな高尚なものでは無いと思い至ったのか、すぐに言葉を撤回した。

 

 演劇と聞くと、堅苦しくてお高く止まっていて敷居が高くて……と、そんな印象を抱かれていることが多い。

 実際、そういう劇を好む学校からも一定数あるが、その点で言えば、ウチの部は全くの逆なのだ。

 

 その作風は、ドラマよりもむしろ、アニメやマンガのそれ近いだろう。

 ウチの部で制作される脚本は、部の伝統……というか、方針にに乗っ取り、大抵は何らかのおとぎ話を下敷きにした話にはなってはいるものの、個性的なキャラクター達が、ファンタジー、SF、ミステリー、なんでもアリな展開を舞台の上で繰り広げる様は、それこそ二・五次元舞台にも通ずるものがある。

 

 流石にあからさまなコスプレ衣装こそ自重しているものの、衣装部屋にはコスプレが趣味の素敵な先輩が持ち込んだ、カラフルなウィッグが立ち並んでいる。

 

 なにより、十六年と四ヶ月も生きておきながら、人生に置いて唯一の演劇との接点が、友人に借りて観た某テニスで王子様なミュージカルという有様だった平凡オタク──もとい俺が、それなりに充実した一年間を過ごすことができたのだ。

 それだけで、ウチの部がいかに俺のような人種に適した部活なのかが窺い知れると言うものだ。

  

「まったく、やれやれですよ。読み合わせという名目で残ってるんですから、最低限仕事はしてほしいもんです」

 

 俺は、わざとらしく肩をすくめながら部長に文句を垂れる。

 

 拳の一発や二発、飛んでくるかと思ったのだが、南部長はなぜか、不機嫌な表情を浮かべるでもなく、なぜかもじもじとしていた。

 

「そのやれやれをやめろ。……いやな、台本を書いてきてくれたことはありがたいし、書いてきてもらった以上、読み合わせるのがどうりなのはわかってる……分かってるんだが……」

 

「……? 何がそんなに気に食わないんです?」

 

 俺が問うと、部長は、観念したかのように、「はぁ」とため息をつき、ゴニョゴニョと何か言いはじめた。 

 

「…………だよ」

 

「えーと、今なんて……?」

 

 しまった。計らずしも、往年の難聴系主人公の様な返しをしてしまった。……だからと言ってどうと言う事も無いが。

 

「…………恥ずかしいんだよ! その、演技でも、『好き』とか言うの……! もう! 何回も言わせるな!」

 

 部長は顔を真っ赤にしてこちらをキッと睨みつけてくる。

 不覚にも、このイケメン女子をちょっと可愛いと思ってしまった俺がいた。……台本床に叩きつけらればかりにも関わらず、だ。

 ……チョロすぎないか、俺。

 

 そんなことを考えていると、部長は散らばった台本を一枚拾い上げ、文句ありげにトントンとセリフ部分に指を刺した。

 

 見ると、冒頭の翔太郎が春乃の呼び出しに応じて屋上に出たシーンだった。

 

「というか、この一連のセリフ、文字量の多さに圧倒されて見過ごしてたがどういう状況だよ……」

 

「と、いいますと?」

 

 正直、部長がどこに文句をつけようとしているのか、皆目検討もついていなかった。

 

「校舎脇に都合よく二十メートルの大木があるのも無理があるし、何より、丁度そこにパラシュートが引っかかるって……、どう考えてもおかしいだろ!」

  

「でもほら部長、実際うちの校舎の脇にもでっかい木生えてるじゃないですか。それこそ校舎よりでっかい木が」

   

「あれもでかいといえばでかいが……それでも十メートルないくらいだろ。なのに二十メートルってお前、そんなガンダムよりでかい木が校舎脇にあってたまるか」

 

 そう言われ、お台場で見た実物大のガンダムと4階建ての校舎が並び立つ図をイメージしてみる。

 

「確かにそれだとデカすぎるかもですね……。十メートル級となると……『レイズナー』とか『ダグラム』とかですかね?」

 

「ですかね? じゃない。私がそれら全て知ってる前提で進めるな。まあ流れからしてその二作目もロボットアニメなんだろうが……いやそうじゃない。尋問はまだ終わってないからな」

 

 部長は雑念を払うかの如く首をぶんぶんと振ると、眉間を揉みながら言った。

 

「登場人物二人とも、普通の高校生なのにパラシュートの部分だけ明らかに設定がぶっ飛んでるんだよ! 一体何があってこの発想に至ったんた! 言え! 言え‼︎‼︎」

 

 そう言って部長は俺の両肩を掴み、前後にシェイクしてくる。

 いかん、これはいかん。首が……! 首がもげる……!

 

「ちょっ! おち! 落ち着いてください……! コンセプト! コンセプトを説明させてください! この台本の!」

   

「コンセプトって、ただ単にラブコメ……ってわけじゃないのか?」

  

 肩を掴む力が一瞬弱まった隙に、なんとかその拘束から抜け出す。

 あ、危なかった……。あと数秒抜け出すのが遅れていれば、俺はこの世にいなかったかもしれない……。

  

「ええ……。この作品は、ラブコメはラブコメでも、『主人公とヒロインがどういう経緯でくっつくのかを見守るタイプのラブコメ』なんですよ」

 

「……はぁ」

 

 絵に描いたような生返事を返す部長。

 どうやら、ピンと来ていないらしい。

 

「ほらマンガなら『宇崎ちゃんは遊びたい!』、ラノベなら『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』みたいな感じの……」

 

「悪い、どっちもわからん」

 

「あれー? おかしいなぁ、この二作くらいてっきりみんな知ってるもんかと……」

 

「お前、オタクが板につきすぎて認知度の基準がズレてるんだよな……」

 

 今何か、社会で生きていく上で致命的な欠陥を言い渡された様な気がしたが、聞かなかった事にしておこう。

 

「ま、要するにラブコメはラブコメでも、二人のヒロインと三角関係になって『オイオイ! お前一体誰とくっつくんだよ!』ってのを見届けるタイプの作品じゃなくて、『はは〜ん、お前らがくっつくのは分かった。じゃあその過程をニヤニヤしながら見せて貰おうか……』って感じで楽しむ作品って事ですよ」  

 

「ああ、なるほど。『君の名は』とか『天気の子』とか」

 

「あー、まあ当たらずとも遠からずですね。……ああいや、寧ろ今回はセカイ系とかボーイミーツガールも意識してるからむしろドンピシャなのか?」

 

「お前はさっきから、ぶつぶつとずっと何を言ってるんだ」

 

 部長は、相変わらずの呆れ顔で首を傾げていた。

 思考が口に出てしまっていたらしい。悪い癖だ。

 

「ま、要するに今回の台本で言えば翔太郎と春乃がくっつくのは誰もが初めからわかってるわけで──となるとですよ? いかに春乃を魅力的に描けるかが重要なわけです」

 

「ああ、なるほど」

 

 分かったような分かってないような微妙な返事なのが気になるところだが……まあいいだろう。

 

「それで俺は考えたんです。魅力的なヒロインとはなにか、と」

 

 俺は一呼吸置くと、端的に結論を述べた。

 

「──ヒロインはやっぱり、空から降ってくるべきなんですよ」

 

「…………ほぁ?」

 

 部長から、今までに聞いたことのないくらいの最大級の間抜け声が上がった。

 

「ほら部長『ラピュタ』思い出してください」

 

「ラピュタって、あの?」

 

「そのラピュタです」

 

 俺の知る限り、この世にラピュタを指すものは一種類しか存在していない。

 

「神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる神秘的な少女。なんと衝撃的で情緒に満ち溢れた出会いなことか……。あれこそ至高にして理想の出逢いですよ……!」

 

「………ああ…えーと……?」 

 

「確かに部長の思っている通り、現実が舞台の青春ラブコメじゃ、空からヒロインが降ってくる展開には無理があります」

  

「思っとらん思っとらん! 言われてみれば確かにそうかもしれんが、それ以上に、お前の話に頭が付いていかないんだよ!」

 

「まあまあ。で、その問題を解決するのが、魔法も超能力も使わずに空から生身で降下できる手段──とどのつまりパラシュートというわけです。ご理解いただけましたか?」

 

 俺が話終わると同時に、部長の繰り出したチョップが脳天にごつんと当たる。

 

「いたっ……」

「狭間……、お前はアレだな。創作の話を始めると途端に人の話を聞かなくなるな」

 

「ちょっと部長辞めてくださいよ、人をそんな面倒なオタクみたいに……」

 

「十分手遅れだよ‼︎」 

 

 …………まあ、中二辺りで、アニメの作画にも、良し悪しがあると気づき始めた時からそんな気はしていたが。

 

「まああれだな、お前のいう通り一応、無茶苦茶な展開にも理由があったわけだ。……正直、そこまでこだわるなら、パラシュートよりもっと自然な落下方法があっただろ……と思わなくもないが」

 

 部長はそう言うと、台本の他のページも拾い上げ、軽く埃を払った。

 

「ともかくいきなり床に台本叩きつけたのは悪かったよ。こんなん書いてくるお前もお前だとは思うが……。まあ、これは後で読んでおくことにする」

 

「えー……掛け合いがキモの台本なんですから、そこは二人で読みましょうよ」

 

「……狭間ぁ、お前そんなに私とイチャイチャラブコメがしたいのか……?」

 

 そう言われ、この先の展開も部長と読み合わせていくことを想像してみる。

 

『翔太郎君のえっち……(イケボ)』

『ちょっと、どこ触ってるのさ!(イケボ)』

 

 いやまあ、いい声なんだけれども……。

 俺、今のところそっちのケは無いからなぁ……。

 

「想定してたキャラのイメージと違いすぎて、アラサーOLがセーラー服を着てる的なキツさがありますね」

  

「よしわかった。はっ倒す」

 

「はっ倒さないでください。ほら、アレですよ? そういう気が早いところも、男子が寄り付かない原因なんじゃないですか?」

 

「狭間ぁ……お前こそ、先輩を煽り散らかす腐った根性してるから一向に彼女ができないんじゃないのか……?」

 

 ドスの効いた声で問い詰めてくる部長。

 その声はおおよそ、花の女子高生の声帯から出ていい声ではなかった。

 

 ──確かに。部長の言う通り、俺に彼女はいないし、その原因の一旦が、部長の言う腐った根性とやらにあることも事実だろう。

 けれど、部長は一つ思い違いをしていた。

 それも、俺のような面倒なオタクを相手にするにあたって、初歩的な勘違いを、だ。

 

「俺は三次元でモテたり、ましてや彼女を作ろうなんざ一ミリも考えてませんよ。俺をそこらのパリピウェイどもと一緒にしないでください」

 

 俺は、真っ直ぐに部長を見据えて告げる。

 

「俺が三次元で彼女をつくるなんざ、それこそ”ボクっ子美少女との運命的な出会い„でもない限りあり得ません」

 

「気持ち悪っ」

 

 ……シンプルな罵倒だった。 

 そして部長は、付け加えるように言う。

 

「第一、そんな都合のいい事起こるわけないだろうが……」

 

 尤もだ。この現実において、都合よく空から女の子は降ってくることなどない。それくらいのことは俺も知っている。、

 

「要するに、そんな都合のいい事でも起こらない限り、三次元の恋愛をする気はないって話ですよ」

 

「……この、妖怪こじらせオタクめ…………」

 

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は……。

 

「どうしてお前はそんなに歪んでしまったんだ! 何がお前をそうさせた……」

 

 なぜか頭を抱える部長。頭痛持ちなのだろうか。

  

「だってほら、恋愛が絡むと三次元の女子ってクソじゃないですか」

 

「今の一言で確実に全校生徒の大半がお前の敵に回ったぞ」

 

「いや、だってですよ? 三次元の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変わるわ、今の彼氏より良い相手が現れたらサクっフラっとと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわ……うわぁ……考えただけで最悪な気分だ」

 

「まあ中にはそういう奴もいるだろうがな……」

 

「わかってますよ。全員が全員そうじゃないって言うんでしょう? それに、そんな碌でもない女子はごく少数だとも言おうとしてる」

 

 やはり図星だったようで、部長は閉口した。

 

「幾度となく言われてきましたし、幾度となく自問自答もしてきましたよ。……それでも、その少数の人間とやらを見抜けない俺からしたら、三次元の恋愛などしない方がいいんですよ」

 

「……あー、なんだ、そんなお前でもそのうちあるんじゃないのか? 運命の相手が見つかる……みたいなの」

 

 部長が柄にもなくドラマチックな事を言ってくるが、当然、思い当たる節などあるんけがなかった。

 ……いやまてよ?

 

「部長、ひょっとしてまさか、実は俺のこと……」

「なわけあるか、私じゃなくて……」

 

 言いかけて、部長は、何かを思い出した様子で視線を向けてきた。

 

「そうだ狭間。一昨日まで、別の台本書いてたよな。確か……『白雪王子』とかいうタイトルだったか」

 

「ん?……あー、そういえばそうでしたね」

 

「そっちの台本はどうした……?」

 

 白雪王子。その安直なタイトルなら分かる通り、そのコンセプトは、少年漫画版白雪姫とも呼べるものになっている。

 具体的なストーリーとしては、白雪王子の才能に嫉妬した他の王子の陰謀により、無実の罪で王宮を追放された白雪王子が、七人の小人ならぬ七人の少女たちの協力を得てその地位に返り咲く……というものだ。

 

 元の白雪姫とは大分かけ離れている気もするが、少年漫画版と言うからには、これくらいの捻りは必要だろう。

 といっても──

 

「ああ、気に入らなかったのでデータ消しました。当然、バックアップまで綺麗さっぱりに」

 

 そんな物語は、もうどこにも現存していないのだが。

 

「消したって……はあ⁉︎」

   

「いやぁ、今までウチの演劇部の伝統に則っておとぎ話をアレンジしたような台本ばっか書いて来たじゃないですか。その方法、書きやすいし、ウケもいいんですけど……。ふと、『やっぱ俺が書きたいのこれじゃないなー』と思って勢いで全部消しました。で、代わりに昨日一二時間ぶっ通しで書いて来たのがこれです」

 

 そう言って俺は、部長が手に持った台本を指差した。 

 

「……はあ⁉︎ 昨日って睡眠時間は……さてはお前徹夜したな⁉︎」

 

「ええ。マジの一睡もしてないです。だからもう眠くて眠くて……」

 

「それでか、今日妙に頓珍漢なことばっか言うのは。……いや、でもわりかしいつもこんな感じな気もするが……」 

  

「あの時はもう、何かに突き動かされてるとか、そんな感じでしたよ」

 

「なあお前、そんな短時間で書いて、内容はまともなんだろうな……?」

 

「そこは安心してください。ラッキースケベ盛りだくさんの最高傑作ですよ」

 

「……は?」

 

 

 

【02運命の出会い】

 

 チュチュチュチュチュチュン‼︎ 

 

「うるせぇ……」

 

 さえずりと言うには、些かやかましすぎるスズメの鳴き声で目を覚ます。

 

 あの地獄の台本読み合わせから二週間が過ぎ、春休みも明けた四月上旬。

 寒いだの暖かいだの、どっちつかずだった空気はすっかり春らしい生温いものへと変わっていた。

 

 ちなみにあの後、『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』はあえなく却下されることとなった。

 

 当然俺は、南部長に猛抗議したのだが、『お前は新入生の前で、このラッキースケベまみれのボクっ娘ヒロインラブコメをやるつもりか⁉︎』と一蹴されてしまった。

 それを言われて俺は、そもそもこの台本は『新入生歓迎公演』、通称『新歓』の為のものだったのだと、ようやく思い出すことになった。

 

 あの時の──徹夜して台本を書いていた時の俺はどういうわけか、そのことをすっかり忘れていて、衝動的に自分が書きたい物を書いてしまっていたわけだ。

 

 確かに言われてみれば、新入生が最初に触れる演劇が、オタクの性癖濃縮爆弾のような作品というのは、あまりに酷だろう。

 俺は、台本の却下に首を縦に振るしかなかった。

 

 それにしても、記憶力にはそれなりに自信がある方だが、今回の件、どうしてこうなってしまったのか。

 普通に考えれば、自分が何のために台本を書いているかなど忘れる筈がないし、思い切った台本を書くにしても、もう少し巧くやれたはずだ。

 勿論、書き切ったことに後悔はしていないが……。

 

 ちなみに、代わりに採用されたのは、三年の田山先輩が書いて来た、久城高校演劇部に代々受け継がれる伝統シリーズ『御伽探偵ホームズ』の新作、『御伽探偵ホームズ 走れメロス事件』だ。

 

 御伽探偵シリーズの内容は、ざっくりと言えば、シャーロック・ホームズが御伽話の世界で起きた事件解決していくという探偵ものだ。

 一見でたらめな設定だが、その実、御伽話と探偵ものの親和性はかなり高い。なにせ、そもそも御伽話自体が、ミステリーや事件の連続みたいなものだからだ。

 『ふしぎの国のアリス』でいえば、アリスが消息を断つところから物語を始まるし、更に迷い込んだ先で冤罪をかけられ、裁判にまで発展している。探偵が口を挟む余地はいくらでもあるのだ。

 

 更に言えば、御伽話もホームズも、誰でも知っていてとっつきやすいし、何よりいくらでもシリーズが作れる。

 この組み合わせを考えた大先輩は、相当切れ物だったのだろう。

 

 ……まあ、走れメロスはもはや御伽話じゃないだろ、というツッコミもあるにはあるが──ウチの部としては、そこは面白ければOKなのだ。

 

 ようやくベッドからゾンビのように這い出て窓の外を見る。

 中学時代に夜な夜なネット小説を読み漁って下げた視力では、電線の上のスズメも、謎の茶色い塊にしか見えない。

 

 現在は水曜日の午前十時過ぎ。

 通常であれば大遅刻の時間だが、幸い今日は休校日である。

 そうは言っても、俺には今日も今日とて、十一時半から部活があるのだが……。

 

 コンタクトをつけ、視力を取り戻すと、身支度を済ませ家を出る。

 

 かつて俺は『コンタクトなんて半端にモテたい奴がつけるものだ。俺にはモテる必要がないから一生眼鏡のままでいい』と豪語していたのだが、今やそれも過去の話。

 

 ウチの部は男子が、俺を入れても二人しかおらず、男の役者がどうしても足りない。

 

 その都合で脚本家だったはずの俺も、頻繁に表舞台に引っ張り出されることになり、そしてその際、どんな役でもメガネキャラになってしまう、という問題が発生したため、ついにコンタクト派に寝返ることにしたのだ。

 

 まあ、モテる云々は置いておくとして、非メガネの方が主人公っぽさがある、とは思う。

 

 きっと物語における主人公オーディションなんてものがあるとすれば、眼鏡の人間は合格者の一割にも満たないだろう。

 そして、合格した人間のほとんどは、異能力持ちだったり、義理の妹がいたり、幼馴染がいたりするのだろう。

 また、自他共に認める程に一貫した、捻くれものだったり、ぼっちだったりするのだろう。

 無論、俺にはどれも備わっていないものだ。

 中途半端に捻くれていて、中途半端にぼっちではない。

 それでいて、創作──とりわけラノベやアニメやマンガを語るときにだけ早口になり、暇さえあれば生まれる次元を間違えた、とのたまう。

 そんな半端者こそが、俺だった。

 

 そんなことを考えながら、田畑混じりの住宅街の中自転車を漕ぐこと十五分、最寄駅であるJR光井駅に着く。

 さらにそこから十分ほど電車に揺られてJR久城駅に到着。

 さらにさらに十分ほど歩けばようやく久城高校に到着だ。

 

 校門の前には『千葉県立久城高校 入学式』と書かれた看板が設置されたままになっていた。

 

 そう、今日は入学式なのである。

 現在の時刻は十一時前。既に式は終わり、今頃体育館は撤収作業中だろうか。

 

 今日練習するべき内容を頭の中で整理しながら校門を抜けると学校特有の広々とした敷地が視界に入る。

 

 正面には校舎があり、その右隣には並行するように屋根付きの駐輪場が奥まで続いている。

 校舎の左手にはグラウンドが見えるが、どの部活も活動している様子はない。

 

 今日は休校日なのだから、当たり前にせよ、いつもあれだけ騒がしい学校が静まり返っている様子は奇妙で、まるで時間が止まっているかの様にも感じられた。

 動いているのは精々散っていく桜の花びらくらいなものだ。

 そんな、些細な非日常を前に俺は、まるで、嵐の前の静けさのようだと、そう思った。

 

 ──その時、ふと視界の端に人影が映った。

 

 反射的に目を向ける。

 すると校舎の二階の、正面にある昇降口の真上に位置するベランダに女子生徒が一人、どこか遠くを眺めるようにして佇んでいた。

 

 気づくと俺は、彼女を食い入るように見つめてしまっていた。

 それは、彼女が、雪のように真っ白な髪をしていたからだろう。

 

 風に吹かれたショートボブが、きらきらと反射する様は、まるで一枚のイラストの様で、イラスト投稿サイトのランキングに掲載されていても何ら違和感のない。

 その手のSNSならで二万いいねは有に超えるような雰囲気を放っていて、校舎の造形、舞い散る桜の花びら、光の角度、全てが計算され尽くして出来た構図の様な、まさしく絵に描いたような光景だった。

 

 何者、なんだ……?

 

 約一年久城高校に通っていて、あんな女子は見たことが無い。

 入学式直後という状況から見て、新入生だろうか。

 だが、あの派手な髪色で入学式に臨んだというのは考え難い。

 

 俺は、彼女の学年を確かめようと、彼女のブレザーの左襟に目を凝らそうとする。

 三年なら青色、二年なら緑色、そして、一年なら赤色と、校章の色で学年を判別することができるのだ。

 

 だが、それを確かめようとした瞬間、遠くを向いていた彼女の視線が、俺の方へと向いた。

 

 ──それを知覚した瞬間、俺の脳内に、刺すような鋭い痛みが走った。

 

「ぐあっ……!」

 

 頭蓋の中で大量の針が乱反射しているかのような痛みと不快感に苛まれる。

 俺はたまらずその場でしゃがみ込んでしまった。

 

 だが幸いにも、その痛みは一瞬で、俺はすぐに立ち上がった。

 そして、ふと彼女のいるベランダに目をやると、

 

 ──ベランダの彼女が、立ちくらみでもしたかのようにふらりとよろけた。それも、フェンスの外側へ向かって。

 

 不味い……っ!

 

 その悪い予感は見事的中し、彼女はベランダの柵に勢いよく倒れ込んだ。

 そして、その身体は、さながら鉄棒で前回りをするかのように、くるん、と宙に投げ出された。

 

 例え二階の高さからであっても、無防備に地面に叩きつけられれば無事ではではすまないだろう。

 ましてや、今の彼女の落ち方では、高確率で頭から────。

 

 ──気づくと、俺は彼女の元へと走り出していた。

 

 間に合うかどうかは、全く分からない。

 それでも、何かに駆り立てられる様に、気づけば俺は必死に地面を蹴っていた。

 すると、妙な感覚に襲われた。

 

 ──身体が、重い……?

 

 これだけ焦っているのにも関わらず、腕も足も、ゆっくりとしか動かない。思うように、動かない。

 

 まるでプールの中で歩こうとしているかのような感覚だった。

 そして気づく。

 

 ──遅くなっているのは俺の体だけじゃない。

 風で散る桜の花びらも、落下し続ける彼女の身体も、たなびく白髪も。

 その一枚、一束を目で追えるほどに、時間がゆっくりと流れている。

 

 ──遅くなっているのは、世界そのものだった。

 

 一瞬、何が起きているのか分からなかったが、この現象について、一つ思い当たる話があった。

 どこで聞いた話だ。交通事故など、危機的な瞬間に陥ると人間は、状況を打破するための時間稼ぎとして、世界がスローモーションに感じることがあるのだとか。

 今経験しているこの現象こそが、それなのだろう。

 

 だとすれば、今俺が考えるべきなのは、この状況において、どうすれば彼女を受け止めることができるか、と言うことに他ならない。

  

 ──この状況で、俺が最速で動くための最適解はなんだ……?

 

 今身の回りにあるものは、精々背中のリュックサックくらいなもので、他には何も無い。

 それに、リュックだって、今役立つものは入っていないだろうし、仮に入っていたとしても、それを取り出している猶予などない。

 現に今も、彼女は刻一刻と、落下し続けているのだから。

 

 結論──走るしか無い。

 俺は背負っていたリュックその場に投げ落として体重を軽くすると、渾身の力で地面を蹴りはじめた。

 使える物がないのであれば、いっそのこと全て捨ててしまえばいい。

 

 その判断が幸いしてか、なんとか彼女が地面に叩きつけられるよりも僅かに早く、その落下地点へと潜り込むことができた。

 

 ふわりと落下してくる彼女。

 俺は両手を差し出し、その身体をしっかりと受け止める。

 

 ──間に合った……。 

 

 そう安堵した途端、スローだった世界は、元の速さを取り戻し、次の瞬間、俺の両腕を激痛が襲った。

 

「ぐおぉ……!」

 

 その痛みは当然、彼女を受け止め、急激に体重の掛かったことが原因だった……。

 

 お、重い……!

 

 冷静になって考えてみれば当たり前だ。

 重力に引かれて二階から降ってくる人間の重みに、文化部男子の細腕が耐えられるわけがなかったのだ。

 

 普通に考えれば分かるだろ、とは自分でも思うが、コンマ一秒が生死を分けるような、そんな普通ではない状況で、そこまで考えられる訳もなかった。

 

 少しでも腕の負担を和らげようと、体全体で重量を支えるべく、腕を引き寄せつつ腰を落としていく。

 

 以前俺は、ヒロインは空から降ってくるものだと論じたが、それは撤回だ。

 

 少なくとも、魔法も異能もないこの現実に置いてこの方法は危険だ! 危なすぎる‼︎

 そう、やはりパラシュートが必要だと考えた俺は間違っていなかったのだ……‼︎

 

 とはいえ、腕が痛いわ、腰は落ちきって便所座りの姿勢になってるわで、見るに耐えない有り様ではあるが、俺はようやく彼女を受け止め切ることができた。

 

 ふと、俺は、彼女の校章を確認しようとしていたのだと思い出す。

 制服の左襟に視線を移そうとしたが、すぐに、それは不可能だと悟った。

 決して、彼女が校章を付けていなかったとか、そういう話ではない。

 そうではなく、単に俺は、彼女の顔から、目が離せなかったのだ。

 

 色白で透き通った肌、整った目鼻立ち。

 そして何より、澄んだブルーの瞳。

 

 ────息が、出来なかった。

 

 俺は、呼吸の仕方すら忘れるほどに、彼女に魅入っていた。

 息を吸えるようになる頃ににいは、心臓の鼓動はかつてないほどの速さで律動を刻んでいた。

 

 呼吸という、生命活動を行う上で最も重要な行為。

 本当の衝撃の前では、人はそれすらも忘れてしまうのだと、俺は始めて知った。

 

 太陽の光を帯びて爛々と輝く、サファイアの様な瞳と、視線がぶつかる。

 

 彼女は、何度か瞬きをすると、その小ぶりで艶のある唇を動かして見せた。

 

「───君が、ボクの王子様……?」

 

 少し気怠げで、けれどとても心地のいい、くっきりとしたソプラノが俺の鼓膜を震わせる。

 ほとんど囁くようにして紡がれた言葉だったが、その一音一音は俺の体に染み込むように伝わった。

 

 だが、だからこそ俺は、彼女が何を言っているのか、まるでわからなかった。

 

「王子……様……?」

 

 聞き返すと、彼女の頬がほんのりと赤く染まった気がした。

 直後、彼女は俺の腕の中からするりと抜け出すと、ストンとその場に着地した。

 かと思えば、次の瞬間には、迷いのない足取りで向かって右側、駐輪場の方向へと駆け出した。 

 

「お、おい!」

  

 その突然の行動に、思考がまとまらないまま彼女を追って、校舎の角を曲がる。

 しかし俺は、曲がった先で、思わずその場に立ち尽くしてしまった。 

 

 確かに彼女はここを曲がった。それは、この目で確かに見た。

 

 けれど、そこには閑散とした駐輪場が視界に映るのみで、彼女の姿はすでになかった。

 

「消え……た……?」

 

 いや、そんなはずはない。

 まさか女子高生が突然消えるなんて、そんなことがある訳がない。

 

 まだどこかにいるんじゃないかとあたりを見回った。

 だが、どれだけ探しても、彼女の姿を見つけることはできなかった。 

 俺は持て余した視線で、舞い散る桜を追う事しかできず、今も花弁が一枚。風に導かれるように、高校の敷地から飛び出していった。

 

  

 ◇

 

 撃的な出来事の連続に、ぼんやりとした思考のまま、部室を目指して階段を登る。自分が今何階に差し掛かっているのかも分からないくらいだ。

 

 彼女は一体何者なんだ……。

 

 まるで白昼夢でも見ていたような気分だ。だが、階段を登るたびにじわじわと痛む手足が、確かに彼女を受け止めたことを証明していた。

 

 ……彼女が最後に言い残した、「君がボクの王子様?」というセリフ。

 彼女の指す王子様とは何か。どうして俺にそんな問いを向けられたのか。なぜそれを言ったきり、すぐにその場を後にしたのか。

 謎が謎を呼びこんでいるような、そんな状態。

 ……だが、そんな中でもたった一つだけ、確かなことがあった。

 

 ──彼女は、自分のことを『ボク』と言った。すなわち、彼女はボクっ娘である、ということだ。

 

 ボクっ娘──。俺がこよなく愛するキャラクター属性の代表格であり、そしてなにより、件の南部長とのやりとりの中で俺は、「ボクっ子美少女との運命的な出会いでもない限り彼女はつくらない」と大見えを切ったばかりだったことを思い出す。

 無論「そんな都合のいいことは起こらない」と、南部長は返した。

 それはそうだ。……その筈だった。

 だが、今、そんな矢先に──そんな事が起きてしまった。

 

 基本的に、占いや、風水や、そうしたスピリチュアルで、目に見えないものは、面白がる事はあっても、全く信じない主義ではあるのだが、それでも今回ばかりは、信じるしかなかった。

 ──『運命』というものを、信じる他なかった。

 

 結局、彼女の名前も、学年も、クラスも何もかも分からずじまいだが、それでも彼女が久城高校生徒で、あれほど目立つ容姿であるならば、きっとすぐにでも見つけられるだろう。

 その時に、さっきの言動は一体なんだったのか、聞くことにしよう。  

 

 そう結論が出たところで、ようやく階段を登り切り、部室のある四階に辿り着く。

 俺はスマホを取り出すと、LINEを起動し『ボクっ娘美少女が空から降ってきて意味深な言動した後消失したんだが』と、一件メッセージを送ると、部室の両開きの扉を開くのだった。

 

 

 【 03 類は友を呼ぶ 2022/08/07】

 

 昨日の練習から一夜明け、迎えた新歓の本番当日。

 案の定、例の彼女を受け止めた代償として、手足は筋肉痛になっており、駅までの自転車での道のりは地獄のようだった。

 それも、美少女の命を救った結果だと思えば、この痛みも立派な勲章である。というか、そうとでも思い込まなければ、痛すぎてやってられない、というのが本音である。

 

 さあ本番頑張るぞ、と気合を入れて登校してきたのはいいものの。新歓は放課後であり、その前に体育館で行われる部活紹介も五、六限目。

 よって、午前中は普段通りの授業である。救いはないのだ。

  

 現在は朝のホームルーム前。

 俺はいつも通り、席に座るなりリュックから本を取り出す。

 今日持ってきたのは、かの有名な『物語シリーズ』の初巻である『化物語(上)』。

 俺が空から降ってくる女子高生と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、この作品だった。

 この作品を読み返すのも結構久しぶりだ、なんて思いつつ、ペラ、と表紙を捲ったところで、背後から足音が聞こえてくる。

 

 この教室で朝っぱらから用もないのにわざわざ俺に話しかけてくるような物好きは一人しかいない。消去法にかけるまでもなく、足音の主の正体かは分かっていた。

 それも、本人の席は最後列で、俺の席は前から二番目、廊下側から二番目と、それなりに距離があるにも関わらずやってくる物好きだ。

 

「おい、昨日送ってきたLINEはなんだ。教えろ」

 

 ……訂正。どうやら用件はあるようだ。

 やってくるなり俺の机を叩いた野蛮人は、いつも通り不機嫌そうな表情をしていた。

 こいつは朝倉一郎(あさくら いちろう)。

 ブラウンがかったレンズのメガネが様になる、高校生というにはあまりに老け込ん……いや、ダンディズム溢れる同志だ。

 

 一体何の同志なのかと問われれば……あえて言うならば『現実はクソだから異世界転生したいよね同盟』とでも名付けておこうか。

 

 ……ロクな同盟じゃねぇな。

 

 まあ、ようするにオタク仲間である。

 類は友を呼ぶという言葉があるように、こいつも大概面倒な捻くれ方をしていて、そしてもれなくモテない。

 

 俺としては、こいつと一緒くたにされる事には不満しかないが、交友のない人間からして見れば、精々、メガネをしているか、していないかの違いくらししかないのだろう。

 

 俺は改めて昨日送りつけたメッセージを確認する。

 そこには、何の脈絡もなく送られた『ボクっ娘美少女が空から降ってきて意味深な言動した後消失したんだが』の文字列が。

 

 自分で送っておいてアレだが……うん。全く状況がわからない。

 まあ、全て紛れもない事実ではあるのだが。

 

「昨日のLINEはだな……」

 

 朝倉に説明をしようと、そこまで言いかけ、言い淀む。

 元より、俺自身でさえ、昨日目の前で起きたことを正確に把握できていないのだ。

 それを、重箱の隅をつつく事と、足を掬う事が生きがいよようなこの男に説明したとて、信じるはずがないだろう。

 

「どうした?」

 

 そんな俺を見て怪訝に思ったらしく、朝倉が尋ねてくる。

    

「どう説明しようとも作り話にしか聞こえないもんで、どうしたもんかと思ってな。……正直、俺だって未だに混乱してるくらいだ」

 

「よく分からんが、お前本人が信じきれて無いような話を聞かされたところで、確かに俺は信じないだろうな。それだけは分かる」

  

 自覚がある辺り、潔いんだか厄介なんだかわからない男である。

 すると朝倉は、少々意外なことを言い出した。

 

「だが、作り話だとしても、何を思ってあんなLINEを送ったのかは正直気になるところだ。……だから、とりあえず聞くだけ聞いてやる。話はそれからだ」

 

 そう言って朝倉は、「ここの席の奴、昨日休んでたよな」と言いながら、俺の右隣の席に座る。

 朝倉の言う通り、昨日の新学期初日から欠席していて、名前も顔も知らない隣人の席である。

 

「わかった。そうさせてもらう」

 

 そうして俺は朝倉に、昨日の出来事を話した。

 ベランダに立つ白髪碧眼の美少女を見た事。彼女が落ちてきたのを受け止めたこと。そして、「キミがボクの王子様?」と、意味深な言葉を残して、その場から消えたことを。

 

 聞き終えた朝倉は、やはりというべきか、その内容を丸っ切り信じてはいないようだった。

 

「そんな都合のいい出来事が、本当に起きたと? ……まあ、確かにこれが事実であれば、思わずあんな唐突なメッセージを送るのもわからんでもないが……」 

 

「別に信じなくてもいい。そういう作り話だと思ってくれてもいい。だから、今の話を聞いて思うところはないか?」

 

 そう言うと朝倉は、驚いたような表情をしていた。

 

「お前がそこまで言うなんて珍しいな……」

「……そうか?」

 

 ……いや、考えてみれば確かにそうかもしれない。朝倉のような、ありとあらゆる全てを疑ってかかるような人間にこんな話を信じさせようなど、目隠しして針に穴を通すようなものだ。

 そんな面倒なこと、普段の俺ならば絶対にしないだろう。

 そしてそれが、朝倉には奇妙に感じたと言うわけだ。

 それを裏付けるように、朝倉が次に口にしたのは、一種の譲歩ともよべる代物だった。

  

「わかった、こうしよう。……その話、信じはしないが、もしも現実でそんな事が起きたとしたらという、仮定の話としては受け取って、多少真面目に考えてやる」

  

「そこは『信じてやる』とかじゃないのかよ」

 

「そんな安っぽい肯定が欲しかったのなら、確実に話す相手を間違えたな。俺は本当のことしか言わんよ」

 

「そんなお前が、”多少は真面目に考えてやる”なんだろ? 助かるよ」

 

「…………。」

 

 俺の返しが よほど予想外だったのか、朝倉の減らず口がついに閉じた。

 

 どうせまた、俺が皮肉か何か言うと思っていたのだろう。

 だが生憎、今の俺にとってはそんな言葉遊びよりも、昨日の一件を考察するほうが、よほど優先するべき事柄だった。

 

 それにしても、こんなほんの少しばかりの感謝でダメージを負うなど、まるで僅かでも日の光を浴びてればたちまち灰になってしまうアンデッドのような男だ。

 本当の捻くれ者とはきっと、こいつのような奴を指すのだろう。

 

 朝倉はようやく正気に戻ると、相変わらず不満げに聞いてくる。

 

「──で? 俺は何を答えればいい。その白髪の女子とやらが、”どうして逃げ出したのか”か? ”どうして消えたのか?”か? それとも──”彼女の正体”か?」

 

「彼女の正体……? そんなもんが、わかるのか……⁉︎」 

 

「……まあな。この一件、どう考えたって嘘みたいな話だが、嘘みたいで、無理な話だからこそ現実的に考えた時、その状況に至るための選択肢は狭まってくる」

 

 なんとも抽象的でまだるっこしい言い回しではあるが、何やらこいつのなかでは、既に仮説が組み上がっているらしかった。

 

「現実的に考えるってのは……?」

 

「例えば、”オンラインゲームで仲良くなった相手といざリアルで会ってみたら、同じ学校の女子だった”なんて事があったとする。ラノベなんかでも題材になるくらい、運命的な出会いだよな。──だが、もしお前自身にそんなことが起きたら、お前はどう考える?」

 

 ……なるほど。朝倉の言わんとすることがなんとなく読めてきたような気がする。

 確かに、もしもそんな偶然があったとしたら、それはもう運命に違いないだろう。

 ──ただし、それが本当に、全て偶然によって起きたことだったとすればの話だが。

 

 ──もしそんな奇跡みたいな事が起きたとしたら。

 

「その女子が”俺がこのゲームをプレイしているという事実をどうやって特定したのかを探る”だな」

 

「正解だ」

 

 朝倉は淡々と言う。

 

「お前の言う通り、この場合、偶然よりも、なんらかの手段でお前がそのゲーうをプレイしているという事実を知り、プレイヤーネームを特定した上で話しかけてきた可能性のほうがよほど高い」

  

 つまり、一見運命的に見えた出来事でも、その裏には、そんな状況にもっていけるだけの理由が──なんらかの必然性がある、ということだ。 

 

 つまるところ、昨日運命的な出会いをした彼女も、何かそうした、夢も希望もロマンもない、なにか裏があると。朝倉はそういいたいのだろう。

 

「ま、今回の件で言えば、お前がその結論に辿り着かなかったのも無理もないだろうがな。なにせお前は、この件の鍵を握る重要な事実を一つ、知らないからだ。それも、自分自身のこと故に」

 

「……自分自身のことだったら、自分が一番わかってるだろ。勿体ぶらずに教えてくれ。その、彼女の正体とやらを」

 

「わかった。なら結論から述べよう。おそらく……いや、ほぼ間違いなく、その白髪女子の正体は──」

 

 朝倉はたっぷりと勿体ぶった後、告げた。

 

「高校デビューで盛大にやらかした、こじらせ中二病電波女だ」

 

 俺はずっこけた。

 ……もちろん、心の中だけでではあるが。

 

「……は? こじらせ中二病電波女……?」

 

「騙されたと思って、そいつが中二病だという前提で状況を考えてみろ」

 

「……わかった」

 

「まず、状況からみて彼女は新入生で間違いないだろう」

 

「あ、ああ。俺もそう思う」

 

 入学式直後の学校にいたんだ。そこに異論はない。

 

「そこでだ、物語の舞台として、言うなれば青春の舞台の代名詞である高校への入学を前に、中二病を絶賛こじらせ中の彼女は、何を考えるのか。──そう、高校デビューだ」

  

 高校デビュー。中学から高校への進学を機に、冴えない自分から脱却しようと、陽キャやらパリピやらを目指して大幅なイメチェンを図る、と言うあれだ。

 具体的には黒髪は茶髪や金髪に染め、メガネはコンタクトに……と垢抜けた方向へとイメージを変えるというのが一般的だが……中二病が前提だとすれば、話は変わってくる。

  

 ──経験上、こじらせた者が目指すのは、決して陽キャでもパリピでもスクールカーストの最上位でもない。

 むしろ真逆。すなわち、”決して群れない孤高の存在”である。

 

 彼ら彼女らの憧れは、「スクールカーストなどそんなものは凡庸で低俗で、群れる事でしか己を表現できない俗物の枠組みだ」と、常に孤独を好み、けれど、周りからみて「こいつには何かある……!」と思わせるような確かな存在感を放つ。まさに、二次元のキャラクターのような理想像だ。

 

 では、そんな理想を実現したいと思った彼ら彼女らは、手始めにまずなにをするか。

 残念ながら経験上、俺はそれを知っていた。

 

 

 ──派手な見た目にする、だ。

 すなわち、二次元キャラのような派手な髪色に染める事。中には、瞳の色だってカラコンで派手なものに変えたがるものもいるだろう。

 

「つまり、髪色も瞳の色も、生まれ持ったものじゃなくて、高校デビューに際して、自分で色を変えたってわけか」

 

「どうやら、わかってきたみたいだな。ここまでくればあとはもうそれほどややこしくない。例えば、ベランダで意味深に遠くを眺めていたのだって、高校に入学した高揚感で、つい格好つけてしまったんだろう」

 

 

 

「まあそう落ち込むな。ベランダから落ちたのは、本当に自己緊張だか貧血だかの事故だったんだろうし、女の子の命は救ってるぜ。たぶん残念美少女だが。それでもお前の言葉を借りれば、十分運命的だろ? これくらいが現実の最大値ってもんだ」

 

「お前の言いたいことは十分わかった。踏まえて聞きたいことが二つある」

「なんだ?」

 

 

「一つ目。彼女が中二病なのは分かった。だが、なぜ咄嗟に『キミがボクの王子様?』なんて台詞が出てくる。言っておくが、俺と彼女は間違いなく初対面だぞ?

 

 たとえ中二病といえど、彼女が美少女であることは間違いない。どこかで面識があったとすれば、例え幼少の事だったとしても覚えている筈だ。

 

 加えて、当然ながら俺は王族の生まれでもなければ、王子だった前世もない。

 

「あー……それなぁ……」

 

 すると、朝倉はばつの悪そうな顔をした。

 

「なんだ、今更勿体ぶるなよ」

 

 すると、渋々と言った様子で口を開く。

 

「お前、そのセリフ言われただけで、直接会話してないだろ」

「ああ、そうだけど……それがどうした?」 

 会話をしたか否か。それがセリフと何の関係があるのだろうか。

 

 

「自分自身のことだから気づかない、みたいな話しただろう? そのことなんだんが……」

 

 朝倉は、非常に癪な様子で言う。

 そして俺は、言い放たれた言葉に、思わず耳を疑った。

 

「お前、言動は非モテ一直線だが、顔だけはモテそうな雰囲気あるんだよ」

 

「は……⁉︎」

 

 モテそう……だと? 生まれてこの方一度も告白などされた事のない俺が……?

 

「俺がモテるだと……? いや、まずその前に、どうして俺がモテそう面だと、彼女が意味深なセリフを言う事になるんだ?」

 

「こうやって面倒なことになるだろうからは言いたく無かったんだ。とりあえず黙って話聞け」

 

 朝倉は、面倒くさそうに頭をぼりぼりとかきながら言う。

 

「こうなると鈍いやつだな……。相手の女子は物語みたいな展開に飢えてる拗らせ中二病だぜ? 一度のそいつの立場に立って、一連の流れを考えてみろよ。台本書いてるくらいだ、そのくらいできるだろ?」

 

 その女子の……立場で……。

 女子で……夢見がちで……ちょっと痛い子で……。

 ●読みやすい口調に

『今日は入学式にゃん! そう……夢にまで見た高校生活がこれから始まるのにゃ!

 気の合う友達を作って、部活に打ち込んで……そして、少女漫画のヒーローみたいな、ボクだけの王子様を見つけるんだにゃ!

 なんたって、王子様がボクの事見つけやすいように白い髪に青い瞳にしたんだからにゃ!

 

 ワクワクしすぎて入学式が終わった後、こっそり学校を探検! 図書室のベランダに出てみると、いい風が吹いてたにゃん!桜が舞ってて、いかにも入学式って感じにゃ!

 そんなとき、急に眩暈がして気づいたら宙に投げ出されていたにゃ。

 そんなボクを、あろうことがお姫様抱っこで受け止めてくれたのは、多少モテそうな雰囲気のある黒髪のイケメンだった……!

 

 そして彼女は言った。『キミが……ボクの王子様……?』

 

「おい、なんだこの少女漫画の第一話みたいな展開は」 

 

「……なげぇよ。ま、今ので一つ目の質問はわかったろ。で、二つ目は?」

 

「……二つ目はなぜ彼女は逃げ出したのかってのを聞こうとしてたんたんだが……」

 

「ああ、それは」

 

「いや、言わんでいい」

 

   なにせ、今の回想をして、俺は気づいてしまった。

「初対面の相手にいきなり『ボクの王子様……?』ってうっかり聞くの、もう、なんというか恥ずかしいとか言うレベルじゃないわ。そりゃその場から逃げ出したくもなる」

 

「だな。でもって消えたように見えたのは、お前の言う通り、相手が運良くお前からみて死角に隠れられたからだろうな。駐輪場は遮蔽物が多くて死角だらけだし、なによりその時お前も冷静じゃなかったろ?」

 

「……まあ、そう考えるべきだな。」 

 

 自分自身では、咄嗟に隠れられそうな場所は全てさがしたつもりだったが、確かに、朝倉の言う通り、あの時の俺に死角がどうか、なんて細かいところまで見れた自信はない。

 

「悪いな、現実を叩きつけてしまって」

 

 朝倉は大して悪びれもせずに言う。

 

 けれど、確かに俺が当初妄想したような出会いではなかったけれど、俺は決して、落ち込んでなどしなかった。

 

「馬鹿言うな。──お前は、ボクっ娘中二病電波美少女と、運命的な出会い、したことあるのか? 」

 

 俺がそう言うと、朝倉は呆れたように返す。

 

「……精々再開してドン引きされるといい、第一印象意外最悪なキモオタめ……」

 

 なるほどそうか。俺がモテないのはオタクだからか……。

 そんなことを考えていると、朝倉は俺の思考を読んだように言う。

 

「言っておくが、オタクじゃなくてもイロモノ部活代表の演劇部に馴染めるようなやつはモテないからな」

 

 なるほど、やはり俺に三次元は向いていないらしい。

 俺は現実を諦め、もう一冊持って来ていた文庫本、『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』を取り出す。

 俺も、マンションの隣の部屋に美少女住んでたりしねぇかな。

 ……実家暮らしだけど。

  

 ◇

 

 ●転校生の噂

 

 

 本日最後の授業、四時限目が終わると、教室は一気に慌ただしくなりはじめた。

 

 帰宅部の生徒は我先にと下校を始め、

 そして、部活に所属する生徒は、午後から体育館で行われる、新入生への部活紹介パフォーマンスの準備を始めていた。

 

 

 そして、俺もその例に漏れず。

 演劇部の新入生確保のため、この部活紹介には、台本を書いたり、男子部員代表としてステージに立ったりと、一枚ならず、二枚ほど噛んでいるのだった。

 さらに言えば、本日の俺にとっての真の正念場は、放課後の新入生歓迎公演ではなく、その前に行われるこの部活紹介の方だ。

 

 理由は二つ。

 一つ目は、新歓公演の宣伝のため。

 うちの部は、体育館のステージ上で小芝居をし、その中に新歓の告知を織り込んで紹介をするのだの、もしもここでセリフを忘れたり大失敗があれば、新入生からの演劇部への期待値はガクッと落ち、新歓の集客並びに、その後の進入部員の数にも大きく影響する事だろう。

 

 そして二つ目。白髪の彼女を探すため。

 

 ミステリアスボクっ娘美少女改め、こじらせ中二病ボクっ娘美少女となった白髪の彼女は、入学式の直後に出会ったという状況からしてほぼ間違いなく一年生である。

 

 そのため、新入生A組からF組までの六クラスが一堂に会する部活紹介の場で、彼女の並んでいる列から所属クラスを特定し、後ほどコンタクトを取ることができる。

 

 ジョジョ的に言えば、「任務は遂行する、彼女も探す。両方やらなくっちゃあならないってのが、今日の俺のつらいとこだな」と言ったところか。

 

 

 俺は教室を出ると、購買でからマヨ丼(からあげ丼に、刻み海苔とマヨネーズをぶっかけた購買名物)を買い、部室へ向かった。

 これがラノベなら大抵は食堂があったりするのだが、残念ながら至って普通の公立高校である久城高校にそんなものはない。

 それでも、昼時にパンや弁当類を販売してくれる購買があるだけまだいい方だろう。

 いつもなら適当な惣菜パンで安く昼飯を済ましているところだが、今日は景気付けとして少しだけ贅沢することにしたのだ。

 

 部室に入ると、既にほとんどの部員が揃っていた。各々椅子に座り昼食をとっていた。

 ちなみに、現在の久城高校演劇部の戦力は、三年が三人、二年が四人の計七人である。

 

「ちわー」

 適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。

 

 そんな中、最前列に座る黒髪ロングの小柄な女子だけは、他の部員より、一際丁寧な返事をしてくれた。

 

「は、狭間くん、こ、こんにちは……! きょ、今日の部活紹介、よろしくお願いしましゅ……!」

    

 初手からテンパりにテンパった挨拶をしてくれた彼女は鈴木実咲。

 俺と同じく、久城高校二年生の演劇部員であり、この後の部活紹介で共にステージに立つ相方でもある。

 

 小動物を思わせる容姿や言動から連想できるように、彼女の部での担当は、表舞台に立つ役者ではなく、裏方である。

 担当は主に音響関係。平たく言えば、劇の進行に合わせて、場面にあった音楽や、や効果音を音を流す役割だ。

 

 彼女を端的に言葉で表すなら、勤勉、努力家。そんな言葉がぴったりだろう。

 彼女は、テスト前の時期だけ勉強をしている俺とは違い、コツコツと毎日欠かさず勉強ができるタイプの人間だ。

 

 それは、家にいる時だけではなく、通学、休み時間、はては食事中にまで及ぶ。

 鈴木は常に何かの本を読んでいたり、単語帳を眺めていたりしていて、思えば俺は、鈴木が休んでいるところを、ほとんど見た事がなかった。

 それ故に、授業態度も真面目で、テストでは毎回学年一位とはいかずとも必ず五位までには入っている優等生と言えるだろう。

 

 現に今も、もぐもぐと購買のチャーハンを咀嚼しながらも彼女の視線は机の隅に置かれた部活紹介の台本へ向いていた。

  

 まあ、それ故か、幼少から友達と遊ぶ、なんて機会がほとんどなかったらしく、対人コミュニケーションの経験値の低さや、天然が露呈する事も多々あるが。

 

「おう。よろしく。……昨日は寝れたか?」

「は、はい! 昨日は二一時にはベットに入ったので八時間は眠れたと思います。……といっても、初めて人前に立つとなると緊張してしまって、寝付きはあまり良くありませんでしたが」

 

 本人が説明してくれた通り、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つというのは今回が初めてになる。

 

 どうして鈴木が部活紹介に駆り出されたのかといえば、

 部活紹介は毎年二年生が担当することになっているのだが、他二人の女子が新歓に出突っ張りで、とてもこっちには時間が割けない状況だったので、鈴木が選ばれることとなったのだ。

 はっきり言えば、消去法である。

 

 とはいえ、その小柄な容姿やかわいらしい容姿は万人受けするのは間違いないので、結果オーライではある。

 

 ちなみに俺は二年生唯一の男子だったので、気づいた時には出る事が決まっていた。

 まさか消去法すら必要ないとは。

 

 

 俺も鈴木の斜め後ろの席に座るとからマヨ丼を食べ始めた。

 うむ。相変わらず醤油ベースの濃ゆい味付けに白米がよく合う。

 

「そういや、鈴木が購買メシなのは珍しいな」

 

 確か、いつもは母親お手製の弁当だったはずだ。

 俺が尋ねると鈴木は、少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「実は今日、ママが「お弁当作るのめんどくなっちゃった!」って言って五百円玉だけ渡してきたんです」

 

「そいつは災難だったな」

 

「ふふっ、もう慣れっこです、ママは昔からこうでしたから。それに、例えお弁当作ってもらえたとしても、失敗して丸焦げの卵焼きが入ってたりするんですよ? うちのママ、ちょっと変わってるんです」

 

 そこから俺は、なぜか鈴木母のエキセントリックエピソードを聞きながら飯を食べることとなった。

 その内容は、小学校の頃、自作の応援グッズを持ち込んで応援されただとか、やけに帰りが遅いと思ったら、その場の思いつきで大阪まで旅行に行ってただとか、占い師に見てもらった自分の運命が気に食わず、真偽を確かめるために自分も占い師になった──だとか。

 どう考えても、ちょっと変わってるどころではない。

 よくもまあ、そんな自由人からこれだけ優等生に育ったものだ。

 

 それはむしろ、そんな母親を反面教師にした結果なのかも知れなかったが、鈴木母を知らない俺が考察していいのは、おそらくこの程度のラインで、これ以上は邪推の領域だろう。 

 

 鈴木が何かを思い出したかのように話しかけてきた。

 

「あ、そういえば、さなみーから聞いたんですけど、狭間くんのクラスに転校生が入ったって本当ですか?」

 

「転校生……? いや、聞いた事ないが」

 

 ……というか、誰だよさなみー。

 すると鈴木は不思議そうな顔をした。

  

「あれ、この話、さなみーから聞いたんですけど、狭間くん、さなみーと同じD組でしたよね。聞いてませんか?」

 

「聞いてない」

 

 そしてまず間違いなく、俺はさなみーとそんな噂話に花を咲かせるような間柄ではない。

 

 鈴木は、友人が少ない故に、自分と友人なのだから、他のみんなとも友人なのだろうと考えている節がある。

 

 ……同じく友人の少ない俺としては、その思考は分からなくもないが、少なくとも、そこから俺を外すくらいの判断はできてほしいものだ。

 

 ……にしても、「さなみー」というからには、苗字か名前に「さな」が入るのだろう。

 佐名、紗奈、早苗……。いや、わからん。

 一応、クラスの人間の苗字くらいは記憶できているはずだが、

 俺の知る限り、そんな名前のやつはいなかったはずだ。うむ、わからん。

 

 

「というか、転校生なんて個人情報の塊みたいなもんだろ? そのさなみーとやらは、どっからそんな話を仕入れてくるんだよ」

 

「クラスに今まで見たことない名前の方の席があるそうで。転校生なんじゃないか、って話でした」

 

 

 昨日今日と、その転校生の方は欠席されているそうなので、まだ実際に転校生なのかは分かっていないそうですが」

 

 同じD組で、昨日今日と欠席していると聞いて、俺はその人物に心当たりがあった。

 

 ──それ絶対俺の右隣の席じゃねーか。

 

 そして、そんな気づきに連鎖するように俺は、担任が出席確認を取る際、あらかじめ欠席を知っていたかのように、隣人の名前を飛ばして点呼していたことを思い出した。

 

 そして、教師側でそんな事情を把握しているとんなれば、それは単なる噂ではなく、実際に転校生である可能性は高いだろう。

 

「なるほど、転校生ね」

「はい。転校生かどうかはまだ確証はないようなんですけど、その方の名前は分かっているそうで」

 

 鈴木は「えーと」と、思い出す素振りをした後に答える。

 

「如月 六花(きさらぎ りっか)さんと言う方らしいです」

「……は?」

 

 思わず、驚きの声が漏れた。

 

「待て、キサラギリッカ……?」

  俺が驚いたのは、その名前の響きが、おおよそこの次元の人間のものとは思えなかったからだ。あまりにも二次元のキャラクターの名前のようだったからだ。

 

「はい。旧暦で二月を示す『如月』に、むつのはなと書いて『六花』。だそうです。素敵な名前ですよね」 

 

 ──つまるところ、『如月六花』

 月に花。蝶よ花よ、どころでは無い字面の強さ。

 期待を裏切らない字面だった。

 

 『転校生 如月六花』と聞いて、ふいに脳裏に浮かんだのは、昨日の、白髪の彼女の姿だった。

 

 状況から見て、彼女が一年生なのは間違い無いだろう。なにせ、入学式の日にいたのだ。

 

 けれども、運命的な出会い方をしたのであれば、転校生で、そして、いまだ持ち主のわからない右隣りの隣人こそが白髪の彼女だと、彼女がおそらく中二病だとわかっていても、信じたくなってしまうのだった。

 

 「ひょっとしてお知り合いでしたか?」

 

「いや知り合いじゃない……が、知り合いかもしれない……」

 

「え⁉︎、えと、えと……その、それはどう言う意味でしょうか」

 

 混乱する鈴木。

 

 

「いや、ちょっとな……あー、まあ、入学式の後に、見慣れない生徒と知り合ってな。

 入学式の直後だったから、まず間違いなく新入生なんだろうが。

 

 そいつがあまりにも如月六花って名前が似合いそうな雰囲気の女子だったから、もしかして、と思ってな」

 

「なるほど。名前からその生徒さんを連想したと……。名は体を表すと言うやつでしょうか」

 

「そんな大それたもんじゃないと思うがな」

 名は体を表す。

 

 名前によって周りからの印象、圧力、思い込み…そうしたものが本人の性格、在り方に影響を及ぼし、成り立つ。

 

 

 なら、如月六花はどんな影響を受けるのか。

 如月六花と言う名前から抱くイメージ。

 

 それはフィクションような名前。朝倉の話で言えば、「自分を特別だと思い込むにはうってつけの名前だ。白髪が似合うってんなら尚更」

 

「なるほど、名は体を表すは、案外的を得ているかもしれないな」

 

「そうですか? ならよかったです。私にはちょっと、狭間くんが何を考えてたのかは分かりませんでしたけど」

 

 ……独り言の長考。またやってしまった。

 

 ちなみに俺は、おそらく長男だから長太郎。

 身も蓋もないが、これだって別パターンの名は体を表すじゃないか。

 ちなみに次男はいない。

 

 次男はいないが、その代わりに妹が────なんてことがあればよかったのだが、それもいない。

 つまるところ、一人っ子である。

 ……朝起こしてくれる妹が欲しいだけの人生だった。

 

「それにしても、そのさなみーとやらは、随分噂好きなんだな」

「そうなんです。この前の春休みのときなんか、久城山に隕石が落ちたって言ってました」 

「は……? 隕石……⁉︎」

 

 俺の想像する噂とはかけ離れた突飛な言葉に俺は絶句した。

 

 久城山は学校から見て、高速道路を挟んで向こう側にある小さな山だ。

 流石に山だけあって、近くにあるように見えて、案外遠くにあるため行ったことはないが、これといってパワースポットだとか、反対に事件が起きたとか、そんな話もない良くも悪くも普通の山だ。

 もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。

 

 

 その話、ちょっと詳しく……と聞こうとしたところで、他の部員の邪魔が入る。

 

「実咲ちゃーん、このシーンの音流すタイミングなんだけど、ちょっといい〜?」

「はい、今行きまーす」

 

 行ってしまったのでは仕方がない……。

 そちらを優先すべきだろう。

 ……一応、気になって隕石の噂について検索をしてみたものの、大阪の方で隕石らしきものが落ちらしい、というニュースが一件あったのみで、それらしいものは見られなかった。

 まあ、噂は噂、ということだろう。

 

 俺は弁当を食べ終えると、ステージの向かって右側の舞台袖にある更衣室に入る。

 

 着替えを終えると、鏡には紺色のトレンチコート姿の、いかにも探偵です、といった風貌の中肉中背の男が映っていた。

 

 今回の劇、俺はホームズの役なのだ。

 ……と言っても、部活紹介にメインで出るあたりからわかるように、劇での俺の出番は少ない。

 

 ●『御伽探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』 

 助手たるワトソン氏が主役なのである。

 というのも、副題に走れメロスとなるだけあって、なんとホームズはセリヌンティウスと共に人質にされてしまい。

 そこからワトソンが主人公へと移り変わっていくのだ。

 

 せっかく、ホームズに憧れて入部したにも関わらず、いざ自分がホームズになっては端役とは、決まりきらないあたり、実に俺らしい。

 

 仕上げに白髪のウィッグをつけ、その上からハンチング帽を被る。

 

 派手な髪色は、舞台上でキャラクターを目立たせてくれるのだ。

 

 ちなみに、この役をやるにあたって、この髪色を選んだのは俺自身だ。

 

 当初こそ、金木くんやら一方通行(アクセラレータ)やら、白髪のキャラってかっこいいよね、と、完全に趣味で選んだウィッグだったが。

 今ではすっかり、例の電波女子の方が先に思い浮かぶようになってしまった。 

 

 俺はウィッグで、彼女はおそらく染髪という違いこそあれど、白を選ぶあたり、なんだか他人の気がしない。

 

  仕上げにハンチング帽のつばを左右に譲れば、俺の着替えは終わりだ。

 

 更衣室を出ると、鈴木もちょうど食べ終わったところだったようで、入れ替わるように俺が今しがた入っていた更衣室へと入っていった。

 

 そう。恐ろしいことに、男女兼用である。

 もちろん、そうした事故が起こらないよう、使用中を表すプレートと、ドアのノックによるダブルチェックで対策をしてはいるものの、それでも年に一度くらいは起きてしまうのだ……不幸な事故が。

 

 あれは去年の九月ごろ、次の大きな公演を目前にして、部員の誰もが余裕の無かったある日のことだ。

 

 俺はあろうことか、更衣室のプレートを「使用中」にすることなく着替えを始め、堂々とパン一になっていた。

 そして、背後から聞こえるキィ……とドアの開く音。

 振り向くとそこには疲労からか、死んだ目をした南部長が……。

 どんな反応をすればいいか分からなくなった俺は、ノルマを果たすべくとりあえず言った。

『……きゃー、えっちー………』

 

 

 バタン。

 無言で閉じられるドア。

 幸い、南部長に男兄弟が複数におり、男の裸自体には見慣れていたため、お互い気をつけましょうの一言だけで済んだが、これで男子に免疫のない女子───例えば鈴木だったとしたら、もれなく盛大な悲鳴と共に大惨事へと発展していただろう。

 

 もっと言えば、立場が逆で、女子の着替え中に俺が入ってしまったら……考えるだけでゾッとする。

 

 物語の中におけるラッキースケベは大いに歓迎だが、あれは、主人公がヒロインのビンタを喰らった次のコマでは今まで通りの関係に戻るからこそ成り立つのであって、好感度やら犯罪歴やらが一生地続きなこの現実で起きたらたまったものではない。

 

 背筋を凍らせたまま、部活紹介の流れを再確認していると、鈴木が着替えを終えて戻ってくる。

 

 鈴木の衣装は、中世の町娘を思わせるもので、袖口がふわりとしたパステルグリーンのシャツに、その上から、エプロンのついた茶色いワンピースを着たものだ。

 確か、ドレスを着る前の、継母の家で働いていた時のシンデレラの衣装として、衣装部屋に置かれていたものだったはずだ。

 

「は、狭間くん。ちゃんと着れてますか……? や、やっぱり私なんかが衣装なんて……変じゃないでしょうか……?」

 

 衣装を着ると言う行為によほど慣れてないからか、鈴木は着替える度にこうして聞いてくる。

 

「ああ。これだけ見てくれがよけりゃ、男子も女子もイチコロだな」

「か、揶揄わないでください……!」

 

 鈴木は腕をぶんぶんと上下に振って抗議してくる。ぷんすこ、という表現がぴったりだった。

 俺としては別に、揶揄ったつもりはない。

 実際に鈴木は小柄で、小動物的な可愛らしさがあり、それは男女問わないものだろう。

 

 こんな先輩がいるならば──と興味を持つ新入生も多いはずだ。

 と、そんなことを本人に言ったところで、「わ、私が子供っぽいってことですか……!」と、ぷりぷりと怒られてしまうのが関の山だろうが。

 いや、むしろ自己評価の低い鈴木のことだ「わ、私目当てで新入生が……? 何言ってるんですか狭間くん。そんなことあるわけないじゃないですか。怒りますよ?」と、華麗なまでのスルーを決めようとするかもしれない。

 ……結局怒られるのかよ。

 

「大丈夫だ、いつも通り様になってる」

「そうでしょうか……だといいんですが」

 

 俺が言ったとて、いまいち似合っている自信がない素振りをするのも、またいつものことである。

 

 とはいえ、似合っていることもまた、事実だ。

 鈴木は俺と違い、ウィッグはつけておらず、また、その衣装も茶色が主体で、派手さはなく、むしろ素朴な印象ではあるものの、それがかえって、着せられている感、言うなればコスプレっぽさを全く感じさせない印象に仕上がっていた。

 

 派手な格好はしたくない、という鈴木の意見を取り入れた結果のこの衣装だったが、中々いい方向へと転んだのではないだろうか。

 

 昼休みの残った時間で最終確認を終えた後に、体育館に向かうと、すでに体育館の前方には新入生が集まっていた。

 

  また、体育館の両端には各部活が、出番順に並んでいる。

 ユニフォームやら道着やら和服やらがずらりと一堂に会す様は中々にカオスだ。

 

 俺たちも所定の場所に並び、壁にもたれかかるようにして部活紹介が始まるのを待つ。

 

 そして俺は、辺りを見回す。

 白髪の彼女を見つけるためだ。

 ここにいれば一年生。

 ここにいなければ──彼女こそが転校生如月六花という可能性が高まる。そういうわけだ。

 だが、じっと見渡す限りでは、生徒の中に一際目立つ白髪は見つけられなかった。目につくものは、精々国語教師の白髪くらいだ。

 いないとなると、やはり彼女は新入生ではなく、転入生なのか。

 そうこう考えていると、不意に、隣に座った鈴木が手をグーパーと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映った。

 見れば、その手は緊張で震えている。

 

 ……無理もない。というか、初めて人前に立つこととなる鈴木の境遇を考えれば、ごく当たり前だろう。

 部活紹介は三分に満たない短い時間ではあるが、それでも、多くの人間の視線を浴びながら何かをするというのは、鈴木にとっては相当なプレッシャーだろう。

 

 こういう場合は、何か気の利いたことでも言って彼女の緊張を少しでも和らげてやることが最善策だろう。だが生憎、俺にはそんな気の利いたスキルは備わっていない。

 多分世の中、こういう気遣いができるやつからモテていくんだろうな。

  

 ……とはいえ、この状況に気づいていながら、全く何もしないというのは、一年間という決して短くない年月を共にしてきた部活仲間に対してあまりにも薄情だろう。

 

 考えた結果俺は、できないなりに、なんとか鈴木の気を紛らわせようと、気が利いてるっぽい言葉を投げかけることにした。

 

「……えーと、あれだ、大丈夫だ。お前ならできるぞ、うん」

 

 自分で言っておいてなんだが、あまりにも酷すぎる。

 

「そう……でしょうか……」

 

 案の定鈴木は、不安げな表情でこちらを見つめてくる。

 そしてその表情は先ほどよりも不安そうに見えた。

 

 ……弁解させてほしい。

 鈴木ができるかどうかなんて、俺にも分からないのだ。

 少なくとも、さっきセリフの最終確認をしたときには、完璧だった。

 それは、鈴木の努力の賜物だろう。なにせ、一時は肌身離さず望あるいているグッズが、単語帳から、この部活紹介の台本に変わっていたくらいだ。

 

 けれど、やはり実際に人前に立った時、本人が練習に比べてなん%の力を発揮できるのかは、全くわからないのだ。

 

 そして俺は、そんな根拠がないものに対して手放しに「大丈夫」と言えるほど、器用ではない。自分からしても、相手からしてもどこか違和感のある言葉になってしまうのだ。

  

 ……うん。無理だな。土台、俺のような捻くれ者に、真っ当な励ましができるわけなかったのだ。

 

 なので俺は、開き直ることにした。

 

「なら、間違えていいぞ」

 

「え?」

 

 鈴木は意表を突かれたようで、目を丸くして驚いた。

 

「役者をやってる時の俺は、起点の利かせたアドリブには定評があるからな。もしセリフを忘れたり言い間違えたりしても、いい感じにフォローしてやるよ。だから間違えていい。」

 

 本来が脚本かだから──ということもあり、演技のほうはかろうじ大根役者を免れている程度だが。

 

 他人のセリフを覚えられる記憶力。そして、咄嗟の瞬発的な思考力。俺にはそこそここれが備わっているようで、セリフを間違えたことはないと言っても過言ではないだろう。

 

 西に人が飛ばしたセリフあれば、その穴が埋まるような言い回しをし、だ。

 

「ふふっ、たしかに、狭間くんはそうでしたね。……不思議です。もし間違えても、狭間くんがフォローしてくれるって考えたら、なんだか大丈夫な気がしてきました。」

 

 鈴木が微笑む。

 その表情に、さきほどまでの不安の色はまったくない──とまでは言えないものの、かなりマシになっていた。

 

「おう、そうか。そいつはよかった」

 

「はいっ!」

 

 ……期待が重い。反射的に「あんまり期待するなよ」と言いそうになるが、そんな純粋な笑顔を向けられて、言葉を飲み込むのだった。

 

 そうこうしていると、司会役の生徒による、『続いては、演劇部による部活紹介です』というアナウンスが聞こえてくる。

 

「行きますか」

「はい!」

 

 拍手の中、やたら偉そうな足取りでステージに出る。

 

『やあ新入生諸君! 今日は諸君らに』

『真面目にやってください! 失礼ですよ!』というやりとりから始まる部活紹介。

 練習通り小芝居をはさみつつ、活動内容や要項を伝え切ることができた。

 

 そして終わり際、一年を再度一瞥する。

 すると、中央の列の最後尾に、一際目立つ白髪が見えた。

 ──彼女だ。

 

 さっきはいなかった筈だ。

 いつから……いや、そもそもなぜあんな場所に。

 

 思考を巡らせていると、不意に袖を引かれる。

 

 そして、俺はまだステージ上から退場する途中だった。

 

「(悪い、助かった)」

 

 

 鈴木に小声で言うと、俺は今度こそ、足早にステージを後にした。

 

 

 体育館の出口へ向かう中、鈴木が心配そうに尋ねてくる。

 

「狭間くん、ボーッとしてましたけど大丈夫ですか? も、もしかして体調があまりよくないんじゃ……!」

 

「いや、大丈夫だ。……さっき部室で、入学式の日に出会した女子の話ししただろ? そいつが目に入ってな。ほら、ちょうどそこに白髪の……」

 

 さっき彼女が座っていた、列の最後尾に目を向けながら言いかけ、止まる。

 

「いない……?」

 

 そう。さっきまでいたはずの彼女は、そこにはいなかった。当然、体育館のどこを見渡しても、彼女は見つからない。

 

「いないんですか?」

 

「なあ、新入生の中に白髪の女子がいたの見なかったか? さっきまでそこにいたんだが、いなくなっててな」

 

「すみません、見てないです。セリフ間違えないようにするのに精一杯で……すみません」

 

「謝んなくていい、気にすんな」

 

「もしかして、その白髪の方というのが、入学式に出会った方ですか?」

 

「ああ……」

 

 そして、如月六花と聞いて、真っ先に思い浮かべた人間である。

 

「なるほど! そういうことでしたか! それにしても、白い髪となると……いわゆるアルビノなんでしょうか……?」

 

 アルビノ。確か生まれつき色素が薄く、真っ白な肌や、赤い目、そして、髪の毛からまつ毛まで、全身の体毛も白くなる、そんな体質のことだったか。

 といっても、人間におけるアルビノについては詳しくない。

 最も身近なのは、目の赤い白ウサギだろう。

 

 

「いや、まつ毛は黒だったし、普通に脱色したり染めたりで白髪なんだと思うぞ」

 

「なるほど、まつ毛が黒でしたら、その可能性は高いですね」 

 

「それと、瞳の色も赤じゃなくて綺麗すぎる青だったし。そっちもカラコンだと思うぜ」

 

「そ、その、アルビノの瞳の多くは、青系、灰色系が多いみたいです」

 

「へぇ、そうなのか。てっきりアルビノは全員赤い目だと思ってた」

 

 それこそ、『一方通行(アクセラレータ)』とかそうだったしな。

 

「動物のアルビノは目が赤いことが多いですから、そのイメージなんですかね」

「それにしても、そんなことよく知ってるな」

「たまたま本で読んで知っていただけです。実際にお会いしたことはないですし……でも、途中でいなくなるなんてちょっと不思議ですね。部活紹介も、まだ半分くらい残っていますし……」

 

 そしてなにより。鈴木には話していなかったが、彼女が突然消えたように見える、なんてのは、身に覚えがあった。

 

 昨日、彼女があの場から逃げ出し、身を隠した理由は、うっかり意味深な発言をしてしまったことが恥ずかしくなったからだ。

 

 そのケースを今の件に当てはめるとすれば、

 そうか。

 俺たちが退場する際、最後尾にいた彼女のすぐ側を通ることになる。

 そして、白髪が目立つという自覚のある彼女は、俺から視線が向けられるのを恥ずかしがり、俺が退場する前に前もって何かしらの理由をつけて退場したのだろう。  

 

 そして、それは俺たちが入場するときも同じで。彼女はなるべく俺から視認されないよう、俺たちが体育館の奥に入っていくのを見計らって、体育館に入ってきたのだろう。

 

 演劇部の時にだけ彼女が見にきたのは、恥ずかしさよりも、自分のことを見たかったのだろう。

 部活紹介のタイムスケジュールは、事前に配布されていて、遅れなく進んでいる。

 演劇部の紹介時間にピンポイントで入ってくるのはそう難しいkとではないだろう。 

 

 俺はそこまで考え、違和感に気づいた。

 

 あの入学式の日。俺は彼女に名乗りもしていなければ、自分が演劇部であることも伝えていない。

 

 にもかかわらず、彼女は俺の出る演劇部の紹介だけをピンポイントで見にきていた。

  

 ──彼女は俺が演劇部だと、どうやってで知ったんだ……? 

 

「あ、狭間くん狭間くん、私わかったかもしれません」 

「ん? ああ……」

 

 鈴木が、何かに気づいたようすで話しかけてくる

 

「その方がいないのって、ひょっとしてお手洗いに行ったんじゃないでしょうか……!」

 

 ……自信満々で言われたが、お手洗いってお前……。

 

「ちょっと確認してきます……!」

 

 そう言って鈴木は体育館の女子トイレの方向へと駆け出そうとする。

 

 

「ストップストップ。行かなくていい」

 

「そ、そうですか……? あ! そうですよね、お手洗いにいるか、わざわざ確認に行くなんて、失礼ですよね」

 

 決してそういうわけでいったのではないが……。面倒なので、ここは鈴木の言い分に合わせることにする。

 

「ああ。だから確認しなくていい。……その代わりと言っちゃなんだが──放課後、新歓の集客のために呼び込みするだろ? もしその女子を見かけたら、話し掛けて来てもいいか?」

 

 俺たちは放課後、公演の集客のため、昇降口の前に陣取り、呼び込みをすることになっている。

 昇降口。つまり全ての生徒が下校時に必ず経由する場所であり、そこにいれば、必ず彼女を再開することができる。

 

 そこで彼女に会い。そして必ず演劇部へ勧誘をするのだ。

 彼女は当初描いた妄想と違って、こじらせで中二病で。

 

 それから、一年D組の列に並んでいた彼女は新入生であり、転校生如月六花ではなかったが。

 

 それでもなお、髪を染め、カラコンをつけ、本来の自分ではない、何かになりたがっている美少女という事実は変わらない。

 

 そんな面白くて稀有で、演劇に最適な人材、勧誘しない手はなかった。

 

 ……ところで、白髪の彼女が、件の転校生如月六花ではないとすれば、如月六花はどんな女子なんだろうか。

 気にならないわけではないが、どうせほとんど関わることはないだろうと、俺は記憶の片隅へとおいやるのだった。 

 

 ◇

 

 部活紹介を終えた放課後。

 俺と鈴木は新歓の呼び込みのため、昇降口の階段付近で待機していた。

 

 上の階がざわざわと騒がしくなり始めたことから察するに、一年生のHRが終わったのだろう。今頃、一年生の教室と、会場である視聴覚室のある四階でも他の手の空いた部員が呼び込みをしているはずだ。

 

 上の階から、赤色の校章をつけた、新入生たちがぞろぞろ降りてくる。

 

 俺は相も変わらず『やあ諸君ら!』と偉そうに呼び込みをする。

 

 部活紹介に引き続き、勧誘らしからぬ太々しい態度だが。

 やはり部活紹介の時のインパクトは鮮烈だったようで、結構な人数が足を止めてくれていた。

 

 続くように鈴木も声を張り上げる。

 

『え、演劇部! 新入生歓迎公演がはじまります! 四階F組の隣、階段を登ってすぐ左の視聴覚室でやります! え、えと……面白いです!』

 

 自分で面白いって言っちゃうのかよ……。  

 鈴木の天然というか、テンパり気味な発言で、一時はどうなるかと思ったものの、意外にも、何人かの新入生にそれがウケたらしく。

「こんな先輩がいるのなら」と劇を見に行くってくれた。

 そして、それを皮切りにするように、

 そこそこの人数が部室の方へと向かってくれた。上でも勧誘をしているとなれば、今頃部室は大盛況だろう。

 

「はあ〜」

 

 呼び込みが順調なことに、心底ホッとしたのか、隣の鈴木から間の抜けた音が聞こえてくる。

 

「お疲れ」

 

「はい。よかったでです……新入生、ちゃんときてくれました……!」

 

「だな。降りてくる一年も大分減って来たし、鈴木は先に部室の方戻ってていいぞ」

 

「そんな、悪いです! 私も最後まで残ります! いえ、むしろ狭間くんこそ先に戻ってください!」

 

「いや、俺は初っ端から出る訳じゃない。 な、お前は舞台始まる瞬間から音楽流さないといけないだろ。普通に考えてお前の方が先に戻ってるべきだ」

 

「いえ! 開演には間に合わせますから!」

 

 一向に譲歩しなさそうな、そんな、鈴木を見て俺は「……また始まった」と思った。

 

 基本的に自分に自信がなく、意志の弱そうに見える鈴木ではあるが、こうして時折頑固とも言える抵抗をすることがある。

 そしてそれは、もれなく自分のためではなく、他人のためであったりするので、なまじ否定がしづらく、厄介なのだ。

 

 ──だが、俺が鈴木と出会ってから早一年。俺はその間に、鈴木が頑固モードを発動した際の対処方法を編み出している。

 

「そうか。じゃあギリギリの時間に行って

 ドタバタ準備するといい。もしかしたら、焦って、うっかりシリアスな場面でコメディシーンの曲流して雰囲気ぶち壊しになもしれないがな……」

 

「ひっ!」

 

「そうしたらきっと、劇はそのあとグダグダになって大失敗。当然そんな部に入る新入生はゼロ人。部員全員の一ヶ月が無駄になるどころか、これがきっかけでゆくゆくは廃部になるかもな」

 

「ひいいいいいい!」

 

 涙目になる鈴木。

 

 そう、これこそが俺が編み出した秘技「最悪の未来視(バッドエンドビジョン)」である。

   

 頑固モードは大概、周りに迷惑をかけんとして発動する。

 だから、頑固モードになったが故に周りに迷惑がある最悪の結末を見せるのだ。

 

 欠点は──

 

「ぐすっ……ごめん……なさい……すぐ……すぐに戻ります」

 

 罪悪感で押し潰されそうになることだ。

 

 そこからは俺一人で、ポツポツとまばらに降りてくる新入生への対応をした。

 だが、それもなくなり、もうまもなく上演時間だ。撤収するべきだろう。

 

           

 だが、一つだけ気がかりがあった。

 結局、白髪の彼女の姿を見ていない、ということだ。

 

 昇降口に陣取っている以上、見逃すということはないはずだ。

 だとすれば、既に他の部活の見学に行ってしまったのか。

 はたまた、俺に見つからないよう、たとえば、俺が他の一年生と話している隙をついて下校してしまったのか。

 

 ……自意識過剰にも思えるが、体育館での部活紹介の際、俺を避けるような動きをしています事を鑑みれば、あながちない話ではないように思えた。

 

 もしもそうだとすれば、しばらくはこちらから彼女にコンタクトを取ることは難しいだろう。

 

 幸い、並んでいた列から、彼女がD組であることは分かっているが1、部活柄多くの人間に顔を知られている手前、無駄に目立つような1ことはしたくない。 クラスに直接尋ねるのは、あくまで最終手段だ。

 

 

 

  そう思い、四階へ戻ろうと階段に差し掛かったその時、階段から誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 

 足音の主は女子生徒のようで、ちょうど膝の上まで伸びた黒いソックスと、チェック柄黒いのスカートが見えた。

 

 そして次第に、濃い紺色のブレザーに、さりげなくストライプの入った真紅のリボンがあらわになる。

 どれもが新入生らしく、ノリの効いた真新しい制服だった。

 だが、相反して左側の襟に付いた校章は二年生を示す緑色をしていた。

 

 そして、首の中ほどまで伸びた雪のように真っ白な髪。窓から漏れる光を受けて、煌めき、時折七色に輝いているようにさえ見えた。

 

 そんな特徴を持った人間は当然、一人しかいない。

 入学式のに出会った彼女であり、

 

 そして加えていうならば。その神秘的ともいえる、ミステリアスな立ち姿はとても、ただの中二病電波女子には見えなかった。

 

 そんな彼女の視線は、後ろの昇降口ではなく、明らかに俺を射抜いていて、俺は彼女の放つ、存在感を前に、身動きが取れないでいた。

 

 彼女は、階段を降り切ると、控えめに微笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「やあ、昨日ぶりだね」

 

 柔らかいソプラノでありながら、どこか芯の通った安らぐ声で、彼女は言葉を続けた。

 

「昨日は本当に助かったよ。ボクのこと、助けてくれてありがとう」

 

 もうここまでくれば間違いようもない。彼女は俺を、昨日助けた人物として認識している。

 

「……あ、ああ……」

 

 なんとか頷くと、彼女は「ねぇ」と、うっかり鼻と鼻が触れそうなほどの距離に近づいてきた。

 

 彼女から、花のような甘ったるい、どうしようもなく魅惑的な匂いがする。

 そして、バクンッッ‼︎ と、心臓がかつてないほどの力強さで、うねりをあげるように脈打った。

 

「怪我、してないかい……?」

 

 不意に、彼女が俺の腕を取り、なぞるように触れる。

 その瞳はまるで慈しむような、宝物にでも触れるかのような表情で、それを見つめる。

 

 ……俺は彼女に、なんと声をかければいいかわからなかった。

 

 あまりにも、俺が想像していた人物像とかけ離れていたからだった。

 朝倉との話の中で、中二病と高校デビューの話を聞いて、勝手kに俺は彼女をイタさのある人間だと想像した。

 

 その美少女度愛も、俺はてっきり、出会いが衝撃的すぎたために、自分の中で彼女のことを美化してしまっているのだとばかり考えていた。 

  

 けれど、彼女を至近距離で見てわかった。

 まるで痛々しさがない。それどころか、

 

 ──白髪も、碧眼も、おそらく本物だ。

 

  コンタクトを付けているなら、絶対にあるべき、レンズのフチが見えず。

 その髪色も、今俺が白のウィッグをつけているからわかる。この一切のパサつきのない、滑らかな髪質は、絶対に人工物なんかじゃなく、彼女が生まれ持って授かった色なのだ。

 

 つまり、人工的でない、本物。

 

 本物の、空から降ってきた白髪碧眼ボクっ娘美少女。

 

 そんな人間がこの世に存在しているなど信じられない。  

 

 その衝撃に押し黙っていると、彼女が不安げな表情を浮かべる。

 

 罪悪感をかんじて咄嗟に答える。

 

「だ、大丈夫だ……。 ちょっと筋肉痛になったくらいでなんともない。それより、ベランダから落ちて、そっちの方こそ大丈夫なのか……?」

 

 すると、彼女は今度ふにゃりと、柔らかな笑みを浮かべた。 

 

「ボクのことまで心配してくれるなんて、狭間くん、優しいんだ。……うん。キミが助けてくれたおかげで、ボクは大丈夫。だからね……狭間くんに、恩返しがしたいんだ」

  

 彼女は、鼻先が触れ合いそうになる距離の中、瞳を逸らさずに言った。

 

「───キミのためならボク、なんでもするよ?」

 

 その言葉からは、一切の誇張も、冗談も感じられず、本当に、俺のためになんでもしよう、という強固な意志を感じた。

 

 美少女からの「なんでもする」という申し出。

 世の中に、これほど魅力的な提案はないだろう。だが、それよりも、一つの疑問が頭を埋め尽くしていた。

 

 ────どうして俺の名前を知っている……?

 

「なあ……俺たち、出会ったのは昨日で。言葉を交わすのは、今が初めて、なんだよな」

 

「うん。そうだよ」

 

「どこで、俺の名前を知ったんだ……?」

  

 そう尋ねると、彼女は俺の後ろを指刺した。

 

 彼女の指の先には、新入生歓迎公演の告知ポスターが。

 センターにはホームズ。貼り付けにされた白髪の探偵。

 

 そして当然『ホームズ 狭間長太郎』と名前が載っている。

 

「昨日助けてもらってから、キミのことが知りたくてたまらなくて……部活紹介の時に探偵服着てたから、間違いないって思って。」

 

 なんのことはない。少し考えればわかることだったのだ。

 一瞬背筋が凍らせた自分が馬鹿らしい。

 まさか、ほぼ初対面の相手に不意に名前を呼ばれることが、こんなにも恐ろしいことだったとは。

 

 ほっと胸を撫で下ろしたところで、俺は新歓の開演時間のことを思い出した。

 

「悪い。このあと俺、やることあるんだ。だから話は後で──」

 

 と、言いかけたところで、彼女の瞳が、潤んでいるのに気づいた。

 

「うぅ……」

「お、おい……?」

「……ご、ごめん、ボク……うぅ……いきなり迷惑だったよね……グスン、嫌だった……よね……ヒック……」

 

 彼女はあっという間に大粒の涙を流し、その丹精な顔はみるみるうちに、濡れていった。鼻を啜る音まで聞こえてくる始末だ。

 

 おい……おいおいおいおい……!

 なんだなんだなんだ! 一体何が彼女が泣き出すトリガーになったんだ……⁉︎

 

 そりゃ確かに断りはしたが、それだけでこうまで取り乱すことはないだろ⁉︎

 

「うわああああああん!」

 

 先ほどから一転して、気づけば俺はそして、しまいには声を上げて泣き出してしまった。

 

 流石にこの状況で彼女をほっぽって階段を登るわけにはいくまい。

 

「お、おい! 聞く! 話なら後でいくらでも聞いてやるから! 一旦落ち着いてくれ……! 正直戸惑っちゃいるが……君のこと、迷惑だなんて思ってないし嫌でもなんでもない。むしろ、君見たいな美少女に構ってもらえて俺得でしかない。だから、な? 一旦落ち着かないか……?」

 

 俺はほぼ初対面の相手に何を言っているんだ……。

 

「ほんと……? ボクのこと、嫌いになってないかい……?」

「なってないなってない。でも、部活紹介見てたなら分かると思うが、俺はこの後劇にでなきゃならんからなん。話ならそのあとでいくらでも聞いてやる」

「本当……?」

「ああ……。そうだ、劇を観にくればいい。終わったらすぐ時間つくって話しかけにいくから」

「いいの……?」

「ああ。ダメな理由なんかどこにもない」

 

 強いてあげれば、他の部員が撤収作業に追われる中、一人だけ美少女と歓談しているくらいだ。

 

「ありがと……」

「……お、おう」

 

 それにしてもというか、こう、美少女の泣き顔というものは、なかなかクるものがあるということが分かった。

 

 俺は彼女を客席まで案内すると、大急ぎで舞台袖へと駆け込むのだった。

 開始時間、一分前のことだった。

 

 ◇

 

 ワトソンとメロスの活躍により、セリヌンティウスと、ついでにホームズの命は助かり。乱心の王は己の過ちを認め、人の心を取り戻した。

 探偵事務所にもどったワトソンが、事の顛末を語り終えると、照明が落ちるのを合図に、舞台は幕を閉じた。

 

 客席からの拍手が響き渡ると、無事に新歓を終えた安堵感でドッと疲労が押し寄せてくる。

 もっとも、今回に限っては、疲労の原因はそれだけではないのだが。

 正直、舞台に立っている最中も、彼女のことが気になって仕方がなかった。

 視界の端に、白色がチラチラ映り込むのだ。

 演技中に余所見をするのはもちろんご法度なのだが、何度彼女の方に視線を向けそうになったことか。

 

 最後の挨拶と、明日の体験入部の説明を終えると解散になった。

 

 俺は部長に断りを入れ、彼女のところへ向かう

 

「悪い、待たせた。送るよ。歩きながら話そう」

 

 部室じゃあ、一目が多すぎる。

 必然的に昨日の話をすることになるだろう。そうなれば、質問攻めにされることは必至だ。埒があかない。

 

 

 ステージ上以外で無駄に注目されるのは好きではない。

 

「その、なんだ。劇はどうだった?」

 

 盛大な泣き姿を見たからなのか、さっきと比べれば、比較的まともに話かける事ができた。

 とはいっても、相変わらず心臓がバクバクとうるさい事に変わりはないが。

 すると、先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のように、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

「すっっごく楽しかった……! 狭間くん、ボクにこんなに面白いもの、見せてくれてありがとう! なんか、不安とか、全部吹っ飛んじゃった」

 

「そ、そうか、ならよかった」

 

 不安とは、一体何のことなのだろう。

 彼女が、急に泣き出した理由と関係があるのだろうか。

 ほとんど初対面の今の状況では、そんな踏み込んだ質問はとてもできないが、こうして彼女を元気付けられたことは、素直に嬉しかった。

 

「それでなqんだけど、その……さっきのこと……忘れてくれないかな?」

 

「さっきのこと……?」

 

「その、狭間くんが行かなきゃって言った時に……」

 

「ああ、いきなり泣き始めたことか」

 時すでにおそし。

 彼女はぷくーっと、餅のように頬を膨らませていた。

 あざとすぎる気もするが、様になっていて

 

 正直、可愛すぎかよ!!だった。

 

「もう、口に出さなくたっていいじゃないか……」

 

「悪い……忘れる」

 

 と言っても、あれだけインパクトのある出来事、早々忘れることはできないだろうが。

 

「ほんとに……?」

「……ほんとに」

 

「なら、いいけど」

 

 俺は、そのドタバタのあまり聞きそびれた、重要な質問を投げかけた。

 

 

「なあ、名前聞いてもいいか?」

 

「うん、ボクは如月六花」

 

 やっぱりだ……!

 彼女こそが、俺の右どなりの席の転校生、如月六花。

 

「どうしたのもしかして同じクラスだったり?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 本当は、同じクラスである上、席も隣同士なのだが、口を挟み損ねてしまった。

 

 そうか。やはり彼女が如月六花。

 

 

「本当かい……⁉︎」

 

「ああ。それも、席も隣同士だ」

 

 そっか、やっぱり運命、感じちゃうな」

 

「やっぱり……?」

「うん。だって、ボクのこと助けてくれた狭間くんが同じクラスで、しかも隣の席。これってきっと運命だよ」

 

 運命。

 そうだ。俺も如月と初めて会った時。運命だと思った。

 

 

「部活紹介の時、一年の列に並んでたから、如月が二年だって気づいたときはびっくりしたよ」

 

「ああうん。先生に部活入ったらどうだって言われて、せっかくだから部活紹介見ていけばって言われて。なるべく目立たないところに座ったつもりだったんだけど、狭間くんにはばれちゃってたみたいだね」

 

「まあ、な」

 

 もとより、如月のことを探してたようなものだったしな。

 

 ──ふと、疑問が生じた。

 

「なあ、如月って、少なくとも午前中は学校きてなかったよな」

 

「うん。ちょっと調べ物があって、本当は明日から登校するつもりだったんだ。でも、それを伝えるために学校に電話した時、部活紹介があるって聞いて、学校に来ることにした」

 

「……? でも如月、俺の見たてがまちがってなければ、うちの部の時にしか見てないよな?」

 

「うん。そうだよ。だってボクは、演劇部の部活紹介だけを──ううん。狭間長太郎くん。キミのことだけを見にきたんだから」

 

「俺を──?」  

   

「うん。だって狭間くんは──ううん、なんでもない。今のは忘れて     

 

 朝倉との会話を思い出す。

 彼女が、俺に運命を感じているかもしれない、という可能性。

 

「なあ、如月。昨日言ってた『キミがボクの王子様?』ってセリフ。あれは……どう言う意味なんだ?」

「それも……できれば忘れて欲しいんだけど……話さなきゃだめ、かな?」

 

「ああ。できれば話してくれ」 

 

「……ボクを助けてくれた狭間くんが、あまりにもかっこよくて……その……王子様みたいで……つい言っちゃったんだ」

 

 如月は顔をかぁと熱くして言う。

 

 反則だろ……。

 

 

「これを忘れるのは.。ちょっと厳しいかもな……」

 

 忘れようとするには、少々……いや、大分インパクトが強すぎた。

 

「……いじわる」

 

 そんな理不尽な……。

 

「ボクは、キミの前から逃げ出して、咄嗟に隠れちゃうくらい恥ずかしったのに……」

 

 なるほど。信じられないが、朝倉との話は大方会っていたと言うことになる。

 やはり死角にいたのだろう。 

   

 ……彼女が本物という一番肝心な部分が外れているが。

 

「その、昨日はごめんね。びっくりしたよね」

 

 もちろん、あの瞬間こそ驚きはしたものの、その内容は概ね、朝倉が語った通りだったため、特別驚くことはなかった。

 如月は、朱に染まった頬のまま話し続ける。

 

 そうしているうちに、昇降口についてしまう。

 

「今日はもう、帰るね。キミと話せて本当によかった」

「あ、ああ」

 

「それと、大事なことを言い忘れてた。」

 

 

 

 そして、如月は「それでね」と前置きをして言った。

「ボク、演劇部に入部することに決めたよ」

 

 もう少し考えたらどうだ、なんて言葉は言う気には全くなれなかった。 それは、如月の瞳から、絶対に曲げないという意思を感じたからだ。

 

「……そう、か……じゃあ、これならよろしくな」

 

 彼女は俺の手を両手で握ると、とびっきりの笑みを浮かべたのだった。

 

「うん、これからよろしくね狭間くん」

 

「待った。最後にひとついいか」

 

 

「如月は、演劇部をピンポイントで見にきたが、俺が演劇部なのは、どうやってし知ったんだ?」

 

「怒らない?」

 

「ああ」

 

 

「あの後、学校中探した」

 ……

 

 ●消えたように見せかけて、実は隠れてた

 

 ひょっとして、ヤンデレというやつでは?

 

 波乱の予感だった、

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「実を言うと、キミがステージの上に立って、演劇部って分かったあの瞬間から、もう演劇部に入る事は決めてたんだ。だから、もう後の部活はみる必要ないかなって、こっそり抜け出しちゃった」

 

 

 

 

 ●長太郎、六花に対してはそのうち失望してどっか行くだろうの精神

 →これは、六花が諦めるのを待つチキンレースのようなものだ

 

 

 

 そういって如月は部室を後にしていった。

 

 これで、本当に一段落だろう。

 

 去っていく彼女の背中を見送っていると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 なんと言うか、怒涛の展開だった。

 とにかく今は、新たな部員の入部と、空から降って来たボクっ娘美少女が隣の席の転校生だったことを喜ぼうじゃないか。

 

 ……本当に、どんな偶然だ。きっと、一生分の運を、俺は使い果たに違いない。

 万が一に備えて今のうちに遺書でも書いておくか。

 そんなことをぼんやり考えていると、部長が話しかけてくる。

 

 

「なあ、さっき言った、空から降ってきたって、どう言うことだ?」

 

 そういえば、一刻も早く如月と話したかった俺は、突拍子もない事を言っておいて、その隙に逃げよう、という。まるでバトル漫画の一幕のような方法で部長との会話を中断したのだった。

 

 仕方ないので、部長には「昨日、ベランダから落ちたところを、偶然受け止めた」と、端的に話した。

 

「なるほど、それで空から降って来た、か。些か誇張が強すぎる気もするが、お前に言わせればそうなんだろうな」

 

 部長はそう言った後、ふと何かに気づいた様子で話しかけてきた。

 

「なあ、お前、彼女は作るのか?」

「は? なんですいきなり」

 

「なんだ、自分が言った言葉も忘れたのか? 以前、『空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ』なんて言ってたろ」

「……覚えてましたか」

「お前、今すっとぼけたフリをしたな?」

「だって、まさか本当に出会うとは思わないでしょう。なんです、部内恋愛禁止とでも言い出す気ですか?」

「その辺は、面倒事さえ避けてくれればいい。くれぐれも隣校の演劇部みたいにならんようにな」

「ああ、はい」

 

 隣の高校にも演劇部があるのだが、そこの唯一の男子の部内での二股がバレて、危うく部活が崩壊しかかったのだとか。

 男子の方も、結局、下手にモテてしまうからそういったことになるのだろう。あー、モテなくてよかった。

 …………うん、本当に。

 

「……どっちみち、彼女はつくらないんで、その心配は杞憂ですよ。あの条件も、これなら絶対ないだろ、って要素を適当に並べただけのものなので」

「だろうな」

「でも、それがあり得ちゃったんで、せっかくだしまた新しい条件を設けることにしますよ」

「……今度はどんな碌でもない条件になるんだ?」

「今回はいたってシンプルにいきますよ。『女子から告白でもされない限り彼女はつくらない』ほら、シンプル」

 

 どうも朝倉の話じゃ、俺が告白される、なんて事態は間違ってんもないらしいからな。

 

 すると部長は、何か言いたげな視線をぶつけてくる。

「…………それも、すぐ撤回されそうな予感がするけどな」

「部長、まさか俺のこと……」

 ──気のせいか、心臓がトクンと脈打った気がした。

 

「ちゃうわ、アホタレ」

 

 ──気のせいだった。

 

「まさに脈なしですね」

「……なにが⁉︎」

「こっちの話です」

 

 となると、やはり部長は俺と如月の様子を見て、如月が俺に気があるのだと思ったのだろう。

 

 確かに、あの調子でグイグイこられれば、そうなる可能性も否定できない。

 が、しかし、いかに運命的な出会いをしたとて、こちらは捻くれ&拗らせオタク。

 そうですぐ俺にドン引きして、勝手に失望していくだろう。

 だから部長、やっぱりその心配は杞憂ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリと、金具の音だけが響く中、黙々と作業していると、鈴木が話しかけてきた。

「狭間くん。如月さん、すっごく美人さんでしたね」

 

 本当にな! と思ったが、なんとなく、正直な自分の感想を答えるのが憚られた。

「ああ。実際、部長も如月を舞台に立たせたら面白い劇ができそうって言ってたしな」

「私もそう思います。モデルさんみたいに美人で、スタイルもよくて、かっこよかったです。ダメダメでちんちくりんの私とは全然違います」

 

 鈴木は、他人の長所を目の当たりにすると、自分と比較してこうして落ち込むことがある。

 

「そりゃ違うだろ。顔も声も、体格も、性格も、違くて当たり前だ。あれだけ違ければ、向いてる役だって絶対に違う。それに、如月はお前と違って、空手とバイオリンで全国行ってないと思うぜ」

 

「そうかもだけど。でも……」

 

「今のじゃ足りないってなら、裏方に周りたがる部員が少ない中、一年のころから音響をやってきれてくれたってのは感謝してるし、紛れもない事実だろ。誇ってくれていいんだぜ」

 

 

「それに、如月にだって、苦手なこととか、恥ずかしい秘密とか、色々あるかもしれないぞ」

 急になきじゃくり始めたり、とかな。

 

「そうですかね……狭間くんのいうように、私、みんなの力になれてたんでしょうか……」

「今更何いってんだ。当たり前だろ? むしろ鈴木がいなきゃ困るっつーの」

「狭間くん、ありがとう……です!」

「おう」

 

 鈴木が、何をもって、俺に感謝を伝えたのか。その気持ちの全てを推し量ることはできないが、少なくとも、悪い気分ではなかった。

 

  ◇

 

 

 【転校生のいる朝】四月九日

 

「で、昨日例の女子には会えたのか?」

 

 翌日。朝直登校してくるなり、如月の事について質問を投げかけて来た。

 興味ない風を装って、興味深々だったらしい。

 

「ああ、会えたぞ」

「へえ。じゃ、俺の考察の大半は当たってたろ?」

「そうだな、大半は当たってた」

 

 本当に、朝倉の予想の大半は当たっていた。

 だが、それでもそんな朝倉の予想を裏切る要素が、いくつもあった。

 彼女の白髪はウィッグではなく、地毛で、碧眼もカラコンではなく、生まれ持ったもので、そしてなにより、朝倉は、彼女が転校生であり、朝倉が今座っている、俺の右隣の席の本来の主こそが彼女であることを知らない。

 

 HR開始五分前のチャイムが鳴と、担任の体育教師が教室に入ってくる。

 

「ホームルームの前で悪いが、お前ら、今日は知らせがある」

 

 本来なら、彼が声を上げ始めるのはHRが始まる五分後だ。

 このイレギュラーな事態にクラスが少しどよめいた。

 

「諸事情で何日か後ろ倒しにはなったが、今日からうちのクラスに転校生が入る」

 

 その担任の言葉に、クラスのどよめきは一気に大きくなり、気づけば、ザワザワとしたハッキリしたものになっていた。

 

「如月、入ってこい」

 

 担任が扉を開け、手招きをする。

 そして、いよいよ如月が、真っ白な髪を靡かせながら、教室に入ってきた。

 

 彼女の姿が露わになった瞬間、後ろから「はっ?」と朝倉の声が聞こえたのを、俺は聞き逃さなかった。

 見なくてもわかる。奴は今頃、「なぜ転校生であることを黙っていた」と、俺を呪い殺さんばかりの恨めしげな視線で見ているだろう。

 

 すると、さっきまであれほど騒がしかった教室が、ぴたりと静まりかえった。

 カツ、カツ、と如月が黒板に名前を書いていく音だけが教室に響き渡る。

 

 きっと、誰もが俺のように、その髪色に、瞳に、魅入られているのだろう。

 その衝撃を、先行して、しかも独り占めにして体験できたのだと思うと、悪い気分ではなかった。

 とはいえ、そこは思春期真っ盛りの高校生。静かなままで終わるはずもなく。

 「すげ……」と、男子の漏れ出たような呟きや、「え、めっちゃかわいくない……?」、「やばくない?」という、女子の会話が方々から聞こえはじめ、教室は急速にに騒々しさを

 取り戻していった。

 

「えーと───」

 

「ボク如月六花っていいます。よろしくお願いします」

 

 俺と話していた時よりも、少しぶっきらぼうにも聞こえる言い方ではあったが、それでも彼女の声は、彼らの心を大きく揺さぶったようだ。

 

 その次の瞬間には、まるで爆発でも起きたかのような喧騒が瞬く間に教室に広がった。

 おそらく、隣のクラスどころか、この三階のフロア中に響き渡っていることだろう。

 

 そして、喧騒の中から数々の言葉が飛び交う。

「自分のことボクっていうんだ!」「どこからきたの!」「彼氏いるの⁉︎」「放課後みんなでカラオケいかない⁉︎」「おっぱいでっか!」

 

 おい、朝っぱらからおっぱい言うな女子。

 ………まあ、確かに? ブレザーの上からでもはっきりと分かるほどの膨らみを彼女が持っていることは否定しないが。

 

 そんな収集の付かなくなった状態を見かねてか、担任が前に出てくると。「お前ら、質問はあとでやれー」と強引にホームルームを再開させた。

 

「ああそれと、如月の席はあそこな」

 

 そうして担任が指を指したのは当然、俺の右隣の席。

 隣同士だった事にはさすがの如月も驚いたようで、目を丸くしていた。

 

 如月は席に座ると、「やあ」とでも言うように、右手を上げた。

「狭間くん、もっはろー」

「もっはろー⁉︎」

 

 なんだその挨拶。ひっくり返るかと思ったわ。

 

「うん。これボクのオリジナル挨拶。モーニングとハローでもっはろー。どう? 斬新じゃない?」

 

 それ、「も」を「や」に差し替えただけの、既にだいぶ近い挨拶が、よりにもよって、この千葉県が舞台のラノベに登場するんですが……なんて、楽しそうに笑う如月の前で、そんな事はとても言えなかった。

 

(それじゃあ狭間くん、クラスでもよろしくね)

 

 こそりと、耳元で囁かれる。

 ホームルーム中だから、と気を使ったのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。

 そのあまりのいじらしさに、俺の全身はぞわりとした感覚が広がり、そのあまりの破壊力に思わず額を机に打ち付けるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 ホームルームが終わると、如月に質問をしようと、あるいはお近づきになろうとする人の群れが一斉に押し寄せてくる。

 アニメではよく見た光景だが、現実でも如月クラスになると発生するんだな、このイベント。

 おかげで俺は、人波に押し流されるようにして廊下に追い出される羽目となった。

 

 そして、そんな俺にわざわざ近づいてくるやつが一人。

「転校生とか聞いてないぞ。なんだあの設定爆盛りモンスターは」

 

 当然、朝倉だった。見るからに不貞腐れた表情をしている。 

 おそらく、如月の存在感が自身の想像以上だったのだろう。

 そんな朝倉に、俺は賞賛の言葉を伝える。

 

「おめでとう。朝倉の予想の大半は当たっていたよ。ウィッグもカラコンも付けてなくて、その上転校生、ってのを除けば」

 

「その大半にじゃない部分が問題なんだっつの。こんなんで当たったうちに入るか」

「じゃ、ラーメンは朝倉の奢りってことで」

「わかったよ……」

 

 実は昨日、俺は朝倉と、とある簡単な賭けをしていた。

 掛けの内容は、『白髪の彼女は、朝倉の考察通り、ただの中二病電波女子なのか否か』という内容だ。

 

 結果的には、前述の通り、朝倉の予想の大半は当たっていたのだが、外した部分が大きすぎた結果、朝倉は珍しく、あっさりと自分から負けを認めたのだった。

 

 ちなみに賭ける物は久城高校から徒歩十分のところにうあるラーメン屋、『にくちゃ〜しゅ〜』の脂こってり豚骨ラーメンの奢り。

 高校生の我々にとって、八六〇円は結構な大金である。

 

「……ったく、あんな凄みのある奴に出てられたら、負けを認めるしかないだろうが。一杯でも十杯でも好きにしろ」

「十杯は死ぬわ。一杯で十分」

 

  店名に『にくちゃ〜しゅ〜』なんて名前つける店だぞ? そんなの不健康たっぷり早死にマシマシ一直線だっつの。

 

「ま、ラーメンは次の学校が半日で終わる日にでもいくとして、だ。あいつ……如月だっけか、昨日登校してなかったろ。いつ捕まえたんだ?」

 

 捕まえたって……。んなポケモンじゃねーんだから。

 

「昨日、午後から登校してきたらしいぞ。部活紹介見て、うちの部に入ってくれるそうだ」

「ふーん、なるほどねぇ、クラスでも放課後でもべったりってわけだ」

「おい、妙な言い方すんな」

 

 朝倉は「精々他の男子に嫉妬で殺されないようにな」と、あながち洒落にならないセリフを吐きながら、自販機の方へと歩いていった。

 確かに。あれだけ目立つんだ。クラスでは適切な距離を取る必要があるだろう。 

 

「これは、あとで如月と相談だな」

「ボクがどうかしたの?」

 

 後ろから声を掛けられ反射的に振り向くと、目の前には如月の顔があった。

 

「うおっ……いつのまに」

「いやあ、質問責めにされて身動き取れなくなっちゃってたんだけど、狭間くんとお話したいなって、お手洗い行くふりして抜け出して来ちゃった」

 

 

 

「大変だな。俺も押し流されて教室から追い出されたし」

 

「そういえば廊下で、あの眼鏡掛けた男子と話してたよね」

「ああ、朝倉のことか」

「ああ、彼、朝倉くんって言うんだ。何話してたんだい? ひょっとして、ボクの話だったり?」

「ええーと……」

 

 まさか馬鹿正直に、如月をダシに掛けをしてました。なんて言えるわけがない。

 

「ああ。それと、今度またラーメン食べにいこうぜ、って話だな」

「ラーメンかあ、いいね。今度よかったらボクも連れて行ってくれない?」

 

「ああ、じゃあ次行く時如月も一緒に行くって朝倉に……」

 朝倉に伝えておくよ、と言い切る前に、如月が言った。

 

「ううん、二人で行こうよそれともボクじゃだめ……かな?」

 

 ……やっぱり、その上目遣いはずるいと思う。

 まあ、そもそも如月の要望を断る気など、毛頭なかったが。

 

「いや、一緒に行く事自体は全然いいんだけど、いつも行ってる店、ニンニクとか油とか、かなりこってり系だから、匂いとか気にならないか? もしアレなら、他の店でも……」 

 

 そう言うと、如月は「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしたかのように言うと、両手を後ろに組んで、数歩遠かった。

 

「狭間くん、知ってる?」

 

 そして、如月はその場でくるりと回ってみせた。

 それに合わさり、スカートがふわりと膨らんだ。

 

「───女の子は、いつだっていい匂いなんだから」

 

 花のような香りが、俺の鼻腔をくすぐった。

 

 その香りはシャンプーか、柔軟剤か、それこそ如月自身の何かフェロモン的な香りなのか。

 俺には判別することができなかった。

 

 その言葉は、あまりにめちゃくちゃで、理屈もなくて、正直に言えば、痛々しい台詞だと思ったが。

 そんなわけがあるか、と言わせない魅力を感じた。

 

「それじゃあ、次に学校が半日で終わる日にでも行こう」

「いいのかい? 例えば友達とと約束とか……」

「ない。だから安心してくれ」

 

 こうして、如月とラーメンを食べにいく約束を取り付けた俺は、戻ってきた朝直に告げた。

 

「朝倉すまん、ラーメンは当分先だ」

「あ? まぁ別にいいけど」

 

「……あ、それとそれまで絶交な」

「…………なんでそうなった? まぁ別にいいけど」

 

【昼やすみ】

 

 ●五分早く終わった

 

「じゃ、今日の授業は終わりです。チャイム鳴るまでは教室の中にいろよ〜」

 そう言って国語教師は教室から出ていく。

 ようやく四限が終わったのだ。それも、五分早く終わるというおまけ付きで。

 

 久城高校は授業によっては、成績順に段階にクラス分けされるのだが、現在は、現代文の最上位のクラスだけあって落ち着いた人間が多いためか、如月への質問ラッシュもない。

 これでようやく少しは落ち着くことができる。

 

 いつにも増して疲れたように感じるのは、やはり、隣に彼女がいるからだろう。

 

「はあ〜、やっとお昼だ〜」

 

 如月が大きく伸びをすると、背中を反ったぶんだけ張り出された胸の膨らみに目が吸い寄せられてしまう。

 これで、夏になり、ワイシャツ姿になれば、一体どうなってしてまうのか。

 衣替えが楽しみやら恐ろしいやらだった。 

「狭間くん、お疲れ様」

「あ、ああ、お疲れ」

 

 危ないところだった。おそらくあとコンマ一秒でもな長く如月の胸を凝視していたら、バレ、好感度の低下によってバッドエンドルート一直線だったことだろう。

 例によって、セーブ&ロードが不可能な現実では行動一つとっても命取りなのである。

 

 

「どうしたんだい、ボクのことじっとみて」

 如月が、伸びの姿勢を維持したまま言う。

 

「もしかして、ボクの胸みてた?」

 

 はい。バッドエンドルート一直線確定。さーて、どうやって死のうかな〜〜。そういえば結局まだ遺書書いてないや。

 

「…………いや? 見てないぞ? マジで。一瞬たりとも」

「本当?」

「マジマジ。なんだったら神にでも誓うぞ?」

 

 ……すまん神よ。己の尊厳のためにあなたを盾にする愚かな俺を救いたまえ……。

 

「じゃあ、そうだな……。ボクの胸のサイズにも、全く興味、ないんだよね?」

「………………ない。全くない。」

 ……ないったらない。

 

「そっか……。他の男子には絶対に教えないけど、狭間くんにだったら教えてもよかったんだけどな……」

「………ふーん……そうか……それは残念だったな……本当に……」

 

 すると、如月が、俺の耳元に顔を近づけてくる。

 

(今正直に答えてくれたら、教えてあげるんだけどな)

 

「………………見てました」

「ふふ、正直でよろしい」

 

 そして如月は、再び俺の耳元に口元を当て、約束通りにそのサイズを告げてくれたのだった。

 

 具体的なサイズは伏せておくが、そのサイズを表すアルファベットを指折数え終えた時には、実に、七本の指が折り畳まれていたとだけ言っておく。

 

 如月の圧倒的な戦闘力に恐れ慄いていると、「キュルル」と、まるで小動物の鳴き声のような音が聞こえた。

 あれはキュルキュル鳥の鳴き声さ。

 

 そんなこともなく音の発信源の方を見ると、顔を赤くした如月がお腹のあたりを抑えていた。

 どうやら、如月の腹の虫が発信源だったようだ。

 

「見られると、恥ずかしい……」

「……悪い」

「はあ、お腹すいちゃった。ねえ、長太郎くんお昼は……」

 と、如月が言いかけたところで、割って入る声があった。

 

「如月さーん! お昼一緒に食べよー!」

 声の主は吹奏楽部に所属する女子、たしか名前は佐藤……

「六花ちゃん、ウチらと食べようよー!」

 今度はクラスのいわゆるギャルグループの藤……

「如月さーん、ウチたちと……」

 続いて……いやまて、こいつに至っては確か隣のクラスの女子だぞ?

 

 周りを見ると、如月の話を聞きつけてか、他のクラス、他の学年の生徒までが六花を一眼見ようと集まってきていて、場は混沌としていた。

 

「如月さーん、バスケ部のマネージャー興味ない?」

 しかも、昼飯の話で揉めてる中、ちゃっかり部活の勧誘まで行う輩まで現れる。

 当然、他の部活も便乗して勧誘を始めるわけでいよいよい事態は収集がつかなくなり始めていた。

 

 ……これは面倒なことになった。

 転校生、しかもそれが美少女で白髪で碧眼ともなれば、大抵の人間は一眼みたいと思うだろう。

 正直に言えば、出会い方さえ違えば、俺も野次馬の一人になっていただろう。

 くそっ。こうなることをもっと早く見越していれば……。

 

 なにより面倒なのは、ここで下手な断り方をしてしまえば、後々、如月と他の生徒との間に、面倒な禍根が残りかねないということだ。

 『出る杭は打たれる』。くだらない。本当に嫌になる言葉だ。

 

 全くもって、容姿というものは面倒だ。本人が望んでいないにも関わらず目立ったり評価されたり、嫉妬の対象になる。

 そんな、本人にはどうしようもない原因で、面倒事に巻き込まれるなんてのは、やはりりクソッタレだ。

 

 

 それに、ここまで、ただの如月の隣人として、息を潜めていたが、流石にこの状況にうんざりしてきた。

 ……何かできることはないか。そう考えていると、一つ妙案が浮かんだ。

  昼食の誘いも、部活の勧誘も両方同時に、それもきっぱりと断るのではなく、有耶無耶にして諦めさせることができる方法が。

 

 俺は、静かに息を吸う。さて、一芝居打つ事にしよう。

 

「如月さん!』

 

 自分でいうのも何だが、よく通る声が教室に響いた。

 きょとんとした顔の如月と目が合う。

 俺はすかさず、周りにも聞こえるように、続きのセリフを話し始めた。

 

『提出してくれた入部届の件で! 演劇部から説明があるから! お昼持って部室来てもらっていいかな!』

 

 

 すると、如月は言わんとすることを察してくれたようで、ランチボックスを取り出し、席を立った。

「そうだった。ごめん、すぐ行くよ」

 

 これこそが俺の編み出した策だ。

 ●長太郎の作戦の説明。

 

 転校初日ですでに入部届を出している、かつ、演劇部というイロモノ部活。

 これだけ要素が揃えば、「これは他の部活には靡かなそうだ」と、大半の生徒は納得してくれるだろう。

 昼に関しても、如月が教室で飯を食わないのなら、全く意味のない争いとなる。

 

 

 

 

 

 

 俺たちは、この機を逃すまいと、そそくさと教室を後にし、現在は如月を連れて階段を登っていた。

  

「ありがとう狭間くん。助かっちゃった」

「あんなのは一人じゃどうしようもないからな。それに、俺も身動きとれなくて困ってたし」

「それにしても、やっぱり舞台じゃなくてもああやって自然にお芝居できるんだね。さすが演劇部って感じだ」

「まあな。部活に、なんでもないタイミングで即興で芝居振ってくる人が何人もいてな。気づいたらできるようになってた」

 日常会話の最中に突如始まる即興コント。

 いわゆる、演劇部あるあるというやつだ。

 

 他には「教室では無口で大人しいが、部室では本性を表してはっちゃける」「『ロミオとジュリエットはやらないの?』と聞かれる」

 

「ところで、どこに向かってるのか、聞いていいかな?」

 

 そう言う間に、四階にたどり着く。 

 

「演劇部室。演劇部にとって、学校で一番落ち着くところだ」

 演劇部あるあるその四、である。

 

「そっか、部室ってお昼でも使えるんだ」

「ああ。こればっかりは演劇部の特権だな」

 

 俺は、三列ある長机のうち、真ん中の列、前から二つめの席に腰掛ける。

 

 

 

 先ほどまでの騒がしい教室から一転して、背後にある一年生のフロアから、微かに騒めきが聞こえるのみで、しんと静まりかえっていた。

 こうして、俺たちはようやく平穏を取り戻したのだった。

 

「窓が多くて明るいわりに、だだっ広いし静かだし。くつろぐにはなかなか贅沢なところろろ? 俺は昼休みになると、俺は大抵ここで飯食いながら、台本のネタ考えたりしてる。あと昼寝も」

 

 おい、誰だ今ぼっち飯って言ったやつ。怒らないからでてきなさい。

 ちなみに俺は、この呼びだしに応じて、怒られなかったことは一度もない。

 まああれだ。昼休みってのは、読んで字の如く休むためにあるんだし、あんな騒がしい場所にいて休めるか、って話だ。

 

「うん。ほんとに落ち着くね。今日は一日質問攻めだったから疲れちゃったよ」

 

 そう言って、如月は椅子に座った。

 だだっ広い教室の中、俺の右隣に。

「……隣でいいのか?」

「……だめ、かな?」

 

 思わず訝しんだ反応をすると、如月は上目遣いで訪ねてくる。

 女子の上目遣いに、俺は一生勝てる気がしない。

 

「す、好きにしてくれ」

「狭間くんは昼休み、いつもここにいるの?」

「そうだな」

「そっか。じゃあボクもそうしよっと。……他の人たちとかどうでもいいし」

 

 部活紹介の件といい、如月はどうも、自分が一番と決めたもの以外はどうでもよくなってしまう性分らしかった。

  ひょっとして、それが自分に向いているのではないかと思うと、どう受け取ればいいか、正直わからないところがあるが。

 

 けれど、そんな如月のことが、少し、心配でもあった。

 

「……少し、らしくないことを言ってもいいか?」

「うん? どうしたんだい?」

「毎日きてくれるってのは、マジで嬉しいんだが……明日は教室で飯食ったほうがいいかもな」

 

 

 如月はキョトンとした表情を浮かべた。

「そうかい? ボクは毎日ここでいいと思うんだけどなぁ……狭間くんと二人っきりになれるし」

 

「忘れ物の借用に、課題の写し。意外とメリットは多いぞ。隣のクラスのやつとも知り合っておけば、体操服だって借りられる」

 

「あはは、狭間くんって結構忘れ物の多いうっかり屋さん?」

 だまらっしゃい。

 

「でも意外。狭間くん、クラスメイトとは最低限の付き合いしかしないのかと思ってた」

 

「まあ、な。人付き合いは面倒事も多いが、最低限物の貸し借りできるくらいの関係性だと、案外ややこしい事態には巻き込まれない。それに、トラブルを避けようと、徹底的に人付き合いを避けようとしても、むしろ、そこに目を付けられて絡まれたり、みたいなトラブルも起きかねない」

 

「特に如月は転校生で、容姿も整ってて、何より存在感もあるからな。気をつけるに越したことはないだろう。うちのクラス、あからさまにイジメっ子だとか、女王様気取りみたいなやつはいないが。それでも、あまりにも付き合いが悪いと変なやっかみを受けかねない」

 

「そっか。確かに狭間くんの言う通りかも。それじゃあ明日はクラスの子と一緒にお昼たべようかな」

「ああ、それがいいと思う」 

 

「狭間くん、ひょっとしてボクのこと、すごく心配してくれてる……?」

「まぁ……そりゃあ、な」

 

 如月の、雪にように白い肌にほんのりと朱が差す。

 

「それじゃあ、狭間くんはさ、ボクのこと、かわいいって思ってくれてる?」

 

 その予想外すぎる返しに、思わずむせてしまう。

 急に何を言い出すんだ。というか、俺はどう答えればいいというのだ。

 

「なんでまたそんな質問を……」

「今日みんな、ボクのことかわいいって言ってくれたけど……ボク、あんまりそういう自覚なくて。だから、狭間くんは、どう思ってるのかなって」

 

 それはもう、かわいいに決まっている。

 

 だが、女子に向かって堂々と「かわいい」と言えるほど俺は自惚れていない。

 面と向かってかわいいなんて言って、引かれない男なぞよほどのイケメンだけだろう。

 

 ……とはいえ、ここでなあなあにするのもな。

 昨日の、急に泣き出した件もそうだが、如月には、どことなくあ危なげというか儚げというか、とにかくそんな雰囲気があるのだ。

 

「……まあ、正直かわいいと思う。というか、誰が見たってそう思うだろ。お前を見てそう言わないやつは、よほど嫉妬してるか照れてるかのどっちかだろ」

「そういう一般論じゃなくて、純粋なキミの意見が聞きたいんだけどな」

「…勘弁してくれ……」

「ふふっ、いいよ。許してあげる。キミの気持ちは伝わったから」

 

 如月はご機嫌な様子で持ってきたランチボックスを開ける。

 どうも窮地は脱したらしい。

 

 女子らしい、小ぶりな弁当箱の中身は、白飯にたこさんウインナー、唐揚げ、プチトマト、レタス、卵焼きつまっていて、いかにも「お弁当」といった様相だった。きっと栄養バランスも抜群だろう。

 

「いただきまーす」

 

 如月は女子らしい小ぶりな一口でウインナーを齧る。

 

「うん、ちゃんとおいしい」 

「それ、自分で作ったのか?」

「一人暮らしだからね。一応、節約かな。それに、ボク、結構料理好きみたいだし」

「なるほど、転校して一人暮らしか」

 

  一人暮らし。その境遇には非常に魅力を感じる。

 さらに、ほんの少しだけ欲を言えば、マンションの隣室に学校一の美少女が住んでいて、栄養の偏った食事ばかり摂る俺を見るに見かねてご飯を作ってきてくれる生活に憧れる。

 

「朝なんか時間ないだろうに、すごいもんだな」

「でも、ボクそんなに朝強くないから、簡単に作れるものだけにしてるよ? 唐揚げは冷凍だし、野菜は洗って入れるだけだし。この中で料理らしい料理なんて、卵焼きぐらいだね」

 

 そう言われて、改めて卵焼きを見てみる。ふっくらしたそれは、見事なまでの黄金色で、文句のつけどころがない出来栄えだった。

 

「すごいな。うまそうだ」

「ふふ、おひとついかが?」

 

 如月が嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……いいのか?」

「うん、もちろん」

 

 美少女から手作り弁当を分けて貰えるなんて、ひょっとして何かの罠だろうか。

 だが、たとえ毒が入っていようとも、美少女の手作り弁当をご相伴に預からないという選択肢があるはずがなかった。

 

「じゃあ、一切れ……」

 

 と、思ったが、生憎俺の昼食は惣菜パン。当然、箸などはもっていない。それに、相手がどうでもいい男子ならいざしらず、如月の前で手掴みというのも、些か行儀が悪すぎる。

 俺はいく当てのない左手を宙に彷徨わせる結果となってしまった。

 まよい箸ならぬ、まよいハンド。

 ……なんか物語シリーズのサブタイトルみたいだな。

 

 そんなしょうもない事を考えていると、目の前に卵焼きを挟んだピンク色の箸が差し出された。

 

「はい、あーん」

 

 あーん……あぁん? ん? もしかして俺は今、喧嘩売られているのか?

 ……いや、違うよな。相手に食物を食べさせる行為としての「あーん」だよな。

 

 予想外の出来事に脳がフリーズし、「綺麗な箸の持ち方するんだなー」と、脈絡のないことを考えていると、如月の表情が段々と不安げな物へと変わっていった。

 

「やっぱり、いらなかった……?」

「いやいやいや! 食べる! 食べる食べる食べる!」

 

 ものすごく必死な人になってしまった。

 

「よかった……はい、じゃあ改めて……あーん」

「あ、あーん……」

 

 こうなってはなすすべもなく、俺の口内に黄色くてふわふわな物体が放り込まれる。

 

 すると、途端に口の中に玉子のまろやかな風味が広がり、砂糖と醤油のシンプルながらコクのある味が舌に広がった。

 卵焼きとしてはかなり甘めの部類のそれは、見た目に違わずやわらかな食感を保っていて、一種のスイーツのようだった。

 しょっぱい派、甘い派に二分される事が常である卵焼きだが、

 甘党である俺の好みは当然後者。好みの味だった。

 

「どうかな? ボク的には結構うまくできたかなーと思ったんだけど」

「うまい…甘くて、うまい」

 

 いざ感想を口に出そうとしても、一才の語彙力が消滅してしまった。

 もうこうなっては、そのうまさを表現するために、徐に裸になるしかないだろうか……! 料理漫画の演出的に考えて……!

 

 手始めにネクタイをゆるめはじめたところで、如月がほっ、と息を吐いた。

 

「よかった……」

「こんだけ美味けりゃ、心配の必要もないと思うが、違うのか?」

「うん。ボク、人に手料理を食べてもらうのって初めてだったから、ドキドキしちゃった」

 

 そう言って幸せそうに笑う如月を見ていると、ついドキリとしてしまう。

 

 なんかもうアレだな、全部ドッキリでしたーってなっても許せるな。

 

 ああ、この感覚には慣れそうもない。

 

 すると如月が口元を手で覆った。見ると、手のひら越しに、彼女の頬が真っ赤に染まっているのが見えた。

 

「か……間接キス、しちゃったね」

「……ッ!!!」

 

 前言撤回。どうやら俺は、早く彼女の言動に慣れる必要があるらしい。

 そうでなくては、体が持たない。

 今日こそは、忘れずに遺書、だな。

 

 

 

 

 

 06 体験入部編

 

 放課後、帰りのホームルームを終えた俺は、リッカを連れて部室に来ていた。

 他の部員はまだ来ていないらしい。

 ……と、思ったが、机には鈴木のリュックがぽつんと置かれていた。

 まああれだ、トイレにでもいっているのだろう。

  

「この後、俺は体験入部の呼び込みしなきゃならないんだが、この後しばらくここで待っててもらうことになるけど大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。本当は、長太郎くんと一緒に勧誘したいけど、ボクが着いていったら騒ぎになって勧誘どころじゃなくなっちゃうかもしれないしね」

  

 あはは、と笑う如月。流石に、今日一日で質問責めは懲り懲りになったらしい。

 

 すると、ポケットに入れていたスマホが振動した。

  

 『すまん! 三年全員、若干遅れる!』

 南部長が演劇部のグループLINEに投稿したメッセージだった。

 

「どうしたんだい?」

 如月が画面を覗き込んでくる。その過程で一瞬、俺の鼻に、彼女の頭が触れると、いい匂いがした。

 

「うちの部長からだ。三年全員、遅れるとさ」

「そうなんだ、やっぱりこうやって連絡できると便利だよね」

 

 そう言うと、如月は、やけにソワソワとし始めた。

 

「どうかしたか?」

 

 尋ねると、如月は不意にそっぽを向き、くちびるを尖らせて言った。

 

「その、ボクとも交換してくれないかい?」

 

「交換?」

 交換、交換……ポケモンか? よーし、俺はゴーリキーを出しちゃうぞー。

 

 如月がスマホを取り出す。

 

「う、うん、ボクもLINE、はじめたから」

 

 その言葉に俺は少しばかり驚く。

 

「今まではやってなかったのか?」 

「うん。始めたばっかり。ほら」

 

 そう言って如月が見せた友達リストは確かに空っぽだった。

 

「それじゃあ、今までの友達は……」と尋ねそうになるが、思いとどまる。

 

 転校生、それも一人暮らしだというのなら、何かしら転校の事情があるのだろう。

 

 俺が如月と初めて会話をしてから、まだ二十四時間も経っていない。少なくとも今の段階では、この話題は避けるべきだろう。

 

 それに、俺だってLINEの友達は少ない部類だしな。

 お陰で、LINEだ! きっと友達からの遊びの誘いにちがいない!と思ってLINEを開いたら、一度行ったきり、一回も行ってないカラオケ店の公式ラインだったなんてことが月に一回のペースである。

 いい加減登録解除しないとなぁ。でも面倒なんだよなぁ。

 

 ともあれ、だ。

 

「じゃ、俺が記念すべき一人目ってことになるのか」

「LINE、交換してくれるの?」

 

 如月が目を輝かせて言う。

 

「当たり前だろ。クラスメイトだし、同じ部活だし」

 

 それに、美少女だし……というのは当然本人には言わないが。

 

 そうして互いに登録を終えると、友達リストに、『リッカ⭐︎』という名前が増えていた。

 ユーザーアイコンはゆる〜い猫のキャラクターだ。

 

 

 一方、俺のユーザネームはそのまま『狭間長太郎』。アイコンは当然アニメの推しキャラ───が作中で書いた下手くそなイラストだ。

 

「名前、フルネームなんだ」

「ああ、一発で誰なんだか分かって便利だろ? 苗字だけだと誰かと被るし、下の名前は呼ばれる頻度が少なすぎて誰だか分かりにくいからな」

 

 すると、如月は何か思うところがあったのか、小さく何かを呟いていた。

 

「長太郎くん……!」

「如月、その呼び方……」

「うん、その……長太郎くんって、これから、呼んでもいいかな」

「ああ……いいぞ」

 ●→おかしい、引いていく様子がない。どころか異常な詰めかたをしてくる。

 いや。この時の詰めかたが強ければ強いほど、その落差ですぐに手を引くはずだ

 耳まで赤くしてそんな事を言われれば、断れるわけもなかった。

 

 如月は、ぱあっと、表情を明るくした。

 そして、「でさ……」と話を続ける。

 

「ボクのことも、六花って、呼んでくれないかな……?」

「それは……」

 

 ……冷静になって考えれば、世間一般に、名前で呼び合う、と言う行為は、仲睦まじい、それこそ恋人に近しい関係性の男女が行うものだ。それを……。

 

 ……いや違う。俺が気にしているのはもっと面倒な、外面についてのことだ。

 昼休みに、最終的には周りに有無を言わさず六花を連れ出せたのは、俺たちがあくまで部活を通しての関係で、そこに恋愛の匂いがしなかったからだ。

 そもそも、その距離感のアピールとして、あの時わざわざ『如月さん!』なんて呼び方をしたわけだしな。

 

 ……どうしたものか。こうしている間にも、六花の表情は不安げなものになっていく。

 

「……俺たちが名前呼びをする間柄だってしれたら、きっとまた面倒な事になるだろうな」

「そっか、そうだよね。やっぱり、長太郎くんの呼び方も元に……」

 

 如月。いや、六花の言葉を遮るように言う。

 

「だから部活の中だけで、ってのはどうだ?」

「……うん! ありがとう、長太郎くん」

「おう。えっと……り、六花」

 

 呼び慣れるには、当分時間がかかりそうだ。 

 

 ◇

 

 体験入部の呼び込みのため、昨日に引き続き、ホームズの衣装を持って更衣室に向かう。

 扉にかかったプレートが、しっかりと『空き』の面になっていることを確認し、俺はノブに手を伸ばした。

 すると、ノブが一人でに回った。

 

「あ、狭間くん、お疲れ様です!」

 

 そして、更衣室から町娘風の格好をした鈴木が出てくる。

 

「っっっぶねー……」

「ど、どうしたんですか狭間くん⁉︎」

 

 未だ、自分が何をやらかしたのか理解していない鈴木。

 俺は、プレートに指をさしてそれを伝えた。

 

「わ、表示の切り替えを忘れてました……!」

「ったく……、マジで肝が冷えたぜ……未遂で済んだからいいけどよ」

 

 こいつにはもっと、異性に対する危機感を持ってもらいたいもんだ。

 

 内心ぼやきながら、中に入り着替えているよ、外から楽しげな会話が聞こえてきた。

 話している内容まではわからないが、どうやら鈴木と六花の会話のようだ。

 二人は初対面のはず。自己紹介をしているのだろう。

 

 更衣室を出ると、鈴木がこちらに近づいてくる。そして、後に続くように如月……もとい六花も近づいてきた。

 

 なんだろう。「さっきの件、やっぱり一応ノックはするべきだったと思います!」と文句でも言われるのだろうか。

 

 無駄に警戒していると……。

「おかえり、ちょ、長太郎くん。ぼ……ボク、キミが着替えおわるの、待ってたよ……」

 

 …………なぜか鈴木が六花のようなボクっ娘口調で話しかけてきた。

 

「お前、その口調……」

 

 すると、ツッコミの途中で、後からやってきた六花も口を開いた。

 

「狭間くん、どうかしましたか?」

 

 …………六花も六花で、なぜか、鈴木のような敬語口調だった。 こいつら、互いの口調を入れ替えてやがる……。 

 

「えーと、なんでこうなった?_」

 

 すると、鈴木が答える。

 

「ぼ、ぼくが如月さんに『自分のこと、ボクって言うんですね』って言ったんです。そしたら」

 

 鈴木がちらりと、六花に視線を向けた。

 

「ああうん、それでそれはですね、美咲ちゃんが、誰に対しても敬語って聞いたので、ちょこっと珍しい口調同士、しゃべり方を入れ替えてみたんだ。……じゃないや、入れ替えてみたんです」

 

 おい、もう崩れてんじゃねぇか

 

「はい、わた……ぼくも如月さんの口調、気になって……」

「なるほど、事情はわかった……けど、もうやめたらどうだ?」

「そう? ボクはもうちょっと続けても面白いと思うけど」

 

 元の口調に戻った六花が、可笑しそうに笑った。

 

「狭間さん、ど、どうでしたか?」

「どうって……?」

 

 鈴木がおずおずとこちらを見つめる。

 

「如月さんの真似をして、自分のことをボクって言ってた私、似合ってましたか……?」

 

「えーと……」

「どう……でしたか……?」

 

 ボクっ娘口調の是非をそんなシリアスに問われてもこまるんですが……。 

 

「そうだなぁ、鈴木にはボクっ娘は無理だな」

「そんなぁ……」

「そんなに落ち込む事か?」

「……いえ、自分でもわかってましたから。私じゃ如月さんみたいにはなれないなって」

「え? ボクに……?」

 

 きょとん、と六花が不思議そうな顔をした。

 それもそうだ。二人は昨日顔を合わせたばかりで、会話に至っては今日が初めてなのだから。

 

「私昨日、如月さんを見てびっくりしたんです。世の中には、こんなにすごいオーラを持った人がいるんだ、って。地味で、なんの取り柄もない無個性な私とは全然違って」

 

 その、鈴木の話すトーンは想いのほかシリアスで。

 とてもじゃないが、「全国行けるレベルのバイオリン演奏できる奴が、何の取り柄もないわけないだろ」なんて、口を挟めるような雰囲気ではなかった。

 

 

 

「私も、如月さんの真似をすれば少しは変わるのかなーと思ってやってみたんですけど、やっぱり違いました」

 

「そりゃ違うだろ」

 

 ぽろりと、溢れるように、俺はその言葉を口にしていた。

 

「長太郎くん……?」

 

 どうしてそんな事を言うのか、とでもいうよな視線を六花が向けてくる。

 

「いえ、大丈夫です。わかってますから」

「悪い。鈴木の事、責めるつもりは全くないんだ。悪い。ただ……本当は言うつもりもなかったんだけど、やっぱ不思議に思ってな」

 

「不思議、ですか……?」

「ああ。バイオリンで全国行って、そろばんやってピアノやって剣道やって書道やって。勉強もめちゃめちゃ努力して学年一桁だろ? しかもそれで、敬語口調の黒髪ロング美少女って。これで個性的じゃないわけないだろ」

「び、美少女……ですか……?」

 

 やべ、口が滑った。

 ……やっぱり、生身の人間に美少女なんて言葉を使うべきじゃないな。

 

「今のは忘れてくれ」

「はっ、はい……!」

 

「まあ、あれだ。派手か地味か。それだけで優劣がつくんなら、世の中みんな、カラフルな髪色になってなきゃおかしいだろ? だから、鈴木は今のまんまでなんら問題はないと俺は思う。まあ、そういう話だ」

 

「そ、その……すみません、気を使わせてしまって……その、ありがとう……ございます」

「お、おう」

 

 すると、くすくすと六花が笑う。

「そっか、二人は仲良しなんだね」

「そうかぁ?」

「そ、そうでしょうか⁉︎」

「うん。ボク、ちょっと嫉妬しちゃうな」

 

 そう言って、六花は、鈴木の腕を抱きしめた。

「長太郎くん、美咲ちゃんは渡さないからね?」

 

 ……そっちかーい。

 

 六花のそんな立ち振る舞いを見て、俺は密かに如月六花メンヘラ説が浮上させるのであった。

 

 ◇

 

 昨日と同じように、鈴木とともに、昇降口の付近で呼び込みを終える。

 

「如月さん、すっごくいい子でした!」

「そうか。仲良くなれそうでなによりだ」

 

 鈴木の交友関係について、同じクラスになったことはないため、詳しいところは知らないが。件のゆっちゃんだのさなみーだの、中の良い友人はちゃんといるようだが、それでも、友達がやたらと多いタイプではなかったはずだ。

 それが、俺が着替えているものの数分の間にあそこまで打ち解けるとは。

 如月六花と鈴木美咲。口調も雰囲気も真逆のような二人だが、よほど相性がいいのだろう。

 

「もう一年生も降りてこなさそうですし、そろそろ教室に戻りましょうか」 

「だな。その前に自販機寄っていいか?」

 

 俺は昇降口に設置された自販機で、いつも通り、ケミカルな色をしたメロンソーダを買った。

 そして、取り出すことなく、飲み物もう一本分の硬貨を投入した。

「あれ? もう一本買うんですか?」

「まあな」

 

 そういって俺は、今までに一度も押したことのない、ミルクティーのボタンを押した。

 

「ほい」

 

 取り出したそれを、鈴木へ向ける。

 

「ええと……?」

「昨日今日、慣れない役者で頑張ってくれたからな。まあ、お礼の気持ちってやつだ。鈴木、このミルクティー好きじゃなかったか?」

「……はい。で、でも悪いですよ! 私、そんな大したことしていないです!」

「俺が人に物を奢るなんて中々ないぞ? お前はそんな貴重な機会を台無しにするつもりか?」

「え、えと……! そうですよね! で、では、いただきます……」

 

 結局、鈴木はおずおずとミルクティーを受け取った。

 

 考えてもみろ百二十円もあれば、古本屋でひと昔前のラノベが買えるし、アーケードゲームいだってプレイできる。コンビニでコーヒーを買って、読書のお供にするのもオススメだ。

 ……結局飲み物に回帰してんじゃねぇか。

 

「でも狭間くん、私の誕生日の時に、図書カード、プレゼントしてくれましたよね」

「ああ、そうだったな」

「あれも……その、ある種の奢りではないでしょうか……?」

「渡したときにも言ったが、もともと雑誌の懸賞で当たったやつだ。だからあれは奢りじゃない」

 

 いつだか、アニメ雑誌の懸賞で当たった代物だったのだが、なんとなく使うタイミングを逃し続け、かといってプレ値が着く気配もなく持て余していたところに、鈴木の誕生日と聞いて、渡したのだった。

 

「そういや、あれ使ったか? つっても大した金額でもないけど」

「いえ、買ってません」

「ん? そうか」

「はい。机の引き出しにしまってあります。その……勿体なくて……」

「ああ、その気持ち分かる。なんか図書カードって、使うのに抵抗あるんだよな……」

 

「はい、せっかく頂いたのに、すみません……」

(狭間くんの言う勿体ないとは、ちょっと違うかも、ですけど)

 

「悪い、聞き取れなかった」

 

 心なしか、最近こうして聞き返す機会が増えた気がしてならない。

 明らかにイヤホンのつけすぎなんだろうが、通学中に流すアニソンと、就寝時に聞く音声作品は俺のライフラインだからこればっかりは……。

 これはもうあれだな、往年の難聴系主人公として開き直るしかないだろう。

 

 ◇

 

 部室に戻ると、かなり賑やかなことになっていた。

 来てくれた新入生の人数も、ざっと数えて十数人はいるだろう。

 今は各種裏方の説明や、台本読みの体験など、複数のグループに

 別れて各部員が担当していた。

 

 そしてやはりと言うべきか、そこには、先日の伊丹後輩の姿もあった。

 目があったので、手を軽くあげて挨拶しておく。

 

「おかえり、長太郎くん! 実咲ちゃん!」

 

 六花がパタパタとかけてくる。かわいい。 

 

「おう、ただいま」

「ただいまです」

「そうだ、美咲ちゃん。部長さんが音響設備の説明手伝って欲しいって言ってた」

「わかりました、ちょっと手伝ってきます!」

 

 六花が既に、部に馴染み始めていることに少し驚いた。

 

「部長とはもう話したのか?」

「うん、部長さんだけじゃなくて、一応全員と話したと思う。二年生は美咲ちゃんと長太郎くんと、女の子のアイドルが大好きな玉元さんと、BL? が好きな利根さん。三年は、南部長、副部長の佐竹先輩に、脚本家の田口先輩、あと、男子の深山先輩。これで全員だよね」

「ああ。あってる。それにしても、よく覚えてるな……俺、記憶力はそこそこだけど、覚えるのに時間かかるんだよな……」

 

 そこが、フィクションに出てくるような能力と違って、不便なといころだ。

 とはいえ、暗記科目でそこそこ無双できるのは、非常に大きいメリットだが。

 

「六花は裏方の説明とか、台本読みとか参加しなくていいのか?」

 

 現に今も六花は、新入生がそれぞれ、説明や、台本読みの体験をしている中、こうして俺と話していた。

 

「んー、まあね。ボクは役者をやらせてもらうつもりだから裏方の説明はとりあえず聞かなくても大丈夫そうだし、それに、台本読みでも、二年生なのに初心者のボクが混ざってたら、一年生たちにも悪いかなって」

 

 とはいえ、このまま六花一人手持ち無沙汰にしておくというのも忍びない。

 

「さて、どうすっかな……」

 

 他の部員は全員、新入生への対応で、手は空いていないようだった。

 したがって、手が空いているのは俺一人。

 

「六花、台本読みでも体験してみるか? その、俺と二人で……ってことにはなるが」

 

 そう言って俺は、中央最前列の机の上に置かれたダンボールの中を除く。

 中には、過去に部が使用、制作した台本が、封筒に入れる形で納まっていた。

 

 主要の役が四人〜六人ほどの台本が大多数だが、中には、二人で読むのに向いている台本もいくつかあったはずだ。

 

「うん、いいね。演劇部っぽい」

 

 物珍しそうに六花は箱の中を覗き込んだ。

 

「あ、これ……」

 

 そう言って六花が取り出した台本には、『作 狭間長太郎』と書かれていた。

 

「『空から降ってきた、ボクっ娘美少女に惚れられている件』……? これ、長太郎くんが書いたの?」

 

「………………ああ」

 

 俺が新歓向けに一晩で書いてきて、没をもらった台本である。

 まさかこいつも、本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に拾い上げられるとは思っていなかっただろう。

 

 …………気まずい。

 当然、この台本のヒロイン、春乃のモデルは六花ではなく、単に俺の趣味と性癖を全開にして書いたキャラクターなのだが。奇跡的に二人の特徴が重なってしまっていたことで、お姉ちゃんもののエロ漫画を実姉に見られたかのような気まずさを、俺は一方的に感じていた。

 

 そんな俺の内心も知らず…………いや、知らなくて当然ではあるが。

 六花は、パラパラと台本の中を見た。

 

「これ全部長太郎くんが書いたのか、すごいね」

「ま、その台本に関しちゃ、日の目を浴びることなく没にされたんだけどな」

 

 ったく、やれやれだ。

 俺が自重気味にそう言うと、如月は少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そっか、じゃあこの台本、もう上演されることはないんだよね……」

「……まぁな」

「長太郎くん、ボク、これ読みたい」

「いいが……内容的に、完全に恋愛メインだ、その、大丈夫か?」

「うん、好きだから、大丈夫だよ」

 

 一瞬、俺に対して言われたのかと思い、どきりとした。

 

「じゃ、読むか。この台本なら、二人で読むのにも向いてるしな。六花が春乃役、俺が翔太郎役で問題ないな?」

 

 六花が春乃のセリフを読むところを、俺は見てみたいと、素直にそう思った。

 

「ふふ、翔太郎って、長太郎くんに名前そっくりだね」

 

 まあ、うん。つい名前寄せちゃったからな……。

 

「ま、若気の至りってやつだよ」

「ふふ、何それ」

「気にすんな」

「翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ」

「……え?」

「ほら、次は長太郎くんのセリフだよ?」

 

 ───六花が、台本のセリフを読んでいるのだと気づくのに、俺は時間を要した。

 それほどまでに自然な演技だったのだ。

 その事実に気づいた途端、全身に、ぞわりと鳥肌が立った。

 

 確かに、初めて会った時から思っていたが、六花の声は耳に残る。

 いわゆるアニメ声とまではいかないものの。甘さと可愛らしさを多分に含んだ、まるでお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているかのような声をしている。

 

 だが、いかに芝居に向いた声だったとしても、全くはじめての演技だというなら、

 多少なりとも棒読みだったり、力が篭りすぎていたりと、どこか緊張感が伝わってくるはずなのだ。

 

 だが、俺は今彼女のセリフを、聞き流しそうになった。

 彼女の演技からは、そうした違和感が一切感じとれなかったのだ。

 

 六花が、演技において、紛れもない才能の持ち主だと言うことは、明白だった。

 

 

「はは……すげぇな、六花は」 

 

 乾いた笑いが思わず溢れる。

 ほとんど成り行きだったとはいえ、我ながら、とんでもない部員を招き入れたものだ。

 

「そうかな? ふふ、でもありがとう」

 

 俺も、負けじと台本を読み進めていく。

 

『そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが。お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

「もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ」

 

 

 彼女がいうと、違和感がない

 

 

「……翔太郎くん。ボクはね、ずっと前から……」

 

 あの時、部長ともあろう人が、言うのを躊躇ったセリフ。

 それほど特別な意味をもつセリフ。

 

 告白のセリフというのは、芝居だと分かっていても、中々に気恥ずかしい物だ。

 だが、そんなセリフを、六花はためらいもなく言った。

 

「───キミのことが、大好きなんだ」

 

 彼女のまっすぐな瞳に捉えられ、俺が自分が磔にされているような錯覚を覚えた。

 

 彼女が何を考えているか、何を思っているか。どうしてそんなにも揺らがないのか。

 それはわからなかった。

 

 ふと、俺は昨日、六花に聞きそびれていた事があったことを思い出した。

 

「なあ六花」

「なんだい?」

「一昨日のこと……六花が、ベランダから落ちてきた時のこと、聞いてもいいか?」

「うん、いいよ」

 

「何から話そうかな」と、そう言って、六花は語り出す。

 

「一昨日の、入学式があった日さ、ボク───学校の見学にきてたんだよね。先生が、入学式の後ならゆっくり学校を見て周れるだろうって」

「……それでか、転校生なのに、入学式の学校にいたのは」

 

「うん。それで、図書室のベランダに出たら…………気づいた時には君に抱き止められてた」

「覚えてないのか?」

「───うん。覚えてない」

 

 六花が微笑む。だが、その笑顔は、少し無理をしているようにも見えた。

 

「でもあの時の事、一つだけ覚えてることがあるんだ」

 

 六花は語る。

 

「───キミを見た時にさ、ズキンって、『頭痛がしたんだ。』」

 

 ゾクリとした。

 そうだ……。俺にもあの時、頭痛が起きていた。

 そして、ようやく頭痛が収まり、顔を上げたところで彼女が落ちてきたのだ。

 

 全くの同じタイミングで二人に起きた頭痛。

 

 ただの偶然、なのだろうか。それとも……。

 

 ───いや、偶然に決まっている。六花はただの圧倒的な可愛さを持っているだけのこじらせ中二病で、この現実ににオカルトも、超常現象もあるはずがない。

 あるはずがないのだ。

 

 けれど、可愛らしく小首を傾げる、一昨日空から降ってきた青い瞳を見ていると、やっぱり考えてしまうのだ。ひょっとして、なんて。

 

「長太郎くん? どうしたの?」

「ああいや、なんでもない」

 

 一つ確かに言えることがあるとすれば。

 俺が、彼女の魅力の虜になりつつある、ということだろう。

 ここのところ、心臓の煩い時期が続くな。

 

【】

 

 体験入部初日から約一週間が経ち、今は放課後である。

 常日頃、放課後というのは騒々しいものだが、今日はまた、一段と騒めいていた。

 先ほどの、帰りのホームルームで、一昨日行われたテストが返却されたのだ。 

 

 内容としては、一年生の学習内容を振り返るものとなっていて、定期テストよりは成績への影響は少ないものの、まるっと一年分が出題範囲となっていたため、なかなか厄介なテストだった。

 暗記科目は一夜漬けでどうとでもなるとして、数学と英語に関してはもう、神に祈るばかりである。

 崇める神とか具体的に決めてないけど……。

 あれかなぁ、アクア……はアクシズ教徒も何より本人がアレなので、エリス様とかがいいな。よし、エリス様に祈ろう。

 

「狭間くん……! 見て、ボクのテスト……」

「如月さん、テストどうだった⁉︎」

「あ、ウチも気になるー!」

「ね、如月さんめっちゃ勉強できそうだもんね」 

 

 六花が俺にテストを見せようとしてくれたが、俺は、女子の波に押し流され、また教室から出ざるを得なくなってしまった。

 

 六花の転校初日から、すでに約一週間が経ち、さすがに初日のような質問ラッシュも無くなりつつあったのも束の間。

 

 六花は俺の、クラスの人ともある程度関わりを持った方がいい、というアドバイスに沿って、クラスメイトとも交流を持つようになり、すっかりクラスの人気者となったことで、その周りには、常に誰かが取り囲んでいるような状態になっていた。

 

 この事に対して六花は「長太郎くんと一緒にいられる時間が減っちゃった……」と嘆いていたが、俺は、今の状況は、長い目で見れば六花にとって悪いものではないと思っていた。

 

 ●→相変わらず六花は俺から離れていく様子はない。

 

 

 

 他の人間とハナから全く関わらないのと、一度関わった上で誰と付き合っていくか決めていくことは、大きく違う。

 食わず嫌いではなく、食ってから嫌え、ということだ。

 

 その理屈で言えば、俺の周りは偏食な人間だらけな気もするが。

 ……俺も例に漏れず。

 これもまたアイカツ、ということでここは一つ。

 

『如月さん、俺先に部活行ってるから』

 

 俺は、例の演技で六花に告げると、部室へと向かった。

 俺と六花の関係が、どのように周囲から認知されているかといえば、当初の目論見通り、「単なる部員同士」として認識されているようだ。

 もっとも、六花本人はそれに対してもやはり不満そうにしていたが。

  

 部室に行くと、部員たちが、やはり件のテストの結果を見せ合っていた。

 

「狭間くん、テストの結果、どうでしたか?」

 

 そしてここにもテスト結果を気にせし者が一人。鈴木である。

 

「あー、まぁ、ぼちぼちだな」

 

 そういって俺は暗記科目と国語だけやたら点数が高く、数学と英語が極端に低い答案を机の上に出した。

  

「さすが狭間くんですね!」

「つっても、いつも通りだけどな。鈴木は?」

「私も、なんとかいつも通りですかね」

 

 そういって出された結果は学年四位。

 一位や二位でこそないものの、いつも通りの高い順位だ。

 

「今回、範囲広いし大変だったろ」

「そんなことないですよ。確かに範囲で言えば広かったですけど、でもほとんど去年の復習でしたから、それこそ、昨年一年分をざっと振り返っただけです」

 

 ざっと振り返っただけ、と本人は言うが、それでもそれぞれの科目で一年分、一通りの問題は解いているんだろう。 

 相変わらず、努力に対する基準がすっ飛んでいる。

 

 

「もっはろ〜……長太郎くん、美咲ちゃん」

「もっはろーです、如月さん」  

    

 ようやくクラスメイトの拘束から解放されたのか、少しくたびれた様子の六花がやってきた。

 心なしか、そのもっはろ〜にも普段より覇気がない。 

 

「病み上がりに大変だったな」

「はは。まあ話しかけてくれるのはすっごくありがたいことだからね」 

「如月さん、もう体調の方は大丈夫なんですか?」 

 

 鈴木が心配そうに六花に尋ねる。

 

「うん。一日休んだらもうばっちりだよ」 

「そうですか、よかったです……」

 

 鈴木がほっと胸を撫で下ろす。

 そう。振り返りテストがあった翌日、つまり昨日、六花は学校を休んでいた。どうやら発熱があったらしい。

 

 本人曰く、「テストで頭使ったからかな」なんて言っていたが、まさか高校二年生にもなって、本当に知恵熱が出たなんてことはあるまい。

 きっと転校に一人暮らしと、環境が大きく変わった事で体調を崩したのだろう。

 

「それで、六花はどうだったんだ、テストの結果」

「そうだ。そのことなんだけど、ちょっと見て欲しいんだ」

 

 その「ちょっと見て欲しいんだ」という言い方に、俺は少し引っかかった。

 点が高くとも、低くとも、こんな言い方にはなるまい。

 

 だとすれば、考えられるのは、何かしらのイレギュラーがあったということだ。採点に間違いがあった、とかだろうか。

 

 だが、そんな俺の予想は全くもって外れていた。

 

「自分でも驚いちゃったんだけど」と言って、六花は答案を机の上に並べていく。

 国語、数学、英語、理科、社会。

 全ての答案の点数の欄には、すべて同じ数字が書かれていた。

 1と、0と0。

 つまるところ、オール百点満だった。

     

「……は?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる。

 

「全部百点……ですか⁉︎ す、すごすぎます……。如月さん、すっごく勉強がお得意なんですね……!」 

 

 当然、鈴木も驚き、そして、他ならぬ如月自身も驚いていた。

 

「う、うん……正直自分でもびっくりなんだけど……、何て言うのかな。問題を見たら答えが頭に浮かんできたって感じで。それを続けてたら満点になってたんだよね」

 

 六花のその声色からは、点数を自慢すると言うよりかは、本当に驚いているようだった。

 

「それすごいですね! 天才って感じです!」

「そ、そうかな? うん、でも満点なんだから、謙遜とかは他の人に失礼だよね」

 

 答えが頭に浮かんできたって、どんな天才キャラだ。

 だが、天才数学者なんかは、数式を見た瞬間にその答えがわかる、なんて話も聞く。

 きっと、常人には考えられない速度で頭が回転しているのだろう。

 

 仮に、六花の言う、問題を見たら頭に浮かんできた、が、同じような理屈で成立していたのだとしたら、頭を使いすぎたあまり、発熱してしまったというのもありあえる話なのかもしれない。

 

「だな。学年一位、誇っていいと思うぞ」

「ふふ、ありがと」

 

 それにしても如月六花。すでにキャラ属性てんこ盛りなのに、そこに天才キャラまで追加するつもりか?

 

 如月の点数にひとしきり驚いたところで、南部長がこちらにやってきた。

 

「そろそろ部活始めるぞー……。テスト結果でやけに盛り上がってたみたいだが、何かあったのか?」

「はいこれ如月のテスト」

 

 俺は如月の答案を部長の目の前に見せつけた。

 

「ひゃっ!」

 

 「百点⁉︎」と言おうとしたのだろうが、驚きすぎて半端な声が上がった。

 いきなり背中に氷入れられた時の悲鳴みたいだった。

 

 

 その後部長は、何事もなかったかのように、いつも通り部活を始めだした。流石だ。 

 

 体験入部の期間も終わって、今年の部員が確定したので、改めて簡単に自己紹介をする、とのことだ。

 今年の新入部員は一年生四人に二年生から六花が一人の系六人。

 例年と比較しても平均的な、まずまずな結果となった。

 

 三年、二年と自己紹介が終わると、今回の主役である一年生がステージの上に横並びになる。

 

 俺からみて左端には、一年生唯一の男子、伊丹後輩こと、伊丹蒼が立っていた。

 どうやら、自己紹介は彼からになるらしい。

 

 伊丹は、落ちつかないらしく、先ほどからそわそわと、男子にしては長い横髪を耳にかけた。

 その仕草はやけに色っぽく。

 え? 実は女子なんじゃないの? じゃあ今年の新入部員男子なし?

 なんてことをつい考えてしまう。

 しかし、はっきりと筋の浮き出た首元と、張り出た喉仏が、伊丹が男子であると主張していた。

 

 ま、そもそも、既に何度か男子トイレで鉢合わせてるので、疑いようもないのだが。

 

 そうこう言う間に、伊丹が自己紹介を始める。

 その目には、緊張の中に、強い意志のようなものを感じた。

 

「一年、伊丹葵です。 演劇部に入部したのは……その、オレ、小柄だし、声も高いし、こんな見た目だから、女っぽいとか、女々しいとか言われるんです」

 

 

 俺は、伊丹の容姿や声を、特徴や個性だとしか捉えていなかったが、伊丹本人にとって、それはコンプレックスとなっているようだった。

 だが、少し考えればそうなってしまうのも頷ける。

 ほとんどの男子にとっては、例え「かわいい」と褒められたところで、素直に受け入れられるものではないだろう。

 その投げ掛けられる言葉に、攻撃の意図が含まれているなら尚更だ。

 

「でも、前に親に連れて行ってもらった見た劇をみて。もしかしたら、舞台の上でなら、なりたい自分になれるかもしれないって、思ったんです」

 

「だから、その、ちょっと自分勝手かもしれないですけど、俺の目標は、自分の理想のキャラクターが出てくる台本を書いて、自分がその役を演じることです! これから、よろしくお願いします!」

 

 その熱弁にあてられ、気づけば俺は、誰よりも先に拍手をしていた。

 自分勝手。大いに結構じゃないか。

 容姿に声。どちらも生まれ持ったもので、自分の力でたやすく帰られるものではない。

 だが、そんな運命にも似た境遇に抗おうとする姿勢に、俺は好感を抱いたのだ。

 大袈裟に言えば、黄金の精神を感じた。

 

 それに、理想の台本を書いて、自分がそこに飛び込みたいという考えは、なんだか、どこかの誰かを思い起こさせた。

 

 近いうちに台本の書き方なんかも教えてやることにしよう。

 次に俺が書く台本では、男らしい役を出してみてもいいかもしれない。

 

 ◇

   

 自己紹介が済むと、いつも通りの基礎練習が始まる。

 その内容は、発声、滑舌練習をはじめとして、軽い筋トレ、体幹、柔軟、即興劇によるアドリブの練習だったりと多岐に渡る。

 そして、この中で俺が、あえて苦手な練習メニューを挙げるとすれば、体幹のとレーニングだった。

 筋肉を動かし続ける筋トレと違い、体感はその逆。動かないことで筋力を鍛えるトレーニングである。

 当然、筋トレよりも忍耐力が求められ、慣れないうちはそれこそ声をあげてしまいそうになるくらいにはきついのだが、一年通して繰り返すうちに次第にマシになっていった。

 

 では、何を持って俺は、このトレーニングを苦手としているのか。

 その答えは、たった今目の前で広がっている光景にあった。

 

「はっ…はっ……あっ…ふっ、くっ…んっ…はやくぅ…んあっ…」

 

 聴こえてくるのは、六花の喘ぎ声……にしか聞こえない、トレーニングに耐える苦悶の声。

         

 現在はうつ伏せの状態で肘から下だけで体を支える、いわゆるプランクの最中なのだが。

 当の六花の様子は、息を荒げて上下する胸、赤らんだ顔、滲んだ汗と、どう足掻いてもよからぬ想像を働かせてしまう状態に仕上がってしまっていた。

 

 これなのだ、俺が何よりこのトレーニングを苦手とする理由は。

 一年生や鈴木など、他の部員も、六花ほどひどくはないものの、似たり寄ったりな状態になっていた。 

 

 その持久力が求められるトレーニングの特徴ゆえに、慣れないうちは、自然とこうなってしまうのだ。

 

 そして、その体幹トレーニングが終わると、今度は柔軟の運動が始まった。

 二人一人組の状態で床に座って行う、いたって普通の柔軟である。

 

「じゃあ望、押すよ〜」

「いたたたた! 加減! 加減しろバカ!」 

 

 このように、漏れる声も、さきほどとは違って、純粋な悲鳴で聞いてるこちらとしても安心だ。

 ちなみに、今のは佐竹副部長に容赦なく背中を押され、上がった悲鳴だ。

 すっごいぐいぐい押すじゃん。怖ぁ……。

 

 そして、俺、伊丹、背が高くてぬぼーっとした深山先輩。男子三人も教室の隅で柔軟をはじめる。

 

 伊丹の背中を押しながら、ちらりと六花の方を見た。

 

 鈴木に背中を押され、開脚しての柔軟の最中だった。

 床にぺったりとくっつくような深さまで姿勢を落としている。

  結構柔らかいんだな、となんとなく思っていると

 六花が体を起こした時、スカートの中。開脚した足の間から、除く、水色と白のボーダーが見えた。

 

「縞パン……だと……」

 

 驚きのあまり、手元で体を伸ばしている伊丹の背中を思いきり押してしまった。

 

「いたたたたたたたた! 何するんですかもう〜」

「マジですまん。ちょっと縞パンがな……」

 

 しまった。つい口に出してしまった。

 

「しま…島がなんです?」

「なんでもない。忘れろ忘れろ」

 

 そういいながら、伊丹の背中をぐいぐいと押す。

 

「ちょ、いたた! ちょっと先輩⁉︎」

 

 それにしても縞パン、実在していたとは。

 さすがに素のセンスで選ぶとは思えないので、自分をアニメキャラに寄せた結果の選択だと思うのだが、ちょっと需要を理解しすぎているのではないか? 

 いや、ひょっとして、俺が知らないだけで、実は女子の間では縞パンの流行りがきているのでは⁉︎ ありえる……。

 日本のアニメ文化はもはや世界に誇るカルチャーであり、高級ブランドがアニメとコラボした、なんてケースも最近ではよく聞くようになってきた。

 一周回って海外の下着メーカーが縞パンを流行らせたとしてもおかしくはなはずだ……!

 

 今度、その辺り妹に聞いてみるか。きっと俺のことを罵りながらも、なんだかんんだその辺りのことは教えてくれるだろう。

 …………いやまてよ。俺、妹いねーわ。

 

 

 08 スポーツテスト 

 

 翌日の二時限目、俺は憂鬱な気分で、グラウンドに突っ立っていた。

 今日は年に一度、この時期になると必ず訪れる忌まわしき行事、スポーツテストである。

 ようするに、反復横跳びだったり握力だったり、シャトルランだったりと、何かと点数をつけて体力を測るあれだ。

 現在俺と朝直は、ソフトボール投げの順番待ち中だった。

 

「で? 以降どうなんだ、如月とは。クラスじゃあくまで部員同士って体みたいだが、それにしちゃ、随分仲が良さそうだよな」 

 暇になったのか、浅倉が話しかけてくる。

 

「……まあ、仲はいんだろうな」 

「んだそれ、他人事みてぇに」

 

 実のところ、俺は未だに如月との距離感を測り兼ねている感覚がある。

 未だかつて、ここまで近い距離感で接してくる女子はいなかった。

 それに、いくら運命的な出会いをしたところで、どうせ結局勝手に理想を抱いて、勝手にドン引きして、失望していくのだろうと思っていたからだ。

 けれど、如月は未だ、そんな素振りを見せない。だからこそ、時々わからなくなる。距離も、そして如月の考えていることも。

 

「なあ朝倉、お前から見て如月ってどう見える?」

 

 気づけば俺は、朝倉に問いかけていた。

 俺は出会いからして如月に近いところにいすぎている。

  だから、蚊帳の外からの意見が欲しいと思った。

 

「そうだなぁ」

 

 朝倉が、顎をしゃくって考える。

「マジモンの白髪碧眼で、その存在自体がフィクションみてぇな癖に王子様を夢見てて、それに演劇部なんて変わった部活にもすぐに溶け込めるポテンシャル。総評として、変人、だな」

「おい、もっとマシなこと言えないのか」

「メルヘン中二病の癖に痛々しいどころか、むしろミステリアスさが増してプラスに働く奴が変わった人間じゃないとでも?」

「うーむ、否定できない……。そういえば、お前に話そうとしてたことがあったんだ」

「あ? ……如月のことか?」

「まあな……この前如月に、ベランダから落ちた時の話を聞いたんだが、そしたら、あいつも、同じあの時頭痛がした、って言ってた」

 

「あの時って、お前まさか」

 

 あの時は、頭痛が起きたことは些細な事として受け止めていたため、朝倉には話していない。

 だが、それでも何かを察したらしい。

 

「ああ、俺も、全く同じタイミングで頭痛を感じてた」 

「……如月が、お前に話合わせたんじゃないのか?」

「……頭痛のことは、如月には一言も言ってない。なにせ、些細なことだと思ってたからな。お前もにも話さなかったろ?」

 

「それもそうか……」

 

「じゃ、単なる偶然だな」

 朝倉が、ぶっきらぼうに言う。

「……俺は、もしかしたら、やっぱ如月にはなんかあるのかもって」

 ちょうど、朝倉の番が来た。

 

「いいや、あくまで偶然。それしか、ねぇだろっ!」

 朝倉はボールをカゴから取り出すと、鬱憤を晴らすようにボールをぶん投げた。

 そのボールは、今まで投げた誰よりも、遠くまで飛んでいき、その勢いを重力に潰されるかのようにして、ぽてんと落ちた。

 

「……随分飛んだな」

 

 俺も、ボールを持つと、売り言葉に買い言葉で、力任せに投球した。

 

「たまには、現実は小説より奇なりだって……いいだろうがっ!」

 

 ボールは、今まで投げた誰よりも高く飛び、遠くまで……飛ぶことなく目の前に落ちてきた。

 完全にコントロールを誤った。あれだけ高く飛んだなら、そりゃ飛距離も伸びんわな……。

 

「お前の負けだ」

「くっそ……」

 

 十点満点中二点という、情けないにも程がある点数を評価シートに記録していると、

 室内での種目を終えたらしい女子の集団がグラウンドに出てきた。

 なにやら異様に盛り上がっている様子だったので、気になって見ていると、その輪の中心には、六花の姿があった。

 

 状況的に、六花が好成績を叩き出したとか、そんなところだろうか。

 すると、集団はこちらの方向に向かってくる。

 どうやら、ソフトボール投げから始めるようだ。

 

 このままでは、女子の群れに埋もれてしまうのので、移動するため腰を上げた。

 

 俺も朝倉も、室内での種目が終わり、この後は室内へ行く流れではあるのだが、俺は、六花の投球を見てから移動することにした。

 

「俺は如月が投げるとこ見てから行くけど……っていねぇし」

 

 スポーツテストは一応、ペアで進めることになっているので、俺がいないとどうしようもないはずだが……。

 まあ、あいつなら適当ななんとかするだろう。

 

 女子陣とのすれ違いざま、六花と目が合う。

 いつも通りの穏やかな微笑みの表情のはずなのだが、俺はふと、何か違和感を覚えた。

 

 六花が投げる番になると、それまで騒がしかった女子たちが一斉に押し黙る。

 

「よし……いくよ……」

 

 六花はつぶやくと、無駄のない、理想的なフォームでボールを投げた。

 びゅん、と音をたてながら投げられたボールは見事な放物線を描き、朝倉の記録よりも遥か先。

 地面に白線で書かれた最も大きい数字である、50mのラインを大きく越えて落下した。

 手前から奥に向かって伸ばされたメジャーも、50メートルピッタの距離しかない。つまり、測定不能。おそらく、60メートル近いだろう。

 

「んなばかな……」

 

 以前テレビでやっていたスポーツバラエティ番組を思い出す。

 そこでは、髭を蓄えた筋骨隆々のハンマー投げの金メダリストが、「高校の時はソフトボール投げで65メートルくらいでした」と言い放ち、他のスポーツ選手選手達から驚愕されていた光景を思い出していた。

 

 そして、六花が出した記録は、そこから、たった五メートル程度を引いただけ。

 それも、決して普段運動しているようには見えない、華奢で普通の女子高生が、だ。

 

 案の定、六花の周りでは歓声が巻き起こっていた。

 立花はおそらく、他の競技でも同じように、出鱈目なほどに突出した記録を出してきたのではないか。

 どおりで、妙な盛り上がりを見せているわけだ。

 

 ……これは、室内でちまちま握力を測っている場合なのではない。

 俺は、自分のテストそっちのけで、六花が次の種目である、五十メートル走に参加するのを待っていると、ようやく六花の番となった。

 

 体育係の「位置について、よーい」という掛け声に合わせ、六花が重心を落とす。

 やはりそのフォームは綺麗だった。

 だが、それと同時に、思う。

 あれだけ無茶苦茶な記録を出すと言うことは、当然、体に掛かる負担も大きいはずだ。

 はたして、六花の体は大丈夫なのだろうか、と。

 

 考えている間にフラッグは上がり、立花が弾丸のような速度で飛び出した。

 

 やはり速い……! 圧倒的だ。

 六花の隣で走っているのは、陸上部の女子だが、一瞬で大きな差が開いていた。

 

 六花はその速度を維持したまま中間地点を過ぎた、その時、異変は起きた。

 

「あっ」

 

 女子の中の誰かが、声を発した。

 その視線の先では、六花が足をもつれさせ、今まさに体勢を崩して地面に倒れ込もうとしていた。

 

 不味いっ!

 

 ───そう思った瞬間、ズキン、頭痛が走る。

 そして俺は、この感覚に覚えがあった。 俺と六花が出会ったあの時。

 六花がベランダからふらりと落下する、その寸前まで俺の頭を蝕んでいた、あの頭痛と同じだ。

 

 だから、目を開けた瞬間には、俺は自分のするべきことを悟っていた。

 

「六花っ……!」

 目を開けると、スローモーションになった世界の中、俺は六花に向かって駆け出した。 

 

 だが、スローモーションといえど、六花と地面の距離は、段々と近づいていく。

 

 だからこそ、俺がようやく六花の手前に辿り着いた時には、六花と地面の距離は、五十センチもなく、それは俺が決して六花を受け止めることができない事実を、ありありとゆっくりと映し出していた。

( 出会いのときは長太郎の願望を叶えるため、六花にも頭痛が沖田が、こんかいは六花の肉体の反動が発端のため、六花に頭痛は発生しなかった)

 

 何か……、何か策はないか……! こう言う時こそ、頭を使うんだ……。

 俺は地面を蹴り続けながら思考を巡らせる。

 俺はなんとか、一つの案を捻りだすことができた。

 

 やるしか、ないっ!

 

 そして、俺は、なりふり構わず、”頭から”六花が倒れる方向へ飛び込んだ。

 

 ズザアッという音と、小石まみれの地面に全身がすりおろされるような不快感とともに俺はヘッドスライディングをするハメになった。

 

 ……何が、どうなった?

 

 六花の状況を確認しようと思った矢先。

 

「「ぐえっ」」

 

 うつ伏せになった背中に衝撃が走り、そしてそれは、そのまま重みに変わった。

 今までに聞いたことのないような間抜けな声ではあったが、それは間違いなく、六花の声だった。

 どうやら、なんとかに合ったらしい。

 

「六花……」

 

 なんとか一安心した、その時だった。

 

「う……うう……」

 

 背中から、六花のうめき声が聴こえてくる。

 やばい。やはりどこか負傷していたのか……!

 どこだ、足か、それとも肩か……⁉︎

 落ち着け、六花の状態がどうあれ、六花をどうにか保健の中村 のところまで連れて行くのが先決だ。

 

「六花!」

 

 まずは六花の状態を確認しなければ、という焦燥に駆られ、体をガバっと起き上がらせようとすると、当然、背中にいる六花は転げちてしまった。

 

「いたたたたた……!」

 

 振り返ると、そこにはもはや半泣きの六花の姿があった。

 

「六花、大丈夫か……?」 

「ぜ、全身が激痛……動けないぃ……! ぼ、ボク、ちゃんと手足ついてる……?」

 

 痛そうではあるが…そのコミカルな様子に気が抜けた。

 

「ああ、ついてるから安心しろ。とにかくまずは保健室いくぞ」

 

 俺は、六花を立ち上がらせると、肩に手をかけさせる。

 

「いたい〜!」

「悪い、ちょっとだけ我慢してくれ」

「は、狭間くん……私も……手伝います……!」

 

 

 

 野次馬の中を抜けてきた出てきた鈴木が駆け寄ってくる。

 よほど走ってきたのか、息も絶え絶えだった。

 

 

「いや、俺とお前じゃ体格差がありすぎる。二人で運ぼうとするのは、かえって危険だ」

 

 鈴木は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げた。

「では、私は如月さん搬入のための、保健室の裏口の開放と、養護教諭の中島先生への事情の説明をします。それだけでもさせてください!」

「わかった。それと、先に他の生徒に状況を説明して、授業に戻るよう言ってもらっていいか?」

「はい、わかりました」

「ああ、任せたぞ」

「はい!」

 

 鈴木は普段のおどおどとした挙動とはうって変わって、堂々とした姿で、他の生徒へと事情を速やかに伝えると、保健室へと駆けていった。

 

 俺はグラウンドを抜けたあたりで、周囲に人目がないことを確認す。

 

「六花悪い、ちょっと失礼するぞ」

「長太郎くん?」

 

 俺は、軽くしゃがむと、六花を横から抱き上げ、いわゆるお姫様だっこの形で持ち上げる。

 

「わわっ! お、重いから、早く、早く降ろして……!」

「でも、六花今、歩くのもキツいだろ……?」

「……どうして、わかったの?」

「見てりゃわかる」

 

 言うと、六花が無言で俺の首に左手を回し、顔を伏せるようにそっぽを向いた。

 

「動くぞ」

 

 俺は六花を抱いて、改めて歩き始める。

 ……しっかし、なんだ……その……非常にあれなのだが

 ……この体勢キッツイ…………!

 六花に負担の掛からない方法で運ぶ際、米俵のように肩で担いで運ぶほうが、間違いなく負担は少ないのだが。

 なんだ、その……やっぱり、ここはお姫様抱っこの方がかっこいいよな、と思ってしまったのだ。

 ここは意地でも、やり通すしかない。

 俺は歩き続けた。

  

 そして、ようやく保健室の前に辿り着いたところで、六花は言った。

 

「長太郎くん、無理してるでしょ」

「…………なんでわかった」

「見てればわかるよ」

 

 これは、完璧にやり返されてしまったな……。

 

「(ありがと……)」

 

 六花がぼそりとつぶやく。

 まいったな。こんどは俺の方が、しばらく六花の顔を見れない。

 

 ◆

 

 鈴木が事説明をしてくれていたこともあり、スムーズに六花を保健室のベッドに運び込むことができた。

 

「じゃあ、あとはお願いします……あとで、お見舞いにきますから……!」

「ああ、サンキュな」

「うん、ありがとう美咲ちゃん……いててて」

「大人しくしてろって……」

 

 結局、六花だけでなく、俺も保健室に残ることになった。

 どうやらヘッドスライディングした際、額に擦りができていたようで、消毒していけ、とのことらしい。

 ……ダサすぎるな。

 

「じゃあ改めてなんだけど、如月さん今どんな感じー?」

 

 保健の先生──正確には養護教諭というのだったか──の中村が、ベッドに横たわる六花に訪ねる。

 

「右肩と……あと、とにかく両足がすごく痛い……です」

「うーん。私は医者じゃないから断言はできないけど、肩を痛めてるのと、あとは両足が重度の筋肉痛ってところだろうねぇ」

 

 六花の話を聞けば、あの場で見たハンドボール投げと、50m走意外にも、反復横跳び、立ち幅跳びで、出鱈目な記録を出していたらしい。

 確かに、このラインナップじゃ足も痛くなるだろう。

 シャトルランが別日だったのがまだ救いか。 

 

「如月さん、あなた普段運動は?」

「あんまりしてないです……いてて!」

 

「それでそんなすごい記録だしたら、体も痛めるわけよ。腫れ具合から見て、脱臼とか、肉離れとかはなさそうでよかったわ。それでも念の為病院は行った方がいいとおもうけど」

 

 その言葉を聞いて、俺もようやく、胸を撫で下ろすことができた。

 

「それにしても、如月さん。今までにもこういうことあったりした? 自分の限界以上に力を出し過ぎちゃったーみたいな」

「……ないと、思います」

「あらそっかー」

 

 中村は聞いてもないのに話し出してくれた。

 

「いやね、たまに運動部の子が、部活の試合とかで、その場で筋肉痛になっちゃうくらい無理な力を出しちゃうことってあるのよね。それで、一回そういうことやっちゃうと、以降も無理な力を出しやすくなっちゃうのよ。如月さんも、それかと思ったんだけど、今回が初めてだったみたいね」

  

  

 そんな中村の話を聞いて俺は、ふと、中学の図書室に置いてあった『デュラララ×2』を思い出していた。

 確か、平和島静雄は常時その火事場の馬鹿力のような状態なのだったか。

 

 

 

「如月の筋肉痛、どのくらいで治りますかね?」

「まあ若いし、安静にして、ちゃんとアイシング続けてたら、一週間あれば完治するかな」

 

 そして、あっけらかんと六花に向けて言う。

 

「ま、3日間くらいは、痛くて動けないかもしれないけど」

 

 六花が「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げる。

 

「3日も……ボク死んじゃうかも……」

 

「若いんだから大丈夫よ。私なんか最近運動してなくても肩とか腰やばいんだから〜」

 と、ぼやきながら、中島が冷凍庫から氷嚢を取り出した。

 

「はい、アイシングするよ〜。あ、どうせだから狭間くんもやってるところ見てなさい」

「ああ、はい」

 

 中村は冷え切ったそれを躊躇いなく六花の肩に当てる。

 

「ひゃっ!」

「あ、冷たいけど我慢してね。これやるとやらないとじゃ、かなーり変わるから、今は我慢。我慢ねー」

「はい……」

 

 時々冷やす場所を変えながら繰り返されるそれを眺めていると、ジャージ姿の女子生徒二人組がやってきた。

 もう一人に勝たそ支えられている女子を見ると、片足で立っていた。捻挫かなにかしたのだろう。

 

「私、あの子達のこと見てくるから。じゃあ狭間くんこれ、足のほうやっといてね」

「はい?」

 

 中島は俺に氷嚢を渡すと、ベッドカーテンを閉めて、さっさと行ってしまった。

 そしてその中に残された俺と六花。 

 ……この状況でやることは一つ。

 

 ベッドに横たわる六花に再び目を向ける。

 グリーンの体操服ズボンから伸びる、程よく健康的で肉付いた、太ももに視線が吸い寄せられる。

 

 六花はだらんと全身の力を抜いていることで、足は内股、両手はだらんと頭のあたりにまで上げられ、それはもう、完全に、「抱き枕カバー」のポーズになっていた。

 

「それじゃあ、はじめるぞ」

「うん……きて……」

 

 潤んだ瞳でそう懇願する六花。

 そして俺は、ついに手を伸ばし────

 

「ひゃっ、つめたっ!」

 

────無慈悲に太ももに氷嚢を当てた。 

 

 いやー、六花の反応がやけに艶かしくてびっくりしたー…………。 全くもって心臓に悪いことこの上ない。

 

 一瞬、あれ? 今からするのってアイシングだよな。ベッドで愛を育む方の『愛寝具』じゃないよな?

 って考えちゃったもんね。

 …………なんだよ、愛寝具って。

 

 ◇  

 

 氷が溶けてぬるくなった氷嚢を手慰みにもみしだく。

 ひとしきりアイシングが済ませた俺は、六花が横になっているベッドの端に腰掛け、用事だとかで出ていってしまった中村を待っていた。

 

 あれだけのことがあって流石の六花も疲れたのか、さっきからぼーっと天井を見つめたり、目を閉じたりを繰り返している。 

 はっきり言って、暇ではあるが、怪我人に無理して喋らせる趣味もない。

 しんと静まり返った部屋の中、壁掛け時計の秒針だけが響いていた。

 

 

 ● ひょっとして六花にもその素質が……いや、流石に、今回頑張り過ぎただけ、だよな。

 勉強の件と照らし合わせれば、やはり自分の力を超えて全力を出しやすい体質なのか……?

 それにしてはオーバースペックがすぎ気がするが……。

 それに、やはりあのスローモーションのことが気になる。

 偶然ではないのだろうか。

 

 

「──長太郎くん」

 

 すると六花の一声が沈黙を破った。

 

「どうした?」

「ボクのこと、助けてくれて、ありがとう」

「……気にすんな。まああれだ、助けられそうな雰囲気だったから助けただけだ」

 

 六花は、ようやく調子を取り戻してきたのか、ふふ、と可愛らしく笑った。

 

「やっぱり間違いなかったよ」

「……何がだ?」

「───長太郎くんん、やっぱりキミは、ボクの王子様だ」

 

 王子様。それは、六花にとっての運命の人の意味を持つ言葉。

 

 

 俺にとっては縁のない言葉にもほどがある。

 そんな言葉が自分にかけられたと思うと、未だに笑えてくる

 くらいだ。

 

「俺が六花のお眼鏡に叶うとは全く思えないけどな」

「長太郎くん……」

「でもまあ、できることならなんだってしてやるよ」

「そっか。嬉しいな」

 

「じゃあさ、もしボクが、キミに、「助けて」って言ったら。──────ボクのこと、救ってくれる?」

 

 その言葉に、俺は一瞬言葉がつまった。

 決して、冗談で言っているようには見えなかったからだ。

 

「……ああ。当たり前だろ、だって六花は俺にとって大事な……」

 

 そう言いかけて俺は、改めて、適切な言葉を探す。

 

「……大事な、部員、なんだから」

「うん、ありがとう」

 

 六花はいつもの明るい表情に戻る。

 

「なんか、悩みでも、あるのか?」

 

「ううん! なんでもない……いたたた!!」

「ちょっ! おい大丈夫か!」

 

 ──ボクのこと、救ってくれる?

 その一瞬見せた、六花の、今にも消えてしまいそうなほど切なげな表情が、しばらく脳裏に焼きついたように離れなかった。 

 

 

 

 

 

  

 【春大会】

 

 一波乱あったスポーツテストからちょうど三日後。

 今日は六花が久しぶりに学校に登校してきた。

 

「おはよう、久しぶり、長……狭間くん」

『ああ、おはよう、如月さん』

 

 六花がうっかり俺のことを名前で呼びそうになる。

 致し方ないとはいえ、この話し方にはやはり違和感があるな。

 ま、これも外野に恋愛絡みの妙な勘違いをされない為の苦肉の策なのだ。やり通すしかあるまい。

 そんなことを考えていた時だ。事件が起きたのは。

 

「ねえ! 二人が付き合ってるってマジなの⁉︎」

 

 キラキラした目でこちらを見つめてくる女子が一人。

 この隈取のような赤いアイメイク、ぱっつんの前髪、巻かれたツインテール。いわゆる地雷系の女子はたしか、同じクラスの遊佐愛波(ゆさあいな)、と言ったか。

 

「ちがうよ、さなみー」 

「さなみー?」

 

 ●

 どこかで聞いた名前だ……。

 こ、こいつか! 鈴木の友人ってのは……! 

 

 六花が俺にそのニックネームの解説をしてくれた。

「うん、遊佐の『さ』と愛波の『なみ』を合わせてさなみー、なんだって」

 

『ソードアート・オンライン』のキャラみたいなニックネームの付け方してんじゃねぇよ……。

 なるほど、通りでさなみーの正体がわからなかったはずだ。

 

「違うってことは二人は付き合ってないんだ〜。まそうだよね〜、狭間だし」

「おい、そりゃどう言う意味だ」

 

 こいつ、授業で二、三度話した程度なのにやけにぐいぐいくるな。

 

「や、だってねぇ? みんなのアイドル六花ちゃんとキモオタの狭間じゃ釣り合わなくない?」

「よしわかった、お前喧嘩売ってるな?」

 

 とりあえず俺は椅子から立ち上がる。

 

「ちょ、ストップストップ! 冗談! 冗談! だから! ほら、この前のスポーツテストの時だってバッて走っていって六花ちゃんのこと助けてたじゃん? たぶん狭間もがんばればワンチャンあるよ!」

 

 ワンチャンって……。

 いや、そう思ったとて本人がいるところで言うなよ……。

 

「でも、狭間が六花のこと名前で呼んでたのってなんで?」

 

 ……そうだ、確かにあの時は必死で気づかなかったが、俺は六花のことを『如月さん』ではなく、名前で呼んでいた。

 

「ああ、実は演劇部は部活ないじゃ、違いのことを下の名前でぶことになってんだ。こうやって勘違いされると面倒だから、外じゃ使わないからな」 

 

 面倒なので俺は嘘をでっちあげることにした。

 

「あーなるほど。でもなんで下の名前?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。なにかいい言い訳はないかと考えてると、六花が援護してくれた。

 

「異性とか、先輩後輩とかを名前で呼ぶのって違和感あるでしょ? でもお芝居だと部員の人を別の名前で呼ぶっことって多いから、違った呼び方で呼ぶ違和感になれておくためにそうやってるんだって」

「へー、そうなんだおもしろ〜。やっぱ演劇部変わってんな〜」

「気は済んだか?」

「うん、済んだ済んだ。ごめんねー、はやとちりしちゃって〜、お詫びに今の名前呼びの真相の話、学年に広めとくよ〜」

 

 どうやら、彼女の噂好きはよほどのものらしい。

 

 去り際、遊佐が耳打ちしてくる。

 ●図書カードのつぶやき露骨すぎるので消しておく

 

「(ところでさ、狭間からみて、美咲ってどう?)」

「どうってまあ……真面目で頼りになる、とか……?」

「か〜〜! やっぱお前はダメだ! ダメなオタクだ! これだからニジオタ童貞はよ〜〜!」

「どっ、童貞ちゃうわ」

「嘘乙」

 

 もはや俺の中で定型文化したセリフが飛び出る。もちろん、オタクの悲しい見栄である。

 そして、遊佐は0秒で論破して行った。

 今の返しの速さで完全にわかった。やっぱあいつ、こっち(オタク)側の人間だ。

 

「ねえ長太郎くん、今の話、本当?」 

「今の話って?」

「長太郎くんが、その、他の女の子とシたこと……あるって」

「いや……あれは……嘘だ」

「なんだ、びっくりした……もし本当だったら汚らわしくて、席変えてもらうところだったよ」

 

 そう言う六花は、一ミリも笑わずにそう言った。 

 

「嘘嘘。今のは演技だよ」

 

 六花の演技怖い……。

 とりあえず俺は、部活のグループLINEに『演劇部は部活中、互いを下の名前で呼び合ってって噂が二年中心に出回ると思うので、ほとぼりが冷めるまで適当に合わせておいてもらえると助かります』

 と送った。

 するとすぐに南部長から

 『プリキュアみたいなもんか』

 と送られてきた。

  ……確かに、プリキュアも変身前後で互いの呼び方変わるけど。

 

 

 ◇

 

 放課後、部活へ向かう途中。

「そうだ狭間くん。朝の、汚らわしくて……って話、嘘だからね」「……だよな。六花の場合、素なのか演技なのかわかりにくくて困るぜ、まったく」

 ●実は常時演技だったりします?

 

 

 

 ◇ 

 

  

「今日は練習の前に、六月にある大会の説明をさせてもらう」

 

 部活が開始時間になると、南部長が全体に向けて告げた。

 演劇部に年に二度の大会。ついにその準備を始める時期がやってきたのだ。

 

「体験入部の時にも説明があったかと思うが、六月の春大会は、地区の高校の演劇部が集まってそれぞれ一時間の劇を行う発表会だ」

 

 毎年参加する高校は五校から八校。なぜこんなにも時期によってバラつくのかと言えば、満足に劇が作れるだけの部員が集まらなかったり、台本やスケジュールの都合で劇が完成しなかったりのこのどちらかが理由だ。

 

「それと、秋にある大会と違って、春大会は選ばれたら県大会へ進出……みたいなのはない。だからまあ、新入部員の顔見せと、自由な劇を試せる場だと思って、多少気楽にやってくれ」

 

 部長は一度話を区切ると「さて、ここからが本題だ」と話を切りだした。

 

「さて、春大会には、劇一時間分の台本が必要になるわけだが、現状、台本書きたいと思ってるやつはいるか?」

 

 そんな部長の問いかけに、俺は真っ先に手を挙げた。

 

 体験入部で初めて六花の演技を見た時から、俺は決めていたことがある。

 それは、春大会で六花がヒロインとして最高に活きる台本を書くことだった。

 

「ふむ、現状は狭間だけか。よし、一年はまだ台本の書き方について分からないことがほとんどだろうから、基礎練習の後に詳しく説明する。その後一晩考えて、台本書いてみたいやつは、明日また改めて教えてくれ」

 

 部長の話が終わり、自分の席に戻ろうとすると、何か考えこんでいる様子の伊丹が視界に映った。

「伊丹はどうする?」

 

 聞くと、伊丹はためらいがちに切り出す。

 

「狭間先輩……。その、自己紹介の時、自分で言い出してアレなんですが、俺、台本書けるんですかね……」

 

「なんか、書きたい話でもあるのか?」

「はい」

 

 即答だった。

 

「俺が書きたいのは……」

「ああ、内容はまだ言わなくていい。代わりに、少しだけ俺の話を聞いてくれるか?」

「はい、ぜひ」

「俺はな、二次元の妄想を三次元で舞台化……というか、具現化させるために入部したんだ」

「それって……」

「ああ。伊丹の自己紹介を聞いて、俺と似てるなって思ったよ。それでも俺の動機の方が不純だった自信があるがな」

 

「それは……」と痛みは苦笑いをした。

 

「ま、要するにだ、どんなに不純な動機でも、即答できるくらい書きたいもんがありゃ書けると、俺は思うぞ」

 

 それに俺は、伊丹が入部理由に掲げるほど書きたい話とは、どんなものなのか。

 実際にこの目で確かめてみたかった。

 伊丹葵という人間の描く、理想の自分とはどんなものなのか。

 きっと俺が自分自身に望む、理想の自分とは全く違うものだと思うと、それがどんなものなのか、気になったのだ。

 

「添削ならいくらでもやってやるし、ウチの部員を活かせる書き方だって、明らかに締め切りに間に合わなさそうな時に、騙し騙しなんとか完成させる方法だって教えてやるよ」

「ありがとうございます……! 最後のは、ちょっとアレでしたけど」

「粗があってもまずは完成させてなんぼ。よく聞く話だろ?」

 

 だから、後押しをするのだ。先輩風を吹かすとも言う。

 伊丹が、目を輝かせて言う。

 

「俺、今回は自分で書かずに、狭間先輩から色々学ばせて頂こうと思います」

「おっけ、了解した」

 

 これは、責任重大だなぁ……。

 

「春大会のあとの劇って,いつになるんでしたっけ?」

「ああ、八月の文化祭だな」

「じゃあ、その文化祭で自分でも書いてみようと思います」

「いいと思うぜ。俺も初めて書いたのは文化祭だったしな。三十分の台本で、大会の半分の時間だから、処女作のお披露目にはうってつけだと思うぞ」

 

「しょっ……!」

 

 何気なく言うと、伊丹が顔を真っ赤にした。

 

「そ、そう言うの! 同性でもセクハラですよ!」

「ああ、悪い」

 

 処女作くらい、一般的にな慣用句だと思うのだが……。

 なんだ、まるで自分が処女だとでも言うのか?

 ……いや、男なのだから厳密に言えばそうなのだろうが。

 まあ、あれだな、伊丹に下ネタを振るのはやめておこう。

 

「長太郎くん、面倒見いいんだ」

 

 会話が終わるのを見計らっていたのか、六花が話しかけてくる。

 

「先輩風吹かせたいだけだよ。唯一の男子なんだ、少しでも好感度を上げで辞めづらくしてやってるのさ……」

「ふふ、そっか、それで、長太郎くんは台本、書く内容は決まっているのかい?」

「そうだな……。書きたいテーマは決まってるが、具体的にどう言う話がいいかはまだほとんど決まってない状況だな」

 

「そっか。ボク、長太郎くんの劇に出れるかな」

 

「ああ。六花ならきっと、出れると思うぞぞ」

 

 尤も、例え六花をモデルに書いたとしても、その役を勝ち取るのは他の部員かもしれない以上、断言してやることはできないが。

 

「そうかな? じゃあそのためにも、発声方法とか滑舌とか、色々勉強しなきゃだね」

 

 そう言って立花は「あれとこれと……」と指折り数えながら練習内容を反芻し始めた。

 

 ◇

 

 その日の部活終わり。

 荷物をまとめていると、南部長が近づいて話しかけてくる。

 

「狭間、ちょっといいか?」

「はい、なんです?」

「春大会の台本の件だが、書く内容が決まったら一旦私に教えてくれないか?」

 

 これはもしかしなくてもあれだな、新歓の台本の二の舞になることを警戒されている……。

  

「心配しなくても、新歓の時のようにはならないようにしますよ」

「その様子じゃ、流石に懲りたみたいだな。こじらせ台本は諦めて、また御伽噺路線に戻るか?」

 

「当たるとも遠からず、ですかね。……今回俺が書こうと思ってるのは、六花がヒロインとして一番輝ける台本です」

「ほう?」

 部長の目の奥が、きらりと光ったような気がした。

 

「部長、俺が演劇部に入部した理由、覚えてますか?」

「ああ。自分の妄想を舞台化する、だったな」

「はい。それでいて六花のあの容姿にオーラ。ヒロインをやらせるなら、彼女しかいないってわけです」

 

「それで、如月向きの台本ってわけか。三年にとっては最後の大会だというのに、よくもまあ目の前で堂々と言えたな」

 

 そう。三年生にとっては、次の春大会が最後の大会となる。

 ひとによっては文化祭など秋の大会の手前まで、活動しているが、それでも大きなステージに立てる機会は最後になる。

 

「しかも、如月のために書くって、そういうの、一般的に出来レースというんじゃなかったか?」

 

 部長が半ば呆れながら問いかけてくる。

 

「それについては対策を考えてあります」

「ほう、聞こう」

 

 具体的な劇の内容をどうするのか。俺は部活中、ずっと考えていた。その答えを告げる時が来た。

 

「まず、新歓の時のような極端に人を選ぶ台本にならないよう、御伽話路線に戻します」

「ふむ、道理だな」

「そして───多少配役が出来レースでも、部員を無理矢理納得させられるくらい面白い台本を書いてきます。以上」

「おい、ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか?」

「いや、おおマジです。それに、練習の中で、六花の演技、何回も見たでしょう? あいつが大役やったらと思うと、面白そうじゃないですか?」

 

「……ああ。正直、ワクワクするな」

「で、説得されてくれましたか?」

 

「ああ。今回が最後だぞ?」

「シャレじゃなく、ホントに最後でしょうが……」

「そうしょぼくれた顔をするな。私は推薦入試だからな。ギリギリまで部活に残るぞ? それでも、深山と田山にとっては最後になるがな」

 

 部長にそう言われ、俺は立ち止まる。果たして、このまま進めてしまっていいのだろうか……?

 

「安心しろ。みんなお前がちゃんと面白い話を書けることは知ってる。時々、生身の人間が演じるにはいささかキツいというか、痛々しいキャラが出てくるのがたまにキズだが」 

 

「そういうことなら、安心していつも通り書かさせてもらいます。あと、その痛々しいキャラとやらが出てくるのは諦めてください。あれこそが俺の原動力なんですから」 

  

 俺は、どこぞの非公認の特撮ヒーローを思い出しながら言った。

 

「部長、知ってますか? 『痛さは強さ』なんですよ」

 

 

【執筆開始】

 

 春大会に向け、台本の執筆を始めてから、早数日が経った日曜の朝。

 普段であればテレビの前でスーパーニチアサタイムを満喫している時間帯なのだが。

 俺はろくに服の詰まっていない、自室のクローゼットの前で頭を抱えていた。

 

「デートって……何着てきゃいいんだ……?」

 

 そう。今日は六花と、千葉有数の超大型ショッピングモールでデートすることになっている。

 

 ……どうしてこうなったのか。時は一昨日、金曜にまで遡る。

 

 ◇

 

 南部長に、「面白い台本書いて文句言う奴全員ぶっとばしてやるぜぇ!」と啖呵を切り、台本の内容を練り始めた矢先ではあるのだが……俺はすでに悩んでいた。

 

 そして、悩み主な原因は、「どんな御伽噺をベースにするのか」という点だった。

 

 六花の圧倒的な存在感を活かすことを考えると、ここは変にマイナーな話を持ってくるよりも、有名な御伽噺のほうがいいだろう。

 例えば、赤ずきん、白雪姫、人魚姫……

 

 だが、どれも六花が演じる事を想像してみると、どうにもしっくりこない。

 王道すぎて、今まであえて題材にしてこなかった、シンデレラのカードを、ついに切る時がきたのか……!

 と、思ったものの、『シンデレラストーリー』なんて言葉があるように、シンデレラの一番の魅力は、継母たちから不当な扱いを受けていたシンデレラが、最終的には王子様と結婚して報われ、成りあがる、という部分にある。

 

 それの何が問題なのかと言えば、シンデレラは、決して派手ではないが健気な女の子が報われるのがミソなのであって、その点で言えば六花は、オーラがありすぎるのだ。 

 

 それ故に、俺は頭を悩ませながら、せめてもの努力として、六花の様子を観察していた。

 ちなみに、ここまでの収穫と言えば、いつ見てもかわいいと言うことを再認識したくらいだ。……そりゃそうだ。

 ●手を後ろに組む癖

 

「狭間くん、どうかしたの?」

 

 観察していたのが遂にバレてしまった。

 

「まあ……アレだ、台本のことでちょっと悩んでる的なアレだ」

「ひょっとして、スランプってやつかい?」

 

 真っ先にドクタースランプというが頭をよぎる。

 鳥山明の漫画は、ドラゴンボール後半のような白熱の戦闘も大好きだが、ドラゴンボール初期や、それこそアラレちゃんのギャグシーンも大好きだぜ、俺は。

 

「そこまで深刻なもんでもねぇよ。まだ考え始めたばっかだしな」

「そっか。いいアイデア、思いつくといいね」

「全くもってその通りだな」

「それでも思いつかなかったら……いよいよスランプ?」 

「嫌なこと言うなよ……。ま、そうなったら、いつもみたいに気分転換に外出て、映画見に行って──で、どうにかするさ。そうだな……最近行ってないし、日曜辺り久々に何か観に行くか……」

 

 今は何が上映していたんだっけか。

 スマホを取り出そうとすると、六花がキラキラと目を輝かせていた。

 

「映画……! それ、長太郎くん、ボクも一緒に行っていいかな」

 

 映画は一でニヤニヤしながら観る派ではあるのだが、こうも期待に満ちた表情を向けられては断りようがなかった。

 

「いいぞ。一緒に行くか」

「うん、ありがとう。じゃ、これがボクと長太郎くんの初デートだね」

 

 ああ。そういえば、男女が二人で出かけることを一般的に『デート』と呼ぶのだったな。縁がなさすぎて忘れていた。

 

 え? 俺デートするの……?

 

 ◇

 

 そんな経緯もあって、今一度クローゼットの中を見渡してみるが、目に入るのは積み上がったラノベや漫画、おまけにガンプラ。

 さらに隅の方には黒いローブや指抜きの手袋、そしていつだかに己の手によって生み出したオリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』など、スペースのほとんどをオタクグッズが占有しているばかりで、肝心の服は、といえば、隅のほうに、申し訳程度に置かれた、引き出し式の衣装ケースが何段か積み上がっているだけだ。

 当然、衣替えなんて概念は存在せず、春夏秋冬をこの中の服だけで駆け巡っている。

 そして中を開ければ見渡す限りのユニクロユニクロユニクロGユニクロユニクロGUユニクロ。

 もはや何もいうまい。ウン万の服や靴を買う人間は俺にとって、もはや異なる生態系で生きる別種の生物なのだ。

 

 あ、そういえば三万で買ったベルトだったら持ってるぞ。

 バックル部分のコウモリのデザインで、光って、鳴って、杉田智和の声で喋るやつが。

 ……流石にこれを外に付けていくわけにはいかないが。

 

 ま、そもそもの話、お相手は通りすがれば誰もが振り向く、ハイスペックどころか、自身のスペックに体の方が付いていけていない節のある、言うなればオーバースペック美少女の六花さんだ。

 例えジェケットでビシッと決めたところでどうにかなるレベルじゃないだろう。

 まさに月とすっぽん、天と地の差である。

 

 結局俺は全てを諦め、グレーのロングTシャツに黒いスラックスという、休日にブックオフに出かける時と全く変わらない格好で俺は家を出た。

 

 最寄駅から、待ち合わせ場所の久城駅まで、電車で揺られながら考える。

 六花がどんな私服を着てくるのだろう。

 六花のことだ、どんな服を着ても似合うだろうが……。

 

 世間一般に、おしゃれと認識されているようなストレートなファッションでくるのか。

 はたまた、そのボクっ娘や厨二病的な属性に合わせて、超個性的な服装……あるいはボーイッシュなパンツスタイルの可能性も…………アリだなアリ。大いにアリアリだ。

 俺の心の中のブチャラティもそう言っている。

 

 待ち合わせ場所につくと、こちらに向かって手をぶんぶんと振るう六花の姿が見えた。

 遠目からでも白髪とブルーの瞳が良く目をひいた。

  

「長太郎くん、もっはろー!」

 

 さて、話題沸騰中の六花の服装は、というと、意外にも、いつも通りの、学校指定のブレザーにスカート姿だった。

 そんな俺の思考を察したのか、六花は申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんね。ボク、あんまり外に着ていけるような服持ってなくて」

「ああ、そうなのか」

 

 ……そうは言っても、全くの一着も持っていないということはあるまい。

 六花なら何を着たとしても似合うのだろうし、正直に言えば、私服姿の六花を見たかった、というのが本音だ。 

 だがまあ、そこに関しては本人のこだわりもあるのだろうし、俺がとやかく言うのは無粋だな。

    

「気にせんでいい。というか、そういう話で言えば、今だってこんな服装だしな」

 

 そういって俺は、両手を広げてユニクロフル装備を見せつける。

 

「ふふ、気遣ってくれてありがとう。長太郎くんのそういうところ、ボク好きだよ」

 

 不意に言われたその言葉に、思わずドキリとした。

 ……落ち着け。これはあくまで、俺がたまたま今とった行動についての評価であって、俺自信への評価ではない。そこのところ、勘違いしてはならないのだ。

  

「そ、そうだ。せっかくなら今日六花の服も見るか?」

「嬉しい提案だけど……いいのかい? ボクが勝手に長太郎くんの外出についてきただけなのに」 

「ああ。服の買い物なんて、自分じゃしないからな。むしろ新鮮でいい経験になる」

「そう言うことなら、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな。

「ああ。荷物持ちならまかせとけ」 

 

 そう言うと、六花はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、そっちもお願いしちゃおうかな」

 

 ◇

 

 JR海浜豊砂駅で電車を降りた俺たちは、ショッピングモールに着くと、予定通り映画館のあるフロアへと向かった。

 

 映画館へ足を踏み入れると、ホコリとキャラメルポップコーンの匂いが混じったような、独特の空気が鼻腔をついた。

 この匂いを嗅ぐと、映画館に来たんだな、と思わせてくれる。

 

「ここが映画館……!」 

 

 六花は物珍しそうにあたりをきょろきょろ辺り見回していた。

 

「ひょっとして、来るの初めてか?」

「うん。実はそうなんだよね。だからボク、今すっごくワクワクしてる」

 

 そう言う六花の表情は、普段通り、表情豊か、とは言い難いものの。確かに目の奥が普段よりも輝いているように見えた。

     

「それで……長太郎くんが観たい映画はどれだい?」

 

 六花が、俺が選んだ映画を一緒に見たい、というので、事前に六花に伝えることはしていない。 

 

「ああ、あれだ」

 

 そう言って俺は、宇宙服を着た男が一人、真っ白な背景に佇んでいるポスターを指さした。

 ことあるごとにタイトルを耳にする、SF映画の超大作だ。

 いつか見ようと思いながら今の今まで生きてきたが、今回のリバイバル上映にかこつけて、ようやく重い腰をあげることにしたのだ。

 

「いわゆるSFってやつかな?」

「ああ。なんでも、何度も見返さなければ把握しきれないほど専門的で難解なストーリーらしい」

「へぇ……。面白そうだね。」

 

「」もしかして、テストのときみたいに、ボクならそれも全部わかっちゃったりするかなぁ」

「実は、六花がどれだけ把握できるのか、ってのも、ちょっと楽しみだったりしてる。でも,熱でぶっ倒れる前に落ち着けよ?」

 

「はは、わかってるの、心配してくれてありがとう」

 

 問題文を読むだけで答えがわかる少女VS超難解SF映画。いったいどうなるのか……。

 そんなことを考えていると、六花に手を引かれる。

  

「長太郎くん、ポップコーン買おうよ……!」

「よーし、買うかー」 

 

 ……ちなみに、普段は買わないことの方が多い。

 なぜならお金がもったいないから。

 

 フード販売の列に並びながら、今日は何味を頼もうか、と考える。

 やっぱりここはど定番の塩味にコーラだろか。うん。いいな、定番最強だ。

 そうこう考えているうちに、注文の番が来る。

 

「六花から頼んでいいぞ」

「うん……でも、塩もキャラメルもどっちも美味しそう……でも二

 つは食べきれないし……どうしよう……」

 

 六花が決めきれずに迷っていると、そこに、店員が助け舟を出した。

  

「では、こちらの二種類の味が選べるペアセットはいかがでしょうか」

「じゃあそれで![#「!」は縦中横] 長太郎くん、いいかな?」 

 それじゃあまるでカップルみたいじゃないか、と思ったが、よく見れば、一人ずつ頼むよりもこのペアセットのほうがいくらか安い。

 これで、断るという選択肢はなくなったわけだ。     

           

 結局、ペアセットを頼んで席に着く。            

 映画が始まると、俺はその圧倒的な映像美と没入感に、気づけば俺は食い入るようにスクリーンを見つめていた。

 

 中盤を超えた頃だろうか。

 緊張感が続きっぱなしだった展開もひと段落し、ようやくホッと息をつく。

 すると、自分が随分のどが乾いていたことに気づいた。

 ……そう言えば、映画が始まってからは飲まず食わずでずっと見入っていたのか……。

 この面白さ。さすがは数々のレビューサイトで持ち上げられているだけあるな……、一瞬たりとも目が離せない。

 

 俺は、視線をスクリーンへと固定したままコーラをすすり、ポップコーンへと手を伸ばす。

 すると、手がこつん、と何かに当たった。

 俺は反射的に視線を向ける。思えば、映画が始まって以来、スクリーンから目を離すのは、これが初めてのことだった。

 

 目と鼻の先、天使のようにやわらかく微笑んで、俺を見つめる六花の表情があった。

 

 ●そのまつ毛は───詳細に書き込む

 

 

「(あ、(やっと)こっち見てくれた)」

 

 囁くように言われ、トクン、と心臓が力強く脈打つ。

 

「(……まあ、映画だからな……)」

  

  そりゃあ、スクリーンの方ばかり見ているのが普通だろう。

 

「(……ふふ、そうだね。じゃあそろそろボクも映画に集中して観ようかな)」

 

 ? どういうことだ?

 

  そう言って六花は視線をスクリーンに視線を戻す。

  

  

 俺は、乱れた呼吸を整えようと、ふぅと息をつく。

 気づけば映画もまた新たな展開を迎えているようで、俺は視線をスクリーンへと戻した。

 ……そのはずだった。

 

 

 だが、俺はなぜか、未だ、六花の横顔を見つめていた。

 

 ───おかしい。

 

 いくらスクリーンに視線を戻そうとしても、まるで金縛りにでもあったかのように、視線はピクリとも動かせなかった。

 

 ───ひょっとして、またあの頭痛やスローモーションのような、何か妙なことが起きているのか……?

 

 脈拍も、落ち着かせるどころか、どんどん速く、強くなっていく。

 

 ──スクリーンの放つ光が、彼女を次々別の色へと照らす。

 六花の瞳の色が、髪の色が変わるたび、俺の視線は吸い寄せられるように六花の方へと向いていった。

 

 結局、エンドロールが流れ始めるそのときまで、六花の青い瞳に吸い込まれるように、彼女のことを見つめ続けていた。

 

「んん〜」

 

 六花が伸びをしただけで、ドクンと、また心臓が跳ねる。

 

 

 ふと、疑問が湧き上がる。 

 

 六花はさっき、「やっとこっち見てくれた」と、そう言った。

 ひょっとして、六花はあの瞬間までずっと、スクリーンではなく、俺の方を見ていたのではないか。

 今の今まで六花の横顔を見つめていた、俺のように。

 

 それに気づいたとき、俺は、自分の顔が急激に熱を帯びていくのを感じた。

 俺は、映画館が暗闇であることに感謝した。

 

 ◇

 

「はぁ……面白かった〜……。確かに長太郎くんの言った通り、内容は結構難しかったけど、でも、それを理解しながらみると、すっごく練り込まれた映画なんだなー……って思った」

 

 映画館を後にした俺たちは、歩きながら話していた。

 

「六花、あの一回で内容把握できたのか……?」

「うん大体は。……それでも、前半の方はちょっと朧げな部分もあるけど」

「ああ。確かに、前半って世界観把握するのに必死で、案外気付かない要素も多いもんな」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 六花が顔を赤らめて言う。

 

「実は……、長太郎くんの方ばっかりみちゃって」

 

 カァっと六花の雪のように白い肌が、赤く染まった。

 

「そ、そうか……」

「長太郎くんは? どう、面白かった……?」

「いや……、実はその、俺も……後半は六花のことが気になって……全然内容が頭に入ってこなかった」

「そ、そっか……そうなんだ」

 

 六花が顔を赤らめ、指先をいじいじと絡める。

 ──ああ、これは駄目だ。さっきから、六花が異様に可愛く見えてしょうがない。

 

「でも、それじゃあ台本の参考にはならなかったよね」

「いや。そうでもない。寧ろ大収穫だ」

 

 確かに、映画の内容こそ、全くもって理解できなかったが。六花の初舞台のために、最高の役を六花に演じてほしいと言う思いを。台本を書く上において、なによりも重要な、(モチベーション)が、俺の体の隅々にまで満ちていたのだった。 

 

  ◇

   

 フードコートで簡単に昼食を済ませた俺たちは、今回の第二の目的である、六花の服の買い物を済ませるため、ぶらぶらとモール内を散策していた。

 

「行きたい店とかはあるのか?」

「うーん、特にない……かな。というか、そういうブランド? とか全然わからないんだよね」

「なるほどなぁ……。じゃあ、どう言う系の服がいいとか、そういうのはあるのか?」

「それでいうなら……かわいいやつ、かな?」

 

 あまりに漠然とした回答。

 おっとこれは、長い買い物になる予感がしてきたな。

 

「こう……ほら……かわいいにもジャンルとかあるだろ、なんかこう……ナチュラル? とかほら、地雷系……? とか。そういうのはないのか?」

 自分の中の絞りカスのようなファッション知識を捻り出す。

 

「うーん。実はあんまり自分で服選んだことってないから、どうしたらいいかわかんないんだよね。いろんなおしゃれしたいって気持ちはあるんだけど。……だから、その、今日もこうやって制服なわけでして……ごめんね、長太郎くん」

「なら、全部まわるか」

「……え?」

「何にもわからないなら、とにかくいろんな店見まくって、店員に聞きまくっていけば、自分の好きな服とか似合う服もわかってくるだろ」

「……本当に、いいのかい……?」

「おう。言ったろ? こういうのも、多分いい経験になる」

 

 そう言うと、六花がへにゃりと表情を崩して笑った。

 

「ありがとう、長太郎くんっ!」

「っ! ……おう」 

 

 正直、果てのない買い物に付き合うことに対しての面倒くささは、ある。

 それでも、六花のこんな表情を見れたのなら、本当に全ての店を周ってやろうという気になった。

  

 そこからは、六花の目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返しす事となった。

 だが、数店巡ったあたりで、これは想像以上に困難な買い物だと言うことに気づいた。

 六花がなまじ、どんな服も似合ってしまうので、一向に候補が減らないのだ。

 そして、気づけば俺たちはモール内をほとんど一巡していた。

 驚いたのは、これだけ人の買い物に付き合っても、足回りの疲労こそあれど、全く飽きていないということだ。

 

「やっぱりおしゃれって大変だね……」

「だな。そこの店見たら、そろそろどの服買うか決めるか」

  

 恐らく俺たちの旅の最後となる店は、ジーンズだったり、ビッグシルエットのシャツだったり、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だった。

 

 店に入ると、見るからにおしゃれチックな、グリーンのメッシュ混じりの茶髪に、左肩だけが露出した左右非対称ファッションの店員が出迎える。

 

「いらっしゃいま……かっっっわい…! え⁉︎ お客さんモデルかなんかやってます⁉︎ いや絶対やってますよね⁉︎」

「やってない……ですけど」

 

 ここまで服屋を巡ってきて、六花のその圧倒的なルックスに、多少驚かれることはあれど、ここまでド派手に驚かれるのは初めてのことだった。

 端的に言えば、一番騒がしい店員だった。

 

「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」

 

 なんだこのやけに押しの強い店員は……。

 というか、そんな勝手に安くするとか言っていいのだろうか……と思ったが、ふと名札を見ると、『店長』と書かれていた。なるほど。値引きの裁量も彼女が握っているか。

 ……いや、それはそれですごい店長だな……。

 

「モデルはちょっと……。試着はいいですけど」

「わかりました〜! じゃあとりあえず、これとこれと……」

 

 そういって、店員改め店長は、売り場からコーデ一式を素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。

 

「とりあえずこれに着替えてもらっちゃってもいいですか⁉︎ その間に他のコーデもいくつか揃えておくので! あ、更衣室あそこです」  

「は……はい……!」

 

 六花があれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまった……。

 仕方がないので適当に店内をうろついて六花の着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を手に持ったまま、件の店長が話しかけてきた。

 

「いやぁ、ホントいきなりすみません。職業柄、つい『この子がウチの服きたらどんな感じになるのかなー』って、気になっちゃうんですよねー。特に、制服って本人のセンスで選んだ服じゃないですから、いてもたってもいられなくなっちゃいまして……」

 

 口では申し訳なさそうに言って

 はいるものの、その話し方からは、明らかにワクワクしているような様子だった。

 

「ああ、なるほど」

「いやね? もし制服デートだったら、それに水を刺すのもなー、ってなるんですけど。彼氏さん私服だし違うかなー? と思ってつい声かけちゃいましたー! というか、彼女さんホッッントにかわいいですね、どうやって捕まえたんです? 何か弱みを握って……って感じにはみえませんでしたし」

 

 おっと、この店長とやら、さては普通に失礼な部類の人間だな? というか、だ。

 

「やっぱ、カップルに見えるもんなんすね……」

「お? 惚気ですか? まぁ〜、パッと見、不釣り合いに見えても、あんだけ距離感近ければそう見えますよ〜」

 

 間違いない。こいつ、思ったことがすぐに口にでるタイプの人間だな。

 

 そろそろ面倒になってきたので、適当な嘘をついて、強引に締める事にしよう。

 

 

「ええ。最高にかわいい自慢の彼女ですよ」

 

 

 ……こうして、学校外で全くの赤の他人から見ると、俺と六花はやはりカップルに見えるらしい。

 けれど、実際にはそうではない。

 なら。そうでないのなら、今の俺と六花の関係はなんなのだろう。

 ぼんやりと、そんなことを思った。

 

 シャーっと、フィッティングルームのカーテンが開く音が聞こえた。

 見ると、そこにいたのは、小さくロゴが入った半袖の白Tシャツに、デニムのオーバーオール、そして黒のキャップを被った姿の六花だった。

 

「どう? 長太郎くん。似合ってる……かな?」

「それは……反則だろ……」

 

 口元に手を当てて、にやけそうになるのを抑え、目を逸らすが、つい、本音が漏れてしまう。

 

「……そ、そう? あ、ありがと、じゃあ、買っちゃおう、かな」

 

 六花は、目を合わせてくれなかったが、その頬は火がついたようんい、赤く染まっていた。

  

 ここまで、様々な服装の六花を見てきたが、俺の中では、文句なしの一位。はっきりいって、ド直球で好みだった。

 

「お客さん、すっごい美人でスタイルもいいので、基本的に何着ても似合うと思うんです。だからこそ、敢えてアイテムの数は最低限に絞って素材を活かす方向にしてみました。キャップはお客さまの髪色が際立つように、反対色のブラックにしてみたんですけど、あまり目立たせたくないようであれば、全然買っていただかなくてOKですので」

「そんなこと言っていいんです?」

「あれ? 私なんか変なこと言いましたか?」

「商売なのに、買わなくてもいい、って」

「ああ。そのことですか。……だってお客さまに不快な思いまでさせて無理やり買わせるって、よくないじゃないですか」

「不快な思い……ですか?」

 

 俺が聞くと、店長は、当たり前のことですよね? という様子で答える。

 

「お客様の髪色って、地毛ですよね? 私はすごく綺麗だと思うんですけど、それでも気にされいて、『黒染めはしたくないけど、地毛の色は目立たせたくない』って方もいらっしゃいますいので」

 

 俺は、この店長がそんな配慮ができる人間だったことに驚いていた。

 ……確かに。六花を見てはしゃいではいたが、髪色については触れていなかったな。

 デリカシーは少々欠けている気はするが、根は誠実な人間なのかもしれない。

 

「買う服、ようやく決まりそうだな」 

「うん……!」

 

 六花はその後も、店員の勧めで、さまざまな試着をするらしかった。

 

 一方の俺はと言えば。

 

 向かいにある、アクセサリーショップへと足を運んでいた。

 

 無論、ファッションに興味にない俺にとっては不要なものではある。

 だから、これは俺のための買い物ではない。

 そう。六花のための……いや。六花にプレゼントするための買い物だった。

 

 ──とはいえ、自分から思い立って買いに来るほど、プレゼントに対して積極的な人間ではない。

 

 情けない事に、ことの発端は、店長からのアドバイス……? だった。

 六花が別の服に着替えている最中のことだ。

 「実はですね、あの服装、シンプルにした───とはいいましたが、別に、シンプルなアクセサリーとかだったらつけても問題ない……どころか、物によっては、今よりぐっと彼女さんが魅力的になっちゃうと思うんですよ」

「はあ……」

「鈍いですね。……これは私の独り言なんですけど」 

 

 ……この言い回しする人、現実で初めてみた……。

 

「お向いのハンドメイドのアクセサリーショップ、ハンドメイドなんですけど、価格の割に、めちゃくちゃクオリティが高いんですよね。それこそ、シンプルな物だったら高校生のお小遣いでも全然買えちゃうくらいに……」

 

 ───そして、その口車に載せれ荒れる形で、まんまと俺はアクセサリーショップの寄っているってわけだ。

 

 店には、木製のラックに、ピアスやブレスレットがずらりと並んでいる。

 あまりの豊富さに、一つ一つ見て行く気にはとてもなれず、小説を斜め読みするかのようにざっと見ていると、ふと目に留まるものがあった。

 

 それは、直径一センチほどの小さな三日月のついた、シンプルなネックレスだった。 

 

 思わず手に取る。

 煌びやかな装飾などは一切なうそれだが、不思議と六花に似合うと思った。

 

 月。それはひっそりとしているにもかかわらず、神秘的で、底知れない存在感がある。

 ……そうか、六花に似ているのだ。

 

 そして俺は、月にまつわる御伽噺を一つ、思い出した。

 それは、日本最古の物語とも言われるもの。

 竹取物語───すなわち、『かぐや姫』だった。

 

 もしも、六花がかぐや姫だったら───。

 すとんと、俺の中で何かが腑に落ちた。

 

 ……どうやら、書くべきものが見えてきたらしい。

 やっぱり、思いつかない時はこうして出かけてみるものだな。 

 

 服屋に戻ると、ちょうど会計を終えた六花が、両手に買い物袋をぶら下げて店から出てくるところだった。どうやら、他にも何着か買ったらしい。

 

「お待たせ、長太郎くん」

「六花、その服……」

 

 そして、六花は、制服ではなく、先ほどのオーバーオール姿だった。

 

「店員のお姉さんが、折角のデートなんだからって言って、タグ切ってくれたんだ。どうかな、気に入ってくれた……?」

「あたりまえだろ」

 

 あの店長も、中々どうして、粋な計らいをしてくれるじゃないか。

 俺がこの六花の服装を気に入っているのだと悟られたのは癪だが。

 

 案の定、店長は後ろでがっつぽーずをしていた。

 

 ……癪ではあるが、粋な計らいであることには間違いないだろう。

 

 紙袋を持った右手に思わず力が入るのが分かった。 

 俺は、大きく一度、深呼吸をして、六花に告げる。

 

「六花、ちょっと目を瞑ってくれるか?」

「え? うん、いいけど」

 

 まずは、素直に六花が応じてくれたことに安堵した。

 そして、六花が目を閉じたのを確認すると、もう一度深呼吸をしする。

 そして、目を閉じた六花のまつ毛に、小鼻に、そして……唇に、思わず視線が言ってしまう。

 ……落ち着け。

 

 六花の首の後ろに手を回し、例のネックレスをつける。

 

「目、開けていいぞ」

 

 六花は目を開け、【ソレ】の正体に気づくとパァっと顔が喜びの表情へと変わった。

 

「長太郎くん、これって……!」

「その、なんだ……六花に似合うと思ってな。それに、これなら使わなくても置き場所はとらないだろうと思って」

 

「ううん、使うよ……ずーーーーーーとつけてたいくらい」

「流石に学校と……ああそれと、風呂でははずしてくれ。防水機能はないらしいから」

「ふふ、そうだね」

 

 ふう、でも、気に入ってくれたようでよかった。

 俺はようやく胸を撫で下ろすことができた。

 

「にしても、結構買ったな」

「うん、あそこの服、気に入ったから。それに、店長さんもいい人だったし」

 

「ああそうだ」

 俺は六花に手を差し出す。

「?」

「持つよ。両手塞がってると不便だろ」

 

「うん、じゃあ、お願い」

 

「……おう」

 

 ……自分でやっててあれだが、なんというか、むず痒いものがあるな。

 美少女の前じゃ、つい、格好つけたくなるのが、男の性ってやつだな。

 

 ◇

 

 外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 海岸沿いなこともあって、もうすぐ五月だというのに体を撫でつけるかのような冷えた風が吹いていた。

 六花と二人、横並びで駅までの道のりを歩きながら考える。

 

 映画館の一件以降、

 六花が可愛く、魅力的に見えるようになったのはなぜなのか。

 視線を吸い寄せられしまうのはなぜなのか。

 事ある毎に、まるで全力疾走した後のような激しい動機に襲われるのはなぜなのか……。

 

 ……確かに、初対面の時から、六花は最高に可愛くて、最高に魅力的だった。それは、間違いない。 

 それに、あの出会いもあって、俺に好意を寄せてくれている。

 

 ───だかそれは、俺にとって、「六花が好きなのは、運命的な出会いを果たした男子であって、狭間長太郎という個人に対してではない、という疑念を、生じさせていた。

 

 ……すこし、昔の話をしよう。

 

 

 

 

 ◇

 

 ───ほんの少しだけ、昔の話をしよう。

 俺がまだ、メガネをかけていたあの頃。中学校時代の話だ。

 

 俺には、中学二年生の夏頃まで、いわゆる彼女というものがいたことがある。

 ラブがプラスな女子高生でも、ときめきがメモリアルな美少女たちでもない。

 

 同じ次元の、肉体を持った、三次元の女子だ。

 

 同じクラスで同じ美術部の女子。

 正直、いまだに名前を見聞きするだけでもしんどいものがあるが──彼女は赤座恵美梨と言った。

 穏やかで絵画が好きな。美術部では珍しい、漫研がないから美術部に入ったオタク女子ではない、純粋に絵画が好きな女の子だった。

 

 当時、あいも変わらずクラスで浮き気味だった俺のことを、唯一面白い、と。かっこいいと言ってくれた子だった。

 

 そりゃあ好きにならないはずがない。

 

 当然、意を決して告白したわけだ。

 

 結果は、「え? その……なんていうかごめん、そういうつもりじゃなかったんだけどな……」という展開には、意外にもならず。告白は成功。俺は舞い上がりに舞い上がった。

 ……今に思えば、この時の俺はなんと愚かだったのだろう……。

 脳内お花畑がすぎる。過去に戻って頭蓋を切り開き、そこから除草剤を散布してやりたいと思うくらいだ。

 

 ……そして、調子に乗った俺は、同じく美術部で、小学校来のオタク友達の優斗くんに「ふははははは! お前もちゃんとすれば彼女ができるぞ! ま、俺はちゃんとしなくても彼女できちゃったんだけどな!」───と、優斗くんに伸ばし放題の髪を切らせ、ヘアワックスをつけさせ、ろくに似合っていない丸メガネをコンタクトへと変えさせた。

 すると、優斗くん……いや、奴は瞬く間にモテ始めた。それも、美術部内で特にだ。

 

 そして、彼女──赤座恵美梨も例外なく、優斗の虜になり──気づいた時には、彼女は、優斗と付き合っていた。

 

「ごめん。友達がみんな彼氏自慢してくるから私もつくってみたくて。 正直ね、私狭間くんじゃなくて全然よかったって言うか……別に好きなわけじゃなかったの。でも優斗くんは別。狭間くんと違って堂々と自慢できそうだし」

 

 

 件の「そういうつもりじゃなかったんだけどな」と言われたほうが、どれだけ楽だったか。

 

 

 ……まあ、まあいいよ?

 優斗に罪はない。これからもい友達として仲良くしていこうじゃないか。

 と、思った矢先、だ。

 

「悪い、オタクと一緒にいられると迷惑なんだわ」

 

 こいつら……!

 

 

 結局俺はその一件以降部活を辞め、今まで以上に物語の世界にのめり込み、授業が終わればすぐに家に帰り、貪るようにアニメやラノベを摂取する日々を送った。

 

 以降、二人とは卒業するまで、一度も言葉を交わすことはなかった。

 

 その後、人伝に聞いた話では、優斗は女遊びが激しく、彼女を取っ替え引っ替えしているようだ。

 きっと赤座恵美梨ともすぐに別れたのだろう。

 

 ただ一つ言える言えるのは、この件以降、俺は、人からの好意というものを、真正面から受け止めることができなくなった、と言うことだ。

 きっと、こいつも、俺のことを狭間長太郎としてではなく、役割として見ている。そう思わずにはいられなくなった。

 

  例えば、台本がかけるから、例えば、部活で数少ない男子だから。

 例えば、───運命の出遭いをしたから。

 

 ……けれど、あの時俺は確信したのだ。

 

──彼女が、六花が。俺のことを見ているのだと、確信できた。 

 

 

 あの映画のとき、六花は俺を見ていて、俺もまた六花を見ていた。

 同じことをして、通じ合っていた、と感じた。

 

 わざわざ休日に映画についてきて、それで、俺の方を見ていた。

 そんな些細なことが、俺には、本物に見えた。 

 本当に、俺のことを見てくれているのだと思った。

 

 今の状態はまるで───

 まるで、そう。

 

 ───『胸を、締め付けられているかのような』気分だった。

 

 幾度となく、物語において、あるときはアニメ、あるときは漫画、あるときはラノベで見聞きしてきたフレーズ。

 

 それが意味するものは一つで。

 

 それが分かれば、今この状況ですることは一つしかなかった。

 

  ──気づけば俺は、一歩先にある手を握っていた。

 

 

 深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

 三文字。たった三文字言葉にするだけだ。

 

「長太郎くん?」

 

「六花……」

 

 

「す……」

 

 そう、言おうとした刹那、俺の頭蓋を貫くような痛みが走った。

 

「ぐぅっ」

 

 視界がチカチカとした後、急に真っ暗になり、俺はその場に倒れ込んだ。

 

(六花が頭痛になっても、長太郎は六花の言いたいことを察してしまうので、どっちつかずな関係が続く、こっちにした。) 

 

 ◇

 

 ……目を覚ます。

 確か映画を見て……、ネックレスを渡して……それで、どうなっだっけか……。

 

「……くん、長太郎くん!」

「六花……?」  

 

 心配そうな六花が目に映る。

 

「よかった……大丈夫? どこか痛いところとか……!」

「いや、大丈夫だ……、ちょっと頭痛がしただけだ」

「頭痛……?」

「ああそうだ、六花と初めてあった時と……、そうだ、スポーツテストで六花が倒れそうになったときにした頭痛と同じだ」

 

 

 妙なのは、どれも六花といる時。それも決まって、何かが起きようとしている時に起きているってことだ。

 偶然……なのか? やはりそれとも……。

 でもそうか。互いに頭痛が起きたのは初めだけで、後の2回は俺にだけ起きている……。

 だからと言って、現状では何もわからないが……。

 

「そうだ、長太郎くん、何か言いかけてたよね」

「ああそうだった……。六花……」

 

 ───思い出せない。

 何か、重要な事を俺は、六花に伝えようてしていたことだけは覚えている。

 だが……思い出せない。

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

「俺は一体……」

 

「何か言おうとしてたみたいだけど」

 

「……いや、覚えてない」

 

「そっか」

 

 ───俺は一体、何を言おうとした?

 

 

 

 

 

 

 ひょっとして、他人に対して言えないのではないか?

「鈴木、ちょっと試したことがあって」

「はい、そうしましたか?」

「好きだ」

「は、狭間くん……⁉︎」

「ああいや、なんでもない、忘れてくれ」

 

 記憶力だけには自信があったのだが───。

 試しに、歴史の問題集を解いてみたが、問題なかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 翌日、昨日の一件にモヤモヤしたまま朝のホームルームを終えて廊下を歩いていると、この時間帯にしては珍しい人物が視界に入る。

 

「狭間くん、おはようございます」

「……おお、鈴木か、おはよう」

 

 

「昨日、どうでしたか?」

「……昨日?」

「はい。如月さんと二人で出かけていたんですよね」

「ああ、そうだが、どうしてそれを?」

 

 昨日の件は誰にも言っていないはずだ。

 

「はい、一昨日の夜に、如月さんからLINEが来てたんです『楽しみで眠れない』って言ってました」

 

 そんな事を。この二人の会話、気になるな。

 

「なるほどな。まあ普通に楽しんだよ。映画見て、六花の買い物に付き合って」

  

「あれ? 昨日ってたしか、台本のアイデアのためのお出かけだったんでふよね?」

 

「ああ。そっちに関しても抜かりはない。

───まあ、鈴木なら話してもいいか。実は、六花が最大限魅力を発揮できる台本を描こうとしててな。それで、かぐや姫をモチーフにしようと思ってな。ほら、ミステリアスなところとか、ピッタリだろ?」

「なるほど……確かにそうですね」

「ま、となると問題もあってなぁ」

 

 

 かぐや姫なわけだから、恋愛物として描こうと思ってるんだが、

 とうぜsんモテるわけだろ? 

 

 なにせ、何人もの王子から求婚されたわけで。それはもう、国を揺らがすレベルのモテ方だったわけだ。

 

 となると、観客も結果は目に見えてる。『どうせかぐや姫がずっと一番もてるんだろ』ってな。

 

 だから、そこを崩すなにかインパクトのある要素がほしくてな

 

 

「確かにそうですね。そうですね。小さい頃、絵本持ってましたが、文字通り雲の上の存在すぎて、憧れとかもなく、ただただすごいなぁって思った覚えがあります」

 

 そういえば、かぐや姫は天の存在だったのだったか。それが、なんらかの罪を犯して、竹の中に納める形で、地上に落とされた、とか。

 それでなんで竹の中なんだよ。と、まあ突っ込みたくはなるが。

 

「でも確かに、鈴木は小さいころから家に本当かいっぱいありそうなイメージあったわ」

「まあ、流石に絵本は一冊をのぞいて親戚の子にあげちゃいましたけど。」

 

「ま、そうだよな。それで、その一冊ってのは?」

 

「その、笑わないで聞いてくれますか?」 

「おう」

 

「───シンデレラ、です」

 

 私、小さい頃、なかなか友達の輪に入れなかったんです。

 それに、変な子だって、言われることもありました。

  でも、そんな時にこの絵本に出会って、私も頑張ればいつかは王子様が迎えにきてくれるかもって、思って、それから、勉強も、習い事も頑張れるようになったんです」

 

「流石に中学校に上がるころには、みんなが言う白馬の王子様が、理想の男の人のことを言っているて気づきましたけどね」

 

 つまり、それまでは、本当にぱっからぱっからと馬を走らせて派手な衣装に身を包んだ爽やかイケメンが迎えにきてくれると思っていたわけだ。

 ……この現代日本で。

 

 やっぱり、女の子の憧れの象徴なのだな。シンデレラは。

 自分の努力と人柄で手繰り寄せたチャンスで成功を手に入れる。

 努力型主人公であり、それゆえに、絶大な人気を誇る──。

 

「それだ!」

「はい⁉︎」

 

  そうだ、かぐや姫がヒロインのラブこめにおいて、必要だったのはそう、ライバルだ。

  絶対的な強者であるかぐや姫の前に、現れる努力型のライバル。

 これは、話がどうころぶか、わからないだろう。

  つまるところお「かぐや姫VSシンデレラ」、ということであある。なおダークライはいない。  

 ……となると、シンデレラの的役は一体誰なのか。

 迷う必要すらなかった。

 

 

「なあ鈴木」

「はい、どうしましたか?」

 

「そろそろその夢、叶えてみないか?」

 

「……と、いいますと?」 

「───シンデレラの役、やってみないか?」 

 

 ◆

 

 そこから、台本の執筆は驚くほどスムーズに……とまではいかないものの、かなり順調に進んでいた。

 

 

 舞台は高校。かぐや姫がモチーフのキャラクター、竹月カグヤ、シンデレラモチーフの灰咲レイラの二人のヒロインと、王子様系の男子、御門オウジらの三角関係を主軸にした人間ドラマを描く、恋愛ドラマ件、ヒューマンドラマだ。

 他の登場人物も、それぞれの二作品に登場したキャラクターをモチーフにしている。

 

 南部長からも無事にOKをもらい、正式に春大会で俺の台本で劇をやることが決定し、すでに配役も決まったからしばらく経ち、

 台本を持たずとも練習ができる段階にまで進んでいた。

 

 といっても、今は、第一回の定期テストとして、二週間前を切っているということもあり、部活の時間を一時間遅らせて、部室で勉強していた。

 

「長太郎くん、ちょっとわからない部分があるんだけど」

 

 といって六花がプリントの束をこちらに見せてくる

「ここのカグヤちゃんの感情なんだけど──」

「ああ、そこはだな──」

 

 六花だけは、テスト勉強する必要がないから、と、台本を読み込んでいた。

 そう。オーディションの結果、六花は無事にかぐや姫、もとい竹月カグヤの役の座を勝ち取ったのである。

 

 そして、鈴木も見事にシンデレラが下敷きになった、灰咲レイラの役の座についた。

 オーディションは部員による投票で決めるのだが、全役中、もっとも僅差の戦いとなり、わずか一票差鈴木が勝ち取ったのだ。

 

「そこは───後で部活の時に相談だな。【王子役の南部長】と」 

 俺は、絶賛勉強に集中しているみなみ部長の背中を睨みつける。

 

 ……そう。俺は負けたのだ。

 

 

 『全部狭間の思い通りに行くのは、なんか癪だ』と言って、オーディションに参加したのだ。

 

 我が部の男子は、二年の俺、一年の伊丹の三人。

 深山先輩はあまり、派手な役をやりたがるタイプではないし、伊丹の性格を鑑みれば、初の大会でいきなり主役に立候補、というのは考えにくい、

 よって、ほとんど消去方に近い様な形ではあるが、俺の王子役は揺るがない。

 そんなことを考えていたのだが、

 

「部長、王子様だのなんだの言って持ち上げられるの、嫌いじゃなかったです?」

「ああ。私が嫌いなのは周りの女子に面白半分で王子様扱いされることだ。だから、王子になるのは、やぶさかではない」

 

 そう言って南部長がにやりとこちらを見る。

 

「それに、お姫様があの二人だなんて、お前には手に余るだろ? 私が変わってやるよ」

「そんな軟派野郎みたいなセリフをつらつらと……」

 

 俺は結局、演出家として、舞台の統括をすることになった。

 

 ◇

 

 六花が台本と睨めっこしている一方で、俺はなくなく、暗記の点滴といもいえる科目、数学とひたすらに格闘していた。

 

 

 

「なあ六花、この証明教えてくれるか?」

 

 四則演算に、確率に三角関数。このあたりは日常で役立つ機会もあるが、ことさら、この証明に関しては、学ぶ意味が全くわからん。

 

「いいよ、ここは───」

「おお……納得した。マジで教えるの上手いな」

「へへ、それほどでも」

 

「これで土日もつきっきりで教えてもらえたら、赤点ギリギリからの卒業どころか、80、90点代越えとかねらえそうなんだけんどな」

 

「じゃあ、今度の土曜、ボクの家、くる?」

「……六花って、一人暮らし……だったよな」

「うん、そうだよ。それが、どうかしたの」

「いやその……どうもないが……」

 

 と、妙な空気になっているところ、切り裂く者が一人。

 

 

「如月さん! 私にも勉強、教えてくれませんかっ!」

 

 部活前の十分程度の時間さえ無駄にはしないという心意気で、英単語と睨めっこしていた鈴木だった。 

 

 ◇

 

 土曜日。

 久城駅まで六花に迎えにきてもらい、そこから家に向かう。

 

「ここがボクの家」

 

 住宅街の外れ、林のようになっているところに、木々に囲まれるようにして、赤い瓦屋根が目を引く小さな家が、ひっそりと、一眼を避けるようにして佇んでいた。

 その出立ちもあって、まるでドールハウスのようだった。

 

「わぁ……」

「すげぇな……」

 

「さ、あがってどうぞ」

 

 中も同様で、モデルルームのように洗練されていた。 

 私物が少ないタイプなのだろうか。あまり生活感はなかった。

 

 

 

「へへ、部屋に人を上げるなんて初めてだからなんだか恥ずかしいけど、どうかな」

  

「ああ、よくこれだけ揃えたな…そうだこれ、手ぶらも悪いかと思って」

 

 中に洋菓子の入った紙袋を渡す。これが男友達なら適当なスナック菓子をコンビニで買ってきているところだが、今回は少し格好つけて、セレクトショップに寄って買ってきた物だ。そのなも房の駅。といっても、扱っているものは千葉名物だが。

 

「私からもどうぞ。これ、お母さんが持って行けって」

 

 続くように鈴木が、二回りほど小ぶりな紙袋を手渡した。

 俺のよりも一段お洒落な雰囲気のそれは、かすかな記憶をあてにするのなら、確か紅茶専門店のものだった筈だ。菓子なら別の人が持ってくるだろうと言う判断だろうか。さすが鈴木母。

 

「2人ともありがとう!こんなに気を遣って貰っちゃって、なんだか悪いなぁ」

「こんだけ立派な部屋なんだ。場所代とでも思っといてくれよ」

「それじゃ、後でみんなでお茶しようか」

「はい!」

 

 リビングのローテーブルは、一人暮らしては大きめだが、2人分の教科書とノートを並べるといっぱいになってしまった。

 

「これだと六花のスペースが無いけど大丈夫か?」

「うん。ボクは2人に教えることに徹するよ」

「でも、悪いよ」

「大丈夫だ。六花は家で勉強しなくても成績優秀みたいだしな」

 

 なにせ、あの点数だ。

 

 それからしばらくの間、各々勉強を進め、わからない場所があれば六花に相談、という流れを繰り返した。

 

「六花、この問題なんだが……」

「はいはい」

 ソファーに腰掛けていた六花が、ガバッと動き、隣に座ってくる。近い。

 

「この問題なんだが…」

「あ、ここはね!」

 

 すぐさま六花の説明がはじまる。

 やはりわかりやすい。サクサクと進むのは爽快で、途中、三時の休憩を挟みはしたものの、あっという間に時間は過ぎ、気づけば時計は、午後六時半を指していた。

 

 レースのカーテンをめくって窓の外を見ると、夕日はもうほとんど沈みかけていた。

 もう五分もすれば、外は真っ暗になるだろう。

 

 そういえば、鈴木は六時半には帰る、というようなことを言っていたはずだ。

 俺は、集中して勉強を続ける鈴木に声をかけた。

 

「鈴木」

「…………」

「おーい……帰れなくなってもしらんぞー」

 

 ……返事がない。どうやら、思った以上に集中しているらしい。

 

「すごい集中力だ」

 

 六花が感心したように言う。 

 

「やっぱり美咲ちゃんはすごいなぁ」

 

 これほどの集中力は一朝一夕で身につくものではないだろう。

 

「今まで、何日も何年もい、日々努力してきた成果、なんだろうな」  

 いつだか鈴木は、自分は六花のようにはなれない、なんて言っていたが……なんのことはない。鈴木にもこうして、六花にできないこともできるのだ。

 

 人間なのだから、至極当然のことではあるはずだが、俺は、そのことが無性に嬉しかった。

 

「……にしてもどうしたもんか。無理矢理勉強中断させるのも気が引けるし」

「だね。でも、もし遅くなるようなら、このままボクの家に泊めるから心配しなくても大丈夫だよ。来客用の布団もあったはずだし」  

「そういうこといなら、もうしばらく勉強させておいてよさそうだな」

「うん。むしろ、家に帰れないくらいの時間まで集中しててもらおうかな。そしたら美咲ちゃん、絶対とまってくれるし」

 

 ……六花、時々発想がちょっと恐ろしいんよな。

 

 

「ボク、お泊まり会とかやってみたかったんだよね」

 

 愛おしそうに鈴木を見つめる六花を見ては、俺はなにも言えなかった。

 確かに、お泊まり会じゃあ、男の俺はどうやったって叶えられないからな。

 

「よかったら、長太郎くんも泊まってかない?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、流石に手狭だろうからやめてとく。着替えもないしな」

 

「そっか、確かに。ボクの服を来てもらうわけにはいかないもんね。……逆は……ちょっと着てみたいかも、だけど」

 

 それはつまりあれだな。いわゆる……彼シャツ的な。

 

「……まあ、あれだ、もし機会があれば、だな。うん」  

 

 ……今俺は、なんて答えればよかったんだ……。模範解答が全くわからないかったぞ。    

 

 

「それはそれとして長太郎くん、ご飯だけでも食べて行かない?」

「……! いいな、それ」

「本当……⁉︎ って言ってもその……、今からだと、簡単なパスタとスープになると思うけど」

「それのどこに問題があるんだよ。六花の作った料理なら、泥団子でも俺は食える自信があるぞ」

 

 

「ふふ、ちゃーんと食べられる物つくるから、そこは安心していいよ。ミートソースかナポリタンか、それかカルボナーラか……長太郎くんは何が食べたい?」

 

「あー、ミートソースかな。鈴木も間違いなく食べれるし」

 

 以前、一緒にサイゼに行った時、大盛りをペロッと平らげてたからな……。

 

「じゃ、決まりだね」

「なんか手伝えることはあるか? 三人分ともなると、結構大変だろ?」

「ううん、全然大丈夫だよ。長太郎くんはお客様なんだから、ゆっくり寛いでてよ」

「まあ、そういうことなら。……せめて、皿運びと皿洗いくらいはさせてくれよな」

 

「わかった。でも、こうしてると、なんだか同棲してるみたい」

「同棲って……じゃあアレはなんだ。子供か?」

 

 リビングで勉強し続けている鈴木を指さす。

  

「うーん、じゃあもう一人の彼女、とか?」

「おい」  

  

「はは、だめだった? でもほら、彼女が二人いるってきっとお得だよ?」

 

 なんだその斬新すぎるセールス。

 

「その、なんだ……仮に作るとしても、一人で十分だよ」

「そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2/1ここから

 

 

 

 ソファーに座り、あいも変わらず集中し続ける鈴木の背中を見ながら、夕食の完成を待つ。

 

 しばらくすると、トントンと包丁を振るう音や、水の音なんかが聞こえ始め、次第に食欲をそそられるいい匂いが漂ってくる。

 

 すると、『くぅ〜』と、腹の虫の声が聞こえてきた。

 ……そして、その発信源は、俺ではない。

 

 ちらりと鈴木の方を見ると、ロングヘアの隙間から覗いた耳が、真っ赤に染まっているのが見えた。

 そしてどうやら、鈴木の集中力も、そろそろ途切れたらしい。

  

「今、六花が俺たちの分も晩飯作ってくれてるってよ」

「晩御飯……? って、もうこんな時間! は、早くらなきゃです……!」

「六花が、よければ泊まってほしいって言ってたぞ。なんだ、親に連絡、とかしてみたらどうだ?」

 

「泊まり……ですか……。いいですね! 夜にも勉強見てもらえれば、次のテストは自信がもてるかもです!」

 

 ……こんな状況でも勉強のことか。ほんと、ブレないなぁ……。

 

「ちょっとお母さんに電話してきちゃいますね」といって廊下に出ていく鈴木を見送った。 

 ●

 泊まりの許可を貰ってからしばらくすると、

 

 うん、お母さんに連絡しちゃう」

 

「「「いただきます」」」

 

 誰かの家で、それも大人抜きでこんなことをするのはなかなか新鮮だ。

「楽しいね」

「だな」

 

 

 食事を終えた。

 

「じゃ、皿洗いはまかせろ」

「い、いえ、私がやります!」

「あー、じゃあ俺が洗うから、鈴木は拭く担当で」

「はい!」

 

「それじゃあ、ボクはお風呂沸かしてくる」

 

 

 皿を洗う。

 

「それにしても、綺麗な家ですよね、あんまり物は持たれないんでしょうか」

「なのか、それとも引っ越したばっかで物が少ないのか……。でも、アルバムとかも持ってきてないって言ってたしな……」

「はい。中学時代の如月さん、気になります」

 

 ……さぞかしモテたのだろう。

 ……六花がこうして一人暮らしをしている理由。一体、なんだのだおる。

 いじめや、そうしたことは何度も頭をよぎって入るが、六花にはそうした気配が一切ない。

 案外、俺が考えすぎなだけで、それほど特別な理由はないのかもしれない。

 

 皿洗いも終わり、勉強を再開した鈴木を横目に、リビングでくつろいでいると、「お風呂がわきました」という機械音が聞こえてくる。  

   

「実咲ちゃん先お風呂入る?」

「……え? あ、はい! 私は、もうちょと勉強してからにしようかと」

「そう? じゃあボク先に入っちゃうね」

 

 一人暮らしの美少女の家。女子が二人に男は俺だけ。我ながらとんでもない大出世をしたものだ。中学時代の俺にこのことを聞かせれば妄想乙とでも言われるだろう。

 

 衣擦れの音でさえも聞こえてきてしまいそうだ。不意に背中をなぞられたような、むず痒い背徳感がジリジリと込み上げてくる。

 ……いまこの部屋にいるのは精神衛生上非常によろしくない。

 

 そういえば、家の外に自販機があったな。

 

 立ち上がり廊下に出る。

 

  

 

 

 

 玄関に足を進める最中、つい出来心でバスルームへつながる扉に視線をやってしまう。すると、

 一糸纏わぬ姿の六花がいた。

 

 みるみるうちに六花の顔色が羞恥に染まっていく。

「変態っ!!」

 

 次の瞬間、俺はいつの間にか六花に距離を詰められていた。

 

 突如右頬に感じた衝撃に、視界がブラックアウトする。

 結論から言えば、俺は右頬をビンタされた上で部屋から締め出されていた。

 一瞬にして懐に入られたということだ。

 

 身体能力高すぎ……。

 

 

 

 コーヒーを手の中で転がしながら、玄関の階段に腰掛けていた。

 

 まあ、荷物も中に置きっぱなしだし、すこし間をあければ中にはいれてくれると思うのだが……え? 大丈夫だよね?

 

 俺は、ある違和感に気づいた。

 

「……あれは多分Bカップだ」

 

 

 走る姿やストレッチをする姿を見ているから知っているが、如月六花は巨乳ヒロインに匹敵する巨乳だったはずだ。

 

 

 

「パッドか……ね」

 

 どうしてだろう。 

 ───けれど、だからなんだ、という話だ。

 

 

 今ので思い出した。俺は六花に告白しようとして気を失ったんだ。

 

 

 →こんな迂闊なことする? バレるようなまね

 ・ラッキースケベのパワーが、「正体がバレるかもしれない」というリスクを上回った。

 

 

 

 

 まずは、六花に謝るセリフを選ぶとこらからだ。どうしてこう、現実には選択肢が現れちゃくれないのか。まあ、脳内にトンチキな選択肢を出されて、ラブコメの邪魔をされてもこまるけれど。

 

 缶をゴミ箱に投げこむ。

 一呼吸おいてからインターホンを鳴らすと、扉が開き、中から六花が顔を出した。

「「すまん!(ごめん!)」」

 

「ボクが癖でドア閉めなかったのが悪いんだから」

 いやまあ、確かに論理的にはそうなのだが、倫理的には十分俺も悪いだろう。

 

「それでその……さ、みたよね

 ……妙な背徳感があ。

 

「その……聞いてもいいか」

「うん……」

「なんで,こんなことを?」

 

「その……【理想の自分でいるために】。」

 

 明日意味深だった。

 

「そう言われたら、俺は何にも言えない。でも……そうだな。でも俺はどんな胸のサイズでも六花す───」

 

 また、頭痛が起きる。意識が遠のいていく。

 

  なるほどそうか。よくわからんが、俺に意地でも六花に好きと言わせたくないのはわかった。

  

 目を逸らさずに言う。

  

「一度しか言わない…………よく聞け」

 

「 ……俺は、大きいおっぱいも、小さいおっぱいも、どんな大きさのおっぱいも大好きだ……!」

 

 ……言えた。

 

「ふふっ、変なのっ!」

 

「どんなボクでも、受け入れてくれる?」

 

「ああ。何言われたって受けて止めてやる……受け止めてみせる」

 

 両手を広げるジェスチャーをする。

 

 

 惚れた弱み……いや、弱みだなんて思わない。

 惚れたからには、全てを受け入れてやる。

 

 その直後だった。

 六花が俺に、抱きついてきたのは。

 

 思えば、直接的にスキンシップが取られたのは、初めてのことだった。

 

 六花が抱きついてくる。

 はじめて人から抱きしめられた感触は、

 シャンプーの香りがして、柔らかくて、暖かくて───震えていた。

 

  

    

 そして六花はいう。

「長太郎くん、ボク、記憶がないんだ」

 

 記憶が……ない……?

 

 ──整理できずしばらく声がでなかった。

「…………いつからだ」

 

「ボクの記憶は、長太郎くんと出会った、あの日。朝、この知らない家で目を覚ましたところから始まった」

 

 

 六花は続けて語る。

 

 制服と学生証、それとスマホ、通帳が置いてあった。

 

 そしたら学校から電話かかってきて、学校にいったの。それで、とりあえず学校に行ったの。

 

 そこでベランダで長太郎くんに会ったの。

 

「長太郎くんは、ボクの王子様なんだよ。友達も、部活の仲間も、全部長太郎くんがくれたんだよ。服も、全部。」

 

 

 ●記憶が蘇る。誕生日が朧げ、テストに、スポーツテスト。自分の結果に驚いていたこと。

  

 突拍子もない六花の話だが、俺は六花のその言葉に一切の

 疑いをもたなかった。いや、持てなかったのだ。

 

 それを、冗談だと否定するには、材料が揃いすぎていた。

 ホンモノだ。

 

  ──記憶のない彼女が、どれだけ心細い気持ちで、藁にもすがるような思いで俺の元を訪ねてきたのか。

 

 彼女が俺に固執する理由も、あの新歓で彼女から一歩ひいた時、彼女が泣き出してしまった理由もわかったような気がした。

 

 他にもきっと、俺が見落としていただけで、些細な言動にも、そのヒントはあったのだろう。

 

 ────なんだってしてやる。

 ひとりの女の子のために、打てる手をつくす。最高に格好いいじゃないか。

 

 

 

 

「ボク、今のままでもいい」

 

 

「でも,震えてる」

 

「──本当は、知りたい。自分が誰なのか」

 

「当たり前だ。」

 

 強く抱きしめた。

 

 少し、落ち着かせる。

 

「この話は、秘密だな」

「うん。でも」

 

 

 

「今の話……本当ですか?」

 

「鈴木……」

 

「すみません、聞いちゃいました」

「いいの。美咲ちゃんだけには、話すつもりだったから」

 

 この日、俺の中でようやく、自分が何かに巻き込まれているのだと、確信を持った。  

 

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 ・夢の国の夢を見るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●2/2 ここから

 

 あの勉強会から日曜日を挟んだ月曜日の朝。

 俺は、いつも通りの時間に起き、いつも通りの時間に電車に乗り、いつも通りの時間に席に着いた。

 

 状況は、思ったよりもシリアスだ。そして、当然ながら、俺はこう言う時、どんな顔で六花と向き合えばいいのか、わからなかった。

 

 そんな矢先、後ろから声がかけられる。

 

「おはよう、長太郎くん」 

 

 かけられた声は、意外にも、いつもとなんら変わらなかった

 

「お、おはよう……その、なんだ、大丈夫、か?」

 

 六花のいつもと変わらぬ挨拶に、俺はほっとした。

 隣の席に座った六花が少し声を潜めて、話しかけてくる。

 

「その、土曜日、色々あったけどさ、今まで通りにしてくると、嬉しいな。その、あんな突拍子もない話しちゃったから、無理に、とは言わないけど」

「そっか……」

 

 別に今まで通りでいいのか。

 ……確かに、勇気を出して俺たちに話してくれてんだ。それで俺たちの反応が変わってしまったんじゃあんまりだ。

 

 俺は、少しずつ普段の調子をとりもどして行った。

 

 そんな矢先、土曜日の件のもう一人の当事者、鈴木がクラスにやってきた。

 

「あの【六花ちゃん】も狭間くんも、ちょっといいですか?」

 

「その呼び方」

 

 

 鈴木は基本的に、よほど親しい人間以外は、〇〇さんと呼ぶ。

 少なくとも、土曜日、俺が帰る直前までは、「如月さん」よよんでいたのだ。

 俺が帰ったあと、鈴木は予定通り泊まったで、その間に何か……そう、何かがあったに違いない。

 手がかりがあったとすれば、その夜に送られてきた、六花と鈴木が猫耳フードのついたパジャマをきたツーショットくらいだろう。

 ……なんか、ラノベのピンナップみたいだな

 

「うん、あの後また美咲ちゃんと仲良くなって」

「は……はい!」

 

 顔を赤らめる鈴木。ひょっとして……女の子同士の禁断の……?

 

 と、ふざけるのはこのくらいにして、だ。

 

「ああ、調べてきたか?」

「はい。今日の昼休み、でいいんでしたよね」

「ああ」

 

「二人とも……調べてきたって?」

 

「ああ。実は昨日、鈴木に電話してな。土曜はいろいろ気が回らなかったが、六花の記憶を取り戻す方法について調べてくれるよう頼んだんだ」

 

 本での調べ物において、鈴木の右に出るものはそうそういないだろう。

 

「みさきちゃん……!」

 

「じゃあ、また昼休み」

  

 四限が終わると、六花と共に、弁当を持って、部室の方に向かう。

 週二・三回の頻度でこうして一緒に部室に向かっているが、初日のこともあり、外野の人間からはすっかり部活の集まりにいくと思われているようだ。

 

 俺と六花が席についてから、少し遅れて鈴木がやってきた。その手にはランチバッグの他に、ノートか何かが入っているであろう、トートバックも持っていた。

 

「すみません! 授業終わるの、遅くなってしまって!」

 

「え、えーと」

 鈴木は駆け寄ってくると、あたふたと視線を彷徨わせた。

 視線の先は、隣通しに俺たちの座っている席に向かって向けられていた。

 この状況に慣れてしまっていたが、隣同士に座っているというのは、確かに、座りずらいだろう。

 

「あー、どこに座ってもらうのが都合いいんだろうか……」

「美咲ちゃん、ボクらの間においでよ」

「え、で、でも……」

「……いや、でも鈴木の説明を聞くなら、案外このポジションがベストか……?」

「た、たしかにそうかもしれません……」

 結局、俺が一席横にずれ、その間に鈴木が座る、ということになった。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 鈴木が俺たちの顔色伺いながら、おそるおそる座る。

 

 

 だだっ広い視聴覚室に三人が横並び。側から見たら、かなりシュールな光景だ。

 

「それで、早速なんですけど、六花ちゃん現在の状態。語弊を恐れずに言うなら、症状について、図書館で昨日、色々と調べてきました」

 

 そう言って、鈴木はバッグからキャンパスノートを取り出し、ページをめくる。

 

 鈴木が持ってきたノートを開く。

 一ページ目は、まるで授業用のノートのように、ぴっしりと綺麗にまとめられていた。

 そしてそれは、数ページで終わることなく、ノートの半分にさしかかるあたりまで、びっしりと書かれていた。

 

 六花があっけにとられたような表情を浮かべる。

 

「うそ。実咲ちゃん。これ、すごい時間かかったでしょ……?」

 

「日曜の朝、帰りに図書館によって調べながら色々……でも、全然大丈夫だよ」

  

「それに、六花ちゃんのこと考えてたらじっとしてられなくって」

 

「実咲ちゃん……」

 

 六花の目がは潤んで見えた。

 

「それじゃあ、説明しますね。私の調べてきたこと」

 

「まず、六花ちゃんの症状ですが──その、不快にさせてしまったらすみません。記憶障害の一種だと思われます。おそらく、健忘症の一種だと思います。そして、健忘症には外傷性、心因性、薬剤性、症候性、アルツハイマー性のものなどがあり、外傷性は……」

 

 淡々と鈴木の説明が続いていく。

 鈴木は本当に一から百までを網羅する勢いで調べてきてくれたのだろう。だが、これでは休み時間がいくらあっても足りない。

 

「鈴木、悪いが六花に関わる部分だけ、要約して話して貰えるか?」

 

「は、はい。要約ですね……えーと、えーと……」

 

 すると、途端に鈴木があたふたとし始める。

 ……そう言えば、鈴木はこの手の説明が苦手なんだったな

 

「ノート、見せてもらっていいか?」

「い、いいですけど、あんまり綺麗な字じゃないですよ」

 

 鈴木から受け取ったノートは、かろうじて要所に見出しがついている程度で、その他のぶぶ運は本当にひたすら書いた、というような有様だった。たしかに、これでは要点を掴むことは難しいだろう。

 

 俺はひとまず、見開きになっている二ページ分を、ざっと目を通した。

 

「六花の症状はおそらく、心因性。要するに、トラウマだったりストレスだったり、何かしら内面的な影響から生じた記憶障害らしい。心理学的には、『解離性健忘』と呼ばれてるやつだな。こっちの名前は聞いたことがある」

 

 鈴木に代わって話始める。

「狭間くん、その、わかるんですか?」

「ま、普段から文章読み漁ってたらこれくらいはできるようになる」

 

「一応、そう判断できる理由も言っておくと、過去の記憶が思い出せない以外の症状が出ないからだな。例えば、病気や怪我による、脳への物理的なダメージが原因でおきた障害だったとしたら、新しい記憶を覚えることにも、影響が出ているはずだ」

 

 だが、六花の聡明ぶりは知っての通りだ。とてもじゃないが、忘れっぽいとは全く思えない。

 

「で、肝心の思い出し方に関しては……」

 

 ページをめくり、再び斜め読みをする。

 

「そうだな。───六花の記憶喪失の原因が、何らかのトラウマだったと仮定しよう」

 

 六花がこくんと首を縦に振る。

 

「トラウマから離れた、六花が安心した環境に居続けていれば、徐々に失っていた記憶を取り戻していくことが多いらしい。急いで記憶を取り戻したい場合には、催眠や薬剤なんかを使って、リラックスさせていく方法もあるらしい」

 

「他の思い出す方法に関しては……」

 

 探しているうちに、ページをめくり終えてしまう。

 

「……これだけか」

 

 意外と言うべきか。

 物語でよく見る、記憶に起因するものを見て思い出す方法については記載されていなかった。むしろ、それらの、トラウマを想起させるようなものは避けるべきだ、ということが書かれていた。

 

 ……ここが一番の相違点であろう。

 

 今の方法を実践しようにも、

 だが、問題なのは、六花が、何をすればリラックスできて、何がトラウマなのか、いまいち検討がついていない、ということだ。

 

「はい。なので、ここは自然に回復するのを待ったほうが」

「ボクは……」

 

 六花が静かに切り出す。

 

「ボクは知りたい。どんなに辛いことでも、小さなことでも知りたい」

 

 その目を見る。

 六花のその意思は固く、およそ、曲げられそうなものではなかった。

 

「わかった。じゃあ、思い出す方法を考えよう。もとより、そのつもりだ」

 

 ……となると、鈴木のノートに書かれていた一般的な治療法とはやることがかけ離れてくる。こうなると、メンタルクリニックでの長期的な観察、治療、という最も一般的な手段はなしだな。まあ、もとより、身元不明で記憶も全くといっていいほどにない状態だ。医者に行ったところで、遠回りな上、面倒なことになるのは目に見えている。

 

「───すみません」

 

 鈴木が申し訳なさそうに切り出す。

 

「私、こうなるとは思ってなくて、自分たちで動いて思い出す方法って、あんまり調べてないんです……」

 

 そんな鈴木に、六花は柔らかく微笑みながら語りかける。

 

「大丈夫。それはこれから探していくよ。それよりもこれだけ調べてきてくれてありがとう」

 

 俺だけが何もしないと言うわけにもいくまい。

 

「なら、こっからは俺の番……かもな」

「狭間くん?」

 

 俺は、もってきていたリュックから、表裏真っ黒なノートを取り出す。

 さながら白文字で『DEATH NOTE』とでも書いてありそうな風貌のノートではあるが、そこに特に意味はない。単に、中学の頃に何冊かまとめて買ったものの、授業用として使うにはあまりにも格好が良すぎる上、かといって、プライベートでノートを使うこともないため、家で余らせていたものだ。

 

「ノートですか?」

「ああ。……正直言うと、鈴木の内容をみて様子みしてた。

 医学的な方向からは、鈴木がこうやって調べてくれるだろうと思って、俺はまた別の方向から、記憶喪失について調べてきた。特に、記憶を思い出す方法については」  

 

「あの、別の方向とは、どんな方向でしょうか。ひょっとして、催眠療法のような、ややスピリチュアルな観点からでしょうか⁉︎」

「当たらずとも遠からず……といったところだな」

 

 およそ検討がつかないと言った様子の鈴木に俺は言う。

 

「俺は調べたのは、創作物における記憶喪失の解消例。」

「と言いますと」

 

「まあその……平たく言えば、アニメの記憶喪失あるあるだ」

「はい?」

 

 鈴木のこんな声色を聞くのは、初めてのことだった。

 

 

 ◇

 

 六花が記憶喪失であると知った、勉強会の帰り道。

 俺は、久城駅から最寄り駅までを、電車に乗ることなくぽつぽつと続く街灯を辿るように線路沿いを歩いていた。

 あまりに突然な出来事に、こんがらがってしまった頭を冷やしていたのだ。

 

 そして俺は。LINEを開き、通話ボタンを押した。

 

「なんだ、こんな時間に」

 

 電話越しに、朝倉の怠そうな声が聞こえてきた。

 

「お前を一丁前のキモオタと見込んで話がある」

「切るぞ」

「悪い。聞いてくれ」

 

 只事ではないと悟ってくれたのか。

 

「……で、なんのつもりだ?」

 

 

「アニメでラノベでもなんでもいい。記憶喪失になったキャラの記憶が戻るキッカケをできるだけ挙げてくれないか」

 

 記憶喪失。医学的には、たしか別の名前があったはずだ。そうした、医学的な方面からは、まず間違いなく鈴木が調べてきてくれるだろう。

 

 だとすれば、俺が調べるべきなのは、鈴木の調べが行き届かない方向。すなわち、フィクション。端的に言えば、物語における記憶喪失の解除についてだ。

 そして、六花が記憶喪失である、その事実を口外しないためにも、こんな冗談のような聞き方になってしまうのは仕方のないことだった。

 

「……別にいいが、なんのために」

 

 本当のことをいうわけにはいかない。

 

「……台本の都合でちょっとな」

 

「……わかった。記憶喪失な……」

 

 少し間を開けたあと、返答が返ってくる。

 

「つまり『幼少の頃母親がよく口ずさんでいた歌を聞く』とか、こんな感じか?」

「ああ。そういう思い出の歌とか、人、思い出の品物とかな」

「……となると、後は思い出の場所とか、そういうことか。親に連れてきてもらったとか、逆にその場所で誰かが死んだ……とか」

「ああ。そんな感じで挙げていってくれると助かる」

 

 だが、いくつか具体例を聞いていて気づく。

 

『頭を強く打つ』、『脳手術が成功する』といった、物理的なものを除けば、基本的には、記憶を失う前に強く印象に残っていた物事に接触することが、記憶を思い出すきっかけとなるパターンが、そのほとんどであることに。

 

 波大抵の作品例では、すでに既出の状態になっていってしまい、挙がっていく例は、どんどんとフィクション的になっていった。

 

「記憶を内包したDISCを取り戻す」

 朝倉が言う。そして、俺も返す。

「『多くの世界を渡り歩いてきた主人公が、自分が生まれた世界にたどり着く』」

「『世界に散らばってしまったナンバーズのカードを回収する』」

「『冴えないサラリーマンが、自分の見たい夢を見せてくれる施設で、宇宙海賊として星々を駆け巡る夢を見るが、それは施設の用意した夢ではなく、封じ込めていた自身の記憶だった』」

 

「あー、えーとあれか、『スペースコブラ』」

「正解」

 つ

 そこから、また二、三例を挙げたところで朝倉が切り出す。

 

 

 

「……俺はもうお手上げだ。あとは偉大なるインターネットに頼るとかなんとかして見つけてくれ」

「いや、それも多分大丈夫だ。今のやり取りで、概ねパターンがあるのはわかった」

 

「なあ、こっちからもいいか?」

「ん? なんだ?」

 

「───如月六花に、実は記憶喪失でした、とでも言われたか」

 

 さらりとでた正解に、俺は空いた口が塞がらず、否定の言葉を言うことができなかった。

「その沈黙は、肯定として捉えていいんだな?」

「……ああ」

 

 俺は渋々頷いた。

 

「マジか───。可能性の一つとして考えていただけだ。まさかそんなことあるわけないと思ってた。

 

「何でわかった」

「確証があったわけじゃない。半ば鎌掛けに近い。ただ、あいつ、なにやっても完璧にこなすだろ? その時、自分が出した結果に自分で驚いてんのが妙に気になっててな。それで、もしかしたら、って感じだ」

 

「」狭間がいない時の如月、遠くを見ながらため息をつくのを見たことがある。それが、明日印象に残ってな」

「ずりぃな」

「運命でモテてるおまえが一番ずるい。今のお前、主人公だぞ。それも、新海誠作品の」

 

「最高だな。もし町一個滅んでも恨むなよ」

 

 そう言われて、スポーツテストの時や、定期テストのことを思い出す。

 

「なるほどな」

「だが、ここでその説明をしてこないってことは、本来はお前らだけの秘密にしておくつもりだったってことでいいか?」

「そのつもりだったよ。勘のいいガキさえいなけりゃな」

 

 相手の感が鋭いってのがこんなに不都合に感じるとは。いまなら某錬金術師漫画の彼の気持ちがわかる気がする。別にわかりたくもないが。

「そう言うことなら、それ以上のことは聞かねぇよ」

「助かる」

 

 ◆

 

「アニメ……ですか。狭間さんすみません。立花ちゃんの人生に関わることです、確認します。冗談で言っている訳では、ないんですよね」

 

「当たり前だ。流石にそれくらいの分別はつく。」

 

「六花は身元不明で記憶喪失。はっきり言って非現実的だ。こんなミステリー小説みたいな状況なんだ。こっちも創作物の知識を加味してみてもいいとおもってな」

 

 それに、頭痛の件も、オーバースペックの件もある

 

「それは……確かにそうかもしれません」

 

「それに、真っ当な調べ方に関しては鈴木がやってくれるって確信があったから、こっちも気にせずそっちの方に考えられた」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「うん。ボクも長太郎くんの言うことなら信じられる。ねえ長太郎くん。 話して?」

 

「ああ。結論から言えば、記憶を失う前に、強く印象に残っていた思い出の物事に触れることができれば、それをきっかけにして過去の記憶を思い出すことができる可能性が高い」

「思い出の、物事……」

「なんでもいい、本当に些細なことでも。なんなら、夢の内容だっていい。どうも夢ってのは、記憶の整理の一環として生じてる現象らしいしな」

 

「あのお城……」

 

 六花が小さくつぶやく。

 

 

「なにか思い出したの⁉︎」

 

「城?」

「うん。お城が出てくる夢をみるんだ。洋風の立派なお城。何もない、真っ白な空間の真ん中に、お城が立ってて、ボクは、そのお城に近づきたいんだけど、気づいたら初めに立っていた場所に戻されてる。そんな夢」

「お城には、辿り着けないんですか?」

「……うん。そうだった。それでボクは、時々寂しくなるんだ。なにか、大事なことを忘れているような、そんな気がする」

 

 

 連鎖するように、六花の記憶が繋がっていった。

 

 大事なこと。まさに求めていたワードだ。

 

 

 これで、その城の正体を突き止めれば、六花が記憶を取り戻す可能性は高いだろう。

 城。それは、なにか、六花の感情のイメージなのか。それとも、本当にどこかに実在するしろなのか。実在する城なのだとしたら、六花とはどういう関係なのか。

 

「お城……ですか。ひょっとして、どこかの国のお姫さまだったりするんでしょうか⁉︎」

 

「はは、さすがにそんなことはない…。と、思うけど」

 

 そう。けれど、六花の外見は、母親がロシア人で……なんて言われるよりも、ファンタジー世界のお姫様と呼ばれた方が、よほどしっくりくる。

 

 けれど、仮に六花の招待が、ヨーロッパかナーロッパどこかのお姫様だと言われても、あまり俺は驚かないだろう。

 六花には、それだけのミステリアスな雰囲気が、出会ってから二ヶ月近くが経とうとしている今となっても、いまだに、多分に感じらていた。

 

 すると鈴木が何かを思い出したようだった。

「そうです! 家に色んな国の旅行ガイドがあるんです。大きいお城なら観光名所になっていると思うので、なにか思い出すきっかけになるかもしれません……と言っても、本当は住んでないので、わかりませんが」

 

「実は、あの城の地下に王国があって、なんてこともあるかもしれないしな」

 

「なにそれ……!」

 

 六花がとびつく。

 

 残念ながらそんなものはない。

 

「よし、これでやることは決まってきたな。じゃあ鈴木は明日そのガイドブックを頼んだ」

「わかりました」

 

「それと、もう一つ、私に考えがあります。如月さんさえよければ、なんですけど教師に掛け合って、入学時に提出したであろう書類を確認するというのははどうでしょうか」

 

「うん。いいよ、ただ、ボクは出した覚えないけど……いや、だからこそ,なのかな」

 

「……だからこそ確認したほうがいいのか」

 保護者の名前を確認するためか、なるほど。

 

「そうだ。少なくとも、うちが普通の公立高校な以上、それを証明する公的な書類がどこかにあるはずだ」

「それと、鈴木にも協力してほしいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「転校前の六花を知るやつがいないか、全クラスに聞いて回るのを手伝って欲しい」

「……わかりました、やってみます」

 

 こうしていよいよ、やることは決まった

 

 

 ◇

 

 翌日の昼休み、昨日と同じように部室に三人で集まると、鈴木はトートバッグいっぱいの観光ガイドをドスンと机に置いた。

 

「ふぅ……重かったです」

「重かったでしょ。ボクのためにわざわざありがとう」

 

 何冊かパラパラとめくってみると、西洋のものが中心のようだった。

 

「城……城……」

 

 めくっては六花にみせる作業を繰り返す。

 

 どれも、六花の反応は「きれいだけど……」だとか「立派だ」とかで、めぼしい反応は得られなかった。

 

 あらかた見たところで、ここまでとは趣が異なるものがでてくる。

 

 残り一冊。それは日本のドリミーパークのパンフレットだった。

 

 

 マレーシアバクがモチーフの着ぐるみのキャラクターの写真がかかれたそれは、ドリミーパークのガイドブックだった。

 

 ドリミーパークは言わずと知れた、世界一有名なテーマパークだ。

 日本では千葉県浦安市にある。

 そして、夢の国にちなんでか、看板キャラクターはバク。男の子のパックと女の子のパミーだ。

 

 演劇をかじっている身としては、その世界観作りには畏敬の念を抱かざるを得ないが、とは言え、その煌びやかな雰囲気や、チケットの高さ、待ち時間の長さもあって、行った回数は一度きりだ。

 

 

「おい、ドリミーが混ざってるぞ」

「はい。」

 

「お城もあるので、持ってきました。

 

「わぁ……!」

 

 そんな声に釣られて首を振り向かせると、そこには輝かせた目でパンフレットを眺める六花の姿があった。

 

「気になるのか?」

「うん…………その……なんていうか……」

 

 六花が申し訳なさそうに言う。

 

「すっっっごく楽しそう……!」

 

「じゃあ、いきましょうか」

「テスト明け、ですかね。となると、四日か五日か……ってかんじでしょうか」

 

「……あ」

 

 六花が何かに気づいたように声を漏らす

「ボク、テスト明けの日曜日、誕生日だ」

 

 生年月日の欄には、六月五日と記載されていた。

 

「本当ですね!じゃあこの日にしましょう! 凄い偶然ですね!」

 

「ああ、でも全然別に日で大丈夫だよ。ボク、六月五日が誕生日だって自覚あんまりないし」

「だったら尚更ですよ! 一緒にお祝いしたら何か思い出すかもしれません!」

 

 力強く話す鈴木。誕生日には結構こだわる方なのかもしれない。

 さてはあれだな。友達が誕生日になると、お菓子いっぱいもってきて誕生日の人の机の上に山積みにする文化圏の人間だな?

 

 もちろん俺はそんなイベントどころか、友人からプレゼントをもらった記憶すら無いに等しいが、単純に菓子は好きなのであれは羨ましい。

 

 ちなみに俺は朝倉の誕生日を全く覚えていない。

 あれ? 原因そういうとこじゃね?

 

 

 しゃべりながらも、六花のページをめくる手は止まらない。

 

 ……とはいえ、これ記憶に引っかかる部分があったのか、単にワクワクしてるだけなのかわかんねぇ……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●2/3ここから

 

 そんなやりとりがあった、テストを無事に終えた週の日曜日の朝。

 鈴木と六花とともに、電車に揺られていた。

 

『次はー無浜ー、無浜ー。』

 

 俺の視界には、ファンタジーを思わせる城や街並み、火山や遺跡など、現実離れした光景が電車の窓から飛び込んできた。

 俺は夢の国に足を踏み入れようとしていたのだった。

 

「わあ、見えた!」

「はい!」

 

 土曜も部活で練習だったので、丸々一週間一緒ということになる。

 

 記憶がない、なんてシリアスな展開なのに、こんなことをしていていいのかとも思うが、何がキーになるかわからないので別にいいだろう。

 

 

 

 

 

 案の定、女性陣は大はしゃぎだ。

 とは言え、半ば強引に連れてこられた俺も、内心かなりテンションが上がっていた。

 

「流石にテンション上がってくるな……」

 

 撤回。そんな呟きが漏れでるくらいにいは、気分が高揚してい

 

 電車を降り、待機列の方に向かっていく。

 

 歩いていると、六花がこちらに身を寄せてきた。

 

 六花の首元には三日月のネックレスがつけられていた。

 

 長太郎くん、この服、どうかな。

 

 鈴木がいた手前、言うのを躊躇ってしまっていたが、本人から言われてしまったのであれあば、応えないというわけにも行くまい。

 

 六花が来ていたのは、複数買ったうちの一着。打って変わって、

 だが、なんというか、あの時の俺のセンスを踏襲してくれたかのようなファッションになっており、「ボク知ってるよ、長太郎くんは、こういうのが好きなんだよね」と見せつけられているようで、少し小っ恥ずかしいものがあった。

 でも実際そうだから仕方がない。

 

「ありがと! じゃあさ」

 

 

 といって、六花はその隣を歩いていた鈴木の両の脇腹をつかみ、前に出してくる。

 

 

「実咲ちゃんは、どう?」

 

「どうって……」

 

 鈴木の服装は、ドリミーの風景によく会っている服装だった。

 白いふんわりとしたブラウスの上からは、紺色の薄手のカーディガンを羽織り、その下には、涼しげな水色のスカート。

 

 鈴木に似合っている服装だと思った。

 

「……まあ、ドリミーに合ってて、すごく似合ってる、んじゃないのか?」

 

 六花の前な手前、他の女子を褒める、というのはいささか抵抗感があるが、

 

「そっ、そうかなっ! あっいやっ、でもそんなことないよ!」

 

「え〜でも似合ってるよ? あのね、長太郎くん、実咲ちゃん、こ

 れで大丈夫かな〜ってLINE 送ってきたんだよ〜?」

 

「り、六花ちゃん! それは言わないでって約束してくれたじゃないですか!」

 

「ふふ、そうだったけ?」

「そ、そんなこと言ったら六花ちゃんだって、『この服も好きかな』っていってたじゃないですか……!」 

「う……まあ、そうだけど」

 

 こうしてみると、この二人も随分仲良くなったもんだな、としみじみと思う。

 お泊まりするくらいだもんなー。俺もいたけど。

 

 六花の記憶を取り戻す延長線上できたつもりだったが、いつのまにか、完全にエンジョイムードになってるな。

 

 でもまあ、こっちは決して安くない金額を払ってるんだ。楽しまなきゃ損ってもんだろう。

 

 入場する。

 オブジェがある

 

「せっかくですし、みんなで写真、とりませんか?」

「あー、まあ、いいんじゃねぇか」

 

 写真写りの悪さには定評がある

 

「……ちなみに俺、撮り方とかわかんないから任せた」

「ボクも……」

「任せてください、ローアングルから撮るか、人にとってもらうかなんですけど……あ、ちょっとまってください」

 

 鈴木がスタッフ……いや、ドリミーではスタッフというんだったか。……に声をかける。

 

「写真お願いできますか?」 

  

 両手でピースをつくり、満面の笑みを浮かべる六花に、微妙なポーズの俺と、後ろに手を組み、少し前屈みになった六花が映っていた。

 

 そこからは、普通に園内をふつうに楽しんでまわることとなった。

 

 宇宙船に乗って宇宙を駆け抜けたり、丸太のボートで滝から真っ逆さまに落ちたり……他にも、九九九引きの幽霊が住み着いた城だったり、ドリミーの映像作品のお姫様の城が舞台になったアトラクションをまわった……

 

 すっかり暗くなりはじめ、パレードの前に、パーク内最後にして、最も大きい、ドリミー城の中いた。

 

 ドリミー城。ドリミーの記念すべき第一作、『ドリミープリンセス』に登場する城だ。

 

 眠れる森の美女。いばら姫とも眠れい姫とも言われるそれを下敷きにして、ドリミースタジオが制作したものだ。

 そう言う意味では、俺の台本つ作り方が似ているなぁ、と烏滸がましいにも程があることを考える。

 昔の作品だけあって内容はしらない。

 

 中は、アトラクションではあるものの、乗り物に乗るタイプでではなく、博物館のように、展示されているものを好き勝手に見て回るタイプだ。

 見ていると、イバラに覆われた城や眠るお姫様など、原典さえしっていれば自ずとわかる、印象てきなシーンの絵が飾られていた。

 

 が、その中で原点にはないシーンもあった。

 夢の中の空間で、王子っぽい人がイバラのモンスターと戦っていて、その奥にいは、イバラで高速されたお姫様の映っている絵だ。

 

「これって、夢の中でモンスターを倒したら姫がめざめる的なやつか?」

 

「はい、よくわかりましたね」

「まあこれくらいは、な」 

 

 オタクをやっていると、王道パターンのような物が見えてくる。

 

 

「原点は王子様が城に訪れると、イバラがなくなって……って話ンなんですけど、ドリミー版だと、王子自ら剣を撮るんです。姫を思う強さが剣を呼び出して。かっこいいですよね」

 

「ああ、確かに」

 

 ポッとでの王子様が

 原点だと、王子がきたらいばらがはけて、キスをして終了、という感じだったはずだ。

 それではあまりに王子が美味しいところだけ持っていきすぎる。

 

 夢中で展示を見ている六花にも声をかける。

  

「何か、思い出すものはあったか?」

 

 六花が首を横にふった。

 

「ま、そうだよな」

 

 ……誕生日だったりと、引っかかるてんはあったものの、いきあたりばったりできたドリミーが、ドンピシャなはずもないだろう。

 

「狭間くん、もうすぐパレードですよ! 移動しましょう!」

「めちゃくちゃはしゃいでるな」

「はい、パレードが新しくなってからはまだ見れてないんですよ!」

 

 そういってやって来たのは、城の前。

 

「ここからパレードの写真を撮ると、背景がお城になってすごく映えるんですよ!」

 

 なるほど。言われてみれば確かに。反対車線はまだ人がまばらだというのに、こちらはすでに混み始めていた。

 

 なんとか、城の正面付近に空いている場所を見つけた時だった。

 

 隣でTikTokをする、ピンクと青の派手な髪色んの女子高生二人組が。ゆるいダンスの練習?をしていた

 焦茶色のブレザーに赤いチェック柄のスカートが珍しい。

 

 

「ここの振り付け、どっちやったっけ。右やっけ」

「逆な、逆。こっちや」

 

 なんて会話が聞こえてくる。

 エセ関西弁には思えなかったので、きっと大阪あたりから来たのだろう。

 

 とはいえ、俺には全く縁のない人種だ……、そう思っていると、。

 

「──智子……?」

 

 隣から、そんな、漏れたような呟きが聞こえてきた。

 振り向くと、声の主は、六花だった。

 

 その目線は、女子高生二人に向いていた。

 

 ───どういうことだ?

 

 頭が真っ白になる。

 

「お知り合いですか?」

「……わかんない……気づいたら、勝手に……」

 六花自身も困惑しているようだった。

 

 

 六花が言葉につまった。

 

 妙な膠着状態が生まれた。

 

 それを崩したのは、その女子高生だった。

 

「あの、ウチのこと呼びましたか?」

 

 六花が智子と呼んだ、ピンク色の髪をうしろで団子にした女子高生は関西訛りことばで聞き返した。

 

「わっ、めっちゃかわいい子やん、智子、知り合い?」

 

 もう一人の、浅黒い肌に、ウェーブのかかったロングヘアの女子が、尋ねる。 

 

「え? うーん、知らん子やと思うけど……TikTokとかやられてます」

 

「う……ううん、やってない」

 戸惑いながらも六花が答える。

 

「あら? そうですか。てっきりTikTokでウチらのこと知ってくれたんかと」

 

 TikTok……確か、陽のオーラを放つ人間がダンスを踊ったりするあのSNSか。

 

「二、三回バズったからって調子のりすぎやで」

「えー? 真央だってめっちゃみんなに自慢しとったやん」

「そりゃするやろ!」

 

 隣のウェーブのかかった青髪ロングの女子と話し合う。

 

 

 なにかあるかもしれない。そう思った俺は、目の前の二人にといかけることにした。

 

「二人は関西から?」

「はい、大阪から。もう半年くらい前から、バイトでお金ためて、この日にこようって二人で話しとったんです。……あれ? でもなんで今日なんやっけ」

「そりゃ……あれやん……。なんでやったっけ……?」

「……あれやん? なんか、パレードがはじまるから……とかちゃう?」

「ああ、せやったね」 

 

「……でもウチほんまに智子いうんです。だとしたら不思議なこともあるもんですね」

 

「…………もしからしたら、前に、どこかであってたのかも」

 

 六花がつぶやく。

 ……そうだ、六花が名前を呼んだんだ、その可能性が高いだろう。

 ……だがだsとすれば、智子と、それから真央と呼ばれていた彼女らまで六花のことを忘れているのはおかしい。

 

 あの二人は、六花の記憶を思い出す上で、重要かもしれない。

 俺はそう思い、鈴木に促して、フォローさせた。

 

 

 

 ……どういうことだ。

 

 疑問が、新たな疑問を呼ぶさなか。

 楽しげな音楽が聞こえてくる。

 パレードがはじまった。

 

  

 

 

 

 パレードも終わり、帰りの電車で、鈴木がつぶやく。

 

「それにしても、あの二人、どういうことでしょう」  

 

 ……疑問を抱いていたのは、やはり鈴木も同じようで、首を傾げていた。

 

 

「やっぱり、不自然だよな」

 

「はい。……おかしいです。『ドリーミングパレード』が『ドリーミングパレード・マジカルファンタジーフェスティバル』にバージョンアップすることが発表されたのは、今年の三月なのに……」

 

 深刻そうな顔で言う

  

「……はい?」

『ドリーミングパレード・マジカルファンタジーフェスティバル』のインパクトが強すぎて、いまいち話が入ってこない 

 思わず、聞き返した。

 

「狭間くん、わかりませんか? あのお二人は、リニューアルしたパレード目当てで、半年前、つまり十二月からドリミーにくることを計画していました。しかし、『ドリーミングパレード』が『ドリーミングパレード・マジカルファンタジーフェスティバル』アップデートさえれる情報解禁があったのは三月。計算が合わないんです」

 

 が、言わんとすることはなんとなくわかった

 

「他のパレードと間違えてるんじゃないのか?」

 

「それはありえません」

 

 鈴木がぴしゃりと言い切る。

 

「季節限定パレードを除いて、この一年間でパレードの更新があったのはこの一件だけです。………直近のスプリングスリーピングパレードは五月いっぱいで終了しています。半年も前から計画して、それはおかしいです」

 」

 

「……そうか。」

 

 言い出したときは、なにを言い出すのかと思ったが、確かに半年も前、それも二人は関西から来ている。相当入念に準備するだろう。

 それでは不自然だ。

 

 一方的に六花が覚えていて、 

 六花が誕生日で、

 夢に城がでてきた。

 

 パズルのピースが洗い出されていく感覚。

  

 ───六花は、記憶喪失になる前、大阪に住んでいた……? 

 

 ●あとで、記憶に対する干渉が起きているとさとっった瞬間に答え合わせする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 ・夢の国の夢を見るんだ。

 

 ・記憶、全部話してみた。

 

 ・中学時代の話→黒歴史、話すエピソード追加

 

 ・宇宙人じゃないか?

 

 ・隕石落ちてきたのが、リッカに会う前の前日の夜。

 ・宇宙船みたけど、記憶消されたんじゃない?

 →やはり彼女は宇宙人か。

 

 ・リッカ病院に行く

 

 ・関西の友達? 宇宙人じゃなかったのか?

 ・関西の宇宙人?

 ・リッカの情報にたどり着けないようになっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 あれから、演劇の練習をしつつ、六花の記憶を取り戻す方法を探った。

 まず、六花が思い出す方法を模索した。

 ドリミーのアニメ作品をはじめとして、あの二人の動画や、制服から特定した学校あたりの地域をストリートビューで見せたりした。

 

 ……が、芳しい反応は得られなかった。

 

 また、六花の過去を知っている人間がいないか、さなみーの手を借りつつ、鈴木と手分けして学校中に聞いて回ったが、それも収穫なし。

 

 

 そして、さらに問題はおきた。

 件の、六花の書類を入手する、という件だ。

 

 

 取りに行こうとした矢先、六花が頭痛訴え、そして、俺も倒れた。

 こんどは二人仲良く横並びで保健室のベッドに横たわることになった。

 

 ……あの時の中村の「またアンタたちか……という表情は忘れられない」

 幸い、部活の本番前ゆえの過労と診断され、大事にはならなかったが

 

 

 そして鈴木も行った。

 

 本人ではないが、真面目な生徒として信頼を得ているのだ。

 

 だが、頭痛はおきなかった。

 しかし、「う、うん、あのね。宮下先生に聞いたんだけど、宮下先生は、山根先生に渡したっていって、山根先生は宮下先生が持っているっていって……」

 

 たらい回しだ。 

 

  ……これで確信した。

 六花と出会ったときからあった頭痛。

 発動条件、厳密にはわからないが、

 今回の件、『好きだ』のたった三文字すら言えない。

 俺たちの行動を、制限している……?

 

 学校がダメなら、役所に行って戸籍謄本を……なんて案もあったが、肝心の本人が頭痛で役所に行けないのであれば、この作戦に意味はない。

 

 因果律、なんて持ち出されて仕舞えば俺はどうしようもないが──。

 

 正直言って、お手上げの状態だった。

 

 

(エピローグに書く?)

 ……だが、なぜ大阪の二人にだけは、声をかけられたのだろう 

 あの後インストールしたTikTokを見ながら考える。

 そこならば、頭痛が起きてもいいはずなのに。

 

 

 ……けれど、この件にばかりかまっているわけにもいかなかった。

 明日は、大会の本番だ。

 

 ◇

 

 二日間あるうちの一日目。見るだけなんで安心。

 

   

 そして二日目。本番当日。

 

 数駅先から徒歩十分のところにある、青少年センターにいた。

 

 その舞台裏に俺たちはいた。

 

 鈴木は金髪のメッシュを入れるくらいで、ブレザー、スカート膝下、ソックス

 六花は三日月の髪飾り、短い丈、タイツ。

 

 

 もう俺にできることはない。 

 

 中に入り、それぞれの準備を行う。といっても、本番の準備で俺ができることなど、なにもないに等しい。せめて、その一挙一動を見逃さないようにしよう。

 

 

 六花の記憶のこと。色々と気になることは尽きないが。今だけは、彼女たちの晴れ舞台に集中しよう。

 

 今だけは、最後まで見届けよう。

 

 奥の席につくと、舞台の幕が上がった。

 

 がんばれ二人とも……そして南部長。ヘマしたらぶったたく!

 

 ───っていき

 

 途中、鈴木が動きを間違えてアクシデントがあったが、六花がそれをフォローした。

 反対に、照明のミスによって、スポットライトが中央の一つしかつかないアクシデントがあったが、王子が引き、全員が中央のスポットライトに集まり、より迫力がました形でのヒロインレースが繰り広げられた。

 

 

 

 

 俺は、暗闇の中、鈴木が六花に向かって手招きしているのを、見逃さなかった。

 

 つくづく思うが、相性がいい。それこそ、俺が二人の会話に入ってしまうのが、躊躇われるくらいに。

 

 

 そして終盤。いよいよプロムのシーン。

 

 満を辞して、二人が、モチーフにふさわしい、ドレスに身を包んで現れる。

 鈴木はまんまシンデレラ

 六花はピンク主体で、ふりそでに、膝下まであるドレス。

 

 まさに、二人のプリンセス、といった感じだ。 

 

 そして、ヒロインレースに決着がつき、舞台は幕を閉じた。

 

 

 ●どっちがヒロインレースに買ったかどうか、かどうか、後できめる。

 →ラスト、どうなるかによって、こっちも決める。

 

 

 舞台が終わると、慌ただしく撤収作業を行う。

 すぐに次の学校が準備を始めるのだ。

 小道具や衣装などを外に運びだす。

 

 それも終えると、次の学校の公演をみるため、ぞろぞろと動き出す。

 外に荷物を集め終えると、ミーティングを行う。

 

 ミーティングといっても、まあなんだ。お疲れ様でしたの会とでも行った方が適切かもしれないが。

 

 昨年引退した先輩の姿もあった。

 

 それも終わると、あとはもう他の学校の劇を見て終わり、ということになる。

 一安心だ。

 

 次の学校の劇が今に始まる時間となってしまい、あたふたと準備をはじめる。

 

 俺も付いて行こうとすると、後ろから手をひかれた。

 

 振り向くと、六花が俺の手を握っていた。

 

「六花……?」 

 

「長太郎くん。少し、いいかな」

「どうした?」

 

「まずは、ね。ボクの記憶のこと。頑張って探してくれてありがとう」

 

「ああ」

 

「……でもさ、二人と過ごしてたらさ、なんか、このままでもいいかって思えてきたんだ。」

 

「でも」

 

「思い出したいって、気持ちはある。でも、頭痛が起きたりして、きっと神様がボクに思い出すなっていってるんだよ」

 

 

 

 」ボク何んかのために、いろんなことをしてkるえる二人をみてたら。ボクは、なんて幸せなんだろう、って。それで、不思議なことが起きてるのに二人に無理させて、それで二人になにかあったらボクは死んでも死に切れない」

 

 

 

 

「それでね、ずっと、長太郎くんに伝えたかったことがあって……。大会も終わって、すっごくいいタミングだから」

 

 ●どこで告白されたのか、はっきりさせる。 

「長太郎くん」

 

 

「────好きだよ」

 

 一瞬、何を言われたのか、わからなかった。

 

「明日の朝、屋上で待ってるから、その時、答えを聞かせて」

 

 そういって六花は中に入っていった

 

 

 ……このあと、どんな顔すりゃあいんんだ。

 

 

 ◇

「お疲れさん」 

 

 部活が解散すると、後ろから声をかけてくる男がいた。

 胡散臭い色眼鏡こと、朝倉だ。

 

「おう、お疲れ」

「俺は別に疲れるようなことはしてない。ただ座ってぼーっと劇を見てただけだ。お前の劇、今回もよかったぞ」

「ああ、どうも」

 

 ……こいつはよくも悪くも本当のことしか言わない。

 悪い気はしなかった。 

 

「ここんところ、相当如月のことで走り回ってたみたいだな」

「あ、ああ……」

「あ? お前またなんかあったか?」

 

「……悪いが、詳しくは言えない」

「そうかよ。ならそれでいいけど」

 

「なあ、お前の意見がききたい」

「聞きたいって、そりゃ、如月絡みか?」

 

「ああ。六花の周りで起きていることについて、だ」

 

 秘密にしたいが、それでも、六花のことを思えば,少しでも協力者は欲しい。

 こいつはこれで、口は硬い方だ。

 

 

 城を覚えていたこと、ディズニーで大阪の子を知ってたこと。そして、書類を手に入れようとしたこと。

 

「うむ、で、あの超すごいパワー、容姿だろ?」

 

「なるほど、悪いお手上げだ」

 

 

「 それこそ、ファンタジーのお姫様か、宇宙人だろうぜ。」

 

 宇宙人。その言葉を聞いて、脳裏によぎるものがあった。

 それは、鈴木からきいた、久城山に隕石が落ちたという噂のことだった。

 たしかあの時、大阪に隕石が落ちた。そんな噂があったのだった。

 

「……それだ!」

 

 俺は改めて、大阪に落ちた隕石についての記事を漁った。

 

 『四月四日、大阪府中槻市、中槻山に隕石落下』

 

 大阪府中槻市という字面に俺は見覚えがあった。 

 あの高校生二人組の通っていた高校が、中槻東高校だったのだ、

 

  間違いない。この久城と大阪中つきには、因果関係にある。

 

 「おい、勝手に話進めんな。なんだ?」

 「ちょっと黙ってろ!」

 

「おい……ったく」

 

 

 俺は、さらにうらどりとして

 グループLINEからさなみーに電話をかける。

 

「え、狭間から電話とか何? ウケる」

「なあ、隕石の噂、どうやって知った?」

「ウチちかくで。音して、ママがなんか流れ星みたいなの見えたって。だから隕石じゃね?って

 

 

 」いつか知ってるか?」

 

「ああ、えっと4月入ってすぐだったでしょ?ひーふーみー」

 

「───4月4日だ」」

 

「わかった」

「何がわかったんだよ」

 

 

「───四月四日に、隕石……いや、何かが二箇所に落ちてきた。」

 

「何か? ……UFOとか言い出すんじゃないだろうな……」

 

「もしも……もしも、だ。六花が、宇宙人。あるいは、それに準じる地球外生命体だったとしたら……?」

 

 

 頭痛も、容姿も、六花の記憶喪失も

 スポーツテストの身体能力、知能の高さ。

 宇宙人だと思えば、納得できる。

 あの家も、住宅街から外れた場所にあって、ぽつんとあって、どこか不自然だった浮いていた。

 

 

 それに、朝倉も気づいたのか、口を開いた。

 

「地球に不時着した際に……記憶を失った……?」

 

 

 

 

「いや、その仮説があったとしても、まだわからないことがある」。「──なぜ、このにかしょが繋がっているのか。」

 

「大阪と、千葉……。共通点は、六花と六花の友人らしき女子高生二人組。」

「その二人も宇宙人って線はないのか?」

「……! あのふたり、赤と青で派手だった」

 

 ……となると、三人とも落下の衝撃で記憶を失ったが、六花のみ思い出す目処がたっていた……?

 

 矢先、「もし六花が思い出せば、六花は……」

 そんな考えた頭をよぎる。

 

 だが、それよりも大きな問題が塗りつぶすように思い浮かんだ。

 

「いや、それよりもわからないことがある。」 

 

「初めて会った時、六花とシンクロした感覚があった。俺は……何者なんだ」

 

 朝倉は深呼吸をした。

 

「俺たちにできることは、一度、冷静になって落ち着くことそして、まずは実地にいって確かめることだ」

 

 「それって」

 

「いくんだろ、久城山。」

 

 ◇

 

 時刻は十九時。よるの中、久城駅で降り、久城山へと向かっていた。

 辿り着く頃には二十時になっていた。

 

「さて……この中か……」

 

 どこから探せばいいんだ。

 

 足を踏み入れた途端。頭痛が走る。

 

「おい、大丈夫か」

「朝倉、この先、何かある」

「何か……つっても、これだけ広いと」

「俺に考えがある。」

 

 頭を押さえながら言う。

 

 

「経験上、やばくなればなるほど頭痛は激しくなって、最終的には気絶する。」

 

 

 

「あ?」

 

「そこからは、俺を地面に放り捨てて、お前一人で探してくれ」

 

「人間ダウジングマシンってことかよ……本気か?」

 

「好きな女のためだ」

「どうなるか、わからんぞ」

「……大阪の落下物との関係に気づいた以上。俺に、探す意外の選択肢はなくなってたよ。宇宙人だったとしたら、ちゃんと宇宙人として、幸せになってほしいからな」

 

「対した根性だ。いつものキモオタはどこいったんだか」

「何もかわんねぇよ。いつだってヒロインに対して俺は必死で、真摯だったさ」

 

「っつ、そろそろ、やばい……!」

「なら、ここらへんでお前をおいて……」

 

「いや、ギリギリまで俺を引っ張っていってくれ」

「……わかった」

 

 

 そして俺は、すこしして、意識を手放した。

 

 

 ◇

 

 目を覚ます。

 朝倉はいない。

 頭痛も治まっている

 

 そこへ、朝倉がかけてくる。

 

「おまえ、頭痛は!」

 

「ああ、もう大丈夫だ。」

 

 ……不思議と、頭痛は収まっていた。

 やけに深刻そうな顔の朝倉。

 

 「……なにがあった」

「……見つけた。」

 

「……何を」

「ついてこい」

 

 移動すると、クレーターができていた。明らかにふしぜんだった。

 

 スマホのライトで照らすと、そのすり鉢状のなかに、なにか、紙のきれはしのような物が落ちていた。

 

 拾い上げると、ノートの表紙の切れ端だった。

 

 カバンからノートを取り出す。

 同じ,素材だ。

 

 嫌な予感がした。

 

 俺は今まで一度もここにきたことはない。それなのになぜ……?

 

 いや,単なる偶然だろう───。

 

「……は?」

 

 もう一枚。

 下手くそな絵、詰め物で入っているんじゃないかってくらいに露骨な巨乳、手がうまく書けないのを誤魔化すために、後ろに組まれた手、

 

「彼女は転校生。並外れた身体能力と、学力を持ち合わせていながら、その誰もが認めるレベルの高い容姿と、人当たりのよさから、彼女は絶大な人気を誇っている。関わる人間など選び放題だろうに、彼女はなぜか俺に構ってくる。時には、俺を誘惑するような言動までしてくる。まったく、何がしたいんだか。だが、いざ裸に出会した際は、恥ずかしがって取り乱していた。何がした

 

 過呼吸になる。

 手が震える。

 

 

 

 

 ●上半分がない……半分……!?

 

 

 

 だが、上の半分がない。

 

 いくらさがそうとも見つからなかった。

 

 

 あとピースが1つ足りない。

 

 

 あの日、ついったーで大阪にないか!

 

 

 調べていくと、「隕石なかったけど、中二病が書いたみたいな絵拾った」

 場所は、

 過去のツイートをさが登ると、大阪の中槻市。もう間違えようがなかった。

 

「おいこれ……」

 

 

 上には、『如月六花』と書かれていた。

 

 

 加工で合わせると、『写真のポーズ』な状態の絵になる。

 

 グループラインに送られてきた集合写真を見ると、そこには、いつかの手を後ろに組んだポーズをとっている六花が写っていた。

 

 だが、こんなノートを書いた記憶はない。

 

 だが、最重要人物たる六花は記憶喪失。

 

 

「お前これ」

 

「書いた覚えない」 

 だが、確かにこの絵柄はまさしく中二の時の俺の絵柄だ。

 

「俺の……絵……?

 

「覚えて……ない」 

 

「……いやまて、一度記憶とんだ。同じようなことが過去におきていたとしたら……?」

 

 ゾッとした

 

 

 

 1ピース足りないジグソーパズルは、周りが囲まれ、そのピースの形がわかるのだ。

 

 

 ──つまり俺に対しても”記憶への干渉”が行われている可能性がある。

 

 

「────ここまで分かれば、ここから先は、俺ひとりでやる。─────悪いな、巻き込んで」

「いい。こういう時、かける言葉を俺は知らんが,まあ,アレだ。この町くらい吹き飛ばしてもいい。だが───死ぬのだけはなしだぜ」

 

 

 朝倉と別れた俺はある人間に電話をかけた。

 相手は中学時代の俺をよく知る人物。

 

「いきなりどうしたんすか、狭間先輩(・・・・)」

 

 相手は中学の後輩。金森由加。

 俺は中学時代、美術部に所属していた。彼女はその時の一つしたの後輩にあたる。

 ……もっとも、先んじてやめてしまったので、他のひとにくらべたら、関わっていた時間は少ないが。

 

「いきなり悪い。いまいいか?」

「いっすよ、なんかありました?」

 

「ああ……中学の時のことでちょっと聞きたいことがあってな」

「部活のことですか?」

「ああ。なあ、俺って、オリジナルのキャラ考えたりしてたか?」

 

「はい……? なんで今更そんな当たり前のことを? てか、部活中、ろくにデッサンとかしないで、ノートになんかずっと書いてたじゃないすか。記憶喪失にでもなりましたか?」

 

 これだ。中学時代、俺はラノベの表紙や挿絵ばかり書いていた記憶しかない。

  話の内容が食い違っている。

  

 やはりそうだ。俺の記憶がすり替わって

 

 

「半分正解だ」

「は⁉︎ ちょっとそれ詳しく」

「悪い、ちょっと今話してる余裕ない。……担当直入に聞く。『如月六花』って名前のキャラに覚えはないか?」

「あ〜はいはい! 先輩が理想のヒロインつってたキャラですね。あの不自然におっぱいでっかい」

 

 

 

 『理想のヒロイン』

 そうだ。思えば───そうだった。

 

 そうか。

 彼女は,俺にとって、理想のヒロインだったのか。

 

 

「おえぇっ!!」

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

【】

 

 一睡もできていない。眠れていないのに、目は冴えていた。

 そが、それは、調子がいいときのそれとは別のもので、危機を完治した本能が突き動かしているような、そんな気がしていた。

 

 重たく、少し錆びついた鉄の扉を開け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 久城高校の屋上は、文化祭の時以外は施錠されているはずだ。

 

「鍵のことなら心配しなくてもいいよ。長太郎くんの知っての通り、ボクってほら、結構優等生だから」

 

「返事、きかせてくれるかな───って、聞こうとしたんだけど、」

 

 

 

「────何か、あったんだよね」

 

 

 

 

「最近夢を見るんだ。ドリミーの件以降。

 前みたいなお城の夢じゃなくて、思い出してきたんだ」

「あの二人と一緒にいる夢。やっぱり、お城って、シンデレラ城のことだったみたい」

 

「ボク、記憶喪失になる前は大阪に住んでたのかな……二人は、ボクのこと覚えてなかったみたいだけど」

 

 ……なんて伝えればいい。

 

 どうして、俺のかつての妄想なんが顕現したのかはわからない。

 だが、俺の書いたノートが発端となり、一人の高校生を大阪から千葉まで動かし、

 挙句友人からも……いや。きっと家族からも忘れられてしまっているという事実がそこにある。

 

 それを伝えることはできなかたt。

 

「鳥太郎君、何か知ってるの?」

 

「いや、別に」

 

「やっぱり長太郎くん、何か知ってるんだ」

「そんなことは」

「ううん、嘘。だってボク、ずっと君のことだけ見てたんだかr。」

 

 

「長太郎くん、なんでもしてくれるって言ったよね」

「六花を…傷つける。」

 「それでも、ボクは知りたい。それにね。わかるんだ。このまま時間が経てばきっとボクは記憶を取り戻すと思う。」

 

 

 

 

 

 ●結論をドーン!!!!!

 読者「どわー!!!!!おおかたよそうしたけどそっちかーーーーー!」

 

 

 

 君は……大阪生まれのだれかに。俺が生み出した『如月六花』……つまり、君という人格が……如月六花という、キャラクターの人格が宿った姿だ

 ・君は、きっとなにかに導かれて、千葉にまできたんじゃないのか。

「どういうこと……?

 

 

「これ」

 

 ノートと、スクショの上半分をつなげたものを渡す。

 

 

「これは……ボクの絵……長太郎くん、ボクのため描いて……

「これは,俺中二の時に書いたえだ。

「どういう……こと? ボクがあったのってついこの前で」

 

 下半分は久城山。

「上半分は、大阪。あの二人の女子移行生の近くの山でみつあkった。」

 

 

 

 

 

 もっとも、俺は中二の時に考え立って記憶は、すり替えられてたけどな。

 六花のきおくそうしつも、あの二人が六花のことを覚えていなかったのもそうだ。

 

 

 ……それに、好き、とつたえようとしたときも、だ。

 

 

 

「消されてる……? 誰に……?」

「神様、っていったら信じてくれるか」

「頭痛に、記憶の飛ばし。そういう、人智を超えたナニカが関わっているとしか思えない。」

  六花の公的な情報を調べる際、世界からの妨害を受けた時点で覚悟はしていたが、どうも人智を超えた存在が関わっているのだろう。そうとしか考えられない。

 

 

 

「神様…………?」

「きっと神様も、ほんとうは気づかせる気なんてなかったんだろう。でも、それには、きっと人間の体は弱すぎたし、人間の作ったルールは複雑すぎた。

 

   

 ・如月六花は、とんでもないキャラクターだ。だから「それに、俺の考えた最強のヒロインが、実写化できるわけない。スポーツテストの際の筋肉痛だろう。その男子顔負けの身体能力を再現するには、体に無理を掛けるしかない。結果、リミッターを解除して運動し、筋肉痛が発生したのだろう。それに、六花が規格外の結果を出したのはハンドボール投げ、50m走意外、反復横跳び、立ち幅跳びであり、握力や状態起こしは含まれていない。」

 ……たしかに。文武両道なヒロインを考えたとしても、ゴリラのような握力やバキバキに六つに割れたヒロインは作らないだろう。

 

 

 それと、一番露骨だったのは、戸籍にたどりつけないようになっていたことだ。神様とやらは、人間にうといんだろうな。あんなに堂々と妨害されたら、むしろそこになにかあるんだと疑ってしまうことまでは予想していなかった。

 

 決定的だったのは、あの二人組みと出会ってしまったことだ。

 それも必然だったのだろう。

 六花は夢に見るほど、あの二人とドリミーに行くのを楽しみにしていて、

 それも誕生日というわかりやすい記念日。そして、写真や映像の背景にするのに、最適なあのスポット。

 

 

「……馬鹿げた話だが、納得してもらえたかこれが、ことの真相だ。ことの発端は、俺だ。だから謝らなければならなかった。」

 

「ううん。謝ることないよ。納得した。」 

 

 六花が、フェンスの上に立っていた。

「六花……?」

 

 

「そっか。ボクは作り物、か。思い出しちゃうんだよね。ボクがボクじゃなくなるのやだから、バイバイ」

  

  

 六花が、ふわりと、飛び降りた。

 

 

 

 俺は───

 

「させるかああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 俺は、六花の後を追うように、必死にフェンスをよじ登り、頭から飛び込んだ。

 

 もうパターンはわかってる!

 

「こい!」

 

 視界がスローになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●隕石が落ちた時、大阪の六花は何をしていたのか。 2

 

 

 

 

 

 大阪の友達の場合は、はじめから二人で計画してたことになってた。でも、相当ドリミーのこと、楽しみにしてたんだろ?」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●六花、好きだ」

 ようやく言えた。

 

 

「お断りや!こんアホ!」

 

 

 ………………は?

 

 

 

 

 ───立花の白金の髪が、瞳が、ちかりと、切れかけの蛍光灯のように、一瞬黒く、ちかりと明滅したような気がした。

 もう、元には戻れないことを悟り始めていた。

 ◇

 

 

 

 ◇

「思い、出せたか」

「ああ。思い出せたで……。一個だけ聞いてもええか?  なんであんたなん?」

「それは、俺にもわからない」

 

「そ。たしかに。そないな名前つけたあんたのせいもあるかもしれへんね」

 

 立花が近づいてくる。

 

 次の瞬間、目の前が真っ白になり、顔の左半分が強烈な痛みに襲われ、金網に叩きつけられた。

「ぐおおおおおおおお!」

 

 左目が開かない。右目だけで六花を見ると、拳を握りしめていた。血がついていた。

 ……ああそうか、俺は殴られたのか。

 

「アンタのせいでウチの人生めちゃくちゃになってもた! ほんま……どうしてくれんねん……」

 

 チカチカと、髪の点滅が早くなっていく。

 俺は、反撃する気にもならなかった。

 それは……六花がないていたからだ。

 

 

「……家族にも電話した。友達も家族も!みんなウチのこと忘れてしもた!」

 

 右頬に衝撃が走った。

 

 

 かろうじて見える、細まった視界で、もう一度、立花が拳を振り上げたのが見えた。俺は諦めて目を閉じた。

 

「駄目‼︎」

 

 鈴木の声だ。

「実咲……ちゃん」

 

「こっそり待ってたんだ。でも、すごい音が何度もして。」

 俺は、ここにくる前に、鈴木に事情を、メッセージで送りつけて伊tあ。

 関わってくれた関係者だったからだ。

 

「くんなって……いったろ……」

 

 

「狭間くんを殴りたくなる気持ちもご最もです! さぞ殴りたいとお思いでしょう!」

 

 おい……、お前何しにきた。

 

「でも駄目です! ここで狭間くんを殴っても、何もよくなりません! 」

「それに……ぐすっ! ……私まだ、六花さんと仲良くしたいです……!」

「実咲……! でも実咲の知ってるうちじゃ」

「なら! また一からでも、〇からでも仲良くしましょう!」

「でも!」

「私……嬉しかったんです。私のことを、変っていわないお友達ができて……」

「実咲……」

 

「……そうかもね」

 

 ぱっと、手を離され、俺は地に落ちる。

 

 おい。

 

「六花さん!」

「ごめんごめん、むかついてつい。……でも実咲のいうとおりやね。こいつシメてもなんもいいことあらへんし……こいつも、悪気があってやったわけちゃうしな。それに、みんなが忘れとっても、大阪にいるお友達だって、ご家族だって、また連絡とって、仲良くできるかもしれへんしね」

 

「六花さん……!」

「それと、六花って名前、やめてもろてええか?」

 

「そうですよね。別の名前があるんですよね」 

 

「別いうても、字面は変わらんけどな」

「ウチの名前は如月六花(りつか)や」

 

 一瞬ピンと来なかったが、そのまま、如月六花と書くのだろう。

 どうやら、神様はご丁寧に、同じ字面の人間を如月六花に選んでくれたらしい。

「だからか……お前が六花に選ばれたのは」

 

 こんな珍しい名前で、これだけ整った容姿の人間をリッカに選んだんだ。(後でそばかすつきの描写)そりゃあ関東どころか、東日本中探しても見つからないわけだ。

 ───それでも、胸の大きさだけは、パッドで誤魔化すしかなかったようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、自分でできる」

 

「六花……さっきはすまなかった。あれだけ一緒にいて、お前の心情もわかってやれずに……いや、こういう上からなのがダメなだろうな」

 

「そうだよ……長太郎くんにだって、ボクの気持ちなんか分からない!」

「ああ。それで、鈴木にも殴られた。たとえ始まりは俺の妄想だったとしても、今ここで生きてる六花は六花だってよ」

 

「だから、俺は何も考えないことにした。お前はお前だ」

 

「だーかーら、そういうのがキモいっってちゅーねん! このキモオタ!」

 

「な!なんだと!」

 

「ウチがちょ〜と あざとい仕草しただけでコロっとほれて、あとお前!ウチの胸見過ぎやねん! ほんまきっしょいわ〜」

 

「お、お前その口調」

「あんときな、ウチの友達がいたねん」

「ほんまありがとな、お前がああだのこうだの言ってくれたおかげで、ホンマの記憶、戻ってきた見たいや」

 

「じゃ、じゃあ六花は……」

 

「全部覚えとる。ええか、うちは律花。如月りつかや。そもそも、如月六花なんちゅー女は、全部妄想やったんだよ!」

 

 

「ああくそっ! ちょっとでもこの世界に期待した俺が馬鹿だった!!ちょっとばかし不思議なことが起きたって最後は結局うまくいかない! こんな時くらい、うまくいってくれよ……」

 

 

 俺はそのばに倒れ込む。

 

「やっぱ現実って」」

「狭間くんっ!」

 

「ったくこのろくでなし。 ほんま、実咲はなんでこんなんが好きなんか……わからんわ」

「は?」

 

「ちょ、ちょっと六花ちゃん」

「りつかや」

「りつかちゃん! それは内緒の……」

「ああ、せやった、すまん、口が滑ってしもたわ」

 

 

「えっと……そう、なのか」

 

 アホか、何聞いてるんだ俺は

 

「う……うん」

 

 顔を真っ赤に染め上げながら俯く鈴木。えっ。なにこの子、超可愛いんですけど。

 

 実咲、ファーストコンタクトを語る

 

「だから……狭間くんのことが、すきです」

 

 そうしたものか……

 

「ほら、はよ言え、『俺も好きです、付き合ってください』って」

「はあ!? 言うわけねえだろ!」

 

「うう……やっぱり私じゃ……!」

「まて! これはそういう意味じゃなくて、」

 

「じゃあどういう意味なん?」

 

 

 

 

 

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 こうなりゃやけだ。

 あらいざらい、全部吐き出してやる。

 

 

 

「ああそうだよ!好きだよ、俺は鈴木が好きだ!」

 でも、六花に対して、すきすき言ってた手前表にも出さないようにしてたけどな!

 

 

「うちから見たらバレバレやったけどな!」

「は、はぁ!?まじで言ってる!?」

 

 

「はい。二人は付き合ったってころでええんやな?」

 

「いや、でもこの空気はさすがに」

「六花がだめだったから、鈴木と付き合ったみたいで……つって? お前、小心者のくせして、格好ついけたがりすぎやねん。両思いなんだからええやろ、なあ?」

 

「う……うん。私は、いい、よ?」

 

 

 

「あ、あの。私ね、狭間くんのことが好きわたし、よく変な子っていわれてきた。でも、間くんはちがった。ずっと、珍しい、とか面白い、とかずっとそう言ってくれてた。それに、優しいし。一緒にいると安心する。だから、わたし、狭間くんのことが好き。」

 

 たどたどしく告げられた言葉だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして俺は、わけもわからぬまま、人生初の、彼女というものができたのだった。

 

 

【エピローグ】

 

『かぐや姫』。その最後は、月からの迎えが来て、彼女は月に帰っていってしまうという話だが。

 現代では、『つまるところかぐや姫ってのは宇宙人じゃないのか?』なんてツッコミを入れる人もいる。

 それを考えれば、宇宙人説、なんてものも、あながち的外れではなかったのかもしれないと、そう思った。

 

 

 

 そう考えると、宇宙人という考えも、あながち間違っていなかったのかもしれない。

 

 

 彼女はどこかに行ってしまい、

 

 

 

 ラーメンを食べながら話す。

「か〜! 一回でええから本場の二郎くってみたかったんよな〜」

 

「お前のそれ、染めててんだな」

「うん。カラコンだし」

 

 

「パッドだし」

「うるさい殺すぞ」

 

 なぜパッドにもかかわらず、外に出る、なんて失態を犯してしまったのか。

 それは、ノートに書かれていたからだろう。

 そうまでして原作に忠実であろうとするとは、なかなかいい根性してるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「どうせ、きったないそばかすとかおもとるんやろ」

「いや? キャラ立ってるしそんままでいいだろ。むしろ完璧すぎなくてかわいいだろ」

 

 

「……そ、そう? なら……まぁ、こんままでええかも……な。 べ、べつにアンタにいわれたからちゃうからな」

「はいはいツン」

「ツンデレ言うな!」

 

 ……読まれてる。

 

 

 むしろなぜ二ヶ月一緒にいて気づかなかったのかが不思議だ。

 恋は盲目というが、その類だろうか。

 

 

 向こうの友達も思い出してくれたらしい。

 

 その日の夜。

 また隕石が落ちてきたと、知らせを受けた。

『…………!』

「なにか……聞こえた?」

【】

 如月六花はヒロインだ。

 

 ヒロインたるために、演出じみたこともしてきたのだろう。

 ●一回消えた振りした(死角にいただけ)(驚異的な身体能力と合わさって最強にみえる。

 

 【主人公覚醒ルート】 

 

 俺は六花に全てを話した。

「そっか、そう言うことだったんだ」

 すると六花は、その運動能力でひょいと、フェンスを乗り越え、向こう側に経った。

 

「六花!」

「ごめん、猛攻するしかないの」

「なんでだよ!」

「だって! 自分が自分じゃなくなるんだよ!」

「知らない! ボクは大阪なんか知らない! こんなことなら! 思い出そうとなんかするんじゃなかった!」

 やだ! ボクはボクだよ!

  

「ボクは長太郎くんのことが好き。でも、ボクはきっとキミを好きじゃなくなってしまう。それが嫌なんだ。だから」

 そう言って、六花は、フェンスから手を離し、その体を宙へと放りなげた。

 

 わかってる。ここで俺がやる事は!

 すると、視界がスローモションになる。

 これで3度目。もう容量はつかんでいる。

 

 最大限しゃがみ込み、足をバネにして、俺は最大効率の跳躍をする。

 フェンスに足をかけ、最小のステップ数で乗り越えると、フェンスのへりをけるようにして、落下する六花に向かって手を伸ばす。

 

「届け!!!!」

 

 伸ばした腕は、寸分違わぬ角度で六花の手をガッチリと掴んだ。

 

 六花は信じられないものを見たような表情だった。そりゃそうだろう。

 だって俺も、落下しているのだから。

 だが、俺の視界は今だslow motionfのまま。

 木枝をがっしりと掴む。

 六花を受け止めた時よりも、強い痛みが走る。

 だが、ここで手を話すわけにはいかない。

 ここから、六花を木の幹に捕まらせて、そこから降りさせなければならないお。

  

 そう思っ直後、

 メキメキとしたおとが聴こえた。

 それは、俺が捕まっっていた木のえfだ。だった。

 腐っていたのか、見た目に反して脆弱だったらしい。

 まずい。

 

 俺は六花の体を抱きしめる。

 そして、着地のタイミングでしっかりと足を曲げさせ、そのまま衝撃を和らげるように前転させた。

 

 視界が、下の速度を取り戻す。

 

 多少ジンジンと足が痛むが、許容範囲内。折れてはいないだろう。

 

「六花、おい六花!」

 

 ●ここからオリジナルの六花になる

 →ビンタ

「アンタのせいで、うちの人生めちゃくちゃや!」

「……は?」

 

 

 ●冒頭、ぶっとんだ台本かいてきた伏線回収(二巻以降?) 0

 ●あと、「」

 

 

「なんで部活紹介の時、なんで体よく俺が演劇部だってわかったんだ?」

 ああ。学校にはいってったから尾行したの。

 

 そういえば、そんな話を朝倉としていたような気もする。

 答えは、すでにでていたので。

 

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