ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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第36話

 

【キャラクター

 

 どこにでもいる捻くれオタク

 どこにでもいる真面目

 どこにでもいる空から降ってきたボクっ娘美少女

 

【キャッチコピー】

 

 小pのヒロイン、厨二病? それとも”本物?”

 

 

 ラブコメミステリー 第一幕 開幕!

【なろう版タイトル】

 ニジとサンジの狭間くん 〜偶然命を助けたミステリアス美少女にベタ惚れされてるが、中二病かホンモノかわからなくて困ってる〜

 ミステリアスを通り越して意味深なんだが〜

 

 〜厨二病かと思ったら、意味深なことばかり起き始めた〜

 

 各話タイトル(全て狭間による交互調)

「降ってきたんだが」

 朝倉、どうしようもないな

 

 

 タイトル 拗らせオタクにどうしろと?

【00 はじまり】

 

 目の前に立つ彼女は、白髪をしていた。

 彼女との出会いが全てのはじまりだった。

 

 

 ●観測者になった長太郎からの視点

 

 

 ラブコメ、青春SF、ファンタジー。そうした創作物のジャンルは細分化され、無数にあ1るが。

 まさか、それらを身を持って体験する事になるとは。

 どこにでも転がっていそうな捻くれオタクだった俺は、予想だにしていなかった。

 

 今に思えば、全てはあの日から始まったのだろう。

 

 物語の世界に憧れていた俺の元に、空からキミが降ってきた、あの日から。

 

 

 

 この物語を舞台に。あるいはライトノベルにするのなら。

 

 俺と、それから彼女達にまつわる物語。

 そういううことになるのだろう。

 

 それから、今「ラノベって大体そうじゃね?」って思ったやつは手を上げろ、しばき倒すから。

 

 ————————————————————————

 

 

 

【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、ボクが下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

 

『当たり前だろ。……それでも、屋上に呼び出しってのは流石に驚いたが』

 

 親しい異性からの呼び出しの手紙。イタズラでもなければ、それが意味することは一つだろう。

 

『春乃が四月に転校してきてからもうすぐ一年か……。初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

 

『もちろん。忘れるわけないよ、幼少期からの趣味としてやっているスカイダイビング中にこの後転校先となるこの中央高校の校舎傍に生えた二十メートルの大木にパラシュートが引っかかって身動きが取れなくなってそのま真っ逆さまに落ちたところを……ぜぇ……はぁ……ところを…………しょ、翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 

 

 

 ◇

 

 ●記憶力はいいほうだ。それはいいこととは限らない。トラウマとかな。

 だからこそ、二次元はいい。

 

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 視聴覚室のステージの上から、やたらに通りの良いハスキーな叫び声が部屋中に響き渡る。

 その声は当然、俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒、南希望(みなみのぞみ)部長によるものだった。

 

 部長は後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書いてきた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』を容赦なく部室の床に叩きつける。

 

 パシーーーン…………。

 

 紙束ゆえに、それは決して大きな音ではなかったが、台本を叩きつけるという行為は、作者である俺にとっては侮辱に等しい。

 それ即ち、開戦のゴングである。

 

「人の台本に何してくれてるんです…………?」

 

 俺が金木くん指を鳴らす。

 次の瞬間、俺と部長の拳が交差した。

 

 

 ◇

 

「部長……そろそろ関節キメるの辞めてもらえません? 多分そろそろ肩外れます」

 

 

 

 

 春休みを目前にした三月半ばの部活終わり。

 ほとんどの部員は既に帰り、この千葉県立久城高校演劇部の部室には、二人の部員が残っていた。

 

 一人はこの演劇部の部長である南希望先輩。

 そしてもう一人は、アニメマンガラノベを始めとする、創作という創作。物語と言う物語を愛してやまない脚本家。狭間長太郎(はざまちょうたろう)こと、俺自身だった。

 

 男女が部室で二人きり。する事なんぞ一つに決まりきっている。

 

 ──そう、台本の読み合わせだ。

 

 ……残念ながら、甘酸っぱい”青春„的な展開など、俺と南部長の間には発生しようもない。

 

 南部長は俺のことを、拗らせた二次元オタクとしか思ってないし、俺は俺で南部長のことをガサツな頼れるイケメンとしか思っていない。

 ちなみに再度言っておくと、南部長は生物学上は女子だ。

  

 身長が俺よりも頭ひとつ高くて、頻繁に机の中には可愛らしい便箋のラブレターを入れられているが、それでも、女子なのである。

 

 俺も入部しばらくは半信半疑だったが、虚な目で「彼氏欲し〜……」と呟いている姿を見て、俺はようやく南部長が女子であると確信が持てた。

 ……どんだけ男子からモテないんだよ。

 

 まあでも、この人凶暴だしな……。モテないのってそう言うところなんじゃ……と、俺は、ステージ上に無惨に散らされた、昨晩書いてきたばかりの台本に視線を向けた。

 

 余談だが、ウチの演劇部がこの視聴覚室を部室にしているのは、この教室が今となってはほとんど使われなくなっていることの他に、演劇部にとって、些か都合が良すぎる設計になっている点にある。

 普通教室の倍の面積はあろうかという広さに加え、床は緑のカーペット、壁は木製とやたらと洒落ていて、極め付けはやはり教室の奥に横幅いっぱいに広がっているこのステージだろう。

 教壇の用途として設置されたものなのだろうが、それにしては奥行きがある。三、四人くらいなら踊れるくらいの広さはあるだろうか。

 まあ要するに、このステージの両端をパーテーションで覆えば席からは覗くことのできない空間、いわゆる舞台袖となり、簡易的な舞台の完成と言うわけだ。

 客席はそのまま、部屋中に所狭しと備え付けられた長机と椅子を使っているのだが、文化祭で公演を行った際は、その五十席あまりがほぼ満員になる。

 一応、それくらいの需要はある部活なのだ。

 

「部長、冒頭のシーンすら読み終わってないのに、読んでられるか、ってのはないでしょう? いったい何が気に入らないんです?」

 

 俺はじっとりとした視線を部長へ向けて問い詰めてみるが、部長も一歩も引く様子はなかった。

 

「気に入らないもなにも、こんな甘々で恥っずかしい台詞言えるか‼︎ それになんだこの設定! なんだこの説明台詞! そもそもなんだこの『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』ってタイトルは! どう考えても演劇につけるタイトルじゃないだろ! ラノベか‼︎」

 

 怒涛のツッコミに、思わずのけぞりそうになるが、作者の俺としては、どれも相応の理由があって決めたことだ。

 こう言われっぱなしでは我慢ならない。

 俺はひとまず、手近な、タイトルについての問いから返していくことにした。

 

「ウチでやる演劇のタイトルなんて、このくらい分かりやすくていいんですよ。どうせウチの演劇に芸術性とか伝統を求めて観に来る人なんて一人もいないんですから」

 

 それゆえに、タイトルは、その字面からとっつき易い内容を想像できるようなものにするべきなのだ。

 

「おいお前それは! …………まあそうだが…………」

 

 部長は、一度否定しようとしたものの、すぐにうちの部がそんな高尚なものでは無いと思い至ったのか、すぐに言葉を撤回した。

 

 演劇と聞くと、堅苦しくてお高く止まっていて敷居が高くて……と、そんな印象を抱かれていることが多い。

 実際、そういう劇を好む学校からも一定数あるが、その点で言えば、ウチの部は全くの逆なのだ。

 

 その作風は、ドラマよりもむしろ、アニメやマンガのそれ近いだろう。

 ウチの部で制作される脚本は、部の伝統……というか、方針にに乗っ取り、大抵は何らかのおとぎ話を下敷きにした話にはなってはいるものの、個性的なキャラクター達が、ファンタジー、SF、ミステリー、なんでもアリな展開を舞台の上で繰り広げる様は、それこそ二・五次元舞台にも通ずるものがある。

 

 流石にあからさまなコスプレ衣装こそ自重しているものの、衣装部屋にはコスプレが趣味の素敵な先輩が持ち込んだ、カラフルなウィッグが立ち並んでいる。

 

 なにより、十六年と四ヶ月も生きておきながら、人生に置いて唯一の演劇との接点が、友人に借りて観た某テニスで王子様なミュージカルという有様だった平凡オタク──もとい俺が、それなりに充実した一年間を過ごすことができたのだ。

 それだけで、ウチの部がいかに俺のような人種に適した部活なのかが窺い知れると言うものだ。

  

「まったく、やれやれですよ。読み合わせという名目で残ってるんですから、最低限仕事はしてほしいもんです」

 

 俺は、わざとらしく肩をすくめながら部長に文句を垂れる。

 

 拳の一発や二発、飛んでくるかと思ったのだが、南部長はなぜか、不機嫌な表情を浮かべるでもなく、なぜかもじもじとしていた。

 

「そのやれやれをやめろ。……いやな、台本を書いてきてくれたことはありがたいし、書いてきてもらった以上、読み合わせるのがどうりなのはわかってる……分かってるんだが……」

 

「……? 何がそんなに気に食わないんです?」

 

 俺が問うと、部長は、観念したかのように、「はぁ」とため息をつき、ゴニョゴニョと何か言いはじめた。 

 

「…………だよ」

 

「えーと、今なんて……?」

 

 しまった。計らずしも、往年の難聴系主人公の様な返しをしてしまった。……だからと言ってどうと言う事も無いが。

 

「…………恥ずかしいんだよ! その、演技でも、『好き』とか言うの……! もう! 何回も言わせるな!」

 

 部長は顔を真っ赤にしてこちらをキッと睨みつけてくる。

 不覚にも、このイケメン女子をちょっと可愛いと思ってしまった俺がいた。……台本床に叩きつけらればかりにも関わらず、だ。

 ……チョロすぎないか、俺。

 

 そんなことを考えていると、部長は散らばった台本を一枚拾い上げ、文句ありげにトントンとセリフ部分に指を刺した。

 

 見ると、冒頭の翔太郎が春乃の呼び出しに応じて屋上に出たシーンだった。

 

「というか、この一連のセリフ、文字量の多さに圧倒されて見過ごしてたがどういう状況だよ……」

 

「と、いいますと?」

 

 正直、部長がどこに文句をつけようとしているのか、皆目検討もついていなかった。

 

「校舎脇に都合よく二十メートルの大木があるのも無理があるし、何より、丁度そこにパラシュートが引っかかるって……、どう考えてもおかしいだろ!」

  

「でもほら部長、実際うちの校舎の脇にもでっかい木生えてるじゃないですか。それこそ校舎よりでっかい木が」

   

「あれもでかいといえばでかいが……それでも十メートルないくらいだろ。なのに二十メートルってお前、そんなガンダムよりでかい木が校舎脇にあってたまるか」

 

 そう言われ、お台場で見た実物大のガンダムと4階建ての校舎が並び立つ図をイメージしてみる。

 

「確かにそれだとデカすぎるかもですね……。十メートル級となると……『レイズナー』とか『ダグラム』とかですかね?」

 

「ですかね? じゃない。私がそれら全て知ってる前提で進めるな。まあ流れからしてその二作目もロボットアニメなんだろうが……いやそうじゃない。尋問はまだ終わってないからな」

 

 部長は雑念を払うかの如く首をぶんぶんと振ると、眉間を揉みながら言った。

 

「登場人物二人とも、普通の高校生なのにパラシュートの部分だけ明らかに設定がぶっ飛んでるんだよ! 一体何があってこの発想に至ったんた! 言え! 言え‼︎‼︎」

 

 そう言って部長は俺の両肩を掴み、前後にシェイクしてくる。

 いかん、これはいかん。首が……! 首がもげる……!

 

「ちょっ! おち! 落ち着いてください……! コンセプト! コンセプトを説明させてください! この台本の!」

   

「コンセプトって、ただ単にラブコメ……ってわけじゃないのか?」

  

 肩を掴む力が一瞬弱まった隙に、なんとかその拘束から抜け出す。

 あ、危なかった……。あと数秒抜け出すのが遅れていれば、俺はこの世にいなかったかもしれない……。

  

「ええ……。この作品は、ラブコメはラブコメでも、『主人公とヒロインがどういう経緯でくっつくのかを見守るタイプのラブコメ』なんですよ」

 

「……はぁ」

 

 絵に描いたような生返事を返す部長。

 どうやら、ピンと来ていないらしい。

 

「ほらマンガなら『宇崎ちゃんは遊びたい!』、ラノベなら『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』みたいな感じの……」

 

「悪い、どっちもわからん」

 

「あれー? おかしいなぁ、この二作くらいてっきりみんな知ってるもんかと……」

 

「お前、オタクが板につきすぎて認知度の基準がズレてるんだよな……」

 

 今何か、社会で生きていく上で致命的な欠陥を言い渡された様な気がしたが、聞かなかった事にしておこう。

 

「ま、要するにラブコメはラブコメでも、二人のヒロインと三角関係になって『オイオイ! お前一体誰とくっつくんだよ!』ってのを見届けるタイプの作品じゃなくて、『はは〜ん、お前らがくっつくのは分かった。じゃあその過程をニヤニヤしながら見せて貰おうか……』って感じで楽しむ作品って事ですよ」  

 

「ああ、なるほど。『君の名は』とか『天気の子』とか」

 

「あー、まあ当たらずとも遠からずですね。……ああいや、寧ろ今回はセカイ系とかボーイミーツガールも意識してるからむしろドンピシャなのか?」

 

「お前はさっきから、ぶつぶつとずっと何を言ってるんだ」

 

 部長は、相変わらずの呆れ顔で首を傾げていた。

 思考が口に出てしまっていたらしい。悪い癖だ。

 

「ま、要するに今回の台本で言えば翔太郎と春乃がくっつくのは誰もが初めからわかってるわけで──となるとですよ? いかに春乃を魅力的に描けるかが重要なわけです」

 

「ああ、なるほど」

 

 分かったような分かってないような微妙な返事なのが気になるところだが……まあいいだろう。

 

「それで俺は考えたんです。魅力的なヒロインとはなにか、と」

 

 俺は一呼吸置くと、端的に結論を述べた。

 

「──ヒロインはやっぱり、空から降ってくるべきなんですよ」

 

「…………ほぁ?」

 

 部長から、今までに聞いたことのないくらいの最大級の間抜け声が上がった。

 

「ほら部長『ラピュタ』思い出してください」

 

「ラピュタって、あの?」

 

「そのラピュタです」

 

 俺の知る限り、この世にラピュタを指すものは一種類しか存在していない。

 

「神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる神秘的な少女。なんと衝撃的で情緒に満ち溢れた出会いなことか……。あれこそ至高にして理想の出逢いですよ……!」

 

「………ああ…えーと……?」 

 

「確かに部長の思っている通り、現実が舞台の青春ラブコメじゃ、空からヒロインが降ってくる展開には無理があります」

  

「思っとらん思っとらん! 言われてみれば確かにそうかもしれんが、それ以上に、お前の話に頭が付いていかないんだよ!」

 

「まあまあ。で、その問題を解決するのが、魔法も超能力も使わずに空から生身で降下できる手段──とどのつまりパラシュートというわけです。ご理解いただけましたか?」

 

 俺が話終わると同時に、部長の繰り出したチョップが脳天にごつんと当たる。

 

「いたっ……」

「狭間……、お前はアレだな。創作の話を始めると途端に人の話を聞かなくなるな」

 

「ちょっと部長辞めてくださいよ、人をそんな面倒なオタクみたいに……」

 

「十分手遅れだよ‼︎」 

 

 …………まあ、中二辺りで、アニメの作画にも、良し悪しがあると気づき始めた時からそんな気はしていたが。

 

「まああれだな、お前のいう通り一応、無茶苦茶な展開にも理由があったわけだ。……正直、そこまでこだわるなら、パラシュートよりもっと自然な落下方法があっただろ……と思わなくもないが」

 

 部長はそう言うと、台本の他のページも拾い上げ、軽く埃を払った。

 

「ともかくいきなり床に台本叩きつけたのは悪かったよ。こんなん書いてくるお前もお前だとは思うが……。まあ、これは後で読んでおくことにする」

 

「えー……掛け合いがキモの台本なんですから、そこは二人で読みましょうよ」

 

「……狭間ぁ、お前そんなに私とイチャイチャラブコメがしたいのか……?」

 

 そう言われ、この先の展開も部長と読み合わせていくことを想像してみる。

 

『翔太郎君のえっち……(イケボ)』

『ちょっと、どこ触ってるのさ!(イケボ)』

 

 いやまあ、いい声なんだけれども……。

 俺、今のところそっちのケは無いからなぁ……。

 

「想定してたキャラのイメージと違いすぎて、アラサーOLがセーラー服を着てる的なキツさがありますね」

  

「よしわかった。はっ倒す」

 

「はっ倒さないでください。ほら、アレですよ? そういう気が早いところも、男子が寄り付かない原因なんじゃないですか?」

 

「狭間ぁ……お前こそ、先輩を煽り散らかす腐った根性してるから一向に彼女ができないんじゃないのか……?」

 

 ドスの効いた声で問い詰めてくる部長。

 その声はおおよそ、花の女子高生の声帯から出ていい声ではなかった。

 

 ──確かに。部長の言う通り、俺に彼女はいないし、その原因の一旦が、部長の言う腐った根性とやらにあることも事実だろう。

 けれど、部長は一つ思い違いをしていた。

 それも、俺のような面倒なオタクを相手にするにあたって、初歩的な勘違いを、だ。

 

「俺は三次元でモテたり、ましてや彼女を作ろうなんざ一ミリも考えてませんよ。俺をそこらのパリピウェイどもと一緒にしないでください」

 

 俺は、真っ直ぐに部長を見据えて告げる。

 

「俺が三次元で彼女をつくるなんざ、それこそ”ボクっ子美少女との運命的な出会い„でもない限りあり得ません」

 

「気持ち悪っ」

 

 ……シンプルな罵倒だった。 

 

「というかお前、書いてきた台本といい、ボクっ娘好きすぎるだろう……」

 

「ええ。ボクっ娘は最高ですから。王道のボーイッシュでよし。反対に、可愛らしい、女の子らしい女の子がボクっ娘でもまたよし、何に合わせても最高です。……と言っても、現実じゃあ中々お目にかかれないですけどね」

 

「で、そんなボクっ娘が空から降ってくると? ありえないだろうが……」

 

 尤もだ。この現実において、都合よく空から女の子は降ってくることなどない。それくらいのことは俺も知っている。、

 

「知ってます。要するに、そんな都合のいい事でも起こらない限り、三次元の恋愛をする気はないって話ですよ」

 

「……この、妖怪こじらせオタクめ…………」

 

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は……。

 

「どうしてお前はそんなに歪んでしまったんだ……。一体何がお前をそうさせた……」

 

「だってほら、恋愛が絡むと三次元の女子ってクソじゃないですか」

 

「今の一言で確実に全校生徒の大半がお前の敵に回ったぞ」

 

「いや、だってですよ? 三次元の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変わるわ、今の彼氏より良い相手が現れたらサクっフラっとと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわ最悪じゃないですか!」

 

「落ち着け。まあ中にはそういう奴もいるだろうがな……」

 

 部長が何か言いたげに視線をぶつけてくる。

 

「はぁ……わかってますよ。そんな碌でもない女子はごく少数だって言いたいんでしょう?」

 

「わかってるならもう少し三次元に希望を持てよ……」 

  

「それは無理な話です。だって逆に言えば、ごく少数は、そんな碌でなしがいるってことでしょう? その少数を見抜ければ苦労はしないんでしょうが、生憎、俺はそれを見抜けないタイプだと分かってるので。……そんな俺からしてみれば、三次元で恋愛するリスクが大きすぎるんですよ」

 

 部長の視線は、もはや呆れを通り越して、憐れみに移りかけていた。

 

「……あー、なんだ、そんなお前でもそのうちあるんじゃないのか? 運命の相手が見つかる……みたいなの」

 

 部長が柄にもなくドラマチックな事を言ってくるが、当然、思い当たる節などあるんけがなかった。

 ……いやまてよ?

 

「部長、ひょっとしてまさか、実は俺のこと……」

「なわけあるか、私じゃなくて……」

 

 部長はそう言いかけたところで、何かを思い出した様子で視線を向けてきた。

 

「そうだ狭間。一昨日まで、別の台本書いてたよな。確か……『白雪王子』とかいうタイトルだったか」

 

「ん?……あー、そういえばそうでしたね」

 

「そっちの台本はどうした?」

 

 俺は、『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』の執筆にあたる前に、別の台本を書いていた。

 

 そのタイトルは『白雪王子』。

 その安直なタイトルなら分かる通り、その内容は、少年漫画版白雪姫とも呼べるものになっている。

 具体的なストーリーとしては、白雪王子の才能に嫉妬した他の王子の陰謀により、無実の罪で王宮を追放された白雪王子が、七人の小人ならぬ七人の少女たちの協力を得てその地位に返り咲く……というものだ。

 

 単に性別を反転しただけではあまりに芸がないので、内容も少年漫画的なものに変更したのだ。最低限、これくらいは捻らなければ、執筆のしがいがない。

 といっても──

 

「ああ、気に入らなかったのでデータ消しました。当然、バックアップまで綺麗さっぱりに」

 

 そんな物語は、もうどこにも現存していないのだが。

 

「消したって……はあ⁉︎」

   

「いやぁ、俺、今までウチの演劇部の伝統に則っておとぎ話をアレンジしたような台本ばっか書いて来たじゃないですか。その方法、書きやすいし、ウケもいいんですけど……。ふと、『やっぱ俺が書きたいのこれじゃないなー』と思って勢いで全部消しました。で、代わりに昨日一二時間ぶっ通しで書いて来たのがこれです」

 

 そう言って俺は、部長が手に持った台本を指差した。 

 

「……はあ⁉︎ 昨日って睡眠時間は……さてはお前徹夜したな⁉︎」

 

「ええ。マジの一睡もしてないです。だからもう眠くて眠くて……」

 

「それでか、今日妙に頓珍漢なことばっか言うのは。……いや、でもわりかしいつもこんな感じな気もするが……」 

  

「あの時はもう、何かに突き動かされてるとか、そんな感じでしたよ」

 

「なあお前、そんな短時間で書いて、内容はまともなんだろうな……?」

 

「そこは安心してください。ラッキースケベ盛りだくさんの最高傑作ですよ」

 

「……は?」

 

 

 

【02運命の出会い】

 

 チュチュチュチュチュチュン‼︎ 

 

「うるせぇ……」

 

 さえずりと言うには、些かやかましすぎるスズメの鳴き声で目を覚ます。

 

 あの地獄の台本読み合わせから二週間が過ぎ、春休みも明けた四月上旬。

 寒いだの暖かいだの、どっちつかずだった空気はすっかり春らしい生温いものへと変わっていた。

 

 ちなみにあの後、『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』はあえなく却下されることとなった。

 

 当然俺は、南部長に猛抗議したのだが、『お前は新入生の前で、このラッキースケベまみれのボクっ娘ヒロインラブコメをやるつもりか⁉︎』と一蹴されてしまった。

 それを言われて俺は、そもそもこの台本は『新入生歓迎公演』、通称『新歓』の為のものだったのだと、ようやく思い出すことになった。

 

 あの時の──徹夜して台本を書いていた時の俺はどういうわけか、そのことをすっかり忘れていて、衝動的に自分が書きたい物を書いてしまっていたわけだ。

 

 確かに言われてみれば、新入生が最初に触れる演劇が、オタクの性癖濃縮爆弾のような作品というのは、あまりに酷だろう。

 俺は、台本の却下に首を縦に振るしかなかった。

 

 それにしても、記憶力にはそれなりに自信がある方だが、今回の件、どうしてこうなってしまったのか。

 普通に考えれば、自分が何のために台本を書いているかなど忘れる筈がないし、思い切った台本を書くにしても、もう少し巧くやれたはずだ。

 勿論、書き切ったことに後悔はしていないが……。

 

 ちなみに、代わりに採用されたのは、三年の田山先輩が書いて来た、久城高校演劇部に代々受け継がれる伝統シリーズ『御伽探偵ホームズ』の新作、『御伽探偵ホームズ 走れメロス事件』だ。

 

 御伽探偵シリーズの内容は、ざっくりと言えば、シャーロック・ホームズが御伽話の世界で起きた事件解決していくという探偵ものだ。

 一見でたらめな設定だが、その実、御伽話と探偵ものの親和性はかなり高い。なにせ、そもそも御伽話自体が、ミステリーや事件の連続みたいなものだからだ。

 『ふしぎの国のアリス』でいえば、アリスが消息を断つところから物語を始まるし、更に迷い込んだ先で冤罪をかけられ、裁判にまで発展している。探偵が口を挟む余地はいくらでもあるのだ。

 

 更に言えば、御伽話もホームズも、誰でも知っていてとっつきやすいし、何よりいくらでもシリーズが作れる。

 この組み合わせを考えた大先輩は、相当切れ物だったのだろう。

 

 ……まあ、走れメロスはもはや御伽話じゃないだろ、というツッコミもあるにはあるが──ウチの部としては、そこは面白ければOKなのだ。

 

 ようやくベッドからゾンビのように這い出て窓の外を見る。

 中学時代に夜な夜なネット小説を読み漁って下げた視力では、電線の上のスズメも、謎の茶色い塊にしか見えない。

 

 現在は水曜日の午前十時過ぎ。

 通常であれば大遅刻の時間だが、幸い今日は休校日である。

 そうは言っても、俺には今日も今日とて、十一時半から部活があるのだが……。

 

 コンタクトをつけ、視力を取り戻すと、身支度を済ませ家を出る。

 

 かつて俺は『コンタクトなんて半端にモテたい奴がつけるものだ。俺にはモテる必要がないから一生眼鏡のままでいい』と豪語していたのだが、今やそれも過去の話。

 

 ウチの部は男子が、俺を入れても二人しかおらず、男の役者がどうしても足りない。

 

 その都合で脚本家だったはずの俺も、頻繁に表舞台に引っ張り出されることになり、そしてその際、どんな役でもメガネキャラになってしまう、という問題が発生したため、ついにコンタクト派に寝返ることにしたのだ。

 

 まあ、モテる云々は置いておくとして、非メガネの方が主人公っぽさがある、とは思う。

 

 きっと物語における主人公オーディションなんてものがあるとすれば、眼鏡の人間は合格者の一割にも満たないだろう。

 そして、合格した人間のほとんどは、異能力持ちだったり、義理の妹がいたり、幼馴染がいたりするのだろう。

 また、自他共に認める程に一貫した、捻くれものだったり、ぼっちだったりするのだろう。

 無論、俺にはどれも備わっていないものだ。

 中途半端に捻くれていて、中途半端にぼっちではない。

 それでいて、創作──とりわけラノベやアニメやマンガを語るときにだけ早口になり、暇さえあれば生まれる次元を間違えた、とのたまう。

 そんな半端者こそが、俺だった。

 

 そんなことを考えながら、田畑混じりの住宅街の中自転車を漕ぐこと十五分、最寄駅であるJR光井駅に着く。

 さらにそこから十分ほど電車に揺られてJR久城駅に到着。

 さらにさらに十分ほど歩けばようやく久城高校に到着だ。

 

 校門の前には『千葉県立久城高校 入学式』と書かれた看板が設置されたままになっていた。

 

 そう、今日は入学式なのである。

 現在の時刻は十一時前。既に式は終わり、今頃体育館は撤収作業中だろうか。

 

 今日練習するべき内容を頭の中で整理しながら校門を抜けると学校特有の広々とした敷地が視界に入る。

 

 正面には校舎があり、その右隣には並行するように屋根付きの駐輪場が奥まで続いている。

 校舎の左手にはグラウンドが見えるが、どの部活も活動している様子はない。

 

 今日は休校日なのだから、当たり前にせよ、いつもあれだけ騒がしい学校が静まり返っている様子は奇妙で、まるで時間が止まっているかの様にも感じられた。

 動いているのは精々散っていく桜の花びらくらいなものだ。

 そんな、些細な非日常を前に俺は、まるで、嵐の前の静けさのようだと、そう思った。

 

 ──その時、ふと視界の端に人影が映った。

 

 反射的に目を向ける。

 すると校舎の二階の、正面にある昇降口の真上に位置するベランダに女子生徒が一人、どこか遠くを眺めるようにして佇んでいた。

 

 気づくと俺は、彼女を食い入るように見つめてしまっていた。

 それは、彼女が、雪のように真っ白な髪をしていたからだろう。

 

 風に吹かれたショートボブが、きらきらと反射する様は、まるで一枚のイラストの様で、イラスト投稿サイトのランキングに掲載されていても何ら違和感のない。

 その手のSNSならで二万いいねは有に超えるような雰囲気を放っていて、校舎の造形、舞い散る桜の花びら、光の角度、全てが計算され尽くして出来た構図の様な、まさしく絵に描いたような光景だった。

 

 何者、なんだ……?

 

 約一年久城高校に通っていて、あんな女子は見たことが無い。

 入学式直後という状況から見て、新入生だろうか。

 だが、あの派手な髪色で入学式に臨んだというのは考え難い。

 

 俺は、彼女の学年を確かめようと、彼女のブレザーの左襟に目を凝らそうとする。

 三年なら青色、二年なら緑色、そして、一年なら赤色と、校章の色で学年を判別することができるのだ。

 

 だが、それを確かめようとした瞬間、遠くを向いていた彼女の視線が、俺の方へと向いた。

 

 ──それを知覚した瞬間、俺の脳内に、刺すような鋭い痛みが走った。

 

「ぐあっ……!」

 

 頭蓋の中で大量の針が乱反射しているかのような痛みと不快感に苛まれる。

 俺はたまらずその場でしゃがみ込んでしまった。

 

 だが幸いにも、その痛みは一瞬で、俺はすぐに立ち上がった。

 そして、ふと彼女のいるベランダに目をやると、

 

 ──ベランダの彼女が、立ちくらみでもしたかのようにふらりとよろけた。それも、フェンスの外側へ向かって。

 

 不味い……っ!

 

 その悪い予感は見事的中し、彼女はベランダの柵に勢いよく倒れ込んだ。

 そして、その身体は、さながら鉄棒で前回りをするかのように、くるん、と宙に投げ出された。

 

 例え二階の高さからであっても、無防備に地面に叩きつけられれば無事ではではすまないだろう。

 ましてや、今の彼女の落ち方では、高確率で頭から────。

 

 ──気づくと、俺は彼女の元へと走り出していた。

 

  間に合うかどうかも分からない。

 それでも、何かに駆り立てられる様に必死に地面を蹴っていた。

 

 

 なんで早い判断なんだ、と、他人事のように思った。

 

 すると、妙な感覚に襲われた。

 

 ──身体が、重い……?

 

 これだけ焦っているのにも関わらず、腕も足も、ゆっくりとしか動かない。思うように、動かない。

 

 まるでプールの中で歩こうとしているかのような感覚だった。

 そして気づく。

 

 ──遅くなっているのは俺の体だけじゃない。

 風で散る桜も、落下し続ける彼女の身体も、たなびく白髪も。

 その一枚、一束を目で追えるほどに、時間がゆっくりと流れていた。

 

 ──遅くなっているのは、世界そのものだった。

 

 一瞬、何が起きているのか分からなかったが、この現象について、一つ思い当たる話があった。

 どこで聞いた話だ。交通事故など、危機的な瞬間に陥ると人間は、状況を打破するための時間稼ぎとして、世界がスローモーションに感じることがあるのだとか。

 今経験しているこの現象こそが、それなのだろう。

 

 だとすれば、今俺が考えるべきなのは、この状況において、どうすれば彼女を受け止めることができるか、と言うことに他ならない。

  

 ──この状況で、俺が最速で動くための最適解はなんだ……?

 

 今身の回りにあるものは、精々背中のリュックサックくらいなもので、他には何も無い。

 それに、リュックだって、今役立つものは入っていないだろうし、仮に入っていたとしても、それを取り出している猶予などない。

 現に今も、彼女は刻一刻と、落下し続けているのだから。

 

 結論が一つ。ただひたすら、走るしか無い。

 俺は背負っていたリュックその場に投げ落として体重を軽くすると、渾身の力で地面を蹴りはじめた。

 使える物がないのであれば、いっそのこと全て捨ててしまえばいい。

 

 その判断が幸いしてか、なんとか彼女が地面に叩きつけられるよりも僅かに早く、その落下地点へと潜り込むことができた。

 

 ふわりと落下してくる彼女。

 俺は両手を差し出し、その身体をしっかりと受け止める。

 

 ──間に合った……。 

 

 そう安堵した途端、スローだった世界は、元の速さを取り戻し、次の瞬間、俺の両腕を激痛が襲った。

 

「ぐおぉ……!」

 

 その痛みは当然、彼女を受け止め、急激に体重の掛かったことが原因だった……。

 

 お、重い……!

 

 冷静になって考えてみれば当たり前だ。

 重力に引かれて二階から降ってくる人間の重みに、文化部男子の細腕が耐えられるわけがなかったのだ。

 

 普通に考えれば分かるだろ、とは自分でも思うが、コンマ一秒が生死を分けるような、そんな普通ではない状況で、そこまで考えられる訳もなかった。

 

 少しでも腕の負担を和らげようと、体全体で重量を支えるべく、腕を引き寄せつつ腰を落としていく。

 

 以前俺は、ヒロインは空から降ってくるものだと論じたが、俺は今、一つの気づきを得た。

 

 少なくとも、魔法も異能もないこの現実に置いてこの方法は危険だ! 危なすぎる‼︎ 

 やはりパラシュートが必要だと考えたのは間違っていなかったのだ……‼︎

 

 腕が痛いわ、腰は落ちきって便所座りの姿勢になってるわで、見るに耐えない有り様ではあるが、俺はようやく彼女を受け止め切ることができた。

 

 ふと、俺は、彼女の校章を確認しようとしていたのだと思い出す。

 制服の左襟に視線を移そうとしたが、すぐに、それは不可能だと悟った。

 決して、彼女が校章を付けていなかったとか、そういう話ではない。

 そうではなく、単に俺は、彼女の顔から、目が離せなかったのだ。

 

 色白で透き通った肌、整った目鼻立ち。

 そして何より、澄んだブルーの瞳。

 

 ────息が、出来なかった。

 

 俺は、呼吸の仕方すら忘れるほどに、彼女に魅入っていた。

 息を吸えるようになる頃ににいは、心臓の鼓動はかつてないほどの速さで律動を刻んでいた。

 

 呼吸という、生命活動を行う上で最も重要な行為。

 本当の衝撃の前では、人はそれすらも忘れてしまうのだと、俺は始めて知った。

 

 太陽の光を帯びて爛々と輝く、サファイアの様な瞳と、視線がぶつかる。

 

 彼女は、何度か瞬きをすると、その小ぶりで艶のある唇を動かして見せた。

 

「───君が、ボクの王子様……?」

 

 少し気怠げで、けれどとても心地のいい、くっきりとしたソプラノが俺の鼓膜を震わせる。

 ほとんど囁くようにして紡がれた言葉だったが、その一音一音は俺の体に染み込むように伝わった。

 

 だが、だからこそ俺は、彼女が何を言っているのか、まるでわからなかった。

 

「王子……様……?」

 

 聞き返すと、彼女の頬がほんのりと赤く染まった気がした。

 直後、彼女は俺の腕の中からするりと抜け出すと、ストンとその場に着地した。

 かと思えば、次の瞬間には、迷いのない足取りで向かって右側、駐輪場の方向へと駆け出した。 

 

「お、おい!」

  

 その突然の行動に、思考がまとまらないまま彼女を追って、校舎の角を曲がる。

 しかし俺は、曲がった先で、思わずその場に立ち尽くしてしまった。 

 

 確かに彼女はここを曲がった。それは、この目で確かに見た。

 

 けれど、そこには閑散とした駐輪場が視界に映るのみで、彼女の姿はすでになかった。

 

「消え……た……?」

 

 いや、そんなはずはない。

 まさか女子高生が突然消えるなんて、そんなことがある訳がない。

 

 まだどこかにいるんじゃないかとあたりを見回った。

 だが、どれだけ探しても、彼女の姿を見つけることはできなかった。 

 俺は持て余した視線で、舞い散る桜を追う事しかできず、今も花弁が一枚。風に導かれるように、高校の敷地から飛び出していった。

 

  

 ◇

 ●ここカットしておけ?

 衝撃的な出来事の連続に、ぼんやりとした思考のまま、部室を目指して階段を登る。自分が今何階に差し掛かっているのかも分からないくらいだ。

 

 彼女は一体何者なんだ……。

 

 まるで白昼夢でも見ていたような気分だ。だが、階段を登るたびにじわじわと痛む手足が、確かに彼女を受け止めたことを証明していた。

 

 ……彼女が最後に言い残した、「君がボクの王子様?」というセリフ。

 彼女の指す王子様とは何か。どうして俺にそんな問いを向けられたのか。なぜそれを言ったきり、すぐにその場を後にしたのか。

 謎が謎を呼びこんでいるような、そんな状態。

 

 ……だが、そんな中でもたった一つだけ、ほんの些細なことではあるが、確かなことがあった。

 

 ──彼女は、自分のことを『ボク』と言った。すなわち、彼女はボクっ娘である、ということだ。

 

 ボクっ娘──。俺がこよなく愛するキャラクター属性の代表格であり。

 そしてなにより、件の南部長とのやりとりの中で俺は、「ボクっ子美少女との運命的な出会いでもない限り彼女はつくらない」なんて言った上で、「そんな都合のいいことは起こらない」と結論付けた。

 そう。それはそうだ。……その筈だった。

 

 だが、ふらりとベランダから──空から降ってきた美少女を受け止める。

 これは、どう考えたって、俺の考える中で、最上級に位置するほどの運命的な出会いだ。

  

 基本的に、占いや、風水や、そうしたスピリチュアルで、目に見えないものは、面白がる事はあっても、全く信じない主義ではあるのだが、それでも今回ばかりは、信じるしかなかった。

 ──『運命』というものを、信じる他なかった。

 

  結局、彼女の名前も、学年も、クラスも何もかも分からずじまいだが、それでも彼女が久城高校生徒で、あれほど目立つ容姿であるならば、きっとすぐにでも見つけられるだろう。

 

 その時に、さっきの言動は一体なんだったのか、聞くことにしよう。「君が、ボクの王子様」とはどう言ういみなのか。なぜいきなり駆け出したのか。──消えたように見えた事の、真相を。 

 

 そう、自分の中で、無理やり状況を整理したところでようやく階段を登り切り、部室のある四階に辿り着く。

 俺はスマホを取り出すと、LINEを起動し『ボクっ娘美少女が空から降ってきて意味深な言動した後消失したんだが』と、一件メッセージを送ると、部室の両開きの扉を開くのだった。

 

 

 【 03 類は友を呼ぶ 2022/08/07】

 

 昨日の練習から一夜が明け、迎えた新歓の本番当日。

 案の定、例の彼女を受け止めた代償として、俺の手足は筋肉痛になっており、駅までの自転車での道のりは地獄のようだった。

 それも、美少女の命を救った結果だと思えば、この痛みも立派な勲章である。というか、そうとでも思い込まなければ、痛すぎてやってられないというのが本音ではあるが。

 

 さあ本番頑張るぞ、と気合を入れて登校してきたのはいいものの。新歓を行うのは放課後であり、その前に体育館で行われる部活紹介も五、六限目。

 つまり、午前中は普段通りの授業なのである。救いはないのだ。

  

 現在は朝のホームルーム前。

 俺はいつも通り、席に座るなりリュックから本を取り出す。

 今日持ってきたのは、『物語シリーズ』の初巻である『化物語(上)』。

 俺が空から降ってくる女子高生と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、この作品だった。

 この作品を読み返すのも結構久しぶりだ、なんて思いつつ、表紙を捲ったところで、背後から足音が聞こえてくる。

 

 このクラスで朝っぱらからわざわざ俺に話しかけてくるような物好きは一人しかいない。

 それも、本人の席は最後列で、俺の席は最前列の廊下側から二番目と、それなりに距離があるにも関わらずやってくる物好きだ。

 消去法にかけるまでもなく、足音の主の正体は分かっていた。

 

「おい、昨日送ってきたLINEはなんだ。教えろ」

 

 やってくるなり俺の机を叩いた野蛮人は、いつも通り不機嫌そうな表情をしていた。

 

 こいつは朝倉一郎(あさくら いちろう)。

 ブラウンがかったレンズのメガネが様になる、高校生というにはあまりにおっさん臭い……いや、ダンディズム溢れる同志だ。

 

 一体何の同志なのかと問われれば……まあ、あえて言うならば『現実はクソだから異世界転生したいよね同盟』とでも言ったところか。

 ……ロクな同盟じゃねぇな。

 

 要するにオタク仲間である。

 類は友を呼ぶという言葉があるように、こいつも大概面倒な捻くれ方をしていて、そして漏れなくモテない。

  

 改めて、昨日朝倉に送りつけたメッセージを確認すると、そこには何の脈絡もなく送られた『ボクっ娘美少女が空から降ってきて意味深な言動した後消失したんだが』の文字列。

 

 

 ●ここに昨日のその後持ってくる

 

 自分で送っておいてアレだが、いきなりこんな文章を送られてきたら、問い詰めたくなるのも分かる。

 俺だって朝倉の立場たったとしたら、迷わずそうするだろう。

 それにしても、若干の誇張はあれど、これが全て事実なのだから驚きだ。

 

 

 

「このメッセージはだな……」

 

 と、朝倉に説明をしようと言いかけ、俺は言い淀んだ。

 俺自身でさえ昨日、目の前で何が起きていたのか、彼女は何者だったのかを、正確に把握できていないのだ。

 それを、人の足を掬う事と重箱の隅をつつくことが生きがいよようなこの男に説明したとて、信じるはずもない。

 

 そんな俺を見て怪訝に思ったのか、朝倉が尋ねてくる。 

  

「どうした?」

 

「……どう説明しようとも作り話にしか聞こえないんで、どうしたもんかと思ってな。……正直、俺だって未だに混乱してるくらいだ」

 

「よく分からんが、お前本人が信じきれて無いような話を聞かされても、確かに俺は信じないだろうな。それだけは分かる」

  

 疑い深いという自覚がある辺り、潔いんだか厄介なんだか、よく分からない男だ。

 なんて考えていると、朝倉は、少々意外なことを言い出した。

 

「──とはいえ、話を聞かない事には何も始まらない。それに、作り話だとしても、何があってあんなLINEを送るに至ったのかは、正直気になるところだ」

 

 どうやら、あのメッセージも、それなりに効果的だったらしい。

 

 「……だから、とりあえず聞くだけ聞いてやる。話はそれからだ」

 

 そう言って朝倉は、「ここの席の奴、多分今日も、休みだよな」と言いながら、俺の右隣の席に座る。

 朝倉の言う通り、一昨日の新学期初日から欠席している、未だ顔も名前も知らない隣人の席である。

 

「わかった。──言っておくが、今から話すのは全部本当の話だからな」

 

 そうして俺は朝倉に、昨日の出来事を話した。

 ベランダで彼方を見つめる白髪碧眼の美少女を見た事。彼女が落ちてきたのを受け止めたこと。そして、「キミがボクの王子様?」と、言い残して、その場からいきなり消えた事を。

 

「はあー?」」

 

 俺の話を聞き終えた朝倉は、やはりというべきか、その内容を微塵も信じてはいない様子だった。

 

「そんないかにもお前の妄想みたいな出来事が本当に起きたと? ……まあ、確かにその話が事実なら、勢い余って思わずあんな唐突なメッセージを送るのも分かるが……」

 

「別に信じなくてもいい。……だからせめて”もしも目の前でそんな事が起きたら”って、仮定の話だと考えた上で考察してくれる訳にはいかないか?」

 

 朝倉の顔をちらりとみると、どういうわけか、目を丸くしていた。

 

「お前がそこまで言うなんて珍しいな……」

 

「……そうか?」

 

 ……いや、考えてみれば確かにそうかもしれない。

 朝倉のような、ありとあらゆる全てを疑ってかかるような人間に、こんな与太話を聴かせるなど、馬の耳に念仏を唱えるようなものだ。

 そんな面倒で無意味なこと、普段の俺ならば絶対にしない。

 朝倉もそれを分かっているからこそ、今日に限って食い下がる俺を見て奇妙に思ったのだろう。

 

 そして、朝倉が次に口にした言葉も、普段の朝倉からは想像もできない奇妙な言葉だった。

  

「わかった。多少真面目に考える事にしよう…………おい、なんだその鳩がナパーム弾でも喰らったような顔は」

 

 どんな顔だ。そりゃ鳩も驚くだろうよ。

 ……そんなめちゃくちゃな比喩から察するに、どうやら、俺も相当驚いた顔をしていたらしい。

 

「……言っておくが、もしもの話として考えてやるってだけで、お前の話を信じた訳じゃないからな」

 

「へいへい。それでも、多少真面目に考えてくれるならそれで十分だ。アテにしてるぜ」

 

 俺は、こうした推理じみたことにおいて朝倉をそれなりに信用している。

 こいつは、アニメでも漫画でもそしてもちろん小説でも、自分なりに考察を組み立てながら視聴するタイプの人間なのだ。

 ──例えば推理小説。

 推理小説では、作中で探偵が犯人を言い当てるシーンの手前で、作者が読者に対して、「さて、誰が犯人なのだろうか」と問いかける、いわゆる「読者への挑戦」というコーナーがしばしばがある。

 そして、俺のように、早く物語を読み進めたいし、考察したところでどうせ当たらないという不真面目な人間は、ほとんど目もくれずに読み進めてしまうのだが──。

 

 朝倉はその場で考察するばかりか、ページを遡ったり、果ては作者の作風、傾向や、本の出版された時期の流行まで鑑みた上で考察する徹底ぶりだ。

 

 そこまでやって全く当たらないのであれば、それはそれで笑い話なのだが、朝倉は六割……いや、ひょっとすると七割くらいは、結論に達するまでの筋道も含め、その考察を的中させているのではないだろうか。

 一つ、具体例を挙げよう。

 こいつは、『シン・エヴァンゲリオン』のラストシーンの予想を、劇場公開前に立て、ほぼ完璧に的中させている。

 

 ……そんな実績もあって俺は、人間性は兎も角として、こと、その推察力において、朝倉に一定の信頼を寄せているのだ。

 調子に乗るから本人には絶対に言わないけどな。

   

「──で? 俺は何を答えればいい。その白髪の女子とやらが、”どうして逃げ出したのか”か? ”どうして消えたのか?”か? まあどちらにせよ、彼女の正体から話すことになるんだろうが」

 

 朝倉は、さして大した事でもないという風に、淡々と答えた。

 

「既に分かったのか……⁉︎」

 

「まあな。とはいっても、あくまでお前の話を元にしてる分、実際のところとは異なる部分もあるだろうが……まあ、概ね合ってると思うぞ」

 

 朝倉はそう前置きすると、語り始める。

 

「その白髪女の件、どう聞いても嘘みたいな話だが──寧ろ、嘘みたいで、無理な話だからこそ、現実的に考えた時に、その状況に至るための選択肢は狭まってくる。でもって、その限られた選択肢から、さらに絞り込んでいけば、自ずと答えも見えてくるってわけだ」

 

 抽象的でまだるっこしい言い回しが鼻につく……。

 正直、俺は朝倉が何を言いたいのか、現時点では全くピンときていなかった。

 ただまあ、これだけ饒舌に喋り出したということは、朝倉の中で既に仮説が組み上がっているというのは間違いないのだろう。

 

「……その、”現実的に考える”ってのは、どういう意味なんだ?」

 

 尋ねると、朝倉は胸ポケットからスマホを取り出し、PC発のオンラインゲームのスマホアプリ版を起動した。

 ジャンルとしては、ネトゲの代名詞とも言いえる、一つのゲーム世界に無数のプレーヤーがリアルタイムで集まって冒険する、いわゆるMMORPGだ。

 俺自身はプレイしたことはないが、頻繁にゲーム配信が行われているところを目にする、今でも根強いファンの多い作品だ。

 

「例えば、お前がこのネトゲをプレイしていたとして、だ。あると時、とある女性プレイヤーと仲良くなり、「リアルで会いませんか?」と話を持ちかけられたとする」

 

 ……野郎ばかりのネトゲで女性プレイヤーからの現実で会う誘いの持ちかけ。どう考えても怪しすぎる。どうせ何か裏があるのだろう。 

    

「いざ会ってみたら、相手は美少女じゃなくておっさんだったってオチか?」

 

「いいや。実際に会ってみたら、そいつは同じ学校の女子だった」

 

 淡々と、朝倉は答える。

 

「ネトゲで仲良くなった相手が、偶然同じ学校だなんて、それこそラノベなんかでも題材になるくらいの運命的な出会いなわけだが──今の話を聞いて、お前はどう思った?」

 

 なるほど。朝倉の言わんとすることがようやく理解できた。

 確かに、もしもそんな偶然があったとしたら、それはもはや運命だろう。

 ──ただしそれは、本当に全てが偶然によって起きたことだったとすればの話だ。

 現実で、そんな奇跡みたいな事が起きたとしたら、まず考えるべきなのは──。

 

「ストーカーの類か」

 

「正解」

 

 ──そう。奇跡は滅多に起こらないからこその奇跡である。

 つまり、そのゲーム内の出会いが奇跡ではないのだとすればそれは、相手が何らかの手段で、狭間長太郎のゲーム内でのキャラを特定し、その上でコンタクトを図ってきたということに他ならない。

 

「……要するに、そのネトゲの話に準えて言えば。お前は昨日の彼女との運命的な出会いも、実はその裏には、現実的で、夢もロマンもない相応のつまらん理由があると、そう言いたいわけか?」

 

「ああ。俺の考える限りじゃそうだ。……ま、今回の件で言えば、お前がその結論に辿り着かなかったのも無理もないだろうが」

 

 朝倉はしたり顔で言う。

 

「なにせお前は、この件の鍵を握る重要な事実を一つ、知らないからだ。それも、自分自身のこと故に、だ」

 

「……自分のことだったら、自分が一番わかってるだろ。勿体ぶらずに早く教えろ。結局のところ、お前の言う彼女の正体ってのは何なんだ?」

 

「まあそう急かすなよ。……わかった、結論から述べよう。おそらく……いや、ほぼ間違いなく、その白髪女子の正体は──」

 

 朝倉はたっぷりと勿体ぶった後、告げた。

 

「高校デビューで盛大にやらかした、こじらせ中二病電波女だ」

 

「……は?」

 

 その全くの予想外な言葉に、自覚できるほどの間抜けな声が漏れた。

 

 ”こじらせ中二病電波女”……もはや蔑称と言ってもいいほどに酷い言葉である。

 その言葉の意味をそのままに受け取るのなら、彼女はアニメやマンガの影響から、現実においても物語のキャラクターのような振る舞い──言うなれば、電波的な言動をしてしまう痛々しい人間という事になるのだろう。

 

 そしてそれは、俺が昨日彼女に抱いた印象とは真反対のものだ。

 俺が彼女に持った印象は、その容姿や去り際の意味深な言葉から、ミステリアスな雰囲気のある、高嶺の花の様な少女というものだった。

 

 けれどそれも、朝倉の話に当てはめて、彼女が中二病だという前提で考えれば、むしろそのミステリアスさこそ、彼女にとっては意図した立ち振る舞いであり、作られたキャラクターということになる。

 

「いや……違うだろ……。彼女にはそんな痛々しさもなくて……どう見たって偽物には見えなかった」

 

「でもそれは、あくまでお前の主観だろう?」

 

 俺の反論も、朝倉はバッサリと切り捨てる。

 

「俺の、主観……?」

 

「ああ。お前はひっきりなしにその女子のことを美少女美少女というが、極端な話、それは彼女がお前のストライクゾーンど真ん中な見た目をしているからそう見えるだけであって、俺から見たら不細工かもしれないって事だ」

 

「なんてこといいやがる……」

 

「主観なんてのは所詮、視野の狭い偏った視点だ。お前もそれがわかってるからこそ。こうして俺に意見を求めてるんじゃないのか? 客観的な視点を求めて」

 

「……」

 

 ああ。確かに、全くもってその通りだ。

 それを言われては、俺はもう朝倉の話を黙って聞く他なかった。

  

「まず、状況からみて彼女は新入生で間違いないだろう。ここはいいな?」

 

「ああ。俺もそう思う」

 

 入学式直後の学校にいたんだ。そこに異論はない。

 

「つまり昨日は、彼女にとってずっと憧れだった、高校生活の初日だったわけだ」

 

「憧れ……? 彼女が高校に憧れていたなんて話はしていないし、そもそも聞いてないが」

 

「中二病なんだ、高校に憧れて当然だろう」

 

 なるほど。

 飛躍した話のようにも聞こえたが、紐解けば、俺も身に覚えのある話だった。

 ●ここ冊子良すぎるので、朝倉に話してもらう要するに、日本のアニメ漫画を筆頭とする物語は、兎にも角にも高校が舞台の作品が多いため。中二病であるからには、そんな物語に登場する彼ら彼女ら、そして、高校という場所自体に、憧れを持つのは必然、というわけだ。

 

「……まあ確かに。俺も中学の時、高校に対する漠然とした憧れみたいなのはあったかもな」

  

「そう。そうして、物語のような高校生活に期待で胸を膨らませた彼女は、満を辞して高校デビューを企てるわけだ」

   

 高校デビュー──中学から高校への進学を機に、冴えない自分から脱却しようと、陽キャやらパリピやらを目指して大幅なイメチェンを図る、と言うあれだ。

 一般的にはには黒髪は茶髪や金髪に染め、メガネはコンタクトに……と垢抜けた方向へとイメージを変えることが多いが……しかし、彼女はこの説明には当てはまらない。茶髪でもなければ、当然金髪でもない。

 

「……? どのあたりが高校デビューなんだ?」

 

「ああそうか。お前はそいつを、本物の白髪美少女だと信じて疑ってなかったんだったな」

 

「白髪ボクっ娘美少女な」

 

「どっちでもいい。……いいから、そいつの白髪は、地毛じゃなく染めた色で、碧眼もカラコンだという前提で考えてみろ」

 

 そう言われ、俺ははたと気づく。そして、寧ろなぜ、今まで気づいていなかったのかと、自分自身に驚いたくらいだ。

 それは──普通に考えて、白髪も碧眼も生まれ持ったものであるはずがないということだ。

 北欧かどこかのハーフだというのであれば、そんな可能性もあるのかも知れないが、昨日見た彼女の顔立ちは、いくら淡麗でも、どう見ても慣れ親しんだ日本人のそれだった。

 

 日本人顔で白髪碧眼だなんて、違和感があって当たり前のはずなのだが、彼女からは、そんな違和感も、全くもって感じられなかったのだ。

 ……だから、そんな初歩的なことにすら、気づいていなかった。

 

 朝倉の言うように、中二病に加え、彼女を染髪カラコンとして考えてみる。

 

 ──経験上、重度の中二病をこじらせた者が目指すクラス内での立ち位置は、決して陽キャでもパリピでも、ましてやスクールカーストの最上位でもない。

 目指すのはむしろ、そんな枠組から逸脱した、”決して群れない孤高の存在”だ。

 

 彼ら彼女らの憧れは、「スクールカーストなどそんなものは凡庸で低俗で、群れる事でしか己を表現できない俗物の枠組みだ」と、常に孤独を好み、けれど、周りからみて「こいつには何かある……!」と思わせるような確かな存在感を放つ、まさに、二次元のキャラクターのような理想像。

 

 ──決して一朝一夕ではなり得ない、そんな存在になりたいと思った彼ら彼女らは手始めにまずなにをするか。

 

──まず形から入ることだ。

 

「……つまり、彼女の髪と瞳の色は、生まれつきじゃなく。二次元への憧れに由来する、と?」

 

「大分わかってきたみたいだな。おそらくだが、その女子。大分大胆に行動するタイプだぜ。じゃなきゃそもそも白髪碧眼状態で入学式に出るわけがないし、入学式の直後、図書室の奥にあるベランダで黄昏たりなんかしない」

 

「あの物憂げな雰囲気の彼女が中二病ね……」

 

 ……感情的で、直感的な部分では、まだ彼女がただの中二病だと納得しきれていないものの、朝倉の説明には既に納得していた。

 

「するとなんだ、あの『キミがボクの王子様?』ってセリフも、中二病だから、か」

 

「ああ。高校生になってもなお、王子様に憧れているような夢みがちな精神性こそが、中二病電波女の本領だろうよ」

 

 夢のない話ばかりしやがって。俺の感動を返せ。

 ……と、声を大にして叫ぼうとしたところ、俺の中で何かがひっかかった。

 

「……ん? まった。だとしても”王子様”ってのはおかしいだろ」

 

「あ?」

 

「俺に王子様の要素なんかひとつもないぞ」

 

「だから言ったろ? 自分じゃわからないって」

 

 ああそいうえば、そんなことも言っていたな。

 

 朝倉は、非常に癪な様子で言う。

 そして俺は、言い放たれた言葉に、思わず耳を疑った。

 

「今まで知らなかっただろうがお前、言動は最悪で非モテ一直線だが、顔だけはそこそこモテそうな雰囲気あるんだぜ」

 

「は……⁉︎」

 

 モテそう……だと? 生まれてこの方一度も告白などされた事のない俺が……?

   

「高校生になっても王子様に憧れてるような夢みがちな女子が、ベランダから落下して絶体絶命のところを、パッと見イケメンにお姫様だっこで助けられたんだぜ? そりゃあ咄嗟に王子様くらい言うだろうさ。そして、自分の失言を恥じて逃げ出したりもする」

 

「……いきなり走りって逃げ出した理由はそれか……」

 

 初対面の相手にいきなり『ボクの王子様……?』と訪ねてしまう。……これはもうなんというか、恥ずかしいとか言うレベルじゃないだろう。

 想像することすら恐ろしいが、街中で声をかけたら人違いだった、どころの騒ぎではないことだけは分かる。

 

 角を曲がったところで彼女が見当たらなかったのは、強靭な総力で、俺が見にくるまでの間に駐輪場を走り抜け校舎裏まで逃げ切った──ということはありえないので、やはり、運良く俺が探しきれなかったほどの程のいい死角に隠れていたのだろう。

 

「さて、ここまでが俺なりの考察だったわけだが……異論はあるか?」

 

「……ない、な。信じられないし、信じたくもないという感情は大いにあるが。少なくとも、ここまでのお前の説明には納得しているし理解もしている」

 

「なるほど、別に今はそれでいい。……どうせ、すぐにでも本人をとっ捕まえて事情を聞くつもりなんだろ?」

 

「当たり前だ。気になって仕方ないからな。……そうだ、一つまだ聞いてない部分があるぞ」  

    

「気づいたか」    

    

「彼女がベランダから落ちてきたのは、なんでだ?」

 

「──そこだけは、本当に事故だったんだろうさ。お前は一人の人間の命を救ったんだ」

 

「……なるほど。確かに当初の思惑と全く違った訳だが、俺は確かに美少女の命を救ったわけか」

 

「ああ。精々再開してその内面にドン引きされるといい、第一印象意外最悪な王子様」

 

 朝倉がニヤリと笑う。

 

 なるほどそうか。俺がモテないのはオタクだからか……。

 そんなことを考えていると、朝倉は俺の思考を読んだように言う。

 

「言っておくが、オタクじゃなくてもイロモノ部活代表の演劇部に馴染めるようなやつはモテないからな」

 

 なるほど、やはり俺に三次元は向いていないらしい。

 俺は現実を諦め、もう一冊持って来ていた文庫本、『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』を取り出す。

 俺もマンションの隣の部屋に美少女住んでたりしねぇかな。

 ……実家暮らしだけど。

  

 ◇

 

 ●転校生の噂

 

 

 本日最後の授業、四時限目が終わると、教室は一気に慌ただしくなりはじめた。

 

 帰宅部の生徒は我先にと下校を始め、

 そして、部活に所属する生徒は、午後から体育館で行われる、新入生への部活紹介パフォーマンスの準備を始めていた。

 

 

 そして、俺もその例に漏れず。

 演劇部の新入生確保のため、この部活紹介には、台本を書いたり、男子部員代表としてステージに立ったりと、一枚ならず、二枚ほど噛んでいるのだった。

 さらに言えば、本日の俺にとっての真の正念場は、放課後の新入生歓迎公演ではなく、その前に行われるこの部活紹介の方だ。

 

 理由は二つ。

 一つ目は、新歓公演の宣伝のため。

 うちの部は、体育館のステージ上で小芝居をし、その中に新歓の告知を織り込んで紹介をするのだの、もしもここでセリフを忘れたり大失敗があれば、新入生からの演劇部への期待値はガクッと落ち、新歓の集客並びに、その後の進入部員の数にも大きく影響する事だろう。

 

 そして二つ目。──白髪の彼女を探すため。

 

 ミステリアスボクっ娘美少女改め、こじらせ中二病ボクっ娘美少女となった白髪の彼女は、入学式の直後に出会ったという状況からしてほぼ間違いなく一年生である。

 

 そのため、新入生A組からF組までの六クラスが一堂に会する部活紹介の場で、彼女の並んでいる列から所属クラスを特定し、後ほどコンタクトを取ることができる。

 

 ジョジョ的に言えば、「任務は遂行する、彼女も探す。両方やらなくっちゃあならないってのが、今日の俺のつらいとこだな」と言ったところか。

 

 

 俺は教室を出ると、購買でからマヨ丼(からあげ丼に、刻み海苔とマヨネーズをぶっかけた購買名物)を買い、部室へ向かった。

 これがラノベなら大抵は食堂があったりするのだが、残念ながら至って普通の公立高校である久城高校にそんなものはない。

 それでも、昼時にパンや弁当類を販売してくれる購買があるだけまだいい方だろう。

 いつもなら適当な惣菜パンで安く昼飯を済ましているところだが、今日は景気付けとして少しだけ贅沢することにしたのだ。

 

 部室に入ると、既にほとんどの部員が揃っていた。各々椅子に座り昼食をとっていた。

 ちなみに、現在の久城高校演劇部の戦力は、三年が三人、二年が四人の計七人である。

 

「ちわー」

 適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。

 

 そんな中、最前列に座る黒髪ロングの小柄な女子だけは、他の部員より、一際丁寧な返事をしてくれた。

 

「は、狭間くん、こ、こんにちは……! きょ、今日の部活紹介、よろしくお願いしましゅ……!」

    

 初手からテンパりにテンパった挨拶をしてくれた彼女は鈴木実咲。

 俺と同じく、久城高校二年生の演劇部員であり、この後の部活紹介で共にステージに立つ相方でもある。

 

 小動物を思わせる容姿や言動から連想できるように、彼女の部での担当は、表舞台に立つ役者ではなく、裏方である。

 担当は主に音響関係。平たく言えば、劇の進行に合わせて、場面にあった音楽や効果音を音を流す役割だ。

 

 彼女を端的に言葉で表すなら、勤勉、努力家。そんな言葉がぴったりだろう。

 彼女は、テスト前の時期だけ勉強をしている俺とは違い、コツコツと毎日欠かさず勉強ができるタイプの人間だ。

 

 それは、家にいる時だけではなく、通学、休み時間、はては食事中にまで及ぶ。

 鈴木は常に何かの本を読んでいたり、単語帳を眺めていたりしていて、思えば俺は、鈴木が休んでいるところを、ほとんど見た事がなかった。

 それ故に、授業態度も真面目で、テストでは毎回学年一位とはいかずとも必ず五位までには入っている優等生と言えるだろう。

 

 現に今も、もぐもぐと購買のチャーハンを咀嚼しながらも彼女の視線は机の隅に置かれた部活紹介の台本へ向いていた。

  

 まあ、それ故か、幼少から友達と遊ぶ、なんて機会がほとんどなかったらしく、対人コミュニケーションの経験値の低さや、天然が露呈する事も多々あるが。

 そして、俺個人の悩みとしては、彼女が小中と女子校であり、異性を異性として意識していない点だろうか。

 

 

「おう……。というか、見るからに緊張してるな……昨日は寝れたのか?」

 

「は、はい! 昨日は二一時にはベットに入ったので八時間は眠れたと思います。……といっても、初めて人前に立つとなると緊張してしまって、寝付きはあまり良くありませんでしたが」

 

 本人が懇切丁寧に説明してくれた通り、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つというのは今回が初めてになる。

 

 そんな鈴木が、どうして部活紹介に駆り出されたのかといえば、

 部活紹介は毎年二年生が担当することになっているのだが、他二人の女子が新歓に出突っ張りで、とても部活紹介の方には時間が割けない状況だったので、鈴木が選ばれることとなったのだ。

 はっきり言えば、消去法である。

 

 とはいえ、その小柄な容姿やかわいらしい容姿は万人受けするのは間違いないので、結果オーライではある。

 

 ちなみに俺は二年生唯一の男子だったので、気づいた時には出る事が決まっていた。

 まさか消去法すら必要ないとは。

 

 

 俺も鈴木の斜め後ろの席に座るとからマヨ丼を食べ始めた。

 うむ。相変わらず醤油ベースの濃ゆい味付けに白米がよく合う。

 

「そういや、鈴木が購買メシなのは珍しいな」

 

 確か、いつもは母親お手製の弁当だったはずだ。

 俺が尋ねると鈴木は、少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「実は今日、ママが「お弁当作るのめんどくなっちゃった!」って言って五百円玉だけ渡してきたんです」

 

「……そいつは災難だったな」 

 

 ちゃんとその分の昼代を貰えているだけかなりマシではあるが、それでも驚きはするだろう。

 ……と思ったのだが、本人にとってはどうやらそうでもないようだ。

 

「ふふっ、もう慣れっこです、ママは昔からこうでしたから。それに、例えお弁当作ってもらえたとしても、失敗して丸焦げの卵焼きが入ってたりするんですよ? うちのママ、ちょっと変わってるんです」

 

 あっけらかんと鈴木は言う。

 

 そこから俺は、なぜか鈴木母のエキセントリックエピソードを聞きながら飯を食べることとなった。

 その内容は、小学校の頃、自作の応援グッズを持ち込んで応援されただとか、やけに帰りが遅いと思ったら、その場の思いつきで大阪まで旅行に行ってただとか、占い師に見てもらった自分の運命が気に食わず、真偽を確かめるために自分も占い師になった──だとか。

 どう考えても、

 ”ちょっと”変わってるどころではない。

 よくもまあ、そんな自由人からこれだけ優等生に育ったものだ。

 

 まあ、むしろ、そんな奔放な母親の言動に振り回されてきたからこそ、反面教師的に、真面目に育っていったのかも知れないが。

 

 すると、鈴木が何かを思い出したかのように話しだす。

 

「あ、そういえば、さなみーから聞いたんですけど……」

 

 ……誰だよさなみー。

  

「狭間くんのクラス、転校生が入るんですね」

 

「転校生……? いや、聞いた事ないが」

 

 

 すると鈴木は不思議そうな顔をした。

  

「あれ、おかしいですね……。この話、さなみーから聞いたんですけど、狭間くん、さなみーと同じD組でしたよね。聞いてませんか?」

 

「聞いてない」

 

 そしてまず間違いなく、俺はさなみーとそんな噂話に花を咲かせるような間柄ではない。

 

 鈴木は、友人が少ない故なのか、友人に対して「友達の少ない自分なんかと友達になってくれるくらいなのだから、他のみんなとも友達に違いない」と考えている節がある。

 

 ……同じく、友人は決して多くない俺としては、その思考が全くわからない訳ではないが、少なくともその「他のみんなとも友達だろう同盟」から、捻くれたオタク一人除外するくらいの判断はしてほしいものだ。

 

 ……それにしても、同じクラスだという「さなみー」とは一体誰なのだろう。

 そんなあだ名が着くのだから、佐名、はたまた早苗といったように、苗字か名前に「さな」が入るのだろうが……。

 

「それにしても、そのさなみーとやら、どっからそんな話を仕入れてくるんだか」

 

 というか、さなみーと言わず、噂に詳しい人間ってのは、一体全体どこからそうした話を仕入れてくるのか。謎だ。

 

 まあ、そうした人間は大抵交友関係が広いイメージがあるから、そこに起因するんだとは思うが。

 

 その点で言えば、俺のような人間ほど噂から遠のいた人間もそういないだろ。

 なぜなら、噂を聞いて信じる信じないの以前に、その噂に出てくる人間を知らないことがほとんどだからだ。

 よしんば、関わりがあったとしても、せいぜい、席が近くて多少事務的な会話をするくらいの仲だ。その場合でも、噂を聞いたとして、正直どうでもいいと思うだろう。

 なので、噂に関わるとしたら、むしろ、その噂の対象になるくらだろう。

 もちろん、可能ならそれも遠慮したいが。

 

「なんでも、新学期早々座席表に見たことない名前があることに気づいて、「ひょっとして転校生なんじゃないか」と疑問に思ったのがことの発端とのことです。」

 

「なるほど。でもそれって単にさなみーとやらがその生徒のことを知らなかったってだけの話じゃないのか?」

 

「はい。私もはじめそう思ったので、私たちが入学した時の名簿を確認してみたんですけど、その方の名前は載っていませんでした。ですので、転校生で間違い無いと思います」

 

 ……そんな転校生の噂一つで、裏取りまでしたのか、とその真面目さに呆れる反面。

 噂の真偽を自分なりにしっかりと調べるという姿勢に、俺は感心した。

 

 すると鈴木は、気になることを言い出した。

 

「ただその方、昨日今日と欠席されているみたいなんですよね」

 

 なぜ気になったかと言えば、俺はその人物に心当たりがあったからだ。

 

 俺のクラスで昨日今日欠席している人物は一人しかいない。

 そう。その席は俺の右隣。朝倉が俺との会話の際、座っていた席である。

 

 つまるところ、『隣の席の転校生』という、物語において頻繁に見かけるアレである。

 ……その言葉だけで、俺の心はときめくものがあった。

 

「……なるほど、転校生か」

「はい。如月 六花(きさらぎ りっか)さんと言う方らしいです」

「……は? ──キサラギリッカ……?」

 

 思わず復唱する。 

  俺が驚いたのは、その名前の響きが、おおよそこの次元の人間のものとは思えなかったからだ。あまりにも二次元のキャラクターの名前のようだったからだ。

 

「はい。旧暦で二月を示す『如月』に、むつのはなと書いて『六花』。だそうです。素敵な名前ですよね」 

 

 

 月に花。蝶よ花よ、どころでは無い字面の強さ。

 ──『転校生 如月六花』。

 そんな、まさに華々しい名前を聞いて、ふいに脳裏に浮かんだのは、俺の腕の中で、ふわりと穏やかに微笑む、碧い瞳と白髪の少女だった。

 

 状況から見て、彼女は一年生であり、転校生であるはずがないというのも分かっている。

 

 そして、万が一、彼女が転校生だったとしても、その正体は、初対面の時に想像した、ミステリアスな美少女などではなく、拗らせにこじらせた、メルヘン中二病、というのも分かっている。

 

 ──だが、それでも、思い浮かんだイメージが、脳裏に焼きついたように離れない。

 

 そんな様子を不思議に思ってか、鈴木が尋ねてくる。

 

「ひょっとしてその転校生さんとお知り合いでしたか?」

 

「いや知り合いじゃない……はずだ」

 

 イメージもあって、俺はついぞ否定しきることができなかった。

 否、したくなかったのだろう。

 

 そんな曖昧な返答に鈴木は困惑していた。

 

「えと、えと……その、”はずだ”とはどう言う意味でしょうか……?」

 

 混乱する鈴木。流石に申し訳なく思い、かいつまんで説明することにした。

 

「いや、ちょっとな……あー、まあ、入学式の後に、見慣れない生徒と知り合ってな。

 入学式の直後だったから、まず間違いなく新入生なんだろうが。

 

 そいつが、あまりに如月六花って名前が似合いそうな雰囲気の女子だったから、もしかして、と思ってな」

 

「なるほど。名前からその生徒さんをイメージしたんですね。”如月六花”……。こんな素敵な名前が似合う方というからには、すごく美人な方なんでしょうね。これも一種の名は体を表すと言うやつでしょうか」

 

「名は体を表す、ね」

 

 もしも白髪の彼女が、如月六花なのだとしたら。

 

 この場合、

 赤子のとき、既に人よりも美しい容姿をしていたから、”六花”という美しい名前を付けられたのか。

 

 それとも、如月六花という、特別な名前だったからこそ、夢見がちな少女は、その名前から無意識に「自分は特別な存在なんだ」と思うようになり、やがて、物語の存在のように、髪の色、瞳の色までも、華々しいものへと、言うなれば後転的に変わっていったのか。 

 この、中二病特有の、影響の受けやすさが妙にリアルで、ありそうな話だ……。

 

 ちなみに俺は、おそらく長男だから長太郎。

 身も蓋もないが、これだって別パターンの名は体を表すじゃないか。

 ちなみに次男はいない。

 

 次男はいないが、その代わりに妹が──なんてことがあればよかったのだが、もちろんそれもいない。一人っ子である。

 ……朝起こしてくれる妹が欲しいだけの人生だった。

 

「あ、そう言えばさなみー、この前の春休みのときなんか、久城山に隕石が落ちた、なんて言ってました」 

「は……? 隕石……⁉︎」

 

 俺の想像する噂とはかけ離れた突飛な言葉に俺は絶句した。

 

 久城山は学校から見て、高速道路を挟んで向こう側にある小さな山だ。

 流石に山だけあって、近くにあるように見えて、案外遠くにあるため行ったことはないが、これといってパワースポットだとか、反対に事件が起きたとか、そんな話もない良くも悪くも普通の山だ。

 もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。

 

 

 その話、ちょっと詳しく……と聞こうとしたところで、他の部員の邪魔が入る。

 

「実咲ちゃーん、このシーンの音流すタイミングなんだけど、ちょっといい〜?」

「はい、今行きまーす」

 

 行ってしまったのでは仕方がない……。

 そちらを優先すべきだろう。

 

 ……鈴木は、この噂に関しても、裏どりはしているのだろうか。一応、気になったので、久城山に直接赴くのはなしにしても、隕石の噂について検索をしてみたものの、大阪の方で隕石らしきものが落ちらしい、というニュースが一件あったのみで、それらしいものは見られなかった。

 

 俺は弁当を食べ終えると、ステージの向かって右側の舞台袖にある更衣室で着替えを終える。

 

 ●着替えの件、ラッキースケベの件かっと?

 鏡には紺色のトレンチコート姿の、いかにも探偵です、といった風貌の中肉中背の男が映っていた。

 

 今回の劇、俺はホームズの役なのだ。

 ……と言っても、部活紹介にメインで出るあたりからわかるように、劇での俺の出番は少ない。

 

 今回の『御伽探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』 では、助手たるワトソン氏が主役なのである。

 というのも、副題に走れメロスとなるだけあって、なんとホームズはセリヌンティウスと共に人質にされてしまい。

 そこからワトソンが主人公へと移り変わっていくのだ。

 

 せっかく、ホームズに憧れて入部したにも関わらず、いざ自分がホームズになっては端役とは。

 

 今までを振り返ってみても、脚本家に集中してばかりで、俺自身は劇で主人公……というか、主役になったことはなかった。

 

 ……そりゃあ、日本男児ならぬオタク男児としては、なれるもんならなってみたいと言う気持ちもあるが、俺には重荷だ、とどうも腰が重くなってしまう。

 

 俺は仕上げに白髪のウィッグをつけ、その上からハンチング帽を被り、更衣室を出る。

 

 派手な髪色は、舞台上でキャラクターを目立たせてくれるのだ。

 

 ちなみに、この役をやるにあたって、この髪色を選んだのは俺自身だ。

 

 当初こそ、金木くんやら一方通行(アクセラレータ)やら、白髪のキャラってかっこいいよね、と、完全に趣味で選んだウィッグだったが。

 今ではすっかり、例の彼女の方が先に思い浮かぶようになってしまった。 

 

 俺はウィッグで、彼女はおそらく染髪という違いこそあれど、白を選ぶあたり、なんだか他人の気がしない。

 彼女と話すようになった暁には、なんのキャラに憧れて白髪にしたのか、聞いてみたいものだ。

 

 鈴木が訪ねてくる。

 

「あ、次、私着替え、いいですか……?」

 

「おう、いいぞ。」

 

 鈴木もちょうど食べ終わったところだったようで、入れ替わるように俺が今しがた入っていた更衣室へと入っていった。

 

 そう。この更衣室。恐ろしいことに、男女兼用である。

 もちろん、そうした事故が起こらないよう、使用中を表すプレートと、ドアのノックによるダブルチェックで対策をしてはいるものの、それでも年に一度くらいは起きてしまうのだ……不幸な事故が。

 

 あれは去年の九月ごろ、次の大きな公演を目前にして、部員の誰もが余裕の無かったある日のことだ。

 

 俺も疲れていたのだろう。あろうことか、更衣室のプレートを「使用中」にすることなく着替えを始めてしまっていた。

 そしてパン一の最中、背後から聞こえるキィ……とドアの開く音。

 振り向くとそこには疲労からか、死んだ目をした南部長が……。

 どんな反応をすればいいか分からなくなった俺は、ノルマを果たすべくとりあえず言った。

 

 『……きゃー、えっちー………』

 

 

 バタン、と無言で閉じられるドア。

 その時は「あれ? これ俺死んだか?」 と思ったものだ。

 

 幸い、南部長に男兄弟が複数におり、男の裸自体には見慣れていたため、お互い気をつけましょうの一言だけで済んだが、これで男子に免疫のない女子───例えば鈴木だったとしたら、もれなく盛大な悲鳴と共に大惨事へと発展していただろう。

 

 もっと言えば、立場が逆で、女子の着替え中に俺が入ってしまったら……考えるだけでゾッとする。

 

 物語の中におけるラッキースケベは大いに歓迎だが、あれは、主人公がヒロインのビンタを喰らった次のコマでは今まで通りの関係に戻るからこそ成り立つのであって、好感度やら犯罪歴やらが一生地続きなこの現実で起きたらたまったものではない。

 

 背筋を凍らせたまま、部活紹介の流れを再確認していると、鈴木が着替えを終えて戻ってくる。

 

 鈴木の衣装は、中世の町娘を思わせるもので、袖口がふわりとしたパステルグリーンのシャツに、その上から、エプロンのついた茶色いワンピースを着たものだ。

 確か、ドレスを着る前の、継母の家で働いていた時のシンデレラの衣装として、衣装部屋に置かれていたものだったはずだ。

 

「は、狭間くん。ちゃんと着れてますか……? や、やっぱり私なんかが衣装なんて……変じゃないでしょうか……?」

 

 衣装を着ると言う行為によほど慣れてないからか、鈴木は着替える度にこうして聞いてくる。

 

「ああ。毎回言うが、変じゃないぞー。これだけ見てくれがよけりゃ、男子も女子もイチコロで新入部員ザックザクだ。」

 

 新入部員はザックザクで、グフフと微笑む俺たち。……打ち上げはドムドムハンバーガーかな。

 

「か、揶揄わないでください……!」

 

 鈴木は腕をぶんぶんと上下に振って抗議してくる。ぷんすこ、という表現がぴったりだった。

 俺としては別に、揶揄ったつもりはない。

 実際に鈴木は小柄で、小動物的な可愛らしさがあり、それは男女問わないものだろう。

 

 こんな先輩がいるならば──と興味を持つ新入生も少なくないはずだ。……と、そんなことを本人に言ったところで、「わ、私が子供っぽいってことですか……!」と、ぷりぷりと怒られてしまうのが関の山だろうが。

 

 いや、むしろ自己評価の低い鈴木のことだ「わ、私目当てで新入生が……? 何言ってるんですか狭間くん。そんなことあるわけないじゃないですか。怒りますよ?」と、華麗なまでのスルーを決めようとするかもしれない。

 ……結局最後は怒られるのかよ。

 

「大丈夫だ、いつも通り様になってる」

「そうでしょうか……だといいんですが」

 

 俺が言ったとて、いまいち似合っている自信がない素振りをするのも、またいつものことである。

 

 とはいえ、似合っていることもまた、事実だ。

 鈴木は俺と違い、ウィッグはつけておらず、また、その衣装も茶色が主体で、派手さはなく、むしろ素朴な印象ではあるものの、それがかえって、着せられている感、言うなればコスプレっぽさを全く感じさせない印象に仕上がっていた。

 

 派手な格好はしたくない、という鈴木の意見を取り入れた結果のこの衣装だったが、中々いい方向へと転んだのではないだろうか。

 

 昼休みの残った時間で最終確認を終えた後に、体育館に向かうと、すでに体育館の前方には新入生が集まっていた。

 

  また、体育館の両端には各部活が、出番順に並んでいる。

 ユニフォームやら道着やら和服やらがずらりと一堂に会す様は中々にカオスだ。

 

 俺たちも所定の場所に並び、壁にもたれかかるようにして部活紹介が始まるのを待つ。

 

 そして俺は、一年生の中から、白髪の頭を探す。

 彼女は何組だろうか。

 

「いない……?」 

 

 ざっと見渡す限り、生徒の中に白髪は見つけられなかった。

 強いて言うならば、体育館の出入り口付近に立つ、国語教師の白髪くらいだ。

 ……あれは染髪でもウィッグでもなく、歳とともに自然になるやつだから違うやつだ。いや、教師という過酷な職業ゆえに、実はウィッグという可能性もなきにしもあらずだが……そうだったとして、今は、どころか、未来永劫どうでもいい話だ。

 

 だが、もし今日彼女が欠席となると、わざわざ一年のクラスに確認しにいって彼女のクラスを特定する必要がある。それは少し面倒だ。

 

 そうこう考えていると、不意に、隣に座った鈴木が手をグーパーと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映った。

 見れば、その手は緊張か、震えていた。

 

 初めて人前に立つこととなる鈴木の境遇を考えれば無理もない。 部活紹介は三分に満たない短い時間ではあるが、それでも、多くの人間の視線を浴びながら何かをするというのは、鈴木にとっては相当なプレッシャーだろう。

 

 こういう時、何か気の利いたことでも言って彼女の緊張を少しでも和らげてやることができればいいのだが、生憎、俺にはそんな気の利いたスキルは備わっていない。

 多分世の中、こういう気遣いができるやつからモテていくんだろうな。

  

 ……とはいえ、この状況に気づいていながら、全く何もしないというのは、一年間という決して短くない年月を共にしてきた部活仲間に対してあまりにも薄情だろう。

 

 

「……えーと、あれだ、大丈夫だ。お前ならできるぞ、うん」

 できないなりに、なんとか鈴木の気を紛らわせようと、気が利いてるっぽい言葉を投げかけたつもりなのだが、あまりにも酷すぎる。

 

「そう……でしょうか……」

 

 案の定鈴木は、不安げな表情でこちらを見つめてくる。

 そしてその表情は先ほどよりも不安そうに見えた。

 ……さて、どうしたもんか。

 

 ……弁解させてほしい。

 鈴木ができるかどうかなんて、正直、俺にも分からない。

 少なくとも、さっきセリフの最終確認をしたときには、完璧だった。

 それは、鈴木の努力の賜物だろう。なにせ、一時は肌身離さず望あるいているグッズが、単語帳から、この部活紹介の台本に変わっていたくらいだ。

 

 けれど、やはり実際に人前に立った時、本人が練習に比べてどのくらいの力を発揮できるのかは、全くわからないのだ。

 

 部長の様に、本番でノリノリになって練習以上の力を発揮するとんでもない人もいれば、新歓の台本を書いてくれた眼鏡っ子田口先輩なんかは、緊張で、真っ当にいくらかパフォーマンスが落ちるタイプ。まさに千差万別。

 

 そして俺は、そんな根拠がないものに対して手放しに「大丈夫」と言えるほど、器用ではない。

 

 ……うん。無理だな。土台、俺のような捻くれ者に、真っ当な励ましができるわけなかったのだ。

 

 なので俺は、開き直ることにした。

 

「なら、間違えていいぞ」

 

「え?」

 

 鈴木は意表を突かれたようで、目を丸くして驚いた。

 

「俺は、起点の利かせたアドリブには定評があるからな。もしセリフを忘れたり言い間違えたりしても、いい感じにフォローしてやるよ。だから間違えていい。」

 

 本来が脚本かだから──ということもあり、演技のほうはかろうじ大根役者を免れている程度だが。

 他人のセリフを覚えられる記憶力。そして、咄嗟の瞬発的な思考力。俺にはそこそここれが備わっているようで、セリフを間違えたことはないと言っても過言ではないだろう。

 

 西に人が飛ばしたセリフあれば、その穴が埋まるような言い回しをし、だ。

 

「ふふっ、たしかに、狭間くんはそうでしたね。……不思議です。もし間違えても、狭間くんがフォローしてくれるって考えたら、なんだか大丈夫な気がしてきました。」

 

 鈴木が微笑む。

 その表情に、さきほどまでの不安の色はまったくない──とまでは言えないものの、かなりマシになっていた。

 

「おう、そうか。そいつはよかった」

 

「はいっ!」

 

 ……それはそうと期待が重い。正直「あんまり期待するなよ」と言いたいところではあるが……。

 俺はその純粋無垢な笑顔の前に、言葉を飲み込むのだった。

 

 

 そうこうしていると、司会役の生徒による、『続いては、演劇部による部活紹介です』というアナウンスが聞こえてくる。

 

「行きますか」

「はい!」

 

 新入生による拍手の中、俺は練習通り、堂々……というか、やたらに偉そうな足取りでステージに出る。

 

 そして第一声。

 

『やあ新入生諸君! 今日は諸君らが、最高の青春を送れる部活を紹介させてもらう』

 

『ま、真面目にやってください! 新入生の方々に失礼ですよ! す、すみませんみなさん。改めまして、私たち、演劇部です!』

 

 ……と、そんなやたら偉そうな探偵と、小動物系町娘による部活紹介は、順調な滑り出しを迎え、そのまま問題なく、練習通りに終える事ができた。

 

『それじゃあ、放課後の公演でまた会おう』

 

『あなた五分くらいしか出番ないですけどね……。それではみなさんご静聴ありがとうございました。以上、演劇部でした』

 

 鈴木の締めのセリフを合図に、お辞儀をする。

 ──その時、視界にふと、一際目立つ白髪が見えた。

 

 中央の列の最後尾に、彼女はいた。

 

 間違いなく、待機中に見た時にはいなかった筈だ。

 だとすれば彼女は一体いつの間に……。

 

 

 ステージから降りた俺たちは、さきほどまでいた壁によりかかる。

 

「お疲れさん。完璧だった。俺のフォローはいらなかったな」

 

「ふふ、狭間くんが励ましてくれたおかげです。……それより、狭間くん、最後の方、ボーッとしてましたけど大丈夫ですか……?」

 

 鈴木が心配そうに尋ねてくる。

 

 どうやら、最後、彼女のことに気を撮られて退場が遅れたのに気づかれていたらしい。 

 

「ああ、大丈夫だ。……さっき、入学式の日に女子と出会ったって話しただろ? そいつが目に入ってな。ほら、中央列の後ろの方に、白髪の……」

 

 さっき彼女が座っていた、列の最後尾に目を向けながら言いかけ、止まる。

 

「いない……?」

 

 さっきまでいたはずの彼女は、そこにはいなかった。

 慌てて体育館中を見渡すが、それでも彼女は見つからない。

 ……また、いなくなった……?

 

「いない……ですか?」

 

「ああ。ステージ上にいる時、あの辺りに白髪の女子がいたの見なかったか?」

 

「す、すみません……! 見て……ないです。あの時はセリフ間違えないようにするのに精一杯で……その、すみません……」

 

「謝んなくていい、気にすんな」

 

「はい……。でも白い髪となると珍しいですね……いわゆるアルビノというものでしょうか……」

 

 ──『アルビノ』。確か、色素の関係上、体毛や皮膚、それから

 瞳の色なんかが極端に薄くなる、という体質だったはずだ。

 その最も有名な例は、赤い目に、白い毛のウサギだろうか。

 

 その例で考えると、白髪の彼女は、髪色こそ白だったものの、瞳の色は赤ではなく青。それに、今思い返すと、まつ毛の色は、白ではなく黒だったように思う。

 

「説明不足ですまん。彼女の場合、瞳は青で、まつ毛も黒だったから、アルビノではないと思うぞ」

 

「なるほど、まつ毛が黒でしたら、アルビノではなさそうですね」 

「ん? 瞳の色はいいのか?」

 

「はい。アルビノの瞳の色は、赤のイメージが強いですが、意外にも、人間の場合、多くは青系や灰色系くらいの濃さである事が多いみたいです」

 

「じゃあつまり、世の中には本当に、天然の白髪碧眼の人間が存在しうるわけか……それにしても、そんなことよく知ってるな」

 

「た、たまたま本で読んで知っていただけです。そ、そんな私のことよりも、その方、途中でいなくなるなんてちょっと不思議ですね。部活紹介も、まだ半分くらい残っていますし……」

 

「ああ。それに、俺たちが入ってきた時、彼女はいなかった」

 

「え? つまり、その方が体育館にいたのって、演劇部の部活紹介の間だけってことになりませんか……? よほど演劇部の紹介が見たかったのでしょうか?」

 

「いや、だとしても、他の部活の紹介の時にいない理由には──」

 

 ならないだろう、と言いかけて、俺は、思い当たる節があることに気づいた。  

 彼女が、演劇部の部活紹介は見たくて、他の部活紹介の時には居たくない理由。 

 今朝の朝倉の話を間に受けた上で、自惚れでないのならおそらく。それらの理由には、どちらも、彼女を助けた──自分で言うのは大分アレだが──王子様である、”俺”が起因しているのではないだろうか。

 

 

 まず、演劇部の部活紹介を見たいというのは、単純に、自分を助けた人物を──ないし、その人物が所属する部活を見ておきたかったからだろう。

 

 そして、彼女が他の部活紹介の時にはいなかった理由。

 ──自分を助けた人物から、見られたくなかったのではないか。

 ステージ上にいる時とは違い、他の部活の紹介中は、一年生たちとの距離も近く、目線の高さも同じ。つまり、お互いを視認しやすい。

 

 そして、朝倉曰く、昨日、彼女が逃げ出したのは、うっかり意味深な発言をしてしまったことが恥ずかしくなったからだ。

 

 だとすれば「自分を助けた人を見たいが、恥ずかしいので見られたくはない」という、無茶な精神状況になるのも納得できるのではないだろうか。 

 

 部活紹介のタイムスケジュールは事前に配布されていて、遅れなく進んでいる。

 演劇部の紹介時間にピンポイントで入ってくるのはそう難しいことではないだろう。 

 

 なるほど。避けられてるんじゃ、しばらくは彼女と落ち着いて話せるのは当分先のことだろうな。

 

「その方、きっと、部員になってくれますね!」

  

「部員に……?」

 

「はい。ですから、演劇部だけ見にきたってことは、きっと入部を考えている方ですよ! そうです、この後の呼び込みで、その白髪の方を見かけたら狭間くん、最優先で話しかけにいってはどうでしょうか!」

 

 鈴木の能天気な考えに完全に気が抜ける。

 だが、鈴木の言うことも一理あるだろう。こうしてグダグダと考えるよりも、ここまでくれば、本人に聞いたほうが早いというのも事実で、意図こそ大分ズレているものの、鈴木の提案は、願ってもないものだった。

 

「……そうだな、そうさせてもらおうかな」

 

 なにより、経緯はどうあれ、彼女は髪を染め、カラコンをつけ、本来の自分ではない、何かになりたがっている美少女なのだ。

 

 そんな面白くて稀有で、演劇に最適な人材、勧誘しない手はなかった。

 

 ◇

 

 部活紹介を終えた放課後。

 俺と鈴木は新歓の呼び込みのため、昇降口の階段付近で待機していた。

 一年生のフロアであり、公演場所の部室付近で勧誘してもよかったのだが、昇降口は全ての生徒が下校時に必ず経由する場所であり、そこにいれば、必ず彼女を再開することができると踏んで、ここで呼び込みをすることにしたのだ。

 それに、部室前は、わざわざ俺たちが行かなくとも、手の空いた部員が呼び込みをしてくれているはずだ。

 

 待っていると、上の階がざわざわと騒がしくなり始める。

 おそらく、一年生のHRが終わったのだろう。

 

 すると、すぐに上の階から、赤色の校章をつけた、新入生たちがぞろぞろと降りてくる。

 

 俺は相も部活紹介に引き続き『やあ諸君ら!』と偉そうに呼び込みをする。

 

 部活紹介に引き続き、勧誘らしからぬ太々しい態度だが。

 やはり部活紹介の時のインパクトは鮮烈だったようで、結構な人数が足を止めてくれていた。

 

 続くように鈴木も声を張り上げる。

 

『え、演劇部! 新入生歓迎公演がはじまります! 四階一年F組の隣、階段を登ってすぐ左の視聴覚室でやります! え、えと……面白いです!』

 

 自分で面白いって言っちゃうのかよ……。  

 と、まあ、鈴木の天然というか、テンパり気味な発言で、一時はどうなるかと思ったものの。

 結果としては、そこそこの人数が部室の方へと向かってくれた。さらに上は上で呼び込みをしているとなれば、今頃会場は大盛況だろう。

 

「はあ〜」

 

 呼び込みが順調なことに、心底ホッとしたのか、隣の鈴木から間の抜けた音が聞こえてくる。

 

「お疲れ」

 

「はい。よかったでです……新入生、ちゃんときてくれました……!」

 

「だな。降りてくる一年も大分減って来たし、鈴木は先に部室の方戻ってていいぞ」

 

「そんな、悪いです! 私も最後まで残ります! いえ、むしろ狭間くんこそ先に戻ってください!」

 

「いや、俺は初っ端から出る訳じゃないし。それでいえば、お前は舞台始まる瞬間から音楽流さないといけないだろ。普通に考えてお前の方が先に戻ってるべきだ」

 

「いえ! 開演には間に合わせますから!」

 

 一向に譲歩しなさそうな、そんな、鈴木を見て俺は「……また始まった」と思った。

 

 基本的に自分に自信がなく、意志の弱そうに見える鈴木ではあるが、こうして時折頑固とも言える抵抗をすることがある。

 そしてそれは、もれなく自分のためではなく、他人のためであったりするので、なまじ否定がしづらく、厄介なのだ。

 

 ──だが、俺が鈴木と出会ってから早一年。俺はその間に、鈴木が頑固モードを発動した際の対処方法を編み出している。

 

「そうか。じゃあギリギリの時間に行って

 ドタバタ準備するといい。もしかしたら、焦って、うっかりシリアスな場面でコメディシーンの曲流して雰囲気ぶち壊しになもしれないがな……」

 

「ひっ!」

 

「そうしたらきっと、劇はそのあとグダグダになって大失敗。当然そんな部に入る新入生はゼロ人。部員全員の一ヶ月が無駄になるどころか、これがきっかけでゆくゆくは廃部になるかもな」

 

「ひいいいいいい! すぐ! すぐに戻ります。」

 

 鈴木は、もはや若干涙目になりながらその場から去っていった。 鈴木がこのモードになる理由は大概、周りに迷惑をかけんとしてのことだ。

 だから、頑固モードになったことが原因で周りにかかる迷惑をこちらから伝えてやればいい。

 ちなみに、この方法を編み出て気づいたことは──純粋でいたいけな少女に脅しをかけるのは、思ったよりも罪悪感がある、ということだ。

 

 そこからは、本番前からすでにグッタリとし始めていた俺は、ポツポツとまばらに降りてくる新入生への対応をした。

 

 だが、五分も経てばそれもなくなった。これ以上の成果は見込めないだろう。

 それに、もうまもなく上演時間だ。

 ──ただ、一つだけ気がかりなのは、結局、白髪の彼女の姿を見ていない、ということだ。

 

 昇降口に陣取っている以上、見逃すということはないはずだ。

 だとすれば、他の部活の見学に行ってしまったのか。まだどこかの教室に残っているのか──はたまた、俺に見つからないよう、俺が他の一年生の対応をしている隙をついて、すり抜けるように下校してしまったのか……。

 

 ともあれ、今日のところは一旦撤収するべきだろう。

 そう思い、階段に足をかけたその時。

 たん、たんと小気味よく、誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 

 一応、降りてくるところを待っていると、聞こえる足音は大きくなっていき、やがて、足音の主の姿が露わになる。

 

 膝の上まで伸びた黒いソックスにチェック柄黒いのスカート。濃い紺色のブレザーに、さりげなくストライプの入った真紅のリボ ン。

 足音の主はこの久城高校の制服に身を包んだ女子生徒で、どこをとっても、ほつれ一つない、真新しい制服に身を包んでいた。

 そして、そんな新入生を思わせる身なりに反して、襟に付いた校章は二年生を示す緑色をしていて──。

 首の中ほどまで伸びた、雪のように真っ白な髪が、窓から漏れる光を受け、ダイヤモンドダストのように、きらきらと、輝いていた。

 

 ──そんな特徴を持った生徒は、この久城高校に一人しかいない。

 

 昨日の部活前、俺が受けとめた彼女であり、

 朝倉が、こじらせ中二病電波女と評した彼女である。

 

 そして俺は、そんな朝倉の導き出した、俺の夢想を叩きのめしたような考察に、納得したはずだった。

 

 ──だが、こうして再度、彼女を目の前にして理解する。

 朝倉の考察は、全くもって、完璧ではなかった。

 

 朝倉は彼女を、二年生ではなく、一年生と言ったし、なにより、彼女の神秘的とも、ミステリアスとも言えるその纏った雰囲気は、少なくとも、”ただ”の中二病電波女子にはとても見えなかった。

 

 なぜそう思ったのか。俺にもわからない。

 だからきっと、これは、理屈ではないのだろう。

 つまりは、”直感”というやつなのだろう。

 

 元より理屈屋どころか、屁理屈屋であり、直感などという、曖昧なものはアテにしていない俺ではあったが、けれどなぜか今だけは、どんな考察より自分の直感を、信じられると思ったのだ。

  

 彼女も俺の存在に気づいたのか、視線が交差する。

 彼女碧い瞳を前に俺は、その場に貼り付けにでもされたかのような錯覚すら覚えた。

 

 ──彼女が、ゆっくりと階段を降りてくる。

 

 ──一段降りるごとに、彼女との距離が近づいてゆく。

 

 そして、彼女は階段を降り切ると、微笑みながら、ついにその口を開いた。

 

「やあ、昨日ぶりだね」

 

 芯の通ったハリのあるソプラノでありながら、どこか柔らかく、心地のいい声で、彼女は言葉を続ける。

 

「昨日はボクの命、救ってくれてありがとう」

 

 彼女がまた一歩、距離を縮めた。

 

 ──間違いない。彼女は俺のことを、昨日助けた人物として認識している。

 

「……あ、ああ……」

 

 彼女の放つ存在感に気圧されながらも、声を絞り出して、なんとか頷く。

 

 すると彼女はさらに一歩距離を詰め、気づけば目と鼻の先に、彼女の碧い瞳があった。

 

 ち、近い……!

 なんだなんだ⁉︎ どうしてこんな近くに……⁉︎

 

 そんな、半ばパニック状態の俺の思考は、彼女から香る、花のような甘ったるく魅力的な香りにたやすく上塗りされてしまった。

 

 彼女の両手が、俺の両手を取ると、バクン、と。心臓がかつてないほどの力

 強さで、うねりをあげるように脈打つ。

 

 その突然の事に、何をされるのかと身構えた俺を待ち受けていたのは、心配と労いと、それから慈しみの言葉だった。

 

 「痛かったよね……。怪我、してない……? 」

 

 宝物にでも、壊れ物にでも触れるかのような彼女の表情。ふと、至近距離で彼女の瞳をみて俺は気づいた。

 

 彼女の瞳には、カラーコンタクトを付けているなら絶対に生じる、コンタクトのフチが見えなかった。

 

 彼女の白髪は滑らかなで瑞々しく、染めた色にも、ましてやウィッグにも見えなかった。

 それはつまり──

 

「本物……!」 

 

 驚きのあまり、思わず口に出してしまう。

 彼女は一瞬、不思議そうな顔をした後、答えてくれた。 

  

「うん、そうだよ。ボクは物心ついた時からずっとこの瞳色で、この髪色。まあ、まつ毛だけは黒なんだけど。ちょっと珍しいよね。──その、気持ち悪かった、かな……?」

 

 不安げな碧い視線が俺へと刺さる。

 例え嫌われようと、気持ち悪がられようと、ここで、半端な答え方をするのは、絶対に間違いだと思った。

 

「そんなことは絶対にない。……凄く、綺麗だと、俺は思った。だから、そんな心配は、するべきじゃない」

 

 答えると、彼女の表情がふにゃりと綻ぶ。

 

「そっかぁ……。なら、よかった」

 

「その、いきなり話の腰折っちまって悪いことしたな……。腕のことならちょっと筋肉痛になったくらい大丈夫だ。それより、そっちこそ大丈夫なのか?」

 

 受け止めることができたとはいえ、別の箇所を痛めている可能性もある。人間の体は、案外脆いものだ。

 

「ふふ、ボクは大丈夫。君のお陰で。だから、キミに恩返しをさせてほしい」

 

「恩返し……?」  

 

 彼女は真っ直ぐこちらを見て、言い放った。

   

「───狭間くんのためならボク、なんでもするよ」

 

 その言葉には、一切の誇張も、冗談も感じられず、本当に、俺のためになんでもしようという、強い意志を感じた。

 この世に、美少女からのなんでもするという申し出よりも魅力的な提案はないだろう。

 

 だが、それす、上回る程の違和感を、今の彼女の言葉から、感じ取ったような気がした。

 

 ……なんだ? 今、何が引っかかった……?

 

 ……そうだ、彼女は今俺を”狭間くん”と呼んだ。

 

 ──どうして俺の名前を知っている……?

 

「なあ……俺たち、出会ったのは昨日、なんだよな」

 

「うん。そうだよ」

 

 過去に接点があった訳ではない。だとすれば尚更だ。

 

「なあ、どこで、俺の名前を知ったんだ……?」

  

 単刀直入に尋ねると、彼女は俺の後ろ、掲示板の方向を指差した。

 

 彼女の指の先には、『おとぎ探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』と銘打たれた、新入生歓迎公演の告知ポスターが貼り出されていた。

 

 ポスターのセンターにはワトソンとメロスが。そして、その後ろには、セリヌンティウスと共に、ゲンナリした顔で磔にされた白髪の探偵、即ち俺の演じるホームズが描かれており、キャスト欄には当然、『ホームズ 狭間長太郎』と名前が掲載されている。

 

「そうか、ここを見りゃ、俺が狭間長太郎だって丸わかりだな。変なこと聞いて悪かった」

 

「ううん、ボクの方こそごめん。初めて話すのに、いきなり名前呼んじゃって……驚かせちゃったね」

 

「ああいや、別にいい。名前が一人歩きするなんて、演劇部じゃよくあることだ」

 

 彼女の言う通り、いきなり名前を呼ばれては、さすがに驚いたが。

 なんのことはない。少し考えればわかることだったのだ。

 

 ほっと胸を撫で下ろしたところで、新歓が今にも始まろうとしていることを思い出す。

 

 正直、このままいつまでだって彼女と話していたいところではあるのだが、ここですっぽかして、約一ヶ月間の成果を台無しにするわけにはいかない。

 

「悪い! 俺はこのあとすぐ劇に出なくちゃならん。だから話はまた後で──」

 

 と、言いかけたところで、彼女の瞳が、潤んでいるのに気がついた。

 

「うぅ……」

 

「お、おい……?」

 

「……ご、ごめん、ボク……うぅ……いきなり迷惑だったよね……グスン、嫌だった……よね……ヒック……」

 

 彼女はあっという間に大粒の涙を流し、その丹精な顔はみるみるうちに、幼児のようにぐずぐずになっていった。

 終いには、ずずっと、鼻を啜る音まで聞こえてくる始末。

 

 おい……おいおいおいおい……!

 なんだなんだなんだ! 一体何だ! 何が彼女が泣き出すきっかけになったんだ……⁉︎

 

 そりゃあ、確かに会話を中断するような形にはなったが、それだけでこうまで取り乱すことはないだろ……⁉︎

 

「うわああああああん!」

 

 本格的に泣き出してしまった彼女を前に、俺は頭を抱えたくなっていた。

 

 ……流石にこの状況の彼女をほっぽって部室何、行くわけにはいかないだろ。

 

「お、おい……! 聞く! 話なら後でいくらでも聞いてやるから! 一旦落ち着いてくれ……! 驚きはしたが、別に迷惑だなんて思ってないし、嫌でもなんでもない。むしろ、君見たいな美少女に構ってもらえて内心大喜びしているし、このままずっと話してたいくらいだ。だから、な? とりあえず、今だけ、一旦だけ落ち着かないか……?」

 

 なんとか彼女をなだめようと、思いついた言葉を次から次へと反射的に繋げていく。

 

 そして、美少女だのなんだのは、明らかに今言うべき事ではない。

 俺は本当に、ほぼ初対面の相手に何を言っているんだ……。

 

 だが、そんな奮闘にも、どうやら効果があったらしく、彼女の鳴き声がぴたりと止んだ。

 

「ほんと……? ボクのこと、嫌いになってない……?」

 

 うるうると、瞳に涙を溜めながら、彼女が訪ねてくる。

 

「……ああ。当たり前だ。話なら劇が終わった後でいくらでもしてやる」

 

「本当……?」

 

「ああ……。だから、とりあえず劇の会場まで、一緒に行くか?」 

 

「いいの……?」

 

「ああ。というか、俺は君が、てっきり劇を見にくるもんかと持ってたが」

 

「……うん。ボクも絶対みるそのつもりだったんだけど、一刻も早くキミと話したくて……。だから、こうしてキミに会えてよかった」

 

 彼女は、心底安心した様子で微笑む。

 その様子は、泣き腫らして赤みがかった瞳も相まって、まるで、ようやく親を見つけた迷子の子供のようだった。

 

 それから俺は、彼女を客席にまで連れて行くと、大急ぎで舞台袖へと駆け込んだ。

 開始時間、一分前のことだった。

 

 ──それにしても、綺麗な顔をした美少女が、幼女のように泣く様というのは、なんだかこう──、自分の中の開いてはいけないタイプの扉を叩かれているような感覚があった。

 

 ……そんな碌でもない扉は、固く閉ざしておくに限る。

 

  ◇

 

 探偵事務所に戻ったワトソンが、事件の顛末を語り終えると、それを合図に暗転し、舞台は幕を閉じた。

 

 客席からの拍手が響き渡る中、無事に新歓を終えることができたという安堵感で、ドドッと疲労が押し寄せてくる。

 もっとも、今回に限っては、疲労の原因はそれだけではないのだが……。

 

 部員全員が舞台上に横並びになっての終わりの挨拶と、体験入部の説明が終わると、俺はまっすぐに彼女の方へと向かう。

 

「悪い、待たせた」

 

「ううん。こっちこそ、気にかけてもらっちゃってありがとう」

 

「ま、あとでまた話すって、約束したしな。つっても……」

 

 後ろを振り返ると、部長を筆頭に、部員たちの「その美少女は誰なんだ、一体どう言う関係だ」とでも言いたげな好奇の視線が突き刺さる。

 ……ここではとても落ち着いて話せないだろう。

 

 

「歩きながら話すか。昇降口まで送るよ」

 

 そう言って部室を出たはいいものの、何から話せばいいものか……。

 

 あのギャン泣き騒ぎによって、正体不明の美少女から、大分愛嬌のある美少女へと、印象が変わったとはいえ、相手が白髪碧眼の美少女であることには変わらないので、妙な緊張をしてしまう。

 

 ひとまずは、一番手近な話題から、降ってみることにした。

 

「その、なんだ。劇はどうだった?」

 

 

 すると、先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のように、彼女はぱあっと、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

「すっごく面白かったよ……! 明るくて楽しくて、でもちゃんとミステリの要素もあって、夢中で見入っちゃった。なんか、不安とかも、全部吹っ飛んじゃったな」

 

「そうか。そいつはよかった」

 

 こうして彼女が楽しんでくれている姿を見ると、俺の台本が採用されてなくてよかった、と流石に思ってしまう。

 台本を書いてくれた田口先輩には、一度礼を言っておこう。 

 

 それにしても、彼女の言う、不安とは、一体何のことなのだろうか。彼女が、ああして急に泣き出した理由と関係があるのだろうか。

 大いに気になるところではあるが、興味本意で聞く事ではないだろう。

 ともあれ、こうして彼女を元気付けられたことは、素直に嬉しい。

 

「いてて……」

 

「ん? どうした?」

 

 彼女が不意に、太もものあたりをさすっていた。

 

「ちょっと足、筋肉痛で……」

 

「そりゃ、災難だな」

 

 普段、運動かなにかしているのだろうか……?

 

 そんなことを考えていると、彼女が、何かを思い出したように、頬を赤く染める。

 

「その……さっきのこと……忘れてくれないかな?」

 

「さっきのこと……?」

 

「その、狭間くんが、劇の方に行こうとした時に……」

 

「ああ、いきなり泣き始めた──」

 

 と、ここまで言って、俺は失言を悟った。

 なぜなら、彼女がぷくーっと、まるでフグのように頬を膨らませていたからだ。

 

「もう、口に出さなくたっていいじゃないか……」

 

 ……彼女の言動は──やはりアニメの影響なのだろうか? あざとすぎる気がするが、それでもどれも様になっていて、突っ込む余地がない。

 有体に行って、可愛すぎだ。これを可愛いと思わない男は、母体にあらゆる感情を置き忘れてきたか、そもそも女を恋愛対象として見ていないかのどちらかだろう。

 

「悪い……。忘れればいいんだな」

 

 と言っても、あれだけインパクトのある出来事、記憶喪失にでもならない限り、忘れることはないだろうが。

 

「なら、いいよ、許してあげる」

 

 ようやく頬の膨らみが収まると、彼女はにこりと笑った。やはり、かわいい。

 

「なあ、今更なんだが、名前、聞いてもいいか?」

 

 一方的にこちらの名前を呼ばれたので、尋ねるタイミングを逃してしまっていたが、いつまでも、彼女彼女と呼ぶのではどうにもしっくりこない。

 

 それに、二年生でありながら部活紹介に出席し、新品の制服を身につけているという特殊な状況から、彼女の名前の検討も、おおよそ付いている。その答え合わせも、そろそろしていい頃合いだろう。

 

「そっか。まだ名乗ってなかったね。自分のことばっかりでごめん。ボクは──ボクの名前は、『如月六花』。これからよろしくね、狭間長太郎くん」

 

 返ってきたのは、予想していた通りの名前だった。

 『如月六花』。二年D組の転校生で、席は最前列の、最も廊下側の席。そして、俺の右隣の席。

 

 ────『隣の席のボクっ娘美少女転校生』……だと…………⁉︎

 

 その事実がじわじわと高揚感となって湧き上がってくる。

 勝手に自分の口角が上がっていくのがわかった。

 

「どうしたの? ひょっとして、同じクラスとか……?」

 

 よほど顔に出ていたのか、問いかけられてしまった。

 

「ああ……。それに、妙なことに、席も隣同士だったりする」

 

「……そうなんだ! ……ふふ、ふふふ……ボクのこと助けてくれた狭間くんが同じクラスで、しかも隣の席だなんて、夢見たいだなあ。やっぱりこれって、運命なんだよ」

 

「運命──か。奇遇だな。俺も、同じようなことを考えてた」

 

 こうして、自分だけじゃなく、如月からも言われると、改めて、とてつもない偶然の前にいるのだと実感させられる。

 

 ──まあ、そこまでハッキリ運命と言う辺り、朝倉の言う、彼女が中二病で電波という考察は、やはり間違っていなかったのかもしれない。

 

 それも、彼女が言うと様になっているが。

 

「そっか、なんか、うれしいな」

 

 へへ、と如月が笑う。

 

 会話も一段落すると、俺は、疑問に思っていたことを、如月に問いかける事にした。

  

「なあ、部活紹介の時、態々一年の列に並んでたのはなんでだ?」

 

 もし彼女があの時、一年の列から外れた場所にいれば、その時点で、彼女が転校生だと気づいたはずだ。

 

「うーん、まあ、他にちょうどいい場所もなかったからかな。さすがに、先生たちと並んで、壁際に立ってたら、目立ちすぎちゃうし」

  

「なるほど、それもそうか……」

 

「もちろん、それだけじゃないけどね。あの位置がね、キミの事が一番よく見える席だったん

 

 もしも俺に少女漫画に出てくるような男を演じてほしいと言うのなら、それは無理な話だ。

 

 ──なにせ、俺にはヒロインをお姫様抱っこできるほどの筋力がないからな。

 

 考えているうちに、昇降口についてしまう。

 

「今日はもう、帰るね。キミと話せて本当によかった」

 

「ああ」

 

「それと、大事なことを言い忘れてた。……もう入部届、出したんだ」

 

「入部届って……」

 

「うん。部員同士、これから、よろしくね」

 

 もう少し考えたらどうだ、なんて言葉は言う気にはならなかった。

 

「……そう、か……じゃあ、これならよろしくな」

 

 彼女は俺の手を両手で握ると、とびっきりの笑みを浮かべたのだった。

 

 彼女の去り際。

 俺は如月に「俺が演劇部に所属している事は、どうやってし知ったのか」と尋ねた。

 

 そう。彼女が俺の名前を知っていたのは、公演のポスターから特定したからだった。

 だが、それもやっぱり、狭間長太郎が演劇部に所属しているという事実を知らなければ、その発想に至ることはない。

 

 そして、そんな問いに彼女はこう返した。

 

「あの後、どうしてもキミのことが知りたくて、学校中を探し回ったんだ。そうしたら演劇部の部室に、キミがいた」

 

 なるほど。自分の足で俺を探して回る。特定の方法として、もっともシンプルな答えだった。

 

 ◇

 

 如月を見送った俺は、部室へと戻った。

 今日はやけに長か感じる日だ……。

 

 そして当然、その分疲れた。

 まあ、今は、新たな部員の入部と、空から降って来たボクっ娘美少女が隣の席の転校生だったことを喜ぼうじゃないか。

 

 それにしてもまさか、空から降ってきたボクっ娘美少女が、隣の席の転校生だったとは。

 奇跡的なまでの偶然。やはり、彼女の言うように、運命と言う他ないだろう。

 

 ──だが、そんな出会いをしてしまったからこそ、後が不安でもある。

 今でこそ彼女は、俺を王子様と呼び、好意的に接してくれているが、

 俺に王子様のフリができるのは、精々ぱっと見の第一印象だけ。あとは好感度は下がっていく一方だろう。

 ……きっと、嫌われる心の準備をしておいた方がいいだろうな。

 

 悲しいことこの上ないが、案外、多少嫌われていた方がいいのかもしれない。

 彼女からの好意は、俺が受け止めるには、大きく、目立ちすぎる。

 

 部室に入るなり、部長が獲物を見つけたとばかりに寄ってくる。

 

「おい、あのとんでもないオーラを放ってた女子、お前の知り合いか?」

 

「え、ええ。一応」

 

「一応?」

 

「昨日なんですよ、彼女と知り合ったの──部活の前に、空から降ってきたんですよ。といっても、ベランダですけど」

 

 部長は顔を引き攣らせる。

 

「私の聞き間違いじゃなきゃ、彼女、ボクっ娘だったよな……?」

 

「はい」

 

「……お前以前、『空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ』って言ったよな」

 

「はい……」

 

「出会っちゃったのか」

 

「出会っちゃいましたね」

 

 部長が頭を抱える。

 そして、俺の両肩に優しく手を置くと、これまた優しく微笑んだ。

 

「あんまり高望みはするもんじゃないぞ。パッと見それなりなだけで、中身は変態なんだから」

 

 ……そんなどこかで聞いたようなことを。

 

「……そう言う色恋沙汰で面倒ごとを起こすよ。お前みたいな恋愛アンチほど、うっかりその気になった時、問題を起こすんだから」

 

 酷い言い草だ。

 

「……その心配は杞憂ですよ。流石に冗談ですから。あの条件は、「」これなら絶対ないだろ」って要素を適当に並べただけのものなのでまさ本当にいるとは思わないじゃないですか。

 

「……ま、まあそうだよな」

 

 部長が小声で「セーフ」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 

「とはいえ、本当に出会っちゃったからには、この前の条件は撤回して、別の条件を設けることにしますよ」

 

「……今度はどんな非現実的な条件になるんだ? 今度は宇宙人か?」

 

「いえ、今回はいたってシンプルにいきますよ。『三次元の女子から告白でもされない限り彼女はつくらない』」

 

 部長が何か言いたげな視線をぶつけてくる。

 

「なんか文句ありますか? 知っちゃいましたが、どうも俺はやはりこの次元とは相性が悪いらしいんでね。この条件なら達成されることもないでしょう」

 

「条件が悲しいにも程があるだろ…………それに、その条件も、案外すぐに撤回されそうな予感がするけどな」

 

 一瞬何を言っているか分からなかったが、それはつまり、俺が告白される可能性があると言うことだ。

 そこから導かれる可能性は一つ。

 

「部長、やっぱり俺のこと……」

 

「違うわアホタレ。……ったく、サボった分さっさと片付けに参加しろ。美咲を手伝ってやれ」

 

「ういっす……。あとなんか手伝う事あるか? ……ああ、その辺の小道具片付けちゃうな」

 

 

「は、狭間くん……!」

 

「んあ? どうした?」

 

「い、いえ、なんでもないです。ところで、狭間くん、部活紹介の時の、白髪の方に会えたみたいですね」

 

「ああ。お陰様……かどうから分かんねえけど」

 

「どんな方、でしたか?」

 

「ああー、なんで言えばいいか。あいつは──」

 

 そうして俺は結局、なし崩し鈴木にも彼女は、如月六花との出会いを話すことになったのだった。

 

 

   ◇

 

 

 【転校生のいる朝】四月九日

 

「で、昨日、例の白髪娘には会えたのか?」

 

 翌日。朝直は登校してくるなり問いかけてきた。

 なんだかんだ言って、やはりこいつも興味深々だったらしい。

 

「ああ、会えたし、なんなら既に入部してくれた」

 

「へえ。そりゃ随分と王子様にお熱なんだな。となると、俺の見立ては概ね当たってたわけだ」

 

「そうだな。大半は当たってた。さすがだよ」

 

 本当に、朝倉の予想の大半は当たっていた。

 だが、それでもそんな朝倉の予想を裏切る要素が、いくつもあった。

 

 彼女の白髪はウィッグではなく、地毛で、碧眼もカラコンではなく、生まれ持ったもので、そしてなにより、朝倉は、彼女が一年生ではなく、転校生であり、朝倉が今座っている、俺の右隣の席の本来の主こそが彼女であることを知らない。

 

 HR開始五分前のチャイムが鳴と、担任の体育教師が教室に入ってくる。

 

「ホームルームの前で悪いが、お前ら話聞けー」

 

 いつもより五分も早い呼びかけに、クラスが若干どよめく。

 

 そして当然、なぜいつもより五分も早く声がかかったのか。俺はその理由を知っている。

 

「えー、実はだな、今日からうちのクラスに転校生が入る」

 

 その担任の言葉に、クラスのどよめきは一気に大きくなり、気づけば、ザワザワとハッキリしたものになっていた。

 

「よーし、入ってきていいぞー」

 

 担任が扉を開けて手招きをすると、如月が、真っ白な髪を靡かせながら、現れた。

 

 すると、さっきまであれほど騒がしかった教室が、まるで時でも止まったかのように静まりかえる。

 

 唯一、大凡の事情を知っている朝倉だけは、彼女が転校生だったことを知って呆気に取られたのか、「はっ?」と、言う声が後方から声が聞こえてきた。

 見なくてもわかる。奴は今頃、「なぜさっき、転校生であることを黙っていた」と、俺を呪い殺さんばかりの恨めしげな視線で見ているのだろう。

 

 如月は、黒板の前に立つと、黒板に名前を書き始めた。

 

 カツ、カツ、とチョークの音だけが教室に響く。

 

 きっと、誰もが、あの初めて出会った日の俺のように、その髪色に、瞳に、魅入っているのだろう。

  

 如月は、名前を書き終えると、こちらに向き直った。

 

「如月六花っていいます。 これからよろしくお願いします」

 

 六花の挨拶を皮切りに、「え、めっちゃかわいくない……?」「やばくない?」というような会話があちこちから聞こえ始める。

 次の瞬間には教室はまるで爆発でも起きたかのような騒々しさが充満していた。

 

 ……隣のクラスはさぞ驚いただろう。すまん、鈴木。

 

 そして、そんな状態は、収集が付かなくなったのを見かねてた担任が「質問はあとにしろー」と強引にホームルームを再開させるまで続いた。

 

「えーと、如月の席は……狭間の隣だな。座っていいぞ」

 

「はい」

 

 いよいよ如月が、右隣の席にやってきた。

 周りにあまり目立たないよう、「よう」と軽く手をあげる。

 

 目が合うと、如月は小声で挨拶を返してくれた。

 

「もっはろー……!」

 

 もっはろー……⁉︎

 

 なんだその聞き覚えのないラノベヒロインじみた挨拶は……。

 具体的には、千葉県在住の某青春ラブコメのピンク髪ヒロインじみた挨拶は……。

 

 と、油断したその時だった。

 

「(それじゃあ、クラスでもよろしくね)」

 

 ──そう、こそりと耳元で囁かれる。

 

 至って普通の言葉ではあるが、美少女からの囁きというだけで、その破壊力は桁外れで。

 

 全身に駆け抜けたゾワリとした感覚に脱力しきってしまった俺は、力なく机に額を打ちつけてしまうのだった。 

 

 ◇

 

 ホームルームが終わると、俺と如月の席は、如月に質問をしようと、あるいはお近づきになろうとする生徒達に包囲されていた。

 

 こういっちゃなんだが、アニメではよく見た光景だな……。

 現実じゃ、転校生なんて、大したイベントでもないと思っていたが、それでも如月クラスになると、こんなベタなイベントも発生するのか。

 

 とはいえ、ここに俺がいては、彼ら彼女らにとって邪魔以外の何者でもないだろう。ここは大人しく退散することとしよう。

 

 廊下から窓越しに、質問責めに合っている如月を眺めながら、すごいことになってるなー、と思っていると、見るからに不貞腐れた表情の朝倉が肩を叩いて来た。

 

「おい」

「……なんだ、まあ、お前が何を言いたいのか、概ね理解しているつもりではあるが」

 

「そうか。なら話は早い。……転校生とか聞いてないぞ」

 

「いや、俺だって昨日の放課後に初めて知ったんだぜ?」

 

「ならHRの前に教えることだってできたよな……?」

 

「まあー、その、あれだ。ぶっちゃけお前に一泡吹かせてやろうと思って黙ってた」

 

「おい」

 

「まあまあ、そう睨むなって。HR前に伝えたとて、どうせ数分後には知る事になってただろ。誤差だよ誤差。……まあ、どうせならお前に一泡吹かせてやろうとう思ったってのはあるけどな」

 

「だろうと思ったぜ……。ま、今回だけは美少女転校生に免じて許してやる。次やったら許さんけど」

 

「……ん? お前今、如月が美少女って認めたか?」

 

 昨日、如月の考察をしていた時、俺にとって好みの顔だから美少女に見えたのであって、他人から見たらブスかもしれない、なんて無礼な事を宣っていたこいつが……?

 

「──そりゃ、あそこまで整ってたらな。俺から見ても、雑誌の表紙飾れるレベルの顔面に見えるよ。あのレベルでブスだなんて言ってたら、そいつは美醜の感覚が完全に狂ってると思うぜ。もしもそんな奴がいたら、俺は医者に脳を見てもらうように勧める

 

 美少女転校生一つで医者を割と真面目に勧めようとするな。こええよ。

 

「……それに、染めたにしちゃ、髪色が自然すぎないか?」

 

「ああ。大分至近距離で見たが、少なくとも俺には地毛にしか見えなかった」

 

「……じゃあ、ひょっとして、瞳のほうも……」

 

「ああ。多分、天然物だ」

 

 そう言うと、朝倉が頭を抱える。

 

「……ありえん。……なんだ、先祖が北欧人かなんかで、唐突に先祖帰りでもしたのか……?」

 

「さあな。まあでも中二病で電波系ってのはたぶんあってると思うぞ。さっきも『もっはろー』って、謎のオリジナル挨拶されたし」

 

「『俺ガイル』かよ」

 

「俺が折角ぼかして伝えたのに、そうはっきり言う奴があるか」

 

「お前のぼかし事情など知らん。……にしても、もっはろーねえ。当然痛い子っちゃ痛い子なんだが……あそこまで突出した美少女だと、電波というよりは不思議ちゃんというかなんというか、もはや加点要素になってくるな」

 

 朝倉が何かを諦めたように「はあ」と、ため息をついた。

 

「わかった。次飯行く時は奢ってやる」

 

 俺と朝倉は、稀に昼飯の奢りを賭け、考察合戦をすることがある。

 朝倉が頻繁に考察をするのに当てられて、時たま俺も張り合う様に、別の考察を唱えるのだ。

 

 そして、そうした場合は必ず、的外れな考察をしたほうが、相手に久城高校から徒歩五分のにあるラーメン屋、『にくちゃ〜しゅ〜』の脂こってり豚骨ラーメンの奢るのだが──今回に限っては、俺は朝倉に一方的に考察をさせただけであって、賭けに興じたつもりはなかった。

         

「一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「悔しいが、あんなとんでもない奴と、とんでもない出会い方をした時点で、お前の勝ちだ。そして俺の負けだ。一杯でも十杯でも奢ってやる」

 

「それは願ってもないが……。勝ったって、俺は知ら間に、何に勝ったっていうんだよ……」

 

「そうだな……。強いて言葉にするなら、”宿命”だな」

 

「宿命?」

 

「そう。激ヤバなオタクにも関わらず、現実じゃ絶対にあり得ないような、美少女との出くわしをしたからな。お前は宿命にかったんだよ」

 

「そうか。ありがとう。そしてそれはそれとして、俺は激ヤバなオタクではない。俺は好きなキャラでもグッズを大量に集めて祭壇をつくったりはしないし、〇〇は俺の嫁、なんて言ったりはしない」

 

「……その理由を言ってみろ」  

 

「自分の顔が大きくプリントされた大量のグッズや、自分を模したフィギュアを持っていると知られたら、彼女たちに引かれてしまうだろ。誰だって好きな相手に嫌われるのは嫌だろ? なにかおかしなこと言ってるか?」

 

「ああおかしい。なぜならお前の言う”彼女たち”は二次元の存在だからだ」

 

「ああ。二次元の世界で”生きている”存在だよな」

 

「……他のやつが聞いたら、絶対お前のやばさ、伝わるんだけどな……。」  

    

      

「ともあれ、ありがたく飯は奢ってもらうよ。それと十杯は死ぬ。一杯で十分だ」

 

 店名に『にくちゃ〜しゅ〜』なんて名前つける店だ。

 そんなの不健康たっぷり早死にマシマシ一直線だっつの。

 

 朝倉が呆れたように言う。

 

「……にしても、席も隣で、部活も一緒って、一日中べったりだな」

 

 一日中べったりって……。

 

「おい、妙な言い方すんな。多分、すぐドン引きして如月の方から離れてくんだろ?」

 

「だな。精々その前に他の男子に嫉妬で殺されないようにな」

 

 と、あながち洒落にならないセリフを吐きながら、「自販機行ってくるわ」と去っていった。

 

 そんなことを考えていた矢先、背後から「もっはろー」と声をかけられる。

 振り向くと、予想通り如月が立っていた。

 

「よう。……よくあの質問包囲網から抜け出してこれたな」

 

 すると如月は「あはは」と困ったように笑ってみせた。 

 

「いやあ、ホント、困っちゃったよ。ボクは狭間くんお話したいだけなのにさ。なんでか皆集まって来ちゃって」

 

「まあそりゃそうだろ、如月みたいな転校生、周りがほっとくはずがない」

 

「えー……じゃあさっきみたいになった時のために、抜け出す方法たくさん考えとかなきゃいけないね」

 

 「お手洗いはもう使っちゃったからなー」と顎に華奢な手を当てながら呟く如月。

 もしかしなくてもこいつ、お手洗いに行くなんて嘘をついて抜け出してきたな……?

 

 ひょっとすると、案外抜け目ない性格なのかもしれない。

 

「なら、こうやって教室の前で喋ってちゃ、まずいんじゃないのか?」 

 

「うん。それもそうだ。じゃあ歩きながら話そ?」

 

「それ、ひょっとしなくても俺、女子トイレに向かって歩くことにならないか?」

 

「はは、それもそうだね」

 

「今の時間だとそうだな……。適当に旧校舎の方にでも行くか。もし誰かに何か言われたら、同じ部活のよしみで、学校を案内してたとでも言えばいいしな」

 

 それを考えると、部活が同じというのは、案外色んな利点があるのかもしれない。

 

「いいねそれ。よし、乗った!」

 

 そんなわけで、三階の渡り廊下を経由して、理科室や音楽室をはじめとする、特別教室の立ち並ぶ、薄暗い旧校舎をだらだらと歩く。  

「そういえば、あのもっはろーって挨拶、元ネタはなんだ?」

 

「元ネタ……? もっはろーはボクのオリジナル挨拶だよ? モーニングとハロー。合わせてもっはろー。いいでしょー?」

 

 ふふん、と得意げな顔で、両手を腰に当てて胸を張る如月。

 ……ん? 分厚いブレザー越しだったから、今まで気づかなかったが、ひょっとして結構……。

 

「狭間くん?」

 

「うおっ!」

 

 如月が不意にこちらを覗き込んでくる。顔が整っているだけにインパクトがあって心臓に悪い……。

 

「えっと……すまん、何の話だっけ……」

 

「もっはろーの話。もう……ちゃんとボクの話聞いてよ……じゃないとボク……また泣いちゃうよ?」

 

 如月がいたずらっぽく笑う。

 

「……す、すみませんでした。ちゃんと話聞きます……。」

 

 自然と敬語がでた。 

 

「へへ、よかった〜……」

 

 気づけば、如月の目から涙は引っ込んでいて、心底ホッとしたような表情を浮かべていた。

 

 ……まったく、転入してきてからまだ十分そこらしか経っていないのに、こいつはどれだけ俺の感情を揺さぶってくるんだ……。

 末恐ろしい……。

 

「そういえば、狭間くんは廊下でなにしてたの?」

 

「ああ。朝倉──一番後ろの席にメガネと話してた」

 

「へえー、朝倉、朝倉……。狭間くんの友達っていうなら、一応覚えとこうかな……」

 

 いや、もう少しクラスの他の奴らのことも覚えてやろうとしろよ……。

 と思ったが、俺も大概なので何も言わないことにする。

 言ったら最後、それこそ特大ブーメランというやつだ。  

 

「でも、朝倉くんはいいなぁ……」

 

 あんな捻くれメガネのどこがいいんだか。

 

「なんでだ?」

 

「だって、狭間くんと今までいっぱい色んなことを話してきたんでしょ?」

 

「……そんな大それたもんじゃないよ。さっきだって、ラーメン食いに行く話しかしてないしな」    

 

 流石に本人を前に、如月の素性を散々考察した上で、賭けまでしてた、なんて言えるはずもなかった。

 

「ボクは狭間くんと、そういう、なんでもない話がしたいんだ」

 

 ●

 

「……いいぜ。そんなんでもいいならいくらでも話そう。今期のアニメ、何観てるか、とかな」

 

「ほんとう……? でも、ボクアニメ見ないから……そうだ! 狭間くんがオススメしてよ!」

       

 アニメを見ない……だと……?

 

「ま、まあいいぜ。どんなやつがみたい?」

 

「王子様が出てくるやつ!」

 

 おおっと……完全に範疇外のオーダーきたな……。

 

「よし、如月が見て楽しめそうなアニメ、何本か見繕っといてやる」

 

「本当⁉︎」

 

「ああ」

 

 さて、と。多分田口先輩ならその手のアニメにも詳しいだろ。あとで聞いておこう。

 

「あと、さ。もう一つお願いしても、いいかな?」

 

「ん? なんだ?」 

 

「さっきの話。ボクも、一緒にラーメン行きたい……!」

 

「あー……じゃあ次行く時、如月も一緒に行くって朝倉に」

 

「ボクは……狭間くんと二人で行きたいんだけど……だめ、かな?」

 

 二人で……だと……⁉︎

 

「よし行こう。いつでもいいぞ。部活帰りでもいいし、次学校が半日で終わる日でもいい」

 

 不安げにこちらを見つめる如月を前に、俺は当然、イエスと言う他なかった。

 朝倉? 先約? あんなメガネのオタク、白髪碧眼美少女に比べたらその辺に落ちてる石ころみたいなもんだ。しったこっちゃないね。

 

「やった! ありがと、狭間くん!」

 

 可愛らしく小さくガッツポーズをする如月を見て、俺の判断は間違っていなかったことを確信する。

 

「あー……ただ、いつも行ってる店、ニンニクとか油とか結構きついから、別の店にするか? 匂いとか気になるだろ?」  

 

 そう言うと、如月は「なーんだ、そんなことか」と拍子抜けしたかのように言うと、両手を後ろに組んで、数歩遠かった。

 

「狭間くん、知ってる?」

 

 そして、如月はその場でくるりと回ってみせた。

 それに合わさり、スカートがふわりと膨らんだ。

 

「───女の子は、いつだっていい匂いなんだよ?」

 

 花のような香りが、俺の鼻腔をくすぐった。

 

 その香りはシャンプーか、柔軟剤か、それこそ如月自身の何かフェロモン的な香りなのか。

 俺には判別することができなかった。

 

 その言葉は、あまりにめちゃくちゃで、理屈もなくて、正直に言えば、痛々しい台詞だと思ったが。

 そんなわけがあるか、と言わせない魅力を感じた。

 

 

 俺は、教室に戻るなり、朝倉に言った。

 

「朝倉、ラーメンは当分先だ」

 

「あ? ……まぁ別にいいけど」

 

 ◇

 

「チャイムが鳴るまでは教室の中にいろよー」と、国語教師が言い残して、教室から去っていく。

 

 ようやく四限が終わった。それも、五分早く終わるというおまけ付きで。

 

 そして何より嬉しいのは、立花を取り囲んでの質問ラッシュが、今は鳴りを潜めていることだ。

 さすが、現代文の最上位クラスなだけある。

 

 久城高校は一部の科目において、成績順で三段階のクラスに分けられるのだ。

 

「はあ〜疲れた〜〜」

 

 六花がぐっと大きく伸びをする。

 一日中、質問責めにされていたら、そりゃあ疲れて当然だろう。

 

 そして漏れなく、一日中六花の隣にいた俺も、既にクタクタである。

 

 それにしても……アレだな……。

 

 伸びをする六花を見つめる。

 具体的には、身体における定のパーツを見つめる。

 

 やはり……でかいな。

 今はブレザーだからいいものの、これで、衣替えぇワイシャツ姿になり、装甲が薄くなれば、一体どうなってしてまうのか。

 

 如月六花……恐ろしい子……。

 

 すると、ふと如月と目が合う。

 心なしか、ジトーっと、目を細めているような気がする……。

 

「えーと、如月……?」

「狭間くん、もしかして今、ボクの胸見てた?」

 

 あっ。これ死んだな。主に社会的に。

 

 ……いやいや。一旦落ち着け。俺が如月の胸を凝視していたのは、それはまあ事実だが、とはいえ、そんな証拠はどこにも無いわけだ。

 だから、ここで否定する以外の選択肢はない。

 

「……いや、見てないぞ? 本当に。マジで。一瞬たりとも」

 

「本当?」

 

 じっと、目を合わせながら、如月が顔を近づけてくる。

 

「……本当だ。なんだったら、神にでも誓おうか?」

 

 すまん神よ。己の尊厳のためにあなたを盾にする愚かな俺を救いたまえ。

 とはいえ、そこは日本人らしく無宗教なので、どの神が救ってくれるのかは定かでは無いが。

 

「んー、そこまで言われちゃったら、もう何も言えいかなー」

  

 よし、勝った。

 

「じゃあ、狭間くんはボクの胸のサイズ、全く興味、ないよね」

 

「………………ないな。全く。これっぽっちも。そもそもニンゲンのオスがなぜあんな脂肪の塊に執着するのかが一ミリたりとも理解できない」

 

「そっか……。狭間くんにだったら教えてあげてもよかったんだけど……残念だな……」

 

 本当に残念そうにしょんぼりと俯く如月。

 ……なんて演技力だ……。そう言う意味でも、入部してくれて、よかったのかもしれない。

 

「………ふーん……そうか……それは残念だったな……本当に……」

 

 すると、如月が、俺の耳元に顔を近づけてくる。

 そして、俺に、人生最大の難問を向けてきた。

 

「(今正直に答えてくれたら、教えてあげるんだけどな)」

 

 そして俺は今更ながらに全てを悟った。

 

 これは──あれだな。初めから全部バレてたパターンだな。

 

 ならばむしろ、最後まで嘘を突き通すより、ここで正直になった方が、人間として清いのではないだろうか。

 

 そうだ。そうに違いない。

 

 決して、ひょっとしたら、本当に教えてくれるんじゃないかと、一抹の望みにかけようとしている訳ではない。

  

 そして俺は、いよいよ懺悔した。 

 

「はい、見てました」

「ふふ、正直でよろしい。それと、その……このことは誰にも言わないでよね」

 

 そして如月は、頬を赤く染めながら、再び俺の耳元に口元を当て、約束通り、本当にそのサイズを告げてくれたのだった。

 

 彼女のプライバシーのため、具体的なサイズは伏せておくが、そのアルファベットをA、B、C……と指折り数え終えた時には、実に、七本の指が折り畳まれていたとだけ言っておく。

 

 如月の圧倒的な戦闘力に恐れ慄いていると、昼休みを知らせるチャイムの音が鳴り響く。

 

 そして、チャイムが鳴り止むのとほぼ同時に、隣から「キュルル」と、小動物の鳴き声のような音が聞こえた。

 

 音の発信源の方を見ると、顔を赤くした如月がお腹のあたりを抑えていた。

 まあ、こんな時間だし、腹も減るよな。

 

「見られると、恥ずかしい……」

 

「……悪い」

 

「はあ〜、お腹すいちゃった。ねえ狭間くん、お昼は……」

 

 如月が言いかけたところで、割って入る声があった。

 

「如月さーん! お昼一緒に食べよー!」

 

 いつのまにやら、他のクラスメイトたちも戻って来ていたらしい。 今如月に声を掛けた女子は、吹奏楽部の清水とか言ったはずだ。

 

「如月ちゃーん、ウチらと食べようよー!」

 

 こっちは、いわゆるギャルグループの藤森……

 

「六花ちゃーん、私たちと一緒に……」

 テニス部の橋……

 

「転校生さーん、ウチたちと……」

 

 ……おい、こいつに至っては確か隣のクラスのやつだぞ……?

 

 周りを見ると、如月の話を聞きつけてか、他のクラス、他の学年の生徒までが六花を一眼見ようと集まってきていて、場は混沌としていた。

 

 その上「バスケ部のマネージャー興味ない?」と、ちゃっかり部活の勧誘まで行う輩まで現れ始めた。

 

 そうなると当然、他の部活も便乗して勧誘を始めるわけで、いよいよい事態は収集がつかなくなっていた。

 

 野次馬ははっきり言って嫌いだが、白髪碧眼の美少女転校生ともなれば、誰だって一眼みたいと思うだろう。

 出会い方さえ違えば、俺だって、周りを今まさに押し寄せている彼ら彼女らと同じになっていたらだろう。だから、一方的に咎めるわけにはいかないが。

 

 ……これでは昼飯どころの話ではない。

 

 なにより、ここで下手な断り方をしてしまえば、後々、如月と他の生徒との間に、面倒な禍根が残りかねない。

 

 いやあ、本当に人間関係のなんたらというのは面倒だ。

 ちらりと、如月と目が合う。

 彼女は、どう見たって俺に助けを求めている表情をしていた……。

 

 まあ、そうだ。流石にここまま見ているだけというのはいただけない。

 それに、如月六花は既に演劇部の部員だ。今更他の部活になんか渡してたまるか。

 ……特に、ここでマネージャーに勧誘するやつなんか、下心しかないだろうが。 

 

 俺は、ため息を着くと、腹式呼吸を意識しながら、静かに息を吸い始めた。

 目立つのは嫌いだが、致し方ない。ここは一芝居打つ事にしよう。

 

『如月さん、入部の件でちょっといいか?』

 

 混沌とした場の中でも、俺の声はよく響いた。

 証拠に、周りは聞き耳を立てるように押し黙っていた。

 

 きょとんとした顔の如月と目が合うが、俺はそのまま、如月に向かって話し続ける。

 

『提出してくれた入部届の件で演劇部から説明があるから、お昼持って部室来てもらっても大丈夫?』

 

 これぞ、誰と昼を食べるのか、部活勧誘をどう止めさせるのか。その二つを両成敗するための作戦。その名も『すでに部活は決まってるし、お昼も部活ならしょうがないよね作戦』である。

 

 うん、我ながらこのネーミングはねぇな。

 

 とはいえ、如月は言わんとすること察してくれたようで、ランチボックスを取り出し席を立ち、「そうだったね! ごめん、すぐ行くよ!」と飛び出すように教室から出て行った。

 

 ……おい、俺を置いてっちゃダメだろうが。

 

 とはいえ、目論見通り周りからは「部活ならしょうがないかー」だの「もう部活入ってたのかー」だの聞こえてくる。

 

 さて、とりあえずこの場は凌ぐことができた。今後のことは、飯でも食いながら考えることにしよう。

 

 そうして席を立った時だった。

 

「なあ、なんで如月さん、演劇部なんだ?」

 

 声を掛けて来たのは、バレー部男子、畑中。

 

「あー、昨日のやったウチの部の公演観に来てくれてな、それで気に入ったみたいで、観終わったその足で入部届出してくれたんだってさ」

 

 大分嘘だが、まあ、この回答が一番当たり障りないだろう。

 それにしても、面倒なのに絡まれたな、と思っていると

 

「へー、演劇ってそんなに面白いのか。次俺も観に行ってみようかな」 

 

 ……おい、案外いいやつじゃねぇか。

 

「おう、いつでもこいよ」

 俺は「おう」」と捨て台詞のように言うと、脱兎のごとく教室を後にした。

 

   ◇  

     

 そうしてやってきたのは、またしても部室。

 

 俺はいつものように、最後列のど真ん中の席に腰を下ろし、机の上にコンビニ袋をどさっと置く。

 

 

「如月も好きなところに座れよ。なんなら、ステージの上でもいいぞ」 

 

「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言って如月が座ったのは、俺の右隣だった。

 

「隣……?」

 

「うん、だって”好きなところ”座っていいんでしょ?」 

 

「……」

 

 あざとい……。

 

「さっきはありがと」

 

「ま、あんだけ囲まれて、俺も困ってたからな」

 

「でもボクのことなんか無視して狭間くん一人で抜け出せばよかったのに」

 

 あの時はその発想にすら至らなかったが、如月の言う通り、少なくとも、あの時に関しては、如月を無視するのが最もシンプルな方法だったろう。

 

「……あれだ、如月はウチの部の貴重な新戦力なんだ。でもって、そんなんでモチベーションが削がれたり、学校休みがちになられたりしても困るからな」    

  

「ふふ、そっか……それにしても、あの咄嗟の対応、すごかったね。さすが演劇部」

 

「まあな、ああいうのは得意な方だ」

 

「狭間くんは、いつもここでお昼食べてるの?」

 

「ん? ああ、稀に朝倉たちと食べる事もあるが、ほとんどそうだな。ここで台本のネタ考えたり、昼寝したりしてる。だだっ広いし静かだし。中々贅沢なところだろ?」

 

「それって、一人で?」

 

「…………一人で」

 

 なんだ、一体何か文句でもあるのか。

 だいたいあれだ。昼休みってのは、読んで字の如く休むためにあるんだ、教室とか言うあんなクソ騒がしい場所にいて休めるか、と言う話である。

 

「ふふ、やった!」

 

 てっきり罵詈雑言で煽られることを想像していたのだが、帰ってきた反応は全く違った。

 

「やったって、それまたなんでだ?」

 

「だって、毎日狭間くんと二人っきりでお昼食べれるってことだよね」

 

「……二、三日たてば、普通に友人もできるだろ。そしたらそいつらと飯食った方がいいぞ」

 

「……? どうしてだい……? 他の人たちとかどうでもいいし、ボクは狭間くんと一緒に居られれば、それでいいんだけれど」

 

 心底わからないと言った様子で如月が答える。

 

 狂気にも似た執着を向けられることは、嫌悪どころか、むしろ、嬉しいと思う。

 

 その反面、俺になどばかり執着しては、ふと、王子様への熱が冷めた時、彼女の周りには誰も居なくなっているのではないか、と、ふと思った。

 

「……少し、らしくないことを言ってもいいか?」

 

「うん? どうしたんだい?」

 

「明日からは他の奴らとも飯を食った方がいい」

 

 如月はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「そうかい? ボクは毎日ここでいいと思うんだけれど」

 

「如月は……転校生で、容姿も整っていて、何より、ズバ抜けた存在感がある。はっきり言って、かなり目立つ」

  

「そんな〜、急に褒めても何も出ないよ?」

 

 てれてれと頭をさする如月。

 そうじゃねぇ……。

 

「うちのクラスには、あからさまにイジメっ子だとか、女王様気取りみたいなやつはいないが。それでも、あまりにも付き合いが悪いと変なやっかみを受けかねない。だから、やっぱり最低限の付き合いはするべきなんだと、俺は思う」

 

「そうかなぁ……」

 

 どうにも腑に落ちないと言った様子の如月。

 

「じゃあ、クラス内に知り合いを作る、最大のメリットを今から挙げよう」

 

「メリット……?」

 

 少しは興味を惹けたのか、如月の視線がこちらを向く。

 

 

「クラスメイトと友好的な関係を築く最大のメリット、それは──」

 

「それは……?」

 

「──忘れ物借り放題、課題移し放題の自堕落パラダイスが待っていることだ」

 

「なんだって⁉︎」

 

 如月がのけぞって大げさに驚く

 

「確かにそれは魅力的だけど……忘れ物も、課題も……できれば長太郎くんを頼りたいな〜なんて……」

 

「甘いな。俺はほとんど課題をやらない上、ラノベ読みたさ、ゲームやりたさに唐突に学校をサボるからアテにならないぞ」

 

「言い方はかっこいいのにカッコ悪い……!」

 

「さあ、これで如月はクラスに知り合いを作るしかなくなったわけだ」

 

「ふふ、わかった。ここは騙されてあげることにするよ」

 

「騙されたって……」

 

「だって今の、嘘なんでしょ?」

 

「……まあな」

 

「ほら、やっぱりだ」

 

 ……さて、咄嗟に嘘をついてしまった手前、しばらく学校はサボれなさそうだ。課題も、やらなきゃだな。

 

「ありがと」

 

 前触れもなく、如月が呟くように言った。

 

「……そんな、礼を言われるようなこと、した覚えはイマイチないけどな」

 

「でも、今だってボクのこと、心配してくれたんで3しょ?」

 

「今のは心配とかじゃ……」

 

 ”他人の心配”そんな親切み溢れるむず痒い言葉を前に、反射的に否定をする。

 

 すると、如月は微笑んでみせた。

 

「ふふ、それでもいいや」 

 

「……おう」 

 

 俺の生返事を最後に、会話が途切れる。

 妙な沈黙が部室を支配していた。

 

「狭間くんはさ──」

 

 不意に如月の、雪にように白い肌にほんのりと朱が差す。

 

「──ボクのこと、かわいいって思ってくれてる?」

 

 そのいじらしい視線に、どきりとした。

  

「なんでまた、そんな質問を……」

 

「今日さ、みんながボクのことを、かわいいって言ってくれてさ……でもボク、あんまりそういう自覚なかったんだ……それで、狭間くんは、どう思ってくれてるのかなって」

 

 ……。

 そりゃあ、かわいいに決まっている。

 けれど、それを単刀直入に本人に伝えられるかどうかは、全くもって別の話だ。

 そもそも、俺がそんな、よほどのイケメンか単純明快なバカにしかできない芸当をやってのけれれる人間だったなら、俺はここまで拗れていなかったろう。

 

 ……だが、ここで否定したり、なあなあにすれば、また昨日のように号泣されてしまうかもしれない。そして、できればそれは避けたいところだ。

 

 ……八方塞がりとはまさにこのことか……。

 

 選択肢は、YESかNOの二つに一つ。

 ……どうするべきか……。

 

 悩んだ末、俺はようやく口を開く。 

 

 

「……正直かわいいと思う」

 

「ほんと……!」

 

 如月の目がパァっと見開く。

 

「日本全国どころか、世界中の誰が見たってそう思うだろう。相手が現代とは美的感覚の全く異なる……平安時代……いや、旧石器時代の人間だったとしても、如月の魅力だけは過去未来現在、不朽不変、永久不滅だろう」

 

「むう……そういう一般論じゃなくて、純粋なキミの意見が聞きたいんだけどな」

 

「勘弁してくれ……」

 

 これ以上は、俺のノミ以下のメンタルが爆発四散してしまう。

 

「ふふっ、いいよ。許してあげる。キミの気持ちは伝わったから」

 

 如月はご機嫌な様子で持ってきたランチボックスを開け始める。

 ……どうやら、窮地は脱したらしい。

 

 小ぶりな弁当箱の中身は、白飯、たこさんウインナー、唐揚げ、プチトマト、レタス、卵焼きと、いかにも「お弁当」な面々がアッセンブルしていた。詰め方も綺麗で、お手本のような弁当だ。

 

 如月が一口、ウインナーを齧る。

 ……ウィンナーの油で艶の出た唇がやけに艶かしい。

 ……いかん、見るな見るな。

 

「うん、ちゃんと作れた、かな」

 

「ん? その弁当、自分で作ったのか?」

 

「うん。一人暮らしだからね。一応、節約も兼ねて。ボク、結構料理好きみたいだし」

 

 その境遇を聞いて、俺は目を見開いてしまった。

 転校生の上、一人暮らしときた。

 

「なあ、転校の理由って、聞いてもいいか……?」  

 

 如月はうーんと、少しばかり思案して答えた。

 

「うーん……だーめ」

 

 ……ダメ、ときたか。

 それなら、これ以上踏み込むのはなしだ。

 

 ……そもそも、転校の理由なんて、最も無難であろう、親の仕事の都合、意外の理由であれば、大抵はかなりの訳アリの理由だろう。

 

 いくら如月が友好的に接してくれているとはいえ、話すようになったのは昨日からなのだ。流石に踏み込みすぎたと、反省した。

 

「そうか。悪かったな、変なこと聞いて。それにしても綺麗に作ったな……朝なんか時間ないだろうに」

 

「へへ、そんなに褒められると、なんだか照れちゃうなあ、そうだ、狭間くんも食べてみてよ」

 

「……いいのか?」

 

「うん、もちろん」

 

 美少女から手作り弁当を分けて貰えるなど、まるで夢のようである。

 ひょっとして何かの罠だろうか。

 ひょっとして毒か……⁉︎

 

 いや、彼女は普通に食べているのだし、それはまあ、まず間違いなくないだろうが。

 

 それに、例え毒が入っていようとも、美少女の手作り弁当をご相伴に預からないという選択肢は、そもそもなかった。

 

「じゃあ、その卵焼き、一切れもらってもいいか?」

 

 ……と、思ったが、生憎俺の昼食は惣菜パン。当然、箸などはもっていない。それに、相手がどうでもいい男子ならいざしらず、如月の前で手掴みというのも、些か行儀が悪すぎる。

 俺はいく当てのない左手を宙に彷徨わせる結果となってしまった。

 

 すると、目の前にピンク色の箸が差し出される。

 なんだろう、箸を持たない俺へのあてつけか? とそんなことを考えていると、その箸がだんだんと俺の顔に近づいてきた。

 

「はい、あーん」

 

 あーん……?  あぁん?

 もしかして俺は今、喧嘩売られているのか?

 

 ……いや、分かっている。これは相手に食物を食べさせる行為としての「あーん」だ。

 

 わかってはいるが、手作り弁当を分けてもらえる上、「あーん」など、にわかには信じ難い。何かの夢としか思えない。

 

 そこまでして俺に食べさせたいということは、やはり毒……⁉︎

 だとすれば、彼女は俺を殺す為に派遣された暗殺者か……?

 

 ──などと、あらぬ方向へ思考を進めていると、如月の表情が段々と不安げな物へと変わっていった。

 

「やっぱり、いらなかった……?」

 

 そして案の定、彼女の瞳が潤んでいく。

 

「いやいや、食べる。食べさせてください」

 

 結果俺は、そうはさせまいと思う一心で、必死に美少女のあーんを享受したい人間になってしまった。

 

 尤も、それは事実とそう変わらないのだが──。

 

「じゃあ、はい、改めて……あーん」

「あ、あーん……」

 

 なすすべなく、俺の口内に黄色くてふわふわな物体が放り込まれる。

 

 すると、途端に口の中に玉子のまろやかな風味が広がった。

 

 そして、何より、甘い。

 

 それはなにも、玉子焼きに限った話ではなく──確かに玉子焼き自体も、まるでスイーツの如く甘めの味付けではあるのだが──何より、美少女からこうして手作りの玉子焼きを口の中に放り込まれると言う状況が、何よりも甘い。

 

 甘すぎて、生まれてこの方経験のないほどの甘さに、脳の処理が置いてない。

 それゆえに──

 

 

「どう? 狭間くん」

 

 と、問われても。

 

「甘くて……うまい」

 

 と、そう答える他なかった。

 

 流石に、感想としては素っ気なさ過ぎる。

 言葉で無理ならば、せめて態度で示そう。 料理漫画よろしく、徐に裸なれば伝わるだろうか。

 

 ネクタイを緩め始めながら

 

 ちらりと如月の方へ目をやると

 

「ふふ、ふふふふふふ♪」

 

 愉しそうに、笑っていた。

 

 ──どうやら、裸にならずに済んだらしい。

 

「ねえ、狭間くん」

 

「ん?」

 

 そして、俺はすっかり見落としていた。

 俺の昼飯はコンビニのパンとおにぎりな訳で、この場に箸は、如月が持ってきた一膳しかない。

 

 そして、その一膳を使って「あーん」をすれば、何が起きるか。

 

 如月が、先程とは違う、まるで小悪魔のように蠱惑的な笑みを浮かべた

「間接キス、しちゃったね」

「ッ…!!!」

 

 如月が俺に向ける王子様への幻想はすぐに消え去る。

 そんな話だったが……。

 

 頼む、無くなるなら早く無くなってくれ。

 離れるならば、早く俺から離れてくれ。

 

 そうでなければ、きっと碌でもないことになる。

 

 ──とりあえず、俺の心臓がもたない。

 

 俺は、かの秒間十六連射にも届きそうな勢いで脈を刻み続ける心臓を抑えながら、切にそう思った。

 

 

 

 06 体験入部編

 

 放課後、俺はいつものように部室へと訪れる。

 いつもと唯一違うのは、隣に如月が座っていることだろう。

 

 ……違いが極端すぎる。

 間違い探しだったら一番初め見つかるくらい極端な違いだ。

 

 ……それにしても、サイゼリヤのキッズメニューの裏に書いてある間違い探し、なんであんなに難しいんだろうな。

 七、八個は案外見つかるんだが、残りの二、三個となると、いくら探しても見つからないレベル。そして俺はその度に「間違いが十個あるというのが、そもそも間違いなのではないか」と、屁理屈どころかトンチじみた事を言い出す。

 

 ところで、他の部員はまだ来ていないらしい。

 

 

 ……いや、よく見れば、ひとつ前の座席に、鈴木のリュックが置かれていた。

 

 そんな矢先、ポケットに入れていたスマホが振動した。

 

 確認すると、南部長が演劇部のグループLINEに投稿したメッセージだった。

 

『すまん! 三年全員、若干遅れる!』

 

 ……三年全員とは、すごい偶然だな……と思ったが、大方、体育館三年全クラスが丸っと集められて、受験か何かの説明でも受けているのだろう。

 

「どうしたんだい?」

 

 如月が画面を覗き込んでくる。その過程で一瞬、俺の鼻に、彼女の頭が触れると、女子特有の正体不明のいい匂いがした。

 

 

「三年全員、遅れるとさ」

「そうなんだ」

 

 如月は、やけにソワソワとし始めた。

 

「どうかしたか?」

 

「あの、さ。こうやって、いつでも連絡取れるって、すごく、便利で素敵だと思わない?」

 

 ……? まあ、確かにスマホ一つでいつでもどこでも連絡を取れると言うのは、今でこそ当たり前だが、一昔前を思えば便利で素敵だとは思うが。

 何故今そんな、『かがくのちからってすげー!』的な事を……?

 

「その、ボクとも交換してくれないかい……?」

 

「悪い、『ポケモンGO』やってねえんだ」

 

「ポケモンGO……?」

 

 きょとんとした顔の如月。

 

 ひょっとして、Switchの方だったか……?

 と尋ねようとした矢先、如月の手元のスマホがLINEの画面を映していることに気づく。

 

 …………なるほど。つまり、如月はポケモンの交換ではなく、連絡先の交換を所望していたわけだ。

 

 俺の中では連絡先の交換よりも、ポケモンの交換の方が頻繁に行うために、世間一般における交換の意のオーソドックスというものをすっかり忘れていた。

 

「すまん、なんでもない、交換するか」

 

「うん! えーと……登録って、どうすればいいんだい……?」

 

 戸惑う六花に、QRコード読み取りで連絡先を登録する方法を教える。

 

「へぇ、こうやってするんだ……。ごめんね、始めたばっかりで何にも分かんなくて」

 

 そう言って如月が見せた友達リストは、たった今登録した俺を除いて誰もおらず、友達どころか、親すらおらず──

 

 最新機種のスマホの、大画面の中に『狭間長太郎』という文字だけがぽつんと表示されていた。

 

「────じゃ、俺が記念すべき一人目か」

 

「うん……っ! よかった……ボクの初めて、狭間くんに捧げられて……」

 

 妙な言い方をするんじゃない。

「捧げる」って……。この言い回しはもはや、確信犯じゃないのか……?

 

 かくして、俺の友達一覧にも、『鈴木美咲』の上に、『キサラギリッカ⭐︎』という名前が追加されたのだった。

 

「狭間……長太郎」

 

 如月がぽつと呟く。

 

「ん?」

 

「ううん、名前、フルネームなんだ、って思って」

 

「ああ……。こういいのは分かりやすい方がいいと思ってな」

 

「……くん」

 

 如月がまた、何かを小さくつぶやく。

 何を言っていたのか、すぐにわかった。

  

「長太郎くん……って、呼んじゃ、ダメかな

 

「駄目……じゃ、ない……」

 

 考えても、断る理由は、特になかった。

 

 如月は、ぱあっと、表情を明るくした。

 そして、「でさ……」と話を続ける。

 

「ボクのことも、六花って、呼んでくれないかな……?」

「それは……」

 

 いざ自分が、如月のことを「六花」と呼ぶことを想像すると、昼時、俺は彼女を教室から連れだす際に、「如月さん」とよんで連れ出したことを思い出す。

 

 世間一般に、名前で呼び合う、と言う行為は、仲睦まじい、それこそ恋人に近しい関係性の男女が行うものだ。

 

 それをクラスで、公衆の面前で行うなど、「私たちは仲睦まじいですよ」と公言しているようなものだ。

 

 今日の昼、彼女を比較的スムーズに連れ出すことができたのは、俺と如月があくまで部活関係の繋がりであると、誰もが疑わなかったからだろう。

 

 だが、名前呼びともなれば、そこに疑念が生じる。

 そうすればまた、俺と如月は窮屈な思いをすることになるだろう。

 

 少なくとも、今はまだ、それが露呈するということは避けるべきさ。

 

 ……かと言って、如月の申し出をただ断るだけというのも憚られる。

 できれば、その意に沿ってやりたいところだ。

 

 ……少し考え、俺は、折衷案を提案することにした。

 

「俺たちが名前呼びをする間柄だって知れたら、また今日の昼みたいに、きっとまた面倒な騒ぎになるだろう」

 

「うん……。そうだよね。やっぱり今の話はなしに」

 

 如月。──いや、六花の言葉を遮るように言う。

 

「だからまずは、部活の中だけで、ってのはどうだ?」

 

 六花が表情を綻ばせる。

 

「ありがとう、長太郎くんっ!」

 

「……おう。……その……り、六花」

 

 ……方針は決まったとは言え、まともに呼べるかについては、また別の話なのだった。

 

 ……女子を名前呼びって……。

 周囲がどうこうとかじゃなく、シンプルに何度が高すぎないか……?

 どうやら、呼び慣れるには、当分時間がかかりそうだ。 

 

 ◇

 

 今日から始まる体験入部の、呼び込み広告塔となるため、昨日の部活紹介よろしくホームズの衣装に着替えようと、衣装一式を持って、更衣室へと向かう。

 そしてドアノブを捻りかけたその時、無人のはずの扉の向こうから声が聞こえた。

 

「あれー? えーと……ここがこうなって……」

 

 どうやら、絶賛着替え中らしい鈴木の声だった。

 そうか、リュックだけがあると思ったら、着替え中だったのか。

 

 更衣室にかけられたプレートを見ると、案の定、『使用中』の表記ではなく、『空き』の表記のままとなっていた……。

 

 こいつ……、ひっくり返すのを忘れてやがったな……。 

 あっぶねぇ……。これでもし俺がラブコメ主人公だったら確実に着替え中のところに突入してラッキースケベコースだったぞ……。

 

 もっとも、もし本当にそんなことが起きたすれば、後の関係性に引きずることを考えれば、アンラッキースケベなのだろうが。

 

「おーい、鈴木、大丈夫かー?」

 

「え、えーと、そのすみません、エプロンが後ろで上手く結べなくて……狭間くん、お願いしてもいいですか?」

 

「わかった」

 

 と、今度こそドアを開けようとしてハッとする。

 

 エプロンが結べないという言葉から、他の部分はもう着替えがすんでるんだろうという前提でいたが、そういえば、あの衣装。素早くきられるように、とスカートとエプロンが一体化した構造じゃなかっただろうか……?

 

 そうだ。しかも昨年、先輩が、ウエストのゴムがゆるくなって、しっかりリボンを結ばないとスカートがずり落ちてくる……なんて話をしていたことを思い出す。

 

 となると、うっかり鈴木の下着が見えてしまう、なんてハプニングにも繋がりかねない……というか、うまく結べないというのなら、今まさに扉の向こうでは、鈴木の下着があらわになっているという可能性すらある……。

 ……あっぶねぇ……。お願いしてもいいですか? じゃねえだろ。

 

 頼むから、危機感を持ってくれ。

 切実に、俺が異性であるという認識をしっかりと持って欲しいのであった。

 

 女子校育ち怖えぇ……。

 

 当然、そのまま俺が着替えを手伝うというわけにはいかないので、俺は六花に救援を頼むことにした。

 

 

 さて、どうやら一年生もすでに放課後を迎えたらしい。更衣室は塞がっているが、ここは一刻も早く着替えたい。

 幸い、二人とも更衣室にいるので、部室でそのまま着替える。

 

 

 

 ズボンを脱いだあたりで

 

「すまん! 遅くなった!」

 

 と、南部長が入ってくる。

 

 ……あー、またこのパターンか……。

 

「きゃーえっちー」

 

 この後。事情を説明して、ことなきを得た。

 

 ◇

 

 昨日と同じように、鈴木と共に呼び込みを終えて、部室への帰路。

 

 鈴木は、六花に結んでもらったリボンを上機嫌に揺らしていた。

 

「如月さん、近づき難い方なのかなって、一瞬思ってしまったんですけど、凄くいい子でした!」

 

 鈴木は、本人が小心者気質のため、警戒して人と交友を深めるのに中々時間がかかるタイプなのだが、

 着替えの一件で、鈴木は六花と波長があったらしく、呼び込みの最中、ずっと上機嫌だった。

 

 性格が違う……どころか、正反対にすら思える二人だが、思えば、不思議ちゃんオーラとも言うべきか。

 ほんの少し、人と違う部分は共通しているように思う。

 

「よかったな」

 

「はいっ!」

 

「そうだ、自販寄っていいか?」

 

 俺は道中、渡り廊下にある自販機で、いつも通り、ケミカルな色をしたメロンソーダのボタンを押すと、取り出すことなく、再度硬貨を入れる。

 そして、今までに一度も押したことのない、ミルクティーのボタンを押した。

 

「ほい」

 

 俺は、取り出したミルクティーを、鈴木へ差し出す。

 

「荷物持ちですね、わかりました」

 

 そう言って、メロンソーダの方も持ってくれる気満々の鈴木。

 

 ちげーよ。

 

「昨日今日、アホほど頑張ってくれたからな。奢りだ。鈴木、これよく飲んでたろ?」

 

「で、でも悪いですよ! 私、そんな大したことしていないです!」

 

「俺が人に物を奢るなんて中々ないぞ? お前はそんな貴重な機会を台無しにするつもりか?」

 

「え、えと……! そんなつもりでは……ー」

 

「じゃ、人の行為は素直に受け取っとけ」

 

 「で、では、いただきます……」

 

 結局、鈴木はおずおずとミルクティーを一口飲んだ。

 

 「……狭間くん、滅多に奢らないって言ってましたけど、そんなことないと思いますよ?」

 

「いやそんな事はないだろ」

 

 オタクと言うやつはいつだって資金不足だ。ゲーム、マンガ、ラノベ、そしてアニメの円盤やフィギュアを筆頭とするコレクションアイテムと、金なんて、幾らあっても足りない。

 

 そんな事情で、他人に奢る猶予と人間性など持ち合わせているはずがないだろう。

 

「でも、私の誕生日の時、図書カード、プレゼントしてくれましたよね……あれも、ある種奢りではないでしょうか……?」

 

「ああ、そんなともあったな。渡したときにも言ったが、ありゃ元々雑誌の懸賞で当たったやつだ。それに、俺は単にアンケートに答えた結果、自動的に応募されたってパターンだからな。あれは奢りじゃない」

 

 それに、当選した記念品と言うこともあって、微妙に勿体無く感じて、自分じゃ使えなかったのだ。

 絵柄も女性向けのアニメだったので、コレクションとして残しておく気にもならなかったしな。

 

 そんな訳で、持て余していたところに、鈴木の誕生日と聞いて、読書家のこいつなら、遠慮なく使ってくれるだろうと、譲ったのだった。

 

「そういや、アレでどんな本買ったんだ? つっても、あの金額じゃ、いつも持ってるような分厚い本は買えないと思うが」

 

 イケメンに彩られた図書カードがどんな本に交換されたのか。気になって尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。

 

「いえ、使ってません。それに、今後も使う気もありません」

 

「でもそれ、勿体無くないか……?」

  

「はい、勿体無いです。勿体無くて、使えません……! だから、今も机の引き出しにしまってあります」

 

 使わないことが、ではなく。使うことが勿体無い。

 

 ひょっとして、普段アニメを全くみない鈴木にしては意外や意外、あのイラストの作品のファンだったりするのだろうか。

 

 その意図はわからなかったが、使うまいも、本人の自由だ。

 

 俺は、

 

「ほーん、そうか」

 

 と、一言感想を口にすると、部室へと歩を進めた。

 

 ◇

 

 部室に戻ると、ざっと十数人はいるだろうか。結構な数の新入生が集まっていて、かなり賑やかなことになっていた。

 

 既に役者や各種裏方など、それぞれ希望グループに分かれて説明なり体験なりも始まっていて、すぐそこの、最後列の席では、南部長が、ミキサー? とかいう、ボタンやらツマミやらがごちゃごちゃと無数についた音響機材についての説明をしているらしかった。

 

 さて、果たして俺はどこに加勢すればいいのか、と教室を見渡していると、六花が小走りでこちらへ向かってきた。

 

「おかえり〜、長太郎くん、実咲ちゃん!」

 

「た、ただいま戻りました……!」

 

「あ、美咲ちゃん。南部長からの伝言で、音響設備の説明手伝ってほしいって」

 

「わ、わかりました……!」

 

 そう言って鈴木は、南部長の方へと加勢に向かう。

  

 それにしても、鈴木のことは”実咲ちゃん”呼び。南部長とも既に会話を済ときた。

 この短時間で既に部に馴染み始めているとは、魔性の女子如月六花、恐るべしである。

 

「もう他の部員と話したのか?」

「うん。一応、もう全員と話したかな。二年生は実咲ちゃんと長太郎くんと、アイドル好きの玉元さんと、BL……? が好きな利根さん。三年は、南部長、副部長の男子の深山先輩、脚本家の田口先輩。これで全員だよね」

 

「ああ、全問正解だ」

 

 特にBL好きの利根とかな……。

 利根佳織(とねかおり)。三度の飯よりBL……ボーイズラブが好きで、推しのために生き、推しのために死ぬ。女オタクの煮凝りのような女子である。

 ある意味、利根ほどメガネの似合う奴も中々いないだろう。

 

 ……それにしても、六花と利根が話したの何て、まだ一瞬のはずだろう。

 それなのに、なんで既にBL好きとして認識されてんだよ……。

 まあ、どうやら六花はBLが一体何なのかは、知らなかったようだが。

 初めはてっきり六花も拗らせたオタクだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい、ということが、段々と分かってきた。

 

 だとすれば彼女は、御伽噺や少女漫画だけを目にし、憧れて来た、稀有な存在ということだろうか。

 

 いっそ、朝倉の言うように、拗らせオタクだったとすれば単純冥界だったのだが、少なくとも、今の俺にとって彼女は、割と本当に、空から降って来た謎の美少女転校生である。

 

 改めて言葉にすると、凄い字面だ。

 

「にしても、よくこの短時間で全員の名前覚えたよな……」 

 

 

「ああ、うん。ボク結構覚えるのは早いみたい」

 

「うらやましい限りだ。俺もそこそこ記憶力はいいはずなんだが、いかんせん、どうでもいいことはさっぱり覚えられないからなあ……」

 

 授業で言えば、歴史はそこに物語があり、そこそこ楽しめるので、するりと覚えることができる。同様に生物なんかも、今まで当たり前に目にして来たものの仕組みを示されれば、案外面白がることができ、結果として、記憶につながる。

 

 ……だが、数学、お前はダメだ。

 

 興味を持てるとしても、モンティフォール問題だの、誕生日のパラドックスだの、それくらい派手な面白さがある問題でもなければ興味は持てないようだった。 

 

 とはいえ、テストに置いて、一夜漬けすら必要ない科目が複数あるよ言うのは、十分なインチキだとは、自分でも思うが。

 

「六花は裏方の説明とか、台本読みとか参加しなくていいのか?」

 

 台本読み。呼んで字の如く台本を読む行為である。

 台本を読み合わせる。

 これだけで結構、やってる気になるもんである。

 

 顧問曰く、「台本読み」ではなく「読み合わせ」だとか、色々あるらしいのだが、一貫して「台本読み」と呼んでいる。

 このくらいの緩さでちょうどいい。

 

 

 

 

「んー、まあ、二年生のボクが混じってたら、新入生達は居心地悪いかなって」

 

「そこまで気にする必要ないと思うがなぁ……」

 

 それでも、六花なりに。転校生なりに、思うところがあるのだろう。

 当然、転校生になっとことのない俺からすれば、それは推し量ることはできないのだろう。

 

「ま、それならそれでいい。よっぽど裏方の専門的なことじゃなきゃ、俺が説明するさ」

 

「本当? それは頼もしいなぁ」

 

「そういや、六花はうちで、どこやるつもりなんだ?」

 

「役者、やってみたいなって」

 

 そうか、役者か。

 ルックスは抜群にいいし、それに声もいい。

 むしろ、役者以外ありえないだろう。

 

 俺は、二人でも出来そうな台本はないか、と、最前列の中央の机の上に置かれたダンボールの中を除く。

 中には、過去に部が使用、制作した台本が、封筒に入れる形で納まっていた。

 

 主要の役が四人〜六人ほどの台本が大多数だが、中には、二人で読むのに向いている台本もいくつかあったはずだ。

 

 立花が物珍しそうに箱の中を覗き込むと、台本の詰まった紙袋をひとつ取り出す。

 

「これ……」

 

 そう言って六花が取り出した台本には、『作 狭間長太郎』と書かれていた。

 

「『空から降ってきた、ボクっ娘美少女に惚れられている件』……? なんかボクみたいこれ、長太郎くんが書いたの?」

 

 

 俺が新歓向けに一晩で書いてきて、没をもらった台本である。

    あの後、折角なので、と。役の数だけ追加で発注したのだ。

 

「………………ああ」

 

  まさか、本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に拾い上げられるとは思っていなかっただろう。

 

 台本を書いた時系列的に、当然六花がモデル、と言うことは無いのだが、そんな意図はないにしろ、お姉ちゃんもののエロ漫画を実姉に見られたかのような気まずさを、俺は一方的に感じていた。

 

 ……別に姉も、いないけどな。

 

 そんな俺の内心も知らず、六花は台本を取り出してパラパラと台本の中を見始めた。

 

「これ全部長太郎くんが書いたのか〜すごいなぉ……」

 

「ま、その台本に関しちゃ、日の目を浴びることなく没にされたんだけどな」

 

 俺が自重気味にそう言うと、如月は少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そっか、じゃあこの台本、もう上演されることはないんだよね……」

 

「……まあ、その可能性が高いな」

 

 観客へのおもてなし精神に圧倒的に欠けるこの劇は、

 もはや完全に身内だけの公演でもなければ上演できないだろう。

 

 一応、年に一度、三年生の部員への送別会という形で、その機会はあるのだが、それでもこの台本が選ばれる可能性はないに等しいだろう。

 

「長太郎くん、ボク、これ読みたい」

 

 不意に六花が言う。

 その表情はなんだか、ペットの亡骸を埋葬するかの如く、慈しみに満ちた表情だった。

 

 確かに、この台本なら、主人公とヒロインの会話な大部分なので、二人で読んだとしても、十分形にはなるだろう。

 

 なにより、この作品のヒロインはボクっ娘の中のボクっ娘、春乃である。

 

 六花が春乃のセリフを読むところを、純粋に見てみたいと思った。

 

 「ふふ、翔太郎って、長太郎くんに名前そっくりだね」

 

 まあ、つい名前寄せちゃったからな……。 

 

「ま、若気の至りってやつだよ」

「ふふ、何それ」

「突っ込むな突っ込むな」

「翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ」

「……え?」

「ほら、次は長太郎くんのセリフだよ?」

 

 ───六花が、台本のセリフを読んでいるのだと気づくのに、俺は時間を要した。

 それほどまでに自然な演技だった。

 

「あ、ああ……」

 

 戸惑いながらも、俺も台本を読み始める。

 

 何度か会話を続けていうちに、俺の抱いた印象は間違っていなかったと確信する。

 

「なあ、六花って、いままで演技の経験ってあるか?」

 

「え? ううん、ないけど」

 

 初めて会った時から思っていたが、六花の声は耳に残る。いわゆるアニメ声とまではいかないものの。甘さと可愛らしさを多分に含んだ、まるでお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているかのような声だ。

 

 だが、いかに魅力的な声だったとしても、今まで演技の多少なりとも棒読みだったり、力が篭りすぎていたりと、どこか緊張感が伝わってくるはずなのだ。

 

 だが、俺はさっき今彼女のセリフを、聞き流しそうになった。

 彼女の演技からは、そうした違和感が一切といっていいほどなかったのだ。

 

 初めてにもかかわらず、ずば抜けた成果を出してしまう。それはつまり──天才というやつではないだろうか。

 

 そう、俺はふと、思った。

 

 ひょっとすると六花は、入るべくしてうちの部、演劇部に入ったのではないかと、そんなことすら、考えてしまうのだった。

 

 

 俺も、負けじと台本を読み進めていく。

 

『……そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが。お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

「もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ」

 

 あいも変わらずめちゃくちゃな状況だが。不思議なことに、彼女が言うと、違和感はなかった。

 

「……翔太郎くん。ボクはね、ずっと前から──」

 

 六花の碧い瞳が俺を捉えた。

 

 この後に続くセリフを俺は知っている。 

 それは、部長ともあろう人が、言うのを躊躇うほど、小っ恥ずかしいセリフで、それでいて、いともたやすく人間関係を変えてしまう。大きな力を持った言葉。

 だが、そんなセリフを、六花はためらいもなく言った。

 

「───キミのことが、大好きなんだ」

 

 思わずどきり、と心臓が高鳴った。

 

 芝居だと、演劇だとわかっていても、まるで、本当に六花に告白をされたような感覚になる。

 

 ……認めよう。

 俺は、彼女の全てを見通すような碧い瞳に、白銀の髪に、そして、その天使のようで、それでいて小悪魔のような彼女の言動に、すっかり魅入られてしまっていた。

 

 ……本当に、底知れない。

 ミステリアスなんて言葉は、きっと彼女のためにあるのだろう。

 

 

 ──ふと、俺は、彼女と出会った時のことで、聞いていいなかったことがあったことを思い出した。

 

「なあ六花。六花がベランダから落ちて来たあの時、何があったんだ……?」

 

「ああ、そういえば、まだこの話はしてなかったね」

 

「何から話そうかな」と、そう言って、六花は語り出す。

 

「そうそう。そもそもなんで二年生のボクが入学式の日に学校にいたのかってところからだよね」

 

 ああ。言われて見ればそうだ。普通に考えるのであれば、俺のように、部活のある在校生ならともかく、転校生である如月が、わざわざ入学式の日の学校にようなどあるはずもない。

 

「その、笑わない?」

 

「ん? 別に、笑わないが」

 

「実は、自分がいつ学校に行けばいいのか分かんなくて、とりあえうず行ってみたら……入学式だったんだよね」

 

「……それはつまり、六花は自分が転入する日をお忘れになっていた、と」 

 

「まあ、そうなんだけどさ……」

 

「ふっ」

 

「あっ! 笑った! 酷いよ長太郎くん」

 

「悪い悪い……。どんな話かと思ったら、そんなすっとこどっこいな話だとは思わなくてな」

 

「すっとこどっこいって……。まあ、それで、当然することもないから、学校をぶらついて、なんとなく、ベランダに出たんだけどさ。……それで、気づいた時にはベランダから落ちていて、君に抱き止められてた」

 

「気づいた時には……?」

 

「ああうん。落ちた瞬間のこと、あんまり覚えてないんだ」 

 

「最後に覚えてるのは、キミと目があって、それから、頭が、すごく痛くて──」

 

 ゾクリとした。

 

 そうだ……。俺にもあの時、頭痛が起きていた。

 そして、ようやく頭痛が収まり、顔を上げたところで彼女が落ちてきたのだ。

 

 全くの同じタイミングで二人に起きた頭痛。

 

 ただの偶然、なのだろうか。それとも……。

 

 ───いや、偶然に決まっている。六花はただの圧倒的な可愛さを持っているだけのこじらせ中二病で、この現実ににオカルトも、超常現象もあるはずがない。

 あるはずがないのだ。

 

 けれど、可愛らしく小首を傾げる、一昨日空から降ってきた青い瞳を見ていると、やっぱり考えてしまうのだ。ひょっとして、なんて。

 

「長太郎くん? どうしたの?」

「ああいや、なんでもない」

 

 一つ確かに言えることがあるとすれば。

 俺が、彼女の魅力の虜になりつつある、ということだろう。

 ここのところ、心臓の煩い時期が続くな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 体験入部初日から約一週間が経った。

 これだけ経てば、六花は、俺から離れていくのだろうと思っていたのだが、

 

「狭間くん……! 見て、ボクのテスト……!」

 

 六花はあいも変わらず、俺の隣で、にこにこと微笑みを浮かべてくれているのだった。

 

「如月さん、テストどうだった⁉︎」

「あ、ウチも気になるー!」

「ね、如月さんめっちゃ勉強できそうだもんね」 

 

 先程、帰りのホームルームで配られたばかりのテストを、六花が俺にテストを見せようとした瞬間、

 

 瞬く間に六花は女子の群れに取り囲まれ、俺は人波にに押し流され、教室から出ざるを得なくなってしまった。

 

 さすがに一週間も経てば、初日のような質問ラッシュは無くなったが、長い目で見れば、本人にとっては多分、いいことなのだろう、それに、俺にとっても良いことだ。

 なにへ、常に隣にいられては、あっという間に俺の心臓は寿命を迎えてしまう。

 

 

 尤も、本人は「長太郎くんと一緒にいられる時間が減っちゃった……」と嘆いていたが。

 

 あれだけのルックスだと、むしろ近寄りがたく思われてしまう思われてしまうのでは、と思ったこともあったが、そこは本人の明るい性格が功を奏したのだろうか。

 

 あの、彼女と初めてで会った入学式の日の俺は、彼女がこんな性格だなんて、全く思っていたかったと、改めて思う。

 

 それにしても、あの頭痛はなんだったのだろうか。

 同じ場所、同じタイミングで頭痛が起きた。

 その結果こうして俺たちは肩をならべて──いや、今はほっぽりだされてしまっているが。

 妙な偶然──というか、やはり運命的なものを感じざるを得ない。

 

 逆に、あれが運命でないのだとしたら、どんな理由が考えられるだろうか。

 

 例えば、あの場だけ、殺人的な低気圧だったとすれば、そんなことも不可能ではない気もするが、そんなことはあるはずが無いし、なにより、あの痛みは、低気圧特有の頭痛とは全く異なる、鋭い物だった。

 

 なるほど、どうやら考えたところで、大した意味がないということがわかった。

 なにせ、運命というものは、決して、目に見えないものだ。

 

『如月さん、先に部活行ってるから』

 

 俺は、クラス用の、例の口調で告げると、部室へと向かった。

 どうやら今の所、俺と六花の関係は、単なる部員同士と捉えられているらしい。

 本人は、それに関してさえも、なにやら不満そうにしていたが……。

 

 果たして、単なる部員同士でないのなら、俺たちの関係は、一体何と形容すればいいのだろうか。

 

 歩きながらぼんやりと考えたが、それらしい答えは浮かばなかった。

 

 ◇

 

「狭間くんはテストの結果、どうでしたか?」

 

 部室に入るなり、開口一番、鈴木が尋ねてくる。

 

「あー……まあ、ぼちぼちだな」       

 

 そう言って俺はリュックから答案を出して、机の上に広げる。

    

 年度始めのテストということもあり、内容としては、一年生の範囲を総括したものだった。

 そのため、歴史や化学は、極端な記憶力もあって、かなーり高い点数は取れたのだが、当然、苦手科目である数学と、それから英語はかなーり低い点数となっていた。

 

「さすが狭間くんですね!」

 

 ……なんだろう、この結果で言われると、まるで、「さすが、苦手科目については本当にゴミのような点数ですね!」と言われているような気もする。

 

 まあ、鈴木がそんな嫌味じみた事を言うとは考え難いので、十中八九前者の意味で言ったのだろうが。

 

「鈴木は?」

 

「私も、なんとかいつも通りです」

 

 尋ねると、相変わらず「恥ずかしいので」といって、答案は見せてくれなかったが、どうやら学年四位だったらしい。

 勉強を習慣づけるという、絶え間ない努力によって生み出される、一位や二位でこそないものの、十分すぎるほどに高い順位。

 確かに、いつも通りだ。

 

「今回、範囲広いし大変だったろ」

 

「そんなことないですよ。確かに範囲で言えば広かったですけど、なにしろ、ほとんど去年の復習でしたから、ざっと昨年一年分の問題を解きながら振り返っただけです」

 

 ざっと振り返っただけ、と本人は言うが、一ヶ月足らずで一年を振り返らなければならないのだから、普通の感覚で言えば、少なくとも、俺の感覚からすれば、絶対に、大変ではない、なんてことはありえない。

 

 相変わらず、努力に対する基準がすっ飛んでいる。

 

 部活が始まるまで、まだ少し時間があったので、南部長の、高いとも低いとも言えない点数を小馬鹿にし、腹パンを食らいそうになるなどしていると、何やら、ヘロヘロな様子の六花が入って来た。

 

 

「もっはろ〜……長太郎くん、美咲ちゃん」

「もっはろーです、如月さん」  

    

 心なしか、もっはろ〜にも普段より覇気がない。 

 

「如月さん、体調の方は、もう大丈夫なんですか?」

 

 鈴木が心配そうに六花に尋ねる。

 テストの翌日……つまり昨日、六花は学校を休んでいたのだ。

 どうやら発熱があったらしく、本人曰は、「テストで頭使ったからかな」なんて言っていたが高校二年生にもなって知恵熱なんてことは無いはずなので、おそらく、転校に一人暮らしと、環境が大きく変わった事による疲労か何かで体調を崩したのだろう。

 

「うん。一日ぐっすり寝たからもうばっちりだよ」 

「そうですか、よかったです……」

 

 鈴木がほっと胸を撫で下ろす。

 

「それで、六花はどうだったんだ、テストの結果」

 

「そうだ。そのことなんだけど、ちょっと見て欲しいんだ」

 

 その「ちょっと見て欲しいんだ」という言い方に、俺は少し引っかかった。

 点が高くとも、低くとも、こんな言い方にはなるまい。だとすれば、採点に間違いがあった、とかだろうか。

 

 だが、そんな俺の予想は全くもって外れていた。

 

「自分でもびっくりしたよ」と言って、六花は答案を机の上に並べていく。

 

「は……?」

 

 国語、数学、英語、理科、社会。全ての科目が机の上に並ぶと、間抜けな声が漏れた。

 

 全ての答案の点数の欄には、すべて同じ数字が書かれていた。

 1と、0と0。

 つまるところ、オール百点満点だった。

 

「ぜ、全部百点……」

 

 鈴木がぽかんと口を開けている。

 空いた口が塞がらないとはまさにこういうのを指すのだろう。

 

「うん……本当、自分でもびっくりなんだけどね……」

 

 心底不思議そうに首を傾げている六花。

 それはまるで、「なんか分からんけどこうなった」とでも言いたげな表情に見えた。

 

「そりゃ、どういうことだ?」

 

「何て言うのかな……問題を見たら、パッと答えが頭に浮かんでくるじで……、それを続けてたら、解答用紙が全部埋まっていくって感じで……。でも、まさか本当に全部百点だなんて……」

 

 六花の声色は、決して点数を自慢するような、雰囲気ではなく、本当に困惑しているようだった」」

 

 そして、なぜかそんな立花を、鈴木は輝いた目で見つめていた。なぜだ。

 

「アルベルト・アインシュタインみたいです!」

 

 ぐいっと、鈴木が立花に詰め寄る。

 

「アルベルト……?」

 

 六花が首を傾げる。 

 

「はい! アインシュタインに限らず、問題を見ただけでその答えがわかった、なんて逸話をもっと数学者は多いです。そして、彼らはみんな基本的に、『天才』と、呼ばれます」

 

「はは、大袈裟だよ」

 

 なんて、本人は言うが、俺は決して大袈裟だと思わなかった。

 なにせ、理屈がわからない。

 数学は一定の法則に基づいている。超速で思考することにより、積み上げたのだと推測できる。

 

 ──だが、それ以外の科目、例えば、歴史であれば、必要とされるのは思考の速さだけじゃない。

 記憶力。

 

 並はずれた記憶力と、思考速度。どちらも備わっているとでも言うのだろうか。

 

 だとすれば、そんな奴を、人は天才と呼ぶのではないだろうか。

 

 だとすればひょっとして、六花の言った、

 」頭を使いすぎて、発熱してしまった」というのは、案外間違いじゃないのかも知れなかった。

 

「よくわからんが、学年一位、おめでとさん」

 

「おめでとうございます!」

 

 続くように鈴木が言う。

 

「へへ、ありがと」

 

 照れ臭そうに六花がはにかむ。

 ……可愛い上に、、ボクっ娘な上に、白髪碧眼な上に……今度は天才キャラときたか。

 

 如月の点数にひとしきり驚いたところで、南部長がこちらにやってきた。

 

「そろそろ部活始めるぞー……。やけに盛り上がってたみたいだが、何かあったのか?」

 

「はいこれ如月のテストです」

 

 俺は如月の答案を部長の目の前に見せつけた。

 

「ひゃっ!」

 

 「百点⁉︎」と言おうとしたのだろうが、驚きすぎて半端な声が上がる。

 いきなり背中に氷入れられた時の悲鳴のようだ。

 

 それはそれとして腹パンは喰らった。

 

 その後、何事もなかったかのように、いつも通り部活を始めだしたのは、流石と言わざるを得ない。 

 

 ◇

   

 部活が始まると、いつも通りの基礎練習が始まるのだが、

 その内容は、発声、滑舌練習をはじめとして、軽い筋トレ、体幹、柔軟、即興劇によるアドリブの練習だったりと多岐に渡る。

 そして、この中で俺が、あえて苦手な練習メニューを挙げるとすれば、体幹のとレーニングだった。

 筋肉を動かし続ける筋トレと違い、体感はその逆。動かないことで筋力を鍛えるトレーニングである。

 当然、筋トレよりも忍耐力が求められ、慣れないうちはそれこそ声をあげてしまいそうになるくらいにはきついのだが、一年通して繰り返すうちに次第にマシになっていった。

 

 では、何を持って俺は、このトレーニングを苦手としているのか。

 その答えは、たった今目の前で広がっている光景にあった。

 

「はっ…はっ……あっ…ふっ、くっ…んっ…はやくぅ…んあっ…」

 

 聴こえてくるのは、六花の喘ぎ声……にしか聞こえない、トレーニングに耐える苦悶の声。

         

 現在はうつ伏せの状態で肘から下だけで体を支える、いわゆるプランクの最中なのだが。

 当の六花の様子は、息を荒げて上下する胸、赤らんだ顔、滲んだ汗と、どう足掻いてもよからぬ想像を働かせてしまう状態に仕上がってしまっていた。

 

 これなのだ、俺が何よりこのトレーニングを苦手とする理由は。

 一年生や鈴木など、他の部員も、六花ほどひどくはないものの、似たり寄ったりな状態になっていた。 

 

 その持久力が求められるトレーニングの特徴ゆえに、慣れないうちは、自然とこのような状態になってしまうのだ。 

 

 

 

 そして、その体幹トレーニングが終わると、今度は柔軟の運動が始まった。

 二人一人組の状態で床に座って行う、いたって普通の柔軟である。

 

「じゃあ望、押すよ〜」

「いたたたた! 加減! 加減しろバカ!」 

 

 このように、漏れる声も、さきほどとは違って、純粋な悲鳴で聞いてるこちらとしても安心だ。

 ちなみに、今のは佐竹副部長に容赦なく背中を押され、上がった悲鳴だ。

 すっごいぐいぐい押すじゃん。怖ぁ……。

 

 そして、俺、伊丹、背が高くてぬぼーっとした深山先輩。男子三人も教室の隅で柔軟をはじめる。

 

 伊丹の背中を押しながら、ちらりと六花の方を見た。

 

 鈴木に背中を押され、開脚しての柔軟の最中だった。

 床にぺったりとくっつくような深さまで姿勢を落としている。

  結構柔らかいんだな、となんとなく思っていると

 六花が体を起こした時、スカートの中。開脚した足の間から、除く、水色と白のボーダーが見えた。

 

「縞パン……だと……」

 

 驚きのあまり、手元で体を伸ばしている、唯一の男子の後輩、伊丹の背中を思いきり押してしまった。

 

「いたたたたたたたた! 何するんですかもう〜」

「マジですまん。ちょっと縞パンがな……」

 

 しまった。つい口に出してしまった。

 

「しま…島がなんです?」

「なんでもない。忘れろ忘れろ」

 

 そういいながら、伊丹の背中をぐいぐいと押す。

 

「ちょ、いたた! ちょっと先輩⁉︎」

 

 それにしても縞パン、実在していたとは。

 さすがに素のセンスで選ぶとは思えないので、自分をアニメキャラに寄せた結果の選択だと思うのだが、ちょっと需要を理解しすぎているのではないか? 

 

 ……もしやひょっとして、俺が知らないだけで、実は女子の間では縞パンの流行りがきているのではないだろうか。

 ……ありえない話ではない。

 

 縞パンと言えは、アニメキャラの象徴とも呼べるものであり、

 日本のアニメ文化はもはや世界に誇るカルチャーだ。

 高級ブランドがアニメとコラボした、なんてケースも最近ではよく聞くようになってきた。

 

 だとすれば、日本発症(誤字ではない)の縞パン文化が一周回って海外の下着メーカーが取り入れ、ファッションとして昇華させ、縞パンのブームが訪れたとしても何ら不思議ではない。

 

 とはいえ、その辺りは推測でしかないので、真偽を確かめるべく、

 今度、その辺り妹に聞いてみることにしよう。

 きっと俺のことを罵りながらも、なんだかんんだその辺りのことは教えてくれるだろう。

 

 …………いやまて。俺、妹いないわ。

 

 

 08 スポーツテスト 

 

 テスト返却の翌日の二時限目。

 俺は憂鬱な気分で。そして死んだ魚のような目をして、グラウンドに突っ立っていた。

 

 今日は年に一度、この時期になると必ず訪れる忌まわしき行事、スポーツテストである。

 ようするに、反復横跳びだったり握力だったり、シャトルランだったりと、何かと点数をつけて体力を測るあれだ。

 

 人はなぜ、こんな複雑なルールや基準まで設けて、己を計り、比べたがるのだろうか。

 みんな違ってみんないい……みたいな、そんな鈴と金子とみすゞ の私的な感じでいいじゃないか。

 ……七十五パーセント金子みすゞ じゃねーか。

 

 ともあれ、現在俺と朝倉は、ハンドボール投げの順番待ちの最中だった。

 

 朝倉は、流石に対して関わりのない男子の球投げを眺める趣味はないようで、待つことに早々に飽きたのか、気づけば雑談が始まっていた。

 

「で? 以降如月とはどうなんだ」

 

「どう、とはまた、曖昧な聞き方だな……」

 

「融通の効かないやつだな……。こういうのは適当な塩梅っつーもんがあるだろうが」

 

 

 

「いいか。お前ら、クラスじゃあくまで部員同士って体を装ってrるだろ? だからこっちからすれば、実際のところ、お前らがどの程度の親密さなのか、わからないんだよ」

 

「肝心のお前は何も離さないしよ」

 

 と、付け加える。

 朝倉の言ったことはその通りで、俺は六花が転入して来たあの日以降、朝倉に碌に六花との話をしていないのであった。

 

 なぜそんなことをするのか。腐っても友人じゃないのか、と思うだろうが。

 

 それは逆だ。

 俺は朝倉を気遣って、六花の話をしないでやっているのだ。、

 

 おべんtのうで関節キッスだの話したら、体内の糖分という糖分を口から吐き出し尽くして、死に絶えてしまうだろう。

 

 ──とはいえ、流石にそろそろ、朝倉に話したい、というよりは聞かせたい話ができてきた。

 

「なあ朝倉、お前から見て如月ってどう見える?」

 

 朝倉が、顎をしゃくって考える。

「マジモンの白髪碧眼で、本人が一番フィクションみたいな癖に王子様を夢見てて、それでいて、頭脳明晰でクラスみんなから好かれて……演劇部なんて、稀有な人間しか入らん部活にも馴染んでいる」

 

 おい。

 今さらっとこいう、演劇部を稀有な部活って言ったな。

 ……と思ったが、全くの事実であるので、特に反論の余地なども無かった。

 

「総評として、オーバースペックの変人、だな」

 

 と、朝倉が言う。

 

「もっとマシな表現はなかったのか」

 

「どう考えたって妥当だろ。美少女の癖して、お前なんぞと仲良くやってる奴が、変人じゃないとでも?」

 

 なるほど、そりゃそうだ。

 これ以上の説得力のある言葉もそうそうあるまい。

 

「お前に、前々から話そうと思ってたことがある」

 

「あ? ……そりゃあ如月絡み……以外ないか。よし、話してみろ。今度はどんなヤバい話だ?」

 

「ヤバい話って……」

 

  まあ、例に漏れず、捉え方によっちゃ、ヤバい話かも知れないが。

 そうして俺は朝倉に、あの時、二人同時に、刺すような頭痛に襲われていたことを話した。

 

 だが、朝倉は「偶然だろ、偶然」

 

 と、その一言でもって、俺の話を一蹴した。

 こいつ……。

 

 とはいえ、それが、偶然でないのなら、一体何だというのか。

 改めて、そう問われて仕舞えば、俺は、その答えを持っていないのだが、

 

 それに、引っかかっているのは何も頭痛のことだけではない。

 

 ──走馬灯。俺が六花を受け止めようと走り出した時、確かに俺の捉えている世界はスローモーションになった。

 

 あの時は、彼女の命の危機を、まるで自分ごとのように錯覚した結果、あんなことが起きたのでは、と思ったものの、今になって、改めて考えれば、それもしっくりこない。

 

 俺は、一度懐に入れた相手ならまだしも、見知らぬ。名前も声も、顔すら知らぬ相手に、そこまでの感情移入することはないと思っている。

 それ故に、どこか引っかかっているのだ。

 

 ぶつぶつと考え込んでいると、目の前にボールが差し出される。

 

「おい、いつまでボケっと突っ立ってるつもりだお前のばんだぞ」

 

 いつの間にやら、朝倉の投球が終わっていたらしい。

 

 投球の方向を見ると、三十メートル付近にボールが落ちた形跡があった。おそらく、平均よりもそこそこ高い記録だろう。

 

「さて……久しぶりに、本気を出すとするか」

 

 絶妙に持ちずらいサイズのボールをグリップし、渾身の力で投球する。

 ボールはきっと、今まで投げた誰よりも高く飛び、遠くまで……飛ぶことなく目の前に落ちてきた。

 

 完全にコントロールを誤った。あれだけ高く飛んだなら、そりゃ飛距離も伸びんわな……。

 

「お前の負けだ」

 

「くそ……」

 

 俺はグラウンドの隅に移動し、十点満点中二点という、記録することすら憚られる点数を評価シートに記録していると、室内での種目を終えたらしい女子の集団がグラウンドに出てきた。

 

 なにやら異様に盛り上がっている様子なのが気がかりだ。

 やけに気になったので見ていると、その輪の中心には、六花の姿があった。

 

 デジャヴ、なんて言葉を思い出す。

 既視感の正体は言わずもがな、あのテスト返却の時だった。

 

 全教科満点の次は、全種目十点満点だろうか。

 

 

 

 状況的に、六花が好成績を叩き出したとか、そんなところだろうか。

 すると、集団は、俺が先ほどまでいた、ハンドボール投げの場所へ移動する。

 どうやら、ソフトボール投げから始めるようだ。

 

 俺も朝倉も、室内での種目が終わり、この後は室内へ行く流れではあるのだが、折角なので、六花の投球を見てから移動することにしよう。

  

「俺は如月が投げるとこ見てから行くけど……っていねぇし」

 

 朝倉にその旨を伝えようと振り向くと、さっきまであった朝倉の姿はこつぜんと消えていた。

 

 あの自由人め……。

 

 六花が投げる番になると、それまで騒がしかった女子たちが一斉に押し黙る。

 

「よし……いくよ……」

 

 六花はつぶやくと、無駄のない、理想的なフォームでボールを投げた。

 びゅん、と音をたてながら投げられたボールは見事な放物線を描き、朝倉の記録よりも遥か先。

 地面に白線で書かれた最も大きい数字である、50mのラインを大きく越えて落下した。

 手前から奥に向かって伸ばされたメジャーも、50メートルピッタの距離しかない。つまり、測定不能。おそらく、60メートル近いだろう。

 

「んなばかな……」

 

 以前テレビでやっていたスポーツバラエティ番組を思い出す。

 そこでは、髭を蓄えた筋骨隆々のハンマー投げの金メダリストが、「高校の時はソフトボール投げで65メートルくらいでした」と言い放ち、他のスポーツ選手選手達から驚愕されていた光景を思い出していた。

 

 そして、六花が出した記録は、そこから、たった五メートル程度を引いただけ。

 それも、決して普段運動しているようには見えない、華奢で普通の女子高生が、だ。

 

 案の定、六花の周りでは歓声が巻き起こっていた。

 立花はおそらく、他の競技でも同じように、出鱈目なほどに突出した記録を出してきたのではないか。

 どおりで、妙な盛り上がりを見せているわけだ。

 

 ……これは、室内でちまちま握力を測っている場合なのではない。

 俺は、自分のテストそっちのけで、六花が次の種目である、五十メートル走に参加するのを待っていると、ようやく六花の番となった。

 

 ……?

 

 何か……何かが変だ。

 何か、六花の様子に、違和感がある。

 

 すると、六花が一瞬、左手で、右肩をさするような動きを見せた。

 

 ……ひょっとして、と。悪い予感が頭をよぎる。

 

 思った矢先、パンと、スタートを合図する銃声が鳴り響いた。

 

 見ると、六花が弾丸のような速度で飛び出し、隣で走る陸上部の女子を瞬く間に追い抜いていた。

 

 そして、その速度は落ちるどころか増していき、その差を離していった。

 

 ──中間地点を過ぎた、辺りで、異変は起きた。

 

「あっ」

 

 ──そう、声を漏らしたのはだれだったか。

 

 視線の先では、六花が、足をもつれさせ、今まさに体勢を崩して地面に倒れ込もうとしていた。

 

 悪い予感は、見事に的中してしまった。

 

 あの華奢な体であれだけの記録を出しておいて、体に負担がかかっていないはずがなかったのだ。

 きっと右肩をさするような動きを見せたのは、今の彼女は先の投球で、肩を痛めていたからだろう。

 

 そして運の悪いことに、六花は、右肩が下になるような体勢で、倒れこんでしまっていた。

 

 あれは不味い……。

 このままでは──命を落とすような事はないにしても、最悪、脱臼筋肉の断裂の可能性があるだろう。

 

 ──ふと、俺はこの状況に、既視感を覚えた。

 

 状況は……程度は違えど、あの入学式の日に似ていたのだ。

 

 すると、見計らったかのように、あの時のようにズキンと、頭痛が走り、そして、世界の流れはゆっくりになっていた。

 

 ──やはり、同じだ。あの時と。

 

 故に、目を開けた瞬間には、俺は自分のするべきことを悟っていた。

  

 頭蓋をさすような痛みを、歯を食いしばり、耐えて目を開く。

 スローモーションになった世界の中、俺は六花に向かって駆け出した。 

 

 ──だが、前回と違うのは、世界がスローで見えたとて、今の俺は身一つで、打てる策など何もないと言う事だ。

 

 ──どうする?

 

 入学式の時と違って、俺が動かなかったとて、六花は死ぬわけではない、そんな最悪な考えが脳裏を掠める。

 

 だが、痛みに歪んだ六花の顔を見ては、そんな考えをとうに消し去った。

 

 ──バカか俺は。目の前で女の子がピンチなら、身体を張って助けるべき。

 そんな教えを、行動を、俺はモニターで、本で、誰よりもたくさん見てきたじゃないか。

 

 ここで六花を助けなければ、俺は、今までの自分を。

 二次元を信じて──信仰してきた自分を、否定することになる。

 

 

 そうと決まれば、俺のする事は──できる事は、たった一つだった。

 

 

 「六花っ……!」

 

 ただ走っては間に合わないと悟った俺は、彼女の体と、地面との間に滑り込むように、頭から飛び込んだ。

 ──いわゆるヘッドスライディングという奴だ。

 

 ズザアッという音と共に、小石まみれの地面に全身が擦り付けられる。

 一秒が長く感じる分、ヒリヒリとした痛みも、長く感じる。

 まるで、卸金の上の大根にでもなった気分だった。

 

 

  

 

( 出会いのときは長太郎の願望を叶えるため、六花にも頭痛が沖田が、こんかいは六花の肉体の反動が発端のため、六花に頭痛は発生しなかった)

 

 そして、とどめとばかりに、背中の辺りに米俵でも落とされたかのごとき重さ衝撃が──。

 

「「ぐえっ!」」

 

 カエルが潰れるような間抜けな声が二つ重なる。

 

 俺と、それから、間違いなく、六花の声だった。

 

 ……どうやら、なんとかに合ったらしい。

 一安心した、その時だった。

 

「うう……」

 

 背中から、六花のうめくような声が聴こえてくる。

 

 やはりどこか負傷していたのか……!

 

  どこだ……? 肩か……、それとも脚か……⁉︎

 

 ひょっとして、もっと安全な受け止め方があったのではないか……?

 

 ──落ち着け、どうあれ、まずはどうにか六花を保健室へ連れて行くのが先決だ。

 

 

「六花……大丈夫か……?」 

「ぜ、全身が激痛……動けないぃ……! ぼ、ボク、ちゃんと手足ついてる……?」

 

 痛そうではあるが…そのコミカルな様子に気が抜けた。

 

 さて、 まずは六花の状態を確認しなければ、と、思ったが、体を起こそうにも、六花が背中に乗ったままでは身動きを取ることもできない。

 

 そんな八方塞がりな状況で、真っ先に駆けつけた助っ人が一人。

 

「大丈夫ですか⁉︎」

 

 鈴木だった。

 体育は合同授業のため、隣のC組所属の鈴木も、この場にいたのだった。

 

「ちょうどいいところに。六花は大丈夫そうか……?」

 

 地面に突っ伏したまま、前に立つ鈴木に尋ねる

 

「えと……えと……、す、少なくとも外傷は無いみたいですが……」 

「わかった。鈴木、六花が立ち上がる手伝いしてやってくれ」

 

「は、はい……!」

 

「ごめんね、実咲ちゃん……いたたたた……」

 

「しゃ、喋らない方がいいと思います!」

 

 隙を見てようやく俺も立ち上がる。

 

「六花のこと、後は任せろ。俺が保健室に連れて行く」 

 

「わ、私も手伝います……!」

 

「いや、俺とお前じゃ体格差がありすぎて、下手すれば六花を落としかねん。多分、俺一人で運んだほうが安全だ。六花も、それでいいか……?」

 

 

「うん……長太郎くんがいい……」

 

「……わかりました。」

 

 鈴木は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げた。

 

「では、私は如月さん搬入のための、保健室の裏口の開放と、養護教諭の中島先生への事情の説明をします。それだけでもさせてください!」

 

「助かる……!」

 

 あとは……一応、野次馬のように次々集まり始めている生徒への

 状況説明か……。

 だが、俺も鈴木も適任ではないし、そんな余裕もない状況だ。

 まあ、最悪なくてもどうとでもなるか。

 

 そんな中、野次馬の中から飛び出してくる女子が一人。

 

「どう? 大丈夫そう?」

 

 この隈取のような赤いアイメイク、ぱっつんの前髪、巻かれたツインテール。いわゆる地雷系の女子はたしか、同じクラスの遊佐とか言ったか。

 

 

「さなみー……!」

 

 不意に、鈴木が、彼女のことをそう呼んだ。

 さなみー。どこかで聞いた名前だ。

 そして思い出す。そう言えば、以前鈴木が転校生の噂を俺に教えてくれた際、さなみーから教えて貰ったと言っていたことを。

 

 そうか、さなみーとは、遊佐のことだったのか。

 下の名前を覚えていないので、何故「さなみー」と呼ばれているのかは定かではないが、少なくともそれは、今すべき話ではないことは明白だった。

 

「遊佐、今から六花を保健室に連れて行く。その旨、他の生徒に事情を説明しておいてくれないか?」

 

「わ、私からもお願いします……!」

  

「んー……いけすかない狭間からってのはともかく、みーちゃんからも頼まれちゃ、引き受けないわけにはいかないかな」

 

 

 今まで碌に話したこともないのにいけすかない呼ばわりなのは癪に触るが、説明の方は、どうやらなんとかなったらしい。

 

「それで、りっちゃんが倒れた原因って?」

 

 文脈から察するに、りっちゃんとは、六花のことだろう。

 問いに対し、俺は端的に答える。

 

「久々に本気出して、体痛めたって、とりあえずそう伝えておいてくれ」

 

「ん、りょーかい。多分それでみんな納得してくれると思う」

 

 そう言って、遊佐はすぐさま説明に向かってくれた。

 

「私も、先に保健室行って来ます!」

 

「ああ、頼んだ」

 

 鈴木は、少しばかり走ったところで、引き返してきた。

 

「運ぶ時は、なるべく如月さんに負担がかからず、衝撃が伝わらない運び方をしてください!」

 

 それだけ言い残すと、鈴木は今度こそ走り去っていった。

 

 ……できれば、その運び方とやらを具体的に教えて欲しかったのだが……。

 ああ見えて、鈴木も結構、テンパっていたのだろう。

 ……いや、一言足りないのはいつものことか。

 

 ──それにしても、六花に負担が掛からず、衝撃が伝わらない運び方か。

 おんぶは……ダメだ。安定こそすれ、歩く際、結構な衝撃が六花にかかる。

 だとすれば、俺の思いつく運び方は、一つしかなかった。

 

 俺は、辺りを見回し、周囲に人目がないことを確認する。

 遊佐がうまいこと、やってくれたのだろう。

 

 

「六花悪い、失礼するぞ」

「長太郎くん?」

 

 意図がわからない、といった様子六花を、俺は横から抱き上げる。

 

「わわっ!」

 

「左手、首にかけられるか?」

 

「う、うん。左手なら、なんとか。長太郎くん。それより、この体制って……」

 

 ──そう。六花の言う通り、この体勢は、いわゆる、お姫様抱っこである。

 

「お、重いでしょ……? 早く、早く降ろして……!」

 

「でも今、歩くのもキツいだろ……? 見てりゃわかる

 

 言うと、六花が無言で俺の首に左手を回し、顔を伏せるようにそっぽを向いた。

 

「動くぞ」

 

 俺は六花をしっかり抱えると、歩を進めだす。

 

 校舎に入り、廊下を進み、そして、ようやく、保健室が見えて来る。

   

 今まで、無言を貫いていた六花が、不意に口を開いた。

 

「長太郎くん、無理してるでしょ」

 

「……なんでわかった」

 

 ……そう、そうなのだ。

 六花の言う通り、ここまでの道のりで、俺の細腕は、とうに限界を超えている。今は、歯を食いしばりながら、意地と根性でなんとか支えているだけの状態だ。明日どころか、数日筋肉痛に悩まされることは必至だろう。

 

「見てればわかるよ」

 

 これは、完璧にやり返されてしまったな。

 そして六花は俺の胸元で、囁くように呟いた。

 

「(ありがと……)」

 

 参ったな、今度こんどは俺の方が、しばらく六花の顔を見れない。

 

 ◇

 

 鈴木があらかじめ、養護教諭の中城先生に話を通しておいてkるえたということもあり、六花がベッドに運び込まれるまでは、驚くほどスムーズだった。

 

「中城先生、あとはお願いします……。如月さん、休み時間にまたお見舞いにきますから……!」

 

「ありがとう美咲ちゃん……いててて」

 

 六花が体を起こそうとして、また悲鳴をあげていた。

 

「大人しくしてろって……」

 

「それと、狭間くんもお大事に」 

 

 そう言って、鈴木は授業へと戻っていった。

 

 結局、六花だけでなく、俺も保健室に残ることになった。

 理由は、六花を運んだ際に腕の筋肉が断裂──なんことはなく、どうもヘッドスライディングをした際に、額に擦り傷をつくってしまっていたらしく、消毒していけ、とのことだった。

 

 それにしても高校生にもなってかすり傷とは……。

 まあ、六花のことが 気がかりでもあったの、好都合ではあったが。

 

「じゃ、改めてなんだけど、如月さん今どんな感じ? どこが痛い?」

 

 中村先生がベッドに横たわる六花に訪ねた。

 

「右肩と……あと、両足がすごく痛い……です」

 

 それを聞いた彼女はふむふむ、と何やら考た後、見解を語った。  

「断言まではできないけど、スポーツテストが原因となると、肩の炎症……いわゆる肩を痛めるってやつだね。それと両足は、重度の筋肉痛ってところだろうねぇ」

 

 予想通り、六花はあの場で見たハンドボール投げと、50m走意外にも、反復横跳び、立ち幅跳びの二種目で、出鱈目な記録を出していたらしい。

 見事に足ばかり酷使するラインナップだ。これじゃあ筋肉痛にもなるだろう。

 逆に、握力、前屈、上体起こし──いわゆる腹筋運動の三つの結果は、平均の範疇に収まっていた。 

 

「如月さん、あなた普段運動はする?」

 

 教諭が、六花の記録を見ながら神妙な面持ちで尋ねる。

 

「いえ……あんまりしてないと思います」

 

「なるほどね。そんな状態から、こんなに凄い記録出したんだから、そりゃあ、体も痛めるわけよねぇ。脱臼とか、肉離れとかがなさそうなのがびっくりなくらい。それでも、病院は念の為行った方がいいと思うけど」

 

「はい……」

 

 普段の快活さからは想像もできないほど、汐らしくうなずく六花は、正直、新鮮だった。

 

「それにしても、如月さん。今までにもこういうことあったりした? こういう、無茶しすぎて、自分の限界以上に力を出し過ぎちゃったーみたいなこと」

 

「……ないと、思います」

 

「あらそう」

 

 そう言った教諭は、少し意外そうな顔だった。

 

「いわゆる火事場の馬鹿力っていうのかな。たまに運動部の子なんかが、部活の試合とかで、自分の限界以上の力を出しちゃって、その後、反動でひどい筋肉痛になっちゃう、みたいない事ってあって……体質なのかしら、そう言う子は、以降も同じようなことが起こりやすいのだけれど、如月さんは初めてだったか」

  

 成程、火事場の馬鹿力か。

 そのメカニズムこそ理解はできるが、納得はしかねるな。

 

 確か、『平和島静雄』がまさに常時その火事場の馬鹿力を発動しているキャラクターだったか。

 俺は、中学の図書室に置いてあった『デュララ‼︎』を思い出していた。

 

 すると、六花が何かを思い出したかのように「あっ」と声を漏らす。

 

「どうした?」

 

「入学式の日──狭間くんに会った後──今日みたいに、全力疾走したかも」

 

 俺に、会った後──。

 つまり、いきなり走り出した六花を追って駐輪場に向かうと、既に六花は消えていた、あの時の事だ。

 

 てっきり、どこか死角に隠れていて、それで見当たらないのだとばかり思っていたが、まさか、本当に逃げ切っていたとは。   

  

 驚く俺をよそに、中村は「あらそう」といって冷凍庫の中を漁っていた。

 

「如月の筋肉痛、どのくらいで治りますかね?」

「まあ若いし、安静にして、ちゃんとアイシング続けてたら、一週間あれば完治するかな」

 

 あっけらかんと言いながら、冷凍庫から氷嚢を取り出した。

 

「ま、三日間くらいは、痛くて動けないかもしれないけど」

 

 六花が「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げる。

 

「はい、アイシングするよ〜」

 

 中村教諭は冷え切ったそれを躊躇いなく六花の肩に当てた。

 

「ひゃっ!」

 

「我慢してね〜。これやるとやらないとじゃ、かなーり違うんだから〜」

「はい……わかりました……」

 

 時々冷やす場所を変えながら繰り返されるそれを眺めていると、ジャージ姿の女子生徒二人組がやってきた。

 もう一人に勝たそ支えられている女子を見ると、片足で立っていた。捻挫かなにかしたのだろう。

 

「私、あの子達のこと見てくるから。はいこれ、足のほうやっといてね」

 

「はい……はい?」

 

 中村は俺に氷嚢を渡すと、ベッドカーテンを閉めて、さっさと行ってしまった。

 

 そうして、天蓋のように仕切られたカーテンの中、俺と六花だけが取り残されていた。

 

 ……こうなってしまっては、やるしかあるまい。

 医療行為だというのならば、致し方あるまい。

 

 

 俺は、足へのアイシングを始めるべく、ベッドにだらりと仰向けで横たわる六花に再び目を向けた。

 

 グリーンの体操服ズボンから伸びる、健康的で程よく肉付いた、太ももに、否応なく視線が吸い寄せられる。

 

 そしてその体勢は、足は内股、両手はだらんと頭のあたりにまで上げられ、どういうわけか頬は赤らんでいて、なんと言うべきか……有り体に行って、それはもう、完全に、美少女ものの、それも成人向け作品のグッズとして販売されるような、「抱き枕カバー」のポーズになっていた。

 

「…………それじゃあ、はじめるぞ」

 

「うん……きて……」

 

 潤んだ瞳で懇願する六花。

 

 ……おかしい。今俺がやろうとしていることは、アイシング。純然たる医療行為のはずだ。

 だが、これではまるでベッドの上で愛を育む的な……言うなれば

 ”愛寝具”がはじまってしまうのではないだろうか。

 

 ──俺は、これ以上考える前に、無心、無慈悲に、その足に氷嚢を押し付けるのだった。

 

 …………なんだよ、愛寝具って。

 

 ◇  

 

 あれだけのことがあって流石に疲れたのか、眠りについた六花の横で、氷が溶けきり、ぬるくなった氷嚢を手慰みにもみしだく。

 ひとしきりアイシングが済ませた俺は、六花が横になっているベッドの端に腰掛け、用事だとかで出ていってしまった中村を待っていた。

 

 

 しんと静まり返った部屋の中、壁掛け時計の秒針だけが響いていた。

 

 ……一連のことを思い返す。

 六花が倒れそうになった時、頭痛とともに、スローモーションが訪れた。そして、それは入学式のあの時と合わせ、二度めである。

 

 そして、そんな珍しいことが、短期間に二度も起きれば、偶然ではなく、何んらかの必然……その現象の原因や、何らかの結びつきがあるのでは、と疑い始めてしまうのが、人間の性である。

 

 希望的な観測の元、最も単純な答えを、でっちあげるとすればそれうは『狭間長太郎は、目の前の他人の身に危険が迫った時、頭痛とともに世界がスローモーションに見えるようになるのだ!』というものだが、そんな経験は、如月と出会ってから今日までの二度しかない。

 

 今でっちあげた条件に近い例として、中学の時、それなり仲が良かった後輩の女子が、三メートルはあろうという木の上から足を滑らせた、なんて事件があったが……そして、落下の結果、彼女は腕を骨折したのだが、結果からわかるように、その時は、頭痛も、スローモーションも起きることはなかった。

 

 だとすれば、この現象は、六花によって引き起こされたものなのではないのか……? そんな考えに至るのは、もはや必然だった。

 

 改めて、六花の白髪を、じっくりと観察する。

 やはり、毛先から根本に至るまでが純然たる白髪。

 

 その上、天才的な学力と、超人的な運動能力。それから、その反動として、発熱と、筋肉痛。

 

 ここまで揃えば、もはや超能力だなんだと言われても、俺は、さほど驚かないような気すらしていた。

 

「──長太郎くん」

 

 目を覚ました六花の一声が沈黙を破る。

 

「起きたのか。……どうした?」

 

「ボクのこと、助けてくれて、ありがとう」

 

「……気にすんな。たまたま助けられる手段が俺にあって、たまたま助ける理由があったから助けただけだ」

 

 六花は、ようやく調子を取り戻してきたのか、ふふ、と可愛らしく笑った。

 

「やっぱり間違いなかったよ」

 

「……何がだ?」

 

「───長太郎くん、やっぱりキミは、ボクの王子様だ」

 

 王子様。それは、六花にとっての運命の人の意味を持つ言葉。

 

 未だ、こんな捻くれ者に向かって、そんな言葉を投げかけてくれるあたり、少なくとも嫌われているわけではないようだが。

 それにしたってやはり、俺なんかにとって、その言葉は、不釣り合いにも程があると、そう思った。 

 

「王子様かどうかはわからんが、ま、俺にできることなら、大抵のことはさせてもらうつもりではある」

 

「ふふ……、そっか。嬉しいこと、言ってくれるね……」

 

 そして、六花は、どこか遠くを見つめながらいった。

 

「それじゃあ、もしボクが、「助けて」って言ったら。──────ボクのこと、救ってくれるかい?」

 

 その言葉に、俺は一瞬言葉がつまりかける。

 それは、その言葉が決して、冗談で言っているようには見えなかったからだ。

 

「……ああ。任せろ。俺にできることならな」

 

「ふふ、そっか、なら安心だなぁ」

 

「そうか?」

 

「うん。だって、長太郎くんは、なんだってできるでしょ?」

 

「期待しすぎだ」

 

 ……これはまた、ハードルが一段、どころか一段と上がってしまったようだ。

  

 

 ──ボクのこと、救ってくれる?

 

 六花が一瞬見せた、今にも消えてしまいそうなほど切なげな表情が、暫く、脳裏に焼きついたように離れなかった。 

 

 

 

  

 【春大会】

 

「もっはろー、久しぶり、長……狭間くん」

 

「ああ、おはよう、如月さん」

 

 スポーツテストからちょうど三日後。

 今日は六花が久しぶりに学校に登校してきた。

 

「体の方は大丈夫か?」

 

「うん、ぐっすり寝て、起きたらもう全快だよ。筋肉痛ももう一切感じないや」

 

「ん? だったら、なんで三日も休んだんだ?」

 

 六花の話で言えば、休むとしても、スポーツテストの翌日だけで十分だったのではないか?

 ひょっとして、サボりだろうか。確かに、あれだけの騒ぎになれば、数日余計に休んだとて、教師からもとくに追求もないだろう。

 わかっていてやったのだとすれば、やはり六花は、結構いい性格をしている。

 

「ううん、そうじゃなくて、ボクが起きたのは今朝」

 

「今朝……?」

 

「うん。スポーツテストの日の十九時ごろからベッドに入って、起きたのが今日の七時ごろ。ざっと計算して、八十四時間くらい眠ってたのかな」

 

 絶句した。

 ボス戦の後のルフィかよ……。 

 

 逆に言えば、それだけの負担と疲労が六花の体には、かかっていたということになるわけだ。

 

 そんな最中、俺と六花の机の間に割って入るように、やってくる奴がいた。

 遊佐である。 

 

「おはー、りっちゃん久しぶりー、元気なったー?」   

 

「うん、もうすっかり元気だよ」

  

「じゃあ……ちょっと聞きたいことあんだけど……」 

   

 遊佐は、なぜか声を潜めて言った。  

 

「狭間、スポーツテストのあんときさぁ……二人、下の名前で呼び合ってたよね……やっぱ二人って付き合ってんの……?」

 

 それ聞いて、しまった、と思った。

 思い返すと、六花が倒れた時、俺は必死になるあまり、ついいつものように六花のことを、「如月」ではなく、「六花」と呼んでしまっていた。

   

「そう見える……かな……?」

 

 六花が言う。

 おい、遊佐の好奇心を煽るようなことをいうんじゃない。

             

「え⁉︎ じゃあ二人ってやっぱ……」

 

「……いや、そんな事実はどこにもない」

 

 端的に俺が事実を告げる。

 

「あ、だよねー。狭間だし」 

 

 即答だった。 

 

「ありゃ? でも、狭間が六花のこと名前で呼んでたのってなんで?」

 

「ああ、実は演劇部は部活内じゃ、お互いのことを下の名前でぶことになってんだ。芝居だと、先輩でも、役の名前で呼び捨てにすることも多いからな。そう言うのに日頃から慣れておくために、そういうことになってんだ」

 

 面倒なので俺は嘘をでっちあげることにした。

 その効果は覿面だったようで、遊佐が「へー」と相槌を打つ。

 

「こうやって勘違いされると面倒だから、外じゃ使わないんだけどな」 

 

「そうなんだおもしろ〜。やっぱ演劇部変わってんな〜」

 

「……気は済んだか?」

 

「うん、済んだ済んだ。ごめんねー、はやとちりしちゃって。りっちゃんもごめんね」

 

「う、うん」

 

 ……なるほど、どうやら彼女の噂通は、このどこにでも首を突っ込みたがる野次馬根性に由来しているらしかった。

 

 その日の、数学の授業の終わり。

 俺と同じくど底辺クラスの遊佐が、耳打ちしてくる。 

 

「(ところでさ、狭間からみて、美咲ってどう?)」

 

「どう? どうってまあ……真面目なポンコツだが、いざと言う時は案外頼りになる、とか……?」

 

「か〜〜! やっぱお前はダメだ! ダメなオタクだ! これだからニジオタ童貞はよ〜〜!」

 

「どっ、童貞ちゃうわ」

 

「嘘・乙!」

 

 もはや俺の中で定型文化したセリフが飛び出る。もちろん、オタクの悲しい見栄である。

 そして、そんな虚勢を遊佐は0秒で看破し、走り去っていった。

 

 今の返しの速さで完全にわかった。やっぱあいつ、こっち(オタク)側の人間だ。

 

 とりあえず俺は、部活のグループLINEに『演劇部は部活中、互いを下の名前で呼び合ってって噂が二年中心に出回ると思うので、ほとぼりが冷めるまで適当に合わせておいてもらえると助かります』

 と送ることにした。

 

 するとすぐに南部長から返信があった。

 

『プリキュアみたいなもんか』

 

 ……確かに、プリキュアも変身前後で互いの呼び方変わるけどな。

 

 ◇ 

 

 

【執筆開始】

 

 あれから数日たった日曜日。

 普段であればテレビの前でスーパーニチアサタイムを満喫している時間帯なのだが。

 

 俺はろくに服の詰まっていない、自室のクローゼットの前に立ち尽くし、ぽりぽりと頭を書いていた。

 

「デートって……何着てきゃいいんだ……?」

 

 ──どういうわけか、俺は六花とデートすることになっていた。

 

 事の発端は、一昨日、金曜にまで遡る。

 

 ◇

「参った」

 

 春の交流会に向けて、台本を描き始め早数日、台本の内容は一向に進まず、俺は悩見果てていた。

 

 交流会──。周辺の高校演劇部が集う機会は年に二回。

 県大会への切符が掛かっている十月の大会と、

 六月の交流会だ。

 その名の通り、新しい顔ぶれとなった演劇部の顔見せと、大会への慣らしだ。

 

 とはいえ、書くからには一時間分の台本を本気で死ぬ気できっちり描かなくては気が済まない。

 

 肝心の内容すらきまっていない。

 

 決まっていることは、ただ一つ。

 ──六花がヒロインとして最高に輝く台本を書くこと。

 

 体験入部で初めて六花の演技を見た時から、俺は決めていたことだ。

 

 そして、新歓の時のような、人を選びすぎる内容にはならないようにすること。

 こちらは、従来通りの、御伽噺の路線を採用することにした。

 

 なにより、六花は、ファンタジー掛かってなければ、持て余してしまう。

 

 こうして、漠然と、コンセプトと、方向性だけは一丁前に決まっているものの、具体的に、どんな御伽噺の要素を取り入れるのか、六花は何の役なのか。

 そういったところは、一切決まっていなかった。

 

「どうしたもんかな……」 

 

 六花の圧倒的な存在感を活かすことを考えると、ここは、変に気を衒って、マイナーな話を持ってくるよりも、有名な御伽話で正々堂々勝負した方がいいだろう。

 

 例えば、赤ずきん、美女と野獣、人魚姫、白雪姫、眠り姫。

 

 三日間眠り続けていた、なんてエピソードを聞いたばかりな事もあり、白雪姫や眠り姫なんかは、適役なのだろうが、いかんせん彼女らは、眠っているシーンが多くなってしまうのが難点だ。

 

 ──と、何だかんだと、候補を挙げては却下する自問自答を繰り返し続けていた。

 だが、どれも六花が演じる事を想像してみると、どうにもしっくりこない。

 

 眩しいくらいに王道中の王道すぎて、今まであえて避けてきた、シンデレラのカードを、ついに切る時がきたのか、なんて思ったものの、それもすぐに却下した。

 

 『シンデレラストーリー』なんて言葉があるように、シンデレラの一番の魅力は、継母たちから不当な扱いを受けていたシンデレラが、最終的には王子様と結婚して報われ、成りあがる、という部分にある。

 

 シンデレラは、決して派手ではないが健気な女の子が報われるのがミソなのであって、共感し、応援したくなるのであって、

 

 その点で言えば六花は、オーラがありすぎた。

 

 策も尽きかけた俺は、せめてもの努力として、何か気づきはないかと、張本人たる六花を観察していた。

 

 当然、大それた収穫などあるはずもない。

 ここまでの収穫と言えば、精々、六花はよく、両手を後ろで組む姿勢をとる、と言うことに気づいたくらいのものだ。きっと、彼女の癖なのだろう。

 

「狭間くん、どうかしたの?」

 

 そのままぼんやりと六花のことを眺めていると、流石に気づかれてしまう。

 とはいえ、馬鹿正直に、君のことを観察していた、なんて言うのは憚られる。

 そんなことを言われてもいい気はしないだろう。

 

「まあ……アレだ、台本のことでちょっと悩んでる的なアレだ」

 

 決して嘘は言ってない。

 

「なるほど……。ひょっとして、スランプってやつかい?」

 

 今日日スランプって……。アラレちゃんか。

 鳥山明先生といえば、ドラゴンボールばっか話題に上がりがちだが、やっぱりギャグ漫画もめちゃくちゃ面白いんだよな。

 なんなら、ドラゴンボールは悟空の少年期編の方が好きなまである。

 

「そこまで深刻なもんでもない……と思う。まだ考え始めたばっかだしな」

 

 そうは言いつつ、今の沼にハマってしまったような状況から抜け出せるビジョンは見えないが。

 

「それもそっか。まだ時間もあるし。それでも思いつかなかったら……いよいよスランプ?」

「嫌なこと言うな……。そうならないよう、少し早い気もするが、今週末辺り、街に繰り出すとするか」

 

「街に……? 台本は書かなくていいのかい?」

 

「煮詰まった時は、案外、外に出てみると思わぬ閃きがあったりするもんなんだよ。歩いていて目に入ったものだったり、もっと直接的に、映画の内容から着想を得たりな」

 

 俺はそう言いながら、スマホで近隣の映画館の上映スケジュールを調べていると、動画配信サービスでいつか見ようと思いながらも、その気をのがし続けていた、大作SF映画がリバイバル上映されるとのことだった。

 

「おっ……これを機に、見に行くか」

 

 ぼそりと呟いてから顔をあげると、そこには目を輝かせた六花の姿があった。

  

「ボクも一緒に観に行っていいかな⁉︎」

 

 特に断る理由もなかったので、そのまま承諾した。

 

 そしてその晩、六花から一通のメッセージが届いた

 

『明日のデート、楽しみだね』

 

 ……なるほど、確かに男女二人がプライベートで出かけるのであれば、それはデートとという捉え方もできるだろう。

 

 ……俺、六花とデートするのか……?

 

 ◇

 

 一人での外出であれば、身だしなみを意識することなど一切ないのだが、美少女と……それもデートというのならば、話は別だ。

 

 そんなわけで俺は現在、少しでもマシな服装選びをするべく、今一度クローゼットの中を見渡していたのだった。

 

 目に入るのは、積み上がったラノベや漫画にプラモやフィギュア箱ばかりで、肝心の服は、といえば、隅のほうに、申し訳程度に置かれた、引き出し式の衣装ケースが何段か積み上がっているだけだ。

 当然、衣替えなんて概念は存在せず、春夏秋冬をこの中の服だけで駆け巡っている。

 そして引き出しを開ければ見渡す限りのユクロユニクロユニクロGユニクロユニクロGUユニクロ。

 

 この惨状から察せられる通り、ファッションに対する興味なんてものは微塵もないのであった。  

 諭吉が吹き飛んでいくような金額の服や靴を買う人間なんてのは、俺にとって、もはやちょっとした異星人のようなものだ。

 

 強いて言えば、ダンボールの中には、用途不明のチェーンいたるところについた黒いコートや、なぜか指を覆う部分が切り飛ばされた革手袋、木材から切り出したオリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』なんかがつまっているが、これらをファッションと呼ぶのは少し違うだろう。

 ついでに言えば、ベッド元に置かれたガラスケースの中の、バックル部分のコウモリのデザインで、光って、鳴って、杉田智和の声で喋るベルトも、ファッションではない。

 

 ふむ、と改めて現状を踏また上で、俺は結論を出す。

 

「無理だな。諦めよう」

   

 そもそもの話、お相手は通りすがれば誰もが振り向く、ハイスペック美少女、如月六花だ。俺のような凡人がいくら着飾ったところでどうこうなるものでもない。

 

 俺はいつも通りグレーのロングTシャツに黒いスラックスを装備すると、駅へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 電車で揺られながら考える。

 六花はどんな私服を着てくるのだろうか。

 彼女のことだ、勿論どんな服を着ても似合うだろうが。

 

 世間一般に、おしゃれと認識されているようなストレートなファッションでくるのか。

 はたまた、ロリータを筆頭とする、サブカルチックな方向性なのか。

 そのボクっ娘口調に合わせて、ボーイッシュなパンツスタイルなんて可能性もあるかもしれない。

 ──アリだなアリ。大いにアリだ。

 

 待ち合わせ場所であるJR海浜豊砂駅につくと、六花はすぐに見つかった。

 遠目からでも白髪とブルーの瞳が良く見えるのだ。

 六花もすぐに俺の存在に気がついたようだ。 

  

「長太郎くん、もっはろー!」

 

「おう、もっはろー」

 

 そして、肝心の六花の服装は、というと、意外にも、いつも通りの、学校指定のブレザーにスカート姿だった。

 そんな俺の思考を察したのか、六花は申し訳なさそうに言う。

 

「実は、あんまり外に着ていけるような服持ってなくてさ」

「ああ、そうなのか」

 

 そうは言っても、全くの一着も持っていないということはあるまい。

 我々オタクの言う「着る服がない」は、本当に着る服がない、控えめに言ってピンチの時なわけだが、どうも女子の言う「着る服がない」は、その日の目的、場所に対して「着ていきたい服がない」という意味合いらしい。

 

 六花なら何を着たとしても似合うのだろうし、正直に言えば、私服姿の六花を見たかった、というのが本音ではあるが……。

 それはそれとして、驚くほど制服が似合うやつだ。

 似合いすぎていて、ひょっとして、おぎゃあと生まれてきたその瞬間から制服を着ていたんじゃないかと思わされるくらいだ。

    

「せっかくだ、六花の服、見るか?」

 

「いいのかい? ボクが勝手に長太郎くんの外出についてきただけなのに」

  

「ああ。服の買い物なんて、自分じゃしないからな。女物なら尚更。むしろ新鮮でいい経験になる」

 

「そう言うことなら、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな」

 

「荷物持ちならまかせとけ」 

 

 そう言うと、六花はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、今日はどれだけ買い物しても大丈夫そうだね」

 

 ……さて、腕二本で荷物を持ち切れるだろうか。

 

 ◇

 

 ショッピングモールに入った俺たちは、早速映画館のフロアへと足を運んだ。

 ホコリとキャラメルポップコーンの匂いが混じったような、独特の空気が鼻腔をつく。

 映画館に来たんだな、と実感させてくれる、好きな匂いだ。

 

「ここが映画館……!」 

 

 六花は物珍しそうにあたりをきょろきょろ辺り見回していた。

 

「ひょっとして、来るの初めてか?」

「うん。実はそうなんだよね。だから今、結構ワクワクしてたり」

 

 そう言いながら六花はガチャガチャを眺めたりしていて、実に楽しそうだ。

 

「今からあれを見るんだよね?」

 

 そう言って六花は、宇宙服を着た男が一人、真っ白な惑星に佇んでいるポスターを指さした。

 

「ああ。なんでも、SFとヒューマンドラマの要素が合わさって最強の作品らしい。……SFだから、聞き慣れない概念なんかもでてくると思うが……そこはまあ、六花なら大丈夫だろ……もし熱でぶっ倒れそうになったら早めに教えてくれよ?」

 

「はは、わかってるよ。心配してくれてありがとう」

 

「……おう」

 

 まだ入場まだ少しばかり時間があるな、と考えていると、六花が俺の手を引いてきた。  

     

「長太郎くん、あれ、ポップコーン食べたい! 長太郎くんも、食べるかい……?」

 

 お財布事情もあり、普段はあまり買わないのだが、六花一人だけがってのも、少しばかり居心地が悪いだろう。ここは俺も久々に買うとしよう。

 

 注文口に立つと、店員が俺たちを見るなり

 

「本日、カップルデーとなっておりまして、ペアセットがお得になっております」

 

 と、勧めてきた。 

 

「じゃあそれで![#「!」は縦中横] 長太郎くん、いいかな?」 

 

 ……まあ、実際の関係性はどうあれ、安くなるのであれば、それを享受するべきだろう

           

 結局、ペアセットを頼んでシートに着く。            

 近頃、上映前のCMの時間は長くなっていく一方な気もするが、逐一反応している六花を見ていると退屈しなかった。

 

 いよいよ映画が始まると、その圧倒的な迫力の映像に、俺の意識は、まるでスクリーンに吸い込まれたかと錯覚するほどに、集中して見入ってしまう。

 そしてそれは、緊迫感あるストーリーがひと段落し、ようやっと一息ついたところまで続いた。

 上映時間的には、おそらく、今中盤を超えたあたりだろうか。

 

 すると、随分のどが乾いていたことに気づいた。

 ……そう言えば、映画が始まってからは飲まず食わずでずっと見入っていたのか……。

 さすがは、数々のレビューサイトで持ち上げられているだけあるな……、一瞬たりとも目が離せない。

 

 俺は、視線をスクリーンへと固定したままコーラをすすり、ポップコーンへと左手を伸ばす。

 

 すると、手がこつん、と何かに当たった。

 

 俺は反射的にそちらへ視線を向ける。

 映画が始まって以来、スクリーンから目を離すのは、これが初めてのことだった。

 

 そして、そこには、少し照れ臭そうに右手をさすりながら、俺を見つめる六花の姿があった。

 

「(”やっと”こっち見てくれたね)」

 

 囁くように言われ、トクン、と心臓が力強く脈打つ。

 

「(……まあ、映画だからな、そりゃスクリーンを観てるのがふつうだろう)」

  

  

「(ふふ、そうだね。じゃあそろそろボクも映画の方に集中しようかな)」

 

 そう言って六花は視線をスクリーンに視線を戻す。

 

 俺は、乱れた呼吸を落ち着かせるように、大きく深呼吸してから、

 続くように画面へと向き直ろうとした。

 ──そのはずだった。

  

 ──俺はなぜか、未だ、六花の横顔を見つめていた。

 

 いくらスクリーンに視線を戻そうとしても、まるで金縛りにでもあったかのように、俺の首はピクリとも動かなかった。

 

 ───ひょっとして、また世界がスローモーションに見えているのではないか、と一瞬考えたが、映画は依然、通常と変わらない速度で進んでいた。

 そう入っても今の俺は、それを耳でしか、推し量ることはできないが。 

 

 ──スクリーンの明かりが、彼女の横顔を様々な色に照らしていく。

 

 こうして横から見ると、六花の睫毛は、目尻に向かって流れるような生え方をしているんだな。

 それに、前々から、まつ毛が長いと思っていたが、下まつ毛は案外短いことがわかった。

 

 六花の横顔を見つめていると、ふと、思った。

 

 さっき六花と手がぶつかった際、彼女は「やっとこっちをみてくれた」だとか、「そろそろ映画に集中しようかな」などと言っていた。

 

 俺のように、スクリーンを見る事に集中していたのなら、それは絶対にでるはずのないセリフだ。

 ……それならば、六花は一体、zつっとどこを見ていたのだろう。

 

 

 ──ひょっとするとそれは、手があたるその時まで、俺のことを観ていたということではないだろうか。だとすればそれは────。

 

 それに気づいた時。落ち着きかけていた動悸が、再び、早鐘のように脈打ち始めた。

 

 そしてそれは、エンドロールが流れきってなお、収まることを知らなかった。

 

 ◇

 

 劇場を出たときには、もうすっかり昼時で、俺たちは、ハンバーガーショップに入り、昼食を取ることにしていた。

 

「わあ、おいしそう……!」

 

 六花がチーズバーガーの包みを開いていく。

 どうも、この手のチェーン店に入るのも、初めてのことらしかった。

 

 ──さっきから、妙だ。

 映画を見終わってから、六花の一挙手一動がやけに目につく。

 

 すらりと長い指でポテトを一本だけ摘み、口に運ぶ六花。

 気に入ったのか、今度は、三本指で、何本かまとめてポテトを口へと運んだ。

 油が、ほんのすこし唇について、なんだか、艶かしい、なんて思った。

 

 バーガーを上手く食べれず、唇の端にケチャップをつけた六花。

 今度は、まるで、無邪気な子供みたいだった。

 

「ん? ボクの顔に何かついてるかい……?」

 

 俺は、そのケチャップをゆびですくいとって自分の口へと運ぶ──なんてことは当然せず、

 

「ケチャップ、ついてるぞ」

   

 と、ただそう言った。   

 

 それから六花は、嬉々として映画の感想を語ってくれたが、当然俺は、曖昧な返答しかできない。

 寧ろ、六花は本当によく見ているな、と思った。

 

「ひょっとして、映画、あんまり面白くなかったかい……?」 

   

「ああいや、そうじゃない……そうじゃないんだ……」

 

 俺は腹を括って言った。    

     

「途中から、六花の横顔が気になって、あんまり、集中できなかった」     

 

 すると、六花の顔色は、みるみる赤みをましていった。

 

「そ……そうなんだ……」     

 

「実はね。ボクも、途中までずっと狭間くんの横顔、見てたよ」

 

「……そうか」                        

 また、ドクンと、大きく心臓がはねた。

 

  ◇   

 

 ハンバーガーショップを出た俺たちは、今回のもう一つの目的、六花の服選びのため、ぶらぶらとモール内を散策していた。

 

「行きたい店とかはあるのか?」

 

「うーん、特にない……かな。ボク、どのお店がいいのか全然わからなくて」

 

「なるほどなぁ……」

 

 俺だってユニクロとGUと、それからしまむら意外の服屋の名前は知らない。

 レディースに特化した服屋ともなれば、さらに分からない。

 記憶の引き出しを漁っていると、チュチュアンナ? とかワコール? とか、そんなブランドを聞いた事があったような気がするが、半端な知識だ。わざわざ話すようなことでもないだろう。

 

「六花は、どういう系統の服がが好きなんだ?」

「それでいうなら……かわいいやつ、かな?」

 

 あまりに漠然とした回答。

 これは、結構長い買い物になる予感がしてきたな。

 

「正直にいうとね、ボク、あんまり自分で服選んだことってないんだ。だから……うん。長太郎くんが、少しでも面倒だったら、この話にしようよ。ほら、なんだったら、もう一本映画見ない? そうだ、きっとそれがいいよ」

 

「──なら、全部まわるか」

 

「……え?」

 

「何にもわからないなら、とにかくいろんな店見まくって、店員に聞きまくっていけば、自分の好きな服とか似合う服もわかってくるだろ」

 

「……本当に、いいのかい……?」

 

「ああ。今朝言ったろ? 俺が女子の服選びに付き合うことなんざ、今後一生ないかもしれないんだ。なら、物書きの端くれとしては、経験しておかない手はない」

 

 そう言うと、六花がへにゃりと表情を崩して笑った。

 

「ありがと、長太郎くんっ!」

 

「……お、おう」 

 

 そこからは、言葉通り、六花の目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返す事となった。

 

 

  

 

 ──だが、数店巡った辺りで俺は気づいた。これは想像以上に困難な買い物だと。

 

 ……というのも、六花がなまじ、どんな服も似合ってしまうので、一向に候補を絞り込む事ができないのだ。

 

 そうして、気づけば俺たちはモール内の服屋を制覇しかかいっていた。

 

「多分、あそこで最後だな」

 

「うん……ごめんね、本当にたくさんつきあってもらっちゃって」

 

「いや、いい。……多分今の俺は、六花が想像しているよりも楽しんでると思うぞ」

 

 当然、普段服選びを全くしない俺は、すっかりくたくたになると思っていたのだが……確かに疲労こそあるものの、不思議と、飽きた、なんて感情は、頭をよぎることさえなく。

 むしろ、六花のファションショーももうすぐ終わってしまうのか、と一抹の寂しささえ覚えていた。

 

 俺たちの旅の最後となる店は、ジーンズだったり、ビッグシルエットのシャツだったり、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だった。

 

 店に入ると、見るからにおしゃれチックな、グリーンのメッシュ混じりの茶髪に、左肩だけが露出した左右非対称ファッションの店員が俺たちを出迎える。

 

「いらっしゃいま……かっっっわい…! え⁉︎ お客さんモデルかなんかやってます⁉︎ いや絶対やってますよね⁉︎」

 

「やってない……ですけど?」

 

 店員の剣幕に、六花も若干タジタジだった。

 ここまで服屋を巡ってきて、六花のその圧倒的なルックスに、多少驚かれることはあれど、ここまでド派手に驚かれるのは初めてのことだった。

 端的に言えば、一番騒がしい店員だった。

 

「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」

 

 なんだこのやけに押しの強い店員は……。

 というか、そんな勝手に安くするとか言っていいのだろうか……と思ったが、ふと名札を見ると、『店長』と書かれていた。なるほど。値引きの裁量も彼女が握っているというわけか。

 

 ……店長がこれとか、凄い服屋だな。な……。

 

「うーん、モデルはちょっと。試着なら、寧ろ大歓迎ですけど」

「わかりました〜! じゃあとりあえず、これとこれと……」

 

 そういって、店員改め店長は、売り場からコーデ一式を慣れた手つきで素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。

 

「とりあえずこれに着替えてもらっちゃってもいいですか⁉︎ その間に他のコーデもいくつか揃えておくので! あ、更衣室あそこです」  

 

「は……はい……!」

 

 そうして六花は、あれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまった……。

 仕方がないので適当に店内をうろついて六花の着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を手に持ったまま、「いやぁ、ホントいきなりすみません」と、件の店長が話しかけてきた。

 意外なことに、迷惑になりかねん鬱陶しさという自覚があったらしい。

 

 職業柄、つい『この子がウチの服きたらどんな感じになるのかなー』って、気になっちゃうんですよねー。特に制服とか着てる方相手だとなおさらですねー」

 

「制服?」 

 

「ほら、制服って本人のセンスで選んだ服じゃないですか。だから、あの子に一番似合うファッションってどんなのかなーって、いてもたってもいられなくなっちゃいまして……」

 

 六花が真に似合うのは、どんな服装なのか。

 それは確かに、俺にとっても大いに気になることだ。

 

「なるほど。納得しました」 

 

「お、やっぱりそう思います? それにしても彼女さんホッッントにかわいいですね、どうやって捕まえたんです? 何か弱みを握って……って感じにはみえませんでしたし」

 

 おっと、この店長とやら、さては普通に失礼な部類の人間だな? というか、だ。

 

「やっぱ、カップルに見えるもんなんすね……」

 

「お? 惚気ですか? まぁ〜、パッと見、不釣り合いに見えても、あんだけ距離感近ければそう見えますよ〜」

 

 間違いない。この店長とやら、思ったことがすぐに口にでるタイプの人間のようだ。

 

 決して、悪い人ではないのだろうが、それはそれとして、そろそろ面倒になってきたので、適当な嘘をついて、強引に締める事にしよう。

 

「──ええ。最高にかわいいでしょう、俺の彼女さんは」

 

 俺の彼女……なんて背中がむず痒くなる言葉だ。

 自分で言っておいて、いますぐ喉を掻き切って死にたくなってきた。

 

 それにしても、全くの赤の他人から見ると、俺と六花はやはりカップルに見えるらしい。

 けれど当然、実際にはそうではない。

 ……なら。そうでないのなら、今の俺と六花の関係はなんなのだろう。一体何と形容すればいいのだろう。

 ぼんやりと、そんなことを思った矢先、フィッティングルームのカーテンが開く音が聞こえた。

 

「どう? 長太郎くん。似合ってる……かな?」

「それは……反則だろ……」

  

 そこにあったのは、小さくロゴが入った半袖の白Tシャツに、デニムのオーバーオール、そして黒のキャップを被った姿の六花だった。

 

 決して派手なおしゃれさではない。寧ろ、シンプルを突き詰めたような服装だろう。

 けれど……いや、だからこそ、六花自身の持つ存在感と打ち消し合うことなく、最大限に引き立てているように感じた。

 

 ここまで、様々な服装の六花を見てきたが、俺の中では、文句なしの一位。はっきりいって、ストライクゾーンど真ん中だった。

 

 口元に手を当てて、にやけそうになるのを抑え、目を逸らす。

 

「あ、ありがと、じゃあ、せっかくだから……買っちゃおう、かな」

 

 六花は、目を合わせてくれなかったが、その頬は火がついたようんい、赤く染まっていた。

   

 ◇

 

 六花はその後も、店員の勧めで、さまざまな試着をするらしかった。

 らしかった──というのは、現在俺は、六花と別行動をする形で、

 件の服屋の向かいにある、アクセサリーショップへと足を運んでいるからだった。

 

 無論これは、俺のための買い物ではない。

 俺が、六花にプレゼントを探すための買い物だった。

 

 ──とはいえ、自分から思い立って買いに来るほど、プレゼントに対して積極的な人間ではない。

 情けない事に、ことの発端は例の店長からの進言だった。

 

 ようやく一着目のコーデが決まり、六花が更に別の服に着替えている最中のことだ。

 

「実はですね、あのコーデ、私的には、まだ完璧じゃないんですよね」

 

「はあ」

 

 そう言われても、俺には皆目検討もつかないので、生返事だけを返す。 

   

「あれに、シンプルなネックレスがあれば、完璧だと思うんですよねー」

 

「……で、これは私の独り言なんですけど」 

 

 こんな小説みたいな言い回しする人間、実在するんだな。

 

「お向いにあるアクセサリーショップ、ハンドメイドなんですけど、価格の割に、めちゃくちゃクオリティが高いんですよね。それこそ、シンプルな物だったら高校生のお小遣いでも全然買えちゃうくらいに」

 

 これだけ露骨に示唆されれば流石にわかる。

「彼女に似合うネックレスを選んでこい」と、そう言っているのだろう。

 

 口車に載せられるままというのは些か釈ではあるが、俺が選んだネックレスをつけている六花を想像すると、また脈拍が早くなった気がしたのだ。 

 

 店内には、木製のラックに、ピアスやブレスレットなどがずらりと並んでいた。

  

 ネックレスだけに絞ったとしても、あまりの数の多さに一つ一つ見て行けば、本当に日が暮れてしまうだろう。

 俺はひとまず、小説を斜め読みするかの如く、ざっと見ていくことにした。

 

 ──ふと、目に留まるものがあった。

  

 それは、直径一センチほどの、シルバーの小さな三日月のついた、シンプルなネックレスだった。 

 

 ──気づけば俺は、それを手に取っていた。自分の直感に頼る形で手に取ったものだが、見れば見るほど、不思議と、六花に似合うという確信が増してくるようだった。

 

 月は、古来よりミステリアスの象徴。パワーの源。神秘的なものとして扱われてきた。

 

 未だ謎の多い六花に、月のイメージにピッタリだと、そう思った。

 

 

 やはり、行き詰まったときは、外に出てみるもんだ、と改めて思った。

 俺は御伽噺にモチーフを探すとき、海外発の物ばかりに視野が向いていた。

 だが、たった今、思い出した。

 日本には、月に由来する──それも、最古の物語があったじゃないか、と。

 すなわち竹取物語──又の名を『かぐや姫』。

 

 六花は、かぐや姫だ。

 

 ◇

 

 服屋に戻ると、ちょうど会計を終えた六花が、両手に買い物袋をぶら下げて店から出てくるところだった。

 どうやら、あの後も何着か買ったようだ。

 

「お待たせ、長太郎くん」

 

 そして、六花はいつの間やら制服から着替え、先ほどの、シンプルなオーバーオールのコーデを一式身につけていた。

 

「店長さんが、折角のデートなんだからって言って、タグ切ってくれたんだ。どうかな、気に入ってくれた……?」

 

「あたりまえだろ」

 

 どうもあの店長、俺をネックレスを買いに走らせるだけでは飽きたらず、こんな気回しまでしてくれたらしい。

 中々どうして、粋な計らいじゃないか。

 

 ……六花の後ろでこれ見よがしにウインクしてくるのが玉に瑕だが。

 

 ◇ 

 

 外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 立地が海岸沿いなこともあって、もうすぐ五月だというのに体を撫でつけるかのように、冷えた風が吹いていた。

 

「は〜、今日は楽しかった〜。長太郎くん、今日はありがと」

 

「ああ」

 

 俺は、短く相槌を打つと、大きく深呼吸する。

 

「六花、渡したい物がある」

 

 俺は、右手に握りしめた紙袋から、件の三日月のネックレスを取り出して、六花に見せた。

 

「長太郎くん、これって……!」

 

 その声色からも、六花が喜んでくれているのが伝わってくる。

 

「その、なんだ……六花に似合うと思ってな……今、着けてもいいか?」

 

「うん。お願い着けて」

 

 俺は、もう一度深呼吸してから六花の正面に立ち、そのまま抱きしめるように首の後ろに手を回し、ネックレスの留め具をはめた。

 

「できたぞ」

 

 六花は、きょとんとした表情を浮かべていた。

 

「……どうした?」 

 

「だ……抱きしめられたかと思って、ドキドキしちゃった……」

 

「き、気に入らなかったら、別に無理してつけなくていいからな」

 

「ううん、使うよ……。二四時間三百六十五日、ずーーーーーーとつけてたいくらい……!」

 

「流石に、学校でつけるのは辞めといたほうがいいと思うぞ」

 

「ふふ、そっか、そうだね」

 

 ……一先ず気に入ってくれたようでよかった。

 俺はようやく胸を撫で下ろすことができた。

 

 俺は六花の前に両手を差し出す。

 

「……?」

 

「荷物貸せよ。荷物持ち、なんだろ?」

 

「そういえばそうだったね。でももうバス来るみたいだから、大丈夫だよ」

 

 バス停の前、六花が言う。

 

「──なあ、六花、そのことなんだが」

 

「──駅まで歩かないか?」

 

 ◇

 

 ずっと、考えていた。

 

 俺と六花の関係は、一体なんなのだろう、と。

 

 それは、今日、あの服屋の店長にカップルと勘違いされるよりも前から、映画を見る前から、六花と初めて言葉を交わした、あの新歓の日から考えていた事だった。

 

 部活仲間、クラスメイト、友達。

 どれも、しっくりこないと、常々思っていた。

 

 もういい加減、見て見ぬふりをするのは……自分に嘘を着くのは、限界らしかった。

 自分に芽生えたその感情を無視するには、六花はあまりにも魅力的で、可愛すぎる。

 だから、ここいらで、ハッキリさせよう。

 

 ──俺、狭間長太郎は、如月六花のことが、異性として好きだ。

  

 美少女で、ミステリアスで、ボクっ娘で、それでいて、俺に対して、好意的に接してくれている。

 そんな女の子を、好きにならないはずがない。

 

 だとすれば、最後の問題は、六花が俺に向けている好意が、恋愛感情なのか、それとも別種のものなのか──即ち、仮に、俺が六花に思いを伝えたとして、それを承諾してくれるのか……いや、よしんば、承諾してくれたとして、その関係を続けることができるのかどうか。問題は、そこだ。

 

 

 

 きっと、かつての俺ならばややこしいことは考えず、とっくに六花に告白していたのだろう。

 

 けれど、どうも今の俺は、彼女からの……いや、”異性からの好意を”、そう簡単に信じることができないタチになってしまっているらしかった。

 

 そして、その原因は、明確だった。

 

 その原因となった出来事は、俺がまだ、メガネをかけていたあの頃。中学校時代に起きた話だ。

 

 ──俺には、中学二年生の夏頃まで、いわゆる彼女というものがいたことがあった。

 

 誤解が生まれぬよういっておくと、ラブがプラスな女子高生でも、ときめきがメモリアルな美少女たちでもない、同じ次元の、肉体を持った、同級生の女子である。

 

 ──赤座恵美梨(あかざえみり)。同じクラスで同じ美術部の女子。二次元のイラストではなく、純粋に絵画が好きで、明るく、友人も多い、うちの美術部では珍しい、入部理由が「漫研がないから消去法で」ではない女子で、──当時から非モテロード一直線だった俺のことを、唯一面白い、と。かっこいいと言った。変わった奴だった。

 

 そして、そんなツチノコよりも稀有な存在を前に、当時の俺が、赤座を好きにならないわけがなく。中一と中二の間の春休みに、俺は赤座に告白をしたのだった。 

 

 意外な事に、告白の返事はOKだった。

 人生初の彼女に、当時の俺は、それはもう舞い上がりに舞い上がった。

 

 今に思えば、この時の俺はなんと愚かだったのだろう。

 脳内お花畑がすぎる。過去に戻って頭蓋を切り開き、そこから除草剤を散布してやりたいと思うくらいだ。

 

 現在の、彼女なしという現状が示す通り、俺と赤座は当然、別れることとなる。

 

 あれは確か、付き合い始めてから四ヶ月あまりの、夏休み真っ只中、八月半ばの事だった。

 

 ある日の部活帰り、俺は突然「別れよう」と告げられた。

  

 曰く、「告白をOKしたのは、友達の彼氏自慢が羨ましくて、一度自分も彼氏を作ってみたかった」。

 曰く、「面白い、かっこいい、とはいったものの、そこに恋愛感情はなかった」。

  曰く、「友達としては面白いが、恋人としてはイマイチだった」。

  曰く、「狭間くんと付き合ってることを話したら、自分まで変わり物扱いをされた」。

 

 よくもまあ、ここまで理由を挙げられるものだと、思ったが、同時に、「ああ、彼女とは、決定的に相性が悪かったんだな」とも思った。

 ここまでならまだ、納得することもできたのだ。

 

 だが、翌日の部活帰り、赤座の隣には、同じ美術部に所属する、小学校来の親友、成瀬優斗の姿があった。

 

 ──それを見た俺は、「ああ、そういうことか」と思ったものだ。

 

 あろうことか、俺は数日前に、優斗の「俺も彼女作ってみたい」なんて要望を叶えるべく、その長い前髪を切らせ、あまり似合っていない丸メガネをコンタクトへと変えさせ、イケメンへと変貌させたばかりだった。

 

 元の素材が良かっただけに、奴は美術部内で瞬く間にモテ始めていた。

 

 ──そして、そんな優斗は、ルックスは爽やかイケメンで、話も面白く、中二病でもなければ、グッズに全財産をつぎ込むほどオタクが進行しておらず、変に浮いている俺と違って、クラスでは大人しい勉強家として認知されている。

 ハッキリいって、赤座の求める理想の彼氏像にぴったりだったろう。

  

 ここまではまだいい。ここまではまだ、何とか納得することができていた。許せなかったのは、その後二人が掌を返したように、「オタクはないわ」と、果ては「狭間はないわ」だとか言い始めたことだった、

 

 その頃には、もはや怒りも呆れも通り越して、

 

 恋愛とは、ここまで人を歪めるものなのか、と。いままでの人間関係をいとも容易く蔑ろにできるものなのか、と。ただただ失望するだけだった。

 そして俺は、翌日から部活に行くのを辞めた。

 

 ──以来、俺は、こと色恋沙汰においては、随分と腰が重くなったように思う。

 

 告白したとて、OKはされるのだろうか。

 付き合ったとして、その関係は続けることができるのか。

 ひょっとして ”相手の思い描いていた、「彼氏狭間長太郎」と乖離しているのではないか”

 ──それだけのリスクがあるのならば、告白なんて行動は、取るべきではないのではなかろうか。

 

 ──だから俺は、六花にどうしようもなく惹かれていく自分を、心のどこかで、無理やり押さえつけようとしていた。

 

 ──だが、それももう、限界らしかった。

 

 映画の時、六花はきっと、俺がポップコーンに手を伸ばすその瞬間まで、俺の横顔を眺めていた。

 

  ──それはきっと、俺が、六花の横顔から目が離せなくなったのと同じように。 

 

  

 決して安くない金額を払って、映画を見にきているのにも関わらず、彼女は、大迫力の映画よりも、地味で半端で、王子様でも何でもない、俺の事を見ていた。

 ──六花と出会ってから一ヶ月あまり。もう六花も、俺が王子様なんかじゃないと、気づいている。

 

 それなのに、俺 なんかを見ていた。

 

 だとすれば、そこには、それなりの、理由が、感情が、あるはずだ。 

 

 ”それ”に気づいたとき、俺の六花への渇望は限界を超えた。

 自分でも、抑えきれないものになっていた。

 

 

 ──六花なら、信じてもいいんじゃないか。

 

 ──いや、信じたい。

 

 ……それに、こんな、行き場のない感情を押し殺し続けていては。胸を締め付けられるような状態が続いていては、俺の心臓は、爆発してしまう。

 

「六花、そこのベンチ、座らないか?」

 

 俺は荷物を置く。最悪、俺が逃げ出しても、うっかり六花の荷物を持ち帰らないように。

 

「六花……」

 

 緊張で、呼吸が浅くなり、意識が薄くなっていくようだ。

 

 落ち着け、落ち着け。

 

 難しいことは考えなくていい。

 

 たった三文字、言葉にすればいい。

 

『好きだ』と、ただ一言葉伝えればいい。

 

「六花、す……」 

 

 ────俺は、それ以上言葉にすることができなかった。

 

 ──言おうとした刹那、過去二回今までの比較にならないほど俺の頭蓋を貫くような痛みが走ったからだった。

 

「あ……あ……」

 

「長太郎くん⁉︎」

 

 チカチカと点滅するような視界の中、六花の必死な表情を最後に、俺は意識を手放した。

 

 

(六花が頭痛になっても、長太郎は六花の言いたいことを察してしまうので、どっちつかずな関係が続く、こっちにした。) 

 

 

 ●言葉を口にだせないくらいの方がいいんじゃない????

 記憶までは失わない感じでシュミレート。

 

 ◇

 

 

 

「……くん、長太郎くん!」

 

 六花の呼ぶ声が聞こえて、俺は目を覚ました。

 

 ……目の前に六花の顔と、それから、空が見えていた。

 どう言うわけか、俺は夜空の下、六花に膝枕されていたらしかった。

 

「六花……?」  

 

「よかった……大丈夫? どこか痛いところとか……!」

  

「いや、特にないが……ええと、何が起きたんだ……?」

 

 記憶を辿る。

 ……六花の服選びをして、ネックレスを買って、六花渡して、それから──。

 

 ──”それから、俺は、六花に何を言おうとした………?”

 

「覚えてない……? 長太郎くん、ボクに何か言おうとして、そしたら急に苦しそうにしだして……それで……そのまま気絶しちゃったんだよ。五分くらい経ったかな」 

 

「そう……なのか……?」

 

 そう言われても、俺は全くもって、心当たりがなかった。

 

 ──まるで、記憶がすっぽりと、消されてしまったような感覚だった。

 

 ◇

 

 何かを思い出せないような、モヤモヤとした気分のまま、登校し、現在俺は、朝のホームルームを終えて廊下を歩いていた。

 

 俺は一体、あの状況で六花に何を言おうとしたのだろうか。

 

 ネックレスまで渡して、俺が伝えようとしたこと……。

 

 

「好きだ」……とかだろうか。  

 

 ……いや、確かに六花のことは好きだが、昨日のタイミングで伝えようとしたとは思えない。

 なにせ、もうすぐ発表会なのだ。このタイミングで盛大にフラれて、部内の人間関係をややこしくしてしまうような悪手を、よほど冷静さを欠いてでもいなければ、しないだろう。

 六花に想いを伝えるとしても、それはきっと大会の後だろう。 

 

 ……と、俺は思案する事に集中して、気づいていなかった。

「好きだ」という言葉が、独り言として、口に出していた事に。

 そして、それを、目の前から歩いてきた鈴木が聞いていたことを。

 

「は、は、狭間くん……い、いまの好きって……」

 

 鈴木が、顔を真っ赤にして言う。

 

「すまん、ちょっと考え事でな、考えてたことがつい口に出てた」 

「そ、それってつまり……!」

 

 鈴木の顔の赤みが増した。茹でダコのようだ。

 

 鈴木と六花の関係は親しい。

 もし俺と六花の関係に変化があれば、鈴木にもすぐに伝わるだろう。

「いや、今は忘れてくれ」  

       

「は、はい……。その……そういえば、なんですけど……狭間さん、昨日は大丈夫でしたか?」

 

「……昨日?」

 

「はい、如月さんから、狭間くんが昨日、急に倒れたと聞きまして……」

 

「ああ、そうだが、鈴木がどうしてそれを?」

 

 俺の記憶が正しければ、昨日六花と出かけたことは、誰にも話していなかったはずだ。

 

「えっと、如月さんから昨日の夜、LINEがあったんです」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「大丈夫だ。特に変わったところもない」 

 

「そうですか……よかったです。そういえば、昨日は台本のアイデア探しだったんですよね? 台本の方は順調ですか?」

 

「なんだ、六花の奴、そこまで話してたのか」

 

「はい。実は、お出かけの前日から、如月さんから報告を受けてました。如月さん、『楽しみすぎて眠れない!』って言ってましたよ」

 

 なんだそれは。あまりにも可愛すぎる。 

 それにしても、鈴木と六花、結構仲良くしてるんだな。

 この二人が、一体どんな会話をしているのか。気になるところだ。

 

「台本の方も、まあ、アイデアがようやくまとまったって感じだ。……実は、六花が最大限魅力を発揮できる台本を書こうとしててな。考えた結果、かぐや姫をモチーフにすることにした。ミステリアスな雰囲気とか、ぴったりだろ?」

 

「なるほど……!」

 

「ただまあ、となると問題もあってなぁ」

 

「問題、ですか?」 

 

「かぐや姫なわけだから、原典を尊重してラブコメ……恋愛物として作ろうと思ったんだが、六花の存在感が強すぎて、どう考えたってかぐや姫が一番モテるだろ、ってなりかねなくてな……」

 

 複数ヒロインが登場する作品において、一人のヒロインが飛び抜けているというのは、当然ありではあるが、観客への意外性は少ない。

 

「いっそ、かぐや姫を主人公にすれば、とも思ったが、それはさすがに六花には重荷すぎるかな、と」

 

 かといって、かぐや姫を、悪役として書くのは邪道すぎる。 

    

「たしかに、如月さん、私なんかと違って、モテモテですもんね……」

 

 モテモテって……。

 

「でもかぐや姫ですか、小さい頃家にあった絵本を思い出しますね」    

「鈴木にも、絵本とか読んでた時期があったんだな」

 

 生真面目勤勉なイメージが板に付きすぎていて、もはや物心ついたときから分厚い活字本を読んでるイメージすらあった。   

       

「む、聞き捨てならないです! 私にだって小さい頃は、シンデレラみたいに、ある日王子様が迎えに来てくれたりしないかな、って夢想する女の子だったんですから」

 

「……そうか、なんだ、その、悪かった。それにしても……シンデレラ、か」 

 

「はい。私、小さい頃、勉強も運動も、それから友達もぜんぜんできなくて、そんな自分が大嫌いだったんです」

 

 鈴木にも、そんな時期があったのだと、俺は内心、驚いていた。 

「でも、そんな時にこの絵本に出会って、私も頑張ればいつかは王子様が迎えにきてくれるかもって……それから、勉強も、習い事も頑張れるようになったんです。友達は、相変わらず少ないですし、現実じゃ、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれたりもしないですけどね」

 

 そうして鈴木は「日本には、王子様なんていいませんし、あ、でも馬は軽車両扱いなので、今でも公道を走れるんですよ?」と、夢のない事を付け加えた。

 

 

 生まれ持って全てを持っていたかぐや姫。

 努力とひたむきな明るさで、成功を手にしたシンデレラ。

 

 話を聞いて、つくづく対象的だ、とそう思った。

 

 そして、シンデレラと、鈴木が、ダブって見えた。

  

 ああそうか、かぐや姫に匹敵する魅力のあるヒロイン。

 それはきっと、応援したくなるヒロイン、シンデレラのようなヒロインなのだろう。

 

 この台本において欠けていたのはきっと、かぐや姫に食らいついていける、ライバルだったのだ。

 

  つまるところ「かぐや姫VSシンデレラ」。 

 

 そうなれば、シンデレラの適とは一体誰なのか。

 迷う必要すらなかった。

 

 

「なあ鈴木」

 

「はい、どうしましたか?」

 

「───シンデレラの役、やってみないか?」 

 

 ◆

 

 そこから、台本の執筆は順調にすすみ、 正式に春大会で俺の台本で劇をやることも決定しており、すでに配役も決まってからしばらく経ち、台本を持たずとも練習ができる段階にまで進んでいた。

 

 台本のストーリーは、現代の高校を舞台に。かぐや姫がモチーフのキャラクター、竹月カグヤ、シンデレラモチーフの灰咲レイラの二人のヒロインと、王子様系の男子、御門オウジらの三角関係を主軸にした人間ドラマを描く、恋愛ドラマ兼、ヒューマンドラマだ。

 他の登場人物も、それぞれの二作品に登場したキャラクターをモチーフにしている。

 

 とは言え、大会まであまり時間もない。

 今日も今日とてみっちり練習をしたいところではあるのだが、どうも学生の本文というのは、勉強にあるらしい。

 

 定期テストから二週間前を切った今日この頃。

 演劇部は、部活の時間を一時間遅らせ、一時間の自習時間をとっていた。

 

 ちなみに。

 

「長太郎くん、ここのカグヤちゃんの感情なんだけど──」

 

 カグヤ役の六花だけは、テスト勉強する必要がないから、と、台本を読み込んでいた。

 その台本も、二日程度で丸暗記し、登場人物の掘り下げた解釈を行うフェーズにまで達しているのだから、なんとも羨ましい記憶力だ。

  

 そして、今のやりとりから察せられる通り、六花はかぐや姫、もとい竹月カグヤの役となった。

  

 そして、鈴木も見事にシンデレラが下敷きになった、灰咲レイラの役の座につくこととなった。

 

 ちなみに、俺の役割は演出家。場所により、どこまでを担当するかは揺れるところはあるが、基本的には、劇全体の統括、場面転換などの絵作り、役者の動きなどの演技指導などを担当することになる。映画における監督みたいなものだ。

 

「そこは、そうだな───後で”王子役”とすり合わせをしよう」

 

 そんな会話が耳に届いたのか、南部長が振り返る。

 

 女子にイケメンと持て囃されることを嫌がっていた部長だ、当然「お前がやれ」と、何度も突っぱねられたが、必死で頼み込んで、何とか王子役に収まることを了承してくれたのだった。

 

 六花と鈴木。二人のお姫様に釣り合う存在なんぞ、南部長くらいなものだろう。

 その間に俺が挟まるべきではない。俺はあくまで傍観者。最後にその舞台を見ることができればいいのだ。

 

 六花が台本と睨めっこしている一方で、俺はなくなく、暗記の点滴といもいえる科目、数学とひたすらに格闘していた。

 ……とは言え、さすが苦手科目だ、自分の力だけでは理解できる気が全くしない。 

 

「六花、この証明教えてくれるか?」

 

 そんなわけで、今度は俺が六花に救援要請をすることとなった。

 

「いいよ、ここは───」

 

「そういうことか……! 六花、教えるのも上手いんだな」

 

「へへ、そうかなあ……?」

 

「ああ。これで休日もつきっきりで教えてもらえたら、赤点ギリギリから卒業できるどころか、九十点代にすら届きそうだ」

 

 すると、六花はほんのりと頬を赤らめて言う。

 

「……じゃあ、今度の土曜、ボクの家、くる?」

 

 …………落ち着け。まずは……、まずは重要事項の確認からだ。

 

「その……六花って、一人暮らし……だったよな?」

 

「うん、そうだよ。だから特に時間とか気にしなくても大丈夫。なんなら、泊まって行っちゃってもいいんだよ?」

 

 そういって六花はくすりと笑う。

 

 ……なるほど。休日、一人暮らしの美少女と、二人っきり、宿泊許可OK。

 

 スリーアウト、チェンジ。

 

 どうしてだろう。学生の本文は勉強故に、非常に有難い提案ではあるのだが、俺の童貞魂(スピリッツ)が「それ以上はマズイぞ」と、警鐘をならしているような気がしてならなかった。

 

 そんな、苦渋の決断を強いられているところに、救世主が現れる。  

「如月さん! 私にも勉強、教えてくれませんかっ!」

 

 それは、一分一秒さえ無駄にはしないという心意気で、最近は常時英単語と睨めっこしている勤勉家、鈴木実咲だった。 

 

 ◇

 

 翌日土曜日の昼下がり。

 俺と鈴木は勉強会のため、久城駅から徒歩十五分のところにあるという、六花の自宅に案内してもらっている最中だった。

 

 てっきりマンションか何かに住んでいるのかと思っていたが、高そうの建物がある区画は既に通り過ぎ、気づけば住宅街の外れにまできていた。

 六花は一体、どんな家に住んでいるのか。

 そう思った矢先、六花がこちらを振り向いた。

 

「見えてきたよ」

 

 六花の指した指の先。

 そこには、林があった。

 そして、その奥には、木々に囲まれるようにして、ドールハウスのような温もりを感じる、赤い瓦屋根が目を引く小さな家がひっそりと佇んでいた。

  

 駅から徒歩十五分というのは間違いないのだが。

 その佇まいもあって、まるで、御伽噺に出てくるお姫様の隠れ家のようだった。

 鈴木も驚いたようで、子供のように目を輝かせ、家を見つめていた。

 

「わぁ……」

「んなバカな……」

 

 家に上がると、リビングに通される。

 

「へへ、部屋に人を上げるなんて初めてだから不思議な感じだな」

 

 内装も外観に違わぬ、木製を基調としたファンシーさで、

 立派なダイニングキッチン、四人掛けのテーブル、ソファーにテレビ、それから観葉植物なんかも立ち並んでいて、まるでモデルルームのようだった。

 

 よく見れば、私物らしい私物もあまり置かれていない。引っ越したばかりだからなのか、元々持ち物が少ないタイプなのか。あまり生活感は感じられなかった。

 

 それから俺たちは、四人掛けのテーブルにノートや教科書を広げ、それはもう真面目に勉強に勤しんだ。

 六花は相変わらずテスト勉強は必要ないようで、俺と鈴木はそれからしばらくの間、各々勉強を進め、わからない場所があれば六花に相談、という流れを繰り返した。

 

「六花、この問題なんだが……」

「はーい。えーt、ここはね……」

 

 六花が中腰になって、教科書を覗き込むように顔を近づけてくる。

 ……相変わらず、距離が近い。そして……クラクラするような、いい香りがする。

 

 いやいや、いかん。今は勉強だ。

 俺は内心で自分に喝を入れると、六花の説明に耳を傾けた。

 

 六花の説明は的確でわかりやすく、勉強はそれはもう順調に進み、

 途中、各々持ち寄った菓子折りを広げ、三時の休憩を挟みはしたものの、気づけば時計は、午後六時半を指していた。

 

 

 レースのカーテンをめくって窓の外を見ると、夕日はもうほとんど沈みかけていた。

 

 あと三十分もすれば、外は真っ暗になるだろう。

 

 ……そういえば、確か鈴木は六時半には帰るつもりだ、なんて言っていたはずだ。

 

「おーい、もう六時半だぞ」

 

 ノートに向き合い、勉強を続ける鈴木に声をかけるも、よほど集中しているのか、ピクリとも反応しない。

 

「帰れなくなっても知らんぞー」

 

 ……反応はない。

 

「すごい集中力だね、やっぱり美咲ちゃんはすごいなぁ」

 

 六花が驚いたように言う。

 これほどの集中力は、一朝一夕で身につくものではないだろう。

 

「今まで、何日も何年もい、日々努力してきた成果、なんだろうな」  

「うん。実咲ちゃん、本当に頑張り屋さんで、なんだか自然と応援したくなっちゃうんだよね」

 

「とはいえ、どうしたもんか。無理矢理勉強中断させるのも気が引けるし」

 

「もし遅くなるようなら、このままボクの家に泊めるから心配しなくても大丈夫だよ。来客用の布団もあったはずだし」

       

「そういうことなら、もうしばらく勉強させておいてよさそうだな」

 

「うん。むしろ、このまま外が真っ暗になるまで勉強していていてもらえば、きっと実咲ちゃんも諦めて、ボクの家、泊まって行ってくれるよね」

 

 ……六花の発想は時々恐ろしい。発想がヤンデレのそれである。

 

「ボク、お泊まり会とかやってみたかったんだよね」と、

 

 愛おしそうに鈴木を見つめる六花を見ては、俺はなにも言えなかった。

  

「長太郎くんがお泊まりしてくれないのはちょっと残念だけど、ご飯だけでも食べて行かない?」

 

「いいのか?」

 

 昨日から何度か、泊まりを持ちかけられてはいたのだが、俺はなんとか断ることに成功していた。

 

「うん、もちろん……!」  

   

 献立が鈴木の好物、ミートソースパスタと、それから付け合わせのサラダとスープと決まると、六花は手際よく料理を始めた。

 

「なんか手伝えることはあるか? 三人分ともなると、結構大変だろ?」

 

「ううん、全然大丈夫だよ。長太郎くんはお客様なんだから、ゆっくり寛いでて」

 

 キッチンは料理をする人間にとっての聖域とも聞く。ここで無駄にでしゃばるのはお門違いだろう。 

  

「せめて、皿運びと皿洗いくらいは手伝わせてくれ」

 

 そう言うと、六花はなぜか、笑ってみせた

 

「ふふ」

 

「……どうした?」

 

「なんだか、同棲してるみたいだなって」

 

「同棲って……じゃあアレはなんだ。でっかい子供か?」

 

 リビングで勉強し続けている鈴木を指さす。

  

「うーん、じゃあもう一人の彼女、とか?」

 

「おい」  

  

「でも彼女が二人いるってきっとお得だよ?」

 

「俺にそんな甲斐性はない」

 

「ははっ、じゃあもしそうなったら、どっちか選ばなきゃだね」

 

 そんなことを急に言われても、あまりにも非現実的すぎて、想像すらできなかった。

 

 ◇

 

 六花が夕食を作ってくれている中、俺も勉強を再開する。

 

 しばらくすると、トントンと包丁を振るう音や、パスタを茹でる音が聞こえはじめ、次第に食欲をそそられるいい匂いが漂ってくる。

 

 すると、『くぅ〜』と、腹の虫の声が、正面から聞こえてきた。

 

 さすがの努力家も、空腹には抗えなかったらしい。

 

 ちらりと鈴木の方を見ると、セミロングの隙間から覗いた耳が、真っ赤に染まっているのが見えた。

  

「今、六花が俺たちの分も晩飯作ってくれてるってよ」

 

「晩御飯……? もうこんな時間! は、早くらなきゃです……!」

 

「六花が、よければ泊まってほしいって言ってたぞ。なんだ、親に連絡、とかしてみたらどうだ?」

 

「泊まり……ですか……。確かに、夜にも勉強見ていただければ、次のテストは自信がもてるかもです!」

 

 ……こんな状況でも勉強とは。女子同士のお泊まり会といえば、パジャマパーティだと思っていたが、どうやら今晩はそうはなりそうにない。

 

 そんな他愛もないことを考えつつ、俺は、 

 

「ちょっとお母さんに電話してきちゃいますね」

 

 といって廊下に出ていく鈴木を見送った。 

 

 ◇

 

 食事を終えると、俺と鈴木はキッチンで横並びで片付けをしていた。

 ちなみに、俺が皿洗い担当。鈴木が皿拭き担当だ。

 六花は鈴木のために、風呂と寝巻きの準備をしに行ったとのことだ。

 人の家で、家主抜きの二人っきりとは、なんだか、妙な感じだった。

 

「そういえば、如月さん、以前引っ越す前の持ち物はほとんどないと言ってました」

 

「やっぱそうなのか……鈴木は、六花が転校してきた理由、聞いてるか?」

 

「いえ……。一度尋ねたのですが、「ナイショ」と言われてしまいました……」

 

 鈴木もきっと、それ以上は踏み込むべきではないと、そう判断したのだろう。

 

「両親のことなんかも、尋ねたのですが、それも同じように答えてはくれませんでした……私、如月さんから信頼されてないのでしょうか……」

 

 鈴木が顔を俯かせる。

 

「俺は六花と同じクラスだから分かる。……そんなことは決してないとおもうぜ。なにせ、鈴木と話してる時が、一番楽しそうだからな」

 

「本当……ですか?」

 

 その不安そうな表情の前に、俺は嘘を突き通すことができなかった。

 

「……いや、もしかしたら、俺と話してる時の方が楽しそうかも」

 

 だが、予想に反し、鈴木は微笑んでいた。」

 

「ならやっぱり、如月さんにとって狭間くんは、特別なんですよ」

 

「特別……ね」

 

「はい。なにせ、如月さんとのLINEの話題で一番多いのは、狭間くんの話ですから。今日の狭間くんはこんなに優しかった! とか、こんな面白いことを言ってた! とか!」

 

 なんだろう、監視されていたようで、背中がゾワゾワとしてきた。

 

「狭間くん”も”、六花さんのこと、好きなんですよね」

 

 それは案に、”如月六花は狭間長太郎が好き”という前提の元成り立っている問い方だった。

 

「……まあ、な」

 

「そう、ですか。……そうですよね! じゃあもう、両思いですね! こ、告白の予定はあるんですか……?」

 

「まあ、大会の後……とかになるんだろうな」

 

「わかりました。もしそうなったら、私にも、教えてくださいね」 

 そんな鈴木の笑顔は、何かを押し殺しているようで、切なげだった。

 

 ◇ 

  

 六花も戻り、勉強を再開してしばらくすると「お風呂がわきました」という機械音声が聞こえてくる。  

   

「実咲ちゃん先にお風呂入るー?」

 

「…………」

 

 ……返事がない。また集中モードに入っているようだ。

 

「先、入ってきたらどうだ?」

 

「うん、邪魔しちゃ悪いし、そうするよ」  

    

 六花が風呂場に向かってから数分。

 俺は、全く勉強に手がつけられなくなっていた。

 ソワソワ……いや、ドキドキというのだろうか。   

    

 好きな女子が、扉一、二枚隔てて一糸纏わぬ姿でいるであろうという事実が、背中がむず痒くなるような背徳感として、ジリジリと俺の理性を蝕んでいた。

 

 ……今この家の中にいるのは精神衛生上大変よろしくない。

 

 どうにか家を出る口実を探した末、そういえば、この家の近くに自販機があったなと思い至ると、俺はすぐさま立ち上がり廊下へと繰り出した。

  

 玄関へと足を進める最中、俺はついバスルームへとつながる扉に目をやってしまう。

 

 ──それがいけなかった。

 

 ──ドアが十センチ程空いていて、その向こうには、今まさに大きく片足を上げ服を全て脱ぎ終えようとしている、前かがみになるようにして、パンティを足から抜こうとする、生まれたままの六花の姿があった。

 

 不味い……ッ‼︎

 

 俺は神速とも呼べる速度で、目を逸らした。

 

 だが目を閉じても、網膜に焼きついたように、六花の裸が頭から離れない。

 

 せめて見たものが、背中だったら……、いや、正面からだととしても、立ち姿だったのなら、まだよかったろう。

 

 

 

 けれど、見てしまったのは前屈み。

 そのコンパクトに体を折り曲げた姿勢は、年相応の発達途中であろう胸も、少したわんで、肉感の増した腹部も、むっちりとした太腿も、上げた太ももの後ろから見え隠れする臀部も、それから、一切毛の生えていない、つるりとした──も、

 

 目を逸らすまでの一瞬で、文字通り六花の”全て”を、俺の脳裏に刻み込んでしまった。

 

 そのあまりの情報量に立ちくらんだからなのか、また、頭痛が走る。

 

 顔を上げると、そこには羞恥に顔を染めた、拳を構えた六花の姿があり──。

 

 次の瞬間、六花は俺の目の前で、その拳を大きく後ろに引いていた。

 

「長太郎くんの……変態ッッ!」

 

 ──そして、俺の視界はブラックアウトした。

 

 ◇

 

 冷えた風に顔を撫でられ、目覚ますと、そこは、玄関の外だった。

 ……どうやら、本当に外に締め出されてしまったらしい。 

 

 こうなっては、今日は一度撤退し、ほとぼりが冷めた月曜あたりに改めて謝るなんて選択を取りたいところではあるのだが、生憎、スマホも財布も、家の中で、今手元にあるのは、二百円だけ入ったコインケースのみ。これでは電車に乗ることもできない。

 俺は諦めて、予定通り自販機で缶コーヒーを買うと、頭と、それからほとぼりを冷ますべく、そのまま外を歩く事にした。 

 頭は冷静になっても、目には六花の裸が焼きついていた。

 ……だからこそ、気づいた。

 

「……あれは多分、あってもCカップくらいだよな」

 

 六花の胸は、平均に比べかなり大きいサイズだった。

 それは、ブレザーではわかりにくくとも、体操服となれば、誰だって分かることだった。

 それに俺は、六花の転入初日、本人から、その具体的なサイズを聞いていた。

 

 ……けれど、さっき見た裸は、それこそ、貧乳……とまではいかないものの、決して大きいとは言えない、並程度のものだった。 

 

 ……いわゆる、パッドというやつなのだろうか。

 だとしても、その理由がわからない。……わからないし、それを聞くことは憚られる。実質、この疑問は迷宮入りに等しかった。

 

 ……さて、煩悩もひとしきり払ったところ、だ。

 

 目を覚ました拍子に、俺はある事を思い出した。

 それは、あの六花と出かけた日の帰りのことだ。

 ……俺はあの時、あのベンチで、六花に告白を、しようとしていた。

 そうして、頭痛が起きて、目を覚ました時には、そのことをすっかり忘れ、今の今まで、大会が終わったあと告白しようと、考え直すハメになっていた。

 

 そして、六花の裸を見る直前にもまた、頭痛は起きた。

 

 更に辿って、スポーツテストで六花が倒れた時。

 

 そして、始まりは、入学式。六花が降ってきたとき。

 

 ────こうして一挙に並べると、なんとなしに、法則……とまではいかないものの、傾向が見えてきた気がした。

 

 頭痛は、俺と六花の間に事件、ハプニングのような……恋愛ゲームにおける”イベント”と呼べるようなことが起きるさいに、発生しているのではないか……?

 

 考えすぎとわかりつつも、そんな考えが頭をよぎっていた。

 

 うだうだと考えているうちに、気づけば俺は、あたりを一周し終えて、再び自販機の前に経っていた。 

 

 ……そろそろ、六花のところに戻ろう。

 こんな時、ギャルゲーよろしく選択肢が提示されれば、楽なのに、なんて考えずにはいられない。

 

 ……だが、『のうコメ』よろしく、脳内にトンチキな選択肢を出されても困る。

 なにより、目に見える選択肢ばかり追っていては、何かに縋るだけの生き方しかできなくなってしまうだろう。

 

 なんとなく、それは嫌だと、そう思った。

 

 俺は、空になった缶をゴミ箱に投げこむと、六花の家の前に立つ。

 一呼吸おいてからインターホンを鳴らすと、扉が開き、中から六花が顔を出した。

 

 六花顔を伏せながら、小さく

 

「入って」

 

 とつぶやいた。

 

 ドアのバタンという音が響くなり、

 

「「すまん!(ごめん!)」」

 

 俺と六花は、ほぼ同時に謝ることとなった。

 

「ううん、長太郎くんは悪くないよ。ドアが閉まりきってないことに気づかなかったボクが悪いんだから」

 

 いやまあ、確かに論理的にはそうなのだが、倫理的には十分俺も悪いだろう。

 なにせ、結果的には全て、見ることになってしまったんだから。

 

「その……さ、みたよね」

 

 ……フラッシュバックするほど鮮明に刻み込まれてたんだ。ここで、嘘を着くわけにも行かないだろう。

 

「すまん、見た」

 

「長太郎くん、こんなボクでも、嫌わないでくれる?」

 

 すると六花は寝巻きのファスナーを徐に下ろしきった。

 その奥に、ちらりと柔肌とピンク色のブラが覗く。

 

 そして、六花は、その開いた寝巻きを観音開きにするようにはだけさせた。

 

 予想通り、不自然に盛り上がった胸元が、目をひいた。

 決定的だったのは、六花の透き通った肌よりも幾分か褐色掛かったシリコンが、はみ出るように見えていたことだ。

 所謂、パッド。

 おっぱいに夢が詰まっているのだとすれば、それは、作り物の夢だった。

  

 そして六花は、寝巻きの中に両手を差し込み、背中に回すと、パチンと言う音と共に、ブラが床に落ち、そして、パッドが溢れる。

 その数、左から五枚。右から五枚。合計十枚。

 

「ボク……こんな嘘だらけの女の子なんだ……こんなボク……嫌い……だよね……」

 

 六花の目尻に、涙が滲むのが見えた。  

 

「……嫌うわけ、ないだろ」 

 

 言うなら、今だと思った。

 

「今更胸の大きさとか、どうでもいい。俺は、どんな六花でも……!」

 

「好きだ」と、そう続けようとして、頭痛が走る。

 

 あの時と同じだ。

 成る程。良く分からないが、今の俺は、好きな女子に、告白一つできないらしい。 

 

 ……けれど、今にも泣き出しそうな六花の前で、このまままた倒れて、忘れて、有耶無耶になって……それだけは無しだ。

 

 何か、手立てはないか。

 そうして、俺は思い出す。

 前に、独り言として「好きだ」と呟いて、鈴木に聞かれたことがあったはずだ。

 ひょっとして、六花本人への告白じゃなければ、いけるんじゃないか。

 

 遠のいていく意識の中、俺はがぶりと思い切り唇を噛み、無理やり意識を叩き起こすと、目を逸らさずに言う。

  

「いいか、一度しか言わない……よく聞け」

 

「……俺は、大きいおっぱいも、小さいおっぱいも、どんなおっぱいも大好きで、優しくて笑顔のかわいい女の子が大好きなとびきりの拗らせオタクなんだぜ……!」

 

 ……っ! 言えた……!

 

「長太郎……くん……!」

 

 六花が思いきり抱きついてくる。

 

 はじめて人から抱きしめられた感触は、

 シャンプーのいい香りがして、柔らかくて、暖かくて───でも、まだ何かを恐れるように、震えていた。

  

「六花……大丈夫か……?」 

 

「長太郎くん……」

 

 涙ぐんだ声が、俺を呼ぶ。

 

「なんだ」

 

「長太郎くんは、どんな嘘でも、受け止めてくれる……? どんなボクでも……受け入れてくれる……?」

 

「ああ。何言われたって受けて止めてやる……。なにせ、俺は知ってるからな。”女は秘密を着飾って美しくなるもの”、なんだろ?」

 

 そして六花は言った。

 

「────ボクね、この家に来る前の、記憶がないんだ」

 

 記憶が……ない……?

 一瞬、その言葉が、理解できなかった。

 

 六花は続けて言う。

 

「────ボクの記憶は、長太郎くんと出会った、あの日。入学式の日の朝、この家で目を覚ましたところから始まったんだ」

 

 ◇  

 

 それから俺は、只々六花の話を聞くしかできなかった。

 そうして六花の口から語られた話は、ここまでの話を踏まえてなお、まるでフィクションのような話だった。

 

「入学式のあの日の朝、ボクは目を覚ましたらこの家にいたんだ」

「家にあったのは未使用のスマホと──」

 

 ──だからあの時、LINEは空だったのか。

 

「服は寝巻きと、それから制服くらい」

 

 ──ああ、だからデートの時、彼女は制服だったのか

 

 ──だから

       

「なぜか定期的にお金の入ってくる通帳くらい。怖くて、そんなに使えてないけど」

 

 ──だから、節約と称して自炊をしていたのか。

 

「制服のポケットに入ってた学生証を頼りに、それで、行く宛もなくて、何をすればいいかも分からなくて、とりあえず、学校にいったの」

 

「そうしたら、頭痛がして、そこでベランダで長太郎くんに会ったの」

 

「長太郎くんは、ボクの王子様なんだよ。友達も、部活の仲間も、全部長太郎くんがくれたんだよ。服も、全部。」

 

 

 あったばかりの頃、異様に俺に対して執着をむけていた理由が、今分かった。

 

 ──やっと、ようやく、わかった。

 

 今に思えば違和感などいくらでもあったろう。

 

 ──例えば、自分の容姿を自覚していなかった

 

 ──例えば、学力を把握していなかった。

 

 ──身体能力を把握していなかった。

 

 

 そして何より。

 ことある後に「ヒミツ」と、そう言っていた。

 それはなにも隠したったからじゃない。六花自身ですら、知らなかったんだ。

 

 だからそう。ミステリアスなのは、当然だった。

 

 なにせ、本人一番、自分の置かれている状況をわかっていないのだから。

 

 

  ──記憶のない彼女が、どれだけ心細い気持ちで、藁にもすがるような思いで俺の元を訪ねてきたのか。

 

 彼女が俺に固執する理由も、あの新歓で彼女から一歩ひいた時、彼女が泣き出してしまった理由もわかったような気がした。

 

 他にもきっと、俺が見落としていただけで、些細な言動にも、そのヒントはあったのだろう。

 

「何でもない、ボク、何者かもわからないボクに、意味をくれたのは、キミなんだ」

 

 力なく笑う六花を前に俺は、気づけば俺は、言っていた。

 

「思い出そう」

  

「え……?」

 

「このまま思い出せないの……嫌だろ……だから、思い出そう」

    

「…………でも、そんな都合よく思い出す方法なんて簡単には」

 

「……だったら、どんな方法でも試そう。どうにかして思い出す方法を考える」

 

「長太郎……くん……」

 

 泣き腫らす六花と、それを必死に宥めようとする俺。

 その構図は、なんだか、どこかで見たような気がした。

 

 六花がひとしきり泣いた後、六花は言う。

 

「この話……実咲ちゃんには、秘密にしておいてくれないかな」

 

「……どうしてだ」

 

 俺は、理由を尋ねた。六花の真意が知りたかったからだ。

 

「……だって、不気味でしょ。記憶喪失なんて。ボク、実咲ちゃんに嫌われたくないよ……」

 

 俯く六花に、俺は胸を張って言った。

 こればっかりは、嘘でもハッタリでもない。

 

「安心しろ。鈴木はそんなんで人を避けるようになるほどヤワじゃない。……いや、鈴木だけじゃない。ウチの部の人らは、みんなそうだと思うぜ。ヤバけりゃヤバいほど面白がる。そういう集まりだ」

 

「……な、鈴木」

 

 俺は、廊下の曲がり角、こちらから死角になっている場所目掛けて話しかけた。

 

「え……?」

 

 六花が、目を丸くした。

 

 すると、その角から、申し訳なさそうな表情の鈴木がひょっこりと現れた。

 そう。鈴木はずっと六花の話を聞いていた。

 なにせ、視界の端に、黒髪がちらちらと映るのだ。

 

「その……すみません。盗み聞きするつもりなんて、なかったんですけど」

 

「一体いつから……」

 

 そういえば、いつから聞きはじめていたのかまでは把握してなかったな。

 

「その……お、おっぱいの……話から」

 

 ……よりにもよってすぎるだろう。

 俺は、頭を抱えた。

  

「……私にも、手伝わせてください。六花さんが、思い出すの……!」    

  

 すると六花が、ようやく微笑んだ。

 俺は、この笑顔を守りたいと、そう思った。

 まるで、主人公みたいだな、とニヒルに思う。 

  

 ──あの日、空から降ってきた白髪碧眼ボクっ娘美少女は、記憶喪失だった。

 

 これだけ揃えばもう分かる。

 まるでフィクションのような、絵空事のような、物語のような何かが、俺の周りで起きているのだと。

 

 ──俺はもう、いつのまにか、ただ物語を眺めるだけの傍観者じゃなくなっていたんだ。

 

 

 

 【動き始める編】

 

 あの勉強会から日曜日を挟んだ月曜日の朝。

 俺は、いつも通りの時間に起き、いつも通りの時間に電車に乗り、そしていつも通りの時間に席に着くことなく、たむろしていた。

 

 あの勉強会の日、六花が実は記憶喪失だったという、衝撃的すぎるカミングアウトがあった結果、忘れそうになったが、冷静に考えて、俺はその直前、くっきりと、彼女の裸を見てしまっていたのだ。

 

 ……気まずい。

 

 俺は一体、どんな顔をしてこの後六花に会えばいいのだろうか。

 事情が絡み合いすぎて、もはや皆目検討もつかない。

 

 あまりの打つ手の無さに心の中の碇シンジがが「笑えばいいと思うよ」と語りかけてくるが、笑ってどうにかなる問題ではないことだけは、さすがにわかっている。

 

 結局俺は遅刻ギリギリまでダラダラとしていて、出席確認ギリギリに滑りこむこととなった。

 まさか、校舎内に居ながら遅刻しかけるはめになるとは。

 

 ホームルームが終わるなり、六花に声をかけられる。

 

「長太郎くん、もっはろー」

 

 かけられた声は、意外にもいつもとなんら変わらなかった。

 どうやら、いつも通りでいいらしい。

 

「ああ、もっはろー」

 

 俺はいつも通り、いい加減に、もっはろーを返すのだった。

 

 ◇

 

 昼休み。いつも通り、六花と隣り合うように座る。週二・三回の頻度でこうして一緒に部室で過ごしているが、転入初日のこともあり、外野の人間からはすっかり部活の集まりにいくと思われているようだ。

 

 そんな中、背後で扉が開く音がした。

 

「お、お邪魔します」

 

 入ってきたのは土曜日の件のもう一人の当事者、鈴木だった。

 その手にはランチバッグの他に、ノートか何かが入っているであろう、トートバックも持っていた。

 

「うす」

 

「う、うす」

 

 律儀に挨拶を合わせてくる鈴木。何だこの生き物。

 

 普段なら、六花と二人目飯を食べているところ、今日に限って鈴木がいるのはなぜか。

 それは、土曜日、例のカミングアウトがあった後、解散する前に、昼休みに集まって作戦会議をしようと言う話になっていたからだった。

 

「え、えーと」

 

 鈴木は駆け寄ってくると、あたふたと視線を彷徨わせた。

 

 視線の先は、隣通しに俺たちの座っている席。

 

 この状況に慣れてしまっていたが、隣同士に座っているというのは、確かに、座りずらいだろう。

 

「あー、どこに座ってもらうのが都合いいんだろうか……」

 

 向かい合うように座れるなら、それがいいのだろうが、いかんせんうちの部は机どころか椅子さえ地面に固定されている。

 

「美咲ちゃん、こっちおいでよ」

 

 そうして六花が指差したのは、俺たちの間。

 

「え、で、でも……」

 

 戸惑う鈴木。

 

「……いや、でも鈴木の説明を聞くなら、案外このポジションがベストじゃないか……?

 

 鈴木も納得したのか、結局、俺が一席横にずれ、その間に鈴木が座る、ということになった。

 

「お、お邪魔します……」

 

 鈴木が俺たちの顔色伺いながら、おそるおそる座る。

 

 

 だだっ広い視聴覚室に三人が横並び。側から見たら、かなりシュールな光景だ。

 

 すると鈴木は座るなりこほんと席をして、話を切り出す。

  

「早速、始めてもよろしいでしょうか」

 

「それで、早速なんですけど、六花ちゃん現在の状態。語弊を恐れずに言うなら、症状について、図書館で昨日、色々と調べてきました」

 

 

 

 そう言って、鈴木はバッグから取り出したキャンパスノートを机の上で開いた。

 

 開かれた一ページ

 目は、端から端までぴっしりと埋められていて、それは、数ページで終わることなく、ノート全体の半分にさしかかるあたりまで、びっしりと書かれていた。

 

「うそ……」

 

 六花があっけにとられたような表情を浮かべる。

 

「実咲ちゃん。これ、すごい時間かかったでしょ……?」

 

「日曜の朝、帰りに図書館によって調べながら色々……でも、全然大丈夫です。それに、六花ちゃんのこと考えてたらじっとしてられなくって」

 

「実咲ちゃん……」

 

 六花の目がは潤んで見えた。

 

「鈴木、その呼び方……」

 

 鈴木は今、六花のこよを”六花ちゃん”と呼んだが、少なくとも、土曜日、俺が帰る直前までは今まで通り、如月さんと呼んでいたはずだ。

 何かあったとすれば、それは、俺が帰った後の事だろう。

 なにせ、鈴木はあの後、結局六花の家に泊まっていったのだ。となればきっとあれだろう。夜な夜な、互いに思いを赤裸々に語り合ったりしたのだろう。

 それを裏付けるかのように、

 

 六花と鈴木は 

「あの後また美咲ちゃんと仲良くなって」

「は……はい!」

 

 なんて、意味ありげに頬を染めながら答えた。

 

 百合に挟まる男は即刻死刑に処される、なんて話は良く耳にするが、それに照らし合わせれば、今のこの状況は、危機一髪だったろう。

 うっかり俺と鈴木の立ち位置が逆だったとしたら俺はとっくに死んでいた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、説明しますね。私の調べてきたこと」

 

「まず、六花ちゃんの症状ですが──その、不快にさせてしまったらすみません。記憶障害の一種、健忘症に該当するかと思われます」

 

 健忘症。そう告げられ、自分の肩が強張ったのがわかった。

 俺は、散々フィクションで見聞きしていたので、当たり前のように記憶喪失だなんて言っていたが、アニメにもドラマにも疎い鈴木にしてみれば、それは、症状なのだろう。

 

 その後も、鈴木の説明が延々と続いていく。

 六花は普段の授業と同じ表情で、時折相槌をうちながら聞いているが、次第に専門性が高まっていく鈴木の説明に、凡人の俺は、六花に密接に関わっていそうな部分の要点だけを抜き取っていくのがやっとだった。

 

「──と、私が調べられたのは、ここまでです」

 

 鈴木の説明がひとしきり済むと、俺は手を挙げる。

 

「鈴木の話聞いた解釈を今から話すから、俺の認識があってるかどうか、確認してもらってもいいか?」

 

「は、はい」

 

「……健忘症には外傷性、心因性、薬剤性、症候性、アルツハイマー性のものなどがあるが、六花の症状はおそらく、心因性。──つまり、トラウマだったりストレスだったりと、何かしら内面的な影響から生じた記憶障害である可能性が高い。そして、それらは心理学的には、『解離性健忘』と呼ばれてるやつだな。」

 

 解離性──つまり、脳が、「トラウマを受けたのは自分ではない誰かだ」と、判断し、その記憶を切り離した結果。

 確か、いわゆる二重人格も、心理学的には、解離性同一性障害なんて呼び方がされていたはずだ。

 

「ここまで、合ってるか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「わかった。それで、肝心の思い出し方に関しては、だ。──そのストレスやトラウマから離れた、安心できる環境に居続けていれば、徐々に失っていた記憶を取り戻していくことが多い。基本的にはこの療法が取られることが多い」

 

「はい」

 

「そして、急いで記憶を取り戻したい場合には、催眠や薬剤なんかを使って、リラックスさせていく、なんて方法が取られることも多い、と。……多分この方法は無理だろうな。なんせ、今の六花の手元には、保険証どころか、身分を証明する手立てが学生証くらいしかない。このまま医者にでもいけば、面倒ごと間違いなしだろう」

 

「うん、ボクもそう思う。……流石に、自分に催眠かけたり投薬したりする自信もないし、ね」

 

「はい。投薬に用いられる薬についても、今の私には入手する手段もありませんし……」 

 

 そんな、明らかに免許が必要そうな手段を本気で検討しているあたり、こいつらはすごい。

 

 だが、鈴木が調べてきた方法を元にするのであれば、六花の記憶を取り戻すには、「ただ待つしかない」その一点ということだ。

 

「……正直、意外だったな」

 

「長太郎くん、何がです?」

 

「ああ。創作物で見るような、自分の記憶に強い関連のあるものをみる、なんて手段が……載ってないどころか、むしろ、トラウマを思い出しかねない物事は避けるべきだ、とまで言われているとは」

 

 要するに、「この歌……どこかで聞き覚えが……はっ……!思い……出した……!」みたいな展開は避けるべき、ということだろう。

 

 ……けれど、俺はそんなベタな体験を、つい一昨日、六花の裸を見て気絶した際に、したばかりだった。

 俺は確かにあの時、忘れていた、六花の告白しようとした瞬間の記憶を、思い出したのだった。

 

 鈴木が今話したのは、あくまで、六花がその、『解離性健忘』 だとしたらという、過程の話だ。

 

 もし、そうでないのなら、俺と同じように、何かの弾みで思い出すかもしれない、と俺は鈴木の話を聞いてなお、考えていた。

 そして、そんな考えに呼応するように、六花が言う。

 

「ボクは……ボクは知りたい。思い出すのがどんなに辛いことでも、小さなことでもいい。だから、じっとしているより、色んなものをみて、色んなことを聞いて、そうやって、何かを思い出すことに、望みを賭けたい」

 

 その目には強い意志が宿っていて、およそ、曲げられそうなものではなかった。

 

「もとより、俺もそのつもりだ」

 

 俺は、もってきていたリュックから、表裏真っ黒なノートを取り出す。

 

「真っ黒な、ノート……?」

「すんすん……すこし、香ばしい香りが、するきがしまうs。」

 

「ああ、見た目がやたらかっこいいもんで、中学の頃に大量にまとめて買ったんだが、コーヒーの香りつきでな。授業用として使うにはあまりにもな見た目だからな、家で余らせてたんだ」

 

「そして、この中には、俺が調べたことが書かれている。ま、鈴木が調べてきた事とは随分方向性が違うがな」

 

「別の方向とは、どんな方向でしょうか。ひょっとして、催眠療法のような、ややスピリチュアルな観点からでしょうか⁉︎」

 」

 

「……まあ、当たらずとも遠からずだな」

 

 医学的な方向からは、鈴木がこうやって調べてくれるだろうと思って、俺はまた別の方向から、記憶喪失について調べてきたのだ。

 

「俺は調べたのは、創作物における記憶喪失の解消例。わかりやすく言えば、アニメの記憶喪失あるあるだ」

 

 ◇

 

 六花が記憶喪失であると知った、勉強会の帰り道。

 俺は、久城駅から最寄り駅までを、電車に乗ることなくぽつぽつと続く街灯を辿るように線路沿いを歩いていた。

 

 そうやって頭を冷やしながら考え、出た結論は、鈴木が絶対に調べないであろう分野、即ち、創作物における記憶憶喪失あるあるだ 

 とは言え、一人ではその知識量に限界がある。

 そこで俺は朝倉の力を借りる事にしたのだ。

 

「アニメでラノベでもなんでもいい。記憶喪失になったキャラの記憶が戻るキッカケをできるだけ挙げてくれないか」

 

 違いに例を挙げていくと、

 

 思い出の歌とか、人、思い出の物、思い出の場所──親に連れてきてもらった、或いは、誰かが死んだ場所である

 

 そうしているうちに、段々とパターンのようなものが見えてくる。

『頭を強く打つ』、『脳手術が成功する』といった、物理的なものを除けば、基本的には、記憶を失う前に強く印象に残っていた物事に接触することがほとんどだった。

 

 終盤に差し掛かると、明らかに一つの作品しかささない例がほとんどとなっていった

 

「記憶を内包したDISCを取り戻す」

「『多くの世界を渡り歩いてきた主人公が、自分が生まれた世界にたどり着く』」

「『世界に散らばってしまったナンバーズのカードを回収する』」

「『冴えないサラリーマンが、自分の見たい夢を見せてくれる施設で、宇宙海賊として星々を駆け巡る夢を見るが、それは施設の用意した夢ではなく、封じ込めていた自身の記憶だった』」

 

「コブラじゃねーか……」

 

『スペースコブラ』がでてきたあたりで、俺は、これ以上の収穫は得られないと判断し、た

   ◆

 

「アニメ……ですか。立花ちゃんの人生に関わることです、確認します。冗談で言っている訳では、ないんですよね」

 

「当たり前だ。それくらいの分別はつく。……だが、今の六花は身元不明で記憶喪失。はっきり言って非現実的で、こんなミステリーじみた状況だ。なら、こっちもフィクションじみた手法を取るしかないと思ってな」

 

「それは……確かにそうかもしれません」

 

「うん、ボクはそれ、乗った」

 

「それに、真っ当な調べ方に関しては鈴木がやってくれるって確信があったから、こっちも気にせずそっちの方に考えられた」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「それじゃあ改めて、だ。これからは、六花の色んな物を見聞きしてもらう。六花も、どんな些細なことでも、気になったり、思い出したらしたら言ってくれ、なんなら、夢の内容だっていい」

 

「なるほど。確かに、夢は、睡眠中に脳が記憶の整理の一環として見せているもの、と聞いたことがあります」

 

「夢……夢……」

 

 何かを思い起こすように目を閉じてぶつぶつとつぶやく六花。

 そして目を開く。

 どうやら、何かを思い出したらしかった。

 

「何か、思い出したのか……?」 

 

「あのお城……」

 

 六花が小さくつぶやく。

 

「城……?」

 

「うん。……よく、お城が出てくる夢をみるんだ。洋風の立派なお城。何もない、真っ白な空間の真ん中に、お城が立ってて、ボクは、そのお城に近づきたいんだけど、気づいたら初めに立っていた場所に戻されてる。そんな夢」

 

「お城には、辿り着けないんですか?」

 

「……うん。そうだった。それで、ボクは、時々たまらなく寂しくなって、そんな気持ちのまま起きるんだ。……これってやっぱり、何か大切なことなのかな」

 

 連鎖するように、六花の記憶が繋がっていった。

「城」という、明確なワードは、まさに求めていたものだった。

 

 これで、当面のやるべき事は決まった。

 六花のいう城に、関連するものを集め、六花に見聞きしてもらうことだ。

 

 ──とは言え、六花の言う城が、一体何を指し示しているのか、それはまだ分からない。世界のどこかにある城なのか、それとも、過去建造された城なのか、はたまた、城というのは、あくまで心理的なイメージであって、六花の見た城など、本当はどこにもないのではないか……だとしたら、それは、かなり厄介だ。なにせそれでは、事態が進展してないも同然だ。 

 

「お城……ひょっとして、六花ちゃん、どこかの国のお姫さまだったりするんでしょうか……? 可能性があるとすれば、六花さんは、どこかの国のハーフで、その隠し子……あ、でも仮にお姫様だったとして、そんなファンタジー調の家に、実際に住んでるわけじゃないですよね」

 

「……だな。無理やりその説を当てはめるなら、過去からきたか、異世界からきたか……。ともあれ更に無理やりな仮説に当てハマメルことになるだろう」

  

 なにより、六花の外見は、母親がロシア人で……なんて言われるよりも、ファンタジー世界のお姫様と呼ばれた方が、よほどしっくりくる。

 仮に六花の正体が、ヨーロッパかナーロッパどこかのお姫様だと言われても、あまり俺は驚かないだろう。

 六花には、それだけのミステリアスな雰囲気が、出会ってから二ヶ月近く。もう並大抵のことでは驚かないであろう精神が、俺には身につき始めていた。

 

 すると、鈴木が何かを思い至ったようだった。

 

「そうです! 実はお母さん、旅行が趣味で、家に色んな国の旅行ガイドがあるんです。大きいお城なら観光名所になっていると思うので、なにか思い出すきっかけになるかもしれません……!」

 

「ああ、頼んだ。……じゃあ俺は、性懲りもせず、フィクションにでてくるようなの画像を集めておくかな。城となると、ゲームが多くなりそうだ。」

 

  

   

    

     

       

「それと、もう一つ、私に考えがあります。如月さんさえよければ、なんですけど教師に掛け合って、入学時に提出したであろう書類を確認するというのははどうでしょうか」

 

「うん。いいよ、ただ、ボクは出した覚えないけど……いや、だからこそ,なのかな」

 

「……だからこそ確認したほうがいいのか」

 保護者の名前を確認するためか、なるほど。

 

「そうだ。少なくとも、うちが普通の公立高校な以上、それを証明する公的な書類がどこかにあるはずだ」

「それと、鈴木にも協力してほしいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「転校前の六花を知るやつがいないか、全クラスに聞いて回るのを手伝って欲しい」

「……わかりました、やってみます」

 

 こうしていよいよ、やることは決まった

 

 

 ◇

 

 翌日の昼休み、昨日と同じように部室に三人で集まると、鈴木はトートバッグいっぱいの観光ガイドをドスンと机に置いた。

 

「はぁ〜〜……重かったです」

「ボクのためにわざわざありがとう」

 

 何冊かパラパラとめくってみると、西洋のものが中心のようだった。

 

「六花さん、これなんかどうですか、ヴェルサイユ宮殿!」

 

「わっ! すごいねこのお城!」

 

「何か思い出しましたか……?」

 

「うーん、ごめん、特に何も」

 

 まあ、そうだろう。……というか、世界遺産の写真をみて何か思い出したら、それはもう大事件だろう。

 

 こんな調子で、ガイドをめくり、城らしきものを見つけては六花に見せる作業を繰り返したが、どれも、六花の反応は「きれいだけど……」だとか「立派だ」とかで、めぼしい反応は得られなかった。

 

 見ていないパンフレットも残りわずか、というところで、今までとは毛色の異なるパンフレットが混じっていることに気づく。

 それは、マレーシアバクがモチーフの着ぐるみキャラクターの写真どでかく掲載されている。

 

「おい、ドリミーリゾートのパンフレットが混じってるぞ」

 

 ドリミーリゾート。ドリミーランドとドリミーシーの、陸と海の二つの異なるテーマパークから成るそれは、言わずと知れた、千葉県浦安市にある日本一なテーマパークだ。

 その『夢の国』という通称が示す通り、看板キャラクターはバクの男の娘バックンと、女の子のバミーちゃんだ。

 ……よく考えたらバクって夢を食べる側だよな。いいのか、それで。

 

 ちなみに、俺は小学校の頃に一度行ったことがあるが、その圧倒的な人の多さと待ち時間の長さに打ちのめされたのを覚えている。

 

 

 

「はい、それがどうしましたか……?」

 

 鈴木が、俺がまるでおかしなことでも言ったかのような反応をした。

 

「いや、だってどう見ても他とくらべてジャンルが……」

 

 ジャンルが違うだろうか。そもそも国内だし、と言いかけて、六花の声がした。

 

「ドリミー城……? パーク内にお城があるんだ!」

 

 言われて思い出す。

 そういえば、ドリミーランドの敷地の中心には、大きな城があったのだった。

 ……まあ、確かに城である。

 初めから見せ物として作っている分、先ほどまで見ていたガイドに載っている半端な城よりも立派だろう。

 

 六花を見ると、目を輝かせながらパンフレットに見入っている六花の姿があった。

 

「気になるのか?」

 

「うん…………その……なんていうか……」

 

 ひょっとして、何か思い出したのだろうか。

 

「すっっっごく楽しそう……!」

 

「……ならなによりだ」

  

 ……とんだ肩透かしを喰らった気分だ。

 

「じゃあいきましょう!」

 

「……え?」

 

 鈴木が、急に何事かを切り出した。

 

「実咲ちゃん、行くって……」 

 

「もちろん、ドリミーランドです! もうすぐテストなので、いくとしたらテスト明けですかね……」

 

 おい、いくらなんでも段階をすっ飛ばすのが早すぎるんじゃないのか。

 そりゃまあ、この三人で行きたくないのかと問われれば……正直行ってみたいという気持ちもないではないが……。

 

「四日か五日でしょうか……」

 

 そんな俺の気も知らず、鈴木はアナログなスケジュール張と睨めっこしていた。

 

 五日。六月五日。

 ふと、俺の中で、何かが引っかかったような気がした。

 

「あっ、六月五日……ボクの誕生日だ」

 

 ……そうだ、あの勉強会の日、俺は六花の学生証をみた。その際に記載されたいた誕生日が、六月五日だったのだ。

 

「じゃあドリミーに行くのは六月五日にしましょう!」

 

 鈴木は迷わずに決める。

 

「でも全然別に日で大丈夫だよ? ボク、六月五日が誕生日だって自覚もあんまりないし」

 

「だったら尚更です! 一緒にお祝いしたら何か思い出すかもしれません!」

 

 いつになく力強く話す鈴木。誕生日には結構こだわる方なのかもしれない。

 

 ドリミーと聞いて、最初こそしぶったが、城と、それに六花の誕生日。

 

 これだけ揃っていて、行かないと言う選択肢はなかった。

 

「ああ、行くか」 

 

 ◇

 ●誕生日プレゼント

 

 テストを無事に終えた週の日曜日の朝。

 俺は鈴木と六花とともに、電車に揺られていた。

 テスト返却こそまだなものの、手応えとしては上々。

 これも、六花の教えのおかげだろう。

 

 仲睦まじく、今日のスケジュールなんかを話し合っている鈴木と六花を眺めているうちに、ドリミーが見えてくる。

 

 色とりどりのアトラクションに、今日の目的地であるドリミー城。 ドリミーシーの方には、中世を思わせる街並みに、火山や遺跡など、現実離れした光景が電車の窓から飛び込んできた。

 

「わあ、実咲ちゃん、見えてきたよ!」

 

「はい!」

 

「そっかー、ボクたち、今からあそこにいくんだ〜」

 

 はしゃぎ切っている二人。

 この分じゃ、六花の記憶を思い出すって、当初の目的は二の次になってそうだな。

 

 まあ、記憶なんてのは、何がきっかけで思い出すことになるかなんて分からないんだ、案外、六花が面白そうだと思って突き進んだ方向にこそ、答えがあったりしてな。     

 

 電車を降り、待機列に並んでいると、六花が声をかけてくる。

 

「ねえ長太郎くん」

 

「ん? どうした」

 

 今日の六花の服装は、淡いブラウンで、手のひらが隠れてしまいそうなほどのオーバーサイズのTシャツを着ていた。

 そして、ついみてしまうのが足回り。

 今日の六花はデニムのショートパンツであり、これがだぼっとしたTシャツと組み合わさり、それはもうすごいことになっている。

 具体的には、シャツの丈がショートパンツを覆い隠し、時折、まるで下半身に何も身に付けていないように見えるのである。

 

 すると、六花の胸元から、見覚えのある三日月のネックレスがでてきた。

 

「じゃん、付けてきちゃいました」

 

 どうやら、あらかじめ首にかかっていたらしい。

 

「その……なんだ、似合ってる……ぞ」

 

「そっか……ありがと……。」

 

「ああ! それが、狭間くんがくれたっていうネックレスなんですね! 六花ちゃんに良く似合ってます!」

 

 ……そんなことまで鈴木に知れ渡っているとは。

 この分じゃ、六花とのエピソードは、全て鈴木に知れ渡っていると考えたほうがよさそうだ。

 

 すると、六花がなにやら鈴木の後ろに回り込み、鈴木の両方を掴むと、こちらに差し出すように押し出してきた。

 この状態から、いったい何が始まるんだろうか。

 

「ねえ長太郎くん、実咲ちゃんはどう? 似合ってる?」

 

「りっ! 六花ちゃん……⁉︎」

 

「ん? ……まあ、似合ってると思うぞ……?」

 

「長太郎くん⁉︎」

 

 鈴木の服装は、白いふんわりとしたブラウスの上からは、紺色の薄手のカーディガンを羽織り、その下には、涼しげな水色のスカートという装いだ。

 その清楚感溢れる出立ちは、ドリミーの風景によく似合っていた。

 

「あのね、長太郎くん。昨日の夜、実咲ちゃんから「明日の服これで大丈夫かな〜」ってLINE 送ってきたんだよ〜?」

 

「り、六花ちゃん! それは言わないでって約束してくれたじゃないですか!」

 

「ふふ、そうだったけ?」

 

 そんな六花の反応がご不満だったのか、鈴木がむっとした表情を浮かべていた。

 

 その後も、きゃっきゃうふふと、二人だけの共通の話題が展開されていく。こうなってはもう、俺は蚊帳の外である。

 ……三人で話していると、どうしてもこうなりがちだよな。

 まあ、それでも相当に目の保養にはなるのだが。

 

 いよいよドリミーに入場し、広場に抜けると、バッくんの銅像が俺たちを出迎える。

 

「せっかくですし、みんなで写真取りませんか?」

 

「いいね! 撮ろう……!」

 

 そう言って、二人はきゃっきゃと銅像の前に走っていってしまう。

 ……写真か、正直苦手だ。

 なんて思いながら渋々ついていく。

 

「撮り方とかわからんから、二人とも任せた」

 

「ボクも分かんない……」

 

 そして、鈴木は機械類には疎いので、これはひょっとして、消去法で俺が撮影する羽目になるのでは……と思ったのだが、どうやらその必要はなかったらしい。

 

「任せてください、ローアングルから撮るか、人にとってもらうかなんですけど……あ、ちょっとまってください」

 

 鈴木は、徐にその場を離れたかと思うと、近くにいたスタッフに声を掛けた。

 

「写真お願いできますか?」 

 

「お写真ですね、わかりました」 

   

 ……なるほど、確かにスタッフに撮ってもらうのが、一番シンプルでわかりやすい方法だったろう。

 

「それではいきますよー、はいチーズ!」       

  

 そうして撮影した写真は、両手でピースをつくり、満面の笑みを浮かべる鈴木に、半端な片手ピースの俺と、いつだか見た、後ろに手を組み、少し前屈みになった六花が映っていた。

 

「ボク、スマホの壁紙にしちゃおっと」

 

「あ、それいいですね! 私もそうします!」

 

 そんなやりとりを眺めていると、二人分の期待の眼差しが俺に向けられる。

 

「……わかった、すればいいんだろうすれば」

 

 結局、俺も背景画像を変えることとなった。

 ……さらば愛しのシャルロット・デュノア……。

 

「あ! ウォーターフォールマウンテンの予約とれました! それじゃあ時間まで待ち時間短めのアトラクション回っていきましょう!」 

 

 たしか、人気アトラクションに乗るには、アプリから予約をしておく必要があるんだったか。

 鈴木は『予約完了』と表示された画面をこちらに一瞬向けると、ずんずんとパークの奥の方へと進んで行ってしまう。

 

 俺は、前々から薄々勘付いていたことを聞く事にした。

 

「なあ鈴木、お前ひょっとして、ドリミー詳しい……?」  

    

「いえいえ、私なんてまだまだ素人同然です。インパの頻度だって、ワンシーズンに一回くらいですし……あ、あそこ、限定味のチュロス売ってるカートです!」

 

 インパ。おそらく入園の事なのだろうが……。

 いいか鈴木。人はお前みたいなやつを指して、「十分詳しいだろ」と、総じて言うんだぞ。

 

 そこからは、六花の要望を鈴木のドリミーデータベースに読み込んだ末に導き出された、最善ルートに従って、パークを回る事になった。

   

 海賊のいる時代にタイムスリップしたり、鉱山で落石に押しつぶされそうになったり、丸太に乗って、滝から真っ逆さまに落ちたり、九九九体の幽霊がいる館を散策させられたりと、まあとにかく命の危機の連続だったわけだ。

 もしこれが現実で起きたことだとしたら、最低三回は死んでいる上、幽霊まで連れ帰っていたことだろう。

 

 

 

 俺たちはパークを一巡するように周り、辺りも暗くなり始めた現在。俺たちは、今回の当初の目的である、ドリミー城へと向かっている最中。

  

 六花が道中にあるぬいぐるみショップに向かっていった。 

 

「わ! かわいい!」

 

 六花が手に取っていたのは、双子の白猫のキャラクター、メイとクーンのぬいぐるみだった。見分け方は単純で、耳が立っているか、垂れているかと、瞳の色が、黄色か青かだ。

 ……ちなみに、どっちがどっちだったかは忘れた。

 

「鈴木、どっちがメイでどっちがクーンだ?」

 

 鈴木は迷いなく答える。

 

「耳が立っていて、黄色い瞳なのがメイ、耳が垂れていて、青い瞳なのがクーンです!」

 

 だそうだ。

 六花の後を追って店に入ると、そこには、目を輝かせながら店内を見て回る六花の姿があった。

 どうやら、メイとクーンが相当気に入ったらしい。

 

「狭間くん、ちょっといいですか?」

 

 ふと、鈴木に耳打ちをされる。

 

「六花ちゃんに、一緒にこれ、プレゼントしませんか?」   

 

 差し出してきた鈴木の手のひらには、キーホルダーつきの、小ぶりなメイとクーンのぬいぐるみが握られていた。

 よくみれば、「Happy BIRTHDAY」と書かれたボード手に持っている。

 どうやら、誕生日仕様のものらしい。

 

「……いいな。よし、買おう」 

 

 店を出た六花は名残惜しそうな表情をしていた。

 

「結局、ぬいぐるみは買わなかったのか?」

 

「うん、どうせなら二匹一緒にほしいけど、そうすると結構な値段になっちゃうから」

 

「六花ちゃん、私たちから誕生日プレゼントです!」

 

「わあ! メイとクイーン……!」

 

「お誕生日、おめでとうございます! ほら、狭間くんも」

 

「……ああ、おめでとう、六花」

 

「二人とも……もう、誕生日なんか、自覚がないからいいって言ったのに」

 

 そう言いながらも、六花は心底嬉しそうだった。

 だとすれば、自腹を切った甲斐もあったというものだ。

 

「じゃあ、さっそくつけちゃおうかな」

 

 六花はポーチストラップをつけた。  

 

 ドリミー城の前につく。

 近くで見ると、より立派に見える。 

 

「結局、六花が夢で見てた城って、ドリミー城だったのか?」

 

「うーん……。夢だからかな、その辺りはぼんやりしてて、良く覚えてないんだよね。……でも、ガイドで見た他のお城よりは、形が近い気がする」

 

「そうか」

 

 考えてみれば、このドリミー城こそ、国内で尤も城らしい形をした城だ。

 六花の浮世離れした印象から、海外やファンタジーにばかり目が言っていたが、考えてみれば、夢に出てきた城がドリミー城なのは、ごく自然なことだ。

  

 城中に入ってみると、すぐにこのアトラクションの趣向がわかった。

 アトラクションとは言うものの、今まで並んできた、乗り物に乗る類のアトラクションではなく、場内に点々と配置された仕掛けやら絵画やらを眺める、言うなれば、博物館や美術館に近いアトラクションのようだった。

 

「このドリミー城は、ドリミースタジオの記念すべき第一作、『ドリミープリンセス』に登場する城なんです」

 

「ドリミープリンセス……?」

 

 六花が首を傾げる。

 日本語に直訳すると、『夢の姫』

 

「ああ、眠れる森の美女が元ネタなのか」

 

 ちなみに俺は、眠れる森の美女は、ちゃんと見た事はない。

 

 まあ、ドリミーの看板ともなる作品に「元ネタ」なんて軽はずみは言葉が適切なのかどうかは知らないが。

 

「正解です! 狭間くん、良くわかりましたね」

 

「ああ。まあ、そのタイトルで、お姫様が眠ってるキービジュアルだったから、そっからの推測でな」

          

「ちなみに、バックンが初登場したのもこの作品なんですよ?」

 

「あ、じゃあバミーちゃんは?」

 

 六花が鈴木に尋ねると、鈴木は嬉々として答える。

 

「バミーちゃんは、ドリーミングプリンセス公開から二年後、『バックンの夢冒険』という、バックンが主人公の単独作品で初登場となります」

 

 詳しいとは思っていたが、語り口が完全にオタクだな。まさか鈴木がドリミーのオタク。

 いわゆるドリオタだったとは。

 

 場内を見回っていると、イバラに覆われた城や眠るお姫様など、印象的なシーンの絵が飾られていた。夢の中の空間で、王子っぽい人がイバラのモンスターと戦っていて、その奥にいは、イバラで拘束されたお姫様の映っている絵だ。

 

「これって、夢の中でモンスターを倒したら姫がめざめる的なやつか?」

 

「はい、よくわかりましたね」

「まあこれくらいは、な」 

 

 オタクをやっていると、王道パターンのような物が見えてくる。

 

 

「原点は王子様が城に訪れると、イバラがなくなって……って話なんですけど、ドリミー版だと、王子自ら剣を撮るんです。姫を思う強さが剣を呼び出して。かっこいいですよね」

 

「ああ、確かに」

 

 ポッとでの王子様が

 原点だと、王子がきたらイバラがはけて、キスをして終了、という感じだったはずだ。

 それではあまりに王子が美味しいところだけ持っていきすぎる。

 

 夢中で展示を見ている六花に声をかける。

  

「何か、思い出すものはあったか?」

 

「ううん、ごめん、特になにも」

 

 六花が首を横にふった。

 

「そうか。ま、そんなもんだよな。ドリミーには六花の手がかりはなかったって分かっただけでも収穫みたいなもんだ」

 

「そうかな」

 

「はい! そうですよ、だから、後の時間は純粋にドリミーを楽しみませんか? この後パレードもありますし」

 

「パレード?」

 

「はい! 元々あった『ドリーミングパレード』が五月からリニューアルしたんです!」

 

「へぇ、なるほど、そういうのもあるのか」

 

「はい! 私も、リニューアルしてからのインパは今日が初めてなので楽しみです!『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』!」

 

「……なんだって?」

 

 今、凄まじいカタカナの並びを聞いた気がした。

 

「はい、『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』です」 

    

「すごい名前だな……」   

 

「さ、早くいきましょう! よりよい場所取りのために!」 

 

 鈴木に引きずられるようにして城の外にでると、鈴木の言う通り、パレードの通り道の両端には、すでに人が集まりはじめていた。

 

 人混みの中、ずいずいと進む鈴木。俺と六花は引き離され、鈴木を見失ってしまった。

 

「ったく、どうしたもんかな……」

 

 とりあえず、『席取っといてくれ』と、LINEをしておこう。

 

 その時。 

 

「──智子……?」

 

 隣から、そんな、漏れたような呟きが聞こえてきた。

 声の主は、六花だった。

 

 その目線の先には、ピンクと青の派手な髪色の女子高生二人組の姿があった。

 先の焦茶色のブレザーに赤いチェック柄のスカートが珍しい。

 ちらりと、ピンク髪の女子が、こちらを見た気がした。

 

「六花、智子って……?」

 

 六花があんな見慣れない制服の女子の名前を知っているのはおかしい。そう思って咄嗟に問いかけるも、六花自身も困惑しているようだった。

 

「……わかんない……気づいたら、勝手に……」

 

 六花が、彼女らとは逆方向に走り出す。

 

「おいっ……!」

 

 咄嗟に追いかけようとするも、人混みに阻まれて、追えるような状況じゃない。

 くそッ……これだから人混みは好きじゃないんだ……。

 

「あの……彼女さん? が、ウチのこと呼んでました?」

 

 後ろから、関西弁で話しかけらる。

 振り返ると、そこに立っていたのはさっきの二人組の、ピンク髪の女子だった。

 

 

 俺は、好青年っぽい感じのほうがいいだろう。

 

『ああ……智子っていってたけど、君が、智子さん?』

 

「はい、そうです。えっと……白髪の綺麗な人は……」

 

『ごめん、智子さんに気を取られてるうちにはぐれちゃったみたいで……』

 

「大変やないですか! ウチも一緒に探しましょか?」

 

『大丈夫。六花は目立つから、すぐ見つけられる』

 

「ああ、六花さんゆうんすね」

 

「如月六花って言うんだけど、知ってる?」

 

「うーん、ちょっと聞き覚えないわぁ。あんだけ美人やったら、絶対覚えてるしなぁ」

 

「そう……か」

 

 いかん、考えこむとついすに戻ってしまう。

 

「あ、ひょっとしたら、TikTokで知ってくれてたんかもしれん。うちら、あっちにいる青髪の子、真央いうんやけど、一緒に何回かバズったことあんねん。それで、覚えとってくれたんかもなぁ。」  

『マジ⁉︎ バズったの⁉︎ すっげ……六花にも確認したいから、見せてもらってもいい?』

 

「あ、これや」

   

 画面には、行っているだろう、手元だけの振り付けのダンスを踊っていた。

  ……ともあれ、アカウント名は覚えた。

 

 あとで六花に合流したとき、確認することにしよう。

 

 ──尤も、その可能性は限りなく低い。なぜなら、六花は、Tiアプリを入れていない。

 

『確かに、多分関西出身だよね。だとしたら、直接の知り合いってことはないだろうし、たぶんそうだと思う確認しとく。ちなみに、大阪とか?』   

 

「はい、大阪です。もう今日めっちゃ楽しみで、半年くらい前から絶対この日にこようって決めとったんです」

 

『今日? 今日って何かあるの?』

 

「あー、言われて見ると、なんでやったかな……あ、せや、確か、新しいパレード始まるからって」

 

『ああ、なるほど……そろそろ始まるみたい。楽しんでね』

 

「お兄さんも、六花さん、ちゃんと探してくださいね!」

 

 そう言って、智子氏は去っていった。

 

 鈴木のこともあるが、まずは六花だ。

 

 俺は六花のいった方向へと走った。

 

 いた……。

 

「六花、大丈夫か……?」

 

「うん……。ごめん、ちょっとびっくりしちゃって」

 

 自分の中から、自分の知らない名前が、いうなれば記憶が飛び出してくる。

 それはきっと、決していい気分ではないのだろう。

 

「この動画、見覚えあるか?」

 

 ショート動画の画面を見せると、六花は首を横に降った。

 

「……だよな」

 

「ねえ、長太郎くん」  

 

 六花がぽつりとつぶやく

 

「あの子、もしかして、ボクが記憶喪失になる前、知り合いだったのかな……」

 

「……いや、彼女も六花のことを知らなかった。それに、彼女、大阪からきたって言ってたぞ。……だからまあ、単に、偶然なんじゃないか……」

 

「……そう、なのかな」 

 

 釈然としない様子の六花。

 ……そうだろう。

 自分で言っておきながら、俺だってそう思う。

 偶然名前を呼んで、それが当たっている可能性がどれだけある?

  

 釈然としないまま、俺たちは鈴木と合流し、パレードを見て、それからお土産を見て、名残惜しそうな鈴木を引きずりながら、パークを後にした。

 

 帰りの電車の中、俺は鈴木に、智子氏の件を話した。

 すると鈴木は、驚いた後何かを思い出したような表情を浮かべてそれから。

 

「おかしいです」

   

 と、話を一蹴した。

  

「おかしい……?」

 

 六花が聞き返す。

   

「はい。……おかしいんですよ。『ドリーミングパレード』が『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』にバージョンアップすることが発表されたのは、今年の三月なのに……」

 

「は?」

 

 想定とは全く異なる方向からの言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 てっきり、六花が彼女の名前を知っていたのにも関わらず、誰も違いを覚えていないという事実への反応だと思っていたのだが。 

 

「その智子さんという方たち、リニューアルされたパレードが目当てで、来園日を今日にした、ということですよね」

 

「ああ」

 

「そして、その計画を立て始めたのが半年前、つまり十二月……やっぱりおかしいです」

 

 改めて、何らかの違和感を確信したのか、鈴木が考え込む。

 

「実咲ちゃん、おかしいって……?」 

 

 六花が尋ねると、鈴木はようやく答えた。

 

「リニューアル日の告知があったのは。”二月”なんです。だから、十二月に計画したのに、パレードのリニューアル目当てで来るというのは、ありえないんです」

  

「……じゃあ、他のパレードと間違えてるんじゃないのか?」

 

「それはありえません」

 

 鈴木がぴしゃりと言い切る。

 

「この一年間で、恒常──つまり、限定ではない、年中通して見れるパレードのリニューアルがあったのはこの一件だけです。それに、季節限定のパレードも、五月いっぱいで終了していて、今は恒常のものだけになっています」

 

「……半年前から計画しておいて、季節限定を逃すような間抜けは、しないだろうしな」 

 

 だとすると、あの二人はどうして、今日、六月四日という、何の変哲もない土日を選んだのだろう。

 

 ふと、六花のバッグについた、バーズデー仕様のバックンが目に入る。

 

「誕生日……」

 

「長太郎くん?」

 

 六月四日──。

 それは、智子氏との一件の事の発端となった、六花の誕生日だった。

 

 ──そうだ、俺たちが今日を来園日に選んだのは、六花の誕生日だからだ。

 

「もしかして、智子氏たちが、今日を選んだのは……六花の誕生日だからじゃないのか……?」

 

「でも、六花さんも智子さんも、お互いのことは知らなかったんじゃ……」   

 

「……知らないんじゃなくて、覚えてないんだとしたら──どうだ?」

 

「長太郎くん、それって……」

 

 ──そう。”覚えていない”というのは、”知らない”ということと同義であり、それ即ち、”忘れている”ということでもある。

 だとすれば──。

 

「六花さんと智子さんは──お違いを知らないのではなく、互いを忘れてしまっている、ということでしょうか……?」

 

 ──そう。

 

 ──記憶を失っているのが、六花だけだとは限らないのだ。 

 

 ──そして、それを俺は、経験している。あの勉強会の日、六花に殴られるまで、俺は一度、六花に告白しようとしていたことを”忘れていた”のだ。

  

 そして、そんな仮定が成立するのであれば、新たに一つの仮説が、 出てくる。

 

 それは、閃きにたいして、苦手意識を持つ鈴木でも結論に至れるほど、単純なことだった。

 

「──ひょっとして、六花ちゃん記憶を失う以前、大阪に住んでいたのでしょうか?」 

 

 ◇

 

「六花ちゃん、何か思い出せそうですか……?」 

「うーん……」

 

 ドリミーの一件から、三日過ぎた水曜日の昼休み。

 俺たち三人は、あいも変わらず、部室に集まり、六花は頬杖をつきながら悩ましげにスマホを操作していた。

 

 現在六花は、智子氏の通う高校の近くを、ストリートビューで見てもらっていた。

 大阪府中槻市にある、黄嶋高校という私立校らしかった。

 

 もしも、鈴木の言うように六花が大阪に住んでいたのだとしたら、何か思い出す手がかりになるものがあると思ったからだ。

 

 どうやってそんな情報を手に入れたのか、と問われれば、それは企業秘密ではあるが、今時、制服の特徴を覚えておくだけの記憶力と、SNS一つあれば簡単に学校がわかるのだから、制服ドリミーというのも、考えものだ。

 

 あれから、俺たちは、六花と智子氏を繋ぐ足掛かりになるもの。すなわち、ドリミーと、大阪についてしらべた。  

 

 具体的には、六花にはドリミーの作品や番組付の日々を送ってもらいながら、昼にはこうして、ストリートビューで中槻市を巡ってもらっていた。

 そして、もしも智子氏のSNSに更新があれば、それも欠かさずにチェックする。

 もはや、何が記憶を思い出すきっかけになったとしても、不思議ではないような状況だろう。

  

 だが、とくにこれといった成果は得られていない、というのが現状だった。

 

 そんな中、鈴木がおずおずと手を挙げる。

 

「どうかしたか」

 

「そ、その……私、気になっていたことがあるんですが……いえ、私もすっかり失念してしまっていたのですが」

 

「どうしたの、実咲ちゃん」

 

「六花さんも、身元がわからないとはいえ、久城高校の生徒なのですから、書類等を受理されたうえで入学しているはずですよね……」

 

「「」そうか!(そっか!)……!」」

 

 俺と六花は同時に合点がいった。

 そうだ。久城高校はごく普通の公立高校。従って、入学の方法は正攻法しかないはずだ。

 だとすれば、然るべき書類は受理され、そして、この久城高校のどこかに保管されているはずだ。

 

 これで、六花の保護者。それから、実家の場所なんかも判るはずだ。

 それが直接記憶を思い出す事に繋がるという確証はないが、少なくとも、漠然とストリートビューを見ているよりはゴールへと近づくのは間違いない。

 

「そうと決まれば職員室……でいいんだよな? こういう場合」

   

「はい。一般的に、転入届は職員室のロッカーに保管されていることが多いと、聞いた事があります。」

 

 ……どこで聞いたんだよ、そんな話。

 ともあれ、することは決まった。

 俺たちはすぐに弁当を片付け、その足で職員室へと向かう。

 

 一階まで階段を降りきった、その時だった。

 

 ピキン、と頭痛が走った。その痛みに、思わず額を抑える。

  

「二人とも、大丈夫ですか⁉︎」

 

 二人とも……?

 

 隣を見ると、六花も同様に額に手を当てていた。

 

「うん……大丈夫……、ちょっと頭痛がしただけだから」

 

 六花の書類を確認しようとした途端に起きた頭痛。

 

 ──嫌な予感がする。

 

 経験則か、直感か。とにかく俺は、そう思った。

 

「……六花、このまま歩けるか?」

 

「うん、ちょっと頭痛いだけ。全然へっちゃらだよ」

 

 そのまま、俺たちは廊下を進む。

 

 頭痛は、俺たちが一歩ずつ足を進める事に、強く、熾烈になっていき、めまいに、それから吐き気もしてきた。

 

 頭がガンガンして、思考がおぼつかない。

 段々と、自分が地に足をつけているという感覚すらなくなってきつつある。

 ──『アビスの呪い』かよ……。

 このまま、全身から流血なんてのだけはごめんだ。

 

「長太郎くん……ごめん、ボクもう……ムリかも」

「六花ちゃん!」 

 

 六花が全身から力が抜けたようにして倒れ、それを鈴木が受け止めた。

 

「鈴木、グッジョブだ」

 

 俺は、残された力で鈴木に渾身のサムズアップを送ると、そのまま意識を失い、目を覚ますと、俺たちは二人仲良く保健室のベッドに横たわるハメになっていた。

 

 中村教諭には「またアンタたちか……」と、呆れた視線を向けられたものの、幸い、部活の本番前ゆえの過労と診断され、大事にはならなかったが。

 

 六花と共に部活へ行くと鈴木が待っていた。

 

「鈴木、部活は?」

 

「お二人が体調不良だとお伝えしたところ、今日はお休みということになりまして、私は残ってお二人をまってたんです」 

 

「そうか、皆には悪いことをしたな」

  

「それより二人とも、体調はどうですか?」

 

「……一応、問題ない」

 

「一応……ですか?」

 

「ああ。普通にしてれば何の問題もないが、一度あの書類を取らなきゃって意識すると、また頭が痛む……俺も、六花も」

 

 それは、ここへ来る途中、六花と現状を共有した際に、分かった事だった。 

 

 書類を取りに行かなければ、そう思うと、まるでそれ以上考えるな、とでも言うように頭痛が走るのだ。

       

 これでは、また職員室にたどり着く前に意識を失うことは間違いないだろう。

 

「まさか、本人意外の書類を渡してくれるはずもないだろうしな……それに、もし鈴木が先生を上手く丸め込んで、六花の書類を受け取ろうとしたとしても、案外、書類はどこかに消えているかもしれない」      

「そう……ですよね」

 

「その頭痛って、狭間くんが六花ちゃんに出会った時から、時折起きると言っていたものですよね」

 

「ああ」

 

 入学式で出会った時、スポーツテストで六花が倒れた時、デートで六花に告白しようとしたとき、勉強会で六花の裸を見た時。

 

 思えば、頭痛が起きる時は決まって何か、ハプニングや出来事が起きる時だった。

 

 安易に「頭痛がきっかけとなってハプニングが起きるのでは?」と考えたものの、スポーツテストや勉強会の時の頭痛が訪れたタイミングは、既に事が起きた直後だ。

 

 よってこの説は成立しない。

 

 けれど、頭痛と、イベントになんらかの関係性がある事は明白だった。

 

 それを鈴木にも伝える。

 

「偶然……にしては、出来過ぎてますし、事例の回数が多すぎます。こんな事が起こるとしたら……まさかこんな言葉を使うことになるとは思いませんでしたが──天文学的な確立、つまり、あり得ないと言って差し支え無いと思います。率直に言っておかしいです

 

 鈴木は、ばっさりと言い切った。

 

「それでも、あり得てるのは、なんでだと思う?」

 

「……わかりません。私には、何か意志のようなものを感じました」

 

「意志……?」

 

 立花が聞き返す。

 けれど、俺は鈴木の言わんとする事が手に取るように分かった。

 なにせ、俺も同じようなことを考えていた。

 

 イベントが起きるだけであれば、俺は一生六花とのラブコメに浮かれポンチになって、その違和感に気づかなかっとかもしれない。けれどなにより、今回の、書類についての頭痛は、訳が違った。

 今までのようにイベントの発生に関わっているのでは無い。

 むしろその真逆。

「」六花の出自、戸籍にたどり着く」というイベントを、阻止しようとしているとしか思えない。

 

 だから、俺はようやくそこに、誰かの──ナニカの意志が関わっていると、見出した。

 

「訳がわからない……」

 

 大阪から来た謎の美少女。

 そこに着地してよかったんじゃ無いのか?

 ドリミーで知子氏に会って、ようやく見えて来た六花の出自。

 ようやく近づいたと思ったにも関わらず、まとまりかけていたにも関わらず、より訳のわからない事が起こった。

 

 どう言うわけか、俺たちは今、見えない何かと対峙している。

 

 人間の力じゃどうしようもできない、そして俺たちの行動を導く。

 それはひょっとして『運命』と呼ばれるべきものなのではないか……?

 

「──運命」

 

「へ?」

 

「俺たちは今──運命に抗おうとしているのか……?」

 

 立ちくらみさえしたような気がした。

 

「運命……ですか……?」

 

 流石の鈴木も信じられないと言う表情を浮かべる。

 

 硬直した空気の中、パン、と手のひらを打ち鳴らす音が聞こえた。

 

「二人とも、思い詰めすぎ。ボクはこの通り元気なんだから。それより大事なのは交流会でしょ? 本番明後日だよ? だからさ──」

 

「この事は、一旦忘れることにしよ?」

 

 そんな六花は、無理をしているようにも見えた。

 

 それでも、仕方がない。

 

 そうして、疑問に塗れたまま、俺たちは、本番を迎えることとなった。 

 

 ◇

 

 

 二日間ある交流会の内、久城高校の出番は二日目の二校目。

 よって一日目は当然、何もなく終わり、そして一校目の劇が終わった現在。

 俺は、目前に控えた久城高校の出番を前に、舞台裏にいた。

 

 閉じた幕の内側。

 観客からは見えないその場所で、部員たちはすでに衣装に身を包み、各々セリフの最終確認をしたり、立ち位置を確認したりしていた。

 

「長太郎くん」

 

 後ろから声をかけてきたのは、いつもなとは異なる制服に身を包んだ六花だった。

 

「六花……」

 

「どうしたの、そんなしょぼくれた顔してさ。ほら、劇が終わるまでは考えない約束でしょ?」

 

「ああ、そうだったな」

 

 あれから、六花の記憶の捜索は中止し、劇の練習に集中した。

 書類の件で、あんな事があったばかりではあったが、他ならぬ六花本人が辞めるように言うのだから、強行はできないだろう。

 

 それに、六花の記憶を取り戻すには、もう打つ手がないというのはが、本音だった。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

 

 六花の出番は冒頭からだ。

 六花は舞台袖から出ると、舞台の中央に立った。

 

「六花ちゃん、大丈夫でしょうか」

 

「……本人がああ言ってるんだ、俺には見ていることしかできない」

 

「でも六花ちゃん、昨日──。いえ、これは終わってから話します」

 

 打てる手は打った。

 それは演出家としても、記憶の件としてもそうだ。

 あとはもう、流れに身を任せるしかない。

 あとは、物語が幕を閉じるのを待つだけ。

 

 せめて、その一挙一動を見逃さないように、目に焼き付けるしか、ない。

 

 俺は舞台裏を離れ、座席につく。

 

 そして、舞台の幕が上がった。

 

 そして終盤。いよいよプロムのシーン。

 

 満を辞して、二人が、モチーフにふさわしい、ドレスに身を包んで現れる。

 鈴木はまんまシンデレラ

 六花はピンク主体で、ふりそでに、膝下まであるドレス。

 

 まさに、二人のプリンセス、といった感じだ。 

 

 そして、ヒロインレースに決着がつき、舞台は幕を閉じた。

 

 

 ●どっちがヒロインレースに買ったかどうか、かどうか、後できめる。

 →ラスト、どうなるかによって、こっちも決める。

 

 ◇

 

 舞台が終わると、直ぐに慌ただしく撤収作業が始まった。

 役者は元の制服に着替えて、背景や小道具は諸々裏口から運び出して、顧問の松林先生の軽トラックに詰め込む。

 

「よし、これで全部だな」

「おっけー、じゃこのまま学校まで運んじゃうねー」

 部長が確認を終えると、松林先生はトラックを走らせた。

 

「という訳で、みんなお疲れさん」

 

 部長の一声を皮切りに「終わったー」「間違えなくてよかったー」という部員の声が四方から上がる。

 

 それから、ミーティングを軽く行い各々今回の感想と反省を言い、一旦解散。次の学校の劇を見る手筈となった。

 

 俺もその場から離れようとすると、ふいに後ろから手をひかれた。

 振り向くと、六花が俺の手を握っていた。

 俯いた顔からは、その表情は読み取れない。

 

「六花……?」 

 

「長太郎くん。少し、いいかな」

 

 その声色は、いつになくシリアスだった。

 合わせるように、俺も相応の静かさで頷く。

 

「……ああ」

 

「何から話そうかな……えっと……まずはお疲れ様。それと、ありがとう」

 

「俺は今日、何もしてないぞ」

 

「ううん、今日だけじゃなくて、今までのこと」

 

「今まで?」

 

「うん。入学式で長太郎くんに会ってから、今まで。長太郎くんは、ボクに生きる意味をくれて、居場所と、仲間と、友達と、それからかけがえの無い人をくれた。何度だって助けてくれたし。うん。やっぱり長太郎くんはボクの王子様で間違いなかった」

 

「……そうか」

 

「それで、ね。ボクの記憶のこと、なんだけど──今日まで記憶探しはおやすみって話だったけど──それ、撤回しようと思うんだ」

 

「ああ。今日から再開するか。……次はどこを探す? それとも、何のドリミー作品を見ようか。……生憎、転入届も、戸籍も確認はできなさそうだが、きっと……きっと直ぐに見つかる。」

 

「ううん。そうじゃくて……。長太郎くん、本当は、分かってるんでしょ、ボクの言いたいこと」

 

「…………ああ。無理に記憶を探すの、辞めるっていうんだろ……?」

 

「ほら、やっぱりわかってた。長太郎は優しいけど、やっぱりちょっと意地悪だな」

 

「性根の悪さは自覚してるよ……。でも、何でだ」

 

 俺には、六花がこの記憶探しを辞めようとする理由が、てんで分からなかった。

 ドリミーの一件で、今まで何も分からなかった状況から一転して、糸口が見えたところなのだ。

 そりゃ、確かにあれ以降、進展はないままだが、それだって一週間程度しか経っていない。諦めるには早すぎる。

 

 それに、何よりだ。

 あの時。あの勉強会の、六花が記憶喪失であると明らかになった夜。

 彼女は、涙を流していたのだ。

 そして、、”思い出したい”と、確かに言ったのだ。

 

 そんな思いが、表情にも出ていたのだろう。

 六花は俺が聞きたかったことを話してくれた。

 

「──本当はね。諦めたくないよ。──本当は、思い出したい」

 

「なら」

 

「でも!」

 

 俺の追求掻き消すように、六花は声を荒げた。

 

「職員室に行こうとして、長太郎くんが倒れたって知って……。途端に怖くなったんだよ!」

 

「何で……」

 

「だって……あれはどう考えても、ボクたちがボクの記憶に辿り着くのを止めようとしていた。もしまた、気を失うような事があって、長太郎くんまで記憶が無くなっちゃったら⁉︎ 目を覚さなくなっちゃったら⁉︎ それに、あの時は、長太郎くんだけだったけど、こんどは六花ちゃんも……」

 

 そうして俺はようやく理解した。

 ああそうか。

 俺たちは、六花の記憶をとりもどすための希望であり、それ故に、六花に取って、欠けてはならない存在でもあるのだ。

 

 そして、その支えが壊れれば、失われれば、老朽化した橋のごとく、その重みに耐えることができず、壊れてしまうだろう。

 

 ──だからこそ、失うことを怖がる。

 

 目の前の事に気を取られるばかりで、そんな事、考えもしなかった。

 

 ……けれど、実際、部分的とはいえ、俺の記憶は一度飛んでいる。 だから、六花のいう、最悪の展開が、全く起こり得ない、なんてことはない。

 

「きっと、長太郎くんが思ってるより、ボクは長太郎くんの事、大切に思ってるよ。それこそ、もし長太郎くんに何かあれば、ボクも

 躊躇いなく自分の命を絶てるくらいに」

 

 屈託のない笑みを浮かべる六花のその姿に、嘘も冗談も、一切読み取ることができず、それ故に、狂気すら感じた。 

 

「──長太郎くん」

 

「──好きだよ」

 

 俺が決して口にできなかった言葉を、六花はあっさりと口にした。

 

 ──いつか、六花に告白される、なんて妄想をしなかったのかと問われれば、それは嘘になる。

 いや。口では、俺からすぐに離れていくだろう、なんていいながら、本当はこうなることを確信していたのだろう。

 

 だからこそそ俺は、自分から、六花に気持ちを伝えたいと、自分から告白に乗り出したのかもしれない。

 

「明日の朝、屋上で待ってるから、その時、答えを聞かせて」

 

 そう言って六花は俺をおいて、さっさと会場へ入ってしまった。

 

 俺も後を追ったが、当然、劇を楽しむ余裕など、あるはずもなかった。

 

 ◇

 

「何かあったって面だな」

 

「…………まあな」

 

 交流会が終わり、現地で部活が解散すると、後ろから声をかけてくる男がいた。

 胡散臭い色眼鏡こと、朝倉である。

 

「結構面白かったぜ。わざわざ観にきた甲斐があった。特に如月。まさかあれほどまでとはな。ったく、一体何ものなんだか」

 

「ああ。俺もそう思う」

 

 実際、会場の外に設置されたメッセージボードには、六花に驚く声がほとんどだった。

 

「それこそお前、ここんところ、相当如月のことで走り回ってたみたいじゃねぇか」

 

「……まあな。悪いが、詳細は言えない」

 

「そうか。なら別にいい」

 

 

「ところで、これは俺の推測なんだが、ひとつ言ってもいいか?」

 

「ああ、好きにしろ」

 

「ならいうぜ。──”如月六花は、記憶喪失である”」

 

 俺は目を見開いた

 

「その様子じゃ、やっぱりビンゴみたいだな……マジで何モンなんだあいつは……」

 

「なんで……分かった……」

 

「まあ……色々だな。たまに如月とクラスのやつらの会話が嫌でも耳に入ってくるんだが、世間知らずってレベルじゃ収まらないくらいに、知らないことが多すぎる。外からの情報がほぼ遮断されたような特殊な環境でもなければ、ああはならないだろ──こいつはキナ臭い。──そう思ったのが最初だ。ま、お前含め、ほとんどのやつらは、如月のあまりに異質すぎる上、一度知ったら翌日には調べ尽くしてるんだから、あまり気にしてるようには見えなかったがな」

 

「ま他にも、思い返せば勉強といい、運動といい、自分の出した結果に驚いてたりと、多々気になるところはあったが、──何より、あれだけ人の時間とっておいて、劇に一切繁栄されてなかったじゃねぇか。……だから、憂さ晴らしに鎌かけさせてもらったんだが……薮をつついたら蛇どころかメデューサにでも出会した気分だ」

 

「最後は鎌かけかよ。お前、性格悪いっていわれないか?」

 

「ああ。言われ慣れすぎて、俺に取っちゃ挨拶みたいなものだ」 

 

「さ、お前は秘密にするつもりだったんだろうが、うっかり話しちまったな。ここまで話せば、もう全部話しても一緒なんじゃないか?」     

 

 ……どこまで意図してやっていたのあk。

 食えないやつだ。

 まあ、いいだろう。

 こいつはこれで、口は硬い方だ。

 

「大阪から来た友人と、意志を持った頭痛ね。なるほど。確かに意味がわからない。というか、嘘としか思えない。……以前だったら、間違いなくバッサリ切り捨てただろうよ」

 

「狭間。少し考える時間をくれ」

 

 朝倉はそういうなり、眉間を指でつまむ。

 どうも、こうすると、思考に集中できるらしい。

 一分ほど、そうしていただろうか。

 

 朝倉は、ゆっくりと目を開けた。

 

「なるほど」

 

「……分かったのか」 

 

「いや、わからん……厳密には、わからないということいが、分かった。……どうにも情報が断片的すぎて、まともな考察ができない。はっきり言ってお手上げだな」

 

「……まあ、そうだよな」

 

「まあただ、お前のいうことは概ね筋は通ってると思うぜ。大阪から来た友人と、意志を持った頭痛ね。六花の記憶に関わっている部分が、かろうじてふたつをつなげている」

 

「俺の所感だが……二つを繋ぎ止める、重要な、決定的なじょうほうが足りていない。そんな感じだ」

 

「そうは言ってもな……」

 

「神様だとか、オカルト的、超自然的な物を疑いだしたらキリねえしな。科学が発達した昨今。『神は死んだ』って、ニーチェも言ってたぜ」

 

「……じゃあ、その現代の科学とやらでなんとかならないのか」

 

「見えない何かからのメッセージをか? ……そりゃ、現代科学じゃなくて、SFの領域だろ。……というか、ちょうどお前がこの前見に行ってた映画、そんな内容じゃなかったか?」

 

 ああ。見えざるものからのメッセージ。それを解読して、地球は救われたんだったか。

 

「……だとしたら、どうなる?」

 

「狭間、試しに今までの頭痛が起きた時のシチュエーション言ってみろ」

 

「『落ちてきた美少女を助けろ』『転倒する美少女を助けろ』『告白はするな』『裸を見た』(この時六花頭痛おきてフリーズしてたことに)『六花の記憶にはには近づくな』」

 

「告白はするな……?」

 

「いや、されたんだから『六花からの告白を待て』ともとれる。」

     

「なるほど。こうして改めて考えると、たしかにメッセージだ。」     

「つーか、ラブコメ主人公にもほどがあるだろ」

 

「普通の学園ラブコメにしちゃ、ヒロインがぶっとびすぎてる気もするけどな」

 

「ああ。学力とか、運動能力とかな」(勉強も、もっと極端な問題出していい。)〇〇の方程式みたいなのを解くとか、(ミレニアム検証問題?)

 

「……考えを改めるえきなのかもな。なぞのパワーまでついてきたとなれば、それはもう、ただの人間じゃない」

 

「『宇宙人、未来人、超能力者』そういう、人外のたぐいが、本当にいたり、するのかもな……どうした?」

 

 宇宙人。そう聞いて、何か、俺の脳裏にかすめた気がした。

 

「隕石……」

「は?」

 

 俺が思い出していたのは、いつだかに鈴木から聞いた、久城山に隕石が落ちたという噂だった。

 

 そして、鈴木の話が確かなら、その場所は──。

 

 俺は咄嗟にスマホを取り出し、ニュースサイトで隕石が落ちた場所を調べて始めた。

 

「おい! ったく、コイツは集中し始めると直ぐこうだ……」

 

 朝倉の問いめ無視して調べると

 

『四月四日、大阪府中槻市、中槻山(なかつきさん)に物体落下』

 

 大阪府中槻市。俺はその字面に俺は見覚えがあった。 

 あの高校生二人組の通っていた高校が、中槻東高校だったのだ、

 

 ──間違いない。この久城と大阪中つきには、因果関係にある。

 

「これだ……六花と大阪を繋ぎ、そして、オカルト的な何かが関わっているもの。これしかないだろ!」

 

「なるほど、それで隕石が」

 すると朝倉も状況を理解したのか、目つきが変わった。

  

 ──そうだ。久城山に隕石が落ちたのも、四月四日だ。

 

「───つまり、四月四日に、隕石が……。いや、隕石と断定された訳じゃないんだよな。──『何か』が千葉と大阪。この二箇所に落ちてきた」

 

「何か」

 

 人知を超えたもので、空から降ってくるものと言えば一つ。

 

「」六花は、宇宙から来た──?」

 

 俺はつい、そんな夢物語を口にする。

 

「なあ、もし、だとしたら。とんでもなく美少女なのも、白髪碧眼なんて、常人離れした容姿も、容姿も、身体能力の高さも……知能の高さも辻褄が合うんじゃないか。記憶喪失は──その時の衝撃で」

 

「穴がありすぎる。なら知子なんて名前じゃないだろう。家に住んでるわけもない。だとしてもあの頭痛は何なんだ」

 

 あの知子たち二人も、六花はと同じように頂上的な力を持っているのではないかと一瞬思ったが、

 

 

 

「大阪」

 

 宇宙人だと思えば、納得できる。

 考えすぎかもしれないが、あの家も、住宅街から外れた場所にあって、ぽつんとあって、どこか不自然だった浮いていた。

 

 

 それに、朝倉も気づいたのか、口を開いた。

 

「地球に不時着した際に……記憶を失った……?」

 

 朝倉が、ふっと、笑った。

 

「おい、急になんだ」

 

「いや、如月に出会ったって時も、こうして考察をしたと思ってない」

 

「…………ろくに当たらなかったろ」

 

「ああ。あれから考えて、ふと思ってな。所詮アニメや小説の考察は、作り手が考察の材料を用意してくれてるから当たるんだ。ところが、現実は、そうもいかない。俺たちが見えてない事実がほとんどで、考察の材料かと思った部分は、何にも関係なかったりするんだろうな」

 

「まだるっこしい。何が言いたいんだ」

 

「結局、実際動いて、実際見てみなきゃ分からないってことだ──」

 

「──行くんだろ、久城山に」

 

 

 ◇

 

 電車に揺られ、久城駅のホームに足を下ろした時には、時刻は 既に十九時を回っていた。

 夕陽も沈みきり、暗闇の中を俺と朝倉は徒歩で久城山へと向かっていた。

 

 道中。俺と朝倉は、SNSで中槻山の落下物について笛rテイル投稿はないかをしらべていた。

 

「ん? なんだこれ」

 

 朝倉が画面をよこしTくる。

 

  そこには、『なんか絵拾った』という文章とともに、一枚の写真が添付されていた。

   

  

 それは、ノートの切れ端のようだった。

 だが、破り取られたように上半分がない。

 破り取られた部分が、上半分だと判別できたのは、書かれているのが、スカートにローファーが写っていたからだ。

 おそらく、学生のキャラクターなのだろう。

 

「まるで、オタクをこじらせた男子中学生が書いたような下手くそな絵だ」という感想を抱いた。

 そう思ったのは、俺も中学時代、こんな下手くそな絵を描いていたからだ。

 最も、俺はラノベの挿絵の模写ばかりsちえいて、このイラストのように、オリジナルらしきイラストは、描いたことはなかったが。

 

 れはお世辞にも上手いとは言えないクオリティだ。

 シャーペンで書かれだであろう線は、無駄に濃く、そしてぎこちない上、何度も書き直したような消し痕が、その不慣れさをいっそう引き立てていた。

 

 下半分からでは、どんなポーズなのかは分からなかったが、用紙の切れ目からわずかに見える両手は後ろで組んでいるのがみて取れた。

 

 ……描くのが難しい手指を隠しているのがバレバレだった。

 

 まるで、過去の自分と対面しているようで、嫌な気分になってきた。

 

 ──ふと、何かが引っかかったような気がした。

 

 

「流石に関係ないだろ」

 

「……だよな」

 

 

 

 駅を出て、住宅街を抜け、高速道路下のトンネルをくぐり、そうして一時間ほどして、俺たちは久城山の麓に足を踏み入れた。

 

 その瞬間、またも頭痛が走る。

 

 

「おい!」

 

 朝倉が珍しく驚いていた。

 

 

「ああ。また、あの頭痛だ……」

 

「ってことは」

 

「ああ。久城山に何かあるって読みはビンゴだった訳だ……行くぞ」

 

 スマホのライトで辺りを照らしながら、俺は、山奥へと足を進めていく。

 

「おい、そんな適当に進んで大丈夫なのかよ」

 

「ああ、アテならある」

 

 俺は、自分のこめかみにトントンと人差し指を当てた。

 

「こっちの方向に進んでいくと、段々頭痛が酷くなってくんだ。だから、多分こっちに進んでいけば、いずれ、その『何か』には辿り着くだろうさ」

 

「なるほどな。さしずめ人間ダウジングマシンってところか」

 

「せめてもっと人道的な名前はなかったのかよ」

 

「ああ。無いな。これが一番しっくりくる」

 

「……そうかよ。……朝倉。多分俺はこの後気絶する」

 

「…………そういや、職員室に向かった時が、まさに今みたいな状況だったんだっけか?」

 

「ああ。ただ、前回と違うのは、書類と違って、今俺たちが探しているものには、鍵も見張りもついてないってことだ。だから朝倉。俺がぶっ倒れたら、その時は俺を置いて、捜索を続けろ」

 

「は? 流石に夜中の山の中は危なすぎる。お前一人くらいなら肩組みかなんかして、引っ張っていくくらいの体力はあるつもりだ」

 

「それじゃあ効率の効率が落ちるだろ。そんなに心配せんでも、三十分もすれば、目を覚ますだろうよ」 

 

「……なあ、ずっと思ってたんだが、何でお前、如月のためにそこまでできる。確かに、あんな出会い方をして、こんな摩訶不思議な状況になれば、多少ワクワクしちまうのが俺らみたいなオタクの性さが、それにしたって、何回も気絶して、痛みを堪えながらあるいてるお前は、異常に見えるぞ」

 

 朝倉は、俺を羨んでいるようにも見えた。 

 

 ここまで赤裸々に話せたのは、男同士で、暗闇で、よく知る中だからだろう。

 

「そんなん……! 俺にだってわかんねえよ。俺だって痛いのはきらいだ。今だって俺は唇を噛むくらいには、必死で堪えてるんだからな」 

 

 おかげで、口内には、血の味が広がりつつあった。

 

「でもしょうがないだろ。俺が心底惚れた女の子は、そういう女の子なんだから。……推しのためなら、ヒロインのためなら、なんだってできる。俺たちは、そういう人種だろ?」 

 

「……それもそうだ。「もしも相手が宇宙人だったとしたら……そして、もし記憶をとり戻すなんて展開になったとしたら、茨の道だぞ?」

 

「知ってる。でも俺は、宇宙人美少女と円満な仲を築く方法を知ってるぜ。なにせ、俺の部屋には『ToLOVEる』が無印からダークネスまで、全部揃ってるからな……ぐっ……」

 

 一気に頭痛がひどくなり、俺は地面に膝をついた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「……いや、そろそろ不味いな……」

 

 薄れゆく意識の中。俺は死ぬまでに行ってみたかった言葉第三位を口にした。

 

「ここは……俺を置いて……さきにいけ……」

 

 そうして俺は、もう何度目になるかわからない、無意識へと向かった。

    

 ◇

 

「……きろ! おい、起きろ!」

 

 耳元でやかましく響く朝倉の声で目を覚ます。

 どうやら、朝倉に肩を担がれているらしかった。

 

 ふと、違和感に気づいた。

 ……頭痛が、収まっている……?

 

 頭痛が俺に、メッセージを伝えようとしているのなら、今の状態が意味するところは、”もうメッセージを伝える必要はない”ということだ。

 

「あれ、見てみろ」

 

 朝倉のライトが照らす先は、まるで爆発でもあったかのうようにすり鉢じょうに地面が抉られていた。

 

「なんだよ……これ……」

 

 そして、俺はこの大きな穴の呼称を知っていた。

 

「クレーター……」

 

 だが、予想に反して、そこには何も、なかった。

 

「UFOでも落ちてりゃ、わかりやすかったんだがな」 

 

 朝倉がぼやく。

 

「もうすでに、回収された後って可能性もあるんじゃないか?」

 

 俺は、中を詳しく調べるべく、クレーターを滑り落ちる。

 なにか、落下物の痕跡が残ってるんじゃないかと、ライトで当たりを照らしてみたが、期待した金属片などは、一切見当たらない。

 

 すると、自分の足の真下に、何か白いものがひらりと揺れた。

 

 軽く土を被ったそれを拾いあげる。

 

 千切れた紙、書かれた学生の上半身。

 

 行きで見たイラストの、上半分であることは、疑いようもなかった。

 

 

 

 

 俺は恐る恐る、朝倉のスマホで見せてくれたイラストと、脳内でつなぎ合わせる。

 

 一枚のイラスト。

 後ろで手を組む、白髪碧眼の女子高生の姿となる。

 

 そして、その体のバランスももれなく不自然だ。

 胸は、ボールでもつまっているんじゃないかと思うくらいに不自然な巨乳で

 

 

 

 そして、右上にはキャラクターの設定たしきものが書かれていた

    

    寝巻きのデザインも書かれている

 

『”如月六花──”彼女は転校生。”並外れた身体能力”と、”学力”を持ち合わせていながら、その誰もが認めるレベルの高い容姿と、人当たりのよさから、彼女は絶大な人気を誇っている。

 関わる人間など選び放題だろうに、彼女はなぜか俺に構ってくる。時には、俺を誘惑するような言動までしてくる。まったく、何がしたいんだか。だが、いざ”裸に出会した際は”(重要!)、恥ずかしがって取り乱していた。何がしたいんだか』

 

 

 

 

 

「どういう……ことだ?」

 

 外見、内面、そして名前。全てが、彼女と、一致している。

 

「彼女が、このイラストのキャラクターの真似をしているのか?」そんな考えがよぎるが。

 それは違うと、次の瞬間には、俺自身が否定する。

 

 いくら演じようとも、運動能力や、学力や、何より、名前は再現できない。

 

 ──だとすれば、にわかには信じ難いが、残された答えは一つしかなかった。

 

「おい、何がかいてある!」

 

 朝倉が半ば奪い取るように紙を取ると、驚嘆していた。

 

「なあ朝倉。六花は……このイラストから飛び出してきた女の子なんじゃないのか」

 

 ──不自然なまでに膨らんだ胸。──ああ、彼女はパッドだったな

 

 後ろに組まれた両手──思えば、彼女はあんなポーズをよくしていた。

 

 ●設定の答え合わせ

 

「……ありえない……が、それしかない……よな」

 

「だとしたら、もう、神のみわざだぞ……⁉︎」

 

「それにこれ、お前の字じゃないか……?」

 

「……へ?」

 

 朝倉の言葉に、すっとんきょうな返事をする。

 

「この書きかた。微妙に違うが、似ている気がす」

 

 自分のじの特徴など、あまり意識したこともなかったが、確かに、似ているような気がしていた。

 

 それに……たまに書く絵に、似ている。

  

「いや、こんなイラストも、設定も、俺は描いた覚え無いぞ。そもそも俺はオリジナルのイラストなんて描かない主義なんだ」

 

 その時、風が吹いた。

 その中に、コーヒーの香りが混じった。

 

 リュックから、一冊のノートを取り出す。

 ──六花の記憶を思いだす方法を模索した時に、持ってきたノートだ。

 

「同じだ……」

 

「このノートは……俺が描いたのかもしれない……。覚えていないだけで」

   

「それにお前、いつもいってたよな」

    →どこかで言わせる

    

「妙だと思ってたんだよ。ボクっ娘でショートカットで、お前のド好みだろ。──お前と運命的な出会いをして、ずっとぞっこんで──それって、都合がよすぎやしないか?

 

「──お前が考えたキャラクターだっていうなら、筋が通るとおもわないか?」

 

「……!」

 

 俺は、言葉にすることができなかった。 

 

 証拠は揃っている。

 だが、認めたくなかった。

 全てが偽物だったと。

 予定調和だったと。

 必然だったと。

 

 確かに、都合がいいと思っていた。

 だが、それは記憶喪失で、寄るあてが俺しかいなかったから、だと、納得した。

 

 ──だが、それすら、その記憶喪失すら、元を辿れば俺のせいだというのか。あまりにひどいじゃないか。

 結局、妄想じゃないか。

 

 だって、六花が隕石に際してこの三次元の世界に生まれたというのなら、そもそも過去の記憶など、あるはずがないのだから。

 

 ──俺の中で何かがひっかっかった。

 

 ──そうだ。ドリミーで出会った。彼女。六花が彼女を覚えていたのだけが、明らかに不自然だ。

 

 朝倉に伝える。

 

「ああ。……この件、ひょっとして、神様が彼女を二次元んから三次元にしました、なんて単純なものじゃ、ないんじゃないか……?」

 

「しばらく、考察させてくれ」 

 

 朝倉はしばらく、眉間を抑えたまま。ぴくりとも動かなかった。

 

「そういう……ことか……」

 

「わかったのか」

 

「聞く覚悟はあるか?」

 

  ◇ 

 

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた六花は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

「長太郎くん、来てくれたんだ──なんてね。なんかボクが初めてよんだ、あの台本みたいになっちゃたね」

 

「ああ、そうだな。でもどうややって屋上の鍵なんか開けたんだ?」

 

 久城高校の屋上は、文化祭の時以外は施錠されているはずだ。

 

「長太郎くんの知っての通り、ボクってほら、結構優等生だから」

 

「知ってる? この屋上の鍵って、古くて、結構単純な構造になってるんだよ?」

 

 ちゃめっけたっぷりに笑う如月。ピッキングとは、もはや彼女にはなんでもありだな。

 

「長太郎くん。それじゃあ聞かせてくれるかな。告白の返事。──って、言いたいところなんだけどさ」

 

「────何か、あったんだよね」

 

 どうやら彼女にはお見通しらしかった。

 

「どうして、わかった……?」

 

「そんなの簡単だよ。だってボク、狭間くんのこといつも見てるもん」 

 

「それに……ね。昨日の夜。いつものお城の夢と、違う夢を見たんだ」

 

「智子さんと、〇〇さんと三人で、ドリミーに行こうって話をしてる夢。ボクは、「絶対この日や!」って、大阪弁で話してた。、なんだか、とても夢だとは思えなかった……。……長太郎くん。夢ってさ。脳が記憶の整理をしているんだよね……もしかしてさ、あれは、ボクの想像なんかじゃなくて、ボクが忘れているだけで、本当にあった出来事なのかな」 

  

 

  今まで 

 それはひょっとすると、俺たちが、六花の真相に気づいてしまったことに生じて、起きたことなのかもしれなかたt。

 

「ボクはやっぱり、大阪に住んでたんじゃないのかな。でも、やっぱりわからないんだ。夢の中のボクと、今のボクはあまりにも違う」

 

「話し方も、仕草も、性格も、髪色も、瞳の色も学力も身体能力も、何もかも違うんだ。──自分のなのに、まったくの別人みたいに感じたんだ。──ひょっとして、長太郎くんは、その理由知ってるんじゃないのかな」

 

 

 

 昨日、朝倉の考察を聞いて、六花に話すべきなのかどうか、なやんだが。

 

 ──嗚呼。六花も、現状を理解し、その違和感についても気づいていたのか。

 

   

「──知ってる。昨日、久城山に行ってな。そこで俺は、今俺とっ六花の間に起きている事の真実を知った。」

 

「ねえ、長太郎くん。教えて、くれるかな」

  

「……わかった」

 

 六花は今、自分の事を、もともと大阪に住んでいた、とそう思っている。

 

 そして俺は、あのイラストを見つけた時、六花はイラストから飛び出してきたいた女の子だと思った。

 

 この二つは、一見矛盾しているようで、紐解いて見れば、案外あっけなく、繋がり、案外単純で──だからこそ、タチが悪くて、最悪だった

 

 俺は、画像アプリで一枚に合わたイラストのプリントを、六花に渡す。

 

「これは……?」

 

「本来の君は、大阪府立中槻高の生徒(じょうがざき りつか)。

 今の君は、『天業現象』によって、俺が考えた如月六花という、よく似た名前のキャラクターの人格がやどった姿だ」

 

 

「学年が一緒の美少女。そんな逸材、近場にそうそういるはずもない。多分きびが、りつか、君が一番、如月六花に近い存在だったんだよ……名前だけは、すこししわよせがきていた。それから胸も。」 

 

 ◇

 

「まず、説明するにあたってだ。今回起きている、オカルト的超自然的現象の総称をお前が決める」

 

「どういうことだ?」

 

「単に、説明する時に、神だのなんだの言ってるとニュアンスがブレるからな。」

 

 俺は少し考え、決めた。

 

「──天業(てんごう)。てんごう現象。」

 

「天業? 」

 

 

「ああ。なんかわからんが、上位存在。つまり天によって行われる業だ。災にしようとも思ったが、そうとは限らないからな」

 

「なるほど。いいセンスだ」

 

 朝倉は、語り始める。

 

 

 

「説明は、それなり長くなるからな。先に結論を言っておこう。──如月六花は、単にあのイラストから飛び出てきただけの存在じゃない。その正体は、『天業現象』によって、狭間長太郎の考えたキャラクター『きさらぎりっか』の人格となった、大阪府立中槻高校の生徒だ」 

    

「どういう……ことだ」

 

「六花は、純粋に二次元から飛び出してきた存在にしちゃあ、不審前な点が多すぎた」    

          

    

「一つ。スペックの酷使への反動について。──六花は運動面、知能面ともに超人的な能力を持つが、その代償として、体力回復に、数日単位での睡眠を要する。

 六花については、両手を後ろに組んだポーズが日常的な癖になるくらいに積極的に使われているのにも関わらず、これほどまでに特徴的な要素が、あのノートには書かれていないのは不自然だ。だとすればそれは、設定に六花の肉体が追いついていない、ということであり、すなわち、六花の肉体はあくまでも常人並だと考えられる」

 

 

「二つ。転入届入手への妨害について。『天業現象』が二次元のキャラから、三次元の人間を生み出せるくらいの力があるなら、それに合わせて戸籍もつくるだろう。

 そして、六花の戸籍があるなら、わざわざ妨害する必要なんざないはずだ。

 だが、反して妨害は行われた。つまり、六花の個人情報には、問題がある、ということだ。それに、学生証のふりがなが異なってるのも妙だ。ひょっとして、学生証や転入届けに紐づいている戸籍は、『天業現象』が起きる前。既に十六年間生きてきた誰かの戸籍なんじゃないのか? 

 

「今の二つからわかる通り、天業現象は、万能じゃない。頭痛や認識のすり込み、ちょっとした意識への干渉くらいなもんだ。そして、それですら完璧じゃない」    

 

 →彼女らからは記憶がぬけていた。そして、狭間の記憶も一度飛び、今度は記憶が改竄されていたという疑いまで出てきている。

 →つまり、六花意外の人間にも記憶の操作がある程度きくというのは間違いない。

 

 

「それは、三つ目。既にお前らが立てていた、六花は大阪からきたのではなか、という考察のアンサーになる。」

 

「あの日、六花の誕生日に集まり、そして智子の名前を無意識によんだ。──おそらく、それほどまでに、如月にとって、かけがえのない存在だったのだろう。パレードだって、六花がみたいのいいだしたのだろう? それほどまでに、楽しみだったんだろう。それこそ、夢にまで見るくらいに」

 

  つまり六花は

 大阪に住んでいて、大阪に友達がいて、宇宙人でも無い、普通の肉体の持ち主。

 

 ◇

 

「天業現象……か。そっか、そういうkとこだったんだ。」

 

「ボクが、偽物か」

 

 すると六花は、その運動能力でひょいと、フェンスを乗り越え、向こう側に経った。

 

「六花……?」

 

「六花ちゃん!」

 

 屋上の影から、どこからともなく鈴木が飛び出してきた。

 

「実咲ちゃん!」

 

 俺hあ、鈴木にも知らせたのだ。

 この事実を。

 それから、返事はなかったものの、まさか、こんなところにいるとは。

 

「お前……いつから……いや、どうやって……」

 

「非常用の梯子があるんです。朝六時くらからでしょうか」

 

「お話は……状況はわかりました。狭間くん!最低です!狭間くんも酷いです! さっきから、、まるで六花ちゃんを、まるで作りものみたいに言って!」

 

「いいの、実咲ちゃん。だってそれは本当のことなんだから」

 

 その六花の表情には、諦めの色が如実に浮き出ていた。

 

 俺hあ、何も言えないでいた。

 

「違います!」 

 

 鈴木が、強く断言する。

 

「六花ちゃんはつくりものでも、ましてや偽物でもありません!」

 

「違うよ……!」 

 

 

「だったら! ……だったら、私と仲良くしてくれたのも、嘘だったんです!」

 

「それは……」

 

 六花が、戸惑いの色を見せた。

 

「そのノートには! 友達のことなんて書いてありませんでした! それでも、私なんかと仲良くしてくれたのは! 六花ちゃんの気持ちなんじゃないんですか!」

 

「それに、そうです。演劇部なんて記述はどこにもありませんでした!演劇部の練習、つまらなかったですか⁉︎ クラスの人たちは! みんなよろこんでました! メッセージボード!六花ちゃんのこと、たくさんかかれてました! 嬉しかったんじゃないですか! それは、六花さん自身が、感じたことなんじゃないですか! 」

 

「うん……」

 

「だったら……それは……それはもう、六花ちゃんです。六花ちゃんの意思です!」

 

「ボクの意思……」

  

 ●そうだ。鈴木は、友達が少ないと、そう言っていた。だからこそ、自分と仲良くしてくれる六花に対しては、思うところがあったのだろう。 

 

「実咲ちゃん。ありがとう。」

 

「──でも、ちょっと遅かったかな。」

 

「多分ね。ボクは、もうボクじゃなくなる。長太郎くんの話を聞いてわかった。長太郎くんの頭痛がなくなって、ボクがりつかだった時の夢を見たことからわかるように。

 秘匿が暴かれた今、ボクはもう、ぼくじゃなくなる。如月六花の人格は消えて、元のりつかちゃんになると思う」

 

「そんな……」

 

「ボクは……それは嫌だ。ボクじゃなくなったボクのことなんて、みんなは、二人は好きになってくれるはずない。

 

「そんなことないです! 六花ちゃんが変わっても」

 

「ありがと。最後にそれが聞けただけで十分。でも、人はそう単純じゃない。きっと、ボクのことは嫌いになる。──嫌われるくらいだったら」

 

 ふわりと、六花の体が宙にういた。

 

 その体は、重力に引かれるように、はるか遠くに見えるアスファルトに吸い寄せられるように。

 

「させるかあああああああああ‼︎」

 

 俺は全力で走りだす。

 

 

 わかってるだろ! 

 六花がピンチなんだ!

 ヒロインがピンチなんだ!

 ここで助けるのが、”主人公”ってもんだろうが‼︎

 

 すると、視界がスローモションになる。

 

 ……来た!

 

 最大限しゃがみ込み、足をバネにして、俺は最大効率の跳躍をする。

 フェンスに足をかけ、最小のステップ数で乗り越えると、フェンスのへりをけるようにして、落下する六花に向かって手を伸ばす。

 

「届け!!!!」

 

 伸ばした腕は、寸分違わぬ角度で六花の手をガッチリと掴んだ。

 

 六花は信じられないものを見たような表情だった。

 そりゃそうだろ。だって俺も、落下しているのだから。

 

 だが、俺の視界は今だslow motionfのまま。

 

 俺は、空いた左てで、学校脇の大木の木の枝をがっしりと掴む。

 六花を受け止めた時よりも、強い痛みが走る。

 片手で二人の体重を支えられるわけもない。

 

 だが、ここで手を話すわけにはいかない。

  

 そう思っ直後、

 メキメキとしたおとが聴こえた。

 それは、俺が捕まっっていた木のえfだ。だった。

 腐っていたのか、見た目に反して脆弱だったらしい。

 まずい。

 

 手を離す。また別の木の枝をつかmぬ。

 

 手を離す。別の枝を掴む。

 

 もはや、左腕の感覚がない。

 

 それでも、俺はやめるわけには行かなかった。

 

 そして、一階あたりの高さまで降りることに成功した。

 

 手を離し、六花の体を抱きしめる。

 俺が下敷きになるようにして、落下した。

 

 

 視界が、下の速度を取り戻す。

 

 命に別状はないとは言え、あちこちが痛い。全身ボロボロだ。

 

「りっか……。」 

 

「おい! 六花……!」

 

 六花がむくりと起き上がる。

 そして、ばちんという音とともに、頬に痛みが走った。

 

 頬をぶたれたのだと気付くのに、時間を要した。

 

「六花……?」 

 

 向けられていた目は、敵意だった。

 

「”うちは”六花やない。……りつかや。」 

  

 エセではない関西弁に、その名前。 

 

 俺は悟った。

 ──もうこの世に、六花はいないのだ。

 ……なんだよ、別れすら言わせてくれないのかよ

 

「うちがわすれてたこと全部、思い出したわ。千葉にまで転校する羽目になって……!」

 

 今度は、拳が飛んでくる。

 こんどは逆側をなぐえられた。

 

  

「智子も〇〇も、みんなうちのこと忘れてしもた……!」

 

 次は左。 

  

「きっと他のみんなも、忘れとる……」

 

 右。

  

   

「お前のせいでウチの人生めたくちゃや……! 」

 

 両手が首に添えられ、気管が狭まっていく。

 首を絞めらえている。

 

 俺は、抵抗しなかった。

 その通りだと思ったし、

 六花がいなくなったという虚脱感に、苛まれていた。 

 

 

 その手が、ぐーになる。

 そして、引き絞られた。

 

「だめです!」

 

 

「”実咲”……」

 

 拘束がゆるむ

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 空気が全身を満たす。

 

 りつかはとまった。

 呼び方こそ変わっているがその反応。

 そうか、本当に、覚えているのか。

 

「りつかさん……なんですよね。」

 

 鈴木は一瞬とまどったたが、事情をさっしたらしかった。

 

「はじめまして、鈴木実咲です。」

 

「知っとるわ」

 

「そ、そうですか! え、えと六花さんの、その、僭越ながら、お友達をさせてs¥いただいておりました……」

 

「仰々しいな……それもしっとる……いや、覚えとる」

 

「そ、そうでしたか、すみません……。その、りつかさんが、狭間くんを恨みたくなるのも、殺したくなるのもわかります!」

 

 咳き込みながらも「おい、助けてくれたんじゃなかったのかよ」と内心突っ込まずにはいられなかったが。

 この正しさ、高閉鎖、表裏のなさこそが、鈴木が鈴木たる所以だろう。

 

「でも傷害も、殺人もだめです! きっと後々、りつかさんが、もっと辛い目に合うことになってしまいます! それは嫌です! なのでその……なにか、なにか楽しいことを考えましょう!」

 

 鈴木は頭をなやませたあと

 

「そ、そうです! りつかさん! こんどは、こんどはシーに! ドリミーシーにいきましょう! 一緒に会う服コーデして……その、おそろいのコーデとかしてみたいです! 大阪と違って、千葉からなら日帰りで行き放題ですよ! ほら、他にも……その、あの……ああそうでした、その……私と、お友達になってくれませんか?」

 

 りつかは、表紙抜けしたような様子だ。

 

「実咲……」

  

 りつはは、「うん、せなや」 と、一人何かを納得したようすだった。

 

 納得、というよりは、折り合いをつけたようだった。

 

 

「実咲、わかった。こんどはシーいこうな。……起きたことはしゃーない。「なんであんたが選ばれたのは知らんけど、天業いうたな。それこそ、天のわざわいみたいなもんや。運悪く落雷にでもあったと思うしかないやろ」

 

「りつかさん……」

 

「ふ、さんはやめや。呼び捨てか、まあちゃんづけでもええけどま、こいつと同じ意見ってのは癪やけど、実咲はほってけへんからな……」

 

「そ、そんなことないです!」

 

「はは、せやから、お前しばくのはやめといたる。実咲が悲しむからな」

 

 

「……ったく、狭間、見れば見るほどうちの好みちゃうな。オタクとかないわぁ。うちはもっと背が高いスマートで爽やかなイケメンが好みやねん」

 

 

 

「ったく、実咲も”こんな男にデどこが好きなんだか”」

 

「はっ?」

 

「りつかちゃん!」

 

 鈴木の顔が真っ赤にそまった

 鈴木が……俺のことを……?

 

「あー、これ言っちゃあかんかったか、すまん」

 

「は、はい……」 

 

「というわけや、狭間。どういうわけか、実咲はお前に心底惚れとる。」 

 

「りつかちゃん⁉︎」 

 

「どや、まんざらでもないやろ?」

 

「いや……それは……まあ……」

 

「なら話は決まりや。狭間お前、実咲と付き合え」 

    

「「はっ⁉︎」」    

 

「いつまでも、かわいいかわいい六花に未練たらたらでいられても、きしょくて叶わん。失恋を忘れさせるには、新しい恋愛が一番や」 

「でも俺は」

 

「──で、──で、──。どこが不満なんや」

 

 言われて気付く。

 六花が俺のことをみていたように、鈴木もよく考えれば、俺のことを見ていた。

 それに、鈴木は、俺を裏切るなど、まったく想像もできない。

 

 ……あれ?

 ないんじゃないか……?

 

「いや、でも鈴木は、守ってやりたいというか、そういう関係じゃなく、仲間として……」 

 

 

「いやでも」 

 

「恋愛に夢みすぎやねん! キモオタ! 童貞! 拗らせ中二病! 」

 

「ええか! 現実の恋愛なんて、大概はLINEで告白や。校舎裏に呼び出して、なんかあるわけないやろ」

 

 

 

「ええ。そこまで言うんやったらもう、テスト勉強のとき、実咲から聞いた、狭間が好きな理由ノア話、きさせたる。六花はな──」

 

「りつかちゃん!」

 

 

「その……自分で、言います。」

 

 

「ありのままの私のこと、受け止めてくれて面白がってくれて、狭間くんになら、何を言っても受け止めてくれるって、一緒にいると安心できると思うんです。でも、どきどきすることもあって……わからなかったんですけど、それは、子、恋だって、狭間くんのことが好きなんだって、言われました。」

 

「狭間くん、好きです。わ、わたしと、こ、ここ、恋人になってください!」

 

「狭間。チェックメイトちゃ」

 

 ◇

 

【エピローグ】

 

 ラーメン屋にて。カウンター。

「おー、大阪とは全然味ちゃうけど、これはこれでごっつうまいなー」

 

 六花とした約束だったが、「ウチもつれてけ」と言われたので、こうなった。

 

 麺をすする六花の髪は黒。瞳も黒。純日本人のそれだ。

 

 

「あれからドタバタやったからな。あんたとは、一度腹据えておもっとった話さなあかんとおもっとった。」

「ああ、そうだな」

 

「ま、親とか友達とかとも連絡とれたし、なんとかなりそうで、一安心やわ。」

 

 あれから、

 

 

 六花がりつかになった後、

 りつかが智子たちに連絡したところ、彼女たちは、りつかのことを思い出していたそうだ。

 今は、本人切っての要望により、親の知人の別荘で東京で一人暮らしということになっている。

 ちなみに転校の理由はドリミーにいっぱいいけるようにということになっているらしい。

 

  

 多分、つじつま合わせの結果なのだろが、すごいことになったな。

 

 『天業現象』。それがたとえgば、神様によって行われた所業だろするのなら、案外その神様は、ズボラで大雑把なのかもれなかった。

 

 

『ほんまなんで忘れてたんやろ! きっと宇宙人の洗脳攻撃違いない! こんどは一緒にいこな!』

 

 ──あながち、的外れでもないのが恐ろしいところだ。

 

「ドリミーの誘われまくりでモテモテやわ」

 

 りつかはチャーシューをかみきる。

 決して上品とは言えない仕草。

 六花ではこうはならない。そう思うとふと安心した。

 

「それで、どや、かわいいかわいい六花ちゃんへの未練はなくなったか?」

 

「……」

 

 全くないと言えば、嘘になる。

 

 げしっと、足を蹴られた。

 

「ほんっま信じられへん! ひょっとして、うちのこと狙っとるんとちゃうよな!」

 

「違う。……というか、だったら、ソレつけてくるのやめろよ」

 

「えー、だって気に入ったんやもん」

 

 そういってつまむのは、月のネックレス。

 

 笑うと、嫌でも六花を彷彿とさせる。

 結局、ルックスは本物だったのだから、逸材と言わざるをえない。

 

 ……案外、もっと普通のルックスだったら、違和感に気付くのはもっとおそかったりな。

 

 

 ひょっとしたら、かぐや姫が連れて行かれるのをただただ見ていることしかできなかった彼らは、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

 ああ。やっぱり、彼女はかぐや姫だった。 

 

 店を出ると、駅で偶然鈴木にあった。

    

「あっ! りつかちゃん! ……と、狭間くん……」

 

「お、おう……」

 

「じゃ、おじゃま虫は退散するわ。……あとは若い二人でごゆっくりー」

 

 

 ──まあ、こんなわけで、如月六花にまつわる『天業現象』は、区切りがついたのだった。

 

 ──目を覚ますと

 ──で、頭痛がした。

 

 

 

 

 ほんま、”てんご”、やで。

 

 

 

「てんご、確か、関西の方言で、いたずらや悪ふざけ、とう意味でしたっけ」

 

 お後がよろしいようで、……なわけあるか。

 

 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 また隕石が落ちてきたと、知らせを受けた。

『…………!』

 

「なにか……聞こえた?」

【】

 

 ●どこかに朝倉も挟む

 

 

 

 

 

 重要ななぞがある。

 

 なぜ、俺のノートだったん

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