ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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第4話

 

 

 タイトル 拗らせオタクにどうしろと?

【00 はじまり】

 

 タイトル 拗らせオタクにどうしろと?

【00 はじまり】

 ●観測者になった長太郎からの視点

 

 

 ラブコメ、青春SF、ファンタジー。そうした創作物のジャンルは細分化され、無数にあるが。

 まさか、それらを実際に体験する事になるとは。

 どこにでも転がっていそうな捻くれオタクだった俺は、予想だにしていなかった。

 

 今に思えば、全てはあの日から始まったのだろう。

 

 物語の世界に憧れていた俺の元に、空からキミが降ってきた、あの日から。

 

 

 

 この物語を舞台に。あるいはライトノベルにするのなら。

 

 俺と、それから彼女達にまつわる物語。

 そういううことになるのだろう。

 

 それから、今「ラノベって大体そうじゃね?」って思ったやつは手を上げろ、しばき倒すから。

 

 ————————————————————————

 

 

 

【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 

 

 重たい鉄の扉を開け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

『そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが』

 

 こんな内容の手紙をわざわざ下駄箱なんかに入れるんだ。いくら鈍感だったとしても、流石にその意味気付けるだろう。

 

『お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

『もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 ◆

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 

 やたらに通りの良い、ハスキーな叫び声が部屋中に響き渡る。

 声の主は、俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒だ。

 

 彼女はひとしきり叫び終えると、後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書いてきた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』を容赦なく視聴覚室の床に叩きつけた。

 

 その蛮行に対して、俺はもちろん抗議した。

 

「ちょっと、まだ冒頭のシーンすら読み終わってないのに、人の書いてきた台本に何しやがるんすか……」

 

「言えるか! こんな甘々で恥っずかしい台詞‼︎」

 

 そんな抗議も無視し、女子生徒──南部長は、きりりと整った顔でこちらを睨みつけてくる。

 見るとその表情は、少し赤み掛かっているように見えた。

 ……ホントに恥ずかしかったのかよ。

 

 ●南部長と、台本チェックの説明を別々にする

 もうすぐ春休みも始まろうという三月半ば。

 俺は、一学年上の先輩であり、所属してる演劇部の部長。 希望(みなみ のぞみ)先輩に、自作してきた演劇台本を実際に読みながらチェックしてもらっていた。

 

 もちろん、その場所も屋上などではなく、使われなくなった視聴覚室を間借りした演劇部の部室で、である。 

 

 視聴覚室と聞くと、一面白かグレーの、無機質な部屋を想像するが、久城高校の視聴覚室は、所狭しと設置された長机とパイプ椅子を除けば珍しい様相をしている。

 

 普通教室の二倍の面積はあろうかという広さに加え、窓には、閉めれば一切の光を遮断する真っ黒な遮光カーテン、緑色のカーペットが敷かれた床、防音のために無数の穴が空いた壁は温もりを感じる木製で、部屋の一番奥は二十センチほど高くなっていて、そのままステージとして使えるようになっているのである。

 

 ここまで語っておいて今更ではあるが、俺──もとい狭間 長太郎(はざま ちょうたろう)は、この千葉県立久城高校演劇部の脚本家だ。

 慢性的な男子部員不足に悩まされている我が校の演劇部の事情もあって、なんやかんや役者もやっている気がするが、心は脚本家のつもりだ。

 

 演劇だの役者だの言っていると、なんだか妙に高尚な──有り体に言えば敷居が高く、堅苦しいことをやっているように捉えられる事が多い。

 だが、二・五次元の舞台を除いて演劇など見た事もない俺が。マンガアニメ、そしてラノベを愛しているだけが特徴の捻くれオタクの俺が。息苦しい思いをすることなく一年間活動することができた、と聞けば、いかにオタクに優しい部活なのか伝わるだろうか。

 

 ぶっちゃけ、ジャンルにばらつきはあれどほとんどの部員はオタク気質だ。

 当然劇の内容や衣装についてもその傾向が反映されるわけで……。

 衣装部屋に色とりどりのウィッグが立ち並んでいたときはさすがに驚いた。

 

 これが、やれ伝統が〜〜だの、シェイクスピアが〜〜だの言っているような部活だったとしたらこうはいかなかったろう。

 

 とはいえ、渾身の力作を床に叩きつけられては、文句の一つも言いたくなるというものだ。

 

「台本チェックなんだから、台本チェックしてくださいよ」

「いや、それはわかってるんだが……」

 

 南部長は眉を顰めて額に手を当てた。

 ……なんだ、そんなにいかんのか……? 俺の台本は。

 

 

 ● ウチの演劇部は、演目を決める際、部員全員での多数決を行う。

 その前段階で部長が、台本に過度に暴力的な言葉や誹謗中傷、差別、性的な描写が過激な描写が含まれていないか確認するのが決まりとなっている。

 

 そのため、この時点で物語の内容についてとやかく言われるケースは少ないのだが……。

 

「趣味のスカイダイビングって何だよ……なんで都合よく屋上の真横に二〇メートルの大木があるんだよ……」

 

 今回は何やら言いたいことがあるらしい。

 ぶつぶつと呪詛のように文句を言われ続けては文字通り話が進まないので、俺は部長を説得することにした。

 

「部長いいですか、落ち着いて聞いてください」

 

 俺は、九年の昏睡状態から目覚めた患者を前にした医者になった気持ちで語りかけた。

 

「ヒロインってのは、空から降ってくるんですよ」

「…………は?」

 

 部長は、全く訳がわからないという様子で、間の抜けた声を発する。

 

「ほら、部長『ラピュタ』見た事あるでしょう? 神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる神秘的な少女。あれこそボーイミーツガールとしての理想の出逢いですよ」

「………ああ…えーと……?」

「ええ。仰りたいことはわかります。『お前の好きな、主人公とヒロインがイチャコラする、現実が舞台の青春ラブコメじゃ、空からヒロインが降ってるくるなんて展開は無理だろ。現実が舞台なんだから』ということですよね」

「思っとらん思っとらん」

「で、その問題を解決しうるのが、魔法も超能力も使わずに空から生身で降下できるパラシュートというわけです。ご理解いただけました?」

 

「一応は……。なるほど、それなりの考えがあってのことだったか」

 

 部長が心底意外そうに言う。まったくもって心外である。

 

「いや、待てよ?」

 

 部長が何かに気づいてしまったらしい」

 

 ●「…………なら屋上の隣に都合よく二〇メートルの大木を生やさない努力もしろよ」

「……そこはOKなラインなんですよ、今回の台本のリアリティ基準的に」

 

 例えそれが天文学的確率であったとしても、その可能性がゼロではないのなら起こる。起こるときゃ起こる。俺が書いたのはそんな台本である。

 

 出すとこに出せば、ご都合主義だのなんだのと言われそうではあるが、それ言い出したら都合の悪い物語だって「脱・ご都合主義』という都合を押し付けられた物語に他ならない。

 ようするに、結局のところは、物語を観た人間が面白いと思うか、つまらないと思うか。それだけだ。

 ……極論すぎるだろ。

 

「小賢しい事言いおって。……まあいいわかった。これは後で読んでおく」

 

「えー……後輩が魂を込めて書いてきた台本ですよ? せっかくだし一緒にラブコメしましょうよ、俺は別にしたくないですけど」

「はっ倒すぞ」

「はっ倒さないでください。ほら、アレですよ? そういう男の願望を理解しようとしないから、女子ばっかり寄ってきて男が寄り付かないんじゃないですか?」

「ああん?」

 

 その言葉が逆鱗に触れたのか、部長のただでさえ鋭い目付きが更に吊り上がる。

 

 怖っ! 怖いよ……それが男子からモテない原因だよ……。

 もっとも、部長本人がそれを自覚しているかは、怪しいところではあるが。

 

 その切れ長の目と、ハスキーな声、そしてすらりとしたスタイル。これらを有している南部長は当然女子からモテる。

 それも、仲間内のノリや雰囲気で持ち上げられてるタイプじゃなく、机の中にラブレターが入ってたりするタイプのガチなモテ方をする。

 しかしながら、本人にその気はないようで、そこらの女子高生らしく、彼氏欲しいだの何だのとぼやいている姿をよく見かける。

 

 だが……女子にモテた代償なのだろう、男子からは全くもって異性として見られていないらしい。

 なんなら、そのモテかたに嫉妬、あるいは畏敬の念を持たれているも多いとのことだ。

 

 まあ、そりゃそうだ。

 俺だって、クラスに男子よりモテるこんなイケメン女子がいたら、嫌でも他の女子とは違う接し方になってしまうだろう。

 ……そもそも他の女子とやらに接する機会などほとんどないが。

 

 部長は俺をひとしきり睨みつけてなお気が済まないのか、今度は言葉の上でも論破しようと仕掛けてきた。

 

「お前こそ、そんな先輩を煽り散らかす腐った根性してるから一向に彼女ができないんじゃないのか」

 

 ……確かに。部長に彼氏がいないように、俺に彼女はいない

 そして、部長の言う腐った根性とやらが、俺に彼女ができない原因の一旦であることは事実だろう。

 

 だが……だがしかしである。

 

「俺をそこらのパリピウェイどもと一緒にしないでください。俺は空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ」

「この妖怪こじらせオタクめ……」

 

 部長が引き攣った顔で言う。

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は。

 

 とはいえ、当然空から降って来たボクっ娘美少女など、この残酷な現実には存在していない。

 つまるところ、これは俺にとっての、彼女はつくらない、という決意表明である。

 

「そこまで言うなら敢えて言いましょう」

 

 入部から約一年。無意識に行えるくらいに鍛えた腹式呼吸を利用し、息を思いきり吸い込む。

  

「現実はクソ‼︎‼︎‼︎」

 

 俺の声量に圧倒され、部長がたまらず耳を塞ぐ。

 

「うるっさ!」

 

 そう。俺は彼女ができないのではない……つくらないだけなのだ……!

 と、言ったところで、モテない男の負け惜しみにしかならない気もするが。

 

 二次元のキャラと違って、現実の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変わるわ、今の彼氏より優良な相手が現れたらサクっと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわ……!

 

 思い出しただけで胃液が沸騰しそうになる。

 今ならヘソで茶を沸かすどころか、体内でモツ鍋が作れそうだ。……腹わただけに。

 なんじゃおどれ!ほんとに作ったろか‼︎

 

 ……全員が全員そうではないというのは重々承知している。しかし、そうした事が起こる可能性がある以上、俺にとって異性と恋愛関係を結ぶというのはリスクでしかない。

 

「やっぱ時代は二次元ですよ二次元。あー……早く、人間が脳みそだけの状態でホルマリン漬けにされて、都合のいい夢だけ見せてくれる時代こないですかね」

 

「想像するだけで恐ろしいことを言うんじゃない、ディストピアにも程があるだろ」

 

 部長が呆れた視線を向けてくる。

 

「それで、あっちの台本はどうした」

 

 そう言って部長は右手を差し出してきた。

 あっちの台本とはなんだろうか。

 

 思いたる節がなかったので、ひとまず部長の手の平に左手を乗せておく

 

「そうじゃない。台本を出せ、台本を。ほら、『白雪王子』のやつ」

 

 白雪王子のやつ───その言葉を聞いて俺はようやく合点がいった。

 俺がこの台本を書き始める前日。つまり一昨日まで書いていた台本の事だ。

 

 その内容は、少年漫画版白雪姫とも呼べるもので、白雪王子の才能に嫉妬した隣国の王子の陰謀により、無実の罪で王宮を追放された白雪王子が、七人の小人ならぬ七人の少女たちの協力を得てその地位に返り咲く……という内容だ。

 

「はいはい、あれですねあれ。思い出しました」

「思い出したってお前……記憶喪失じゃあるまいし。つまらん冗談はいいから台本を出せ。私結構あの台本好きなんだからな」

 

 それを聞いて、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 

「それは……なんというかお気の毒に」

「お気の毒? お前それどういう」

 

 言い切る前に、俺は答えた。

 

「白雪王子の台本、なんか違うなってなったのでデータ消しました」

「消したって……はあ⁉︎」

 

  消した理由は、衝動としか言いようがないだろう。

  

 入部してから一年。俺は、久城高校演劇部に代々伝わる『誰もが知ってる御伽噺を下敷きにした、演劇を見たことない生徒でもとっつきやすい物語をつくる』という伝統に則った台本を書いてきた。

 

 だが昨日、ふと我に帰ったのだ。俺が書きたい物語は、こんなものじゃない、と。

 

 そして俺は、自分に言い聞かせるように白雪王子のデータを削除し、一晩でプロットから清書まで約二万文字、一時間の台本を書き上げてきた。

 四百字詰めの原稿用紙にしておよそ五十枚。

 その上、演劇台本はその性質上、ほぼ全てがセリフによっては構成されており、小説のように地の文で文字数を稼ぐことができない、といえば、その異常さがわかるだろうか。

 

 そう。普段の俺は帰宅から就寝までの四時間ほどをフルに使っても調子のいい時でさえ書けて千五百文字程度。当然まともに書いていて終わる筈もない。

 

「ええ、この台本は、昨日一二時間ぶっ通しで書いてきたものです」 

「……はあ⁉︎」

「当然、マジで一睡もしてないです」

 

 十二時間で二万文字。単純計算で普段の執筆速度の四倍以上。かの赤い彗星をも凌ぐ倍率である。

 

「こんなド平日にオールとか、バカか……バカなのか……⁉︎ そりゃ、脳みそだのホルマリン漬けだの言い始めるわけだ」

 

「あの時はもう、何かに突き動かされてるとか、そんな感じでしたよ」

 南部長は床に散らばった台本を集め終えると、観念したように言った。

 

「……わかった。お前の努力に免じて、とりあえずこの台本を最後まで読んでやる。ただし、黙読で読ませて貰うがな」

 

 そう言った部長の表情は、やはりいつもより少し、赤み掛かっていた。

 

 

【02運命の出会い】

 

 南部長との台本チェックから二週間過ぎ、春休みも明けた四月上旬。寒いだの暖かいだの、どっちつかずだった空気はすっかり春らしい生温いものへと変わっていた。

 

 ちなみにあの後『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』はあえなく却下され、演目は三年の田山先輩が書いて来た、代々受け継がれる演劇部伝統のシリーズ『御伽探偵ホームズ』の新作に決まったのだった。

 

 部長いわく却下の理由は『お前は新歓で、この作中六回ラッキースケベ小悪魔巨乳ボクっ娘メインヒロインラブコメをやるつもりか⁉︎』とのこと。

 ……恐ろしく正論だった。

  

 新歓───正式名称『久城高校演劇部 新入生歓迎公演』。

 

 衝動とは恐ろしく視野を狭めるもので、俺は入学ホヤホヤの新入生に向けた劇の台本を書いている事を、そもそも忘れていたのだった。

 

 新入生向けの演劇にする、というのは想像以上に重要だ。

 演劇部はほとんどの新入生にとって馴染みがない部活であり、新入部員確保のためにも、演劇に触れるきっかけとなる新歓の劇は非常に重要である。

 ……つまり、間違っても、求められているのは、作中六回ラッキースケベ小悪魔巨乳ボクっ娘メインヒロインラブコメなどではなかったのだ。

 

 記憶力にはそれなりに自信がある方だが、今回の件、どうしてこうも間違った方向突っ走ってしまったのか。

 春になると、その陽気に当てられておかしな言動をする人間が増えると聞くし、その類だろうか。

 

 布団の中でもぞもぞとアンニュイな気分に浸っていると、

 

 チュチュチュチュチュン‼︎ ……と、さえずりというには些かやかまし過ぎる鳥の声に叩き起こされる。

 

「うるせぇ……」

 

 なんとかベッドから這い出てベランダの方を見ると、柵の手すりのあたりで、野球ボール大の茶色い塊がちょこちょこ動き回っているのが見えた。

 

 中学時代に夜な夜なネット小説を読み漁り自力で下げた視力ではぼんやりとしたシルエットしか見えないが、スズメで間違いないだろう。

 

 俺は観念して布団から這い出る。

 そのまま勉強机に座り、鏡を見ながらコンタクトを眼球に貼り付けると、視界がようやくクリアになる。

 

 卓上のデジタル式の時計を見ると、ちょうど午前十時に切り替わるところだった。

 ピピッとアラームが鳴り始めるが、一瞬でそれを止める。

 

「勝ったな」

 

 ……何にだよ。

 

 俺は、コンタクトに違和感がないことを確かめると、身支度を済ませ家を出た。

 

 本来なら眼鏡で済むところをわざわざコンタクトをつけるのは、未だに俺が物語の主人公に憧れているからだろう。

 

 それにしても、どう言うわけか、アニメ漫画ラノベゲーム、すべての創作物においてメガネの男子高校生主人公というのは本当に少ない。

 特にラノベはことさら少ない……気がする。 

 どうせほとんどの作家は夜な夜なラノベを読んだ影響でメガネなのだから、その分厚いメガネに誇りを持って、かっこいいメガネ主人公を増やしていってほしいものである。

 ……と、コンタクトをつけたばかりの俺が言ったところで、どの口が言ってんだ案件でしかないが。

 

 自転車に跨り、田畑混じりの住宅街を走ることで十五分。最寄駅であるJR光井駅に着く。

 そして、さらにそこから五分ほど電車に揺られ、隣駅のJR久城駅から歩くこと十五分。

 ようやく俺は久城高校の校門前まで辿り着いた。

 

 

 校門には『千葉県立久城高校 入学式』と書かれた看板が設置されていた。

 

 そう。今日は久城高校の入学式である。

 現在の時刻は十一時前。既に式は終わり、今頃体育館は撤収作業中だろう。

 

 在校生である俺は本来休みなのだが、新歓の練習のためにこうしてやってきたのである。

 なにせ、新歓の本番が、明日なのだ。ここで休むわけにはいくまい。

 

 今日練習するべき内容を頭の中で整理しながら校門を抜けると、学校特有の広々とした敷地が視界に入る。

 

 正面には校舎があり、敷地の右端のほうには、校舎に並行するように屋根付きの駐輪場が奥まで続いている。

 校舎の左手にはグラウンドが見えるが、今日に限ってはどの部活も活動している様子はなく、やけに静まりかえっていた。

  

 すると、視界の端に人影が映った。

 反射的にそちらを見ると、校舎の二階。昇降口の真上に位置する図書室のベランダに、女子生徒が一人、遠くを眺めるようにして佇んでいた。

 

 思わず食い入るようにして見入ってしまったのは、彼女が、雪のように真っ白な髪をしていたからだろう。 

 風に吹かれたショートボブが、きらきらと反射する様は、まるで一枚の絵の様で、pixivのランキングに掲載されていても何ら違和感のない、Twitterならで二万いいねは有に超えるような、そんな光景だった

 

 誰だ……あいつ。

 

 久城高校は髪色の校則がかなり緩く、学年が上がるにつれ茶髪率が増えていく様はもはや伝統と言っても過言ではないが、あそこまで極端な色に髪を染めた生徒を、俺は入学してから現在までに見たことがない。

 

 だとすれば新入生、だろうか。

 入学式が終わって一足早く学校の中を見学しているのだと考えれば辻褄は合うが、あのド派手な髪色で入学式に臨んだというのは考え難い。

 

 それに、どうしてわざわざ図書室の、それも一番奥にあるベランダなんかに居るのかも謎だ。

 

 とはいえ、こうして考察を続けていても、当然答えは出ない。

 

 俺は、彼女の学年を確かめようと、彼女のブレザーの左襟に目を凝らそうとする。

 

 久城高校の制服の左襟には、校章をつける穴が空いていて、一年は赤、二年は緑、三年は青と、学年ごとに異なった色をしており、、そこから学年を判別する事ができるのだ。

 

 だが、その色を確かめるより先に、彼女と目があった。

 

 その直後、俺の頭にズキン、と鋭い痛みが走った。

 

「ぐっ……!」

 

 頭の中で痛みが乱反射して飛び交うかのような不快感に、俺は苦悶の声を漏らしながら、額に手を当てた。

 

 だが幸い、その痛みはすぐに引き始めた。

 その事に安堵しながら顔を上げる。

 

 すると、ベランダに立った白髪の女子が、ふらりとよろけた。

 

 あの方向は不味い……っ!

 

 悪い予感は見事的中し、彼女はベランダの柵に正面から叩きつけられるように倒れ込み。 そして、そのまま、くるん、と。

 さながら鉄棒で前回りをするかの如く、その身体は、宙に投げ出された。

 

 俺は知っている。この現実に、奇跡も、魔法も起こらないことを。例え二階の高さでも、そのまま地面に叩きつけられれば、ただではすまない事を。

 

 それを知っていたからだろうか。

 俺は、気づけば彼女の元へと走り出していた。

 

 動け、俺の脚。可能な限り速く……!

 俺は、自分が超高速移動をするイメージしする。

 トランザム……! クロックアップ……! レシプロバースト……‼︎

 

 なんでもいい、とにかく間に合え……!

 

 そんな願いが通じたのか、俺は彼女が地面に叩きつけられるよりも僅かに早く、その落下地点へと滑り込んだ。   

 そして、両手を前に出し、その体を受け止めた。

 

 間に合った……。 

 

 そう安堵したのも束の間。

 次の瞬間、俺の両腕を激痛が襲った。

 

「ぐおぉ……」

 

 冷静になって考えてみれば当たり前だ。

 二階から降ってくる人間の重みに、文化部男子の細腕が耐えられるわけがない。

 

 少しでも負担を和らげようと、腕を引き寄せながら腰を落としていく。

 

 空から女の子って展開は、願ってもないが……!どうせならもっとマシな落ち方があるだろうが!

 やはり、空から降ってくるならパラシュートを付けるべきだと、改めて思った。

 

 大体、この手の出逢いは多少なりとも受け止める側に猶予があるものだ。かのラピュタだって「親方、空から女の子が!」と叫ぶくらいの時間はあったし、他の作品だって、魔法だったり、超人的な身体能力だったり、とにかくヒロインを十分に受け止めるだけの手段があるもんだろうが。

 

 だが、やはり現実は非常だ。

 腕が痛いわ、腰は落ちきって便所座りの姿勢になってるわで、見るに耐えない有り様だ。

 

 俺は、ようやく彼女を受け止めた勢いを殺し切ると、とにかく彼女の様子を確認しようと、腕の中の彼女に視線をやった。

 

 ──── そして俺は、彼女の瞳を前に、呼吸を忘れた。

 息を呑むような美しさとは、まさしくこういう事を言うのだろう。

 

 その整った顔立ちもさながら。何より、澄んだブルーの瞳に視線が吸い寄せらる。

 太陽の光を帯びて爛々と輝くその目は、その色も相まってサファイアのようだった。

 

 息を吸う。たったそれだけの当たり前の行為を思い出す頃には、俺の心臓の鼓動はかつてないほどの速さで律動を刻んでいた。

 息を吸うと言う、生命活動を行う上で、最重要な行為。

 本当の衝撃の前では、人間は、それすらも忘れてしまうということを、俺は始めて知った。

 

 彼女がゆっくりと目を開け、再び視線がぶつかる。

 

 彼女は、何度か瞬きをすると、その小ぶりで艶のある唇を動かして見せた。

 

「───君が、ボクの王子様……?」

 

 少し気怠げで、けれどとても心地のいい、芯の通ったソプラノが俺の鼓膜を震わせる。

 ほとんど囁くようにして紡がれた言葉だったが、その一音一音は俺の体に染み込むように伝わった。

 

 だが、だからこそ俺は、彼女が何を言っているのか、まるでわからなかった。

 

「王子……様……?」

 

 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まった気がした。

 直後、彼女は俺の腕の中からするりと抜け出す。

 

「お、おい!」

 

 彼女はストンと、足を揃えて着地すると、迷いのない足取りで左側、駐輪場の方向へと駆け出した。

 

 

 

 思考がまとまらないまま彼女を追って、校舎の角を曲がる。

 

 しかし俺は、曲がった先で呆然と立ち尽くしてしまった。 

 

 そこには閑散とした駐輪場が視界に映るのみで、彼女の姿はすでになかったのだ。

 

 おかしい。確かにさっき彼女はここを曲がったはずだ。

 

「消えた……?」

 

 いや、そんなはずはない。

 俺は、駐輪場の方に駆けていき、あたりを見回った。

 だが、どれだけ探しても、彼女の姿を見つけることはできなかった。

 

 俺は呆然としながら、持て余した視線で舞い散る桜を追う事しかできなかった。

 一枚の花弁がフェンスを越えて、敷地から飛び出していったのが、やけに印象に残った。

 

 ◆

 

 ぼんやりとした思考で、部室のある四階を目指し階段を登る。

 まるで白昼夢でも見ていたような気分だ。だが、階段を登るたびにじわじわと痛む手足が、確かに彼女を受け止めたことを証明していた。

 ……明日は筋肉痛確定だな。

 

 ●彼女は自分のことを『ボク』と言った。ボクっ娘である

 

 今しがたの出来事、端的に言えば、

 ───ボクっ娘美少女が降ってきた、ということだ。

 

 それに加えて彼女は、「君がボクの王子様?」と、なにやら意味深な言葉を言い残し、突然姿を消した。

 

 ……あまりに突拍子もなさすぎて、何が何だかわからない。

 

 けれども、一つだけハッキリしていることがあった。

 それは、彼女が、女子でありながら「ボク」という一人称を使う、いわゆるボクっ娘である、と言う事だ。

 

 それはつまり、俺にとっての転換期が訪れようとしているということだった。

 

 

 

 俺、狭間鳥太郎は、約十七年の人生において、今までに三度、ボクっ娘美少女との出逢いを果たしている。

 そしてそれは、今にして思えば、そのどれもが例外なく、俺の人生に多大なる影響を与えるものだった。

 

 といっても、男の子だと思っていた幼馴染が実は女の子で……とか、そういう甘酸っぱいものでは決してないが。

 

 一度目は小学二年生の時。テレビをつけてたまたまやっていた女児向けのアニメを見て、女の子でありながらボクという一人称を使う。そのギャップに萌え。そして推しという概念を本能的に理解した。ここから俺はオタクの道を歩み始めた。

 

 二度目は中二年生の時……はあまり思い出したくないので割愛。結果だけ言えば、俺はこの時のことがきっかけで、物語の世界に強い憧れを持つようになった。

 

 そして、三度目は高校一年の時。ふらりと見にいった演劇部の新歓での出来事。

 

 俺は、あの瞬間の事を、おそらく一生忘れないだろう。

 なにせ、彼女との出会いこそが、それまでただの捻くれたオタクだった俺が、一歩踏み出して 演劇部入部することになったきっかけなのだから。

 

 入学当初俺は、高校生活に特に夢も希望も抱いておらず、当然部活になんぞ入るつもりはなかった。

 中学で半ば強制的に入部させられていた美術部で、思春期特有の人間関係の面倒臭さに辟易していたからだろう。 

 

 勉強、部活、そして恋愛。何事にも精力的に取り組む、いわゆる『青春』に憧れがない訳ではなかったが、それでも妬み嫉みに惚れた腫れた。

 青春がそうした厄介事を運んでくるのなら、俺はそんな面倒なものはいらないと思っていた。

 

 だから、廊下の掲示板に張り出された『演劇部新歓 おとぎ探偵ホームズ 〜アリス失踪事件〜』というタイトルに惹かれて、公演に足を運んだ時点では、入部するつもりは毛頭なかった。

 

 部室──視聴覚室の両開きの大扉をくぐり抜けた俺を出迎えたのは、普通の教室とはまるで違う、異質な光景だった。

 遮光カーテンが閉めきられ真っ暗になった部屋を、僅かなオレンジの証明だけが照らし、所狭しと設置されていた長机は撤去され、残されたパイプ椅子はステージの前に客席として数列にわたって並べられていた。

 

 俺が空いていた最前列に座ると、開演のブザーがすぐに鳴り出した。

 そして、灯りのついた舞台の中央には、ぶかぶかのコートと探偵帽に身を包んだ、青髪の美少女が立っていた。

 

 少女は探偵帽のつばを左右に揺すると、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「なるほど。僕、この事件の犯人、わかっちゃった!」

 

 その体躯に相応しい、鈴の鳴るようなかわいらしい声に、俺は探偵少女から目が離せなくなったのだ。

 

 ───手を伸ばせば届く距離に、『ボクっ娘美少女』が存在していた。

 

 「演劇は二次元の妄想を三次元にもたらしてくれる」そのことに気づいた俺は、自分の妄想を現実のものとする事を決意し、その日のうちに入部届を提出したのだった。

 

 とはいえ、大勢の人間を巻き込む、部活という活動において、個人の妄想のみを詰め込んだ台本が採用されるはずもなく。俺は自然と、観客を楽しませる事優先した無難な台本ばかりを書くようになった。

 

 ひょっとして、二週間前のあの日、俺が急にベタなラブコメを書きたくなったのは、その反動だったのではないかと思う。

 

 それに、理想と現実のギャップがあるのは、役者だって同じだ。

 いくらステージの上でかわいらしいボクっ娘美少女ホームズだったとしても、舞台を降りてウィッグを外せばただの女子。

 その上、あの人の場合、おまけに男嫌いときたもんだ。

 

 どうしようもなく造りもので、敢えて言うのならば、『偽物』だった。

 

 だからこそ俺は、白い髪に青い瞳を持ち、突然空から降ってきた彼女は、今度こそ『本物』なんじゃないかと、そう思わずにはいられなかった。

 

 名前、学年も、クラスも分からずじまいだが、あれほど目立つ容姿ならば、すぐにでも有名になるだろう。きっとすぐに再開することができる。

 

 俺はひとまず、ポケットからスマホを取り出し、『今ボクっ娘美少女が空から降ってきたんだが』と、友人にLINEを送ると、部室の両開きの扉を開けるのだった。

 

 

 

【 03 類は友を呼ぶ 2022/08/07】

 ●主人公の口癖『やっぱ現実ってクソだわ』

 ●現時点での如月六花への感情

 ・偶然が重なっただけだ。だが、それでは言い合えらわせないほどに、直感的に、運命的ななにかを感じてしまった自分がいた。

 ・彼女の名前が如月六花かもしれない。この話を聞いて俺はやはり運命を感じた。だから、向こうが本当に知り合いなら俺は天然主人公。電波なら俺はそれに乗って、主人公ごっこをしてやると決めた

 

 

 

 

 

 昨日の練習から一夜明け、迎えた新歓の本番当日。

 

 案の定、手足は筋肉痛になっており、駅までの自転車での道のりは非常に辛いものがあった。

 それも、美少女の命を救った結果だと思えば、この痛みも立派な勲章である。

 

 さあ今日は頑張るぞ、と気合を入れて登校してきたのはいいものの、新歓は放課後であり、その前に体育館で行われる部活紹介も五、六限目。

 よって、午前中は普段通りの授業である。救いはないのだ。

 

 

 現在は朝のホームルーム前。

 俺はいつも通り、席に座るなりリュックサックから本を取り出す。

 

 今日持ってきたのは、かの有名な物語シリーズの初巻である『化物語(上)』である。昨日、美少女を受け止めたことで、久しぶりに読み返したくなったのだ。

 

 ペラ、と表紙を捲ったところで、遥々一番後ろの席から文句を言いにくる奴がいた。

 

 ちなみに俺の席は前から二番目、廊下側から二番目だ。

 

「おい、昨日送ってきたLINEはなんだ」

 

 やってくるなり俺の机を叩いた野蛮人は、いつも通り不機嫌そうな表情をしていた。

 その高校生というにはあまりにも……よく言えばダンディな、悪く言えばおっさん臭い、ブラウンがかったレンズの眼鏡をつけた男子は朝倉一郎(あさくら いちろう)。俺が昨日、彼女を受け止めた直後、LINEを送った相手である。

 

 こいつとは去年も同じクラスで、ラノベ好きの捻くれオタクという、この世の最果てのような共通点から話すようになった仲だ。要は、「類は友を呼ぶ」の典型例である。

 

 分かりやすく違う点を挙げるとすれば、

 俺がラブコメ作品を中心に、現実が舞台となる作品を多く見るのに対し、朝倉はその好みが、もっぱら異世界ファンタジー、それよりよりダークで重厚な物に偏っていることだ。『オーバーロード』やら『幼女戦記』やら、常に大判の小説を持ち歩いてるところを頻繁に見かける。

 

 

 朝倉の指摘を受け、改めて昨日送りつけたメッセージを確認する。

 

 『今ボクっ娘美少女が空から降ってきたんだが』

 

 少しばかり……いや、それなりに説明を省いたとはいえ、これら全てが事実なのだから驚きだ。

 

「まあ、そのまんまだよ。昨日部活行く前にボクっ娘が降ってきたってだけだ」

「お前、説明する気ないだろ」

 

 朝倉がより一層顔をしかめる。

 

「落ち着けよ、俺だって未だに混乱してんだ」

 

 そう言いながら俺は本をしまうと、朝倉もそれに合わせて、俺の右隣の席に座った。

 

 人の席に無断で座ったことに対して、一瞬指摘しようとも思ったが、昨日の新学期初日に隣人は欠席しており、ホームルーム直前の今の時間になっても来ておらず、今日も欠席の可能性が高い。

 わざわざ言うほどのことでもないだろう。

 

 頬杖をついた朝倉が催促してくる。

 

「とりあえず話してみろ。話はそれからだ」

 

 俺は朝倉に、ベランダから彼女が落ちてきたこと、「キミがボクの王子様?」と、なにやら意味深な言葉を残して、その場から消えたことを話した。

 

「なるほど、その経緯があって、あのメッセージを送ってきたわけか」

 

 朝倉は相変わらずの無愛想で淡々と答える。

 俺は、今朝倉が何を考えているか、さっぱり読み取れなかった。

 

 朝倉は一呼吸置き、再び口を開く。

 

「高校生が突然消えるわけねぇだろ」

「…………だよなぁ」

「話聞く限り、証拠らしい証拠もないんだろ?」

 

 証拠や根拠が無い限りてこでも信じない。朝倉とはそう言う男である。

 

「だから、仮にそんな話があったとしたら───そんな、もしもの過程の話としてだったら聞いてやる」

 

「おーけー。それで十分」

「で? そもそもお前自身はこの一件についてどう思ってんだよ」 

 

 そう言われ、一瞬俺も言葉に詰まる。

 

「それは……あれだよ。美少女が降って来たってことは、これから俺の物語が始まるってことだろ。でもって、彼女は、宇宙人とか超能力者とか、そんな感じだ」

 

「お前がとんでもない偶然に立ち合わせたのは認めるし、そいつの命を救ったってのも賞賛するが、少なくともそれはねーよ」

 

「おい、俺の願望を一蹴すんな。偶然で『君がボク王子様?』って聞かれるわけ無いだろ」

 

「果たして、本当にそうか?」

 

 朝倉がしたり顔で言う。何やら、既にこいつの中では何かしらの仮説が立っているらしい。

 朝倉がドヤ顔を浮かべながら言う。

 

「お前、真面目に考えすぎ。でもって視野狭すぎ」

 

 ……ムカつく。

 とはいえ、前者に関しては定かではないものの、後者に関しては台本の件がマルっと該当しているため、何もいえないのが一層腹立たしい。

 腹立たしいのでこちらも催促し返す。

 

「はいはい、考察があるならさっさと離せ」

「わかった。俺は今から、お前に現実を叩きつける」

 

 嫌な予告だ……。

  

「その『君がボク王子様?』ってセリフの真相はな……」

 

 朝倉は、溜めに溜めた後言った。

 

「特に意味のない中二病発言に決まってるだろ‼︎」

 

「リアルボクっ娘なんか、こじらせた電波系メンヘラ女しかいねぇんだからよ!」

「お前ぇ……殺す‼︎」

「バカめ! 理想を抱いて溺死しろ‼︎」

 

 ───とはいえ、今の一言で俺は朝倉の言う事言わんとする事を理解できてしまった。

 それはつまり、朝倉に殺意をぶつけながらも内心では、この現実において、オカルトで摩訶不思議なな展開など無いと思っていたからだ。

 

 

 ●このへん情報つめすぎ

 

「朝倉の言いたいことは大体わかった。彼女は典型的な中二病で、ベランダに出ていたこと自体に深い意味はなく、むしろ「風に吹かれて黄昏るのはなんかかっこいいから」。で、髪色は染髪。瞳はカラコン。全てはこじらせ高校デビューの賜物───で、合ってるか?」

 

「そういうこと。ようこそ現実へ」

「その前に、疑問が二つある」

「なんだ?」

「一つ目。彼女が中二病なのは分かった。だが、なぜ咄嗟に『キミがボクの王子様?』なんて台詞が出てくる。言っておくが、俺と彼女は間違いなく初対面だぞ?」

 

 たとえ中二病といえど、彼女が美少女であることは間違いない。どこかで面識があったとすれば、例え幼少の事だったとしても覚えている筈だ。

 

 加えて、当然ながら俺は王族の生まれでもなければ、王子だった前世もない。

 

「あー……それなぁ……」

 

 すると、朝倉はばつの悪そうな顔をした。

 

「なんだ、今更勿体ぶるなよ」

 

 すると、渋々と言った様子で口を開く。

 

「お前、そのセリフ言われただけで、直接会話してないだろ」

「ああ、そうだけど……それがどうした?」 

 会話をしたか否か。それがセリフと何の関係があるのだろうか。

 

 朝倉は、

「こういうことを言うのは非常に癪だが」

 と、前置きをしてから言い放った言葉に、思わず耳を疑った。

 

「お前、顔だけは多少モテそうな雰囲気あるんだよ」

 

「は……⁉︎」

 

 モテそう……だと? 生まれてこの方一度も告白などされた事のない俺が……?

 顔……顔か……やはり高校に入学してメガネからコンタクトに変えたからか……?

 

 認めたくない……メガネよりコンタクトの方がモテるなど……‼︎

 

「おい、たった今質問が増えたぞ。俺がモテるだと……?」

「こうやって面倒なことになるだろうからは言いたく無かったんだ。とりあえず黙って話聞け」

「……わかったよ。で、俺の顔がなんだって?

 

 狭間長太郎イケメン説については後できっちり問い詰める事にしよう。

 

「こうなると鈍いやつだな……。相手の女子は物語みたいな展開に飢えてる拗らせ中二病だろ? 今回の件、その女子の立場に立って考えてみろよ」

 

 その女子の……立場で……。

 ……その発想はなかった。一度、集中して考えてみよう。女子で……夢見がちで……ちょっと痛い子で……。

 

『今日は入学式にゃん! そう……夢にまで見た高校生活がこれから始まるのにゃ!

 気の合う友達を作って、部活に打ち込んで……そして、少女漫画のヒーローみたいな、ボクだけの王子様を見つけるんだにゃ!

 なんたって、王子様がボクの事見つけやすいように白い髪に青い瞳にしたんだからにゃ!

 

 ワクワクしすぎて入学式が終わった後、こっそり学校を探検! 図書室のベランダに出てみると、いい風が吹いてたにゃん!桜が舞ってて、いかにも入学式って感じにゃ!

 そんなとき、急に眩暈がして気づいたら宙に投げ出されていたにゃ。

 そんなボクを、あろうことがお姫様抱っこで受け止めてくれたのは、多少モテそうな雰囲気のある黒髪のイケメンだった……!

 

 

「そして彼女は言った。『キミが……ボクの王子様……?』……って何だこれ、少女漫画?」

「なげぇよ。ま、今ので一つ目の質問はわかったろ。で、二つ目は?」

 

「……二つ目はなぜ彼女は逃げ出したのか。なぜ消えたように見えたのか……って聞くつもりだったんだが」

「ああ、それは」

「いや、言わんでいい」

 

 なにせ、今の回想をして、俺は気づいてしまった。

「初対面の相手にいきなり『ボクの王子様……?』ってうっかり聞くの、もう、なんというか恥ずかしいとか言うレベルじゃないわ。そりゃその場から逃げ出したくもなる」

 

「だな。でもって消えたように見えたのは、相手が運良くお前からみて死角に隠れられたからだろうな。駐輪場は遮蔽物が多くて死角だらけだし、なによりその時お前も冷静じゃなかったろ?」

 

 確かに、朝倉の言う通り、あの時の俺に,死角がどうか、なんて細かいところまでは見れていなかったろう。

 

 ●この短い時間で、納得させられてしまった。

 

「なるほどな…………ん? 待てよ」

 

 俺は一つ重大な謎に気づいた。

 

「なあ、俺の顔がそれなりにモテそうな雰囲気っていったよな」

「……ああ」

「なら、どうして俺は一度の告白もされてないんだ?」

 

 モテるという事に対してさほど興味もないが。───本当に、全くもって興味もないがそれはそれで気になった。

  

「クラスでもオタクを隠そうともしない、そして演劇部。率直に言って、変人だと思われてるから」

「……ああ、なんかすごい納得したわ」 

 

 俺は現実を諦めて、もう一冊持って来ていた文庫本、『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』を取り出す。

 俺も、マンションの隣の部屋に美少女住んでたりしないかな。

 ……実家暮らしだけど。

  

 

 ●転校生の名前、

 

 

 知っている名前ではない。だが、俺はある意味俺はその名前を知っていた。

 月を意味する苗字に、花を意味する名前。クラスどころか、学校中探してもこんなに華やかな名前はそうそう見つからないだろう。

 

 瞬間、浮かぶのは彼女の顔。

 

「めちゃめちゃヒロインにいそうな名前じゃねーか……」

 

 中二病の申し子だったり。

 そしてなにより、如月六花という、

 

 全くの同姓同名のキャラクターこそ知らないが、如月も、六花も、複数の作品で見かけた字面だ。なにより、その組み合わせが、キャラクターらしかった。 

 

 

 いや……落ちて来たあの子が転校生だとしたら、全てが噛み合うから。

 こんな名前みたことないし、

 何より、彼女にこの名前はぴったりだった。

 隣の席の転校生という構成がカンペきだったから

 

 ●そして最もたる根拠は、「テコ入れで転校生入りがち」と言うことだ。

 

 

 つまりだ。

 

 俺「あっ!」

 ヒロイン「あっ!」

 

 俺・ヒロイン「(アンタは(お前は)あの時の!」

 

 先生「なんだ知り合いなのか。ちょうどいい、席も隣だし、狭間、転校生にこの学校を案内してやれ」

 

 って展開が俺を待ち受けているんじゃないのか?

 それでクラスに好きな女子がいるのに転校生とニセの恋人やらされたり、許嫁が転校してきたりするんじゃないのか?

 

 ……まぁクラスに好きな女子いないけど。ましてや既に転校生大好きだけど。

 

 

「転校生の話があったから、やけにあっさり俺の話を信じたのか」

「そう言うこった。で、転校生の話を聞いた現時点でのお前の見解は?」

 

「そうだな、『空から降ってきたボクっ娘美少女を助けたら、実は隣の席の転校生で、どうやら俺は一目惚れされてしまったらしい』ってところだ」

 

「現実で起きるならベタベタの方がいいだろ」

 

 異世界転生やバトル物は言わずもがな、三角関係とか、義理の妹とか、いざ自分が現実でその境遇になると考えると、大分しんどそうだ。だから分かりやすいくらいのほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ・どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?

 ・どこに消えた? →死角じゃね?

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら?

 

 ・となりの席の『如月六花』、どうせならあの子だといいよね

 

 

 

 ●転校生の噂

 

 

 

 

 

 四時限目が終わり、午前の授業が終わると、教室は一気に慌ただしくなる。

 部活紹介を控えた生徒は準備を始める、帰宅部は帰宅部で、午前で学校が終わるのをいいことに我先にと教室を出始めた。

 

 当然、俺も慌ただしい人間の一人である。

 新歓当日だけあって、この後はやる事が多い。

 

 体育館で部活紹介を終えたら、講義室Ⅱに戻り新歓の練習。

 そして、一年生が放課後を迎えた後は、観客の呼び込みを行った後、新歓の本番となる。

 

 新歓にて、出番の少ない役を担当する俺にとって、真の正念場は部活紹介だ。

 

 部活紹介では、大半の部活が、活動日や人数など、活動に関する無難な情報だけを述べて終わる中、うちの部は演劇部らしく、体育館のステージ上で小芝居をし、その中に活動の情報を織り込んで紹介していくスタイルだ。

 

 そして当然、ほとんどの新入生はそこで初めて生の演技と言うものを目にする事になる。

 演劇部の雰囲気、クオリティがそこで判断されるのだ。

 

 そして、俺はそこに役者として参加する上、掛け合いの台本も担当している。中々の責任である。

 となれば、本番に備えて一刻も早く最後の練習を始めたいところではあるのだが、腹が減っては戦はできぬ。

 俺は、購買で朝に注文しておいた、購買名物、からマヨ丼……米とからあげの弁当に、刻み海苔とマヨネーズをぶっかけたものを受け取ると部室へ向かう。

 

 これがラノベなら、安くてそれなりに美味い食堂があったりするのだが、残念ながら、至って普通の公立高校である久城高校にそんなのはない。

 それでも、昼時にパンや弁当類を販売してくれる購買があるだけまだいい方だろう。

 いつもなら適当な惣菜パンで安く昼飯を済ましているところだが、今日は景気付けとして少しだけ贅沢することにしたのだ。

 

 部室にに入ると、既にほとんどの部員が来て、各々椅子に座り昼食をとっていた。

「ちわー」

 適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。

 

「は、狭間くん!……こ、こんにちは。今日の部活紹介、よろしくお願いします。その……迷惑かけちゃったらすみません」

 

 そんな中、黒髪ロングの小柄な女子が、他の部員より、一際丁寧な返事を返してくる。

  

 彼女は鈴木実咲。俺と同じく、久城高校二年生の演劇部員だ。

 臆病で小柄。そんな小動物を思わせる言動から連想できるように、彼女の部での担当は表舞台に立つ役者ではなく、裏方である。

 担当は主に音響関係。平たく言えば、劇の進行に合わせてBGMやSEを音を流す役割だ。

 

 彼女を端的に言葉で表すなら、ド天然を拗らせた努力の天才といったところだろうか。 

 

 とはいえ、俺としても、彼女への第一印象は「自分に自信のない内気な少女」というものであり、入部当初の自己紹介の際、「前に立つことはできませんが、音楽を少しだけ習っていたので音響として頑張りたいと思います!」と意気込む鈴木を見ても、ピアノか何かやっていたのだろうかと思うくらいで特に思うところはなかった。

 

 それがまさか、中学の頃、バイオリンで全国大会に出ていた、なんて功績を叩き出しているとは。

 本人はそれをあまり評価されるべきものだとは思っていないようで、なかなかその時の演奏の映像を見せてはくれないかったが、何度も頼み込んでようやく見せてもらった動画には、長い髪を振り乱しながら、普段のおどおどとした動きからは想像もできない、キレのある動きでバイオリンを弾き鳴らす鈴木の姿があった。

 

 それに加えて、他にもそろばん、ピアノ、剣道、書道など、幼少から色々な習い事を経験し、全国とはいかずとも、それなりの功績を上げてきたらしい。

 それに至るまでに、いったいどれだけの時間、練習を重ねてきたのだろうか。

 その圧倒的な勤勉さこそが、俺が彼女を努力の天才と評する理由である。

 

 現に今も、もぐもぐと購買のチャーハン弁当を咀嚼しながらも彼女の視線は机の隅に置かれた、この後の部活紹介の台本の方に向いていた。

 その台本も、注意点、舞台上での動き、コツ、練習中に起きたミスなど、大量のメモ書きがされているのだから、本当に真面目なやつだ。

 

 

 そう。部活紹介の際、相方として、共にステージ上に立つ部員はこの鈴木だ。

 そして、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つと言うのは今回が初めてになる。

 

 部活紹介は毎年二年生が担当することになっているのだが、三人いる二年生女子の中二人は新歓において出番の多い役だったため部活紹介に出ることが難しく、鈴木が出る事になった。

 言うなれば消去法である。

 

 とはいえ、他の部員に比べ、アクが控えめで、その小柄な容姿やかわいらしくまとまった容姿から万人受けするのは間違いないので、結若いオーライではあるが。

 

 ちなみに俺は二年生唯一の男子だったので、気づいた時には出る事になっていた。

 まさか消去法すら必要ないとは。

 

 購買の炒飯弁当を頬張る鈴木を横目に、俺も弁当も開ける。

 

「狭間くんのも美味しそうですね。それ、何ですか?」

「からマヨ丼。なかなかうまいぞ?」

「じゃあ、今度頼むときはそのからマヨ丼にしてみます」

「でもお前、普段弁当じゃなかったか?」

「はい、それなんですけど」

 

 鈴木が困ったような笑みを浮かべる。

 

「お母さんが、お米を炊き忘れてしまって……」

「なるほどな」

「たまにあるんです、こういう時」

 

 醤油ベースの濃ゆい味付けに白米をかきこんでいると、鈴木が何かを思い出したかのように話しかけてきた。

 

「そういえば、さなみーから聞いたんですけど、狭間くんのクラス、転校生が入ってくるんですか?」

「転校生……? いや、聞いた事ないが」

 

  というか、誰だよさなみー。

 すると鈴木は不思議そうな顔をした。

  

「あれ、狭間くん、さなみーと同じクラスでしたよね。聞いてませんか?」

 

「聞いとらん」

 同じクラスだったのかよ、さなみーとやら。

 

 だが、「さなみー」というからには、苗字か名前に「さな」が入るのだろう。

 佐名、紗奈、早苗……。いや、わからん。俺の知る限り、そんな名前のやつはいなかったはずだ。うむ、わからん。

 

「というか、そのさなみーとやらは、どっからそんな話を仕入れてくるんだよ」

「はい。クラスに今まで見たことない名前の方の席があるそうで。転校生なんじゃないか、って話でした。昨日今日と、その転校生の方は欠席されているそうなので、まだ実際に転校生なのかは分かっていないそうですが」

 

 昨日今日と欠席していると聞いて、俺は心当たりがあった。

 それ絶対俺の右隣の席じゃねーか。

 

 よくよく思い出せば、担任が出席確認の際、欠席者がいれば「佐藤は……欠席だな」なんてくだりがあるところ、それがなかった。

 つまり、そいつが欠席である事情を察していたわけだ。

 そして、教師側でそんな事情を把握しているとんなれば、それは単なる噂ではなく、実際に転校生である可能性は高いだろう。

 

「なるほど、転校生ね」

「はい。転校生かどうかはまだ確証はないようなんですけど、その方の名前は分かっているそうで」

 

 鈴木は「えーと」と、思い出す素振りをした後に答える。

 

「如月 六花(きさらぎ りっか)さんと言う方らしいです」

「……は?」

 

 思わず、驚きの声が漏れた。

 

「待て、キサラギリッカ……?」

「はい。えーと……こういう字を書くそうです。

 そう言いながら鈴木が差し出して来たメモ書きには

『如月六花』と、そう書かれていた。

 

 ●二次元の名前っぽい!

 『転校生 如月六花』と聞いて、ふいに脳裏に浮かんだのは、昨日の、白髪の彼女の姿だった。

 如月も、六花も、創作物でよく見る名前だ。

 白髪の彼女が、拗らせ電波女であることは分かっている。けれど、それでもなお、二次元の権化のような出逢い方をした彼女に、この名前はピッタリだと思った。

 

 入学式の後に学校にいたということは、彼女が一年生であることはほとんど確定しているようなものだったが、彼女は実は転校生なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。

 

「ひょっとして、お知り合いでしたか?」

 

 

「いや、ちょっとな……あー、まあ、一昨日ベランダから落ちて来た謎の生徒がいてな、名前も学年も分かってなかったんが、ひょっとしたらその転校生がそいつかもしれないと思ってな」

「なるほど、そういうことでしたか」

「それにしても、そのさなみーとやらは、随分噂好きなんだな」

「そうなんです。この前の春休みのときなんか、久城山に隕石が落ちたって言ってました」 

「は⁉︎ 隕石ぃ⁉︎」

 

 久城山は学校から見て、高速道路を挟んで向こう側にある小さな山だ。

 とは言え、流石に山だけあって、近くにあるように見えて、案外遠くにあるため行ったことはない。

 もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。

 その話、ちょっと詳しく……と聞こうとしたところで、同じく二年の演劇部員である利根の邪魔が入る。

「実咲ちゃーん、このシーンの音流すタイミングなんだけど、ちょっといい〜?」

「はい、今行きまーす」

 

 行ってしまった……。

 一応、気になってネット検索をしてみたものの、大阪の方で隕石が落ちたというニュースが一件あったのみで、それらしいものは見られなかった。

 まあ、噂は噂、ということだろう。

 

 弁当を食べ終えると、部活紹介に使用する衣装を持ち、ステージの向かって右側の舞台袖にある扉を開ける。

 この部屋は更衣室になっており、三畳ほどの小さな空間には、壁掛けのハンガー、脱衣カゴ、姿見が置かれている。

 

 一通り着替えを終えると、鏡には薄茶色のトレンチコート姿の、いかにも探偵です、といった風貌の中肉中背の男が映っていた。

 そして仕上げに白髪のウィッグをつけ、その上からハンチング帽を被る。

 当初こそ金木くんとか一方通行(アクセラレータ)とか、白髪のキャラってかっこいいよね、と、完全に趣味で選んだウィッグだったが、今ではすっかり、例の電波女子の方が先に思い浮かぶようになってしまった。 

 

 

 帽子のつばを左右に揺する。

 この、俺が着てようやくピッタリなサイズ探偵服は、一年前の新歓で、俺の入部のきっかけとなったボクっ娘美少女ホームズが着ていたものだ。

 そう、俺が新歓で務める役とは、他ならぬ、彼女と同じホームズなのであった。

 この衣装も、かつて彼女が来ていたかと思うと、妙な着心地の悪さがあるような気がしてくる。

 この帽子も、彼女がかぶっていた時は大きく見えたものだが、いざこうして被ってみると、案外窮屈だ。

 

 その上、今回の『御伽探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』において、昨年ホームズとして主役を務めた彼女と違い、今回の主役は助手のワトソンで、ホームズは序盤でセリヌンティウス共々人質にされてしまい、ほとんど出番がない。理想と現実のギャップを叩きつけられたような気分である。

 

 更衣室を出ると、鈴木もちょうど食べ終わったところだったようで、入れ替わるように俺が今しがた入っていた更衣室へと入っていった。

 

 恐ろしいことに、男女兼用である。

 もちろん、そうした事故が起こらないよう、使用中を表すプレートと、ドアのノックによるダブルチェックで対策をしてはいるものの、それでも年に一度くらいは起きてしまうのだ……不幸な事故が。

 

 あれは去年の九月ごろ、次の大きな公演を目前にして、部員の誰もが余裕の無かったある日のことだ。

 

 俺はあろうことか、更衣室のプレートを「使用中」にすることなく着替えを始め、堂々とパン一になっていた。

 そして、背後から聞こえるキィ……とドアの開く音。

 振り向くとそこには疲労からか、死んだ目をした南部長が……。

 どんな反応をすればいいか分からなくなった俺は、ノルマを果たすべくとりあえず言った。

『……きゃー、えっちー………』

 そして無言で閉じられるドア。

 南部長に男兄弟が多いため、お互い気をつけましょうの一言だけで済んだが、これで男子に免疫のない女子───例えば鈴木だったとしたら、もっと言えば、立場が逆で、女子の着替え中に俺が入ってしまったら……考えるだけでゾッとする。

 

 漫画で頻繁に遭遇する、いわゆるラッキースケベは大いに歓迎だが、あれは、主人公がヒロインのビンタを喰らった次のコマでは今まで通りの関係に戻るからこそ成り立つのであって、好感度やら犯罪歴やらが一生地続きな現実で起きたらたまったものではない。

 

 部活紹介の内容を復唱していると、鈴木が着替えを終えて戻ってくる。

 

 鈴木の衣装は、中世の町娘を思わせるもので、袖口がふわりとしたパステルグリーンのシャツに、その上から、エプロンのついた茶色いワンピースを着たものだ。

 確か、ドレスを着る前のシンデレラの衣装として、衣装部屋に置かれていたものだ。

 

「狭間くん。ちゃんと着れてますか……? 変じゃないでしょうか……?」

 

 衣装を着ると言う行為によほど慣れてないのか、鈴木は着替える度にこうして聞いてくる。

 

「大丈夫大丈夫。いつも通り様になってるよ」

「そうでしょうか……だといいんですが」

 

 俺が言ったとて、いまいち似合っている自信がない素振りをするのも、またいつものことである。

 とはいえ、似合っていることもまた、事実だ。

 俺と違い、ウィッグはつけておらず、その衣装の色から、派手さはなく、むしろ素朴な印象ではあるものの、それがかえって、着せられている感、言うなればコスプレっぽさを全く感じさせない印象に仕上がっていた。

 派手な格好はしたくない、という鈴木の意見を取り入れた結果のこの衣装っだったが、中々いい方向へと転んだのではないだろうか。

 

 昼休みの残った時間で最後の練習を終え、体育館に向かうと、すでに体育館の前方には新入生が集まっていた。

 今年もA組からF組までの一クラス約三十人の六クラスで、計二百四十人ほどの人数だろう。

 

 また、体育館の両端には各部活が、出番順に並んでいる。

 ユニフォームやら道着やら和服やらがずらりと一堂に会す様は中々にカオスだ。

 

 俺たちも所定の場所に並び、壁にもたれかかるようにして部活紹介が始まるのを待っていと、 

 隣に座った鈴木が手をグーパーと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映った。

 見れば、その手は緊張で震えていた。

 

 そりゃそうだ。部活紹介は三分に満たない時間とはいえ、鈴木にとっては紛れもない初舞台。相当なプレッシャーだろう。

 

 こう言う時、なにか気の利いたことでも言えれば苦労しないんだろうが。

 

「えーと、大丈夫だ。お前ならできる」

 

 自分で言っておいてなんだが、なんて薄っぺらい励ましてなんだ。全く頼りにならない。

 

「そう……でしょうか……」

 

 案の定不安そうに鈴木がこちらを見つめてくる。

 

「ほら、たくさん練習してきたし、昨日だって完璧だったろ?」

 

「…それは、そうですが、もし間違えたらと思うと、怖いんです……」

 

 人前で芝居をして、成功した経験も、失敗した経験もない今の鈴木に、「練習したから大丈夫」と言ったところで意味がないし、そんな言葉は無責任だろう。

 俺は、開き直った助言をかけることにした。

 

「じゃあ、間違えてもいい」

「え?」

「アドリブだけには自信あるからな。もし間違えても俺が適当にフォローする」

 ……演技力じゃ、先輩方に遠く及ばないがな。それについては、本業が作家だから……ということにしておこう。

 

 鈴木がぽかん、とした表情でこちらを見つめてくる。

「おーい、しっかりしろ」

「は、はい! します! しっかり!」

 

 その表情に、さきほどまでの不安の色はなかった。

「狭間くん!」

「うおっ、どした」

「なんか私、できるかもです!」

 

 ふんす、と意気込む鈴木。なにやら、自信を持ってくれたこの様子なら大丈夫だろう。

 

 

 そして、順当に出番は近づいていき、ついに『続いては、演劇部の紹介です!』という生徒会のアナウンスが聞こえてきた。

 

「それじゃ、いきますか」

「はい!」

 

 生徒会から受け取ったインカムをつけ、拍手の中、やたら偉そうな足取りでステージに出る。

 

『やあ新入生諸君! 今日は諸君らに』

『真面目にやってください! 失礼ですよ!』

 

 

 間髪入れずに鈴木のツッコミが入る。完全に台本通りだ。

 

 そこからは、先ほどのやりとりが功を制したのか、練習通り小芝居をはさみつつ、活動内容や要項を伝え切ることができた。

 

『演劇部のみなさんありがとうございましたー!』

 

 アナウンスを合図に、舞台から退こうとしたその時、中央の列の最後尾に、一際目立つ白色が見えた。あの女子だ。

 

 いつからあそこに……いや、そもそもなぜあんな場所に。

 

 思考を巡らせていると、ふいに鈴木に袖を引かれた。

 そして、俺はまだステージ上から退場する途中だったことを思い出した。

 

(悪い、助かった)

 

 鈴木に小声で言うと、俺は今度こそ、足早にステージを後にした。

 体育館の出口へ向かうなか、辺りを見回す。もちろん、白髪の彼女を探すためだ。

 だが、新入生の列の中に白のショートボブは見つけられなかった。

 

「いない……?」

「狭間くん、何かあったんですか?」

 

 鈴木が心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「ああいや……」

 ●鈴木にも聞いてみようの地の文

「なあ、新入生の中に白髪の女子がいたの見なかったか? さっきまでそこにいたんだが、いなくなっててな」

「すみません、見てないです。セリフ間違えないようにするのに精一杯で……すみません」

「謝んなくていい、気にすんな」

「その、白髪の方というのは?」

「ああ、さっき、ベランダから落っこちてきた女子を受け止めたって話しただろ? 白髪の女子ってのはそいつなんだ」

「なるほど! そういうことでしたか! それにしても、白い髪ですか……アルビノの方でしょうか……?」

 

 

 アルビノ。確か生まれつき色素が薄く、真っ白な肌や、赤い目、そして、髪の毛からまつ毛まで、全身の体毛も白くなる症状だったか。

 

「でも瞳の色も赤じゃなくて青だったし、まつ毛も黒だったはずだ。多分ウィッグとカラコンだと思うぞ」

「なるほど、まつ毛が黒でしたら、その可能性は高いですね。あ、でもアルビノの瞳の多くは、青系、灰色系が多いみたいですよ」

「へぇ、そうなのか。てっきりアルビノは全員赤い目だと思ってた」

 それこそ、『一方通行(アクセラレータ)』とかそうだったしな。

「動物のアルビノは目が赤いことが多いですから、そのイメージなんですかね」

「それにしても、そんなことよく知ってるな」

「たまたま本で読んで知っていただけです。実際に見たことはないですし」

 

 ……それにしても、部活紹介はまだ半ばにも関わらずいなくなってしまうとはどう考えても不自然だ。

 なにより、おかしなことに「気づいたらいなくなっていた」なんて状況は一昨日のことを彷彿とさせた。

 あれは、朝倉に言わせれば、恥ずかしくなって逃げ出した、なんてことだったが、

 俺が退場するタイミングでいなくなったのだから、理由はどうあれ、避けられていることには間違いないだろう。

 

「それにしても、途中でいなくなるなんてちょっと変ですね」

 

 鈴木は少し考える素振りをして、閃いたとばかりに言った。

 

「ひょっとしてトイレに行ったんじゃないでしょうか」

「トイレってお前……」

 

 生理現象という、最も現実的な話を持ち出され、思わず気が抜けてしまう。

 

「誰か入ってるかだけちょっと確認してきますね」

「いやそこまでしなくても……」

 

 

 そんな俺の静止は役に立たず、鈴木は女子トイレへと消えていった。

 ……まあ、たしかに白髪女子がいた位置から、子トイレは近かったので、合理的な考えではあるのだが……なんか……ねぇ?

 

 鈴木がトイレから出て来たのは、すぐのことだった。

 そしてその表情は明らかに不完全燃焼といった様子でだった。

 いなかったのかよ。

 

「誰もいませんでした……トイレだと思ったんですけど」

「そか、悪いな手間かけさせて」

「はい。でも、トイレじゃないならその方はどこにいったのでしょうか」 

「さあなぁ……そうだ、この後の呼び込みで、もしその女子を見かけたら、話し掛けて来てもいいか?」

 

 昨日の事、そして今さっきのこと。丸っと全て話してもらわなくては、気になって仕方がない。

 アニメもラノベも一気に読みたいタイプだ。

 

 

「わかりました! その間は任せてください! 守っておきますので!」

「おう。……何をだよ……」

 

「でも、この場にいたと言うことは、その方、転校生ではなかったんですね」

「……だな」

 そう。部活紹介に参加するのは一年生のみ。つまり、白髪の彼女も一年生であるということであり、俺の隣の席の転校生「如月六花」は彼女とは別人だということだった。

 

 勝手な妄想をしていたのこちらに非があるのは百も承知だが、それでもなお、俺はそれなりにショックを受けていた。

 そしてこの気持ちは、推し声優の活動休止に伴い、推しヒロインの声までもが変わってしまったときの気持ちによく似ている。

 頭では処理できていても、気持ちが現実に追いついてこないのだ。

 

「はぁ〜〜〜〜…………あと二ヶ月は引きずるなぁ…………」

「げ、元気出してください!」

 

「あー、じゃあ試しにがんばれがんばれって言ってみてくれるか?」

「がんばれっ! がんばれっ! ……こうですか?」

 

 ふむ、これは中々。

 とはいえ、白髪の彼女が如月六花ではないとすれば、如月六花はどんな女子なんだろうか。

 

 六花……六花ねぇ……。

 それこそ、「我が名は邪王真眼!」と言い出したりやたら太ももがムチムチだったりしない限り、この落ち込んだ気持ちを挽回することはできないだろう。

 

 

 ◇

 

 

 

 部活紹介を終え、部室で新歓の最終確認を終えた俺と鈴木は、新歓の呼び込みのため、一階の昇降口の付近で待機していた。

 上の階が騒がしくなり始めたことから察するに、一年生のHRが終わったのだろう。今頃、四階でも他の手の空いた部員が呼び込みをしている頃合いだろう。

 

 上の階から、赤色の校章をつけた、新入生たちがぞろぞろ降りてくる。

 

 俺は、複式呼吸を意識しながら息を吸い込む。

『やあ諸君ら! 今日から始まる高校生活! 変わったこと、新しい事をしたい奴は是非劇を観にくるといい! なに、入部なんて面倒なことは後から考えればいい。まずはその目で観て、楽しめばいい!」

 

 部活紹介に引き続き、勧誘らしからぬ太々しい態度だが、その物珍しさもあってか、しっかりと新入生の視線を集めることができていた。

 

 続くように鈴木も声を張り上げる。

 

『え、演劇部! 新入生歓迎公演がはじまります! 四階一番奥! 視聴覚室でやります。えと……面白いです!』

  お前も自分で面白いって言っちゃうのかよ。  

 

 

 

 

 そうして呼びかけを行なっていると、既に複数の一年生グループがそれぞれどうする? 観にいってみる? と話し合い、こう着した状態が続いてしまっていた。

 

 ……さて、どうしたもんか。こう言う場合誰か一人でも先人を切ってくれれば、そこに便乗する流れができるものだが……。

 

 そんなことを考えていると、人混みの中から、やや声の高い男子の声が聞こえてきた。

 

「すみません! 劇見たいんですけど視聴覚室ってどっちですか?」

 

 そして、声の主が人混みから抜け出て、俺の前に目の前に躍りでてくる。

 声の主は、やや小柄で、すっきりと整った顔立ちと、長めの前髪もあって、中性的な印象の男子だった。

 

 

「ああ、視聴覚室は、廊下の突き当たりにある階段で四階に上がってすぐだ」

「ありがとうございます!」

「後輩、名前は?」

 

 俺は彼の、この場に一人で声を上げられる度胸、モチベーション、そしてルックスから、逸材だと感じて思わず引き止めてしまう。まさにティンときた、というやつだ。

 

「伊丹、伊丹葵です」

「そうか。伊丹後輩、楽しんで」

 

 手を挙げると、伊丹後輩は律儀に手を振りかえしてから部室へ向かっていった。

 

 そして、彼に続くように、他のグループも部室の方へと向かっていった。予想通り、上手く流れができたようだ。

 

 

 

 そこそこの人数が部室の方へと向かってくれた。上でも勧誘をしているとなれば、今頃部室は大盛況だろう。

 

「はあ〜」

 呼び込みが順調なことに、心底ホッとしたのか、隣の鈴木から間の抜けた音が聞こえてくる。

「お疲れさん」

「はい。よかったでです……新入生、ちゃんときてくれました……!」

「降りてくる一年も大分減って来たし、鈴木は先に部室の方戻ってていいぞ」

「そんな、悪いです」

「ギリギリの時間に行ってみろ、焦ってシリアスな場面でギャグシーンの曲流して雰囲気ぶち壊しになるかもしれんぞ?」

「ひっ! お、お先に失礼します!」

 

 そそくさと去っていく鈴木。

 若干心苦しいが、こういう場合、鈴木は中々引き下がらない。

 納得させるには、事故の可能性を示唆するのが一番なのだ。

 

 

 そこからは俺一人で、ポツポツとまばらに降りてくる新入生への対応をした。

 だが、結局、白髪の彼女が階段を降りてくることはなかった。

 

 昇降口

 の近くにいる以上、見逃す、ということは基本的にないはずだ。

 だとすれば、すでに他の部活の見学に行ってしまったのか、はたまた俺が他の一年生と話している隙をついて下校してしまったのか。

 だとすれば妙な話だが、体育館での一件があった以上、その可能性は否定しきれなかった。

 

 それに、もうそろそろ開演時間だ。もう俺がここにいる理由もないだろう。 

 そう思い、立ち去ろうとした矢先、階段から誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 この足音の主だけ確認したら、すぐに部室へ戻ろう。

 

 そう思い、階段の真下に向かうと、ちょうど膝の上まで伸びた黒いソックスと、チェック柄黒いのスカートが見えた。どうやら女子生徒のようだった。

 

 そして次第に、濃い紺色のブレザーに、さりげなくストライプの入った真紅のリボンがあらわになる。

 どれもが新入生らしく、ノリの効いた真新しい制服だった。

 だが、相反して左側の襟に付いた校章は二年生を示す緑色をしていた。

 

 そして、首の中ほどまで伸びた雪のように真っ白な髪。窓から漏れる光を受けて、煌めき、時折七色に輝いているようにさえ見えた。

 

 その神秘的な立ち姿はとても、ただの中二病電波女子には見えなかった。

 俺は彼女の放つ、存在感を前に、身動きが取れないでいた。

 

 彼女は、階段を降り切ると、控えめに微笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「さっき体育館にいたよな」、「昨日どうしてベランダにいたのか」、「王子様の意味って」

 

 聞きたいことが濁流のように溢れ出す。聞きたいことが多すぎて、俺は言葉に詰まった。

 頭が真っ白になったまま呆然としていると、先に口を開いたのは彼女の方だった。

 

「やあ、また会ったね」

 

 柔らかいソプラノでありながら、どこか芯の通った安らぐ声で、彼女は言葉を続けた。

 

「昨日は本当に助かったよ。ボクのこと、受け止めてくれてありがとう」

「……あ、ああ……」

「ねぇ」

 

 彼女は、一瞬のうちに鼻が触れそうなほどの距離に近づいていた。彼女から、花のような甘ったるい、どうしようもなく魅惑的な匂いがした。

 そして、バクンッッ‼︎ と、心臓がかつてないほどの力強さで、うねりをあげるように脈打った。

 

「怪我、してないかい……?」

 

 不意に、彼女が俺の腕を取り、なぞるように触れる。

 その瞳はまるで慈しむような、宝物にでも触れるかのような表情で、俺はそれがやけに気になった。

 

 

 

 

「だ、大丈夫だ……。 ちょっと筋肉痛になったくらいでなんともない。そ、それより、あんなことがあって、そっちの方こそ大丈夫なのか……?」

 

 すると、彼女は今度ふにゃりと、柔らかな笑みを浮かべた。 

「ボクのことまで心配してくれるなんて、キミ、優しいんだ。……うん。キミが助けてくれたおかげで、ボクは大丈夫。だからね……キミに、恩返しがしたいんだ」

  

 鼻先が触れ合いそうになる距離の中、彼女は瞳を一切逸らさずに言った。

 

「───キミのためならボク、なんでもするよ?」

 

 その言葉からは、一切の誇張も、冗談も感じられず、本当に、俺のためになんでもしよう、という強固な意志を感じた。

 

 

 だからこそ、俺は分からなかった。

 確かに昨日、俺が彼女を受け止めた事は事実で、あの場で俺が駆けつけなかったとしたら、彼女は無事ではすまなかったのもまた事実だろう。

 だが、普通そうまでして、初対面の人間に尽くそうとするか……?

 

 朝倉の言った、「彼女は、自分を助けてくれた俺に運命を感じている」という言葉で、無理やりに納得しようとしても、俺は、彼女がそんな偶然に安易と流されるような人間には見えなかった。

 

 なにより、彼女の澄んだ碧色の瞳を見ても、コンタクトを付けているなら、絶対にあるべき、レンズのフチが見えず。その髪色についても、今俺が白のウィッグをつけているからわかる。この一切のパサつきのない、滑らかな髪質は、絶対に人工物なんかじゃなく、彼女が生まれ持って授かった色なのだ。

 

 だから俺は、今起きていることに偽りはなく、事実であると、そう受け止め他なかった。

 

 …………だから俺は、彼女の言う、「なんでも」とやらの内容を考える他なかったのだ。

 

 

 なんでも、なんでもだろ……?

 なんでもって具体的にどこまでの範囲だ……?

 とりあえず法律と憲法には遵守するだろ? あとそう、エロいこと。エロいことはいいのか? どこまでだ? どこまでならOKだ? R-15か? はたまたR-18か……?

 バッカお前、今俺十六歳じゃねぇか。…………いやでも双方合意の上ならやっぱりOKか……?

 

 その時ふと、視界の端に見切れるようにして、茶色のコートが写った。

 ああそうだ。今の俺は、主役ではないにしても、ホームズだった。

 俺は、今にも開演しそうな部室へと戻らなければならないのだった。

 

「ボクにお願いしたいこと、何かあるかい?」

 

 こてんと首を傾げる彼女の姿は非常に愛くるしく、叶うならこのままずっとこうしていたいが、それでも俺はこの場を切り上げなければならなかった。

 

 

「悪い。このあと俺、やることあるんだ。だから───」

 

 

 と、言いかけたところで、彼女の瞳が、潤んでいるのに気づいた。

 

「うぅ……」

「お、おい」

「……ご、ごめん、ボク……うぅ……いきなり迷惑だったよね……グスン、嫌だった……よね……ヒック……」

 

 気づいた時には、彼女は大粒の涙を流していて、鼻を啜る音まで聞こえてくる始末だ。

 おい……おいおいおいおい……!

 待ってくれよ、俺何かマズいこと言ったか……⁉︎

 そりゃ確かに断りはしたが、それだけでこうまで取り乱すことはないだろ⁉︎

 

「うわああああああん!」

 

 先ほどから一転して、気づけば俺はそして、しまいには声を上げて泣き出してしまった。

 

 これでは、

 それに誰かにこの状況を見られでもすれば、さらにややこしい事になるのは間違いない。

 とにかく、彼女を泣き止ませるのが先決だった。

 

「お、おい! 聞く! 話なら後でいくらでも聞いてやるから! 一旦落ち着いてくれ……! 正直戸惑っちゃいるが……あんたのこと、迷惑だなんて思ってないし嫌でもなんでもない。むしろ、あんた見たいな美少女に構ってもらえて俺得でしかない。だから、な? 一旦落ち着かないか……?」

 

 俺はほぼ初対面の相手に何を言っているんだ……。

 

「ほんと……? ボクのこと、嫌いになってないかい……?」

「なってないなってない。でも、部活紹介見てたなら分かると思うが、俺はこの後劇にでなきゃならんからなん。話ならそのあとでいくらでも聞いてやる」

「本当……?」

「ああ……。そうだ。この後時間はあるか?」

「うん、あるけど……」

「じゃ、うちの演劇みてけよ」

「いいのかい……?」

「いいのも何も、ダメな理由がどこにもない」

「ありがとう」 

「……おう」

 

 俺は彼女を客席に案内すると、急いで舞台袖へと向かう。

 鈴木の流した開演のブザーを合図に、舞台の幕が上がった。  

 

 ◇

 

 ワトソンとメロスの活躍により、セリヌンティウスと、ついでにホームズの命は助かり。乱心の王は己の過ちを認め、人の心を取り戻した。

 探偵事務所にもどったワトソンが、事の顛末を語り終えると、照明が落ちるのを合図に、舞台は幕を閉じた。

 

 客席からの拍手が響き渡ると、無事に新歓を終えた安堵感でドッと疲労が押し寄せてくる。

 もっとも、今回に限っては、疲労の原因はそれだけではないのだが。

 正直、舞台に立っている最中も、彼女のことが気になって仕方がなかった。

 視界の端に、白色がチラチラ映り込むのだ。

 演技中に余所見をするのはもちろんご法度なのだが、何度彼女の方に視線を向けそうになったことか。

 

 後ろの音響設備のある席にいる鈴木も呼び寄せ、簡単な部員の紹介と明日以降の体験入部についての説明を終えると、隣から、鈴木の息を吐く音が聞こえてきた。 

「おつかれさまです!」

「おつかれさん。無事終わったな」

「はい……! これで一安心です……」

  

 その声は普段よりも元気がない。慣れないことをしたせいか、やはり疲れていたようだ。

 

 出入り口に立ち、あらかじめ観客たちに渡しておいた感想用紙を回収しながら、新入生を見送っていく。

 大半の生徒は、二、三行の感想を書いてくれるが、中には、公演が終わってなお、席に残って引き続き感想を書いてくれる生徒もいる。

 現に今も、伊丹後輩と、数名の新入生。それから、例の彼女の姿もあった。

 

 きっと、今残っている中から、部員になってくれる生徒も多いだろう。

 現に、鈴木も昨年の新歓の際、感想容姿がびっしりと埋まるまで感想を書き続けていた。

 

 そんな残っている彼らを、南部長が懐かしむような目で見つめていた。

 きっと俺と同じように去年の鈴木の姿を思い出しているのだろう。

 

「狭間くん、書き終わったよ」

 

 例の彼女が俺を呼んだ。行こうとすると、部長に呼び止められる。

 

「なあ、彼女。えらい存在感があるが、知り合いか?」

「ええまあ。……といっても、今はまだ空から降って来たのを受け止めた程度の関係ですけど」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げる部長を背に、俺は彼女の方へと向かった。

 

「悪い、待たせた。その、なんだ。劇はどうだった?」

 

 盛大な泣き姿を見たからなのか、さっきと比べれば、比較的まともに話かける事ができた。

 とはいっても、相変わらず心臓がバクバクとうるさい事に変わりはないが。

 すると、先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のように、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「すっっごく楽しかった……! 狭間くん、ボクにこんなに面白いもの、見せてくれてありがとう! なんか、不安とか、全部吹っ飛んじゃった」

「そうか、ならよかった」

 

 不安とは、一体何のことなのだろう。

 彼女が、急に泣き出した理由と関係があるのだろうか。

 ほとんど初対面の今の状況では、そんな踏み込んだ質問はとてもできないが、こうして彼女を元気付けられたことは、素直に嬉しかった。

 

「それで、その……さっきのことなんだけど……忘れてくれないかな?」

「さっきのこと……?」

「ええっと、その……昇降口のところで……」

「ああ、泣いてた事か」

「もう、口に出さなくたっていいじゃないか……」

 

 そう言って彼女は頬を膨らませた。

「悪い、気をつける。忘れられるよう善処するよ」

 

 と言っても、あれだけインパクトのある出来事、早々忘れることはできないだろうが。

 

「ほんとに……?」

「……ほんとに」

 

「なら、いいけど」

 

 そう言うと、彼女は感想用紙を渡してきた。

 

「はい、遅くなってごめんね。ついつい書き過ぎちゃったよ」

 

 用紙には、丸みを帯びた可愛らしい文字がびっしりと書かれていた。

 そして、名前欄には予想通りの名前が書かれていた。

 

「如月六花……!」

 

 もう間違いない。目の前の彼女こそが、俺の隣の席の転校生、如月六花だ。

 

「ん? どうかしたのかい?」

「いや、同じクラスだな、って」

「本当かい……⁉︎ そっか、やっぱり運命、感じちゃうな」

「やっぱり……?」

「うん。だって、ボクのこと助けてくれた狭間くんが同じクラスなんだよ? これってきっと運命だよ」

 

 運命。その言葉を聞いて、俺は、如月に質問をしない訳にはいかなかった。

 

「なあ、如月。昨日言ってた『キミがボクの王子様?』ってセリフ。あれは……どう言う意味なんだ?」

「それも……できれば忘れてくれないかな……?」

 

 どうやら、それも咄嗟に出てしまった言葉だったらしい。

 

「それは……ちょっと厳しいかもな……」

 

 忘れようとするには、少々……いや、大分インパクトが強すぎた。

 

「……いじわる」

「悪い」

「ボクなんか、恥ずかしすぎて、キミの前から逃げ出しちゃったのに。……その、昨日はごめんね。びっくりしたよね」

 

 もちろん、あの瞬間こそ驚きはしたものの、その内容は概ね、朝倉が語った通りだったため、特別驚くことはなかった。

 如月は、朱に染まった頬のまま話し続ける。

「……王子様はね、ボクにとって、運命の人って意味」

「じゃ、俺がその王子様なのか?」

 

 そう、冗談めかして言う。俺が、他人にとっての特別になるなんて、あまりに想像がつかなかったからだ。

 けれど、如月は違った。

 

「うん、そうかも」

 頬をさらに赤く染め、上目遣いでそんな事を言われては、ときめかないわけがなかった。

 顔が一気に熱くなるのわかった。これでは、とてもじゃないが、彼女のことを直視できない。

 

 そして、如月は「それでね」と前置きをして言った。

「ボク、演劇部に入部することに決めたよ」

 

 もう少し考えたらどうだ、なんて言葉は言う気には全くなれなかった。 それは、如月の瞳から、絶対に曲げないという意思を感じたからだ。

 

「……そう、か……じゃあ、これならよろしくな」

 

 彼女は俺の手を両手で握ると、とびっきりの笑みを浮かべたのだった。

 

「うん、これからよろしくね狭間くん」

 

「それじゃあ、邪魔になっても悪いから、ボクはそろそろ帰るよ。明日からはちゃんと朝から登校するから、そのときはよろしくね」

「ああそうか。今日は朝はいなかったもんな」

「うん。午前中、体調崩しちゃって。だから本当は今日は欠席のつもりだったんだけど、電話したら先生に「部活紹介だけでも見ていけば?」って言われて。でもこうしてまた狭間くんに会えて、劇も観れたんだから、来てよかったよ」

「そうだ、部活紹介の時、途中でいなくなってなかったか?」

「そんなとこまで見られてるなんて、恥ずかしいなぁ」

「実を言うと、キミがステージの上に立って、演劇部って分かったあの瞬間から、もう演劇部に入る事は決めてたんだ。だから、もう後の部活はみる必要ないかなって、こっそり抜け出しちゃった」

 

 ……薄々思っていたが、如月、やはりかなりの行動派らしい。

 

「なるほどなぁ。悪いな、引き止めて。じゃあ、また明日」

「うん。また明日」

 

 そういって如月は部室を後にしていった。

 

 これで、本当に一段落だろう。

 

 去っていく彼女の背中を見送っていると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 なんと言うか、怒涛の展開だった。

 とにかく今は、新たな部員の入部と、空から降って来たボクっ娘美少女が隣の席の転校生だったことを喜ぼうじゃないか。

 

 ……本当に、どんな偶然だ。きっと、一生分の運を、俺は使い果たに違いない。

 万が一に備えて今のうちに遺書でも書いておくか。

 そんなことをぼんやり考えていると、部長が話しかけてくる。

 

「なあ、さっき言った、空から降ってきたって、どう言うことだ?」

 

 そういえば、一刻も早く如月と話したかった俺は、突拍子もない事を言っておいて、その隙に逃げよう、という。まるでバトル漫画の一幕のような方法で部長との会話を中断したのだった。

 

 仕方ないので、部長には「昨日、ベランダから落ちたところを、偶然受け止めた」と、端的に話した。

 

「なるほど、それで空から降って来た、か。些か誇張が強すぎる気もするが、お前に言わせればそうなんだろうな」

 

 部長はそう言った後、ふと何かに気づいた様子で話しかけてきた。

 

「なあ、お前、彼女は作るのか?」

「は? なんですいきなり」

 

「なんだ、自分が言った言葉も忘れたのか? 以前、『空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ』なんて言ってたろ」

「……覚えてましたか」

「お前、今すっとぼけたフリをしたな?」

「だって、まさか本当に出会うとは思わないでしょう。なんです、部内恋愛禁止とでも言い出す気ですか?」

「その辺は、面倒事さえ避けてくれればいい。くれぐれも隣校の演劇部みたいにならんようにな」

「ああ、はい」

 

 隣の高校にも演劇部があるのだが、そこの唯一の男子の部内での二股がバレて、危うく部活が崩壊しかかったのだとか。

 男子の方も、結局、下手にモテてしまうからそういったことになるのだろう。あー、モテなくてよかった。

 …………うん、本当に。

 

「……どっちみち、彼女はつくらないんで、その心配は杞憂ですよ。あの条件も、これなら絶対ないだろ、って要素を適当に並べただけのものなので」

「だろうな」

「でも、それがあり得ちゃったんで、せっかくだしまた新しい条件を設けることにしますよ」

「……今度はどんな碌でもない条件になるんだ?」

「今回はいたってシンプルにいきますよ。『女子から告白でもされない限り彼女はつくらない』ほら、シンプル」

 

 どうも朝倉の話じゃ、俺が告白される、なんて事態は間違ってんもないらしいからな。

 

 すると部長は、何か言いたげな視線をぶつけてくる。

「…………それも、すぐ撤回されそうな予感がするけどな」

「部長、まさか俺のこと……」

「ちゃうわ、アホタレ」

 

 なるほど、脈なし、と。

 となると、やはり部長は俺と如月の様子を見て、如月が俺に気があるのだと思ったのだろう。

 

 確かに、あの調子でグイグイこられれば、そうなる可能性も否定できない。

 が、しかし、いかに運命的な出会いをしたとて、こちらは捻くれ&拗らせオタク。

 そうですぐ俺にドン引きして、勝手に失望していくだろう。

 部長、やっぱりそれは杞憂ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリと、金具の音だけが響く中、黙々と作業していると、鈴木が話しかけてきた。

「狭間くん。如月さん、すっごく美人さんでしたね」

 

 本当にな! と思ったが、なんとなく、正直な自分の感想を答えるのが憚られた。

「ああ。実際、部長も如月を舞台に立たせたら面白い劇ができそうって言ってたしな」

「私もそう思います。モデルさんみたいに美人で、スタイルもよくて、かっこよかったです。ダメダメでちんちくりんの私とは全然違います」

 

 鈴木は、他人の長所を目の当たりにすると、自分と比較してこうして落ち込むことがある。

 

「そりゃ違うだろ。顔も声も、体格も、性格も、違くて当たり前だ。あれだけ違ければ、向いてる役だって絶対に違う。それに、如月はお前と違って、空手とバイオリンで全国行ってないと思うぜ」

 

「そうかもだけど。でも……」

 

「今のじゃ足りないってなら、裏方に周りたがる部員が少ない中、一年のころから音響をやってきれてくれたってのは感謝してるし、紛れもない事実だろ。誇ってくれていいんだぜ」

 

 

「それに、如月にだって、苦手なこととか、恥ずかしい秘密とか、色々あるかもしれないぞ」

 急になきじゃくり始めたり、とかな。

 

「そうですかね……狭間くんのいうように、私、みんなの力になれてたんでしょうか……」

「今更何いってんだ。当たり前だろ? むしろ鈴木がいなきゃ困るっつーの」

「狭間くん、ありがとう……です!」

「おう」

 

 鈴木が、何をもって、俺に感謝を伝えたのか。その気持ちの全てを推し量ることはできないが、少なくとも、悪い気分ではなかった。

 

  ◇

 

 

 【転校生のいる朝】四月九日

 

「で、昨日例の女子には会えたのか?」

 

 翌日。朝直登校してくるなり、如月の事について質問を投げかけて来た。

 興味ない風を装って、興味深々だったらしい。

 

「ああ、会えたぞ」

「へえ。じゃ、俺の考察の大半は当たってたろ?」

「そうだな、大半は当たってた」

 

 本当に、朝倉の予想の大半は当たっていた。

 だが、それでもそんな朝倉の予想を裏切る要素が、いくつもあった。

 彼女の白髪はウィッグではなく、地毛で、碧眼もカラコンではなく、生まれ持ったもので、そしてなにより、朝倉は、彼女が転校生であり、朝倉が今座っている、俺の右隣の席の本来の主こそが彼女であることを知らない。

 

 HR開始五分前のチャイムが鳴と、担任の体育教師が教室に入ってくる。

 

「ホームルームの前で悪いが、お前ら、今日は知らせがある」

 

 本来なら、彼が声を上げ始めるのはHRが始まる五分後だ。

 このイレギュラーな事態にクラスが少しどよめいた。

 

「諸事情で何日か後ろ倒しにはなったが、今日からうちのクラスに転校生が入る」

 

 その担任の言葉に、クラスのどよめきは一気に大きくなり、気づけば、ザワザワとしたハッキリしたものになっていた。

 

「如月、入ってこい」

 

 担任が扉を開け、手招きをする。

 そして、いよいよ如月が、真っ白な髪を靡かせながら、教室に入ってきた。

 

 彼女の姿が露わになった瞬間、後ろから「はっ?」と朝倉の声が聞こえたのを、俺は聞き逃さなかった。

 見なくてもわかる。奴は今頃、「なぜ転校生であることを黙っていた」と、俺を呪い殺さんばかりの恨めしげな視線で見ているだろう。

 

 すると、さっきまであれほど騒がしかった教室が、ぴたりと静まりかえった。

 カツ、カツ、と如月が黒板に名前を書いていく音だけが教室に響き渡る。

 

 きっと、誰もが俺のように、その髪色に、瞳に、魅入られているのだろう。

 その衝撃を、先行して、しかも独り占めにして体験できたのだと思うと、悪い気分ではなかった。

 とはいえ、そこは思春期真っ盛りの高校生。静かなままで終わるはずもなく。

 「すげ……」と、男子の漏れ出たような呟きや、「え、めっちゃかわいくない……?」、「やばくない?」という、女子の会話が方々から聞こえはじめ、教室は急速にに騒々しさを

 取り戻していった。

 

「えーと、ボク如月六花っていいます。よろしくお願いします」

 

 俺と話していた時よりも、少しぶっきらぼうにも聞こえる言い方ではあったが、それでも彼女の声は、彼らの心を大きく揺さぶったようだ。

 

 その次の瞬間には、まるで爆発でも起きたかのような喧騒が瞬く間に教室に広がった。

 おそらく、隣のクラスどころか、この三階のフロア中に響き渡っていることだろう。

 

 そして、喧騒の中から数々の言葉が飛び交う。

「自分のことボクっていうんだ!」「どこからきたの!」「彼氏いるの⁉︎」「放課後みんなでカラオケいかない⁉︎」「おっぱいでっか!」

 

 おい、朝っぱらからおっぱい言うな女子。

 ………まあ、確かに? ブレザーの上からでもはっきりと分かるほどの膨らみを彼女が持っていることは否定しないが。

 

 そんな収集の付かなくなった状態を見かねてか、担任が前に出てくると。「お前ら、質問はあとでやれー」と強引にホームルームを再開させた。

 

「ああそれと、如月の席はあそこな」

 

 そうして担任が指を指したのは当然、俺の右隣の席。

 隣同士だった事にはさすがの如月も驚いたようで、目を丸くしていた。

 

 如月は席に座ると、「やあ」とでも言うように、右手を上げた。

「狭間くん、もっはろー」

「もっはろー⁉︎」

 

 なんだその挨拶。ひっくり返るかと思ったわ。

 

「うん。これボクのオリジナル挨拶。モーニングとハローでもっはろー。どう? 斬新じゃない?」

 

 それ、「も」を「や」に差し替えただけの、既にだいぶ近い挨拶が、よりにもよって、この千葉県が舞台のラノベに登場するんですが……なんて、楽しそうに笑う如月の前で、そんな事はとても言えなかった。

 

(それじゃあ狭間くん、クラスでもよろしくね)

 

 こそりと、耳元で囁かれる。

 ホームルーム中だから、と気を使ったのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。

 そのあまりのいじらしさに、俺の全身はぞわりとした感覚が広がり、そのあまりの破壊力に思わず額を机に打ち付けるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 ホームルームが終わると、如月に質問をしようと、あるいはお近づきになろうとする人の群れが一斉に押し寄せてくる。

 アニメではよく見た光景だが、現実でも如月クラスになると発生するんだな、このイベント。

 おかげで俺は、人波に押し流されるようにして廊下に追い出される羽目となった。

 

 そして、そんな俺にわざわざ近づいてくるやつが一人。

「転校生とか聞いてないぞ。なんだあの設定爆盛りモンスターは」

 

 当然、朝倉だった。見るからに不貞腐れた表情をしている。 

 おそらく、如月の存在感が自身の想像以上だったのだろう。

 そんな朝倉に、俺は賞賛の言葉を伝える。

 

「おめでとう。朝倉の予想の大半は当たっていたよ。ウィッグもカラコンも付けてなくて、その上転校生、ってのを除けば」

 

「その大半にじゃない部分が問題なんだっつの。こんなんで当たったうちに入るか」

「じゃ、ラーメンは朝倉の奢りってことで」

「わかったよ……」

 

 実は昨日、俺は朝倉と、とある簡単な賭けをしていた。

 掛けの内容は、『白髪の彼女は、朝倉の考察通り、ただの中二病電波女子なのか否か』という内容だ。

 

 結果的には、前述の通り、朝倉の予想の大半は当たっていたのだが、外した部分が大きすぎた結果、朝倉は珍しく、あっさりと自分から負けを認めたのだった。

 

 ちなみに賭ける物は久城高校から徒歩十分のところにうあるラーメン屋、『にくちゃ〜しゅ〜』の脂こってり豚骨ラーメンの奢り。

 高校生の我々にとって、八六〇円は結構な大金である。

 

「……ったく、あんな凄みのある奴に出てられたら、負けを認めるしかないだろうが。一杯でも十杯でも好きにしろ」

「十杯は死ぬわ。一杯で十分」

 

  店名に『にくちゃ〜しゅ〜』なんて名前つける店だぞ? そんなの不健康たっぷり早死にマシマシ一直線だっつの。

 

「ま、ラーメンは次の学校が半日で終わる日にでもいくとして、だ。あいつ……如月だっけか、昨日登校してなかったろ。いつ捕まえたんだ?」

 

 捕まえたって……。んなポケモンじゃねーんだから。

 

「昨日、午後から登校してきたらしいぞ。部活紹介見て、うちの部に入ってくれるそうだ」

「ふーん、なるほどねぇ、クラスでも放課後でもべったりってわけだ」

「おい、妙な言い方すんな」

 

 朝倉は「精々他の男子に嫉妬で殺されないようにな」と、あながち洒落にならないセリフを吐きながら、自販機の方へと歩いていった。

 確かに。あれだけ目立つんだ。クラスでは適切な距離を取る必要があるだろう。 

 

「これは、あとで如月と相談だな」

「ボクがどうかしたの?」

 

 後ろから声を掛けられ反射的に振り向くと、目の前には如月の顔があった。

 

「うおっ……いつのまに」

「いやあ、質問責めにされて身動き取れなくなっちゃってたんだけど、狭間くんとお話したいなって、お手洗い行くふりして抜け出して来ちゃった」

 

 

 

「大変だな。俺も押し流されて教室から追い出されたし」

 

「そういえば廊下で、あの眼鏡掛けた男子と話してたよね」

「ああ、朝倉のことか」

「ああ、彼、朝倉くんって言うんだ。何話してたんだい? ひょっとして、ボクの話だったり?」

「ええーと……」

 

 まさか馬鹿正直に、如月をダシに掛けをしてました。なんて言えるわけがない。

 

「ああ。それと、今度またラーメン食べにいこうぜ、って話だな」

「ラーメンかあ、いいね。今度よかったらボクも連れて行ってくれない?」

 

「ああ、じゃあ次行く時如月も一緒に行くって朝倉に……」

 朝倉に伝えておくよ、と言い切る前に、如月が言った。

 

「ううん、二人で行こうよそれともボクじゃだめ……かな?」

 

 ……やっぱり、その上目遣いはずるいと思う。

 まあ、そもそも如月の要望を断る気など、毛頭なかったが。

 

「いや、一緒に行く事自体は全然いいんだけど、いつも行ってる店、ニンニクとか油とか、かなりこってり系だから、匂いとか気にならないか? もしアレなら、他の店でも……」 

 

 そう言うと、如月は「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしたかのように言うと、両手を後ろに組んで、数歩遠かった。

 

「狭間くん、知ってる?」

 

 そして、如月はその場でくるりと回ってみせた。

 それに合わさり、スカートがふわりと膨らんだ。

 

「女の子は、いつだっていい匂いなんだから」

 

 花のような香りが、俺の鼻腔をくすぐった。

 

 その香りはシャンプーか、柔軟剤か、それこそ如月自身の何かフェロモン的な香りなのか。

 俺には判別することができなかった。

 

 その言葉は、あまりにめちゃくちゃで、正直に言えば、理屈もへったくれもないと思ったが、そんなわけがあるか、と言わせない魅力を感じた。

 

「それじゃあ、今度、学校が半日で終わる日にでも行こうか」

「ホント? いいの?」

「断る理由がないからな」

 

 こうして、如月とラーメンを食べにいく約束を取り付けた俺は、戻ってきた朝直に告げた。

 

「朝倉。ラーメンは当分先だ」

 

【昼やすみ】

 

 ●五分早く終わった

 

「じゃ、今日の授業は終わりです。チャイム鳴るまでは教室の中にいろよ〜」

 そう言って国語教師は教室から出ていく。

 ようやく四限が終わったのだ。それも、五分早く終わるというおまけ付きで。

 

 久城高校は授業によっては、成績順に段階にクラス分けされるのだが、現在は、現代文の最上位のクラスだけあって落ち着いた人間が多いためか、如月への質問ラッシュもない。

 これでようやく少しは落ち着くことができる。

 

 いつにも増して疲れたように感じるのは、やはり、隣に彼女がいるからだろう。

 

「はあ〜、やっとお昼だ〜」

 

 如月が大きく伸びをすると、背中を反ったぶんだけ張り出された胸の膨らみに目が吸い寄せられてしまう。

 これで、夏になり、ワイシャツ姿になれば、一体どうなってしてまうのか。

 衣替えが楽しみやら恐ろしいやらだった。 

「狭間くん、お疲れ様」

「あ、ああ、お疲れ」

 

 危ないところだった。おそらくあとコンマ一秒でもな長く如月の胸を凝視していたら、バレ、好感度の低下によってバッドエンドルート一直線だったことだろう。

 例によって、セーブ&ロードが不可能な現実では行動一つとっても命取りなのである。

 

 

「どうしたんだい、ボクのことじっとみて」

 如月が、伸びの姿勢を維持したまま言う。

 

「もしかして、ボクの胸みてた?」

 

 はい。バッドエンドルート一直線確定。さーて、どうやって死のうかな〜〜。そういえば結局まだ遺書書いてないや。

 

「…………いや? 見てないぞ? マジで。一瞬たりとも」

「本当?」

「マジマジ。なんだったら神にでも誓うぞ?」

 

 ……すまん神よ。己の尊厳のためにあなたを盾にする愚かな俺を救いたまえ……。

 

「じゃあ、そうだな……。ボクの胸のサイズにも、全く興味、ないんだよね?」

「………………ない。全くない。」

 ……ないったらない。

 

「そっか……。他の男子には絶対に教えないけど、狭間くんにだったら教えてもよかったんだけどな……」

「ふ、ふーん。そうか。それは残念だったな」

 

 すると、如月が、俺の耳元に顔を近づけてくる。

 

(今正直に答えてくれたら、教えてあげるんだけどな)

 

「………………見てました」

「ふふ、正直でよろしい」

 

 そして如月は、再び俺の耳元に口元を当て、約束通りにそのサイズを告げてくれたのだった。

 

 具体的なサイズは伏せておくが、そのサイズを表すアルファベットを指折数え終えた時には、実に、七本の指が折り畳まれていたとだけ言っておく。

 

 如月の圧倒的な戦闘力に恐れ慄いていると、「キュルル」と、まるで小動物の鳴き声のような音が聞こえた。

 あれはキュルキュル鳥の鳴き声さ。

 

 そんなこともなく音の発信源の方を見ると、顔を赤くした如月がお腹のあたりを抑えていた。

 どうやら、如月の腹の虫が発信源だったようだ。

 

「見られると、恥ずかしい……」

「……悪い」

「はあ、お腹すいちゃった。ねえ、長太郎くんお昼は……」

 と、如月が言いかけたところで、割って入る声があった。

 

「如月さーん! お昼一緒に食べよー!」

 声の主は吹奏楽部に所属する女子、たしか名前は佐藤……

「六花ちゃん、ウチらと食べようよー!」

 今度はクラスのいわゆるギャルグループの藤……

「如月さーん、ウチたちと……」

 続いて……いやまて、こいつに至っては確か隣のクラスの女子だぞ?

 

 周りを見ると、如月の話を聞きつけてか、他のクラス、他の学年の生徒までが六花を一眼見ようと集まってきていて、場は混沌としていた。

 

「如月さーん、バスケ部のマネージャー興味ない?」

 しかも、昼飯の話で揉めてる中、ちゃっかり部活の勧誘まで行う輩まで現れる。

 当然、他の部活も便乗して勧誘を始めるわけでいよいよい事態は収集がつかなくなり始めていた。

 

 ……これは面倒なことになった。

 転校生、しかもそれが美少女で白髪で碧眼ともなれば、大抵の人間は一眼みたいと思うだろう。

 正直に言えば、出会い方さえ違えば、俺も野次馬の一人になっていただろう。

 くそっ。こうなることをもっと早く見越していれば……。

 

 なにより面倒なのは、ここで下手な断り方をしてしまえば、後々、如月と他の生徒との間に、面倒な禍根が残りかねないということだ。

 『出る杭は打たれる』。くだらない。本当に嫌になる言葉だ。

 

 全くもって、容姿というものは面倒だ。本人が望んでいないにも関わらず目立ったり評価されたり、嫉妬の対象になる。

 そんな、本人にはどうしようもない原因で、面倒事に巻き込まれるなんてのは、やはりりクソッタレだ。

 

 

 それに、ここまで、ただの如月の隣人として、息を潜めていたが、流石にこの状況にうんざりしてきた。

 ……何かできることはないか。そう考えていると、一つ妙案が浮かんだ。

  昼食の誘いも、部活の勧誘も両方同時に、それもきっぱりと断るのではなく、有耶無耶にして諦めさせることができる方法が。

 

 俺は、静かに息を吸う。さて、一芝居打つ事にしよう。

 

「如月さん!』

 

 自分でいうのも何だが、よく通る声が教室に響いた。

 きょとんとした顔の如月と目が合う。

 俺はすかさず、周りにも聞こえるように、続きのセリフを話し始めた。

 

『提出してくれた入部届の件で! 演劇部から説明があるから! お昼持って部室来てもらっていいかな!』

 

 

 すると、如月は言わんとすることを察してくれたようで、ランチボックスを取り出し、席を立った。

「そうだった。ごめん、すぐ行くよ」

 

 これこそが俺の編み出した策だ。

 ●長太郎の作戦の説明。

 

 転校初日ですでに入部届を出している、かつ、演劇部というイロモノ部活。

 これだけ要素が揃えば、「これは他の部活には靡かなそうだ」と、大半の生徒は納得してくれるだろう。

 昼に関しても、如月が教室で飯を食わないのなら、全く意味のない争いとなる。

 

 

 

 

 

 

 俺たちは、この機を逃すまいと、そそくさと教室を後にし、現在は如月を連れて階段を登っていた。

  

「ありがとう狭間くん。助かっちゃった」

「あんなのは一人じゃどうしようもないからな。それに、俺も身動きとれなくて困ってたし」

「それにしても、やっぱり舞台じゃなくてもああやって自然にお芝居できるんだね。さすが演劇部って感じだ」

「まあな。部活に、なんでもないタイミングで即興で芝居振ってくる人が何人もいてな。気づいたらできるようになってた」

 日常会話の最中に突如始まる即興コント。

 いわゆる、演劇部あるあるというやつだ。

 

 他には「教室では無口で大人しいが、部室では本性を表してはっちゃける」「『ロミオとジュリエットはやらないの?』と聞かれる」

 

「ところで、どこに向かってるのか、聞いていいかな?」

 

 そう言う間に、四階にたどり着く。 

 

「演劇部室。演劇部にとって、学校で一番落ち着くところだ」

 演劇部あるあるその四、である。

 

「そっか、部室ってお昼でも使えるんだ」

「ああ。こればっかりは演劇部の特権だな」

 

 俺は、三列ある長机のうち、真ん中の列、前から二つめの席に腰掛ける。

 

 

 

 先ほどまでの騒がしい教室から一転して、背後にある一年生のフロアから、微かに騒めきが聞こえるのみで、しんと静まりかえっていた。

 こうして、俺たちはようやく平穏を取り戻したのだった。

 

「窓が多くて明るいわりに、だだっ広いし静かだし。くつろぐにはなかなか贅沢なところろろ? 俺は昼休みになると、俺は大抵ここで飯食いながら、台本のネタ考えたりしてる。あと昼寝も」

 

 おい、誰だ今ぼっち飯って言ったやつ。怒らないからでてきなさい。

 ちなみに俺は、この呼びだしに応じて、怒られなかったことは一度もない。

 まああれだ。昼休みってのは、読んで字の如く休むためにあるんだし、あんな騒がしい場所にいて休めるか、って話だ。

 

「うん。ほんとに落ち着くね。今日は一日質問攻めだったから疲れちゃったよ」

 

 そう言って、如月は椅子に座った。

 だだっ広い教室の中、俺の右隣に。

「……隣でいいのか?」

「……だめ、かな?」

 

 思わず訝しんだ反応をすると、如月は上目遣いで訪ねてくる。

 女子の上目遣いに、俺は一生勝てる気がしない。

 

「す、好きにしてくれ」

「狭間くんは昼休み、いつもここにいるの?」

「そうだな」

「そっか。じゃあボクもそうしよっと。……他の子たちとか、実は結構どうでもよかったりして」

 

 部活紹介の件といい、如月はどうも、自分が一番と決めたもの以外はどうでもよくなってしまう性分らしかった。

  ひょっとして、それが自分に向いているのではないかと思うと、どう受け取ればいいか、正直わからないところがあるが。

 

 けれど、そんな如月のことが、少し、心配でもあった。

 

「……少し、らしくないことを言ってもいいか?」

「うん? どうしたんだい?」

「毎日きてくれるってのは、マジで嬉しいんだが……明日は教室で飯食ったほうがいいかもな」

 

 

 如月はキョトンとした表情を浮かべた。

「そうかい? ボクは毎日ここでいいと思うんだけどなぁ……狭間くんと二人っきりになれるし」

 

「忘れ物の借用に、課題の写し。意外とメリットは多いぞ。隣のクラスのやつとも知り合っておけば、体操服だって借りられる」

 

「あはは、狭間くんって結構忘れ物の多いうっかり屋さん?」

 だまらっしゃい。

 

「でも意外。狭間くん、クラスメイトとは最低限の付き合いしかしないのかと思ってた」

 

「まあ、な。人付き合いは面倒事も多いが、最低限物の貸し借りできるくらいの関係性だと、案外ややこしい事態には巻き込まれない。それに、トラブルを避けようと、徹底的に人付き合いを避けようとしても、むしろ、そこに目を付けられて絡まれたり、みたいなトラブルも起きかねない」

 

「特に如月は転校生で、容姿も整ってて、何より存在感もあるからな。気をつけるに越したことはないだろう。うちのクラス、あからさまにイジメっ子だとか、女王様気取りみたいなやつはいないが。それでも、あまりにも付き合いが悪いと変なやっかみを受けかねない」

 

「そっか。確かに狭間くんの言う通りかも。それじゃあ明日はクラスの子と一緒にお昼たべようかな」

「ああ、それがいいと思う」 

 

「狭間くん、ひょっとしてボクのこと、すごく心配してくれてる……?」

「まぁ……そりゃあ、な」

 

 如月の、雪にように白い肌にほんのりと朱が差す。

 

「それじゃあ、狭間くんはさ、ボクのこと、かわいいって思ってくれてる?」

 

 その予想外すぎる返しに、思わずむせてしまう。

 急に何を言い出すんだ。というか、俺はどう答えればいいというのだ。

 

「なんでまたそんな質問を……」

「今日みんな、ボクのことかわいいって言ってくれたけど……ボク、あんまりそういう自覚なくて。だから、狭間くんは、どう思ってるのかなって」

 

 それはもう、かわいいに決まっている。

 

 だが、女子に向かって堂々と「かわいい」と言えるほど俺は自惚れていない。

 面と向かってかわいいなんて言って、引かれない男なぞよほどのイケメンだけだろう。

 

 ……とはいえ、ここでなあなあにするのもな。

 昨日の、急に泣き出した件もそうだが、如月には、どことなくあ危なげというか儚げというか、とにかくそんな雰囲気があるのだ。

 

「……まあ、正直かわいいと思う。というか、誰が見たってそう思うだろ。お前を見てそう言わないやつは、よほど嫉妬してるか照れてるかのどっちかだろ」

「そういう一般論じゃなくて、純粋なキミの意見が聞きたいんだけどな」

「…勘弁してくれ……」

「ふふっ、いいよ。許してあげる。キミの気持ちは伝わったから」

 

 如月はご機嫌な様子で持ってきたランチボックスを開ける。

 どうも窮地は脱したらしい。

 

 女子らしい、小ぶりな弁当箱の中身は、白飯にたこさんウインナー、唐揚げ、プチトマト、レタス、卵焼きつまっていて、いかにも「お弁当」といった様相だった。きっと栄養バランスも抜群だろう。

 

「いただきまーす」

 

 如月は女子らしい小ぶりな一口でウインナーを齧る。

 

「うん、ちゃんとおいしい」 

「それ、自分で作ったのか?」

「一人暮らしだからね。一応、節約かな。それに、ボク、結構料理好きみたいだし」

「なるほど、転校して一人暮らしか」

 

  一人暮らし。その境遇には非常に魅力を感じる。

 さらに、ほんの少しだけ欲を言えば、マンションの隣室に学校一の美少女が住んでいて、栄養の偏った食事ばかり摂る俺を見るに見かねてご飯を作ってきてくれる生活に憧れる。

 

「朝なんか時間ないだろうに、すごいもんだな」

「でも、ボクそんなに朝強くないから、簡単に作れるものだけにしてるよ? 唐揚げは冷凍だし、野菜は洗って入れるだけだし。この中で料理らしい料理なんて、卵焼きぐらいだね」

 

 そう言われて、改めて卵焼きを見てみる。ふっくらしたそれは、見事なまでの黄金色で、文句のつけどころがない出来栄えだった。

 

「すごいな。うまそうだ」

「ふふ、おひとついかが?」

 

 如月が嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……いいのか?」

「うん、もちろん」

 

 美少女から手作り弁当を分けて貰えるなんて、ひょっとして何かの罠だろうか。

 だが、たとえ毒が入っていようとも、美少女の手作り弁当をご相伴に預からないという選択肢があるはずがなかった。

 

「じゃあ、一切れ……」

 

 と、思ったが、生憎俺の昼食は惣菜パン。当然、箸などはもっていない。それに、相手がどうでもいい男子ならいざしらず、如月の前で手掴みというのも、些か行儀が悪すぎる。

 俺はいく当てのない左手を宙に彷徨わせる結果となってしまった。

 まよい箸ならぬ、まよいハンド。

 ……なんか物語シリーズのサブタイトルみたいだな。

 

 そんなしょうもない事を考えていると、目の前に卵焼きを挟んだピンク色の箸が差し出された。

 

「はい、あーん」

 

 あーん……あぁん? ん? もしかして俺は今、喧嘩売られているのか?

 ……いや、違うよな。相手に食物を食べさせる行為としての「あーん」だよな。

 

 予想外の出来事に脳がフリーズし、「綺麗な箸の持ち方するんだなー」と、脈絡のないことを考えていると、如月の表情が段々と不安げな物へと変わっていった。

 

「やっぱり、いらなかった……?」

「いやいやいや! 食べる! 食べる食べる食べる!」

 

 ものすごく必死な人になってしまった。

 

「よかった……はい、じゃあ改めて……あーん」

「あ、あーん……」

 

 こうなってはなすすべもなく、俺の口内に黄色くてふわふわな物体が放り込まれる。

 

 すると、途端に口の中に玉子のまろやかな風味が広がり、砂糖と醤油のシンプルながらコクのある味が舌に広がった。

 卵焼きとしてはかなり甘めの部類のそれは、見た目に違わずやわらかな食感を保っていて、一種のスイーツのようだった。

 しょっぱい派、甘い派に二分される事が常である卵焼きだが、

 甘党である俺の好みは当然後者。好みの味だった。

 

「どうかな? ボク的には結構うまくできたかなーと思ったんだけど」

「うまい…甘くて、うまい」

 

 いざ感想を口に出そうとしても、一才の語彙力が消滅してしまった。

 もうこうなっては、そのうまさを表現するために、徐に裸になるしかないだろうか……! 料理漫画の演出的に考えて……!

 

 手始めにネクタイをゆるめはじめたところで、如月がほっ、と息を吐いた。

 

「よかった……」

「こんだけ美味けりゃ、心配の必要もないと思うが、違うのか?」

「うん。ボク、人に手料理を食べてもらうのって初めてだったから、ドキドキしちゃった」

 

 そう言って幸せそうに笑う如月を見ていると、ついドキリとしてしまう。

 

 ああ、この感覚には慣れそうもない

 まあ、慣れてしまうのもそれはそれで風情がないが。

 

 すると如月が口元を手で覆った。見ると、手のひら越しに、彼女の頬が真っ赤に染まっているのが見えた。

 

「か……間接キス、しちゃったね」

「……ッ!!!」

 

 前言撤回。どうやら俺は、早く彼女の言動に慣れる必要があるらしい。

 そうでなくては、体が持たない。

 今日こそは、忘れずに遺書、だな。

 

 

 

 

 

 06 体験入部編

 

 放課後、帰りのホームルームを終えた俺は、リッカを連れて部室に来ていた。

 他の部員はまだ来ていないらしい。

 ……と、思ったが、机には鈴木のリュックがぽつんと置かれていた。

 まああれだ、トイレにでもいっているのだろう。

  

「この後、俺は体験入部の呼び込みしなきゃならないんだが、この後しばらくここで待っててもらうことになるけど大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。本当は、長太郎くんと一緒に勧誘したいけど、ボクが着いていったら騒ぎになって勧誘どころじゃなくなっちゃうかもしれないしね」

  

 あはは、と笑う如月。流石に、今日一日で質問責めは懲り懲りになったらしい。

 

 すると、ポケットに入れていたスマホが振動した。

  

 『すまん! 三年全員、若干遅れる!』

 南部長が演劇部のグループLINEに投稿したメッセージだった。

 

「どうしたんだい?」

 如月が画面を覗き込んでくる。その過程で一瞬、俺の鼻に、彼女の頭が触れると、いい匂いがした。

 

「うちの部長からだ。三年全員、遅れるとさ」

「そうなんだ、やっぱりこうやって連絡できると便利だよね」

 

 そう言うと、如月は、やけにソワソワとし始めた。

 

「どうかしたか?」

 

 尋ねると、如月は不意にそっぽを向き、くちびるを尖らせて言った。

 

「その、ボクとも交換してくれないかい?」

 

「交換?」

 交換、交換……ポケモンか? よーし、俺はゴーリキーを出しちゃうぞー。

 

 如月がスマホを取り出す。

 

「う、うん、ボクもLINE、はじめたから」

 

 その言葉に俺は少しばかり驚く。

 

「今まではやってなかったのか?」 

「うん。始めたばっかり。ほら」

 

 そう言って如月が見せた友達リストは確かに空っぽだった。

 

「それじゃあ、今までの友達は……」と尋ねそうになるが、思いとどまる。

 

 転校生、それも一人暮らしだというのなら、何かしら転校の事情があるのだろう。

 

 俺が如月と初めて会話をしてから、まだ二十四時間も経っていない。少なくとも今の段階では、この話題は避けるべきだろう。

 

 それに、俺だってLINEの友達は少ない部類だしな。

 お陰で、LINEだ! きっと友達からの遊びの誘いにちがいない!と思ってLINEを開いたら、一度行ったきり、一回も行ってないカラオケ店の公式ラインだったなんてことが月に一回のペースである。

 いい加減登録解除しないとなぁ。でも面倒なんだよなぁ。

 

 ともあれ、だ。

 

「じゃ、俺が記念すべき一人目ってことになるのか」

「LINE、交換してくれるの?」

 

 如月が目を輝かせて言う。

 

「当たり前だろ。クラスメイトだし、同じ部活だし」

 

 それに、美少女だし……というのは当然本人には言わないが。

 

 そうして互いに登録を終えると、友達リストに、『リッカ⭐︎』という名前が増えていた。

 ユーザーアイコンはゆる〜い猫のキャラクターだ。

 

 

 一方、俺のユーザネームはそのまま『狭間長太郎』。アイコンは当然アニメの推しキャラ───が作中で書いた下手くそなイラストだ。

 

「名前、フルネームなんだ」

「ああ、一発で誰なんだか分かって便利だろ? 苗字だけだと誰かと被るし、下の名前は呼ばれる頻度が少なすぎて誰だか分かりにくいからな」

 

 すると、如月は何か思うところがあったのか、小さく何かを呟いていた。

 

「長太郎くん……!」

「如月、その呼び方……」

「うん、その……長太郎くんって、これから、呼んでもいいかな」

「ああ……いいぞ」

 

 耳まで赤くしてそんな事を言われれば、断れるわけもなかった。

 

 如月は、ぱあっと、表情を明るくした。

 そして、「でさ……」と話を続ける。

 

「ボクのことも、六花って、呼んでくれないかな……?」

「それは……」

 

 ……冷静になって考えれば、世間一般に、名前で呼び合う、と言う行為は、仲睦まじい、それこそ恋人に近しい関係性の男女が行うものだ。それを……。

 

 ……いや違う。俺が気にしているのはもっと面倒な、外面についてのことだ。

 昼休みに、最終的には周りに有無を言わさず六花を連れ出せたのは、俺たちがあくまで部活を通しての関係で、そこに恋愛の匂いがしなかったからだ。

 そもそも、その距離感のアピールとして、あの時わざわざ『如月さん!』なんて呼び方をしたわけだしな。

 

 ……どうしたものか。こうしている間にも、六花の表情は不安げなものになっていく。

 

「……俺たちが名前呼びをする間柄だってしれたら、きっとまた面倒な事になるだろうな」

「そっか、そうだよね。やっぱり、長太郎くんの呼び方も元に……」

 

 如月。いや、六花の言葉を遮るように言う。

 

「だから部活の中だけで、ってのはどうだ?」

「……うん! ありがとう、長太郎くん」

「おう。えっと……り、六花」

 

 呼び慣れるには、当分時間がかかりそうだ。 

 

 ◇

 

 体験入部の呼び込みのため、昨日に引き続き、ホームズの衣装を持って更衣室に向かう。

 扉にかかったプレートが、しっかりと『空き』の面になっていることを確認し、俺はノブに手を伸ばした。

 すると、ノブが一人でに回った。

 

「あ、狭間くん、お疲れ様です!」

 

 そして、更衣室から町娘風の格好をした鈴木が出てくる。

 

「っっっぶねー……」

「ど、どうしたんですか狭間くん⁉︎」

 

 未だ、自分が何をやらかしたのか理解していない鈴木。

 俺は、プレートに指をさしてそれを伝えた。

 

「わ、表示の切り替えを忘れてました……!」

「ったく……、マジで肝が冷えたぜ……未遂で済んだからいいけどよ」

 

 こいつにはもっと、異性に対する危機感を持ってもらいたいもんだ。

 

 内心ぼやきながら、中に入り着替えているよ、外から楽しげな会話が聞こえてきた。

 話している内容まではわからないが、どうやら鈴木と六花の会話のようだ。

 二人は初対面のはず。自己紹介をしているのだろう。

 

 更衣室を出ると、鈴木がこちらに近づいてくる。そして、後に続くように如月……もとい六花も近づいてきた。

 

 なんだろう。「さっきの件、やっぱり一応ノックはするべきだったと思います!」と文句でも言われるのだろうか。

 

 無駄に警戒していると……。

「おかえり、ちょ、長太郎くん。ぼ……ボク、キミが着替えおわるの、待ってたよ……」

 

 …………なぜか鈴木が六花のようなボクっ娘口調で話しかけてきた。

 

「お前、その口調……」

 

 すると、ツッコミの途中で、後からやってきた六花も口を開いた。

 

「狭間くん、どうかしましたか?」

 

 …………六花も六花で、なぜか、鈴木のような敬語口調だった。 こいつら、互いの口調を入れ替えてやがる……。 

 

「えーと、なんでこうなった?_」

 

 すると、鈴木が答える。

 

「ぼ、ぼくが如月さんに『自分のこと、ボクって言うんですね』って言ったんです。そしたら」

 

 鈴木がちらりと、六花に視線を向けた。

 

「ああうん、それでそれはですね、美咲ちゃんが、誰に対しても敬語って聞いたので、ちょこっと珍しい口調同士、しゃべり方を入れ替えてみたんだ。……じゃないや、入れ替えてみたんです」

 

 おい、もう崩れてんじゃねぇか

 

「はい、わた……ぼくも如月さんの口調、気になって……」

「なるほど、事情はわかった……けど、もうやめたらどうだ?」

「そう? ボクはもうちょっと続けても面白いと思うけど」

 

 元の口調に戻った六花が、可笑しそうに笑った。

 

「狭間さん、ど、どうでしたか?」

「どうって……?」

 

 鈴木がおずおずとこちらを見つめる。

 

「如月さんの真似をして、自分のことをボクって言ってた私、似合ってましたか……?」

 

「えーと……」

「どう……でしたか……?」

 

 ボクっ娘口調の是非をそんなシリアスに問われてもこまるんですが……。 

 

「そうだなぁ、鈴木にはボクっ娘は無理だな」

「そんなぁ……」

「そんなに落ち込む事か?」

「……いえ、自分でもわかってましたから。私じゃ如月さんみたいにはなれないなって」

「え? ボクに……?」

 

 きょとん、と六花が不思議そうな顔をした。

 それもそうだ。二人は昨日顔を合わせたばかりで、会話に至っては今日が初めてなのだから。

 

「私昨日、如月さんを見てびっくりしたんです。世の中には、こんなにすごいオーラを持った人がいるんだ、って。地味で、なんの取り柄もない無個性な私とは全然違って」

 

 その、鈴木の話すトーンは想いのほかシリアスで。

 とてもじゃないが、「全国行けるレベルのバイオリン演奏できる奴が、何の取り柄もないわけないだろ」なんて、口を挟めるような雰囲気ではなかった。

 

 

 

「私も、如月さんの真似をすれば少しは変わるのかなーと思ってやってみたんですけど、やっぱり違いました」

 

「そりゃ違うだろ」

 

 ぽろりと、溢れるように、俺はその言葉を口にしていた。

 

「長太郎くん……?」

 

 どうしてそんな事を言うのか、とでもいうよな視線を六花が向けてくる。

 

「いえ、大丈夫です。わかってますから」

「悪い。鈴木の事、責めるつもりは全くないんだ。悪い。ただ……本当は言うつもりもなかったんだけど、やっぱ不思議に思ってな」

 

「不思議、ですか……?」

「ああ。バイオリンで全国行って、そろばんやってピアノやって剣道やって書道やって。勉強もめちゃめちゃ努力して学年一桁だろ? しかもそれで、敬語口調の黒髪ロング美少女って。これで個性的じゃないわけないだろ」

「び、美少女……ですか……?」

 

 やべ、口が滑った。

 ……やっぱり、生身の人間に美少女なんて言葉を使うべきじゃないな。

 

「今のは忘れてくれ」

「はっ、はい……!」

 

「まあ、あれだ。派手か地味か。それだけで優劣がつくんなら、世の中みんな、カラフルな髪色になってなきゃおかしいだろ? だから、鈴木は今のまんまでなんら問題はないと俺は思う。まあ、そういう話だ」

 

「そ、その……すみません、気を使わせてしまって……その、ありがとう……ございます」

「お、おう」

 

 すると、くすくすと六花が笑う。

「そっか、二人は仲良しなんだね」

「そうかぁ?」

「そ、そうでしょうか⁉︎」

「うん。ボク、ちょっと嫉妬しちゃうな」

 

 そう言って、六花は、鈴木の腕を抱きしめた。

「長太郎くん、美咲ちゃんは渡さないからね?」

 

 ……そっちかーい。

 

 六花のそんな立ち振る舞いを見て、俺は密かに如月六花メンヘラ説が浮上させるのであった。

 

 ◇

 

 昨日と同じように、鈴木とともに、昇降口の付近で呼び込みを終える。

 

「如月さん、すっごくいい子でした!」

「そうか。仲良くなれそうでなによりだ」

 

 鈴木の交友関係について、同じクラスになったことはないため、詳しいところは知らないが。件のゆっちゃんだのさなみーだの、中の良い友人はちゃんといるようだが、それでも、友達がやたらと多いタイプではなかったはずだ。

 それが、俺が着替えているものの数分の間にあそこまで打ち解けるとは。

 如月六花と鈴木美咲。口調も雰囲気も真逆のような二人だが、よほど相性がいいのだろう。

 

「もう一年生も降りてこなさそうですし、そろそろ教室に戻りましょうか」 

「だな。その前に自販機寄っていいか?」

 

 俺は昇降口に設置された自販機で、いつも通り、ケミカルな色をしたメロンソーダを買った。

 そして、取り出すことなく、飲み物もう一本分の硬貨を投入した。

「あれ? もう一本買うんですか?」

「まあな」

 

 そういって俺は、今までに一度も押したことのない、ミルクティーのボタンを押した。

 

「ほい」

 

 取り出したそれを、鈴木へ向ける。

 

「ええと……?」

「昨日今日、慣れない役者で頑張ってくれたからな。まあ、お礼の気持ちってやつだ。鈴木、このミルクティー好きじゃなかったか?」

「……はい。で、でも悪いですよ! 私、そんな大したことしていないです!」

「俺が人に物を奢るなんて中々ないぞ? お前はそんな貴重な機会を台無しにするつもりか?」

「え、えと……! そうですよね! で、では、いただきます……」

 

 結局、鈴木はおずおずとミルクティーを受け取った。

 

 考えてもみろ百二十円もあれば、古本屋でひと昔前のラノベが買えるし、アーケードゲームいだってプレイできる。コンビニでコーヒーを買って、読書のお供にするのもオススメだ。

 ……結局飲み物に回帰してんじゃねぇか。

 

「でも狭間くん、私の誕生日の時に、図書カード、プレゼントしてくれましたよね」

「ああ、そうだったな」

「あれも……その、ある種の奢りではないでしょうか……?」

「渡したときにも言ったが、もともと雑誌の懸賞で当たったやつだ。だからあれは奢りじゃない」

 

 いつだか、アニメ雑誌の懸賞で当たった代物だったのだが、なんとなく使うタイミングを逃し続け、かといってプレ値が着く気配もなく持て余していたところに、鈴木の誕生日と聞いて、渡したのだった。

 

「そういや、あれ使ったか? つっても大した金額でもないけど」

「いえ、買ってません」

「ん? そうか」

「はい。机の引き出しにしまってあります。その……勿体なくて……」

「ああ、その気持ち分かる。なんか図書カードって、使うのに抵抗あるんだよな……」

 

「はい、せっかく頂いたのに、すみません……」

(狭間くんの言う勿体ないとは、ちょっと違うかも、ですけど)

 

「悪い、聞き取れなかった」

 

 心なしか、最近こうして聞き返す機会が増えた気がしてならない。

 明らかにイヤホンのつけすぎなんだろうが、通学中に流すアニソンと、就寝時に聞く音声作品は俺のライフラインだからこればっかりは……。

 これはもうあれだな、往年の難聴系主人公として開き直るしかないだろう。

 

 ◇

 

 部室に戻ると、かなり賑やかなことになっていた。

 来てくれた新入生の人数も、ざっと数えて十数人はいるだろう。

 今は各種裏方の説明や、台本読みの体験など、複数のグループに

 別れて各部員が担当していた。

 

 そしてやはりと言うべきか、そこには、先日の伊丹後輩の姿もあった。

 目があったので、手を軽くあげて挨拶しておく。

 

「おかえり、長太郎くん! 実咲ちゃん!」

 

 六花がパタパタとかけてくる。かわいい。 

 

「おう、ただいま」

「ただいまです」

「そうだ、美咲ちゃん。部長さんが音響設備の説明手伝って欲しいって言ってた」

「わかりました、ちょっと手伝ってきます!」

 

 六花が既に、部に馴染み始めていることに少し驚いた。

 

「部長とはもう話したのか?」

「うん、部長さんだけじゃなくて、一応全員と話したと思う。二年生は美咲ちゃんと長太郎くんと、女の子のアイドルが大好きな玉元さんと、BL? が好きな利根さん。三年は、南部長、副部長の佐竹先輩に、脚本家の田口先輩、あと、男子の深山先輩。これで全員だよね」

「ああ。あってる。それにしても、よく覚えてるな……俺、記憶力はそこそこだけど、覚えるのに時間かかるんだよな……」

 

 そこが、フィクションに出てくるような能力と違って、不便なといころだ。

 とはいえ、暗記科目でそこそこ無双できるのは、非常に大きいメリットだが。

 

「六花は裏方の説明とか、台本読みとか参加しなくていいのか?」

 

 現に今も六花は、新入生がそれぞれ、説明や、台本読みの体験をしている中、こうして俺と話していた。

 

「んー、まあね。ボクは役者をやらせてもらうつもりだから裏方の説明はとりあえず聞かなくても大丈夫そうだし、それに、台本読みでも、二年生なのに初心者のボクが混ざってたら、一年生たちにも悪いかなって」

 

 とはいえ、このまま六花一人手持ち無沙汰にしておくというのも忍びない。

 

「さて、どうすっかな……」

 

 他の部員は全員、新入生への対応で、手は空いていないようだった。

 したがって、手が空いているのは俺一人。

 

「六花、台本読みでも体験してみるか? その、俺と二人で……ってことにはなるが」

 

 そう言って俺は、中央最前列の机の上に置かれたダンボールの中を除く。

 中には、過去に部が使用、制作した台本が、封筒に入れる形で納まっていた。

 

 主要の役が四人〜六人ほどの台本が大多数だが、中には、二人で読むのに向いている台本もいくつかあったはずだ。

 

「うん、いいね。演劇部っぽい」

 

 物珍しそうに六花は箱の中を覗き込んだ。

 

「あ、これ……」

 

 そう言って六花が取り出した台本には、『作 狭間長太郎』と書かれていた。

 

「『空から降ってきた、ボクっ娘美少女に惚れられている件』……? これ、長太郎くんが書いたの?」

 

「………………ああ」

 

 俺が新歓向けに一晩で書いてきて、没をもらった台本である。

 まさかこいつも、本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に拾い上げられるとは思っていなかっただろう。

 

 …………気まずい。

 当然、この台本のヒロイン、春乃のモデルは六花ではなく、単に俺の趣味と性癖を全開にして書いたキャラクターなのだが。奇跡的に二人の特徴が重なってしまっていたことで、お姉ちゃんもののエロ漫画を実姉に見られたかのような気まずさを、俺は一方的に感じていた。

 

 そんな俺の内心も知らず…………いや、知らなくて当然ではあるが。

 六花は、パラパラと台本の中を見た。

 

「これ全部長太郎くんが書いたのか、すごいね」

「ま、その台本に関しちゃ、日の目を浴びることなく没にされたんだけどな」

 

 ったく、やれやれだ。

 俺が自重気味にそう言うと、如月は少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そっか、じゃあこの台本、もう上演されることはないんだよね……」

「……まぁな」

「長太郎くん、ボク、これ読みたい」

「いいが……内容的に、完全に恋愛メインだ、その、大丈夫か?」

「うん、好きだから、大丈夫だよ」

 

 一瞬、俺に対して言われたのかと思い、どきりとした。

 

「じゃ、読むか。この台本なら、二人で読むのにも向いてるしな。六花が春乃役、俺が翔太郎役で問題ないな?」

 

 六花が春乃のセリフを読むところを、俺は見てみたいと、素直にそう思った。

 

「ふふ、翔太郎って、長太郎くんに名前そっくりだね」

 

 まあ、うん。つい名前寄せちゃったからな……。

 

「ま、若気の至りってやつだよ」

「ふふ、何それ」

「気にすんな」

「翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ」

「……え?」

「ほら、次は長太郎くんのセリフだよ?」

 

 ───六花が、台本のセリフを読んでいるのだと気づくのに、俺は時間を要した。

 それほどまでに自然な演技だったのだ。

 その事実に気づいた途端、全身に、ぞわりと鳥肌が立った。

 

 確かに、初めて会った時から思っていたが、六花の声は耳に残る。

 いわゆるアニメ声とまではいかないものの。甘さと可愛らしさを多分に含んだ、まるでお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているかのような声をしている。

 

 だが、いかに芝居に向いた声だったとしても、全くはじめての演技だというなら、

 多少なりとも棒読みだったり、力が篭りすぎていたりと、どこか緊張感が伝わってくるはずなのだ。

 

 だが、俺は今彼女のセリフを、聞き流しそうになった。

 彼女の演技からは、そうした違和感が一切感じとれなかったのだ。

 

 六花が、演技において、紛れもない才能の持ち主だと言うことは、明白だった。

 

 

「はは……すげぇな、六花は」 

 

 乾いた笑いが思わず溢れる。

 ほとんど成り行きだったとはいえ、我ながら、とんでもない部員を招き入れたものだ。

 

「そうかな? ふふ、でもありがとう」

 

 俺も、負けじと台本を読み進めていく。

 

『そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが。お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

「もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ」

「……翔太郎くん。ボクはね、ずっと前から……」

 

 あの時、部長ともあろう人が、言うのを躊躇ったセリフ。

 それほど特別な意味をもつセリフ。

 

 告白のセリフというのは、芝居だと分かっていても、中々に気恥ずかしい物だ。

 だが、そんなセリフを、六花はためらいもなく言った。

 

「───キミのことが、大好きなんだ」

 

 彼女のまっすぐな瞳に捉えられ、俺が自分が磔にされているような錯覚を覚えた。

 

 彼女が何を考えているか、何を思っているか。どうしてそんなにも揺らがないのか。

 それはわからなかった。

 

 ふと、俺は、六花に聞きそびれていた事があったことを思い出した。

 

「なあ六花」

「なんだい?」

「一昨日のこと……六花が、ベランダから落ちてきた時のこと、聞いてもいいか?」

「うん、いいよ」

 

「何から話そうかな」と、そう言って、六花は語り出す。

 

「一昨日の、入学式があった日さ、ボク───学校の見学にきてたんだよね。先生が、入学式の後ならゆっくり学校を見て周れるだろうって」

「……それでか、転校生なのに、入学式の学校にいたのは」

 

「うん。それで、図書室のベランダに出たら…………気づいた時には君に抱き止められてた」

「覚えてないのか?」

「───うん。覚えてない」

 

 六花が微笑む。だが、その笑顔は、少し無理をしているようにも見えた。

 

「でもあの時の事、一つだけ覚えてることがるんだ」

「覚えてること?」

 

 六花は語る。

 

「うん。キミを見た時にさ、ズキンって、『頭痛がしたんだ。』」

 

 ゾクリとした。

 そうだ……。俺にもあの時、頭痛が起きていた。

 そして、ようやく頭痛が収まり、顔を上げたところで彼女が落ちてきたのだ。

 

 全くの同じタイミングで二人に起きた頭痛。

 

 ただの偶然、なのだろうか。それとも……。

 

 いや、偶然に決まっている。この現実ににオカルトも、超常現象もあるはずがない。

 あるはずがないのだ。

 

 けれど、可愛らしく小首を傾げる、一昨日空から降ってきた青い瞳を見ていると、やっぱり考えてしまうのだ。ひょっとして、なんて。

 

「長太郎くん? どうしたの?」

「ああいや、なんでもない」

 

 一つ確かに言えることがあるとすれば。

 俺が、彼女の魅力の虜になりつつある、ということだろう。

 ここのところ、心臓の煩い時期が続くな。

 

【】

 

 体験入部初日から約一週間が経ち、今は放課後である。

 常日頃、放課後というのは騒々しいものだが、今日はまた、一段と騒めいていた。

 先ほどの、帰りのホームルームで、一昨日行われたテストが返却されたのだ。 

 

 内容としては、一年生の学習内容を振り返るものとなっていて、定期テストよりは成績への影響は少ないものの、まるっと一年分が出題範囲となっていたため、なかなか厄介なテストだった。

 暗記科目は一夜漬けでどうとでもなるとして、数学と英語に関してはもう、神に祈るばかりである。

 崇める神とか具体的に決めてないけど……。

 あれかなぁ、アクア……はアクシズ教徒も何より本人がアレなので、エリス様とかがいいな。よし、エリス様に祈ろう。

 

「狭間くん……! 見て、ボクのテスト……」

「如月さん、テストどうだった⁉︎」

「あ、ウチも気になるー!」

「ね、如月さんめっちゃ勉強できそうだもんね」 

 

 六花が俺にテストを見せようとしてくれたが、俺は、女子の波に押し流され、また教室から出ざるを得なくなってしまった。

 

 六花の転校初日から、すでに約一週間が経ち、さすがに初日のような質問ラッシュも無くなりつつあったのも束の間。

 

 六花は俺の、クラスの人ともある程度関わりを持った方がいい、というアドバイスに沿って、クラスメイトとも交流を持つようになり、すっかりクラスの人気者となったことで、その周りには、常に誰かが取り囲んでいるような状態になっていた。

 

 この事に対して六花は「長太郎くんと一緒にいられる時間が減っちゃった……」と嘆いていたが、俺は、今の状況は、長い目で見れば六花にとって悪いものではないと思っていた。

 

 他の人間とハナから全く関わらないのと、一度関わった上で誰と付き合っていくか決めていくことは、大きく違う。

 食わず嫌いではなく、食ってから嫌え、ということだ。

 

 その理屈で言えば、俺の周りは偏食な人間だらけな気もするが。

 これもまたアイカツ、ということでここは一つ。

 

『如月さん、俺先に部活行ってるから』

 

 俺は、例の演技で六花に告げると、部室へと向かった。

 俺と六花の関係が、どのように周囲から認知されているかといえば、当初の目論見通り、「単なる部員同士」として認識されているようだ。

 もっとも、六花本人はそれに対してもやはり不満そうにしていたが。

  

 部室に行くと、部員たちが、やはり件のテストの結果を見せ合っていた。

 

「狭間くん、テストの結果、どうでしたか?」

 

 そしてここにもテスト結果を気にせし者が一人。鈴木である。

 

「あー、まぁ、ぼちぼちだな」

 

 そういって俺は暗記科目だけやたら点数が高く、数学と英語が極端に低い答案を机の上に出した。

 

「さすが狭間くんですね!」

「つっても、いつも通りだけどな。鈴木は?」

「私も、なんとかいつも通りですかね」

 

 そういって出された結果は学年八位。

 一位や二位でこそないものの、いつも通りの高い順位だ。

 

「今回、範囲広いし大変だったろ」

「そんなことないですよ。確かに範囲で言えば広かったですけど、でもほとんど去年の復習でしたから、それこそ、昨年一年分をざっと振り返っただけです」

 

 ざっと振り返っただけ、と本人は言うが、それでもそれぞれの科目で一年分、一通りの問題は解いているんだろう。 

 相変わらず、努力に対する基準がすっ飛んでいる。

 

 

「もっはろ〜……長太郎くん、美咲ちゃん」

「もっはろーです、如月さん」  

    

 ようやくクラスメイトの拘束から解放されたのか、少しくたびれた様子の六花がやってきた。

 心なしか、そのもっはろ〜にも普段より覇気がない。 

 

「病み上がりに大変だったな」

「はは。まあ話しかけてくれるのはすっごくありがたいことだからね」 

「如月さん、もう体調の方は大丈夫なんですか?」 

 

 鈴木が心配そうに六花に尋ねる。

 

「うん。一日休んだらもうばっちりだよ」 

「そうですか、よかったです……」

 

 鈴木がほっと胸を撫で下ろす。

 そう。振り返りテストがあった翌日、つまり昨日、六花は学校を休んでいた。どうやら発熱があったらしい。

 

 本人曰く、「テストで頭使ったからかな」なんて言っていたが、まさか高校二年生にもなって、本当に知恵熱が出たなんてことはあるまい。

 きっと転校に一人暮らしと、環境が大きく変わった事で体調を崩したのだろう。

 

「それで、六花はどうだったんだ、テストの結果」

「そうだ。そのことなんだけど、ちょっと見て欲しいんだ」

 

 その「ちょっと見て欲しいんだ」という言い方に、俺は少し引っかかった。

 点が高くとも、低くとも、こんな言い方にはなるまい。

 

 だとすれば、考えられるのは、何かしらのイレギュラーがあったということだ。採点に間違いがあった、とかだろうか。

 

 だが、そんな俺の予想は全くもって外れていた。

 

「自分でも驚いちゃったんだけど」と言って、六花は答案を机の上に並べていく。

 国語、数学、英語、理科、社会。

 全ての答案の点数の欄には、すべて同じ数字が書かれていた。

 1と、0と0。

 つまるところ、オール百点満だった。

     

「……は?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる。

 

「全部百点……ですか⁉︎ す、すごすぎます……。如月さん、すっごく勉強がお得意なんですね……!」 

 

 当然、鈴木も驚き、そして、他ならぬ如月自身も驚いていた。

 

「う、うん……正直自分でもびっくりなんだけど……、何て言うのかな。問題を見たら答えが頭に浮かんできたって感じで。それを続けてたら満点になってたんだよね」

 

 六花のその声色からは、点数を自慢すると言うよりかは、本当に驚いているようだった。

 

「それすごいですね! 天才って感じです!」

「そ、そうかな? うん、でも満点なんだから、謙遜とかは他の人に失礼だよね」

 

 答えが頭に浮かんできたって、どんな天才キャラだ。

 だが、天才数学者なんかは、数式を見た瞬間にその答えがわかる、なんて話も聞く。

 きっと、常人には考えられない速度で頭が回転しているのだろう。

 

 仮に、六花の言う、問題を見たら頭に浮かんできた、が、同じような理屈で成立していたのだとしたら、頭を使いすぎたあまり、発熱してしまったというのもありあえる話なのかもしれない。

 

「だな。学年一位、誇っていいと思うぞ」

「ふふ、ありがと」

 

 それにしても如月六花。すでにキャラ属性てんこ盛りなのに、そこに天才キャラまで追加するつもりか?

 

 如月の点数にひとしきり驚いたところで、南部長がこちらにやってきた。

 

「そろそろ部活始めるぞー……。テスト結果でやけに盛り上がってたみたいだが、何かあったのか?」

「はいこれ如月のテスト」

 

 俺は如月の答案を部長の目の前に見せつけた。

 

「ひゃっ!」

 

 「百点⁉︎」と言おうとしたのだろうが、驚きすぎて半端な声が上がった。

 いきなり背中に氷入れられた時の悲鳴みたいだった。

 

 

 その後部長は、何事もなかったかのように、いつも通り部活を始めだした。流石だ。 

 

 体験入部の期間も終わって、今年の部員が確定したので、改めて簡単に自己紹介をする、とのことだ。

 今年の新入部員は一年生四人に二年生から六花が一人の系六人。

 例年と比較しても平均的な、まずまずな結果となった。

 

 三年、二年と自己紹介が終わると、今回の主役である一年生がステージの上に横並びになる。

 

 俺からみて左端には、一年生唯一の男子、伊丹後輩こと、伊丹蒼が立っていた。

 どうやら、自己紹介は彼からになるらしい。

 

 伊丹は、落ちつかないらしく、先ほどからそわそわと、男子にしては長い横髪を耳にかけた。

 その仕草はやけに色っぽく。

 え? 実は女子なんじゃないの? じゃあ今年の新入部員男子なし?

 なんてことをつい考えてしまう。

 しかし、はっきりと筋の浮き出た首元と、張り出た喉仏が、伊丹が男子であると主張していた。

 

 ま、そもそも、既に何度か男子トイレで鉢合わせてるので、疑いようもないのだが。

 

 そうこう言う間に、伊丹が自己紹介を始める。

 その目には、緊張の中に、強い意志のようなものを感じた。

 

「一年、伊丹葵です。 演劇部に入部したのは……その、オレ、小柄だし、声も高いし、こんな見た目だから、女っぽいとか、女々しいとか言われるんです」

 

 なるほど。伊丹にとって、それはコンプレックスのようだった。

 ほとんどの男子にとっては、例え「かわいい」と褒められたところで、素直に受け入れられるものではないだろう。

 その投げ掛けられる言葉に、攻撃の意図が含まれているなら尚更だ。

 伊丹は力強く話し続ける。

 

「でも、前に親に連れて行ってもらった見た劇をみて。もしかしたら、舞台の上でなら、なりたい自分になれるかもしれないと思ったんです。だから、俺の入部理由は、理想の自分になりたいからです」

 

 

「そのためなら、台本も、自分で書くつもりです! これから、よろしくお願いします!」

 

 その熱弁に、気づけば俺は、誰よりも先に拍手をしていた。

 自分勝手、大いに結構じゃないか。

 その生まれ持った運命に抗おうとする姿勢に、俺は好感を抱いていた。

 

 動機は、理想の自分になりたいから、か。事情は違えど、現実に嫌気が差して、演劇で理想の世界を創ろうとした誰かさんと重なった。

 伊丹が、なんだか他人とは思えなかった。

 

 色っぽいだとか、実は女の子なんじゃないの? とな、内心で舞い上がっていた己を反省する。

 あとで、台本の書き方なんかも教えてやることにしよう。次に俺が書く台本では、男らしい役を出してみてもいいかもしれない。

 

 他の一年生たちは、二.五次元オタクだったり、筋金入りの腐女子だったり、新歓を見て憧れた、であったり、変わった高校生活を送りたい、であったりと、まあ、例年通りと言った感じだ。

 

 こうして、久城高校演劇部は、改めて三学年合わせて十三人のそれなりの大所帯に戻ったのだった。

 

 ◇

   

 自己紹介が終わると、いつも通りの基礎練習が始まった。

 その内容は、発声、滑舌練習をはじめとして、軽い筋トレ、体幹、柔軟、即興劇によるアドリブの練習だったりと多岐に渡る。

 

 そして、この中で俺が、あえて苦手な練習メニューを挙げるとすれば、体幹だった。

 筋肉を動かし続ける筋トレと違い、体感はその逆。動かないことで筋力を鍛えるトレーニングであ?。

 当然、筋トレよりも忍耐力が求められ、慣れないうちはそれこそ声をあげてしまいそうになるくらいにはきついわけで……。 

 現在は、うつ伏せの状態で肘から下だけで体を支える、いわゆるプランクの最中なのだが、六花に視線を向けると、そこには健全で不健全な光景が映っていた。

 

 耐えるような表情に赤らんだ顔、滲んだ汗、そして。

 

「はっ…はっ……あっ…ふっ、くっ…んっ…はやくぅ…んあっ…」

 

 息を漏らすようにして出される喘ぎ声……にしか聞こえぬ苦悶の声。

 これなのだ、俺が何よりこのトレーニングを恐る理由は。 

 そのトレーニングの特徴ゆえに、慣れないうちは、自然とセンシティブな声がもれてしまうのだ。

 

 そして、俺が女子部員のそんな声に対して、不純な印象を抱いていることがバレれば最後。俺は磔にされ、火炙りにされるだろう。

 解決法は一つ。黙って耐えることだ。

 これが、俺が体幹を苦手とする理由である。

 

 そして、俺が二番目に恐れている練習メニュー。それが柔軟である。

 女子たちはいつものように二人人組をつくって開いたところに尻餅をつくようにして座る中、我々男子三人は隅のほうに追いやられていた。

 

 

「うし、やるぞ」

 

 

 女子の向いてる方向によってはごく稀に下着が露わになっていることもあったりなかったりだ。

 

 慣れておらず、その辺りの警戒心も薄い鈴木がペアということもあり、

 六花のスカートが捲り上がり、視線は自然と太ももと太ももの間に吸い寄せられてしまう。

 まずい、

 そして見えた。ピンクと白のボーダーが。

 

 

「縞パン……だと……」

 

 驚きのあまり、手元で背中を丸めている伊丹の背中を思いきり押してまった。

 

「いたたたたたたたた! 何するんですかもう〜」

「マジですまん。ちょっと縞パンがな……」

 

 しまった。つい口に出してしまった。

 

「しま…島がなんです?」

「なんでもない。忘れろ忘れろ」

 

 そういいながら、伊丹の背中をぐいぐいと押す。

 

「ちょ、ちょっと先輩⁉︎」

 

 女性陣の方からも時折悲鳴が聞こえてくる。

 そんな賑やかな様子を見ていると、他の新入部員たちも、上手くやっていけそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 08 スポーツテスト 

 

 翌日の二時限目、俺は憂鬱な気分で、グラウンドに突っ立っていた。

 今日は年に一度、この時期になると必ず訪れる忌まわしき行事、スポーツテストである。

 現在俺と朝直は、ソフトボール投げの順番待ち中だった。

 

「で? 以降どうだ、如月とは? クラスじゃあくまで部員同士って体だが、それにしちゃ、随分仲が良さそうだよな」 

 暇になったのか、浅倉が話しかけてくる。

 

「まあ、仲はいんだろうな」 

「んだそれ、他人事みてぇに」

 

 実のところ、俺は時折、如月との距離感がわからなくなる。

 未だかつて、ここまで近い距離感で接してくる女子はいなかった。

 それに、いくら運命的な出会いをしたところで、どうせ結局勝手に理想を抱いて、勝手にドン引きして、失望していくのだろうと思っていたからだ。

 けれど、如月は未だ、そんな素振りを見せない。だからこそ、時々わからなくなる。距離も、そして如月の考えていることも。

 

「なあ朝倉、お前から見て如月ってどう見える?」

 

 気づけば俺は、朝倉に問いかけていた。

 俺は出会いからして如月に近いところにいすぎている。

 だから、蚊帳の外からの意見が欲しいと思った。

 

「そうだなぁ」

 

 朝倉が、顎をしゃくって考える。

「マジモンの白髪碧眼で、その存在自体がフィクションみてぇな癖に王子様を夢見てて、それに演劇部なんて変わった部活にもすぐに溶け込めるポテンシャル。総評として、変人、だな」

 

「おい、もっとマシなこと言えないのか」

「メルヘン中二病の癖に痛々しいどころか、むしろミステリアスさが増してプラスに働く奴が変人じゃないとでも?」

「否定できない……」

「往々にして、親は子供の名付けに願いを込めるが。それで言うな、如月六花に込められた願いは『アニメのキャラクターのようにすくすく育ちますように』、だろうな」

 

 

(マジモンの白髪美少女、色白で、めちゃめちゃ髪色似合ってる。だが、クラスメイトには多少無理してるところが、あるありゃこっち側の人間だな、多分。ところで、狭間の向けて行った「王子様?」ってセリフ。やっぱり夢みがちな電波であることには変わらない。百点。相当な変わり者にはなんかあるんだろうな。)

 ●フィクションの存在っぽいんだよな

 

 

「そうだ、お前に話そうとしてたことがあったんだ」

「あ? ……如月のことか?」

 

 

「そりゃそうだろ。……この前如月に、ベランダから落ちた時の話を聞いたんだよ。そしたら、あいつも、あの時頭痛がした、って言ってた」

 

「あの時って、お前まさか」

 

 あの時は、頭痛が起きたことは些細な事として受け止めていたため、朝倉には話していない。

 だが、それでも何かを察したらしい。

 

「ああ、俺も、全く同じタイミングで頭痛を感じてた」

 

 

「……如月が、お前に話合わせたんだろ」

「……頭痛のことは、如月には一言も言ってない。お前もに言わなかったように」

 

「じゃ、単なる偶然だな」

 

 ちょうど、朝倉の番が来た。

 

「あくまで偶然。それしか、ねぇだろっ!」

 朝倉はボールをカゴから取り出すと、鬱憤を晴らすようにボールをぶん投げた。

 そのボールは、今まで投げた誰よりも、遠くまで飛んでいき、その勢いを重力に潰されるかのようにして、ぽてんと落ちた。

 

「随分飛んだな」

「お前の番だぞ」

 

 俺は、ボールを持つと、売り言葉に買い言葉で、力任せに投球した。

 

「奇跡も……魔法もあるんだよっっ!」

 

 ボールは、今まで投げた誰よりも高く飛び、遠くまで……飛ぶことなく目の前に落ちてきた。

 完全にコントロールを誤った。あれだけ高く飛んだなら、そりゃ飛距離も伸びんわな……。

 

「お前の負けだ」

「くそ……」

 

 十点満点中、二点という、非常にしょっぱい点数を、スポーツテストの評価シートに記録していると、室内での種目を終えた女子の集団が、異様なほどに盛り上がった女子の集団がグラウンドに出てきた。

 

 話している内容はここからでは聞き取れないが、集団の中心に、白色の頭が見えた。

 話題の原因は六花なのだろう。

 

 すると、集団がこちらにやってくる。どうやら、真っ先に六花がソフトボール投げを行うらしい。

 

 本来なら、俺たちもさっさと室内へ行かなければならないが、折角なのでお手並み拝見といこう。

 ……盛り上がりの原因も気になるしな。

 

「俺は如月が投げるとこ見てから行くけど……っていねぇし」

 

 スポーツテストは一応、ペアで進めることになっているので、俺がいないとどうしようもないはずだが。

 まあ、あいつなら適当ななんとかするだろう。

 

 このままここにいては、女子の群れに埋もれてしまうのので、離れたところへ移動するため、腰を上げた。

 

 女子陣とのすれ違いざま、六花と目が合う。

 いつも通りの表情のはずだったが、ふと、何か、違和感を覚えた。

 

 グラウンドの端にあるベンチに座ると、

 ちょうど、六花が投球するところだった。

 

「よし……いくよ……?」

 

 投げられたボールは見事な放物線を描き、

 朝倉よりも遥か遠くへ飛び

 白線で書かれた最も大きい数字である、50mのラインを大きく越え、白線の手前に落下した。即ち、測定不能。おそらく、60メートル近いだろう。

 俺は、以前テレビのスポーツバラエティ番組で、髭を蓄えた筋骨隆々のハンマー投げ金メダリストが、高校の時は65メートルくらいでしたといい、他の選手達から驚愕されていた光景を思い出していた。

 そのたった5メートル手前ということだ。

 

「はあ……⁉︎」 

 

 俺は、女子の群れから歓声が沸き起こる中、一人目を向いて驚いていた。

 

 そして、女子達の妙な盛り上がりの原因も推測できた。立花はおそらく、他の競技でも同じように、出鱈目なほどに突出した記録を出してきたのではないか。

 

 俺は、自分のテストそっちのけで、六花が次のテスト、五十メートル走に参加するのを待った。

 

 体育係の、「位置について、よーい」の声に合わせ、如月が重心を落とす。

 如月が一瞬、眉を顰めたような、そんな気がした。

 

 数泊置いて、スタートを意味するフラッグが上がると、立花は弾丸のような速度で飛び出した。

 

 圧倒的に早い。同じタイミングで走り出した陸上部の女子を明らかに引き離している。

 

 そして、六花はその速度を維持したままコースの中程を過ぎ、違和感は杞憂だったのかと思った、その時だった。

 

「あっ」

 

 女子の中の誰かが、声を漏らした。 六花が、前のめりに倒れ出した。

 

 ヤバい……!

 

 

 そう思った瞬間、ズキン、と頭に痛みが生じた。

 

 あの時と同じ頭痛だ。噂をすれば、と言う奴なのだろうか。

 それに、状況も似ている。

(出会いのときは長太郎の願望を叶えるため、六花にも頭痛が沖田が、こんかいは六花の肉体の反動が発端のため、六花に頭痛は発生しなかった)

 

 目を開いた時、世界の流れが遅くなった。

 驚く女子達の表情を、一人一人見ていけるんじゃないかと思えるほどにの遅さだった。

 

 そして、何かに堪えるような、立花のくしゃくしゃになった顔を見ると、俺はやはり、駆け出していた。

 

「六花っっ……!」

 

 ゆっくりとした世界の中、俺は地面を蹴り、六花の元へと掛ける。

 

 だが、ゆっくりだからこそ、一歩。あと一歩分、俺の腕は六花には届かないことを悟ってしまった。

 

 くそっ……! 駄目か……!

 

 俺は、なりふり構わず、頭から飛び込んだ。

 俺はなすすべもなく、小石で満たされた地面に顔面から滑り込む。

 グラウンドにヘッドスライディングとか……マジでクソだ、現実。

 

 どうなった?

 うつ伏せになった背中に、強い衝撃が走った、

 

「「ぐえっ」」

 

 

 い、痛ぇ……それに、なんだかやけに体が重い。

 どうやら、間に合ったらしい。

 

 

 そう思った矢先だった。

 

「う……うう……」

 

 背中のあたりから、聞き違えようがない、六花のうめき声が聞こえてくる。

 

「六花!」

 

 格好つかない形とはいえ、六花の転倒という最悪の事態を免れた安堵感と、六花の状態を確認しなければという焦燥に駆られ、体をガバっと起き上がらせる。

 

 

 

 

 

 

 

「いたたたた!いったーーー! 」

 

 半泣きで、今までに見たことのない余裕のない言動をする六花に驚き、駆け寄る。

 

「お、おい、大丈夫か⁉︎」

「ぜ、全身が激痛……動けない。ボクもうだめかも……! ちゃんと手足ついてる……⁉︎」

 

 痛そうではあるが…そのコミカルな様子に気が抜けた。

 

「ああ、手足はついてる。でも、まずは保健室だ」

「うん……」

 俺は、六花の腕を取ると、肩に手をかけさせる。

 

「いたたたた……!」

 

 そして、悲鳴をあげる六花。

 ……やりずらいことこの上ないな。

 

 ワタワタと慌てる野次馬の中から、鈴木が出てくる。

 

「狭間くん! 私も手伝います」

 

「いや、俺とお前じゃ体格差がありすぎる。二人で運ぼうとするのは、かえって危険だ」

 

 鈴木は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げた。

「では、如月さん搬入のための、保健室の裏口の開放と、養護教諭の中島先生への事情の説明、それだけでもさせてください!」

 

 鈴木は真っ直ぐに俺をみて言う。今度こそ、その申し出を断る理由はどこにもなかった。

 

「ああ、頼んだ。あと、他のやつらに、授業に戻るよういってくれるか?」

「はい!」

 

 鈴木は、普段のおどおどとした挙動が嘘のように、堂々とした姿で、他の生徒へと事情を速やかに伝えると、保健室へと駆けていった。

 

 一度、周囲を見渡して人目がないのを確認する。

 

 

「六花、ちょっと失礼するぞ」

「長太郎くん?」

 

 俺は、軽くしゃがむと、六花を横から抱き上げ、いわゆるお姫様だっこの形を作った。

「わわっ! お、重いから、早く、早く降ろして……!」

 

 あの時は逃げられてしまったが、今度は絶対に落とさないし逃がさない。

 そんな覚悟で、俺は足を踏み出した。

 

「バッカお前、こういう時くらい、格好つけさせてくれ」

 

 目を丸くする六花。

 

「……ありがとう長太郎くん。」

 服が、ぎゅっと握られた。

 小さく六花がつぶやいた。

 

「おうよ」

 

 

 途中で合流した鈴木にも授業に戻るように伝える、なんとか六花を保健室へと運び込むことができた。

 

「……また筋肉痛かぁ」

 

 思わず独り言を呟いてしまうと、聞こえてしまっていたのか一言、

 

「……バカはどっちさ」

 

 そう、ぼそりと言われた。

 ◆

 

「あーこれは結構酷いことになってるかもね」

 

 

 養護教諭の中村が、ベッドに寝そべった六花の足首を触りながら淡々と言う。

「いたい……」

 やはりと言うべきか、どうやら痛すぎて足が動けないらしい。

 

「大丈夫なんですか、如月は」

「簡単に言えば、肩を痛めてるのと、両足が重度の筋肉痛ってところだね」

 過ぎて手足が動かせないらしく、ベッドに寝かされるがままになっていた。

 

 六花の話を聞けば、あの場で見たハンドボール投げと、50m走意外にも、反復横跳び、立ち幅跳びで、出鱈目な記録を出していたらしい。

 

 ちなみに、俺も一応怪我人扱いである。

 ヘッドスライディングの際、思い切り鼻を打ったらしく、六花を保健室に運び終え、安堵したのも束の間、鼻から一筋の赤い滝が流れてきたと言うわけだ。

 とどのつまり、鼻血である。

 鼻血ってお前、全然かっこよくねぇな。

 

「如月さん、あなた普段運動は?」

「あんまりしてないと思います……いてて!」

 

「それでそんなすごい記録だしたら、体も痛めるわけよ。でも、脱臼とか、肉離れとかはなさそうでよかったわ」

 

 その言葉を聞いて、俺もようやく、胸を撫で下ろすことができた。

 

「それにしても、如月さん。今までにもこういうことなかった?」

「……ないと思います」

 六花は一瞬思考を巡らせたあと、それを否定した。

 

「なるほどねぇ……」

 

「これってもしかしてあれですか? 火事場の馬鹿力的な」 

 

 人間は普段、脳がリミッターをかけることで、無意識に力をセーブしているが、自分の身に危険が迫った時などの緊急時、稀にそのリミッターが解除される時があるという。そしてその際、もれなくナントカという脳内物質が分泌されることにより、一時的にだが傷みを感じなくなるそうだ。

 

 

 

 そして、その説明は、そっくりそのまま、ここまでの六花の行動に当てはまっていた。

 

「ええ、話を聞く限り、そうかも。たまに運動部の子が、部活の試合とかで、今の如月さんみたいな状態なるのは見たことあるの」

 

「如月の筋肉痛、どのくらいで治りますかね?」

「まあ若いし、安静にして、ちゃんとアイシング続けてたら、一週間あれば余裕で完治するかな」

 

 そして、あっけらかんと六花に向けて言う。

 

「3日間くらいは、痛くて動けないかもしれないけど」

 

 悪魔か。

 

「3日も……ボク死んじゃうかも……」

 

「若いんだから大丈夫よ」

 とぼやきながら、中島が冷凍庫から氷嚢を取り出した。

 

「はい、アイシングするよ〜」

 

 冷え切ったそれを躊躇いなく六花の首筋に当てられる。

「ひゃっ!」

「これやるとやらないとじゃ、かなーり変わるから、今は我慢ね」

「はい……」

 

 しばらくそんな六花を眺めていると、裏口ががらりと開き、女子生徒二人組がやってきた。一人は、もう一人の方を組んだ状態で片足立ちしているところを見ると、捻挫かなにかしたのだろう。

 

「私、あの子達のこと見てくるから。じゃああとはお願いね」

 

 そう言って、中島は俺に氷嚢を渡すと、ベッドカーテンを閉めて、さっさと行ってしまった。

 

 ……やることは分かってる。要は、痛めた部分を冷やし続ければいいわけだ。

 

 ベッドに横たわる六花に再び目を向ける。

 体操服のグリーンのハーフパンツから伸びる、程よく肉付いた、色白で健康的な太ももに目が吸い寄せられた。

 

 それに、力を抜いているが故なのか、足は内股になり、両手はだらんと頭のあたりに上がり、それはもう、完全に、「抱き枕カバー」のポーズだった。

 

 いかんいかん。今からやることは医療行為だ。

 

「それじゃあ、はじめるぞ」

「うん……きて……」

 

 六花は潤んだ瞳をこちらに向け、囁くように言う。その表情はなんだか、やけに艶かしく感じた。

 

 ……あれ? 今からするのってアイシングだよな。ベッドで愛を育む方の愛寝具じゃないよな。

 いや、なんだよ愛寝具って。

 

 バカなこといってる場合じゃない。よーし、患部を見敵必殺(サーチアンドデストロイ)しちゃうぞー。ってバカ、そりゃヘルシングだ。

 

 六花の足に、氷嚢をあてがうと、足首からゆっくり確実に冷やしていく。

 ふくらはぎ、次にふともも。

 

「……じゃ、つぎは反対の足だな」

 

 そう言うと、六花が恥ずかしそうに言った。

「その……足の、付け根も痛めちゃったみたいで……そっちもやってくれないかな」

 

 足の……付け根?

 となると、ズボンの上から冷やす他ないかと考えていると、

「脱がせば、いいんじゃないかな」

 

 そんなことを言われてしまう、

 

 確かにその方が効果的だが、いやしかし女子の衣服を脱がしたことは一度もないぞ。上手く脱がせられるのか、いやまて、そう言う問題じゅあないだろう。だが、これは医療行為で、最も効果的な方法をとるべきなのではないか。

 

 そして俺は六花のズボンへと手を掛け───

 

 ◆

 

 ───ることはせず、普通にズボンの上から冷やした。

 

 氷が溶けてぬるくなった氷嚢を、手慰みにもみしだく。

 ひとしきりアイシングが済ませた俺は、六花が横になっているベッドの端に腰掛け、用事だとかで出ていってしまった中村を待っていた。

 

 あれだけのことがあって流石の六花も疲れたのか、さっきから無言で天井を見つめたり、目を閉じたりを繰り返している。 

 また、俺も怪我人に無理して喋らせる趣味もないので、

 しんと静まり返った部屋の中、壁掛け時計の秒針だけが響いていた。

 

「長太郎くん」

 

 六花の一声が沈黙を破った。

 

「どうした?」

「ボクのこと、助けてくれて、ありがとう」

 

 そのかしこまった言葉に、少しだけ驚いた。

「気にすんな。まああれだ、体が勝手に動いた、的なやつだよ」

 

 六花は、ようやく調子を取り戻してきたのか、ふふ、と可愛らしく笑った。

「やっぱり間違いない。キミはボクの王子様だ」

 

 王子様。俺にはまったく縁のない言葉だ。

 はじめて会った時、彼女が空から降ってきたあの時も、『やっと会えた。ボクの王子様』そんな言葉を言っていた。

 

「お、でたな。まあでも最近は俺も、あるんじゃ無いかって思えるようになってきた」

 

「そっか。嬉しいな」

 

 

「───ボクを……救ってくれる?」

「俺なんかにできる事なら、なんだってしてやるよ」

 

 六花の視線は、天井に向いているようで、どこか遠くを見ているように見えた。

 

 聞き返すなり、六花はいつもの明るい表情に戻る。いや、戻したというべきだろうか。

 

「ううん!なんでもない……いたたた!!」

「ちょっ! おい大丈夫か!」

 

 

 結局その後、すぐに中島が帰ってきたことで、それ以上のことは聞けずじまいのまま、俺は六花を保健室に残し、教室へと戻ることになった。

 

 

「救ってくれる……ね」

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 

 ・前も言ってたけど、王子様ってなんなんだ? →「ボクを、ボクをみつけてくれるの」

 

 

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →さすがにちゃうやろ

 

 ・名前呼びに変更しました

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、スポーツテストで全身を痛めた如月は、翌日学校を休んだ。さらにその翌日の土曜日にも、痛くて動けなーい、との泣き顔の顔文字付きのメッセージがLINEに届いた。

 

 

 ……テストの時と同じパターンじゃねぇか。

 

 文武両道とはいえ、体はあまり強く無いようだ。

 

 そして、日曜日を挟んだ次の月曜日。

 帰りのホームルームが終わり、そそくさと教室を出た俺は、いつも通り視聴覚室へと向かっていた。

 

 ◆

 

「今日は基礎練習の前に、春大会の話するから、一旦前の方の席に集まってくれ」

 

 部活が開始時間になると、南部長が全体に向けて告げた。

 演劇部に年に二度の大会。ついにその準備を始める時期がやってきた。

 

 俺は、自分を鼓舞するようにふっと、強く息を吐くと、最前列に座った。

 そして、俺に続くように、六花は、俺の右の隣に腰を降ろした。

 

 全員が前方に集まると、部長が説明を始めた。

 

「体験入部の時にも説明があったかと思うが、春大会は、地区の高校の演劇部が集まってそれぞれ一時間の劇を行う発表会だ」

 

 

 毎年参加する高校は約五から八校。なぜこんなにもバラつくのかと言えば、基本的には、満足に劇が作れるだけの部員が集まらず出場できなかったり、台本やスケジュールの都合で、劇が完成しなかったりのどちらかが理由だ。

 まあ、隣駅の高校が去年出場しなかった理由は、唯一の男子が部内で二股をしていたことがが発覚して、部活が崩壊したからのようだが。

 

「秋にある大会と違って、選ばれたら県大会へ進出……みたいなのはない。だからまあ、新入部員の顔見せと、自由な劇を試せる場だと思ってくれればいい」

 

 部長はここまで話すと

「さて、ここからが本題だ」

 と話を切りだした。

 

「春大会には当然、一時間の台本が必要になるわけだが、現状、台本書きたいと思ってるやつはいるか?」

 

 一時間の台本。それは文字数にして、約二万文字。小説と違い、地の文はほとんどなく、そのほぼ全てがセリフ。

 そしてその上、うちの部活の人数で、男女比率で、技術で、限られた練習時間で、完成させられるか。そんな現実的なリソースまで考えなければならない果てしない作業。

 

 

 

 完遂するには、相応の覚悟が必要な、そんな作業。

 だが俺は、部長の問いかけに被せるように手を上げる。

 周りを見ると、他に手を挙げている部員はいなかった。

 

 六花は

「へぇ……」

 と呟いてはいるものの、あくまで、話を聞いているだけという様子で、台本を書くことに対して興味があるようではなさそうだった。

 

 一方、新歓の台本を担当した田口先輩は、眉間に皺を寄せて、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「現状は狭間だけか。田口はどうだ?」

「私は……受験勉強の方に力入れようと思ってる。正直書きたいけど、こればっかりはしょうがないかな」

 

 部長が問いかけると、田口先輩はいつものように、口元を緩ませながら柔らかい声色で答えた。

 

 うちの部は、三年生は引退の時期を、六月半ばの春大会までか、夏休み開けの文化祭までかでかのどちらかを選ぶことができる。

 田口先輩は前者。春大会に関しても、参加するとはいえ、台本の執筆に充てる時間を受験勉強に充てたいと考えるのは自然な事だろう。

 

「そうか。一年はまだ台本についてわからないこともほとんどだろうから、この後、台本の書き方について多少詳しく説明する。その後一晩考えて、台本書いてみたいやつは、明日また改めて教えてくれ。それと、1台本について聞きたいことがあれば、狭間に聞くといい」

 

 そういって、南部長は話を終わらせた。

 

 伊丹が、何か考え込んでいる様子だった。

 

 

「伊丹はどうする?」

「狭間先輩……。その、台本のことなんですけど……」

 聞くと、伊丹はためらいがちに切り出す。

 

「俺、台本書けますかね……」

 

「なんか、書きたい話でもあるのか?」

「はい。」

 

 即答。 伊丹後輩がきっぱりと言う。

 

「実は……」

「ああ、内容はまだ言わなくていい」

 

「これは……俺の話なんだが」

 

 

 

 ●伊丹が台本をかけるのかどうか、それを判断するには、まだ俺は伊丹のことを知らなすぎる。だからまずは伊丹の熱意がどれほどのものかどうか、その一旦を垣間見

 るための質問をした。

 

 ● 伊丹は、俺が言い終える前に、きっぱりと言い切った。

 それが、さっき、部長の問いかけに対してノータイムで手を挙げた、俺自身と被って見えた。

 

「俺は、二次元の妄想を三次元で舞台化させるために、入部したんだ」

 

 俺の、唐突な自分語りが予想外だったのだろう。伊丹はきょとんとした表情をしている。

 

「ま、要するにだ、どんなに不純な動機でも、入りたての状態で断言できるほど書きたいもんがありゃ書けると、俺は思う」

 

 もちろん、確証はない。あくまで、それだけのモチベーションがあれば、書き切れる可能性が高い、という話だ。

 だが俺は、伊丹が入部理由に掲げるほど書きたい話とは、どんなものなのか。伊丹葵という人間の描く、理想の自分とはどんなものなのか。

 それが気になったのだ。

 

「添削ならいくらでもやってやるし、ウチの部員を活かせる書き方だって、明らかに締め切りに間に合わなさそうな時に、騙し騙しなんとか完成させる方法だって教えてやるよ」

「ありがとうございます……! 最後のは、ちょっとアレでしたけど」

「粗があってもまずは完成させてなんぼ。よく聞く話だろ?」

 

 だから、後押しをするのだ。先輩風を吹かすとも言う。

 伊丹が、目をきらきらとさせている。

 

「俺、今回は書きません」

「今回は、春大会の台本作りで、狭間先輩から、色々学ばせて頂こうと思います!」

 

 これは、責任重大だなぁ……。

 

「えっと、春大会のあとの劇って,いつになるんでしたっけ?」

「ああ、八月の文化祭だな」

「じゃあ、その文化祭で自分でも書いてみようと思います」

 

「いいと思うぜ。俺も初めて書いたのは文化祭だったしな。三十分の台本で、大会の半分の時間だから、処女作のお披露目にはうってつけだと思うぞ」

 

「しょっ……!」

 

 何気なく言うと、伊丹が顔を真っ赤にした。

 

「そ、そう言うの! 同性でもセクハラですよ!」

「え? 今のダメだった? すまんかった」

 

 なんだ、まるで自分が処女だとでも言うのか?

 ……いや、そりゃ処女だろうが。尻の穴的な意味で。

 

 極端に下ネタがダメなタイプだろうか。せっかく男子が入部して、実は南部長のおっぱいがでかい話とかもしてやろうと思ったのだが、やめたほうがよさそうだ。

 

 

 

 

 

 席を立つと、すぐに六花が話しかけてくる。

 おそらく、伊丹との話が終わるのを待っていたのだろう。

 

「書く内容は決まっているのかい?」

「ああ……いや、まだほとんど決まってないな」

「そっか。ボク、長太郎くんの作る劇に出たいな」

「ああ。六花なら、出れると思うぞ」

「ありがと。そのためにも、発生方法とか滑舌とか、色々勉強しなきゃだね」

 

 指折り数えながら、「あれとこれと……」と練習内容を反復する六花を眺めていると、

 

 

 その日の帰り際。

 南部長が近づいてくる。

 

「横から悪い。狭間、今の話だが、書く内容が決まったら一旦私に教えてくれるか? このまま書き進めて大丈夫かどうか、確認させてほしい」 

 

 そして「新歓の時があれだったしな」と付け足した。

 

「その事で、ちょっといいですか?」

 

 俺はそういいながら、音響照明室に入る。

 

「如月に、聞かせたくないことか?」

 

 部長が、後ろ手でドアを締めながら言う。

 

「まあ、今のところはそうですね」

 

「台本の内容、六花には、決まってないっていいましたし、具体的な内容が決めてないってのは本当なんですけど、今回、一番書きたいものだけは、決まってるんです」

 それは、体験入部初日に初めて彼女の演技を見たときから、いや、もっと言えば、彼女に運命的な出会いをした時から、決めていたことかもしれない。

 

「如月六花がヒロインとして一番輝ける台本。俺は、それを書きます」

 

 部長の目の奥が、きらりと光ったような気がした。

 

「部長は、俺が入部した理由、覚えてますよね」

「ああ。『僕の考えた最強の妄想』を舞台化するためだったな」

「そのヒロインに、六花はこの上ない逸材です。それに部長も、六花が主役として舞台に立ってるところ、みたくないですか?」

 

 部長は愉快そうに上を向いて笑う。

 

「三年生にとっては最後の大会だというのに、よくもまあ目の前で堂々と言えたな。お前にひゃ、先輩を立てる気はないのか」

 

「でも部長、そういうの、あんまり好きじゃないでしょう? 文句があるなら、主役ヒロインの役を勝ち取って、今度こそ俺の理想のヒロインになってみますか?」

 

「無理だ無理だ。お前の書くヒロイン痛すぎるし」

「なっ⁉︎」

 

 さらりと衝撃的なことを言う部長。

 

「それに、私を納得させることができても、他の部員はどうかな」

「わかってますよ。無理を押し通すなら、配役が出来レースでも納得できるくらい、面白いものをかけって、そういうんでしょう?」

「なんだ、わかってるじゃないか。それと、今回ボクっ娘は禁止だ。」

「……いいでしょう。ヒロインが痛いっていうなら、それでも納得できるようなもの作って、文句言うやつ全員吹っ飛ばしてやりますよ」

 

 俺は、どこぞの非公認戦隊を思い出しながら言った。

 

「『痛さは強さ』、ですから」

 

 

【執筆開始】

 

 1 南部長に台本を書くと宣言したその日から俺は、六花をメインヒロインに仕立て上げるための、企画作りをはじめた。

 

 今回、真っ先に考えるべきことは、「どうすれば六花の魅力を最大限引き出せるのか」ということだ。

 

 思いつく限り、六花の特徴的な要素を挙げていく。

 白銀の髪に、瞳、整った顔立ち。文武両道、、ボクっ娘、転校生、そして頭痛と空から降ってくるくだり。

 

 ……属性過多すぎるだろなんかもうこのままいけるだろ。

 人当たりのいい完璧美少女だが、ミステリアスで、何か秘密を隠しているような、そんな少女。

 

 これを、活かすとなると……。

 単なる学園ラブコメでは、少しスケールが小さい。

 それでは単に、俺が今送ってる生活そのままになってしまいそうだ。

 

 ふと、改めて思う。

 あれ? ボクっ娘美少女とのきゃっきゃうふふな日常、もう叶ってるのでは?

 

 今回、理想の押し付けじゃなく。総合的に面白いものを作ろうと思えたのは、その辺りがあったからだろう。

 

 ふむ、スケールの大きい話か。

 

 やはり、本人をもっとよく知るべきだと思い、

 翌日、俺はまず、六花の観察からはじめることにした。

 

 部室で、遠巻きにじっと六花を見つめていると目が合ってしまう。

 

「今ボクのこと見てた?」

 

 問いかけられ、俺は、どう答えたものか、と思案してしまう。

 今回、六花を主人公にするために、台本を書いている、と言うのは、六花には伏せている。

  したがって、観察していると言うことも、六花には伝えていないかった。

 観察されていると思ってしまうことで、得られる結果が変わってしまう可能性もあるしな。

 

 ちなみに、六花を観察していて気づいたことだが、六花の癖として、両手を後ろに組む、人と話している最中に小首を傾げるような仕草をする、というものがある。

 

「いや、台本、どうしたもんかなと思って」

 

 嘘は言っていない。事実、台本に関わる悩みだ。

 

「ひょっとして、これが噂に聞く、スランプってやつかい?」

 

 聞きなれない単語なせいで、真っ先にドクタースランプという響きが頭をよぎる。

 鳥山明先生漫画は、やはりギャグシーンにこそ真髄があると俺は思う。

 

 

 話が逸れた。スランプな、スランプ。

 CCさくらとかレイアースとか、コードギアスとか……ってばかそりゃCLAMPだ。

 

 

「まだそこまで深刻じゃない。頭を抱えながら台本書くのも、割と毎回のことだからな」

「へえ、そうなのか。長太郎くんのことだから、てっきりズバッと思いついてすぐにでも書き上げるのかと思っていたよ」

 

 六花は意外そうに言う。

 なんだその漫画に出てくる天才漫画家みたいな大雑把なディテールは……。

 

「俺はそんな天才じゃねーよ。締切の前日だってのに、オチが決まってなかったことだってあった」

 

「そういえば去年の秋の大会の時は凄かったですね」

 

「あそうは言っても、最後には面白いものが出来上がるんでしょ? ほら、体験入部の初日に長太郎君と二人で読んだ台本みたいに。あれ、ボクすっごく好きなんだよね。運命の人と結ばれる、みたいな」

 

 

 

 

 

 

 

「ね、やっぱり台本書いてて切羽詰まった時ってアイデアが空から降ってきたりするのかい?」

 

 

「ああ、あるな、そう言う時」

 

 もっとも、無から降ってきた、なんてことはなく、

 実際のところは日頃からマンガアニメラノベドラマ映画エトセトラを鑑賞する中で貯めてきたアイデアのピースが、書いている台本に足りていない部分を補うようにして、ぴったりとはまっているのだろうが。

 

「詰まった時は大抵、その場で考えこんでてもどうしようもない時だ。そうなったら気分転換に外に出て、大抵は映画見に行ったりするな。ちょうど、次の日曜も辺り、行こうと思ってる

 ところだ」

 

「へぇ!」

 六花が目を輝かせた。

 

「ねえそれ、ボクも一緒に行っていいかな!」

 

 ◆

 

 次の日曜の朝。俺は自室のクローゼットの前で腕を組み仁王立ちしていた。

「何着てきゃいいんだ……?」

 

 一緒に映画を見に行きたい、なんて六花の申し出を、俺が断るはずもなく。今日はこのあと久城駅で六花と合流して、ららぽー……こほん、大型ショッピングモールで映画を見る予定だ。

 男女二人で映画。……これ、つまるところ、デートでは?

 デートの定義については諸説あるが、その中に、『男女が日時を決めて会う事』と言うものがあった。

 

 男女であっても、友達同士であれば、デートという表現がさすがにしっくりこないものの、俺と彼女の関係性は、友達かと問われれば、きっと違うもののような気がする。

 

 だとすれば、やはり、俺が今から行うことは、デートである。

 そして、デートと言えば、おしゃれである。

 

 だが、俺はおしゃれとは程遠い人生を歩んできてしまったため、所持している服は

 ある程度の機能性が確保されていて、よほど目立ちするような服装でなければ、

 確保されていれば、あとはなんでもいいというスタンスだ。

 

 現に今も、クローゼット中は、本棚に並べられてたラノベや漫画、フィギュアガンプラ、指抜きグローブ、オリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』など、スペースのほとんどをオタクグッズが占有している。 

 俺にとって、クローゼットと言う言葉は玩具箱やショーケースと同義なのだ。

 そしてクローゼットのすみに申し訳程度に積み上げられた引き出し式の収納ケース。

 

「……ま、考えるだけ無駄か」

 

 相手は通りすがれば誰もが振り向くあの六花。

 俺は所詮ん、もとより、特徴がなさすぎて、デメリットがないことがメリットなくらいの顔面偏差値だ。

 ジェケットでビシッと決めたところでどうにかなるレベルじゃない。月とすっぽんは天と地の差で生兵法だ。

 

 結局、グレーのロングTシャツに黒いスラックスという、休日にハードオフに出かける時と全く変わらない、不審者スレスレの格好で家を出た。

 

 最寄り駅で電車に乗り、久城駅に着く。

 

 六花とは、改札ないのベンチで待ち合わせることになっているが、

 彼女はいったいどんな私服をしているのだろうか。

 きっと、彼女ならどんな服だって似合っているだろう。

 個人的には、ボクっ娘だからこそロングスカートのようなかわいらしい服装が……いや、だからこそ、パンツスタイルの方が似合うという可能性も……

 

 

 

 そんな事を考えながら電車を降り階段を登ると、一際目立つピンク色が目に入る。

 

「あ、長太郎くん、もっはろ〜!」

 

 いつも通りの挨拶。そして、服装に関しても、いつも通りのブレザーにスカート。とどのつまり、制服だった。

 

 デートの際、まずは相手の服を褒めるのが鉄則という話はよく聞くが、制服の場合はどうすればいいのだろうか。

 

 とはいえ、触れないことも不自然だと思ったので、声をかける。

「相変わらず、六花は制服が似合うな」 

「ありがでも、ごめんね、着ていけそうな服がこれしかなくって」

 

 六花なら何を着てきても似合うだろうが、本人的には譲れないところなのだろう。

 

「気にせんでいい。俺も迷ったあげく、結局こんなんだしな」

 

 そういって俺は、両手を横に広げ、六花にユニクロフル装備を見せつける。

 

「せっかくなら今日、六花の服も見るか? 荷物持ちならいくらでもやるぞ」

 

「ええ〜? 悪いよぉ、でもせっかくだから、お言葉に甘えちゃおっかな

 

 六花がくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべるのを、俺は、目に焼き付けるように、見ていた。

 

 ◆

 ショッピングモールに着くと、予定通り映画館へと向かう。

 映画館のフロアに足を踏み入れると、キャラメルポップコーンとホコリの匂いが混ざったような、独特の空気が体を包む。

 

 六花は、あまり映画館にはこないのか、物珍しそうにあたりをきょろきょろ見回している。

「おー、映画館って感じだね」

「なんだその感想。ま、正直その気持ちはわかるが」

 

 

 ホコリの匂い、なんて表現をしたものの、俺は結構、この映画館独特に雰囲気が好きだ。

 特に、この雲の切れ間から差し込んだ月光のような、絶妙な照明な加減なんか、特にいい。

 

 俺は受付横のタッチパネル端末に、アルファベットを入力していき、予約しておいたチケットを発券した。

 

 観るのは、前々から気になっていた、ハリウッド大作SF映画だ。

 同じ監督の過去の作品を何本か見た事があるが、どれも斬新な設定と、映像の迫力が凄まじい作品となっていたので、今回も楽しみだ。

 

 ちょうど今も、ソファ傍のモニターから、その予告が流れていた。   

「長太郎くんのおすすめだけあって、面白そうだね」

「ああ。きっとすごいぞ」

 

 上映まで、まだ十分ばかり時間があるので、ソファーに腰掛ける。

 モニターには、有名俳優を起用した日本製の恋愛映画の予告が流れていた。

 高校生の女の子が、男子二人から行為を寄せられる、という、よくある三角関係ものらしかった。

 うわぁ……三角関係とかすげえめんどくさそう……。

 普段から三角関係のラブコメとか読んではいるけど。マクロスとかすげぇ好きだけど。

 

 いざこうして実写映像として見せつけられると、浪漫よりも「面倒くさそう」という感想のほうがさきに出てきてしまってだめだ。

 

 予告だけあって、場面は次々に移り変わり。

 主人公の女の子が、目つきの悪いギャルっぽいい女子になにやらやっかみを受けているシーンが映る。

 

 おお怖い。嫉妬とかいう現実特有のクソイベを見せつけられ、内臓の具合が悪くなってくのを感じる。

 いや、これに関して言えばフィクションだけどね?

 

  もし俺がイケメン二人に惚れられてしまったら、何かあった時のために、常に録音機器を持ち歩けるようにしよう。

 なんとなしに、じっとしていられる気分ではなくなってきたので、席を立つ。久しぶりにポップコーンでも買うか。

 

「ポップコーン買ってくるけど、六花はなんか頼むか?」

「いいね、ボクも一緒に行くよ」

 

 レジには、タイミングよく人はほとんどならんでおらず、すぐにカウンターの前までたどり着いた。

 ま、いつも通り塩味のポップコーンとコーラでいいだろ。定番最強だ。

 店員に頼もうとすると、六花がこちらをみながら、カウンターにへばりついたメニューを指さした。

 

「ね、これにしようよ」

 

 そのすらりとした指を目で追っていくと、その先には

『ペアセット』の文字があった。 

 

「ちょっと安くなるみたいだし、これにしようよ!」

 

「ああ、別にいいぞ」

 

 ペアセットを注文し、財布からちょうど半分の金額をトレーにおいたところで、デートには男性が奢る、という文化があったなと思いだす。

 少し格好つけてみようと、六花の分の金額も出そうとすると、その前にぴったりの金額を出されてしまった。

 

 ま、別にいいか。冷静に考えてみたら、ポップコーンのペアセット奢ったところで、なにか変わるわけでもあるまい。

 

 映画が始まると、大迫力の映像とその洗練された導入に、気づけば俺の意識はスクリーンに飲み込まれていた。

 

 序盤の山場を声た主人公たちが、今後について話し合っていた。

 ハラハラが続きっぱなしだった展開もひと段落し、肩を撫で下ろすと、随分とのどが乾いていたことに気づく。

 視線をスクリーンに貼り付けたままコーラをすすり、そのままポップコーンに手を伸ばす。

 すると、手がこつん、と何かに当たった。

 渋々スクリーンから目を離すと、すぐそばに、いたずらっぽい笑みを浮かべた六花の顔があった。

 

「(長太郎くん、すっごく集中してたね。ボクも集中してみてみよっと)」

 

 ぽそり、と耳元で囁かれる。

 六花はすぐにスクリーンに視線を戻してしまったが、俺は、今度は六花の横顔から、目が話せなくなっていた。

 このまま見つめ続けて、視線が合ったら気まずいと思ったものの、よほど集中しているのか、こちらの方を観る素振りはなかった。

 暗闇のなか、スクリーンの明点に合わせて色付く瞳は、どんな監督こだわりの映像美よりも、美しく見えた。

 心臓が、さっきからやけにうるさい。

 

 

 そのまま、ろくに、スクリーンもみないまま、スタッフロールが流れはじめた。

 

 

 「んん〜」と伸びをする六花を横目に、俺は、ふと思った。

 六花は、俺が集中して映画を見ていた事を知っていた。

 六花のその後の発言から推測すると、ひょっとすると、六花はあの瞬間まで、俺のことを、見ていたのではないか。

 彼女の横顔に、釘付けにされた俺と同じように

 

 

 途端に、ドクリと心臓が脈打つ。

 今までも、六花に意味深な言動と共に迫られては、そのたびに脈拍に異常をきたしてた。

 だが、今に関しては、決定的に、今までとなにかが違う気がした。

 

 それを知覚すると同時に、俺はまた映画館が好きになれた気がした。

 美少女の横顔見放題な上、熱くなった表情を隠してくれるのだから。

 

 

(長太郎はこの時、六花と同じ立場にたって、六花のすきという感情は本気であることを理解、してしまったのだ。)

 

 

 エンドロールが流れ切ると、二時間ぶりに、劇場に明かりが灯る。

 六花は「くぅ〜」と伸びをした。

 

「あ〜、面白かった〜。長太郎くんの言った通りだったね。それで、台本の参考にはなりそう?」

 

 正直、途中から……いや、かなり序盤から、彼女の横顔ばかりに目が行ってしまったおかげで、肝心の映画の内容に関して言えば、大雑把にしか把握できていなかった。

 

 

 

「ああ。何か閃くようなことはなかったけど。少なくとも、モチベーションに関しちゃ、この上ないくらいあがってるよ。今すぐにでも書き始めたいくらいだ」

 

「どんな話にするかも決まってないのに?」

 

 そうしてまた、彼女は、面白い物でも見たかのように、くすりと笑う。

 本当に、どうやったら彼女に見合うだけの物語が作れるのだろう。

 

 認めよう。俺は、彼女のことが好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 一度意識し始めると、どうしても気になって、一挙手一動を目で追ってしまうようになる。

 

 それは、決してドラマチックな場所でなくても。

 現に今もMから始まるハンバーガーチェーンでもだ。

 

 ところで、Mから始まるハンバーガーチェーン。メジャーどころで二箇所あるが、さてどこでしょう。ヒント、参考までに、今俺はモスチーズバーガーを注文しました。

 ……答えじゃねぇか。

 

「じゃ、食いますか」

「うん。……てりやき? ってどんな味なんだろ」

 

 どうやら六花はモスどころか、テリヤキバーガーどころか、照り焼きすら初めてらしい。

 まあ確かに、六花がファフトフードに馴染みがないというのはイメージ通りだ。

 解釈一致、と言うやつだな。

 

「どんな味って言われると俺もなんて答えればいいか迷うところだな。甘じょっぱい、としか」

 

「じゃあ早速、食べちゃおっかな」

 

 ぎこちない手つきで包み紙の被ったバーガーを両手で持つと、そのまま、はむ、と大きくかぶり付く。

 

「……! 長太郎くん! これおいひい!」

 

 特に最近は六花の超人的な部分に驚かされてばかりだったせいか面白い。

 

「口元、マヨネーズついてるぞ」

 

「えっち」

 

「何でだ……」

 

 鈴木はあれでジャンクフード好きだからな。

 何を隠そう、マックでピクルス多めに出来ることはあいつから学んだ。

 

「そうなんだ、でも、今だけは、ボクのことだけ見てほしいな」

 

 いつにも増していじらしい六花の姿にドギマギしてしまう。

 

 

 

 

 昼食を済ませると、第二の目的である、六花の服選びを始めることにした。

 リッカは特にこの店に行きたい、という要望のはないようで、現在は、ひとまずぶらぶらとモール内を歩くことにした。

 

「なんか、どういう系の服が欲しい、とかそういうのはないのか?」

 

 六花は「うーん」と顎に手をあてる。

 

「かわいいやつ、かな」

 

「大分ざっくりしてんな……。こう……ほら……かわいいにもジャンルとかあるだろ、なんかこう……ナチュラル? とあほら、地雷系……? とか。そういうのはないのか?」

 自分の中の絞りカスのようなファッション知識を捻り出す。

 

「うーん、正直、自分がどんな服が好きかとか、あんまり分かんないなな」

「そうなのか?」

 六花は、照れ臭そうに、後頭部を撫でながら言う。

 

「うん。だから今日もこうやって制服なわけでして……面目ない」

「じゃ、致し方ないが、店員に頼むか。六花なら大抵の服は似合うだろうし、気に入った服選んで行けばいいだろ」

「それと、長太郎くんが気に入った服もね」

 

 六花はウインクすると、服屋へと小走りで向かった。

 

 そこから、目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返した。

 なまじ、どんな服も似合ってしまうので、決まらなかった。

 あとはもうお財布との戦いだな、これは。

 そして、気づけば俺たちはモール内をほとんど一巡していた。

 

「いやあ、ごめんね、ボクの買い物に付き合ってもらっちゃって」

「別にいいぞ。退屈してないし。多分、あそこが最後になるかな」

 

 驚いたのは、これだけ自分には関係のない買い物に付き合って、足回りこそ疲労を感じはじめているものの、飽きが襲ってきていない、ということだ。

 

  

 ジーンズだったり、ビッグシルエットのシャツだったり、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だ。

 

 店に入ると、グリーンのメッシュが入った明るい茶髪を、後ろでフレンチクルーラーみたいな複雑なお団子に結った店員が出迎える。

 左肩だけが露出した、左右非対称な服を、違和感なく着こなしているあたり、さすがは店員。

 

「いらっしゃいま……かっっっわい…! モデルかなんかやってます⁉︎」

「やってない……ですけど」

「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」

 

 なんだこの押しが強いどころか推しを前にした反応の店員は⁉︎

 名札を見ると、店長と肩書きが書かれていた。なるほど、通りで個人的な趣味で安くしよう、なんて言い出せるわけだ。

 

 

「え、えーと……モデルはちょっと……、試着はいいですけど」

「わかりました! じゃあとりあえず、これとこれと……」

 

 そういって、売り場からコーデ一式を素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。

 

「とりあえずこれに着替えてもらっちゃっていいですか? その間に他のコーデもいくつか揃えておくので!」 

 

「は……はい」

 

 六花があれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまたので、仕方なく、フィッティングルームの前で、着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を見繕ってきた話しかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「」

 コート、オーバーオール、ワンピース、ふんわりとしてスカート(フレアスカートというらしい)、時にはベレー帽やメガネを合わせたりしながらいろいろな姿を見ることができたのは嬉しい誤算だった。

 本当に、どれも似合っていた。試着にどれだけ時間がかかっても。いつもの飽き性は鳴りを潜め、楽しいとすら感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、いきなりすみません。職業柄、この子がウチの服きたらどんな感じになるのかなーって、気になっちゃうんですよね。とくに制服だったりスーツみたいな、本人のセンスで選んでない格好見ると、いてもたってもいられなくなっちゃうんですよ。」

 

 口では申し訳なさそうにいってはいるものの、その話し方からは、あまり悪びれているようすは伺えない。どちらかと言えば、ワクワクしているように見える。

 本人の言葉通り、単純に、六花がどんな姿になるのかが気になって仕方がないのだろう。

 初めは胡散臭いとも思ったが、ここまで動機が明確なら、多少は信用してもいいだろう。

 

「制服デートならそれに水を刺すのもなー、とも思ったんですけど、彼氏さん私服だったで違うなって思って声かけちゃいました。いやー、彼女さんホッッントにかわいいですね、どうやって捕まえたんです?」

「……やっぱり側から見ると、カップルに見えるもんなんですね」

 

 こうして、学校外で全くの赤の他人から、六花がかわいいだとか、カップルと間違われるだとか、客観的なを言われる感覚は、嬉しい反面。

 そうでないのなら、今の俺と六花の関係はなんなのだろうか、と考えてしまう。

 

 

 案の定、俺たちがカップルではないと知った店長は、意外そうな表情をしていた。

 

「えっ? 違うんですか? ウソ、あの距離感で⁉︎」

「やっぱ、距離感近い……ですよね」

 

 

 初対面の人間に聞くべきではない、と思いつつも。一度気になり始めると、どうにも落ち着かない。

 

 

  ●店員、『カップルかと思った』くらいにしておく。

  あくまで狭間の意思で告白させる

 

 

「ぶっちゃけいいます。絶対彼女あなたに気があるんで、彼女の気が変わる前にとっとと付き合っちゃいましょう」

「随分、ぶっちゃけますね」

「まあ、振り向いてくれないから愛想尽かしてやった、みたいな話、いっぱい聞いてきましたからね」

 

 店員は、釘をさすかのように言った。

「あと、男側からの、他の男にとられたって愚痴も」

「なるほど。参考にさせてもらいますよ」

 

 フィッティングルームのカーテンが開くと、そこには初めて見る、制服姿ではない六花がいた。

 その服装は、半袖の白Tシャツにデニムのオーバーオールという、シンプルな構成だったが、そのシンプルさが、なにより、六花自身の魅力を引き出しているように感じた。

 そしてなによりも、ド直球で好みだった。

 

「どう? 長太郎くん。似合ってる?」

「反則だろ……」

 

 口元に手を当てて、にやけそうになるのを抑え、目を逸らすが、つい、本音が漏れてしまう。

 

「……そ、そう? あ、ありがと、じゃあ、かっちゃおう、かな」

 

 六花は、目を合わせてくれなかったが、その頬は火がついたようんい、赤く染まっていた。

 

 店員の生温かい視線が痛い。こっみんな。

 

 

 六花はその後も、店員の勧めで試着を行い、今度は、自分が気に入ったからと、追加で二組ほど洋服を購入するそうだ。

 

「お、お待たせ、長太郎くん」

 

 会計を終えた六花は、制服姿ではなく、先ほどのオーバーオール姿のままだった。

 

「店員のお姉さんが、折角だからこのまま着て行けば? って、タグ切ってくれたんだ」

「なるほどな。そりゃちょうどよかった」

 

 そう言って俺は、手元の袋から、黒のシンプルなデザインのキャップを取り出すと、そのまま六花に被せた。

 

「長太郎くん、これは?」

「まあ、あれだ……一応、プレゼントだ。」

 

 六花が何度めかの試着中、目について、買っておいたのだ。

 俺から店員に、似合うかどうか、確認したところ、お墨付きももらっている。

 

「これなら、趣味じゃなくても、服と違ってどっかで使う機会もあるだろうしな」

「ううん! 使うよ! 今から被ってく」

 

「別に無理せんでも」

 

 

「無理じゃないよ、長太郎くんが選んでくれたんじゃないか」

 

「そ、そうか……ならよかった」

 

 その言葉を聞いて、ほっと肩を撫で下ろすことができた。

 

「ほい、両手塞がってると不便だろ。荷物持つよ」

 

  両手に紙袋を抱えた六花に手を出す。

 

「じゃ、お願いしちゃおっかな」

「はいよ。話が早くて助かるよ」

「へへ、ありがうとう、長太郎くん」

 

 

 

 帰るには少し早かったので、現在はゲームセンターの一角に来ていた。

 ショッピングモールのゲームセンターなだけあって、クレーンゲームやメダルゲームの割合が多いが、それでも、そこそこの種類のアーケードゲームが揃っていた。

 お、SAOとFGOのアーケードもある。

 

「わー!」

「そんなに珍しいか?」

「うん、どれもやったことないかな」

「じゃ、適当に遊んでまわるか」

 

 

 レースゲーム、リズムゲーム、ガンシューティングなど、めぼしいジャンルのものを片っ端からやっていく。

 特に音ゲーに関しては、中学時代の経験が活き、ブランクこそあったものの、今でもそれなりのスコアを出すことができた。

 っておい、そこは六花と一緒に遊べよ。……まあ、もとはと言えば、彼女が俺のプレイを見たいと言い出したのが、ことの発端ではあるのだが。

 

 ちなみに、クレーンゲームにも挑戦したが、現実はクソなのでやはり取れなかった。こればっかりは一生上手くなる気がしない。

 

 

「あ」

 

 そして、六花はついに、”ソレ”の存在に気づいてしまった。

 

 ソレに取り込まれた者は、ギョロリとした目玉、栄養失調の足、異形の姿へと変えられ、歪な獣の耳が生えることもあるという……

 

 

「プリクラ…!」

 

 ……そう。プリクラである。

 

 

 

 そう。ゲームセンターを我が物でのし歩くオタクにとっての、唯一と言っても過言ではない天敵、プリクラである。

 うわぁ、あそこだけキラキラしらオーラ放ってるよ……俺を音ゲー村に返してくれ……。

 

 そんな俺の嘆きをよそに、六花はやはり目を輝かせていた。

 

「一緒に撮らないかい? その……一度やってみたくて」

「よしやろう。何回だって撮ってやるぞ」

 

 前言撤回。六花がやりたいと言うのならば、やってやるしかない。

 何とでもなるはずだ! やってみせろよ狭間長太郎

 

 

 やたら高い金額を投入し、プリクラのブース内に入ると、甲高いアナウンスによる指示がはじまる。

 なにやら、コースが選べるらしい。

「カップル向けだって。これでいいよね? だって、デート、だもんね」

「……おう」

 

 撮るもなにも、変身ポーズとジョジョ立ち以外で俺が取れるポーズなんかないぞ、と思っていると

 

『ピースして!』と、筐体から指示が流れる。

 

 

 

 なるほど、ポーズの指定をしてくれるのか。

 

「じゃ、ここは大人しく従っときますか」

「うん、そうだね」

 

 すると、何枚目かで、戸惑う指示がきた。

 

『手を繋いで!』

「はい」

 

 ……まあ、これくらいなら、普通か

 

 

『ハグして!』

 

 こっ、こいつ……! 指示出すだけだからって適当な指示しやがって……!

 こっちはカップルコースを選んだだけでカップルじゃないんだそ! 察しろ!お前さては人間エアプだな!

 

「はい、長太郎くん」

 

 

 

『キスして!』

 

 安っぽい煽り方さすがにイラッとしてくる。

「なあ六花これは流石に……」

 

 別のポーズにしよう、そう伝えようとしたその時。

 頬に、柔らかくて、少ししっとりとした感触が生じた。

 

「……へ?」

 

 カシャっというシャッターの音で現実に無理やり引き戻される。

 

「今の……お前……!」

 

 横を見れば、目と鼻の先に、六花の丹精な顔と、それから大きな瞳があった。

 

「指示には従う、だよね?」

 

 くすりと笑う、その姿に、さらに心臓がドクンと跳ねたのがわかった。

 死を覚悟した。

 息が荒くなる。

 

 

「長太郎くんからも…するかい?」

 

 六花が上目遣いで言う。これ以上この甘ったるい空気を吸っていたら、どうにかなってしまいそうだった。

 無理難題にもほどがある。 

 足早にブースをでた俺は、筐体脇のモニターで、撮ったプリクラに落書きをしたはずなのだが、その時の記憶は漠然としていて、気づけば、排出されたプリクラを手に持っていた。

 

 そして、その一番下の写真には、鳩が豆鉄砲をくらったような、間抜けな顔を晒す俺と、そんな俺の頬に、しっかりと口付けをする六花の写真が収まっていた。

 

「さすがにこの写真は、みんなには見せられないね」

 

 そなくらいの分別はつくのか、よかった。

 

 

 ◆

 

 思ったよりもゲームセンターに長居をしたこともあり、外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 海岸沿いなこともあって、もうすぐ五月だというのに体を撫でつけるかのような冷えた風が吹いていた。

 

「長太郎くんの台本づくりのためってつもりだったのに、なんだか、すっかり楽しんじゃったなぁ」

「だな」

 

 バス停までの道のりを、横並びになりながら六花と話す。

「今日は何が一番楽しかった?」

「俺は……そうだな。映画、かな」

 

 他愛もない会話の最中、あの時の、店員の言葉が頭をよぎる。

 

 俺は今、如月六花という美少女に、好意を向けられて、こうして二人きりで出かけている。

 他の男子どもじゃあ一生かかっても見れないような六花の表情を数多く見てきた。

 

 だからこそ、思う。今の俺たちの関係は一体なんなのだろう、と。

 

 友人、恋人、部活仲間、俺と六花の関係はそのどれでもない。

 どころか、友達以上恋人未満なんて曖昧な言葉すら当てはまらないと感じる。

 

 どっちつかずな関係性は苦手だ。

 それはきっと、創作物では登場人物の関係性を「片想い中」だとか、「両思いだがお互いに一歩踏み込めずにいる」だとか、断言してくれるからだろう。あらすじや人物相関図がそう告げてくれるからだろう。

 

 だが、現実にそんなものはない。故に、その関係性を自分で押しはからなければならない。

 

 自分で、判断しなければならない。

 

 

 ………友達以上恋人未満なという言葉ですら、違和感を覚えたのは何故か。

 それはきっと、立花と俺の関係は、友達ではないからだ。

 

 ─── 友達じゃないなら、なんなんだ?

 

 その答えは、まさしく胸の中にあった。止まることを知らない鼓動刻み続ける心臓に。

 

 それに気づいた時

 

 ──俺は、一歩先にある手を握っていた。

 

「長太郎くん?」

 

 不思議そうに首を傾げる立花に見つめられると、

 

 ぶわりと全身が粟立ち、身体中から嫌な汗が滲み出るのを感じた。

 

 俺が、今の俺になる決定的なあの出来事を思い出す。

 

 ──今ならまだ間に合う。引き返すことができる。

 現実に傷つけられる事を恐れた俺自身が訴えかけてくる。

 やめろ、時期をあらためろ、拒絶されたら?、どうせ裏切られる、偽物だ、最後に選ばれるのはお前じゃない。

 

 走馬灯のように、過去の記憶を引き合いにして、俺の歩みを引き止めようとする。

 

「大丈夫? 顔色悪いよ?」

 

 だが、これだけの不自然な挙動をしてなお、俺のことを気にかけてくれている立花の姿に、背を押されたような気がした。

 

「六花」

 

  噛み締めるように、その名前を口にする。

 

「───好きだ」

 

 たった三文字。だからこそ、誤魔化せない、取り繕えない言葉。

 人間の関係を、最もたやすく、大きく変えてしまう、奇跡のような、呪いのようなことば。

 そんな言葉を俺は口にした。

 

 ついに俺は、止まれなかった。

 ブレーキが効かないのは、なにも心臓だけではなかった。

 

 

 

 六花が、ぱあっと、顔をほころばせる。

 

「───ほんとに……?」

「ああ……その……俺と……付き合って欲しい」

 

 急激に渇いた喉から声を絞り出すと、六花が口を開こうとする

 

「もちろ───」

 

 次の瞬間、それは苦悶の表情へと変わり、頭を押さえてよろめく。

 

「……六花⁉︎」

 

「ごめん……ちょっと立ちくらみ」

(頭痛が、告白の成立を妨害しているのだと分かった。)

「長太郎くん、返事のことなんだけど」

 

「───ごめん」

 

「今のボクは、君の告白に答えられない」

 

「……ごめんね」

 その言葉が、告白に対する、断りだと理解するのに、幾ばくかの時間を要した。

「…………そう、か…

 今のボクは、長太郎くんの気持ちには答えられない」

 

 その憂いを帯びた表情を見れば、六花が何について悩んでいるのか、答えとは、何に対する答えなのか、なんて、野暮なことを聞く気にはなれなかった。

 

 ◇

 

 ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎ やらかしたあああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎

 

 最寄り駅についた俺は、鬱憤をペダルにぶつけるかのように、爆速で自転車を飛ばしていた。

 

 あの後俺は、「そうだ、俺。買い忘れたものあったわ」と誰がどうみてもバレバレな嘘をつき、その場から逃走を図った。

 

 ……正直に言おう。今回の告白、断られるはずがないと、俺はそう思っていた。

 だってそうだろう。あれだけ積極的で、距離が近くて、それで…キスまでされた。

 まさか失敗するとは、そんな可能性は、微塵も考えていなかった。

 ああ……失敗した。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

 

 ……と、一通りみっともなく喚き散らし、シュタインズゲートごっこもして、頭も冷えてきたところで、自転車を止める。

 

 気づけば、家の近くの田舎道の方まで来ていて、 

 人も、車も、街灯もなく。

 月明かりだけが、俺を照らしていた。

 

 

 

 ── あの時の六花の反応が、やけに気になった。

 

「自分の答えを出す」なんて言っていたが、そっちのほうは、漠然としすぎていて皆目検討もつかない。

 それよりも気になるのは、六花が頭痛によって頭を押さえる直前に、何かを言いかけてたことだ。

 

 俺の聞き間違いでなければ、一度、彼女は、俺の告白を承諾してくれようとしていなかったか?

 

 ……だとすれば、おそらく好感度は足りている。ならば、六花と付き合うには何かの条件やイベントフラグを回収する必要がある。

 

 ……いや待て待て、ギャルゲのシステムを現実を持ち込むのは流石にどうなんだ。

 恋愛シミュレーションゲームは現実の恋愛には役に立たないってみんな言ってたろ。

 

 とは言え、何か、何か理由があって、断らざるをえなかった、と言う可能性はある。

 

 家の事情、体質、持病、性格、進路、生い立ち、宗教。

  それだけじゃない。彼女に限って言えば、不可思議な何かが関わっていてもおかしくない。

 

 それこそ、彼女は異世界の人間で、こちらの世界の人間と深く関わりを持つのはご法度だとか。

 

 きっとそうに違いない。

 でなければあの状況下で振られるなど……ありえない……よな?よね?

 

 ◇

 

 翌朝、俺はすっかり無気力になってしまった体を引きずりながら、電車に揺られていた。

 案の定、昨晩は、あまり眠れなかった。

 

 

 あの時の六花の表情と、帰り際、見上げていた満月が網膜に焼きついたように、フラッシュバックするのだ。 

 

 改めて、如月六花という人間の抱えているものが、俺はわからなくなった。

 ミステリアスだ。

 あの髪色、口調。そして、言動。どれをとっても、浮世離れしていて、

 そこにいるのにもかかわらず、どれだけ物理的な距離が縮まったとしても、どこか雲の上の存在のようでいて、手を伸ばしてもすり抜けてしまうような幻視をしてしまう。

 

 その、あり方は、なんだか、かぐや姫のようだった。

 

 

 かぐや姫は、自身に結婚を申しでる貴族たちに、決して達成できないような無理難題を持ちかけたのだったか。

 

 たしかに。キスを仕返すなんてのは、俺にとっては無理難題みたいなもんか。

 

 言っていて、気づく。俺は、六花のどこか幻想的な部分に、魅力を感じていたのではないか、と。

 ──そうだ、そもそも出会いからフィクションじみていたから、ミステリアスだったからここまで六花から目が話せないのだ。 

 その証拠に、ここのところ俺は、ラノベ読む冊数、視聴するアニメの話数がめっきり少なくなった。

 

 振られても、六花への興味が衰えてない、それどころか、より一層彼女のことが気になっている自分に気づく。

 

 そして俺のやることは決まっていた。

 台本には、かぐや姫がもモチーフのキャラクターを登場させる。

 

 そして、六花には、言おう。

 昨日のことは忘れてほしいと。

 なるべく今の関係を維持したいと。

 そして、困った時には力になりたいと。

 

 ◆

 

 電車を降り、何とかいつも通りの時間に自分の席に着くことに成功する。

 そして、いつも通りにラノベを開き、いつも通り、その世界に飲み込まれるように……とはいかなかった。

 話が全く頭に入ってこない。視線と文字列との摩擦係数がゼロになったかの如く、目が滑る滑る。

 これがソフト&ウェットってやつか。

 

 普段通りであれば、後数分もしないうちに六花が登校してくるはずだ。

 俺は、彼女にたいして、いつも通り接することができるのだろうか。

 それに、俺はいいとしても、六花の方がどんな反応を示すのかもわからない。

 

 急に敬語になってたらどうしよう。うわぁ、それは凹む。もうしそうなっていたらいっぺんトラックにでも飛び込んでみようか。異世界転生ワンチャンあるかもしれないし。ねーよ。

 

 

 

 

 そうこうしていると、教室のドアが開き、色の髪が除く。

 

「お、おはよう」

 

 なんとか声を絞りだして、いつも通りに挨拶しようとするが、思わず声が震えた。

 

「おはよう、長太郎くん」

 

 返事をする六花は、普段と変わらないように煮えた、

 

 ちらりと六花の方をみると、俯いて手元のスマホを見ていた。

 

  前言撤回。気のせいか、少し、六花っと距離があるように感じた。

  いつも通りの、騒々しい教室のはずなのに、俺と六花の周囲だけ、やけに静かな気がした。

 その妙な居心地の悪さに、何か声をかけようかと思案していると、

「長太郎くん」と、ぽつりと六花が呟いた。

 

 六花は、一度だけ、ゆっくりと瞬きをした。

 

 

 

 

 

「昨日は、ゴメン。……ボクなりに、ちゃんと伝えたいことがあるんだ。だからその、お昼に部室に行っても……」

 

 その言葉は、次第に尻窄みになっていった。

 

「こいよ」

「え?」

「転校初日の時言ったろ? いつでも来いよって」

「うん……!」

 

 かくして、今日はじめての六花の笑顔を拝むことができた。

 やはりと言うべきか、憂いを帯びた表情も、蠱惑的的な表情も様になる彼女ではあるが、その笑顔が、俺は一番好きだった。

 

 

 ◆

 

「狭間くん!」

 

 朝のホームルームが終わり、廊下にでると、珍しい人物が話しかけてくる。

 

「ああ、鈴木か、なんか用か?」

「はい、その……大丈夫ですか?」

「大丈夫というと?」

「昨日、如月さんと二人で出かけていたんですよね」

「ああ、そうだが」

「すみません、昨日の夜、如月さんから電話がかかってきて、それで聞いたんです。狭間さんい、悪いことしちゃった、と言ってたので、それで、気になってしまいまして」

 

「ああ、そういうことか。……如月から聞いたのは、それだけか?」

「はい。あまり事細かにはきいていません」

 

「……如月さんと、何かあったんですか?」

 

 

 鈴木がここまで踏み込んでくるのは珍しかった。

「ま、人が何考えてるのかなんて、わからないよなってだけの話だ。それと、これからどう接すりゃいいんだってな」

 

「何があったのかわかりませんけどその気持ち、わかるかもしれません」

 

 

 

「……私は、人の気持ち、というのがわからない子だったんです」

(具体例があると良い)

「それに、私のとる行動も、みんなにとっては、訳のわからないものばかりだったみたいで、気づいたら私は、みんなから、変な子だと思われてました」

 

「私、話してる内容も、なんだかわかりずらいって、よく言われてきました」

「ゆっちゃんとか、さなみーみたいに、それを面白がってる友達もいましたけど、」

「狭間くんは、そんな私の言葉をわかろうとしてくれてるじゃないですか」

「面白がってはいるけどな」

「それでも、嬉しいです。親しい人が、自分のことを知ろうとしてくれている。気にかけてくれている、というのはそれを、少なくとも私は、嬉しいと思います」

 

「ありがとな。そうだな。如月のこと、もっと色々聞いてみようかと思うよ。何に悩んでるのかも。少なくとも、俺が気にかけていることは、知って置いて欲しい」

 

「ありがとな」

 

「……はい!」

 

「それとさ、台本のテーマは、かぐや姫にしようと思う」

「かぐや姫ですか! 小さい頃家にお伽話の絵本がたくさんあって、よく読んでました。今はもう、シンデレラ以外は残ってないですけど」

 

「シンデレラ? 好きなのか?」

 

「はい、大好きです」

 

 ……自分に向けられた言葉ではないとわかっていながらも、あやうくときめきかけてしまった。

 

「さっき話したみたいなこともあって、小さい頃、すごくつらいこともあったんです。でも、そんな時にこの絵本に出会って、私も頑張ればいつかは王子様が迎えにきてくれるかもって、思って、それから、勉強も、習い事も頑張れるようになったんです」

 

「流石に中学校に上がるころには、みんなが言う白馬の王子様が、理想の男の人のことを言っているて気づきましたけどね」

 

 つまり、それまでは、本当にぱっからぱっからと馬を走らせて派手な衣装に身を包んだ爽やかイケメンが迎えにきてくれると思っていたわけだ。

 ……この現代日本で。

 

 

「お前なら、きっと見つかると思うぞ。顔も性格も悪くないからな」

 

「そうですかね?」

 

 

「性格が悪かったら、魔女はかぼちゃの馬車もドレスも用意してくれなかっただろうし、そんれい、性格は顔に出る、なんて話もあるくらいだ。それに、あいてはくに国中で大人気な王子様だぜ? ただの美人なんか見飽きてるはずだ。

 

「最終的には、中身がも顔も最高の女だから選ばれたんだろ。」

 

 そう思うと、生まれた時から全てを持っていたが、月に帰り、全てを手放すことになったかぐや姫と、持たざる物から、持つものへと成り上がったシンデレラは、真逆の存在にも思える。

 

 そして、その違いは、六花と鈴木本人の違いにも少し似ているのが、面白いと思った。

 

 

 

 ちょうどいい。学園生活をするのに、かぐや姫だけでは新鮮味が足りないと思っていたところだ。

 

「なあ鈴木」

「はい、どうしましたか?」

 

「今度の春大会、シンデレラになってみないか?」

 

 ◆

 

 昼休み。いつものように部室でパンを齧っていると、言葉通り、六花はやってきた。

「よう」

「うん。それで、長太郎くん。話って?」

 

 

 

 鈴木と話したあと、俺は、六花に、昼休みに部室にきて欲しいと頼んだ。

 

「昨日のことなんだが」

「うん」

 

 

 ●鈴木にも言われたよ

「そっか、美咲ちゃんがー

 その表情は、嬉しそうだった。

「……昨日、改めて思ったんだよ。六花。俺は、お前のこと、何にも知らない。でもお前になんか事情があるってのは流石になんとなくわかる」

「気が向いたらでいい、いつかお前のこと、話して、できることがあったらこきつかえ、とことん困らせてくれ」

 

「ありがとう……じゃあ、その時がきたら、ボクのこと、聞いてくれる?」

「ああ」

 

 

「絶対、絶対いつか話すから!」

 

 

 忘れていたが、彼女は何もかもも規格外だ。

 もう、俺は彼女を電波美少女だと、思えなくなっていた。

 ひょっとして、本当に非現実的な、何かがあるんじゃないか。再度、どう思うようになっていた。

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ~意味深!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 ●悩んでいた。観客を楽しませる話、俺の妄想を詰め込んだ話。

 立花と出会ったことで、フィクションのような存在が、この現実でも存在できることを知った。

 

 だから俺の結論はこうだ。

 なら、おとぎ話でありつつ、妄想をやれば良い。

 

 

 そこから、台本の執筆は驚くほどスムーズに……とまではいかないものの、かなり順調に進んでいた。

 舞台は高校。かぐや姫がモチーフのキャラクター、如月カグヤ、シンデレラモチーフの灰咲レイラの二人のヒロインと、王子様系の男子、御門オウジらの三角関係を主軸にした人間ドラマを描く、恋愛ドラマ件、ヒューマンドラマだ。

 他の登場人物も、それぞれの二作品に登場したキャラクターをモチーフにしている。

 

 南部長からも無事にOKをもらい、正式に春大会で俺の台本で劇をやることが決定し、

 配役を決めるオーディションが行われる。

 

「長太郎くん、オーディションってどうやって決めるの? 審査員とか?」

「その場合もあるけど、今回は、全員参加の投票形式だな。例えば、御門オウジの役を、俺と伊丹が受けるとするだろ? その場合は、俺と伊丹以外の部員が、オウジの役に相応しいと思ったほうの名前を紙に書いて、投票するわけだ」

「なるほど」

 

「ってことは狭間くん、オウジくんのオーディションでるんだ?」

「まあな。六花の一番やりたい役は?」

「ボクは、かぐやちゃんかな。っていうか狭間くん、この役ひょっとしてボクがモチーフになってたりしない?」

「…………まあ、うん、はい」

「だからボクのこと観察してたのか〜」

「……すまん」

「ううん、嬉しいよ。さーて、頑張っちゃうかな〜」

 

「実咲ちゃんは〜?」

 

 六花が、席に座って熱心に台本を読み込んでいる鈴木の方にかけていく。

 鈴木がこちらをみてくるので、歩いていく。 

 

「私、長太郎くんシンデレラ──れいらさんの役を目指してみないかって言われて、色々迷ってたんです。ここまで私は裏方しかやってこなかったし、そんな自分がこんな大役できるわけないって」

 

 

「でも、それでもやっぱり憧れちゃうんです。シンデレラになってみたいって。」

 

「ってことは実咲ちゃん」

「はい、私、れいらさんのオーディション、受けてみようと思います」

 

「そっか! でもよかった〜、ボクはレイラちゃんのオーディション受けないから、これなら実咲ちゃんと争わなくてすみそうだね」

 

「だな」

 

「だいぶ浮かれてるな」

「部長」

 

「その様子だと、オーディションで受ける役はもう決めたんだろう?」

「ええ。ちょうどその話をしてたところです」

 

「南部長は何の役受けるんですか? レイラの姉の役なんか似合うと思いますよ、おっかなくて」

 

「お? いっぺん表出るか?」

 

「ま、第三希望に入れといたけどな」

 

 ……似合うって自分でわかってるじゃん……。

 ちなみにオーディションは三役まで受けることができる。

 

「第一希望はまだ秘密だが、まあちょっと、お前らを見てたらな、私も今回は少し思い切ってみようという気になった」

「思い切って?」

「ヒロインの役には立候補しないから安心しろ、」

「はあ」

 思い切って? どういうことだろうか

 

 

 

「それじゃ、今から如月カグヤのオーディションはじめまーす」

 

 こうして、自分から仕切ることにあまりなれていないこともあり、半端に間延びした号令となってしまった。

 俺は今回、台本を書いてきた張本人ということもあり、オーディションの仕切りと、オーディションで役ごとに演じるシーンの選定を任されている。

 有り体に行ってしまえば、面倒ごと全部である。

 

 まあ、オーディションの段階で、役ごとの重要な……もとい、俺が一番みたいシーンを抜粋することができるのは非常にありがたいが。

 

「じゃ、行ってくるね」

「おう。がんばってな」

 

 とはいえ、六花よりもカグヤらしい演技をする部員がいたら、そこはもちろん六花ではなくその部員に投票する。

 正直、八百長に片足……どころではないほどに漬かっていそうな現状なんだ。そのくらいのルールは設けなきゃ、さすがに申し訳が立たない。

 

 ステージ上に、六花の他、田口先輩、二年の利根、一年の……おとなしい、というかクール系っぽい印象の女子、橋本後輩が並ぶ。

 

 さて、この四人の中からカグヤの役が決まるわけだ。六花の演技は、練習で台本を読んだりお、即興劇を行う中で、十分に知られている。それに、六花の神秘的ん部分をさらに強めたようなキャラクターをしているため、間違いなく六花に似合う役だろう。

 

 

 順番にカグヤの役を演じていくが、やはり、他の部員の演技も、それぞれ特徴があって中なかなか捨てがたい。

 

 そして、いよいよ六花が舞台に立つ。

「どんな宝も、どんな愛の告白も、ボクにはいらないと思っていたけれど、ボクは今、君の愛がほしいんだ」

 

 

 

 その振る舞いは堂々としていて、とてもじゃないが、ついこの間入ってきたばかりとは信じられなかった。

 

 カグヤのオーディションが終わると、俺はもちろん、真っ先に六花の名前を紙に書く。

 ちらりと他の、審査席に座った部員の方を見ると、悩む必要などないと言わんばかりに、髪を折り畳んだところだった。

 

 音響の石川先輩が読み上げる。

「如月カグヤ役、如月リッカ」

 

「やった!」

「っし!」

 

 

 

 

 ……まあ正直、よほどのことがなければ、六花のヒロインパワーをもってすれば、如月カグヤ内定は当然だと思っていた。

  

「じゃあ次、灰咲レイラ」

 

 緊張しているのか、手をグッと握っている鈴木。

「シンデレラ、なりたいんだろ?」

「うん……なりたい……です!」

 

 先ほどとは打って変わって、トップバッターは鈴木だ。

 ああ意気込みはしたものの、やはり人前に立つというのはなれないようで、今も、大きくしん呼吸をしている。

 

「よーい」

 

 パン、と手を打ち鳴らす。

 

「あ、ありがとうございます。素敵な言葉ですね。今はどんなに悲しくても、信じ続けてさえいればいつか必ず夢は叶う」

 

 俯いていた鈴木が顔を上げる。

 

「私、御門さんのこと……その……、な、なんでもないです!」

 

 その健気さに思わずドキリとした。動きも声も大きいとは言えないし、演技がうまいとは言いがたかったが、思わず応援したくなるような、飾らない、素朴な可憐さがそこにはあった。

 これはきっと、鈴木にしかできない演技だろう。

 六花が人気アニメ声優だとするなら、鈴木はさしずめ、大作アニメ映画のヒロインの声優に大抜擢された売れ始めの女優……って例えが長いわ。長いし伝わる人間がすくねぇわ。

 

「灰咲レイラ役、鈴木実咲」

 

「ほ、ほんとですか……?」

 鈴木は喜ぶでもなく、ぽかんと口を開けていた。

 

「ほんとだぞ。シンデレラ様?」

「や、やりました〜」

 

 机にへたり込む鈴木。喜ぶどころではないらしい。

 流石に「大変なのは、練習始まってからだぞ?」と脅す気にはなれなかった。

 

「次、御門オウジオーディション」

 

 

 

 そして、次は御門オウジの役になるわけだが、関してこの役で俺が選ばれることに関しては、問題ないと言っても過言ではない。

 

 というのも、その王子という役は、華やかなイケメン役という、 二重のハードルのある役だ。

 そして、我が部の男子は、二年の俺、一年の伊丹の三人。

 深山先輩はあまり、派手な役をやりたがるタイプではないし、伊丹の性格を鑑みれば、初の大会でいきなり主役に立候補、というのは考えにくい、

 よって、ほとんど消去方に近い様な形ではあるが、俺の王子役は揺るがない、というわけだ。

 

 ステージに上がり、伊丹の方をみると、やはり伊丹が立つ気配はなかった。

 そして、現在のように立候補者が一人の場合はオーディション不成立となり、自動的に、その役になる。

 

 こうして、俺の、せっかく六花がヒロインなんだから、俺も主人公になってやろう作戦が果たされたのだ。

 

 と、思ったその時、視界の端で、立ち上がる影があった。

「えーと、部長?」

「なんだ、不満か?」

 

 いいながら、南部長は壇上に上がると、俺の横に並んだ。

「……ひょっとして、王子様役希望でいらっしゃる?」

「それ以外になにかあるか?」

 

 

 いや、ないけども。

 

「部長、王子様だのなんだの言って持ち上げられるの、嫌いじゃなかったです?」

「ああ。私が嫌いなのは周りの女子に面白半分で王子様扱いされることだ。だから、王子になるのは、やぶさかではない」

 

 そう言って南部長がにやりとこちらを見る。

 

「それに、お姫様があの二人だなんて、お前には手に余るだろ? 私が変わってやるよ」

「そんな軟派野郎みたいなセリフをつらつらと……」

 

「ま、単純にだ。全部お前の思い通りに行くのは、なんか癪だ」

 

 本音それかよ。

 とは言え、これはあくまでオーディション。

 オウジは俺が考えた人物だ。オウジのキャラクターへの理解に関しては俺に部がある。

 先輩あいてだろうと、負ける筋合いはな───。

 

「御門オウジ役、南部長!」

 

 ……えーこちら、客席の狭間。速報です。負けました。

  あんな天然物の王子様に勝てるか!

 

 そして、結局俺は、演出家として、役者ではなく、舞台の監修を行うことになったのだ。

 

「それじゃあ、脚本家兼演出家、狭間長太郎先生より、ひとごとお願いします」

 

「あーもううるせぇ!やるからには、いい劇つくんぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 13 ドキドキ勉強会

 

 

「さ、あがってどうぞ」

「お邪魔します!」

「お、お邪魔します……」

 

 現在俺は鈴木とともに六花の家に訪れていた。

 時は2日前に遡る。

 

【五月二十日】

 劇も、少しずつ形になっていき、やっと、台本なしで練習ができるようになってた今日この頃。

 それでも、学生として避けては通れぬイベントが近づいていた。

 五月中旬。定期テストがやってくる。久城高校ではテスト4日間にわたって行われる。

 授業だけで事足りるほど頭のできはよくないので、それなりの勉強が必要になってくる。はっきりいって非常に面倒臭い。

 

 今も後ろでは鈴木が、部活前の十分程度の時間さえ無駄にはしないという心意気で、英単語と睨めっこしている。

 

「───で、ここに公式当てはめれば簡単に解けるよ」

「おお、マジだ……」

 

 現在俺は、六花に数学を教えてもらっていた。

 

「六花は教えるのもうまいのな」

「そうかい? 君にそうやって言われるのなんだか照れちゃうな」

 

 その表情は、以前よりも柔らかく見えた。

 

 

「六花ちゃん! 私に勉強を教えてくださいっ!」

 

 

 

 

 

「おお…」

「わぁ…!」

 スタジオやモデルルームかのように、かわいらしいピンク色で統一された部屋に感嘆してしまう。

 もちろん、フローリングや壁は白のままだが、それ以外のリボンのような結び目のついたカーテン、花柄のベッド。濃淡の違いはあれど、どれも彼女の髪の色とお揃いのピンク色だった。

 

 

「へへ、部屋に人を上げるなんて初めてだからなんだか恥ずかしいけど、どうかな」

「いいなぁ…全部ピンクで、すごくかわいい」

「ああ、よくこれだけ揃えたな…そうだこれ、手ぶらも悪いかと思って」

 

 中に洋菓子の入った紙袋を渡す。これが男友達なら適当なスナック菓子をコンビニで買ってきているところだが、今回は少し格好つけて、セレクトショップに寄って買ってきた物だ。そのなも房の駅。といっても、扱っているものは千葉名物だが。

 

「私からもどうぞ。これ、お母さんが持って行けって」

 

 続くように鈴木が、2回りほど小ぶりな紙袋を手渡した。

 俺のよりも一段お洒落な雰囲気のそれは、かすかな記憶をあてにするのなら、確か紅茶専門店のものだった筈だ。菓子なら別の人が持ってくるだろうと言う判断だろうか。さすが鈴木母。

 

「2人ともありがとう!こんなに気を遣って貰っちゃって、なんだか悪いなぁ」

「こんだけ立派な部屋なんだ。場所代とでも思っといてくれよ」

「それじゃ、後でみんなでお茶しようか」

「はい!」

 

 

 

 楕円形のテーブルは、一人暮らしては大きめだが、2人分の教科書とノートを並べるといっぱいになってしまった。

 

「これだと六花のスペースが無いけど大丈夫か?」

「うん。ボクは2人に教えることに徹するよ」

「でも、悪いよ」

「大丈夫だ。六花は家で勉強しなくても成績優秀みたいだしな」

 

 実際の点数を見ていないが、六花が言うのだからそうなのだろう。

 

 それからしばらくの間、勉強する。困ったら六花を召喚、だ。

 

「六花」

「はーい!」

 ベッドに腰掛けていた六花が、ガバッと動き、隣に座ってくる。近い。

 

「この問題なんだが…」

「あ、ここはね!」

 

 すぐさま六花の説明がはじまる。

 その説明は驚くほどわかりやすかった。問題の表面だけをなぞるのではなく、なぜそうなるのか。理屈で説明してくれた。俺がほしい返しを全てしてくれる。

 

「よし、少し休憩にしよつか」

「あー疲れた〜〜」

 

 シャーペンを置き、伸びをしてそのまま仰向けに倒れる。

 

「私も、少し疲れたかな」

「それじゃあ紅茶入れてきちゃうね」

「手伝うよ?」

「なんかあったら言ってくれ」

「いいよ、二人とも座ってて」

「でも」

「俺たちの今回の目的は勉強だ。ならそれを引き受けてくれた六花が休憩もしてくれるのはそのうちじゃ無いか?六花は自分の使命を果たしてくれているんだ!」

「まあ、それなら」

 

「もうこんな時間か」

 時計を見ると時計の針は午後六時半ごろを指していた。日の沈みが遅くなってきたとはいえ、じきに真っ暗になってしまうだろう。

 鈴木の帰る時間が近い。

「鈴木」

「ん」

「鈴木、帰らなくていいのか?」

「うん」

 曖昧な返事ばかりでまともな返答ではなかった。

「すごい集中力。ボクもあるほうだと思ってたけど美咲ちゃんには負けたな」

「いままでの努力の成果、なんだろうな」

 よかったな鈴木。これで六花に勝るところがまた見つかった。

「うん。すごいな、実咲ちゃんは」

「にしても。どうしたもんか。無理矢理勉強中断させるのも気が引けるし」

「もし遅くなるようなら泊めるから心配しなくても大丈夫。こういう時のための布団もあるし」

「そか。なら安心だ」

「むしろ泊まってもらいたいな。お泊まり会とか憧れてたし」

 

「もしよかったら、長太郎くんも泊まってかない?」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや、流石に手狭だろうからやめてとく。着替えもないしな」

 

「そっか、それじゃ、こんど泊まりの用意して一人で来てよ。いつでも待ってるから」

 

「その手の冗談も程々にしろ。本気にするぞ?」

 

 ボクはいつだって本気なんだけどなあという呟きは聞かなかったことにする。

 

 

 六花の雰囲気が変わる。

「あとでさ……話したいことがあるんだ。聞いて、くれるかな?」

 

 唾を飲む。

 

「当たり前だろ」

 

 

 

 

 

「ご飯だけでも食べて行かない?今ある食材だと、簡単にパスタとスープになると思うけど」

「いいな」

「ミートソースかナポリタンか、簡単カルボナーラか…あ、実咲ちゃんが何が好きかわかる?」

 甘めのものはそこまで積極的に食べる方ではなかったはずだ。

「この中だと、ミートソースかな。俺も好きだし」

 ちなみの俺は給食の食缶の中にでくたくたになった細切れのナポリタンを愛していた。今思うと柔らかすぎてもはや麺というかマカロニの類に近かったと思う。

 

「三人分は結構大変だろ?手伝うよ」

「ううん。これくらいなら全然こなせるから大丈夫だよ。長太郎くんはお客様なんだから」

「そっか。じゃあ皿運びくらいはさせてくれ」

「わかった。もう、だらだらしててくれればいいのに」

 

「でも、同棲してるみたいで楽しいね」

「はいはい。じゃあアレはなんだ。子供か?」

 

  リビングで勉強する子供を彷彿とさせた。

  

「彼女が二人いるってきっとお得だよ?」

 

「冗談きついぜ……」

 

 

 『カノジョも彼女』じゃあるまいし。

 

 

 

 

 できたら呼ぶから実咲ちゃん見てあげてて」

「了解」

 

 鈴木を見ながら待つ。しばらくすると、トントンと包丁を振るう音や、水の音なんかが聞こえてきた。次第に食欲をそそられるいい匂いが漂ってくる

『くぅ〜』と、腹の虫の声が聞こえてきた。無論。俺ではない。

 前を見ると鈴木が赤面していた。とうとう集中力も落ち着いてきたらしい。

「今六花が俺たちの分も夕飯作ってくれてるって」

「そんな、悪いよ、ってもうこんな時間!!早く帰らないと!」

「泊まってほしいって言ってたぞ」

「うん、お母さんに連絡しちゃう」

 

 電話する鈴木

「なんだって?」

「いいって」 

 予想済みだ。

「なんの話だ」

「長太郎くーん」

「はいよー」

 

「「「いただきます」」」

 

 誰かの家で、それも大人抜きでこんなことをするのはなかなか新鮮だ。

「楽しいね」

「だな」

 

「お風呂沸いたけど、実咲ちゃん先入る?」

「そう? じゃあボク先に入っちゃうね

 

「じゃあ俺はこの辺で」

「あれ? 帰っちゃうのかい?」

「だってそりゃ……風呂は流石に不味いだろ、色々」

 ラッキースケベは現実じゃ地獄だ。気まずすぎる。

 

 

「確かに、狭間くんは着替えないですもんね。でも、一緒に勉強してくれる方がいると心強いですし……あ!じゃあお風呂は入らずに、もう少しいる、というのはどうでしょうか。

 

「ふふ、ボクは何があっても気にしないよ?」

 

 ……ダメだ。この俺がツッコミに回らざるを得ない。

 

 

「ボク、猫耳パーカーのルームウェア、二着持ってるんだよね。この意味、わかるよね?」

 

「さーて、もう少しゆっくりしていこっかなー!!!」

 勉強する鈴木を横目にして、六花の戻りを待つ。

 

 

 うーん、落ち着かない。一人暮らしの美少女の家。女子が二人に男は俺だけ。我ながらとんでもない大出世をしたものだ。中学時代の俺にこのことを聞かせれば妄想乙とでも言われそうだ。

 …中学の俺、すげー面倒なオタクだな。今もだけど。

 

 この間取りなら、衣擦れの音でさえも聞こえてきてしまいそうだ。不意に背中をなぞられたような、むず痒い背徳感がジリジリと込み上げてくる。

 ……いまこの部屋にいるのは精神衛生上非常によろしくない。

 そう判断した俺は立ち上がり、自販機でもいこうかと、リビングを出た。

 玄関に足を進める最中、つい出来心でバスルームへつながる扉に視線をやってしまう。すると、タオルを外に置き忘れたのだろうか。前屈みになった、

 

 ───一糸纏わぬの姿の六花が視界に映った。

 

 六花と目が合ってしまう。

 

  咄嗟に片手で胸元隠したことで、その果実の一片たりとも、みえることはなかった。

 

  みるみるうちに六花の顔色が羞恥に染まっていく。

「変態っ!!」

 

 次の瞬間、俺はいつの間にか六花に距離を詰められていた。

 

 突如右頬に感じた衝撃に、視界がブラックアウトする。

 結論から言えば、俺は右頬をビンタされた上で部屋から締め出されていた。

 一瞬にして懐に入られたということだ。

 

 身体能力高すぎ……。

 

 

 恐るべし。

 

 

 まあ、荷物も中に置きっぱなしだし、すこし間をあければ中にはいれてくれると思うのだが……え? 大丈夫だよね?

 

 

 エレベーターで一階に降りると、道路の反対側にある自販機の前に立つ。

 頭を冷やそう。そうでもしなければ、先程の光景が成人向けゲームののCGのようにフラッシュバックしてしまう。

 こういうときは、他愛もないことを考えよう。他愛もないこと…。

 

 俺は、ある違和感に気づいた。

 

「……あの胸のサイズなら、片手で隠し切れるわけなくないか……?」

 

 走る姿やストレッチをする姿を見ているから知っているが、如月六花は巨乳ヒロインに匹敵する巨乳だったはずだ。

 

 それを隠し切れていたと言うことは、……おそらくBカップ、Aカップだということになる。

 

 

「パッドか……?」

 →こんな迂闊なことする? バレるようなまね

 ・ラッキースケベのパワーが、「正体がバレるかもしれない」というリスクを上回った。

 

 

 ・

 

 

 

 →六花は、パッドつけるの当たり前だと思ってる。「男の子って,大きい方が好きって聞くから。長太郎くんもそうだよね」「いや、重要なのは誰についてるかだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん、それを本人に確認する資格も勇気も持ち合わせていないが。

 

 小銭をいれ、ボタンを押すと、こぎみのいい音とおもに細長い缶が取り出し口に落ちてくる。

 自販機の中でも一際目立つ黄色を基調に、焦茶色の文字で『MAXコーヒー』とあしらわれたそれを、比企谷八幡は「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい」と称した。

 

 イカしたキャッチコピーだ。俺だってそう思い続けてきたけれど。あいにく、今はそうは思わなかった。

 

 だって、こんなにも甘ったるく感じるのだから。

 この熱烈な甘さも。いつかは忘れてしまう日が来るのだろうか。そう思うとどうしようもなく切なくなる。

 

 まずは、六花に謝るセリフを選ぶとこらからだ。どうしてこう、現実には選択肢が現れちゃくれないのか。まあ、脳内にトンチキな選択肢を出されて、ラブコメの邪魔をされてもこまるけれど。

 

 缶をゴミ箱に投げこむと、ふたたびエレベーターに乗る。

 一呼吸おいてからインターホンを鳴らすと、扉が開き、中から六花が顔を出した。

「「すまん!(ごめん!)」」

 

「ボクが癖でドア閉めなかったのが悪いんだから」

 いやまあ、確かに論理的にはそうなのだが、倫理的には十分俺も悪いだろう。

 あー!だめだ、どうしてもあの裸が忘れられない!

 再び中に入ると、猫がいた。

 正確に言えば猫耳フードを被った、もこもこの寝巻き姿の女子が二人。

 肌がしっとりしていて妙に扇情的だ。

「おお…」

「どう? 実咲ちゃん、似合ってるでしょ」

「ああ。でかした、最高だ」

「だって、よかったね実咲ちゃん!」

「えっ! わっ、私⁉︎  ぜ、全然そんなことないよ!」

 かわいい。かわいい寝巻き姿で横並びになる女子二人。まるでライトノベルの扉ページの前に付いてる横長のピンナップみたいだ。

 女の子の匂いに包まれた部屋、女子二人、俺一人。

 ワンランク上のまったり感というか。

「帰りたくねー…」

     

「長太郎くん。ボクの秘密、知りたがってたよね」

 

 突然に六花が切り出す。

 

「あ、ああ」

「もう、キミは気づいてると思うけど実はボク───パッドなんだ」

「ああ、さっき見た。……なんでって、聞いていいか?」

「男の子って,大きい方が好きって聞くから。長太郎くんもそうだよね」「いや、重要なのは誰についてるかだ。」

 

 

 六花が気負わないよう返答する

「えっち」

 しまった、罠だった。

 

 

 一通りはしゃいだ後、ふと鈴木がこんなことを切り出した。

 

 

「そういえば、六花ちゃんは卒業アルバムとかないかな、できればみたいなーなんて」

「んー、実はもってないんだよね」

「ああ、引っ越しの時に置いてきたのか?」

「ううん、そうじゃなくて……」

 

 

 六花は、何かを決心したかのような表情を見せた。

 

「……ちょっと待って、今から二人に、聞いてほしいことがあるから」

 

 六花は言った。

 

 

「ボク、転校前の記憶がないんだ」

 

 ごとんと、スマホを取り落とした鈍い音だけが、部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14 記憶喪失判明

 

 一瞬の静寂の後、慌ただしく鈴木が話を切り出す。

 

 

「記憶が無いって、記憶喪失ってこと!?」

「うーん、あんまり自覚はないけど、そうだと思う」

「なにか思い出す方法って」

「どうなんだろう。ボク自身、気づいた時からこんな感じだから、あんまり困った、って感じもないんだよね」

「六花ちゃん。記憶がな、いつから?」

 

 悲しい、というよりかは、少し困ったような顔で六花が話し始める。

「この部屋に引っ越してくる前から、かな。ボクが覚えてるのは、この部屋で目覚めたときからだから」

 

「それって……」

「忘れもしないよ。目が覚めたら、この部屋。調度品も全て全てそろった状態に部屋で、メールに、ボクが久城高校に転入することが書いてあった。」「寝巻きはあったんだけど、制服しかなかった」

「だからあの時制服だったのか」

 

 

「長太郎くん……?」

 

 そんな、鈴木の、正常な反応とも言える、取り乱す姿を傍目に、俺はただ、静かに

 血の気を引かせていた。

 

 突拍子もない六花の話だが、俺は六花のその言葉に一切の

 疑いをもたなかった。いや、持てなかったのだ。

 

 

 

 

 

 今までは冗談半分で電波だの厨二だの行ってきた。意味深な言動も、それで収まると思っていた。天才はやることなすことも変人だと、自分を言いくるめることができた。だがこれは、本当に起きていることだ。手を伸ばせば届く距離にいるの少女が困っている。それはつまり、俺はもうとっくに、文字や絵を追うだけの傍観者じゃなくなっていたということだ。

 

 

 そして、なによりも、動揺している自分自身に対して、俺動揺していた。

 

 どうした俺。あれだけフィクションに。主人公に憧れてたじゃないか。

 ───認めたくなかった。俺は現実から、辛いものからただ、逃げてるだけなんじゃないかと。俺にとって物語とは、逃げ道でしかないんじゃないかと、思ってしまった。

 

 

 

 

(重すぎ。もっと軽く語る)

 ───思えば俺は、人に馴染めなかった。

 

 それに、どうして人は傷つけあうのか。分かり合えないのか。格差があるのか。こうも違うのか。差別するのか。認められなかった。だから俺は現実に目を向けるのをやめた。

 

 鈴木。俺もその、変な子だったんだよ。

 でもお前は俺とは違う。お前は物語を踏み台しにて、のし上がった。

 

 俺は違う。物語を逃げ道として使うだけ使って、今度は物語からも逃げようとしている。

 

 

 そして今もスズキは、必死に六花を救おうとしている。

 

 一方で俺はどうだ。

 

 

 

 冷や水を頭からかけられたようだった。

 誰が仕組んだことなのか。なぜ俺の行動が予言されていたのか。

 そんなことはどうでもよかった。

 

 記憶のない彼女が、どれだけ心細い気持ちで、藁にもすがるような思いで俺の元を訪ねてきたのか。

 

 彼女が俺に固執する理由も、あの新歓で彼女から一歩ひいた時、彼女が泣き出してしまった理由もわかったような気がした。

 

 他にもきっと、俺が見落としていただけで、些細な言動にも、そのヒントはあったのだろう。

 

 

 

 

 ───よかった。好きな女子を救いたいと思えるだけの人間性はまだ残っていたみたいだ。

 

 

 

 

「なあ六花。もしお前が記憶を取り戻したら、もう一度聞かせてくれないか? その……あの時の返事」

「うん」

 

 ───はっとした。彼女が俺を王子様と呼び、唯一の手がかりだと言うのなら。俺は、少なくとも、俺と彼女の物語において、主人公だ。

 

 幼い頃は機械仕掛けのベルトを身につける、悪の組織と戦うことを夢見ていた。銀色の巨人になって、街を壊す怪獣を倒すことを夢見ていたた。

 

 だが、俺は高校生だ。

 

 その意味を知っている。世界を守るなど。

 

 

 

 

 今の俺には。俺の周りにある、ちっぽけな"セカイ"を守れればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 ・夢の国の夢を見るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日の朝。いつものように俺がきてから少し遅れて、六花が教室に入ってくる。

 

「お、おはよう、如月」

「おはよう、長太郎くん!」

 

 六花のいつもと変わらぬ挨拶に、俺は毒気を抜かれてしまった。

 隣の席に座った六花が少し声を潜めて、話しかけてくる。

 

「その、土曜日、色々あったけどさ、今まで通りにしてくると、嬉しいな。その、あんな突拍子もない話しちゃったから、無理に、とは言わないけど」

 

「そっか、別に今まで通りでいいのか」

 

 

 

 勇気を出して俺たちに話してくれてんだ。それで俺たちの反応が変わってしまったんじゃあんまりだ。

 

 そこからは、六花の現状について、あまり意識しないよう、他愛のない会話をしていると、珍しい客が訪れてきた。

 よく手入れされた長い黒髪に、控えめな性格の滲み出る表情に仕草は見間違えようもない。土曜日の件のもう一人の当事者、鈴木だ。

 

「あ、あの六花ちゃんも狭間くんも、ちょっといいかな」

 

 内容としては、あの後、六花の今の状態について、色々と調べてきたらしく、それについて話を三人で共有したいとのことだった。

 

 

 

 

 四限が終わると、六花と共に、弁当を持って、部室の方に向かう。

 週二・三回の頻度でこうして一緒に部室に向かっているが、初日のこともあり、外野の人間からはすっかり部活の集まりにいくと思われているようだ。

 

 俺と六花が席についてから、少し遅れて鈴木がやってきた。その手にはランチバッグの他に、重そうなトートバッグを抱えていた。

 

「ご、ごめん! 授業終わるの、遅くなっちゃって!」

 

 

 

 

「え、えーと」

 鈴木は駆け寄ってくると、あたふたと視線を彷徨わせた。

 視線の先は、隣通しに俺たちの座っている席に向かって向けられていた。

 この状況に慣れてしまっていたが、側から見ればカップルそのものだろう。

 もっとも、俺は一度振られているが。

 

 

「あ、ああ席な。どうするかな」

 

 

「じゃあ実咲ちゃん、ボクらの間においでよ」

「え、で、でも……」

「ほら、実咲ちゃんが説明するんだから、ここが一番いいと思うよ! 長太郎くんもいいでしょ?」

「え? ああ」

 

 結局、俺が一席横にずれ、その間に鈴木が座る、ということになった。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 鈴木が俺たちの顔色伺いながら、おそるおそる座る。

 

 

 だだっ広い視聴覚室に三人が横並び。

 もうちょいマシな座り方があったんじゃないかとも思うが、今は余計なことは何も考えないことにしよう。

 

「そ、それで、二人に話したいことなんだけどね。その、六花ちゃんの記憶喪失、の症状について、色々調べてみたんだ」

 

 鈴木が、バッグからキャンパスノートを取り出す。

 鈴木が持ってきたノートを開く。

 『六花ちゃんの記憶喪失について』とタイトルを銘打たれたその一ページ目は、まるで授業用のノートのように、ぴっしりと綺麗にまとめられていた。

 

 

 

 六花があっけにとられたような表情を浮かべる。

 

「うそ。実咲ちゃん。これ、すごい時間かかったでしょ……?」

「日曜の朝、帰りに図書館によって調べながら色々……でも、全然大丈夫だよ。それに、六花ちゃんのこと考えてたらじっとしてられなくって」

 

「実咲ちゃん……」

 

 六花の目がは潤んで見えた。

 

「説明しても、大丈夫ですか?」

「うん、お願い」

 

「まず、六花ちゃんの症状ですが──不快にさせてしまったらすみません。記憶障害の一種だと思われます。おそらく、健忘症の一種だと思います。そして、健忘症には外傷性、心因性、薬剤性、症候性、アルツハイマー性のものなどがあり、外傷性は……」

 

 淡々と鈴木の説明が続いていく。

 鈴木は本当に一から百までを網羅する勢いで調べてきてくれたのだろう。だが、これでは休み時間がいくらあっても足りない。

 

「鈴木、悪いが六花に関わる部分だけ、要約して話して貰えるか?」

 

「は、はい。要約ですね……えーと、えーと……」

 

 すると、途端に鈴木があたふたとし始める。

 

「ノート、見せてもらっていいか?」

「い、いいですけど、あんまり綺麗な字じゃないですよ」

 

 鈴木から受け取ったノートは、かろうじて要所に見出しがついている程度で、その他のぶぶ運は本当にひたすら書いた、というような有様だった。たしかに、これでは要点を掴むことは難しいだろう。

 

 俺はひとまず、見開きになっている二ページ分を、ざっと目を通した。

 

「六花の症状はおそらく、心因性。要するに、トラウマだったりストレスだったり、何かしら内面的な影響から生じた記憶障害らしい。心理学的には、『解離性健忘』と呼ばれてるやつだな。こっちの名前は聞いたことがある」

 

 鈴木に代わって話始める。

「狭間くん、わかるの?」

「ま、普段から文章読み漁ってたらこれくらいはできるようになる」

 

 

「一応、そう判断できる理由も言っておくと、過去の記憶が思い出せない以外の症状が出ないからだな。例えば、病気や怪我による、脳への物理的なダメージが原因でおきた障害だったとしたら、新しい記憶を覚えることにも、影響が出ているはずだ」

 

 だが、六花の聡明ぶりは知っての通りだ。とてもじゃないが、忘れっぽいとは全く思えない。

 

「で、肝心の思い出し方に関しては……」

 

 ページをめくり、再び斜め読みをする。

 

「そうだな。───六花の記憶喪失の原因が、何らかのトラウマだったと仮定しよう」

 

 六花がこくんと首を縦に振る。

 

「トラウマから離れた、六花が安心した環境に居続けていれば、徐々に失っていた記憶を取り戻していくことが多いらしい。急いで記憶を取り戻したい場合には、催眠や薬剤なんかを使って、リラックスさせていく方法もあるらしい」

 

「他の思い出す方法に関しては……」

 

「これだけか」

 

 

 物語でよく見る、記憶に起因するものを見て思い出す方法については記載されていなかった。むしろ、それらの、トラウマを想起させるようなものは避けるべきだ、ということが書かれていた。

 

 ここが一番の相違点であろう。

 

 

 

 

 今の方法を実践しようにも、

 だが、問題なのは、六花が、何をすればリラックスできて、何がトラウマなのか、いまいち検討がついていない、ということだ。

 唯一の手がかりらしい手掛かりは、あの城がどうとかって話だったが。

 

「はい。なので、ここは自然に回復するのを待ったほうが」

 

「ボクは……」

 

 六花が静かに切り出す。

 

「ボクは知りたい。どんなに辛いことでも、小さなことでも知りたい」

 

 その目を見る。

 六花のその意思は固く、およそ、曲げられそうなものではなかった。

 

「わかった。じゃあ、思い出す方法を考えよう」

 ……となると、鈴木のノートに書かれていた一般的な治療法とはやることがかけ離れてくる。こうなると、メンタルクリニックでの長期的な観察、治療、という最も一般的な手段はなしだな。まあ、もとより、身元不明で記憶も全くといっていいほどにない状態だ。医者に行ったところで、遠回りな上、面倒なことになるのは目に見えている。

 

「───すみません」

 

 鈴木が申し訳なさそうに切り出す。

 

「私、こうなるとは思ってなくて、自分たちで動いて思い出す方法って、あんまり調べてないんです……」

 

 そんな鈴木に、六花は柔らかく微笑みながら語りかける。

 

「大丈夫。それはこれから探していくよ。それよりもこれだけ調べてきてくれてありがとう」

 

 俺だけが何もしないと言うわけにもいくまい。

 

「なら、こっからは俺の番……かな」

「狭間くん?」

 

 俺は、もってきていたリュックから、表裏真っ黒なノートを取り出す。

 さながら白文字で『DEATH NOTE』とでも書いてありそうな風貌のノートではあるが、そこに特に意味はない。単に、中学の頃に何冊かまとめて買ったものの、授業用として使うにはあまりにも格好が良すぎる上、かといって、プライベートでノートを使うこともないため、家で余らせていたものだ。

 

「ノートですか?」

「ああ。医学的な方向からは、鈴木がこうやって調べてくれるだろうと思って、俺はまた別の方向から、記憶喪失について調べてきた。特に、記憶を思い出す方法については」  

 

「あの、別の方向とは、どんな方向でしょうか。ひょっとして、催眠療法のような、ややスピリチュアルな観点からでしょうか⁉︎」

「当たらずとも遠からず……といったところだな」

 

 およそ検討がつかないと言った様子の鈴木に俺は言う。

 

「俺は調べたのは、アニメにおける記憶喪失のあるあるパターンだ」

「はい?」

 

 鈴木のこんな声色を聞くのは、初めてのことだった。

 

 

 ◇

 

 六花が記憶喪失であると知った、勉強会の帰り道。

 俺は、久城駅から最寄り駅までを、電車に乗ることなくぽつぽつと続く街灯を辿るように線路沿いを歩いていた。

 あまりに突然な出来事に、こんがらがってしまった頭を冷やしていたのだ。

 

 そして俺は。LINEを開き、通話ボタンを押した。

 

「なんだ、こんな時間に」

 

 電話越しに、朝倉の怠そうな声が聞こえてきた。

 

「お前を一丁前のキモオタと見込んで話がある」

「切るぞ」

「切るな」

 

「……で、なんのつもりだ?」

 

 

「アニメでラノベでもなんでもいい。記憶喪失になったキャラの記憶が戻るキッカケをできるだけ挙げてくれないか」

 

 記憶喪失。医学的には、乖離性健忘───というのだったか。そうした、医学的な方面からは、まず間違いなく鈴木が調べてきてくれるだろう。

 

 だとすれば、俺が調べるべきなのは、鈴木の調べが行き届かない方向。すなわち、フィクション。端的に言えば、物語における記憶喪失の解除についてだ。

 そして、六花が記憶喪失である、その事実を口外しないためにも、こんな冗談のような聞き方になってしまうのは仕方のないことだった。

 

「……別にいいが、なんのために」

 

 本当のことをいうわけにはいかない。

 

「……台本の都合でちょっとな」

 

「……わかった。記憶喪失な……」

 

 少し間を開けたあと、返答が返ってくる。

 

「つまり『幼少の頃母親がよく口ずさんでいた歌を聞く』とか、こんな感じか?」

「ああ。そういう思い出の歌とか、人、思い出の品物とかな」

「……となると、後は思い出の場所とか、そういうことか。親に連れてきてもらったとか、逆にその場所で誰かが死んだ……とか」

「ああ。そんな感じで挙げていってくれると助かる」

 

 だが、いくつか具体例を聞いていて気づく。

 

『頭を強く打つ』、『脳手術が成功する』といった、物理的なものを除けば、基本的には、記憶を失う前に強く印象に残っていた物事に接触することが、記憶を思い出すきっかけとなるパターンが、そのほとんどであることに。

 

 波大抵の作品例では、すでに既出の状態になっていってしまい、挙がっていく例は、どんどんとフィクション的になっていった。

 

「記憶を内包したDISCを取り戻す」

 朝倉が言う。そして、俺も返す。

「『多くの世界を渡り歩いてきた主人公が、自分が生まれた世界にたどり着く』」

「『世界に散らばってしまったナンバーズのカードを回収する』」

「『冴えないサラリーマンが、自分の見たい夢を見せてくれる施設で、宇宙海賊として星々を駆け巡る夢を見るが、それは施設の用意した夢ではなく、封じ込めていた自身の記憶だった』」

 

「あ? 俺その元ネタしらねぇな」

「お前『スペースコブラ』見てねぇの⁉︎」

「見てねぇよ……ネットミームでしか知らん」

 

 そこから、また二、三例を挙げたところで朝倉が切り出す。

 

 

 

「……俺はもうお手上げだ。あとは偉大なるインターネットに頼るとかなんとかして見つけてくれ」

「いや、それも多分大丈夫だ。今のやり取りで、概ねパターンがあるのはわかった」

 

「なあ、こっちからもいいか?」

「ん? なんだ?」

 

「───如月六花に、実は記憶喪失でした、とでも言われたか」

 

 さらりとでた正解に、俺は空いた口が塞がらず、否定の言葉を言うことができなかった。

「その沈黙は、肯定として捉えていいんだな?」

「……ああ」

 

 俺は渋々頷いた。

 

「マジか───。可能性の一つとして考えていただけだ。まさかそんなことあるわけないと思ってた。

 

「何でわかった」

「確証があったわけじゃない。半ば鎌掛けに近いの。ただ、あいつ、なにやっても完璧にこなすだろ? その時、自分が出した結果に自分で驚いてんのが妙に気になっててな。それで、もしかしたら、って感じだ」

 

 そう言われて、スポーツテストの時や、定期テストのことを思い出す。

 

「なるほどな」

「だが、ここでその説明をしてこないってことは、本来はお前らだけの秘密にしておくつもりだったってことでいいか?」

「そのつもりだったよ。勘のいいガキさえいなけりゃな」

 

 相手の感が鋭いってのがこんなに不都合に感じるとは。いまなら某錬金術師漫画の彼の気持ちがわかる気がする。別にわかりたくもないが。

「そう言うことなら、それ以上のことは聞かねぇよ」

「助かる」

 

 ◆

 

「アニメ……ですか。狭間さんすみません。立花ちゃんの人生に関わることです、確認します。冗談で言っている訳では、ないんですよね」

 

「当たり前だ。流石にそれくらいの分別はつく。」

 

「六花は身元不明で記憶喪失。はっきり言って非現実的だ。こんなミステリー小説みたいな状況なんだ。こっちも創作物の知識を加味してみてもいいとおもってな」

 

「それは……確かにそうかもしれません」

 

「それに、真っ当な調べ方に関しては鈴木がやってくれるって確信があったから、こっちも気にせずそっちの方に考えられた」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「うん。ボクも長太郎くんの言うことなら信じられる。ねえ長太郎くん。 話して?」

 

「ああ。結論から言えば、記憶を失う前に、強く印象に残っていた思い出の物事に触れることができれば、それをきっかけにして過去の記憶を思い出すことができる可能性が高い」

「思い出の、物事……」

「なんでもいい、本当に些細なことでも。なんなら、夢の内容だっていい。どうも夢ってのは、記憶の整理の一環として生じてる現象らしいしな」

 

「夢……夢……そうだ」

 

「なにか思い出したの⁉︎」

 

「……あのお城」

「城?」

「うん。お城が出てくる夢をみるんだ。洋風の立派なお城。何もない、真っ白な空間の真ん中に、お城が立ってて、ボクは、そのお城に近づきたいんだけど、気づいたら初めに立っていた場所に戻されてる。そんな夢」

「お城には、辿り着けないんですか?」

「……うん。そうだった。それでボクは、時々寂しくなるんだ。なにか、大事な約束があったような、そんな気がする」

 

 連鎖するように、六花の記憶が繋がっていった。

 これで、その城の正体を突き止めれば、六花が記憶を取り戻す可能性は高いだろう。

 城。それは、なにか、六花の感情のイメージなのか。それとも、本当にどこかに実在するしろなのか。実在する城なのだとしたら、六花とはどういう関係なのか。

 

「お城……ですか。ひょっとして、どこかの国のお姫さまだったりするんでしょうか⁉︎」

 

「はは、さすがにそんなことはないと思うけど」

 

 けれど、仮に六花の招待が、ヨーロッパかナーロッパどこかのお姫様だと言われても、あまり俺は驚かないだろう。

 六花には、それだけのミステリアスな雰囲気が、出会ってから二ヶ月近くが経とうとしている今となっても、いまだに、多分に感じらていた。

 

 すると鈴木が何かを思い出したようだった。

「そうです! 家に色んな国の旅行ガイドがあるんです。大きいお城なら観光名所になっていると思うので、なにか思い出すきっかけになるかもしれません」

 

「よし、これでやることは決まってきたな。じゃあ鈴木は明日そのガイドブックを頼んだ」

「わかりました……それと、教師に掛け合って、入学時に提出したであろう書類を確認するというのははどうでしょうか」

 

「うん。いいよ、ただ、ボクは出した覚えないけど」

 

「……だからこそ確認したほうがいいのか」

 保護者の名前を確認するためか、なるほど。

 

 

 

「そうだ。少なくとも、うちが普通の公立高校な以上、それを証明する公的な書類がどこかにあるはずだ」

「それと、鈴木にも協力してほしいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「転校前の六花を知るやつがいないか、全クラスに聞いて回るのを手伝って欲しい」

「……わかりました、やってみます」

 

 こうしていよいよ、やることは決まった

 

 

 ◇

 

 翌日の昼休み、昨日と同じように部室に三人で集まると、鈴木はトートバッグいっぱいの観光ガイドをドスンと机に置いた。

 

「ふぅ……重かったです」

「重かったでしょ。ボクのためにわざわざありがとう」

 

 何冊かパラパラとめくってみると、西洋のものが中心のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「城……城……」

 

 めくっては六花にみせる作業を繰り返す。

 

 どれも、六花の反応は「きれい」だとか立派だとかだ。

 

 

 残り一冊。それは日本のドリミーパークのパンフレットだった。

 

 

 

 

 

 マレーシアバクがモチーフの着ぐるみのキャラクターの写真がかかれたそれは、ドリミーパークのガイドブックだった。

 

 ドリミーパークは言わずと知れた、世界一有名なテーマパークだ。

 日本では千葉県浦安市にある。

 そして、夢の国にちなんでか、看板キャラクターはバク。男の子のパックと女の子のパミーだ。

 

「お城もあるので、持ってきました。

 

「わぁ……!」

 

 そんな声に釣られて首を振り向かせると、そこには輝かせた目でパンフレットを眺める六花の姿があった。

 

「気になるのか?」

「うん行こうよ!」

「いついきましょうか! テスト明けの方がいいですよね」

「……あ」

 

 六花が何かに気づいたように声を漏らす

「ボク、テスト明けの日曜日、誕生日だ」

 

 生年月日の欄には、六月五日と記載されていた。

 

「本当ですね!じゃあこの日にしましょう! 凄い偶然ですね!」

 

「ああ、でも全然別に日で大丈夫だよ。ボク、六月五日が誕生日だって自覚あんまりないし」

「だったら尚更ですよ! 一緒にお祝いしたら何か思い出すかもしれません!」

 

 力強く話す鈴木。誕生日には結構こだわる方なのかもしれない。

 さてはあれだな。友達が誕生日になると、お菓子いっぱいもってきて誕生日の人の机の上に山積みにする文化圏の人間だな?

 

 もちろん俺はそんなイベントどころか、友人からプレゼントをもらった記憶すら無いに等しいが、単純に菓子は好きなのであれは羨ましい。

 

 ちなみに俺は朝倉の誕生日を全く覚えていない。

 あれ? 原因そういうとこじゃね?

 

 

 しゃべりながらも、六花のページをめくる手は止まらない。

 

 ……とはいえ、これ記憶に引っかかる部分があったのか、単にワクワクしてるだけなのかわかんねぇ……。 

 

 

「ドリミー! 行くでしょ⁉︎」

 

 

 

 

 そんなやりとりがあった、テストを無事に終えた週の日曜日の朝。

 土曜も部活で練習だったので、丸々一週間一緒ということになる。

 

『次はー舞浜ー、舞浜ー。』

 

 俺の視界には、ファンタジーを思わせる城や街並み、火山や遺跡など、現実離れした光景が電車の窓から飛び込んできた。

 俺は夢の国に足を踏み入れようとしていたのだった。

 

 

「ここがドリミー……」

「うん! ここがドリミー……!」

 

 

 

 案の定、女性陣は大はしゃぎだ。

 とは言え、半ば強引に連れてこられた俺も、内心かなりテンションが上がっていた。

 

「流石にテンション上がってくるな……」

 

 撤回。そんな呟きが漏れでるくらいにいは、気分が高揚してい

 

 電車を降り、待機列の方に向かっていく。

 

 歩いていると、六花がこちらに身を寄せてきた。

 

 

 長太郎くん、この服、どうかな。

 

 鈴木がいた手前、言うのを躊躇ってしまっていたが、本人から言われてしまったのであれあば、応えないというわけにも行くまい。

 

 六花が来ていたのは、複数買ったうちの一着。打って変わって、

 だが、なんというか、あの時の俺のセンスを踏襲してくれたかのようなファッションになっており、「ボク知ってるよ、長太郎くんは、こういうのが好きなんだよね」と見せつけられているようで、少し小っ恥ずかしいものがあった。

 でも実際そうだから仕方がない。

 

 さらに、その頭の上に乗っているキャップだけは、まぎれもなく、俺が選んだキャップであり、

 

 

「ありがと! じゃあさ」

 

 

 といって、六花はその隣を歩いていた鈴木の両の脇腹をつかみ、前に出してくる。

 

 

「実咲ちゃんは、どう?」

 

「どうって……」

 

 鈴木の服装は、ドリミーの風景によく会っている服装だった。

 白いふんわりとしたブラウスの上からは、紺色の薄手のカーディガンを羽織り、その下には、涼しげな水色のスカート。

 

 鈴木に似合っている服装だと思った。

 

「ああ。ドリミーに合ってて、すごく似合ってる、んじゃないのか?」

「そっ、そうかなっ! あっいやっ、でもそんなことないよ!」

 

「え〜でも似合ってるよ? あのね、長太郎くん、実咲ちゃん、これで大丈夫かな〜ってLINE送ってきたんだよ〜?」

 

「ちょ、ちょっと六花ちゃん! それは言わないでって!」

「あれ〜? そうだっけ?」

「もう〜!」

 

 

 こうしてみると、この二人も随分仲良くなったもんだな、としみじみと思う。

 お泊まりするくらいだもんなー。俺もいたけど。

 

 いやまてよ、やっぱり俺、

 日本のインターネット文化には、「百合に挟まる男」ということわざがある。(ネットスラングとも言う)

 意味は、女の子同士のきゃっきゃうふふの間に入り込もうとする男は死すべし、ということだ。

 うん。考えないようにしよう。

 

 

 六花の記憶どうこう、というつもりできたはずだったのに、いつのまにか、完全にエンジョイムードになってるな

 

 でもまあ、こっちは決して安くない金額を払ってるんだ。楽しまなきゃ損ってもんだろう。

 

 

「写真撮るぞ」

「は〜い」

 

 六花が手をうしろに組んだポーズをとった。

「お、でたなそのポーズ」

 

 

 

 

 

 

 

 〇〇に乗ったり〇〇に乗ったりして満喫した。

 

 

「長太郎くん! もうすぐパレードだから移動するよ!」

 

 そういってやって来たのは、城の前。

 

「ネットで調べたんだけど、ここからパレードの写真を撮ると、背景が城になるからいいんだって!」

 

 なるほど。言われてみれば確かに。反対車線はまだ人がまばらだというのに、こちらはすでに混み始めていた。

 

 なんとか、城の正面付近に空いている場所を見つけた時だった。

 

「──智子……?」

 

 六花が呟いた。

 

 その目線の先にはで 女子高生二人組がいた。

 焦茶色のブレザーに赤いチェック柄のスカートが珍しい。

 

 

 

「ウチになんかようです?」

 

 智子とよばれた、髪をうしろで団子にした女子高生は関西訛りことばで聞き返した

「知り合い?」

「うーん、知らん子やと思うけど」

 

 隣のウェーブのかかった茶髪ロングの女子と話し合う。

「六花、知り合いか?……六花?」

「わかんない……気づいたら、勝手に……」

 六花自身も困惑しているようだった。

 

 誤魔化すように聞く。

「あー……二人は関西から?」

「はい、大阪から。結構前から、バイトでお金ためて、この日にこようって二人で話しとったんです」

「ね。真央がいい出しっぺで」

「いや智子やで」

「あ、ウチ? あ、すんませんウチでしたわ」

 

「すみません、勘違いだったみたいです?」

 

 

「はあ、でもウチほんまに智子いうんです。だとしたら不思議なこともあるもんですね」

 

 

「フォロワーだったんちゃう?」

「え? いやいやウチ声かけられるほど有名ちゃうって」

 なんて会話をしながら去っていった。

「はえー」

 と、感心したように智子さんが言う。

 

「どういうことだ……?」

 

 

「……だ、大丈夫! なんともないよ!」

 

 そこからは、何事もなかった。

 俺は、何をするでもなく、過ぎ去って行くパレードの山車を、ぼーっと見送っていた。

 

 

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ●どこから落ちてきた? → 図書室のベランダじゃね?→そうらしいです

 ●どこに消えた? →死角じゃね?→そうらしいです

 ●体育館→どこ消えた?→途中退室らしいです

 ・『やっと逢えた、ボクの王子様』って? →電波女か、顔見知りの電波女じゃね?本人にきいてみたら →答えてくれない

 ・なぜか名前を知ってる → 演劇部ポスターでした

 ・前にどこかで会わなかったか?→内緒

 ・自分の力制御できないのおかしくない?

 ・やっぱり過去に六花とあって、彼女は俺に恩があるんじゃないのか?

 

 ・距離近すぎて怖い、メンヘラビッチじゃないのか? →俺にだけ特別扱いがすぎる

 

 ・名前呼びに変更しました

 ・リッカ、服、持ってない→キャラデザの時点で制服だったから → 後輩氏、制服のことも話にだす

 

 

 

 ・隕石ふってきた

 

 ・髪の色がピンクなのに違和感抱かない

 ・リッカとラーメン

 

 ・いつかボクの気持ちも伝えるから!→なにそれ〜意味深!

 

 ・リッカ、頭めちゃめちゃいい。→100点満点はフィクションすぎるだろ。

 

 ・リッカ、パッドだった→なんのために?

 

 ・記憶ないんだ

 

 ・夢の国の夢を見るんだ。

 

 ・記憶、全部話してみた。

 

 ・中学時代の話→黒歴史、話すエピソード追加

 

 ・宇宙人じゃないか?

 

 ・隕石落ちてきたのが、リッカに会う前の前日の夜。

 ・宇宙船みたけど、記憶消されたんじゃない?

 →やはり彼女は宇宙人か。

 

 ・リッカ病院に行く

 

 ・関西の友達? 宇宙人じゃなかったのか?

 ・関西の宇宙人?

 ・リッカの情報にたどり着けないようになっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇六花に、アニメの記憶喪失思い出す方法をありったけ試す

 

 

 

 ディズニー後の昼休み

 

「そうだ、書類のほうは聞いたか?」

「ううん、それなんだけど」

 

「何があった?」

「う、うん、あのね。宮下先生に聞いたんだけど、宮下先生は、山根先生に渡したっていって、山根先生は宮下先生が持っているっていって……」

(この辺、しらべておく)

「たらいまわしにされたわけか……。こっちも、収穫はなしだ」

 

 

 

 

 

 ただまあ、六花に関する悪評は一切聞かず、安心した面もあったが。

 

 

「まだ全然周りきれてないから、そっちもあと二日、書類の件、調べておいてもらってもいいか?」

 

「うん、わかった」

 

 

 

 そして、それから二日が過ぎた。

 

「状況は変わらずか」

 

 生徒の重要書類が見つからない。仮にも学校で、そんなことが起こりおうるのか。

 嫌な予感がジリジリする。

 

 疑問を持った俺は、ある仮説を立てていた。

 

「なあ、今日、役所で戸籍謄本が取れないか試してきてもらってもいいか?」

「戸籍謄本……?」

「今日部活は休みだ。頼めるか?」

「ああ。それなら学校で欲しがっていた情報も手に入るはずだ。

 

 

 

 翌日の放課後、練習中に、六花から電話がかかってくる。

 

「どうした?」

「ごめん長太郎くん、取れなかった」

「なにがあった」

「電車に乗ってる途中で止まっちゃって、ついた時にはもう閉まっちゃってた」

「そうか……なら仕方ない」

 

 そんな日が、

 

 

 2日後の日曜。

 幸い,第三、第五日曜は窓口が空いている。

 

 

 

 俺も同行し、一緒に行くことにした

 

 先日の反省を生かし、公共交通機関は使わず、徒歩で行くことにした。

 

「ごめんね長太郎くん」

「いいんだ。俺もちょっと、確かめたいことがあってな」

「確かめたいこと、かい?」

「ああ。もし俺の仮説が正しければ、すぐにでもわかると思う。」

 

 歩き始めて十五分。

 大通りが行き止まり。迂回を余儀なくされる。

 さっきから頭痛がなりやまない。ずっと、脳の奥がジンジンと痛む。

 

 六花も頭痛に苛まれていた。

 

 六花と初めて出会った時の感覚。 

 

 

 やはり間違いない。この頭痛は今回の一件に関わるものだろう。

 更に迂回しようとする。運悪く、通行する自転車と衝突し、土手に落ち、捻挫をする。

 

「長太郎くん!」

「ってて……」

 

「まるでボクたちを阻んでるみたい」

「ああ。実際、そうかもしれない」

 

「六花、俺の足もこんなんだし、これからお茶でもどうだ?」

「え? うん、いいけど」

 

 それから俺と六花は時間を潰し、十七時に店を出る。

 

 これで、役所についた時には、もうしまっている事になる。

 

 頭痛はない。

 

 通行止めは、解除されている。

 土砂崩れも、撤去されている。

 赤信号も一度のみ。

 

 役所の前に着いたのは、十七時三十四分。

 しまってから、たった四分。

 予想していたとは言え、

 不気味すぎて、背筋がこおる。

「どうやら、この方法じゃ、ダメみたいだな」

 

 どうやら予想通り、不思議な力が、それを幅でいるらしかった。

 世界が、如月六花の記憶を探ることを拒んでいる。

「やっぱ、まっとうな方法だけじゃ無理か」

「何かあるの?」

「つっても、今までに比べたらたいしたことないな。調べとくよ」 

(どうして長太郎が1人で?)

 よるだから?

 とおいから?(久城山)

 かくす?→なぜ

 

 

 

 

 

「報告は大会が終わった翌日でもいいか?」

「うん、大丈夫」

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 本番当日。

 数駅先から徒歩十分のところにある、青少年センターに向かっていた。

 

 センターの前に着くと、もう鈴木と六花が先に来ていた。

 

「おはようさん、ついに本番だな」

「うん」

 

 中に入り、それぞれの準備を行う。といっても、本番の準備で俺ができることなど、なにもないに等しい。せめて、その一挙一動を見逃さないようにしよう。

 

 音響設備や照明設備の確認作業が終わると、衣装に着替えた役者陣が顔を出す。

 

 六花は和服に身を包み、鈴木はドレスを下に着込んだエプロン姿だ。

 二人とも、随分と頼りがいがある顔つきになったと思う。

 

「これでもう終わりなんだな……」

 

 六花の記憶のこと。色々と気になることは尽きないが。今だけは、彼女たちの晴れ舞台に集中しよう。

 今だけは、最後まで見届けよう。

 

 

 

 

 

 

 途中、鈴木が動きを間違えてアクシデントがあったが、六花がそれをフォローした。

 反対に、照明のミスによって、スポットライトが中央の一つしかつかないアクシデントがあったが、王子が引き、全員が中央のスポットライトに集まり、より迫力がました形でのヒロインレースが繰り広げられた。

 俺は、暗闇の中、鈴木が六花に向かって手招きしているのを、見逃さなかった。

 

 つくづく思うが、相性がいい。それこそ、俺が二人の会話に入ってしまうのが、躊躇われるくらいに。

 

 

 その後は特にトラブルというトラブルもなく、無事、物語は気持ちのいいくらいのハッピーエンドで幕を閉じた。

 やっぱり、物語はこうでなくちゃと、どれは思う。

 現実と違って、報われることが確約していたほうがいい。

 

  それから、次の高校の公演時間が差し迫るん中、慌ただしく撤収作業を終え、搬入口から外に出ると、部員が輪になるような位置で、わいわいと話し合っていた。

 まあ、反省会というか、お疲れ様会というか、そういうやつだ。

 

 

 それも終えると、次の学校の公演をみるため、ぞろぞろと動き出す。

 俺もそれに追従するように足を踏み出そうとすると、後ろから手を引かれた。

 

 振り向くと、手を伸ばしたのは、六花だった。

 

「ねえ、長太郎くん。少し、いいかな」

「どうした?」

 

「明日、話があるんだ。朝、屋上に来てくれないかな」

「屋上……?」

 

 久城高校の屋上は、文化祭の時以外は施錠されているはずだ。

「鍵のことなら心配しなくてもいいよ。長太郎くんの知っての通り、ボクってほら、結構優等生だから」

「長太郎君、最後の手がかりがあるんだよね。でも、明日の長太郎くんの報告で何もなかったら、わかんないまま、になるんだよね」

「ああ」

 

「ボクなりに考えて、一区切りつけようと思って、明日話があるんだ」

 

 

 

 

 そういうと六花はぺろりと、その下を出して見せた。

 つくづくあざとい仕草が似合う奴だ。

 

 屋上への呼び出し。

 そう聞いて、何も勘繰らないほど俺は鈍感じゃない、はずだ。

 

 記憶に関してのことか、それとも──告白、に関することなのか。

 そこまではわからない。

 それに、それ以外の、もっと重要な秘密のようなことを話さないとも限らない。

 

 

 だからまあ、身も蓋もないことを言ってしまえば、その時にならなければ話からない、ということだ。

  これだけ勿体ぶっておいて、あんまりな有様だと、自分でも思う。

 

 

「お前ら集合!」

「もう次の学校入ってきちゃってますよ〜!」

「はい3!2!1!」

 

 なんて慌ただしいんだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 大会が終わった日帰り。二十二時を回ろうとする中、俺は最寄りの光井駅ではなく、久城駅で降り、久城山へと向かっていた。

 

 頭痛と、世界の妨害が事態の重大さを物語っていた。俺は隕石を視野に入れた。夜だし、チャリだし、俺はまだ、事態の異常さを信じられていなかったのだ。

 

 だが,光っていた

「なんだよ、これ」

 

 

 

 

 俺は今、久城山に向かっていた。

 

 

 

 ● 本番前日、改めて朝倉と話をしていた。

 城を覚えていたこと、ディズニーで大阪の子を知ってたこと。そして、世界に阻まれたこと

「なんでもいい、オカルトでも」

「隕石。」

「隕石…?」

 

 そうだ、鈴木も言っていた。

 

 自体は大きい。広い視野で考える必要がある。

 藁にもすがる思いだ。

 

 ある一つの説を立てた。

 

 隕石。

 六花宇宙人説。

 スポーツテストの身体能力、知能の高さ。

 

 

 隕石が落ちたのは〇〇日。

 そして俺が六花と出会ったのが〇〇日。

 UFOが落ちてきた?

 

「地球に不時着しまい、何らかの地球での生活に溶け込むための細工は行ったが、不時着のショックで記憶を失ってしまった、とか」

 

「その細工ってのが、あの部屋だったりするってわけか」

 

 この〇 〇日間で部屋を契約してあの状態にすることは可能か?

 可能だった。

 

 

 

 

 この説には大きなネックがある。

 だが、大阪の友人が引っ掛かる。

 あまりにも離れている。

 

 

 そして、なぜ俺なのか。

 

 

 自問自答を繰り返すうちに、

 久城山に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ。俺が一番は初めに疑いをもったのは、スポーツテストの時だ。高校生にもなって、自分の力を制御できないってのはあまりにもおかしいだろってな。そしてあの常人離れした髪色にルックス。とどめに久城山隕石の噂。地元のニュースにも取り上げられていないのは、表に出せないような落ちてきたから。

 

 

 

 ◇

 

 

「マジかよ……」

 

 

 当然、UFOなどなかった。

 そこにあったのは

 クレーターが光っていた。見間違えるはずがない。

 

 

 なにか落ちているのに気づく。

 真っ黒な紙のきれはしのようなものが落ちているのに気づく。

 拾い上げると、ノートの表紙の切れ端だった。

 

 

 嫌な予感がした。

 

 そのさらりとした手触りには覚えがあった。

 

 

 俺の持っているノートと同じだ。

 

 

 俺は今まで一度もここにきたことはない。それなのになぜ……?

 

 

 もう一枚。

 下手くそな絵、詰め物で入っているんじゃないかってくらいに露骨な巨乳、手がうまく書けないのを誤魔化すために、後ろに組まれた手、

 

「彼女は転校生。並外れた身体能力と、学力を持ち合わせていながら、その誰もが認めるレベルの高い容姿と、人当たりのよさから、彼女は絶大な人気を誇っている。関わる人間など選び放題だろうに、彼女はなぜか俺に構ってくる。時には、俺を誘惑するような言動までしてくる。まったく、何がしたいんだか。だが、いざ裸に出会した際は、恥ずかしがって取り乱していた。何がした

 

 過呼吸になる。

 手が震える。

 

 

 

 

 

 

 だが、上の半分がない。

 

 いくらさがそうとも見つからなかった。

 

 

 あとピースが1つ足りない。

 

 隕石の噂。

 …そうだ、大阪に堕ちたのも、同じ日、同じ時刻だったはずだ。

 調べる

 

 どうやってニュースにもなってないウワサを拾った?

 SNSか!

 六花との関連性を疑うなら、そうだ、あの焦げ茶と赤いスカートの制服。

 

 時間はかかったが。

 ……見つけた。

 

 そして、ツイッターで調べる。

 

 同日! 同時刻!

 

 

 あった! それも、同日。同時刻に。

 

 調べていくと、「隕石なかったけど、中二病が書いたみたいな絵拾った」

 場所は、どこだ。

 過去のツイートをさが登ると、大阪の高槻市らしかった。

 

 

 

 上には、『如月六花』と書かれていた。

 

 

 加工で合わせると、『写真のポーズ』な状態の絵になる。

 

 グループラインに送られてきた集合写真を見ると、そこには、いつかの手を後ろに組んだポーズをとっている六花が写っていた。

 

 

 だが、こんなノートを書いた記憶はない。

 

 

 だが、最重要人物たる六花は記憶喪失。

 つまり俺に対しても”記憶への干渉”が行われている可能性がある。

 

  

 

 俺はある人間に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手は中学時代の俺をよく知る人物だ。

 

「いきなりどうしたんすか、狭間先輩(・・・・)」

 

 相手は中学の後輩。金森由加。

 俺は中学時代、美術部に所属していた。彼女はその時の一つしたの後輩にあたる。

 

「いきなり悪い。いまいいか?」

「いっすよ、なんかありました?」

 

「ああ……中学の時のことでちょっと聞きたいことがあってな」

「部活のことですか?」

「ああ。なあ、俺って、オリジナルのキャラ考えたりしてたか?」

 

「はい……? なんで今更そんな当たり前のことを? てか、部活中、ろくにデッサンとかしないで、ノートになんかずっと書いてたじゃないすか。記憶喪失にでもなりましたか?」

 

 これだ。中学時代、俺はラノベの表紙や挿絵ばかり書いていた記憶しかない。

  話の内容が食い違っている。

 やはりそうだ。俺の記憶がすり替わっていた。

 

 

 朝倉といい、なんでこう俺の周りには察しのいいやつが多いのか。

 

「半分正解だ」

「は⁉︎ ちょっとそれ詳しく」

「悪い、ちょっと今話してる余裕ない。……担当直入に聞く。『如月六花』って名前のキャラに覚えはないか?」

「あ〜はいはい! 先輩が理想のヒロインつってたキャラですね。あの不自然におっぱいでっかい」

 

 

 

 『理想のヒロイン』

 そうだ。思えば───そうだった。

 

 

 

 

 記憶喪失で、目覚めた時には転校の手筈が済んでいて、家族も友人もなし。過去の手がかりになるのは、最近夢にでてくるという城と街。

 極め付けは、目覚めた時に唯一覚えていたのが、俺のこと。

 だからか、彼女は俺のことを王子様とよぶ。

 そして、その一週間前には謎の隕石が。

 

 さらに、宇宙人かと思えば、ドリミーで出会った女子高生の件で、六花は大阪からきたあの二人を知っているような素振りを見せた。

 

 そして、金森の言った、如月六花は、中学の時に俺が考えたキャラクターだった、という話。

 

 □□ーー『どこまで伏線把握してる?』ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

【】

 

 碌に眠れていないのに、目は冴えていた。

 そが、それは、調子がいいときのそれとは別のもので、危機を完治した本能が突き動かしているような、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 態々聞いてくると言うことは、そう言うことなのだろう。

 

「大会が終わったら、長太郎くんに言おうとしてたことがあったの」

 

 

「ボクは君のことが好き。大好き。───っていうつもりだったのにな」

 

「最近夢を見るんだ。ドリミーの件以降。

 前みたいなお城の夢じゃなくて、思い出してきたんだ」

「あの二人と一緒にいる夢」

 

「ボク……ううん、ウチ、記憶喪失になる前は大阪に住んでたと思う」

 

 

 ボクではなく、ウチ。その一人称は、大阪からきた女子高生たちが使っていた方言であり、そして、今その言葉を使うと言うことは、六花が真相に近づいてしまったという証明でもあった。

 

 結論を言おう。

 ───彼女は大阪に住む普通の高校生の体を依代とし、如月六花という、仮初めの人格が宿った存在だ。

 

 経緯としては(以下説明)

 

 

 

 だが、なんて伝えればいい。

 

 どうして、俺のかつての妄想なんが顕現したのかはわからない。

 だが、俺の書いたノートが発端となり、一人の高校生を大阪から千葉まで動かし、挙句友人からも、家族からも忘れられてしまっているという事実がそこにある。

 

 それを伝えるというのは、あまりにも残酷だ。

 

 俺は今彼女に、「理想のヒロインのままでい続けてほしい。思い出さないでほしい」と思っていた。

 そんな思案をしていると

 

「鳥太郎君、何か知ってるの?」

 

「いや、別に」

 

「やっぱり長太郎くん、何か知ってるんだ」

「そんなことは」

「ううん、嘘。だってボク、ずっと君のことだけ見てたんだかr。」

 

 

「長太郎くん、なんでもしてくれるって言ったよね」

「六花を……傷つけてしまうかもしれない」

「それでも、ボクは知りたい」

 

 思い出して来ている。時期のすべて思い出すだろう。

「俺は今から、君を傷つける」

 

 ・人智の及ばない力が働いてる

 

 

 ただ記憶を失っただけなら、一人称がボクになることはない。

 

「そういう……ことだったんだね……」

 

 立花は、理解してしまった。

 俺は、金網に叩きつけられていた。

 

「ぐあっ……」

 

 

 今までで最もはっきりとした方言。

 大阪と千葉。およそ五百五十キロ先から彼女を呼び寄せてしまった重みを、俺はようやく理解しようとしていた。

 

 ───結論から言おう。如月六花という文武両道のボクっ娘少女の正体は。

 どこにでもいる大阪生まれの女子高生が無意識に演じている”キャラクター”なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───立花の白金の髪が、瞳が、ちかりと、切れかけの蛍光灯のように、一瞬黒く、ちかりと明滅したような気がした。

 もう、元には戻れないことを悟り始めていた。

 ◇

 

「……俺はまず君に謝らないとならないんだろうな。すまなかった。君を大阪から呼び寄せて」

 

「な、なんで長太郎くんが謝るん……」

「三月十五日の夜二十一時頃。久城山に流れ星が落ちたのは知ってるか?」

「みんなが話してたから……知っとるけど」

「そこに、こんなものが落ちていた」

 

 あの時拾った、ページの半分を手渡す。

 六花は、説明を読んだらしい。

 

「これって……!」

 

「じゃあ、全く同じ時刻に、大阪の高槻市にも流れ星が落ちたっていうのは?」

 

 六花が目を見開く

「ウチ……その時間、ちょうど電車乗っとった……」

 

「そっちにも、ノートのもう半分が落ちていた」

 

「これ……って」

 

 そして、如月六花のページが揃う。

 

「俺が中二の時に書いたものらしい。たぶん、俺も記憶を消されていたんだと思う。当時の後輩に聞いて、ようやく思い抱いた。」

「消されてる……? 誰に……?」

「さあな。でもこんな馬鹿げたこと、神様的なやつにしかできないだろ」

 六花の公的な情報を調べる際、世界からの妨害を受けた時点で覚悟はしていたが、どうも人智を超えた存在が関わっているのだろう。そうとしか考えられない。

 そして、虹色に光る流れ星が千葉と大阪に落ち、しかもそこにはなぜか俺のノートがまぎれていた。

 

「神様…………」

「きっと神様も、ほんとうは気づかせる気なんてなかったんだろうにな」

「どういうことや」

 記憶が封じられるだけじゃなくて、俺とか、大阪の友達たちは、記憶を封じ込められた上で、その穴の空いた部分に違和感をもたないよう、別の記憶が埋め込まれていた。俺の場合は、オリジナルのキャラクターを描くんじゃなく、イラストを模写してたことになってたし、大阪の友達の場合は、はじめから二人で計画してたことになってた。でも、相当ドリミーのこと、楽しみにしてたんだろ?」

「うん」

「無意識に刷り込まれた記憶は、封じるだけではだめなんだろうな。六花はドリミー城の夢を見て、日付を指定して、パレードにもいった。その結果、あの穴場のオブジェの下で友人たちと出会った。

 

 

 それと、一番露骨だったのは、戸籍にたどりつけないようになっていたことだ。神様とやらは、人間にうといんだろうな。あんなに堂々と妨害されたら、むしろそこになにかあるんだと疑ってしまうのが人間だってのにさ」

 

 

 

 

「それに、俺の考えた最強のヒロインが、実写化できるわけない。スポーツテストの際の筋肉痛だろう。その男子顔負けの身体能力を再現するには、体に無理を掛けるしかない。結果、リミッターを解除して運動し、筋肉痛が発生したのだろう。それに、六花が規格外の結果を出したのはハンドボール投げ、50m走意外、反復横跳び、立ち幅跳びであり、握力や状態起こしは含まれていない。

 ……たしかに。文武両道なヒロインを考えたとしても、ゴリラのような握力やバキバキに六つに割れたヒロインは作らないだろう。

 

「……馬鹿げた話だが、納得してもらえたかこれが、ことの真相だ。ことの発端は、俺だ。だから謝らなければならなかった。」

 

「思い、出せたか」

「ああ。思い出せたで……。一個だけ聞いてもええか?  なんであんたなん?」

「それは、俺にもわからない」

 

「そ。たしかに。そないな名前つけたあんたのせいもあるかもしれへんね」

 

 立花が近づいてくる。

 

 次の瞬間、目の前が真っ白になり、顔の左半分が強烈な痛みに襲われ、金網に叩きつけられた。

「ぐおおおおおおおお!」

 

 左目が開かない。右目だけで六花を見ると、拳を握りしめていた。血がついていた。

 ……ああそうか、俺は殴られたのか。

 

「アンタのせいでウチの人生めちゃくちゃになってもた! ほんま……どうしてくれんねん……」

 

 チカチカと、髪の点滅が早くなっていく。

 俺は、反撃する気にもならなかった。

 それは……六花がないていたからだ。

 

 

「……家族にも電話した。友達も家族も!みんなウチのこと忘れてしもた!」

 

 右頬に衝撃が走った。

 

 

 かろうじて見える、細まった視界で、もう一度、立花が拳を振り上げたのが見えた。俺は諦めて目を閉じた。

 

「駄目‼︎」

 

 鈴木の声だ。

「実咲……ちゃん」

 

「こっそり待ってたんだ。でも、すごい音が何度もして。」

 俺は、ここにくる前に、鈴木に事情を、メッセージで送りつけて伊tあ。

 関わってくれた関係者だったからだ。

 

「くんなって……いったろ……」

 

 

「狭間くんを殴りたくなる気持ちもご最もです! さぞ殴りたいとお思いでしょう!」

 

 おい……、お前何しにきた。

 

「でも駄目です! ここで狭間くんを殴っても、何もよくなりません! 」

「それに……ぐすっ! ……私まだ、六花さんと仲良くしたいです……!」

「実咲……! でも実咲の知ってるうちじゃ」

「なら! また一からでも、〇からでも仲良くしましょう!」

「でも!」

「私……嬉しかったんです。私のことを、変っていわないお友達ができて……」

「実咲……」

 

「……そうかもね」

 

 ぱっと、手を離され、俺は地に落ちる。

 

 おい。

 

「六花さん!」

「ごめんごめん、むかついてつい。……でも実咲のいうとおりやね。こいつシメてもなんもいいことあらへんし……こいつも、悪気があってやったわけちゃうしな。それに、みんなが忘れとっても、大阪にいるお友達だって、ご家族だって、また連絡とって、仲良くできるかもしれへんしね」

 

「六花さん……!」

「それと、六花って名前、やめてもろてええか?」

 

「そうですよね。別の名前があるんですよね」 

 

「別いうても、字面は変わらんけどな」

「ウチの名前は如月六花(りつか)や」

 

 一瞬ピンと来なかったが、そのまま、如月六花と書くのだろう。

 どうやら、神様はご丁寧に、同じ字面の人間を如月六花に選んでくれたらしい。

「だからか……お前が六花に選ばれたのは」

 

 こんな珍しい名前で、これだけ整った容姿の人間をリッカに選んだんだ。(後でそばかすつきの描写)そりゃあ関東どころか、東日本中探しても見つからないわけだ。

 ───それでも、胸の大きさだけは、パッドで誤魔化すしかなかったようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、自分でできる」

 

「六花……さっきはすまなかった。あれだけ一緒にいて、お前の心情もわかってやれずに……いや、こういう上からなのがダメなだろうな」

 

「そうだよ……長太郎くんにだって、ボクの気持ちなんか分からない!」

「ああ。それで、鈴木にも殴られた。たとえ始まりは俺の妄想だったとしても、今ここで生きてる六花は六花だってよ」

 

「だから、俺は何も考えないことにした。お前はお前だ」

 

「だーかーら、そういうのがキモいっってちゅーねん! このキモオタ!」

 

「な!なんだと!」

 

「ウチがちょ〜と あざとい仕草しただけでコロっとほれて、あとお前!ウチの胸見過ぎやねん! ほんまきっしょいわ〜」

 

「お、お前その口調」

「あんときな、ウチの友達がいたねん」

「ほんまありがとな、お前がああだのこうだの言ってくれたおかげで、ホンマの記憶、戻ってきた見たいや」

 

「じゃ、じゃあ六花は……」

 

「全部覚えとる。ええか、うちは律花。如月りつかや。そもそも、如月六花なんちゅー女は、全部妄想やったんだよ!」

 

 

「ああくそっ! ちょっとでもこの世界に期待した俺が馬鹿だった!!ちょっとばかし不思議なことが起きたって最後は結局うまくいかない! こんな時くらい、うまくいってくれよ……」

 

 

 俺はそのばに倒れ込む。

 

「やっぱ現実って」」

「狭間くんっ!」

 

「ったくこのろくでなし。 ほんま、実咲はなんでこんなんが好きなんか……わからんわ」

「は?」

 

「ちょ、ちょっと六花ちゃん」

「りつかや」

「りつかちゃん! それは内緒の……」

「ああ、せやった、すまん、口が滑ってしもたわ」

 

 

「えっと……そう、なのか」

 

 アホか、何聞いてるんだ俺は

 

「う……うん」

 

 顔を真っ赤に染め上げながら俯く鈴木。えっ。なにこの子、超可愛いんですけど。

 

 実咲、ファーストコンタクトを語る

 

「だから……狭間くんのことが、すきです」

 

 そうしたものか……

 

「ほら、はよ言え、『俺も好きです、付き合ってください』って」

「はあ!? 言うわけねえだろ!」

 

「うう……やっぱり私じゃ……!」

「まて! これはそういう意味じゃなくて、」

 

「じゃあどういう意味なん?」

 

 

 

 

 

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

 こうなりゃやけだ。

 あらいざらい、全部吐き出してやる。

 

 

 

「ああそうだよ!好きだよ、俺は鈴木が好きだ!」

 でも、六花に対して、すきすき言ってた手前表にも出さないようにしてたけどな!

 

 

「うちから見たらバレバレやったけどな!」

「は、はぁ!?まじで言ってる!?」

 

 

「はい。二人は付き合ったってころでええんやな?」

 

「いや、でもこの空気はさすがに」

「六花がだめだったから、鈴木と付き合ったみたいで……つって? お前、小心者のくせして、格好ついけたがりすぎやねん。両思いなんだからええやろ、なあ?」

 

「う……うん。私は、いい、よ?」

 

 

 

「あ、あの。私ね、狭間くんのことが好きわたし、よく変な子っていわれてきた。でも、間くんはちがった。ずっと、珍しい、とか面白い、とかずっとそう言ってくれてた。それに、優しいし。一緒にいると安心する。だから、わたし、狭間くんのことが好き。」

 

 たどたどしく告げられた言葉だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして俺は、わけもわからぬまま、人生初の、彼女というものができたのだった。

 

 

【エピローグ】

 

『かぐや姫』。その最後は、月からの迎えが来て、彼女は月に帰っていってしまうという話だが。

 現代では、『つまるところかぐや姫ってのは宇宙人じゃないのか?』なんてツッコミを入れる人もいる。

 それを考えれば、宇宙人説、なんてものも、あながち的外れではなかったのかもしれないと、そう思った。

 

 

 

 そう考えると、宇宙人という考えも、あながち間違っていなかったのかもしれない。

 

 

 彼女はどこかに行ってしまい、

 

 

 

 ラーメンを食べながら話す。

「か〜! 一回でええから本場の二郎くってみたかったんよな〜」

 

「お前のそれ、染めててんだな」

「うん。カラコンだし」

 

 

「パッドだし」

「うるさい殺すぞ」

 

 なぜパッドにもかかわらず、外に出る、なんて失態を犯してしまったのか。

 それは、ノートに書かれていたからだろう。

 そうまでして原作に忠実であろうとするとは、なかなかいい根性してるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「どうせ、きったないそばかすとかおもとるんやろ」

「いや? キャラ立ってるしそんままでいいだろ。むしろ完璧すぎなくてかわいいだろ」

 

 

「……そ、そう? なら……まぁ、こんままでええかも……な。 べ、べつにアンタにいわれたからちゃうからな」

「はいはいツン」

「ツンデレ言うな!」

 

 ……読まれてる。

 

 

 むしろなぜ二ヶ月一緒にいて気づかなかったのかが不思議だ。

 恋は盲目というが、その類だろうか。

 

 

 向こうの友達も思い出してくれたらしい。

 

 その日の夜。

 また隕石が落ちてきたと、知らせを受けた。

『…………!』

「なにか……聞こえた?」

【】

 如月六花はヒロインだ。

 

 ヒロインたるために、演出じみたこともしてきたのだろう。

 ●一回消えた振りした(死角にいただけ)(驚異的な身体能力と合わさって最強にみえる。

 

 【主人公覚醒ルート】 

 

 俺は六花に全てを話した。

「そっか、そう言うことだったんだ」

 すると六花は、その運動能力でひょいと、フェンスを乗り越え、向こう側に経った。

 

「六花!」

「ごめん、猛攻するしかないの」

「なんでだよ!」

「だって! 自分が自分じゃなくなるんだよ!」

「知らない! ボクは大阪なんか知らない! こんなことなら! 思い出そうとなんかするんじゃなかった!」

 やだ! ボクはボクだよ!

  

「ボクは長太郎くんのことが好き。でも、ボクはきっとキミを好きじゃなくなってしまう。それが嫌なんだ。だから」

 そう言って、六花は、フェンスから手を離し、その体を宙へと放りなげた。

 

 わかってる。ここで俺がやる事は!

 すると、視界がスローモションになる。

 これで3度目。もう容量はつかんでいる。

 

 最大限しゃがみ込み、足をバネにして、俺は最大効率の跳躍をする。

 フェンスに足をかけ、最小のステップ数で乗り越えると、フェンスのへりをけるようにして、落下する六花に向かって手を伸ばす。

 

「届け!!!!」

 

 伸ばした腕は、寸分違わぬ角度で六花の手をガッチリと掴んだ。

 

 六花は信じられないものを見たような表情だった。そりゃそうだろう。

 だって俺も、落下しているのだから。

 だが、俺の視界は今だslow motionfのまま。

 木枝をがっしりと掴む。

 六花を受け止めた時よりも、強い痛みが走る。

 だが、ここで手を話すわけにはいかない。

 ここから、六花を木の幹に捕まらせて、そこから降りさせなければならないお。

  

 そう思っ直後、

 メキメキとしたおとが聴こえた。

 それは、俺が捕まっっていた木のえfだ。だった。

 腐っていたのか、見た目に反して脆弱だったらしい。

 まずい。

 

 俺は六花の体を抱きしめる。

 そして、着地のタイミングでしっかりと足を曲げさせ、そのまま衝撃を和らげるように前転させた。

 

 視界が、下の速度を取り戻す。

 

 多少ジンジンと足が痛むが、許容範囲内。折れてはいないだろう。

 

「六花、おい六花!」

 

 ●ここからオリジナルの六花になる

 →ビンタ

「アンタのせいで、うちの人生めちゃくちゃや!」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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