ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

45 / 49
8/26

 

【キャラクター

 

 どこにでもいる捻くれオタク

 どこにでもいる真面目

 どこにでもいる空から降ってきたボクっ娘美少女

 

【キャッチコピー】

 

 小pのヒロイン、厨二病? それとも”本物?”

 

 

 ラブコメミステリー 第一幕 開幕!

 

 狭間くんと意味深美少女

 

 狭間くん対意味深美少女 〜白髪碧眼のかぐや姫〜

 

 

 

 シリーズ

 

 【なろう版タイトル】

 ニジとサンジの狭間くん 〜偶然命を助けたミステリアス美少女にベタ惚れされてるが、中二病かホンモノかわからなくて困ってる〜

 ミステリアスを通り越して意味深なんだが〜

 

 〜厨二病かと思ったら、意味深なことばかり起き始めた〜

 

 各話タイトル(全て狭間による交互調)

「降ってきたんだが」

 朝倉、どうしようもないな

 

 

 タイトル 拗らせオタクにどうしろと?

 

 

 

 

 

 【00 はじまり】

 

 あの日空から降ってきた彼女は、白髪碧眼で、よく意味深な言動をして、

 ただの読者で、傍観者でしかなかった俺に運命を運びこんできたんだ。

 

 ————————————————————————

 

 

 

【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、ボクが下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

 

『当たり前だろ。……それでも、屋上に呼び出しってのは流石に驚いたが』

 

 親しい異性からの呼び出しの手紙。イタズラでもなければ、それが意味することは一つだろう。

 

『春乃が四月に転校してきてからもうすぐ一年か……。初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

 

『もちろん。忘れるわけないよ、幼少期からの趣味としてやっているスカイダイビング中にこの後転校先となるこの中央高校の校舎傍に生えた二十メートルの大木にパラシュートが引っかかって身動きが取れなくなってそのま真っ逆さまに落ちたところを……ぜぇ……はぁ……ところを…………しょ、翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 

 

 

 ◇

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 やたら通りの良い、ハスキーな叫び声が目の前の女子生徒から発せられる。

 その声は俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒、南部長から発せられたものだった。

 

 このつまらん現実に、好きな相手をわざわざ屋上にまで呼び出す『春乃』なんて女子生徒在しないし、当然『翔太郎』なんて男子生徒も存在しない。

 

 なぜなら、今の屋上でのやりとりは、俺が昨晩書き上げてきた演劇台本の読み合わせだったからだ。

 当然、場所だって屋上ではなく、この千葉県立久城高校演劇部の部室であるところの、今はもう、授業では全く使われなくなった視聴覚室のステージの上で行われていた。

 

 目の前で俺に文句ありげな視線をぶつけてくる、黒髪を後ろで縛った女子生徒の名は南希望(みなみのぞみ)。久城高校の二年生にして、俺の所属する演劇部の部長である。

 

 毅然とした姿勢で部をまとめる姿はまさにカリスマ。

 兄が二人いる環境で育ったらしく、そのためか妙にイケメンオーラを放っていて、女子からの人気が高いらしい。

 その一方で、男子からは、寄り付かないレベルで全くモテないらしく、女子高生らしく「彼氏欲しい……」とぼやく姿がたびたび確認されている。

 

「俺の書いてきた台本に、何か問題でも?」 

 

 そして対するは俺、同じく久城高校一年、狭間長太郎(はざまちょうたろう)。

 オタクであることと、表情筋がまともに機能していないこと、それから、自分の興味のある分野でだけは多少記憶力がいいこと以外には、特筆することもない、演劇部の脚本家である。

 ちなみにモテない。

 

「問題もなにも……! 大問題だーー‼︎」 

 

 部長が後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書き上げた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』を容赦なく部室の床に叩きつける。

 

 パシーーーンという音が部室中に響き渡った。

 紙束ゆえに、それは決して大きな音ではなかったが、その行為は、作者である俺にとって、侮辱に他ならなかった。

 

「人の台本に何してくれてるんです…………?」

 

 俺は、右手の甲を部長に見せつけるように腕を上げると、指関節に力を入れ、パキパキと音を鳴らす。

 

「まずは私の言い分を聞け……と、言いたいところだが、どうやら話を聞く気はなさそうだな……。ったく、そんなにやりたいなら相手してやる……」

 

 部長が、やけに様になっているファイティングポーズをとると、次の瞬間、俺と部長の拳は交差した。

 

 ──それから五秒後のことである。

 春休みも目前で台本も無事に書き上がったウキウキ気分から一転。

 夕日が差し込む中、俺は部長に肩関節をキメられていた。

 いわゆる、チキンウイング・アームロックである。

 一瞬で腕を取られた俺は、ものの見事に地面に折りたたまれてしまったわけだ。

 

「部長、ギブ、ギブです。多分これ、マジでそろそろ肩外れます」

 

「狭間……なんだあの台本は。誰がラノベを書いてこいと言った。演劇脚本を書いてこい演劇脚本を! なんだあの二人の出会いのエピソードは! 意味不明な状況に、露骨すぎる説明台詞は!」

 

「お言葉ですが部長、口語調のタイトルや高校生男女によるラブコメという部分から安易にラノベっぽいと決めつけるのはやめていただきた痛い痛い痛い!」 

 

 苦言を言い終える前に、肩に更なる負荷を掛けられる。なんたる理不尽。

 

「そもそもお前、昨日まで別の台本書いてただろうが、あの白雪姫のやつ! そっちはどうした!」

 

 部長の言うように、俺は昨日の部活前までは『白雪王子』という題名の、言ってみれば、少年漫画版白雪姫のような台本を書いており、部活の帰り際部長に見せた時点では、もはや台本は完成間近となっていた。

 

「部長、俺は前々から思っていることがあるんですけど……、うちの演劇部、台本は伝統的に童話とか御伽噺を題材にしてきたじゃないですか」

  

「まあ、誰もが知ってる御伽噺なら、演劇に触れたことがない生徒にも観に来てもらいやすくなるし、題材が決まってる分、初めて台本を書く部員も書きやすくなるからな。……でも今更それがどうかしたか?」

 

「なんというか、ふと、俺がかきたいのはこれじゃないなとおもったと言いますか、御伽噺はいい加減飽きたといいますか……」

 

「なんだ、はっきりしないな……。簡潔に言え、簡潔に」

 

 部長の要望の答え、言う。

 

「ほぼ完成してた『白雪王子』の台本データ、消しました」

 

「はあ⁉︎」

 

 驚くあまりか、関節技の拘束が緩んだ。

 俺はこの気を逃さんと、俺はようやく抜け出す。

 

「別の台本を書きはじめるのはともかくとして、なにも消すことはないだろうが! というかお前、この台本、一体いつから書き初めてたんだよ……」

 

 部長の問いに対して俺は、人差し指を立てた。

  

「一晩です。俺はこの台本を昨日帰宅してからの一晩で書き上げました」

 

「一晩……?」

 

「部長、台本一本書くのって、簡単なことじゃないんですよ。一晩んで書き上げるとすれば、相応の覚悟が要るわけです。それには”これを書き上げなければ、他に提出する台本など何もない”って状況が一番都合が良かったんですよ」

 

「なるほど。さてはお前、自分に発破かけるために、わざわざほぼ完成した台本を消した、と」

 

 部長は、どうやら怒りを通り越して、そろそろ呆れと諦めのフェーズに入っているらしかった。 

 

「ええ、そういうことになりますね」

 

「…………一応聞くが、今回はおとなしく白雪王子の方を完成させて、今日持ってきた方はまたの機会に、って選択肢はなかったんだな?」

 

「ありえませんね。なにせ創作は鮮度が命。書きたいとおもったその瞬間に書く他ないですから」

 

 すると部長は「そうか」とただ一言呟き、天を仰いだ。

 

「そういうわけで、俺の手元にはこの台本しかありません。さ、台本読みの続きを始めましょうよ。結局のところ、その伝統だって、より確実に観客に楽しんでもらうためにできた伝統でしょう? ならつまるところ、面白ければラノベでもラブコメでもいい訳ですよ。どうせ芸術性とか高尚さなんかを求めてウチの部観に来る人なんて一人もいないんですから」

 

「おいお前それは! ……まあそうだが…………」

 

 

 そう。うちの部はシェイクスピアだなんだと、演劇の歴史を重んじるような部ではない。

 うちがもしもそんな部だったとしたら、入部するまで演劇に一切触れてこなかった当時の俺は、興味を持つことすらなかっただろう。0

 

 演劇と聞くと、堅苦しくてお高く止まっていて敷居が高くて──なんて印象を抱かれることが多く、実際、そういった劇を好む学校も一定数あるのが、それは少数派だろう。

 久城高校演劇部の劇は、御伽噺を下地にしつつも、実際のところは色とりどりの髪色のキャラクターが織り成すギャグにミステリ、学園物と、なんでもござれな作風だ。

 

 そんな近年のアニメやマンガのような内容の舞台は、それこそアニメやマンガを実写舞台化した、いわゆる二・五次元舞台にも近しいだろう。

 流石にあからさまなコスプレ衣装こそ自重しているものの、衣装部屋にはコスプレが趣味先輩が持ち込んだ、カラフルなウィッグが立ち並んでいる有様だ。

 

 それ故に、俺の入部理由も単純で、本来二次元にしか存在しないようなキャラクターたちが、手を伸ばせば触れることのできる距離で喋り、動き、生きている。その事実に衝撃を受けたからだった。

 

「そんなわけなんで、文句は最後まで読み終わってからいってもらいたいもんですね。さ、いい加減、続き、読み始めません?」

 

 すると部長はなんだか煮え切らない様子で、小さくごにょごにょと言っていた。

 

「……? どうしました? また何か気に食わないところでも?」

 

「嫌な言い方するなよな……。……その、な……」

 

 部長は一呼吸おくと、意を決した様子で言った。 

 

「恥ずかしいんだよ! その、演技でも、『好き』とか言うの……!」

 

 ……まさか、部長ともあろう人が、文句でもなんでもなく、単に”恥ずかしい”が理由だったとは。予想外にも程がある。

 

「い、いやいや! それ以外にも理由はあるからな!」

 

 部長は顔を真っ赤にしながら散らばった台本を一枚拾い上げると、

 文句ありげにそのページを突き出してくる。

 

 見ると、冒頭の翔太郎が春乃の呼び出しに応じて屋上に出たシーンだった。

 

「ほら見ろ! 校舎脇に都合よく二十メートルの大木があるだとか、登場人物二人とも、普通の高校生なのにパラシュートが出てきて、しかも都合よく木に引っかかるとか、明らかに設定が歪だろ!

 

「あー、そうですね……、とりあえず木については多少大きさは盛ってますけど、実際うちの学校の校舎脇にも、校舎に並び立つくらいでっかい木生えてるじゃないですか。そこはフィクションなんで多少目を瞑ってもらうとして。パラシュートを採用した件なんですけど──もしも、この話が、ラノベに見せかけて御伽話から着想を得ているとしたら、どうします?」

 

「それは本当か?」

 

「……ええ。御伽噺で空から降ってくる少女と聞いて、何か思い浮かびませんか」

 

「……いや、わからない」

 

 部長はしばらく考えた後、渋々答えた。

 

「──正解は、ラピュタです」

 

「……は?」

 

「神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる謎めいた少女。これほどまでにワクワクする出会い方は他にありません。ベタだなんだと言われがちですけど、結局のところ、美少女は空から降ってくるのが一番です」

 

「いや、だが」

 

「じゃあそれを現実が舞台の青春ラブコメに落とし込むにはどうすればいいのかという話になるわけですけど──」

 

「ならないだろ」

 

「──その問題提起に対しての一つの回答が、魔法や超能力といった非現実的なパワーを使わずに空から生身で降下できるパラシュートというわけです。……さて、ここまでご理解いただけましたか?」

 

 ひとしきり話終えると、部長はゆっくりと諭すように語りかけてくる。

 

「あのな、狭間」

 

 そして次の瞬間、キレのいいチョップがごつんと俺の頭頂部に振り下ろされた。

 

 痛っ! 痛った……‼︎

 

「人の話を聞け! そしてラピュタをおとぎ話に含めるなー‼︎‼︎‼︎」

 

 だからと言って暴力に頼るのはどうなんだよ! と、声を大にして叫びたいところではあったが、今度は意識を飛ばされかねないのでここは口をつぐんでおくことにする。

 

「……ったく、そんなんだからお前はモテないんだぞ?」

 

「ええまあ確かに俺がモテないのは事実ですけど、部長は一つ思い違いをしてますよ」

 

 それも、俺のような捻た人間を相手にするにあたって、ごく初歩的な思い違いを、だ。

 

「思い違い?」

 

「……俺はこの三次元でモテたり、ましてや彼女を作ろうなんざ一ミリも考えてませんよってことです。俺をそこらの陽キャラパリピウェイどもと一緒にしないでください」

 

「陽キャラパリピウェイって……。よくもまあそんな悪意のある言い回しができるよな」

 

「そんなに褒めても何も出ませんよ」

 

「褒めてない。むしろ貶してる」 

 

 部長が今何か言った気もしたが、聞こえなかったことにしておこう。

 

「……まああれです、俺が三次元で彼女をつくるなんざ、それこそ本当に”ボクっ子美少女との運命的な出会い”でもない限りあり得ませんって話ですよ」

 

「気持ち悪っ」

 

 ……すごくシンプルに罵倒されてしまった。

  

「というかお前、この台本のヒロインといい、その願望といい、ボクっ娘好きすぎるだろ……」

 

「だって最高に可愛いじゃないですかボクっ娘。王道の快活なボーイッシュでよし。むしろ反対に、女の子らしい趣味全開でもよし。さらに言えば、ボブがショートカットだとなお良しです」

 

「で、そんな美少女と運命的な出会いがしたいと。……無理だろ」

 

「……流石に十五年ちょっと生きてりゃ、そのくらい知ってますよ。要するに、そんな都合のいい事でも起こらない限り、三次元の恋愛をする気は毛頭ないって話です」

 

「こりゃ重症だな。この、妖怪こじらせオタクめ…………」

 

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は。

 

「一体全体、どうしてお前はそんなにも歪んでしまったのか……」

 

「どうしても何も、恋愛が絡むと三次元の女子ってクソじゃないですか」

 

「今の一言で確実に全校生徒の大半がお前の敵に回ったぞ」

 

「いや、だってですよ? 三次元の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変えるわ、今の彼氏より良い相手が現れたらサクっと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわで最悪じゃないですか」

 

「いやまあ中にはそういう奴もいるだろうがな……」

 

「……ええまあ、そんな碌でもない女子はごく少数だってのはわかってるつもりですけどね」

 

「ならもう少し三次元に希望を持てよ……」 

  

「それは難しい相談ですね。生憎、俺はそのごく少数を見抜けないタイプらしいので」

 

「……あー、なんだ、そんなお前でもそのうちあるんじゃないのか?運命の相手が見つかる……みたいなの」

 

「珍しいですね、部長がそんなドラマチックなこと言うなんて」

 

 今晩辺り、雪でも降るのだろうか。一体どういう風の吹き回しなのだろうと考えていると、一つ思い当たる節があった。

 

「部長、ひょっとしてまさか、実は俺のこと……」

 

「なわけあるか」

 

 ……なるほど、一刀両断というわけか。

 

「ほら狭間、さっさと台本の続き、読むんだろ?」  

 

「ですね。読みましょう。ああそうだ、ラッキースケベのシーンは必見ですよ」

 

「……は?」

 

   

 【02運命の出会い】

 ●学年上がった

 

 チュチュチュチュチュチュン‼︎ 

 

「うるせぇ……」

 

 さえずりと言うには、些かやかましすぎるスズメの鳴き声で目を覚ます。

 あの地獄の台本読み合わせから二週間が過ぎ、春休みも明けた四月の頭。

 昨日から新学期を迎えたことで南部長は三年生に。俺自身も二年生へと無事進級していた。

   

 ちなみにあの後、『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』はあえなくボツとなった。

 理由はまあ、察してほしい。

 

 当然俺は、南部長に猛抗議したのだが「言いたいことは無限にあるが、とりあえず新入生に向けてやる内容ではない」と一度部長に言われてしまっては、台本の却下に首を縦に振るしかなかった。 

 

 部長に言われるまで忘れていたのだが、そもそもこの台本は『新入生歓迎公演』。通称『新歓公演』の為のものだったのだ。

 だが、結果からわかる通り、あの時の──徹夜して台本を書いていた時の俺はどういうわけか、そのことをすっかり忘れていたのだった。

 

 ちなみに、俺の台本が全滅して、劇の演目はどうなったかと言えば、久城高校演劇部のもう一人の脚本家である、三年の女子、樋口先輩が書き溜めていた久城高校演劇部に受け継がれる伝統シリーズ『御伽探偵ホームズ 走れメロス事件』を採用することとなった。

 

 御伽探偵シリーズの内容は、シャーロック・ホームズとその助手ワトソンが、童話や御伽話の世界に赴き、事件を解決していくという探偵ものだ。

 

 一見でたらめな設定だが、そもそも御伽話自体が子供の失踪や、暗殺未遂など、ミステリーや事件のオンパレードなので、案外その親和性は高いのだ。

  

 そして、何を隠そう。俺の入部のきっかけとなったのも、このシリーズだった。

 

 ……今回の件で言えばとりあえず、走れメロスはもはや御伽話じゃないだろと思わなくもないが、こればっかりは文学作品好きの樋口先輩の趣味だろう。

  

 俺は、ベッドからゾンビのように這い出るなり窓の外を見る。

 中学時代に夜な夜なラノベを読み漁って下げた視力では、電線の上のスズメも、謎の茶色い塊にしか見えない。

 眠気ですぐに閉じようとする瞼を引っ張りあげながらコンタクトを強引にねじ込み視力を取り戻すと、身支度を済ませ家を出る。

 

 かつて俺は『コンタクトなんて半端にモテたい奴がつけるものだ」「三次元に縁のない俺は一生眼鏡のままでいい』と豪語していたのだが、今やそれも過去の話である。

 

 というのも、久城高校演劇部の八人いる部員の内、男子は俺と三年の深山先輩だけ。当然男の役者がどうやっても足りず。脚本家だったはずの俺も、なぜか頻繁に表舞台に引っ張り出されることになった結果、役作りの一環としてコンタクトに寝返ることを余儀なくされたのだ。

 

 確かにメガネをつけていると、役の印象がメガネキャラ一辺倒になってしまうので、そこに異論は無かった。

 それに、初めこそ付け外しが面倒だったものの、慣れて仕舞えばそう悪くもない。

 モテる云々はともかくとして、非メガネの方がなんというか、漠然と主人公っぽくてかっこいい、とは思う。

 

 きっと物語における主人公オーディションなんてものがあるとすれば、眼鏡の人間は合格者の一割にも満たないだろう。

 それくらい、メガネの主人公は少ない。

 そして、そのオーディションに合格したキャラのほとんどは、異能力持ちだったり、幼馴染がいたり、義理の妹がいたりするのだろう。

 無論俺には、そのどれにも縁がない訳だが。

 全くもって「兄さん、起きてください!」と、朝優しく起こしにきてくれる妹が欲しいだけの人生だった。

 

 そんなことを考えながら、田畑混じりの住宅街の中自転車を漕ぐ水曜日の午前十時過ぎ。

 通常であれば大遅刻の時間だが、今日は休校日である。

 とはいえ、休日でもそうのんびりしていられないのが部活に所属する人間の辛いところだ。今日も今日とて練習である。

 

 家を出てから十五分ほどで、最寄駅であるJR担苗(たなえ)駅に着く。

 駐輪場に自転車を停め、そこから更に十五分ほど電車に揺られ、JR久城駅に着き、大通り沿いを歩くとようやく見えてくるのが、久城高校だ。

 

 校門の前には『入学式』と書かれた看板が設置されたままになっていた。

 今日が休校日何のは、入学式を執り行うからだった。

 現在の時刻は十一時前。既に式は終わり、今頃体育館は撤収作業中だろうか。

 

 そして今日は新歓公演の前日。

 時間を無駄にするわけにはいかない、と練習するべき内容を頭の中で整理しつつ校門を抜けると学校特有の広々とした敷地が視界に入る。

 

 正面には教室棟と特別棟からなる校舎があり、その右隣には校舎に並行するように屋根付きの駐輪場が奥まで続いている。

 校舎の左手にはグラウンドが見えるが、今日に限っては、どの部活も活動している様子はなかった。

 

 いつもあれだけ騒がしい学校が静まり返っているのは奇妙な感じだ。動いているのは精々散っていく桜の花びらくらいなもので、しんと静まりかえっている。

 嵐の前の静けさのようだ、と、そんなことを思った。

 

 ──そんな時だ。俺は、何かに呼ばれたような感覚を覚えた。

 視覚でも聴覚でもない。まるで、第六感にでも触れられたかのような、漠然と『そこになにかがある』という感覚。

 

 今までに感じたことのない、不気味な現象に、俺は本能的に辺りを見回した。 

 

 ──ふと、視界の端に人影が映った。

 

 見ると校舎の二階、正面にある昇降口の真上に位置するベランダに、女子生徒が一人、どこか遠くを眺めるようにして佇んでいた。

 そして、そんな彼女の姿に、俺の視線は釘付けになってしまった。

 

 ──それは、彼女が、この世のものとは思えないような、神秘的で、ミステリアスな雰囲気を纏っていたからだろう。

 俺がそう感じた、最も大きな理由は、彼女の髪が、まるでしんしんと降り注ぐ雪の如く、くすみのなに真っ白な色をしていたからだろう。

  

 風に吹かれたショートボブが煌めく様は、まるで一枚のイラストの様で、イラスト投稿サイトのランキングに掲載されていても何ら違和感のない。SNSでなら、バズること間違いなしの、背景の教室、舞い散る桜の花びら、光の差し込む位置、その全てが計算され尽くして出来た構図の様な、まさしく絵に描いたような光景だった。

 

 そして、少し遅れて「彼女は一体何者だ?」という、真っ当な疑問が浮かんでくる。

 一年間久城高校に通っていて、あんな女子は見たことが無い。入学式直後という状況から察するに新入生、なのだろうか。

   

 俺は、その真偽を確かめるべく、彼女の学年を確かめようと、その身につけたブレザーの左襟に目を凝らそうとする。

  

 久城高校は、左襟につけた校章の色が学年で異なっており、三年なら青色、二年なら緑色、そして、一年なら赤色とそれぞれ振り分けられている。

   

 それを確かめようとした瞬間、彼方を見つめていた彼女の視線が、俺の方へと向いた。

 

 ──それを知覚した瞬間、俺の脳内に刺すような鋭い痛みが走った。

 

「ぐあっ……!」

 

 まるで、頭蓋の中で大量の針が乱反射してひしめいているかのような痛み。

 そのあまりの苦痛と不快感に、俺はたまらずその場でしゃがみ込んだ。

 

 目を閉じ、痛みに耐えていると、幸い、一瞬で痛みは消え去った。 

 そして立ち上がり、再び白髪の彼女に目を向けると──。

  

 ──ベランダの彼女が、立ちくらみでもしたかのように、ふらりとよろけた。

 

──そして、その体の向かう先は、フェンスの外側。

 

 不味い……っ!

 

 悪い予感は見事的中し、彼女はフェンスに勢いよく倒れ込み、その身体は、さながら鉄棒で前回りでもするかのように、くるん、と、いとも容易く宙に投げ出されてしまった。

 

 例え二階の高さからであっても、無防備に地面に叩きつけられれば無事ではではすまないだろう。

 

 ましてや、今の彼女の落ち方では、高確率で頭から──。

 そんな、最悪の可能性に思い当たる。

 

 ──気づくと、俺は彼女の元へと走り出していた。

 考えるよりも先に、勝手に体が動いた。そんな感覚。

  

 ……間に合うかどうかなんて分からない。

 それでも俺は、何かに駆り立てられる様に必死に地面を蹴っていた。

 

 すると、突然妙な感覚に襲われた。

 

 ──身体が、重い……?

 

 これだけ必死に走っているにも関わらず、腕も足も、ゆっくりとしか動かなかった。

 まるでプールの中で走ろうとでもしているかのように手足が鉛のように重く感じた。

 

 ──そして気づく。遅くなっているのは俺の体だけじゃない、ということに。

 

 風で散る桜も、落下し続ける彼女の身体も、そのたなびく白髪も。

 その一枚、一束を目で追えるほどに、”時間”が、ゆっくりと流れていた。

 

 ──遅くなっていたのは、俺の体じゃない。”世界そのもの”だったのだ。

 

 この不可思議な現象に、俺は一瞬、ピンチのあまり超能力にでも目覚めたのかと思ったが、俺はつい先日、この現象に近しい話を、物知りで勉強家な部活仲間から聞いたばかりだった。

 

 なんでも人間は、交通事故などの危機的な瞬間に陥ると、その状況から生還する手立てを探し考えるための時間稼ぎとして、世界がスローモーションに感じることがあるのだとか。

 

 今の状況に当て嵌めれば、命の危機に瀕しているのが自分か他人か、という差はあれど、概ねその話と合致している。

 

 だとすれば、今俺が考えるべきなのは、この状況において、どうすれば彼女を助けることができるのか、と言うことに他ならない。    

 ──今手の届く範囲にあるものは、精々背中のリュックサックくらいで、他には何もない。

 それにそのリュックだって、今役立つものは入っていないし、仮に入っていたとしても、それを取り出している猶予などない。

 

 だとすれば、俺にできることなど、初めから一つしかなかった。 俺はほんの少しでも体を軽くするために、背負っていたリュックその場に投げ落とすと、渾身の力で地面を蹴りはじめた。

 

 結論は一つ。

 使える物がないのであれば、いっそのこと全て捨て、走る。ただそれだけだった。

 

 その判断が幸いしてか、辛うじて彼女が地面に叩きつけられるよりも先に、その落下地点へと潜り込むことができた。

 

 ふわりと落下してくる彼女を、俺は両手を差し出し、その身体をしっかりと受け止める。

 

 その光景は、奇しくも、あのラピュタと酷似していた。 

 

 ──間に合った……。 

 

 そう安堵した途端、スローだった世界は、元の速さを取り戻す。 そして次の瞬間、俺の両腕を激痛が襲った。

 

「ぐおぉ……!」

 

 その痛みは、彼女を受け止め、急激に体重の掛かったことが原因だった……。

  

 ラピュタとの違いを挙げるとすればそれは、俺に彼女を十分に受け止められるだけの筋力がないということだった。

 

 お、重い……!

 

 冷静になって考えてみれば当たり前だ。重力に引かれて二階から降ってくる人間の重みに、文化部男子の細腕が耐えられるわけがなかったのだ。

 

 普通に考えれば分かるだろ、とは自分でも思うが、コンマ一秒が生死を分けるような、そんな普通ではない状況で、そこまで考えられる訳もなかった。

 

 少しでも腕の負担を和らげようと、体全体で重量を支えるべく、腕を引き寄せつつ腰を落としていく。

 

 以前俺は、ヒロインは空から降ってくるものだと論じたが、俺は今、一つの気づきを得た。

 

 少なくとも、魔法も異能もないこの現実に置いてこの方法は危険すぎる……! 

   

 腕が痛いわ、腰は落ちきって便所座りの姿勢になってるわで、見るに耐えない有り様ではあるが、俺はようやく彼女を受け止め切ることができた。

 改めて、腕の中の彼女に目を向けると、彼女の瞼が丁度開かれるところだった。

 

 真っ白な髪に、色白で透き通った肌、整った目鼻立ち。

 そして何より、澄んだブルーの瞳に、俺は目を奪われた。

 その美しさを前に俺は──。

 

 ────息が、出来なかった。

 

 呼吸の仕方すら忘れるほどに、彼女に魅入っていた。

 息が整う頃には、心臓の鼓動はかつてないほどの速さでその律動を刻んでいた。

 

 彼女は、何度か瞬きをすると、その薄く桜色掛かった唇を動かした。

 

「ん……」

   

 漏れ出た声は少し気怠げで、けれどとても心地のいい、くっきりとしたソプラノだった。

 そうして紡ぐ言葉は、ほとんど囁くような声量だったが、その一音一音は俺の体に染み込むように伝わった。

 

「───君が、ボクの王子様……?」

 

 ──だからこそ、彼女が何を言っているのか、理解が追いつかなかった。

 

「王子……様……?」

 

 そのまま聞き返すと、彼女の頬がほんのりと赤く染まった気がした。

 その直後、もぞりと彼女が俺の腕の中で動き始める。

 すると彼女は軽やかな身のこなしで俺の腕の中からするりと抜け出しその場に着地すると、迷いのない足取りで駆け出した。

 その方向は、向かって右側、駐輪場のある方だ。

 

「お、おい!」

  

 その突然の行動に、思考がまとまらないまま彼女を追って校舎の角を曲がる。

 しかし俺は、曲がった先で、思わずその場に立ち尽くしてしまった。 

 

 ──確かに彼女はこの角を曲がった。俺はこの目で確かに見たのだ。

 けれど、目の前には閑散とした駐輪場が広がるのみで、彼女の姿はどこにもなかった。

 

「消えた…………?」

 

 ──いや、そんなはずはない。普通、女子高生は突然消えたりしない。

 きっとまだどこかにいるのだろう。

 俺はしばらく辺りを見回った。だが、どれだけ探しても、彼女の姿を見つけることはできなかった。 

  

 彼女の捜索を諦めた俺は、半ば放心状態で校舎に上がる。

 一体、今俺の目の前で何が起きたのか。なにより、彼女は一体何者なのか。

 なんだか、白昼夢でも見せられていたような気分だ。

 だが、階段を登るたびにじわじわと痛む手足が、確かに彼女を受け止めたことを証明していた。

 

 ああ。確かに俺は、彼女を……、空から──正確には図書室のベランダから降ってきた、白髪碧眼のボクっ娘美少女を受け止めたのだ。

 そして彼女は、「キミが僕の王子様?」と、意味深な言葉を残して走り、消え去った。

  

 ──きっと、こういう出会いを、人は、『運命』と呼ぶのだろう。

 

 【 03 類は友を呼ぶ 2022/08/07】

 

 あれから一夜が明け、迎えた新歓公演の本番当日。

 

 案の定、白髪の彼女を受け止めた代償として、俺の手足は筋肉痛になっており、駅までの自転車での道のりは地獄のようだった。

 それも、美少女の命を救った結果だと思えば、この痛みも立派な勲章である。

 というか、そうとでも思い込まなければ、痛すぎてやってられないというのが本音ではあるが。

 

 さあ本番頑張るぞ、と気合を入れて登校してきたのはいいものの。新歓公演が執り行われるのは放課後である。

 そして、その前に体育館で行われる部活紹介も五、六限目。

 つまり、午前中は普段通りの授業なのである。救いはないのだ。

  

 現在は朝のホームルーム前。

 俺はいつも通り、最前列の廊下側から二番目に位置する席に座るなり、リュックから本を取り出す。

 今日持ってきたのは、『物語シリーズ』の初巻である『化物語(上)』。

 空から降ってくる女子高生と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、この作品だった。

 この作品を読み返すのもかなり久しぶりだ、なんて思いつつ、表紙を捲ったところで、背後から足音が聞こえてくる。

 

 このクラスで朝っぱらからわざわざ俺に話しかけてくるような物好きは一人しかいない。

 それも、本人の席は最後列と、離れているにも関わらず、だ。

 消去法にかけるまでもなく、足音の主の正体は分かりきっていた。

 

「どうした朝倉」

 

「どうしたって……昨日送ってきたLINE、ありゃなんなんだよ?」

 

 いつも通り眉を顰めた表情をしたこいつは朝倉郎(あさくら いちろう)。

 軽いノリに適当な話し方。それとブラウンがかったレンズのメガネが様になる、胡散臭いを体現したかのような男。いわゆるオタク仲間である。

 類は友を呼ぶという言葉があるように、こいつも大概面倒な性格で、そして漏れなくモテない。

 

「LINE?」 

  

 俺はスマホを取り出して昨日朝倉に送りつけたメッセージを確認すると、そこには何の脈絡もなく送られた『ボクっ娘美少女が空から降ってきて意味深な言動をとった後消失したんだが』の文字列が。

 

 そういえば昨日、彼女との出会いの直後に、興奮のままに朝倉にメッセージを送ったのだった。

  

 自分で送っておいてアレだが、いきなりこんな文章を送られてきたら、問い詰めたくなるのも分かる。

 なにせ、この一行だけ見ても、まるで意味が分からない。

 もし逆の立場たったとしても、俺は迷わず朝倉を問い詰めるだろう。

 

 ……それにしても、この突飛なメッセージの内容が、ほぼ全て事実なのだから、改めて驚きだ。

 

「ああ、実は昨日──」

  

 朝倉に説明し掛け、俺は言い淀んだ。

 俺自身でさえ、昨日目の前で何が起きていたのか、まるで把握できていないのだ。

 

 それを、日夜インターネットに入り浸り、人の足を掬う事と重箱の隅をつつくことが生きがいのようなこの男に説明したとて、まともに受け取るはずもないだろう。

 

 口を噤んでいると、それを怪訝に思ったのか、朝倉が尋ねてくる。  

「どうした?」

 

「……このメッセージの件、どう説明しようとも作り話にしか聞こえないんで、どうしたもんかと思ってな。……正直、俺だって未だに混乱してるくらいだ」

  

 すると、朝倉はやはりというべきか、いつも通り更に眉を顰めた。

   

「何が言いたいのかよく分からんが、少なくとも当人が信じきれて無いような話を聞かされたところで、確かに俺は信じないだろうなぁ」

  

 疑い深いという自覚がある辺り、潔いんだか厄介なんだか、よく分からない男だ。

 すると朝倉は少々意外なことを言い出した。

 

「とは言え、話を聞かない事には何も始まらないのも、また事実だ」

 

「信じないんじゃなかったのか?」

 

「ああ、もちろん信じない。だが、それはそれとして、何があってあんなLINEを送るに至ったのかってのは、正直気になるところだ。まさか、本当に空から美少女が降ってくるはずもないしな」

 

 ……そのまさかだと知れば、こいつはどんな顔をするのだろうか。

 

 朝倉は「とりあえず聞くだけ聞いてやる」と、俺の隣の席に座った。

 

「そこ、人の席だぞ」

 

「でもこの席の奴、昨日の始業式休んでたろ? 今日も休みかもしれんし、本人が来たらすぐに変わるさ」 

 

 まあ、言われて見ればそうか。

 俺は、まだ見ぬ隣人の席を占拠する朝倉を横目に話し始めることにした。ベランダで彼方を見つめる白髪碧眼の美少女を見た事。彼女を受け止めたこと。そして、「キミがボクの王子様?」と、言い残して、その場からいきなり消えた事を。

 

「妄想乙」

 

 俺の話を聞き終えた朝倉がばっさりと言い切る。

 予想通り、話の内容を微塵も信じていない様子だった。

 

「さすが演劇部の脚本家サマだ。そんな突拍子もない話を、よくもさも目の前で起きた出来事かのように語れるな」

 

 朝倉が呆れた様子で語る。

 だが、そんな反応も予想の範疇だった。

 信じてもらえないのであれば、なぜ朝倉にこの話をしたのか。

 それは、この朝倉との会話においては、”信じてもらう”という事は、さして重要ではないからだった。

  

「別に信じなくていい。ハナから、信じてもらえるとも思ってなかったからな。……だがせめて、『もしも現実でそんな事が起きるとすれば、そこにはどんな理由が、或いはトリックがあり得るのか』。物語を考察する要領で、こじつけでもいいから、考えてもらうわけにはいかないか?」

 

 そう。今この会話において重要なのは、信じるにせよ、信じないにせよ、朝倉に考察をさせることだった。

 

 そして、朝倉はこと物語の考察においては、俺はそれなりの信頼を寄せているのだった。

 

 それは、こいつがアニメでも漫画でもそしてもちろん小説でも、自分なりに考察を組み立てながら視聴するタイプで、そして、高確率でその考察を的中させる技能を持っているからだ。

 

 ──例えば推理小説。

 推理小説では、作中で探偵が犯人を言い当てるシーンの手前で、作者が読者に対して、「さて、誰が犯人なのだろうか」と問いかける、いわゆる「読者への挑戦」という枠がしばしば設けられる。

 そして、俺のように、早く物語を読み進めたいし、考察したところでどうせ当たらないという不真面目で不勉強な人間は、ほとんど目もくれずに読み進めてしまうのだが──。

 

 朝倉はその場で考察するばかりか、ページを遡ったり、果ては作者の作風、傾向や、本の出版された時期の流行まで鑑みた上で考察する徹底ぶりを見せる。

 

 そして、導き出された回答は、概ね七割くらいは結論に達するまでの筋道も含め、その考察を的中させているのだ。

 

 それはアニメにも言える事で、こいつは、『シン・エヴァンゲリオン』の締めくくり方の予想を、劇場公開前に立て、ほぼ完璧に的中させていたりする。

 

 そんな実績もあって俺は、人間性は兎も角として、こと、その推察力において、朝倉に七十%ほどの信頼を寄せているのだ。

 

 俺が考察を頼み込むと、朝倉はどういうわけか、目を丸くしていた。

 

「何がおかしい」

 

「いや、お前がそこまで食い下がるのは、中々珍しいと思ってな」

 

「……そうか?」

 

 ──いや、考えてみれば確かに朝倉の言う通りかもしれない。

 

 こいつのような、ありとあらゆるもるものを疑ってかかるような人間に、こんな信じがたい話を聴かせるなど、馬の耳に念仏を唱えるようなものだ。

 そんな面倒で無意味なこと、普段の俺ならば絶対にしない。

 朝倉もそれを分かっているからこそ、今日に限って食い下がる俺を見て奇妙に思ったのだろう。

  

 そして、朝倉が次に口にした言葉も、普段のこいつからは想像もできないほど意外な言葉だった。

 

「わかった。多少真面目に考える事にしよう──っておい、なんだその鳩がナパーム弾でも喰らったような顔は」

 

 どんな顔だ。

 ナパーム弾を食らったらそりゃ鳩も驚くだろうよ。

 

 ……そのめちゃくちゃな比喩から察するに、どうやら、俺も相当驚いた顔をしていたらしい。

 

「……言っておくが、もしもの話として考えてやるってだけで、決してお前の話を信じた訳じゃないからな」

 

「それでも、多少真面目に考えてくれるならそれで十分だ」

 

「ったく、分かった分かった。ちっとばかし考えてやるから、大人しく本でも読んでろ」

 

 そう言って朝倉は目を瞑ると、眉間を揉みしだく。

 

 どうも、この体勢だと思考が捗る、とのことらしい。

 わざわざ推理用のポーズがあるなんて、格好良くてご苦労なこった。

 

 そして朝倉は、三十秒ほどしてから、目を開いた。

 

「……ま、こんなところか」

 

「わかったのか……?」

 

「まあな。……で、結局俺は何を答えればいいんだ? その白髪の女子があんなところにいた理由か? 意味深なセリフの意味か? いきなり消えた理由か? どちらにせよ、彼女の正体から話すことになるんだろうが」

  

 朝倉は、大した事でもないという風に、淡々と答えた。

 

「ま、完全にお前の話をベースにしてる分、実際とは異なる部分もあるだろうがな……多分、概ね合ってると思うぞ。ちなみにだが、お前はこの件、どう考えてる?」

 

「──運命」

 

 気づけば俺の口からはそんな言葉が溢れていた。

 

「運命だぁ?」

 

「……ああ、運命だ」

 俺は、噛み締めるように、その言葉を口にする。

 

 ──そうだ、あんな出会いを運命と呼ばずして、何と呼ぶか。

 

「……なるほど、なら今からする俺の話は、お前にとっちゃ期待はずれだろうさ」

 

「そりゃ一体、どう言うことだ」

 

「あー、前説も面倒だ、結論から述べよう。おそらく、その白髪女子の正体は──」

 

 朝倉はたっぷりと勿体ぶった後、告げた。

 

「ミステリアスでもなんでもない、単なるこじらせ中二病電波女だ」

 

「……は?」

 

 予想だにしなかったな言葉に、自分でも驚くほど間抜けな声が漏れる。

 

 ”こじらせ中二病電波女”……もはや蔑称と言ってもいいほどに酷すぎる言葉だ。

 その言葉の意味をそのままに受け取るのなら、彼女はアニメやマンガに強く影響を受けるあまり、現実においても物語のキャラクターのような振る舞い──いわゆる、中二病的、電波的な言動をしてしまう、世にも痛々しい人間という事になるのだろう。

 

 そしてそれは、俺が昨日彼女に抱いた印象とは真反対のものだ。

 俺が彼女に持った印象は、その容姿や去り際の意味深な言葉から、ミステリアスで可憐な少女というものだった。

 

「いや……朝倉、それは違うだろ。彼女にはそんな痛々しさもなくて……どう見たってお前の言うような痛い奴には見えなかったぞ」

 

「でもそりゃ、あくまでお前から見てそう見えたってだけだろ?」

 

「そりゃまあ、当然そうだが……それが何か問題か?」

 

「ああ。ま、要するにだ。お前は彼女のことを意味深だのミステリアスだの言うが、それは、彼女がお前好みの見た目をしていて、人気のない学校っつー、特殊なシチュエーションだったからそう感じただけじゃねぇのか?」

 

「いや、そんな筈は……」

 

 間髪入れずに朝倉は話し続ける。

         

「物事ってのは、見るやつ次第で、それだけ捉え方が変わるもんだ。だから、直接その場に居合わせたらしいお前と、話を聞いただけの俺では当然見解は異なる……お前もそれがわかってるからこそ。こうして俺に意見を求めてるんじゃないのか?」

 

「…………」

 

「その反応、図星って感じだな」

 

 朝倉に言い当てられるのは癪だが、確かに俺は、自分が目にしたものが信じられなかったからこそ。今こうして、朝倉と話をしているのは確かだ。

 なら、朝倉の話を最後まで聞かないというのは、筋が通らないだろう。

  

「……そうだな。お前が彼女を拗らせ中二病電波女だと言う理由、最後まで聴かせてくれ」

  

 俺はそういうと、朝倉は肩を軽くすくめながら、再び話始めた。  

「まず前提だが、状況からみて彼女は新入生で間違いないだろう。ここはいいな?」

 

「ああ。俺もそう思う」

 

 なにせ、入学式直後学校で出会ったのだ。そこは疑うべくもないだろう。

 

「じゃあ、そいつの白髪碧眼が、染髪とカラコンによるもの、ってのは?」

 

「……!」

 

 思わず目を見開く。盲点だったと、思った。

 

「なるほどな、話しぶりから察しちゃぁいたが、やっぱりその様子じゃ、その可能性すら頭からすっぽ抜けてたみたいだな。ったく、美少女だかミステリアスだか知らないが、お前は雰囲気に飲まれすぎだ。第一、アルビノでもないのに日本人が天然の白髪なわけねぇだろ」

 

 それはそうだ──白髪も碧眼も生まれ持ったものであるはずがない。強いて言えば、北欧辺りとのハーフだというのであれば、そんな可能性もあるのかも知れないが、昨日見た彼女の顔立ちは、どう見ても慣れ親しんだ日本人のそれだった。

 

「さて、彼女はどうして白髪碧眼だが……大方、ウチに入学するにあたってイメチェンしたのだろうが……どうしてそんな色にしたと思う?」

 

「どうしてと言われてもな」

 

 俺には、その質問の意図が分からなかった。

 全く、この男は何手先のことまで考えているのだろうか。

 

「いまいちピンときてねぇって反応だな。……普通に考えて、単に垢抜けるなら、髪色は金髪か茶髪がベターだろ? カラコンだって精々茶色くらいが限度だろう。だがそこで敢えてここまで派手な色にする理由はなぜか」

 

 そして、そういう言い方をされて、俺はようやく朝倉の言いたいことが見えてきた気がした。

 

「考えられる理由は二つ。目立ちたがりか」

 

「……こじらせ中二病ってわけか」

 

 俺は、半ば項垂れるように答える。

 

「ああ。だってそいつはお前に言ったんだろ? 「君が僕の王子様?」って。ならもう決まりだ。自分の命の危機にさらされた直後にもかかわらず、咄嗟に王子様なんてセリフが出てくるような夢見がちな精神を持った彼女がどちらに当てはまるかなんて、言うまでもない」

  

 ──もちろん、後者、と言うことだろう。

 

「そして、入学式にも関わらず、初日からそんなド派手な格好をしてくるんだ、相当肝の座った奴なんだろうな。──中二病の行動派。この二つの要素さえ有れば、無意味にベランダで黄昏るのに、説明はいらないだろ」

 

「……ああ。無意味に黄昏れるのは、こじらせ人間の専売特許だからな。……そういや俺も夕暮れの河川敷で、よく分かりもしない小難しい本を持ちながら沈む夕日を無意味に眺めたりした気がするよ」

 

「さて、ここまでの話が、お前の話を聞いた俺の意見だ。……といっても、彼女がベランダから足を滑らせた理由だとか、理由がはっきりしない箇所もあるけどな。だから、強いて言えば、落下してきた女の子の命を見事救った、なんて運命だけは、認めてやってもいいぜ? なにせ、人命救助はいい事だ」

 

「そりゃどうも」

 

 妙にイラッとくる言い草だったので、俺は最大限に無気力な反応で返す。

   

 …………俺の中の、感情的な部分は、まだ彼女がただの中二病であると、全くもって納得が言っていない。……だがそれとは別に、「現実なんて結局そんなもんだ」とでも言うかように、朝倉の説明を受け入れてしまっている俺もまた、確かにいた。

 

 そんな悶々とした思考の中で、ふと、何かがひっかかった。

 

「……なあ朝倉よ」 

 

「んあ? 今度はなんだ?」

 

「なんでまた、彼女は俺をなんぞを見て”王子様”だなんて言ったんだ?」

 

 碌に整髪剤もつけずボサボサの髪に履き古した靴。それからやる気のない表情。……どう考えたって王子様なんて風貌じゃない。

 

 それは、この十六年間、一度たりとも異性から告白をされたことがないという経歴がそれを証明していた。

 

 すると、朝倉が非常に癪な様子口を開く。

 そして俺は、続く言葉に、思わず耳を疑った。

 

「お前、言動がオタク丸出しだし、大抵死に損ないみたいな表情してるからモテないが……実は、顔の作りだけに関しては、そこそこのイケメンなんだぜ」

 

「…………マジ?」

 

 なんだか、かなり失礼なことも言われたような気がするが、最後の八文字に全てを持っていかれてしまった。

 

「ああ。認めたくないがな……それでだ、高校生になっても王子様に憧れてるような夢みがちな女子が、ベランダから落下して絶体絶命のところを、パッと見だがクール系イケメン男子に、お姫様だっこで助けられたんだぜ? そりゃあ咄嗟に王子様くらい言うだろうさ」

 

「それは……全くないとは言い切れない気がするな」 

 

「ああ。そして、そんな状況になれば、自分の失言を恥じて逃げ出したりもするわけだ」

  

「ひょっとして、いきなり逃げ出した理由はそれか……」

 

 ……初対面の相手にいきなり『ボクの王子様……?』なんて訪ねてしまう。……これはもう、恥ずかしいなんてレベルじゃないだろう。  

 想像することすら恐ろしいが、街中で声をかけたら人違いだった、なんてレベルの話ではないことだけは分かる。

 

「てなわけだ、答え合わせは任せたぜ」

 

 朝倉がいきなり話を振り出した。

 

「答え合わせ?」

 

「ああ。彼女本人に、昨日の一件の真実を確かめるんだよ。……どうせ、そのつもりだったんだろ?」 

 

「……まあな。今日の放課後あたり、

 

「ところで、彼女と目があった瞬間、謎の頭痛がしたんだが……」

 

「気のせいだ。それか低気圧か体調不良」

 

 

 【04 転校生の噂】

 

 

 四時限目が終わり放課後になると、教室は一気に慌ただしくなりはじめる。

 

 帰宅部の生徒は我先にと下校を始めるわけだが、部活に所属する生徒はそうもいかない。

 午後からは、体育館で、新入生への部活紹介パフォーマンスがあるからだ。

 

 俺もその例に漏れず。新入部員確保のため、パフォーマンスの流れを組んだり、台本を書いたり……なにより男子部員代表としてステージに立つはめになったりと、そこそこに重要な役割として関わっている。

 

 そして、そんな部活紹介こそ、──白髪の彼女を探すための、またとない機会である。

 

 状況からして彼女はほぼ間違いなく一年生。新入生がA組からF組までの全クラスが順に並んで一堂に会する部活紹介であれば彼女の所属クラスを知ることは容易だろう。

  

 俺は購買で久城高校名物? である、からあげ丼に豪快に刻み海苔とマヨネーズをぶっかけた『からマヨ丼』を買うと、部室へと向かった。

 

 これがラノベなら大抵は食堂があったりするのだが、残念ながら至って普通の公立高校である久城高校にそんなものはない。

 

 それでも、昼時にパンや弁当類を販売してくれる購買があるだけまだいい方だろう。

 いつもなら適当な惣菜パンやおにぎりで安く昼飯を済ましているところだが、今日は景気付けとして少しだけ贅沢することにしたのだ。

 

 教室棟四階の廊下の突き当たり。F組の先にある部室に入ると、既にほとんどの部員が揃っており、各々椅子やらステージに座るやらして昼食をとっていた。

 

 ちなみに、現在の久城高校演劇部の戦力は、三年生が三人、二年生が四人の計七人である。

 決して多い訳ではないが、極端に少ないわけでもない。

 こじんまりとした劇をするにはちょうど良い人数だろう。

  

「ちわー」

 

「「「ちわーー」」」

 

 適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。

 そんな中、最前列に座る、黒髪セミロングの女子だけは、しっかりとこちらに振り返り、一際丁寧な返事を返してくる。

 

「は、狭間くん、こ、こんにちは! きょ、今日の部活紹介、よろしくお願いしましゅ……!」

   

 尤も、多少緊張気味ではあるが…………。 

 そのお陰か、ただでさえ小柄な体躯が、さらに縮こまって見える始末だった。 

  

 彼女は鈴木実咲。俺と同じく二年生の演劇部員であり、この後の部活紹介で共にステージに立つ、いわば相方でもある。

 

 目にかかりそうなほど長い前髪や、その緊張ぶりから察せられるように、彼女は本来表舞台に立つことは苦手としており、ふdなんは主に裏方を担当している。

 主な担当は音響関係。平たく言えば、劇の進行に合わせて、シーンにあった音楽や効果音をタイミングよく流す仕事だ。

 

 そんな一見して地味で、生真面目な仕事だが、そんな作業こそ、鈴木には向いているのだろう。

 

 彼女を端的に表すなら、『勤勉で生真面目な努力家』そんな言葉がぴったりだろう。

 鈴木は、テスト直前になると焦って勉強を始める俺とは違い、コツコツと毎日欠かさず勉強ができるタイプの人間だ。

 そしてそれは、家に帰ってからだけではなく、通学中や休み時間、はては食事中にまで及ぶ。

 

 クラス隣同士である都合で、時折校内で鈴木を見かけることがあるのだが、彼女は常に何かの本を読んでいたり、単語帳を眺めていたりしていて、思えば俺は、鈴木が休んでいるところを、ほとんど見た事がなかった。

 

 それ故に、その学力は見事なもので、テストでは毎回学年一位──とまではいかずとも、必ず五位までには入っている。

 

 まあ、その超の付くほどの勤勉さ故か、幼少から友達と遊ぶ機会があまりなかったらしく、天然っぷりや対人コミュニケーションの経験値の低さが露呈する事も多々あるが、そこはご愛嬌である。

 

 俺は、鈴木の後ろの席に座ると、からマヨ丼を食べ始めることにした。うむ。相変わらず醤油ベースの濃ゆい味付けに白米がよく合う。

 

「はぁ……、狭間くんどうしましょう、緊張でご飯が喉を通りません……」

 

「確かに、見るからに緊張してるもんな」

 

「はい……初めての人前……き、緊張……! します……!」

 

 本人が懇切丁寧に説明してくれた通り、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つというのは今回が初めてになる。

  

 そんな鈴木が、どうして部活紹介に駆り出されたのかといえば、たまたま部活紹介は毎年二年生が担当することになっていて、たまたま他二人の女子が新歓に出突っ張りでとても部活紹介に出れる余裕がなく、たまたま鈴木に比較的余裕があったからだった。

 鈴木は鈴木で「自分には無理です〜〜〜〜‼︎‼︎」と、全力で講義していたのだが、最終的には部長の「もうお前にしか頼めないんだ」という卑怯にも程がある説得によって鈴木が折れた事で、現在に至る。

 とは言え、鈴木の小動物を思わせる容姿は非常に可愛らしい。

 いわば、万人に通用する可愛さだろう。

 

「長太郎くんは今日、購買のお弁当なんですね」

   

「まあな。でも、購買飯が珍しいのはお互い様だろ?」

 

 鈴木は普段、母親お手製の弁当派だったはずだ。だが、鈴木の手元にあるのは、安くて美味いと評判の購買のチャーハンだった。

 尋ねると鈴木は、少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「実は今朝、ママが「お弁当作るのめんどくなっちゃった!」って言って五百円玉を渡してきたんです」

 

「……そいつは災難だったな」 

 

 ──なんて思ったのだが、本人にとってはどうやらそうでもないらしく、鈴木はあっけらかんと笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、もう慣れっこです、ママ、昔からこんな感じだったんですよ? お料理に失敗して丸焦げの卵焼きが入ってたこともありましたし」

 

 そこから俺は、なぜか鈴木母のエキセントリックエピソードを聞きながら飯を食べることとなった。

 その内容は、『小学校の頃、自作の応援グッズを持ち込んで応援された』だとか、『やけに帰りが遅いと思ったら、思いつきで大阪まで旅行に行ってた』だとか、『占い師に見てもらった自分の運命が気に食わず、真偽を確かめるために自分も占い師になった』──だとか。

 

「なんつーか……自由人って感じだな」

「はい、うちのママ、ちょっと変わってるんです!」 

 

 どう考えても、”ちょっと”どころではない気がするが……。

 よくもまあ、そんなフリーダムな母から、これだけ優等生が生まれたものだ。

 むしろ、そんな奔放な母親の言動に振り回されてきたからこそ、その反動で真面目に育っていったのかも知れないが。

 

「あ、そういえば、さなみーから聞きましたよ!」

 

 すると突然、鈴木が何か思い出したように話し始めた。

  

「狭間くんのクラス、転校生が入るんですね」

 

「転校生……? いや、聞いた事ないが」

 

 誰だよさなみー……。

 なんて考えていると、鈴木は不思議そうに首を傾けた。

  

「あれ、おかしいですね……。この話、さなみーから聞いたんですけど、狭間くんって、さなみーと同じD組でしたよね。聞いてませんか?」

 

「ああ、聞いてないな」

 

 そして間違いなく、俺はさなみーと噂話に花を咲かせるような間柄ではない。

 

 鈴木は、友人が少ない故なのか、自分の仲の良い相手に対しては「友達の少ない自分なんかと友達になってくれるのだから、他のみんなとも友達に違いない」と考えている節がある。

 

 ……同じく、友人は決して多くない俺としては、その思考が全くわからない訳ではないが、少なくともその「他のみんなとも友達だろう同盟」から、捻くれたオタク一人除外するくらいの判断はしてほしいものだ。

 

 それにしても、同じクラスだという「さなみー」とは一体誰なのだろう。

 そんなあだ名が着くのだから、佐名、はたまた早苗といったように、苗字か名前に「さな」が入るのだろうが、覚えている限り、クラスにそんな名前のやつはいなかったように思う。謎だ。

 

「それにしても、そのさなみーとやら、どっからそんな話を仕入れてくるんだか」

 

 というか、さなみーと言わず、噂に詳しい人間ってのは、一体どこからそうした話を仕入れてくるのか。やはり交友関係の広さなのだろうか?

 

「今回の件はさなみー本人がことの発端で……なんでも座席表に見たことない名前があることに気づいて、「ひょっとして転校生なんじゃないか」と疑問に思った、とのことでした」

 

「でもそれ、単にさなみーとやらがその生徒のことを知らなかったってだけの話じゃないのか?」

 

「はい、私もそう思って、入学した時の名簿を確認してみたんですけど、その方の名前は載っていませんでした。ですので、転校生で間違い無いと思います」

 

 ……そんな転校生の噂一つで、情報の裏取りまでしたのか、とその真面目さにやや呆れる反面。

 噂をただ鵜呑みにするのではなく、その真偽を自分なりにしっかりと調べるという姿勢は褒められるべき行為だろう、なんて思った。

 

「ただその方、昨日今日と欠席されているみたいなんですよね」

 

「欠席?」

 

 俺のクラスで昨日今日欠席している人物は一人しかいない。

 だとすれば、俺はその人物に心当たりがあった。

 俺の右隣の席、朝倉が俺との会話の際、座っていた席である。

 

 さしずめ、『隣の席の転校生』というやつか。

 とはいえ、漫画ラノベのように転校生がそう都合よく美少女なわけもない。

 そもそも、隣の席だとしても、俺とそう関わる事もないだろう。

 

「はい。名前は確か……」

 

 俺は既に関心を失いかけていたが、

 その名前を聞いて、目を剥くこととなった。

 

「──カザガミリッカさんと言う方らしいです」

 

「──カザガミリッカ……?」

  

 知っている名前、ではない。

 俺が驚いたのは、その名前の響きが、おおよそこの次元の人間のものとは思えなかったからだ。

 有体に言って、あまりにも二次元のキャラクターの名前のようだと思った。

 

「はい。風車の風に賀正の賀、美しいと書いて『風賀美』に、六つの花と書いて『六花』。だそうです。素敵な名前ですよね」 

 

 

──『転校生 風賀美六花(かざがみりっか)』。  

 

 ふいに脳裏に浮かんだのは、俺の腕の中で、ふわりと微笑む、碧い瞳と白髪の少女だった。

 

 朝倉との話の中で彼女は一年生だ、という話に落ち着いた。故に、彼女が転校生という可能性は限りなく低いが、それでも、彼女が俺の隣で微笑むイメージが、脳裏に焼きついたように離れない。

 

 そんな様子を不思議に思ってか、鈴木が首を傾げる。

 

「ひょっとして、風賀美さんとお知り合いでしたか?」

 

「いや知り合いじゃない……はずだ」

 

 白髪の彼女こそが転校生である。そんな願望を俺はついに否定しきることができず、曖昧な返答をしてしまう。

 

「えと、えと……その、”はずだ”とはどう言う意味でしょうか……?」

 

 ここまで話を聞いておいて、鈴木には何も話さないというのも忍びない。

 俺は、昨日の出来事をかいつまんで話すことにした。

  

「……実は、昨日の部活前に、白髪の見慣れない女子生徒と知り合ってな。入学式の直後だったから、まず間違いなく新入生なんだろうが、なんというか……、不思議な雰囲気のやつでな。風賀美六花って名前を聞いた時、もしかしたら、って思ったんだよ」

 

「なるほどです。風賀美六花なんて名前が似合う方でしたら、それは美人さんなんでしょうねー、私も一度会ってみたいです……」

 

 鈴木は言い終えた後、またも何か思い出したかの様に話し出した。

  

「そう言えばさなみーが言ってたんですけど、久城山に隕石が落ちたらしいです」

 

「隕石ぃ……?」

 

 久城山──。久城高校から見て、高速道路を挟んで向こう側に見てる小さな山だ。

 これといってパワースポットだとか、心霊現象だとか、そんな話もない良くも悪くも普通の山である。

 もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。

 

「そんな話、どこで聞いたんだ?」

 

「確か、春休みに入ったあたりで、さなみーからLINEが届いたんですよ」 

 

「またさなみーか」

 

 ……一体誰なんだよよさなみー……。

 

 その辺りも含め、鈴木に詳しく聞こうとしたところで、部員が鈴木を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「実咲ちゃーん、このシーンの音流すタイミングもっかい確認したいんだけど、ちょっといいー?」

 

「は、はい!今行きます! 狭間くんすみません、ちょっと行ってきます!」

 

「おう、いってら」

 

 新歓公演に関わることなら仕方がない。隕石がどうのこうのなんて、突拍子もない話よりも、この後に控えた公演の準備を優先すべきだろう。

 

 一応、気になって隕石の噂についてネット検索をしてみたものの、大阪の方で『──謎の落下物。正体は隕石か?』なんてニュースが一件あったのみで、久城山に関わるような情報は見当たらなかった。

 

 俺は弁当を食べ終えると、着替えのため、衣装を持ってステージ向かって右側の、舞台袖の奥にある更衣室へと入る。

 

 着替えを終えると、鏡には紺色のトレンチコート姿の、いかにも探偵といった風貌の中肉中背の男が映っていた。

 

 実は今回の劇、俺はホームズの役なのだ。

 ……と言っても、部活紹介にメインで関わっていることから察せられる通り、主役というわけではない。

 今回の『御伽探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』では、助手たるワトソン氏が主役なのである。

 そして、ホームズはと言えば、副題に走れメロスと付いているだけあって、あろうことか冒頭でセリヌンティウスと共に人質にされてしまい、最終盤まで碌に出番がないのだ。

 

 世界的に有名な探偵役にも関わらず、脇役並の出番とは、いかにも中途半端な俺らしい。

 自重気味に笑うと、俺は仕上げに白髪のウィッグを被り、さらにその上にハンチング帽を乗せる。

 

 どういうわけか知らないが、久城高校演劇部のホームズは白髪なのだ。

 まあ、俺自身白髪には憧れがなかったと言えば嘘になるので、満更でもないというのが本音ではあるが。

 

 だが、そんな白髪も、今ではすっかり例の彼女の方が先に思い浮かぶようになってしまった。 

 それにしても彼女、本当に綺麗な白髪だったな。

 

 ぼんやりと考えながら更衣室を出ると、丁度衣装を手に抱えた鈴木がこちらに向かってきていた。

 

「次、私着替え、いいですか……?」

 

「はいよ、いってらっしゃい」

 

 すると鈴木は、てちてちと小刻みに歩いて、さっきまで俺が入っていた更衣室へと入っていった。

 

 この更衣室。恐ろしいことに、男女兼用であり、その上、鍵もついていない。

 もちろん、事故が起こらないよう、ドアにかかったプレートが『空室』の表示になっていても必ずドアをノックするという決まりはあるものの、それでも年に一度くらいは起きてしまうのだ……不幸な事故が。

 

 ──あれは去年の九月頃、次の大きな公演を目前にして、部員の誰もが余裕の無かったある日のことだ。

 

 俺も疲れていたのだろう。あろうことか、更衣室のプレートを『使用中』の表記にすることなく着替えを始めてしまっていた。

 そして衣装を脱ぎ切り、パンツ一丁になってその瞬間。背後から聞こえるキィ……とドアの開く音。

 振り向くとそこには疲労からか、死んだ目をした南部長の姿があった。

 

 

 

 ちなみに俺は、どんな反応をすればいいか分からなかったので、とりあえず『……きゃー、えっちー………』とだけ、ラッキースケベの義務を果たすかのように言っておいた。

 

 幸い、南部長が男の裸を見慣れていたため──訂正、男兄弟の裸を見慣れていたため、お互い気をつけましょうの一言だけで済んだが、これで男子に免疫のない女子───例えば鈴木だったとしたら、もれなく盛大な悲鳴と共に大惨事へと発展していただろう。

 

 もっと言えば、立場が逆で、女子の着替え中に俺が入ってしまったら……考えるだけでゾッとする。

 

 少年漫画やラノベに置いては、もはやなくてはならない存在であるラッキースケベ。

 見る分には大いに歓迎だが、現実で起きればたまったものではない。

 

 俺は背筋を凍らせたまま、この後の流れを再確認していると、鈴木が着替えを終えて戻ってくる。

 

「お、お待たせしましたー!」

 

 鈴木の衣装は中世の町娘を思わせるもので、パステルグリーンのシャツの上から、茶色いエプロンドレスを身につけたものだ。

 腰の後ろあたりで見え隠れする大きなリボンが可愛らしい。

 

「は、狭間くん。ちゃんと着れてますか……? や、やっぱり私なんかが衣装なんて……変じゃないでしょうか……?」

 

 衣装を着ることによほど慣れてないからか、鈴木は着替える度にこうして聞いてくる。

 

 鈴木は俺と違い、ウィッグはつけておらず、衣装も茶色が主体で、あまり派手さはない。だが、それがかえって、安っぽさを感じさせない印象で、よく似合っていた。

 

「毎回言うが、別に変じゃないぞ。これだけ見てくれがよけりゃ、男子も女子もイチコロで、新入部員ザックザクだ」

 

「か、揶揄わないでください……!」

 

 鈴木は腕をぶんぶんと上下に振って抗議してくる。ぷんすこ、という表現がぴったりだと思った。

 

 俺としては別に、揶揄ったつもりはなく、実際に鈴木は男女問わず好印象だと思うが、そんなことを本人に言ったところで、「わ、私が子供っぽいってことですか……!」と、ぷりぷりと怒られてしまうのが関の山だろう。

 

 いや、むしろ自己評価の低い鈴木のことだ「わ、私目当てで新入生が……? 何言ってるんですか狭間くん。そんなことあるわけないじゃないですか。怒りますよ?」と、華麗なまでのスルーを決めようとするかもしれない。

 ……結局最後は怒られるのかよ。

 

 ◇

 

 部活紹介の会場である体育館に向かうと、すでに前方には新入生が集まっており、体育館の両端には各部活が出番順に並んでいた。

 ユニフォームに道、それから和服やらがずらりと一堂に会す様は中々にカオスだ。

 

 俺たちも所定の場所に並び、壁にもたれかかるようにして部活紹介が始まるのを待つ。

 それまでの間俺は、一年生の中から、白髪の頭を探すことにした。

 A組からF組まで、手前から奥に向け、一通りのクラスを見渡す。

 

 ──だが、ざっと見渡す限り、生徒の中に白髪は見つけられなかった。

 強いて言うならば、体育館の出入り口付近に立つ、国語教師の白髪くらいだ。

 

 ……あれは染髪でもウィッグでもなく、歳とともに自然になるやつだな……。

 いや、実はウィッグでその下には不毛の大地が広がっている、という可能性もなきにしもあらずだが……そうだったとして、今は、どころか、未来永劫どうでもいい話だ。

 

 ……さて、もし今日彼女が欠席となると、わざわざ一年のフロアにまで直接確認しにいく必要があるだろう。それは少し面倒だ。

 

 そうこう考えていると、不意に、隣に座った鈴木が手をグーパーと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映る。

 見れば、その手は緊張か、震えていた。

 

 初めて人前に立つこととなる鈴木の境遇を考えれば無理もない。 部活紹介は三分に満たない短い時間ではあるが、それでも、多くの人間の視線を浴びながら何かをするというのは、鈴木にとっては相当なプレッシャーだろう。

 

 こういう時、何か気の利いたことでも言えればいいのだが、生憎、俺にはそんな気の利いたスキルは備わっていない。

 多分世の中、こういう気遣いができるやつからモテていくんだろうな。

  

 ……とはいえ、気づいていながら全く何もしないというのは、一年間を共にしてきた部活仲間に対してあまりにも薄情だろう。

 俺はとりあえず、鈴木を励ましてみることにした。

 

「……えーと、あれだ、大丈夫だ。お前ならできるぞ、うん」

 

 できないなりに気が利いてるっぽい言葉を投げかけたつもりなのだが、あまりにも酷すぎる……。

 

 「そう……でしょうか……」

 

 案の定鈴木は、不安げな表情でこちらを見つめてくる。

 ……さて、どうしたもんか。とりあえず俺に真っ当な励ましは無理だということがわかった。

 

 なので、開き直ることにした。

 

「なら、間違えていいぞ」

 

「え?」

 

 俺の返しが予想外だったのか、すずきが目を丸くして驚いた。

 

「俺は、起点の利かせたアドリブには定評があるからな。もしセリフを忘れたり言い間違えたりしても、いい感じにフォローしてやるよ。だから間違えていい」

 

 演技のほうは並みの実力だが、他人のセリフまでも覚えられる記憶力。そして、咄嗟の瞬発的な思考力が俺にはそこそここれが備わっているようで、俺は入部以来、途中でセリフを忘れてしまった部員を、ものの見事にフォローしてきた。

 

「たしかに、狭間くんはそうでしたね。……不思議です。もし間違えても、狭間くんがフォローしてくれるって考えたら、なんだか大丈夫な気がしてきました」

 

 強張っていた鈴木の口元が、ふと緩んだ。

 その表情に、さきほどまでの不安の色は見受けられない。

 

「そうか。そいつはよかった」

 

「はいっ!」

 

 そして、タイミングよく司会進行を務める生徒による、演劇部の登壇を求めるアナウンスが聞こえてくる。

 

「じゃ、行きますか」

 

「はい!」

 

 新入生が拍手で出迎えてくれる中、俺は練習通り、堂々……というか、やたらに偉そうな足取りでステージに出た。

   

 そして息を吸い込み第一声。

 

『やあ新入生諸君! 今日は諸君らが、最高の青春を送れる部活を紹介させてもらう!』

 

 偉そうな口調で新入生に挨拶をする。そんな、漫画に登場するカリスマ生徒会長のような挨拶を、一度やってみたかったのだ。

 もちろん、これも台本通りである。

 

『ま、真面目にやってください! 新入生の方々に失礼ですよ! す、すみませんみなさん。改めまして、私たち、演劇部です!』

 

 鈴木も順調な滑り出しを迎え、やたら偉そうな探偵と小動物系町娘による部活紹介は、そのまま問題なく、練習通りに終える事ができた。

 

『それじゃあ、放課後の公演でまた会おう』

 

『探偵さん、五分くらいしか出番ないですけどね……。それではみなさんご静聴ありがとうございました。以上演劇部でした!』

 

 鈴木の締めのセリフを合図に、俺たちは舞台から退場しようとする。

 

 ──その時、視界にふと、一際目立つ白髪が見えた。

 

 中央の列の最後尾に、彼女はいた。

 だが、間違いなく、出番を待っている時にはいなかった筈だ。

 だとすれば彼女は一体いつの間に……。

 

 ステージから降りると、俺たちは再び、待機場所に戻る。

 

「狭間くん、最後、ボーッとしてましたけど大丈夫ですか……?」

 

 鈴木が心配そうに尋ねてくる。

 どうやら、最後、彼女のことに気を取られていたのを見られていたらしい。

 

「ああ、大丈夫だ。……さっき入学式の日に白髪の女子と出会った話しただろ? そいつを見つけてな。ほら、中央列の後ろの方に……」

 

 さっき彼女が座っていた、列の最後尾に目を向けながら言いかけ、止まる。

 

「──消えた……?」

 

 さっきまでいたはずの彼女は、そこにはいなかった。

 慌てて体育館中を見渡すが、それでも彼女は見つからない。

 

「いなくなっちゃったんですか?」

 

「……ああ、どうもそうらしい……。ステージ上にいる時、後ろの方に白髪の女子がいたの、見なかったか?」

 

「すみません、見てないです……」

 

「まあそうだよな……」

 

 

「でも、その方、途中でいなくなるなんてちょっと不思議ですね。部活紹介もまだ途中ですし」

 

 鈴木の言う通り、部活紹介はまだ中盤で、半分ほどの部活がまだ出番を控えている状況だった。

 

「ああ。それに、俺たちが入ってきた時にはまだ、彼女はいなかった」

 

 俺がそう言うと、鈴木は何かを考え出した。

 

「……それってつまり、その方が体育館にいたのは、演劇部の部活紹介の間だけってことになりませんか……?」

 

「ああ、そうなるな」

 

「それほど演劇部の紹介が見たかったのでしょうかー? あ、だとしたらきっと、部員になってくれるかもですね!」

 

 鈴木がぽやんとした顔で言う。

 

「それはまあ……あるかもしれないが」

 

 白髪の彼女が、朝倉の言うように夢見がちな厨二病だったとすれば、その可能性は十分あり得るだろう。

 きっと、ウィッグやドレス、武器や防具など、様々な中二心をくすぐるアイテムが詰まった衣装部屋を見せればイチコロだ。

 

「そうです狭間くん、この後の新歓公演の呼び込みの際、その方がいたら最優先で声を掛けてきてはどうでしょうか!」

 

 なるほど、もしこれで彼女が見つかれば、俺の個人の、彼女から昨日のことを聞くと言う目的を達成できた上で、部員が増える可能性もあるわけだ。

 

「ああ、やらない手はないな」

 

 ◇

 

 部活紹介を終えた後。

 俺と鈴木は新歓公演の呼び込みのため、昇降口近くの階段付近で待機していた。

 

 昇降口は全ての生徒が下校時に必ず経由する場所であり、ここにいれば、必ず彼女と再開することができると踏んだのだ。

 

 待っていると、上の階がざわざわと騒がしくなり始める。

 おそらく、一年生のHRが終わったのだろう。

 部活紹介は、五、六限の時間を通して行われるので、二、三年は四限で下校だが、一年は六限まであるのだ。

 

「わ! ……そ、そろそろみたいですね……!」

 

 鈴木が相変わらず緊張した様子で言うと、

 すぐに上の階から、赤色の校章をつけた新入生たちがぞろぞろと降りて来た。

 

 俺はすかさず『やあ諸君ら!』と偉そうに声を掛けて呼び込みをする。

 

 部活紹介に引き続き、勧誘らしからぬ太々しい態度だが、やはり部活紹介のインパクトは鮮烈だったようで、「あ、さっきの……」と、結構な人数が足を止めてくれていた。

 

 そして、続くように隣の鈴木も声を張り上げる。

 

『え、演劇部! 新入生歓迎公演がはじまります! 場所は四階一年F組の隣! 視聴覚室でやります! え、えと……面白いです!』

 

 自分で面白いって言っちゃうのかよ……。 

 そんな鈴木の天然発言もあってか、結果的にはそこそこの人数が部室の方へと向かってくれた。

 さらに、四階は四階で、部室前で呼び込みをしているはずなので、今頃会場はほぼ満員だろう。

 

「はあ〜〜……」

 

 そんな状況に心底ホッとしたのか、隣のから間の抜けた声が聞こえてくる。見れば、鈴木が伸びをしていた。

 

「お疲れ」

 

「はい〜〜……よかったです……新入生、ちゃんときてくれました〜〜……!」

 

「だな。降りてくる一年も大分減って来たし、後は俺が見とくから、鈴木は先に部室の方戻ってていいぞ」

 

 そもそも、鈴木は劇の初めから終わりまで、ずっと作業しっぱなしとなる音響担当なので、本来は部室にいるべきなのだ。

 

「そんな、悪いです! 私も最後まで残ります! いえ、むしろ狭間くんこそ先に戻ってください!」

 

 だが、そんな状況でも、意地でも他人を優先しようとするのが、この鈴木実咲という奴だ。

 

「いや、お前が行かなくて誰が音響やるんだよ。冒頭から仕事あるだろ……」

 

「か、開演には間に合わせますから‼︎」

 

 ……こうなると鈴木は厄介だ。なにせ、この頑固モードに入った鈴木はテコでも動かない。

 

 ──だが、俺が鈴木と出会ってから早一年。俺はその間に、鈴木がこうなった場合の対処方法を編み出している。

 

「──そうか。じゃあギリギリの時間に行って焦りながら準備するといい。もしかしたら、うっかりシリアスな場面でコメディシーンの曲流して、劇を台無しにぶち壊すかもしれないがな……」

 

「ひっ!」

 

「当然そんなグダグダをやる部に入る新入生はゼロ人。部員全員の一ヶ月が無駄になるどころか、これがきっかけでゆくゆくは廃部になるかもな」

 

「ひいいいいいい! すぐ! すぐに戻ります」

 

 鈴木は、もはや若干涙目になりながら、大急ぎでその場から去っていった。

 鈴木がこのモードになる理由は大概、周りを気遣ってのことだ。

 

 だから、頑固モードを辞めさせたければ、その逆、鈴木自身の行動がきっかけで、”周り”に迷惑がかかることを、少々意地悪く伝えてやればいい。

 

 ちなみに、この方法を編み出して気づいたことは──純粋でいたいけな少女に脅しをかけるのは、思ったよりも罪悪感がある、ということだった。

 

 俺は、必死で駆けていく鈴木の背中を見送ると、まばらに降りてくる新入生への対応をした。

 だが、五分も経てばそれもなくなった。おそらく、これ以上の成果は見込めないだろう。

 スマホを取り出し、時間を確認すると、もうまもなく上演時間となるところだった。

 そろそろ俺も帰らなければ。

 

 ……だが、一つだけ気がかりがあった。

 ──そう。結局、白髪の彼女の姿を見ていない、ということだ。

 

 生徒が必ず出入りする 昇降口に陣取っている以上、見逃すということはないはずだ。

 だとすれば、他の部活の見学に行ってしまったのか、それとも、まだどこかの教室に残っているのかは定かではないか。

 今日のところは一度引くべきだろう。

 

 そう思い、階段を登るべく、足をかけたその時。

 

 ──たん、たん、と小気味よく、誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 

 ひょっとしたら一年かもしれない。この足音の主の姿だけ確認していく事にしよう。

 

 そうして、階段の麓で待っていると、その音は徐々に大きくなっていき、やがて、足音の主の姿が徐々に露わになる。

 

 ──膝の上まで伸びた黒いソックスにチェック柄のスカートが見えた。

 足音の主はこの久城高校の制服に身を包んだ女子生徒のようだった。

 

 ──濃い紺色のブレザーに、さりげなくホワイトのストライプの入った真紅のリボン。

 まだノリが効いている、真新しい制服だった。

 

 ──左襟についた校章が目に入る。

 その色は緑。それはつまり、彼女は二年生であることを示していた。

 

 ──そしてついに、彼女の首から上までもが露わになる。

 首の中ほどまで伸びた雪のように真っ白な髪。

 それが、窓から漏れる光を受けて、ダイヤモンドダストのように煌めいていた。

 

 ──そんな特徴を持った生徒は、この久城高校に一人しかいない。

 

 ──彼女だ。

 

 ──昨日の部活前、俺が受けとめた少女。

 

 ──朝倉が、こじらせ中二病と評した彼女。

 

 そして俺は、そんな朝倉の導き出した、俺の夢想を叩きのめしたような考察に、納得しかけていた、その筈だった。

 

 だが、こうして再度、彼女を目の前にして理解する。

 

 ──ああ、朝倉の考察は、全くもって、完璧ではなかったのだ、と。

 

 朝倉は彼女を、二年生ではなく、一年生と言ったし、なにより、彼女の神秘的とも、ミステリアスとも言える、纏った雰囲気は、ただの中二病電波女子ではないことを確信した。

 

 ──理由は、直感。

 

 普段より屁理屈ばかり捏ねていて、占いもオカルトも、面白がることはあれ、全く信じてはいない俺であるが、なぜだろう、不意に頭に浮かんだ『直感』と言う言葉を、無性に信じてみたくなった。

 

 彼女も俺の存在に気づいたようで、視線が交差する。

 彼女の碧い瞳を前に俺は、ピクリとも動くことができなかった。

 まるで、その場に磔にでもされたような気分だ。

 

 ──彼女が、ゆっくりと階段を降りてくる。

 

 ──一段降りるごとに、彼女との距離が近づいてゆく。

 

 そして彼女は、階段を降り切ると、微笑みながら、ついにその喉を震わせた。

 

「やあ、昨日ぶりだね」

 

「あ、ああ……」

 

 

 彼女の放つ存在感に気圧されながらも、声を絞り出して、なんとか頷く。

 

  ──間違いない。彼女は俺のことを、昨日助けた人物として認識している。 

 

「昨日はボクの事、救ってくれてありがとう」

 

 彼女がまた一歩、距離を縮めてくる。

 気づけば目と鼻の先に、彼女の碧い瞳があった。

 

 ち、近い……!

 

 そして、甘ったるく魅力的な香りが鼻腔をつく。

 

 流石に一歩離れようとしたその時、彼女の両手が、俺の両手を取った。

 バクン、と。心臓がかつてないほどの力

 強さで脈打つ。

 

「痛かったよね……。怪我、してない……?」

 

 突然の事に、何をされるのかと身構えた俺を待ち受けていたのは、心配と慈しみの言葉と、それから、宝物にでも触れるかのような彼女の表情だった。

 

「う、腕のことなら、多少筋肉痛になったくらいで大丈夫だ。それより、そっちこそ大丈夫なのか?」

 

 俺は、さりげなく彼女の手を振り解きながら尋ねる。

 これ以上は心臓に悪い。

 

「ふふ、うん、ボクは大丈夫。……ねえ、なんでだと思う?」

 

 何でって……。

 

「まあ、俺が受け止めたから、でいいのか?」

 

「うん、そうだよ。……だからボク、キミに恩返しがしたい」

 

「恩返し……?」

 

 どうしてまた、そんな大それた言い方を……。なんて思っていると、彼女は真っ直ぐこちらを見て、言い放った。

   

「───狭間くんのためならボク、なんでもするよ」

 

 その言葉には、一切の誇張も、冗談も感じられず、本当に、俺のためになんでもしようという、強い意志を感じた。

 この世に、美少女からのなんでもするという申し出よりも魅力的な提案はないだろう。

 

 だが、それをも上回る違和感が、俺の頭をよぎる。

 

 ……なんだ? 今、何が引っかかった……?

 

「……? どうしたの? “狭間くん”」

 

 そう言われてハッとした。

 そう彼女は今俺を”狭間くん”と呼んだ。

 俺と彼女は、言葉を交わすのは今が初めてだと言うのにだ。

 

 ──どうして俺の名前を知っている?

 まさか、過去の知り合いというわけではないだろう。

 彼女のような知り合いがいたら、例え幼少だったとしても、俺は絶対に忘れない自信がある。

 

「……なあ、どこで、俺の名前を知ったんだ……?」

 

 尋ねると、彼女人差し指を口元に当て、さながら小悪魔の如く言った。

 

「ヒミツ♪」

 

 予想外な返しに、俺は返す言葉を失った。

 きっと今俺は、世にも間抜けな表情をしている事だろう。 

 

 その、やけに意味深な返答に、俺は更に彼女のことがわからなくなった。

 堂々と名前を呼んでおきながら、どうして名前を知っている理由を隠そうとするのか──。

 

 そんな時、不意にポケットのスマホが振動し出した。

 取り出して画面を見ると、南部長から電話が掛かってきていた。

 ふと画面に表示された時刻を見ると、開演時刻である、十六時を過ぎた、十六時〇二分を示していた。

 ……嫌な予感がする。

 俺はしばしば、応答ボタンを押した。

 

『おい狭間! もう舞台始まるぞ!』

 

 舞台裏にいるからなのか、小声で部長が問い詰めてくる。

 俺は「すんません、すぐ行きます」と手短に伝えると通話を切った。

 

 ……正直、なぜか俺の個人情報を知っていそうな、謎めいた彼女との会話を続けたいところではあるのだが、ここですっぽかして、約一ヶ月間の成果を台無しにするわけにはいかない。

 

「悪い、俺はこのあとすぐ劇に出なくちゃならん。だから話はまた後で──」

 

 と、言いかけたところで、彼女の瞳が、潤んでいるのに気がついた。

 

「うぅ……」

 

「お、おい……?」

 

「……ご、ごめん、ボク……うぅ……いきなり迷惑だったよね……グスン、嫌だった……よね……ヒック……」

 

 彼女はあっという間に大粒の涙を流しはじめ、その丹精な顔はみるみるうちに、幼児のように涙でぐずぐずになっていき、ついにはずずっと、鼻を啜る音まで聞こえてくる始末だ。

 

 おい……おいおいおい……。

 まるで訳がわからんぞ……⁉︎ 一体何が彼女が泣き出すきっかけになったんだ……⁉︎

 

 そりゃあ、確かに会話を中断するような形にはなったが、それだけでこうまで取り乱すことはないだろ……⁉︎

 

「うわああああああん‼︎」

 

 本格的に泣き出してしまった彼女を前に、俺は頭を抱えたくなっていた。

 部活紹介の際、演劇部だけを見てくれた彼女だ。当然新歓公演にも足を運ぶつもりだったのだろう。となれば流石にこの状況の彼女をこのまま放置して行くわけにもいかない。

 

「お、おい……! 聞く! 話なら後でいくらでも聞いてやるから一旦落ち着いてくれ……! 驚きはしたが、別に迷惑だなんて思ってないし、嫌でもなんでもない。むしろ、君見たいな白髪碧眼ボクっ娘美少女と会話できるなんご褒美でしかない! このままずっと話してたいくらいだ! だからとりあえず、一旦、一旦落ち着かないか……?」

 

 なんとか彼女をなだめようと、思いついた言葉を次から次へと反射的に繋げていく。

 明らかに彼女に言うべきではないことまで言ったような気もしたが、そんな奮闘にもどうやら効果はあったらしく、彼女の鳴き声がぴたりと止んだ。

 

「ほんと……? ボクのこと、嫌いになってない……?」

 

 瞳に涙を溜めながら、彼女が問う。

 

「これくらいで嫌いになるわけないだろ……だから、まあ、とりあえず劇の会場まで、一緒に行くか?」 

 

「うんっ!」

 

 彼女は、心底安心した様子で微笑む。

 その様子は、泣き腫らして赤みがかった瞳も相まって、まるで、ようやく親を見つけた迷子の子供のようだ、と。そんな感想を抱いた。

 

   ◇

 

 新歓公演は五分ほど遅れてはじまったものの、劇自体は順調に終わりを迎えた。

 事件を解決し終え、探偵事務所に戻ったワトソンが、事件の顛末を語り終えると、舞台は幕を閉じた。

 

 客席から拍手が響き渡る中、無事に新歓を終えることができた安堵感で、一気に疲労が押し寄せてくる。

 もっとも、今回に限っては、疲労の原因はそれだけではないのだが……。

 

 最後に、部員全員が舞台上に上がり、挨拶と、明日以降の体験入部についての説明が終わると、俺はまっすぐに彼女の方へと向かう。

 

 あのギャン泣き騒ぎによって、正体不明の美少女から、大分愛嬌のある美少女へと印象が変わったとはいえ、相手が白髪碧眼の美少女であることには変わらないので、妙な緊張をしてしまう。

 

 ひとまずは、一番手近な話題から、降ってみることにした。

 

「その、なんだ。劇はどうだった?」

 

 すると、先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のように、彼女はぱあっと、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

   

「すっごく面白かった。 なんていうのかな、……明るくて、楽しくて、でもちゃんとミステリの要素もあって、夢中で見入っちゃって……なんか、不安とかも、全部吹っ飛んじゃっかも」

 

「そうか、ならそいつはよかった」

 

 それにしても、彼女の言う不安とは、一体何のことなのだろう。 大方、転校についてのことなのだろうが……。

 

 それだけ楽しんでくれたのなら、尚更公演されるのが俺の台本でなくてよかったと思う。

 改めて、台本を書いてくれた樋口先輩に感謝だ。

 

「それじゃあ、改めて歩きながら話すことにするか」

 

 俺は彼女に言うと、後ろを振り返る。

 すると、案の定部長を筆頭に、部員たちの「その美少女は誰なんだ、一体どう言う関係だ」とでも言いたげな好奇の視線が突き刺さる。

 やはり、ここじゃあとても落ち着いて話す事などできないだろう。

 

 俺たちは部室を出ると、昇降口までの道のりを、歩きながら話していた。

  

「いてて……」

 

 彼女が不意に、太もものあたりを摩る。

 

「ん? どうした?」

  

「ちょっと足、筋肉痛になっちゃってて……」

 

「そりゃ、災難だな」

 

 普段、運動かなにかしているのだろうか……?

 

 そんなことを考えていると、彼女が、何かを思い出したように、頬を赤く染める。

 

「さっきのことは……忘れてくれないかな?」

 

「さっきのこと……?」

 

「その……、さっき狭間くんが電話に出た後に……」

 

「ああ、いきなり泣き出した事か」

 

 風賀美の言わんとすることを理解したその勢いで、つい思ったままを口に出してしまう。

 だが、どうやら失言だったようで、彼女はぷくーっと、まるでフグのように頬を膨らませていた。

 

「もう、口に出さなくたっていいじゃないか」

 

 あざとい……。

 だが、それでも尚、様になっているのが、彼女の凄いところだ。

 有体に行って、可愛すぎる。

 

「悪い……。忘れればいいんだな」

 

 と言っても、あれだけインパクトのある出来事、記憶喪失にでもならない限り、中々忘れることできないだろうが……本人には黙っておこう。

 

「なら、いいよ、許してあげる」

 

 俺は許されたついでに、さっきはぐらかされた事を、もう一度尋ねることにした。

 

「代わりと言っちゃなんだが……、どうして俺の名前を知っていたのか教えてもらいたいところなんだが……やっぱり秘密のままか?」

 

「そう、秘密。……って、言いたいところは山々なんだけど、理由は案外単純だよ?」

 

 そう言って風賀美は、俺の背後を指差した。

 その先にあったのは、掲示板に貼られた新歓公演のポスターだった。

 その紙面には、センターを飾るワトソンとメロス。それから、その背後でげんなりした顔で、磔にされたセリヌンティウスと、紺色のコートを着た白髪の探偵、即ち俺の演じるホームズが描かれていた。

 そして、下の方の出演者欄には当然、『ホームズ 狭間長太郎』と名前が掲載されている。

 

 なるほど、部活紹介で俺がホームズの格好をしているのを見た彼女は、このポスターを見て、俺の名前を知ったわけか。

 彼女が意味深な言い方をするので、何か裏があるように捉えてしまっていたが、タネを明かせばこうも単純だったとは……。

 

「確かに、これを見れば、俺が狭間長太郎だってのは丸わかりだな」

 

「ごめんね、なんだか狭間くんのこと、驚かせちゃったみたいで」

 

「別にいい。考えてみりゃ、一方的に名前と顔を知られてるなんて、演劇部じゃよくあることだしな」

 

 実際、ごく稀に「●●の役やってたよね」と尋ねられることもある。そんな時は、ちょっとした有名人にでもなった気分だ。

 

 彼女の頬の膨らみも治ったところで、俺は、ついぞ聞きそびれていたことを、ついに尋ねることにした。

 

「なあ、今更なんだが君、名前はなんて言うんだ?」

 

 ……とはいえ、二年生でありながら部活紹介に出席し、新品の制服を身につけているという特殊な状況から、彼女の名前の検討も、おおよそ付いている。その答え合わせも、そろそろしていい頃合いだろう。

 

「そっか。まだ名乗ってなかったね。──ボクは──ボクの名前は、『風賀美六花』。これからよろしくね、狭間長太郎くん」

 

 返ってきたのは、予想していた通りの名前だった。

 『風賀美六花』。二年D組の転校生で、席は最前列の、最も廊下側の席。そして、俺の右隣の席。

 

 つまるところ彼女は、空から降ってきた謎の白髪碧眼美少女であると同時に、『隣の席の美少女転校生』であるということだった。

 これだけのキャラ属性を一挙に揃えた奴など、この現実に限っては、彼女しかいないだろう。

 

──だから、あえてもう一度言おう。

 

──間違いない。俺は彼女と、運命の出会いを果たしたのだ。

 

 そんな確信は、じわじわと高揚感となって湧き上がってくる。

 無意識に、口角が上がっていくのがわかった。

 

「どうしたの? ひょっとして、同じクラスとか……?」

 

 よほど顔に出ていたのか、風賀美が問いかけてくる。

 

「ああ…。それに……偶然なことに、席も隣同士だったりする」

 

 それを伝えると、風賀美は、ぱあっと、花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

「……そうなんだ! ……ふふ、ふふふ……!」

 

「どうした……?」 

 

「ううん、ボクのこと助けてくれた狭間くんが同じクラスで、しかも隣の席だなんて、夢見たいだなって。やっぱりこれって、”運命”だよ」

 

「……俺も、同じようなことを考えてた」

  

「そっか、なんだか、うれしいな」

 

 へへ、と風賀美が笑う。

 

 そうこうしているうちに、もう昇降口の前に辿り着いてしまった。

 

「なあ、六花は部活紹介の時、演劇部だけ……見にきてたよな」

 

「はは、見つかっちゃってたかー」

 

「ああ、風賀美の髪色は目立つからな。そりゃあ、見つけられるさ……まあ、まさかあの時は、風賀美は転校生だとは思ってなかったわけだけどな」

 

 なにせ、彼女は一年生の列に並んでいたのだから。

 

「確かに、紛らわしかったかもね。でも、他に座れるような場所もなかったし──それに、あの場所が、キミの事が一番よく見える位置だったから」

 

「俺が……?」 

 

「うん──だってボクは今日、キミのことだけを見に、学校に来たんだから」

 

 その言葉を聞いてハッとなる。

 ……そうだ。そもそも今日、風賀美は授業を欠席していた。

 そして、部活紹介においても、見学していたのは演劇部の紹介の時のみ。

 

「──本当は一刻でも早くキミに会うために、朝から登校するつもりだったんだけど、目を覚ました時にはもうお昼過ぎでさ。それで、演劇部の公演があるって聞いてたからもしかしたら君に会えるかもと思って来てみたんだ。

 そしたら部活紹介で、一足早く君のことを見れて、ラッキーだったよ」

 

 あっけらかんと、風賀美が言う。

 

「そうまでして、俺になんぞに会いたい理由なんて、あるのか……?」 

 

 俺はつい自重気味に、尋ねてしまう。

 そして彼女は、また、なんだか意味深に答えるのだった。

 

「うん……。だって狭間くんは──ボクの王子様かもしれないから」

 

 ──王子様。

 

 彼女と出会った時、言い残した言葉だ。

 ここまでの風賀美とのやりとりを振り返ると、なるほど。

 朝倉の言う通り、彼女を救った俺に対して、運命を感じ、それを王子様という言葉で言い表しているのだろう。

 こんなとびきりの美少女の期待に応えると言うのは、俺には少々荷が重すぎる。

 

「王子様か。期待はしないほうがいいぞ」

 

「そうかな? ボクは──そうは思わない」

 

 風賀美が俺を真っ直ぐな目で見つめる。

 ……こいつは一体、俺にどんな振る舞いを求めているのだろう。

 例えば、もしも俺に少女漫画に出てくるようなイケメンを演じてほしいと言うのなら、それは無理な話だ。

 

 ──なにせ、俺にはヒロインをまともにお姫様抱っこできるほどの筋力もない。

 

「それじゃ、本当はもっと話してたいけど、これ以上は迷惑になっちゃうかもだし、今日はもう、帰ろうかな」

 

「じゃあ、また明日、教室で、だな」 

 

「うん。それと、部室でも」

 

「部室……?」

 

「うん。実はもう、入部届出したから。これで、放課後も一緒だね、狭間くん」

 

 彼女はそう言って、今日一番の、とびっきりの笑顔を浮かべた。

 

 俺は、その笑顔に見惚れると同時に、「美少女とのラブコメとか、俺の青春、ついにはじまったな」なんて、そんなラノベじみたことを、ついつい考えてしまうのだった。 

  

 風賀美を見送った俺は、部室へと戻る。

 今日はやけに一日が長く感じる日だ……。

 

 昨日今日と、立て続けに色々なことが起きるせいで、もう俺はヘトヘトだった。

 まあ、今は、新たな部員の入部と、空から降って来たボクっ娘美少女が隣の席の転校生だったことを喜ぼうじゃないか。

 

 ──だが、そんな喜ばしい状況だからこそ、この先が不安でまおる。

 今でこそ彼女は、俺を王子様と呼び、好意的に接してくれているが、いかんせん中身は妄想力全開のオタクである。

 王子様のイメージが保たれるのも、今日が最後で、あとは好感度は下がっていく一方だろう。

 ……そう考えると、きっと、嫌われる心の準備をしておいた方がいいだろうな。

 せめて、演劇部の戦力のためにも、退部だけは阻止したいところだ。

  

 『俺のことは嫌いになっても、演劇部のことは嫌いにならないでください!』という、昔どこかで聞いたようなフレーズを思い浮かべながら部室に戻る。

 すると、目が合うなり、部長が獲物を見つけたとばかりに寄ってくる。

 しかも、全力疾走で……。

 おっかないにもほどがある。 

 

「おい、あのとんでもないオーラを放ってた女子、お前の知り合いか?」

 

 とんでもないオーラ。

 もしかしなくとも、風賀美のことだろう。

 

「ええまあ、一応」

 

「……一応?」

 

「彼女と知り合ったの昨日なんですよ。ちょっとばかし、部活の前に、空から彼女が降ってきた、なんて一幕がありましてね。……といっても本当はベランダからですけど。ちなみに、彼女まもう入部届出してくれたらしいです」

 

「なるほど、入部か」

 

 すると部長はヒクヒクと顔を引き攣らせる。

 

「私の聞き間違いじゃなきゃ、彼女、ボクっ娘だったよな……?」

 

「はい」

 

「……お前以前、『空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ』って言ったよな」

 

「はい……」

 

「出会っちゃったのか」

 

「出会っちゃいましたね」

 

 部長が頭を抱える。

 そして、俺の両肩に優しく手を置くと、これまた優しく微笑んだ。

 

「あんまり高望みはするもんじゃないぞ。お前、パッと見それなりなだけで、中身は痛いオタクなんだから……」

 

 知っとるわ。余計なお世話じゃ。

 

「……色恋沙汰で面倒ごとを起こすなよ?お前みたいな恋愛アンチほど、うっかりその気になった時、問題を起こすんだから」

 

 酷い言い草だ。

 

「……その心配は杞憂ですよ。あの条件、流石に冗談ですから。あれは「これなら絶対ないだろ」って要素を適当に並べただけのものなんで。……だってまさか、本当にいるとは思わないじゃないですか。

 

「……ま、まあそうだよな」

 

 部長が小声で「セーフ」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 一体何がセーフなんだ。

 

「とはいえ、本当に出会っちゃったからには、この前の条件は撤回して、別の条件を設けることにしますよ」

 

「……今度はどんな非現実的な条件になるんだ? 今度は宇宙人か?」

 

「いえ、今回はいたってシンプルにいきますよ。『三次元の女子から告白でもされない限り彼女はつくらない』」

 

 部長が何か言いたげな視線をぶつけてくる。

 

「なんか文句ありますか? 知っちゃいましたが、どうも俺はやはりこの次元とは相性が悪いらしいんでね。この条件なら達成されることもないでしょう」

 

「条件が悲しいにも程があるだろ…………それに、その条件も、案外すぐに撤回されそうな予感がするけどな」

 

 一瞬何を言っているか分からなかったが、それはつまり、俺が告白される可能性があると言うことだ。

 そこから導かれる可能性は一つ。

 

「部長、やっぱり俺のこと……」

 

「違うわアホタレ。……ったく、サボった分さっさと片付けに参加しろ。実咲を手伝ってやれ」

 

「ういっす……」

 

 俺は、素直に絶賛舞台に使用した荷物を片付け中の鈴木の元に歩み寄ることにした。

 

「あとなんか手伝う事あるか? ……ああ、その辺の小道具片付けちゃうな」

 

 

「は、狭間くん……!」

 

「んあ? どうした?」

 

「い、いえ、なんでもないです。その、無事部活紹介の時の、白髪の方に会えたみたいですね」

 

「ああ。結局あいつが風賀美六花だった。既に入部もしてくれたそうだ」

 

「ほんとですか! お手柄ですね、狭間くん!」

 

「お手柄って……。まあ、そうだな」

 

「はい! 風賀美さん、どんな方でしたか?」

 

「なんだろうな……とにかく、意味深だった」 

 

「意味深、ですか?」

 

 そうして俺は結局、なし崩し的に鈴木にも、風賀美六花との出会いを話すことになったのだった。

 

 

 【転校生のいる朝】四月九日

 

「で、昨日、例の白髪女には会えたのか?」

 

 翌日。朝直は登校してくるなり問いかけてきた。

 その様子から察するに、相当気になっていたらしい。

 

「ああ、会えたし、なんなら既に入部してくれた」

 

「へえ……。そりゃ、そいつも随分と王子様にお熱なんだな。となると、俺の見立ては概ね当たってたわけだ」

 

「それは、どうだかな」

 

 彼女が俺に、妙に好意を向けてきて、俺のことを王子様だと思っている、という読みこそ当たっていたものの、他はてんで外れている。

 なにせ、彼女がただの電波中二病女子でないことはほぼ間違いない上、なにより彼女が一年生ではなく、転校生で、朝倉が今座っている俺の右隣の席こそ、彼女の席であることをこいつは知らない。

 

 HR開始五分前のチャイムが鳴と、担任の体育教師が教室に入ってくる。

 

「ホームルームの前で悪いが、お前ら話聞けー」

 

 いつもより五分ばかり早い呼びかけに、クラスが若干どよめく。

 そして当然、俺はその理由を知っている。

 

「えー、実はだな、諸事情あって若干遅れたが、今日からうちのクラスに転校生が入る」

 

 その担任の言葉にクラスのどよめきは一気に大きくなっていった。

 

「よーし、入ってきていいぞー」

 

 担任が扉を開けて手招きをすると、風賀美が真っ白な髪を靡かせながら、現れた。

 

 すると、さっきまであれほど騒がしかった教室が、まるで時でも止まったかのように静まりかえる。

 

 唯一、おおよその事情を知っている朝倉だけは、彼女が転校生だったことを知った驚いたのか「はっ?」と、言う声が後方から声が聞こえてきた。

 見なくてもわかる。奴は今頃、「なぜさっき、転校生であることを黙っていた」と、俺を呪い殺さんばかりの恨めしげな視線で見ているのだろう。

 

 風賀美は、黒板の前に立つと、黒板に名前を書き始めた。

 

 カツ、カツ、とチョークの音だけが教室に響く。

 

 きっと誰もが、彼女と初めて出会った日の俺のように、その髪色に、瞳に、魅入っているのだろう。

  

 名前を書き終えた風賀美は、こちらに向き直る。

 

「風賀美六花です。これからよろしく」

 

 ……?

 なんだか、その挨拶は妙にそっけないように感じた。

 

 だが、他の生徒にとってはそうでは無かったようで、「え、めっちゃかわいくない……?」「やばくない?」というような会話があちこちから聞こえ始める。

 そしてみるみるうちに教室は爆発でも起きたかのような騒々しさとなっていた。

 

 ……隣のクラスはさぞ驚いただろう。すまん、鈴木。

 

 鈴木は隣のC組所属なのだ。

 

 そして、そんな状況は、収集が付かなくなったのを見かねてた担任が「質問はあとにしろー」と強引にホームルームを再開させるまで続いた。

 

「えーと、風賀美の席は……狭間の隣だな。座っていいぞ」

 

「はい」

 

 いよいよ風賀美が、右隣の席にやってきた。

 周りにあまり目立たないよう、「よう」と軽く手をあげる。

 

 目が合うと、風賀美はにこりと微笑みながら小声で挨拶を返してくれた。

 

「もっはろー、狭間くん!」

 

 もっはろー……⁉︎

 素っ頓狂な挨拶に、俺は目を剥いた。

 ……なんだそのラノベヒロインじみた挨拶は。

 具体的には、なんだその千葉県在住の某青春ラブコメのピンク髪ヒロインじみた挨拶は。

 

 そして俺は油断していた。

 彼女が小悪魔属性も備えていた、ということを。

 

「(それじゃあ狭間くん。クラスでもよろしくね)」

 

 風賀美が、ぽしょりと耳元で囁いてくる。

 

 至って普通の言葉ではあるが、美少女からの囁きというだけで、その破壊力は桁外れで。

 ゾワリとした感覚が一瞬で全身を駆け巡ったことで脱力しきってしまった俺は、力なく机に額を打ちつけた。

 風賀美六花。末恐ろしい奴だ……。

 

 ◇

 

 ホームルームが終わると、俺と風賀美の席は、あっという間に風賀美に質問をしようと、あるいはお近づきになろうとする生徒達に包囲されていた。

 

 アニメでよく見た光景だ……。

 現実じゃ転校生なんて、大したイベントでもないと思っていたが、風賀美クラスになると、こんなベタなイベントが本当に発生するのか……。

 

 とはいえ、ここに俺がいては、彼ら彼女らにとって邪魔以外の何者でもないだろう

 

 俺は人混みからするりと抜け出し、廊下から窓越しに、質問責めに合っている風賀美を見る。

 すごいことになってるな……。と思っていると、後ろ側のドアから、見るからに不貞腐れた表情の朝倉が現れた。

 

「でたな」 

「おい」

「……まあ、お前が何を言いたいのかはわかってる」

 

「そうか。なら話は早い。転校生とか聞いてないぞ」

 

 朝倉が詰め寄ってくる。

 

「そう言われても、俺だって昨日の放課後に初めて知ったんだよ」

 

「ならHRの前に教えることだってできたよなぁ……?」

 

「……HR前に伝えたとて、どうせ数分後には知る事になってたんだ、誤差みたいなもんだろ。……まあ、黙ってたのはわざとだけどな」

 

 そう言い放つと、朝倉が呆れた表情を浮かべる。

  

「んなこったろうと思ったぜ……。ま、今回だけは美少女転校生に免じて許してやる。次やったら許さんけど」

 

「……ん? お前今、風賀美が美少女って認めたか?」

 

 昨日、風賀美の考察をしていた時、俺にとって好みの顔だから美少女に見えたのであって、他人から見たらブスかもしれない、なんて、失礼極まりないようなことを言っていたこいつが……?

 

「──そりゃ、あそこまでのレベルなら認めないわけにはいかねぇよ。あんなん、雑誌の表紙飾ってたって誰も文句言わねぇだろ。あのレベルでブスだなんて言ってたら、そいつは美醜の感覚が完全に狂ってると思うぜ。もしもそんな奴がいたら、俺は医者に脳を見てもらうように勧める」

 

 美少女転校生一つで医者を勧めようとするな。

 

「ったく、あのルックスでボクっ娘電波系とは、ここまでくるともう痛いを通り越して、もはや個性。長所の域だな。

   

「それには同感だな」   

   

 すると、朝倉が何かを諦めたように「はあ」と、ため息をついた。

 

「わかった。次飯行く時は奢ってやる」

 

「ん? 今回は何も賭けてないだろ? 一体どういう風の吹き回しだ?」

 

 俺と朝倉は、稀に昼飯の奢りを賭け、考察合戦をすることがある。

 朝倉が頻繁に考察をするのに便乗して、時たま俺も張り合う様に、別の考察を唱えるのだ。

 

 そして、的外れな考察をしたほうが、相手に久城高校から徒歩五分のにあるラーメン屋、『にくちゃ〜しゅ〜』の脂こってり豚骨ラーメンの奢るのだが──今回に限っては、俺は朝倉に一方的に考察をさせただけであって、賭けに興じたつもりはなかった。

 

 そもそも俺じゃ朝倉の推理力には到底およばない。賭けに乗るのは、よほど自信があるときだけ。

 無謀な賭けはしない主義なのだ。

 

「悔しいが、あんなとんでもない奴と、とんでもない出会い方をするなんて運命力を見せつけられた時点で、悔しいが、俺は負けたと思ったんだよ。一杯でも十杯でも奢ってやるから好きにしろ」

 

 

「よくわからんが、奢ってくれるって言うなら、ありがたくご相伴に預かるとするか。それと十杯は死ぬ。一杯で十分だ」

 

 店名に『にくちゃ〜しゅ〜』なんて名前つける店だ。

 そんなの不健康たっぷり早死にマシマシ一直線だっつの。

 

「……にしても、席も隣で、部活も一緒って、一日中べったりだな」

 

 朝倉が妬みのような、呆れのような、だらしのない表情で言う。

 

 一日中べったりって……。

 

「妙な言い方すんな。どうせ、王子様補正もすぐ無くなって、風賀美の方から離れてくんだろ?」

 

「……それもそうだ。精々その前に他の男子に嫉妬で殺されないようにな」

 

 朝倉は、あながち洒落にならないセリフを吐きながら、「自販機行ってくるわ」と去っていった。

 

 そんな矢先、背後から「もっはろー」と声をかけられる。

 

 振り向くと、そこには当然というべきか、風賀美が立っていた。

 

「よう。……よくあの質問包囲網から抜け出してこれたな」

 

 すると風賀美は「むう」と昨日のように頬を膨らませた。

 

「長太郎くん酷いよ、ボクを置いてっちゃうなんてさ」

 

「それは……まあなんだ、すまん。でも、クラスに馴染む良い機会だったんじゃないのか?」

 

「うーん、ボクは長太郎くんとお話しできれば、それでいいんだけどなー。今も面倒臭くなって「お花摘み」って言って抜け出して来ちゃったし」

 

 ……ひょっとすると、風賀美は案外抜け目ない性格なのかもしれない。

 

「なら、こうやって教室の前で喋ってちゃ、まずいんじゃないのか」

 

「うん。それもそうだ。じゃあ歩きながら話そ?」

 

「それ、ひょっとしなくても俺、女子トイレに向かって歩くことにならないか?」

 

「はは、それもそうだね」

 

 当然、そんなことになっては非常に困るので代案を出す。

 

「今の時間だとそうだな……。適当に特別棟の方にでも行くか。もし誰かに何か言われたら、同じ部活のよしみで、学校を案内してたとでも言えばいいしな」

 

 それを考えると、部活が同じというのは、案外色んな利点があるのかもしれない。

 

「いいね、そうしようか」

 

 そうして、三階の渡り廊下から理科室や音楽室をはじめとする、技能教室の立ち並ぶ、薄暗い特別棟をだらだらと歩く。 

  

「そういえば、あのもっはろーって挨拶、元ネタ……というか、由来はあるのか?」

 

「もっはろーはボクのオリジナル挨拶だよ? モーニングとハロー。合わせてもっはろー。いいでしょ?」

 

 胸を張るような姿勢で得意げに言う風賀美。

 

 ……ん? 分厚いブレザー越しだったから、今まで気づかなかったが、ひょっとして結構なサイズが……。

 

「狭間くん?」

 

「うおっ……!」

 

 風賀美が不意にこちらを覗き込んでくる。顔が整っているだけにインパクトがあって心臓に悪い……。

 

「すまん、あー、何の話だったか……」

 

「もっはろーの話。もう……ちゃんとボクの話聞いてよ……じゃないとボク……また泣いちゃうよ?」

 

 風賀美がいたずらっぽく笑う。

 なんて恐ろしい脅しだ。また昨日のような事になってはたまったものではない。

 

「なんて、冗談だよ?」

 

 悪戯っぽく笑う風賀美についつい見惚れてしまう。

 

 転入してきてからまだ十分そこらしか経っていないのに、こいつはどれだけ俺を揺さぶってくるんだ……。

 

「そういえば、さっきよメガネの人は友達?」

 

「ああ。朝倉。朝倉一郎だ」

 

 ──奴を友達と呼ぶのは、謎の抵抗があるが、まあ友達だろう。

 

「そっか。朝倉くんはいいなぁ……」

 

「あんな胡散臭いメガネのどこがいいんだ?」

 

「だって、狭間くんと今までいっぱい色んなことを話してきたんでしょ?」

 

「……そんな大それたもんじゃない。さっきだって、ラーメン食いに行く話しかしてないしな」    

 

 流石に本人を前に、風賀美の素性を散々考察した上で、賭けまでしてた、なんて言えるはずもなかった。

 

「ボクは狭間くんと、そういうなんでもない話を沢山したいんだ」

 

「……そんなんでいいならいくらでも話そう。ま、アニメか漫画か、どうでもいい雑学しか話せないけどな」

 

「なら、それを聞かせてよ。そうだ、ボクも一緒に、ラーメン食べに行きたいな」

 

「じゃあ、次行く時、朝倉に風賀美も一緒に行くって伝えとくよ」

 

「ボクは……狭間くんと二人で行きたいんだけど……だめ、かな?」

 

 二人で……だと……?

 だが、風賀美ほどの美少女に、上目遣いで言われてしまっては、断れるはずもない。

 

「なら行こう。いつでもいいぞ。部活帰りでもいいし、次学校が半日で終わる日でもいい」

 

 朝倉? 先約? あんなメガネのオタク、白髪碧眼美少女に比べたらその辺に落ちてる石ころみたいなもんだ。知ったことではない。

 

「やった。ありがと、狭間くん」

 

 可愛らしく小さくガッツポーズをする風賀美を見て、俺の判断は間違っていなかったことを確信する。

 

「あー……ただ、いつも行ってる店、ニンニクとか油とか結構きついから、別の店にするか? 匂いとか気になるだろ?」 

 

 そう言うと、風賀美は「なーんだ、そんなことか」と拍子抜けしたかのように言うと、両手を後ろに組んで、数歩遠かった。

 

「狭間くん、知ってる?」

 

 そして、風賀美はその場でくるりと回ってみせた。

 それに合わさり、スカートがふわりと膨らんだ。

 

「───女の子は、いつだっていい匂いなんだよ?」

 

 花のような香りが、俺の鼻腔をくすぐった。

 

 その香りはシャンプーか、柔軟剤か、それこそ風賀美自身の何かフェロモン的な香りなのか。

 

 その言葉は、あまりにめちゃくちゃで、理屈もなくて、正直に言えば、痛々しい台詞だと思ったが。

 そんなわけがあるか、と言わせない魅力を感じた。

 

 俺は、教室に戻るなり、朝倉に言った。

 

「朝倉、ラーメンは当分先だ」

 

「あ? ……まぁ別にいいけど」

 

 ◇

 

 国語教師が「チャイムが鳴るまでは教室の中にいろよー」と言い残して、教室から去っていく。

 

 ようやく四限が終わった。それも、五分早く終わるというおまけ付きで。

 

 そして何より嬉しいのは、立花を取り囲んでの質問ラッシュが、今は鳴りを潜めていることだ。

 たまたまおとなしいくらすだったのだ

 

 「はあ〜疲れた〜〜」

 

 六花がぐっと大きく伸びをする。

 一日中、質問責めにされていたら、そりゃあ疲れて当然だろう。

 ついでに言えば、隣の席である俺も巻き添えをくらい、既にクタクタである。 

 

 それにしても……アレだな……。

 

 「んん〜」と伸びをする六花の、胸の辺りを見つめる。

 

 やはり……でかいな。

 

 今はブレザーだからいいものの、夏になり、薄手のワイシャツ姿で過ごすようになれば、より一層目立つことだろう。

 

 すると、ふと風賀美と目が合う。

 心なしか、ジトーっと、目を細めているような気がした。

 

「えーと、風賀美……?」

「もしかして今、ボクの胸見てた?」

 

 なるほど、どうやらバレていたらしい。

 これはあれだ、死んだな。主に社会的に。

 

 ……いやいや。一旦落ち着け。

 俺が風賀美の胸を凝視していたのは事実だが、そんな証拠はどこにも無いわけだ。

 

 部長あたりが聞けば、呆れ返りそうな言い分を盾に俺は言い訳をする。

 

「……いや、見てないぞ? 本当に。マジで。一瞬たりとも」

 

「本当?」

 

 じっと、目を合わせながら、風賀美が顔を近づけてくる。

 

「……本当だ。なんだったら、神にでも誓おうか?」

 

 すまん神よ。己の尊厳のためにあなたを盾にする愚かな俺を救いたまえ。

 とはいえ、そこは日本人らしく無宗教なので、どの神が救ってくれるのかは定かでは無いが。

 

「んー、神様まで出されちゃったら、もう何も言えないかなー」  

 よし、勝った。ありがとう神様。

 

「じゃあ、狭間くんはボクの胸に、全く興味ないんだ」

 

「…………ないな。全く。これっぽっちも。そもそもニンゲンのオスがなぜあんな脂肪の塊に執着するのかが一ミリたりとも理解できない」

 

「そっか……。狭間くんにだったら教えてあげてもよかったんだけど、残念だな」

 

「教えるって、何を……」

 

「(ボクの……おっぱいのサイズ)」

 

 六花がぼそりと、耳元で告げてくる。 

 

 バストサイズ……だと……?

 心が大きく揺さぶられるが、ここは欲を抑える時だ。

 俺は、やると言ったらやる男なのである。

 

「……そうか……それは残念だったな……」

 

「ボクの胸見てたこと、今正直に言ってくれたら、教えてあげるんだけどな」

 

 六はに微笑みを……いや、もはやニヤニヤとした表情を浮かべ得ていた。

 0

 そして俺は今更ながらに全てを悟った。

 これは──あれだな。初めから全部バレてたパターンだな。

 

 うむ、ならばむしろ、最後まで嘘を突き通すより、ここで正直になった方が、人間として清いのではないだろうか。

 

 そうだ。そうに違いない。

 

「見ました」

 

「正直でよろしい」

 

 六花はそう言うと、俺を咎めるでもなく、本当にそのサイズを教えてくれた。

 

 彼女のプライバシーのため、具体的なサイズは伏せておくが、その大きさを示すアルファベットをA、B、C……と指折り数え終えた時には、実に、七本の指が折り畳まれていたとだけ言っておく。

 

 風賀美のその圧倒的な戦闘力に恐れ慄いていると、ようやく昼休みを知らせるチャイムが聞こえてきた。

 

「はあ、ボクお腹空いちゃったよ、ねえ狭間くん、お昼は──」

 

 風賀美が言いかけたところで、割って入る声があった。

 

「風賀美さーん! お昼一緒に食べよー!」

 

 いつの間にやら、別の教室で授業を受けていた生徒も戻って来ていたらしい。

 今風賀美に声を掛けた女子は、たしか、吹奏楽部の清水とか言ったはずだ。

 

「かざちゃーん、ウチらと食べようよー!」

 

 重ねて、いわゆるギャルグループの女子、藤森が……。

 

「六花ちゃーん、私たちと一緒に……」

 

 今度はテニス部の橋本……

 

「かざがみ? さーん、ウチたちと……」

 

 この女子に至っては、確か隣のクラスじゃなかったか……?

 

 周りを見ると、風賀美の話を聞きつけてか、他のクラス、果ては他学年の生徒までが風賀美を一眼見ようと集まってきていて、場は混沌としていた。

 

 そして、「昼食を誰と食べるか」という話に加え、「バスケ部のマネージャー興味ない?」と、ちゃっかり部活の勧誘まで行う男子が現れたことで、今度は勧誘合戦が始まり、いよいよい事態は収集がつかなくなっていた。

 これでは昼飯どころの話ではない。

 

 面倒なのは、ここで下手な断り方をしてしまえば、後々、風賀美と他の生徒との間に、禍根が残りかねないということだ。

 

 そうなればきっと、謂れのない悪評を流すような輩もでかねないだろう。つくづく、人間関係というのは面倒だ。

 

 そんな最中、風賀美と目が合う。

 

 ──まあ、そうだ。

 流石にこのまま見ているだけというのはあまりにも格好悪いと言うものだろう。

 それに、風賀美六花は既に演劇部の部員だ。今更、他の部活に渡してなるものか。

 

 俺は、ため息混じりに息を吐くと、腹式呼吸を意識しながら、静かに息を吸い始めた。

 ……目立つのは嫌いだが、致し方ない。演劇らしく一芝居打つ事にしよう。

 

『風賀美さん、入部の件でちょっといいか?』

 

 混沌とした場の中でも、俺の声はよく響いたようで、風賀美に向いていた視線が全てこちらに向いた。当然、その表情は訝しげだ。

 

 ……やっぱり、視線を集めるのは舞台上だけで十分だな。

 

 俺は、きょとんとした顔の風賀美にそのまま話続ける。

 

『入部の件で、演劇部から説明があるから、お昼持って部室来てもらっても大丈夫か?』

 

 これなら、風賀美は自然に教室から抜けることができるだろう。おまけに既に演劇部に入部していることも知らしめることができ、勧誘もなくなる。まさに一石二鳥である。

 

「そうだったね、すぐ行くよ」

  

 風賀美も、言わんとすること察してくれたようで、ランチバッグを持つと、そそくさと教室の外へと出ていった。

 

 目論見通り周りからは「部活ならしょうがないかー」だの「もう部活入ってたのかー」という声が聞こえてくる。どうやら、目論見は上手くいってくれたらしい。

 

 さて、とりあえずこの場は凌ぐことができたが、風賀美は明日から誰と飯を食べるのか。

 

 まあ、今後のことは、それこそ飯でも食べながら考えよう。

   

   ◇  

     

 教室を飛び出して、やってきたのは、またしても部室。

 

 俺はいつものように、横並びに三列設置された長机の真ん中最後列の席に腰を下ろし、机の上にコンビニ袋をどさっと置く。

 中身もいつも通り、菓子パンとおにぎりだ。

 

「風賀美も適当に座ってくれ。なんならステージの上でもいいぞ」 

「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言って風賀美が座ったのは、俺の右隣だった。

 座る拍子に髪がふわりと揺れ、甘い香りがした。

 

 なぜわざわざ隣に……?

 俺のそんな疑問を汲み取ったのか、風賀美は微笑を浮かべ応えた。

    

「”好きなところ”座っていいんでしょ?」 

 

 あざとい……。だが、可愛すぎる。

 俺はあっけに取られ、何も言えずにいると、風賀美が話を切り出した。

 

「その……さっきはありがと」

 

 ”さっき”とは、あの教室での一幕のことだろう。

 

「ま、あんだけ囲まれて、俺も困ってたからな」

 

「なら、ボクのことなんか無視して狭間くん一人で抜け出せばよかったのに。……でも、キミはそうしなかった」

 

 まあ、風賀美の言う通り、あの時に関しては、風賀美を無視するのが最もシンプルな方法だったろう。

 

「……風賀美はウチの貴重な部員なんだ。こんなくだらない理由でモチベーションが削がれたり、学校休みがちになられたりしても困る……それと、男子はこう言う時、格好つけないと死ぬ生き物なんだよ」

    

「ふふ、そっか。でも、あの咄嗟の対応、すごかったね。さすが演劇部」

 

「まあな。ああいうのは得意な方だ」

 

 そのせいか、最近部長が練習本番問わず、ノリノリでアドリブをするようになってきたような気もするが……。 

 

「狭間くんは、いつもここでお昼食べてるの?」

 

「ああ、稀に朝倉なんかと教室で食べる事もあるが……ほとんどここで台本のネタ考えたり、昼寝したりしてるな。だだっ広いし静かだし。中々贅沢なところだろ?」

 

「一人で?」

 

「…………一人で」

 

 なんだ、何か文句でもあるのか。

 だいたいあれだ。昼休みってのは、読んで字の如く休むためにあるもんだ、教室とか言うあんなクソ騒がしい場所にいて休めるか。

 

 俺はてっきり罵詈雑言で煽られることを想像していたのだが、帰ってきた反応は全く違った。

 

「なら、これからは毎日こうやって狭間くんと二人っきりでお昼食べれるってことだね」

 

 その提案は、確かに魅力的だが、事はそう単純ではない。

 

「……二、三日たてば、普通に友人もできるだろ。そしたらそいつらと飯食った方がいいぞ」

 

 俺がそういうと、風賀美は、心底わからないと言った様子で首を傾げていた。

 

「……? どうして他の人と食べる必要があるの?」

 

「どうしてって……」

 

「他の人たちとかどうでもいいし、ボクは狭間くんと一緒に居られれば、それでいいんだけれど」

 

 その言葉に、俺はどういうわけか、少しゾッとした。 

 そして、俺になどばかり執着しては、ふと、王子様への熱が冷めた時、彼女の周りには誰も居なくなっているのではないか、と、思った。

 

「……少し、らしくないことを言うぞ」

 

 らしくないと言っても、彼女と出会ったのはつい一昨日。

 だからこれは、自分に言い聞かせているようなものだ。

 

「うん? どうしたの?」

 

「明日は……いや、明日からは他の奴らと飯を食った方がいい」

 

 風賀美はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「ボクは毎日ここがいいんだけどな」

 

「風賀美は……自分が目立つ方って自覚はあるか?」

 

「うん……あんまり意識したことなかったけど、あんな騒ぎになっちゃったらね」

   

「ああ。うちのクラスには、あからさまにイジメっ子だとか、女王様気取りみたいなやつはいないが。それでも、あまりにも付き合いが悪いと変なやっかみを受けかねない。だから、やっぱり最低限の付き合いはするべきだ」

 

「そうかなぁ……」

 

 どうにも腑に落ちないと言った様子の風賀美。

 

「じゃあ、こんどは逆に、クラス内に知り合いを作るメリットを今から挙げよう」

 

「メリット……?」

 

 少しは興味を惹けたのか、風賀美の視線がこちらを向く。

 

「クラスメイトと友好的な関係を築く最大のメリット、それは──」

 

「それは……?」

 

「──忘れ物借り放題、課題移し放題が待っている、ということだ」

 

 そして、クラス内に交友関係のある生徒がほぼいない俺は、仕方なく自力で課題を解く羽目になっているわけだが。

 

「それ……メリットでいいのかな……? それに、忘れ物も、課題も……できれば長太郎くんを頼りたいな、なんて」

 

「甘いな。俺はラノベ読みたさ、ゲームやりたさに唐突に欠席するからアテにならないぞ」

 

「言い方はかっこいいのにカッコ悪い……!」

 

「さあ、俺が頼りない以上、これで風賀美はクラスに知り合いを作るしかなくなったわけだ」

 

 すると、風賀美は観念したのか、両手を軽くあげる。

 

「ふふ、わかった。ここは狭間くんに騙されてあげることにするよ」

 

「騙されたって……」

 

「ゲームやりたさに学校をサボるなんて、流石に嘘だってバレバレだよ?」

 

「…………ま、まあな」

 

「ほら、やっぱり」

 

 ……さて、どうやら俺はしばらく学校はサボれなさそうだ。自制して購入するラノベとゲームの量、減らすかな。

 

「ありがと」

 

 そんなだらしのないことを考えていると、風賀美が前触れもなく、呟くように言った。

 

「……そんな礼を言われるようなこと、した覚えはないけどな」

 

「したよ。今だってボクのこと、心配してくれた」

 

「今のは心配とかじゃ……」

 

 他人の心配。そんな親切み溢れるむず痒い言葉を前に、俺は反射的に否定した。

 

 すると、風賀美は微笑んでみせた。

 

「それでもいいよ」 

 

「……おう」

 

 俺の生返事を最後に、会話が途切れる。

 妙な沈黙が部室を支配していた。

 

「狭間くんはさ──」

 

 風賀美の、雪にように白い肌にほんのりと朱が差す。

 

「──ボクのこと、かわいいって思ってる?」

 

 そのいじらしい視線に、どきりとした。

  

「なんでまた、そんな事……」

 

「今日さ、みんながボクのことを、かわいいって言ってくれたけど……でもボク、あんまりそういう自覚なくてさ」

 

 妙な話だ。風賀美ほどの容姿なら、どこへ行っても人気だろうに。いったいどんな辺境の地に住んでいたんだ。

 

「……それで、狭間くんは、どう思ってくれてるのかなって」

 

 ……。

 そりゃあ、かわいいに決まっている。

 けれど、それを単刀直入に本人に伝えられるかどうかは別の話だ。

 そもそも、そんな、よほどのイケメンにしか許されないような芸当をやってのけれれるわけがない。

 ……ないのだが。

 ……ここで否定したり、なあなあにすれば、また昨日のように号泣されてしまうかもしれない。そして、できればそれは避けたい。

 となれば、言うことは決まりきっていた。 

「……正直、かわいいと思う」

 

「ほんと……?」

 

「日本全国どころか、世界中の誰が見たってそう思うだろう。相手が現代とは美的感覚の全く異なる……平安時代……いや、旧石器時代の人間だったとしても、風賀美の魅力だけは過去未来現在、不朽不変、永久不滅だろう」

 

「むう……そういう一般論じゃなくて、純粋なキミの意見が聞きたいんだけどな」

 

「勘弁してくれ……」

 

 これ以上は、俺のノミ以下のメンタルが消滅してしまう。

 

「ふふっ、いいよ。許してあげる。キミの気持ちは伝わったから」

 

 風賀美はご機嫌な様子で持ってきた弁当を開け始めた。

 どうやら、窮地は脱したらしい。

 

 小ぶりな弁当箱の中身は、白飯に玉子焼き、タコウインナー、唐揚げ、プチトマト、レタスと、いかにもお弁当といった面々が揃っていた。

 詰め方も綺麗で、手本のような弁当だ。

 

 風賀美が一口、ウインナーを齧る。ウィンナーの油で艶の出た唇がやけに艶かしい。

 

「うん、ちゃんと作れたかな」

 

「その弁当、自分で作ったのか? すごいもんだな」

 

「うん。一人暮らしだから一応、節約も兼ねて。ボク、結構料理好きみたいだし」

 

 転校生の上、一人暮らしときたか。

 

「なあ、転校の理由って、聞いてもいいか……?」  

 

 風賀美はうーんと、少しばかり思案して答えた。

 

「ヒミツ」

 

 ……秘密、ときたか。

 それなら、これ以上踏み込むわけには行かないだろう。

 

 ……そもそも、転校の理由なんて、大抵はかなりの訳アリだろう。

 

 いくら風賀美が友好的に接してくれているとはいえ、話すようになったのは昨日からなのだ。流石に踏み込みすぎたと、反省した。

 

「悪かったな、変なこと聞いて。それにしても朝なんか時間ないだろうに、弁当、綺麗に作ったんだな」

 

「そんなに褒められると、なんだか照れるなぁ」

 

 風賀美はそういうと、何かを思いついたように言った。

 

「そうだ、狭間くんも食べてみてよ」

 

「……いいのか?」

 

「うん、もちろん」

 

 美少女から手作り弁当を分けてもらえる日が来るとは、ひょっとして何かの罠だろうか。さては毒か……⁉︎

 

 ……いや、彼女は普通に食べているのだし、それはまあ、まず間違いなくないだろうが。

 

 それに、例え毒が入っていようとも、美少女の手作り弁当をご相伴に預からないという選択肢は、そもそもなかった。

 

「じゃあ、その卵焼き、一切れもらってもいいか?」

 

 ……と、思ったが、生憎俺の昼食は惣菜パン。当然、箸などはもっていない。

 普段であれば手づかみ上等なのだが、風賀美を前にそれをするのは憚られる。

 

 行く当てのない右手を宙に彷徨わせていると、目の前にピンク色の箸が差し出される。

 

「はい、あーん」

 

 あーん……? あぁん?

 もしかして俺は今、喧嘩売られているのか?

 

 ……いや、分かっている。流れからしてこれは相手に食物を食べさせる行為としての「あーん」だろう。

 

 わかってはいるが、手作り弁当を分けてもらえる上、「あーん」など、にわかには信じ難い。何かの夢としか思えない。

 

 そこまでして俺に食べさせたいということは、やはり毒か…?

 だとすれば、彼女は俺を殺す為に派遣された暗殺者か……?

 

 ──などと、あらぬ方向へ思考を進めていると、風賀美の表情が段々と不安げな物へと変わっていった。

 

「やっぱり、いらなかった……?」

 

 そして案の定、彼女の瞳が潤んでいく。

 

「いやいや、食べる。食べさせてください」

 

 必死すぎて敬語が出た。

  

「じゃあ、はい、改めて……あーん」

「あ、あーん……」

 

 口内に黄色くてふわふわな物体が放り込まれる。

 すると、途端に口の中に玉子のまろやかな風味が広がった。

 

 ──とにかく甘い。

 

 玉子焼き自体、甘めの味付けなのだが、何より、美少女からこうして手作りの玉子焼きを口の中に放り込まれると言う状況が、何よりも甘い。

 

 甘すぎて、脳の処理が追いつかない。

 それゆえに。

「どう? 狭間くん」

 

 と、問われても。

 

「甘くて、うまい」

 

 と、そう答える他なかった。

 

 流石に、感想としては素っ気なさ過ぎる。

 言葉で無理ならば、せめて態度で示そう。 料理漫画よろしく、徐に裸なれば伝わるだろうか。

 

 俺は、ネクタイに手を掛けながらちらりと風賀美の方へ目をやる。

 

「ふふ、ふふふふふふ♪」

 

 風賀美は愉しそうに笑っていた。

 

 ──どうやら、裸にならずに済んだらしい。

 

「ねえ、狭間くん、気づいた?」

 

「ん?」

 

 風賀美が頬をほんのりと赤く染め、唇に手を当てる。

 

 ──俺は、とんでもない見落としに気づいた。

 一膳しかない箸を使って「あーん」なんてすれば何が起きるか。

 

 風賀美が、先程とは違う、まるで小悪魔のように蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「──間接キス、しちゃったね」

 

「ッ…!!!」

 

 風賀美が俺に向ける王子様への幻想はすぐに消え去る。そんな話もしたが……。

 

 頼む、無くなるなら早く無くなくなってくれ。

 こうも積極的に来られたら、妙な勘違いをしてしまいそうだ。

 

 俺は、高速で脈を刻み続ける心臓を抑えながら、切にそう思った。

 

 

 

 06 体験入部編

 

 放課後、俺はいつものように部室へと訪れた。

 いつもと唯一違うのは、隣に風賀美がいることくらいだろうか。

 

 ……違いが極端すぎる。

 間違い探しだったら一番初め見つかるくらい極端な違いだ。

 

 ……それにしても、サイゼリヤのメニューの間違い探しはなんであんなに難しいんだろうか。

 残りの二、三個となると、いくら探しても見つからないレベルだ。

 

「誰もいないか」

 

「あ、でもリュックあるよ」

 

 よく見れば、ひとつ前の座席に、鈴木のリュックが置かれていた。

 

 そんな矢先、ポケットに入れていたスマホが振動する。

 確認すると、南部長が演劇部のグループLINEに投稿したメッセージだった。

 

『すまん! 三年全員、進路説明で若干遅れる!』

 

「どうしたの?」

 

 風賀美が画面を覗き込んでくる。

 

「三年全員、遅れるとさ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 風賀美は、やけにソワソワとし始めた。

 どうしたのだろう。また「二人っきりだね」なんて言い出すのはやめて頂きたいが……。

 

「どうかしたか?」

 

「あの、さ。そうやって、いつでも連絡取れるって、すごく、便利で素敵だよね」

 

 ……? まあ、確かにスマホ一つでいつでもどこでも連絡を取れると言うのは、今でこそ当たり前だが、一昔前を思えば便利で素敵だとは思うが。

 何故今そんな、『かがくのちからってすげー!』的な事を?

 

「その、ボクとも交換してくれないかい……?」

 

 思考に引っ張られ「ポケモンのことが……?」なんて考えそうになったところで、風賀美が、LINEが表示されたスマホを向けてくる。

 

「そうだな、連絡先、交換しとくか」

 

「うん! えーと……登録って、どうすればいいんだっけ」

 

 戸惑う六花に、QRコード読み取りで連絡先を登録する方法を教える。

 

「へぇ、こうやってするんだ……。ごめんごめん、始めたばっかりで何にも分かんなくて」

 

 そう言って風賀美が見せた友達リストには、友達どころか、親すらおらず──。

 

 最新機種のスマホの、大画面の中に『狭間長太郎』という文字だけがぽつんと表示されていた。

 

 ──転校について訳あり、とは思っていたが、これほどとは……。

 

 秘密と言われた以上、深入りするつもりはないし、特段、何かできるわけでもない。

 

 出来るとすれば。部活のグループLINEに風賀美を迎え入れ、そのリストを少しでも埋めてやることくらいだ。

 

「────じゃ、俺が記念すべき一人目か」

 

「うん……っ! よかった……ボクの初めて、狭間くんに捧げられて……」

 

 妙な言い方をするんじゃない。

 

 かくして、俺の友達一覧にも、『鈴木実咲』の上に、『リッカ⭐︎』という名前が追加されたのだった。

 

「狭間……長太郎」

 

 風賀美がぽつと呟く。

 

「ん?」

 

「ううん、LINEの名前、フルネームなんだ、って思って」

 

「ああ……。こういいのは分かりやすい方がいいだろ」

 

「……くん」

 

 風賀美がまた、何かを小さくつぶやく。

 何を言っていたのか、すぐにわかった。

  

「これからは、長太郎くん……って、呼んじゃ、ダメかな」

 

「駄目……じゃ、ない……」

 

 考えても、断る理由は、特になかった。

 

 風賀美は、ぱあっと、表情を明るくした。

 そして、「でさ……」と話を続ける。

 

「ボクのことも、六花って、呼んでくれないかな……?」

「それは……」

 

 いざ自分が、風賀美のことを「六花」と呼ぶことを想像すると、昼時、俺は彼女を教室から連れだす際に、「風賀美さん」と呼んで連れ出したことを思い出す。  

 

 名前で呼び合うなんて、「私たちは仲睦まじいですよ」と公言しているようなものだ。

 今日の昼、彼女を比較的スムーズに連れ出すことができたのは、俺と風賀美があくまで部活関係の繋がりであると、誰もが疑わなかったからだろう。

 

 だが、名前呼びともなれば、そこに疑念が生じる。

 そうすればまた、俺と風賀美は窮屈な思いをすることになるだろう。

 

 ……少し考え、俺は、折衷案を提案することにした。

 

「俺たちが名前呼びをする間柄だって知れたら、また今日の昼みたいに、きっとまた面倒な騒ぎになるだろう」

 

「うん……。そうだよね。やっぱり今の話はなしに」

 

 風賀美。──いや、六花の言葉を遮るように言う。

 

「だから、部活の中だけで、ってのはどうだ?」

 

 六花が表情を綻ばせる。

 

「ありがとう、長太郎くんっ!」

 

「……おう。……その……り、六花」

 

 ……方針は決まったとは言え、まともに呼べるかについては、また別の話なのだった。

 

 ……女子を名前呼びって……。

 周囲がどうこうとかじゃなく、シンプルに難易度が高すぎないか……?

 

「……衣装に着替えてくる」

「はーい、いってらっしゃい」

 

 俺は内心頭を抱えつつ、今日から始まる体験入部の呼び込み広告塔となるため、昨日の部活紹介よろしくホームズの衣装一式を持って、更衣室へと向かう。

 そしてドアノブを捻りかけたその時、無人のはずの扉の向こうから声が聞こえた。

 

「あれー? えーと……ここがこうなって……おかしいですね……」

 

 どうやら、絶賛着替え中らしい鈴木の声だった。

 そうか、リュックだけがあると思ったら、着替え中だったのか。

 

 更衣室にかけられたプレートを見ると、案の定、『使用中』の表記ではなく、『空き』の表記のままとなっていた……。

 

 こいつ……、ひっくり返すのを忘れてやがったな……。 

 危ねえ。これでもし俺がラブコメ主人公だったら確実に着替え中のところに突入してラッキースケベコースだったぞ……。

 

 もっとも、現実でもし本当にそんなことが起きたすれば、後の関係性にも多大な影響を与えることになるので、それはもはやアンラッキースケベな気もするが。

 

「おーい、鈴木、大丈夫かー?」

 

「え、えーと、そのすみません、エプロンのリボンが後ろで上手く結べなくて……狭間くん、お願いしてもいいですか?」

 

「わかった」

 

 と、今度こそドアを開けようとしてハッとする。

 

 エプロンが結べないという言葉から、他の部分はもう着替えがすんでるんだろうという前提でいたが、そういえば鈴木の衣装、スカートとエプロンが一体化した構造じゃなかっただろうか……?

 

 そうだ。しかも昨年、先輩が、ウエストのゴムがゆるくなって、しっかりリボンを結ばないとスカートがずり落ちてくる……なんて話をしていたことを思い出す。

 

 となると、うっかり鈴木の下着が見えてしまう、なんてハプニングにも繋がりかねない。 

 ……全然お願いしてもいいですか? じゃねえだろ。

 

 切実に、俺が異性であるという認識をしっかりと持って欲しい。

 

「風賀──り、六花、鈴木の着替え、手伝ってやってくれないか?」

 

「え? わかった!」

 

 当然、そのまま俺が着替えを手伝うというわけにはいかないので、俺は風賀美六花に救援を頼むことにした。

 互いに初対面のような物だが、俺が行くよりもマシだろう。

 

 さて、どうやら一年生もすでに放課後を迎えたらしい。更衣室は塞がっているが、ここは一刻も早く着替えたい。

 幸い、二人とも更衣室にいるので、俺は部室でそのまま着替えることにした。

 

「すまん! 遅くなった!」

 

 ズボンを脱いでいる最中、南部長が入ってくる。

 ……パンツ見られるの、俺かよ。

 俺はまた、義務のようにいうのだった。

 

「きゃーえっちー」

 

 この後。事情を説明して、ことなきを得た。

 

 ◇

 

 昨日と同じように、鈴木と共に体験入部の呼び込みを終えて、部室への帰路。

 

 鈴木は、六花に結んでもらった背中のリボンを上機嫌に揺らしていた。

 

「風賀美さん、近づき難い方なのかなって、思ってたんですけど、凄く話しやすい方でした!」

 

 鈴木は、本人が小心者気質のため、警戒して人と交友を深めるのに中々時間がかかるタイプなのだが、着替えの一件で、鈴木は六花と波長があったらしく、呼び込みの最中、ずっと上機嫌だった。

 

 地味で謙虚な鈴木に、派手派手な六花。

 正反対な二人だが、言われてみれば、不思議ちゃん的なオーラというか、どこか人に比べて変わっているという部分は共通しているように思う。

 

「よかったな」

 

「はいっ!」

 

「そうだ、自販寄っていいか?」

 

 俺は道中、渡り廊下にある自販機でいつも通り、ケミカルな色をしたメロンソーダのボタンを押すと、取り出すことなく、再度硬貨を入れる。

 そして、今までに一度も押したことのない、ミルクティーのボタンを押した。

 

「ほい」

 

 俺は、取り出したミルクティーを、鈴木へ差し出す。

 

「あ、荷物持ちですね、わかりました」

 

 そう言って、メロンソーダの方も持ってくれる気満々の鈴木。

 

 ちげーよ。

 

「昨日今日、死ぬほど頑張ってくれたからな。奢りだ。鈴木、これよく飲んでたろ?」

 

「で、でも悪いですよ! 私、そんな大したことしていないです!」

 

「俺が人に物を奢るなんて中々ないぞ? お前はそんな貴重な機会を台無しにするつもりか?」

 

「え、えと……! そんなつもりでは……ー」

 

「じゃ、人の好意は素直に受け取っとけ」

 

「で、では、いただきます……」

 

 結局、鈴木はおずおずとミルクティーを一口飲んだ。

 

「……狭間くん、滅多に奢らないって言ってましたけど、そんなことないと思いますよ?」

 

「そうか?」

 

 オタクと言うやつはいつだって資金不足だ。ゲーム、マンガ、ラノベ、そしてアニメの円盤やフィギュアを筆頭とするコレクションアイテムと、金なんて、幾らあっても足りない。

 そんな事情で、他人に奢る猶予と人間性など持ち合わせているはずがないだろう。

 

「でも、私の誕生日の時、図書カード、プレゼントしてくれましたよね……あれも、ある種奢りではないでしょうか……?」

 

「ああ、そんなともあったな。渡したときにも言ったが、ありゃ元々雑誌の懸賞で当たったやつだ。それに、俺は単にアンケートに答えた結果、自動的に応募されたってパターンだからな。あれは奢りじゃない」

 

 当選した記念品と言うこともあって、微妙に勿体無く感じて、自分じゃ使えなかったのだ。

 絵柄も女性向けのアニメだったので、コレクションとして残しておく気にもならなかったしな。

 そうして持て余していたところに、鈴木の誕生日と聞いて、読書家のこいつなら、遠慮なく使ってくれるだろうと譲ったのだった。

 

「そういや、アレでどんな本買ったんだ?まあ、あの金額じゃ、いつも持ってるような分厚い本は買えないと思うが」

 

 あんなサイズの本、俺はハリーポッターと上橋菜穂子作品でしか知らないぞ。

 

 イケメンに彩られた図書カードがどんな本に交換されたのか。気になって尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。

 

「いえ、使ってません。それに、今後も使う気もありません」

 

「勿体無くないか?」

  

「はい、勿体無いです。勿体無くて、使えません……! だから、今も机の引き出しにしまってあります」

 

 使わないことが……ではなく。使うことが勿体無いときたか。

 

 ひょっとして、普段アニメを全く観ない鈴木にしては意外や意外、あのイラストの作品のファンだったりするのだろうか。

 

「ま、あれはもう鈴木のものだからな。好きにするといい」

 

「はい、そうさせてもらいます」

 

 ◇

 

 部室に戻ると、ざっと十数人はいるだろうか。結構な数の新入生が集まっていて、かなり賑やかなことになっていた。

 

 既に役者や各種裏方など、新入生はそれぞれ希望グループに分かれ、説明なり体験なりを受けていた。入って右手、中央の最後列の席では、南部長が、ミキサー? とかいう、ボタンやらツマミやらが無数についた音響機材の説明をしているらしかった。

 

 さて、果たして俺はどこに加勢すればいいのか、と教室を見渡していると、六花が小走りでこちらへ向かってきた。

 

「おかえり〜、長太郎くん、実咲ちゃん!」

 

「た、ただいま戻りました……!」

 

「そうだ実咲ちゃん。南部長が音響設備の説明手伝ってほしいって」

 

「わ、わかりました……!」

 

 そう言って鈴木は、南部長の方へと加勢に向かう。

  

 それにしても、鈴木のことは”実咲ちゃん”呼び。南部長とも既に会話を済ませているとは。

 少しは他人と関わるように……なんて話をしたが、この短時間で既に部に馴染み始めているとは、魔性の女子風賀美六花、恐るべしである。

 

「もう他の部員とも話したのか?」

 

「一応、もう全員と話したかな。二年生は実咲ちゃんと長太郎くんと、アイドル好きの玉元さんと、ビーエル……? が好きな利根さん。三年は、南部長、副部長の男子の深山先輩、脚本家の樋口先輩。これで全員だよね」

 

「ああ、正解だ」

 

 特にBL好きの利根とかな……。

 利根佳織(とねかおり)。三度の飯よりBL……男同士の恋愛物、いわゆるボーイズラブが好きで、推しのために生き、推しのために死ぬ。腐女子の煮凝りのような女子である。

 ある意味、利根ほどメガネの似合う奴も中々いないだろう。

 

 ……それにしても、六花と利根が話したの何て、まだ一瞬のはずだろう。

 なんで既にBL好きとして認識されてんだよ……。

 まあ、どうやら六花はBLが一体何なのかは、知らなかったようだが。

 

「にしても、よくこの短時間で全員の名前覚えたよな……」 

 

「ああ、うん。ボク結構覚えるのは早いみたい」

 

「へえ、ならそのうち、暗記で勝負してみるか」

 

「お、長太郎くんも記憶力に自信あり?」

 

「まあな、とは言っても、興味のないことはさっぱり覚えられないけどな」

 

 授業で言えば、歴史はそこに物語があり、そこそこ楽しめるので、するりと覚えることができる。同様に生物なんかも、今まで当たり前に目にして来たものの仕組みを示されれば、案外面白がることができ、結果として、記憶につながる。

 

 ……だが、数学、お前はダメだ。

 

 興味を持てるとしても、モンティフォール問題だの、誕生日のパラドックスだの、それくらい派手な面白さがある問題でもなければ興味は持てないようだった。 

 

 それでも、一夜漬けすらせずに高得点を取れるような科目が複数あるよ言うのは、十分なインチキだとは、自分でも思うが。

 

「六花は裏方の説明とか、台本読みとか参加しなくていいのか?」

 

 台本読み。呼んで字の如く、朗読劇のような形式で、登場人物ごとに読み手を振り分け、台本を読んでいく行為である。

 

 案外、縦書きの台本を登場人物になりきって読んでいくだけでも、演劇部らしいことをしている気になるものだ。

 よって、体験入部にはうってつけなのである。

 

「んー、まあ、二年生のボクが混じってたら、新入生達は居心地悪いかなって」

 

「そこまで気にする必要ないと思うがな」

 

 それでも、転校生なりに、思うところがあるのだろう。

 転校生になったことのない俺からすれば、その心情は察することはできないが。

 

「ま、それならそれでいい。よっぽど裏方の専門的なことじゃなきゃ、俺が説明するしな」

 

「本当? それは頼もしいなぁ」

 

「そういや、六花はうちで、どこのポジションやるんだ? 裏方? それとも──」

 

「せっかくだから役者、やってみようかなって」

 

 俺は正直、六花のその言葉を待っていた。

 ルックスは抜群にいいし、声もいい。むしろ、役者以外ありえないだろう。

 

 俺は、二人でも出来そうな台本はないか、と、最前列の中央の机の上に置かれたダンボールの中を除く。

 中には、過去に部が制作した台本の入った封筒が大量に詰まっていた。

 

 主要の役が四人〜六人ほどの台本が大多数だが、中には、主要人物じ二人だけの台本もいくつかあったはずだ。

 

 立花が物珍しそうに箱の中を覗き込むと、紙袋をひとつ取り出した。

 

「これ……長太郎くんの?」

 

 そう言って六花が取り出した台本には、『作 狭間長太郎』と書かれていた。

 

「『空から降ってきた、ボクっ娘美少女に惚れられている件』……? なんかボクみたい。美少女かは……分からないけど」

 

 あの時の──一晩で書いてきて、没をもらった台本だった。

 まさか、この台本も本当に空から降ってきたボクっ娘美少女に拾い上げられるとは思っていなかっただろう。

 

 台本を書いたのは立花に出会う前のことなので、当然六花がモデルと言うことは無いのだが、俺は、姉物のエロ漫画を実姉に見られたかのような気恥ずかしさを覚えていた。

 

 姉、いないけどな……。

「あらあら〜」と甘やかしてくれる姉が欲しい人生だった。

 

 そんな俺の内心も知らず、六花は台本を取り出してパラパラと台本の中を見始めた。

 

「これが長太郎の書いた台本……」

 

「ま、その台本に関しちゃ、日の目を浴びることなく没にされたんだけどな」

 

 俺が自重気味に言うと、風賀美は少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そっか、じゃあこの台本、もう上演されることはないんだよね……」

 

「……まあ、そうだろうな」

 

「長太郎くん、ボク、これ読みたい。せっかくだから、読もうよ」

 

 不意に六花が言う。

 

 確かに、この台本なら、主人公とヒロインの会話な大部分なので、二人で読んだとしても、十分形にはなるだろう。

 

 なにより、この作品のヒロインはボクっ娘の中のボクっ娘、春乃であり、俺は、六花が春乃のセリフを読むところを、純粋に見てみたいと思っていた。

 

「ふふ、主人公、翔太郎くんっていうんだ。長太郎くんに名前そっくりだね」

 

 出来心で名前寄せちゃったからな……。 

「若気の至りってやつだよ」

 

「ふふ、何それ」

 

「突っ込むな突っ込むな」

 

「翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ」

 

「……え?」

 

「ほら、次は長太郎くんのセリフだよ?」

 

 ───六花が台本のセリフを読んでいるのだと気づくのに、俺は時間を要した。

 それほどまでに自然な演技だったのだ。

 

「あ、ああ……」

 

 戸惑いながらも、俺も台本を読み始める。

 

 何度か会話を続けていうちに、俺の抱いた印象は間違っていなかったと確信する。

 

「なあ、六花って、いままで演技の経験ってあるか?」

 

「え? ううん、ないけど」

 

 六花の声はいわゆるアニメ声とまではいかないものの。甘さと可愛らしさを多分に含んだ、まるでお砂糖とスパイスと素敵な何かでできているかのような声だ。

 そして、そんな特徴的な声を持ってすれば、単に台本を読むだけでも、自然と演技も魅力的に聞こえる。

 

 だが、それでも演劇経験がないのなら、多少なりとも棒読みだったり、力が篭りすぎていたりと、どこか緊張感が伝わってくるはずなのだ。

 

 だが、俺はさっき今彼女のセリフを、聞き流しそうになった。

 彼女の演技からは、そうした違和感が一切感じられなかった。

 

 初めてにもかかわらず、ずば抜けた成果を出してしまう。それはつまり──天才というやつではないだろうか……?

 

 俺も、負けじと台本を読み進めていく。

 

『……そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが。お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

「もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ」

 

 あいも変わらずめちゃくちゃな状況だが。不思議なことに、彼女が言うと説得力があった。

 

「……翔太郎くん。ボクはね、ずっと前から──」

 

 六花の碧い瞳が俺を捉えた。

 

 この後に続くセリフを俺は知っている。 

 それは、部長ともあろう人が、言うのを躊躇うほど小っ恥ずかしいセリフで、それでいて、いともたやすく人間関係を変えてしまう。大きな力を持った言葉。

 だが、そんなセリフを、六花はためらいもなく言った。

 

「───キミのことが、好きなんだ」

 

 ドクン、と心臓が高鳴った。

 

 芝居だと、演劇だとわかっていても、まるで、本当に六花に告白をされたような感覚になる。

 

 ……いい加減認めよう。

 俺は、彼女の全てを見通すような碧い瞳に、白銀の髪に、そして、その天使のようで、それでいて小悪魔のような彼女の言動に、すっかり魅入られてしまっていた。

 

 本当に底知れない。

 ミテリアスなんて言葉は、きっと彼女のためにあるのだろう。

 

 ──ふと、俺は、彼女と出会った時のことを思い出す。

 

「なあ六花。入学式の日、なんで六花が学校にいたんだ? 転校生は関係ないはずだろ」

  

「うーん、ヒミツ」

 

「秘密にするほどのことなのか……」

 

「それもヒミツ」

 

 なるほど、どうも答えてくれる気はないらしい。まるで暖簾に腕押しだな。

 俺はダメ元で最後にもう一つだけ質問を投げかける。

 

「じゃ、あの時ベランダにいたのも──」

 

「──何かに、呼ばれた気がしたから」

 

 俺の言葉を遮って六花は答えた。

 

 ゾワリと、得体の知れない違和感が全身を駆け巡る。

  

「そうしてベランダに出たら、キミの姿が見えて。気づいた時には君に抱き止められてた」

 

「気づいた時には……?」

 

「落ちた瞬間のこと、あんまり覚えてないんだ」

 

 そうして六花は語る。

 

「落ちる前。最後に覚えてたのは、キミと目があったこと、それから──」

 

 そうだ、俺は彼女に出会う直前、何かに呼ばれたような気がした。そしてそれから──

 

「──酷い頭痛を、感じたんだ」

 

 俺と、同じだ。

 六花あの時、何かに呼ばれ、そして頭痛に苛まれていたのだ。

 

 偶然、なのだろうか。

 

 そんな偶然が、あり得るのだろうか。

 

 俺は、退屈だった現実が、少しずつ崩れていくような、そんな錯覚を覚えた。

 

 変化は、いつだって期待と不安の隣り合わせだ

 

 

 【】

 

  

 これからきっと何かが起きる…!

 そんな俺の妄想とは裏腹に、特に何も起きないまま、体験入部初日から一週間ほどが経った。

 

 その渦中の人物たる六花は、そろそろ、王子様補正も無くなり、俺から離れていくのだろうと思っていたのだが。

 

「狭間くん、見てよ、ボクのテスト」

 

 彼女は相も変わらず、俺の隣で愉快そうに笑っていた。

 

 現在は放課後。

 クラスは先ほどのホームルームで返却された学力テストの結果で大盛り上がりだった。

 

 六花の学力か……。

 この一週間、隣で授業を受けていたが、真面目にノートを取っていると思えば落書きをしていたり、寝ていたかと思えば、教師からの問いに完璧な回答をしていたりと、正直未知数だ。

 さすがに、からっきしという事はないだろうが……。

 

 六花の差し出したテスト結果を受け取ろうとすると、それは失敗に終わった。

 

「風賀美さん、テストどうだった⁉︎」

「あ、ウチも気になるー!」

「ね、風賀美さんめっちゃ勉強できそうだもんね!」

 

 六花は瞬く間に女子の軍勢に取り囲まれ、俺は人波にに押し流されるよつに教室から追い出されてしまった。まるで、転校初日の焼き直しである。

 

 さすがに初日のような質問ラッシュは無くなったものの、クラスとも関わるようになった六花は大人気だ。

 

『風賀美さん、先に部活行ってるから』

 

 俺は、対クラス用の例の口調で六花に一声掛ける。

 どうやら今の所、俺と六花の関係は単なる部員同士と捉えられているらしかった。

 

 ◇

 

「狭間くんはテストの結果、どうでしたか?」

 

 部室に入るなり開口一番、鈴木が尋ねてくる。

 

「あー……まあ、ぼちぼちだな」       

 

 そう言って俺はリュックから点数や全国順位がひとまとめに書かれたプリントを取り出す。

    

 年度始めのテストということもあり、内容としては、一年生の範囲を総括したものだった。

 そのため、歴史や化学は、極端な記憶力もあって、かなりの高得点だが、当然数学と英語はみるも無惨な結果だった。

 

「さすが狭間くんですね!」

 

 鈴木はまず間違いなく暗記科目の点数を指して言っているのだろうが、「さすが、苦手科目については本当にゴミのような点数ですね!」と言われているような気さえしてきた。

 

 そひて当の鈴木は毎度の如く「恥ずかしいので!」と言って結果を見せてくれないが不満である。

 

 何度か問いただしているとどうやら相当な上位であることがわかってきた。恐らく、十分に有名な大学を狙えるような結果だろう。

 

「今回、範囲広いし大変だったろ」

 

「そんなことないですよ。ほとんど去年の復習だったので、ざっと一年分の問題を復習すればいいだけでした」

 

 ざっと一年分。

 本人は言うが、一ヶ月足らずで一年を振り返らなければならないのだから、少なくとも俺の感覚からすれば苦行でしかないな。

 相変わらず、努力に対する基準がすっ飛んでいる。

 

 部活が始まるまで、まだ少し時間があったので、南部長の、高いとも低いとも言えない点数を小馬鹿にし、危うくキン肉バスターを食らいそうになるなどしていると、何やらヘロヘロな様子の六花が入って来た。

 

「もっはろ〜……長太郎くん、実咲ちゃん」

    

 心なしか、そのもっはろ〜にも普段より覇気がない。 

 

「もっはろーです、風賀美さん。……体調の方は、もう大丈夫なんですか?」

 

 鈴木が心配そうに六花に尋ねる。

 

 実はテストの翌日から数日間。六花は学校を休んでいたのだ。どうやら発熱があったらしい。

 

 本人は、「テストで頭使ったからかな」なんて言っていたが高校二年生にもなって知恵熱なんてことはまず無い。

 おそらく、転校に一人暮らしと、環境が大きく変わった事による疲労で体調を崩したのだろう。

 

「うん。休み中は沢山寝たからもう大丈夫。元気いっぱいだよ」

 

「そうですか、よかったです……」

 

 小さくガッツポーズを作って見せた六花に鈴木がほっと胸を撫で下ろす。

 

「結局六花はどうだったんだ、テストの結果」

 

「そうだ。これ、ちょっと見て欲しいんだ」

 

 その「ちょっと見て欲しいんだ」という言い方に、俺は少し引っかかった。

 点が高くとも、低くとも、こんな言い方にはなるまい。

 だとすれば、結果に何らかの不備があった、とかだろうか。

 だが、そんな俺の予想は全くもって外れていた。

 

「自分でもびっくりしたよ」と言って、六花は結果表を机の上に置いた。

 

「は……?」

 

 国語、数学、英語、理科、社会。全てにおいて、点数の欄には同じ数字が並んでいた。

 1と、0と0。

 つまるところ、オール百点満点であり、その順位は、当然全国一位。

 

「ぜ、全部百点……ですか……?」

 

 鈴木がぽかんと口を開けている。

 空いた口が塞がらないとはまさにこういうのを指すのだろう。

 

「うん……自分でもびっくりしててさ」

 

 心底不思議そうに首を傾げる六花。

 

「どういうことだ? 単にそれだけ勉強したってことじゃないのか?」

 

「ううん。そうじゃなくて、何て言うのかな……。問題を見たら、パッと答えが頭に浮かんで来て、そうやって回答していったんだ。でもまさか本当に全部百点だなんて……」

 

 六花の声色は、決して点数を自慢するような雰囲気ではなく、本当に困惑しているようだった。

 

「見ただけで答えがわかるなんてすごすぎです! ガウスみたいです!」

 

 ぐいっと、鈴木が立花に詰め寄る。

 

「ガウス?」

 

 聞き慣れない名前に、鈴木に聞き返す。

 

「はい! ガウスの小学生の頃のエピソードみたいじゃ無いですか?」

 

「すまん、ガウスが分からん」

 

「わわっ! すみません! また一人で勝手に盛り上がってしまいました……。ガウス。本名カール・フリードリヒ・ガウスはドイツの数学者でして、小学校に入学してまもない頃、教師に出された「一から百までの数字すべてを足すといくつになるか?」という問いに、数秒で解き方を思いつき、解いてしまった、という逸話があるんです」

 

「なるほど。確かに、今の立花のエピソードに通ずるものがあるな」

 

「はは、大袈裟だよ」

 

 なんて、本人は言うが、俺は決して大袈裟だと思わなかった。

 六花が満点を取ったのは数学だけではない。

 例えば完全なる暗記科目である歴史。

 数学と違って、覚えていなければ絶対に答えることはできない。

 つまり六花は、数学的な計算速度に加え、記憶力も備わっている、ということだ。

 だとすれば、そんな奴を、人は天才と呼ぶのではないだろうか……?

 

 ◇

 

「はあ? 全国一位?」

 

 テスト返却の翌日のグラウンド。

 俺の話を聞いた朝倉は間抜け面を晒していた。

 

 今日は年に一度、この時期になると必ず訪れる忌まわしき行事、スポーツテストである。

 反復横跳びだったり握力だったり、シャトルランだったりと、何かと点数をつけて体力を測るあれだ。

 人はなぜ、こんな複雑なルールや基準まで設けて、己を計り、比べたがるのだろうか。みんな違ってみんないい……みたいな、そんなふわっとした感じでいいじゃないか

 

 ともあれ、現在俺と朝倉は、ハンドボール投げの順番待ちの最中だった。

 

「ああ。当然全部満点だ。……彼女の転入からしばらく末期、お前から見て風賀美はどう見える?」

 

 朝倉が、顎をしゃくって考える。

 

「マジモンの白髪碧眼で、本人が一番フィクションみたいな癖に王子様に夢見てて、それでいて、頭脳明晰でクラスみんなから好かれて……演劇部なんて、稀有な人間しか入らん部活にも馴染んでいる──総評として、オーバースペックの変人だな」

 

「もっとマシな表現はなかったのか」

 

「どう考えたって妥当だろ。美少女の癖して、お前なんぞと仲良くやってる奴が、変人じゃないとでも?」

 

 なるほど、そりゃそうだ。

 

 そうして俺はついでに、あの入学式の日、二人同時に、何かに呼ばれ、そして頭痛に襲われていたことを話した。

 

 だが、朝倉は「偶然だろ、偶然」と、その一言で俺の話を一蹴した。

 

 果たして、そうだろうか?

 

 俺が六花を受け止めようと走り出した時、確かに俺の捉えている世界はスローモーションになった。

 あの時は、彼女の命の危機を、まるで自分ごとのように錯覚した結果、あんなことが起きたのでは考えた。

 だが、調べてみても、他人の命の危機に対してスローモーションや走馬灯が起きるなんて話は出てこない。それが気がかりだった。

 

 ぶつぶつと考え込んでいると、朝倉がボールを差し出してくる。

 

「おい、いつまでボケっと突っ立ってるつもりだ」

 

 いつの間にやら、俺の番になっていたらしい。

 投球する方向を見ると、三十メートル付近に、朝倉の投げたボールが落ちた形跡があった。平均以上の、そこそこに高い記録だ。

 

「さて……久しぶりに、本気を出すとするか」

 

 絶妙に持ちずらいサイズのボールをグリップし、渾身の力で投球する。

 ボールはきっと、今まで投げた誰よりも高く飛び、遠くまで……飛ぶことなく目の前に落ちてきた。

 

 完全にコントロールを誤った。あれだけ高く飛んだなら、そりゃ飛距離も伸びんわな……。

 

「お前の負けだ」

 

「くそ……」

 

 十点満点中二点という、記録することすら憚られる点数を評価シートに記録していると、室内での種目を終えたらしい女子の集団がグラウンドに出てきた。

 

 なにやら異様に盛り上がっている様子だった。

 気になったので見ていると、その輪の中心には、六花の姿があった。

 

 ……ひょっとして、なんて考えが頭をよぎる。 

 

 すると、集団は、俺のいるハンドボールの方へとやってきた。その中には鈴木の姿もあった。

 鈴木はとなりのC組所属だが、体育は二クラス合同で行うのだ。

 

「もっはろー、狭間くん」

「も、もっはろーです」

 

 俺に気づいた六花と鈴木が話しかけてくる。

 

「随分騒ぎになってるみたいだが、何かあったのか?」

 

 尋ねると、六花は意味深な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、ヒミツ……」

 

「秘密にするんですか⁉︎」

 

「秘密なら仕方ないな」

 

「い、いいんですか⁉︎」

 

「まあ、六花だからな」

 

 随分と、六花の秘密主義にも慣れたものだ。

 

「そう言ってもらえると助かるなぁ、でも、今回は見てればすぐに分かると思うよ」

  

「そう言われちゃ、見ないわけにはいかないな」

  

 俺も朝倉も、室内での種目が終わり、この後は室内へ行く流れではあるのだが、この際どうでもいい。

 

 俺は邪魔にならないよう、数歩下がったところで六花の勇姿を見届けることにした。

 

「俺は如月の投球投げるの見てくけど、お前は?」

 

 朝倉に尋ねる。

 

「あー、まあ別にいいわ。スポーツテストの時で驚くこともないだろうしな。先に中行って握力とか測ってるわ」

 

 そう言って朝倉はあっさりとその場を離れた。自由気ままな男である。

 

 六花が投げる番になると、それまで騒がしかった女子たちが一斉に押し黙る。

 ……そんなにすごいのだろうか。

 

「よし……いくよ……」

 

 六花はつぶやくと、無駄のない、理想的なフォームでボールを投げた。

 

 びゅん、と音をたてながら投げられたボールは見事な放物線を描き、朝倉の記録よりも遥か先。

 地面に白線で書かれた最も大きい数字である、五十メートルのラインを大きく越えて落下した。

 手前から奥に向かって伸ばされたメジャーも、五十メートルピッタの距離しかない。つまり、測定不能。おそらく、六十メートル近いだろう。

 

「んなばかな……」

 

 以前テレビでやっていたスポーツバラエティ番組を思い出す。

 そこでは、髭を蓄えた筋骨隆々のハンマー投げの金メダリストが、「高校の時はソフトボール投げで六五メートルくらいでした」と言い放ち、他のスポーツ選手選手達から驚愕されていた光景を思い出していた。

 

「ろ、六一メートル‼︎」

 

 計測係の女子が声を上げる。

 六一メートル。その六花が出した記録は、そこから、たった四メートルを引いただけ。

 それも、決して普段運動しているようには見えない、華奢で普通の女子高生が、だ。

 

 規格外にも程がある……。

 案の定、六花の周りでは歓声が巻き起こっていた。 

 

 立花はおそらく、他の競技でも同じように、出鱈目なほどに突出した記録を出してきたのだろう。

 どおりで、妙な盛り上がりを見せているわけだ。

 

「どうだった、狭間くん?」

 

 投球を終えた六花が得意げに話しかけてくる。

 一瞬、右肩をさすったのが気になったが、本人は至って平気そうだ。

 だが、記録が記録だ。念のため声をかけておこう。

 

「肩、痛めてないか?」

 

「うーん、流石にほんのちょっとだけ痛いかな? でもなんともないよ?」

 

 六花はあっさりと答えると、足早にに五十メートル走の方へと行ってしまった。

 

 まあ、あれだけ動けるのなら大丈夫なのだろう。

 

 六花が走る番はすぐに来た。

 銃声を合図に彼女は弾丸のような速度で飛び出し、隣で走る陸上部の女子を瞬く間に追い抜いて行った。

 

 そして、その速度は落ちるどころか増していき、その差を離していく。

 

 観客も大盛り上がりの最中。中間地点を過ぎた辺りで、異変は起きた。

 

「あっ」

 

 ──見ていた女子の誰かが、声を上げた。

 

 視線の先では、六花が、足をもつれさせ、今まさに体勢を崩そうとしていた。

 

 ──そうだ。

 室内の競技でも、先のソフトボール投げのような出鱈目な記録を出していたのだとすれば、そこには反復横跳びや立ち幅跳びなども含まれているはずだ。

 

 だとすれば、既に六花の足には、相当な疲労が蓄積されていたはずだ。

 そして、そこに五十メートルの全力疾走だ。耐えられなくても無理はない。

 

 更に、今の立花は運の悪いことに、痛めている右肩が下になるような体勢で、地面に倒れ込もうとしていた。

 

 あれは不味い……。

 このままでは、ベランダから落ちるように命を落とすような事はないにしても、最悪、脱臼筋肉の断裂の可能性があるだろう。

 

 クソ、もっと近くで見ていれば、六花を受け止める事ができたはずだ……!

 

 そう思った時だった。ズキン、と脳に痛みが走る。

 そして俺の視界の先には、まるで亀の歩みの如く、ゆっくりと地面に倒れていく六花の姿があった。

 

 ──スローモーション。

 あの時と、同じだ。六花と初めて出会った、入学式の時と。

 

 そう気づいた瞬間、俺は強烈な頭痛を堪えながら、地面を蹴っていた。

 

 だが、スローモーションだからこそ、俺が最高速度で走ったところで、あと一歩、あと一歩だけが、六花には届かないと言う現実を残酷なまでに見せつけられてしまう。

   

 なにせ、入学式の時と違って今の俺は身一つ。投げ捨てるリュックすら背負っていないのだ。打つ手はない。 

   

 ──入学式の時と違って、俺が動かなかったとて、六花は死ぬわけではない。そんな最悪な考えが脳裏を掠める。

 

 だが、そんな時、痛みに歪んだ六花の顔が視界には飛び込んでくる。

 

 ──バカか俺は。目の前で女の子がピンチなら、身体を張って助けるべきだ。

 そんな考えで行動する主人公たちを、俺はテレビ画面で、本で、誰よりもたくさん見てきたじゃないか。

 

 ここで六花を助けなければ、俺はオタク失格だ……‼︎

 

 そうと決まれば、俺のする事は──できる事は、たった一つだった。

 

「六花っ……!」

 

 ただ走っては間に合わないと悟った俺は、彼女の体と、地面との間に滑り込むように、頭から飛び込んだ。

 ──いわゆるヘッドスライディングという奴だ。

 

 ズザアッという音と共に、小石まみれの地面に全身が擦り付けられる。

 体感時間が遅い分、ヒリヒリとした痛みも、長く感じる。

 まるで、卸金の上の大根にでもなったような、最悪の気分だ。

 

 そして、とどめとばかりに、背中の辺りに米俵でも落とされたかのごとき重さ衝撃が──。

 

「「ぐえっ!」」

 

 カエルが潰れるような間抜けな声が二つ重なる。

 俺と、それから、間違いなく、六花の声だった。どうやら、なんとかに合ったらしい。

 スローモーションも解け、一安心した、その時だった。

 

「うう……」

 

 背中から、六花のうめくような声が聴こえてくる。やはりどこか負傷していたのか……!

 どこだ……? 肩か……、それとも脚か……⁉︎

 ひょっとして、もっと安全な受け止め方があったのではないか……?

 ──落ち着け、どうあれ、まずはどうにか六花を保健室へ連れて行くのが先決だ。

 

「六花……大丈夫か……?」 

 

 俺は、うつ伏せで押し潰されながら問いかける。毎度毎度、格好悪いことこの上ないな。

 

「ぜ、全身が激痛……動けないぃ……! ぼ、ボク、ちゃんと手足ついてる……?」

 

 痛そうではあるが…そのコミカルな様子に気が抜けた。

 

 まずは六花の状態を確認しなければ、と、思ったが、体を起こそうにも、六花が背中に乗ったままでは身動きを取ることもできない。

 そんな中、駆けつける助っ人が一人。

 

「如月さん! 狭間くん! 大丈夫ですか⁉︎」

 

「鈴木……、ちょうどいいところに。六花は大丈夫そうか……?」

 

「えと……えと……、す、少なくとも外傷は無いみたいですが……」  

 

「ならよかった。六花が立ち上がる手伝いしてやってくれ」

 

「は、はい……!」

 

「ごめんね、実咲ちゃん……いたたたた……」

 

「しゃ、喋らない方がいいと思います!」

 

 すると背中の重みがなくなった。

 隙を見てようやく俺も立ち上がる。

 

「助かった……。六花のこと、後は任せてくれ。俺が保健室に連れて行く」 

 

「わ、私も手伝います……!」

 

「いや、俺とお前じゃ体格差がありすぎて、下手すれば六花を落としかねん。多分、俺一人で運んだ方が安全だ」

 

「た、確かにそれはそうかもです……」

 

「六花も、それでいいか……?」

 

「うん……おねがい、長太郎くん。美咲ちゃんもありがとね」

 

「はい、わかりました」

 

 鈴木は一瞬だけ俯くと、すぐに顔を上げた。

 

「では、私は風賀美さん搬入のため、保健室の裏口の開放と、養護教諭の中島先生へ事情の説明をしておきます! それだけでもさせてください!」

 

「助かる……!」

 

 あとは……騒ぎを聞きつけて次々集まり始めている生徒への状況説明か……。

  だが、俺も鈴木も、この手のは苦手分野だ。どうしたものか……。

    

 そんな中、野次馬の中から飛び出してくる女子が一人。

「みーちゃん! りっちゃん大丈夫そう!?」

 この隈取のような赤いアイメイク、ぱっつんの前髪、巻かれたツインテール。いわゆる地雷系の女子は確か、同じクラスの遊佐とか言ったか。

 

 みーちゃんとりっちゃんとは、鈴木美咲と、風賀美六花の二人のことだろう。

 

「さなみー……!」

 

 不意に、鈴木が、彼女のことをそう呼んだ。

 さなみー。どこかで聞いた名前だ。

 

 そして思い出す。そう言えば、以前鈴木が転校生の噂を俺に教えてくれた際、さなみーから教えて貰ったと言っていた。

 

 そうか、さなみーとは、遊佐のことだったのか。

 下の名前を覚えていないので、何故「さなみー」と呼ばれているのかは分からないが、そんな事今はどうだっていい。

 

「遊佐、今から六花を保健室に連れて行く。他の生徒に事情を説明しておいてくれないか?」

 

「わ、私からもお願いします!」

  

「いけすかない狭間からってのはともかく、みーちゃんからも頼まれちゃ引き受けないわけにはいかないかな」

 

 今まで碌に話したこともないのに、いけすかない呼ばわりなのは癪に触るが、頼りになる返事だ。

 

「それで、りっちゃんが倒れた原因って?」

 

「久々に本気で動いて体痛めたって、とりあえずそう伝えておいてくれ」

 

「ん、りょーかい。多分それでみんな納得してくれると思う」

 

 そう言って、遊佐はすぐさま説明に向かった。

 

「私も、先に保健室行って来ます!」

 

 すると鈴木は、少しばかり走ったところで、引き返してきた。

 

「運ぶ時は、なるべく風賀美さんに負担がかからず、衝撃が伝わらない運び方をしてください!」

 

 それだけ言い残すと、鈴木は今度こそ走り去っていった。

 

 ……できれば、その運び方とやらを具体的に教えて欲しかったのだが……。ああ見えて、鈴木も結構、テンパっていたのだろう。

 ……いや、一言足りないのはいつものことか。

 

 ──それにしても、六花に負担が掛からず、衝撃が伝わらない運び方か。

 おんぶは……ダメだ。安定はするが、歩く際、結構な衝撃が六花にかかるだろう。

 では米俵のように肩で担ぐのは……論外だな。

 

 だとすれば、俺の思いつく運び方は、一つ思いつかなかった。

 俺は、六花の肩を担いで、人目の無い植え込みの裏手に回ると、念の為もう一度辺りを見回し、周囲人目がないことを確認する。

 

「六花悪い、失礼するぞ」

「長太郎くん?」

 

 言葉の意味が分からない、といった様子六花を、俺は横から抱き上げる。

 

「わわっ!」

 

「暴れると危ないぞ。左手、首にかけられるか?」

 

「う、うん。左手なら、なんとか。……長太郎くん。それより、この体制って……」

 

 ──そう。六花の言う通り、この体勢は、いわゆる。

 

「お姫様抱っこ、だな」

 

「うう……お、重いでしょ……? 早く、早く降ろして……!」

 

「でも今、歩くのもキツいだろ……?」

 

「どうしてそれを……」

 

「あんなことがあったんだ。そのくらい予想はつく。それに、肩の痛みがちょっと、なんてのも嘘なんだろ?」

 

「うん……」

 

「……お前、やっぱポーカーフェイス上手いな、全く気づけなかった。流石演劇部だ」

 

 俺は六花をしっかり抱えると、歩を進めだす。

 

 校舎に入り、廊下を進むとようやく、保健室が見えてきた。

   

 今まで、無言を貫いていた六花が、不意に口を開く。

 

「長太郎くん、さっきからずっと無理してるでしょ」

 

「なんのことだ?」

 

「長太郎は、いつも仏頂面なだけで、ポーカーフェイスは上手くないね。それと、腕、震えてるよ」

 

 ……そう、そうなのだ。

 六花の言う通り、ここまでの道のりで、俺の細腕は、とうに限界を超えている。今は、歯を食いしばりながら、意地と根性でなんとか支えているだけの状態だ。

 明日どころか、数日筋肉痛に悩まされることは必至だろう。

 

「弱ってる美少女相手にゃ格好つけずにはいられないんだよ」

 

「もうっ、調子乗りすぎ……!」

 

 すると六花がいきなり、俺の胸に顔を押し付けてくる。

 

「いきなりどうした」

 

「無理だよ……。今長太郎くんの顔、見れないよ」

 

「なんでまた」

 

「長太郎くんが自分の言葉で、ボクのこと、美少女って言ってくれたの、嬉しすぎるよ」

 

 よく見ると、六花の耳は真っ赤になっていた。

 

 釣られて俺まで顔が熱くなってきた気がした。

 俺も、今は六花の事を、直視できないだろうな。

 

 ◇

 

 鈴木があらかじめ、中島先生に話を通してくれていたお陰で、六花がベッドに運び込まれるまでは驚くほどスムーズだった。

 

「中島先生、あとはお願いします……」

  

「はいはい、任されました」

 

 中島先生が淡々と言う。

 本名中島依子(なかじまよりこ)。ウェーブのかかった長い黒髪に、恐ろしいほどにサバサバした性格が特徴的な養護教諭だ。

 彼女とは、何をどう間違えたとしても、えっちな展開には発展しないだろう。

 ちなみに、年齢はおそらく三十歳前後だと睨んでいる。

 

「風賀美さん、休み時間にまたお見舞いにきますから……!」

 

「ありがとう実咲ちゃん……いててて」

 

 体を起こそうとして、六花はまた悲鳴をあげていた。

 

「大人しくしてろって……」

 

「狭間くんもお大事にしてください!」

 

 そう言って、鈴木は授業へと戻っていった。

 

 そう。結局、六花だけでなく、俺も保健室に残ることになったのだ。

 

 理由は、六花を運んだ際に腕の筋肉が断裂──なんことはない。どうもヘッドスライディングをした際に、額に擦り傷をつくってしまったらしく、消毒していけ、とのことだ。我ながら情けない。

 

 まあ、六花のことが気がかりだったので、保健室に居座れるのは好都合だが。

 

「じゃ、改めてなんだけど」と、中島先生がこちらに向き直る。

 

「風賀美さん今どんな感じ? どこが痛い?」

 

 中村先生がベッドに横たわる六花に訪ねた。

 

「右肩と……あと、両足がすごく痛い……です」

 

 それを聞いた彼女はふむふむ、と何やら考た後、見解を語った。  

 

「断言まではできないけど、スポーツテストが原因となると、肩の炎症……いわゆる肩を痛めるってやつだね。それと両足は、重度の筋肉痛ってところかな」

 

 予想通り、六花はあの場で見たハンドボール投げと、50m走意外にも、反復横跳び、立ち幅跳びの二種目で、出鱈目な記録を出していたらしい。これじゃあ筋肉痛になって当然だろう。寧ろ、それで済んでるのが奇跡だ。

 

 逆に、握力、前屈、上体起こしの三つの結果は、平均の範疇に収まっていた。

 

「風賀美さん、あなた普段運動は?」

 

 教諭が、六花の記録を見ながら賀美妙な面持ちで尋ねる。

 

「いえ……あんまりしてないと思います」

 

「んー、なるほど。そりゃ、そんな状態から、こんなに凄い記録出したら体も痛めるわけだ。脱臼とか、肉離れとかがなさそうだけど、少しでも異常があったら病院行きな」

 

「はい……」

 

 普段の快活さからは想像もできないほど、汐らしくうなずく六花は、正直、新鮮だった。

 

「そうそう、風賀美さん。今までにもこういう、無茶しすぎて、自分の限界以上に力を出し過ぎちゃったーみたいなことあった?」

 

「ないと思います」

 

「そう? 当てが外れたわね」

 

 そう言った教諭は、少し意外そうな顔だった。

 

「当て、ですか?」

 

 俺が尋ねると、中島先生はロングヘアをくるくると指で巻きながら話す。

 

「如月さんの身体に起きたことって、いわゆる火事場の馬鹿力みたいなことなの。運動部の子なんかだと、たまにあるんだけどね。部活の試合とかで、自分の限界以上の力を出して、その後、反動でひどい筋肉痛になっちゃう、みたいない事。……どうも体質も関係してるらしいから、風賀美さんとそのパターンかと思ったけど、違ったか」

 

 成程、火事場の馬鹿力か。言われてみれば納得だ。

 

「そうだ、狭間くん!」

 

 六花が何かを思い出したかのようにこちらを向いた。

 

「どうした?」

 

「入学式の日──狭間くんに会った後──今日みたいに、全力疾走したかも」

 

 俺に、会った後。

 つまり、六花がいきなり走り出し、俺の前から姿を消した、あの後という事だろう。

 てっきり、どこか死角に隠れていて、それで見当たらないのだとばかり思っていたが、それがまさか、本当にただ逃げ切っただけだったとは……。

 

 立花のカミングアウトに驚く俺をよそに、中島は「へぇ、あなたたち、ひょっとして面白い関係?」なんて、碌でもない事をいいながら冷凍庫の中を漁っていた。

 

 話を広げられても面倒だと。話題を変えることにしよう。

 

「風賀美の筋肉痛、どのくらいで治りますかね?」

 

「若いんだし、安静にして、ちゃんとアイシング続けてたら、一週間あれば完治すると思うわよ」

 

 そう言って中島先生は冷凍庫から氷嚢を取り出した。

 

「ま、三日間くらいは、痛くて動けないかもしれないけど」

 

 六花が「ひぇっ」と小さく悲鳴を上げる。

 

「はい、大人しくして」

 

 中村先生はは冷え切ったそれを躊躇いなく六花の肩に当てた。

 

「ひゃっ、冷たい……」

 

「我慢しなさい。アイシングするだけでだいぶマシになるんだから」

「はい……わかりました……」

 

 時々冷やす場所を変えながら繰り返される光景をぼんやり眺めていると、ジャージ姿の女子生徒二人組がやってきた。

 よくみれば、片方の女子は片足を庇うようにしていた。捻挫かなにかしたのだろう。

 

「あの子達のこと見てくるから。はいこれ、足のほうやっといて」

 

「はい……はい?」

 

 中村は俺に氷嚢を渡すと、ベッドカーテンを閉めて、さっさと行ってしまった。

 

 天蓋のように仕切られたカーテンの中、俺と六花だけが取り残される。

 

 ……医療行為だというのならば、やるしかあるまい。

 

 俺は、足へのアイシングを始めるべく、ベッドにだらりと仰向けで横たわる六花に再び目を向けた。

 

 グリーンの体操服ズボンから伸びる、健康的で程よく肉付いた太ももに、否応なく視線が吸い寄せられる。

 

 そしてその体勢は、足は内股、両手はだらんと頭のあたりにまで上げられ、どういうわけか頬は赤らんでいて……、完全に美少女ものの、それも成人向け作品のグッズとして販売されるような、「抱き枕カバー」のポーズになっていた。

 

「…………それじゃあ、はじめるぞ」

 

「うん……きて……」

 

 潤んだ瞳で懇願する六花。

 

 ……おかしい。今俺がやろうとしていることは、単なるアイシング。純然たる医療行為のはずだ。

 だが、これではまるでベッドの上で愛を育む的な……言うなれば

 ”愛寝具”がはじまってしまうのではないだろうか。

 

 ──俺は、これ以上考える前に、無心、無慈悲に、その足に氷嚢を押し付けるのだった。

 …………なんだよ、愛寝具って。

 

 ◇  

 

 あれだけのことがあって流石に疲れたのか、眠りについた六花の横で、氷が溶けきり、ぬるくなった氷嚢を手慰みにもみしだく。

 ひとしきりアイシングを済ませた俺は、六花が横になっているベッドの端に腰掛け、今度は用事だとかで出ていってしまった中島先生の帰りを待っていた。

 しんと静まり返った部屋の中、壁掛け時計の秒針だけが響いている。

 

「──長太郎くん」

 

 目を覚ました六花の一声が沈黙を破る。

 

「起きたのか。……どうした?」

 

 

「そういえば、倒れる時にね、頭痛がしたんだ」

 

「……! 俺もだ。六花が倒れそうになった時、俺にも頭痛が起きた」

 

「長太郎くんも……?」

 

「ああ。それだけじゃない。入学式の時も、頭痛が起きると決まって視界がスローになる」

 

「ああ。時間の流れがゆっくりに感じるようになる。二度も六花を助けられたのは、そのお陰だ」

 

 一体、この現象は何なのだろう。

 ひょっとして、突如として俺に目覚めた能力か何かなのだろうか。

 

 少なくとも、六花に会う以前に同じ状況になった事はない。

 中学の時、後輩の女子が目の前で四メートルの木から足を滑らせ落下し、腕を骨折した事件があった。

 結果からわかるように、その時は、頭痛も、スローモーションも起きることはなかったわけだ。

 

 ──風賀美六花。王子様に憧れる白髪碧眼のボクっ娘美少女。発熱や、筋肉痛などの反動こそあるものの、天才的な学力と、超人的な運動能力まで持っていて、極め付けは、俺と同時に発生する頭痛。口癖は「ヒミツ」。

 

 これだけ並べれば流石にわかる。

 その言葉通り、彼女には、きっと何か、秘密があるのだろう。

 

 きっと、厄介ごとだって沢山運んでくるのだろう。

 自己保身を最優先に考えれば、六花から距離を置くのが最善なのはわかっている。

 

 だが、普段は毅然としている六花から、ふとした時に覗く、不安げで、まるで迷子の子供のような瞳を見ては、そんな非情になれるはずもなく。

 

「長太郎くん、ボクのこと、助けてくれて、ありがとう」

 

 はたまた、そこから一転して花の咲くような笑顔を間近で見てしまえば、今更離れられるはずもなかった。

 

「やっぱり間違いなかったよ」

 

「……何がだ?」

 

「───長太郎くん、やっぱりキミは、ボクの王子様だ」

 

 王子様。それは、六花にとっての運命の人の意味を持つ言葉。

 

 秘密主義の六花の事だ。彼女が何を考えているのか、未だに分からないことも多いが、未だ、俺なんぞに向かって、そんな言葉を投げかけてくれるあたり、少なくとも嫌われているわけではないらしい。

 

「王子様かどうかはわからんが、今日みたいに、俺にできることなら大抵のことはさせて貰うつもりだ」

 

「ふふ……、そっか。嬉しいこと、言ってくれるね。それじゃあ、もしボクが、「助けて」って言ったら」

 

 六花は、どこか遠くを見つめながら言った。

 

「───ボクのこと、救ってくれる?」

 

 これは、彼女の本音なのだと、そう思った。

 

「…………任せろ。俺にできることならな」

 

「ふふ、そっか、なら安心だなぁ」

 

「そうか?」

 

「うん。だって、長太郎くんは、なんだってできるでしょ?」

 

「期待しすぎだ」

  

 ──ボクのこと、救ってくれる?

 

 六花が一瞬見せた、今にも消えてしまいそうなほど切なげな表情が、暫く脳裏に焼きついたように離れなかった。 

 

 【春大会】

 

「もっはろー! 久しぶり、狭間くん!」

 

 スポーツテストから三日後。

 今日は六花が久しぶりに学校に登校してきた。

 そう。三日ぶりである。

 

 ……俺は、学力テストの一件を思い出していた。

 

「体は大丈夫か?」

 

「うん、ぐっすり寝て、起きたらもう全快だよ。筋肉痛ももう一切感じないや」

 

「あれだけの騒ぎになって、結局一晩で治っちまったたのか?」

 

 なら、その後の二日間はサボりだろうか?

 

「ううん、そうじゃなくて、ボクが起きたのは今朝」

 

「今朝……?」

 

「うん。スポーツテストの日は、十九時ごろからベッドに入って、起きたのが今日の七時ごろ。だから……八十四時間くらい眠ってたのかな」

  

「寝すぎってレベルじゃねぇぞ……」

 

 一体全体、どんな体質だ。

 

 逆に言えば、それだけの負担と疲労が六花の体にはかかっていたということでもある。本人のスペックに、身体が付いていっていないのだろう。

 ……どんな状態だ。お前は終盤のアムロ・レイか。

 

 そんな最中、俺と六花の机の間に割って入るように、やってくる女子がいた。遊佐である。

 

「おはー、りっちゃん久しぶりー、元気なったー?」   

 

「うん、もうすっかり元気だよ」

  

「じゃあ……ちょっと聞きたいことあんだけど……」 

   

 遊佐は、なぜか声を潜めて言った。  

 

「狭間、スポーツテストのあんときさぁ……二人、下の名前で呼び合ってたよね……やっぱ二人って付き合ってんの……?」

 

 それ聞いて、しまった、と思った。

 思い返すと、六花が倒れた時、俺は必死になるあまり、つい「風賀美」ではなく、いつものように「六花」と呼んでしまっていたのだろう。

   

「そう見える?」

 

 六花くすりと笑う。

 なぜそこで遊佐の好奇心を煽る……。

             

「え⁉︎ じゃあ二人ってやっぱ……!」

 

「なわけあるか」

 

「あ、だよねー、狭間だし」

 

 またごねられるかと思ったのだが、帰ってきたのは至極失礼な返事だった。

   

「おい、そりゃどう言う意味だ」

 

「まあまあ、高望みはしすぎるもんじゃないって」

 

 なるほど、俺じゃあ六花とは釣り合わないと、そう言いたいわけだ。

 ま、実際のところそうなのだが。

 

「ありゃ? だとしたら狭間がりっちゃんのことのこと名前で呼んでたのってなんで?」

 

 俺はもう、面倒になったので、咄嗟に嘘をでっちあげることにした。

  

「実は演劇部は部活内じゃ、お互いのことを下の名前でぶことになってんだ。芝居だと、先輩でも、役の名前で呼び捨てにすることも多いからな。そういうのに日頃から慣れておくための練習だな」

 

 我ながら、即興にしてはなかなか出来のいい理由を挙げられたのではないだろうか。

 

  その効果は覿面だったようで、遊佐が「へーおもしろー」と相槌を打つ。

 

「こうやって勘違いされると面倒だから、外じゃ使わないんだけどな……気は済んだか?」

 

「済んだ済んだ。ごめんねー、はやとちりしちゃって。りっちゃんもごめんね」

 

「ううん、別に、気にしてないよ」

  

 ……なるほど、どうやら彼女の噂通は、このどこにでも首を突っ込みたがる野次馬根性に由来しているらしかった。

 

 遊佐が去っていくと、改めて六花に問いかける。

 

「なんで、あんな奴の好奇心煽るような言い方したんだ?」

 

「さ、どうしてだと思う?」

 

「さあ。立花の考えてることは、俺には分からん」

 

 てっきりまた、二言目には毎度のごとく「ヒミツ」と、言われるのかと思ったのだが、今回は違った。

 

「演技だって分かってても否定したくない時が、女の子にはあるんだよ?」

 

 ◇

 

 その日の、数学の授業の終わり。

 俺と同じくド底辺クラスの遊佐が、耳打ちしてくる。 

 

「(ところでさ、狭間からみて、実咲ってどう?)」

 

「どう? どうってまあ……真面目なポンコツだが、いざと言う時は案外頼りになる、とか……?」

 

「か〜〜! やっぱお前はダメだ! ダメなオタクだ! これだからニジオタ童貞はよ〜〜!」

 

 そして、遊佐は、俺を罵倒するだけ罵倒し、走り去っていった。

 

 とりあえず俺は、部活のグループLINEに『演劇部は部活中、互いを下の名前で呼び合ってって噂が二年中心に出回ると思うので、ほとぼりが冷めるまで適当に合わせておいてもらえると助かります』

 と送るのだった。

 

 するとすぐに南部長から返信があった。

 

『プリキュアみたいなもんか』

 

 確かに、プリキュアも変身前後で互いの呼び方変わるけども。

 

 

 

 

【執筆開始】

 

 あれから数日たった日曜日。

 普段であればテレビの前でスーパーニチアサタイムを満喫している時間帯なのだが。

 

 俺はろくに服の詰まっていない、自室のクローゼットの前に立ち尽くし、ぽりぽりと頭を書いていた。

 

「デートって……何着てきゃいいんだ……?」

 

 ──どういうわけか、俺は六花とデートすることになっていた。

 

 事の発端は、一昨日、金曜にまで遡る。

 

 ◇

 

 ●飽き飽きした御伽噺も、彼女が入るなら話は別だ。むしろ、御伽噺こそが彼女の本領だろう。

 

「参った」

 

 春の演劇発表会に向けて、台本を描き始め早数日、

 台本の内容は一向に進まず、部活前の部室にて、俺はどっかりと席に座り悩み果てていた。

 

「どうかしたの? 長太郎くん」

 

 さっきまで衣装部屋を覗いていた六花がこちらに歩み寄ってくる。

 

「ああ。発表会のために書いてる台本、なかなか内容が決まらなくてな」

 

 周辺の高校演劇部が集う機会は年に二回あり、その第一回目が六月の発表会である。 十月に行われる大会とは違い、「最優秀賞校が県大会へ進める」なんてシステムは無いのだが、うちの地区で県大会に進むのは毎年必ず数十人規模のマンモス校のため、あまり関係のない事だ。

 

 とはいえ、書くからには一時間分の台本を本気で死ぬ気できっちり描かなくては気が済まない。

 

 現状で決まっていることはただ一つ。

 ──六花がヒロインとして最高に輝く台本を書くこと。体験入部で初めて六花の演技を見た時から決めていたことだ。

 

 六花ほどの逸材、中途半端に脇役にすれば、主役よりも目立ってしまいかねない。ならばいっそ、誰よりも目立つ必要のある、主演に抜擢してしまえば仕舞えばいい。

 なにより単純に、舞台の上で輝く六花の姿を、観てみたくなったのだ。

 

「新歓の台本で痛い目見たからな。今度こそ御伽噺の路線に戻そうと思う。具体的に、何の話から着想を得るか、って部分は一向に決まってないけどな」

 

 白髪碧眼。これほど御伽話に向いたルックスもそうないだろう。寧ろ、ファンタジーでもなければ持て余してしまうくらいだ。

 

 ……さて、どうしたものか。

 

 六花の圧倒的な存在感を活かすことを考えると、気を衒ってマイナーな話を持ってくるよりも、有名な御伽話で正々堂々勝負した方がいいだろう。

 

 例えば、赤ずきん、美女と野獣、人魚姫、白雪姫、眠り姫──。

 

 三日間眠り続けていた、なんてエピソードを聞いたばかりな事もあり、白雪姫や眠り姫なんかは魅力的だ。

 だがいかんせんこのお姫様達は眠っているシーンが多くなってしまう。

 俺は舞台の上を目紛しく動く六花が見たいのだ。

 

 それからも、何だかんだと、候補を挙げては却下する自問自答を繰り返し続けていた。

 だが、どれも六花が演じる事を想像してみると、どうにもしっくりこない。

 

 眩しいくらいに王道中の王道すぎて、今まであえて避けてきた、シンデレラのカードを、ついに切る時がきたのか。

 そう思ったものの、それもすぐに却下した。

 

 『シンデレラストーリー』なんて言葉があるように、シンデレラの一番の魅力は、継母たちから不当な扱いを受けていたシンデレラが、最終的には王子様と結婚して報われ、成りあがるという部分にある。

 

 シンデレラは、決して派手ではないが健気な女の子が報われるのがミソであり、共感し、応援したくなるのだ。

 

 その点で言えば六花は、オーラがありすぎた。

 

 策も尽きかけた俺は、せめてもの努力として、何か気づきはないかと、張本人たる六花をじっと、観察してみることにする。

 

「六花、ひょっとしてしてそれ、癖か?」

 

「ん? 何が?」

 

 首を傾げた立花は、手を後ろで組み、前のめりでこちらを覗き込んでくる。

 

「その、手を後ろで組む姿勢」

 

 思い返せば、記憶の中の六花はこの姿勢でいるところが多い。

 

「言われてみれば……そうかも。癖って案外、自分じゃ気づかないもんだね」

 

「だな。……俺にも何か、癖とかあんのかな」

 

「長太郎くんは……そうだなぁ、アニメの話をしてると、早口になる、とか」

 

「それ以外で頼む」

 

 ……それはあれだ。癖というか、もう生態みたいなものだ。

 

「じゃあ……あ、そうだ。この前長太郎くんに、ポーカーフェイスが下手って話したよね」

 

「ああ、あったな」

 

 スポーツテスト中に倒れた六花を保健室に運んでる最中の話だろう。

 

「長太郎くんって、嘘つく時、いつにも増して無表情になるんだよ」

 

「いつにも増してって……」

 

 まあそりゃ、表情豊かな方ではないが。

 

「よく気づいたな」

 

「へへ、まあ長太郎くんのこ、いつも見てるからね」

 

「……そうか」

 

 面と向かってそう言われると、妙に照れ臭いものがある。

 

 ……いやいや、こんなやりとりをしてる場合ではない。台本だ台本。

 

「うーむ、思い付かん」

 

「そっかー。思い付かない時は、どうするの? ひょっとして、逆立ちしたら閃くとか?」

 

「アニメキャラか俺は」

 

 具体的にはデカグリーンか。……これは特撮だが。

 

「こういう時は大抵閉じこもってても何も浮かばないから、いっそ街に出る事が多いな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。案外、外に出てみると思わぬ閃きがあったりするもんだ。何せ、歩いてるだけで景色やら広告やら、向こうから勝手に視界に飛び込んでくるわけだからな。あとは──分かりやすく、映画を見て、そこから着想を得たりだな」

 

 俺はスマホで近隣の映画館の上映スケジュールを調べていると、動画配信サービスでいつか見ようと思いながらも、その気をのがし続けていた、大作SF映画がリバイバル上映されるとのことだった。

 

「これを機に、見に行くか」

 

 ぼそりと呟き顔をあげると、そこにはギラリと目を輝かせた六花の姿があった。

  

「ボクも一緒に観に行っていいかな?」

 

「あー……」

 

 咄嗟のことで、返事できずにいると、六花が顔をこちらに近づけてくる。

 

「……ダメ?」

 

 なんて素晴らしい角度の上目遣いだ。あざといまである。

 ──だが、それがいいのだ。

 

「じゃ、行くか」

 

 そしてその晩、六花から一通のメッセージが届いた

 

『明日のデート、楽しみだね』

 

 ……なるほど、確かに男女二人がプライベートで出かけるのであれば、それはデートとという捉え方もできるだろう。

 

 白髪碧眼美少女とデートか……。

 中学の時の俺が知ったらさぞ驚くだろうな。

 

 ……俺、デートするのか………?

  

    ◇

 

 一人での外出であれば、上下ジャージ上等なのだが、美少女と……それもデートというのならば、話は別だ。

 

 そんなわけで俺は現在、少しでもマシな服装選びをするべく、今一度クローゼットの中を見渡していたのだった。

 

 目に入るのは、積み上がったラノベや漫画にプラモやフィギュア箱ばかりで、肝心の服は、といえば、隅のほうに、申し訳程度に置かれた、引き出し式の衣装ケースが何段か積み上がっているだけだ。

 当然、衣替えなんて概念は存在せず、春夏秋冬をこの中の服だけで駆け巡っている。

 そして引き出しを開ければ見渡す限りのジーンズと無地のTシャツ。

 

 この惨状から察せられる通り、ファッションに対する興味なんてものは微塵もないのであった。

 

 諭吉が吹き飛んでいくような金額の服や靴を買う人間なんてのは、俺にとって、もはやちょっとした異星人のようなものだ。

 

 強いて言えば、ダンボールの中には、用途不明のチェーンいたるところについた黒いコートや、なぜか指を覆う部分が切り飛ばされた革手袋、木材から切り出したオリジナルの妖刀『ムラマサ・戯』なんかがつまっているが、これらは間違ってもファッションではないだろう。

 

「無理だな。諦めよう」

   

 そもそもの話、お相手は通りすがれば誰もが振り向く、ハイスペック美少女風賀美六花だ。俺のような凡人がいくら着飾ったところでどうこうなるものでもない。

 

 俺はいつも通りグレーのロングTシャツにジーンズを装備すると、家を出た。

 

 電車で揺られながら考える。

 六花はどんな私服を着てくるのだろうか。

 彼女のことだ、勿論どんな服を着ても似合うだろうが……。

 

 雑誌に載っているようなストレートにおしゃれなファッションなのか。

 はたまた、ゴスロリを筆頭とする、サブカルチックな方向性なのか。

 そのボクっ娘口調に合わせて、ボーイッシュなパンツスタイルなんて可能性もあるかもしれない。

 ──アリだなアリ。大いにアリだ。

 

 これから行くのは千葉有数の大型ショッピングモールである。

 待ち合わせ場所であるJR海浜豊砂駅につくと、六花はすぐに見つかった。

 遠目からでも白髪とブルーの瞳が良く目立っていたからだ。

 六花もすぐに俺の存在に気がついたようだ。 

  

「長太郎くん、もっはろー!」

 

「おう、もっはろー」

 

 そして、肝心の六花の服装はというと、意外にも、いつも通りの、学校指定のブレザーにスカート姿だった。

 そんな俺の思考を察したのか、六花は申し訳なさそうに言う。

 

「実は、あんまり外に着ていけるような服持ってなくてさ」

 

「そうなのか?」

 

 そうは言っても、全くの一着も持っていないということはあるまい。

 

 オタクの言う「着る服がない」は、本当に着る服がないピンチの時だが、どうも女子の言う「着る服がない」は、その日のシチュエーションに対して、「着ていきたい服がない」という意味らしいからな。

 

 六花なら何を着たとしても似合うのだろうし、正直に言えば、私服姿の六花を見たかった、というのが本音ではあるが。

 それはそれとして、驚くほど制服が似合うやつだ。

 

 似合いすぎていて、ひょっとして、おぎゃあと生まれてきたその瞬間から制服を着ていたんじゃないかと思わされるくらいだ。

    

「なら、六花の服も見ていくか?」

 

「いいの? ボクが勝手に長太郎くんの外出についてきただけなのに」

  

「ああ。服の買い物なんて、自分じゃしないからな。女物なら尚更。むしろ新鮮でいい経験になる」

 

「そう言うことなら、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな」

 

「ああ、荷物持ちならまかせとけ」 

 

 そう言うと、六花はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、今日はどれだけ買い物しても大丈夫そうだね」

 

 ……さて、腕二本で荷物を持ち切れるだろうか。

 

 ◇

 

 ショッピングモールに入った俺たちは、早速映画館のフロアへと足を運んだ。

 ホコリとキャラメルポップコーンの匂いが混じったような、独特の空気が映画館に来たんだな、と実感させてくれる。俺はこの匂いが嫌いじゃない。

 

「ここが映画館……!」 

 

 六花は物珍しそうにあたりをきょろきょろ辺り見回していた。

 

「ひょっとして、来るの初めてか?」

「うん、実は。だから今、結構ワクワクしてたり」

 

 そう言いながら六花は隅の方に置かれたカプセル自販機を眺めたりしていて、実に楽しそうだ。

 

「今からあれを見るんだよね?」

 

 そう言って六花は、宇宙服を着た男が一人、真っ白な惑星に佇んでいるポスターを指さした。

 

「ああ。なんでも、SFとヒューマンドラマの要素が合わさって最強の作品らしい。……SFだから、聞き慣れない概念なんかもでてくると思うが……そこはまあ、六花なら大丈夫だろ……もし熱でぶっ倒れそうになったら早めに教えてくれよ?」

 

「はは、わかってるよ。心配してくれてありがとう」

 

 それから俺たちはポップコーンを買うと、席につく。

 

 相変わらず    

     

 近頃、また長くなった気がする、上映前のコマーシャルの時間も終わり、いよいよ映画本編が始まる。

 

 その圧倒的な迫力の映像に、俺の意識は、まるでスクリーンに吸い込まれたかと錯覚するほどに、集中して見入ってしまう。

 

 たった一秒の遅れが地球の命運を左右する。そんな緊迫感に満ちたシーンに一区切りがついた。

 

 ようやくふぅ、と息を吐く。

 体感時間からして、ちょうど中盤を超えた辺りだろうか。

 

 すると、随分と喉が乾いていたことに気づいた。

 ……そう言えば、映画が始まってからは飲まず食わずでずっと見入っていたのか。

 さすがは、数々のレビューサイトで持ち上げられているだけあるな……、一瞬たりとも目が離せない。

 

 俺は、視線をスクリーンへと固定したままコーラをすすり、ポップコーンへと左手を伸ばす。

 

 すると、手がこつん、と何かに当たった。

 

 俺は反射的にそちらへ視線を向ける。

 思えば、映画が始まって以来スクリーンから目を離すのは、これが初めてのことだった。

 

 そこには、少し照れ臭そうに右手をさすりながら、俺を見つめる六花の姿があった。

 

「(あ、”やっと”こっち見てくれた)」

 

 囁くように言われ、ドクン、と心臓が跳ねる。

 

「(……まあ、映画だからな)」

 

 そりゃあ、スクリーンを見てるのが当たり前だろう。

  

「(ふふ、そうだね。じゃあそろそろボクも映画の方に集中しようかな)」

 

 そう言って六花は視線をスクリーンに視線を戻す。

 

 俺は、乱れた呼吸を落ち着かせるように、深呼吸してから、画面へと向き直ろうとした。

 ──そのはずだった。

  

 ──なのに、俺はなぜか、未だ、六花の横顔を見つめていた。

 

 スクリーンに視線を戻そうとしても、まるで金縛りにでもあったかのように、俺の視線はピクリとも動かなかった。

 

 ───ひょっとして、今度はスローモーションどころか、時間が止まってしまったのではないかと思ったが、当然、映画は依然、通常と変わらない速度で進んでいた。

  

 ──そうしている間にも、スクリーンの明かりが、彼女の横顔を様々な色に照らしていく。

 気づけば俺は、エンドロールが流れきり、劇場に再び灯が灯るその瞬間まで、六花を見つめ続けていた。

 

 なぜこうも六花の事を目で追ってしまうのか。

 その理由にようやく思い至る。

 

 さっき六花と手がぶつかった際、彼女は「やっとこっちをみてくれた」だとか「そろそろ映画に集中しようかな」などと言っていた。

 

 俺のように、スクリーンを見る事に集中していたのなら、それは絶対にでるはずのないセリフだ。

 ……それならば、六花は一体、ずっと何を見ていたのか。

 

 ──ひょっとするとそれは、手があたるその時まで、俺のことを観ていたということではないだろうか。

 

 それはつまり──。

──だから、俺は彼女を目で追ってしまうのだろう。

 

 その理由に気づいた時。落ち着きかけていた動悸が、再び、早鐘のように脈打ち始めた。

 

 ◇

 

 劇場を出たときにはもうすっかり昼時で、俺たちは、ハンバーガーショップに入り、昼食を取ることにした。

 

「見て、長太郎くん、すっごくおいしそう」

 

 六花がチーズバーガーの包みを開いて目を輝かせていた。

 俺からすれば、なんの変哲もない、いつも通りのバーガーだが、どうも六花はジャンクフードにあまり馴染みが無いらしく、ハンバーガーを食べことすら初めてらしかった。

 

 ──それにしても、映画を見終わってからというもの。六花の一挙手一動がやけに目につくようになってしまった。

 

 すらりと長い指でポテトを一本だけ摘み、口に運ぶ六花。

 気に入ったのか、今度は、三本指で、何本かまとめてポテトを口へと運んだ。油がほんのすこし唇について妙に艶かしい。

 

 かと思えば、今度はバーガーにかぶりついたものの、器用に食べれず、唇の端にケチャップをつけていた。今度は、無邪気な子供みたいだ。

  

「ん? ボクの顔に何かついてるかい……?」

 

 流石に、ずっと見ていたことがバレてしまっていたらしい。

 

「ケチャップ、ついてるぞ」

 

 俺は自分の唇の端を、トントンと指差す。すると六花はその意図に気づいたようで、たちまち頬を赤らめた。  

 

「もう、早く言ってよ……」

 

 それから六花は、嬉々として映画の感想を語ってくれたが、後半、スクリーンを一切見ていなかった俺は、当然曖昧な返答しかできない。

 「あのシーンって、きっとこういう意味だよね」と問いかけてくる六花の話を聞いても、「そんなシーンがあったのか」と思うことしかできない。

 かといって「途中から、六花の横顔が気になって、あんまり、集中できなかった」、なんて言える訳もなかった。

 

 昼食も食べ終わると、話を切り上げるべく、俺は六花に問う。

 

「午後からは六花の服、見に行くか? そうだ、気になるブランド? とか店とかは無いのか?」

 

「ブランドかぁ、特にない……かな。ボク、ファッションのこととかぜんぜん詳しくなくて」

 

「なるほどなぁ……」

 

 出来ることなら力になりたいところだが、ただでさえファッションに興味のない俺が、女性の物の服など分かるはずもない。

 

「自分がどんな服が好きなのかとかも、いまいち分からなくてさ、きっと決めるのに時間がかかって、迷惑かけちゃうと思う」

 

 六花が苦笑する。

 

「そんなボクと買い物なんて、長太郎くんも面倒でしょ? だから服選びの話はなしにしようよ。

 ほら、なんだったらもう一本映画見ない? うん、それがいいよ」

 

 なるほど。確かにそれは面倒だ。

 本当に、いつ終わるかわからないだろう。 

 

「──なら、どんな服が好きなのか分かるまで、色んな店回るか」

 

「……え?」

 

「何にもわからないなら、とにかくいろんな店見まくって、店員に聞きまくっていけば、自分の好きな服も、似合う服もわかってくるだろ」

 

「……本当に、いいの……?」

 

「ああ。今朝言ったろ? 俺が女子の服選びに付き合うことなんざ、今後一生ないかもしれないんだ。なら、物書きの端くれとしては、経験しておかない手はない」

 

 なにより。何店舗も巡るということは、それだけ色んな服装の六花を見ることができると言うことだ。この期を逃さない手はないだろう。

 すると、六花がへにゃりと表情を崩して笑った。

 

「ありがと、長太郎くんっ!」

 

 ◇

 

 そこからは、モール内を歩きながら、六花の目に止まった服屋で、試着とキープを繰り返す事となった。

 

 ──だが、数店巡った辺りで俺は気づいた。これは想像以上に困難な買い物だと。

 

 ……というのもだ。周知の通り六花は美少女である。それ故になまじどんな服も似合ってしまうので、一向に購入する服の候補を絞り込む事ができないのだ。

 

 そして、六花のファッションショーを眺め続けることしばらく。

 気づけば俺たちはモール内の服屋を制覇しかかっていた。

 

「多分、あそこで最後だな」

 

「ごめんね、本当にたくさんつきあってもらっちゃって」

 

「気にすんな。……多分今の俺、六花が想像しているよりも楽しんでると思うぞ」

 

 歩き続けていたこともあり、流石にそれなりの疲労こそあるものの、不思議と飽きることはなく。

 むしろ、六花のファションショーももうすぐ終わってしまうのか、と一抹の寂しささえ覚えていた。

 そんな、俺たちの旅の最後となる店は、ジーンズや、ビッグシルエットのシャツ、ファッショングラスだったりと、今風でカジュアルっぽいファッションを取り扱っている店だった。0

 

 店に入ると、グリーンのメッシュ混じりの茶髪に、左肩だけが露出した左右非対称という、見るからにファッション慣れした店員が俺たちを出迎える。

 

「いらっしゃいま……かっっっわい…! え⁉︎ お客さんモデルかなんかやってます⁉︎ いや絶対やってますよね⁉︎」

 

「やってない……ですけど?」

 

 やたらグイグイくる店員だな……。六花も若干タジタジだ。

 ここまで服屋を巡ってきて、六花のその圧倒的なルックスに、多少驚かれることはあれど、ここまで露骨に驚かれるのは初めてのことだった。

 端的に言えば、一番騒がしい店員だった。

 

「と、とりあえず試着だけでもいいんでウチの服着てくれませんか⁉︎ 安くするんで、何ならポスターのモデルになってくれたらタダにするので……!」

 

 そんな勝手に安くするとか言っていいのだろうか……と思ったが、ふと名札を見ると、『店長』と書かれていた。なるほど。値引きの裁量も彼女が握っているというわけか。

 この人が店長か……。

 

「モデルはちょっと。試着は、もともとさせていただくつもりでしたけど」

 

「わかりました〜! じゃあとりあえず、これとこれと……」

 

 そういって、店員改め店長は、売り場からコーデ一式を慣れた手つきで素早く揃えると、六花に押し付けるようにして渡した。

 

「とりあえずこれに着替えてもらっちゃってもいいですか⁉︎ その間に他のコーデもいくつか揃えておくので! あ、更衣室あそこです」  

 

「は……はい……!」

 

 そうして六花は、あれよあれよとフィッティングルームへと押し込まれてしまった。

 仕方がないので適当に店内をうろついて六花の着替えを待っていると、さらに二、三セット分の衣服を手に持った店長が「いやぁ、ホントいきなりすみません」と、話しかけてきた。

 意外なことに、押しが強いという自覚はあったらしい。

 

「職業柄、つい『この子がウチの服きたらどんな感じになるのかなー』って、気になっちゃうんですよねー。特に制服とか着てる方相手だとなおさらですねー」

 

「制服?」 

 

「ほら、制服って本人のセンスで選んだ服じゃないですか。だから、あの子に一番似合うファッションってどんなのかなーって、いてもたってもいられなくなっちゃいまして……」

 

 六花が真に似合うのは、どんな服装なのか。

 それは確かに、俺にとっても非常にに気になることだ。

 

「それにしても彼女さんホッッントにかわいいですね、どうやって捕まえたんです? 何か弱みを握って……って感じにはみえませんでしたし」

 

 なんて失礼な店員だ……。

 だが、それよりも、だ。

 

「やっぱ、カップルに見えるもんなんすね」

 

「お? 惚気ですか? まぁ〜、パッと見、不釣り合いに見えても、あんだけ距離感近ければそう見えますよ〜?」

 

「そういうもんですか」

 

「ええ、そういうもんです」

  

 客観的な意見はありがたいが、これ以上掘り下げられては、それはそれで面倒な予感がしたので、適当な嘘をついて強引に締める事にする。

 

「──ええ。最高にかわいいでしょう、”ウチの彼女さん”は」

 

 自分で言っておいて、いますぐ喉を掻き切って死にたくなってきた。

 そんな矢先、フィッティングルームのカーテンが開いた。

 

「どう? 長太郎くん。似合ってる……かな?」

 

 そこいたのは、小さくロゴが入った半袖の白Tシャツに、デニムのオーバーオール、そして黒のキャップを被った姿の六花だった。

 

「それは……反則だろ……」

  

 決して派手なおしゃれさではない。寧ろ、シンプルを突き詰めたような服装だろう。

 けれど……いや、だからこそ、六花自身の持つ存在感とぶつかり合うことなく、六花の魅力を最大限に引き立てているように感じた。

 

 ここまで、様々な服装の六花を見てきたが、俺の中では、文句なしの一位。はっきりいって、ストライクゾーンど真ん中だった。

 

「いいんじゃ、ないか……?」 

 

 口元に手を当てて、にやけそうになるのを抑え、目を逸らす。

 

「あ、ありがと、じゃあ、せっかくだから……買っちゃおう、かな」

 

 六花は、目を合わせてくれなかったが、その頬は火がついたようんい、赤く染まっていた。

   

 ◇

 

 六花はその後も、店員の勧めで、さまざまな試着をするらしかった。

 らしかった──というのは、現在俺は、六花と別行動をする形で、

 件の服屋の向かいにある、アクセサリーショップへと足を運んでいるからだった。

 

 無論これは、俺のための買い物ではない。俺が、六花にプレゼントを探すための買い物だった。

 

 ──とはいえ、自分から思い立って買いに来るほど、プレゼントに対して積極的な人間ではない。

 情けない事に、事の発端は例の店長からの進言だった。

 

 一着目が決まり、六花が更に別の服に着替えている最中のことだ。

 

「実はですね、あのコーデ、私的には、まだ完璧じゃないんですよね」

  

 そう言われても、ファッションにからっきしな俺には皆目検討もつかない。

   

「あれに、シンプルなネックレスみたいなアクセサリーがあれば、完璧だと思うんですよねー……で、これは私の独り言なんですけど」 

 こんなベタな言い回しする人間、実在するんだな。

 

「お向いにあるアクセサリーショップ、ハンドメイドなんですけど、価格の割に、めちゃくちゃクオリティが高いんですよね。それこそ、シンプルな物だったら高校生のお小遣いでも全然買えちゃうくらいに」

 

 これだけ露骨に示唆されれば流石にわかる。この店員は俺に「さっさと彼女に似合うネックレスを選んでこい」と、そう言っているのだろう。

 口車に載せられるままというのは些か釈ではあるが、俺の選んだネックレスをつけている六花を想像すると、また脈拍が早くなった気がしたのだ。 

 

 アクセサリーショップの店内には、多種多様なピアスやブレスレットが木製のラックにずらりと並んでいた。

 ネックレスだけに絞ったとしても結構な数だ。

 俺はひとまず、小説を斜め読みするかの如く、ざっと見ていく。

 

 ──ふと、目に留まるものがあった。

  

 それは、直径一センチほどの小さな三日月のモチーフのついた、シンプルなネックレスだった。 

 気づけば俺は、それを手に取っていた。

 不思議と、見れば見るほど六花に似合うという確信が増してくる。

 

 古来より、神秘的、ミステリアスの象徴として扱われてきた月は、六花のイメージにピッタリだと、そう思った。

 

 ──そういえば。日本には丁度、月にまつわる有名な御伽噺があったじゃないか。

 それも、日本最古の物語が。

 

 竹取物語──又の名を『かぐや姫』。

 

 これで、台本のテーマも決まりだ。風賀美六花は、かぐや姫だ。   

 服屋に戻ると、ちょうど会計を終えた六花が、両手に買い物袋をぶら下げて店から出てくるところだった。

 荷物の量から見るに、どうやら、あの後も何着か気に入った服があったらしい。

 

「お待たせ、長太郎くん」

 

 そして、六花はいつの間やら制服から着替え、先ほどの、シンプルなオーバーオールのコーデを一式身につけていた。

 

「店長さんが、折角のデートなんだからって言って、タグ切ってくれたんだ。どうかな、気に入ってくれた……?」

 

「……ああ、すげぇ似合ってる」

 

 どうもあの店長、俺をネックレスを買いに走らせるだけでは飽きたらず、こんな気回しまでしてくれたらしい。粋な計らいじゃないか。

 

 ……六花の後ろでこれ見よがしにウインクしてくるのが玉に瑕だが。

 

 ◇ 

 

 外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 もうすぐ五月だというのに今日は比較的気温が低い。

 現に今も、体を撫でつけるかのように冷えた風が吹いていた。

 

 タイミングよく、駅までの回想バス乗り場には誰も並んでいなかった。

 

「長太郎くん、今日はありがと。お陰ですっごく楽しかったよ」

 

「ああ」

 

 俺は、短く相槌を打つと、大きく深呼吸する。

 

「六花、渡したい物がある」

 

 俺は、右手に握りしめた小さな紙袋から、件の三日月のネックレスを取り出した。

 

「長太郎くん、これ……!」

 

 ぱあっと、六花の表情が明るくなる。

 

「その、なんだ……六花に似合うと思ってな……」

 

「両手塞がってるから自分じゃ着けれないや。長太郎くん、着けてくれる?」

  

 そう言って六花は一歩俺に近づくと目を閉じた。

 

 俺は、もう一度深呼吸をすると、そのまま正面から、抱きしめるように六花の首の後ろに手を回すと、ネックレスをつけた。

 

「着けたぞ」

 

 一仕事終え、元の体勢に戻ると、きょとんとした表情の六花と目が合う。

 

「だ……抱きしめられたかと思って、ドキドキしちゃった……」

 

 ああ。確かに普通、こういう時は後ろからつけるものだろう。 

 

「気に入らなかったら、別に無理してつけなくていいからな」

 

「そんなことない! 二四時間三百六十五日、ずーーーーーーとつけてたいくらい……!」

 

 ……一先ず気に入ってくれたようでよかった。俺はようやく胸を撫で下ろす。

    

「流石に、学校でつけるのは辞めてくれよな」

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

 俺は六花の前に両手を差し出す。

 

「……?」

 

「貸せよ。俺は荷物持ちなんだろ?」

 

「そういえばそうだったね。でももうすぐバス来るみたいだから、大丈夫だよ」

 

 そんな六花に俺は、意を決して言った。

 

「六花、そのことなんだが──駅まで歩かないか?」

 

 ◇

 

 ずっと、考えていた。

 俺と六花の関係は、一体なんなのだろう、と。

 

 それは、今日、あの服屋の店長にカップルと勘違いされるよりも前から、映画を見る前から、六花と初めて言葉を交わした、あの新歓の日から考えていた事だった。

 

 部活仲間、クラスメイト、友達。どれも、しっくりこないと、常々思っていた。

 

 もういい加減、自分の中で大きくなり続けるこの感情を、見て見ぬふりをするのも限界らしかった。 だから、ここいらで、ハッキリさせよう。

 

 ──俺、狭間長太郎は、風賀美六花のことが、好きだ。

  

 美少女で、ミステリアスで、ボクっ娘で、それでいて、俺に対して、好意的に接してくれている。

 そんな女の子を、好きにならないはずがなかったのだ。

 

 だから、六花は俺のことをどう思っているのだろう、と考え続けていた。

 

 果たして、六花が俺に抱いている感情は、好意なのか、と。

 

 六花の演技力は飛び抜けている。ならば、俺に接する態度さえ、演技なのではないか。

 そう疑わずにはいられない自分がいるのだ。

 

 きっと、かつての俺ならばこんなややこしいことは考えず、とっくに六花に告白していたのだろう。

 

 けれど、どうも今の俺は、彼女からの……いや、”異性からの好意を”、そう簡単に信じることができないタチになってしまっているらしかった。

 

 ──そして、その原因は、明確だった。

 

 ……少しだけ、昔話をしよう。

 俺がまだメガネ派で、表情も今よりは豊かだったであろう、中学校時代の話だ。

 

 ──俺には、中学二年生の時。ほんの僅かな間だけ、いわゆる彼女というものがいた時期があった。

 ラブがプラスな女子高生でも、ときめきがメモリアルな美少女たちでもない。三次元に存在する、同級生の彼女である。

 

 ──赤座恵美梨(あかざえみり)。同じクラスで同じく美術部に所属する女子だった。

 二次元のイラストではなく、純粋に絵画が好きで、明るく、友人も多い。

 うちの美術部では珍しい、入部理由が「漫研がないから消去法で」ではない女子で、──当時から非モテロード一直線だった俺のことを、唯一面白い、だなんて言う、今に思えば少し変わった奴だった。

 

 そして、そんなツチノコよりも稀有な存在を前に、当時の俺が、赤座を好きにならないわけがない。

 

 ──そして中一と中二の間の春休み。俺は赤座に告白をした。

 

 意外な事に、告白の返事はOKだった。

 人生初の彼女に、当時の俺は、それはもう舞い上がりに舞い上がった。

 

 今に思えば、この時の俺はなんと愚かだったのだろう。

 脳内お花畑がすぎる。過去に戻って頭蓋を切り開き、そこから除草剤を散布してやりたいと思うくらいだ。

 

 現在の、彼女なしという現状が示す通り、俺と赤座は当然、別れることとなる。

 

 付き合い始めてから一ヶ月あまり。夏休み真っ只中、八月半ばの事だった。

 

「別れよう」

 

 ある日の部活帰り、突然切り出され彼女の口から切り出されたのはこの一ヶ月の種明かしだった。

  

 曰く、「告白をOKしたのは、友達の彼氏自慢が羨ましくて、一度自分も彼氏を作ってみたかったところに、告白してきたから」。

 

 曰く、「終始、恋愛感情はなかった」。

 

 曰く、「恋人としてはイマイチだった」。

 

 曰く、「狭間長太郎と付き合っていると、自分まで変な目で見られる」

 

 よくもまあ、ここまで理由を挙げられるものだと思った。

 

 そして翌日の部活帰り、彼女の隣に立っていたのは、俺の小学校来の親友、成瀬優斗(なるせゆうと)だった。

 

 成瀬優斗──。

 オタク仲間だったはずの彼はいつの間にか異性を意識し始め。

 あまりに似合ってるいなかった丸メガネはコンタクトになり、イケメンへと変貌していた。

 

 なるほど。そりゃあ俺なんかよりも、成瀬の方がいい筈だ。

 

 正直に言えば、俺は悔しくて仕方がなかったが、ここまではまだ、折り合いをつけることができていた。

 

 許せなかったのは、その後二人が掌を返したように、「オタクはないわ」と、果ては「狭間はないわ」だとか言い始めたことだった。

 

 いいだろう。もうお前らに用はない。

 色恋がここまで人を歪めるのなら、俺はお前らが馬鹿にしたオタクであり続けてやろう。

 俺はそう誓った。

 故に三次元の恋愛はクソである。

 

 たった一ヶ月。接吻なんて以ての外、手を繋ぐことさえ碌にしないような関係性にしか進展しなかったが。三次元の面倒臭さを、俺は改めて思い知った。 

 故に、この先何があろうと、色恋からは身を引き続けると決めたのだ。

 

 ──だが、そんな俺のちっぽけな決意を、風賀美六花という少女は全て塗り替えていったのだ。

 

 映画を見ていた時の事だ。

 六花はきっと、俺がポップコーンに手を伸ばしたあの時まで、俺の横顔を眺めていたのではないか。

 

 ──六花の横顔から目が離せなくなった、あの時の俺と同じように。 

  

 だとすれば、だ。

 決して安くない金額を払って、映画を見にきているのにも関わらず、大迫力のスクリーンよりも、地味で半端で、王子様でも何でもない、俺の事を見ていた彼女は──ひょっとして、今度こそ本当に俺の事が────。

 

 俺は、通りすがりのベンチに、六花の荷物を置く。

 もしも、俺がこの場から逃げ出すことになったとしても、六花の荷物を持ち帰ることの無いように。

 

「長太郎くん、ひょっとして疲れちゃった? ごめんね、今日はいっぱい付き合ってもらっちゃって──」

 

「──六花」

 

 緊張で、呼吸が浅くなる。

 口の中は渇き、意識が薄くなっていくようだ。

 

 ……落ち着け、落ち着け

 

 難しいことは考えなくていい。

 

 たった三文字、言葉にするだけだ。

 

『好きだ』と、ただ一言、伝えればいい。

 

「六花、す……」 

 

 ────だが、それ以上言葉にすることができなかった。

 

 ──六花に思いを告げようとした刹那。過去二回今までの比較にならないほど俺の頭蓋を貫くような痛みが走ったのだ。

 

「ぐあああああああぁぁぁぁ‼︎」

 

「長太郎くん‼︎‼︎」

 

 チカチカと点滅する視界の中、六花の必死な表情を最後に、俺の意識はゆっくりと、闇に呑まれていった。

 

 ◇

 

「……くん! 長太郎くん‼︎」

 

 ──六花の呼び声に、俺は目を覚ます。

 

 ──目の前に六花の顔と、それから三日月の浮かんだ夜空。

 

 どういうわけか俺は寒空の下、六花に膝枕されていたらしかった。

 

「六花……?」  

 

 ゆっくりと体を起こす。

 

 場所は……どこかのベンチの上、だろうか。

 

「長太郎くん大丈夫⁉︎ どこか痛いところとか……!」

  

「いや、特にないが……?」

 

 特にない、が。そもそも俺は、どうしてこんなところにいるのだったか。

 

 ……映画を見て、六花の服選びをして、ネックレスを六花に渡して、それから──。

 

 ──それから、俺は、六花に何を言おうとした………?”

 

 ──まるで、記憶がすっぽりと、消されてしまったような感覚だった。

 

【】

 

 翌日、俺はモヤモヤした気分のまま登校し、朝のホームルームを終えて廊下を歩いていた。

 

 昨日は結局、あの後すぐに解散になった。

 俺は、六花に言おうとしていたことを思い出せないままだ。

  

 ネックレスまで渡して、俺が伝えようとしたこと……。

 

 シチュエーションから察するに告白。さしずめ「好きだ」……とかだろうか。  

 ……いや、それだけはないな。

 確かに六花のことは好きだが、発表会を目前に控えた今の時期に、部内恋愛なんて、厄介極まりない事を運んでくるほど俺は愚かではないつもりだ。

 

「は、は、は、狭間くん……今の……”好きだ”って……」 

 

 聞こえてきた声に顔を上げると、そこにいたのは、茹で上がったタコのように顔を真っ赤に染め上げた鈴木の姿だった。

 

 どうやら、さっきの「好きだ」という言葉。 独り言として、口に出てしまっていたらしい。不審者にもほどがあるだろう。

 

「すまん、今のは忘れてくれ」

 

「そ! そそそ! そうですよね! び、びっくりなんてしてませんから!」

 

 一体何の宣言だ……。    

 俺はその場から立ち去ろうとすると、鈴木に呼び止められる。

 

「そ、そういえば、体調は大丈夫ですか?」

 

「まあ、特にこれといった不調はないが……なんでまた?」

 

「実は風賀美さんから、狭間くんが倒れたと、昨日連絡がありまして。でもよかったです! そうそう、昨日は台本のアイデア探しだったんですよね? 台本の方は順調ですか?」

 

 なるほど。六花のやつ、そこまで話していたのか。

 いつの間にか、相当鈴木と仲良くなっていたらしい。

 

「風賀美さん、お出かけの前日から、『楽しみすぎて眠れない!』って言ってましたよ」

 

 なんだそれは。あまりにも可愛すぎる。 

 

「ところでその話、俺に言っていいやつなのか?」 

  

 すると今度は、サアっと、顔から血の気が引いていった。

 

「そういえば……狭間くんには言わないよう、言われてたんでした……」  

 

 やっぱりか……。

 

「ど、どうしましょう!」

 

「俺が鈴木の失言を聞かなかったことにすれば済む話なんじゃないか?」 

 

「そのー、お願いしてもよろしいでしょうか……」

 

「はいはい……。それと台本の話だったな。まあ、アイデアがようやくまとまったって感じだ。……実は今、六花の魅力が最大限に発揮できる台本を書こうとしててな。かぐや姫をモチーフにすることが決まったばっかりだ」

 

「かぐや姫ですか……! たしかに、風賀美さんのイメージにぴったりだと思います! でもかぐや姫ですか。なんだか小さい頃家にあった絵本を思い出しちゃいます」

     

「意外だな。鈴木にも、絵本とか読んでた時期があったのか」

 

 生真面目勤勉なイメージが板に付きすぎていて、もはや物心ついたときから分厚い活字本を読んでるイメージすらあった。   

       

「聞き捨てならないです! 私だって小さい頃は、シンデレラみたいに、ある日王子様が迎えに来てくれたりしないかなって、思ってましたよ」

 

 でたな。王道オブ王道、王子様。

 やっぱり、女の子は皆、憧れるものなのだろうか。 

 すると、鈴木は昔を懐かしむように話始める。 

 

「私、小さい頃、勉強も運動も……あと、友達も全然できなくて……それで、そんな自分が大嫌いだったんです」

 

 鈴木にも、そんな時期があったのか。

 正直、意外だった。

  

「でも、そんな時にシンデレラの絵本に出会って、私も頑張ればいつかは王子様が迎えにきてくれるかもって思えたんです。……それからは、勉強も、習い事も今まで以上に頑張れるようになりました」

 

 そして、苦笑しながら「友達は、相変わらず少ないですし、現実じゃ、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれたりもしないですけどね」なんて付け足すのだった。

 

「今に思えば、日本には制度上、王子様はいないので、叶うはずない夢だったんですけどね。あ、でも馬は軽車両扱いなので、今でも公道を走れるんですよ?」

 

「夢がねぇ……」

 

「私は、現実を生きてますから」

 

 なんて真っ当なセリフだ。どこぞの拗らせた演劇部員は鈴木の爪の垢を煎じて飲んだ方がいい。  

 

「なら、なんでお前演劇部なんか入ったんだよ」

 

 演劇部こそ、最も現実から遠い部活だろうに。

 

「えーと、その……ひ、ひみつ、です!」

 

 でたな、秘密主義。

 ここのところ、俺は話をはぐらかされてばかりな気がしてならない。      

 

 ──次から次へと厄介ごとが舞い込んでしまうほどの美貌に生まれてしまったかぐや姫。

 ──努力とひたむきな明るさで、成功を手にしたシンデレラ。

 つくづく対象的だ、とそう思った。

 

 この二人が、同じ男を好きになってしまったとするのなら、男はどちらを選ぶのだろうか。

 自然と、「かぐや姫VSシンデレラ」なんてワードが頭をよぎる。

 

「なあ鈴木」

 

「はい?」

 

「───シンデレラ、やってみないか?」 

 

 ◇

 

 そこから台本の執筆は順調で、完成した台本は今度こそ発表会に採用されるに至った。

 すでに配役も決まってからしばらく経ち、現在では、台本を持たずとも練習ができる段階にまで進んでいた。

 

 台本のストーリーは、現代の高校を舞台に。かぐや姫がモチーフのキャラクター、竹月カグヤ、シンデレラモチーフの灰咲レイラの二人のヒロインと、王子様系の男子、御門オウジらの三角関係を主軸にした人間模様を描く、恋愛ドラマである。

 

 本番まであまり時間もないので、今日も今日とてみっちり練習をしたいところではあるのだが、どうも学生の本文というのは、勉強にあるらしい。

 定期テストから二週間前を切った今日この頃。演劇部は、部活の時間を一時間遅らせ、一時間の自習時間をとっていた。

 

「長太郎くん、ここのカグヤちゃんの感情ってさ──」

 

 ちなみに、カグヤ役の六花だけは、テスト勉強する必要がないからと、台本を読み込んでいた。

 その台本も、すぐにで丸暗記し、登場人物の掘り下げた解釈を行う段階にまで達しているのだから、なんとも羨ましい記憶力だ。

  

 そして、今のやりとりから察せられる通り、六花は無事かぐや姫、もとい竹月カグヤの役となった。

 鈴木も見事にシンデレラこと灰咲レイラの役につくこととなり、ひとまず予定通りに事は進んでいた。

 

 ちなみに、俺の役割は演出家。

 仕事内容は──部活ごと、劇団ごとに若干際はあるが──基本的には、舞台セットや演技の方針、場面転換などの劇の統括となる。

 ニュアンスとしては映画監督に近いだろうか。

 

「そここシーンは……そうだな──後で”王子役”とすり合わせしよう」

 

 そうして前方を見ると、会話が耳に届いたのか、南部長が振り返った。

 

「後でな。今は勉強させてくれ」

 

 王子役を担当するのは南部長だ。

 イケメンと持て囃されることを嫌がっていた部長だ、当然「お前がやれ」と、何度も突っぱねられたが、必死で頼み込んで、何とか王子役に収まることを了承してくれたのだった。

 

 六花と鈴木。二人のお姫様に釣り合うオーラを持つ存在なんぞ、南部長くらいなものだろう。

 その間に俺が挟まるべきではない。

 俺はあくまで傍観者であり視聴者。側から舞台を見ることができればいいのだ。

 

 一方で、俺は泣く泣く天敵科目、数学と格闘していた。

 

 ……だめだ。さっぱりわからん。先人がすで証明しきっているというのに、今更なぜ俺が証明し直さなければならんのだ。

 

「六花、ヘルプ」

 

 そんなわけで、今度は俺が六花に救援要請をする事となった。

 

「いいよ、ここは───」

 

 六花の説明は驚くほど丁寧で分かりやすく、長年俺を苦しめ続けた疑問が、モノの数分で解消されてしまった。

 

「そういうことだったのか……。これで休日もつきっきりで教えてもらえたら、赤点回避どころか、九十点代にすら届きそうだ」

 

 すると、六花はほんのりと頬を赤らめて言う。

 

「……じゃあ、今度の土曜、ボクの家、くる?」

 

 …………落ち着け。

 まずは重要事項の確認からだ。

 

「その……六花って一人暮らし……だったよな?」

 

「うん。だから特に時間とか気にしなくても大丈夫。なんなら、泊まって行ってもいいんだよ?」

 

 そういって六花はくすりと笑う。

 

 ……なるほど。休日、一人暮らしの美少女と、二人っきり、宿泊許可OK。

 

 スリーアウト。チェンジだ。

 

 ……いや、だが、学生として! 勉強を本分とす?学生としては! この気を逃すわけには行くまい……!

 

 そんな中、割って入る声があった。

  

「風賀美さん! 私にも勉強教えてくれませんか‼︎」

 

 それは、一分一秒さえ無駄にはしないという心意気で、最近は常時英単語と睨めっこしている勤勉家、鈴木実咲だった。 

 

 ◇

 

 土曜日の昼下がり。

 俺と鈴木は勉強会のため、久城駅から徒歩十五分の場所にあるという、六花の自宅に案内してもらっている最中だった。

 

 てっきりマンションか何かに住んでいるのかと思っていたが、高層の建物がある区画は既に通り過ぎ、気づけば住宅街の外れにまできていた。

 六花は一体、どんな家に住んでいるのか。

 そう思った矢先、六花がこちらを振り向いた。

 

「見えてきたよ」

 

 六花の指した先には、林があった。

 そしてその奥には、木々に囲まれるようにして、赤い瓦屋根が目を引く小さな家がひっそりと佇んでいた。

 まるでシルバニ……もとい、ドールハウスのようだ。

 

 これには鈴木も驚いたようで、子供のように目を輝かせ、家を見つめていた。

 

「わぁ! す、すごいです!」

 

「んなバカな……」

 

「そうかな? まあ狭い家だけど入って入って」

 

 家に上がると、リビングに通される。

 

「へへ、部屋に人を上げるなんて初めてだから不思議な感じだなぁ」

 

 内装も外観に違わぬ、木製を基調としたファンシーさを誇っていた。

 立派なダイニングキッチンに四人掛けのテーブル。ソファーにテレビ、それから観葉植物なんかも立ち並んでいて、まるでモデルルームのようだった。

 

 そんな感想を抱いたのは、私物らしい私物もあまり置かれていないからだろう。

 引っ越したばかりだからなのか、元々持ち物が少ないタイプなのか。あまり生活感は感じられなかった。

 

 それから俺たちは、四人掛けのテーブルにノートや教科書を広げ、勉強に勤しんだ。

 六花は相変わらずテスト勉強は必要ないようで、俺と鈴木はそれからしばらくの間、各々勉強を進め、わからない場所があれば六花に相談、という流れを繰り返した。

 

「六花、この問題なんだが……」

「はーい。ここはね……」

 

 六花が中腰になって、教科書を覗き込むように顔を近づけてくる。

 

 ……相変わらず、距離が近い。そしてもれなくいい香りがした。

 いやいや、いかん。今は勉強だ。

 

 六花の説明のお陰で、勉強はそれはもう順調に進み、気づけば時計は、午後六時半を指していた。

 窓の外を見ると、夕日はもうほとんど沈みかけている。あと三十分もすれば、外は真っ暗だろう。

 ……そういえば、確か鈴木は六時半には帰るつもりだ、なんて言っていたはずだ。

 

「おーい、もう六時半だぞ」

 

 ノートに向き合い、勉強を続ける鈴木に声をかけるも、よほど集中しているのか、ピクリとも反応しない。

 

「帰れなくなっても知らんぞー」

 

 ……反応はない。

 

「すごい集中力だね、やっぱり実咲ちゃんはすごいなぁ」

 

 六花が驚いたように言う。

 確かに。これほどの集中力は、一朝一夕で身につくものではないだろう。

 

「今までずっと、日々努力してきた成果、なんだろうな」  

「そうだね。美咲ちゃんを見てると、なんだかなんだか自然と応援したくなっちゃうもん」

 

「……とはいえ、どうしたもんか。無理矢理勉強中断させるのも気が引けるしな」

 

「もし遅くなるようなら、このままウチに泊めるから大丈夫だよ」

       

「そういうことなら、しばらくこのままにしておいてよさそうだな」

 

「うん。むしろ、このまま外が真っ暗になるまで勉強していていてもらえば、きっと実咲ちゃんも諦めて、泊まって行ってくれるよね」

 

 なんて恐ろしい事を言うんだ。発想がヤンデレのそれである。

 最近は鳴りを潜めていたが、やはり六花は、仲良くなった相手に執着を向ける傾向にあるらしい。

 

 「ボク、お泊まり会とかやってみたかったんだよね」なんて六花は言う。

 愛おしそうに鈴木を見つめる六花を見ては、俺はなにも言えなかった。

  

「長太郎くんも、ご飯だけでも食べて行かない?」

 

「いいのか?」

 

「もちろん」

 

 どうせなら献立は鈴木の好物、ミートソースパスタにしよう、と、未だ六花は手際よく料理を始めた。

 

「なんか手伝えることはあるか? 三人分ともなると、結構大変だろ?」

 

「ううん、全然大丈夫だよ。長太郎くんはお客様なんだから、ゆっくり寛いでて」

 

 キッチンは料理をする人間にとっての聖域とも聞く。ここで無駄にでしゃばるのはお門違いだろう。 

  

「じゃ、皿洗いは任せてくれ」

 

 そう言うと、六花はなぜか笑っていた。

 

「ふふふ」

 

「どうした?」

 

「なんだか、同棲してるみたいだなって」

 

「同棲って……じゃあアレはなんだ。でっかい子供か?」

 

 リビングで勉強し続けている鈴木を指さす。

  

「うーん、それもそっか。……じゃあ! もう一人の彼女、とか?」

 

 六花が、閃いたとばかりに言ってくる。

 なにがじゃあ! だよ……。

 

「ほら、彼女が二人いるってきっとお得だよ?」

 

 これぞ本当の、抱き合わせ販売……なんて、碌でなしにも程があるワードが頭をよぎる。

 

「俺にそんな甲斐性はねぇよ」

 

「ははっ、じゃあもしそうなったら、どっちか選ばなきゃだね」

 

 随分好き勝手言いやがって……。

 こちとら、一人だって手に余るくらいだ。

 

 

 ◇

 

 六花が夕食を作ってくれている中、俺も勉強を再開する。

 しばらくすると、トントンと包丁を振るう音や、パスタを茹でる音が聞こえはじめ、次第に食欲をそそられる匂いが漂ってくる。

 すると、『くぅ〜』と、腹の虫の声が、正面から聞こえてきた。

 さすがの努力家も、空腹には抗えなかったらしい。

 

 ちらりと鈴木の方を見ると、セミロングの隙間から覗いた耳が、真っ赤に染まっているのが見えた。

  

「今、六花が俺たちの分も晩飯作ってくれてるってよ」

 

「晩御飯……?」

 

 鈴木はきょとんとした顔で壁にかかった系を見ると、今度はぎょっと目を見開いた。

 

「もうこんな時間! は、早くらなきゃです……!」

 

「六花が、泊まってほしいって言ってたぞ」

 

 「泊まり……ですか……。確かに、夜にも勉強見ていただければ、次のテストは自信がもてるかもです! お母さんに電話してきます!」

 

 ……こんな状況でも勉強とは。女子同士のお泊まり会といえば、パジャマパーティだと思っていたが、どうやら今晩はそうはなりそうにない。

 

 そんな他愛もないことを考えつつ、俺はスマホを引っ掴んで廊下に出ていく鈴木を見送った。 

 

 ◇

 

 食事を終えると、俺と鈴木はキッチンで横並びで片付けをしていた。

 俺が皿洗い担当。鈴木が皿拭き担当だである。

 

 六花は現在、鈴木のために、風呂と寝巻きの準備をしに行ったとのことだ。

 人の家で、家主抜きの二人っきりとは……。妙な感じだ。

 

「狭間くんは、風賀美さんが転校した理由、お聞きしてますか?」

 

「いや。前に一度尋ねたが、秘密だそうだ」

 

「狭間くんもですか……。実は、私もです。私も、秘密って、言われちゃいました」

 

「両親のことなんかも尋ねたのですが、答えてはくれませんでした……私、風賀美さんから信頼されてないのでしょうか……」

 

 鈴木が顔を俯かせる。

 

「それは絶対にない。単に、誰にも話すつもりはないってだけだろう」

 

「そう、でしょうか」

 

「ああ。この二ヶ月、ずっと六花の隣にいた俺がいうんだ。間違いないはずだ。なにせ、鈴木と話してる時が、一番楽しそうだからな」

 

「本当……ですか?」

 

「ああ。……いや、もしかしたら、俺と話してる時の方が楽しそうかも」

 

 よしておけばいいものを、うっかり口に出してしまう。

 だが、意外にも鈴木は笑顔だった。

 

「はい、私もそう思います。やっぱり、風賀美さんにとって狭間くんは、特別なんですよ!」

 

「特別……か」

 

「狭間くん、知ってましたか? 風賀美さんとのLINEの話題で一番多いのは、狭間くんの話題なんですよ?」

 

「知るはずないだろ」

 

  ◇ 

  

 六花も戻り、勉強を再開してしばらくすると「お風呂がわきましたー」という機械音声が聞こえてくる。  

   

「実咲ちゃん先にお風呂入る?」

 

「…………」

 

 返事がない。どうやら、また集中モードに入っているようだ。

 

「先、入ってきたらどうだ?」

 

「うん、そうするよ。あ、長太郎くんも一緒に入る?」

 

「はよ行ってこい」  

 

 悪戯っぽく笑う六花を風呂に送りこんでからすぐ。

 俺は、全く勉強に手がつけられなくなっていた。

 ソワソワ……いや、ドキドキというのだろうか。   

    

 好きな女子が、扉一、二枚隔てて一糸纏わぬ姿でいるであろうという事実は、男子高校生にとっては些か刺激が強すぎた。

 

 こうしている間にも、ジリジリと理性が蝕まれているような感覚がする。……今この家の中にいるのは精賀美衛生上大変よろしくない。

 

 そういえば、家のすぐ外に自販機があったな。

 

 思い至ると、俺はすぐさま廊下玄関へと足を進める。

 その最中。頭に激痛が走った。──またあの頭痛だ。

 ひょっとして、また六花に何かあったのだろうか。俺は咄嗟にバスルームへと繋がる扉に目を向けた。

 

 ──それがいけなかった。

 

 そのドアは、十センチ程の隙間が空いていて、その向こうには、今まさに大きく片足を上げ下着──有り体に言ってしまえばパンツを脱ぎ終え、生まれたままの姿になろうとしている六花の姿があった。

 

 不味い……ッ‼︎

 

 俺は音速にも勝る速度で目を逸らした──つもりだった。

 ──頭痛が起きた時には、いつも決まって、付随する現象があった。

 ──そう、スローモーションである。

 

 ゆったりと流れる時間の中で、俺の目は、網膜に焼き付けるかのように六花肢体を凝視してしまっていた。

 

 前屈みに体を折り曲げたその姿勢は、年相応の発達途中であろう胸が少したわみ、肉感の増した腹部も、むっちりとした太腿も、上げた太ももの後ろから見え隠れする臀部も。

 文字通り六花の”全て”を、俺の脳裏に刻み込んでしまった。

 

 ようやくスローモーションが解除されると、目の前にはいつの間にか羞恥に顔を染め、拳を構えた六花の姿があった。

 

 そして六花は俺の目の前で、その拳を大きく後ろに引き──。

 

「長太郎くんの……変態ッッ!」

 

 ──そして、俺の視界はブラックアウトした。

 

 ◇

 

 冷えた風に顔を撫でられ目覚ますと、そこは、玄関の外だった。

 ……どうやら、本当に外に締め出されてしまったらしい。 

 

 熱くなった顔と、それからほとぼりを冷ますべく、そのまましばらく外を歩く事にした。 

 頭は冷静になっても、脳裏には六花の裸が焼きついていた。

 ……だからこそ、俺はある違和感に気づいた。

 

「……あれは多分、あってもCカップくらいだよな」

 

 今までの俺の認識では、六花の胸は、平均に比べかなり大きいサイズで、それは0、分厚いブレザー越しにでも察することができるほどだった。

 それに俺は、六花の転入初日、本人から、その具体的なサイズを聞いる。

 

 ……けれど、さっき見た姿は、小さい、とまではいかないものの、決して大きいとも言えない、平均程度の大きさだった。 

 

 ……どういう事だ? ひょっとして、俺が知らないだけで、おっぱいというものは、しぼんだり膨らんだりするのだろうか。

 

 いやいや。流石にそんなはずはない。だとすれば、いわゆる、パッドというやつなのだろうか。

 

 だとしてもなぜ……。

 気になって仕方がないが、本人に聞くわけにもいくまい。つまるところ、この疑問は迷宮入りというわけだ。

 

 さて、煩悩もラビリンスに封じ込めたところで、だ。

 

 目を覚ました俺には、一つの変化が起きていた。

 いや、変わったというよりも、あるべき形に戻ったというべきか。

 

 ──俺は思い出したのだ。六花と出かけた日、俺はあのベンチで告白しようとしていた事を。

 

 まさか、大会前だというのに、本当に告白しようとしていたとは。

 我ながら、まだまだ愚かだ。

  

 そして、あの時にも頭痛は起きた。

 今までに起きた頭痛は計四回。

 一度目は入学式。六花が落ちてきた時。

 二度目はスポーツテスト。六花が倒れた時だ。

 

 ここまでは、六花の身に危機が迫った時に、発動するのだと思っていた。

 

 だが、三度目、六花に告白した際は、違った。

 あの時、六花に身の危険など迫っていなかった。だが、確かに意識を失う直前、世界はスローモーションに流れていた。

 

 そして、先の四度目。

 ……ここまでくればもうわかる。「スローモーションは、六花の身に危険が迫った時に発動する」。この仮説は間違っていた。 

 ──だとすれば、条件は一体何なんだ……?

 この現象はどうして起きる……?

 

 うだうだと考えているうちに、気づけば俺は辺りを一周し終えて、再び自販機の前に経っていた。 

 

 ……そろそろ、六花のところに戻ろう。

 だが、何と言って家に入れてもらうか。

 ……こんな時、ギャルゲーよろしく選択肢が提示されれば楽なんだが。

 ……いや。『のうコメ』よろしく、脳内にトンチキな選択肢を出されても困る。

 なにより、目に見える選択肢ばかり追っていては、何かに縋るだけの生き方しかできなくなってしまうだろう。

 なんとなく、それは嫌だと、そう思った。

 

 俺は、空になった缶をゴミ箱に投げこむと、六花の家の前に立つ。

 一呼吸おいてからインターホンを鳴らすと、どたどたと誰かが駆けてくる音が聞こえ、たがて扉が開かれた。

 

 中から顔を出したのは、六花だった。

 

「長太郎くん……入って」

 

 六花が顔を伏せながら、小さく呟く。

 その表情は読み取れない。 

 

 そして、静かにドアが閉められた瞬間──

 

「「すまん!(ごめん!)」」

 

 俺と六花は、ほぼ同時に謝罪の言葉を述べることとなった。

 

「ううん、長太郎くんは悪くないよ。ちゃんと扉が閉まってる事を確認しなかったボクのせいなんだから」

 

「いや、そうは言ってもだな……」

 

 確かに理屈の上ではそうかもしれないが、

 なにせ俺は、六花の裸を見てしまっている。

 半ば不可抗力とは言え、これは重罪だろう。

 だが、六花は、有無は言わせない、とでも言うように話し続ける。

  

「長太郎くんさ、もうきっと気づいたよね。ボクの……胸のこと」

 

「……まあな」

  

 あれだけの長い時間──尤も、俺にとってのではあるが──直視してしまったのだ。

 今更否定するのは気が引けた。

 

「そう……だよね」 

 

 すると、六花は徐に寝巻きのファスナーを下ろし切った。

 ちらりと見えた寝巻きの中は、肌着の類は身につけておらず、柔肌とピンク色のブラがちらりと見え隠れしていた。

 

「長太郎くんは……こんなボクでも、嫌わないでくれる?」

 

 六花が胸元を見せつけるように、寝巻きを両手ではだけさせた。

 そこにあるのは、やはり不自然に盛り上がった胸だった。

 決定的だったのは、六花の透き通った肌よりも幾分か褐色掛かったシリコンが、下着からはみ出るように見えていたことだ。所謂、パッドである。

 

 ──おっぱいに夢が詰まっているのだとすれば、それは、作り物の夢だった。

  

 六花が寝巻きの中に両手を差し込み、背中に回す。

 ホックを外したのだろう。パチンと言う音と共に、ブラが床に落ちる。

 咄嗟に目を逸らすと、床にはパッドがこぼれていた。

 ざっと見て、計十枚はあるだろうか。

 

「どうして、パッドなんか……」 

 

 こんなものがなくても、十分すぎるほどに魅力てきだろうに。

 それに、コンプレックスを抱くほど小さいわけでもない。

 理由が、皆目検討もつかなかった。 

 

 しばしの沈黙のあと、六花はぽつりぽつりと話始めた。

 

「おっきくなきゃ……駄目な気がして……。でもボク、ホントは、胸、全然大きくないから、こうするしかなくて……」

 

 六花の目から流れ落ちた雫がぽたりと一筋、地面に落ちた。

 

「ねえ長太郎くん。わかったでしょ。ボク……こんな嘘だらけの女の子なんだ……こんなボク……嫌い……だよね……」

 

 そんな六花を見て俺は──

 

 ──気づけば六花の額目掛けて、チョップを振り下ろしていた。

 

「あうっ! ……ふぇ……なんでぇ……?」

 

 訳がわからないといった様子で六花がこちらを見つめてくる。

 

「アホか」

 

「……へ?」

 

「この程度のことで嫌いになるわけがないだろうが。胸の大きさなんて、些細な事だ」

 

 俺は、勢いに任せ、六花に思いをぶつける。

 

「そう思えるくらい、俺は六花の事が────」

 

 「好きだ」と、そう続けようとした途端。また頭が痛み始めた。 ……あの時と同じだ。

 成る程。どう言うわけか知らないが、やはり今の俺は、好きな女子に告白一つできないらしい。 

 

 ……また有耶無耶になるのかよ。六花が秘密を打ち明けてくれてなお、また何も伝えられずに……。

 

 ──それは……ダメだろうが‼︎

 

 遠のいていく意識の中、俺はがぶりと思い切り唇を噛む。

 その痛みと、口の中に広がる鉄の味が、薄らいでいた俺の意識を引き戻した。

 

 ──こうなればもう意地だ。どんな手を使ってでも、どんな形になってでも、絶対に気持ちを伝えてやろうじゃないか……!

  

 ふと、以前独り言として溢れた「好きだ」と言う言葉を、鈴木に聞かれたことを思い出す。

 

 ──ひょっとして、六花に直接伝えるのが、不味いんじゃないのか……?

   

「いいか六花……一度しか言わないから、よく聞いてろ」

 

 真っ直ぐに、六花の目を見つめる。

 

「……俺は、大きいおっぱいも、小さいおっぱいも、どんなおっぱいも大好きで、優しくて笑顔のかわいい女の子が大好きなとびきりの拗らせオタクなんだぜ……!」

 

 息継ぎもせず、一息で駆け抜ける。

 言い切った時には、息も絶え絶えだった。

 

 ……っ! 言えた……! やはり、俺の仮説は正しかった……!

 

「長太郎……くん……!」

 

  六花の目元から、また涙が溢れる。

 だが、悲痛な表情を浮かべる女の子は、もうそこにはいなかった。

 

 どうやら思いは伝わってくれたらしい。

 

 その証拠に──というべきか。

 気づけば六花は、俺に飛びつくように抱きついてきた。

 

「うおっ……!」

 

 後ろに倒れないよう、足を踏ん張らせる。

 初めて人から抱きしめられた感触は、シャンプーの香りがして、柔らかくて、暖かくて──。

 ──その身体は、まだ何かを恐れるように、震えていた。

 

「六花……?」

 

「……」

 

 返事は、ない。      

       

「大丈夫……か……?」

 

「……うん」 

 

「……じゃあ、どうして震えてる」

 

「それは……」

 

 問いつつも、俺は何となく、六花をそうさせる理由に、見当がついていた。

 

 何せ、この二ヶ月、立花と色々なことを話してきたから。

 彼女がどういう奴なのかは、知っている。

 彼女がどういう奴なのか、”分からない”ということを知っている。

 

「──まだあるんだろ、六花のヒミツ」

 

 尋ねると、六花が目を見開いた。

 

「どうして……それを……」 

 

「そりゃあ、まあ。俺は、お前ほど秘密の多そうなやつを知らないからな」 

 

 なにせ、何か尋ねる度に、六花に決まって「ヒミツ」と言われてきたのだから。

 六花の秘密が、パッドどころの範疇ではないことは、知っていた。

 

「この際だ。そろそろ一つくらいは、話してくれてもいいんじゃないのか?」

 

「でも……」

 

「安心しろ。俺は物語のオタクだ。人間の抱える秘密のパターンは網羅している」

 

「ふふ、長太郎くんらしいや」

 

 すると六花は抱擁を解いて一歩後ろに下がった。

 

「ボク、長太郎君のこと、信じてみる事にする」

 

「────ボクね」

 

 そうして続く言葉に。俺は、何も言葉を返すことができなかった。

 

「────”この家に来る前の記憶がないんだ”」

 

 呆然と立ち尽くす事しか、できなかった。

 

「ボクの記憶は、長太郎くんと出会ったあの入学式から始まったんだ」

 

 ◇

 

 そうして六花の口から語られたのは、フィクションとしか思えないような話だった。

 

「入学式の日のの朝、ボクは目を覚ましたらこの家にいたんだ。もう、訳が分からなくてさ、自分の状況を把握するのでいっぱいいっぱいだったよ」

 

 目を覚ますと見知らぬ家にいた。

 そんな状況で、六花はどれほどの不安感を覚えていたのだろう。

 きっと、何か事件に巻き込まれたとも考えたはずだ。

 

「見ての通り、物なんてほとんどなくてさ。結局家中探し回って見つかったのは新しいスマホと──」

 

 ──そりゃ、友達リストも空っぽなはずだ。

 

「服は、目が覚めた時から着ていた制服と、それから寝巻きだけ」

 

 ──そりゃ、私服を買う暇なんてなかったはずだ。

 

「あと、『リッカ セイカツヒ』って名目で定期的に振込がある通帳も見つかって、そこからお金を使わせてもらってる。なんだか気味が悪くて、あんまり使わないようにしてるんだけどさ」

 

──そりゃ、節約……とりわけ自炊なんかをする訳だ。

 

「……六花はあの入学式の時、そんな事になってたのか……」

 

「うん。自分が何をしたらいいか。何も分からなくて……でも、制服と学生証だけはあったから」

 

 だから、あの時六花は、学校にいた。

 久城高校の学生であるという事実だけが、六花に示された唯一の指針だったから。

 

「でもほら、あの日は入学式だったから、学校には誰もいなくてさ。正直、今にも泣きそうだったよ。結局、行く宛でもないまましばらく学校の中を歩いて──ボクは何かに呼ばれた気がして、ベランダに出たんだ」

 

「そしたら、長太郎くんがそこにいた」

 

 そして彼女は続ける。

 

「ボクの人生は、君と出逢えた、あの瞬間から始まったんだよ。仲間も、友達も、生きる意味も。全部長太郎君がくれたんだ」

 

「────だから君は、ボクの王子様なんだ」

 

 出会ったばかりの頃、六花は俺に、執着とも呼べるような態度を向けていた。

 その理由が、ずっと分からなかった。

 

 それが、今、ようやく分かったような気がした。

 

 彼女がミステリアスなのは必然だった。

 何せ、自分のことすら分かっていなかったのだから。

 だから、自分の容姿を自覚していなかったし、学力も、身体能力を把握していなかった。

 

「思い出そう」

 

 気づけば、口を付いたように言っていた。

 

「え……?」

 

「自分のことが何も分からないままだなんて、癪じゃないか?」

 

 きょとんとする六花。

    

「…………でも、ボク自分なりに調べてきたけど、そんなに都合よく思い出す方法なんか……」

 

「ああ。だからこれから探す。一人じゃ駄目でも、三人なら思いつくことだってあるはずだ。何せこっちは本の虫、天才……それとオタク。趣味も性格も三者三様なんだ」

 

「長太郎……くん……」

 

 泣き腫らす六花と、それを必死に宥める俺。

 その構図は、なんだかどこかで見たような気がした。

 

「だろ、鈴木」

 

 俺は、廊下の曲がり角、こちらから死角になっている場所目掛けて話しかけた。

 

「え……?」

 

 六花が、目を丸くした。

 

 すると、その角から、申し訳なさそうな表情の鈴木がひょっこりと現れた。

 そう。鈴木はずっと六花の話を聞いていた。

 なにせ、視界の端に、黒髪がちらちらと映るのだ。

 

「その……すみません。盗み聞きをするつもりは……なかったんですけど」

 

「美咲ちゃん、一体いつから……」

 

 そういえば、いつから聞きはじめていたのかまでは把握してなかったな。

 

「その……お、おっぱいの……話から」

 

 ……よりにもよってすぎるだろう。

  

「……私も、手伝います! 風賀美さんの記憶探し……!」    

  

 

   

 ──あの日、空から降ってきた白髪碧眼ボクっ娘美少女は、記憶喪失だった。

 

 これだけ揃えばもう分かる。

 まるでフィクションのような、絵空事のような、物語のような何かが、俺の周りで起きているのだと。

 

 ──俺はもう、いつのまにか、ただ物語を眺めるだけの傍観者じゃなくなっていたんだ。

 

 

 

 【動き始める編】

 

 あの勉強会から日曜日を挟んだ月曜日の朝。

 俺は、いつも通りの時間に起床し、いつも通りの時間に電車に乗った。

 そして、いつも通りの時間に席に着くことなく──俺は学校の中をたむろしていた。

 

 あの勉強会の日、俺は六花の裸を見てしまった上、立花の置かれている境遇まで知ってしまった。

 

 俺は一体、どんな顔をしてこの後六花に会えばいいのだろうか。事情が絡み合いすぎて、もはや皆目検討もつかない。

 

 あまりの打つ手の無さに心の中の碇シンジがが「笑えばいいと思うよ」と語りかけてくるが、笑ってどうにかなる問題ではないことだけは、さすがに分かる。

 

 結局俺は遅刻ギリギリまでダラダラとしていて、出席確認ギリギリに滑りこむこととなった。

 まさか、校舎内に居ながら遅刻しかけるはめになるとは。

 

 すると、ホームルームが終わるなり、六花に声をかけられた。

 

「長太郎くん、もっはろー」

 

 掛けられた声は、意外にもいつもとなんら変わらなかった。

 

 

 どうやら、いつも通りでいいらしい。

 

「ああ、もっはろー」

 

 俺はいつも通り、いい加減に、もっはろーを返すのだった。 

 

「六花、今日の昼休み、部室来てくれるか?」

 

 ◇

 昼休み。いつも通り、六花と隣り合うように座る。週二・三回の頻度でこうして一緒に部室で過ごしているが、転入初日のこともあり、外野の人間からはすっかり部活の集まりだと思われているようだ。

 

 そんな中、背後で扉が開く音がした。

 

「お、お邪魔します」

 

 入ってきたのは土曜日の件のもう一人の当事者、鈴木だった。

 

 その手にはランチバッグの他に、ノートか何かが入っているであろう、トートバックが握られていた。

 

 鈴木が六花の隣に座り、左から俺、六花、鈴木の座り順になる。

 これで役者は揃った。

 

「じゃあ、始めるか。”作戦会議”」

 

 そもそも、今日に限って鈴木がいるのはなぜか。

 それは、六花が記憶を失っていることが明らかになったあの後、俺と鈴木が各々六花の記憶を取り戻す方法を調べ、昼休みに発表し合うという流れになったからだった。

 

「では、恐縮ですが、私から始めてもよろしいでしょうか」

 

 鈴木が静かに手を挙げると、話を切り出す。

 

「早速なんですけど、六花ちゃん現在の状態。……いえ、”症状”について、図書館で昨日、色々と調べてきました」

 

 ──症状。

 その物々しい言い回しに、緊張感が高まった。 

 

 鈴木はバッグからキャンパスノートを取り出すと、机の上で開いた。

 そうして開かれたページには、端から端までぴっしりと小さな文字で埋められてい、それは、数ページで終わることなく、ノート全体の半分にさしかかるあたりまで続いていた。

 

「うそ……」

 

 呆気にとられたのっか、六花がぽかんと口を開ける。

 

「実咲ちゃんこれ、どのくらい時間かかったの……?」

 

「えっと、六花ちゃんの家からお暇して、日曜日のお昼前からはじめて、今朝までやってたので、二十時間くらいでしょうか」 

 

 鈴木の作業開始が十一時前とすればそこから二十時間。

 単純計算で、朝七時となる。

 

 となると、導き出される答えは、どう足掻いても──。

 

「実咲ちゃん、徹夜したの……?」

 

「え? はい。六花ちゃんのこと考えてたら、いてもたってもいられなくて……あ! お、お風呂はちゃんと入りましたよ!」

 

 よく見れば、鈴木の目の下には、うっすらと隈ができているようにも見える。

 

 無茶しやがって……。

 

 とはいえ、何かに駆り立てられた結果、徹夜になってしまうというのはよく分かる。

 なにせ、俺も新歓公演の台本を書いた時はそうだった。

 

「実咲ちゃん……もう、馬鹿なんだから」

 

「ば、馬鹿⁉︎ 長太郎くん、私、馬鹿な子なんでしょうか……⁉︎」

 

「察しろ。言葉の綾だ」

 

「そ、そうですよね……はあ……びっくりしました……」

 

 確かに。六花が鈴木にあそこまで砕けた態度をとっているのは新鮮かもしれない。

 思えば、鈴木が六花を呼ぶ際の呼称も「風賀美さん」から「六花ちゃん」へと変わっている。

 

 きっと、あの勉強会の日、俺が帰った後にキャッキャウフフの親密度アップイベントがあったのだろう。

 彼女らはきっと、夜な夜な、互いに思いを赤裸々に語り合ったりしたのだ。

 だが、その内容を聞くような無粋な真似はしてはならない。

「百合に挟まる男」。それは即刻死刑に処さなければならない滞在人なのだから。

  

 

「で、では気をとりなおして、私の調べた内容を発表します

 

 鈴木は、こほんと咳払いをすると、今度こそ話始めた。

 

「まず、六花ちゃんの症状ですが──その、不快にさせてしまったらすみません。──記憶障害の一種、健忘症に該当するかと思われます」

 

 ──健忘症

 あまりにも無機質な響きに、背筋が凍る。

 俺は、散々フィクションで見聞きしていたので、当たり前のように『記憶喪失』だなんて言っていたが、アニメにもドラマにも疎い鈴木にしてみれば、それはドラマを生み出すための装置でもなんでもなく、あくまで”症状”なのだろう。

 

 その後も、鈴木の説明が延々と続いていく。

 六花は普段の授業と同じ表情で、時折相槌をうちながら聞いているが、次第に専門性が高まっていく鈴木の説明に俺は六花に密接に関わっていそうな部分の要点だけを抜き取っていくのがやっとだった。

 

「──と、私が調べられたのは、ここまでです」

 

 鈴木の説明がひとしきり済むと、

 

「うん。前にボクが調べた内容と大筋は合致してるけど、自分のことでいっぱいいっぱいで、ここまで幅広く調べられてなかったから、すごく参考になったよ」 

 

 やはり六花は鈴木の説明の内容を全て理解できたらしい。

 改めてこの二人、優秀すぎる。

 

 そんな中、凡人にもほどがある俺は、空気を読まずに手を挙げた。

 

「あー……すまんが、俺の認識があってるかどうか、確認してもらってもいいか?」

 

「は、はい」

 

 そうして俺は、鈴木の話を聞いての、自分の認識を話す。

 

「……健忘症は原因によって様々な性質のものがあるが、鈴木の推測としては六花の症状はおそらく『心因性』。──つまり、トラウマだったりストレスだったりと、何かしら内面的な影響から生じた記憶障害である可能性が高い。そして、このタイプの健忘症は心理学的には、『解離性健忘』と呼ばれている」

 

 解離性──つまり、脳が、自分を守るため、トラウマとなる記憶を封じ込めた結果起きる記憶障害だ。

 

「ここまで、合ってるか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 鈴木、六花ともに異論はなさそうなので、俺は続けて話す。

 

「そして、肝心の思い出し方に関しては──そのストレスやトラウマから離れた、安心できる環境に居続けていれば、徐々に失っていた記憶を取り戻していくことが多いため、基本的には時間経過を利用した療法が取られることが多い」

 

「はい」

 

「そして、急いで記憶を取り戻したい場合には、催眠療法や薬剤を使用してリラックスを促し、回復を促進させるという方法が取られることもある……と」

 

「はい、まさしく、六花ちゃんに大きく関わる部分は狭間くんの言う通りです。でも……」

 

 鈴木が六花をチラリと見る。そして俺は彼女の言わんとすることを察した。

 

「……今の六花は険証どころか、身分を証明する手立てが学生証くらいしかない。このまま医者にいけば、面倒な事になる可能性もある。医療機関は最終手段だな」

 

「うん、ボクもそう思う。……流石に、自分に催眠かけたり投薬したりする自信もないし、ね」

 

「はい。投薬に用いられる薬についても、今の私には入手する手段もありませんし……」 

 

 そんな明らかに免許が必要そうな手段を本気で検討するな。

 

 ……それでも、この二人が本気を出せば、やってやれないこともなさそうだが。

 

 だが、鈴木の提示した方法には、一つ重大な問題があった。

 

「ごめん実咲ちゃん。多分この方法は、ボクには無理だ」

 

「……どうして、ですか」

 

「実咲ちゃん言ったよね。トラウマになってる記憶を避けて、時間をおくって……でもね、ボクは自分が何を恐れてるのかすら、わからないんだ」

 

 ──そう。六花も、鈴木も、俺も。記憶を失う前の六花を知らない。だからそもそも、避けようがない。

 

「だからきっと、今ボクがするべきことは、トラウマを避けることじゃないんだ────その逆。そのトラウマが何なのか、見つけることだと思う」

 

「でもそれじゃ六花ちゃんが……」

 

「うん。わかってる。その結果ボクは、深く傷つくかもしれない。……ひょっとしたら今より状況は悪化するかもしれない」

 

「なら!」

 

 鈴木が、六花を止めようとする。

 けれど、六花は微笑んでいた。

 

「──でも今は、二人がいる。ボクが忘れても、二人が覚えていてくれるなら。それはきっと、一歩前に進んだってことなんだと思う……なにより、ボクは、自分のことを知りたい。だから、じっとしているより、色んなものをみて、色んなことを聞いて、そうやって、何かを思い出すことに、望みを賭けたい」

 

 その目には強い意志が宿っていた。

 それはきっと、鈴木の頑固さをもってしても、およそ曲げられるものではないだろう。

 

「元より、そのつもりだ」 

 

 俺は、持ってきていたリュックから、真っ黒な表紙のノートを取り出す。

 デザインに惚れ込み、中学の頃にまとめ買いしたのはいいものの、使い道もなく寝かせていたものだ。

 

「狭間くん……でも、やっぱり六花ちゃんが……」 

 

 鈴木は、一つ勘違いをしている。

 

「一体いつから──記憶喪失の原因がトラウマだと錯覚していた?」 

 

「……長太郎くん、その話、聞かせてもらってもいいかな」

 

 どうも六花は、その辺り、すぐに勘付いたようだった。

 

「……そんな大層な話でもない。そもそも六花の記憶喪失の原因がトラウマだって話は、鈴木の立てた仮説で、俺は俺で別の仮説を持ってきたってだけの話だ」

 

 医学的な方向からは、鈴木がこうやって調べてきてくれるだろうことは予想が付いていた。

 だから俺は、絶対に鈴木が調べないであろう方向から、調べることにしたのだ。

 

「俺は調べたのは、創作物における記憶喪失の解消例わかりやすく言えば──」

 

「──アニメの記憶喪失あるあるだ」

 

 ──記憶喪失、卓越した知力に身体能力、そして、俺たちを引き合わせた謎の第六感にスローモーション。

 事態はどう見たってフィクションじみていた。

 

 だから俺は、今回の件について、現実的に考えるべきではないと、そう判断したのだ。

 

 六花が記憶喪失であると知った、勉強会の帰り道。

 思い立った俺は、朝倉に電話を掛けた。

 一人ではその知識量に限界があるからだ。

 

「アニメでラノベでもなんでもいい。記憶が戻る記憶が戻るキッカケをできるだけ挙げてくれ」

 

 そんな突拍子もない問いかけを合図に、俺たちは違いに例を挙げていった。

 

 ──思い出の歌、人、物、場所。

 ──亡き母が、幼馴染が、あるいは仇、誰かの死に場所、本を読んで、写真、壁画、──前世。

 

 思いつくがままに挙げていく。

 そうしているうちに、段々とパターンのようなものが見えてくる。

 

 ──脳手術、頭を強打する、といった、一部の物理的なケースを除き、記憶を失う前に強く印象に残っていた物事に接触することがほとんどだった。

 

「──つまり、俺の案は鈴木とは真逆。多くの物事に触れて、記憶の取っ掛かりを探ることだ」

 

「ボクは長太郎君の案に賛成。……少しだけ自分のこと、分かってきたかも。ボク、ジッとしてるのは性に合わないや」

 

 そんな中、じっと、鈴木が俺を見つめていた。

 

「狭間君、確認します。……アニメだなんて、冗談で言っている訳では、ないんですよね」

 

 

「当たり前だ」

 

「……分かりました。その案でいきましょう」

 

「……いいのか?」

 

「はい、狭間くんのこと、信じてますから」

 

 ……ったく、そう言われちゃ、絶対に裏切れないな。

 当然、そんな気は毛頭ないが。

 

「それじゃあ改めて、だ。これからは、六花の色んな物を見聞きしてもらう。六花ほ、どんな些細なことでも、思い出したり、気になったりしたら言ってくれ」

 

「気になったことでもいいの?」

 

「ああ。なんなら、夢の内容だっていい」

 

 ふむふむと話を聞いていた鈴木がポンと手を打つ。

 

「なるほど。確かに、夢は、睡眠中に脳が記憶の整理の一環として見せているもの、なんて話もありますし、名案だと思います」

 

「夢……」

 

 六花が、思いを馳せるように目を閉じる。

 そして、瞼を開いた時には、はっとした表情を浮かべていた。

 ──どうやら、何かを思い出したらしかった。

 

「お城……」

 

 六花がゆっくりとつぶやいた。

 

「城……?」

 

「……よく、お城が出てくる夢をみるんだ。何もない真っ白な空間の真ん中に、おとぎ話に出てくるみたいな立派なお城が建ってて、そこに向かおうとする夢」

 

 そう言って六花は目を伏せた。

 

「でもね、ボクがそのお城に近づくと、気づいた時には元の場所に戻ってる。そんな夢」 

 

「お城には、辿り着けないんですか?」

 

 鈴木は、両手を胸元でぎゅっと握りしめながら尋ねた。 

 

「うん。それで……ボクは、時々たまらなく寂しくなって、そんな気持ちのまま起きるんだ。……これってやっぱり、何か大切なことなのかな」

 

 夢というものは、本人の深層心理が色濃く現れるものだ。

 だとすれば、その城も、何かの暗喩なのだろうか。

 

 例えばそう──何か、大切なものがそこにある、とか。

 ……いや、今こうして考えすぎてはドツボにハマるだけ。ここは一度、シンプルに、実際に建造物として存在する城だと考えることにしよう。

 

「ひょっとして、六花ちゃん、どこかの国のお姫さまだったりするんでしょうか……? 可能性があるとすれば、六花さんは、どこかの国のハーフで、その隠し子で……いえ、流石にありえませんね」

 

 ……俺に言わせれば、それが絶対にありえない、とは言い切れないのが六花の恐ろしいところだ。 

 

 すると、鈴木が何かを思い至ったようだった。

 

「そうです! 実はお母さん、旅行が趣味で、家に色んな国の旅行ガイドがあるんです。大きいお城なら観光名所になっていると思うので、なにか思い出すきっかけになるかもしれません……!」

 

「……となると、俺は性懲りもせず、アニメに出てくるような城をピックアップしておくか……いや、城となるとアニメよりは、ゲームの方は有名どころが多いか……?」

  

 ともあれ、ひとまずの方針は決まった。あとは、行動あるのみだ。

 

 ◇

 

 

 翌日の昼休み、六花と二人で、俺の作ったノートを見ながら、鈴木の到着を待っていた。

 

「このノートも結局、二、三ページしか使わなかったな。でもまあ、次の方針が決まったんだ、それで良しとするか」 

 

「だね、ありがとう長太郎くん」 

 

 すると六花が、すんすんと鼻を鳴らした。

 

「長太郎くん、このノートなんか香ばしい匂いがする……?」

 

「気付いたか……実はこのノート、どういうわけかコーヒーの匂い付きなんだよな。中学の時、この真っ黒な表紙に見惚れて結構な数まとめて買ったんだが、この匂いがどうも落ち着かなくてな、結局未だにほとんど使ってない」

 

「あはは、変なのー」

 

「お待たせしました!」 

 

 するとようやく鈴木がやってきて、トートバッグいっぱいの観光ガイドをドスンと机に置いた。

 

「はぁー……重かったです」

 

「悪いな、手間かけさせて」

 

 

「いえいえ、これも六花ちゃんのためですから」

 

「美咲ちゃん!」

 

 歓喜のあまりか、六花が鈴木に抱きついた。

 一生やってろ。……むしろやっててくれ。

 

 鈴木の持ってきたガイドを何冊かパラパラとめくって見る。西洋中心に、一応、東洋のものも混じっているようだ。

 

 そこからは、鈴木と共にパンフレットを眺めつつ、城らしいものがあれば六花に見せていく作業に勤しんだ。

 

「六花さん、これなんかどうですか、ヴェルサイユ宮殿!」

 

「わっ! すごいね……!」

 

「どうですか! 何か思い出しましたか……⁉︎」

 

「うーん、ごめん、特に何も、かな」

 

 まあ、そうだよな。

 ……というか、冷静に考えたら世界遺産の写真をみて何か思い出すようなことがあるとしたら、それはとんでもない事態なのでは……?

 

 当然、都合よく目ぼしい結果が得られるはずもなく、気づけばまだ見ていないパンフレットもあと僅かとなっていた。

 

 そんな中、今までとは毛色の異なるパンフレットが混じっていることに気づく。

 その表紙には、色とりどりのアトラクションを背景に、マレーシアバクがモチーフの着ぐるみキャラクターの写真どでかく掲載されていた。

 

「ドリミーリゾートのじゃねぇか……」

 

 ドリミーリゾート──ドリミーランドとドリミーシーの二つのから成るそれは、言わずと知れた千葉県浦高市にある有名テーマパークだ。

 その「夢」を連想させる名前の通り、看板キャラクターはバクのカップル。男の子「バックン」と、女の子の「バミー」ちゃんだ。

 よくよく考えると、バクは夢を与えるより食べる側な気もするが、そこを気にするのは野暮だろう。

 

「はい、ドリミーですが……それがどうしましたか……?」

 

 鈴木が、俺がまるでおかしなことでも言ったかのように首を傾げる。

 

「いや、どう考えてもこれだけジャンルが──」

 

 ジャンルが違うだろうが、と言おうとすると、ドリミーのパンフレットに気づいたら六花が割って入ってきた。

 

「わ! お城だ!」

 

「はい! ドリミー城です!」

 

 そういえば、ドリミーランドの敷地の中心には、大きな城があったのだった。

 海外にばかり目を向けていたが、確かに城である。

 

 六花を見ると、目を輝かせながらパンフレットに見入っている六花の姿があった。

 

「気になるのか?」

 

「うん…………その……なんていうか……」

 

 ひょっとして、何か思い出したのだろうか。

 

「すっごく楽しそう……!」

 

「……ならなによりだ」

  

 ……とんだ肩透かしを喰らった気分だ。

 異様に目を輝かせていた時点で、薄々そんな気はしていたが。

 

「じゃあ行きましょう六花ちゃん!」

 

 鈴木が立ち上がり、かつてないほどの推しの強さで言う。

 

「実咲ちゃん、行くって……」 

 

「もちろんドリミーランドです! もうすぐテストなので、いくとしたらテスト明けですかね……」

 

 鈴木が顎に手を当て考え始めてしまった。

 いくらなんでも段階をすっ飛ばすのが早すぎるんじゃないのか。 そう思った矢先、ふと思い至る。

 ──考えてみれば、日本に住んでいて尤も身近かつ有名な城といえば、このドリミー城だ。当てずっぽうで海外を当たるよりは、よほど六花の記憶に引っかかる可能性は高いだろう。

 てっきりドリミー行きたさに言い出したのかと思ったが、ここまで考えていたとは。どうやら俺は、鈴木を侮っていたらしい。

 そう思って鈴木の方をちらりと見る。

 

「とすると四日か五日でしょうか……はぁ〜、みんなと行くドリミー、楽しみですぅ……!」

 

 ……訂正。やはりこの女子、天然である。

  

 そんな俺の気も知らず、鈴木はスケジュール帳と睨めっこを続けていた。

 

「あっ」

 

 そんな中、小さく声をこぼしたのは六花だった。

 

「どうした?」

 

「その、全然大したことじゃないんだけどね、六月五日、ボクの誕生日だ」

 

 六花が取り出した学生証を見ると、確かに、六月五日生まれと記載されていた。

 だが、それよりも妙に気になったことがあった。

 

「なあ六花、その学生証、ふりがなの部分が『かざがみ りっか』じゃなくて、『かさかみ りつか』になってないか?」

 

「ああうん、そうなんだよね。実は、自分の名前だけは覚えてたんだよね。だから学生証の振り仮名を見た時も「珍しい苗字だから間違えられたのかな?」って思ったよ」

 

「記憶喪失なんて、まず自分の名前がわからないイメージがあるが、こう言うパターンもあるもんなのか」

 

「もしも誕生日まで間違っていたらどうしましょう!」

 

「大丈夫だよ美咲ちゃん、例えそうだったとしてもボクはこの日を自分の誕生日にするから。だから、ドリミーに行くのは六月五日にしよう?」

 

「わかりました! そうしましょう!」

 

 鈴木は手帳をぱたんと小気味よくとじるよ、迷わず言った。

 

「でも、全然別に日で大丈夫だよ? ほらボク、記憶ないからこの日が誕生日だって自覚もあんまりないし」

 

「だったら尚更です! 一緒にお祝いしたら何か思い出すかもしれません!」

 

 いつになく力強く話す鈴木に、六花も半ば押され気味になっていた。

 

「え、えと、長太郎くんは……」

 

 何度か行ったことがあるが、正直、ドリミーは好きではない。

 碌に身動きすらとれない人混みに、数時間単位の長蛇の列。そして羽目を外して浮かれまくるカップルやリア充グループ。まるで地獄の責苦だ。

 

 だが、それでも、いつになくはしゃいでいる鈴木と、既にワクワクを隠し切れていない六花を見れば、そんな面倒も頭から吹き飛んでしまった。

 もうそこに、行かないと言う選択肢はなかった。

 

「ああ、行こうぜ、ドリミー」

 

 ◇

 

 テストを無事に終えた週の日曜日の朝。

 鈴木と六花とともに俺は電車に揺られていた。

 テスト返却こそまだなものの、手応えとしては上々。これも、六花の教えのおかげだろう。

 

 仲睦まじく、今日のスケジュールを話し合っている二人を眺めているうちに、現実離れした光景が目に入ってくる。

 

 様々なアトラクションに、今日の目的地であるドリミー城。ドリミーシーの方を見ると、中世を思わせる街並みに、火山や遺跡など、現実離れした光景が電車の窓から飛び込んできた。

 

「六花ちゃん見えてきました! ドリミー! ドリミーですよー!」

 

「わあ、すごいね! ボクたち、今からあそこにいくのかー」

 

 この分じゃ、六花の記憶を思い出すという当初の目的は二の次になってそうだな。

 

 まあ、記憶なんてのは、何が切っ掛けで思い出すか分からない。案外、六花が面白そうだと思って突き進んだ方向にこそ、答えがあったりする可能性もある。今は流れに身を任せることにしよう。

 

 電車を降り、いよいよドリミーの開園待機列に並んでいると、六花に声を掛けられる。

 

「ねえ長太郎くん」

 

「ん? どうした」

 

 見ると六花は、服を見せびらかすかのように両手を広げていた。

 今日の六花の服装は、淡いブラウンのオーバーサイズのTシャツを身につけていた。袖も長く、いわゆる萌え袖になっているのが可愛らしい。

 そして、つい見てしまうのが足回り。

 デニムのショートパンツを身につけているのだが、これが、丈の長いTシャツと組み合わされることで、時折、まるで下に何も履いてないように見えるというチラリズムを生み出していた。

 

「長太郎くん、今何かえっちなこと考えてたでしょ」

 

「いや? 全くもってそんなことないが?」

 

 我ながら、苦しすぎる言い訳である。

 

「ふふ、そういうことにしといてあげようかな。あ、そうだ」

 

 すると、あらかじめ身につけていたのだろう。六花がTシャツの中から見覚えのある三日月のネックレスを取り出した。

 

「じゃん、付けてきちゃいました」

 

 自分で選んでおいてなんだが、やはり、六花にこのネックレスはよく似合っているように思った。

 そしてなにより、自分が相手に贈ったものを大切にされるというのは、案外嬉しいものだな、と思った。

 

「その……なんだ、ありがとう、な」

 

「えへへ……どういたしまして」

 

 俺は、何だか妙に照れ臭くて、つい話題を逸らしてしまう。

 

「六花、それ取ってきても良かったんだぞ。相当重いだろうし」

 

 そう言って俺は、六花の胸のあたりを指さした。

 

 そう。あの勉強会の日、六花は胸のサイズを大きく盛っていたという事実が明らかとなった。それはつまり、もはや俺と鈴木の前ではそんな取り繕いをする必要はない、ということでもあるのだが──六花は以前と同じ、Gカップほどのサイズ。言うなればパッドオンフォームの状態だった。

 

「あー……なんていうかさ、今更外すのも、恥ずかしくて」

 

 俺は胸を盛ったことが無いので六花の気持ちは分かりかねるが、そういうものなのだろうか。

 

「まあまあ、ボクのことはいいからさ、美咲ちゃんも見てあげてよ!」

 

 そうして六花は鈴木の後ろに回り込りこんでホールドすると、こちらに差し出すように押し出してきた。

 

 いったい何が始まるんだろうか。

 

「ねえ長太郎くん。今日の実咲ちゃんを見てどう思う? かわいいでしょー?」

 

「りっ、六花ちゃん……⁉︎」

 

「ん? ……ああ、かわいいと思うぞ……?」

 

「狭間くん⁉︎」

 

 鈴木の服装は、白いふんわりとしたブラウスの上に紺色の薄手のカーディガン。そして下半身には涼しげな水色のスカートという装いだ。

 そのあざとすぎるほどに清楚感溢れる出立ちは、ひょっとすれば、街中では少しばかり浮いてしまうのかもしれないと思ったが、眼前に広がるドリミーの敷地をこの姿で歩く鈴木を想像すると、まるでドリミーの住人かと思うほどによく似合っていた。

 

「長太郎くん。実は昨日の夜、実咲ちゃんから『明日の服これで大丈夫ですかね⁉︎』ってLINEがあったんだ〜。ねえ、なんでだと思う?」

 

「何でと言われてもなあ。単に客観的な意見が欲しかったんじゃないのか?」

 

「うーん、はずれ」

 

「違うのか」

 

 じゃあ当たりは一体なんなのか、と尋ねようとすると、鈴木が割り込んでくる。

 

「り、六花ちゃん! それは言わないでって約束してくれたじゃないですか!」

 

「ふふ、そうだったけ?」

 

「そうですよー!」

 

 六花の反応がご不満だったのか、鈴木がむっとした表情を浮かべていた。

 その後も、きゃっきゃうふふと、二人だけの共通の話題が展開されていく。こうなってはもう、俺は蚊帳の外である。

 

 いよいよドリミーに入場し、広場に抜けると、バッくんの銅像が俺たちを出迎える。

 

「せっかくですし、みんなで写真取りませんか?」

 

 鈴木が既にスマホのカメラを起動しながら提案してくる。

  

「いいね、撮ろうよ長太郎くん!」

 

 そう言って、二人はきゃっきゃと銅像の前に走っていってしまう。

 ……写真写りの悪さには自信があるため、こういうのは苦手なのだが……。なんて思いながら結局、二人に渋々ついていく。

 

「撮り方とかわからんから、二人とも任せた」

  

 丸投げすると、「ここは私に任せてください!」と鈴木。

 

「ローアングルから撮るか、人にとってもらうかなんですけど……あ、ちょっとまってください」

 

 鈴木は、徐にその場を離れたかと思うと、近くにいたスタッフ──ドリミーのおいてはキャストと呼ぶんだったか?──に声を掛けていた。

 ……なるほど、確かにスタッフに撮ってもらうのが、一番シンプルでわかりやすい方法だったな。

 

「それではいきますよー、はいチーズ!」       

  

 キャストの掛け声で撮影された写真には、両手でピースをつくり、満面の笑みを浮かべる鈴木に、半端な片手ピースの俺と、いつだか見た、後ろに手を組み、少し前屈みになった六花が映っていた。

 ……たまにはこういうのも悪くないな。 

 

 取り終えてすぐに、六花がスマホを見せつけてきた。

 その画面には、さきほど撮ったばかりの画像が、早速壁紙に設定されていた。

 

「じゃーん、いいでしょ」

 

「わ! いいですね! 私も壁紙にします!」

 

「じゃあ、あとは長太郎くんか」

 

「俺は変えんぞ……」

 

 愛しのトウカイテイオーから画像を変えてなるものか……。

 

「か、変えてくれないんですか……」

 

 じっと、鈴木が上目遣いで見つめてくる。それは反則技だろう。  

「……わかった、変えればいいんだろ、変えれば」

 

 そうして俺も、結局壁紙画像を変えることとなったのだった。

 ……さらばテイオー……。

 

「鈴木、俺も壁紙変えてやったぞ」

 

「……」

 

 声を掛けるも、鈴木はじっとスマホを見るばかりで、返答はない。

 

「実咲ちゃん、今アトラクションの予約してくれてるんだって」     

 そういえば、人気のアトラクションはあまりに長時間の列になるので、何年か前に、完全予約制になったのだったか。

 

「あ! ウォーターフォールマウンテンの予約とれました! それじゃあ時間まで待ち時間短めのアトラクション回っていきましょう!」 

 

 鈴木は『予約完了』と表示された画面をこちらに一瞬向けると、ずんずんとパークの奥の方へと進んで行ってしまう。

 

 俺は、前々から薄々勘付いていたことを聞く事にした。

 

「なあ鈴木、お前ひょっとして、ドリミー詳しい……?」  

    

「いえいえ、私なんてまだまだ素人同然です。インパの頻度だって、ワンシーズンに一回くらいですし……あ、あそこ、限定味のチュロス売ってるカートです!」

 

 インパ。おそらく入園の事なのだろうが……。

 自分の知識量への謙遜。謎の専門用語。最新の情報の確保。

 どこからどう見ても、鈴木はドリミーオタクだった。

 

 そこからは、六花の要望を鈴木のドリミーデータベースに読み込んだ末に導き出された最適なルートに従って、パークを回った。

   

 海賊のいる時代にタイムスリップしたり、鉱山で落石に押しつぶされそうになったり、丸太に乗って滝から真っ逆さまに落ちたり、九九九体の幽霊がいる館を散策させられたりと、まあとにかく命の危機の連続だったわけだ。

 もしこれが現実で起きたことだとしたら、最低三回は死んでいる上、幽霊まで連れ帰っていたことだろう。

 

 パークを一巡するように周り、辺りも暗くなり始めた現在。

 俺たちは、今回の当初の目的である、ドリミー城へと向かっている最中だった。

 

「実咲ちゃん、あれは? お土産屋さん?」

  

 道中。六花が木組みの小さな小屋のような建物を指さした。

  

「あそこに目をつけるとは、さすが六花ちゃん! あそこはなんと、パーク内唯一のぬいぐるみ専門店なんです!」 

   

 店内を覗き込むと、確かに鈴木の言う通り、店内にはさまざまなドリミーキャラクターのぬいぐるみが、所狭しと並べられていた。    

「わ! かわいい!」

 

 店内に駆け込んだ六花が真っ先に手に取ったのは、双子の白猫のキャラクター、メイとクーンのぬいぐるみだった。

 双子だけあって、非常にそっくりな見た目をしているが、見分け方は案外単純で、耳が立っているか、垂れているか。そして瞳の色が、黄色か青かだ。

 ……ちなみに、どっちがどっちだったかは忘れた。

 

「鈴木、どっちがメイでどっちがクーンだ?」

 

 手のひらサイズのぬいぐるみが並んだコーナーを物色している鈴木に鈴木に尋ねると「耳が立っていて、黄色い瞳なのがメイ、耳が垂れていて、青い瞳なのがクーンです!」と、一瞬の考える間もなく返答があった。

 

 ……流石オタク。

 

「狭間くん、ちょっといいですか?」

 

 ふと、鈴木に耳打ちをされる。

 

「六花ちゃんに、一緒にこれ、プレゼントしませんか?」   

 

 差し出してきた鈴木の手のひらには、メイとクーンのぬいぐるみキーホルダーが握られていた。

 よくみれば二匹は、「Happy Birthday」と書かれたボード手に持っている。

 どうやら、誕生日仕様のものらしい。

 なるほど。今日が誕生日の六花に贈るのに、これほど適したプレゼントは他にないだろう。

 

「……よし、買うか」 

 

「……はい!」

 

 

 店を出た六花は名残惜しそうな表情をしていた。

 

「結局、メイとクーンのぬいぐるみは買わなかったのか?」

 

「うん、二匹一緒に買うと、どうしても結構な値段になっちゃうから」

 

 俺は鈴木に目配せをする。

 勘の鈍い鈴木でも、流石に意図を察してくれたようだ。

 

「じゃん! 六花ちゃん、私たちから誕生日プレゼントです!」

 

 驚いたのだろう。六花は目を丸くして戸惑いながら、鈴木から袋を受け取った。

 

「開けても、いい……?」 

 

「はい! もちろんです!」

 

 そうして六花は、二匹のぬいぐるみを取り出した。

 

「メイとクイーン……!」

 

「お誕生日おめでとうございます! ほら、狭間くんも」

 

「……ああ、おめっとさん」

 

 慣れない状況に、つい妙な言い方になる。

 エヴァ最終回か。

 

「二人とも……もう、誕生日なんか、自覚がないからいいって言ったのに」

 

 そう言いながら六花が笑う。六花の目尻に涙が溜まっているように見えたのは、きっと見間違いではないのだろう。

 

「じゃあ、さっそくつけちゃおうかな」

 

 六花はそう言うなり、ストラップを持ってきた肩掛けのポーチに取りつける。

 

「じゃあ、いよいよ行こっか、ドリミー城」

 

 ◇

 

「わあー、いつ見ても立派ですねー」

 

 鈴木の言う通り。近くで見るドリミー城は、思っていたよりも大きく、迫力があった。

 

「なあ結局、六花の夢にでてきた城の正体って、ドリミー城だったのか?」

 

 尋ねると、六花は首を傾げていた。

 

「うーん……。その辺りはぼんやりしてて、良く覚えてないんだよね。……でも、ガイドで見た他のお城よりは近いような……」

 

「まあ夢なんてそんなもんか」

 

「入ってみたら何か分かるかもしれませんよ? 早速行きましょう!」 

 

 鈴木の後を追って、城中に入る。

 このドリミー城、どうやらアトラクション扱いらしく。どんな内容なのか、全く検討もついていなかったのだが、中を見回すと、すぐにその方向性が分かった。

 

 アトラクションとは言うものの、乗り物に乗る類のアトラクションではなく、場内に点々と配置された仕掛けや絵画やらを眺める、言うなれば、博物館や美術館に近いアトラクションのようだった。

 

「このドリミー城は、ドリミースタジオの記念すべき第一作、『ドリミープリンセス』に登場する城なんです」

 

 展示を眺めながら歩いていると、すかさず鈴木からの解説が入る。

 

 ドリミープリンセス。日本語に直訳すると、『夢の姫』。

 

「ああ、『眠れる森の美女』が元ネタなのか」

 

 と言っても、俺は元になった眠れる森の美女の内容すら、あまり詳しくは知らないのだが。

 それでも、そのタイトルで、お姫様が眠っている壁画をみれば、そのくらいの予想はできるというものだ。

          

「あ、ちなみに、バックンが初登場したのもこの作品なんですよ?」

 

 バックン。言わずと知れた、バクの男の子で、ドリミーランドの顔役である。

 

「じゃあバミーちゃんは?」

 

 六花が鈴木に尋ねると、鈴木は嬉々として答える。

 

「バミーちゃんは、ドリーミングプリンセス公開から二年後、『バックンの夢冒険』という、バックンが主人公の単独作品で初登場となります」

 

 鈴木がここまで生き生きと話す姿は新鮮だ。

 本当にドリミーが……夢物語が好きなのだろう。

    

「何か、思い出すものはあったか?」

 

 再び六花に尋ねるも、静かに首を横にふった。

 

「ごめん、特になにも」

 

「そうか。ま、ドリミーには六花の手がかりはなかったって分かっただけでも収穫みたいなもんだ」

 

「そう、かな……」

 

「はい! そうですよ! だから、後の時間は純粋にドリミーを楽しみませんか? この後パレードもありますし」

 

「パレード?」

 

「はい! 『ドリーミングパレード』が五月からリニューアルしたんです! リニューアルしてから来るのは今日が初めてなので楽しみです!『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』!」

 

「……なんだって?」

 

 突如として羅列されたカタカナ語が、まるで呪文のようにしか聞こえなかった。

 

「はい、『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』です」 

    

「すごい名前だな……」   

 

「さ、早くいきましょう! よりよい場所取りのために!」 

 

 鈴木に引きずられるようにして城の外にでると、鈴木の言う通り、パレードの通り道の両側には、すでに見物客が集まりはじめていた。

 

 慣れた足取りでずんずんと人混みをかき分けていく鈴木。あまりの人混みに、俺と六花は引き離され、鈴木を見失ってしまった。

 

「あいつ、一切振り返る素振りなかったな……」

 

「それだけ楽しみだったってことだよ。ゆっくり追いかけよう?」

 

「それもそうだな……。一応、鈴木にLINEだけ送っておく」

 

 道の隅に避け、鈴木に席の場所を教えるようメッセージを送り、再び顔を上げた、その時だった。

 

「────智子……?」

 

 隣から、漏れ出たような呟きが聞こえてきた。

 声の主は、六花だった。

 

 その目線の先には、一人はピンク色。もう一人は水色という、アニメキャラのような髪色の女子高生二人組の姿があった。

 焦茶色のブレザーに赤いチェック柄のスカートという、あまり見かけない制服も印象的だ。

 

 そんな中、ちらりとピンク髪の女子が、こちらを見たような気がした。

 

「六花、智子って……?」

 

 六花が智子と呼んだ彼女は、制服から察するに、久城高校近くの学校のものではないだろう。

 つまり、彼女と六花の接点など、あるはずがない。

 

 そんな中で六花が名前を呼んだとするのなら、ひょっとしてそれは────。

 だが、待てども六花からの返事はない。

 見ると六花は自分の口元を押さえ、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「六花……? おい六花……!」 

 

 呼びかけると、ようやくこちらに気づいたようだった。

 

「六花……あの女子、知り合いなのか……?」

 

「…………わかんない……気づいたら、勝手に……っ‼︎」

 

 ──六花が、唐突に駆け出した。

 

 ──まるで、六花が智子と呼んだ彼女から、逃げ出すように。

 

「おいっ……!」

 

 呼びかけるも意味はなく。六花は人混みに紛れていき、雪のような白髪も、瞬く間に見えなくなってしまった。

 

 クソっ、これだから人混みは好きじゃないんだ。

 

 そんな時、後ろから声を掛けられる。

 

「あのー、なんや、大丈夫ですか?」 

 

 関西訛りの声に驚き振り向くと、そこにいたのは先の、智子と呼ばれたピンク髪の女子高生だった。

 

「君は……」 

 

「その、白髪の……彼女さん? がウチらのこと驚いた顔で見てたんが気になって。その、何かありました?」 

 

「いきなりですまんが、もしかして君、”智子”って名前だったりするか……?」 

 

 それを聞くと彼女は驚いた表情をした。

 

「はい、確かにウチの名前、智子です……。もしかして彼女さん、ウチのこと知ってました?」 

 

 まさか、本当に彼女が智子という名前だとは。

 ……間違いない。どんな形であれ、六花は彼女の事を知っていたんだ。

 

「……智子さん、白髪の彼女、風賀美六花って言うんだが、面識はあるか……?」

 

 ようやく見つけた六花の記憶への大きな手がかり。

 これを逃す訳にいくまいと、尋ねるが、返ってきたのは予想を裏切る答えだった。

 

「うーん、知らんですね。あれだけべっぴんさんなんや、一回でも会っとったら、絶対忘れへんと思いますけど」

 

「そう……か」

 

 そうなると、六花が一方的に彼女のことを知っているということか……? だとすれば、それは一体どういう……。

 思考の沼に陥りそうになるが、智子氏の一言で意識が引き戻される。

 

「あ、ひょっとしたら、TikTokで知ってくれてたんかもしれんです」

  

 確か、ダンスをはじめとするショート動画を扱う、高校生に人気のあるSNSだったはずだ。

 うちのクラス連中。とりわけ遊佐なんかが、よく話題にしていたのを覚えている。

 

「うちら……あっちにいる青髪の子、真央言うんですけど、一緒に撮った動画が何回かバズったことあるんです。それで覚えとってくれたんかな思って。ほら、うちら髪色も派手ですし」  

 

 そう言って見せてくれた動画は、流行らしい曲に合わせ、二人がキレのいいダンスをする動画だった。

  

 だが、六花はTikTokのアプリをインストールしていなかったはずだ。この動画を六花が知っていた可能性は限りなく低いだろう。

 それでも、六花にはこの動画を見せるべきだろう。

 

「合流したら彼女に確認しておくよ。悪いな、足止めさせちまって。その話し方、多分関西からわざわざ来たんだろ?」 

 

「はい、大阪から。……せやからもう今日をめっちゃ楽しみにしてたんです。半年くらい前から「絶対この日に来よう!」って!」

 

「……? 今日って何かあるのか?」

 

 半年前から日にちを決めるほどだ。きっとよほどの理由があるのだろう。

 

「ほら、ドリーミングパレードがリニューアルされたじゃないですか。せっかくやから、新しいのを見に来よう、ってことになってんです」

 

 ……俺にはよくわからないが、パレードには、余程の魅力があるようだった。

 

 そして彼女は「ちゃんと彼女さん探して仲直りしてくださいね!」と言い残し去っていく。

 妙な勘違いしやがって。……”まだ”、彼女ないっての。

 

「とにかく、追いかけないとな」

  

 智子氏と話していたために、結構な時間を喰ってしまった。

 六花の奴、そう遠くへは言っていないといいが。

 

 ……だが、そんな希望とは裏腹に、中々六花の姿は見当たらない。

 俺は、六花が行きそうな場所に見当をつけるべく、ポケットから、すでにくしゃくしゃになった地図を取り出し広げた。

 

 六花が向かった方角。その先にあるのは──そして俺の指は、園内唯一の出入り口を指していた。 

 

 息を切らしながら、やっとのことで入場ゲートの前にたどり着く。

 すると、予想通りゲートの外には六花の姿があった。

 だが、こちらに気付く様子はなく、柱によりかかって、ずっと何かを考えているようだった。  

  

 俺は、パークの外に出ると、六花に声を掛けた。

      

「大丈夫か……?」

 

 ようやく、六花と目が合った。

 

「うん……。ごめん、……ちょっとびっくりしちゃって」

  

「……智子氏のことか」  

  

「……うん。気づいたら、声に出てたから」 

   

 自分の中から、突然知らない名前が──記憶が飛び出してくる。

 そりゃあ戸惑うだろう。

 

「この動画、見覚えあるか?」

 

 俺は六花に、件のショート動画を見せる。

 

「これって……」

 

「あの後、智子氏と話す機会があってな。そこで教えてくれんたんだ」

 

「そっか……やっぱりあの子、智子ちゃんっていうんだ」

 

「ああ。大阪から来たって言ってた。……覚えてないのか」

 

「うん。名前以外は、何も」

 

 六花は無言で首を横に降った。

 

「……そうか」

 

「……ねえ、長太郎くん」  

 

 六花がぽつりとつぶやく

 

「智子ちゃんってさ、もしかしてボクが記憶喪失になる前は、友達……だったのかな……」

 

「……どうだかな」

 

 なにせ、智子氏は六花のことを知らなかった。その可能性は低いだろう。

 だが、「そんなことは絶対にない」と、言い切れない事実が、現状の混沌さを物語っていた。

   

 釈然としないまま俺たちは鈴木と合流し、何とかパレードを見ることができた。

 それから、土産屋に寄り、名残惜しむ鈴木を引きずるようにして、パークを後にした。

 

 そして、帰りの電車の中。俺は鈴木に、智子氏の件を話した。

 すると鈴木は、何かを考えるような素振りをした直後──

 

「おかしいです」

   

 と、話を一蹴した。

  

「いいですか、狭間くん、六花ちゃん。……『ドリーミングパレード』が『ドリーミングパレード・マジカルファンタジー・フェスティバル』にバージョンアップすることが発表されたのは、今年の”二月”なんですよ!」

 

「は?」

 

 想定とは全く異なる方向からの言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 てっきり、六花と智子氏が、ろくにお互いを覚えていないところへの意見だと思ったのだが……。

 

「すまん鈴木、説明してくれ」

  

「分かりました。……智子さんという方たち、リニューアルされたパレードが目当てで、来園日を今日にした、ということですよね」

 

「ああ、そう言ってたな」

 

「そして、その計画を立て始めたのが半年前、つまり”十二月”ってことですよね……やっぱりおかしいです」

 

「実咲ちゃん、おかしいって……?」 

 

 六花が尋ねると、鈴木はその意味をようやく答えた。

 

「十二月の時点では、パレードのリニューアルの情報は発表されていません。つまり、智子さんが言っていたという、”パレード目当てで今日を来園日にした”というのは、ありえないんです」

  

「……何かの拍子に他のパレードと混同してるって可能性はないのか?」

  

「それはありえません」

 

 またも、鈴木がぴしゃりと言い切る。

 

「この一年間で、恒常──つまり、限定ではない、年中通して見れるパレードのリニューアルがあったのはこの一件だけです。それに、直近の季節限定のパレードも既に終了していて、今は恒常のものだけになっています」

 

「……半年前から計画しておいて、季節限定を逃すようなことは流石にないだろうしな。確かに不自然だ」

 

 鈴木の話が正しいとするのなら、あの二人はどうして、今日、六月四日という、何の変哲もない土日を選んだのだろう。

 

 そんな時だった。

 ふと、六花のバッグにぶら下がった、二匹の猫が目に入る。

 

「誕生日……」

 

「長太郎くん?」

 

 ──六月四日。それは風賀美六花の誕生日。

 

 ──そして、俺たちが今日を来園日に選んだのも、六花の誕生日だからだった。

 

 俺は、自分の中で、一つの仮説が組み上がっていくのを感じた。

 

「もしかして──智子氏たちが、今日を来園日に選んだのは……六花の誕生日だからじゃないのか……?」

 

 想定外の発言だったのか、鈴木と六花も驚いた表情を浮かべていた。

 だが、鈴木がすぐに反論を述べる。どうやらすぐに不自然な点に気づいたようだった。

 

「で、でも、智子さんは六花ちゃんのこと、知らなかったじゃないですか」

 

「──知らないんじゃなくて、忘れているのだとしたら──どうだ?」

 

 ──そう。”覚えていない”というのは、”知らないことも同義だ。

 つまり、六花が知子氏のことを忘れているように、智子氏も、六花のことを忘れている状態なのではないか……? 俺はそう考えていた。

 

「六花ちゃんと智子さんは、過去面識があったものの、お互いのことを忘れてしまっている……ということでしょうか。

 

「ああ」

 

 ──なにせ、記憶を失っているのが六花だけだとは限らないのだ。

 

「でも、話を聞く限り、智子さんが記憶喪失とは思えませんが……」

 

「──多分、記憶の失い方に差があるんだ。記憶を失うと言っても、六花のようなケースもあれば、ごく一部の、特定の記憶だけが失われる可能性だってある」

 

 ──それを俺は、経験している。あの勉強会の日、六花に殴られるまで、俺は一度、六花に告白しようとしていたことを確かに忘れていたのだ。

 

 だとすれば、導き出される仮説は一つ。

 

 それは、閃きに対して苦手意識を持つ鈴木でも結論に至れるほど、単純なことだった。

 

「──ひょっとして、六花ちゃんは記憶を失う以前、大阪に住んでいたのでしょうか?」 

 

 ◇

 

 ドリミーの一件から三日。

 俺たち三人は相も変わらず、昼休みになると部室に集まり、六花の記憶復元のための作戦会議を行う日々を送っていた。

 現に、今も六花は部室で、頬杖をつきながら悩ましげにスマホを触っていた。

 

「うーん……」

 

「六花ちゃん、何か思い出せそうですか……?」 

 

 鈴木が尋ねるも、やはりその反応は芳しくない。

 

 現在六花が見ているのは地図アプリのストリートビュー。

 六花の記憶を取り戻す鍵が、智子氏の住む大阪にあるのではないかと睨んだ俺たちは、こうして実写で道を辿ってもらうことにしたのだ。

 

 現在は、智子氏の通う、黄嶋高校という私立高校の周囲を見てもっていた。

 SNS一つで通っている高校まで知ることができるのだから恐ろしい時代だ。 

 

 他にも、智子氏のSNSへの投稿は欠かさずにチェックしてもらったりもしているが、特にこれといった成果を得られていないのが現状だった。 

 

「二人と、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 そんな中、鈴木が控えめに手を挙げた。

 

「どうしたの実咲ちゃん、そんなに改まって」

 

「そ、その……六花ちゃんのことで私、ずっと考えていたんですけど……六花さんって、どうやって転校してきたんでしょうか」

 

「どうやって、というと……?」

 

 今の問いだけでは、俺は鈴木の意図を読み取ることができなかった。六花の現状について、不明な点があまりにも多すぎるからだ。

 

「ですから、転校の際の手続きです。転入してきたということは当然、『転入届』が受理された上でのことだと思います。久城高校は公立校で、いわゆる裏口入学のような方法は不可能なはずですから」

 

「「そうか……!(そっか!)」」

 

 俺と六花。鈴木の意図に気づくのは同時だった。

 

「もし六花の転入届が見つかれば、そこに書かれている個人情報から、六花の身元が特定できる可能性があるってことだな?」 

 

「はい。転入届には、ご実家の住所や、保護者の名前や電話番号が記載されているはずですから」

 

「でも転入届って、どこにあるんだろう」

 

 首を傾げる六花に、鈴木は歴史の問題を聞かれた時のような、ごく普通の様子で答えた。

 

「一般的に、職員室のロッカーに保管されていることが多いと聞いた事があります。ですので、六花さんが直接職員室を訪ねるのが良いと思います」

 

 ……どこで聞いたんだよそんな話。ともあれ、これで次なる一手は決まったわけだ。

 

 俺たちはすぐに部室を出ると、職員室のある一階へと向かって階段を降り始めた。

 

「……考えてみれば、結局書類を受け取れるのは六花さん本人だけでしょうから、私たちが着いてくる意味、あんまりありませんでしたね」

 

「そんなことないよ、二人がいてくれると、すごく心強いんだ」

 

「……それに、また何かが起こらないとも限らないからな」

 

 ──俺は、なんだか嫌な予感をひしひしと感じていた。

 そんな不確かなものを、アテにはならないと思いつつも、どう言うわけか、六花と出会ってから、俺の予感はもれなくよく当たるのだ。

 

 ──一階まで階段を降りきった、その時だった。

 

 また、ズキズキと頭が痛み始めた。意識を失うほどではないが、平気で立っていられるほどでもない。嫌な感覚だ。

 

「二人とも、大丈夫ですか……⁉︎」

 

 鈴木が心配そうにこちらを伺ってくる。

 ……鈴木は今、二人とも、と言ったか?

 

 隣を見ると、痛みを感じてか、顔を歪める六花の姿があった。

 

「長太郎くん、これって……」

 

「ああ、間違いない。例の頭痛だ」 

 

 俺は、しょっちゅうこの頭痛に苛まれてきたが、六花にも症状が現れるのは、俺の記憶が確かなら、俺と六花が出会った入学式が最後だ。

 それに、今まで頭痛と一緒に発動したスローモーション現象も起きない。

 

 ──明らかに、今までとは何かが違った。

 

 六花とちらりと目が合うと、六花は無言で頷いた。

 ──その目には、強い意思が宿っていた。どうやらここで引き返す気は微塵もないらしい。

 

「よし、行こう」

 

 そのまま、俺たちは廊下を進む。

 

 頭痛は、俺たちが一歩ずつ足を進める事に、強く、熾烈になっていき、次第に、めまいや吐き気も覚えるようになっていった。

 頭がガンガンして、思考がおぼつかない。段々と、自分が地に足をつけているという感覚すらなくなってきつつある。

 そして、それはどうちやら六花も同じらしかった。 

 

「長太郎くん……ごめん、ボクもう……ムリかも」

 

「六花ちゃん!」 

 

 六花が全身から力が抜けたようにして倒れ、それを鈴木が受け止める。

 

「鈴木、グッジョブだ」

 

 ──そして、その光景を見届けると、俺は意識を手放した。

 

 ◇

 

 目を覚ますと、目の前には真っ白な天井が広がっていた。

 

「知らない天井…………いや、保健室か」

  

 転入届を取りに行く道中での、倒れる直前までの事はしっかりと覚えている。どうやら、今回は記憶が飛ばずに済んだようだった。

 

「あら、ようやく起きたの」

 

 見ると、カーテンの外側から中村先生が顔を覗かせていた。

 

「俺、どのくらい寝てました?」

 

「一時間くらいかしら。風賀美さんも十分くらい前に起きて、鈴木さんと先に部室に行ってるみたいよ」

 

 その言葉を聞き終えると、俺はすぐに部室へと向かった。

 

 帰り際、「倒れるほどって……演劇部、案外ハードなのね」なんて声を掛けられたが、当然気絶した本当の理由など話せるはずもなく、俺は苦笑いだけすると、扉を閉めた。

 

 ◇

 

 部室に入ると、部活はとっくに始まっているはずにも関わらず、他の部員の姿はなく、鈴木と六花だけがいつもの席にぽつりと座っていた。

 

「狭間くん目が覚めたんですね! あ、そうです、二人が倒れたことを部長に伝えたところ、今日部活はお休みにするそうです」

 

「そうか、部長には迷惑かけることになっちまったな」

 

「ねえ長太郎くん」

 

 すると、ここまで口を閉ざしていた六花がこちらを向いた。その表情は心なしか、いつもより沈んでいるようだった。

 

「ボク、起きてすぐに、転入届を取りにいかなくちゃって思ったんだ。でもそしたら……」

 

「──また頭痛が起きた、だろ?」

 

 六花に続くように、答える。

 

「じゃあ、やっぱり長太郎くんも……」

 

 俺は無言で頷いた。

 目を覚まして部室に向かう間、俺は転入届のことを考えようとした。だが、その瞬間、頭が痛んだのだ。

 きっとこの調子では、再び職員室へと向かったとしても、また辿り着く前に意識を失ってしまうだろう。 

 

「今回の件で確信したことがある」

 

 俺は一度深呼吸し、息を整えてから続けた。

 

「──”何か”が、転入届を手に入れようとするのを阻止しようとしている」

 

 普通に生きていれば、まず使うことのないだろう言葉。

 その異様さを感じてか、二人が息を飲んだのが分かった。

 

「狭間くん……その”何か”って、なんですか……?」 

 

「わからない……。でも、目に見えない力が……俺たちをコントロールしようとする力が、何か働いているはずなんだ」

 

「えっと……、見えない力とは具体的にどう言うことでしょうか……、例えばそれは重力や磁力のような……」

 

「違うよ、実咲ちゃん」

  

 鈴木の言葉を遮ったのは、六花だった。

 

「長太郎くんが言おうとしているのは、きっとそういうことじゃないと思う」 

 

「六花ちゃん……」

 

「教えて、長太郎くん。どうしてキミが、その考えに至ったのか」 

 六花の問いかけに、俺はゆっくりと口を開いた。 

 

「──”何か見えない力が動いている。その考え自体は、俺が六花と初めて出会った時からあった。……なにせ、何かに引きよせられるような感覚から始まって、頭痛にスローモーション。妙なことが立て続けに起こったからな」

 

 そもそも俺は、現実でこんな妙なことが起こらないからこそ、演劇部に入ったのだ。

 だから、現実で妙なことが起きればそれは、よほどの以上事態のんだ。

 

「そこから、スポーツテストで六花が倒れた時にも都合良くスローモーションが起きて、それから、六花と買い物に出かけた時にも起こった」

 

「買い物と言うと……具体的にはどんな状況でスローモーションは起きたのでしょうか」

 

「──あの日の帰り、俺は六花に”とあること”を伝えようとした」

 

「告白をした」なんて直接的に言おうとすればまた頭痛が襲ってきたのだろうが、濁して伝えればやはり問題はないようだった。 

      

「だが、知っての通りそれは、俺が頭痛とともに気を失ったことで伝えられず失敗に終わった。おまけに、あの勉強会の日まで、俺はそのことを忘れていたんだからな──だが、この事を思い出した時、「見えない力が働いている」という考えはほぼ確信に変わった」

       

「確信……ですか?」

 

「ああ、あれはどう考えたって俺の行動を阻止するべく起きた頭痛だったからな。そして最後に、さっきの「転入届を取りに行こうとしたら頭痛が起きた」ケースだ。……これだけ揃えば、もう十分だろう」

 

「……狭間くんが、「見えない力」といった意味、ようやくわかりました。確かに頭痛やスローモーションの力で、狭間くんたちをコントロールしようとしているように感じます。──でも、もしそんなことが起きているとしたら、それは一体何のために……」 

 

「……それは、わからない」

 

 何せ、六花の裸を見てしまった、なんて何の変哲もない──とまではいかないが、日常のちょっとしたハプニングにだって頭痛は起きたのだ。法則性が全く掴めない。

 

 そんな返答に当然鈴木も首を傾げていた。だが、しばらく考え混んだ後、不意に「あれ?」と声を漏らした。

 

「どうかしたか?」

 

「……「見えない力」なんて非現実的なことが起きているなら、六花ちゃんが元々大阪に住んでた、という推測は間違っている──そう思ったんですけど、だとしたら、六花ちゃんが智子さんのことを覚えていたのはおかしいです……、一体どういうことなんでしょうか」

 

「……それもそうだな」

 

 やはり、六花と、智子氏をはじめとする大阪のあれこれについて、何らかの接点があることは間違いないだろう。

 

 ──「大阪の女子高生」

 ──「不可解な見えない力」

 

 一歩真実に近づいたかと思えば、その進歩を嘲笑うかのように新たな謎が行手を阻む。

 そんないたちごっこに俺は頭がどうにかなりそうだった。

 

 何だ? 一体何がこの二つを結びつけている……?

 考えろ……考えるんだ……。お前のその脳みそは、その記憶力は飾りか? そうじゃないならその記憶、隅から隅までくまなく探して見せろ、何か……きっと何かカラクリがあるはずだ……!

 

 俺は自分自身に言い聞かせるように記憶を遡っていった。

 

 ドリミー……違う、ここにはない。

 勉強会……違う、ここでもない。

 スポーツテスト……違う。

 転校初日……違う。

 

 ……ここまで辿っても、何も分からないのか……? いや、まだだ。まだ遡れる。

 

 ……だが、六花と出逢ったその日まで記憶を遡る前に、それを遮る声があった。

 

「もう、やめよう?」

 

 そう言ったのは、他ならぬ六花自身だった。 

 

「そ、そうですね。今日は色々ありましたし、一旦解散して、明日また──」 

 

 そんな鈴木の言葉を、六花は容易く否定した。

 

「──ううん、そうじゃないの。──もう、ボクの記憶を取り戻すってやつさ、これっきりにしようよ」

 

 一瞬、六花が言った言葉の意味が、分からなかった。

 

「……は? そりゃ一体……どういうことだ?」

 

「そうです! それじゃあ六花ちゃんの記憶が!」

 

「……もういい、ボクの記憶のことなんかもういいよ‼︎‼︎‼︎」

 

 六花は慟哭した。

 彼女がここまで感情的になるのは、初めてのことだった。

 

「……どうして、そう思った。……理由を、聞かせてくれ」

 

 慣れない緊迫感に、急速に口が乾いていくのを感じていた。  

 

「……さっき、保健室で目を覚まして、隣のベッドに未だに目を覚さない長太郎くんが倒れた時にね、なんだか急に怖くなったんだ。──もしも、このまま目を覚さなかったらどうしよう、って」

 

「そんな大袈裟な……」

 

「大袈裟なんかじゃないよ……」

 

 その嗚咽は、涙ぐみ、くぐもっていた。

 

「だって……だって長太郎くんは、ボクと出逢ってから何度も気を失って……記憶だって失ってたじゃないか!」

 

 ──反論が、できなかった。

 

 事実、回復したとはいえ……それに、ごく限定的ではあるが、俺は確かに一時記憶を失っていた。

 あの日、六花と出逢ったことに、後悔は全くない。けれど、六花と出逢っていなければ、俺は記憶を失うなんて経験をすることはなかったのだろう。

 

 そんな俺の心中を察したかのように、六花は続ける。

 

「今度は……今度は気絶じゃ済まないかもしれない! 今度は、全部の記憶が無くなっちゃうかもしれない! 今度は実咲ちゃんが被害を受けるかもしれない……! そう思うと、怖くてたまらないんだ」

 

「六花ちゃん……」

 

 六花が体を丸め込み静かに嗚咽を漏らし始め、鈴木が宥めるように抱きしめた。

 

「……記憶が無いって、とっても怖くて、とっても寂しいんだよ……。心のどこかにずっと自分の居場所はここじゃないって、どうしようもない違和感があるんだ……」

 

 それは、あの勉強会の夜でさえ六花が吐露しなかった、六花の本心。気丈に振る舞っていた、六花の弱音だった。

 

「ボクはもう、少しだけ慣れてきたけど、二人には絶対こんな思いはして欲しくない。……ボクのせいで二人が同じ思いをするようなことがあったら……ボクは……ボクは……‼︎」

 

 俺は、今になって、自分の浅はかさに嫌気さしていた。

 …………何が、六花の記憶を探す、だ。俺は結局、何もできて無いじゃないか。

 寧ろ引っ掻き回すだけ引っ掻き回して状況をぐちゃぐちゃにして、六花の不安を増やしたけじゃないか。

 

 ──もしも、もしも六花から記憶を奪った──誰かが、こんな状況に陥れた誰かがいるのだとしたら、そいつが神であろうと俺は、絶対に許さない。一発──いや、百発は殴ったところで気が済まないだろう。

 

「わかった──作戦会議は……少なくとも、当分は辞めにしよう。……いいな、鈴木」

 

「……はい」

 

──けれど、そんな碌でなしを探すよりも、今は目の前の女の子の気持ちを優先するべきだろう。

──何より、好きな女の子の悲しむ顔は、見たくない。

 

「……それに、もしかしたら時間が経てば思い出すかもしれないだろ? なあ鈴木」

 

「はい、そうですね」

 

 それから俺たちは、言葉通り、作戦会議を開くことはないまま、発表会は本番を迎えることとなった。

   

 ◇

 

 あれから俺たちは、言葉通り作戦会議を行うことはなかった。

 その分、演劇の練習に力を注いだので、準備は万端だ。

 

 今日は発表会最終日である二日目。その大トリを勤めるのが、我らが久城高校だ。

 もう十分も経たないうちに開幕となるだろう。

 

 俺はまだ閉じられた幕の内側で、各々着替えやセリフの最終確認をしているのを横目に、客席の方向に向かって設置された教室のセットの位置を確認していた。

 セットと言っても、置いてある物は椅子と机が四セットずつという、センプルな構成だが。

 

 それに、このチェックだって暇つぶしのような物だ。

 今回の発表会での俺の役割は脚本と演出。よって、本番当日の である今は、その役目をほとんど終えてしまっているのだ。

  

「狭間くん、お疲れ様です」 

  

 振り返ると、鈴木がこちらに歩いてきて席についた。鈴木もとい、灰咲レイラの初期配置だ。

 

 そして、その風貌もいつもの飾り気のない制服とは異なり、胸元のリボンは真紅、同じく真紅のスカートは、加えて白いラインのチェック柄が入っていて、派手な──まるでアニメのような制服に身を包んでいた。

 そして何より、シンデレラらしく、髪型こそ普段のセミロングのままだが、その色は透き通ったブロンドだった。

 当然、染めてもらったわけではなく、あくまでウィッグではあるのだが、そのキツすぎない色味はあくまで自然で、違和感がなかった。

 

「おう、お疲れ」

 

「いよいよ本番、なんですね」

 

 そう言う鈴木は、やはりと言うべきか、少しばかり肩をこわばらせているように見えた。

 

「緊張するか?」

 

「……はい」

 

「……そうか」

 

「…………でも、六花ちゃんとなら、大丈夫な気がするんです。……もちろん、王子様役が南部長だっていうのもあると思いますけど」

 

「ああ。今回は部活紹介の時みたいに、俺がアドリブでフォローしてやることはできないが、それも六花がなんとかしてくれるだろ」

 

 そういえばあの時、六花は俺に会うためだけに学校に来たのだったか。

 聞いた時は驚いたものだが、六花の境遇を知っている今は、彼女の気持ちがわかる。

 何もわからない、誰も知らない。そんな状況下の中できっと六花は、誰かと繋がりが欲しかったのだ。

 

「思えば、あれから随分遠くに来たような気がするな」

 

「はい…………本当に、これでよかったんでしょうか」

 

「六花の……記憶のことか」

 

 鈴木は静かに頷いた。

 

「少なくとも、あの時はああするしかなかったさ」

 

「そう、ですよね……」

 

「あとは鈴木の言う通り、時間が過ぎて、自然に思い出してくれるのを待つしかないだろう」

 

 すると鈴木は、一呼吸おいて話始めた。

 

「……私は、それでは駄目だと思っています」

 

「……どういうことだ」

 

「──私が調べられたのは、あくまで一般的な記憶障害についてだけです。でも、今の六花さんには何かその──”見えない力”が働いてるんですよね。……当然、私が調べた中にそんなケースはありませんでした。だからその──」

 

 ──だから、六花の記憶は、単なる時間の経過では戻らないかもしれない。そういうことなのだろう。

 

「確かに、今の六花の状況は、一般的じゃないな」

 

「はい。……もう、神様に祈るしかないんでしょうか」

 

「……どうだかな。寧ろ、こんな事態を引き起こした張本人こそ、神様って線もあり得そうだ」

 

 ……だとしたら、あまりにも笑えない。

 

「神様が頼れないとしたら……頼るべきは名探偵とかでしょうか、それこそシャーロック・ホームズみたいな」

 

「偽物のホームズで悪かったな」

 

「いっ、いえ、すみません。狭間くんを非難するつもりでは……」

 

「分かってるよ。 ……そろそろ開演だろ? 俺はさっさと客席に引っ込んでるよ」

 

「狭間くん……、私、頑張りますから、見ていてください!」 

 

「ああ、任せとけ」

 

 舞台裏を通り客席へと回る最中、六花とすれ違う。

 衣装に着替えたばかりの六花は、髪色はそのままに、大きな三日月のヘアピンを付け鈴木と同じ真紅の制服に身を包んでいた。

 白髪に碧眼に加え衣装も合わさったことで、異様にクオリティの高いコスプレのようである。

 

「長太郎くん、行ってくるね」

 

「ああ、頑張れよ」 

 

「……それとね、終わった後、少し時間をくれないかな。キミに、話したいことがあるんだ」

 

「……わかった」

 

 その話とやらが、六花の記憶に纏わる物なのか。はたまた別の何かなのかは分からない。けれど、俺たちを取り巻く関係が今日大きく変わる。そんな予感だけを、ただひしひしと感じていた。

 

 ◇

 

 ──オウジさん、明日のプロムナード、どうか私と、踊ってくださいませんか?

 

 ──オウジくん、明日のプロム、ボクと、踊らない?

 

 気づけば舞台も終盤。三年生の四月から始まった物語も時が流れ、二人のお姫様が各々オウジを呼び出し、高校最後のイベントであるプロムナード──舞踏会の相手に誘うシーンまで進んでいた。

 

 どちらのお姫様が選ばれるのか。気が気でないと言うように落ち着かないようすの観客の姿が、俺の座る、最後部の音響席の隣からでも良く見えた。

 

 きっと彼女らにはこの物語は、レイラとカグヤ。二人の悩める女の子の話として写っていることだろう。だが、俺はどうしても彼、部長演じるオウジに感情移入して見てしまうのだ。

 

 そして迎えたプロムナード当日、二人は制服から一点。御伽噺モチーフらしい、煌びやかなドレスに身を包んでいた。

 

 鈴木演じるレイラはシンデレラらしく、水色を基調とし、肩周りやスカート部分が大きく膨らんだ王道のデザイン。 

 六花演じるカグヤは、二尺ほどの袖に、スカートタイプの袴といった服装に、朱色に、色味の落ち着いた黄色や緑色──山吹色や若竹色なんかが近いだろうか──を加えた色。

 

 片や洋風、片や和風。片やそのひたむきな努力と健気さで見る物を味方につけ、片やその圧倒てきな美貌と、その思わせぶりな言動で見る物を虜にする。どこまでも、正反対な二人のプリンセスである。

  

 そして現れる、漆黒のタキシードに身を包んだ南部長。髪型こそ、ポニーテールのままだが、その切れ長の目やすらりとしたスタイルは、まさに王子。二人の相手役に相応しかった。

 はじめて衣装に身を包んだ部長を見た時、俺は間違いなかったと確信したものだ。 

 ……正直、俺にだって王子としてあの場に立ちたかった気持ちがないわけではない。

 けれど、やっぱり俺はあの場に立つには相応しくない。

 ……まったく、部長には叶わないな。

  

 ──さあ、物語最高潮(クライマックス)。このまま見届けさせてもらおうじゃないか。

     

 ◇

 

 舞台はその後も無事に進行し幕を閉じた。

 俺たちは慌ただしく撤収作業を終え、久城高校の公演を最後に発表会は無事閉会、俺たちも解散となった。

 そして、その帰り際のことだ。

 

「長太郎くん、少しいいかな。そんなに時間は取らないから」

 

「……ああ、なんだよ話って」

 

「……あれから考えてたんだ、ボクはこれからどうすればいんだろうって」

 

「どうすればっつーと……」

 

「ほら、記憶探しはもうやめたでしょ。だから、これからどうしようかなって。とはいっても、引っ越しとか転校はしないけどね。というか、身分不詳の高校生じゃ、そもそもできないってのが本当のところだけど」

 

 あはは、と六花は笑ってみせた。

 

「……ああ、そうだな。……記憶探し、再開したかったらいつでも言ってくれていいんだぞ」

 

「ありがとう。……でも、当分はいいかな。長太郎くんはやっぱり優しいよ」

 

「……んなことはない」

 

「なら、今はそういうことにしとこうかな。……正直、思い出せるものなら思い出したい。──でもね、もうそれと同じくらい……ううん、自分のことを差し置いてでも、ボクは二人のことを大切にしたいって思ってる」

 

「……六花」

 

「もちろん、部員やクラスのみんなも大切だけど……やっぱりボクにとって二人は特別なんだなって思うよ」

 

 自分が、誰かにとっての特別。

 生まれてこの方、意識した事のない感情ではあったが、不思議と、悪い気分ではなかった。

 

「それで──長太郎くん、本題なんだけどね」

 

「……ああ、何やらわからんが、何でもばっちこいだ」

 

「ふふ、わかった。遠回しに言っても長太郎くんは気づいてくれなさそうだから、単刀直入に言うね」

 

 六花はそう前置きすると、大きく深呼吸をした。何やら、珍しく緊張しているようだった。

 

 

 

「────長太郎くん、好きだよ、愛してる」

 

 

 

「────だから、ボクと付き合ってください」

 

 

 

 ──空いた口が塞がらない。思考が追いつかなくて、一瞬すべての記憶を失ったかと思ったほどだ。

 

 ……六花から告白をされる。そんな妄想をしてこなかったかと言えば嘘になる。

 

 けれど、妄想は妄想だ。自分が異性から告白される可能性など、ゼロに等しい。そう思って生きてきた。 

  

 だからこそ俺は、自分から告白だってしようとしたのだ。

 

 けれどまさか、俺が女子から──それも、こんな美少女から告白されるなんて日が来るとは。

 

「はは、心底驚いたって顔してるね」

 

「あ……いや……」 

 

 しどろもどろになっていると、六花がこちらに向かって人差し指を立ててきた。

 

「一晩、一晩だけ長太郎くんには返事を考えて欲しい。それ以上短くても長くてもやだよ」

 

 どうしてまたそんな厳密な設定を……という疑問はお見通しだったらしい。

 

「一晩置いて欲しい理由は、キミに冷静な判断をして欲しいから。勢いに任せてOKを貰っても、ボクは嬉しくない……わけじゃないけど、ちょっと卑怯だと思うから」

 

「……猶予が一晩だけの理由は……?」

 

 尋ねると六花は少し遠慮がちな態度で、そして頬を林檎のように真っ赤に実らせて言った。

 

「ボクが、早く返事が聞きたいから……。だって、そんなに待たされたら気が気じゃなくてどうにかなっちゃうよ!」

 

 ……なんだそりゃ、いくらなんでも可愛すぎるだろうが

 

 もう、その言葉だけで、返事は決まったようなものだったが、六花が一晩と言ったのだ。俺はそれに従おう。

 

「じゃあ、明日の朝、屋上で待ってるから」 

 

 六花はそれだけ言うと立ち去る素振りを見せたが、再びこちらに振り返った。

 

「それとボク、きっと重い女の子だから、ちゃんと考えてよね、浮気とか、絶対許さないから」

 

「わかってるよ」 

 

 そもそも、六花ほどの相手が彼女だったら、他の女子に目移りすることはないだろう。杞憂である。

 

「勉強会の時、実咲ちゃんと三人で付き合うって言ったけど、やっぱりあれもなし! 実咲ちゃんでもダメだからね」

 

「分かってるよ」 

 

 ……というか、あの場限りの冗談じゃなかったのかよ。

 ◇

 

 六花の告白に呆然としながら、電車に揺られる帰路。

 朝倉から一件のLINEが届いていた。

 

『今日の劇、中々良かったんじゃないか、風賀美はもちろんだが、鈴木のポテンシャルの高さには驚いた』

  

 ……批評家か貴様は。

 

 普段滅多に演劇部の公演にはこない朝倉だが、今回、舞台に立つ六花を見てみたいという理由から、ちゃっかり観に来ていたのだった。

 〈ああ、我ながらいい配役になったと思う〉とメッセージを送ると、返信はすぐに帰ってきた。

 

 〈そういやこの前、記憶を思い出すパターンを延々挙げさせられたけどよ…、そんな内容、激に一ミリも出てこなかったじゃねーか〉

  

 朝倉の言うことは尤もだ。

 なにせあれは俺が、六花の状況を知らせずに知恵だけ借りるための、その場ででっちあげたその場凌ぎの嘘だからな。

 まさか朝倉が、わざわざ重い腰を運んでまで観に来るとは思っていなかったので、完全に想定外の事態だった。

 

 どう言い訳しようかと考えているうちに、追加でメッセージが送られてくる。

 そのメッセージを見るなり、俺は目を見開いた。

 

 〈さては、本当に記憶喪失なのは、風賀美だな?〉 

  

 そう言えば本番前に鈴木と、名探偵がいれば現状を打破してくれるのではないか、とそんな会話をしたが──この朝倉という男は、俺の知る中で、最も名探偵らしい男なのだった。

 

 俺は、すぐさま通話ボタンを押した。

 そんな行動すら予想していたのか、通話はすぐに繋がった。

 

『どうして分かった』 

     

『やっぱりな、すぐに掛けてくるだろうと思ったぜ……その反応を見るに、読みは当たってたらしいな、マジで何モンなんだあの女は』     

 その声色は、呆れ半分と、読みが当たったのが嬉しかったのか、愉快半分といった様子だった。  

 

『……で、どうして風賀美の記憶喪失が分かったか──つったな』

 

『ああ、ここんとこお前には、風賀美関連の話は碌にしてなかった筈だ』

 

『……寧ろ、話が聞こえてこないからこそ、何か裏でコソコソやってるんだろう、なんて俺は思ってたがな。ま、一番でかくて分かりやすい理由は──お前も察してるだろうが、例の”思い出すパターン”が台本に全く反映されてなかった件だ。人に散々脳みそ使わせておいてこの始末じゃ、そりゃあ気にもなる。なにより、あの時のお前の声色は、たかが台本にしちゃあ、切羽詰まりすぎてた』

 

 ”たかが台本”、そんな言い回しに少しカチンときたが、あくまで言葉の綾だと自分に言い聞かせる。それだけ聞き迫った声色をしていたということなのだろう。

 

『あとはまあ、聞こえてくるクラス連中との会話の節々からだな。風賀美の奴、転校以前のことは一向にはぐらかし続けるし、カラオケだのファストフードだのは”知識としては知ってるが、体験したことはない”ってパターンの一点張り。周りはお嬢様だのミステリアスだので適当に流しちゃいるが、側から見たら異質すぎだ』

 

 よくもまあ、そこまで把握しているものだ。朝倉の座る最後部の席からはさぞかしよく見えたことだろう。

 

『あとはまあ、勉強といい、運動といい、自分の出した規格外の結果に驚いてたってのも、妙だと思ってはいたな。──で、劇の終わり際、試しに”風賀美が記憶喪失だとしたら”っつー仮定で考えてみたら、諸々がばっちり当てはまって確信に至ったわけだ、理解したか?』

 

 朝倉は一通り語った後、見透かしたように言った。

 

『──で、ここまで聞いておいて、はいおしまい……ってわけじゃないんだろう? 結局のところ、風賀美は今どういう状態なんだ? どうせその辺りも聞いてるんだろう、なあ王子サマ?』

 

「お前、性格悪いってよく言われないか?」

 

『ああ、言われすぎて俺にとっちゃ挨拶みたいなもんだ』 

 

 ……とはいったものの、こいつはこれで口は硬い方だ。なにより、口が軽かったとて、話すような相手もそういないだろう。

 

 俺は意を決して、六花とのこれまでを話すことにした。

  

 現在の六花の状況、それから記憶を取り戻すためにとった諸々の行動や結果をひとしきり話すには、かなりの時間を要した。

 エピソードを一つ話しては、朝倉が「そうはならんだろ」といちいち口を挟んでくるからだ。……まあ、見えない力だなんだと言われれば、そうなってしまうのも無理はないだろう。

 

 話終える頃には、いつもの余裕ぶった態度はどこへやら、朝倉はすっかり疲れ切った声色となっていた

 

「──で、一応理解できたってことでいいんだよな?」

 

『……言っていることは理解できたが、どれもこれも眉唾物で、とても信じる気にはなれねぇな。……要するに、今のお前は記憶喪失の風賀美と、見えない力、そして大阪との繋がり。この三つの関係性を知りたがってるわけだな?』

 

「ああ……まさか、もう説を思いついたのか⁉︎」

 

 期待を込めて尋ねるが、朝倉は首を横へ振った。

 今回はどうやら、そう簡単にはいかないらしい。

 

『まさか、これだけでわかるわきゃないだろう。……どうにも情報が断片的すぎて、現状じゃあ考察未満の妄言しか浮かばない』

 

「妄言?」

 

『ああ、謎の頭痛は神様からの天啓だ──だとか、宇宙からの通信だ──とかな』

 

「……お前がそんなことを言い出すとは、どうやら本当に検討がついてないらしいな」

 

 俺はそう言いつつ、朝倉の言葉がやけに気になった。

 宇宙からの通信──そう聞いた時、俺の中で何かが繋がりそうな気がしたのだ。

 

『そう買い被られても困る。こちとらただの考察好きのオタク──』 

 

「──隕石……‼︎」 

 

 ”それ”に思い至ると同時に、その言葉は朝倉の言葉を遮り、口をついて出た。

 

「──は?」

 

 そうだ。いつだかに鈴木から聞いた「久城山に隕石が落ちた」という噂。

 その噂の真偽を確かめる中で、俺は”大阪に謎の落下物”というニュース記事を見ていたのだ。

 

 俺は、朝倉の呼びかけを無視し、その記事を探し始めた。

 

『おい! 聞いてるのか』

 

「後で説明するからちょっと待て…………見つけた‼︎」

 

 ──三月十四日 大阪府中槻市 中槻山(なかつきやま)にて謎の落下物。正体は隕石か?

 

 大阪府中槻市。聞いたばかりの地名だ。 

 そう、あの高校生二人組の通っている高校のある場所だ。

 

 ──完璧に繋がった。

 

 俺はすぐさま、ニュースのURLを朝倉に送る。

 事情を話したばかりということもあり、このニュースが意味するところにも、すぐに気づいたらしい。

 

『久城山に隕石が落ちたのはいつだ?』

 

「中槻山と同じ──三月十四日だ」

 

『───つまり、三月十四日に、隕石ないし、『何か』が千葉と大阪。この二箇所に落ちてきた』

 

「そういうことだろう。ここまできて、単なる偶然ってのは、無いだろう」

 

『ったく、キナ臭くなってきやがった』

 

「……六花が、UFOに乗って地球に不時着してきた宇宙人で、衝突のショックで記憶を失ってる……ってのはさすがにないよな」

 

『さあどうだろうな。だとしたら、あいつが日本人離れした白髪碧眼なのも、身体能力と知能の高さにも納得がいくが──家やら制服やらが準備されてたり、それこそ「智子」なんてどう考えても日本人な名前な相手と知り合いなのは不自然だ。……まあなんつーか、事はそう単純じゃないような気がしてるぜ』

 

「……お前、さっきから慌ただしくないか?」

 

 先ほどから通話越しに、バタバタゴソゴソと、しきりに移動したり、衣擦れのような音が聞こえてくる。

 

『そりゃ、家を出る準備をしてるわけだからな……言っておくが、ここまで話を進めておいて、一人で見届ける、なんてのはなしだぜ?』

 

「見届ける……?」

 

『──ああ、どうせこのあと行くんだろう? ”久城山に”』

 

 ◇

 

 久城駅で朝倉と合流する頃には、既に夕日は沈み切り、辺りは暗闇に包まれていた。

 向かうは久城山。住宅街を抜け、近づくにすれ、街頭が少なくなっていく。高速道路の高架下を抜けると、それはいっそう顕著になっていった。

 

 そんな道中。俺と朝倉は少しでも情報を得るために、SNSで例の中槻山の落下物について触れている投稿は無いか調べていた。

 

「ん? なんだこりゃ」

 

「どうした」 

 

「いや……妙な投稿があってな」

 

「手掛かりが⁉︎」

 

「そうせっつくな……。期待するようなもんじゃないと思うぜ、寧ろその真逆だ」

 

 そう言って朝倉はスマホを差し出してきた。

 その投稿には『なんか下手くそな絵落ちてた』というコメントとともに、一枚の画像が添付されていた。

   

 写っているのは、無慈悲にも上半分ほどが破り去られた、一ページのノート。

 

 なぜ失われているのが上半分だと判別できたのか。それは、そのノートにはイラストが描かれていたからだった。

 

 紙面にはお世辞にも上手いとは言えない絵で、アニメキャラか何かの下半身だけが描かれていた。

 辛うじて判別できる服装は、膝上までのスカートに、それからローファー。おそらく、学生のキャラクターなのだろう。

 

 線は無駄に濃く、何度も書き直したような消し痕も残っていて、不慣れなのが見て取れる。スカートもローファーも、構造を理解せずに描いているのだろう、形もどこか歪だ。

 

「なんでこんなオタク拗らせた男子中学生みたいな絵が山ん中に落ちてやがる」

 

「さあな……だが、こう言う絵を見ると古傷が疼くな……」

 

「お前さては、似たような絵を書いてたな?」

 

「……ああ、中学の頃な。つっても、オリジナルのキャラはハードル高かったから、ラノベヒロインばっか描いてたけどな」

 

「元美術部員にしてはだらしねぇなあ」

 

「やめろ、元々美術部だって入る気はなかったんだよ。……俺の中学は、どっかしら部活入ってないといけなかったから消去法でな」

 

「ようオタクくん」

 

「だからやめろって……にしてもこの絵、雰囲気といい構図といい、初心者丸出しすぎて、むしろ微笑ましいまであるな」

 

「構図?」

 

 珍しく、朝倉は検討がついていないようだった。こいつはオタクでありながら、絵は一才描こうとしないので、ピンとこないのだろう。 

  

「この絵、手を後ろに組んだような姿勢になってるだろ? 手って構造が複雑だから初心者は隠したがるんだよ」  

  

「なるほど、それで手を後ろに組んでるのか」

  

「……はぁ、こんなどうでも事より、もっとアテになりそうな情報はないのか?」

 

「ならお前も手を動かして自分で調べろ」

 

 駅を出てから一時間ほどだろうか、俺たちは久城山の麓に辿り着いた。

 

「ぐっ……!」

 

 その時だった。──またも頭痛が俺を蝕みはじめた。

 痛みでたまらずフラついてしまう。こればっかりはいつまで経っても慣れる気がしない。

 

「おい! どうした!」

 

「例の頭痛だ……となれば、この先に見られると困るものがある、ってことだ」

 

「……なるほど、ビンゴってわけだ。お前、歩けるのか?」 

 

「当たり前だ。行くぞ」

 

 俺は痛みを堪えながら無理やりに立ち上がると、 

 スマホのライトで辺りを照らしながら、山奥へと足を進めていく。

 

「おい、そんな適当に進んで大丈夫なのかよ」

 

「ああ、アテならある」

 

 俺は、自分のこめかみにトントンと人差し指を当てた。

 

「あん? お得意の記憶力か?」

 

「いや、今回はそうじゃない。頭痛の方だ。こっちの方向に進んでいくと、段々頭痛が酷くなってくんだ。だから多分、何かあるとすれば、こっちの方向だ」

 

「なるほど、人間ダウジングマシンってわけか」

 

 

 なんつー酷い名前だ……。

 

「もっと人道的な名前はなかったのかよ」

 

「……にしても、行手を阻もうとした結果それがかえって目立つきっかけになってるとは、皮肉なもんだな」

 

「ああ、まったくだ……それと朝倉、多分俺はこの後気絶する」

 

「は?」

 

「さっき話したろ、職員室に転入届を取りに行ったときと同じパターンだよ……朝倉。俺がぶっ倒れたら、その時は俺をその場に放置して捜索を続けろ」

 

 すると朝倉は訝しげな表情を浮かべた。

 

「流石に夜中の山の中は危なすぎねえか? お前一人くらいなら引っ張っていけるくらいの体力はあるつもりだぜ?」

 

「それじゃあ探索の効率が落ちる。……なに、放っておいても、三十分もすれば、目を覚ますだろうよ」 

 

 答えると、朝倉は呆れたように言った。

 

「はあ、わかったよ。……ったく、よくもまあ、他人のためにそこまで身体を張れるよな」

 

「どういう意味だ……?」

 

「……だってお前、今だって頭痛で相当キツいんだろ?」

 

「ああ、まあな……正直しんどい。今だって唇を噛みながら必死で頭痛に耐えてる……。それに、ここのところずっと、得体のしれないことばっか起きて、正直怖えって思うよ」  

 

 それは、鈴木にも六花にも決して言った事はない、俺の本心だった。

  

「……でも、お前も俺と同じ立場だったら分かると思うぜ、あんなとびきりの美少女に、目の前で泣かれてみろ、放って置けるわけないだろ──それに、困ってるヒロインがいたら意地でも助ける。それが俺たちが憧れた主人公ってもんだろうが」

 

「お前と一緒にすんな。……俺は正直、お前が羨ましいよ」

 

「あ? そりゃまたなんでだ?」 

 

「さあね……精々六花の招待が地球を侵略しにきた宇宙人じゃないことを祈るんだな」 

 

「その時はその時でなんとかしてやるよ、なにせ俺は、美少女宇宙人と仲良くなる方法を知ってるからな」

 

「……その心は?」

 

「俺の部屋には、『ToLOVEる』が全巻揃ってる」

 

「……アホか」

 

 そんな毒にも薬にもならない応酬の最中のことだ、俺を蝕み続ける頭痛が、一層強くなった。

 

「がぁっ……!」

 

 そのあまりの苦痛に、俺は地面に膝をついた。

 額に、急激に吹き出しはじめた冷や汗がたらりと垂れる。

 

「おい、大丈夫なのか……」

 

「……いや、そろそろ不味いな……」

 

 現に、俺の視界は、既に朦朧とし、薄れはじめていた。

 経験上、俺はこの後すぐに気を失うだろう。

 

「悪いな……後は任せた……」

 

 意識を失う間際、最後の言葉は「ここは俺を置いて先に行け」の方がよかっただろうか、なんて、どうでもいいことを考えながら、俺は、もう何度目になるかわからない、無意識へと誘われた。

    

 ◇

 

「……きろ! おい、起きろ!」

 

 耳元でやかましく叫ばれ、しきりに体を揺らされた事で目を覚ます。

 暗くてよく見えないが、目の前の朝倉は、どうやら酷く狼狽しているようだった。

 

「やっと起きたたか……!」

 

「何があった……?」

 

「……ったく、あれから一時間は経ってるってのに……まあいい、多分、見た方が早い」 

 

 朝倉は「着いてこい」というなり、山のさらに奥の方へと進み始めた。

 朝倉を追う最中、俺はあることに気づいた。

 

 ──頭痛が、収まっている……?

 

 何故だ? 転入届の時は、一度気絶した後でさえ、その事を考えるだけで頭が痛んだと言うのに。

 もう頭痛による阻害は必要ないということか……? 

 だとすればそれは、既に秘匿は暴かれた──そういう、ことなのだろうか。

 

 五分ほど歩いただろうか、朝倉が足を止めた。

 

「あれを見てみろ」

 

──俺は、絶句した。

 

「なんだよ……これ……」

 

 朝倉のライトが照らす先には、まるで大爆発でもあったかのように、地面がすり鉢状に大きく抉られていた。穴の直径は五メートルはあるだろうか。中心の尤も深い場所で言えば深さ四メートルはあるだろう。まるで、クレーターだ。

 中心に落下物が落ちているわけもなく、抉られた地面が広がっているだけだ。

 

「何もない……?」

 

「ああ。これでUFOでも落ちてりゃわかりやすかったんだが……でも、お前に頭痛が起きたって言うなら、ここに何か、見られちゃまずいもんがあるって事だよな」

 

「ああ……見てくる」

  

 俺は、クレーターの中を調べるべく、穴の傾斜を滑り降り、中心へと降り立った。

 

 もしも落下物がUFOだったとすれば、既に何者かによって持ち去られてしまったのではないか、そんな事を考えながら、ライトで当たりを照らすが、掘り起こされた土や根が広がるばかりで金属片などは一切見当たらない。

 

 未だ穴の上で様子を伺っている朝倉に助言を求めようとした、そんな時だった──足元で何かがヒラリと動いた。

 

 咄嗟に拾い上げると、それはどうやら、”ノートの切れ端”のようだった。

 

──そこに描かれたものを見た瞬間。ゾワリと、漠然をした不安と恐怖が、俺の全身を一瞬のうちに飲み込んだ。

 

 そこには、ショートボブの髪に、ボールでも詰まっているんじゃないかと思うほど不自然に巨乳な女子高生の上半身のイラストが、不慣れな線で描かれていた。

 そしてそれが、道中見た、中槻山に落ちていたというイラストの片割れであることは、疑うべくもなかった。

 

 ──だが……だが何故、大阪にあった絵の片割れが千葉に……?

 

 絵を観察していると、スマホのライトによって紙が透かされ、ふと、ノートの裏側に何か文字が書いてあることに気づいた。

 

 俺は意を決してノートを裏返した。

 

 

「………………は?」 

 

 

 ──気づくと俺は尻餅をつくようにして地面に倒れ込んでいた。

 

 その原因が、自分が腰を抜かしたことだ、と気づくのにすら、時間を要した。

   

 

 ──『オリジナルキャラ 風賀美六花』

 

 ノートの裏には汚い字で、そう大きく書かれていたのだ。

 

 そしてその下にも、二回りほど小さい文字で、何か文章が書かれていた。

 

 半ば思考停止状態になりつつある頭でその文章を読む。

 

 

 

『「もっはろー」という独特の挨拶が口癖の二年の春からやってきた転校生。並外れた身体能力と、学力に加え、クラスメイトからの人気も高い、全てを兼ね備えた完璧超人。多くの部活から勧誘を受けているが、好意を寄せている長太郎が帰宅部のため、少しでも一緒にいる時間を増やそうと、部活には入らないでいる。小悪魔的な言動で長太郎を翻弄しようとするが、裸を見られて取り乱すなど抜けているところも…。そしてつい彼に想いを伝えようとするが──?』

 

 

 

 そこに書かれていたのは、アニメの公式サイトに書いてあるような──ラノベの口絵に書いてあるような ”キャラクター”の紹介文だった。

 そこに書かれていた内容は、どれもどこかで見たようなものだった。

 

 そして、何より不可解なのは──。

 

「なんで、俺の名前が書いてあるんだ……?」

 

 文中に書かれた「長太郎」の文字。

 それが指すのは間違いなく俺、狭間長太郎のことだ。  

 あまりにも理解し難い現実を前に、俺は頭がどうにかなりそうだった。

 

 だってそうだろう。確かに六花は白髪碧眼の美少女で、多くの秘密を持っているだけの、普通の女子だ。

 それなのにまるで、この書き方じゃ──

 

 ──六花が、キャラクター……それも、俺にとって都合の良い存在みたいじゃないか──

 

「おい! 大丈夫か‼︎」

 

 朝倉は、斜面を駆け降りてくるなり、奪い取るようにのノートを手に取り、その内容に目を通した。

 

 常に気怠げな朝倉の両の目が、大きく見開かれる。

 

 だが、その後の反応は、俺とは対象的で、至って冷静だった。

 目を閉じた朝倉は、すぐさま眉間に手を当て、考察する素振りを見せた。

 

 俺はたまらず、思考中の朝倉に声を掛けた。

 

「なあ朝倉、六花は一体何者なんだ……? 六花は……この絵から飛び出してきた……キャラクターなのか……それに、どうして俺の名前なんかが出てくる……‼︎」

 

 絵から飛び出してきた女の子。

 そんな、無から命を生み出すような神の如き所業が、起こるはずがない。

 だが、今の俺は、そんな起こるはずのないことが起きているとしか思えなかった。

 

 朝倉が淡々と言う。

 

「わからん……わからんが……その説は完璧ではないはずだ。……仮に、風賀美が絵の中から飛び出してきたキャラクターだったとしたら、なぜ大阪にノートの片割れがあるんだ? なぜ知子氏や真央氏のことを知っていた……?」

 

 ──そうだ。知子さんと出会った時の六花の狼狽ぶりは強く印象に残っている。やはり大阪との縁は、絶対に何かあるのだ。そんな事すら頭から抜けているとは、今の俺は余程頭が回っていないらしい。

 

「そして現段階でもう一つ、言えることがある」

 

 朝倉が俺の目を見据えた。

 

「な、なんだよ……」

 

「このイラストとそれから説明文は、他の誰でもない、お前が──狭間長太郎自身が書いた物だ」

 

「──違う、俺は──俺はこんなもの描いた記憶はない……さっき言ったよな、俺はオリジナルのキャラは描いてこなかったって……」

 

 朝倉が、鉛筆とメモ帳を差し出してくる。

 

「今ここで、『風賀美六花』と書いてみろ」

 

 俺は、震える手で鉛筆を握った。

 

 ──始めの一文字を書き終えた時、既に俺は、気づいてしまっていた。

 

 その”とめ”方、”はね”方、”はらい”方。どこをとってもこれは、俺の字だ。

 

 つまりこの破れた一枚のノートに書かれているのは俺の字であり、俺の絵であると。

 

「……よく、俺の筆跡なんか覚えてやがったな」

 

 反射的に朝倉を睨んでしまう。

 

「いや、流石にそこまでは見てない。ただ、このイラストの雰囲気が、お前がよくノートに描いてる絵にどことなく似てたからな。その裏取りの為に筆跡を見せてもらった」

 

 朝倉は「これで分かったろう?」と言う。

  

 どんな経緯であれ、確かにこの絵は俺の絵で、六花がここにいる理由に俺は大きく関わっていると言うことは間違い無いのだろう。

 

 ……いや、本当はそんな事、鉛筆を握る前から分かっていたのだ。

 

 このノートから、ほんの微かに”コーヒーの香り”がすると気づいた時から。

 

 これは、俺が中学の時に大量に買い、家に余らせていた、あの黒い表紙のノートだ。

 そして俺は、ある気づきに至った。

 

 「……そうか、俺はこの絵を描いた事すら”忘れて”いたんだな」

 

 

 

「認めるんだな」

 

「もう認めるしかないだろうが……最初から、妙だと思ってたんだよ。ボクっ娘でショートカット──いかにも俺が好きそうな容姿──あんな漫画みたいな出会いをした上、俺にぞっこんだ。そんなのはやっぱり、俺にとって都合が良すぎた……俺を好きだと言う設定のもと生まれた存在だったとしたら、全部納得いくわな」

 

「……正直俺も、今お前が言ったのと同じことを思ってたよ。……だが、だからこそどうしてこの千葉から遠く離れた大阪なんかが関わってるのかが気になる」

 

 そう言って朝倉は、また眉に手を当てた。

 

 「……少し、考える時間をもらうぞ」 

 

 ──何分ほどの時間が流れたのだろう。俺はただぼうっと朝倉の考察が終わるのを待った。

 そして、じきに、朝倉は顔を上げた。  

「──そういう、ことか」

 

 それは、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情だった。

 

「……わかったんだな」

 

「ああ。……この件はやっぱり、二次元の女の子が三次元の世界に飛び出してきました──なんて単純なものじゃないらしい。この話を聞けば、お前と風賀美の関係性は、今後大きく変わるだろう」

 

 ──そしてそれが、良い方向に傾くことは決してない。

 

 朝倉の表情が、それを語っていた。

 

「早く話せ。俺はもうとっくに引き返せないところまで来てる──それにきっと、俺はこの事態の真相を知る義務がある──」

 

 そうして名探偵は、ようやく口を開いた。

 

 ……ああ、追い詰められる犯人の気持ちってのは、こういうもんなのか。

 

 そんなことを思った。

 

  ◇ 

 

 ずっしりと重たく、それでいて少し錆びついた鉄の扉を押し退け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた六花は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

「長太郎くん、来てくれたんだ──なんてね。なんかボクが初めて読んだ、あの台本みたいになっちゃたね」

 

 朝倉からネタバラシを聞いた次の日俺は六花との約束を果たすべく、きた。

 迷ったが来てしまった。

 

 

 

「……屋上の鍵なんて、どうやって開けたんだ?」

 

 久城高校の屋上は、文化祭の時以外は施錠されているはずだ。

 

 尋ねると六花は、胸ポケットから針金を取り出した。

 

「知ってる? この屋上の鍵って、古くて、結構単純な構造になってるんだよ?」

 

 ちゃめっけたっぷりに笑う風賀美。

 それにしてもピッキングとは、原始的と言うかなんと言うか、風情もあったもんじゃない。

 

「長太郎くん。それじゃあ聞かせてくれるかな。告白の返事。──って、言いたいところなんだけどさ」

 

「────何か、あったんだよね」

 

 六花の表情から笑みは消え、こちらを心配するような表情に変わる。

 

「…………いや、何も」

 

 俺は性懲りも無く、咄嗟に嘘をついた。

 だが、やっぱり彼女に隠し事は通用しないらしかった。

 

 「嘘。今の長太郎くん、怖い顔してる。それに前に言ったよね。長太郎くん、嘘つく時、いつにも増して無表情になるって──きっと、ボクの記憶のことで、何かあったんだよね」

 

 「なんでもお見通しだな……」

 

 六花は無言で首を横に振った。

 

「……昨日の夜。いつものお城の夢と、違う夢を見たんだ」

 

「……夢?」

 

「知らない教室で智子ちゃんと真央ちゃんと三人で、ドリミーに行こうって話をしてる夢。行くことに決めた日はやっぱり六月五日、ボクの誕生日の日だった。なんだかやけにリアルで、とても夢だとは思えなかったんだ。……長太郎くん。夢ってさ。脳が記憶の整理をしているんだよね──もしかしてさ、あれは、ボクの妄想なんかじゃなくて、ボクが忘れているだけで、本当にあった出来事なのかな」 

 

 六花が、遥か遠くを見つめるように言う。

 

「ボクはやっぱり大阪に住んでいたのかな」

 

「──でもね、やっぱりわからないんだ。夢の中のボクと、今のボクはあまりにも違う。話し方も、仕草も、性格も学力も身体能力も、何もかも違うんだ。──自分自身のはずなのに、全くの別人みたいだった」

 

「──ねえ長太郎くん、ボクは一体、何者?」

 

 

 ──ああ、やはり六花は思い出し始めているのだ。

 昨日、久城山でノートを拾ったその日の夜に六花はそんな夢を見たのだ。これはきっと、単なる偶然ではないのだろう。

 

 きっと、俺と朝倉が真相を知ってしまったことで、六花は、”あるべき形”に戻り始めているのだ。

 

「教えてよ、長太郎くん」

 

 あれだけ必死になって思い出そうとしていた六花の記憶。

 それがまさか、思い出した先に悲劇しかないなんて、俺は思いもしなかった。

 

「それは……言えない」

 

 てっきり俺は、思い出せば何かが解決し、ハッピーエンドに向かうのだと、勝手にそう思っていた。だが、いつだって現実はクソったれだ。

 

「教えて、長太郎くん。これはボクのことだ、ボクには知る権利がある」

 

 まさか思い出した先、そこにあるのが──六花のと別れだなんて。

 

「思い出したら、ボクはボクじゃなくなるんでしょう?」

 

 

 六花の問いに、俺は言葉を返すことができなかった。

 

 そして、六花はその無言を肯定と捉えたのだろう、ゆっくりと目を閉じた。

 

「──長太郎くんと出会った時から、ずっと考えてたんだ。ボクは目を覚ました時からこの口調で、この性格で──。そこには何の疑問も持たなかったけれど、全ての記憶を取り戻したボクは、喋り方も、性格も、全然違うかも知れない。記憶だって、今持っている記憶よりも、思い出した分の記憶の方がずっとずっと多い。だから、思い出した後のボクは、本当にボクなのかなって」

 

「そんな矢先に昨日の夢を見た。──悟ったよ、思い出したとき、ボクはもう、ボクじゃなくなる」

 

「だからさ、今のうちに聞かせてくれないかな──”ボク”が消える前に」

 

 ──そうか、六花は俺なんかよりもずっと前から、この事を考えていたのか。

 

「今まで気づけなくて、悪かった」

 

 そして俺は、六花に話し始めた。

 昨日、朝倉と共に築いた考察を。

 

「六花、学生証の振り仮名の件、あっただろ?」

 

「うん、誤字で『かざがみりっか』じゃなくて『かさかみりつか』になってたやつだね。それが今、どうかしたの?

 

「──あれは、誤字じゃなかったんだ」

 

「どう言う……こと?」

 

「あの家で目覚める以前の君は、大阪府立中槻高の生徒、風賀美六花(かさかみ りつか)だった」

 

「風賀美六花(かざがみりっか)。今の君はリツカの体と人格を上塗りするようにして生まれたんだ」

 

 そして俺は、画像アプリで一枚に合わたイラストのプリントを、六花に渡す。

 

 彼女は俺と同じように表面のイラストを見ては訝しみ、そして、裏の紹介文を見るなり目を見開いた。

 

「これは……ボク……⁉︎」

 

「風賀美六花(かざがみりっか)は元々、中学生の頃の俺が考えたキャラクターだった。それが今、何の因果かリツカさんの体を借りて、この現実に立っている」

 

「かさかみ……りつか……ボクが昨日見た夢は、リツカさんの記憶だったんだ」

 

 

「天業現象、俺たちは、この一連のあらましを、そう呼ぶことにした」

 

 

 

 ◇

 

「──天業現象(てんごうげんしょう)」

 

 闇に包まれた久城山の中、朝倉のによる種明かしが始まった。

 

 その第一声は耳馴染みのない言葉だった。

 

「天業現象……?」

 

 

 

「ああ、今起きている不可解な現象の総称だ」

 

「……そういう、伝承か何かがあるのか?」

 

「いや、今俺が考えた言葉だ。──見えない絶対的な力──即ち、『天が起こす業によって引き起こされる現象』だから、天業現象」

 

「こんな時に名付けだなんて、ふざけてるのか?」

 

「いや、大真面目だ。……いつまでも見えない力だのなんだの言っていると、どうもフワフワしていて状況が掴めない。だから名前を付けて、分かりやすくしたんだよ」

 

 一理ある、か。

 

「……わかった。なら説明してくれ、その天業現象とやらを」

 

「先に結論を言っておこう。──風賀美六花は、単にあのイラストから飛び出てきただけの存在じゃないってのは、もうわかってるな?」

 

「それはまあ、なんとなくは……。流石に、なにもない所から人一人生まれるのは度を超えている」

 

「だな正体はおそらく、大阪府立中槻高校の女子生徒の体に、このノートのキャラクター『風賀美六花』の人格が上書きされた存在だ」

 

 なかつき高校の……というのは、おそらく智子さんと真央さんも通っている高校だからだろう。

 だがピンと来なかったのは──人格を上書きと言ったらことだ。

 

「二重人格とは違うのか?」

 

「近い……が、お前はこの三ヶ月近くを風賀美と共にいて、大阪弁で喋るあいつを見たことがあるか?」

 

「いや、ない」

 

 る二重人格ら二つの人格が入れ替わり立ち替わりするものだが、元の人格が現れる素ぶりではない

 

「元の人格は完全に封じ込められ、彼女はお前の考えた『風賀美六花(かざがみりっか)』というキャラクターとして今を生きている。これを上書きと言わず何と言う。

 

「至った普通の女子高生がある日突然、人格を人格を眠り、リッカが彼女の体を動かしてる,そう言うことでいいな?」

 

「ああ」

 

「どうしてそんな回りくどいことになったんだ……? 天業現象だっていうなら、人一人生み出すくらい……」

 

「天業現象に、そこまでの力はない」

 

 朝倉は断言した。

 

「何で言い切れる」

 

「今までに天業現象によって起こされた現象は頭痛、記憶の削除、書き換えだ。これを聞いてどう思う?」

 

「人の意識に、干渉してきている……?」

 

「ああそうだ。逆に言えば、それ以上のことはしていない。物理的な干渉はしていない。だから、風賀美六花(かざがみりっか)というキャラクターをこの現実で動かすには、その人格を宿すための”役者”が必要だったんだ」

 

「役者……」

 

「ああ。だからこそ、再現しきれない部分もあった」

  

「どういうことだ?」

 

「例えば、南部長がピーターパンを演じるとしよう。あの人なら少年の役もさぞ完璧に演じるだろう。だが、その言動がピーターパンらしかったとして、空まで飛べる訳じゃないだろう?」

 

 当たり前だ。普通の人間が空なんて飛べるはずもない。

 金と設備が整った大きな劇団だったとしてもワイヤーアクションが関の山だろう。

 

 ──そんは超人的な力こそが、朝倉の言う「再現しきれない部分」なのだろう

 

 例えばそれは──

 

 

 ──高い身体能力を再現した結果、酷い筋肉痛に

 

 ──高い学力を再現した結果、酷い発熱に

 

 それだけじゃない。

 

 ──胸のパッドは、巨乳の再現

 

 あの髪色は地毛ではないし、瞳の色だって、

 コンタクトなのだろう。

 

 

 

 

「それにしても、わからないことがある。なぜ風賀美六花(かざがみりっか)を演じる役者に、わざわざ大阪の女子生徒が選ばれたんだ……? 顔で選んだってなら、同等のレベルで、原作イラスト通りの巨乳の女子だっていたろうに」

 

 朝倉がぼやく。朝倉にしては珍しい、考察の穴だった。

 

「戸籍だ……」

 

「戸籍? カザガミリッカなんてそう都合のいい名前がいるのか?」

 

 

「……いなかった。だからなるべく近い名前の女子を探したんだ」

 

 俺はその答えを知っていた。

 

「サカサミリツカ。それが六花の体……役者の名前だ」

 

「そう言うわけか……。これでようやく最後のピースがハマった。それで、どうするんだ」

 

「どうするって」

 

「分からないのか?」

 

「六花が思い出す──カザガミリツカの人格が目覚めたら最後、六花の人格は消えるぞ?」

 

 ──何だって?

 

 

 

「……何とか、ならないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 話を聞き終えた六花は、激昂するでも、悲観するでもなく、ただただおだやかな表情を浮かべていた。

 

「そっか。じゃあボク、もう直ぐ消えるんだ」

 

「ああ……そうらしい……」

 

 打開策は何も浮かばない。

(現象を逆手に? 

 

 

「でも、ボクを生み出してくれたのが長太郎くんって、なんだか嬉しいな」

 

「どうして?」

 

「だって、ボクが、長太郎くんの好みって分かっちゃったから、まあ、胸は……そのアレだけど──でも、このボクが長太郎を好きだって思う気感情も、作り物なのかな」

 

 俺はまた、何もいないでいた。

 俺も分からないのだ。

 

 

「そんなことありません‼︎」

 

 割って入った声。

 

 鈴木が姿を現した。

 

「美咲ちゃん、どうしてここに」

 

 驚いたのは俺も同じだった。

 

 俺は、鈴木にこのことを話していない。

 いや、話せなかったのだ。

 鈴木に、六花は本当は存在しないなんて言うのは酷すぎた。

 

 ──いや、本当は怖かったのだろう。原因が俺と教えるのが。

 

「さなみーを通して、朝倉くんから、二人が今日ここで話すと聞きました」

 

「狭間くんを、助けてやってくれ、とそう言われました」

 

 あいつ……。

 

「話は全部、聞かせてもらいました。正直、訳がわかりません。でも、一つわかることがあります。狭間くん! 傲慢にも程があります‼︎ 思い上がるのもいい加減にしてください‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 鈴木にこうも怒鳴られるのは初めてのことだった。

 

「なんですか! 六花ちゃんがまるで心を持たない作り物みたいな言い方をして!」

 

 

 「いいの、実咲ちゃん。だってそれは本当のことなんだから」

 

 その六花の表情には、諦めの色が如実に浮き出ていた。

 

 俺hあ、何も言えないでいた。

 

「違います!」 

 

 鈴木が、強く断言する。

 

「六花ちゃんはつくりものでも、ましてや偽物でもありません!」

 

 00「違うよ……!」 

 

 

「だったら! ……だったら、私と仲良くしてくれたのも、嘘だったんです!」

 

「それは……」

 

 六花が、戸惑いの色を見せた。

 

「そのノートには! 友達のことなんて書いてありませんでした! それでも、私なんかと仲良くしてくれたのは! 六花ちゃんの気持ちなんじゃないんですか!」

 

「それに、そうです。演劇部なんて記述はどこにもありませんでした!演劇部の練習、つまらなかったですか⁉︎ クラスの人たちは! みんなよろこんでました! メッセージボード!六花ちゃんのこと、たくさんかかれてました! 嬉しかったんじゃないですか! それは、六花さん自身が、感じたことなんじゃないですか! 」

 

「うん……」

 

「だったら……それは……それはもう、六花ちゃんです。六花ちゃんの意思です!」

 

「ボクの意思……」

  

 ●そうだ。鈴木は、友達が少ないと、そう言っていた。だからこそ、自分と仲良くしてくれる六花に対しては、思うところがあったのだろう。 

 

「六花ちゃんは、ちゃんと! ここにいます‼︎」

 

「──子供は、親の遺伝子を、運動能力を、知力を能力を受け継いで生まれます。それは否定できません。──でも、やがて親から離れ、友達や仲間と関わって、変わっていきます。それとおんなじです」

 

「初めこそ、キャラクターだったかも知れません。でも、今の六花ちゃんは、久城高校 演劇部所属のかざがみりっかちゃんです!」

 

「実咲ちゃん。ありがとう」

 

 六花が、涙をこぼす。

 

「ああ、やだなぁ、消えたくないなあ」

 

「いえ、まだ、まだではあるはずです。そうだ、記憶喪失について調べた時に──や──と言う方法が──」

 

「それはきっと無理だ。ボクがボクとしていられるのが、神様がくれた奇跡なんだよ。神様の気まぐれだ」

 

「──そうしたら、ボクじゃなくなったボクのことなんて、みんなは、二人は好きになってくれるはずない。嫌いになる」

 

「そんなことないです! 六花ちゃんが変わっても友達です!」

 

「ありがと。でもきっと、人はそんなに単純じゃない。きっと、嫌いになる」

 

 ──だから、決めたよ

 

 六花はは微笑むと、跳躍し、器用にフェンスの上に乗った。

 

「六花ちゃん……?」

 

「ボクはボクのまま死ぬことにする」

 

 ふわりと、六花の体が宙にういた。

 

 その体は、重力に引かれるように、はるか遠くに見えるアスファルトに吸い寄せられるように。

 

 彼女の身体は、また落ちようとしていた。

 

「させるかあああああああああ‼︎」

 

 俺は全力で走りだす。

 

 馬鹿か俺は、馬鹿にも程がある。知った気になって、六花のなんか本当は何も考えられていなかった。

 状況に乗っかって、登場人物ぶっているだけのカスだ!

 

 こんな終わり方! あっていいはずがない‼︎

 

 わかってるだろ! 

 六花がピンチなんだ!

 ヒロインがピンチなんだ!

 ここで助けるのが、”主人公”ってもんだろうが‼︎

 

 すると、視界がスローモションになる。

 

 ……来た!

 

 最大限しゃがみ込み、足をバネにして、俺は最大効率の跳躍をする。

 フェンスに足をかけ、最小のステップ数で乗り越えると、フェンスのへりをけるようにして、落下する六花に向かって手を伸ばす。

 

「届け!!!!」

 

 伸ばした腕は、寸分違わぬ角度で六花の手をガッチリと掴んだ。

 

 六花は信じられないものを見たような表情だった。

 そりゃそうだろ。だって俺も、落下しているのだから。

 

 だが、俺の視界は今だslow motionfのまま。

 

 俺は、空いた左てで、学校脇の大木の木の枝をがっしりと掴む。

 六花を受け止めた時よりも、強い痛みが走る。

 片手で二人の体重を支えられるわけもない。

 

 だが、ここで手を話すわけにはいかない。

  

 そう思っ直後、

 メキメキとしたおとが聴こえた。

 それは、俺が捕まっっていた木のえfだ。だった。

 腐っていたのか、見た目に反して脆弱だったらしい。

 まずい。

 

 手を離す。また別の木の枝をつかmぬ。

 

 手を離す。別の枝を掴む。

 

 もはや、左腕の感覚がない。

 

 それでも、俺はやめるわけには行かなかった。

 

 そして、一階あたりの高さまで降りることに成功した。

 

 手を離し、六花の体を抱きしめる。

 俺が下敷きになるようにして、落下した。

 

 

 視界が、下の速度を取り戻す。

 

 命に別状はないとは言え、あちこちが痛い。全身ボロボロだ。

 

「りっか……」 

 

「おい! 六花……!」

 

 六花がむくりと起き上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ばちんという音とともに、頬に痛みが走った。

 

 頬をぶたれたのだと気付くのに、時間を要した。

 

「六花……?」 

 

 向けられていた目は、敵意だった。

 

「”うちは”六花やない。……りつかや」 

  

 エセではない関西弁に、その名前。 

 

 そして、目のカラコン。

 ……カラコンじゃないと、そうおもっていたが、

 ──に──。どうみてもカラコンだ。

 

 それに髪も、不思議なことに、前よりも似合っている、という感想は持てなかった。

 

 ──魔法が、解けた。

 そうおもった。

 

 

 俺は悟った。

 ──もうこの世に、俺の知る六花はいないのだ。

 ……なんだよ、別れすら言わせてくれないのかよ

 

「うちがわすれてたこと全部、思い出したわ。千葉にまで転校する羽目になって……!」

 

 今度は、拳が飛んでくる。

 こんどは逆側をなぐえられた。

 

  

「智子も真央も、みんなうちのこと忘れてしもた……!」

 

 次は左。 

  

「きっと他のみんなも、忘れとる……」

 

 右。

  

   

「お前のせいでウチの人生めたくちゃや……! 」

 

 両手が首に添えられ、気管が狭まっていく。

 首を絞めらえている。

 

 俺は、抵抗しなかった。

 その通りだと思ったし、

 六花がいなくなったという虚脱感に、苛まれていた。 

 

 

 その手が、ぐーになる。

 そして、引き絞られた。

 

「だめです!」

 

 

「”実咲”……」

 

 拘束がゆるむ

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 空気が全身を満たす。

 

 りつかはとまった。

 呼び方こそ変わっているがその反応。

 そうか、本当に、覚えているのか。

 

「りつかさん……なんですよね」

 

 鈴木は一瞬とまどったたが、事情をさっしたらしかった。

 

「はじめまして、鈴木実咲です」

 

「知っとるわ」

 

「そ、そうですか! え、えと六花さんの、その、僭越ながら、お友達をさせてs¥いただいておりました……」

 

「仰々しいな……それもしっとる……いや、覚えとる」

 

「そ、そうでしたか、すみません……。その、りつかさんが、狭間くんを恨みたくなるのも、殺したくなるのもわかります!」

 

 咳き込みながらも「おい、助けてくれたんじゃなかったのかよ」と内心突っ込まずにはいられなかったが。

 この正しさ、高閉鎖、表裏のなさこそが、鈴木が鈴木たる所以だろう。

 

「でも傷害も、殺人もだめです! きっと後々、りつかさんが、もっと辛い目に合うことになってしまいます! それは嫌です! なのでその……なにか、なにか楽しいことを考えましょう!」

 

 鈴木は頭をなやませたあと

 

「そ、そうです! りつかさん! こんどは、こんどはシーに! ドリミーシーにいきましょう! 一緒に会う服コーデして……その、おそろいのコーデとかしてみたいです! 大阪と違って、千葉からなら日帰りで行き放題ですよ! ほら、他にも……その、あの……ああそうでした、その……私と、お友達になってくれませんか?」

 

 りつかは、表紙抜けしたような様子だ。

 

「実咲……」

  

 りつはは、「うん、せなや」 と、一人何かを納得したようすだった。

 

 納得、というよりは、折り合いをつけたようだった。

 

 

「実咲、わかった。こんどはシーいこうな。……起きたことはしゃーない。「なんであんたが選ばれたのは知らんけど、天業いうたな。それこそ、天のわざわいみたいなもんや。運悪く落雷にでもあったと思うしかないやろ」

 

「りつかさん……」

 

「ふ、さんはやめや。呼び捨てか、まあちゃんづけでもええけどま、こいつと同じ意見ってのは癪やけど、実咲はほってけへんからな……」

 

「そ、そんなことないです!」

 

「はは、せやから、お前しばくのはやめといたる。実咲が悲しむからな」

 

 

「……ったく、狭間、見れば見るほどうちの好みちゃうな。オタクとかないわぁ。うちはもっと背が高いスマートで爽やかなイケメンが好みやねん」

 

 

 

 鈴木→あの六花の上でこのりつかがいる、仲良くしたい

 狭間→あの六花は消えた派閥

 

 

 

 

 うわーどうすればいい、

 かつやが生きていたら達也とくっつくことはなかった、なんてタッチかよ!

 

 

 

 

「ったく、実咲も”こんな男にデどこが好きなんだか”」

 

「はっ?」

 

「りつかちゃん!」

 

 鈴木の顔が真っ赤にそまった

 鈴木が……俺のことを……?

 

「あー、これ言っちゃあかんかったか、すまん」

 

「は、はい……」 

 

「というわけや、狭間。どういうわけか、実咲はお前に心底惚れとる」 

 

「りつかちゃん⁉︎」 

 

「どや、まんざらでもないやろ?」

 

「いや……それは……まあ……」

 

「なら話は決まりや。狭間お前、実咲と付き合え」 

    

「「はっ⁉︎」」    

 

「いつまでも、かわいいかわいい六花に未練たらたらでいられても、きしょくて叶わん。失恋を忘れさせるには、新しい恋愛が一番や」 

「でも俺は」

 

「──で、──で、──。どこが不満なんや」

 

 言われて気付く。

 六花が俺のことをみていたように、鈴木もよく考えれば、俺のことを見ていた。

 それに、鈴木は、俺を裏切るなど、まったく想像もできない。

 

 ……あれ?

 ないんじゃないか……?

 

「いや、でも鈴木は、守ってやりたいというか、そういう関係じゃなく、仲間として……」 

 

 

「いやでも」 

 

「恋愛に夢みすぎやねん! キモオタ! 童貞! 拗らせ中二病! 」

 

「ええか! 現実の恋愛なんて、大概はLINEで告白や。校舎裏に呼び出して、なんかあるわけないやろ」

 

 

 

「ええ。そこまで言うんやったらもう、テスト勉強のとき、実咲から聞いた、狭間が好きな理由ノア話、きさせたる。六花はな──」

 

「りつかちゃん!」

 

 

「その……自分で、言います」

 

 

「ありのままの私のこと、受け止めてくれて面白がってくれて、狭間くんになら、何を言っても受け止めてくれるって、一緒にいると安心できると思うんです。でも、どきどきすることもあって……わからなかったんですけど、それは、子、恋だって、狭間くんのことが好きなんだって、言われました」

 

「狭間くん、好きです。わ、わたしと、こ、ここ、恋人になってください!」

 

「狭間。チェックメイトちゃ」

 

 ◇

 

【エピローグ】[#「【エピローグ】」は大見出し]

 

 ラーメン屋にて。カウンター。

「おー、大阪とは全然味ちゃうけど、これはこれでごっつうまいなー」

 

 六花とした約束だったが、「ウチもつれてけ」と言われたので、こうなった。

 

 麺をすする六花の髪は黒。瞳も黒。純日本人のそれだ。染めたらしい。

 一人称もウチになり、言葉も関西弁。

 

 周りも驚いていたが、イメチェンで貫き通そうとしている。

 

 元が元だったたけに、案外なんとかなりそうな雰囲気だ。

 

 

「あれからドタバタやったからな。あんたとは、一度腹据えておもっとった話さなあかんとおもっとった」

「ああ、そうだな」

 

「ま、親とか友達とかとも連絡とれたし、なんとかなりそうで、一安心やわ」

 

 あれから、

 

 

 六花がりつかになった後、

 りつかが智子たちに連絡したところ、彼女たちは、りつかのことを思い出していたそうだ。

 今は、本人切っての要望により、親の知人の別荘で東京で一人暮らしということになっている。

 どうやら、通帳の振り込みも、親からのものだったらしい。

 ──まあ、天業現象の前では、審議は不明だが。

 ちなみに転校の理由はドリミーにいっぱいいけるようにということになっているらしい。

 

 

  

 多分、つじつま合わせの結果なのだろが、すごいことになったな。

 

 『天業現象』。それがたとえgば、神様によって行われた所業だろするのなら、案外その神様は、ズボラで大雑把なのかもれなかった。

 

 

『ほんまなんで忘れてたんやろ! きっと宇宙人の洗脳攻撃違いない! こんどは一緒にいこな!』

 

 ──あながち、的外れでもないのが恐ろしいところだ。

 

「ドリミーの誘われまくりでモテモテやわ」

 

 りつかはチャーシューをかみきる。

 決して上品とは言えない仕草。

 六花ではこうはならない。そう思うとふと安心した。

 

「それで、どや、かわいいかわいい六花ちゃんへの未練はなくなったか?」

 

「……」

 

 全くないと言えば、嘘になる。

 

 げしっと、足を蹴られた。

 

「ほんっま信じられへん! ひょっとして、うちのこと狙っとるんとちゃうよな!」

 

「違う。……というか、だったら、ソレつけてくるのやめろよ」

 

「えー、だって気に入ったんやもん」

 

 そういってつまむのは、月のネックレス。

 

 笑うと、嫌でも六花を彷彿とさせる。

 結局、ルックスは本物だったのだから、逸材と言わざるをえない。

 

 ……案外、もっと普通のルックスだったら、違和感に気付くのはもっとおそかったりな。

 

 

 ひょっとしたら、かぐや姫が連れて行かれるのをただただ見ていることしかできなかった彼らは、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

 

 ああ。やっぱり、彼女はかぐや姫だった。 

 

 店を出ると、駅で偶然鈴木にあった。

    

「あっ! りつかちゃん! ……と、狭間くん……」

 

「お、おう……」

 

「じゃ、おじゃま虫は退散するわ。……あとは若い二人でごゆっくりー」

 

 

 ──まあ、こんなわけで、風賀美六花にまつわる『天業現象』は、区切りがついたのだった。

 

 ──目を覚ますと

 ──で、頭痛がした。

 

 ⚫︎寝巻きのイラストの話

 

 ●

 野球の授業でのこと。

 

 

  

「あの日、六花の誕生日に集まり、そして智子の名前を無意識によんだ。──おそらく、それほどまでに、風賀美にとって、かけがえのない存在だったのだろう。パレードだって、六花がみたいのいいだしたのだろう? それほどまでに、楽しみだったんだろう。それこそ、夢にまで見るくらいに」

 

 思い出したその時、いつか、消えるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意にスローモーション発動。(老化の時もスローモーションもう起こしていいんじゃない?

 

 思わぬ置き土産だったようだ。

 俺の命がピンチの時にも発動するらしい。

 

 かぐや姫は不老不死の薬を残していったが、なんとも中途半端だ。

 

 

「……結局、あのスローモーションはなんだったんだ?」

「あれは……そうだな、俺の能力とでもしておこう」

「能力?」

「ああ。女の子を救うために、天業現象が授けてくれたの能力だったことにしよう」

「なるほどな」

「せっかくだし、能力名も決めるか」

「よし、天業現象に続いて、俺がつけよう」

「ああ。しっくりきてるからな。任せた」

「じゃあ静止と動くの中間だから『時間の狭間』ってのはどうだ」

 

「おい、苗字を入れるな。ダサくなる」

 

「いいだろ、俺が気に入ったんだ

「俺の感覚からしたら、時間の鈴木っていってるようなもんだぞ」

 

「じゃあ当て字つけていいぞ」

 

「じゃあ……”ピリオドオブタイム”」

 

「痛すぎ」

 

「かっこいいだろうが……つか、英語としてあってんのか?」

「さあ」 

 

 いつまでスローモーションじゃ締まらない。

 

 」

 

 

 死に急ぎ生き急ぎ

 

 ラノベ主人公

 

 

 

 

 ヒーロー

 

 

 ほんま、”てんご”、やで。

 

 

 

「てんご、確か、関西の方言で、いたずらや悪ふざけ、とう意味でしたっけ」

 

 お後がよろしいようで、……なわけあるか。

 

 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 また隕石が落ちてきたと、知らせを受けた。

『…………!』

 

「なにか……聞こえた?」

【】

 

 ●どこかに朝倉も挟む

 

 

 

 重要ななぞがある。

 

 なぜ、俺のノートだったんだ?

 

 またおちた、頭痛が起きた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ◆天業現象が自由に干渉できるのは、六花と狭間の記憶のみ。

  智子たちの件は、あくまでも、変わった現実への埋め合わせの結果生じたひずみ  

 

 ●左の文から逆算して設定を考える。

 経緯はこうだ。

 3がつ14日、隕石が落ち、天業現象が起きたことで、りつかは六花となり、転入の手続きを終え、大阪から千葉に移動。「家については、空き家か貸家か。一軒家なら人の間での貸し借りなら、書類を通さずにできるだろう。大家をだまくらかしてな」

 

 

 ●なら、もっと早いタイミングで俺たちの記憶も封印したりすればよかったのでは?

 →基本的に、重要イベントに際してじゃないと、変更できない?

 

 ●記憶に関してだけだとすっきりだが、内容複雑すぎないか?_

 

 移動の間の記憶がないのは、

 

 ●転校手続きも天業

 ●隕石 三月14日におきたことに

 

 

 

 

 ●本人が演技してるよウナモンだったんだ、そりゃ、演技も自然になるわな

 

 ●入学式の日、目が覚めたらとりあえず学校に行ったんだ

 

 

 ●なぜ探偵と町娘の衣装なのか、説明入れる

 

 

 ●終盤、のーとにもっはろーの文字。

 頭痛は長太郎だけに?

 

 ⚪️頭痛の発動条件の種明かしは、朝倉から

「最初からお前に聞けばゃよかったよ

 

 

 ⚪️主人公、黒歴史ノート書いたのは覚えてる??

 

  ⚫︎頭痛とスローモーションの具体説明

 

 頭痛とスローモーション→イベント進行

  

 ・真央と智子を同列に扱う

 

 ・いきなり人格だ何だと言われるのが急すぎる

 →前振り?

 

 青豚とか氷菓めっちゃ読む

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。