ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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00 01プロローグ

【00 はじまり】

 ●観測者になった長太郎からの視点

 

 

 ラブコメ、青春SF、ファンタジー。そうした創作物のジャンルは細分化され、無数にあるが。

 まさか、それらを実際に体験する事になるとは。

 どこにでも転がっていそうな捻くれオタクだった俺は、予想だにしていなかった。

 

 今に思えば、全てはあの日から始まったのだろう。

 

 物語の世界に憧れていた俺の元に、空からキミが降ってきた、あの日から。

 

 

 

 この物語を舞台に。あるいはライトノベルにするのなら。

 

 俺と、それから彼女達にまつわる物語。

 そういううことになるのだろう。

 

 それから、今「ラノベって大体そうじゃね?」って思ったやつは手を上げろ、しばき倒すから。

 

 ————————————————————————

 

 

 

【01演劇部の脚本家、乱心】

 

 

 

 重たい鉄の扉を開け、学校の屋上へと足を踏み入れる。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。

 

『翔太郎くん、下駄箱に入れた手紙、ちゃんと読んでくれたんだ』

『そりゃ、差出人の名前こそなかったが、お前の字だったからな。それでも屋上に呼び出しってのはちょっと驚いたが』

 

 こんな内容の手紙をわざわざ下駄箱なんかに入れるんだ。いくら鈍感だったとしても、流石にその意味気付けるだろう。

 

『お前が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。……初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

『もちろん。忘れるわけないよ。趣味のスカイダイビング中に、そこの二〇メートルある大木にパラシュートが引っかかって、屋上に真っ逆さまに落ちたところを翔太郎くんが受け止めてくれたんだもんね。……あの時から、ボクは君から目が離せなくなってたんだ』

 

 彼女はまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』

 ◆

 

「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」

 

 

 やたらに通りの良い、ハスキーな叫び声が部屋中に響き渡る。

 声の主は、俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒だ。

 

 彼女はひとしきり叫び終えると、後ろで束ねた黒髪を振り乱しながら、俺が心血を注いで書いてきた演劇台本『突然空から降ってきたボクっ娘美少女に、ベタ惚れされている件。』を容赦なく視聴覚室の床に叩きつけた。

 

 その蛮行に対して、俺はもちろん抗議した。

 

「ちょっと、まだ冒頭のシーンすら読み終わってないのに、人の書いてきた台本に何しやがるんすか……」

 

「言えるか! こんな甘々で恥っずかしい台詞‼︎」

 

 そんな抗議も無視し、女子生徒──南部長は、きりりと整った顔でこちらを睨みつけてくる。

 見るとその表情は、少し赤み掛かっているように見えた。

 ……ホントに恥ずかしかったのかよ。

 

 ●南部長と、台本チェックの説明を別々にする

 もうすぐ春休みも始まろうという三月半ば。

 俺は、一学年上の先輩であり、所属してる演劇部の部長。 希望(みなみ のぞみ)先輩に、自作してきた演劇台本を実際に読みながらチェックしてもらっていた。

 

 もちろん、その場所も屋上などではなく、使われなくなった視聴覚室を間借りした演劇部の部室で、である。 

 

 視聴覚室と聞くと、一面白かグレーの、無機質な部屋を想像するが、久城高校の視聴覚室は、所狭しと設置された長机とパイプ椅子を除けば珍しい様相をしている。

 

 普通教室の二倍の面積はあろうかという広さに加え、窓には、閉めれば一切の光を遮断する真っ黒な遮光カーテン、緑色のカーペットが敷かれた床、防音のために無数の穴が空いた壁は温もりを感じる木製で、部屋の一番奥は二十センチほど高くなっていて、そのままステージとして使えるようになっているのである。

 

 ここまで語っておいて今更ではあるが、俺──もとい狭間 長太郎(はざま ちょうたろう)は、この千葉県立久城高校演劇部の脚本家だ。

 慢性的な男子部員不足に悩まされている我が校の演劇部の事情もあって、なんやかんや役者もやっている気がするが、心は脚本家のつもりだ。

 

 演劇だの役者だの言っていると、なんだか妙に高尚な──有り体に言えば敷居が高く、堅苦しいことをやっているように捉えられる事が多い。

 だが、二・五次元の舞台を除いて演劇など見た事もない俺が。マンガアニメ、そしてラノベを愛しているだけが特徴の捻くれオタクの俺が。息苦しい思いをすることなく一年間活動することができた、と聞けば、いかにオタクに優しい部活なのか伝わるだろうか。

 

 ぶっちゃけ、ジャンルにばらつきはあれどほとんどの部員はオタク気質だ。

 当然劇の内容や衣装についてもその傾向が反映されるわけで……。

 衣装部屋に色とりどりのウィッグが立ち並んでいたときはさすがに驚いた。

 

 これが、やれ伝統が〜〜だの、シェイクスピアが〜〜だの言っているような部活だったとしたらこうはいかなかったろう。

 

 とはいえ、渾身の力作を床に叩きつけられては、文句の一つも言いたくなるというものだ。

 

「台本チェックなんだから、台本チェックしてくださいよ」

「いや、それはわかってるんだが……」

 

 南部長は眉を顰めて額に手を当てた。

 ……なんだ、そんなにいかんのか……? 俺の台本は。

 

 

 ● ウチの演劇部は、演目を決める際、部員全員での多数決を行う。

 その前段階で部長が、台本に過度に暴力的な言葉や誹謗中傷、差別、性的な描写が過激な描写が含まれていないか確認するのが決まりとなっている。

 

 そのため、この時点で物語の内容についてとやかく言われるケースは少ないのだが……。

 

「趣味のスカイダイビングって何だよ……なんで都合よく屋上の真横に二〇メートルの大木があるんだよ……」

 

 今回は何やら言いたいことがあるらしい。

 ぶつぶつと呪詛のように文句を言われ続けては文字通り話が進まないので、俺は部長を説得することにした。

 

「部長いいですか、落ち着いて聞いてください」

 

 俺は、九年の昏睡状態から目覚めた患者を前にした医者になった気持ちで語りかけた。

 

「ヒロインってのは、空から降ってくるんですよ」

「…………は?」

 

 部長は、全く訳がわからないという様子で、間の抜けた声を発する。

 

「ほら、部長『ラピュタ』見た事あるでしょう? 神秘的な光を放ちながら、ゆったりと少年の元に落ちてくる神秘的な少女。あれこそボーイミーツガールとしての理想の出逢いですよ」

「………ああ…えーと……?」

「ええ。仰りたいことはわかります。『お前の好きな、主人公とヒロインがイチャコラする、現実が舞台の青春ラブコメじゃ、空からヒロインが降ってるくるなんて展開は無理だろ。現実が舞台なんだから』ということですよね」

「思っとらん思っとらん」

「で、その問題を解決しうるのが、魔法も超能力も使わずに空から生身で降下できるパラシュートというわけです。ご理解いただけました?」

 

「一応は……。なるほど、それなりの考えがあってのことだったか」

 

 部長が心底意外そうに言う。まったくもって心外である。

 

「いや、待てよ?」

 

 部長が何かに気づいてしまったらしい」

 

 ●「…………なら屋上の隣に都合よく二〇メートルの大木を生やさない努力もしろよ」

「……そこはOKなラインなんですよ、今回の台本のリアリティ基準的に」

 

 例えそれが天文学的確率であったとしても、その可能性がゼロではないのなら起こる。起こるときゃ起こる。俺が書いたのはそんな台本である。

 

 出すとこに出せば、ご都合主義だのなんだのと言われそうではあるが、それ言い出したら都合の悪い物語だって「脱・ご都合主義』という都合を押し付けられた物語に他ならない。

 ようするに、結局のところは、物語を観た人間が面白いと思うか、つまらないと思うか。それだけだ。

 ……極論すぎるだろ。

 

「小賢しい事言いおって。……まあいいわかった。これは後で読んでおく」

 

「えー……後輩が魂を込めて書いてきた台本ですよ? せっかくだし一緒にラブコメしましょうよ、俺は別にしたくないですけど」

「はっ倒すぞ」

「はっ倒さないでください。ほら、アレですよ? そういう男の願望を理解しようとしないから、女子ばっかり寄ってきて男が寄り付かないんじゃないですか?」

「ああん?」

 

 その言葉が逆鱗に触れたのか、部長のただでさえ鋭い目付きが更に吊り上がる。

 

 怖っ! 怖いよ……それが男子からモテない原因だよ……。

 もっとも、部長本人がそれを自覚しているかは、怪しいところではあるが。

 

 その切れ長の目と、ハスキーな声、そしてすらりとしたスタイル。これらを有している南部長は当然女子からモテる。

 それも、仲間内のノリや雰囲気で持ち上げられてるタイプじゃなく、机の中にラブレターが入ってたりするタイプのガチなモテ方をする。

 しかしながら、本人にその気はないようで、そこらの女子高生らしく、彼氏欲しいだの何だのとぼやいている姿をよく見かける。

 

 だが……女子にモテた代償なのだろう、男子からは全くもって異性として見られていないらしい。

 なんなら、そのモテかたに嫉妬、あるいは畏敬の念を持たれているも多いとのことだ。

 

 まあ、そりゃそうだ。

 俺だって、クラスに男子よりモテるこんなイケメン女子がいたら、嫌でも他の女子とは違う接し方になってしまうだろう。

 ……そもそも他の女子とやらに接する機会などほとんどないが。

 

 部長は俺をひとしきり睨みつけてなお気が済まないのか、今度は言葉の上でも論破しようと仕掛けてきた。

 

「お前こそ、そんな先輩を煽り散らかす腐った根性してるから一向に彼女ができないんじゃないのか」

 

 ……確かに。部長に彼氏がいないように、俺に彼女はいない

 そして、部長の言う腐った根性とやらが、俺に彼女ができない原因の一旦であることは事実だろう。

 

 だが……だがしかしである。

 

「俺をそこらのパリピウェイどもと一緒にしないでください。俺は空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ」

「この妖怪こじらせオタクめ……」

 

 部長が引き攣った顔で言う。

 なんだその小豆洗いよりしょうもなさそうな妖怪は。

 

 とはいえ、当然空から降って来たボクっ娘美少女など、この残酷な現実には存在していない。

 つまるところ、これは俺にとっての、彼女はつくらない、という決意表明である。

 

「そこまで言うなら敢えて言いましょう」

 

 入部から約一年。無意識に行えるくらいに鍛えた腹式呼吸を利用し、息を思いきり吸い込む。

  

「現実はクソ‼︎‼︎‼︎」

 

 俺の声量に圧倒され、部長がたまらず耳を塞ぐ。

 

「うるっさ!」

 

 そう。俺は彼女ができないのではない……つくらないだけなのだ……!

 と、言ったところで、モテない男の負け惜しみにしかならない気もするが。

 

 二次元のキャラと違って、現実の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変わるわ、今の彼氏より優良な相手が現れたらサクっと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわ……!

 

 思い出しただけで胃液が沸騰しそうになる。

 今ならヘソで茶を沸かすどころか、体内でモツ鍋が作れそうだ。……腹わただけに。

 なんじゃおどれ!ほんとに作ったろか‼︎

 

 ……全員が全員そうではないというのは重々承知している。しかし、そうした事が起こる可能性がある以上、俺にとって異性と恋愛関係を結ぶというのはリスクでしかない。

 

「やっぱ時代は二次元ですよ二次元。あー……早く、人間が脳みそだけの状態でホルマリン漬けにされて、都合のいい夢だけ見せてくれる時代こないですかね」

 

「想像するだけで恐ろしいことを言うんじゃない、ディストピアにも程があるだろ」

 

 部長が呆れた視線を向けてくる。

 

「それで、あっちの台本はどうした」

 

 そう言って部長は右手を差し出してきた。

 あっちの台本とはなんだろうか。

 

 思いたる節がなかったので、ひとまず部長の手の平に左手を乗せておく

 

「そうじゃない。台本を出せ、台本を。ほら、『白雪王子』のやつ」

 

 白雪王子のやつ───その言葉を聞いて俺はようやく合点がいった。

 俺がこの台本を書き始める前日。つまり一昨日まで書いていた台本の事だ。

 

 その内容は、少年漫画版白雪姫とも呼べるもので、白雪王子の才能に嫉妬した隣国の王子の陰謀により、無実の罪で王宮を追放された白雪王子が、七人の小人ならぬ七人の少女たちの協力を得てその地位に返り咲く……という内容だ。

 

「はいはい、あれですねあれ。思い出しました」

「思い出したってお前……記憶喪失じゃあるまいし。つまらん冗談はいいから台本を出せ。私結構あの台本好きなんだからな」

 

 それを聞いて、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 

「それは……なんというかお気の毒に」

「お気の毒? お前それどういう」

 

 言い切る前に、俺は答えた。

 

「白雪王子の台本、なんか違うなってなったのでデータ消しました」

「消したって……はあ⁉︎」

 

  消した理由は、衝動としか言いようがないだろう。

  

 入部してから一年。俺は、久城高校演劇部に代々伝わる『誰もが知ってる御伽噺を下敷きにした、演劇を見たことない生徒でもとっつきやすい物語をつくる』という伝統に則った台本を書いてきた。

 

 だが昨日、ふと我に帰ったのだ。俺が書きたい物語は、こんなものじゃない、と。

 

 そして俺は、自分に言い聞かせるように白雪王子のデータを削除し、一晩でプロットから清書まで約二万文字、一時間の台本を書き上げてきた。

 四百字詰めの原稿用紙にしておよそ五十枚。

 その上、演劇台本はその性質上、ほぼ全てがセリフによっては構成されており、小説のように地の文で文字数を稼ぐことができない、といえば、その異常さがわかるだろうか。

 

 そう。普段の俺は帰宅から就寝までの四時間ほどをフルに使っても調子のいい時でさえ書けて千五百文字程度。当然まともに書いていて終わる筈もない。

 

「ええ、この台本は、昨日一二時間ぶっ通しで書いてきたものです」 

「……はあ⁉︎」

「当然、マジで一睡もしてないです」

 

 十二時間で二万文字。単純計算で普段の執筆速度の四倍以上。かの赤い彗星をも凌ぐ倍率である。

 

「こんなド平日にオールとか、バカか……バカなのか……⁉︎ そりゃ、脳みそだのホルマリン漬けだの言い始めるわけだ」

 

「あの時はもう、何かに突き動かされてるとか、そんな感じでしたよ」

 南部長は床に散らばった台本を集め終えると、観念したように言った。

 

「……わかった。お前の努力に免じて、とりあえずこの台本を最後まで読んでやる。ただし、黙読で読ませて貰うがな」

 

 そう言った部長の表情は、やはりいつもより少し、赤み掛かっていた。

 

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