四時限目が終わり、午前の授業が終わると、教室は一気に慌ただしくなる。
部活紹介を控えた生徒は準備を始める、帰宅部は帰宅部で、午前で学校が終わるのをいいことに我先にと教室を出始めた。
当然、俺も慌ただしい人間の一人である。
新歓当日だけあって、この後はやる事が多い。
体育館で部活紹介を終えたら、講義室Ⅱに戻り新歓の練習。
そして、一年生が放課後を迎えた後は、観客の呼び込みを行った後、新歓の本番となる。
新歓にて、出番の少ない役を担当する俺にとって、真の正念場は部活紹介だ。
部活紹介では、大半の部活が、活動日や人数など、活動に関する無難な情報だけを述べて終わる中、うちの部は演劇部らしく、体育館のステージ上で小芝居をし、その中に活動の情報を織り込んで紹介していくスタイルだ。
そして当然、ほとんどの新入生はそこで初めて生の演技と言うものを目にする事になる。
演劇部の雰囲気、クオリティがそこで判断されるのだ。
そして、俺はそこに役者として参加する上、掛け合いの台本も担当している。中々の責任である。
となれば、本番に備えて一刻も早く最後の練習を始めたいところではあるのだが、腹が減っては戦はできぬ。
俺は、購買で朝に注文しておいた、購買名物、からマヨ丼……米とからあげの弁当に、刻み海苔とマヨネーズをぶっかけたものを受け取ると部室へ向かう。
これがラノベなら、安くてそれなりに美味い食堂があったりするのだが、残念ながら、至って普通の公立高校である久城高校にそんなのはない。
それでも、昼時にパンや弁当類を販売してくれる購買があるだけまだいい方だろう。
いつもなら適当な惣菜パンで安く昼飯を済ましているところだが、今日は景気付けとして少しだけ贅沢することにしたのだ。
部室にに入ると、既にほとんどの部員が来て、各々椅子に座り昼食をとっていた。
「ちわー」
適当な挨拶をすると、相応に適当な返事がまばらに返ってくる。
「は、狭間くん!……こ、こんにちは。今日の部活紹介、よろしくお願いします。その……迷惑かけちゃったらすみません」
そんな中、黒髪ロングの小柄な女子が、他の部員より、一際丁寧な返事を返してくる。
彼女は鈴木実咲。俺と同じく、久城高校二年生の演劇部員だ。
臆病で小柄。そんな小動物を思わせる言動から連想できるように、彼女の部での担当は表舞台に立つ役者ではなく、裏方である。
担当は主に音響関係。平たく言えば、劇の進行に合わせてBGMやSEを音を流す役割だ。
彼女を端的に言葉で表すなら、ド天然を拗らせた努力の天才といったところだろうか。
とはいえ、俺としても、彼女への第一印象は「自分に自信のない内気な少女」というものであり、入部当初の自己紹介の際、「前に立つことはできませんが、音楽を少しだけ習っていたので音響として頑張りたいと思います!」と意気込む鈴木を見ても、ピアノか何かやっていたのだろうかと思うくらいで特に思うところはなかった。
それがまさか、中学の頃、バイオリンで全国大会に出ていた、なんて功績を叩き出しているとは。
本人はそれをあまり評価されるべきものだとは思っていないようで、なかなかその時の演奏の映像を見せてはくれないかったが、何度も頼み込んでようやく見せてもらった動画には、長い髪を振り乱しながら、普段のおどおどとした動きからは想像もできない、キレのある動きでバイオリンを弾き鳴らす鈴木の姿があった。
それに加えて、他にもそろばん、ピアノ、剣道、書道など、幼少から色々な習い事を経験し、全国とはいかずとも、それなりの功績を上げてきたらしい。
それに至るまでに、いったいどれだけの時間、練習を重ねてきたのだろうか。
その圧倒的な勤勉さこそが、俺が彼女を努力の天才と評する理由である。
現に今も、もぐもぐと購買のチャーハン弁当を咀嚼しながらも彼女の視線は机の隅に置かれた、この後の部活紹介の台本の方に向いていた。
その台本も、注意点、舞台上での動き、コツ、練習中に起きたミスなど、大量のメモ書きがされているのだから、本当に真面目なやつだ。
そう。部活紹介の際、相方として、共にステージ上に立つ部員はこの鈴木だ。
そして、入部当初から裏方に徹してきた鈴木にとって、人前に立つと言うのは今回が初めてになる。
部活紹介は毎年二年生が担当することになっているのだが、三人いる二年生女子の中二人は新歓において出番の多い役だったため部活紹介に出ることが難しく、鈴木が出る事になった。
言うなれば消去法である。
とはいえ、他の部員に比べ、アクが控えめで、その小柄な容姿やかわいらしくまとまった容姿から万人受けするのは間違いないので、結若いオーライではあるが。
ちなみに俺は二年生唯一の男子だったので、気づいた時には出る事になっていた。
まさか消去法すら必要ないとは。
購買の炒飯弁当を頬張る鈴木を横目に、俺も弁当も開ける。
「狭間くんのも美味しそうですね。それ、何ですか?」
「からマヨ丼。なかなかうまいぞ?」
「じゃあ、今度頼むときはそのからマヨ丼にしてみます」
「でもお前、普段弁当じゃなかったか?」
「はい、それなんですけど」
鈴木が困ったような笑みを浮かべる。
「お母さんが、お米を炊き忘れてしまって……」
「なるほどな」
「たまにあるんです、こういう時」
醤油ベースの濃ゆい味付けに白米をかきこんでいると、鈴木が何かを思い出したかのように話しかけてきた。
「そういえば、さなみーから聞いたんですけど、狭間くんのクラス、転校生が入ってくるんですか?」
「転校生……? いや、聞いた事ないが」
というか、誰だよさなみー。
すると鈴木は不思議そうな顔をした。
「あれ、狭間くん、さなみーと同じクラスでしたよね。聞いてませんか?」
「聞いとらん」
同じクラスだったのかよ、さなみーとやら。
だが、「さなみー」というからには、苗字か名前に「さな」が入るのだろう。
佐名、紗奈、早苗……。いや、わからん。俺の知る限り、そんな名前のやつはいなかったはずだ。うむ、わからん。
「というか、そのさなみーとやらは、どっからそんな話を仕入れてくるんだよ」
「はい。クラスに今まで見たことない名前の方の席があるそうで。転校生なんじゃないか、って話でした。昨日今日と、その転校生の方は欠席されているそうなので、まだ実際に転校生なのかは分かっていないそうですが」
昨日今日と欠席していると聞いて、俺は心当たりがあった。
それ絶対俺の右隣の席じゃねーか。
よくよく思い出せば、担任が出席確認の際、欠席者がいれば「佐藤は……欠席だな」なんてくだりがあるところ、それがなかった。
つまり、そいつが欠席である事情を察していたわけだ。
そして、教師側でそんな事情を把握しているとんなれば、それは単なる噂ではなく、実際に転校生である可能性は高いだろう。
「なるほど、転校生ね」
「はい。転校生かどうかはまだ確証はないようなんですけど、その方の名前は分かっているそうで」
鈴木は「えーと」と、思い出す素振りをした後に答える。
「如月 六花(きさらぎ りっか)さんと言う方らしいです」
「……は?」
思わず、驚きの声が漏れた。
「待て、キサラギリッカ……?」
「はい。えーと……こういう字を書くそうです。
そう言いながら鈴木が差し出して来たメモ書きには
『如月六花』と、そう書かれていた。
●二次元の名前っぽい!
『転校生 如月六花』と聞いて、ふいに脳裏に浮かんだのは、昨日の、白髪の彼女の姿だった。
如月も、六花も、創作物でよく見る名前だ。
白髪の彼女が、拗らせ電波女であることは分かっている。けれど、それでもなお、二次元の権化のような出逢い方をした彼女に、この名前はピッタリだと思った。
入学式の後に学校にいたということは、彼女が一年生であることはほとんど確定しているようなものだったが、彼女は実は転校生なのではないかと、そう思わずにはいられなかった。
「ひょっとして、お知り合いでしたか?」
「いや、ちょっとな……あー、まあ、一昨日ベランダから落ちて来た謎の生徒がいてな、名前も学年も分かってなかったんが、ひょっとしたらその転校生がそいつかもしれないと思ってな」
「なるほど、そういうことでしたか」
「それにしても、そのさなみーとやらは、随分噂好きなんだな」
「そうなんです。この前の春休みのときなんか、久城山に隕石が落ちたって言ってました」
「は⁉︎ 隕石ぃ⁉︎」
久城山は学校から見て、高速道路を挟んで向こう側にある小さな山だ。
とは言え、流石に山だけあって、近くにあるように見えて、案外遠くにあるため行ったことはない。
もちろん、隕石が落ちたなんて話も初耳だった。
その話、ちょっと詳しく……と聞こうとしたところで、同じく二年の演劇部員である利根の邪魔が入る。
「実咲ちゃーん、このシーンの音流すタイミングなんだけど、ちょっといい〜?」
「はい、今行きまーす」
行ってしまった……。
一応、気になってネット検索をしてみたものの、大阪の方で隕石が落ちたというニュースが一件あったのみで、それらしいものは見られなかった。
まあ、噂は噂、ということだろう。
弁当を食べ終えると、部活紹介に使用する衣装を持ち、ステージの向かって右側の舞台袖にある扉を開ける。
この部屋は更衣室になっており、三畳ほどの小さな空間には、壁掛けのハンガー、脱衣カゴ、姿見が置かれている。
一通り着替えを終えると、鏡には薄茶色のトレンチコート姿の、いかにも探偵です、といった風貌の中肉中背の男が映っていた。
そして仕上げに白髪のウィッグをつけ、その上からハンチング帽を被る。
当初こそ金木くんとか一方通行(アクセラレータ)とか、白髪のキャラってかっこいいよね、と、完全に趣味で選んだウィッグだったが、今ではすっかり、例の電波女子の方が先に思い浮かぶようになってしまった。
帽子のつばを左右に揺する。
この、俺が着てようやくピッタリなサイズ探偵服は、一年前の新歓で、俺の入部のきっかけとなったボクっ娘美少女ホームズが着ていたものだ。
そう、俺が新歓で務める役とは、他ならぬ、彼女と同じホームズなのであった。
この衣装も、かつて彼女が来ていたかと思うと、妙な着心地の悪さがあるような気がしてくる。
この帽子も、彼女がかぶっていた時は大きく見えたものだが、いざこうして被ってみると、案外窮屈だ。
その上、今回の『御伽探偵ホームズ 〜走れメロス事件〜』において、昨年ホームズとして主役を務めた彼女と違い、今回の主役は助手のワトソンで、ホームズは序盤でセリヌンティウス共々人質にされてしまい、ほとんど出番がない。理想と現実のギャップを叩きつけられたような気分である。
更衣室を出ると、鈴木もちょうど食べ終わったところだったようで、入れ替わるように俺が今しがた入っていた更衣室へと入っていった。
恐ろしいことに、男女兼用である。
もちろん、そうした事故が起こらないよう、使用中を表すプレートと、ドアのノックによるダブルチェックで対策をしてはいるものの、それでも年に一度くらいは起きてしまうのだ……不幸な事故が。
あれは去年の九月ごろ、次の大きな公演を目前にして、部員の誰もが余裕の無かったある日のことだ。
俺はあろうことか、更衣室のプレートを「使用中」にすることなく着替えを始め、堂々とパン一になっていた。
そして、背後から聞こえるキィ……とドアの開く音。
振り向くとそこには疲労からか、死んだ目をした南部長が……。
どんな反応をすればいいか分からなくなった俺は、ノルマを果たすべくとりあえず言った。
『……きゃー、えっちー………』
そして無言で閉じられるドア。
南部長に男兄弟が多いため、お互い気をつけましょうの一言だけで済んだが、これで男子に免疫のない女子───例えば鈴木だったとしたら、もっと言えば、立場が逆で、女子の着替え中に俺が入ってしまったら……考えるだけでゾッとする。
漫画で頻繁に遭遇する、いわゆるラッキースケベは大いに歓迎だが、あれは、主人公がヒロインのビンタを喰らった次のコマでは今まで通りの関係に戻るからこそ成り立つのであって、好感度やら犯罪歴やらが一生地続きな現実で起きたらたまったものではない。
部活紹介の内容を復唱していると、鈴木が着替えを終えて戻ってくる。
鈴木の衣装は、中世の町娘を思わせるもので、袖口がふわりとしたパステルグリーンのシャツに、その上から、エプロンのついた茶色いワンピースを着たものだ。
確か、ドレスを着る前のシンデレラの衣装として、衣装部屋に置かれていたものだ。
「狭間くん。ちゃんと着れてますか……? 変じゃないでしょうか……?」
衣装を着ると言う行為によほど慣れてないのか、鈴木は着替える度にこうして聞いてくる。
「大丈夫大丈夫。いつも通り様になってるよ」
「そうでしょうか……だといいんですが」
俺が言ったとて、いまいち似合っている自信がない素振りをするのも、またいつものことである。
とはいえ、似合っていることもまた、事実だ。
俺と違い、ウィッグはつけておらず、その衣装の色から、派手さはなく、むしろ素朴な印象ではあるものの、それがかえって、着せられている感、言うなればコスプレっぽさを全く感じさせない印象に仕上がっていた。
派手な格好はしたくない、という鈴木の意見を取り入れた結果のこの衣装っだったが、中々いい方向へと転んだのではないだろうか。
昼休みの残った時間で最後の練習を終え、体育館に向かうと、すでに体育館の前方には新入生が集まっていた。
今年もA組からF組までの一クラス約三十人の六クラスで、計二百四十人ほどの人数だろう。
また、体育館の両端には各部活が、出番順に並んでいる。
ユニフォームやら道着やら和服やらがずらりと一堂に会す様は中々にカオスだ。
俺たちも所定の場所に並び、壁にもたれかかるようにして部活紹介が始まるのを待っていと、
隣に座った鈴木が手をグーパーと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映った。
見れば、その手は緊張で震えていた。
そりゃそうだ。部活紹介は三分に満たない時間とはいえ、鈴木にとっては紛れもない初舞台。相当なプレッシャーだろう。
こう言う時、なにか気の利いたことでも言えれば苦労しないんだろうが。
「えーと、大丈夫だ。お前ならできる」
自分で言っておいてなんだが、なんて薄っぺらい励ましてなんだ。全く頼りにならない。
「そう……でしょうか……」
案の定不安そうに鈴木がこちらを見つめてくる。
「ほら、たくさん練習してきたし、昨日だって完璧だったろ?」
「…それは、そうですが、もし間違えたらと思うと、怖いんです……」
人前で芝居をして、成功した経験も、失敗した経験もない今の鈴木に、「練習したから大丈夫」と言ったところで意味がないし、そんな言葉は無責任だろう。
俺は、開き直った助言をかけることにした。
「じゃあ、間違えてもいい」
「え?」
「アドリブだけには自信あるからな。もし間違えても俺が適当にフォローする」
……演技力じゃ、先輩方に遠く及ばないがな。それについては、本業が作家だから……ということにしておこう。
鈴木がぽかん、とした表情でこちらを見つめてくる。
「おーい、しっかりしろ」
「は、はい! します! しっかり!」
その表情に、さきほどまでの不安の色はなかった。
「狭間くん!」
「うおっ、どした」
「なんか私、できるかもです!」
ふんす、と意気込む鈴木。なにやら、自信を持ってくれたこの様子なら大丈夫だろう。
そして、順当に出番は近づいていき、ついに『続いては、演劇部の紹介です!』という生徒会のアナウンスが聞こえてきた。
「それじゃ、いきますか」
「はい!」
生徒会から受け取ったインカムをつけ、拍手の中、やたら偉そうな足取りでステージに出る。
『やあ新入生諸君! 今日は諸君らに』
『真面目にやってください! 失礼ですよ!』
間髪入れずに鈴木のツッコミが入る。完全に台本通りだ。
そこからは、先ほどのやりとりが功を制したのか、練習通り小芝居をはさみつつ、活動内容や要項を伝え切ることができた。
『演劇部のみなさんありがとうございましたー!』
アナウンスを合図に、舞台から退こうとしたその時、中央の列の最後尾に、一際目立つ白色が見えた。あの女子だ。
いつからあそこに……いや、そもそもなぜあんな場所に。
思考を巡らせていると、ふいに鈴木に袖を引かれた。
そして、俺はまだステージ上から退場する途中だったことを思い出した。
(悪い、助かった)
鈴木に小声で言うと、俺は今度こそ、足早にステージを後にした。
体育館の出口へ向かうなか、辺りを見回す。もちろん、白髪の彼女を探すためだ。
だが、新入生の列の中に白のショートボブは見つけられなかった。
「いない……?」
「狭間くん、何かあったんですか?」
鈴木が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「ああいや……」
●鈴木にも聞いてみようの地の文
「なあ、新入生の中に白髪の女子がいたの見なかったか? さっきまでそこにいたんだが、いなくなっててな」
「すみません、見てないです。セリフ間違えないようにするのに精一杯で……すみません」
「謝んなくていい、気にすんな」
「その、白髪の方というのは?」
「ああ、さっき、ベランダから落っこちてきた女子を受け止めたって話しただろ? 白髪の女子ってのはそいつなんだ」
「なるほど! そういうことでしたか! それにしても、白い髪ですか……アルビノの方でしょうか……?」
アルビノ。確か生まれつき色素が薄く、真っ白な肌や、赤い目、そして、髪の毛からまつ毛まで、全身の体毛も白くなる症状だったか。
「でも瞳の色も赤じゃなくて青だったし、まつ毛も黒だったはずだ。多分ウィッグとカラコンだと思うぞ」
「なるほど、まつ毛が黒でしたら、その可能性は高いですね。あ、でもアルビノの瞳の多くは、青系、灰色系が多いみたいですよ」
「へぇ、そうなのか。てっきりアルビノは全員赤い目だと思ってた」
それこそ、『一方通行(アクセラレータ)』とかそうだったしな。
「動物のアルビノは目が赤いことが多いですから、そのイメージなんですかね」
「それにしても、そんなことよく知ってるな」
「たまたま本で読んで知っていただけです。実際に見たことはないですし」
……それにしても、部活紹介はまだ半ばにも関わらずいなくなってしまうとはどう考えても不自然だ。
なにより、おかしなことに「気づいたらいなくなっていた」なんて状況は一昨日のことを彷彿とさせた。
あれは、朝倉に言わせれば、恥ずかしくなって逃げ出した、なんてことだったが、
俺が退場するタイミングでいなくなったのだから、理由はどうあれ、避けられていることには間違いないだろう。
「それにしても、途中でいなくなるなんてちょっと変ですね」
鈴木は少し考える素振りをして、閃いたとばかりに言った。
「ひょっとしてトイレに行ったんじゃないでしょうか」
「トイレってお前……」
生理現象という、最も現実的な話を持ち出され、思わず気が抜けてしまう。
「誰か入ってるかだけちょっと確認してきますね」
「いやそこまでしなくても……」
そんな俺の静止は役に立たず、鈴木は女子トイレへと消えていった。
……まあ、たしかに白髪女子がいた位置から、子トイレは近かったので、合理的な考えではあるのだが……なんか……ねぇ?
鈴木がトイレから出て来たのは、すぐのことだった。
そしてその表情は明らかに不完全燃焼といった様子でだった。
いなかったのかよ。
「誰もいませんでした……トイレだと思ったんですけど」
「そか、悪いな手間かけさせて」
「はい。でも、トイレじゃないならその方はどこにいったのでしょうか」
「さあなぁ……そうだ、この後の呼び込みで、もしその女子を見かけたら、話し掛けて来てもいいか?」
昨日の事、そして今さっきのこと。丸っと全て話してもらわなくては、気になって仕方がない。
アニメもラノベも一気に読みたいタイプだ。
「わかりました! その間は任せてください! 守っておきますので!」
「おう。……何をだよ……」
「でも、この場にいたと言うことは、その方、転校生ではなかったんですね」
「……だな」
そう。部活紹介に参加するのは一年生のみ。つまり、白髪の彼女も一年生であるということであり、俺の隣の席の転校生「如月六花」は彼女とは別人だということだった。
勝手な妄想をしていたのこちらに非があるのは百も承知だが、それでもなお、俺はそれなりにショックを受けていた。
そしてこの気持ちは、推し声優の活動休止に伴い、推しヒロインの声までもが変わってしまったときの気持ちによく似ている。
頭では処理できていても、気持ちが現実に追いついてこないのだ。
「はぁ〜〜〜〜…………あと二ヶ月は引きずるなぁ…………」
「げ、元気出してください!」
「あー、じゃあ試しにがんばれがんばれって言ってみてくれるか?」
「がんばれっ! がんばれっ! ……こうですか?」
ふむ、これは中々。
とはいえ、白髪の彼女が如月六花ではないとすれば、如月六花はどんな女子なんだろうか。
六花……六花ねぇ……。
それこそ、「我が名は邪王真眼!」と言い出したりやたら太ももがムチムチだったりしない限り、この落ち込んだ気持ちを挽回することはできないだろう。