ニジとサンジの狭間くん(編集中)   作:しぃすけ

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再開 伊丹

 ◇

 

 

 

 部活紹介を終え、部室で新歓の最終確認を終えた俺と鈴木は、新歓の呼び込みのため、一階の昇降口の付近で待機していた。

 上の階が騒がしくなり始めたことから察するに、一年生のHRが終わったのだろう。今頃、四階でも他の手の空いた部員が呼び込みをしている頃合いだろう。

 

 上の階から、赤色の校章をつけた、新入生たちがぞろぞろ降りてくる。

 

 俺は、複式呼吸を意識しながら息を吸い込む。

『やあ諸君ら! 今日から始まる高校生活! 変わったこと、新しい事をしたい奴は是非劇を観にくるといい! なに、入部なんて面倒なことは後から考えればいい。まずはその目で観て、楽しめばいい!」

 

 部活紹介に引き続き、勧誘らしからぬ太々しい態度だが、その物珍しさもあってか、しっかりと新入生の視線を集めることができていた。

 

 続くように鈴木も声を張り上げる。

 

『え、演劇部! 新入生歓迎公演がはじまります! 四階一番奥! 視聴覚室でやります。えと……面白いです!』

  お前も自分で面白いって言っちゃうのかよ。  

 

 

 

 

 そうして呼びかけを行なっていると、既に複数の一年生グループがそれぞれどうする? 観にいってみる? と話し合い、こう着した状態が続いてしまっていた。

 

 ……さて、どうしたもんか。こう言う場合誰か一人でも先人を切ってくれれば、そこに便乗する流れができるものだが……。

 

 そんなことを考えていると、人混みの中から、やや声の高い男子の声が聞こえてきた。

 

「すみません! 劇見たいんですけど視聴覚室ってどっちですか?」

 

 そして、声の主が人混みから抜け出て、俺の前に目の前に躍りでてくる。

 声の主は、やや小柄で、すっきりと整った顔立ちと、長めの前髪もあって、中性的な印象の男子だった。

 

 

「ああ、視聴覚室は、廊下の突き当たりにある階段で四階に上がってすぐだ」

「ありがとうございます!」

「後輩、名前は?」

 

 俺は彼の、この場に一人で声を上げられる度胸、モチベーション、そしてルックスから、逸材だと感じて思わず引き止めてしまう。まさにティンときた、というやつだ。

 

「伊丹、伊丹葵です」

「そうか。伊丹後輩、楽しんで」

 

 手を挙げると、伊丹後輩は律儀に手を振りかえしてから部室へ向かっていった。

 

 そして、彼に続くように、他のグループも部室の方へと向かっていった。予想通り、上手く流れができたようだ。

 

 

 

 そこそこの人数が部室の方へと向かってくれた。上でも勧誘をしているとなれば、今頃部室は大盛況だろう。

 

「はあ〜」

 呼び込みが順調なことに、心底ホッとしたのか、隣の鈴木から間の抜けた音が聞こえてくる。

「お疲れさん」

「はい。よかったでです……新入生、ちゃんときてくれました……!」

「降りてくる一年も大分減って来たし、鈴木は先に部室の方戻ってていいぞ」

「そんな、悪いです」

「ギリギリの時間に行ってみろ、焦ってシリアスな場面でギャグシーンの曲流して雰囲気ぶち壊しになるかもしれんぞ?」

「ひっ! お、お先に失礼します!」

 

 そそくさと去っていく鈴木。

 若干心苦しいが、こういう場合、鈴木は中々引き下がらない。

 納得させるには、事故の可能性を示唆するのが一番なのだ。

 

 

 そこからは俺一人で、ポツポツとまばらに降りてくる新入生への対応をした。

 だが、結局、白髪の彼女が階段を降りてくることはなかった。

 

 昇降口

 の近くにいる以上、見逃す、ということは基本的にないはずだ。

 だとすれば、すでに他の部活の見学に行ってしまったのか、はたまた俺が他の一年生と話している隙をついて下校してしまったのか。

 だとすれば妙な話だが、体育館での一件があった以上、その可能性は否定しきれなかった。

 

 それに、もうそろそろ開演時間だ。もう俺がここにいる理由もないだろう。 

 そう思い、立ち去ろうとした矢先、階段から誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 この足音の主だけ確認したら、すぐに部室へ戻ろう。

 

 そう思い、階段の真下に向かうと、ちょうど膝の上まで伸びた黒いソックスと、チェック柄黒いのスカートが見えた。どうやら女子生徒のようだった。

 

 そして次第に、濃い紺色のブレザーに、さりげなくストライプの入った真紅のリボンがあらわになる。

 どれもが新入生らしく、ノリの効いた真新しい制服だった。

 だが、相反して左側の襟に付いた校章は二年生を示す緑色をしていた。

 

 そして、首の中ほどまで伸びた雪のように真っ白な髪。窓から漏れる光を受けて、煌めき、時折七色に輝いているようにさえ見えた。

 

 その神秘的な立ち姿はとても、ただの中二病電波女子には見えなかった。

 俺は彼女の放つ、存在感を前に、身動きが取れないでいた。

 

 彼女は、階段を降り切ると、控えめに微笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「さっき体育館にいたよな」、「昨日どうしてベランダにいたのか」、「王子様の意味って」

 

 聞きたいことが濁流のように溢れ出す。聞きたいことが多すぎて、俺は言葉に詰まった。

 頭が真っ白になったまま呆然としていると、先に口を開いたのは彼女の方だった。

 

「やあ、また会ったね」

 

 柔らかいソプラノでありながら、どこか芯の通った安らぐ声で、彼女は言葉を続けた。

 

「昨日は本当に助かったよ。ボクのこと、受け止めてくれてありがとう」

「……あ、ああ……」

「ねぇ」

 

 彼女は、一瞬のうちに鼻が触れそうなほどの距離に近づいていた。彼女から、花のような甘ったるい、どうしようもなく魅惑的な匂いがした。

 そして、バクンッッ‼︎ と、心臓がかつてないほどの力強さで、うねりをあげるように脈打った。

 

「怪我、してないかい……?」

 

 不意に、彼女が俺の腕を取り、なぞるように触れる。

 その瞳はまるで慈しむような、宝物にでも触れるかのような表情で、俺はそれがやけに気になった。

 

 

 

 

「だ、大丈夫だ……。 ちょっと筋肉痛になったくらいでなんともない。そ、それより、あんなことがあって、そっちの方こそ大丈夫なのか……?」

 

 すると、彼女は今度ふにゃりと、柔らかな笑みを浮かべた。 

「ボクのことまで心配してくれるなんて、キミ、優しいんだ。……うん。キミが助けてくれたおかげで、ボクは大丈夫。だからね……キミに、恩返しがしたいんだ」

  

 鼻先が触れ合いそうになる距離の中、彼女は瞳を一切逸らさずに言った。

 

「───キミのためならボク、なんでもするよ?」

 

 その言葉からは、一切の誇張も、冗談も感じられず、本当に、俺のためになんでもしよう、という強固な意志を感じた。

 

 

 だからこそ、俺は分からなかった。

 確かに昨日、俺が彼女を受け止めた事は事実で、あの場で俺が駆けつけなかったとしたら、彼女は無事ではすまなかったのもまた事実だろう。

 だが、普通そうまでして、初対面の人間に尽くそうとするか……?

 

 朝倉の言った、「彼女は、自分を助けてくれた俺に運命を感じている」という言葉で、無理やりに納得しようとしても、俺は、彼女がそんな偶然に安易と流されるような人間には見えなかった。

 

 なにより、彼女の澄んだ碧色の瞳を見ても、コンタクトを付けているなら、絶対にあるべき、レンズのフチが見えず。その髪色についても、今俺が白のウィッグをつけているからわかる。この一切のパサつきのない、滑らかな髪質は、絶対に人工物なんかじゃなく、彼女が生まれ持って授かった色なのだ。

 

 だから俺は、今起きていることに偽りはなく、事実であると、そう受け止め他なかった。

 

 …………だから俺は、彼女の言う、「なんでも」とやらの内容を考える他なかったのだ。

 

 

 なんでも、なんでもだろ……?

 なんでもって具体的にどこまでの範囲だ……?

 とりあえず法律と憲法には遵守するだろ? あとそう、エロいこと。エロいことはいいのか? どこまでだ? どこまでならOKだ? R-15か? はたまたR-18か……?

 バッカお前、今俺十六歳じゃねぇか。…………いやでも双方合意の上ならやっぱりOKか……?

 

 その時ふと、視界の端に見切れるようにして、茶色のコートが写った。

 ああそうだ。今の俺は、主役ではないにしても、ホームズだった。

 俺は、今にも開演しそうな部室へと戻らなければならないのだった。

 

「ボクにお願いしたいこと、何かあるかい?」

 

 こてんと首を傾げる彼女の姿は非常に愛くるしく、叶うならこのままずっとこうしていたいが、それでも俺はこの場を切り上げなければならなかった。

 

 

「悪い。このあと俺、やることあるんだ。だから───」

 

 

 と、言いかけたところで、彼女の瞳が、潤んでいるのに気づいた。

 

「うぅ……」

「お、おい」

「……ご、ごめん、ボク……うぅ……いきなり迷惑だったよね……グスン、嫌だった……よね……ヒック……」

 

 気づいた時には、彼女は大粒の涙を流していて、鼻を啜る音まで聞こえてくる始末だ。

 おい……おいおいおいおい……!

 待ってくれよ、俺何かマズいこと言ったか……⁉︎

 そりゃ確かに断りはしたが、それだけでこうまで取り乱すことはないだろ⁉︎

 

「うわああああああん!」

 

 先ほどから一転して、気づけば俺はそして、しまいには声を上げて泣き出してしまった。

 

 これでは、

 それに誰かにこの状況を見られでもすれば、さらにややこしい事になるのは間違いない。

 とにかく、彼女を泣き止ませるのが先決だった。

 

「お、おい! 聞く! 話なら後でいくらでも聞いてやるから! 一旦落ち着いてくれ……! 正直戸惑っちゃいるが……あんたのこと、迷惑だなんて思ってないし嫌でもなんでもない。むしろ、あんた見たいな美少女に構ってもらえて俺得でしかない。だから、な? 一旦落ち着かないか……?」

 

 俺はほぼ初対面の相手に何を言っているんだ……。

 

「ほんと……? ボクのこと、嫌いになってないかい……?」

「なってないなってない。でも、部活紹介見てたなら分かると思うが、俺はこの後劇にでなきゃならんからなん。話ならそのあとでいくらでも聞いてやる」

「本当……?」

「ああ……。そうだ。この後時間はあるか?」

「うん、あるけど……」

「じゃ、うちの演劇みてけよ」

「いいのかい……?」

「いいのも何も、ダメな理由がどこにもない」

「ありがとう」 

「……おう」

 

 俺は彼女を客席に案内すると、急いで舞台袖へと向かう。

 鈴木の流した開演のブザーを合図に、舞台の幕が上がった。  

 

 ◇

 

 ワトソンとメロスの活躍により、セリヌンティウスと、ついでにホームズの命は助かり。乱心の王は己の過ちを認め、人の心を取り戻した。

 探偵事務所にもどったワトソンが、事の顛末を語り終えると、照明が落ちるのを合図に、舞台は幕を閉じた。

 

 客席からの拍手が響き渡ると、無事に新歓を終えた安堵感でドッと疲労が押し寄せてくる。

 もっとも、今回に限っては、疲労の原因はそれだけではないのだが。

 正直、舞台に立っている最中も、彼女のことが気になって仕方がなかった。

 視界の端に、白色がチラチラ映り込むのだ。

 演技中に余所見をするのはもちろんご法度なのだが、何度彼女の方に視線を向けそうになったことか。

 

 後ろの音響設備のある席にいる鈴木も呼び寄せ、簡単な部員の紹介と明日以降の体験入部についての説明を終えると、隣から、鈴木の息を吐く音が聞こえてきた。 

「おつかれさまです!」

「おつかれさん。無事終わったな」

「はい……! これで一安心です……」

  

 その声は普段よりも元気がない。慣れないことをしたせいか、やはり疲れていたようだ。

 

 出入り口に立ち、あらかじめ観客たちに渡しておいた感想用紙を回収しながら、新入生を見送っていく。

 大半の生徒は、二、三行の感想を書いてくれるが、中には、公演が終わってなお、席に残って引き続き感想を書いてくれる生徒もいる。

 現に今も、伊丹後輩と、数名の新入生。それから、例の彼女の姿もあった。

 

 きっと、今残っている中から、部員になってくれる生徒も多いだろう。

 現に、鈴木も昨年の新歓の際、感想容姿がびっしりと埋まるまで感想を書き続けていた。

 

 そんな残っている彼らを、南部長が懐かしむような目で見つめていた。

 きっと俺と同じように去年の鈴木の姿を思い出しているのだろう。

 

「狭間くん、書き終わったよ」

 

 例の彼女が俺を呼んだ。行こうとすると、部長に呼び止められる。

 

「なあ、彼女。えらい存在感があるが、知り合いか?」

「ええまあ。……といっても、今はまだ空から降って来たのを受け止めた程度の関係ですけど」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げる部長を背に、俺は彼女の方へと向かった。

 

「悪い、待たせた。その、なんだ。劇はどうだった?」

 

 盛大な泣き姿を見たからなのか、さっきと比べれば、比較的まともに話かける事ができた。

 とはいっても、相変わらず心臓がバクバクとうるさい事に変わりはないが。

 すると、先ほどまで泣きじゃくっていたのが嘘のように、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「すっっごく楽しかった……! 狭間くん、ボクにこんなに面白いもの、見せてくれてありがとう! なんか、不安とか、全部吹っ飛んじゃった」

「そうか、ならよかった」

 

 不安とは、一体何のことなのだろう。

 彼女が、急に泣き出した理由と関係があるのだろうか。

 ほとんど初対面の今の状況では、そんな踏み込んだ質問はとてもできないが、こうして彼女を元気付けられたことは、素直に嬉しかった。

 

「それで、その……さっきのことなんだけど……忘れてくれないかな?」

「さっきのこと……?」

「ええっと、その……昇降口のところで……」

「ああ、泣いてた事か」

「もう、口に出さなくたっていいじゃないか……」

 

 そう言って彼女は頬を膨らませた。

「悪い、気をつける。忘れられるよう善処するよ」

 

 と言っても、あれだけインパクトのある出来事、早々忘れることはできないだろうが。

 

「ほんとに……?」

「……ほんとに」

 

「なら、いいけど」

 

 そう言うと、彼女は感想用紙を渡してきた。

 

「はい、遅くなってごめんね。ついつい書き過ぎちゃったよ」

 

 用紙には、丸みを帯びた可愛らしい文字がびっしりと書かれていた。

 そして、名前欄には予想通りの名前が書かれていた。

 

「如月六花……!」

 

 もう間違いない。目の前の彼女こそが、俺の隣の席の転校生、如月六花だ。

 

「ん? どうかしたのかい?」

「いや、同じクラスだな、って」

「本当かい……⁉︎ そっか、やっぱり運命、感じちゃうな」

「やっぱり……?」

「うん。だって、ボクのこと助けてくれた狭間くんが同じクラスなんだよ? これってきっと運命だよ」

 

 運命。その言葉を聞いて、俺は、如月に質問をしない訳にはいかなかった。

 

「なあ、如月。昨日言ってた『キミがボクの王子様?』ってセリフ。あれは……どう言う意味なんだ?」

「それも……できれば忘れてくれないかな……?」

 

 どうやら、それも咄嗟に出てしまった言葉だったらしい。

 

「それは……ちょっと厳しいかもな……」

 

 忘れようとするには、少々……いや、大分インパクトが強すぎた。

 

「……いじわる」

「悪い」

「ボクなんか、恥ずかしすぎて、キミの前から逃げ出しちゃったのに。……その、昨日はごめんね。びっくりしたよね」

 

 もちろん、あの瞬間こそ驚きはしたものの、その内容は概ね、朝倉が語った通りだったため、特別驚くことはなかった。

 如月は、朱に染まった頬のまま話し続ける。

「……王子様はね、ボクにとって、運命の人って意味」

「じゃ、俺がその王子様なのか?」

 

 そう、冗談めかして言う。俺が、他人にとっての特別になるなんて、あまりに想像がつかなかったからだ。

 けれど、如月は違った。

 

「うん、そうかも」

 頬をさらに赤く染め、上目遣いでそんな事を言われては、ときめかないわけがなかった。

 顔が一気に熱くなるのわかった。これでは、とてもじゃないが、彼女のことを直視できない。

 

 そして、如月は「それでね」と前置きをして言った。

「ボク、演劇部に入部することに決めたよ」

 

 もう少し考えたらどうだ、なんて言葉は言う気には全くなれなかった。 それは、如月の瞳から、絶対に曲げないという意思を感じたからだ。

 

「……そう、か……じゃあ、これならよろしくな」

 

 彼女は俺の手を両手で握ると、とびっきりの笑みを浮かべたのだった。

 

「うん、これからよろしくね狭間くん」

 

「それじゃあ、邪魔になっても悪いから、ボクはそろそろ帰るよ。明日からはちゃんと朝から登校するから、そのときはよろしくね」

「ああそうか。今日は朝はいなかったもんな」

「うん。午前中、体調崩しちゃって。だから本当は今日は欠席のつもりだったんだけど、電話したら先生に「部活紹介だけでも見ていけば?」って言われて。でもこうしてまた狭間くんに会えて、劇も観れたんだから、来てよかったよ」

「そうだ、部活紹介の時、途中でいなくなってなかったか?」

「そんなとこまで見られてるなんて、恥ずかしいなぁ」

「実を言うと、キミがステージの上に立って、演劇部って分かったあの瞬間から、もう演劇部に入る事は決めてたんだ。だから、もう後の部活はみる必要ないかなって、こっそり抜け出しちゃった」

 

 ……薄々思っていたが、如月、やはりかなりの行動派らしい。

 

「なるほどなぁ。悪いな、引き止めて。じゃあ、また明日」

「うん。また明日」

 

 そういって如月は部室を後にしていった。

 

 これで、本当に一段落だろう。

 

 去っていく彼女の背中を見送っていると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 なんと言うか、怒涛の展開だった。

 とにかく今は、新たな部員の入部と、空から降って来たボクっ娘美少女が隣の席の転校生だったことを喜ぼうじゃないか。

 

 ……本当に、どんな偶然だ。きっと、一生分の運を、俺は使い果たに違いない。

 万が一に備えて今のうちに遺書でも書いておくか。

 そんなことをぼんやり考えていると、部長が話しかけてくる。

 

「なあ、さっき言った、空から降ってきたって、どう言うことだ?」

 

 そういえば、一刻も早く如月と話したかった俺は、突拍子もない事を言っておいて、その隙に逃げよう、という。まるでバトル漫画の一幕のような方法で部長との会話を中断したのだった。

 

 仕方ないので、部長には「昨日、ベランダから落ちたところを、偶然受け止めた」と、端的に話した。

 

「なるほど、それで空から降って来た、か。些か誇張が強すぎる気もするが、お前に言わせればそうなんだろうな」

 

 部長はそう言った後、ふと何かに気づいた様子で話しかけてきた。

 

「なあ、お前、彼女は作るのか?」

「は? なんですいきなり」

 

「なんだ、自分が言った言葉も忘れたのか? 以前、『空から降って来たボクっ娘美少女と運命的な出会いでもしない限り、現実で彼女を作る気は全くないですよ』なんて言ってたろ」

「……覚えてましたか」

「お前、今すっとぼけたフリをしたな?」

「だって、まさか本当に出会うとは思わないでしょう。なんです、部内恋愛禁止とでも言い出す気ですか?」

「その辺は、面倒事さえ避けてくれればいい。くれぐれも隣校の演劇部みたいにならんようにな」

「ああ、はい」

 

 隣の高校にも演劇部があるのだが、そこの唯一の男子の部内での二股がバレて、危うく部活が崩壊しかかったのだとか。

 男子の方も、結局、下手にモテてしまうからそういったことになるのだろう。あー、モテなくてよかった。

 …………うん、本当に。

 

「……どっちみち、彼女はつくらないんで、その心配は杞憂ですよ。あの条件も、これなら絶対ないだろ、って要素を適当に並べただけのものなので」

「だろうな」

「でも、それがあり得ちゃったんで、せっかくだしまた新しい条件を設けることにしますよ」

「……今度はどんな碌でもない条件になるんだ?」

「今回はいたってシンプルにいきますよ。『女子から告白でもされない限り彼女はつくらない』ほら、シンプル」

 

 どうも朝倉の話じゃ、俺が告白される、なんて事態は間違ってんもないらしいからな。

 

 すると部長は、何か言いたげな視線をぶつけてくる。

「…………それも、すぐ撤回されそうな予感がするけどな」

「部長、まさか俺のこと……」

「ちゃうわ、アホタレ」

 

 なるほど、脈なし、と。

 となると、やはり部長は俺と如月の様子を見て、如月が俺に気があるのだと思ったのだろう。

 

 確かに、あの調子でグイグイこられれば、そうなる可能性も否定できない。

 が、しかし、いかに運命的な出会いをしたとて、こちらは捻くれ&拗らせオタク。

 そうですぐ俺にドン引きして、勝手に失望していくだろう。

 部長、やっぱりそれは杞憂ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリと、金具の音だけが響く中、黙々と作業していると、鈴木が話しかけてきた。

「狭間くん。如月さん、すっごく美人さんでしたね」

 

 本当にな! と思ったが、なんとなく、正直な自分の感想を答えるのが憚られた。

「ああ。実際、部長も如月を舞台に立たせたら面白い劇ができそうって言ってたしな」

「私もそう思います。モデルさんみたいに美人で、スタイルもよくて、かっこよかったです。ダメダメでちんちくりんの私とは全然違います」

 

 鈴木は、他人の長所を目の当たりにすると、自分と比較してこうして落ち込むことがある。

 

「そりゃ違うだろ。顔も声も、体格も、性格も、違くて当たり前だ。あれだけ違ければ、向いてる役だって絶対に違う。それに、如月はお前と違って、空手とバイオリンで全国行ってないと思うぜ」

 

「そうかもだけど。でも……」

 

「今のじゃ足りないってなら、裏方に周りたがる部員が少ない中、一年のころから音響をやってきれてくれたってのは感謝してるし、紛れもない事実だろ。誇ってくれていいんだぜ」

 

 

「それに、如月にだって、苦手なこととか、恥ずかしい秘密とか、色々あるかもしれないぞ」

 急になきじゃくり始めたり、とかな。

 

「そうですかね……狭間くんのいうように、私、みんなの力になれてたんでしょうか……」

「今更何いってんだ。当たり前だろ? むしろ鈴木がいなきゃ困るっつーの」

「狭間くん、ありがとう……です!」

「おう」

 

 鈴木が、何をもって、俺に感謝を伝えたのか。その気持ちの全てを推し量ることはできないが、少なくとも、悪い気分ではなかった。

 

 

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