「私は大将軍何進であるぞ! このような腹の痛みなどっ……ぐぅっ……」
何進が謎の腹痛によって倒れ一ヶ月。
ある宦官は一人ほくそ笑んでいた。何進を殺したい気持ちで一杯だった宦官は多くいる。何進さえいなくなれば我々の邪魔をするものはいなくなる。それがいま、謎の腹痛で身動きがとれなくなっているのだ。
(まさしく天命であり好機ッ! 肉屋なぞ、ここで果てる運命だったのだッ!)
しかし良い所で邪魔が入り、いつの間にか諸侯共がこぞって医者を連れて来た。田舎者風情が謁見の間に居ることすら虫酸が走る。だが、都の医者達すら匙を投げたのだ。たかが地方の医者に治せるわけがない。
何とかして何進共々、ここに呼び込んだ董卓を消したいが、これだけの将が集まれば不可能に近いため、諦める他ない。
しかし……あの孫堅の後ろにいる白衣の者はなんだ。純白の衣、少しばかり輝いているように見える。あれが医者か? いかにも妖しげな術を使いそうな奴だ。
「天子様の御前である! 控えよ!」
「劉仁、私と同じように頭を下げておけ」
突然の声に驚くも、冥琳に言われるように礼をする。頭上のはるか向こうに聞こえるのは、かすかな衣擦れの音。
「……
「そうですわ、主上様……皆、良く参りましたわ。我が姉に代わって感謝致します」
(何進の妹……
何しろずっと頭を下げているから、声で判断する他ない。ここで粗相をしようものなら、全て炎蓮さんへの処分となってしまう可能性がある。それだけは避けなければならない。
「我が姉、
壇上にいたお偉い様方はすぐに下がった。何太后は何進の部屋で、それぞれが連れてきた医者と会いたいと言っていた。
「皆について来てもらっていいですか?」
「私は構わんぞ。雷火殿も宜しいですか?」
「大殿一人を残すのも不安じゃからの」
「構わねぇが……劉仁、病のアテはあるのか?」
自分たちの順番は最後だ。一番最初は……あの夢で見た曹操だった。
「最初は毒を盛られたのかなと思っていました。恨まれる立場でしょうし」
この時代にどのような毒が使われていたのかは分からない。しかし一ヶ月も腹痛と吐き気だけで苦しめる毒などあるのだろうか。トリカブト毒で有名なアコニチンと症状は一部合致するが、こちらは即効性。時間という点で候補から外れる。
まぁ、城内の人間であれば毒見役を突破するのも容易いかもしれないが。
「そして次が流行型の感染症……ですが、これも違うでしょう」
一ヶ月の間に何進以外、誰も同じ症状で苦しんでいない。最初は城の井戸水が原因によるコレラも予想したが、洛陽に入ってからもそのような痕跡は無かったように思う。
「では何が原因なのじゃ?」
「触診しないと分かりませんね……そもそも腹部のどこが痛むのか分かりませんし」
曹操も部屋から出てきた。その隣りにいる医者のような人物も匙を投げたのだろうか、少し早足で戻ってくる。そして自分たちの隣に来た。
「孫文台殿、で宜しかったかしら」
「何だ、小娘」
「少々ご挨拶を」
「貴様のことは良く知っておる。曹孟徳」
廊下であった袁紹もそうだけど、金髪縦ロールって流行ってるのだろうか。そして、夢で見た姿と一緒。琴を弾いていた美少女だった。
「何進殿の容態、芳しくないわ。薬で痛みを散らそうとしたのでしょうね、部屋は漢方だらけで嫌な臭いだったわ。西方から取り寄せたのかしら……貴方は分かる?」
曹操は自分に話しかけてくる。炎蓮さんもそうだが、英傑の放つ覇気というのか、威圧感がピリピリと肌に感じる。
「……自分で診てみないと分かりません、ですが漢方では痛みを和らげる程度の効果も無かったでしょう」
「そうよ」
最後の医者が部屋から出てきた。
「では孟徳殿、行ってきますよ」
「健闘を祈るわ、
「え……?」
固く握手をされる。いや、握手をしようと触れた瞬間に謎のシーンがフラッシュバックした。
『船を鎖で……これなら兵も船酔いせずにいられるわね』
『慶、慶! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
「……おい、杏林!」
唐突に雷火さんから蹴られることで、我に返った。
「すみません……行きましょう」
「しっかりしろ杏林。行くぞ」
炎蓮さんに付いていく。今のは何が起こったんだ。脳内に直接……。
「慶……また逢いましょう」
曹操が呟いた言葉は誰にも聞こえることはなく、虚空に消えていった。