真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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何進〈4〉

 手術も終わり、真夜中になっていた。

 

 あの手術後、眠れないまま自分は城の庭にいた。夕食、というよりも晩餐会が催され、その場所では豪華な食事を頂いた。民に重税を課してまで、贅の限りを尽くした料理の数々。

 

 もしかすると董卓よりも、その税を課す者の方が隠れた大奸なのかもしれない。その証拠に晩餐会に来た彼女自身、食があまり進んでいないようだった。炎蓮さんは大量に酒を飲んでいたが。

 

 

 何進は今も眠っているが、その部屋の窓はここから見えていた。香炉を投げ飛ばした窓、その先で自分は紫煙を(くゆ)らせていた。

 

 煙は肺を充たして、吐き出される。何の変哲もない単調な動きすらも、今まるで灰色になった身体に色が戻ってくるようだ。

 

 この煙草もいずれは尽きることは間違いない。皆の言う天の国から持ってきた物の中で、唯一気を紛らわせてくれる有り難いものだ。これも作ることが出来たらと考えてしまう。思考そのものは金欠の学生が煙草を自作しようと考えてしまうものや、シケモクを灰皿から探そうとする行動に近いかもしれない。

 

 

「杏林、だったわね」

 

 ふと声を掛けられる。顔を向けると、金髪ロールの少女、曹操がいた。

 

「びっくりした……帰ってなかったんですか?」

 

「私だけではないわ。他の者も時間が時間だったから残っているわよ。夕食時に会っているでしょう?」

 

 豪勢な料理と、テーブルマナーで粗相がないように気を張っていたため、全く周りを見ていなかったことにようやく気付いた。

 

 

「すみません、あまりに緊張して見えていませんでした……孟徳殿も一人で危ないのでは?」

 

「こんなとこで独りの貴方に言われたくないわよ。護衛も付けずにいるなんて、良からぬことを考えている連中に襲ってくださいと言っているようなものだわ。早めに部屋に戻りなさい」

 

 

 お偉いさんの手前、ずっと煙草を吸っているわけにもいかず、携帯灰皿に揉み消した。

 

「……眠れないから散策してました。ほら、今宵の月も綺麗ですから」

 

 見上げれば、建業の城壁で見た時とは形が変わり、琥珀色の三日月が浮かんでいた。二人を包むのは静寂(しじま)の闇だけ。

 

「えぇ……本当に綺麗だわ。ここで命運尽き果ててもいいぐらいにね」

 

「そんな、縁起でもない」

 

「冗談よ。でも……貴方になら治せるでしょうに」

 

 曹操は目を伏せて呟いた。

 

「生き返らせることなんて出来ませんよ」

 

 その静寂には、何らかの違和感を感じさせる。

 

 

 

「管輅の予言は聞いているわ。もちろん孫文台殿が保護したこともね。天が御遣い、近藤一慶」

 

「孟徳殿……」

 

 全てが漏れている。建業の城にも曹操の放った草の者がいたのだろう。

 

「そう警戒しないでほしいわ。禁中で派手なこともしたくない。貴方にはもう一度会っておきたかったのよ、ただそれだけ」

 

「そうですか……」

 

 曹操は夜空を見上げながら話し続ける。三日月が雲に隠れて翳り、同時に風も弱く吹き始めた。

 

「大将軍の手術成功、感謝するわ。これで十常侍もしばらくは大きく動けないでしょう。そして、貴方にも褒美が与えられるでしょうね」

 

「褒美、ですか」

 

 差し当たり、手術道具を作るための資金援助なんかが出来れば……とすぐに考えてしまうのは良くないだろうが、これからの戦乱期のことを考えればその辺りの不安を払拭できる褒美がいい。

 

 

「あら、天人と言えど……結局は人ね。俗人らしい顔をするじゃない」

 

 そう言って曹操は庭から去ってしまう。

 

「私も寝るわ」

 

「部屋まで送りましょうか?」

 

「あら、送り狼にでもなるつもりかしら? 顔も悪くないから、(ねや)に供をするのなら、構わないわよ?」

 

「な、何言ってるんですか!」

 

 雪蓮といい、曹操といい……。

 

「じ、冗談は止めてください。部屋の入口まで、そこまでですから」

 

「慌てると余計に勘繰ってしまうわよ?」

 

「…………」

 

「黙ったままだと、肯定にとるわよ?」

 

「どうしろと……」

 

 

 

「杏林、貴方は天から降りてきてどれぐらい経ったの?」

 

 部屋に戻るまでの廊下で、突然質問を投げかけられた。

 

「まだ一ヶ月ぐらいです」

 

「そう……ならまだ慣れていないことも多いでしょう。身体は充分のようだけど、これからは武術も鍛えなさい。人を助けるためには、まず己の身からよ」

 

「はい」

 

 部屋に戻るまでの間に、曹操による世渡り講座が始まった。閨が云々よりためになるから良いが……。

 

「あと、高度に発達した医術は妖術と区別がつかない者も多いでしょう。謂れのない謗りも多いでしょう。それらに対応するために、更に勉学に注力なさい」

 

「なぜそこまで言ってくださるのですか」

 

「言葉は崩して構わないわ。あと、私のことは華琳(かりん)と呼びなさい」

 

「い、いきなり過ぎませ……過ぎないか。真名なんて……」

 

「例え孫文台殿の元に居ようと、私は貴方を信用に値すると思ったからよ。この名を預けるわ」

 

 心なしか、華琳の顔は明るい。

 

 

「……ありがとう、か、華琳。じゃあ俺のことは慶と」

 

「ええ、慶。ここが私の部屋よ。どうする?」

 

 話している間に、華琳の部屋に着いた。意外と庭から近かったようだ。

 

「どうするとは?」

 

「あら、最初に言ったでしょう? 送り狼さん?」

 

「最初に拒否したぞ!?」

 

「あれが拒否とは思えないわ。言い返しも精進なさい……それから慶、次からはこの禁中では供をつけた方が良いわ。本当に殺されるわよ。あと、その煙は身体に良くないから止めなさい」

 

「……分かった」

 

 止めるつもりはないけど、機嫌を損ねないためにそう返事をした。

 

 

「おやすみ、慶」

 

「あぁ、おやすみ華琳」

 

 

 扉を閉める音で、庭の静寂が戻ってくる。もう一本吸おうかと煙草を咥えたが、最後に言われた言葉を思い出して箱に戻したのだった。

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