真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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何進〈5〉

 まったく、閨に誘ったのにノッてこないなんて……。

 

 私は自室に戻って深い溜め息を吐いていた。

 

 月が綺麗、なんて言われるからああやって返したのに何も気付いていないし。

 

 

 別の世界の記憶の中で、貴方が教えてくれたのよ。とある文豪が『愛している』を『月が綺麗ですね』って言い換えた話を。それに対して『死んでもいいわ』って返すのが洒落(しゃれ)た返事だということも。

 

 

 管輅の予言を聞いたときに、何故か分からないけど、私は思い出したわ。全部ではなくて断片的だけど、前にも天の御遣いが墜ちてきたことと、それからのことを。

 

 孫堅の元にではなく、私の元に降りてきたことがあるということを。

 

 

 彼は何もかも覚えていないのかもしれない。

 

 覚えていなくて良い。でも、斃れた彼は帰ってきたのだ。愛していた彼が。

 

 

 私は、覇道を進む曹孟徳。

 

「けれど……今だけよ、今だけは……慶、慶……んっ……」

 

 彼を思い出してから、ようやく顔を見たときの胸の高鳴りは、戦場での高揚感とは異なるものだった。

 

 

 あの煙草の香りと、微かな薬品の香りが懐かしかった。

 

 その香りを思い出しながら(ふけ)り、眠る。

 

 夢の中を、貴方の影を辿りながら――。

 

 

 

夢でもし逢えたら 素敵なことね

 

あなたに逢えるまで 眠り続けたい

 

 

 

 

 

 

 何進が目覚めたと伝えられたのは、華琳と別れて部屋に戻ってからすぐのことだった。

 

 真夜中であっても対応は変わらず、呼びに来た侍女と共に部屋へ向かう。研修医時代も三国時代も、夜に呼び出されることなんて医者ならば日常茶飯事、という認識でいこう。

 

「何進殿、大丈夫ですか?」

 

「杏林か……良いぞ。入れ」

 

 

 電気もない時代、何進の顔を照らすのは行灯の明かりだけであったが、顔色が良くなっているのは間違いなかった。

 

 手術前の困憊した顔つきも、元の美しい顔つきに戻っている。食事が摂れるようになれば、肌のハリも戻ってくるだろう。

 

「まだ痛むでしょう? 動き回らないでくださいね」

 

「そうだな、だが……我慢できぬほどでもない」

 

「……酷く痛むようでしたら、いつでも言ってください」

 

 

 何進は目配せをして、侍女を下がらせる。

 

「杏林よ、此度の件感謝する」

 

 そして頭を下げた。部下などの手前ではプライドもあって下げられなかったのだろう。

 

「いえ、それが私の仕事ですから」

 

 

「そうか……だが、褒美は期待しておけ? 天の御遣いよ」

 

「何進殿……御遣いとは、何のことやらさっぱり俺には……」

 

 何進の目は鋭いものに変わる。

 

「しらばっくれるでない。孫堅が連れてきた正体不明の医者なぞ、該当するものが天の御遣いしか無かろう。その輝く白衣も、何も知らぬ者から見れば天の羽衣にしか見えぬ」

 

「……ですか」

 

「うむ。それに天の御遣いが治したのであれば、これからの黄巾の戦などで傷を負ったとしても問題あるまい」

 

「……何進殿、確かに私は治療をしました。ですが、それは貴女に再び痛い思いをさせるためではありませんっ! 次、同じようなことを言えば、一切の治療を拒否します」

 

 戦場というものが身近にある時代、そのような思考になることは別に間違ってはいない。しかし、この医術は再び戦場に立たせるためのものではない。

 

 少し語気を強くして言い過ぎたと思ったが、何進の反応は薄い。

 

 

「す、すまない……杏林、悪かった。このように怒られるなど、大将軍としてなんと無様か……そしてその男に、身体を外側も、内側も全部見られた、と思うと……んっ、はぁぁ……」

 

 

 何進は突然、目を蕩けさせて艶めかしい息を出し始めた。いや、突然なに!?

 

 寝台から乗り出す何進を肩を持って抑えつけるが、力も強く押し返そうとしてくる。本当に一ヶ月ものたうち回った人とは思えない膂力だ。

 

 

「か、何進殿! 今はっ……身体にっ、障りますからっ! 落ち着いて……っ! くださいっ!」

 

「何進などと呼ぶなっ! 傾と呼べ……」

 

 いきなり真名まで預けてくる。前後不覚となっている何進を無理やり押し戻し、身体を離す。

 

 少し荒れた息も静かになる。

 

「何進殿」

 

「傾だ、そう呼べと言っただろう」

 

「……傾様」

 

「様もいらん……杏林の真名を教えてくれるか?」

 

「慶です……」

 

「む、傾と慶か……ふふっ」

 

 

 傾は軽く笑って、天井を見つめる。

 

「慶よ、私は随分と寝ていた。もう目が醒めてしまっている。良ければ少し時間を」

 

「分かりました」

 

「言葉も崩せ。遠慮は不要だ」

 

 

 さっきも華琳に言われたような気がする言葉に、自分も少しだけ笑ってしまうのだった。




書けば書くほど、華琳様可愛いんですが。

今は魏ルートに見えるかもしれませんが、ちゃんと呉に戻りますので!
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