日本に比べ、地震に慣れていない街の人達のパニックは酷いものだった。だが、現場付近のパニックはまた違うもので覆われている。
県令の城の外壁が崩れ、見るも無惨な姿を見せていた。
「
「誰か助けを呼んでくれよ!」
「もう呼んでるよ! 俺たちで助け出すんだ!」
「ダメだ、どうすりゃいいんだ。医者はまだかよ!」
町人や兵士たちは大声を上げていて、阿鼻叫喚の様相だった。自分も人波を掻き分け、猛スピードで街を駆け抜けて現着する。
「来ました! 状況を教えて下さい!」
「あぁっ、杏林様! この城にいた三人の旅芸人が崩れてきた建物に巻き込まれたんです! 周囲で見てた者たちも巻き添えを食らって……!」
先程の地震で崩れたのならば、まだ時間も浅いため助かる見込みがある。
「これは、地震で崩れたんですか?」
「いや、その前です!」
「何だって!?」
慌てふためく兵士が言うには、ここで慰問ライブをしていた旅芸人が、聴衆と一緒に崩落した壁と家屋の下敷きとなり、そしてその後の地震によって手出しの出来ない状況となっていたらしい。
「皆さん落ち着いて! 医者の杏林といいます! すぐ助け出すので安心してください!」
「慶! 手助けに来たぞ!」
「冥琳! それに雪蓮も!」
揺れに怯えず、颯爽と走ってきたのは雪蓮と冥琳、そして強そうな兵士の面々である。梨晏もその後ろから駆け付けてきた。
「梨晏、トリアージ用意。冥琳も手伝ってくれ。俺も手伝う」
『分かった!』
「雪蓮は兵士と一緒に外側の瓦礫の撤去を頼む」
「分かったわ!」
用意されたトリアージの紐を手に、声掛けをしながら患部を触っていく。
「医者です! 聞こえますか? 助けに来ましたよ! いま、挟まれている脚を触りました。分かりますか?」
「わ、分かります……」
出血もあるため、黄色の紐を二の腕に結ぶ。
「また後で来ますからね…………聞こえますか、医者です! 分かりますかー!」
「慶! 黄色多数だ!」
冥琳が声を掛けてくる。瓦礫の撤去も進んでいるようだ。
「雪蓮!」
「なによ!」
ちゃんとやってるわよと、少し不機嫌な顔を見せる雪蓮。
「瓦礫の下から人を見つけたら、すぐには救助をしないでくれ!」
「え、しないの!?」
「そうだ。人によっては助けた瞬間に死んでしまうかもしれない。見つけたらまず呼んでくれ!」
「分かったわ! みんな、聞いたわね!」
『おう!』
トリアージと同じく、クラッシュ症候群も1995年の阪神・淡路大震災や、2005年の電車脱線事故で注目されたものである。四肢などの筋肉の豊富な部位が強い圧迫を受けて挫滅されると、血液が流れにくくなり、カリウムが溜まっていく。そのカリウムが圧迫から解放されてから体内に循環し、高カリウム血症を起こしてしまうというものである。場合によっては死に至る可能性もある。
患部にチアノーゼ反応が出ていると、発症確率も高まっている証拠と捉えることもできるが、倒壊からそこまで時間が経っていないことからも、大丈夫ではあるだろう。しかし油断は禁物である。
クラッシュ症候群はこの時代、治療が不可能に近い。というのも究極的には血液透析が必要になるからだ。
「慶! 見つけたわ!」
「分かった!」
雪蓮に呼ばれて瓦礫の山に近づくと、兵士たちが言っていた女性三人の姿が見えていた。その内二人は意識もあり、クラッシュ症候群の可能性もないため、瓦礫もすぐに撤去され、救助されて城の中へと搬送されていく。問題は……。
『天和ちゃん!!』
この天和と呼ばれる女性だった。周囲の人間が呼び掛けても起きる気配はない。
「天和さんですね! 医者の杏林です! 聞こえますか!」
返事はない。そして更に搬送が厳しい状況になっていたのだった。
「慶、早く運び出すわよ!」
「待て運ぶな! 搬送したら彼女は死ぬぞっ!」
彼女の
「彼女の
「じゃあどうするの、見殺しにしろって言うの?」
「いや、ここで手術だ。雪蓮、脈を採ってくれ」
「無茶苦茶ね、分かったわ…………うわ、かなり微弱よ。全然分かんないぐらい」
局所麻酔薬も残り僅か。それでも惜しみなく使わなければ、助けられる命も助けられなくなる。まして、痛みで覚醒してパニック状態に陥ってしまえば更に危険な状況になる。
「大腿部動脈を止血
メスで傷口を更に深く切開し、出血部に止血鉗子を充てがい、縫合すれば問題ない。あくまでこれは応急処置であるため、後は搬送して手術を行えば良いだけだ。
「慶! 脈が触れなくなったわよ!」
「クソっ、ショック症状だ! 天和さーん! 分かりますかー!? 大丈夫ですからね、必ず助けますからね! 地和さんと人和さんは大丈夫だから! 天和さんも頑張ってッ!!」
肩を揺さぶっても、頬を軽く叩いても、呼び掛けにも反応しない。それどころが身体が
(
心室細動とは、心臓が小刻みに震えるだけとなって、血液を送り出すことが出来なくなる状態のことだ。ショック状態になるため、身体も小刻みに震えることがある。一度、心拍を
更に、心室細動が起きてから十分が経過すると、蘇生はとても難しくなる。一分で一割下がっていくと思って良い。どれだけ早く心拍再開が出来るかが鍵となる。つまり、心拍が戻るまでずっと心臓マッサージを行わなければならない。
しかし、心臓マッサージだけで戻る可能性は低い。
「ヤバい……ッ!! 雪蓮、アドレナリン1筒ショットッ! 冥琳、DC*1100
「あ、あどれな……?」
どれだけ焦っているのか、自分でもよく分かった。この時代にアドレナリンと言われて分かる人間もいなければ、電気も無いのに除細動器があるわけがない。
「俺の鞄を持ってきてくれ! 早くッ!!」
脈拍が戻るまで心臓マッサージを繰り返すしかない。額から汗が噴き出してくる。
「アドレナリンの小瓶を持って参りましたぞ、慶殿!」
慶殿、と呼ぶのは一人しかいない。でも何でカタカナが読めたのか、そんなことはどうでもいい。振り返れば、空色の綺麗な髪に白い服を着た趙子龍が。
自分にはその服が心強いナース服に見えた。
「星! 良くやったッ!! 天和さんッ!! 早く帰ってこいッ!」
すかさず、アドレナリンを静脈注射する。ビクリ、と天和の脚が動いた。
「動いた!」
「脈も戻ってきたわ!」
「天和さん、聞こえますか! 助かりますよ! 搬送します!! お願いします!」
「担架持ってきて! 運ぶわよ……いちにっさん!!」
雪蓮と兵士たちが搬送を行ない、自分も隣を付いていく。重傷者一名、残りは軽傷で死者はゼロ。
まさしく奇跡としか言いようが無かった。
心臓が止まった死者をも蘇らせる医者として、慶を賞賛する声は斉国に留まらず広がっていくのだった。
かなりリアルな形の救助になりましたね。
まさかこんなに筆がスラスラ進むとは。
個人的には、慶がアドレナリンなどの指示を叫ぶセリフが好きです。
もっとリアルになるように加筆しました。