『私たち! 普通の旅芸人に戻りま〜すっ!!』
雪蓮と飲んだ翌日のお昼頃。県令の城、その城壁の上から天和たちはファンたちに呼びかけていた。
黄巾党は幹部を除くと、ただのファン集団でしかない。至って普通の一般人で、変にコントロールされなければ普通の生活を送ることができる。
しかし、こうなってしまったのは朝廷の腐敗という、この国に巣食う癌細胞が原因だ。国の行く末を憂い、不安になる気持ちは皆一緒である。そのために諸侯はこれから立ち上がっていく。これが史実の流れだ。
そして、この幕引きをしなければ、誰かの一声で同じようなことが起きる可能性がある。そうなれば、本当の意味で
「次はアナタの街に遊びに行くかも〜!」
「それまで楽しみに待っているのよ!」
「悪いことをせず黄色い布は捨てて、私たちを応援してね!」
三姉妹を包む声援は温かい。現代のライブと遜色ない熱気を帯びた会場から一人、また一人と黄色い布を高く放り投げて、家路に就き始める。でも、黄巾党の中には故郷を追われて帰る場所の無い者もいた。そういう者たちには、劉備や孫策の軍に入るか、斉国で農業に従事するか、二つの道が拓かれている。
後々、屯田兵として働いてもらおうと計画中だ。
「こう見ると、不思議と和やかなものですな。杏林殿」
そう言ってこちらを見るのは、劉備が連れて来ていた関羽だった。濡鳥の艶やかなポニーテールがとても美しい。
「これからですよ、雲長殿。去っていく者たちはこれからどういう人生を送るのでしょうね⋯⋯」
どの道に進もうが個人の自由だ。この荒れ果てた時代、イチからやり直せる希望を持つ方が難しい。二度と盗賊紛いな事をしたくないという者だけが城に残ることとなった。
また、再び賊の道に走る者は残党狩りで命を落とすだろう。それを説得することはできない。実際、治療が施された者もその道に堕ちるかもしれない。でも医者は止めることは出来ないのだ。出来ることは癒すことと、治すことだけである。
傾には以前、戦場に戻すために治療をするのではないと怒ったことがあったが、それは現実的ではなく甘い考えだった。特にこの時代においては。
自分のいた現代でもそうだったのかもしれない。自分は気付いていないだけで、いや気付かぬフリをして、激戦地で命を落とす少年兵のニュースを流し見していたのではないか。傾には言えて、一般人には言えない。皆平等のはずの命の重さを軽視しているようにも思える自分の行動や言動に、言いようが無い気分を孕ませながら、去っていく元黄巾党の面々を見ていた。
しかし、突如としてその人の群れがまるでモーセの海割りのように、左右にゾロゾロと分かれていく。
その去っていく方向から、濃紺の牙門旗が見えた。少数の騎馬隊を連れただけの戦力だ。戦う意思はないのだろう、帰路に就く者たちを気にも留めず、城門の入り口にまで駆け抜ける。
自分は嫌な予感がして、三姉妹を後ろに下がらせた。濃紺の牙門旗がどこの所属なのかは分からない。でもこの三姉妹を失ってはならない。
「星、天和を頼む。梨晏は地和を。人和は雲長殿と城の中に逃げるんだ。急いで!」
猛ダッシュで各々が逃げる。自分は上から牙門旗を見つめた。
濃紺の牙門旗に書かれていたのは――『曹』の文字だった。
「開門せよ! 敵ではない!
馬上から大声で叫んでくる。どうやら華琳ではないようだが、疑間符しか頭に浮かばなかった。華琳がわざわざ傾のパシリで斉国くんだりまで来たと? 攻める気も無いのに旗を掲げてか? 視認してもらいやすくするためなのだろうが、城の警戒レベルが急上昇しているのが、肌にピリピリと伝わってくる。
雪蓮も冥琳も、影は薄くなっていて悪いけど劉備や張飛も、困った顔をして自分を見てくる。
「慶! そこにいるのでしょう! 聞こえていたら開けなさい!」
そして聞き覚えのある華琳の声が響く。見ていた目が睨みつける眼光に変わった。何で真名を許しているんだ貴様、と言わんばかりに。どう考えても自分が一番不利な状況で、開門をして華琳を入城させないと、この空気は払拭されないだろう。
「ふふっ⋯…慶、貴方の立場と尻軽さを呪うが良いわ…………って、冗談よ。攻撃部隊はいないわ。早く開けて頂戴。火急の知らせよ」
華琳、計ったな華琳ッ!
「め、冥琳……曹操を迎え入れよう」
「声が震えているぞ、慶。どうせ洛陽で話した時だろう? 開門だ!」
それでも睨みつける視線は消えない。
「曹操から真名を預けられたんだ、俺は悪くない!」
だから俺を睨みつけないでくれ!
「良いから、早く出迎えて来なさい!」
雪蓮に蹴り出されてしまった。華琳は自分を襲わないだろうというアテのない期待もしない方が良い。このままじゃ完全に孤立無援で爆炎の中に消えていくのが想像できる。
張角じゃなくて僕なんですね、火中に消えるのは。
「開門!」
自分の合図で、城門がゆっくりと開いていく。その先には、前に洛陽で見た金髪縦ロールの美少女。
「慶、突然で悪いわね。息災で何よりだわ」
「華琳こそ、元気そうで良かった」
「華琳様に向かって、その口の利き方は何だぁ貴様ッ!」
「姉者、既に真名を預け合っていると聞いただろう……?」
突然の出来事に驚きつつ、向けられた大剣を避けて、華琳を見たら目が合った。あ、お疲れモードですね。そうですよね、これだとね。
「と、とりあえず休んで、ね?」
かくして、黄巾の乱は幹部の討伐とファンの解散、という流れを経て幕を閉じたのだった。
新たな仲間を迎え、事態は更に大きく、史実から離れてズレ動いていく。
大地震の前の予兆のように――。
これからどうなる慶!
そして華琳様が再登場。
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