真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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特別編:建業の小籠包とメンマラーメンと(かわ)の幸

 時間は少し(さかのぼ)る。梨晏が建業に救援要請にくる少し前のこと。

 

 

 腹が減った。今のところ、平和そのものの日々を過ごせている。

 

 朝からの往診も終えた昼下がり。最近の愚痴を一つだけ(こぼ)すなら、意外と暇であることだ。大怪我による手術などがあれば自分の出番ではあるが。

 

(民間療法強し……)

 

 

 杏林の名前はこの建業に広まっても、余程のことがない限りは閑古鳥が鳴いている。理由は簡単なことで、みんな薬屋に頼るからだ。そしてその頼られた薬師もどきは、安価に造られる得体の知れないモノを、時に高額で売り払う。

 

 中にはまともな薬師もいるのだが、この不安定な時代、より効果の高そうな道に頼るのは仕方ないことだった。しかしそれが元で重篤な状態に陥る者も少なからずいるのが事実だ。

 

 その対策として冥琳や雷火さんと協議を重ねて、治療費を高額に設定しないようにした。金持ちの商家など、裕福な家からは少し多めに頂いて、低収入の家からはほとんど貰わない。これが出来るのも傾の手術によって得られた立場などのおかげである。ただの町医者なら、こうは上手くいかなかっただろう。

 

 それはともかく。

 

 

(お昼ご飯、何にしようか……確かこの辺りに……)

 

 建業の街は、未だに慣れない。飲みに連れていってもらったり、往診で覚えた所は歩けるようになってきた。いずれ一人で飲みに行って、強くなって、粋怜や祭さん、炎蓮さんと……いや、どうだろう。どれだけ強くなろうとも、潰される未来しか見えない。

 

 粋怜から教えてもらった店は、もうすぐである。

 

 

『慶くん、このお店の小籠包はとっても美味しいから。お姉さんのオススメよ! あとはねぇ……』

 

 外から見ても分かるぐらいにかなり繁盛しているようだった。扉を開けて、中を拝見する。

 

「いらっしゃい!」

 

 厨房には気前の良さそうな大将がいて、従業員として働いている女性(恐らく奥さん)から声を掛けられた。促されるままに席に着くと、菜譜(メニュー)を渡された。なるほど、これは……。

 

 

 メニューが多い。例えば三国時代は水餃子がメジャーだが、この店には焼き餃子も揚げ餃子もある。回鍋肉(ホイコーロー)青椒肉絲(チンジャオロースー)酸辣湯(サンラータン)麺、麻婆豆腐、酢豚、春巻き、棒々鶏(バンバンジー)……数え始めたらキリがない。四川も広東も上海も北京も、何でもアリのガチ中華のようだ。そして、壁一面にもメニューが貼られている。

 

 壁メニューは店の歴史だ。しかし、どういうことだろう。粋怜イチ押しの小籠包が見当たらない。

 

 でも他のテーブルに目をやると、小籠包を食べている休憩中の兵士もいる。ん、ラーメンも食べているな。メンマたっぷりで美味そうだ。頼んでみて、無ければ別のものにしよう。

 

 

「すみません、注文を」

 

「はーい! 何にしましょう?」

 

「小籠包と、あのラーメンを」

 

 兵士の食べているラーメンを指差した。

 

「はい! 小籠包と、メンマたっぷりラーメンね!」

 

「あと、ご飯も大盛りでお願いします」

 

 店は非常に賑やかだ。誰もが常連客なのだろう。新たに入店してきた男性客と、その近くで麻婆豆腐を食べていた男性客が会話をして、そのまま相席になる。

 

「はい、小籠包お待ちどうさま!」

 

 

 やってきた蒸籠(せいろ)の中には七つの包みが鎮座している。一つ、れんげを取って割ってみれば、黄金のスープが溢れ出た。心地の良い湯気は、城の大浴場に引けを取らない回復力満点のものだ。口に含めばどうだ、この鶏で取ったダシと豚の餡の旨味が衝撃となって味蕾から脳へと襲いかかってきた。そして小さいアクセントとして、シャキシャキとした食感が舌の上で踊る。これは……メンマ、そして生姜の微塵切りが素晴らしいハーモニーを奏でながら、気が付けば口の中からサッパリと消え去っている。

 

 粋怜が薦めてくる理由が分かった。これが本場の味、たまらなく旨い。蒸籠の中からは二つ、三つと次々に消えていく。いつの間にかテーブルにやってきていた白米を頬張れば……うむ、小籠包とのマリアージュは悪魔的すぎる。

 

 

「ラーメン、お待ちです~!」

 

 このラーメンも凄いぞこれは。小籠包と同じように黄金のスープ、でもコクのある味わい。普段はささやかな添え物でしかないメンマの自己主張は激しく、麺の存在意義は危うくなりそうであった。

 

 湯気に包まれながら、麺を勢いよく啜った。湯気の向こうには桃源郷が見えた気がする。少し行儀は悪いが、スープを少しだけご飯に付けて、一気にかきこんだ。

 

 すりおろしたニンニクを溶かすと、午前中の疲れを吹き飛ばすスタミナ満点ラーメンに早変わりだ。無論、メンマを忘れてはいない。

 

 程よい食感と、甘塩っぱい味わいがラーメンに溶けていくと……どうなると思う? 正解は簡単、ご飯のおかわりだ。しかし、これまでのお伴であった者たちは平らげている。

 

 

「すみません」

 

「なんでしょ!」

 

「ご飯のおかわりと、(なます)をください」

 

 

 新たなお伴は、粋怜から紹介されていた鱠だ。ちなみにこれも壁メニューには書かれていないため、少しばかり申し訳ない気持ちになってしまう。

 

『これも忘れちゃダメよ、慶くん。必ず、必ず鯉の鱠を頼みなさい』

 

 かなりの念押しだったことを思い出すと、その味わいや旨さが窺える。

 

「なるほど、徳謀様ですね?」

 

 店の奥方には、誰の差し金かバレたようである。

 

 

「すみません、どうしても食べるようにと言われたもので……あ、無いのであれば大丈夫ですから」

 

「問題ありません。むしろ、徳謀様からのご推薦があったとなれば、感謝しかありませんよ!」

 

 

 そう言われて、出してもらった鯉の鱠も絶品だ。綺麗に泥抜きをしていて臭みもない。細切りの鯉にネギやアサツキ、からし菜といった薬味と酢を和えたものだ。今までの口内に残っていた油が綺麗に消え去って、次々にご飯が進んでいく。

 

 詳しく聞いてみると、夜の居酒屋の時間となれば鱠も小籠包も普通に出すようで、昼間は限定の隠しメニューとのことだった。

 

 最後に残っていた鱠は、更に味が染み込んでいた。あぁ、日本酒に合うだろうなこれは。夏は冷酒(ひや)でキュッと、冬は熱燗でグイッと。もし味噌があれば、酢味噌でぬたを……孫呉の大酒飲み達は大いに喜ぶことだろう。

 

 

 非常に美味しい昼ごはんだった。これはリピート間違いなしだ。

 

「ご馳走さまでした。また来ますよ」

 

「お気に召していただけたようで、良かったです」

 

 

 お会計を済ませると、厨房の奥から大将が竹の葉の包みを持ってきた。

 

「先ほどの鱠を包んであります。徳謀様に宜しくお伝えください、杏林様」

 

 何ともありがたいことだった。いや、鱠だけでなく、自分のことを知っている人がいるという事実に対してだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 

 追加で支払おうとして、留められて……を繰り返すこと三回。やっとのことで受け取ってもらって、店の外に出た。

 

(午後の練兵を見に行かないと。担当は……粋怜か。まさか)

 

 恐らく、この鱠が目当てで自分を派遣したのだろう。とんだ策士である。

 

 

 でも、別に嫌な気分ではなかった。非常に美味しい昼ごはんを頂くことができた。英気も十分に満ち満ちている。

 

 緩やかな風吹く建業の昼下がり、一人の医者は城に向けて歩き始めるのだった。




あー、お腹すいた。

どうも、雛太です。お元気ですか?

今回はメインストーリーから離れた食事回。

どこかの個人輸入商みたいになってしまったのはご愛敬。

では、また次回。
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