真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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これからもどうぞ、雑文ではありますが温かい目で見守ってください。

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準備〈3〉

「よし、出来た! 皆さん、配膳をお願いします」

 

『はい!』

 

 

 まもなく食事会が始まる。この料理を全員分仕込むことがとてもじゃないが大変だったため、(なか)ば劉仁隊と呼ばれるようになっていた輜重隊の面々にも手伝いをお願いしていた。

 

「杏林先生、まさか料理まで作れるとは思いませんでした。しかも見たことのない治療のみならず、見たことのない料理まで」

 

「今回のお客様が、あの曹孟徳ですからね。そんじょそこらの料理ではダメと思いまして」

 

 

「それでも、まさか魚の屑を食べるだなんて」

 

「驚きました? 自分の国では高級料理として提供されていたんですよ……滅多に食べられないものですけど」

 

 自分も数回しか食べたことがない。

 

「杏林先生とあろうお方が、食べることが出来ない!? それはなんと……」

 

 元いた時代ではただの一般人だが、その説明も料理に疲れ果てて億劫だ。

 

「とりあえず、早く謁見の間に持っていきましょうか」

 

 

 

 

 

 

「あら、杏林の姿が見えないようだけど?」

 

「私が料理を作るように命じたのよ。彼は遠い国の出身だから、その国の料理を食べてみたいってお願いしたの。朝から市場に行って頑張ってたわ」

 

 やはりというべきか、孟徳は慶にしか興味がない。それが私の下した曹操評だった。

 

「そう、それは楽しみだわ」

 

 慶とは、あまり会わせないほうが良いかもしれない。料理を持ってきてもらったら、すぐに厨房に戻ってもらおう。

 

 

「失礼します。料理をお持ちしました」

 

 丁度良く出来上がったようね。本当に、彼は驚くほど器用だわ。手術も料理もそつなくこなす……まだ味をみていないけど。

 

 各々、運ばれてきた皿には不思議なものが入っていて、他の給仕が黄金色の餡をかけていく。

 

 

 

 

 

 

「今回ご用意したのは鱶鰭(フカヒレ)です」

 

『ヒレ!?』

 

「はい。本来は乾物を使うのですが、こちらは肉付きですので食べやすいように多少切ってあります」

 

「き、杏林さん……サメのヒレって食べられるんですか……?」

 

 

 劉備が驚くのも無理はない。フカヒレ料理はこの中国四千年の歴史において意外と浅いものだ。最初に文献に出るのは、もっと時代が下って明代の末期頃。当時も今回のように肉付きの料理だったと伝わっている。ちなみに広東料理の一つで、元々は南方の沿岸部の一部でしか食されない、特別な料理だったという。

 

「確かに、斉国のような地域でしたら魚屑で捨てられるでしょうが……私の国では高級食材でしたのでお出し致しました」

 

 天の国という説明は出来ないため、遠い国ということにして追及を避ける。外史は未来世界でもないし、空の果てという説明にも疑問が残る。

 

 

「おぉ、これは美味だな……」

 

「あ、公瑾早い~! 私も……ん~! 美味しいわ! 噛みごたえがあるのに、この(ほぐ)れていくトロトロの食感……それにこの餡も絡んで最高! これがサメなの!?」

 

 冥琳も雪蓮も大絶賛だ。三国時代において見向きもされていなかったフカヒレに注目させることで、これから先の金銭面でも重要なアイテムになってくれることは間違いないだろう。彼女たちはそういう見方に優れている。

 

 

「杏林、朝から市場に出向いていたようね、ありがとう。その意味通りのご馳走、とても美味だわ……懐かしい」

 

「……孟徳殿、いま何と?」

 

 小さく呟いた言葉を、自分は聞き逃さなかった。懐かしい、つまりこの料理を華琳は食したことがあるということだ。

 

「…………昔食べた料理が、今まで何か分からなかった。けれど、杏林のおかげで(ようや)く思い出せたのよ。礼を言うわ」

 

 華琳の瞳にじんわりと浮かぶ雫が、嘘ではないと語っていた。だが華琳の言葉には違和感がある。彼女は内陸部出身だが、こういった沿岸地域の料理を味わったことがあるのだろうか。また、明代末の料理をこの時代に食べたことがあるというのか。

 

 

「そうですか、思い出したんですね。良かったです……では私はこれで」

 

 

 雪蓮の目がこの場から去るようにと告げていた。言われずとも厨房に戻って、皆とフカヒレに舌鼓を打つつもりだ。譲ってくれた魚屋の主人も、そろそろ城に到着することだろう。

 

 

 少しだけ後ろ髪を引かれる思いをしながらも厨房に戻ると、そこはささやかな宴会場と化していた。

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした。こんな雑用にお手を煩わせて申し訳ない」

 

 自分が頭を下げると、場が一瞬どよめいた。

 

「何を言ってるんですか杏林先生。我々輜重隊は前線で戦う兵士に比べて、冷ややかな目で見られることが多かった。その中でこのように役目を頂けたこと、嬉しく思っております」

 

 元々、輜重隊の隊長であった兵士が言う。見ず知らずの人間がいきなり輜重隊にやってきて、その立場が簒奪されようとしているのにこの対応だ。本当に頭が下がる。

 

「……ありがとうございます」

 

「先生、いや隊長! 早くご馳走を頂きましょう! みんな待ってるんですから!」

 

 皆に急かされる形で席に座ると、盃を持たされ、酒を注がれていく。

 

「……じゃあ、お疲れ様でした。乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 呉から持ってきた酒は美味かった。豪華な夕食に舌鼓を打ち、よく飲み、よく酔った。

 

 二時間も経たないうちに兵士たちは片付けもせずに睡魔に負けて一人、また一人と部屋に戻っていく。

 

 

 

 結局残ったのは数人で、下げられた皿を洗っていたのであった。

 

 元々城にいた侍女たちには、先に自室に戻るように伝えてある。勝手に厨房を使わせてもらい、果てには宴会場にしてしまったのである。逆に手伝わせてしまえば怒られることは間違いないだろう。

 

 

 

「杏林先生、片付けが終わったら風呂でも行きませんか?」

 

「あぁ、それ良いですねぇ……疲れも取りたいし、早く終わらせましょうか」

 

 

 手早く皿洗いを済ませて、自分を含めて五人で風呂場に向かった。裸の付き合いというのも大切だ。

 

 元いた現代と違い、この時代の風呂は貴重である。こっちに来てからというもの、基本的には井戸水や川で行水をしたり、沸かした湯を使って身体を拭いたりしていた。それでも髪のベタつきで痒くなることもあったため最初は大変だったが。

 

 風呂は命の洗濯とは上手く言ったもので、週に一度の風呂の日が待ち遠しい身体になってしまった。研修医時代は風呂に入る時間すら惜しいと思ったものだが、それも贅沢な悩みだったことを痛感した。

 

 

 大きな屋根付きの露天風呂で、かけ湯をして五人が一斉に湯に浸かる。今日の疲れが溶け出ていくような、少し熱めの温度だ。

 

 

「くはぁぁぁ……いい湯だなぁ~」

 

「んぎもっぢぃぃ……」

 

「なんつー声出してんだ……くひぃぃぃ……」

 

「もう……ここで寝ちまいたい……」

 

「確かに……ん、何か聞こえるぞ。先生も聞こえませんか」

 

 

 

「……あっ、こらっ……んやぁ…………」

 

 

 男全員が顔を見合わせた。そしてその声の方を向く。その先にあるのは男湯と女湯を隔てる木製の壁だ。高さは凡そ3メートル少々である。

 

「……触らぬ神に祟りなし、です。良いですね? それに、この声の主は伯符と公瑾です…………仮に覗いたとして、殺されても知りませんよ」

 

 風呂場で睦み合うでないわ。ていうか冷静保ててる時点で偉いんだけど、二人ってそういう関係なの?

 いや、良いんだけどね、興味あるっていうかその、あの美女たちが睦み合うっていうだけで前屈みになる。

 

「顔、赤いですよ杏林先生」

 

「……のぼせただけです」

 

 

 こうやって話している間も、雪蓮と冥琳の声は聞こえてくる。完全プライベートの声を聞いてしまっていて居た堪れない気持ちになる。かくいう男たちも限界に近い。色んな意味で。

 

「ん゛ん゛っ……伯符。公瑾?」

 

 なので壁際に立って声を掛けることにした。腰布を当てて、前屈み状態で。

 

 

「あら……杏林? 立ち聞きとは良い趣味してるわね~」

 

「もう少し静かにしてくれるとありがたいんだが……俺だけじゃないんでね」

 

「悪かったな杏林。伯符が盛ってしまってどうにもならなかったんだ。止めてくれて感謝する」

「なによ~、ノリノリだったくせに!」

 

 もう自分を完全に放置して話し始めた。

 仕方なく、身を清めてリフレッシュした野郎共は、そそくさと大浴場を後にしたのだった。

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