真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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準備〈4〉

「近藤先生、患者が増え続けています!」

 

「皆さんはトリアージに専念してください。赤タグから運び入れて!」

 

 輻輳となった病院は血の海と化している。目前の患者は苦しそうに呼吸をするばかりだった。

 

 

「聞こえますか? 必ず助けますからね! 伊沢、28フレの胸腔(きょうくう)ドレーン。消毒と局所麻酔と切開縫合セットも!」

 

「了解!」

 

 裁ちバサミでシャツを縦に切り、患部を露出させる。

「先生! クラッシュの患者です!」

 

「すぐに運び入れてください! 伊沢、後は任せた……モニター点けてください!」

 

 ナースたちの動きも慌ただしくなり始める。

 

 

「生理食塩水と乳酸リンゲル液、重炭酸ナトリウムとグルコン酸カルシウム注射薬も全部出してください。DCと点滴、透析準備もお願いします」

 

 

 救急センターの人員がとてもじゃないが少なすぎる。大規模災害が起きてから増援もなく、籠城戦を強いられているこの箱で、どれだけ持ち堪えられるだろうか。

 

 そして新たに運び込まれた患者の心電図には、嫌な波形が映し出され……ピコーン、ピコーンと無機質な警告音が鳴り響き始めた。

 

「心停止です!」

 

心肺蘇生(CPR)! アドレナリン1筒ください。気道確保お願いします!」

 

「はい!」

 

 アドレナリンを投入し、更に心臓マッサージを開始する。

 

「GI療法*1の準備しましょう! 聞こえますか! 頑張るよ!」

 

 

 警告音は消え、心電図に波形が表れ始める。しかしそれも弱々しくて、すぐに消えてしまいそうだった。

 

「心拍再開! 血圧上がりません、血圧49の31」

 

「アドレナリン半筒ショットします」

 

「……血圧上がりません!」

 

 ナースも麻酔科医も悲愴感たっぷりの顔でこちらを見てくる。だが、治療は諦めた瞬間に負け()が確定してしまうのだ。何が何でも諦めてはいけない。絶対に助けてやる、その気持ちがなければならない。現場のレスキューから渡されたバトンを、決して落としてはいけない。

 

 

「重炭酸ナトリウム全開で点滴してください。GI療法やります。10%ブドウ糖液500にインスリン10単位*2入れて全開で投与開始。バスキャス*3いけますか?」

 

「いつでもどうぞ!」

 

「バスキャス入ったら透析いきます!」

 

「はい!」

 

「バスキャス入った。血圧は?」

 

 透析回路に繋がる管を受け取りながら、モニターに映し出される波形と、血中のカリウム濃度を見る。しかし、一向にカリウムの下がる兆候が見られない。

 

「43、下は計れません!」

 

「グルコン酸カルシウム更に2筒ショット。透析開始!」

 

「回します!」

 

 

 透析が開始されたにも関わらず状況は刻一刻と変わっていき、また警告音が鳴り始める。

 

「心室細動!」

 

「DCください。ショックいきます。離れて――3、2、1」

 

 鈍い衝撃音が鳴ると同時に患者の身体が軽く跳ねた。

 

「心拍再開」

 

「血圧低下、49!」

 

「アドレナリン1筒をショット!」

 

「また脈が触れなくなりました!」

 

 

「クソっ、リンゲル液全開! アドレナリン2ミリ追加! 帰ってこい! 聞こえるか! みんな待ってるよ、戻っておいで! 戻ってこい!」

 

 

 

 

 

 いつの間に寝ていたのだろう。ましてや、見た夢がこの世界に飛ばされる直前の出来事だなんて。悪趣味にもほどがあるというものだ。背中はびっしょりと汗で濡れている。

 

 ベッドの隣に置いてある水差しで乾いた喉を潤すも、特有の緊張感が消えることは無かった。

 

 

 

 もし……もし天和がクラッシュ症候群になっていたら、そう考えただけで寒気がした。あるものよりも無いものを列挙する方が早い医療技術の乏しいこの世界では、生と死が本当の意味で紙一重なのだ。ただ擦り剥いただけで感染症に罹患する可能性だってある。

 

 

 完全に目が冴えてしまった。ベッドに腰掛けて、これから何が必要か、何が起きたら大ピンチに陥るかを考えてみよう。

 

 

 例えば傾の手術で洛陽に行った時を思い出す。最初は井戸水からのコレラ菌汚染による流行の可能性も考えていた。実際には虫垂炎の手術であったため、コレラは杞憂で終わったが、実際に洛陽でコレラが流行り始めていたらどうなっていただろうか?

 

(患者を一箇所に完全隔離、排泄物からの汚染を防ぐために埋没処理時に石灰を使う……あとは経口補水液が必須…………砂糖って備蓄されているのか?)

 

 兵站で持ち出される砂糖なんて、ほとんど無かった気がする。そもそも砂糖は貴重品だ。街一つに経口補水液を満遍なく行き渡らせるだけで、どれだけの金が必要になるのだろうか。

 

 仮に砂糖の問題が解決さえしていれば、コレラは対処が可能だろう。生理食塩水に関しても同様だ。

 今後の治療において、抗生物質と麻酔の存在があるか無いかで、状況は大きく左右されるだろう。

 

(まぁ、どこかの研究施設から流出……しない……限りは……)

 

 

 

 あった。今思いつくだけでは二つだけ、対策を打てたにしても死者を多く出すであろう最強の伝染病が。

 

 

 実際に患者をこの目で見たことはない。だが、正史の黄巾の乱もこの病などによって信者を増やしていたはずだ。であるならば、この世界にも患者がいる可能性が十二分にある。罹患者を減らすことは出来たにしても、感染力も致死率も高く、この時代でその方法が上手くいく保証もない。

 

 まずは冥琳や華琳辺りに患者の有無を訊いて、現状を知る必要があるだろう。そして、華琳に言われた洛陽での式典、それに出席しなければ話にならないことは間違いなかった。

 

 

 建業に戻って以降に、行わなければならないタスクは三つほどある。

 

 

 

 新たな麻酔薬の開発

 

 抗生物質の開発

 

 現在の後漢における感染病の特定と罹患者数の把握

 

 

 

 麻酔薬に関しては傾に訊きたいこともある。もしかすれば洛陽で大きな収穫もあるかもしれない。抗生物質は建業でも生成可能だろう。今持ち得る金銀財宝を全て使ってでも、有り余る価値を生み出し、多くの人を助けられる。

 

 ふと窓の外を見ると、空が白みかけていた。間もなく夜明けだ。

 このままでは昼間に大あくびをすることになる、冴えている身体をむりやり横にさせて、強く目をつむったのだった。

*1
インスリンを使用し、血中のカリウム値を下げる治療法

*2
10単位=0.1ml

*3
血液透析や血液濾過で使うカテーテル

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