真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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どうも。続けての投稿です。


準備〈5〉

 あれから少し時が経った。

 

 

 明日には斉国を()ち、建業に戻ることになった自分は、最後の往診を終えて中庭の東屋で一服の休憩中だった。

 

 ちなみに華琳たちは今朝、ここを発って陳留へと戻った。洛陽からの使者は追って建業に来るとのことだった。

 

 

「慶、ここにいたか」

 

 遠目から見えていた冥琳がこちらに気がつくと、東屋に向かってきた。手には竹簡がある。

 

「お疲れ様、冥琳」

 

 中央のテーブルの、ちょうど自分の対面に腰を落ち着ける。

 

「先日訊いてきた件だが、慶の言う通りだ。時折、そのような患者が現れると村一つを壊滅させることがある」

 

「そうか……」

 

「この病も、前に言っていた細菌、なるものが起こすのか?」

 

「まぁ、そんなとこかな」

 

 

 冥琳に訊いて調べてもらっていたのは、現在発症が確認されている病気、特に致死率の高いものの詳細だった。

 

 

 高熱、手足や腰の痛みから始まり、一時的に熱が下がると顔や手足に赤い斑点の皮疹が出現する。やがて全身に広がって、水膨れに膿が溜まって膿疱へと変化する。これは体表面だけではない。呼吸器や消化器などの内臓にも同じように現れ、肺の損傷を伴って、重篤な呼吸不全によって、最悪な場合には死に至る疫病。

 

 

 1980年、世界保健機関(WHO)により宣言された。人類史上初にして唯一、根絶に成功した感染症――

 

 

 

 

 痘瘡(とうそう)*1である。

 

 

 

 

 天然痘の正確な起源は不明だが、最も古い死亡例はエジプト王朝のラムセス五世。彼のミイラには天然痘の痘痕(とうこん)が認められたのは有名な話である。中国大陸では南北朝時代に全土で流行した記録が最も古い*2とされているが、正史の黄巾の乱では天然痘の流行によって、民間から官僚まで信者を増やしたという。

 

 覚悟こそしていたが、これから相対(あいたい)することになると思うと、不安要素しか無い。

 

 

 自分は根絶後に生まれた人間だ。実際の患者は見たことがなく、論文や歴史書といった紙の上でだけの知識しかない。もし、建業や洛陽、成都で大流行、そしてパンデミックになってしまったら……。

 

 

「慶、大丈夫か。手元の物、火が消えているぞ」

 

「あ、ごめん……」

 

 放ったらかしていた煙草は燃え尽きてしまっていた。足元に灰が落ちてしまっている。吸い殻を携帯灰皿に入れ、更に一本火を付けた。

 

「時折、慶が煙を吸っているのを見たことがあるが……それは何だ? 美味そうに吸っているが」

 

「煙草って言うんだけど……ごめん、臭いよな」

 

 もったいないけど、消そうとしたとこで冥琳は止めた。

 

「いや、気にしないで良い。見る所、酒と同じように気力を回復させるものなのだろう? 構いはしないさ」

 

「すまん……」

 

 紫煙を半ば深呼吸をするかのようにゆっくりと長く吸って、冥琳にかからないように横を向いてゆっくりと吐き出す。

 

 冥琳の理解力の高さに感謝をして、続けて吸い始めた。

 

 

「この痘瘡とやらは、治せるものなのか?」

 

「正直に言うと、明確な治療法ってのは無い。特効薬は無いんだ。水分補給と酸素投与、痛みに関しては鎮痛剤を処方するに留まる」

 

「なるほど、症状に合わせて対処する他ないという事か」

 

 冥琳は溜め息をつくと、置いていた竹簡を開いた。

 

「実を言うと、城の書物蔵に薬の製造法が書かれたものがあったのでな。拝借してきた」

 

 効果は不明だが、と付け加えて差し出してくる。

 

 

 自分の使っていた漢字よりも遥かに難解な文字で書かれた、漢文が目に入る。雷火先生の手解(てほど)きによってある程度は解するようになってはいたが、この内容通りに薬を作ったところで、無駄足になることは間違いなかった。

 

 

「こういった病が広がっては、天下統一なぞ夢のまた夢。民なくしては、王の存在意義など泡沫(うたかた)のものに過ぎん」

 

「その通りだと思う」

 

「それでだ、慶。我々は協力を惜しまん。これからの孫呉……いや、この大陸のために持ち得る力を存分に発揮してほしい」

 

 冥琳の射抜く眼力は、力強かった。

 

「勿論だよ。自分に出来ることをやるって炎蓮さんとも約束したんだ。人の命はこの国の未来だから、頑張るよ」

 

「うむ、頼もしいな」

 

 冥琳は席を立つ。

 

「では、私も荷造りがあるのでな。これにて失礼する。忘れ物の無いようにな」

 

 特に慶は荷物が多いからな、そう言って冥琳は東屋を後にした。

 

 

 自分も食堂を経由して、自室の前にいた。食堂に寄ったのは道具を手入れするための湯を貰うためだ。

 

 しかし困った。湯桶を両手で持っているために扉を開けられない。仕方ない、一度床に置くことにしよう。

 

 

「あ、杏林先生だ」

 

 声を掛けられたので、その方向を向くと、ふわりとした桃色の髪が映える劉備がいた。呉にはいないタイプのゆるふわ系美少女。これがあの人誑(ひとたら)しの劉備なのだ。意外と納得できる節もある。

 

「扉、開けますね」

 

「すみません、玄徳殿」

 

 助かった。この湯桶、意外と重かったため床に置くことを躊躇(ためら)っていたのだ。

 

「いいですよ、兵の皆の治療までしてもらったんですから」

 

 にこやかに微笑む劉備の笑顔が眩しい。

 

「お邪魔じゃなかったら、お話ししませんか?」

 

「良いですよ? やることも道具の手入れだけですから、ながら作業で良ければ」

 

 やったぁ、と言って劉備も一緒に部屋に入る。ほとんど寝るためだけに使っていた部屋なため、とても殺風景だ。

 

 

「すみません、お水しかないんですけど」

 

 そんな殺風景な部屋のため、お茶もあるはずがなかった。

 

「構いませんってば。手入れっていうのは、この手術道具ですか?」

 

 机に並べられたメスや鉗子、縫合針などを観察する劉備。

 

「見る分には良いですが、触らないでくださいね。包丁よりもスパッと切れますよ」

 

「ひ、ひゃい!?」

 

 そう言うと、触らないように両手をおっかなびっくりするように、小さく上げた。その動作すら小動物のように可愛らしい。

 

 

 自分も麻布を湯に浸して、道具を磨き始めて、斬れ味が落ちていることに気付いた。建業に戻ったら良い砥石を買おう。

 

「それで、話とは?」

 

「あ、そうそう……私たちも斉国を離れることになったんです」

 

 聞けば、自分たちが建業に戻ってから平原に戻るとのことだった。

 

「その後、一度洛陽に。杏林先生と一緒です」

 

「へぇ、じゃあ……」

 

 あれ、徐州牧って陶謙から譲ってもらうんだよな。何で洛陽に?

 

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、洛陽でまた会えるんだなぁって、そう思っただけですよ」

 

 下手なことを言って劉備を混乱させるのもマズい。何とかして話を変えないといけない。

 

「実は、杏林先生にお願いもあって、ここに来たんです」

 

 

 そう思ったら劉備の方から話を変えてきた。お願いとはなんだろうか。私たちの仲間になってください! なんてものなら無理だ。そのようなヘッドハンティング、炎蓮さんも雪蓮も許すわけがない。自分も異動する理由がない。

 

 

「本当は仲間になって欲しいなって思ったんですけど、あい……雲長ちゃんから怒られちゃって」

 

「でしょうね……って、包み隠さず言っちゃうんですね……」

 

「それで……杏林先生の技術を平原で教えてくれませんか! お願いします!」

 

 劉備は勢いよく頭を下げた。綺麗な髪が宙に舞う。

 

 

「それは勿論、と言いたいところですが。理由を訊いても良いですか?」

 

 自分も磨いていたコッヘル鉗子を置いて、姿勢を正す。それに倣って劉備も背筋を伸ばした。

 

「これからも戦いは続いていくことは間違いありません。負傷兵も多く出ます。その人達を治せる技術が――」

 

「治して、どうされますか?」

 

「どう……? どうって、早く動けるように……」

 

「すぐに戦場に送り込めるようにする、というのであれば反対です。分かってはいます、ただの独りよがりの盲目的な理想論なのは……。劉玄徳殿、兵士だけではありません。医学は人のため、国のために使ってください。皆が平穏に暮らしていけるために、病に正しく恐れること、それがお約束できるのでしたら、余すことなくお教えします」

 

 

 

 日本人医師がアフリカの紛争地域で活躍する映画を見たことがある。傷付き倒れた少年兵を手厚く治療した先、その少年兵は『また戦える』と言ってアサルトライフルを片手に、戦場へとトラックに乗って戻っていくのだ。それを見て、その医者は『医療とは一体何か』を考え始める。命を落とすかもしれない場所に戻すために治療をしたのではない。元の生活に戻って欲しい、生きて欲しいと思っていた。まさか自分が同じような立ち位置に立つとは思わなかったが。

 

「玄徳殿、医者は死に場所を新たに与えるために存在するのではありません。生きる場所に帰してあげるためにいます。そのことを理解してほしい」

 

「はい、すみません……お約束します!」

 

「時が来れば、玄徳殿の所に行く時間も出来ましょう。今は情勢もキナ臭いですから、すぐに行けると言えませんが」

 

「いえ、それだけ言って下さったら大丈夫です! ……待ってますからね」

 

 

 聞きたいことは全部聞けたのだろう。劉備は一礼して、部屋を後にした。

 

 

 まるで嵐のようだ。

 

 でも、全く嫌な気分にならなかったのは、劉備の持つ独特の力なのだろうな……そう思って、手入れを続けるのだった。

*1
天然痘

*2
495年の北魏との交戦での記録




なんだか、筆がノッているので書けました。

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