真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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 遅くなりました。続きをどうぞ。

 また、GW企画のアンケートを行なっております。奮ってご参加ください!

 火事発生後と手術シーンに追記修正しました。

 第一話から順次、表現の変更や文章の追記を(分からない程度に)行いました。


緑礬〈3〉

 翌日。

 

 

 休日とは何だったのか。湯治とは何だったのだろうか。自分は宿の玄関を借りて簡易診療所を開いていた。

 

 昼までの診療ということで勘弁してもらい、情報収集に勤しむ自分。

 

 

「山に……? ダメだ、神の山には近づいちゃならんぜ先生、本当に死んじまう」

 

 

「以前亡くなった方が、どのような姿で発見されたか、教えていただいても?」

 

 この宿の三軒隣で居酒屋を営んでいる大将に、詳細を教えて貰うことが出来た。

 

「それなら……肌が、緑色になるって聞いたことがあるぐらいで……山の神の怒りを受けて、生気を抜かれちまうんだ。だからダメだって先生、アンタが死んじゃいけねぇ」

 

 間違いない、硫化水素中毒の症状である。

 

 

「ふむ……貴重な情報をありがとうございます。確かに、近づかない方が良さそうだ」

 

「あぁ、止めた方がいい」

 

「……今はね」

 

「……は? いや、ダメだよ先生!」

 

 

 準備もせずに山に乗り込めば、赤壁到達前にゲームオーバーである。今すぐには行けない。

 

 一度、建業に戻って準備期間を設けないとならないだろう。

 

 

 あれ、そういえば洛陽からの使者っていつ頃来るんだろうか? まぁ良い。冥琳辺りが上手い具合に采配してくれることだろう。自分の予想が正しければ、グッと手術が楽になるかもしれない。

 

 この診療が終われば、建業に向けて出立して、明日からまた忙しい日々が始まるのだ。ホントに休んでないけど。

 

 

 

「ん……先生、外が騒がしくありませんかい? ちょっと見てきますわ」

 

 言われてみて耳を澄ませると、徐々に騒がしくなる外。ただの賑やかなものではない、焦燥感の混じった喧騒だ。

 

 外を確認してきた大将が、血相を変えて戻ってきた。

 

「か、火事だ! 先生、火事だ!」

 

「なにっ!? 今すぐ現場に案内してくれ!」

 

 

 

 

 

「む、娘が! 娘が残されてるんだ!」

 

 温泉街の中央に位置する屋敷が猛火に包まれている。その屋敷の周りには、負傷者が寝かされていた。

 

「屋敷の主人ですか! 中に何人残されてますか!?」

 

「娘が……娘が……」

 

 酷く狼狽していて、壊れたラジオのように繰り返すだけで、埒が明かない。

 

「しっかりしろ! 中に何人いるんだっ!」

 

 

「やはりここにおったか! 慶、援護に来たぞ!」

 

「祭さん、助かりました! 粋怜も!」

 

「慶くんと一緒だと、退屈しないわね……状況は?」

 

「屋敷の中に娘さんが残っているようです……雷火さんは?」

 

 

 そう、現場に現れたのは祭さんと粋怜だけ。あの小柄な軍師の姿は無かった。

 

 

「雷火先生は見てないわ。宿に残っていなかったし……」

 

「儂も見ておらんな……」

 

 かなり嫌な予感がする。冷たいものが背筋に通った気がした。

 

 

「分かりました。すみませんが祭さんは負傷者の救護をお願いします。粋怜は延焼を防ぐために周辺の家を壊して!」

 

 祭さんは即座に行動に移り始める。

 

「壊せば良いのね、分かったわ。慶くんは治療を……慶くん!?」

 

 

「うおぉりゃぁぁぁああッ!!」

 

 自分は井戸水を被り、水を染み込ませた布を口に当て、燃え盛る屋敷の扉を勢い良く蹴り壊して侵入を開始したのだった。

 

 

 蝶番(ちょうつがい)なんて立派なものも無いため、扉は綺麗に吹っ飛ぶ。気密性が高くなるような構造でもないため、バックドラフトの危険も少ない。

 

(どこだ、どこにいる!?)

 

 しかし、どのような構造の建築物であっても、火災の際に気をつけなければならないのは、天井や床面の崩壊である。

 

 

 そして厄介なのが煙だ。

 

 

 自分の動きによって発生する僅かな気流で、煙はすぐに姿を変えて視界を(さまた)げるのである。避難の際に姿勢を低くするように指導されるのはこのためだ。

 

「助けに来ました! 誰かいませんかッ! 声が出せないなら、物を叩いて場所を教えてください!!」

 

 

「そ、その声は慶……かの……?」

 

 

「雷火さん!?」

 

 か細く聞こえてきたのは雷火さんの声だった。なんてことだ、姿が見えないと思ったら屋敷にいたとは!

 

 聞こえた先の扉を開けると、そこは応接間だったのだろうか。燃え盛る調度品に囲まれるような形で雷火さんと、逃げ遅れた女性がいたのだった。

 

 その雷火さんも、ぐったりと横になって倒れていて、自ら動けるような状態ではなかった。

 

「慶、わしはもうダメじゃ……。梁が落ちてきての……足が挟まれておる……折れておるじゃろうな……」

 

「何をバカなことをッ!」

 

 雷火さんの脚に落ちていた梁を投げ飛ばす。隣で同じようにぐったりした女性は、意識こそ無いが、まだ生きていた。

 

 

「雷火さん、俺は貴女を助けますッ! 呉の宿将を、こんなとこで死なせてたまるかッ!」

 

 

 女性を背負い、雷火さんは抱きかかえる。

 

 炎の勢いは増すばかりで、黒煙が視界を塞ぐ。飲み込まんとする赤色は龍のように部屋を蹂躙(じゅうりん)していた。このまま二人を連れて侵入口に戻るのは不可能だ。炎は部屋の入口を舐めるように灼き尽くし、退路を塞いでいる。

 

 このままでは天井が焼け落ちて圧死か、煙に巻かれて窒息死か。はたまた逃げ遅れて焼死か。

 

「雷火さん、顔を守っててください。息も止めて」

 

「……は? ま、まさか」

 

「そのまさかです。行きますよ……っ!」

 

 

 

 

 わしは、顔を守るように言われておったが、指と指の間から慶の顔が見えておった。

 

 悲愴感など微塵にも感じない顔じゃ。

 

 

 まるで馬のような速さで、慶が駆け出したかと思うと、炎の中を突っ切り、そして身体を浮遊感が襲った。

 

 

 慶が走った勢いのまま跳躍して、飛び蹴りのような形で窓を蹴破ったのだ。炎熱をもう感じることは無かった。助かったのだ。

 

「うおりゃぁぁぁァァァァッ!!」

 

 顔だけでなく、耳も守っておくんじゃった。鼓膜が破れるかと思ったわ。叫びすぎじゃ、慶。

 

 

 

 

 飛び出た直後、屋根が燃え落ちて屋敷は崩れ落ちた。

 

「祭さん、雷火さんを運んでください!」

 

「雷火! なぜ屋敷におったのじゃ! えぇい、酷く煤けておるの……任せておけい!」

 

 雷火さんは祭さんの手に渡って、急拵えの救護所に運ばれていく。

 

 屋敷の周囲にあった家は粋怜の手によって更地同然となっていた。これで延焼による二次被害は起きないだろう。

 

 

 今の問題は、背負っている女性の容態だった。

 

 

 救護所で女性を寝かせるが、ヒューヒューという苦しい呼吸をしている。

 

「口腔内に煤……鼻毛も焦げている。気道熱傷だ! このままでは呼吸が出来なくなって死んでしまう!」

 

 

「あぁ、お医者様……娘を……娘を助けて下さいませ……!」

 

 屋敷の外で喚いていた父親が懇願してくる。

 

 

「……どうか落ち着いて。彼女は熱気や熱い煙を吸ったことで、ノドの奥を火傷し、腫れることで呼吸が出来なくなっている。かなり症状が重いが……助ける方法はある!」

 

「ど、どうやって……」

 

 

 自分はメスを取り出した。炎を反射して刃先が鈍く光る。

 

 

「ノドを切って管を通し、息が出来るようにする!」

 

「の、ノドを切るだと……何言ってんだ! 娘を殺す気かッ!」

 

 激昂するのも仕方がないだろう。

 

「だが、切らなければ死ぬんだ! 俺に任せろ!」

 

「杏林に任せるのじゃ。孺子(こぞう)の腕は一級品、儂が保証する」

 

 祭さんが助け舟を出してくれたおかげで、父親が引いた。

 

 

「娘を殺してみろ偽医者……俺がお前を殺してやる……っ!」

 

 

「せ、先生! 娘の顔に赤い斑点が……ほとんど息をしてねぇ!」

 

「チアノーゼだ! こうなっては麻酔も使えない。大将、力の強くて血を見ても大丈夫な男を四人貸してほしい!」

 

 そう、意識を失っても身体は痛みに反応してしまう。押さえつける必要があった。

 

「三人で充分だ先生。俺と一緒に手足を押さえりゃいいんだな!」

 

「そうです。宜しくお願いします!」

 

 

 

 

「輪状甲状靭帯穿刺(せんし)を行う。身体を強く押さえて!」

 

 注射針で輪状甲状靭帯に吸引を行いながら刺していく。刺した瞬間、女性の身体がビクビクと震えた。気管に針が達すれば抵抗もなくなり、空気が吸引されていく。

 

 そのまま注射針を三本刺して、留置する。するとその針から酸素が供給されることで気道が確保されるのだ。

 

「次に気管切開を行う」

 

 本来であれば横向きに切開するが、緊急であるため、今回は縦向きに正中切開だ。

 

「そのまま強く押さえて。骨は折れてしまってもいい!」

 

 身体は強く反発をするが、ガッチリと押さえられていることで手術は滞りなく進んでいく。

 

「ほ、本当に首を切りやがった……」

 

「出血が多い……火箸を!」

 

 ジジジッと切開部に火箸を当て、止血をするも、その焼ける臭いと光景に、大の男たちにも動揺が走る。

 

「慌てるなっ! 浅頸(せんけい)筋膜を正中切開! 甲状腺峡部は切断せず、気管開窓する!」

 

 気管に吸引用の管を通して痰の排除を行うが、その痰は煤によって黒くなってはいなかった。

 

「上気道型気道熱傷を確認。肺機能に問題は無さそうだ。気道カニューレ*1を挿入する」

 

 すると、シューシューとカニューレを通して呼吸が行われ始める。

 

「来たッ! 呼吸再開、これで助かるぞ!」

 

 

 

 

「む、娘はっ!?」

 

 手術が始まってから、メスが首に入った瞬間から娘の姿を見れなくなっていた父親は、覚束(おぼつか)ない足取りでこちらに向かってきた。

 

「大丈夫、娘さんは頑張りましたよ! 術後の管理は必要ですが、一週間もすれば管を外せるでしょう」

 

 そう言うと父親の目からは滂沱(ぼうだ)の涙が。

 

「先生……数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした……娘を助けていただき、ありがとうございます……っ!」

 

「医者として、当たり前のことをしたまでです。まずは娘さんに会ってあげてください」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

「慶くん、お疲れ様。続けてで悪いんだけど……」

 

 父親の次は粋怜だった。

 

「分かってる。まずは雷火さんだけど……あの人の脚は大丈夫だ」

 

「え、そうなの? 脚が折れてるって言ってたわよ」

 

「折れてないよ。確かに梁が落ちてきて挟まれたみたいだけど、抱きかかえたときに確認してる。脚よりも火傷の方が心配だ。急ごう」

 

 

 

 

 重傷者は一名、軽傷者五名、死者はゼロ。

 

 救護所では、折れてないと分かって恥ずかしくなった雷火さんが、顔を真っ赤にしていたのだった。

*1
気管に挿入する太めの管のこと




 新規クロスオーバーは、現代でのK2になります(ここで言って良いのか?)

 上位3つを特別編で書かせて頂きますので、楽しみにお待ちくださいませ。
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