真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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お待たせ致しました。
雪蓮・冥琳回です。



特別編:孫呉の一大事

 いつもの城壁、階段を上がっていくと、そこには既に先客が居た。

 

 

 冥琳だった。

 手摺(てす)りに身を預けて、ぼんやりと城下を見ている。

 

 

 城壁の上は想像以上に風が強く、冥琳の美しい黒髪がたなびいていた。

 

(綺麗だな……)

 

 ポケットに入れていた煙草を取り出すことも忘れて、思わず見惚(みと)れてしまっていた。声を掛けることも躊躇(ためら)うほど、その光景が一枚の絵として完成されていたためだ。そこに自分が邪魔をしてしまって掻き消してしまうことが勿体なかった。

 

 

 しかしその願いも虚しく、彼女の方が自分に気が付いた。(みどり)色の視線がゆっくりと自分に向かい、しっかりと捉える。

 

「慶……」

 

「やぁ、冥琳……奇遇だな」

 

「早く声を掛ければ良いものを。その懐のもの、取り出さなくて良いのか?」

 

「あ、あぁ、そうだな……」

 

 

 まさか見惚れていました、なんて言える訳もなく、言葉を濁しながら煙草に火を点けた。疲れた身体に煙が染み込んでいく。

 

「前にも言ったが、本当に美味そうに吸うな。どんな味なんだ?」

 

「味、味かぁ……苦い、かな。でも香りは甘いというか……」

 

 冥琳は手摺りに預けていた身体を起こし、ずいと近寄った。

 

 

「イマイチ分からんな。一口、吸わせてもらっても良いか?」

 

「え、い、いや、身体に悪いからダメだ! それに俺が口を付けていたものだし」

 

「大丈夫だ、私は気にしない。それに何事も経験だ」

 

 そう言って(くわ)えていた煙草が取られてしまい、自分の見よう見まねで、冥琳も煙草を綺麗なピンク色の唇で銜えた。細い指が、いつも着用している二の腕まである薄手の黒い手袋と相まって、艶めかしく見えてしまうのは、自分に女性耐性が無いためだろうか。

 

 

 そして、意を決してゆっくりと吸い込み――思いっ切り()せた。

 

 

「ッ!?」

 

 

「あぁ、やっぱり……。いきなり肺に入れるから噎せるんだよ」

 

「わ、私には刺激が強すぎるな……。これが美味いのか」

 

 丁重に煙草が返却され、携帯灰皿に無事収まった。

 

「俺は美味く感じるけど、それは人それぞれ。冥琳にはこれが良いんじゃないか?」

 

 

 白衣のポケットから取り出したのは、李だった。軽く拭って、冥琳に差し出す。

 

 

(すもも)じゃないか」

 

「城壁に上がる前に、医局から持ってきたんだ。口直ししなよ」

 

「うむ、ありがたく頂こう」

 

 

 杏や李の収穫時期となって、街の果物屋も盛況となっている。城の食事でも提供され、医局でも口寂しくなった時用に食べたりしているものだ。

 

 冥琳は指先で李をつまみ上げて、その香りを楽しむ。

「甘い香りだ……よく熟れている」

 

 楽しそうに微笑んで、赤く熟れた果実に皮ごとかぶりついた。すぐに甘酸っぱい香りが辺りに広がり漂う。

 

 

「俺も一つ……んぐっ、美味いな」

 

 ポケットからもう一つ取り出したのは、庭に生えていた杏。瑞々しい黄色の果肉は、ずっと甘みが強い。

 

 小さな果実はすぐに種だけとなり、何故か二人で笑い合っていた。

 

「ほら、手巾(しゅきん)。拭きなよ」

 

 ハンカチを冥琳に手渡す。果汁で汚れた指先が拭われていく、その所作も綺麗だった。

 

「すまないな」

 

 

 

 

「冥琳! 慶! 一大事よ!」

 

 ホッと一息つこうと思ったその矢先、こちらに猛スピードで駆けてくる桃色の長髪。

 

『雪蓮!』

 

「急いで! 孫呉の一大事なのよっ!」

 

 

 肩を上下に動かしながら、荒い呼吸を繰り返す雪蓮は、急かすようにまた走り出す。

 

「雪蓮! どこに向かえば良いっ!?」

 

「果物屋のおじいちゃんの畑!」

 

 

 雪蓮行きつけの果物屋なら知っている。表通りで一番大きい老舗の果物屋だ。確かそこのご隠居が『雪蓮ちゃん』と呼んで仲良くしていたのを、往診の途中で見たことがある。

 

 とても元気なご隠居だったが、畑で事故でもあったのだろうか。

 

 

「冥琳、俺は雪蓮を追いかけるッ! 悪いが医局から鞄を持ってきてくれ!」

 

「了解した。急げッ!」

 

 

 猛ダッシュで雪蓮を追い掛け始める。だがその姿も既に小さくなっている。しかし、追い付けないわけではない。徐々にその差は縮まっていた。

 

 

 

 

 

 

「説明してもらおうか、伯符殿」

 

 冥琳は激怒した。必ず、かの大酒飲みの次期頭領を叱らねばならぬと決意した。

 そんな文章が脳内で思い浮かぶほどに、茘枝(ライチ)畑で冥琳は静かに怒っていた。

 

「収穫の人手が足りなかったのよ~」

 

 茘枝の収穫をする手を止めること無く、雪蓮は返答する。その態度にも冥琳は確かにキレていた。

 

「それが……孫呉の一大事であると?」

 

 冥琳の額に青筋が浮かぶ。それ以上浮かんだら破裂するぞ。

 

「収穫が遅れて茘枝酒(ライチチュウ)が作れないなんて、国を揺るがす大問題だわ!」

 

 その鋭い視線のまま、自分を捉える冥琳。先程の城壁で見たようなものではない。最初に出会ったときの射抜くような視線ではないが、呆れているのはすぐに分かった。

 

「……なぜ慶も手伝っているんだ?」

 

「一応、俺も怒ったぞ。理由さえ言ってくれれば手伝うのだから、まるで急患が出たように言うなって。それで、別に急患も居なかったわけだから手伝ってる」

 

「この重い医療鞄を持ってきた私に言うことは?」

 

「ありがとうございます。ごめんなさい」

 

 

 なかなかの面積を誇る畑。そこに実る果実の量は圧巻だった。この街だけではなく、近隣の村などにも流通しているらしい。

 

 そして、雪蓮にとっては酒が造られなくなることが、国の一番の損失であるとのことだった。

 

「雪蓮ちゃんだけじゃなく、周瑜様や慶先生にまで手伝って貰えるのなら、この果物たちも幸せでしょうなぁ」

 

 ご隠居にそう言われると、自分も冥琳も毒気を抜かれてしまって、しっかり最後まで手伝うことになったのだ。

 

 

 

「冥琳は皮剥きね~」

 

 

「む、これは思ったより難しいな……しかも美味しい。採れたては最高だな」

 

 

「あ~! 私もまだ食べてないのに~!」

 

 

「雪蓮、話すのは良いが、手を止めるな」

 

 

「慶、厳しすぎない? え、収穫早っ!?」

 

 

「慶先生、新しいカゴですぞ~」

 

 

 

 このように慕われる王など、この大陸には一人しか居ないだろう。

 

 気が付けば皆が笑顔で、時間を忘れて収穫をしていた。雪蓮を探しに来た兵や、治療の応援として駆け付けた兵たちも収穫作業に強制参加させられる。時折冗談を言いながら、皆で笑い合った。

 

 

 

 その年の茘枝酒が、一際(ひときわ)美味だったのは言うまでもない。




次は炎蓮さん回でまた会おう。
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