たくさんの投票がありましたが、星さんも人気ですね。
「趙雲お姉ちゃんのお話し、おもしろーい!」
(おや?)
回診の終りに城までの道を歩いていると、目抜き通りの甘味処で星が子供たちに旅の話を聞かせていた。その子供たちの声が店の売上にも貢献しているようで、とても平和な光景である。
「天下無双の趙雲将軍も、子供たちの前では面倒見の良いお姉さんだな」
自分も足を止めて、子供たちに混ざる。
「あ、慶先生だー!」
すると、一気に周りを囲まれてしまった。
「面倒見が良いのは、お互い様かもしれませんな」
「そうかな? 普通だと思うんだけど」
「いや、子供を両腕にぶら下げたまま、肩車するのは、その子たちの親でも無理でしょう」
「軽いけど?」
「……そうですか」
目の前の状況から目を背けるようにして、星はお茶を飲み、更に茶器に注いでいく。
「ささ、
「だから、主じゃないってば……ありがとう」
子供たちを下ろすと、また遊んでね、と言いながら親の元へ戻っていく。
差し出された小さな茶器、受け取って口を付けようと思った所には、薄く紅が付いていたため、さりげなく口をずらして飲んだ。
「慶殿はいけずですなぁ。乙女の唇に触れられる機会でしたのに」
「分かっていて、紅の付いている方を出してきたのか」
「そうでもしないと、競り負けてしまうと思いましてな」
「競るも何も、そんなことないからさ……」
対面で座っていた星が、本当に大きく溜め息を
「将来、苦労するのは私ではなく、慶殿でしょうな。主に夜的な意味で」
「もしそれで苦労することになるのなら、俺は幸せ者かもしれないな。経験ないから何とも言えないんだけどさ。あ、すみません。お茶を私にもお願いします」
ついでに注文をしながら、腕を組んで想像してみる。
一切女性経験のない自分にとっては、最初に祭さんに言われたように、男冥利に尽きる状態かもしれない。
口角が緩みそうになるが、毎晩毎晩、呉の美女たちと睦み合ったらどうなるのだろうか……。考えるまでも無く、真っ白に燃え尽きている自分の姿が浮かぶ。
やってきた茶を飲み、一息ついてみるもそのイメージは変わらない。自分で言うのもおかしな話だが、好感度のような可視化できるようなパラメーターがあるのなら、この慶と言う人物はかなり好かれているのだろう。しかし、それを良しとしない己の存在があることも事実である。
「まぁいいや。何の話が一番盛り上がってたんだ?」
「始皇帝の墓から宝物を盗ろうとした話ですな」
「……始皇帝だと?」
始皇帝、言わずと知れた中国の初代皇帝である。名前は
「本当に始皇帝陵に入ったのか?」
「まさか。子供に聞かせるための冒険譚ですよ。どこが入り口か分かりませんからな」
そう言うと、星はお茶を再注文して、残っていたお茶菓子を少しずつ食べ始めた。
「星、始皇帝陵に入ってみたくないか?」
目の前の星は、冷静に、でも興味津々に頷いた。
「入り口をご存知なのですか!?」
「皆の言う天の国では、一応発見されてるからな」
さぁ、歴史を少し変えてみようではないか。
「では、史記に書かれていたことが本当なのか、確かめてみたいですな。しかし慶殿、どうやって潜入するのです? まさかずっと穴を掘っていくわけではないでしょうな?」
「そんなことをしたら、本当に官軍に捕まるだろうな。まぁ任せておけ」
翌日。
「朝から訪ねて来て何事かと思ったが、目的が
雷火さんの部屋で、史記を読ませてもらっていた。城の書庫にもあるらしいのだが、保存状態が悪いことや、現代の
であれば、ところどころ読めない所をその都度雷火さんに訊けば、効率が良いのだ。
「始皇帝陵に行ってみようかと。となれば前もって調べておかねばと思いまして」
「ほう、お主も少しは学ぼうとしておるのじゃな。感心じゃ」
そう雷火さんは言うが、自分は歴史ロマンを追い求めて。星はそれに付いてくるだけである。あとはトレジャーハントか。
「始皇帝は、統一後に漢字の書体、度量衡*1、貨幣、車幅などを統一したのじゃ」
「
始皇帝は統一後、全国に幹線道路を整備した。幅約70メートル。そして約7メートルごとに樹木を植えた。これが馳道と呼ばれ、その道の中央に7メートル幅の一段高く土盛りされた道があった。これが皇帝専用の道である。
「ほう……天の国の知識も、なかなかやるではないか」
「ありがとうございます。雷火さん、ここは何と読むんです?」
「うむ、『水銀を以て百川江河大海を
始皇帝は不老不死の霊薬を求め、側近に勧められるまま水銀を飲み続け、命を落としたと伝えられている。
四世紀の東晋の時代、
「銅板に覆われた皇帝の玄室、真珠と金で星座を現した天空の地図、翡翠で象られた大陸図、人魚の油で絶えることのない灯り、盗掘者撃退用に作られた
「この記述通りであれば、どれだけ荘厳な光景なのじゃろうな……」
雷火さんは瞳を閉じて、まだ見ぬ光景に思いを馳せている。景色も気になるのだが、厄介な罠の存在、それに――。
(一番危険なのは、水銀だ)
現在の発掘調査でも、磁気スキャナーを用いて玄室の周辺を外から調べると、水銀濃度が異常な値を示した。およそ2000年という長い時間を掛けて液体状だった水銀が蒸発し、地表へと侵食しているのである。今の三国時代であれば葬られて約400年。恐らく
読み漁った歴史書や地理書を雷火さんに返した。
「ありがとうございました。写真も撮ってきますから、お楽しみに」
「あの、すまぁとほんとかいう奇怪なヤツか。うむ、楽しみにしておるぞ」
その一週間後、自分と星の姿は長安にあった。
「見えた。星、目的地だ」
前漢の首都、長安から東に向かった郊外、
「この80メートル真下に、巨大な地下宮殿が確実に眠っているんだ」
「慶殿、先にもお聞きしましたがどうやって、地下に行くのです?」
「南にある驪山、ここに
「なぜ、そこまで詳しいのです? 長安に来たのは初めてでしょう」
自分の歩みに付いて来ながら、星は疑問を口にする。
「……大昔、繁栄をした大国が一夜にして海に沈んだという伝説があった。それが事実なのか、懸命に追い求めた学者がいたんだ。俺がいた大学の先生だったんだが、その人がこの方法を使って侵入した」
「は?」
「その方法では、もう侵入できなくなってしまったから、まさかこっちに来て出来るとは思わなかったんだ! 星、俺は既にワクワクしてたまらん。早く行こう!」
「まるで昔、玄徳殿たちと暮らしていた頃のような明るさですな、主」
星が何かを呟いたが、自分の耳には届いていない。
歴史のロマンが詰まった始皇帝陵、そこに待ち受けるのは何か――。
医療メインのはずだよね? とか言わないの。
なんと、特別編ですが〈2〉を書きます。
まさか『史記』と『漢書地理志』をまた読むことになるとは……。
めっちゃ楽しい。
※驪山に方士塚はありませんし、未だに完全に発掘されているわけではないので、入口はありません。オリジナル設定ですのでご注意ください。驪山に行って「入り口ねぇじゃん!」と言われても責任は取れません。