真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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お待たせしました。星編です。
たくさんの投票がありましたが、星さんも人気ですね。


特別編:禁忌の地下迷宮(ラビリンス)〈1〉

「趙雲お姉ちゃんのお話し、おもしろーい!」

 

(おや?)

 

 

 回診の終りに城までの道を歩いていると、目抜き通りの甘味処で星が子供たちに旅の話を聞かせていた。その子供たちの声が店の売上にも貢献しているようで、とても平和な光景である。

 

「天下無双の趙雲将軍も、子供たちの前では面倒見の良いお姉さんだな」

 

 自分も足を止めて、子供たちに混ざる。

 

「あ、慶先生だー!」

 

 すると、一気に周りを囲まれてしまった。

 

「面倒見が良いのは、お互い様かもしれませんな」

 

「そうかな? 普通だと思うんだけど」

 

「いや、子供を両腕にぶら下げたまま、肩車するのは、その子たちの親でも無理でしょう」

 

「軽いけど?」

 

「……そうですか」

 

 

 目の前の状況から目を背けるようにして、星はお茶を飲み、更に茶器に注いでいく。

 

「ささ、(あるじ)もどうぞ」

 

「だから、主じゃないってば……ありがとう」

 

 子供たちを下ろすと、また遊んでね、と言いながら親の元へ戻っていく。

 

 差し出された小さな茶器、受け取って口を付けようと思った所には、薄く紅が付いていたため、さりげなく口をずらして飲んだ。

 

 

「慶殿はいけずですなぁ。乙女の唇に触れられる機会でしたのに」

 

「分かっていて、紅の付いている方を出してきたのか」

 

「そうでもしないと、競り負けてしまうと思いましてな」

 

「競るも何も、そんなことないからさ……」

 

 対面で座っていた星が、本当に大きく溜め息を()いた。

 

「将来、苦労するのは私ではなく、慶殿でしょうな。主に夜的な意味で」

 

「もしそれで苦労することになるのなら、俺は幸せ者かもしれないな。経験ないから何とも言えないんだけどさ。あ、すみません。お茶を私にもお願いします」

 

 

 ついでに注文をしながら、腕を組んで想像してみる。

 一切女性経験のない自分にとっては、最初に祭さんに言われたように、男冥利に尽きる状態かもしれない。

 口角が緩みそうになるが、毎晩毎晩、呉の美女たちと睦み合ったらどうなるのだろうか……。考えるまでも無く、真っ白に燃え尽きている自分の姿が浮かぶ。

 

 やってきた茶を飲み、一息ついてみるもそのイメージは変わらない。自分で言うのもおかしな話だが、好感度のような可視化できるようなパラメーターがあるのなら、この慶と言う人物はかなり好かれているのだろう。しかし、それを良しとしない己の存在があることも事実である。

 

「まぁいいや。何の話が一番盛り上がってたんだ?」

 

「始皇帝の墓から宝物を盗ろうとした話ですな」

 

「……始皇帝だと?」

 

 

 始皇帝、言わずと知れた中国の初代皇帝である。名前は嬴政(えいせい)。紀元前210年崩御。即位してからすぐ、墳墓の建設を開始した。これが世界文化遺産、始皇帝陵である。

 

 史記(しき)のような歴史書には始皇帝陵の存在は記されていた。しかし調査が行われたのは1962年のことである。その時に遺跡を確認したのが考古調査の嚆矢であった。その後1974年に地元住民が行なった井戸掘りの最中、兵馬俑の破片が発見されて現在に至る。

 

 

「本当に始皇帝陵に入ったのか?」

 

「まさか。子供に聞かせるための冒険譚ですよ。どこが入り口か分かりませんからな」

 

 そう言うと、星はお茶を再注文して、残っていたお茶菓子を少しずつ食べ始めた。

 

 

「星、始皇帝陵に入ってみたくないか?」

 

 目の前の星は、冷静に、でも興味津々に頷いた。

 

「入り口をご存知なのですか!?」

 

「皆の言う天の国では、一応発見されてるからな」

 

 さぁ、歴史を少し変えてみようではないか。

 

 

「では、史記に書かれていたことが本当なのか、確かめてみたいですな。しかし慶殿、どうやって潜入するのです? まさかずっと穴を掘っていくわけではないでしょうな?」

 

「そんなことをしたら、本当に官軍に捕まるだろうな。まぁ任せておけ」

 

 

 

 翌日。

 

 

 

「朝から訪ねて来て何事かと思ったが、目的が司馬遷(しばせん)の史記とはの。次はどんな面白いことをするつもりじゃ?」

 

 雷火さんの部屋で、史記を読ませてもらっていた。城の書庫にもあるらしいのだが、保存状態が悪いことや、現代の和刻本(わこくぼん)しか読んだことのない自分からすれば、三国時代の難解な漢字を読むだけでは理解度が不足する。

 

 であれば、ところどころ読めない所をその都度雷火さんに訊けば、効率が良いのだ。

 

「始皇帝陵に行ってみようかと。となれば前もって調べておかねばと思いまして」

 

「ほう、お主も少しは学ぼうとしておるのじゃな。感心じゃ」

 

 そう雷火さんは言うが、自分は歴史ロマンを追い求めて。星はそれに付いてくるだけである。あとはトレジャーハントか。

 

 

「始皇帝は、統一後に漢字の書体、度量衡*1、貨幣、車幅などを統一したのじゃ」

 

馳道(ちどう)のことですね」

 

 始皇帝は統一後、全国に幹線道路を整備した。幅約70メートル。そして約7メートルごとに樹木を植えた。これが馳道と呼ばれ、その道の中央に7メートル幅の一段高く土盛りされた道があった。これが皇帝専用の道である。

 

「ほう……天の国の知識も、なかなかやるではないか」

 

 

 

「ありがとうございます。雷火さん、ここは何と読むんです?」

 

「うむ、『水銀を以て百川江河大海を(つく)り』とあるな」

 

 始皇帝は不老不死の霊薬を求め、側近に勧められるまま水銀を飲み続け、命を落としたと伝えられている。

 

 四世紀の東晋の時代、葛洪(かつこう)という学者が著した『抱朴子(ほうぼくし)』には水銀の混合物であるアマルガムが不死の薬の成分として紹介されていることからも、水銀が霊薬と信じ続けられていたのだろう。

 

 

「銅板に覆われた皇帝の玄室、真珠と金で星座を現した天空の地図、翡翠で象られた大陸図、人魚の油で絶えることのない灯り、盗掘者撃退用に作られた機弩矢(きどし)……」

 

「この記述通りであれば、どれだけ荘厳な光景なのじゃろうな……」

 

 雷火さんは瞳を閉じて、まだ見ぬ光景に思いを馳せている。景色も気になるのだが、厄介な罠の存在、それに――。

 

 

(一番危険なのは、水銀だ)

 

 

 現在の発掘調査でも、磁気スキャナーを用いて玄室の周辺を外から調べると、水銀濃度が異常な値を示した。およそ2000年という長い時間を掛けて液体状だった水銀が蒸発し、地表へと侵食しているのである。今の三国時代であれば葬られて約400年。恐らく()れてはいるだろうが、硫酸湖の時のように、目に見えない敵を相手にすることになる可能性があるかもしれない。

 

 読み漁った歴史書や地理書を雷火さんに返した。

 

「ありがとうございました。写真も撮ってきますから、お楽しみに」

 

「あの、すまぁとほんとかいう奇怪なヤツか。うむ、楽しみにしておるぞ」

 

 

 

 

 その一週間後、自分と星の姿は長安にあった。

 

 

「見えた。星、目的地だ」

 

 前漢の首都、長安から東に向かった郊外、驪山(りざん)の北側に一見なだらかな丘が見えてくる。高さ76メートル、東西450メートル、南北515メートル。天下の罪人70万人を動員して建造された始皇帝陵である。

 

 

「この80メートル真下に、巨大な地下宮殿が確実に眠っているんだ」

 

「慶殿、先にもお聞きしましたがどうやって、地下に行くのです?」

 

「南にある驪山、ここに方士塚(ほうしづか)という洞穴がある。始皇帝の縁者が多数眠っているんだ。まずはそこに行こう」

 

「なぜ、そこまで詳しいのです? 長安に来たのは初めてでしょう」

 

 

 自分の歩みに付いて来ながら、星は疑問を口にする。

 

 

「……大昔、繁栄をした大国が一夜にして海に沈んだという伝説があった。それが事実なのか、懸命に追い求めた学者がいたんだ。俺がいた大学の先生だったんだが、その人がこの方法を使って侵入した」

 

「は?」

 

「その方法では、もう侵入できなくなってしまったから、まさかこっちに来て出来るとは思わなかったんだ! 星、俺は既にワクワクしてたまらん。早く行こう!」

 

 

 

 

「まるで昔、玄徳殿たちと暮らしていた頃のような明るさですな、主」

 

 星が何かを呟いたが、自分の耳には届いていない。

 

 

 

 歴史のロマンが詰まった始皇帝陵、そこに待ち受けるのは何か――。

*1
長さ・体積・重さ




医療メインのはずだよね? とか言わないの。

なんと、特別編ですが〈2〉を書きます。

まさか『史記』と『漢書地理志』をまた読むことになるとは……。


めっちゃ楽しい。

※驪山に方士塚はありませんし、未だに完全に発掘されているわけではないので、入口はありません。オリジナル設定ですのでご注意ください。驪山に行って「入り口ねぇじゃん!」と言われても責任は取れません。
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