真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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洛陽〈4〉

 呂布が目を覚ましたのが、あの手術から二日後のこと。

 予後を管理するため、洛陽への出立には更に五日を要した。

 

 

 と言っても、呂布本人は術後三日目からまともに動けるようになっていたのだが。

 

 

「……お腹すいた」

 

 ベッドで暇そうに横になっている呂布。

 回復力は驚異的で、すぐに通常の食事を希望していたが、自分は断固拒否を貫いていた。

 

「さっき、粥を食べただろう?」

 

「……足りない」

 ふるふると首を横に振る呂布。上目遣いで見られても何も変わらないぞ。

 

「何度も言うが、胃に穴が空いていたんだ。まだいつもの食事に戻すことはできん」

 

 

 陳宮から聴取した、日々の呂布の食事量はとてつもないものだった。一日の摂取カロリーは成人男性の何日分なのであろうか。計算したくない量であることは間違いない。

 

 更に、呂布の体型は筋肉質ではあるがスリム。無双を誇る呂布のパワーの源は食事なのか、謎が謎を呼ぶ。

 現代の女性から羨望の眼差しで見られることは間違いないだろう。

 

 

「ご主人様は、いじわる」

 

 呂布は上目遣いのまま拗ねてしまっている。

 

 この表情の破壊力、陳宮もこの表情に負けて食事を許可していたのだろう。

 

 

「虐めているわけではない。呂布殿の体調を(おもんぱか)ってだな……あとご主人様は()めてくれ」

 

「じゃあ……今は、杏林」

 

「あぁ、今はそれでいい……」

 

 ご主人様、と言われるだけで背筋が何だかこそばゆかった。それが解消されるだけでかなりありがたい。

 このような呼ばれ方、何を思って許可したのだろうか。別世界の自分よ。

 

 

 

 

 

 所変わって。

 

 相変わらずの大都会の洛陽。建業よりも何回りも大きいこの街は、東京まではいかないものの、多くの人が行き交っている。

 呂布や霞は先に城へと戻っていった。

 

 街の噂では、傾が専横をしなくなってからというもの、活気が戻ったらしい。

 

 大病を患ってから、文字通り生まれ変わったように政務を行なっているようである。

 

 

(まぁ、大将軍が政務に関わることもないだろうが)

 

 

 しかしその結果、宦官達から恨まれているのだから、いつの時代も妬み嫉み恨みの世界である。そりゃ戦争が無くならないわけだ。

 

 

「しかしまぁ、もの凄い強行軍だったな……」

 

 乗馬に慣れたとは言え、内腿の擦れる痛みは少なからずある。帰りはゆっくり戻りたい。

 

「今回、大仰な荷物は無かったからな。それでもかなり早い方だが……よく付いて来れた。乗馬の腕を上げたな」

 

「……ありがとう」

 

 そう言ってくれた冥琳の顔にも疲労の色が見える。

 

 

 

「いらっしゃ~い! 見てってくれ~! 西方と南方からの商隊が戻ってきたよ~! 珍しい商品が山程あるよ~!」

 

「……冥琳」

 

「なるべく急げよ」

 

 溜め息とともに送り出してくれる冥琳。

 城に入るまでは、まだ時間がある。

 

 目抜き通りで一際大きな声を張り上げ、お客を呼び込んでいる商店があった。

 

「見せて頂いても?」

 

「もちろんよ旦那……おや、もしかして……劉杏林様で?」

 

 恰幅の良い店主が、自分を見上げた途端にその正体を言い当てる。

 

「……はて、人違いじゃありませんか? 何ゆえ、私が劉(なにがし)だと?」

 

「偉丈夫で、純白の見慣れぬ衣を着込んだ者は杏林という医者であるから、丁重に(もてな)せとのお触れが」

 

 そう言って、一枚の紙が差し出された。

 その紙を見ると……確かにこの商店の主が言っていることに間違いは無いようだ。傾、一体どうしてこのようなことを。更に、現在の傾は宦官に睨まれている状態だ。その矛先が自分に向く可能性もある。

 

 白衣を着たままで動くのは危険かもしれない。早く仕立てた漢服に着替えたほうが良いだろう。

 

 

 ふと脳裡に華琳の『一人で動く事は、殺してと言っているようなもの』という言葉が()ぎった。

 

 

「まぁ見ていってくださいよ! 西方から取り寄せた珍品揃い!」

 

 早めに冥琳たちと合流しようと思ったが、ずい、と差し出された品物を手に乗せられる。

 

 何だこれ、とマジマジと見た瞬間に脳裡の不安が吹き飛ばされた。

 

 

 それは、赤色と緑色の小さな粒が房状に実っている植物だった。

 

「こ、これは……胡椒!?」

 

 よく見てみると、商店に置かれた小さい壺には、胡椒の他にも様々な香辛料が入っている。

 

 香辛料だけではない。青いグラスや、ギターのような弦楽器、レイピアといった武具まで陳列しているではないか。

 

 

「店主……できる限り買いたいのだが」

 

「毎度あり!」

 

 

 思わぬ収穫にホクホク顔であったが、妙な気配がしたため振り返ると、いつぞや青州で見た金髪ロールの懐かしい顔。

 

「あら、一人で悠々と買い物かしら?」

 

「おぉ、か……じゃなかった。ご無沙汰です、孟徳殿」

 

 そしてその背後には、明らかに敵意オーラを剥き出しにしている部下が一名と、夏侯姉妹。

 

「孟徳殿、じゃないわよ。こんな所で何をしているの。貴方、前に言ったことを忘れたの?」

 

 覚えている。覚えているとも。しかしまぁ、この胡椒を見せられたらなぁ……。

 

 

「お姉様、この穢らわしい男があの……?」

 

「そうだ! コイツがきょ、むぐぐッ!? ひゅうらん!?」

 

「姉者、少し静かにしていてくれ」

 

 

 夏侯惇が自分の名前を言おうとした瞬間に、夏侯淵が素早く口を塞ぐ。

 

「そうよ子廉(しれん)。さて、今から文台殿のところに送り届けてあげるわ。まずは白衣を脱ぎなさい」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

「後ろ、見てみなさい」

 

 華琳の後に付いて歩き始めて十数メートル進んだ所で、振り返るように促された。

 先ほどまでいた商店には、役人……漢服を纏った文官がいた。店主がこちらの方を指差すが、文官たちは華琳の姿を見て追いかけることをしない。

 

 自分が一人になった時に、静かに()る算段だったのだろう。

 

 

 

「私達と一緒にいれば襲われることもないでしょう。分かった? 貴方は狙われているの」

 

「……何進の手術をしたから、逆恨みってところか?」

 

「街中、貴方を見かけたら饗して立ち止まらせようと躍起のようね。買収されているのでしょう。宦官共の罠よ」

 

 距離を詰めることなく、ずーっと付いてくる文官たち。

 

 

 

「何でお姉様は、このようなケダモノを守るんですの? さっさと後ろの文官に渡せば良いものを」

 

 子廉と呼ばれていた女性は、なかなかに辛辣な言葉を投げかける。

 

「俺、()()さんに悪いことしたか……?」

 

 名前を言うと、呼ばれたことにショックだったのか俯く。

 

「次、わたくしの名前を呼んだら、即刻チョン切って差し上げますわよ」

 

 俯いたまま、低い声で宦官宣告をしてきた。今までに感じたことのない強烈な寒気が、ヒュッと下半身を襲う。

 

 

「あれも彼女の性格なんだ、大目に見てやってくれないか?」

 

 いつの間にか自分の隣を歩いていた夏侯淵に、そう言われる。

 

「俺、宦官にはなりたくないです……」

 

「では、気をつけるのだな」

 

「うっす……」

 

 

「安心なさい。文台殿と行く先は同じで、どうせ奴らとも会うのだから」

 

「安心出来ねぇなぁ、それ……」

 

 華琳は胸を張るも、その迫力は乏しい。夏侯姉妹の方が迫力満点だ。

 

 

「やっぱり、チョン切った上でその首も刎ねてしまおうかしら」

 

「な、何ででしょうか曹操さま……?」

 

「あら、それは貴方の胸に手を当てて訊いてみれば良いんじゃなくて? その厚い胸板に訊いてみなさいよ! ご希望の宦官にするわよっ!」

 

「す、すみませんでした……勘弁してください」

 

 

 エスパーか、華琳。

 

 あと、宦官には絶対なりたくない。ご希望じゃないです。

 

 

 結局、そのままチョン切られることもなく炎蓮さんたちと合流ができ、華琳たちと一緒に入城したのだった。

 


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