「……どうしたんだ、慶?」
太医令の官職を言い渡されてからというもの、席に戻ってきた彼に私がいくら呼びかけても、空返事が返ってくるだけだった。肩を掴んで揺すっても反応が非常に薄い。
式典が終わってもその調子が戻ってくることがない。もはや意識がどこか彼方に飛んで行っているのではなかろうか。
「文台様、慶は一体……」
私ではどうしようもないため、炎蓮さまの方を見てみる。すると、慶がぽつりぽつりと呟き始めた。
「文台様、すみません……あんな仰々しい所で言われちゃ、受けるしかありませんでした……」
「いや、それは構わんが……」
「俺……まさかの宦官ですか……ハハ、チョン切るって言われたの、フラグだったかぁ……痛ぇんだろうな……」
ずっと俯いたまま、誰とも目線を合わせることなく、じっとしている。
流石に心配だったのだろう、我らだけでなく、曹操や董卓も慶の周りに立つ。
「……は? 宦官?」
あぁ、なるほど。
さっきから魂が抜けたようにしていたのはそれが原因か。孫呉の人間である慶は、漢の官僚となってしまったことで、怒られると思っているのだな。
そして宦官になってしまうことで、御遣いとしての役目が果たせなくなると、そう考えているようだ。
なんだ、誰にも手を出さずに本来の役目を忘れているのかと思っていたが、彼なりに考えてはいたようだな。
「り、劉仁殿……」
「慶……」
「董卓殿、孟徳殿。俺は大丈夫ですから……何も言わないでください……俺は、俺なりに頑張りますから……」
この光景、実は見ていてかなり面白い。いつもは冷静な慶が、ここまで狼狽することなど、今後見る事は恐らく無いだろう。
しかし……覚悟を決めてしまっているようだが、早く事実を伝えねばならないだろう。このような姿を晒し続けるわけにもいかない。
「劉仁殿、太医令は宦官ではありませんよ? 名誉官職みたいなものですから……ね?」
「……そうだ、慶。宮刑に処される訳では無いのだから、安心しろ」
そう言うと、慶の肩はピクリと一度動くと、ゆっくりと皆を見上げるのだった。
席に戻ってからというもの、ずっと両手を組み顎に当てて、俯きながらずっと思考を巡らせていた。
役人の立場からどうやって孫呉のカバーを行なっていけるのか、これは傾に訊きながら実行に移していく他ないだろう。手術は……自分で切って縫合なんてやろうものなら精神崩壊してしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、冥琳と董卓から救いとも言える言葉が投げかけられた。
宦官にならないで済むのか?
「冥琳、俺……チョン切らなくて良いのか……?」
「あぁ、お前の早とちりだ。そもそも宦官と言うのはだな……」
言葉も出ない代わりに、疲れがドッと出てきた。
洛陽に入ってから、曹洪と華琳から『チョン切る』なんて言われたものだから、そういう思考に至ったのだろうか。
冥琳の説明を聞くと、主に皇帝の近くで世話を行う者が宦官なのであって、太医令と言え、いつも間近にいるわけではないらしい。流石にそれは知らなかった。後宮の役人全員が宦官なのかと思ってた。
「じゃあ、この問題は解決したとして……本当に解決で良いんだよな?」
「くどいわよ」
華琳がピシャリと言い放つ。本当に覚悟決めてたのだから、仕方ないじゃないか。
「じゃあ続けるけど……何で俺が太医令に任命されたんだ?」
「それは、何進殿と呂奉先の治療に対する功績を認めてのことなんだと思います。すみません、私も式典が初耳だったので……」
董卓が嘘を言っているような空気は感じられない。傾も驚いたような素振りをしていたことからも、大体の幹部は初耳だったということだろう。
「ですから、先程も言ったように名誉官職みたいなものと思って頂ければ。陛下の診察を定期的に行うのがお勤めなので」
「建業にも戻れる、ということで大丈夫ですか?」
「勿論です。もし洛陽にいるようにと言われたら、私と何進殿、そして張文遠と呂奉先で何とかしますから」
このバックアップはかなり、いや相当心強い。向かう所敵なし、まさに三国無双だ。
むしろ高く付いてしまうだろうから、その請求が怖いぞ。
「では、この後は仲穎の屋敷で夜宴だな?」
ようやく面倒事が終わったと言わんばかりに、炎蓮さんが一つ伸びをして謁見の間から出ようとする。
「そうなんですが、その前に劉仁殿をお借りしてもいいですか? 何進殿の診察をお願いしたいので」
「おう、貸してやる。後でしっかり返せよ仲穎?」
物のやり取りのように借り物となった自分は、董卓と一緒に傾の部屋に行くこととなった。
「では、私の私兵に案内をさせますので、皆さんは先に屋敷へと向かっていて頂けますか? 曹操殿は、何進殿に用があると聞いていましたので、良かったら一緒にどうぞ」
流れるような指示の下、董卓の私兵と賈駆によって退室する華琳の部下と炎蓮さんたち。毎度毎度のことであるが、自分は単独行動が多すぎやしないだろうか。
「では曹操殿、劉仁殿……参りましょうか」
太医令の官職を手にした今、理由は何であれ、影にいる役人共に襲撃の大義名分を与えてしまったようなものだろう。
強く拳を握り締め、いつでもそれを振り抜けるようにしながら、董卓の後を付いていくのだった。
良かったね慶、宦官にならないで済んだよ。
最初から太医令と宦官でこの話を考えていたので、割とスムーズに進んでおります。
今日からかなり忙しいので、更新頻度が7月に入るまでガクッと落ちます。ご了承ください。
……下がった評価戻ってくれんかな。
ではまた次回の後書きで。
タイトル画像が決まりました。アンケートへのご協力、ありがとうございました。