「孟徳殿は、何を訊くつもりなんだ?」
謁見の間を出て、傾の部屋へと向かう影は三つ。先頭を歩く董卓の後ろで、周囲に警戒しながら華琳に訊いた。
特段、何か訊き出すことも無いだろうに。
「太医令の役職、それが誰の推挙であるのかを訊きたいのよ。もっとも、彼女自身も不可解に思っていそうだけどね」
溜め息を吐きながら、自分の隣を歩く華琳。
確かに、就任の際に何進も驚いた表情をしていたことからも、収穫は無いに等しいだろう。恐らく、宦官の誰かが皇帝に推挙したのだろうが。
「じゃあ何で?」
「貴方が彼女を襲わないため、とでも言っておこうかしら?」
「へ、へぅ……」
董卓の耳が赤く染まり、困惑したように自分の顔を見てきた。
「あの……その……それなら私たちは同席しないほうが……」
「……孟徳殿のウソなので本気にしないでください」
董卓があらぬ誤解をしてしまった。どうしてくれるんだと華琳を睨むも、素知らぬ顔で無視をされる。
「で、董卓殿。先ほど診てほしいと言っておりましたが」
話題を変えるためにも、ひとつ咳払いをする。この空気感は苦手だ。
傾もどうしたの言うのだ。虫垂炎の予後も問題は無かったし、今回見た感じでも何か不調があったようには思えなかった。
「こちらです。……劉仁殿をお連れしましたよ」
扉の前で董卓が呼びかけた。すると。
「あぁ、すまない。杏林よ、入ってきてくれるか?」
「孟徳殿もいるぞ?」
明らかに扉の向こうの雰囲気が変わった。華琳のことが嫌なのだろうか。何があったかは知らないが、遠慮なく扉を開ける。
部屋の中で傾は立ったまま、こちらを見据えていた。
「先ほど振りだな。分かっているとは思うが、来てもらったのは診察のためではない。率直に言おう……すまなかった」
入っていきなり、傾は頭を下げた。
「私もまさか、太医令の官職が与えられるとは思っていなかった。街でもそうだ、私の名前を無断で使い、お前を捕らえようなどと……私の権威も堕ちたものだ。迷惑をかけて、本当に申し訳なかった」
もう一度深く頭を下げる傾に、自分は何も言えずにいた。
むしろ、傾はこのことで心を痛めていたのだ。でも何も出来なかった無力さに打ちひしがれている。
「官位については驚いたが、別に実害が出ているわけでもないし、気にしないでくれよ」
「宦官になるかもしれないと泣いていたのは、どこの誰よ」
「泣いてない。捏造するな」
茶々を入れる華琳も、心なしか笑っている。
「それよりも、この官位を推挙したのは誰なの? 貴女が仕組んだことじゃないのでしょう? もちろん、仲穎殿も」
董卓は慌てて首を振り、無関係であることを主張する。
「あぁ、私達ではない。太医令など寝耳に水だ。恐らく誰かが十常侍に進言したのだろう。……天の御遣いを漢に取り込もうと考えた者の仕業だろうな」
「殺そうにも失敗をし続けて、それならば洛陽に留めてしまって機会を待つことが目的……ということも考えられます」
董卓の推測も、間違っていないように思う。傾の手術以降、青州での働きも相まって『天の御遣い』という者がいると噂されるようになった。
それが自分であると感づいている町人はほとんどいないが、華琳や傾は無論、洛陽の上級役人たちは、劉杏林と天の御遣いがイコールで結べると気付いているだろう。
状況証拠だけでもここまでの推理は容易に可能である。
「それも有り得るな。だが問題はない。杏林にはちゃんと洛陽を発ってもらう」
傾はこちらを向き、優しく微笑む。
「発ってもらう理由はいくつかある。まずは陶謙の病だ」
徐州牧・陶謙のもとには、これから劉備が向かうことになっていたはずだ。
「いつかはお前に診てもらわねばと思っていた。不本意ではあるが、太医令の役を使わせてもらおう。建業に戻る前にそちらに寄ってほしい」
言葉にするのは簡単だが、なかなか面倒な道のりである。洛陽から徐州に向かうのであれば、陳留を経由して向かうことになる。あの青州も近い。
「うーん、劉備殿が向かうのに、文台様と一緒に行って良いのか? しかも陳留経由なら孟徳殿も一緒だ。そんな大所帯ならどう考えても警戒されるだろう?」
小規模とは言え三国の英傑揃い踏みの行軍は、見てみたいけど今じゃない。
「そんなことは分かっている。行くのはお前だけだ。孫堅を連れて行くと何が起きるか分からん。護衛には文遠をつけるから安心しろ」
簡単に説明がなされるが、陳留までは華琳も一緒ということだ。そりゃそうだよな。そこから先は劉備陣営と一緒に行動することになる。
また炎蓮さんのいないところで話が決まっていく。ずっと自由行動をしていると、本当にマズいのではなかろうか。
だが、傾は暗に言わなかったが、これは大将軍からの命令である。自分の出せる答えは、イエスか、はいか、喜んで、しかない。
「では、細かいところは仲穎の館で行うか」
自分が頷く前に、傾は席を立った。
「今宵の宴、楽しみであるなぁ。なぁ? 孟徳、仲穎よ」
「えぇ、そうね」
「劉仁殿も、ぜひ楽しんでくださいね」
三人の切り替えの早さに驚かされつつ、傾の部屋を出る。
自分が本当に訊きたかったことは、明日にでも改めて訊けば良い。
そう思いながら、城の中を歩き、董卓の屋敷へと向かったのだった。
大変おまたせしておりました。
傾と華琳は、大したことではないけど火花散ってるのよね。(県令の城の時のアレです)
次回からは本編だけど幕間のような話があります。
追記
アンケートのご協力、ありがとうございました!
投票の結果、記憶を引き継いでいるキャラクターについての簡単な紹介を行うことに致します。
恐らく、次回の後書きか……それ以降です。
本編に掲載すると、ただの文字稼ぎになるので……。
恋姫界隈がまた盛り上がって来てる感じで嬉しい。
人物解説やダイジェストについて
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主人公の説明だけほしい
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各章、各話の前書きにダイジェストがほしい
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主人公の説明とダイジェスト両方ほしい
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どちらも今のところ大丈夫
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登場人物全員の解説だけほしい
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記憶持ちのキャラの簡単な説明がほしい