厨房には料理人が大勢いた。これからの宴会で出される料理の品々が並んでいる。朝早くから仕込みが行われていたことは間違いなかった。
その厨房の片隅で、手早く調理に掛かっていたのが自分だった。何が始まるのかと、手の空いた料理人たちが手元を覗いてくる。素人の料理を見たって何も面白くないんだから、早々に散ってくれ。緊張して失敗したら、炎蓮さんと華琳にシバかれるかもしれない。
「渡すものだったというのがこの乾物か?」
「そう。建業では一部でのみ流通している物なんだけど、食べてみてほしくて」
鱶鰭を一つ手に取ると、まじまじと見ながら香りを確かめる傾。訝しみながらも鍋に沸く湯に入れた。
「きっと気に入るよ」
「これで、私から何を引っ張り出そうと? ただの乾物ではないか」
傾も不思議そうに鍋を見つめている。
董卓は料理人たちに指示を出していて、こちらを見ていない。それを確認してから自分は小さく言った。
「
なぜそのようなことを、と目を見張る傾。自分の意図を探るように、声量を合わせて話し始めた。
「……十常侍どもに見つからないようにすれば、畑から持ち出すことは容易だろう。商人はすぐに手配してやる。しかし何故だ? 阿芙蓉は毒だからと貴様が窓から捨てたではないか。まさか……っ!?」
傾は嫌な想像を膨らませてしまったのだろうが、悪用することはない。
「何を考えてるんだ。医療用で阿芙蓉が必要なんだ。過度に摂取すると猛毒だが、適切に使えば薬になる」
今回の洛陽に来る目的の一つは、傾から阿芙蓉を得るための経路を作ることだった。硫酸からエーテル麻酔を作れるようになり、次に重要度を増したのは局所麻酔薬である。手元に残っているものはわずかであり、代用品を手に入れることが急務となっていた。
そこで思い出したのが、傾が使っていた阿芙蓉だったのである。
副次的に手に入れることになった太医令の権力、これがどこまで発揮するのかは分からないが、有効に使わせてもらうとしよう。
炎蓮さんから与えられた肥沃な土地で生産できるようになれば尚良し。外交面においても事を有利に進められる。
「まぁ、まずは食べてみないことには分からないがな。私だって元肉屋。これでも料理人の端くれだ。私が美味いと認めたら、何でも持っていけ! 女に二言はないッ!」
『何でも』って言って良かったのかなぁ、傾さんよ。これでも美食家の華琳が唸った料理なんだけど。
「おぉ、美味いぞ! 何だこの料理は! 餡が絡んで……あづっ……」
即落ち2コマの大将軍がそこにいた。炎蓮さんも旨い旨いと言ってすぐに平らげる。
鱶鰭も大量に持ってきていた訳ではないため、宴会前の大試食会となってしまったが、大好評だった。
「初めて食べました! とっても美味しいですね!」
「へぇ、なかなかやるじゃない」
董卓も賈駆も、にこやかな笑顔で食べている。
自分の作ったものを美味しく食べてもらっている光景は、何度見ても心地良いものだ。
「傾も馬鹿ね。鱶鰭を知らなかったとはいえ『何でも持っていけ』なんて……」
華琳は呆れたように溜め息を吐いた。
「いや、まさかこれほどの食材がこの世にあるとは思っていなかったのでな……。約束は約束だ。明日、城の書庫にも連れて行ってやる。賈駆を補佐に付けて案内させよう」
傾は降参と言わんばかりに首を振り、また鱶鰭を食べ始めた。よほど気に入ったのだろう。餡も匙で掬ってキレイに食べ切る。
「書庫にも入れてくれるのか、嬉しいな。ありがとう。賈駆殿、明日は宜しくお願い致します」
そしてとっても賑やかな宴会が始まった。
「孫堅殿の揚州牧就任と、劉仁殿の太医令就任を祝って、乾杯!」
『乾杯!』
耳朶を打つ乾杯の声を他所に、注がれた赤い液体に自分は懐かしさを覚えていた。
前漢の時代に西域、大月氏から帰還した
中国でも古くから美酒として特別の扱いを受けてきた――
既に懐かしく感じる……遠い、愛する我が国を思い出す。
鼻腔を
(酸っぱッ……お酢!? ワインビネガーかよ!?)
抜栓して常温で数週間は放置したような酸味が喉を突き刺した。だがしかし、祝いの席で吐き出すことなど御法度。勢い良く胃の中へと流し込む。
香りを全面に感じられたのは、時間が経ち酸化して、完全に開き切った状態だったからだろう。
「葡萄酒をそのまま飲むヤツがあるか。水で薄めて飲むのが普通だぞ」
「そ、そうか……ありがとう、教えてくれて」
傾が注意してくれたが、それは古代ギリシャの飲み方だ。
「うおらァッ! 飲め! 何進!」
「ま、まだ飲むのか!? んぐっんぐっ、ぐっ……もう、飲めん……気持ち悪い」
葡萄酒は最初の乾杯だけ。その後は普段の酒に置き換わり、賑やかというよりも騒がしいの方が優勢となってきた頃。
屋敷にあった瓶はどんどん空になっていく。恐らく近い内に炎蓮さんの胃の中に全て収まることだろう。何進は既に潰されていた。
「冥琳、俺には炎蓮さんが山賊の頭に見えてきたよ」
「ぷっ、あっはっはっはっは! 慶もなかなか面白い事を言うようになったではないか!」
こんなに笑う冥琳を見たのは初めてかもしれない。そして大笑いした冥琳が傾の代わりに呼び出された。悪い事をした。
そして一人になってしまい、手持ち無沙汰になる。
「劉仁殿、ぜひこちらで一緒に飲みませんか?」
にこやかな表情で、頬をほんのり紅く染めた董卓が手招きをした。この宴会の主催、挨拶を忘れていたこともあって即座に席へと向かう。
「董卓殿、挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。盛大な宴会を開いて頂き、感謝いたします」
「固い挨拶は不要ですから。ちゃんと楽しんでますか?」
「勿論です」
董卓はとても優しい。隣に座る賈駆も、この場を心から楽しんでいるのだろう。董卓の隣で酒を嗜みながら食事をしている。
「私も混ぜてもらっていいかしら? 流石に大酒を飲むほど強くはないの」
頬を紅潮させた華琳が、盃を片手に混ざってきた。
元いたであろう炎蓮さんの方を見ると、冥琳と傾が辛うじて相手をしている状態だった。
「孟徳殿もかなり飲まれてるようで」
「あら、まだ手元はハッキリしてるわよ?
自分に見せつけるように、しなやかな指を
「じゃあ、お弾きになりますか? 私の琴がありますので、ぜひ聴きながら一献」
「董仲穎殿に言われては断れないわね。杏林、貴方も伴をなさい」
そう華琳に言われるが、琴なんて弾けない。昔、小学校の音楽の授業で弾いたぐらいだ。
「貴方が街で買った物の中に、見慣れない楽器があったけど……弾けるんじゃないの?」
そう言われて、部屋の外に保管されていた荷物を確認すると、胡椒などの入った壺の他に、ギターのような楽器が置かれていた。
どうやら、あの店主が一緒に付けてくれていたようである。官僚たちは自分を捕まえる為にお触れを出していたが、街の人達は本心から饗そうとしてくれたのかもしれない。これは董卓にも言える事だった。
そう思い始めると、疑う気持ちを持っていた自分の心が痛んだ。
「これなら、弾けるかもしれないな。ちょっと調律しないと」
左手で弦を押さえ、右手で爪弾く。ポロンと軽い音がした。ワイヤー線と違って絹糸の弦。音の響きは違えど大差は無い。弦の張りを確かめて、大部屋に戻った。
古代のギターなど全く知らなかったが、原理は変わらないようである。
「私は先に戻っているわ。早く来るのよ」
華琳が歩む先、大部屋から漏れる強い明かりが、まるで舞台の袖から見えるステージライトのようだった。
即落ち大将軍可愛い。
アンケートについて……
上位3つ決まりました。投票ありがとうございました!
〜特別編企画〜 余談回2をやります。どのルートがいいですか?(9月8日24時までの投票を受け付けます)投票上位2つを順次投稿します。
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雷火先生ルート
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粋怜ルート
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祭さんルート
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傾ルート
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張三姉妹ルート
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董卓・賈駆ルート
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華琳様ルート
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一人・一也ルート(K2クロスオーバー)