真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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密偵〈2〉

「じゃあ、仲穎殿の屋敷に侵入しようとした賊を仕留めたのは、美花(みーふぁ)だったんだな」

 

「えぇ。武器を携行して屋敷を伺っていて怪しかったので。董卓様を狙っていることはすぐに分かりました」

 

「殺める必要はあったのか?」

 

「必要でした。刺客が帰ってこなければ新たに差し向けてくることでしょう。親玉を引っ張り出さなければなりません」

 

「そうか……ありがとう。美花」

 

 書庫に向かう途中、小声で昨晩の事件のことを訊いていた。

 屋敷に侵入したところで、炎蓮さんが何とかしそうなものではあるが、美花のお陰で董卓や賈駆にも危害が無かった。その点、感謝しなければならないだろう。

 

 このまま美花が味方に就いてくれるのであれば今後の動きも円滑になるだろう。陶謙からのヘッドハンティングとはなってしまうが。

 

「じゃあ、心臓を貫通していた武器はどういうものなんだ……?」

 

「こちらですわ」

 

 そう言って美花が太腿(ふともも)のベルトから取り出したのは、棒状の鋭利な鉄の塊。いわゆる棒手裏剣と呼ばれるものだった。これで貫通させたのなら、どれだけの力が必要なのだろう。単純なパワーだけの話ならばそこら辺の武将よりも強いのかもしれない。

 

 それだけの武力を持つ者が、密偵として動いている。だからこそ、この洛陽城でも諜報活動が継続できているのだろう。

 

「慶さま、あれはただの賊ではありませんでした。首謀者の正体は掴めませんでしたが……裏で大きく事が動いていることは間違いないようです」

 

「大将軍を狙わず、仲穎殿を狙ったのは偶然ではないということか。さしずめ、大将軍や皇帝陛下に近寄りたい者かな」

 

 このような流れは正史の三国志や演義に無かった。既に(せい)天和(てんほう)たちが呉軍に加入したりと自分の知らない歴史が始まっている。このような時に下手に首謀者を炙り出すことにリソースを割くのは得策ではない。もっと多くの人間と知り合い、優位な状況を作っていく必要がある。

 

 

「美花」

 

「はい、何でしょう?」

 

 自分の前を歩いていた美花が立ち止まり、こちらに振り返る。

 

「もう何日かしたら、孟徳殿や玄徳殿と徐州に向かうが……一緒に来てくれるか?」

 

 今取るべき最善手は、目の前の仕事を遂行すること。そして呉軍の仲間を増やしていくことだ。その中で首謀者が少しでも尻尾を見せた瞬間を見逃さず、引き摺り出すしかない。

 

「……改めて口説かれるんですか?」

 

「そういうわけではないが……陶謙殿の治療もあるし、徐州で一人なのも寂しいからな。美花もこれ以上洛陽に留まる必要もないだろう?」

 

 茶化した問いに対して、真面目に返す。その返答に対しても美花は微笑んでいる。

 

「そうですね。承知致しました」

 

 再び歩み始め、庭に出ると少し遠くに蔵が見えた。

 

「慶さま、あちらが書庫になります。ところで、何の本を探されるのですか?」

 

「有益になるものなら何でもほしいけど……何があるかな。地図とか兵法書とか?」

 

「そのように重要なものは無いと思いますが……医学書なども探しましょう」

 

 

 

 蔵の入口には兵の一人もいなかった。重要書物もないのだろうか。

 

 竹簡と本が保管された蔵は紙とカビの臭いで充満していた。めぼしそうな本を手に取り開くも、目的の書物ではなくすぐさま棚に戻す。手に取り、開き、戻し……。何度も繰り返して棚を何個分も確認をした頃。

 

 どのくらい奥まで棚が続いているのだろうかと、ふと思った。

 棚に備え付けられている蝋燭たちは頼りない光量で蔵の奥をぼんやりと照らす。

 

(んん~……?)

 

 そこには(うずくま)って本を読んでいる小さな白い影があった。一心不乱に書物を読む幽霊……ではなく人だ。

 

「うおっ!?」

 

「り、劉協(りゅうきょう)さま……!」

 

 美花も驚いたように声を出す。

 床に座り本を読んでいたのは皇帝、霊帝陛下の妹である劉協だった。

 

 

「……ん?」

 

 劉協は自分の声に気付き、本に落ちていた視線を上げて見上げてきた。

 

「申し訳ありません劉協様。驚かせてしまいまして」

 

「大丈夫」

 

 一言ぽつりと話して、また本に視線が戻る。

 式典の時とは違う。ただただ本を食い入るように読んでいる劉協の姿があった。

 

「暗い蔵の中で読んでいると、視力を低下させる一因になりかねません。お部屋に書物をお持ち致しましょうか?」

 

「持って行かなくていい」

 

 自分が問うても、自室で読む必要はないらしい。その返答も静かなものだった。

 

「ここは静かだから……本を読むのにちょうど良いの」

 

 本当のことを言うならば、明るい場所で本を読んで欲しい。しかし劉協は蝋燭の光量の乏しい蔵の中で『静かだから読書に適している』と返してきた。

 

 

(こういった場所でしか読めない理由があるのか?)

 

 

 本から視線が移ることはない。このままでは読書の邪魔だろうか。

 

「何を読まれているんですか?」

 

 それでも訊きたくなった。彼女を夢中にさせる正体が。

 

 劉協の目はこちらを向き、まるで馬鹿にされないかと(いぶか)しむように見る。

 

「……草とか、花とか、木の図鑑。自分で見たことはないけど、城の外を教えてくれるの。出ても行く所は決まっているから」

 

「なるほど。ちなみにこの蔵には他にどのような図鑑があるのでしょう?」

 

「図鑑……好き?」

 

「ええ。大好きです。新たな知恵を授けてくれますから」

 

 それから劉協は警戒心を解いてくれたのか、喜々として蔵書をどんどんと教えてくれた。植物や動物、史書に小説と種類を挙げていくと枚挙に暇がない。

 一番の驚きは、その蔵書をほぼ完璧に把握していることだ。

 

「まさか、全部読まれたのですか?」

 

 美花の問いたくなる気持ちも分かる。

 

「ううん。やっぱり難しい本もあるから、場所を覚えているだけ。誰も教えてくれないの」

 

 

(教えてくれない?)

 

 

 そこでピースが少しハマった。式典のときの、霊帝の浮世離れしたような、読まされているだけのような声を思い出した。

 知恵を身に付け、賢くなってしまうと宦官の思い通りにいかなくなる。次代の帝を幼い頃から甘やかし、言うことを聞くように育てる悪しき風習をこの国は繰り返してきた歴史がある。それを劉協は自ら脱しようとしていた。

 

 

 外の世界を知ろうとしている。

 

 

「劉協様、もし書を読むことを邪魔する者がいるのでしたら……良ければ私のいる医局で書を読まれませんか? 徐州に行くまでまだ日数もありますから、何かしらお教えすることが出来るかと」

 

 現代の知識を混じえながら教えていけば、何進と同様に大きく流れを変えられるかもしれない。という細やかな願いを込めて進言をした。

 自分の今の気持ちは、拾ってくれた孫呉の人たちの生まれた国を消滅させたくないというものだった。自分のことは二の次だ。その上で生き残れば良いのだから。

 

「いいの? もっと色んなことが知りたい! あ、ごめんなさい……わがままを言いました」

 

 劉協は明るい顔から一転、悲しい顔で頭を下げてしまった。

 

「謝らないでください。新たな知識を得ようとすることが悪いはずがありません。その志を邪魔することは学ぶことへの冒涜(ぼうとく)です」

 

 この書庫から本を持ち出すのはやめよう。確かに有用な書物はあったが、似たようなものが建業にある。まずはこの本たちで気になったものを教えるようにしてあげたかった。

 

「まずは、医局に遊びに来られませんか?」

 

「……劉仁さま。善は急げと言いますが、医局はまだ片付けがまともに出来ていませんよ。まずは劉協さまをお呼び出来るように綺麗にしなければなりません」

 

 そうだった。美花が軽く溜め息をつく。

 

「今日中に大掃除しないといけませんね。腕が鳴ります」

 

「ふふっ」

 

 自分と美花のやり取りを見て、劉協の表情がようやく和らいだ。

 

「じゃあ劉仁……明日、医局に行って良い?」

 

「大掃除をして、お茶請けも用意してお待ちしておりますよ」

 

 劉協は最後、いい笑顔で大きく頷くと本を数冊持って蔵を後にしたのだった。

 

 

「美花、俺は変えられるかな」

 

「医局は綺麗に変えられますよ。さぁ、これから大掃除です」

 

 歴史を変えられるかどうかだったんだけどな。

 結局、屋敷から城へと出てきた董卓たちまで巻き込み、夜になってようやく大掃除を終えたのだった。賈駆にガッツリ嫌味を言われたのは言うまでもない。

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