真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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宮城(きゅうじょう)〈1〉

 医局の片付けを終えたその日の深夜。

 

 眠れずに作業机に座っていた。

 

 刺客がもう現れないというわけではない。市中全体で警戒体制を敷いているため、董卓たちも屋敷ではなく城の自室へ。炎蓮さんや華琳たちも客室にいる。一応、危険に(さら)されているのは董卓だけではない。何進や自分も襲われる可能性は充分にあると考えると眠気が全くやってこなかった。

 

 とはいえ横にならなければ休まるものも休まらない。気力は充実させておかなければ、自分の仕事がままならなくなってしまう。

 

 トイレに行ってから横になろうと考えて医局を出た。ゆるく風が吹いていて、少々肌寒い。縮こまりながら用を済ませて廊下を歩いていると、一つの部屋から僅かな光が洩れていた。こんな真夜中に何をしているんだろうと、本来は良くないが少し開いた扉から様子を伺ってみた。確かこの部屋は……。

 

「残党狩りの編成は面倒だな。青州の報告のおかげで終息したものの、また新たな火種が()きないとは限らんからな……。ここが正念場か」

 

 部屋着姿でブツブツと呟きながら筆を持ち、編成表を(したた)めている何進大将軍がそこにいた。初めて見る真面目な仕事モードの傾の顔は、蝋燭の灯によって様々な陰影を見せる。このまま立ち去ることも出来るのだが、それも何だか良くないように思えた。

 

 足音を立てないようにしながら、医局に戻る。昼間の整理で見つかった酒(味見をして飲めることは確認済み)を持って傾の部屋の扉をノックした。

 

「うおっ!?」

 

「驚かせてごめんよ。夜遅くまでお疲れ様」

 

「何だ貴様か……驚かすでないわ。筆を置いてなかったらもう一枚書き直すところだった」

 

「眼が疲れたらちゃんと休憩するようにな」

 

「問題ない。もう書き上げたからな」

 

 書き上げた編成表を持ち、ヒラヒラと揺らしながら抗議してくる傾。しかし、自分の手に持っているものを認めると顔を(ほころ)ばせた。

 

「酒か?」

 

「水だったらどうする?」

 

「貴様はそんなことしないだろう。公瑾から酒好きと昨晩聞いたからな」

 

 昨日の宴会で、冥琳とはかなり話が出来たらしい。確かに、炎蓮さんに潰されてもなお、自力で客間に戻っていたと記憶している。

 

「して、こんな夜更けに酒を持って女の部屋を訪ねるとはな……ようやく私の美貌に気付いたか? んん?」

 

 傾は、その健康的な褐色の美しい肢体や豊満な胸を強調するように(なま)めかしく動かすも、こちらは意に介さない。

 

「ちょっと眠れないから寝酒に付き合って欲しいだけだ。ダメだったら帰って一人で飲むから」

 

 このような美女に誘惑されるのは嬉しいが、鋼の意思を持って辞退させて頂く。

 

「いや待て。構わん。帰らなくて良いからそこに座れ。良い物を出そう」

 

 自分が背を向けると慌てて蒼いグラスを二脚用意する。

 

「かなり前に貰った瑠璃の(つき)だ。使う機会が無かったのでな」

 

「おぉ、綺麗なグラスだ……」

 

 美しいコバルトブルーのゴブレットだ。手に取り窓から月明かりに透かして見てみた。曇の無いガラス製で、月光も蒼く染まった。かなり腕の良い名工の作なのだろうか。

 

「ぐらす?」

 

「俺のいた国では、こういった素材の杯を総称してグラスって言うんだ。これはどこから?」

 

「渡してきた者(いわ)く、遙か西方……確か大秦(だいしん)*1と言ったか」

 

 ということは、絹の道(シルクロード)を通って遥々(はるばる)ローマ帝国から渡ってきたのか。確か、正倉院に収めれられている宝物にも瑠璃のグラスがあったことを思い出す。確かあの宝物はペルシアで作られたものだったろうか。

 

「大秦か……この時代にいるうちに、一度で良いから行ってみたいな」

 

 頭の中で世界史の年表を広げてみる。

 今の黄巾党の時期といえば、五賢帝の時代が丁度終わった頃だ。今のうちに行けるなら外遊の旅も悪くない。むしろそちらの方が赤壁を回避して長く生き残れるのではないだろうか。そんなことをふと思った。

 

 そのような思考に囚われていると、傾が少し怪訝(けげん)な顔をしてこちらを覗き込む。

 

「この時代、か。飲みながらで良いから、慶の国のことを教えてくれるか?」

 

「……分かった。じゃあ飲もうか」

 

 そう言ってグラスに酒を注ぎ、少し掲げて乾杯をした。自分と傾、同時に口をつける。毒見の話も出てこないから、思ったよりも信頼されているのだろうか。

 

「うむ、なかなかに良い酒だ。口当たりも悪くない」

 

「そうだろう? 医局に保管されてたんだ」

 

 ただ、かなり度数の高い酒だ。炎蓮さんや祭さんが好みそうな白酒である。大量に飲むと明日のお仕事は放棄することになるだろう。

 沢山は飲みすぎるなよ、そう言おうと思ったが時すでに遅し。傾はグラスの酒を一気に(あお)った。

 

「お、おい傾……」

 

「良いのだ。最近は眠れなくて深酒(ふかざけ)をすることが多くてな。ほとんど瑞姫(れいちぇん)……妹に介抱されている」

 

(たしな)む程度に楽しまないと、明日に響くぞ? 深酒して寝ても身体は休まらないし、元気の前借りをしているだけだ。最後には(しわ)寄せが来て倒れることになる」

 

「分かっておるわ。……貴様が原因のクセに

 

「すまん、最後の方が聞き取れなかった。なんだって?」

 

 何かをボソボソと言ったように思ったが気のせいか、上手く聞き取れなかった。

 

「酔えば、今から聞く話を覚えていることはあるまい。と言ったんだ。さぁ話せ」

 

 

 

 

 

「……お前の国はとてつもなく発展しているな。それに凄い家筋だ。それだけの技術を持つことも納得だ」

 

 簡単に理解できるように、自らの身の上話と大雑把に日本の説明をした。勿論、これからの歴史に大きく関わりそうなことや兵器の話を省き、大事にならないように気をつけながら。

 

「医者として、文台様に拾って貰えて良かった。そうじゃなかったら今頃どうなっていたか」

 

「その膂力(りょりょく)があれば、どこかに士官していても不思議ではないな。青州の報告では黄巾党討伐に同行し城内で戦闘をしたらしいな。後は、曹孟徳からも聞いている。気配を察知することに長けていると」

 

 どうやら、つい最近の情報まで傾は仕入れているようだった。

 

「その医療以外の技術、それもお前の国では全員が使えるのか?」

 

 国民全員が拳で戦える国家ってなんだ。スパルタか? 面白い方向に思考が飛ぶのも、酒が回ってきたためかもしれない。酒の入っていた壺も少々軽くなっている。

 

「昔から鍛えていただけだよ……さて、そろそろお開きにしようか」

 

「あぁ、そうだな。おぉっと」

 

 グラスを持って立ち上がった傾の足がもつれ、バランスを崩す。すかさず、倒れないようにグラスを支えて抱きとめた。

 

「おい危ないぞ。グラスは明日、俺がやっておく」

 

 グラスを取り上げてテーブルに置く。傾はもたれたままだ。しかし寝ているわけではなかった。立とうと思えば立てるはずである。

 

 傾の両腕が、自分を抱くようにして背中にまわった。

 

「傾、眠いのか?」

 

「……私を抱きしめてくれ」

 

「……え?」

 

 一瞬何を言われたのか分からないでいると、抱きしめている腕が更に強くなった。

 

「……助けてくれてありがとう。そして、お前はひとりじゃない。その孤独……私で良ければ消してやる」

 

 傾の声はとても薄く、甘く、優しい。そして体重を預けたまま、壁に押し付けられた。

 

「良いから黙って抱いてくれ。慶」

 

 全てを惑わせる酒の匂いと、傾から香ってくる芳香で思考がボンヤリと麻痺してくる。もうどうにでもなれ。身も心も(ゆだ)ねてしまえ。そう思って傾を抱きしめた。

 

 

 そして感じる違和感。

 

 

「傾、寝台で横になってくれるか?」

 

「……分かった」

 

 言われた通りに寝る傾。

 

「うつ伏せになってくれ」

 

 露わになった傾の背骨をなぞる。感じた違和感はこれだった。

 

「痛みを感じたら言ってくれ。数分で終わる」

 

「な、何をうおっ!?」

 

 パキッ、コキッと軽快な音が部屋に響く。

 

「立ち上がった時に体勢がおかしかった。だから足がもつれたんだ。書き物の作業をする際には、時折立って体勢を整えるようにすれば良い」

 

 軽くマッサージをして、仰向けの姿勢にする。

 

「これで、睡眠の質も少しは良くなるだろう。辛くなったらまた言ってくれ」

 

「……これで終わりなのか? 戻るのか?」

 

「明日に響くからな。まずは体力の回復に努めてくれ。おやすみ」

 

 

 少々早口で言いつつ、酒の壺を持って部屋を出た。あんなに直接的なアプローチを受けたのは初めての経験だった。

 

 頭の中では「このヘタレ野郎が!」と罵倒する悪魔と天使が言い争っている。

 

 結果、傾の体調と仕事を慮る天使に軍配が上がった。いや、上がったのだと思いこんで医局の寝台に潜り込んだのだった。

*1
ローマ帝国のこと

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