真・恋姫†夢想 〜日付のない墓標〜   作:世良緋那太

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宮城(きゅうじょう)〈3〉

「もうすぐ畑だ」

 

 城内にある畑へと向かう影が三つあった。自分の前には傾。後ろには美花を連れている。

 本当に極々小さな畑だ。

 

 そして、その植えられている植物は、建業で見たことのないものばかりであった。

 

 ブドウは根を広範囲に広げて育成するものではなく、真っ直ぐに育っている。ワイン用に使われる品種に酷似しているのは間違いなかった。建業で見るような山ブドウとはまた異なる種類だ。

 また別の畝には支柱が数本突き刺さっており、蔓が巻き付いている。スーパーでもよく見た懐かしい野菜たちが実っていた。

 

「キュウリにエンドウ、こっちはナスとオクラか」

 

 建業には東南アジアからミャンマー経由で華南に伝来した、水分の少ない南伝種(なんでんしゅ)のキュウリが普及している。完熟させて黄色くなったものを食べるのだが、この畑になっているのは、シルクロード経由で華北に伝わった緑色の細長く瑞々しい北伝種(ほくでんしゅ)だ。こちらの方が見慣れていて、懐かしい気持ちになる。

 

「傾、一本食べてもいいか?」

「あぁ、そういうと思ってな。……ほら、井戸水で冷やしたのを用意しておいたぞ」

 

 渡されたキュウリを袖で拭い、三つに手折(たお)ってからバリリと噛んだ。燦々と照らす陽光の下、井戸水によって冷やされたキュウリ。不味いわけがない。

 

「ほら美花、傾も」

「ありがとうございます」

 

 少々の青臭さが鼻に通り、思い出すのは夏祭りの景色だった。茹だる暑さを払うようにして食べた一本漬けを思い出す。

 

「うん、美味しい!」

「そうだろう?」

 

「建業で食べるものと違って瑞々しいなぁ。水分補給にも十分使えそうだ」

 

「美味しいですね、慶さま」

 

 頭の中に、多くの懐かしい料理が浮かんでは消える。以前から料理は思いついた時に作るようになっていたが、気付かぬうちに和食の郷愁にとらわれているのかもしれない。

 

「種苗は既に用意してある。約束だからな。慶の作る料理の種類が増えるのなら嬉しいぞ」

 

「ありがとう。これは早速建業に送って、栽培できるようにしないと」

 

 用意されていた荷車に種苗を積み込み、冥琳に建業へと運んでもらえるようにしないといけない。

 

「ところで傾、阿芙蓉(あふよう)の商人は?」

 

「かなり忙しいようでな、約束は夕刻に取り付けているぞ」

 

 それであれば、炎蓮さんたちに荷物を預ける事も出来そうだ。

 

「だったら、この荷車を董卓殿の屋敷に運ぶよ。建業に持って帰ってもらわないと」

 

 自分は徐州への出発に二週間与えられているが、炎蓮さんたちは間もなく揚州へと帰らなければならない。それまでには必要なものをこの洛陽で出来る限り見つけ出して、送り届けてもらう必要があった。

 

 当たり前のことだが、情報伝達が発達していないこの三国時代。新たに出版された書籍などが建業に流通するまでにはかなりの時間が掛かる。まして印刷技術もないため、発行部数も現代とは比べ物にならないほど少ない。

 そのため大量に売れる本に限って写本が多く作られている。儒学書や兵法書が良い例だろうか。今頃、冥琳は護衛とともに洛陽中の本屋を巡っていることだろう。自分よりも彼女が書庫に入った方が良かったのではないだろうか。後で傾に伝えておこう。

 

「慶さま、私がお供致します」

 

 美花が護衛をかって出る。

 

「宜しく頼むよ。それと傾、あとで公瑾を連れて城に戻るから、書庫の案内をお願いしていいかな。俺が見るより専門家に見てもらって方が良いと思うからさ」

 

 文章だってまだまだ慣れたわけではないし。

 

「あぁ、構わんぞ」

 

「ありがとう。夕刻までには戻るから……じゃあ行ってくる」

 

 

 

 

 

 さて……我々は()けられている。

 

 突然何を言っているか分からないだろうが事実だ。

 尾行に気付くのも時間は掛からなかった。城門を出てから間もなく、遠く背後から付いてくる三人組がいる。これだけ広い大通り、人の流れも多いが向けられる殺気を隠すことは出来ておらず、虎視眈々とこちらを伺っているのが分かる。

 

「慶さま……」

 

 気配を察知していた美花が静かに声を掛けてきた。

 

「後ろの三人、だろ?」

 

 同じように静かに返答する。周囲をチラッと見ると果物屋があった。

 

「美花、そこの果物屋で何か買わないか?」

 

「え……はい、分かりました」

 

 荷車を停めて、果物屋を物色する。そのついでに背後をさりげなく見てみた。

 絶対カタギじゃない、非常に悪い顔のした、叩けば埃がボロボロと出て来そうな()で立ちの三人組だ。彼らは自分たちが立ち止ったのを見て停止している。

 

 本来ならサッサと走って撒きたいところだが、この荷車を置いていくわけにはいかない。

 

「すみません、この梨ください」

 

「はいよ、毎度あり」

 

「ありがとうございます」

 

 少しずつ近付いてくる三人組。一気に距離を詰めることもせず、ほぼ一定の距離を保っているようにも見える。

 

「あえて近づいてみるか」

 

「そんな、危険です。いち早く屋敷に向かうべきだと思います」

 

「奴らの素性を探ってみるべきだと思わないか? このまま屋敷に向かっても張り込みされた方がさらに危ないと思うんだ」

 

「それは……そうですが……」

 

 美花的には、自分を危険な目に遭わせたくないのだろう。だがその心配は無用である。近づいて襲われたらそのまま捕縛してしまえばいい。

 

 そうと決まれば、荷車を反転する形で逆に三人組に近づいていった。その三人にわざと視線を合わせて睨みつける。バレていないと思っていたのか、驚いた表情を見せてすぐに人混みの中に消えて行くのだった。

 

「なんだったんだ、アイツら……もっと町人みたいな感じにさせないとダメだろ」

 

 自分に限ったことではなく、孫呉の将ならすぐに見つけるだろう。それぐらい目立っていた。

 しかし襲撃に切り替えず撤退するということは、むやみに突撃しない。つまりそれなりに訓練を行い、指示を受けて動いている人間だという事になるのだろう。後を追ったところで散開して行方をくらますに違いなく、無駄足になるであろうことは想像できた。

 

「……屋敷に向かうか」

「そうですね」

 

 

 

「杏林、奇遇だな」

「今戻ったところだったんだね、公瑾」

 

 屋敷の前で冥琳と合流する事が出来た。ものを預けるついで、董卓に街であったことを伝え、美花も簡単に紹介してしまう。

 そのまま入り口の警備をしたいと美花に言われ、残して屋敷に入った。

 

「えぇっ、尾行されていたんですか!?」

「こっちも早めに気付けたので、接近したのですがすぐに逃げて行きました。もしかしたら、今回の一件と何か関わりがあるかもしれません。屋敷に待機するよりも洛陽城の方が安全かと思われます」

 

 そうと決まれば話は早いと、屋敷の護衛に来ていた呂布と霞が動いてくれた。明後日には建業に戻る予定だった炎蓮さんたちも、急速一日早めて戻る事になった。

 

「ところで慶、あの苗はなんだったんだ?」

 

 冥琳は荷車にある苗を見て首を傾げる。

 

「洛陽城の庭で育てられてた、西方の野菜と果物。かの張騫が持ち帰ったブドウもあるよ」

「なっ……ほ、本当に貰ってきたんだな……」

 

 傾は有言実行してくれた。鱶鰭(ふかひれ)に感動してのことではあったが、何かしら礼をしなければならないだろう。

 

「夕刻にはもう一件用事があって……そうだ。あとで城に行ったら書庫を見てくれないか? 俺も見たんだが良く分からなくてな」

 

「入ってもいいのか?」

 

「何進の許可は貰ってるから、後で一緒に城に行こう」

 

 溜息をつきながら、冥琳は額に手を当てた。

 うん、冥琳の言いたいことは分かる。すっごいわかる。でもよく考えて欲しい。何度も繰り返してきたであろう記憶、恐らく魏にも蜀にも降り立った自分は何度も赤壁で命を落としている。

 回避するためにも、余計な事かと思うが漢の中枢にも仲間を作っておく必要があるはずだ。それが医療の力や現代の知識で育まれるのなら、使わない手はない。

 

「恐らく、次に洛陽に来るときは別の理由になるからな……。今のうちに使えるものは使っておくに越したことはない」

 

 冥琳の顔が瞬時に険しいものに変わる。

 

「どういうことだ」

 

「今は……言えない」

 

 恐らく次に洛陽に来るときは、賈駆の言っていたことがそのまま起きるのであれば、腐敗官僚粛清の後の反董卓連合だろう。だが確証がない。あのようにか弱い女の子がその決断を下せるのか。

 

「天の御遣いの予言か?」

 

「外れて欲しいけど、そういうことにしておくよ……徐州にいる間に得られた情報も逐一報告する」

 

「……分かった。炎蓮様には?」

 

「もちろん、報告して欲しい。炎蓮さんだけじゃない。雷火先生を始め、宿将の方々にも頼む」

 

「承知した」

 

 伝達事項を全て伝えきり、董卓を含めた皆で洛陽城へと向かうのだった。

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