真名の持つ強さ、その信頼感を目の当たりにする。自分が炎蓮さんと呼んだが為に、天の御遣いと信じてもらえるに至った……のだろうか?
いや、まだ張昭さんが疑っていそうだ。
「まずは貴様らが信じることが肝要なのだ。婆よ……オレが信じられんか?」
「初めから、炎蓮様を疑ってはおりませぬ。そういうことであれば、その手術の腕とやらを見せて頂きたい。ただのお飾りでは、今の孫呉にこの者を養う余裕なぞありませぬぞ?」
張昭さんの言うことはもっともだった。見ず知らずの人間を拾って住まわせるほど、寛容な時代ではない。
後漢末期、戦乱の世に突入するその
「……近いうちに戦も起きよう。その時には一慶を戦場に出し、その腕を振るってもらう」
「そうね、兵の発揚にもなるし、良いんじゃないかしら」
炎蓮さんと雪蓮は軽く言うが、やはり戦場だ。ただの町医者ではなく、謂わば軍医の立場。一歩間違えれば自分も攻撃対象となって斃されるのは目に見えている。
1929年、ジュネーブ条約では衛生兵は非戦闘員という扱いで保護の対象になり、攻撃してはならない決まりになっていた。だがそれも二次大戦中は誤射と称して攻撃目標となったがために、条約は形骸化していた。
そして、当たり前だが三国志の時代にそのような条約など存在しない。明日の糧を得るために戦う世界では、自分は恰好の餌食となってしまうだろう。ルール無用、弱肉強食の
「しかしだ。一慶をこのまま御遣いとして喧伝するが、医者としての名を持たせて保護をする。無闇に拉致されたり、暗殺されては困るのでな。表向きに医者として使う名を伝える……おい、一慶」
「はい。近藤一慶は御遣いとしての名前……医者として、姓は劉、名は仁、字は杏林と名乗ります……真名は
真名を名乗った瞬間に、場の空気が更に張り詰めた。
「あら、もう教えてくれるのね? 嬉しいわ♪」
雪蓮や冥琳はにこやかな笑みを浮かべるが、張昭さん達はそうでもなさそうである。
「俺っていう存在は怪しいけど、これで少しでも認めてくれたらって思ってさ。俺の一族でも、こう呼ばれるのが……誉れって言うのかな。大きい意味合いを持つものだから」
とはいえ、どのように呼ばれても良い。真名を明かすことで、この場所を追われず生きていけるのならば。例えこの時代に委ねられようとも、自分が自分として存在できるのであれば。
「……真名まで言われれば、応えない訳にはいかないわね。
「粋怜さん、信じてくれて……ありがとう」
「呼び捨てで良いわよ。慶くん」
程普、改め粋怜……最初は少し怖かったけど、今の雰囲気は気前の良い姉御のような感じで、安心した。
「わたしは穏健、穏和の穏で
「……雷に火で
「あ、宜しくお願い致します……」
三人が真名を教えてくれた。認めてもらえたということで良いのだろうか。嬉しく思うも、教えてもらったことに対するプレッシャーもある。
「炎蓮様、夜も深いため……そろそろ」
「そうだな、では……散!」
冥琳に促され、緊張しっぱなしの自己紹介大会は幕を閉じた。
謁見の間を出ようとしたところで呼び止められた。冥琳だった。
「慶よ、時間はあるか?」
「あぁ、術後の経過を見てからなら大丈夫だけど……何かあった?」
「聞きたいことがあるのでな……では行こうか」
既に口裏を合わせていたのか、霞、祭、粋怜の三人もついてくる。
既に意識の戻っていた兵士は、しばらくは休養が必要だが後遺症もなく、質問の受け答えも問題は全く無かった。
「先生、ありがとうございました……!」
「ご無事で何よりです。まだ経過観察は必要ですから、とにかくゆっくり休んでください」
「分かりました。本当にありがとうございます」
まさしく突貫工事の手術だったが、こうして生きている。手術を見守っていた三人も、安堵の様子だった。
「すみません、お待たせしました」
「構わん。今から街で何か食べよう。話はそれからだ」
「おう、行くぞ慶!」
冥琳の提案に祭も乗ってくる。
一行は夜の建業へと消えていくのだった。
そういえば、お金無いんですけど。円しかないんですが……。
そろそろ、医療の内容に踏み込んでいきます。