「このヤな雰囲気…。やっぱり、テレビの中に似てるんだよなぁ…」
まどかは二人に聞こえないように呟き、向かってくる使い魔に光の矢を放つ。
ペルソナによる矢の精製。
消耗はほぼないに等しいが、こうも数が多いと気が滅入ってくる。
現在、まどかたちは魔女の結界の中にいた。
「魔女の口づけ」と呼ばれる印が刻まれた自殺志願者といい、現実を塗り替える結界といい、魔女や使い魔といい、やはりシャドウが絡んだ事件に酷似している。
早く助っ人が来てくれないかな、などと思いつつ、まどかは使い魔を圧倒したマミへと向き直った。
「ここら辺のシャド…、使い魔はもう殲滅しましたね」
「ええ。…ペルソナって、矢を生み出すこともできるのね」
「まぁ、銃弾とかもほぼ無限でしたし…」
思い出すのは、銃を手にテレビの中の世界を奔走した白鐘直斗の姿。
ミリタリーオタクというわけでもないまどかからすれば、銃の種類なんぞざっくりとしか見分けがつかないが、それでも銃弾に限りがあることくらいは知っている。
ソレを補うために、ペルソナ能力を応用することで矢や銃弾を生み出しているのだ。
テレビの中の世界のように、ペルソナが使える場所限定とはいえ、矢や弾などの物資に困らないというのはありがたい。
「やっぱ羨ましいなー、ペルソナ。
どーやったら使えるようになるの?」
「僕も気になるな。教えてくれるかい?」
「んー…。ごめん。私もよくわかんないうちに使えるようになったって感じだから…」
さやかの羨望の眼差しとキュゥべえの鉄仮面を前に、まどかは苦笑を浮かべた。
ペルソナが覚醒する条件は、実は明確にはなっていない。
かつて出会った「シャドウワーカー」という機関に所属する者たちは、急所を銃型の召喚器で撃ち抜くことで、ペルソナを発現させていた。
一方で、特捜隊の皆は、テレビの中の世界で、抑えつけていた自分…シャドウを受け入れることで覚醒した。
まだまだ自分が知らないだけで、他の要因も存在しているかもしれない。
まどかが実りのなさそうな考察に耽っていると、マミが声を上げた。
「二人とも。こっちよ」
「あ、はーい。まどか、行こっか」
「…もう少し気をつけておいた方がいいと思うんだけどなぁ」
危険地帯にいるにもかかわらず、アトラクションに参加しているかのように無防備なさやかに、まどかは呆れたようにため息を吐いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
暫く進むと、三人は開けた空間へと出る。
ここまでに消耗はない。
まどかたちは使い魔に囲まれ、眼下に佇む怪物を前に生唾を飲み込む。
「あれが、魔女…」
「……魔女要素、無くない?」
「どんなとこ気になってんのよ」
まどかの口から飛び出た疑問に、さやかが半目を向け、ツッコミを入れる。
しかしながら、そういうさやかにもその疑問が無いわけではない。
デロデロに溶けたアイスクリームのような液状の顔に、そこに浮かぶ薔薇。
まとわりつく錆のような赤黒さが目立つ白の胴体に、足の代わりに伸びるヒゲ根。
その背には、取ってつけたかのような蝶の羽が鎮座している。
到底、魔女という単語が似合う生物ではないことは確かだった。
「一緒に戦いましょうか?」
「……魅力的な提案だけど、大丈夫。こう見えて私、強いのよ」
まどかの提案に少しばかり言葉に詰まったものの、マミはその場から飛び降りる。
と。どこからともなくいくつもの銃が現れ、全ての銃口が魔女へと向けられた。
「
八十稲羽でお天気キャスターとして働く神さまが好きそうなネーミングセンスだ。
そんなことを思いながら、まどかはことの成り行きを見守る。
そこらを彷徨っていた使い魔ならば、この一撃で殲滅できていたことだろう。
しかし、相手はその親玉。
魔女は怯むことなく触手を放ち、マミの体を縛り付けた。
「かはっ…」
魔女はそのまま勢いをつけ、マミを結界の壁へと叩きつける。
まどかが慌ててペルソナを顕現しようとしたところ、未だに拘束されたままのマミが声を張り上げた。
「大丈夫よ!この程度、なんてことない!」
「で、でも…」
まどかが言葉を紡ごうとするのも束の間、マミが自身を縛る触手を、首元に結んでいたリボンを振るうことで引き裂く。
そのままリボンは膨れ上がっていき、彼女の体の2倍はある大きさの銃へと変わった。
「ティロ・フィナーレ!!」
気迫のこもったその声と共に放たれた弾丸が、魔女の頭部を穿つ。
と。間髪入れず、魔女の体が爆風に包まれた。
あっさりと終わった魔女退治に、まどかはほっと胸を撫で下ろし、さやかも喜びに表情を緩める。
やはり、シャドウ絡みの事件と同じく、命懸けで戦わなくてはならないのだろう。
崩れていく空間の中で優雅に紅茶を嗜むマミに、二人は慌てて駆け寄った。
「マミさん、傷大丈夫ですか!?」
「魔法少女の体は丈夫なの。そこまで気にするような傷でもないわ」
「マミさん、カッコよかったです!」
「うふふ、ありがとう。あなた達が見てるから、ちょっとだけ頑張っちゃった」
あれだけ強く壁に叩きつけられたのに、マミの体には打撲痕一つ見当たらない。
ニコニコと笑みを浮かべるマミに、まどかは安堵のため息を吐いた。
「よ、よかったぁ…」
「鹿目さんってば、心配性なのね」
「そ、そりゃ心配しますよ!一歩間違えたら死んじゃうんですから、無茶も油断もしないでくださいね!?」
「え、ええ…。善処するわ…」
「まどかさーん。落ち着いてー」
普段のおとなしそうな雰囲気はどこへやら、凄まじい剣幕で迫るまどかに、マミとさやかの表情が引き攣る。
弱点である闇属性の即死魔法…ムドが直撃し、何度も力尽きた経験のあるまどかからすれば、これでも言い足りないほどだ。
まどかが不満げな表情を浮かべていると、ふと、マミが屈み、落ちていた何かを拾い上げる。
「…それは?」
「これはグリーフシード。魔女の卵よ」
「げっ…!?ソレもやばいんじゃ…!?」
「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ」
マミが摘んだ、ストラップのような黒い物体を前に、さやかが戦慄く。
が。成り行きを静観していたキュゥべえが、さやかたちの問いを否定した。
二人が小首を傾げると、マミが自身のソウルジェムを手に取り、二人に見せる。
「見て。私のソウルジェム、少し汚れているでしょう?」
「ほんとだ…」
「んー…。汚れてるっていうか、くすんでるっていうか、中から濁ってるっていうか…?」
「あら、鋭いのね、美樹さん。
その通り。ソウルジェムの輝きは魔法少女の魔力。消耗すると、中から濁っていくの」
マミは言うと、こつん、とソウルジェムにグリーフシードを当てる。
と。ソウルジェムの内部の穢れが、グリーフシードに吸い込まれるようにして消えた。
「…この通り、グリーフシードのおかげで消耗した魔力も元通りってわけ」
「これが見返りなんですか…」
「ええ。ソウルジェムは日々を過ごしてるだけでも濁ってしまうから、グリーフシードは必要不可欠なの」
「んー…」
まどかはまじまじとグリーフシードとソウルジェムを見比べ、訝しげに眉を顰める。
何かが引っかかる。
頭脳明晰な直斗や悠ならば、その違和感を明確な言葉にできたのだろうが、平凡なまどかの頭では「なにかがおかしい」という言葉しか表現できなかった。
出来がいいとは到底言えない自身の頭脳を、まどかが呪っていると。
マミがまどかたちの背後に向けて、グリーフシードを投げ捨てた。
「あなたにあげるわ。あと一回くらいなら使えるはずよ」
まどかたちがそちらを向くと、あいも変わらず無愛想な顔で佇むほむらがいた。
彼女はグリーフシードを受け取ると、使うこともせずにマミに投げ返す。
「あなたの獲物よ。これは返すわ。あなただけのものにすればいい」
ほむらはそれだけ言うと、その場を去る。
マミは険しい表情でその背中を睨め付けた。
「…そう。それがあなたの答えなのね」
まどかには、この重苦しい空気をどうにかできるほどの技量はなかった。
が、このまま放っておくわけにもいかない。
時には踏み込む度胸も必要だとは、心の師、鳴上悠の教えである。
まどかは弾かれたように、ほむらの背へと駆け出した。
「ちょっと!?」
「すみません、少し話あるんで!」
まどかはそれだけ言うと、真っ直ぐに前を向いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ほむらちゃーん!」
背から聞こえるまどかの声に、ほむらはふと振り返る。
そちらには、弓をしまうための袋を背負ったまどかが、息も切らさずに自分を追いかけているのが見えた。
何か用があるのだろうか。
ほむらはいつものように険しい表情を浮かべ、歩みを止める。
「…何か用?」
「ちょっとお話ししたくて」
「……追いかけてきたところ申し訳ないけど、私にはその気はないわ」
朗らかに笑うまどかに、ほむらは顔を顰めながら踵を返そうとする。
が。ソレはまどかが手を掴んだことによって阻まれた。
「ほむらちゃん。進んで一人になろうとするのは何でなの?」
「……っ!」
その言葉にほむらは息を呑み、思わずまどかへと振り返る。
一瞬だけ、悲しみに歪んだ表情を浮かべるも、ほむらは即座に無愛想な仮面を被った。
「…一人が好きなだけよ」
「じゃあ、今の顔は何?」
まどかの反論に返す言葉を失い、咄嗟に目を逸らそうとするほむら。
しかし、まどかの自身の全てを見通すような力強い瞳に押し負け、目が離せない。
暫しの沈黙が続く。
ソレを破ったのは、まどかだった。
「…実は、私ね。ほむらちゃんのこと、本当は優しい子なんじゃないかって思ってる」
「………えっ?」
予想外の言葉に、目を丸くするほむら。
ここまでの行動を鑑みても、自身は不信感を抱かざるを得ない人物だったはず。
ほむらが困惑を露わにしていると、まどかは彼女の手を強く握った。
「だって、魔法少女から私を遠ざけようとしてるから」
「…どういうこと?」
ほむらの問いに、まどかは「カンだけど」と前置きをして、根拠を述べる。
「ほむらちゃんが前に私に忠告してくれたよね。『貴女が思っている以上に、こちらの世界は残酷で、理不尽よ』って。
ほむらちゃんやキュゥべえが隠してる『魔法少女の秘密』って、たぶん、私が思ってるよりもずっと残酷なんだよね?
だからこそ、ほむらちゃんは私を遠ざけようとしている。私を『真実』の見えない場所に置こうとしている。違う?」
「……なんで?なんで、そんな…」
怖いほどに当たっている。
赤いフレームのメガネの奥にある瞳が、ほむらの心を掴んで離さない。
かちかちと歯が鳴ったことで、口が震えているのがわかる。
目の前の鹿目まどかは、今までのまどかとは決定的に『何か』が違った。
「私は『見たいものだけが真実』だなんて思いたくない。それは私を…、ううん。私たちの繋いできた絆を否定しちゃうから。
だから、『見たくもない現実』と向き合って生きていく。
憧れのあの人に、そう誓ったの」
真っ直ぐに自分を見つめる瞳は、かつて腕の中で温もりを無くした彼女とよく似ていた。
ほむらは胸に込み上げる感情に顔を歪め、まどかの手を払った。
「……勝手に『あなたの中の私』を信じていなさい。あなたに話すことなんて…」
「辛くなったら、いつでも来てね。
力になるから」
「…………っ」
ほむらは震える声を漏らし、踵を返す。
まどかがその背を追いかけることは、もうなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……マーガレット。久しぶりだな」
その頃、八十稲羽にて。
大学の授業を終え、堂島家に帰ろうとしていた悠は、道端に佇む女性に笑みを浮かべる。
女性…ベルベットルームと呼ばれる異空間の住人の一人であるマーガレットは、深い青に包まれた扉の傍ら、開いていた本を閉じた。
「お待ちしておりました、お客さま。
まずはこちらへ…」
一見、柔らかな物腰で悠を不思議な扉へと案内するマーガレット。
悠がそこを潜ると、前と変わらぬ『霧で覆われた道を進むリムジン』の中へと出た。
「これはこれは…。久しいお客さまでございますな。
ようこそ、我がベルベットルームへ」
彼を出迎えたのは、鼻の長い奇怪な老人…ベルベットルームの主人たるイゴール。
彼の前にあるテーブルには2枚のタロットカードが置かれており、一つは塔のアルカナの正位置を、一つは死神のアルカナの逆位置を示している。
「お客さまは先日、これまでの価値観を根本からひっくり返すような真実を知った…。そして、近く貴方は…、いえ。『貴方がた』は何者かの『執着』に巻き込まれる運命にあります。
この月、運命は節目にあり、もし定めを乗り越えなければ、貴方がたの未来は…」
「閉ざされてしまう、ですか?」
その声に、ふと、悠が背後を向くと。
寝巻き姿のまどかが、真っ直ぐにこちらを見つめているのが見えた。
「…申し訳ありません。非常に厄介な来訪者が貴女を観察しておりまして…。こうして、この場へと招くのがひどく遅れてしまいました。
では、改めまして…。
ようこそ、我がベルベットルームへ。
お初にお目にかかります。わたくしの名はイゴール。ここは…」
「ここのことは、悠さんから聞いてます。
…私にも大きな困難が立ちはだかっている、ということですか?」
イゴールの言葉を遮り、まどかが問う。
イゴールは、くっ、くっ、と喉を鳴らし、「せっかちなお客さまだ」と笑った。
「左様でございます。…鹿目まどか様。貴女には、かつてのお客さまがたに匹敵するほどの大きな定めが課せられている…。
覆せなかった運命に、尽くす者にすら理解されぬ献身…。魂に絡みついたその因果は必ずや、貴女を苛むことでございましょう…」
イゴールの言葉が理解できないのだろう。まどかは首を傾げ、「んー?」と唸る。
悠も同じように訝しげな表情を浮かべていると、マーガレットが口を開いた。
「鹿目まどか様。鳴上悠様。その時は眼前に迫っておりますわ。
…報われなかった『彼女』のためにも。多くを諦めて尚も抗う『彼女』のためにも。運命を乗り越えることを期待しています」
その言葉に疑問を覚える暇もなく、まどかたちの意識が遠のく。
「では、再び見えます時まで…ごきげんよう」
イゴール…鼻の長い爺さん。キュゥべえをめちゃくちゃ警戒して、まどかをベルベットルームに呼び込むのが遅れた。まどかのペルソナに繋がっている『何か』とコンタクトを取っている。
マーガレット…お馴染みドSお姉さん。今回はその茶目っ気を出せるほど余裕がない事態なので、真面目にお仕事をこなした。