「想定よりも遙かにデブリが濃い」
追撃部隊の艦艇が揃った所でアルビオンは早速暗礁宙域の探索を行っていた。その中でシナプスは自らの経験不足を痛感する。
『探索は良いが、先にMSを向かわせるべきだ』
そう提案してきたのはグレイファントムのローランド・ブライリー大佐だった。
『以前この近くで戦った事がある。暗礁宙域のデブリ密度は諸君の想定以上だ。MSを展開しておかねば確実に先制されるぞ』
シナプスは一年戦争以前から艦長を務めているベテランだ。しかしそれが実戦経験豊富であると言うこととはイコールでは無い。開戦初頭のルウム戦役で乗艦を失っていた彼はビンソン計画で再建されたレビル将軍率いる第一艦隊に配属されていた。幸運にもソーラレイに焼かれる事は避けられたが、彼が大戦中参加した戦闘はア・バオア・クー戦くらいなもので、その後は第3地球軌道艦隊での哨戒任務が主だったのだ。経歴と人格面を買われてアルビオンの艦長に抜擢されたものの、強襲揚陸艦の運用経験や様々な環境下での戦闘任務への従事という点で経験不足は否めなかった。ブライリー大佐の忠告を受け入れ、アレン少佐に確認すると、彼は即座に艦隊の保有するMSの半数を展開させた。
「彼等が居てくれて本当に助かった。もしかすれば私は徒に味方を沈めていたかもしれん」
出撃したアレン少佐に代わってブリッジに詰めているバニング大尉に対してシナプスはそう自嘲した。
「甘く見ていたのは自分もです」
相手が残党であるということにまだ気持ちの何処かで侮りがあったとバニング大尉も顔を顰めた。敵は暗礁宙域に隠れている。そして自分達はそれを捜索しているという意識から、ごく自然に相手は受け身であるなどと錯覚していたのだ。
「今から自分達は敵が入念にこしらえた防御陣地に突っ込むんです。本当なら一個艦隊でも連れてきて宙域外から砲撃を加えたいくらいですよ」
入念に陣地を叩いて漸く五分だとアレン少佐は笑う。尤もそう言いながらも彼は前線指揮を執るとして出撃していったが。
「しかしこう考えますとぞっとしませんね」
「そうだな」
グレイファントムが合流したことで艦隊は20機のMSを運用しているが、その半数以上である14機がグレイファントムの所属機だ。更に正確に記すならアルビオンで運用されているアレン少佐の機体も本来ならあちら側である。そしてこの増援はアレン少佐が掛け合ってくれた結果であり、それが無ければ存在しなかったのだ。
「経験不足な人員とたった6機のMSでこの宙域に挑むなど自殺行為だ」
十分に有り得た状況だけに二人の表情は益々苦くなる。
「アレン少佐には足を向けて眠れませんね」
バニング大尉の軽口にシナプスはその程度で済まされないであろうと考える。シナプス自身は興味も無ければ関わろうとも考えないが、軍内部にも派閥が存在しその思惑が様々な事象に影響を与えることは理解している。そして一度その視点に立ってしまえば、既に自分達がその軍閥政治の渦中に居ることが容易に察せられた。
(そもそもこの開発計画の起点からしてコーウェン中将の思惑によるものだろう)
開発計画を提案した際、コーウェン中将は軍事支出の圧縮を訴えたとされているが実に怪しい話だ。確かに国営工廠では競争意識が働かず効率の良い生産が行われない問題は存在する。しかしそれは独占的に販売し確実に購入されるならば民間企業でも同じ事だ。幾らアナハイムがジオニックを買収したことで生産設備を擁するからと言っても、これまで軍に装備を納入してきた各社に対し提案もしていない時点で語るに落ちている。加えて運用艦艇もその中に包括しているが、軍艦の生産ラインも無ければ建造ノウハウも無い企業に態々技術提供をしてまで建造させて予算圧縮になるわけがない。企業とは営利団体であり、金を生まない技術や設備を維持する企業など存在しない。経済的な理屈に合わない事が起きていると言うことは、即ち政治的な思惑が働いているという事だ。恐らくコーウェン中将はこの計画を通してMSの開発や生産に影響力を持つことで軍内の立場を強化しようとしたのだろう。そして同時にシナプスは自らが属してしまっている派閥が危うい事も理解出来てしまった。アルビオンは戦中の教訓を取り入れた新鋭艦ではあるが、逆に言えば運用実績の無い艦でもある。ついでに言えば就役から一年も経っておらず、艦長である自分も含めペガサス級の運用経験を一年以上持っているクルーも居ない。そんな艦が2号機追撃の主力を任されていて、増援として宛てがわれたのはMSの運用能力を持たないサラミス2隻のみである。MSに至っては6機とペガサス級の定数を半分も満たしていないにもかかわらず追加派遣される様子も無い。
つまりこれはコーウェン中将の動かせる戦力が払底しているという事であり、その上で他派閥からの協力が得られていないと言うことだ。そんな中で協力を申し出てくれたのがアレン少佐の所属しているエルラン閥なのだ。送られてきた戦力を考慮すれば、それがどれだけ大きな貸しになるかなど駆け引きに疎いシナプスであっても容易に想像が付く。
「MS隊より信号弾を確認!敵部隊と接触!」
「っ!総員迎撃準備!対空監視怠るな!」
部下の声に応じつつシナプスは思考を戦闘へと切り替える。あれこれと憂うのは後回しだ、何しろまず目の前の問題を片付けねばその憂鬱な明日すら迎えられないのだから。
『て、敵!?』
「只のザクだ!シールドを使え!」
動揺して悲鳴のような声を上げるキースを叱り飛ばしたい衝動に駆られつつも俺はそう指示を出す。グリーンリバー少尉が居てくれたおかげで先制こそ許さなかったが、やはりここは敵の庭だ、友軍の放った流れ弾が命中した残骸が派手に爆発しトラップの存在を示してくれた。
「デカいデブリとの接触は避けろ!トラップが仕掛けられているぞ!!」
『ならば!』
リン大尉のジムスナイパーⅡが素早くビームライフルを構え、周辺のデブリを撃ち始める。撃ち抜かれたデブリの幾つかが誘爆して周囲に破片と閃光をまき散らせば、敵のザクは慌てて後退を始めた。まあそうなるよな。その容貌に反してジムとザクではジムの方が防御力が優れているから、連中のトラップはこちらにダメージを与えられる一方で自身も食らえば損傷してしまう威力を持っているのだ。加えて軍として兵站が確立している俺達と違い、連中はMSを損傷させてしまえば補修もままならない貧乏所帯だ。原作ではドラッツェを生産して息巻いていたが、所詮ザクとガトルをニコイチして建造された急造品である。その性能はザクと良い勝負と言った所で、ゲルググ辺りとは比較にもならない。今更そんな物を造れるようになったと喜んでいる時点で連中の底が見えるというものだ。
『丸見えなんだよ!』
残骸に紛れて逃げようとするザクの背中へ連続してマシンガンの弾が突き刺さり火球へと変える。流石グリーンリバー少尉、素晴らしい射撃精度だ。
「こっちも仕事をせんとな。ウラキ少尉、キース少尉、付いてこい!」
そう言って俺はフットペダルを軽く踏み込む。それだけでガンダムは愉快な速度で突進を始めた。
「逃がさねえよ」
一気に距離を詰められて動揺したのだろう、ザクが振り向きかけるが気にせずビームサーベルでなで斬りにする。Eパックは貴重だからできる限り節約するためだ。その間に最後の機体が誰かの放ったビームに貫かれて戦闘が終了する。
『すげぇ』
『これが、第13独立部隊の実力…』
『ちっ!』
二人の呆けたような声とグリーンリバー少尉の苛立ちの混じった舌打ちが聞こえたのは同時だった。サイコミュを動かせるだけの能力はあるものの、グリーンリバー少尉の殺気を感じるといった所謂NT能力は高くない。これは後にオークランドやムラサメ研を立ち上げる事になる研究員をオーガスタの人員と纏めてエルラン中将が抱え込んだ事が原因だ。リソースの集中による効率化をお題目に掲げ、当世最高のNTであるララァとアムロを餌にすれば拒否する研究者はいなかった。そして貴重なサンプルを使い潰さない為と、NT研究を危険物として研究凍結とならないようにするという理由からオーガスタにおけるNT研究は薬物などによる強引な能力強化を行っていない。だから同じNT能力者と括られていてもその能力にはばらつきがあるのだ。もし仮にこの場に居たのがララァかアムロだったならこうなることは防げただろう。デブリの奥、残骸と見紛うザクが同じくデブリに偽装していた対艦ライフルをウラキ少尉のジムカスタムに向けて発砲。その寸前の殺気に反応したグリーンリバー少尉がその射線に割り込んだ。
『グリーンリバー!?』
初めて聞くリン大尉の悲鳴じみた叫びとグリーンリバー少尉の機体に砲弾が着弾するのはほぼ同時だった。被弾の衝撃で吹き飛んだ彼のガンダムがウラキ少尉のジムカスタムに接触すると、二機はもつれ合う様にして流されていく。
「野郎!」
潜んでいたザクへビームを撃ち込みながら俺は二機の状態を確認する。見る限りでは両機とも四肢を動かして姿勢を保とうとしている。少なくとも致命的な損傷には至っていないらしい。だが油断は出来ない。
『コウ!し、少尉!?』
「キース!警戒を維持しろ!!」
動揺しているキース少尉を怒鳴りつけつつ俺は二機の元へ機体を寄せた。救助作業は戦場で上位に入る危険な作業だ。少なくとも新人には任せられない。
「二人とも無事か!?」
『損傷レベル軽微、大丈夫だ少佐。問題ない』
『じ、自分も問題ありません』
しっかりとした返事を聞いて俺は少しだけ安堵する。流石と言うべきかあの状況でもグリーンリバー少尉はしっかりとシールドで砲弾を受けていた。だが流石に対艦ライフルの砲弾相手には無傷とはいかない。シールドを貫通した砲弾が炸裂したことで左腕の広い範囲に損傷が見て取れた。
「一度後退する。リン大尉聞こえたか?全機後退、一度艦隊まで全員で下がるぞ」
『全員ですか?』
「まだ捜索初日だ、焦る時間じゃない」
『…了解』
俺がそう言えば彼女はあまり納得していない様子だったが受け入れてくれた。やはり暗礁宙域を真っ当に捜査するのはリスクが高すぎる。今回は偶々グリーンリバー少尉が居てくれて狙撃手が1人だけだから何とかなったが、これが複数になったら確実に撃墜される奴が出てくるだろう。そして次も無事な保証は無いのだ。
「よし、小隊単位でフォローしつつ後退。最初はグリーンリバー少尉とウラキにキース、お前達だ」
そう指示をする俺の脳裏には嫌な光景が再生されていた。ゲルググと交戦し小破したジムカスタムがその小さな損傷を原因に爆発、パイロットごと吹き飛ぶ光景だ。それは原作において起きた光景であり現在とは状況が全く異なる。だがそれが何度もちらついて頭から離れない。
「冗談じゃねえ、死なせてたまるかよ」
悪夢を振り払うように俺は呟くとデブリの漂う虚空を睨み付けた。
雰囲気で書いていたら完全にやらかしました。
やらかしが解った方はそっと見なかった事にして下さい。