「ひ、ぐぅ!」
装甲を叩く音にニック・オービルは漏れ出そうになった悲鳴を強引にかみ殺した。敵艦の攻撃に耐えるために増設された装甲でメインカメラ以外のカメラは全て塞がれてしまっているので、彼の視界は酷く限定されたものだった。
「まっすぐ行って、目標へ砲撃。まっすぐ行って、目標へ砲撃っ」
恐怖を紛らわせるよう、乗り込む前に艦長から言われた言葉を繰り返す。次の瞬間ロックオンアラートが鳴り響き、機体側面に増設されていたマルチランチャーがオートでビーム攪乱幕弾を発射する。彼の乗るMA、ラングは極めて高度に自動化されていた。
「か、簡単じゃないか。こんな任務!」
当初の予定ではこのMAにアナベル・ガトー少佐が2号機ごと乗込み、射撃地点まで移動する筈だった。しかし直前になってその計画は変更される。
「難しいのは敵防衛網を突破する事なのだ」
味方が陽動を掛けてくれるとは言っても元々が多勢に無勢、全ての敵を引き付けることなど不可能であるし、何より無人攻撃衛星の様な定位置に配置された防御設備は残ってしまう。ちょっとした輸送艇よりも大きいラングではこれらを避けて接近するなど出来ないのは明白だ。そして最大の懸念はシーマ艦隊から齎された木馬部隊の存在だった。
「戦場で一度だけまみえたことがあるが連中は勘が良い。気味が悪いほどにな」
故に、とガトー少佐は言う。2号機で突破を試みれば必ず敵は食いつかざるを得ない、核弾頭ごと奪った以上、放置すれば核攻撃が行われるのは確実だからだ。
「尤も私とてむざむざとやられるつもりはない。この機体はあくまで保険だ」
だとしても自分はろくに実戦も経験していない上に本職はメカニックであるとオービルが難色を示すと、艦長は笑ってそれを否定する。
「君は見事にあのガンダムを敵から奪ってみせた、我々はその技量を高く評価しているのだよ。それに操縦ならば心配することはない、ラングは新兵でも扱えるよう設計されている」
大戦末期のジオンは人的資源が払底していた。それこそ最新鋭のMSであったゲルググよりも、満足に練成されていない学徒兵の方が大切に輸送される程度にはである。当然パイロットの技量も開戦当時からすれば正に目を覆わんばかりに低下していたのだ。ラングはそうしたパイロットでも扱えるよう機能のほぼ全てを自動化していて、それこそスペースボートを操作できれば扱えるほどに簡略化されている。尤もそれは自動化によって運動性能が制限されていると言う事でもあるのだが。
「ソロモンに展開する連邦艦隊を痛打したとなれば、我が軍の歴史に名を刻む快挙となるだろう」
その言葉が最後の一押しとなりオービルはラングへの搭乗を承諾した。
「まさか制御ユニットがザクⅠとはな」
独立戦争当時すら旧式扱いであった機体が本来2号機を収める筈だった場所に鎮座しているのを見て思わずとオービルが言うと、整備員が笑いながらその理由を説明する。
「だからだよ、コイツは改修前に作業機送りになったから耐核装備が残ったままなんだ」
「それって大丈夫なのかい?」
作業機に送られる、つまり戦闘に耐えられないと判断された機体だと考えた彼がそう聞き返すと整備員は真面目な顔で返事をする。
「古い順に送られたから機体に問題があるわけじゃないよ。それにコイツは俺達が欠かさず面倒を見てたんだ、信用して欲しいね」
そもそも真面な補給先を持たないデラーズフリートにしてみれば動くMSと言うだけで十分貴重な戦力である。実際これよりも程度の良かったザクⅡなどは整備され戦線に復帰している。
「あ、ああ。疑ったわけじゃないんだ。悪かったよ」
こうして彼は敵艦隊へ向けて真っ直ぐに突入するという“特攻”を実行するに至ったのであった。無論そう誘導されたことに彼は最後まで気付いて居なかったが。
「MAか。資料には無かったが、どうやら彼女は完璧に信用されてはいなかったと言う事かな?用心深さはあるようだがそんな相手に作戦の中核を任せねばならないとは、敵ながら哀れなものだな」
MA出現の報を聞いても、グリーン・ワイアット大将は冷静さを保っていた。確かにMAは強力な兵器であるが、一年戦争当時の艦艇ならばともかく最新鋭の艦で編成されたこの艦隊にとっては大きな的でしかない。だが敵もある程度は織込み済みだったのだろう。小癪にも攪乱幕などを利用して距離を詰めて来る。
「ふむ、本来ならばセレモニーのトリを務めて貰うつもりだったのだがな。コンペイ島へ連絡、ジービッグ・ザッムに迎撃させたまえ」
「了解しました!」
ジービッグ・ザッム。ソロモン攻略戦においてドズル・ザビが乗込み最後の反抗を試みたMA、ビグ・ザムの残骸を連邦軍が回収し拠点防衛用兵器として再建造した機体である。表向きは敵性技術の解析と再利用であるが、本質的にはジオンの象徴とも言えるザビ家と因縁深い機体を連邦軍が運用することによる残党への心理効果を狙ったものだ。とは言うものの実際に破壊したパイロット達からの意見を踏まえて改良が施されたこの機体は元型機よりも優秀な性能を誇っている。
「残党共の希望を我々の走狗となったジオンの象徴が踏み砕く。中々に良い演出だろう?」
コンペイ島のスペースゲートから発進したジービッグ・ザッムを眺めながらワイアットは愉快そうに嗤う。2号機が逃亡した事は気がかりではあったが、報告から核弾頭を放棄しているとの事であったし、何よりも十分な損傷を与えたという。試作機であるあの機体を修復するにはそれこそ製造元の全面的な支援が必要であるから、万一再出撃が確認出来ればアナハイムへメスを入れることすら出来るだろう。
「あれも民間企業として些か分をわきまえていないようだからな」
営利団体である企業が利益を求めることを否定するつもりは無いが、社会不安を煽るような行動は看過できない。
「どうせならばこの機会に宇宙の大掃除といきたい所だな」
愚直に突進を続ける敵MAの正面へとジービッグ・ザッムが回り込み迎撃を始める。主砲同士の撃ち合いはIフィールドによる防御と攪乱幕による妨害で双方無力化。しかしその程度は織込み済みであるとジービッグ・ザッムの背面に生えた主砲が照準を定める。
「同等の機体同士による戦闘を想定しないのはジオンの悪い癖だな?」
ビーム兵器を無効化出来る機体が用意出来るならば、当然相手も用意しているであろうという考えの下、ジービッグ・ザッムは設計されている。尤も元型機がジオン製なのだから当然の対応ではあるのだが。長砲身の580mm連装砲が火を噴くと、敵MAの装甲が派手に吹き飛ぶ。それでも健気に突撃を続けた敵機はジービッグ・ザッムへ体当たりを敢行する。
「だが無意味だ」
ジービッグ・ザッムの脚部は元型機とことなり逆関節になっている。これは重力下での運用を想定せず、更に近接戦闘用のクローアームとして使用する事を前提としているからだ。案の定正面から突っ込んだ敵機はその両足に押さえ込まれ、速度を殺されていた。
「目標、速度が低下しています!」
「所詮は悪あがきだ。主砲回頭、望み通り一斉射撃で宇宙の藻屑にしてや――」
ワイアットがそう指示を出しかけた瞬間。敵MAの装甲が一部爆ぜ、中からMSが飛び出す。ロケットモーターをバックパックに括り付けられたそれは、戦中でも珍しかった旧式のザクだった。だが機体そのものよりも、その機体が携えていた武装を見てワイアットは目を剥いた。
「あれはっ!?撃ち落とせ!!」
普段見せることの無い焦りの表情に、ブリッジクルーは動揺してしまい一瞬動きが鈍る。それはごく僅かな時間であったが、バーミンガムの防空圏からそのザクが逃げ切るには十分な時間だった。モニター越しにその機体を見ながらワイアットは叫ぶ。
「あれは核バズーカだ!奴はカミカゼだ!」
耐爆仕様と言ってもザクに至近距離で爆発する核に耐えきれるだけの性能は無い。つまりあの機体は自分諸共この艦隊を道連れにするつもりなのだ。
「誰でもいい!奴を――」
言い切るよりも早く敵機がバズーカをバーミンガムへと向け、間を置かず砲口から核弾頭が発射される。バーミンガムのブリッジクルーは誰もが訪れるであろう破滅的な最後に絶望するが、その時一条の光が虚空を裂いた。
「何…?」
ザクの方向を睨んでいたワイアットは思わずそう漏らす。Mk82核弾頭は強力無比な兵器であるが、その直径は1mを僅かに超える程度である。10kmも離れれば放ったザクですら撃ち落とすのは困難であり、それよりも遙かに小さく高速で飛翔する弾頭を撃ち落とすなど、このミノフスキー粒子が溺れるほど蒔かれた昨今の戦場ではまず不可能と言って良い。だが現実はそんな常識を凌駕する。
「撃ち落としたのか?誰が?」
彼の疑問に答えるように再びビームの光が宇宙を切り裂くと、今度は発射した姿で固まっていたザクを貫いた。その残光を追うようにワイアットが視線を巡らせると、その先には白亜の艦が悠然と浮かんでいる。
「ガンダム…」
そしてその艦上、前方デッキの上に長大な武器を構えたMSが2機陣取っていたのだ。片方は今し方射撃を行ったのだろう、拡大されたモニター中でゆっくりと立ち上がるのが見て取れた。
「んんっ!諸君、呆けている場合では無いぞ。観艦式はまだ終わっていない」
突然の出来事に気持ちが追いつかず呆然としていたブリッジクルーに聞かせるよう、わざとらしく咳払いをしてワイアットはそう告げる。慌てた様子で動く彼等を見つめながら、ワイアットは深く座席に座り直しつつ小さく苦笑した。
「業腹だが、コーウェンの気持ちが少しだけ解った。確かにこれは肖りたくもなる」
他の艦のMSがまだ浮き足だっている中で、ホワイトベースとガンダムは堂々と閲兵の用意を済ませていた。それは正に神話の登場人物に相応しい立ち振る舞いであり、その実力が張り子で無い事もたった今証明されている。
「ガンダムか。少し考えを改める必要があるかもしれないな」
通常のMSよりも一回りは大きいそれをモニター越しに眺めながら彼は呟く。作ってしまった借りとガンダムを含むあの基地との付き合い方を素早く計算しながら、ワイアットはこの騒動の着地点を修正する。
「済まないが式典が終わった後、あの艦と少し話がしたい。ああ、それと紅茶が冷めてしまった、頼めるかな?」
紳士然とした態度で副官にそう彼は命じると、制帽を正しつつ彼は提督らしい笑みを浮かべて式の続きを執り行った。
また新しいガンダムかよ!?