「どうしたアレン少佐?まだ思う所があるなら今のうちに言ってくれ」
コロニー奪還のため、今コンペイ島では各艦が急ピッチで出撃を進めている。それを見ながら眉を寄せていたら、少し疲労の滲んだ声音でエイパー・シナプス大佐がそう聞いてきた。だから俺は素直に懸念を口にする。
「いや、連中の意図が読めないなと」
「少佐の言う通りコロニー落としではないのかね?」
次々と出撃していく艦隊は皆一様に月へと向かっていく。それはそうだ、現在連中が奪ったコロニーは月への落下軌道を取っているのだから。強奪された2基のコロニーはそれぞれミラーが吹き飛ばされた結果自転に偏心が生まれ、遂には衝突し片方は宇宙の彼方へ、そしてもう一基は前述の通り月へと向かった。
「コロニー落としは間違いないと思っています。思っていますが、その目標が月である事に違和感を覚えます」
原作ではこの月へのコロニー落としはブラフだった。月に落とすと見せかけてフォン・ブラウン市、正確に言えばアナハイムエレクトロニクス社を恫喝し、艦艇用のレーザー推進器によるエネルギー供給を行わせる。これによりコロニーは再加速し地球への落下軌道に入る。だがそれは俺だけが知っている事で、しかも確たる証拠は何もないのだ。だが、ここで手を打たねば最悪コロニーが地球に落ちる事になり、そうなればスペースノイドとアースノイドの確執をより悪化させるティターンズが生まれる可能性が出てきてしまう。安全で平穏な人生を望んでいる身としてはこの後何年も戦い続けるなんて冗談じゃねえのである。
「フォン・ブラウンは戦中も中立都市でした。確かにコロニーが落ちれば連邦軍の不手際は責められるでしょうが、それよりも実行者の方が恨まれるのが当然の道理です。自分にはこれが連中の言うスペースノイドの独立にどう結び付くのかが解らないのです」
「むう、確かにそれはある。だが事実コロニーは月に落下しようとしている」
大佐が歯切れの悪い理由として、連中がコロニー落としを実行してしまうテロリストであるという事がある。南極条約違反をあれだけ罵っておいて平然と自分達はそれを破る支離滅裂な行動に、常識的な判断を当てはめて良いか迷っているのだろう。もしその心理効果も狙ってあの演説をしているならエギーユ・デラーズは大した役者である。
「そうなのですが、エギーユ・デラーズはあのギレン・ザビの親衛隊でグワジン級を任されていたと聞いています。そんな地位に就ける男が月に落とした程度で連邦に一矢報いたと考えるでしょうか?」
他の残党や反地球連邦思想の持ち主が後に続こうと考えるにはもっと大きな戦果が、自分達でも連邦に刃向かえるかもしれないという結果が必要であると俺は考える。その意味で地球へのコロニー落とし成功はこの上ない戦果と言えるだろう。
「シナプス艦長!コーウェン中将からのレーザー通信です!」
「こんな状況でか?」
シナプス大佐が戸惑いつつ通信に応じると、モニターには同じく困惑した表情のコーウェン中将が映し出された。
『任務ご苦労だったシナプス大佐』
「はい、いいえ中将。2号機は未だ逃亡中でありますから、我々の任務は終わっておりません」
『だが核弾頭は奪還したのだろう?2号機もアトミックバズーカを喪失したと報告を受けている。ならば君達の2号機追撃の任務は完了したと言って良いだろう』
本人も全くそう思っていないだろう表情で中将は続ける。
『故に諸君には本来の任務、ガンダムの性能評価試験に戻って貰う。ついては――』
「お待ちください中将!この状況で我々にデラーズフリート追撃から外れろと仰るのですか!?」
突然の命令に艦長席から立ち上がりながらシナプス大佐がそう問いかける。対してコーウェン中将は制帽で目元を隠しながら口を開く。
『観艦式が襲撃された以上、この問題は連邦軍全体で対処する事が決定した。デラーズフリート追討は第1連合艦隊が中心で行うとの通達が来ている』
第1連合艦隊はルナツーを根拠地とする連邦宇宙軍の中核部隊、つまりはグリーン・ワイアット大将の艦隊だ。確かに宇宙軍の主力が動くのなら試作機だらけの俺達などお呼びではないだろう。だが、どうにもタイミングが良すぎる気がする。
『君達はアナハイムの保有するドック艦、ラビアンローズにて残るガンダム試作3号機を受領後現地宙域にて評価試験を行うように。ああ、それとこの試験にはグレイファントム及びホワイトベースも同道して貰うことになっている』
俺達だけじゃなくホワイトベースも?こりゃ確定だな。この命令を出した奴、恐らくワイアット大将だと思うが、彼は星の屑作戦の攻撃目標が何処か知っている。
「しかし、中将!」
『シナプス大佐、これは決定事項だ。復唱したまえ』
「…っ、了解、しました!」
そんな遣り取りを見て俺は内心溜息を漏らしてしまった。こりゃコーウェン中将はワイアット大将から完全に切られていると考えたからだ。恐らく彼の出したテストを中将はクリア出来なかったのだろう。まあコーウェン中将は現場慣れしていないし、裏の意図を読むなんてのも上手くなさそうだからな。
「失礼します、発言をしても宜しいでしょうか?」
『…何だろうか、ディック・アレン少佐?』
「試験中に不測の事態が発生した場合、我々はどの様にすべきでありましょう?」
『ん?不測の事態とは?』
いや、この人良く中将に成れたな?ちょっと思考が真っ直ぐ過ぎないか?これでどうやってジャブローの権力争いに勝てたんだ?
「そうですね、例えばデラーズフリートの別働隊などの動きを察知した場合でしょうか」
「少佐?」
『この期に及んでまだ連中は隠し球があると?』
「隠し球、というよりは最終手段でしょうか。今宇宙軍の目はコロニーに集中しています。この状況で突入艇の1隻もあればコロニー落とし程ではないにせよ、地球へ打撃を与えることは十分可能です」
『カミカゼをやると?』
「実際に連中は観艦式で実行しています。それに連中の持っている核がもう無いとは限りません」
実際に観艦式で2発目が使われたのだからこれを完全には否定出来ない。尤も俺としてはこの線は薄いと思う、それこそ10発まで行かなくてもMk82の威力なら地球の都市一つを焼くくらい簡単なのだ。そしてコロニーを落とすよりも数発の核をバラバラに地球へ送り込む方が遙かに難易度は低い。
「しかし少佐、それならもっと早くに連中は核攻撃を行っていたのではないか?」
「恐らくですがそこが連中なりのラインだったのでしょう。一年戦争に拘っている奴らのことですから、自分から先に条約違反をする事に抵抗があったのだと思います。ですが2号機を我々が製造した以上、もうそのブレーキはありません」
『…それは君の予言かね?』
「悲観的観測に基づく想定と言うヤツです。尤もこれは最悪ではありませんが」
俺がそう言い返すとコーウェン中将は心底嫌そうな顔で口を開く。
『まだこの上があると?』
ありますとも、そしてそれは多分現実になる。だから俺達は間に合う場所に配置されるんだからな。
「ええ、最悪は月に向かっているコロニーがどうにかして地球に落ちる事ですね」
俺の言葉に横にいたシナプス大佐すら目を見開いた。そうだよな、どうやったらそんな事が出来るんだって話だものな。でもさあ、
「奪取されたコロニーは移送の為にエンジンが活性化されていた筈です。ならばどうにかしてエネルギーさえ供給出来れば、再加速を行い月の引力圏から離脱出来ます」
『それは、そうだが。そのエネルギーを何処から調達すると言うのだ!?』
オイオイ、もう解っているだろう?
「フォン・ブラウン市ですよ。追撃している艦隊は間に合うでしょうが、それを理解出来ているのは我々軍人だけです。戦中に中立を宣言した彼等が軍の到着を信じてテロリストの恫喝に屈しないでいられるとは思えません」
「フォン・ブラウンにはアナハイムが保有している艦艇用のレーザー推進充填器がある…」
シナプス大佐が呻く様にそう口にすると、艦橋に緊張が走る。
「直ぐに第1連合艦隊に連絡をっ」
いや、要らんよ。
「恐らくあちらも気付いていますよ。この問題の厄介な所はそうであっても月への落下軌道を取っている以上追撃しないわけにはいかないという事です。地球に落とそうと考えているというのは推測であり、本当に月へ落とさないという保証は何処にも無いんですから」
さて、その上でだ。
「重ねて申し上げます中将閣下。不測の事態が発生した場合、我々はどの様にしたら宜しいでしょうか?」
ラビアンローズは3号機のテストの為に地球近傍まで移動していた。つまりコロニーが再加速して地球への落下軌道に入った場合、最も速く追撃できる位置に俺達はこれから移動するのだ。
『暫し待て』
コーウェン中将は短くそう言い残すと一度モニターから消えた。そして暫くしてから渋面で戻ってくる。
『待たせた。万一その様な事態が発生した場合、諸君は第1連合艦隊と協同し事態の収束のため行動するように。…これで良いかな、少佐?』
すみませんね、なんか言わせたみたいになっちゃって。でもこれで俺達の独断専行にはならなくなったから、後はコロニーを奪還するだけだ。そしてそれは難しい事じゃないと確信している。何せもう遠慮は一切要らないからだ。俺が無言で敬礼すると、横でそれを見ていたシナプス艦長が一度天井を仰ぎ見た後、真面目な表情で口を開く。
「任務拝命いたしました。これより本艦は3号機受領のためラビアンローズへ向けて出発致します」
こうして俺達は一見見当違いの方向へ脚を進める事になる。だがその静けさは正に嵐の前のというヤツだった。
0083もいよいよ佳境。もうちょっとだけお付き合い下さい。