「こっちだって何も好き好んで月へ落としたいってわけじゃないさね。解るだろう?」
渋面でこちらを睨み付けてくるフォン・ブラウン市の代表者達へシーマ・ガラハウは嫌らしい笑みを浮かべながらそう口にする。しかし彼女は内心焦りを覚えていた。本来ならばアナハイムの代表として出席しているはずであったオサリバンの姿がなかったからだ。
(オサリバンめ、しくじったか!?)
鷹揚に振る舞いつつもシーマは内心でそう罵った。本来の予定では彼女の恫喝にオサリバンが積極的に同意する事で議論の余地を与えずにエネルギー供給を実行する筈だったのだ。オサリバンがこの場にいない原因はニック・オービルである。テロリストとの内通者を雇用していた程度ならば簡単な取調べで終了していたのだが、オービルがデラーズフリートに合流した上に、彼が強奪したガンダム2号機が観艦式襲撃に使われた事で連邦軍情報部がアナハイムエレクトロニクスの軍需部門に切り込んで来たのである。当然責任者である彼は説明責任があるとしてその身柄を事実上拘束されていたのだ。
「悩んでいる所で悪いが、こっちも追われる身でねえ?悠長に待ってやる事は出来ないんだよ。こっちの頼みが聞けないって言うなら、悪いけど死んで貰うよ」
そもそも強奪したコロニーには最終調整用の推進剤以外残されていない。ここで彼等が拒否した場合、シーマ達としても月に落とす以外の選択肢は残されていないのだ。故にそれを端的に伝えると、フォン・ブラウン側の代表達は実に解りやすい反応を示してくれた。
『同じスペースノイドだろう…!』
こちらを批難しながら、しかし彼等は生き残る為にエネルギー供給の手配を始める。それを満足気に眺めながらシーマは実にルナリアンらしい立ち振る舞いだと冷笑せずにはいられなかった。開戦以前、繰り返し行われたジオンからの協力要請に対して彼等は良識ある地球連邦の一員として要請には応じられないと拒絶した。そして戦争が始まりジオンが優勢と見るや、自分達はルナリアンであり中立だと言い始める。そして現在、銃口を向けられた連中はシーマ達に同じスペースノイドだと宣った。ルナリアンと言う立場は随分と都合の良いものであるらしい。
「良い取引だったよ、邪魔したね」
エネルギーの供給が終わり、増速するコロニーを見たシーマはそう言い捨てると通信を一方的に切断する。
「さあ、場は整ったよ。後は賭けに勝つだけさね」
ポケットから取り出したダイスを弄びつつ、シーマはそう呟いた。
『無茶をするなモンシア!』
『冗談じゃねえ!ウラキの奴に出来て俺が出来ねえなんて!』
シミュレーターが生み出した仮想空間で俺は1号機を追いかける。宇宙用に推進器の出力を調整し直したパワード・ジムはジム・カスタムを超える加速性能を見せた。
「っこの、いう事を聞けって!」
尤もそれはオーガスタで施したバランス調整をリセットしたという事でもあり、おかげでこの機体は大変気難しい暴れ馬になっている。まあ相手が1号機というトンデモ機体でそれを追う為に限界性能ギリギリで振り回しているせいでもあるのだが。ザクやドム相手ならもっと大人しくなると思われる。
「っと、そこだ!」
こちらのロックを避ける為に複雑な機動で回避していた1号機の動きが鈍った瞬間、俺は即座に引き金を引いた。吐き出されたビームはバックパックを撃ち抜き1号機の上半身を吹き飛ばす。当然撃墜である。
『ぬぁぁぁ!?』
繋がっている通信越しにベルナルド・モンシア中尉のうなり声が響く。次いで聞こえて来たのはサウス・バニング大尉の呆れた声だ。
『1号機の運動性に振り回され過ぎだ』
パイロットの意識喪失を避ける為、MSにはノーマルスーツを着用するとパイロットの状態を常にモニタリングする機能がある。勿論これはそれぞれに合わせて最適化されるし、パイロットの希望で設定を甘くする事も可能だ。まあ大抵のベテランなんて呼ばれている連中はギリギリまで甘くしているものだが、それでも限界は当然存在する。今のも度重なる加速で限界が来たと判断した1号機、モンシア中尉の意識喪失を防ぐ為に加速を緩めたのが動きの鈍った原因だ。
「前任と張り合いたくなる気持ちは理解出来るが、そうじゃないだろうモンシア中尉」
『……』
俺がそう声を掛けるとモニターに顰め面の彼が映し出される。てかそっち方面で張り合うのは悪手だぞ?
「確かにウラキは1号機を乗り熟していた。けどそりゃあアイツの体質に依存する部分が大きい。俺だって同じ真似をしろなんて言われても無理だ」
体力に多少自信はあるが、それでも後天的に鍛えられない部分はどうにもならん。まあそれにそもそもモンシア中尉に求めているのはテストパイロットではないのだ。
「けれどモンシア中尉、君なら1号機を乗り熟せなくても使い熟せるだろう?」
理想的なことを言わせて貰えば乗り熟した上で使い熟せるのが最善だ。しかしそんな事が出来るのは本当に一握り、それこそエースなんて呼ばれる連中の中でも数えるほどしか居ないだろう。
「ソイツをベテランの中尉に預けるのはそう言う事だ。ここは競技会場じゃないからな」
確かにウラキは優秀だが、それでも経験値というどうにもならない部分が存在する。そしてその経験値が多少の技量や性能差を埋めてしまうのが戦場だ。それこそアムロやララァ、赤い彗星のような出鱈目共ですら、能力的に最盛期の頃よりも経験を積んだ後の方が余程厄介なのは原作からして明らかだ。
『…ウス』
「宜しい、そんじゃもう一回だ」
俺はそう言って彼に笑いかけた。
「これがMSだって言うの!?」
実物を目の当たりにしたモーラ・バシット中尉は思わずそう口にしてしまう。それを見てニナ・パープルトンは苦笑しつつもそれに応じた。
「ガンダムGP-03ステイメン。そしてその追加パーツであるアームドベース、オーキスね」
「追加パーツと言うより、こっちが本体みたいだね」
ノーマルスーツに着替えたコウ・ウラキ少尉がラビアンローズの外を見ながらそう評した。
「全長140m全高38.5m、全備重量は453.1t。その殆どをオーキスが構成しているから、確かにそう見えるかもしれないわね。けどこれは立派なMSよ」
そう口を挟んできたのは3号機のシステムエンジニアであるルセット・オデビーだった。
「現状提示された要求に従った結果こうなっているけれど、技術的課題がクリアされればオーキスはもっとコンパクトに収められるわ。そして3号機はそれらを外装化する事でOS側のアップデートのみで対応し続けられるのよ」
「成る程、それでこんな無茶な設計なんだね」
ルセットの説明をウラキ少尉はそうバッサリと切り捨てた。辛辣な評価に鼻白むルセットに対し、彼は容赦なく追撃を浴びせる。
「オプションを全てMS側で制御するとして、制御端末であるMSが篦棒に高くちゃ軍は納得してくれない。それこそ拡張性を高く取ったMAなら君の言う通り内蔵装備を更新していけば良いだけだ。つまりこの機体は初期導入コストを抑えなければいけないわけだけど…」
そう言ってウラキ少尉はタブレットを取り出し溜息を吐く。
「こういった兵器で最も値が張るのは今も昔も電子機器だ。MSとしての機能を満足させるのと同時にオプションを制御しきるには従来のコンピューターじゃ能力が足りない、かと言って増設すれば機体の値段は跳ね上がってしまう。だから比較的簡単な部分は全てマニュアル制御にしてコンピューター側の負荷を減らしているんだろう?」
その言葉に今度はモーラ達も顔を顰める事になった。ウラキ少尉の言葉通り3号機は導入コストという売り文句のために制御面においてかなりの部分を妥協している。何しろアナハイムへ開発を委託している根本的な理由の一つが調達コストなのである。競作機よりも性能で勝ろうともコストパフォーマンスで劣ればその前提が破綻してしまう。更にこの計画そのものがガンダム開発計画である事も足を引っ張った。次世代のMS開発である以上、機体がMSである事は大前提なのである。故に3号機は前提と仕様を満たしつつ、コストを抑えるという条件の妥協点の上に成り立った機体なのである。
「それじゃあこの機体は張り子の虎って事?」
思わずモーラはそう聞いてしまう。開発チームの人間であるニナやルセットに比べれば彼女は現場、つまり使う側の人間だ。パイロットへ負担を強いると聞いて暢気に構えていられるほど気楽な性格でもないのだ。だが、そんな彼女に対してウラキ少尉は頭を振る。
「性能は間違いなく最高級機に恥じないものだよ。ただ乗りこなせる人間は極端に少ないだろうけどね」
言いながら彼は真剣な表情で準備を始める。
「僕みたいな経験の浅いパイロットが機体を使い熟すのは難しい。それが出来るだけの下地がないからね。けど高性能機は乗りこなせればそれだけでも戦力に数えられる」
それは技量の不足を機体性能で強引に埋めるという一見無茶に聞こえる考えだ。しかしそれはある意味正鵠を射ていた。過去とある国家の模擬戦において、旧世代の戦闘機に乗ったベテランが最新鋭機を撃墜するという戦果を挙げた事がある。この時評価チームは優れたパイロットが機体を操れば2世代分の性能差は埋められる、と評したそうだ。だがそれは裏を返せば、機体に2世代分の性能差があればベテランパイロットを新兵が相手取れるという意味でもある。
「それにアレン少佐は僕ならこいつを乗りこなせるって信じてくれているから任せてくれたんだと思う。なら僕はその期待に応えたい」
一年戦争の実績を考慮するなら3号機にアレン少佐が乗らない理由はない。少しでも彼の経歴を調べれば、良くもこんな機体であれだけの戦果を挙げたものだと言いたくなるような現地改修機であの戦争を生き延びている。
「英雄様期待の愛弟子って訳ね。良いわね貴方」
「ちょっとルセット!ウラキ少尉はあの機体で戦場に出るのよ!?」
そう言ってルセットが愉快そうに笑う。その顔はどう見ても新しい玩具を手に入れた子供のものであり、それを見たニナは思わずといった様子で口を挟む。同じ先進開発局に所属し、ライバルとまで評される間柄だからこそ彼女にはルセットが考えている事が良く解ったのだ。何しろほんの一月前には自分も同じだったのだから。
「あら、少尉は3号機を乗り熟さなければいけない。私は最大限そのサポートしようってだけの話よ?」
ルセットの言葉に偽りはない。しかし同時に3号機の性能を実証するためにウラキ少尉を利用したいと考えているのも紛れもない事実である。その無責任さを客観的に見せられた事でニナは再度自分が如何に身勝手な振る舞いをしていたかを認識し、何とか状況を改善したいと訴えようとするが、それは他ならぬウラキ少尉の言葉で止められる。
「大丈夫だよニナさん」
初めて出会ったときと変わらぬ、けれど何処か芯を感じる声音でウラキ少尉が口を開く。
「頼りないかもしれないけど、僕だって連邦の士官なんだ」
その姿は紛れもなく一端の軍人のそれだった。
意外と勘違いされている方がいらっしゃいますが、GP-03は薬物投与をしなければ運用出来ない機体ではありません。
あの描写は連続出撃で疲弊していたコウが栄養剤(興奮作用あり)を注射しているのであって、その興奮剤も常用しなければならないものではありません。
なんで私がアナハイムを擁護しているのだらう?