時間は少しだけ巻き戻る。連邦艦隊がコロニーの進路上に展開していた頃、デラーズフリート内では一つの命令が下されていた。
「つまり我々に血路を開け、と仰るのですか?」
『装備の質、練度からして先鋒を任せられるのは中佐の部隊しかないのだ。無論我々も直ぐに続く』
モニターの中でエギーユ・デラーズは悪びれもせずにそう宣った。成る程、確かに彼等に残された真面な戦力はグワデンとその直掩として最後まで残っていた元親衛隊のMS隊だ。装備の質はともかく、パイロットとしての腕は怪しいと言うのは偽らざる本音だろう。
『それに貴殿らは突破に成功した実績がある。是非ともその手腕を頼りにしたい』
その言葉にシーマ・ガラハウはあまりの怒りから吐き気すら覚えた。ア・バオア・クーからの撤退の際、デラーズ達は連邦の包囲を突破するために今と同じく海兵隊を矢面に立て、強引に突破したのだ。この際に同道したもう一つの海兵隊は文字通り全滅、シーマの部下にも少なくない数の戦死者が出た。そしてその先で待っていたのは労いや称賛ではなくあの仕打ちである。その一部始終を当事者として知っていながらエギーユ・デラーズはシーマへ言ったのだ、また同じ事をしろと。
『中佐、ここが正念場である。敵の規模からしてここさえ突破してしまえば連中にコロニーを止める手段は残されていない。ここさえ越えれば我々の作戦は成就するのだ』
その為にお前達は死ね。そう自分が口にしているとどうやらこの男は理解していないようだ。そう判断したシーマは微笑みを浮かべて口を開いた。
「了解しました」
そう言って彼女が敬礼をすると、デラーズは満足気に答礼をして通信を切る。それを横で見ていたデトローフ・コッセル大尉が困惑した表情でシーマを見た。当然だろう、当初の予定では白兵戦でグワデンを制圧、デラーズの身柄を拘束し連邦へ寝返る筈だったのだ。それが艦隊を動かしてしまえば不可能ではないが困難になる事は間違いない。だがシーマにも言い分があった。
「予定変更だ。艦隊はこのまま前進し連邦軍に合流、途中MSを発進させグワデンは外部から制圧する。指揮は私が執る」
「…へい」
何かを問う事もせずデトローフ大尉はそう短く返事をした。成る程理屈はそうなるのだろう、手持ちの戦力を効率よく使おうとするならばそれが最善なのだろう。だがそれは使う側の論理であって使われる側の感情を一切考慮していない。
「大した男だよ」
その心ない仕打ちこそがシーマ達をジオンから離れさせた原因だというのに、エギーユ・デラーズは最後まで理解しなかった。それでいてこれだけの勢力の長に就けるのだからそれは大した手腕と言えるだろう。尤も組織の末端に至るまで同じ狂信者であると考えれば不思議でもないのかもしれないが。増速を始めたリリーマルレーンの中でシーマは手早くノーマルスーツに着替えると自らのゲルググへと向かう。両肩を目立つオレンジ色に塗られたそれはリリーマルレーンと同様に苦楽を共にしてきた相棒だ。
「アンタとの付き合いもこれで最後かね」
連邦に寝返れば今の装備を使い続ける事は恐らく無いだろう。となればこの一戦が最後の仕事になる。らしくない感傷的な思考を敢えて口にしたのは、そうしなければ自分をコントロール出来そうになかったからだ。
「…艦橋にはぶち込まないよう、注意しなきゃいけないねぇ」
通信終了間際のデラーズを思い出しシーマは頬を歪める。聞き分けのない部下を説き伏せた様な何処か満足気な顔を見た瞬間、彼女は計画の変更は正しかったと確信する。あの男を目の前にして、衝動的に引き金を引かない自信が彼女には無かったからだ。
「マリーネ・ライター出るよ!」
『シーマ様!大漁を!』
「はっ、あいよ!!」
宣言と共に彼女は機体を宇宙へ進めた。本来ならばカタパルトを使うが、余計な推進剤の消費を抑えるために艦底部のハッチからの出撃だ。直ぐに続いた部下達が集合し小隊規模の編隊が複数構成される。
「やりな!デトローフ!!」
『はっ!』
軍人らしい返事と共に、リリーマルレーンから信号弾が打ち上げられる。出撃を示すそれと同時に艦隊は増速しつつ回頭を始める。シーマ達MS隊も即座に反転し最大加速でグワデンへと向かう。
「主砲と推進器を潰せ!格納庫のハッチも潰しちまいな!」
直ぐに続く、そう言っていた割に直掩以外の機体を展開させていなかったデラーズフリートの各艦は状況に対応しきれず、シーマ達はあっさりと艦隊の中央へと潜り込んだ。
「はっ!案山子かい!」
即座にビームマシンガンを照準し、グワデンの推進器を銃撃する。獲物を極力傷付けずに足を奪うのは海賊稼業の長い彼女にしてみれば手慣れた仕事だ。撃ち抜かれた装甲板が僅かに火を噴き、続いて咳き込む様にしてバーニアの噴射光が消える。その頃には部下がグワデンの主砲と直掩機も無力化していた。
『何のつもりだ。シーマ中佐?』
艦橋の上に取り付き、ビームマシンガンを向けるとグワデンから通信が入る。感情を押し殺した様なデラーズの声音に、シーマは笑いながら応じる。
「見ての通りですよ。私達は連邦に付く事にしました」
そう告げている間に、グワデンの周囲をMSが囲み出す。その中にはアナベル・ガトー少佐の乗るMA、ノイエ・ジールの姿もあった。直ぐさま通信回線に乱入してきたガトーが仇敵を見る目で告げてくる。
『乱心したかシーマ・ガラハウ!直ぐに銃を下ろせ!』
「乱心とはご挨拶だねえ。おっと妙な気は起こすなよ?私のトリガーはそれ程重くないぞ」
その存在を誇示するようにビームマシンガンを僅かに揺らす。それを見てガトーが憤怒の形相で怨嗟の声を漏らした。
『シーマ・ガラハウ!獅子身中の虫めっ!』
「私はこうして生きてきたんだ!サイド3でぬくぬくと蹲る者達の顎で使われて!」
『っ!!』
「…私は故あれば寝返るのさっ」
それは彼女の偽らざる本心だった。当然だろう。あの戦争の中、何処かで報われたと思えていたなら彼女は今でもジオンの軍人だった。そしてその後継を嘯く輩達は同じ様に彼女達を使ったのだ。シーマ達はジオニズムに命を捧げる殉教者ではないし、言われた命令に疑問も感情も持たずに従う機械でもない。生きるための手段が軍人しかなかった者達なのである。だがデラーズにとってジオンの軍人とは、誰もがジオン独立の為ならば喜んで死ねる狂人の集団であり、個人の欲求でその崇高な行いを妨げるなどあってはならない愚行なのだ。それは正しくシーマが吐き捨てた、サイド3で不自由なく暮らせる人間だからこそ至れる思考だった。
『哀れ、志を持たぬ者を導こうとした、我が身の不覚であった』
「はっ!アクシズなんかに導かれちゃお飯の食い上げなんだよ!さて、全員大人しくしろよ、敗軍の将は潔くなくちゃなぁ?」
その時艦隊の前方で閃光が生まれた。シーマの動きに呼応した連邦軍が攻撃を始めたのである。だが勝利を確信し笑みを浮かべる彼女の耳朶を理解し難い言葉が打った。
『征け、ガトーよ』
『閣下!?』
『意地を通せ、現にコロニーはここにあるのだ』
「狂ったか!?あの艦隊が見えないのかい!?」
『行けっ!儂の屍を踏み越えて!』
デラーズがシーマを理解していなかった様に、彼女もまたデラーズを理解していなかった。前述した通り、彼の中でジオン軍人とはその掲げた理想の為に喜んで死ねる人間なのである。
『儂を宇宙の晒し者にするのか!ガトー!』
その言葉が引き金となり事態は動き出す。ノイエ・ジールがバーニアを噴かして上昇すると反転し敵部隊へと突撃すると、周囲で成り行きを見守っていたMSが次々と武器を構えだしたのだ。当然その射線上にはグワデンも含まれているのだが、最早発砲を躊躇う者は居ないだろう。
「冗談じゃないよ!この気狂い共が!?」
叫ぶと同時にシーマは艦橋を蹴りつけて虚空へ機体を浮かせる。このまま撃たれれば艦橋への誤射を誘発しかねないからだ。人質を取った方がその生死に注意を払わねばならないという理不尽な状況に舌打ちをしながらも彼女は命令を飛ばす。
「やりな!お前達!!」
その声と同時に海兵隊のゲルググが弾かれた様に動き出す。数的に劣勢である上に包囲されている状況だ、暢気に止まっていては機体性能と技量で優越していても撃墜は免れない。
「コイツら!?」
シーマ自身も応戦しつつ、その視界の端に捉えた状況に戦慄する。周辺のムサイが主砲をグワデンへと向け始めたからだ。どうやら気を利かせた部下達が、生きて虜囚の辱めを受けている上官を介錯してやるつもりらしい。
「巫山戯るな!私の博打を!?」
砲撃を妨害しようにも彼女を含めMS隊は敵MSとの戦闘で手一杯、味方の艦は漸く回頭を終えてこちらへ向き直った所だ。主砲の射程に収めてはいるが、まだ確実に命中を望める距離ではない。
「やめっ――」
そうしている間にもムサイは主砲の照準を終え、砲口にメガ粒子の輝きが生まれる。どうにも出来ずに思わずそうシーマが制止の声を上げた次の瞬間、後方から通り過ぎた一条のビームがムサイの船体を貫いた。
「は?」
砲塔の直下を撃ち抜かれたムサイはそのまま破孔からくの字に折れると大爆発を起こす。更に同様の砲撃でもう一隻のムサイが沈むと同時に、巨大な機影がシーマ達の頭上を通り過ぎた。その瞬間機体から2機のMSが飛出し、デラーズフリートのMSに向かってビームを放つ。
『援護します!』
ビームを降らせる特徴的な双眸とアンテナブレードを持つMS、ガンダムからそう通信が入るに至り、彼女は確信する。
「勝ったよ!」
終戦から三年、シーマはあの戦争以来忘れていた歓喜の感情を溢れさせ、思わず叫んだのだった。
全く他意は無いのですが今Ζを見ています。