『――斯様に友軍に対してすら、だまし討ちの如き卑劣な振る舞いを行う者達の掲げる大義が自己擁護の為の空虚な言い逃れに過ぎない事は明白であり、その真意がスペースノイドの未来を思うものなどでは断じてなく、只自らの欲求に則した行いである事は前大戦の災禍からも明らかである!』
タブレットの中で熱弁を振るうグリーン・ワイアット大将を見ながら、俺はチューブから清涼飲料水を吸い込んだ。うん、誰だよペスカトーレ味のスポーツドリンクなんか自販機に入れたの。
「あー、例の演説って今日でしたっけ」
待機室に入ってきたロスマン中尉が俺の手元をのぞき込みながらそう言ってきた。あの戦いでデラーズフリートは壊滅、構成員の大半は俺達の攻撃で死亡したらしい。戦力を失ったエギーユ・デラーズは自殺を図ったが、第1連合艦隊が派遣した制圧部隊――あの終盤で突入していったパブリクⅡはどうやらその隊だったらしい――によって身柄を拘束され、晴れて犯罪者として裁判待ちをしている。アナベル・ガトーも同様に逮捕され、同じく裁判待ちである。そして俺達はと言えば、アルビオンにおける最後の任務に従事していた。
「これで少しは目の覚める馬鹿が出るのを祈るばかりだね」
演説の内容はジオン残党への批判に加え、戦中ジオンが海兵隊へと行った仕打ちに対しても言及している。ただ俺が望むような効果は殆ど得られないだろう。何せ人間は自分が信じたい真実を信じる生き物だ。俺達にとっては真実でも、ジオン残党は虚偽に満ちた連邦のプロパガンダとしか受け取らないだろう。
「1号機のテストは完了したので、今日から分解作業に入ります。アナハイムにあった予備パーツとデータは先にオーガスタへ送るそうですから、重力下試験はそっちでやることになりそうですね」
「2号機の方も分解してオーガスタか」
「例の武装もですね、正直検証の必要性を感じませんけど」
「データは残しておきたいがアナハイムに管理させるわけにはいかんって事だろう」
尤もアナハイムの開発チームに所属していた人員についてはテロリストとの関与がなかったから、表向きは罰せられる事もなくアナハイムに勤め続けるはずだ。なのでデータを消した所で意味は薄いのだが、それでもやらないよりはマシだろう。
「3号機はテスト終了後第1連合艦隊預りになるみたいですね」
「ありゃあ地球には持って行けないからな」
「…ちょっとアレン少佐?」
「ん?」
俺が顔を上げると不満げなロスマン中尉と目が合った。
「しっかりして下さい。少し気を抜きすぎじゃないですか?」
「悪い、今回は少しばかり気疲れが酷くてな」
そう言って俺は誤魔化す。仕方ないだろう、本来死ぬはずだった歴史を乗り越えたと言う安心感がどうにも頭を鈍らせるのだが、そんな事を言ったら間違いなく病院送りだ。
「コーウェン中将は更迭、代わりはブライアン・エイノー少将か。大丈夫かね?」
確かこの人スペースノイドへの偏見が酷すぎて高等士官学校の校長に押し込まれたんじゃなかったか?なんか人事に悪意を感じずにはいられない。
「ガンダム開発計画は凍結の上、次世代MS開発計画が吸収。アルビオンもオーガスタへ転属。ペガサス級を3隻運用とは贅沢な事ですね」
「どちらかと言えば扱いに困った連中を纏めただけって気もするけどな」
とは言えプロパガンダには非常に向いた部隊だろう。ペガサス級は見た目からして特別な艦だと解りやすいし、一年戦争時の宣伝のおかげでガンダムの母艦としても有名だ。そんな艦が3隻も纏まって運用されていれば、投入されたときの心理的効果は絶大だろう。まあ、実際に心理的効果以上の戦闘能力も備えているんだが。
「まあエルラン中将なら上手く立ち回るだろうさ」
少なくとも俺が金の卵を産み続ける限りは俺達の立場と軍内での安全は保障されるだろう。問題はこの先の予言が極めて難しくなる事だが。そんな事を考えつつタブレットを机へ置き、俺は伸びをしつつ立ち上がる。すると丁度良いタイミングで部屋に備え付けられた通信パネルが着信を告げてくる。
『アレン少佐、3号機の準備が整いましたのでお願いします』
「おう、了解した」
「3号機の試験も後3つですか」
「順調に行けば来週の頭にゃオーガスタだな」
「やっとここのトンチキな食堂から解放されるんですね」
「まさか軍のAレーションが美味いと思える日が来るとは思わなかったぜ」
そんな与太話をしながら俺達は部屋を出る。だから俺がその言葉を聞いたのは、オーガスタに戻ってからだった。
『――今日の事態を招いたのは、ジオン残党の対処を戦後復興の名の下に先送りにしてきた地球連邦の怠慢である。連邦軍はこの度の事件を深く反省し、連邦市民全ての平穏と安全を守るため、新たな治安維持部隊の創設を決定した』
誰も居なくなった部屋の中で、タブレットから音声が流れ続ける。
『ユニバーサル・ガード。部隊創設の暁には、その名に相応しい平和と安寧を地球連邦市民は手にする事になるだろう!』
「茨の園の警備ですかい?」
「所詮あたしらは寝返り者だからね。普通の部隊に混ぜ込む訳にもいかないって事だろうさ」
受領したサラミスとジムを確認しながらシーマ・ガラハウ中佐はそう笑った。ルナツーにて武装解除後、彼女達は正式に連邦市民の戸籍と連邦軍における軍籍を与えられていた。その上で最初に仰せつかった任務が、暗礁宙域に存在するデラーズフリートの活動拠点であった茨の園への駐留であった。
「いずれはサイドの再建も行われるから、その時に軍が独自に使える拠点を用意しておきたいのだとさ。気の長い話だよ」
そう言いながらもシーマはこの条件が悪くないものだと考えていた。あの演説で世論はシーマ達に同情的にはなったものの、元ジオンというレッテルは他の連邦軍部隊と軋轢を生むであろう事は想像に難くない。ならばいっそ単独で辺鄙な基地の防衛にでも回された方が余計なもめ事を起こさずに済むというものだ。何しろ彼女の部下達はお世辞にも柄の良い人間では無いのだから。
「駐留なんて言った所であんな場所に好き好んで来るバカは居ない。つまり私達は退役まで適当に給料泥棒をしていろという事さね」
茨の園本体も正式に連邦軍の拠点として接収されたため、基地としての機能を整備するための予算や物資の支給も行われる。そして立地は暗礁宙域と訳ありの部隊を飼い殺しておくには丁度良い場所である。更に彼女を機嫌を良くさせたのは与えられた装備だ。旧式のコロンブス級を改造した空母を筆頭に戦中の艦艇を近代化改修したものばかりではあったが、その居住性はジオンの艦艇とは雲泥の差がある。同時にジオンの装備を宛がったままにしないという事は、少なくとも上役であるグリーン・ワイアット大将は連邦軍人として扱うつもりがあると言外に示しているのだ。これまでの待遇を思えば遙かに良心的な対応と言えるだろう。
「そうなりますと、最初は拠点の整備ですかい?」
「それと周辺宙域の掃海だな、ネコババなんて狡っ辛い事はするんじゃないよ?なんせ私らは連邦軍人様なんだからね?」
彼女の言葉で艦橋内に笑いが起こる。海賊時代、暗礁宙域でのゴミ拾いは彼女達の貴重な収入源だったからだ。そんな彼等を見ながら彼女は笑顔で手を叩く。
「さあ、お前達!いつまでも笑ってないで手を動かしな!仕事の時間だよ!」
何度も聞き慣れた開始の合図。だがそれは彼等が久しく耳にしていなかった声音だった。
「ユニバーサル・ガードか」
「大艦隊で練り歩くよりは現実的な案ではあります」
ジャブローの一室で男達は静かに語り合う。
「今回の一件はワイアットの一人勝ち…と言いたいが、本当の勝者はエルラン中将だろうな」
ジオン公国残党によるテロ事件。再建計画のコロニーをテロリストに強奪されたという不祥事は連邦軍が奪還する事で消え去り、寧ろワイアット大将の輝かしい功績となった。更に改革派の最大派閥であったコーウェン中将が失脚したことで中立を気取っていた風見鶏達も着々とワイアット閥に流入している。今後暫くは彼が連邦軍における最大派閥の長に収まる事は間違いない。しかし投資に対し最もリターンを得たのが誰かと言えば間違いなくエルラン中将だろう。
「例の部隊も参加するとなれば、治安維持部隊へも影響力を発揮することになります」
ユニバーサル・ガードには治安維持部隊として独自の権限を与えられる予定であるが、その参加者が派閥の影響を受けないかと言われればそうでは無い。寧ろ構成員の比率次第では一般部隊よりも高度な権限を持つ部隊を派閥の戦力として手駒に出来ると見るべきだ。そしてエルラン中将の率いているホワイトベース隊は中核戦力として組み込まれる事が内定している。
「我々としても唾は付けておくべきか」
コーウェン派閥から流出した人間をいくらか取り込みはしたものの、今回の一件においてほぼ蚊帳の外であったコリニー大将の派閥は総合的に見れば権力闘争において差を広げられた形になる。更に厄介な事に無派閥を嘯いているエルラン閥がワイアット閥と接近しているのだ。故にここは多少強引にでも動いておく必要があった。
「丁度良い人材も確保しております」
「バスク大佐か」
今回の一件においてバスク・オム大佐はワイアット大将のジオンに対する対応に強い不満を抱いていた。その為コーウェン閥から距離を置いた際にコリニーの下へ身を寄せたのである。
「実績は十分ですし、思想面で連中に染められるという事も無いでしょう。適任かと」
「良かろう、送り込む人員の選定は任せる」
宇宙世紀0083、ガンダム強奪に端を発した一連の事件は様々な思惑を孕んだまま静かに幕を閉じたのだった。