WBクルーで一年戦争   作:Reppu

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今週分です。


13.0079/09/23

「良し、MSはホワイトベースに食いついたな!?追加は確認出来るか!?」

 

マゼラン級アルザスの艦橋でイーゴリ大尉はそう叫んだ。

 

『確認出来ません!敵艦隊は丸裸です!』

 

「よし、艦を前進させろ!一刻も早く敵艦隊を撃滅するんだ!」

 

観測班からの報告を聞くと同時に彼はそう指示を出す。艦を沈めれば敵MS部隊は帰還の術を失う。そうなれば無闇に戦闘を継続するよりも、大人しく投降するという者も出てくるだろう。統制を失った部隊はその戦闘能力を極端に低下させる。それが今の彼等に出来る、ホワイトベースへの最大の支援だった。距離を詰めるべく増速するアルザスの横をサラミス級ボイシが抜き去っていく。

 

「ボイシ、突出します!?」

 

オペレーターの悲鳴じみた報告にイーゴリは思わず頭を抱える。そして通信用の受話器を掴むと、僚艦であるボイシの艦長へ向けて怒鳴った。

 

「リード中尉!隊列を維持しろ!」

 

だが返ってきたのは彼以上の怒鳴り声だった。

 

『新米と素人の寄り合いが責務を果たしたのです!ここで機を逃して何が連邦軍人か!』

 

そして以後一切の応答が無くなる。その間にもボイシは更に加速し敵艦隊に文字通り殴り掛かっていた。

 

「あの馬鹿が!主砲1番から5番まで射撃開始!ボイシを援護しろ!ミサイルは使うな!」

 

ミノフスキー粒子下でも利用可能なミサイルは存在する。例えば熱源探知式の物や画像認識型の物である。問題は熱源探知式は敵味方の識別が出来ない事と、画像認識型はスモークなどで容易に欺瞞されてしまう事だ。その為ミサイルを使用したければ誤射を防ぐために艦隊の隊列を維持する必要があるのだ。イーゴリは盛大に溜息を吐きつつ、監視班に向かって命じる。

 

「対空監視を厳にしろ、特にホワイトベースから目を離すな。艦隊が襲撃されればこちらに向かってくる機体もあるかもしれん」

 

 

 

 

ボイシの艦橋で艦長席に座ったリード中尉は興奮を抑えられぬ様子でモニターを睨み付けていた。画面一杯に広がる敵艦を見ながら、彼は口角を釣り上げ横に立つ副長へ言葉を投げかける。

 

「副長、射撃を命中させるコツを知っているかね?」

 

「いえ、何でありましょうか?」

 

暢気な会話の間にもボイシの艦橋横をビームが通り過ぎていく。しかしそれに動揺を見せるクルーは誰一人居ない。

 

「単純にして明快だ。当たる距離まで行けば良い。1番2番ミサイル発射管、撃て!」

 

猛犬、突撃馬鹿。周囲の将校から付けられた不名誉なあだ名に相応しい発言をしながらリード中尉は攻撃を命じる。命令に従って起動した発射管が次々と搭載していたミサイルを吐き出し、それは敵前で強烈な閃光を放って爆発した。

 

「ミノフスキー頼りのジオン共め、何時までも同じ手が通用すると思うなよ!」

 

レーダーが封じられた今日の戦場における索敵・照準の要は専ら光学方式、つまりはカメラ或いは肉眼による目視である。1000万カンデラの閃光に焼かれたこれらは一時的にその機能を喪失、その間にボイシは敵艦の間をすり抜ける。敵艦隊の背後を取った瞬間、リード中尉はニヤリと笑った。

 

「素人が浅知恵で船を造るからこうなるんだ」

 

機銃以外の武装を指向出来ずに無防備な姿を晒すムサイに向かってリード中尉はそう言い放った。艦後方に主砲を持たないムサイは背後を取られると為す術が無い。これにはジオンの台所事情が深く関係していた。重工業化を進め、極秘に軍用コロニーなどの建設を行っていたとは言え、ジオン公国の生産能力は連邦に遙かに劣っていた。その為武装蜂起が露見しないギリギリまで軍備を増強し続けたとしても、艦艇の数で劣勢となる事は確定していた。この頃には既にMSの有用性は認識されていたものの、短期決戦を想定していた軍部はムサイにサラミス級を上回る火力を求めた。数で劣るならばせめて個艦性能では優越しようと言うわけである。しかし艦艇という分野において連邦とジオンには技術的な格差が無かった。否、むしろ連邦の方が先行していたと言って良い。結果同程度の技術水準で、火力を優越させるために、ムサイは備砲の全てを前方へ集中配備する形を採用する。これならば想起される艦隊戦――被弾面積を最小限とするために艦首を向け合い砲戦を行う――において単装砲3門のみで戦う必要があるサラミスに対し、倍の火力を発揮出来るという考えである。仮に戦史に明るい開発者がいたならば、ムサイはもっと別の形をしていたかもしれない。

何故なら生産力に劣る側程、戦闘において兵器が本来想定された運用方法以外で使われる事が多々あるからである。そしてその実例を、ジオン軍の艦隊は身を以て学ぶ事になる。

 

「全門斉射。これはいい、狙わんでも当たるぞ」

 

唯一反撃できる位置にあったチベ級の後部砲塔が吹き飛ばされれば、後は戦いとは呼べないような一方的な攻撃が続く。手も足も出ずに沈められるのが耐えられなかったのだろう、一隻のムサイが砲塔を指向するべく旋回を開始する。しかしそれは彼女の寿命を短くしただけだった。

 

「敵艦の前で回頭する馬鹿がいるか」

 

リード中尉の呆れた声を肯定するように、不用意にもアルザスに腹を晒したムサイは次々と襲い来るマゼランの主砲によって瞬く間に船体を抉られ轟沈する。更に推進器に被弾を受けたもう一方のムサイも漂流し始めた瞬間に火力を集中され爆散する。最早誰の目にもこの戦いの趨勢は明らかであり、ジオン軍側の戦力撃滅も時間の問題だと思われた。そう、皆が勝ったと思ってしまったのだ。まだ敵が残っていると言うのに。

 

「チベ級が増速!」

 

主砲を放ちながら増速するチベに対しイーゴリ大尉は咄嗟に回避を命じた。その様子がアルザスへの体当たりを狙っているようにしか見えなかったからだ。半年以上艦隊の保全に努めていた彼等は、極当然に艦への被害を最小限に留めるべく行動する。それが致命の隙となった。

 

「チベ級更に増速!ホワイトベースへ向けて突っ込んで行きます!?」

 

「いかん!止めろっ!」

 

既にホワイトベースは突入高度まで降下していて迎撃出来る状態ではない。後部砲塔が懸命にビームを撃ち込むが、ムサイと異なり、旧式故に対艦戦を想定されているチベは容易には沈まない。

 

「畜生っ!」

 

イーゴリ大尉はそう叫びアームレストを殴りつけた。

 

 

 

 

シャアの乗るザクと縺れ合うように戦い続けていると、ヘッドセットから喧しい警告音が鳴り響き始めた。高度警報、出撃前に設定しておいた危険ラインまでいつの間にか達してしまったらしい。だがそれは敵にとっても同じ事だ。

 

「時間切れだ!」

 

奴のザクが忌々しそうにこちらを蹴り飛ばして離脱する。回収用のコムサイを原作通り待機させていたようだ。

 

「追撃は、無理か」

 

ビームライフルを失ったのは痛かった。千載一遇のチャンスを不意にした事に歯噛みしながら俺はホワイトベースへと機体を向け、そこで致命的な失敗を理解する。

 

「特攻!?」

 

既に降下シークエンスに入っていた事と、ミノフスキー粒子が濃かったせいでチベがホワイトベースへ突撃している事に俺は気付いていなかったのだ。背筋が粟立つのを感じながら俺は必死に考えを巡らせる。遠距離攻撃手段無し、残っているのはビームサーベルとジャベリン。近接武器だ。だが既にあのチベも重力に引かれている。肉薄して巻き込まれたらホワイトベースへ帰還出来なくなる。体当たりで軌道を逸らす?同じ事だ、MS一機の推力で何とかなるような相手じゃない。極限まで加速した思考によって、世界がゆっくりと動く。ホワイトベースは回避不能、他の機体は既に収容されている。俺だけが今、この状況を変えられる、だというのに俺の体は死の恐怖で決断を鈍らせる。

 

(あっ…)

 

俺が迷っているうちに、ホワイトベースの後部格納庫から何かが飛び出した。それがコアファイターである事を理解した瞬間、俺は震える声で呟いた。

 

「おい、止めろよ…」

 

このタイミングで対艦戦能力を持たないコアファイターで飛び出してきて、やろうとしている事なんて一つしか無いからだ。

 

「止めろぉぉ!!」

 

叫んだところで状況は変わらない。手を打たねばホワイトベースは沈む、俺の機体はもう間に合わない位置だ、そしてその瞬間は訪れる。

 

「あぁっ!」

 

繰り返した言葉に意味は無く、コアファイターは吸い込まれるようにチベの艦橋へと突進する。スローモーションのような光景の中、艦橋へと突き刺さったコアファイターがその身をひしゃげさせ自らを火球に変える。そしてそれに巻き込まれたチベは艦橋を奪い去られたことで制御を失いホワイトベースを擦りながら後方へと流れていく。

 

(俺の、俺のせいだ。俺が臆病だったせいで、死なせた)

 

自責の念に駆られながら俺はホワイトベースを目指す。既に高度はかなり下がっていて後部格納庫のハッチも閉鎖済みだ。だが甲板までたどり着けば問題は解決する。熱も降下の制動もホワイトベースに任せる事が出来るからだ。

 

(…しっかりしろ!ディック・アレン!お前まで死んで、彼の死を無駄にする気か!?)

 

後悔しても、あのコアファイターのパイロットは生き返らない。そしてそこまでして彼が作ってくれた生き延びるチャンスを無駄にするなど、許される筈が無い。

 

「なに!?」

 

もう少しで甲板にたどり着く、そう思った瞬間ホワイトベースが大きく傾いだ。原因は酷く単純で、艦橋を失い崩壊しつつあるチベが最後の抵抗とばかりに主砲を放ってきたのだ。砲撃の負荷に耐えられなかったのかチベは爆発するも、そのビームがホワイトベースの左エンジンを貫いた。

 

「クソがっ!」

 

甲板に機体をなんとか取り付かせた俺は両手で自分の腿を殴りつけて叫んだ。誰の目から見てもホワイトベースの突入角が変わったのは明白だった。


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