スノーフレークを拠点に活動を開始して2週間程が過ぎた。観測情報によればフォボスは減速を始めていて、予測では月軌道上に定着するつもりだろうとの事である。そして本格的な武力衝突に備え、スノーフレークは急速に設備を拡充している。
「ちょっと本気になるとこれだ。あの馬鹿共は7年前の事なんかさっぱり忘れちまっているらしい」
搬入される資材のリストを確認していた強面の大尉がそんな事を言ってくる。
「案外その失敗を経験しているからこそかもしれんがね」
「てぇ言いますと?」
「大抵の人間は過去の失敗を反省する、そして大半の指導者になる奴は自信家だからこう考えるのさ。俺ならあんな失敗はしない、何しろ経験済みだしなってな」
「手足はたまったもんじゃありませんな」
「まったくだ」
嫌そうに顔を顰める大尉に笑いながら相づちを打ちつつ俺は入港してくるコロンブスを見た。オーガスタから追加の人員と装備を送るという連絡があったからだ。
「少佐のところはこれでペガサス級3隻が完全充足ですか」
「ああ、上手く馴染んでくれるといいが」
「はっは、その心配は要らんでしょう。少佐のところは皆気の良い奴ばかりだ」
そう言って豪快に笑うデトローフ大尉に俺は肩を竦めてみせる。どうも彼等が裏切らないと擁護したことが過剰な美談として伝わっているらしく、異常なほど好意的なのだ。正直この程度で好感度爆上がりするとかもう今までの扱いを察してあまりあるので勘弁して欲しい。
「しかしこりゃあ、随分切羽詰まっているようですな」
「本隊の練成が手間取っているようだな」
「難しい事はないと思うんですがね、…連邦なら核の10や20はあるでしょうに」
デトローフ大尉がそんな物騒なことを言う。今のところ声明らしいものもなく、連中は地球に向けて移動している、マーズジオンという呼称も連邦が便宜上付けているだけで名乗ったわけではない。ただ明確なのは火星に派遣されたUGの部隊が甚大な被害を受けたことと、恐らくそれを実行したのと彼等が同一の組織であると言う事だけだ。
「案外こっちじゃない所が揉めてるのかもな」
「は?」
「地球連邦軍は民主主義国家の軍隊だってことさ」
俺がそう口にするのと同時に気密用の隔壁が開き、湾内に大型艦が進入してくる。シーマ艦隊が使っているサラミスと同じライトグレーに塗装されたその艦は、俺の良く知るものだった。
「あれがアイリッシュ級か」
「ワイアット大将の所に送られる筈だった艦て話でさあ。中々太っ腹ですな」
デトローフ大尉は少し声を弾ませてそう説明してくれた。元々彼はリリーマルレーンの副長を務めていたから、コロンブスの様なモドキではなくちゃんとした戦闘艦に乗れるのが嬉しいのだろう。
「はー、ある所にはあるもんだね。こんなのぽんと渡してくれるなんてさ。その分給料を上げてくれと言いたいね」
「軍の装備投資と給料を同列で語るのはどうなんだ?カイさん」
いつの間にか近くに来ていたハヤトとカイがアイリッシュ級を見ながらそんな事を口にする。まあそれは俺も少し思うが。
「この艦はアナハイム製って話だよな」
「ええ、グラナダで建造された新品って聞いてます」
アイリッシュ級自体は既に2隻が就役済みでルナツーの第1連合艦隊で運用されている。火星での損害の補填としてUGに回されるものだと思っていたバスク大佐が激怒したとかしないとか聞いたがあくまで噂である。そしてその替わりにUGへはアレキサンドリア級が優先的に配備されている。何とも嫌な状況だ。バスク大佐は最悪の性格をしているが戦闘に関しての分析力は確かだ。その彼が強力な戦艦を欲しているのにそれが届かずに別の艦が割り当てられている。アレキサンドリア級も決して悪い艦ではないのだが、アイリッシュ級と比較すれば一歩劣ると言わざるを得ない。まあアイリッシュは戦艦でアレキサンドリアは巡洋艦なので当然と言えば当然なのだが。そして要望していたバスク大佐の所ではなく、新造された艦がシーマ艦隊へ配備される。これに政治的意図を勘ぐるなと言う方が無理があるだろう。
「新品って、宇宙軍はいつの間に羽振りが良くなったんで?こっちなんか一年戦争時代のオンボロを騙し騙し使ってるってのに」
「あの事件の罪滅ぼしって事で格安で請け負ってるなんて噂は聞くな。ここのMSに使う補修部品もアナハイムから受け取ってるぞ」
眉間に皺を寄せるカイにデトローフ大尉がそう教える。ここの機体はジム改だし、GP計画の際にデータは開示されているだろうから不思議な話ではない。とは言え連中がそんな殊勝な気持ちで行動しているなんて到底信じられないが。
「大尉、慣熟にはどの位掛かりそうだ?」
「そうですな、ざっと3日ってとこですかね」
俺の質問にデトローフ大尉は腕を組みながら顎をさすりつつ答える。それを見てハヤトが驚いた声を上げた。
「ええ?最新鋭の艦ですよ!?」
比較的習熟が容易とされるペガサス級でも慣熟には最低1ヶ月はかかるとされている。それを考えれば10分の1で良いという言葉がどれだけ無茶か解るだろう。だがデトローフ大尉はそんなハヤトへ不敵に笑いながら口を開いた。
「海兵隊は荒っぽくてな、そんな悠長な事をしてたら沈んじまうのよ。ご丁寧にマニュアルも送られてきてるんだ、あの頃に比べりゃ楽なもんだ」
そんな彼の言葉に二人は頬を引きつらせるのだった。
「ワイアット大将は何を考えているのだ!」
「落ち着け、ブレックス」
応接テーブルへ強く拳を叩き付け、感情を露わにする盟友にジャミトフ・ハイマン少将は声をかける。今の状況は彼にとって想定しうる事態の一つだったからだ。
「大将は完全な宇宙移民など考えていないからな、この機会にUGにおける我々の権勢を削ぐ腹づもりだろう」
「権力闘争の為にそんな事までするというのか…」
そう嘆くブレックス准将を見てジャミトフは内心苦笑する。ブレックス・フォーラは理想に向けて行動出来る人物であり、それに必要な能力も持ち合わせている。しかし人の上に立つ人物としては少しばかり人が良すぎる男だった。今も自分の権力のためならば対抗派閥の人間とはいえ同じ連邦軍人を危険に晒す様な選択を聞き、信じられずに居るくらいだ。
「驚くほどの事ではない、ジャブローでは多少の差はあれど皆そうだった」
「なんと破廉恥な!」
怒りを露わにする彼を見ながらジャミトフは考える。軍内の政争でブレックス准将がワイアット大将に勝てる見込みは極めて低い。人間的魅力では勝っているだろうが清濁併せ呑めない彼では利害で動く人間を抱き込めないからだ。そして組織では往々にして利益を優先する者の方が権力に近い場所に居るものである。
「それよりも重要なのは残党共への対応だ」
「コロニーや月面都市と接触する前に何とかしたいが」
「難しいだろうな、特にサイド3は」
そう言って二人は沈黙する。各サイドに対し連邦軍は部隊を駐留させているが、自治権を行使しているジオン共和国だけは独自の戦力でこれを行っている。問題は彼等が心情的にあちら寄りであろう事と、条約によって武装が制限されていることだ。彼等の装備は大半が一年戦争時代の旧式であり、マーズジオンの侵攻に対し抵抗しきれる力は無い。つまりそれは戦わずに彼等を受け入れる大義名分を持つと言う事でもある。
「その点はワイアット大将も考えているだろう。現に第13独立部隊を派遣している」
「駐留するならばまだしも、近くに居ますでは即応は難しかろう。それに近いと言っても月を挟んで反対側だぞ、大規模な侵攻ならばまだしも、少数の潜入には対応しきれまい」
だがこれに対する名案があるかと言われれば難しい。既に最寄の月面都市であるグラナダには収容しうる最大限の戦力が待機しているからだ。増員自体は不可能ではないものの、その行動自体がサイド3に対する不信感の表れだなどと難癖を付け、向こうへ寝返る事もあり得るとジャミトフは考えていた。何しろ現代表であるダルシア・バハロは国を守るためにその礎を作り上げたザビ家すら生け贄に出来る男なのだ。停戦を主導した事から戦争を厭う良識派の様な扱いを受けているが、その実ダルシアは国が負うべき責任の大半をザビ家へまんまとなすりつけて国力の温存と被害者という都合の良い立場を勝ち取ったのだ。そして忘れてはならないのは、ザビ家に騙されていたと嘯くサイド3の住民は誰一人入れ替わってなど居ないのだ。連邦に抵抗しうる戦力が手に入れば彼等は喜んで再び牙を剥くだろう。
「少数の潜入か…、その件に関係するかは解らんが、メラニー会長から連絡が来ている」
「メラニー?アナハイムの会長が一体何の用件だ?」
ブレックス准将の言葉にジャミトフは目を細めた。83年のデラーズ事件への関与からアナハイム社は連邦政府から厳しい制裁を受けている。尤もそれは表向きであり、アナハイム社の企業体力を考えれば小揺るぎもしない程度のものだ。無論そうした判断のために見えない金が動いたのは想像に難くないが、ジャミトフはそれを黙認していたしブレックスへも伝えていなかった。現状の宇宙移民を続けると言う点でメラニーと二人の思惑は一致していたからである。
「珍客を最近受け入れたそうだ、ついては連邦軍の軍籍を用意して欲しいと」
言いながらもブレックスの表情は優れない。目的のために違法行為を行う事に忌避感があるのだろう。だがジャミトフはそれで良いと考えていた。少なくともブレックスは苦悩しつつも受け入れようとしているし、何より指導者としてその正しい姿勢は得がたい才能だ。それに汚れ仕事ならば自分が補ってやれば良いだけの話でもあるからだ。
「解った、手配は私がしよう。それでその珍客とは何処の誰だ?」
ジャミトフの質問にブレックス准将は難しい表情のまま口を開く、そして出てきた言葉は予想外のものだった。
「アクシズからだそうだ、メラニーが言うには我々との会談も求めていると」