「何処でも政治屋ってやつは変わらないね、軍人を数字としか思っちゃいない」
スノーフレークに戻った俺達に対しシーマ・ガラハウ中佐がそう言って苦笑した。翻弄されてきた第一人者に言われると返答に困るな。
「仕方がありません、我々は民主主義国家の軍人ですから」
そう返事をするとシーマ中佐は苦笑する。もしかしたら過去の自分に重ねて俺達を羨んでいるのかもしれないな、彼女は示した忠節を無下にされた側だしな。
「失礼を承知で伺いたいのですが、今回の対応を中佐はどう考えますか?」
「はっきり言う。そうさねえ、半分は成功するだろうさ」
俺の質問にシーマ中佐は変わらない表情でそう答える。
「半分、ですか?」
「連邦から見れば皆同じジオンだろうけどね、内側から見れば酷いもんだよ。短期的に見ればあんたらの懸念通り纏まりを見せるだろう」
そう言って彼女は鼻で笑った。
「だけどね、余裕が出来たり切羽が詰まれば話は変わる。自分により多くの利益を誘導するためか保身かの違いはあるだろうが、直ぐに分裂を始めるよ。つまるところギレン・ザビの謳った腐敗した民主主義は何のことはない、ジオンにもしっかり根付いている訳だなぁ?」
成る程、そういえば連中第一次ネオジオンの時も最終的に内ゲバで崩壊してたな。俺が頷くとシーマ中佐は更に停泊している艦隊を眺めながら言葉を続ける。
「特に今回は早いと思うよ?担ぎ上げている神輿が不味いからね」
ミネバ・ラオ・ザビ。マーズジオンの代表であり、齢7歳のザビ家最後の生き残り。
「宇宙世紀にもなって血統主義と世襲制とは笑いたい所ですが」
とは言え何百年と民主主義と嘯きながら、親の政治基盤を受け付いだ連中が議員になるのが当たり前の世界だ。連邦だってジオンを時代錯誤と言えた義理じゃない。
「それ程おかしな話でもないよ。それこそとんでもない例外を除けば人間なんざ大体一緒だからね、必要な教育にどれだけリソースを割けたかで優劣が出来ちまう。経済的に余裕があればそれだけ余計な事に時間を取られないし、周辺に経験者が居ればノウハウの継承だって遙かに容易だ。権力者が上に居座り続けられるには相応に理由があって、だからこそその後継者に大衆は同じ期待を掛けるのさ」
それが大昔は血統と混同されていただけだ、彼女はそう言って鼻を鳴らす。
「ま、権力者のなんたるかなんてそっちの方が明るいだろう?ともかくあのお嬢ちゃんが担ぎ上げられるのは必定だった訳だが、同時に特大の厄種でもある」
「ザビ家だからですか」
「そりゃそうさね、サイド3はジオン共和国。そしてザビ家はジオンを騙って戦争を引き起こした呪いの血筋って事になっている。連中は責任から逃れるためにもあの嬢ちゃんが権力の座に就くことは許容出来ないのさ。だがお嬢ちゃんを担いでる方はそうじゃない」
「戦果としては連邦の特殊部隊を退け、政府には交渉で帰還を認めさせた手腕の持ち主。指導者としての資質は寧ろ上だと主張するでしょうね」
問題はそれがどのタイミングで起きるかだ。
「帰還直後は無いだろうね、内ゲバなんざした日にゃこっちに介入してくれと言っている様なもんだ。それを撥ね除けるだけの理由も戦力も整っていない」
「つまりこちらと殴り合えると踏んでから、ですか」
「だから暫くは何も無いだろうね、それが一月か二月か、それとももっと掛かるのかは正直判んないね、情報が足りない」
そこまで言ってシーマ中佐は小さく笑うと肩を竦めた。
「ま、アタシらみたいな辺境基地のロートル部隊が気を揉める話じゃないさね。そっちは地球に帰るんだろう?」
準ペガサス級巡洋艦、アーガマ。他のペガサス級に準じた配色の艦に視線を送りながら中佐はそう聞いてくる。件のアーガマはといえば、グラナダから送られてきた追加物資の搬入中だ。
「連中との交戦記録はシミュレーターに追加しておきます」
「助かるね、まあ見た限り気休めにしかならないだろうが」
第13独立部隊の実力は共同訓練で十分知られている。故にシーマ中佐はマーズジオンの戦闘能力が極めて高い事を察しているのだろう。それが自分達の対処能力を超えていることも。
「気休めにしかなりませんが幾つか解った事もレポートで上げておきます。活用下さい」
「ああ、アンタ達がまた宇宙に上がってくるまで位は保たせてみせるよ」
『つまりアーガマは問題なく大気圏突入が行えるわけだな?中佐』
『はい、尤も実際に行うのは今回が初めてではありますが』
『油断は禁物だがそう緊張する事はない。幸いにしてこの艦隊はペガサス級ばかりだからね』
緊張を含んだ声音で大佐達と会話をしているヘンケン・ベッケナー中佐をモニター越しに見ながら、手元のタブレットでブライト・ノアは更新された情報を確認する。内容は出発ギリギリに追加された積み荷についてだ。
「ベッケナー中佐。艦載機を全てアナハイムの新型に変更するとの事ですが、今後も同様なのでしょうか?」
『ヘンケンで構いませんよノア中佐、その代わりこちらもブライト中佐とお呼びしても?』
「了解しました。それでどうなのでしょう?」
『それにつきましては代わりに私がご説明させて頂きたく思います』
そう口を開いたのは中佐の隣に立っていた大尉だった。上官の前でもサングラスを取らない態度にシナプス大佐が眉間に皺を寄せる。それが見えたのか、大尉は謝罪の言葉を口にする。
『申し訳ありません、生来の虹彩異常でして。ご容赦下さい』
『そうか。大尉、君は?』
『申し遅れました、自分はクワトロ・バジーナ大尉であります。アーガマのMS隊長を拝命しております』
大尉の自己紹介にブライトは目を細めた。渡された資料によれば、彼はMSに乗って直接指揮を執るタイプだ。パイロットとしての経験など訓練生時代のスペースボートくらいだが、レーダー全盛の時代であっても目視は重要な情報源だった。少なくとも普段から何かしらの対策をとらねばならない程の疾病があって就ける職業ではない。だが彼の疑問を置去りにして会話は進む。
『それで艦載機についてだが』
『はい、今回の艦載機は事実上オーガスタ基地への手土産になります』
「手土産?」
『はい、新型には以前よりアナハイム社にて研究を進めていた新素材を採用しております。また開発には旧ジオン系の技術者が多く参加しておりました』
戦後、ジオニック社が身売りをしたことで旧公国系のMS技術は大きく3つに散逸した。即ち連邦、アナハイム、そしてアステロイドベルト及び火星の残党勢力である。そしてこの身売りは良く仕組まれており、連邦とアナハイムはそれぞれ異なる技術を買い取ったのである。そのため戦後の勢力においてジオン公国の保有していたMS技術の全容を理解している者は事実上居なくなっている。
「つまりアナハイムが情報を開示すると?」
『我々軍人にはこちらの方が馴染み深いですが、本来アナハイムは民生品やインフラ事業が主な企業です。折角の稼ぎ時を邪魔されたくはないのでしょう』
確かに現状宇宙移民が推進されている結果、コロニー建設やそこに付帯する各種製品の売上は好調である。そうした企業からすれば、ここで再び戦争が起きるのは確かに歓迎出来ない事柄だろう。
「成る程、であれば機体については?」
『一個小隊分の機体は解析用としてオーガスタへ譲渡するよう指示されております。残りの機体については、申し訳ありませんがそちらで面倒を見て頂けたらと』
元々オーガスタは実験機の開発製造も行っている。図面と実機があればそちらは問題ないだろうとブライトは考えた。
『そうなるともう1小隊分は機体を手配する必要があるか?』
『オーガスタ基地なら幾らか予備機もあるでしょうから、事前に伝えておけば問題は無いでしょう。それで良いかな?大尉』
『はい、問題ありません。ブライト中佐?他に御懸念がおありでしょうか?』
「いや、どうにもペガサス級に新型機という組み合わせには嫌な経験が多くてね。しかもこの機体はガンダムなんだろう?」
見慣れた機体とは似ても似つかないフォルムであるが、資料に載せられたMSは取って付けたようなブレードアンテナとツインアイを持っている。ブライトの言葉にアーガマ組を除く全員が嫌そうに顔を顰めた。皆試作のガンダムには振り回された経験からである。
『ま、まあ今回は基地へ戻るだけだし自軍の領内だ、そう言う事は起きないだろう』
『そう願いたいですな』
精一杯のフォローを入れるローランド大佐に対し、苦々しい表情のままシナプス大佐が続く。その様子を見て困惑するヘンケン中佐を見てブライトは少し懐かしい気持ちになった。
「ペガサス級には良くある悩みと言うヤツです、ヘンケン中佐も追々慣れていくでしょう」
『は、はあ…』
こうして第13独立部隊は新たな厄介事を抱えてオーガスタへと帰還する。尤も本当の厄介事が何であるかを知っているのはただ一人だけであったが。