「よう、大尉。基地には慣れたかい?」
「お陰様で大過なく過ごしています、少佐」
昼食を摂っていたクワトロ・バジーナにそう話し掛けてきたのは数日前に自分の上司となった少佐だった。彼はそのまま手にしていたトレーをクワトロの前に置き席へと座る。
「そいつは良かった。宇宙や月での生活が長いとどうしても筋力が落ちるからな」
疑似重力を発生させているコロニーはまだしも月や各要塞、更に長期の艦隊任務となれば重力下に身を置いておく事そのものが難しい。殆どは運動とサプリメントによって補える範囲だが、常に重力のある環境より負担が少なくなることは避けられず、そうした人間が地球に戻ると不調をきたすこともある。
「クワトロ大尉はサイド5出身だったか、地球へは来た事が?」
「ええ、任務で何度か。…それと自分はサイド2出身です」
「おっとすまん。俺も年かね?どうにも覚えが悪くなっちまっててな」
そう笑いながら食事に手を付けるディック・アレン少佐に、クワトロは喉まで出かかった皮肉をコーヒーと共に飲み込んだ。彼が自分を怪しんでいることは察せられたし、今のがわざとプロフィールと異なることを言ったかまかけだと解っているからだ。
「少佐のご出身はオーストラリアでしたか」
「ああ。と言っても住んでた辺りは一年戦争で滅茶苦茶になっちまってなあ、幸い家族は無事だったから今じゃこっちに住んでるよ」
「無神経な事を言いました、お許し下さい」
「そんじゃお互い様って事だな。…サイド2も酷かっただろう?」
「…ええ」
少佐の言葉にクワトロは曖昧に答えるしかなかった。一年戦争におけるブリティッシュ作戦の標的となったサイド2は確かに甚大な被害と多くの犠牲を出したが、クワトロは被害を与えた側だったからだ。
「飯時にする話じゃないな」
そう少佐が苦笑し、暫し食器の当たる音が響く。体格通り旺盛な食欲を見せた少佐は後から来たというのにクワトロとほぼ同時に食器を空にした。
「君達が持ってきたMS、ガンマ・ガンダムだったか。アレについて幾つか聞いても?」
「私の知りうる範囲であれば」
クワトロの返事に頷くと、マグカップを片手に少佐は口を開いた。
「率直に聞くが、大尉はどの程度あの機体の事を知らされている?」
「どの程度、でありますか?」
質問の意図が理解出来ずそう返すと少佐はマグカップに視線を落としながら言葉を続ける。
「正直に言って、あの機体の設計にはあまり価値が無い。試乗させて貰った感じからして、フレームの完成度はここにある機体の方が上だろう」
それについてはクワトロも同意する所だった。第13独立部隊が主力として運用しているガンダムMkⅡに対し出力や推力では勝るものの、動きの自由度では全く相手になっていなかったからだ。その差は機体の追随性に直結しており、更に言えば操縦負荷に繋がる内容だ。アーガマ隊のパイロット全員がMkⅡに乗り換えただけで最低でも20%近い攻撃回数の増加が見られるのだから、最早その差は歴然と言っていい。
「確かに性能面で劣っている事は間違いありません。そうした技術検証も含んだ供出なのでは?」
「アナハイムがそんなに殊勝な連中なものかよ。ちゃんと利益の為に動いているさ」
「利益、ですか?しかしあの機体に価値は無いと今少佐が仰いましたが?」
「機体そのものにはな。だがあの機体には重要な技術が使われている」
そこまで言われればクワトロも察する。だがそう聞かされても彼は釈然としなかった。他にガンマ・ガンダムで用いられている目新しい技術など、彼等がアクシズから持ち込んだガンダリウムγくらいのものだ。しかしオーガスタでは既にマイクロハニカム技術という更にその上を行く構造材が実用化されているのだ。今更これが重要だと言われても技術畑の人間で無い彼には理解出来なかった。
「いかんな大尉。君もテストパイロットなら機体の性能だけではなくその技術にも関心を持つべきだ。あのガンダリウムγという構造材はな、恐らくマイクロハニカム技術に近しい技術が使われている、それも遙かに簡便な方法でだ」
そんなクワトロを見て意地悪い笑みを浮かべた少佐はそう理由を口にする。
「確かにヤシマ重工はMHS、マイクロハニカム構造材を実用化したが、まだまだ一般利用にはほど遠いと言うのが実情だ。どうにも整形難易度が高いらしくてな、単純な形状の装甲は何とかなるんだが、複雑で精密なフレームとなるとお手上げなんだよ」
その説明にクワトロは奇妙な納得を覚えた。本来構造材の開発とは膨大な経験という下地と地道な検証によって成し得るものだ。それは彼の所属するアクシズでも同様であり、もし仮に彼が保護したNTの中に物体の力学や構造に対して直感が働くなどという出鱈目な存在が居なければ、未だに超硬スチールに頼ったMS開発を行っていた事だろう。
「つまりアナハイムはガンダリウムγそのものではなく、その製造技術を売り込んでいると?」
「笑いが止まらんだろうな。この技術を応用してMHSが量産されれば、アナハイムは物を売らんでも金が入ってくるわけだ。そして間違いなくヤシマはこの技術を使うよ、何せ価格が落とせればMHSは現状を一変させられる構造材だ、市場の独占だって夢じゃない」
そう言って少佐は愉快そうにマグカップを呷ると再び口を開く。
「ウチの技術部も喜んでいたよ、これで色々と解決しそうだとさ。誰だかは知らないが、この技術を発明したヤツは確実に歴史へ名を刻むだろうな」
それが悪名かどうかまでは解らんがね、そう言い残して少佐は席を立つと食堂から出て行ってしまう。残されたクワトロは黙ってその背中を見送るのだった。
「よ、やってる?」
シミュレータールームの一角、入り口にほど近い場所に区画分けされた管制室に入りながらそう声を掛ける。先客の内、端末の前を占拠していたウラキ中尉が苦笑しながら口を開いた。
「飲み屋じゃありませんよ、少佐」
「そいつは失敬。んで、どうだ?やっぱり当たりか?」
俺の質問に対してウラキ中尉はモニターから目を離さずに口を開いた。
「合致率98%、これで別人だとしたら模倣の天才ですね。教導隊辺りで一生食っていけますよ」
事の発端は最初の顔合わせを行った後だった。深刻な表情をしたペッシェ・モンターニュ中尉が俺に相談してきたのだ。
「あの、クワトロ大尉の事なのですが…」
彼はアクシズへと逃亡したシャア・アズナブルかもしれない、証拠は無いと言いつつも彼女は確信した声音でそう告げてきた。彼女は一年戦争末期、あのア・バオア・クー戦にキシリア・ザビ隷下のNT部隊として参加している。その時の指揮官こそシャア・アズナブルであり、短い期間ではあったが行動を共にしていた。
「偶然が重なって、私は逃げ遅れたんです」
サイコミュとの同調が不安定だった彼女は戦力として見なされず、要塞内に待機していたらしい。その内に状況が悪化したため、彼女は上官の指示を仰がずに出撃したのだそうだ。シャアがNT部隊への撤退命令を出したのは彼女が出撃した後だったらしい。結果彼女はア・バオア・クーに取り残される事となり、戦後その能力に目を付けたアナハイムに囲われる事となる。そして83年の一件で彼女を利用しようと暗躍していたオサリバンが失脚、その際にペッシェの身柄を案じたクレナ・ハクセルがエルラン中将と取引を行いオーガスタへ殆ど亡命に近い移籍をしている。関わっていた期間は短いものの同じ部隊に居た、それもNTである彼女の言葉は一笑に付すには少々重すぎた。まあ相談された俺は原作知識というチートで彼の正体が正しくシャアである事を知っているのだが。
「じゃあ、やっぱりあの人はっ」
「仮に本人だとして、どんな理由でここに?スパイだと言うならもっと良い人選がありそうだけど…」
「解らんぞ、なんせ奴は一年戦争の時にジャブローへ真っ赤な改造軍服で潜入したなんて逸話の持ち主だからな。案外本人は本気でばれないと思っているかもしれん」
因みに幾らNTの発言でも物的証拠にはならない。なのでクワトロ大尉の模擬戦における機動データをアーカイブされていたシャア・アズナブルのデータと比較検証したのだ。流石にここまで一緒だと偶然の一致と言い張るのは難しい。
「と言うか、これ隠す気なんて無いんじゃないかな?少佐を含めてここにはシャア・アズナブルと実際に戦った事があるパイロットが山ほど居るんだし」
実際模擬戦の後でアムロやカイなんかは胡乱な目でクワトロ大尉を見ていたからな。因みに当人はウチのかみさんに熱を上げて話し掛け、人妻と知って轟沈していた。とち狂って俺達の養子になりたいとか言い出さんだろうな?
「それにアナハイムからと言っているが流石に軍籍は用意出来ないだろう。となれば連邦軍内で彼に籍を都合した奴が居る、それもそれなりに高い地位の奴だな」
「裏切り者って事ですか!?」
そう声を上げるウラキ中尉に俺は頭を振って否定する。
「いや、寧ろクワトロ大尉がマーズジオンを裏切っているのかもしれない。その方が今の状況を説明しやすいだろう?」
「アクシズまで逃げた人間がですか?」
「それなんですけど、恐らくあの人は自分のために逃げたんじゃないと思うんです」
「どう言う事?」
彼を擁護する発言に眉を寄せながらニナ・パープルトン少尉が問いかける。ぶっちゃけ彼の出自を考えれば地球圏に残るなんてのは厄介事に自ら巻き込まれていくのと同義だからあり得ない訳だが。
「中佐はNTが戦争利用されることを厭うていたみたいでしたし、ジオンのNT研究はお世辞にも人道的とは言い難い状況でしたから。多分ドゥエやアドナー…えっと、部隊に居た子達なんですけど、彼女達を守る為に逃げたんじゃないかと」
「そんなの連邦に降伏すればよかったじゃないか」
「そりゃ難しい話だ、ウラキ。降伏しても軍属なら戦後ジオンに戻される可能性は高いし、何より当時連邦はジオンよりNT研究で後れていたからな。追いつくためにもっと酷い扱いを受けるかもしれないと考えても不思議じゃない」
実際戦場で彼等はサイコミュ兵器を運用していて、連邦側は終戦まで投入出来なかったのだ。現場指揮官程度の権限で知れる情報から行動しようとすれば、ペッシェの言葉通りに動いても全く不思議じゃない。
「それが正しいなら、…例えばマーズジオンがNTにとって不利益な行動を取っていて、それを止めるために連邦へ接触した、とかかしら?」
何とも言えんね。そうかもしれないし、もっと別な理由かもしれない。だが少なくとも彼がマーズジオンの為に動いているという線だけはなさそうだ。
「現状は要注意って所だな。彼等だけにならんようにそれとなく監視を続けよう。上には俺が伝えておく」
アーガマ隊を除く他のメンバーに情報共有する旨を話し、俺はシミュレータールームから出る。するとそこには深刻な顔をしたセイラ・マス少尉が立っていた。
「すみません少佐、クワトロ大尉の事でご相談したいことがあるのですが」
偽名だけじゃなくちゃんと行動も偽装しやがれ有名人!!俺は思わず天井を仰ぎ見ながら内心で彼をそう罵った。
マイクロハニカム技術関連に関しては完全に作者の妄想、オリジナル設定です。
信用すると恥をかきますので注意して下さい。