「ゼータ、良い感じね。これ正式採用されるんじゃない?」
「私はドミンゴより使いやすいかも」
「拡張時の安定性はドミンゴの方が上だろ!裏切り者共め!?」
訓練の為にシミュレータールームに入ると中からそんな声がした。見ればNT研所属の少尉達が集まって模擬戦をしていたらしい。キョウ少尉やリタ少尉の高評価に挟まれたカミーユ少尉は顔がにやけそうになるのを堪えていて、一方でドミンゴに思い入れのあるゲーツ少尉はちょっと拗ねた様子で二人を批難している。尤も本気の言葉では無く友人同士のじゃれ合いの様なものである。
「おいっす、やってるな若人諸君」
「あっ!少佐!」
手を上げながら近付いていくとミシェル少尉がそう声を上げる。そしてその声に釣られる様に全員がこちらへ視線を向けてくると、自然に会話へ加わるように話し掛けてきた。
「少佐も今からシミュレーターですか?」
「聞いて下さいよ少佐、皆ゼータに乗り換えるって言うんですよ?ドミンゴへの愛はどうした、ドミンゴへの愛はっ」
「これだけ本格的にデータ取っているって事は、やっぱりゼータ造るんでしょうか?」
「僕としてはゼータは繊細だからドミンゴの方が好きだなぁ」
「因みに少佐はどっち派ですか?」
そんな感想を言い合う中で悪戯を思いついた表情でミシェル少尉がそう尋ねてくる。ほほう、権力者を取り込もうという魂胆かな?だがまだ甘いんだなぁ、これが。
「MSとしてならドミンゴ、戦闘機ならゼータだな」
「あれ?逆じゃなくてですか?」
俺の玉虫色な解答にロザミア少尉が首を傾げる。まあ彼女の疑問は尤もかもしれない、ドミンゴは戦闘機をベースに開発された機体で、ゼータはMSをベースに設計されているから俺の答えは真逆に感じたのだろう。
「俺はお前さん達みたいな反射神経は持ってないからな、近接戦闘も想定しなきゃならんMSは損傷時に挙動が少しでも安定している方が良いし、逆に装甲で受ける事を想定出来ない戦闘機では運動性がある方がいい。総合的に見れば両方甲乙付けがたいと思うぞ」
「機体性能で甲乙付けがたいならゼータの方が凄いですよね?だってコストは半分だって聞きましたよ?」
あー、それもなぁ。
「そいつはゼータがカタログスペックに現れにくいところを徹底的に削ってるからだよ」
例えばドミンゴでは標準的に搭載されている長距離センサーやそのデータを処理するセンシングデバイスをゼータではオプション化している。だからドミンゴなら何の準備も無しにマルチロールをこなせるが、ゼータはオプションを用意しておかなければ戦闘能力の高い可変型MSでしかないのだ。そしてゼータは変形を前提としているから他の機体とオプション装備の互換性が低く、機体とは別途にそれらを用意することになる。結果ドミンゴと同じ任務をこなそうとするならば機体の調達価格はあまり大差ないものになるだろう。
「展開能力と戦闘能力は十分だからな。ウチみたいな少数精鋭って訳じゃない部隊にはゼータの方が合っているかもしれんな」
足りない部分を他の部隊と分業する事が前提の一般部隊なら多能性よりも配備出来る数が重要だからな。
「慎重な意見ですね、私もてっきり少佐はゼータ派だと思っていましたが」
そんな事を言いながらシミュレーターから降りてきたのはクワトロ・バジーナ大尉だった。まあ俺もデザインは好きだよ、ゼータ。
「そいつは買い被りってヤツだよ大尉。俺はお前さん達みたいな本物とは違う」
どこぞの木星帰りには酷評されたり今一つネームドとの戦績が振るわない印象のある彼であるが、MSの技量は間違いなく宇宙世紀でも十指に入るだろう事は間違いない。そもそも彼が本当に弱ければ1年戦争でとっくに死んでいただろうし、NTや強化人間が本格的に投入されたグリプス戦役をあんな機体で乗り切れる訳がない。寧ろ三つ巴とは言え自信満々に専用機まで持ち出しておいて取り逃がすあっちの方が割とパイロットとしては残念だろう。
「…伝説と言って良いガンダムのパイロットとは思えない台詞ですね?」
そらそうよ。
「伝説の大部分はアムロ中尉とララァ大尉で、俺はその尻に只乗りした味噌っかすだからな。同列と嘯けるほど恥知らずじゃないよ。ああ、それと一つ良いことを教えておこう」
そう言って俺はカミーユに向き直ると笑いながら彼に告げる。
「おめでとうカミーユ、ゼータの試作が決定した」
俺がそう告げると彼は驚きの表情のまま固まってしまう。そんな彼を再起動させたのはゲーツ少尉だった。
「マジかよ!やったなカミーユ!」
ドミンゴへの愛着を見せていたゲーツ少尉だったが、それはそれとして友人の成功は素直に嬉しいらしい。周囲にいた皆も口々にカミーユへ称賛を送る。
「残念ながらガンダムフェイスは使えないし、ゼータって名前もナシだがな。代わりにはならんかもしらんが俺がペットネームを付けさせて貰った」
本当はアムロ中尉やテム少佐、それかフランクリン中尉辺りが付けた方がカミーユが喜ぶだろうと提案したんだが全員が辞退したものだから俺にお鉢が回ってきた。俺の場合だとコイツにはあの名前しか思い浮かばないんだがなぁ。
「少佐が?」
「ほう、なんと?」
「百式」
「ヒャクシキ?」
「東洋の言葉かしら?あっちに居たときに聞いた気がするわ」
興味深げに聞いてくる皆の前で名前を披露すると、聞き慣れない言葉だったせいかリタ少尉が復唱し、キョウ少尉がそう推察する。そういやキョウ少尉は以前日本や香港に居た時期があったな。
「鋭いな、ヒャクってのは東洋の言葉で100って意味だ。100年先まで語り継がれる機体になれと思ってな」
「100年…」
「随分と壮大な名前ですね」
理由を語ればカミーユが感嘆混じりに、そしてクワトロ大尉は何処か楽しげにそう口にする。医学が発展して人間がそれ以上生きるのも珍しくなくなっては来ているが、それでも人類にとって100年はまだまだ長い時間だ。今からと数えればこの場に居る人間でも何人がその場に居合わせる事が出来るだろうか。
「夢や野望ってのは大きく持つもんだよ。なんなら百万式にしておくか?」
「それは流石に遠慮します。…今回の所はですけれど」
俺の軽口にカミーユが不敵な笑いと共にそう返事をする。おうおう良いね、正に少年よ大志を抱けってやつだな。
「さて、それで実機を造るにあたってテストパイロットを選出する必要があるんだが、誰か指名はあるか、カミーユ?」
そう聞くとカミーユは真剣な表情で口元に手を当てる。言っては何だがオーガスタは腕利きが揃っているし、テストパイロット上がりも多い。正に選り取り見取りな訳であるが、
「指名しても良いなら、僕はクワトロ大尉にお願いしたいです」
「へえ?」
大尉を見つめながらそうはっきりと言うカミーユ。驚いた表情の大尉に思わず口元が緩むのを自覚しながらカミーユへ視線を戻すと、彼はこちらを見てはっきりと告げてきた。
「大尉はこの基地の誰よりもゼータに長く乗っています。実機になれば想定外のトラブルもあるでしょう。大尉なら安心してお任せできると思います。あっ、勿論クワトロ大尉が良ければですけれど!?」
「だとさ、大尉。どうする?」
「…私に任せるのですか?」
「ああ、だって君は連邦軍人で我が隊の一員だろう?任せても何ら不思議じゃないと思うがね。勿論受けるかは大尉次第だけどな」
含みのある物言いにそう言い返せば、何処か憑物の落ちたような顔でクワトロ大尉が笑う。まあそうだよな、今のは彼がシャア・アズナブルだと理解した上で発言していると解る返事だ。彼にしてみればあれで結構緊張していたのかもしれない。
「そこまで言われては断れません。カミーユ、私で良ければ喜んでテストパイロットをやらせて貰おう」
微笑みながらクワトロ大尉はカミーユ少尉に向けてそう了承の言葉を口にする。うんうん、やはりこういうのはちゃんと本人から言わせなきゃだよな。
「決まりだな。いやあ、無駄にならなくて良かったぜ」
「え?」
ポケットから端末を取り出して一枚の電子データを呼び出す。そこには百式のテストパイロットとして既に申請されている書類だった。
「部隊の総意としても百式は大尉に任せたいと思っていてな。でもまあこういうのは本人の意思が大切だろう?」
呆気を取られた表情の大尉にそう笑いながら告げる。すると彼は困惑した表情になり言い返してくる。
「…私が断っていたらどうするつもりだったのですか」
「あー、それは考えてなかった。なんとなくだが、大尉なら断らないと思っていたんでな」
俺はそう言って笑うと、ポケットからテストパイロット用の記章を取り出しクワトロ大尉に手渡す。
「それは少佐の予言ですか?」
「まさか」
受け取りながらそう聞いてくる彼に俺は答える。
「ちょっとした人間観察からの推測だよ。あれに乗っている時の大尉は楽しそうだったからな」