「政府はまだ動かないんですか?」
「アレン少佐、いい加減君も学習すべきだな。連中は動かんよ、その横面を殴られるまでね」
今では珍しい紙の書籍に視線を落としながらエルラン中将は気にした様子も無くそう言い放った。
「一応昔の伝手には警告したがね、何しろこの7年間共和国は実に従順に振る舞ってきた。殆どの議員は前大戦を過去のことだと認識しているだろうね」
「…UGで強制監査は出来ませんかね?」
「難しいね。他のサイドならともかく、サイド3は政府が自治権を認めている。独断で動いて証拠を掴めなければ政府はここぞと突いてくるぞ。何せ我々は大変な金食い虫だからな」
デラーズ紛争以降大規模な事件は起きていないが、それが却って俺達UGの存在に対する疑義へと発展している。まあ即応可能な特殊部隊に専用装備なんて用意していれば当然金が掛かるからな。通常の部隊で十分対応出来るとか、そもそも地球連邦軍自体の規模を縮小しろなんて意見まで出る始末だ。そしてUGは精鋭部隊を名乗るには少し規模が大きくなり過ぎている。それは人員の質にも現れていた。
「そして独断で動いても証拠は隠される、ですか?」
「良く解っているじゃないか、軍よりも政府に忠誠が向いている兵士だって少なくない。特に若くて正義感に溢れた人材なら尚更だ」
本来の世界におけるティターンズの様な現場の暴走を抑制するには有効だったが、その為にUGの人員は些か真面目な連中が集まりすぎたきらいがある。真面目で職務に忠実な彼等はUGが独断で動いたならシビリアンコントロールを逸脱した行為として政府に報告するだろう。その為に自分がUGへ送り込まれているなど露程も思わずに。
「一度失敗してしまえばお終いだ、二度と監査の許可は下りんだろう。だから政府にも気付かれずにやる必要がある訳だな」
そう言うとエルラン中将は手にしていた書籍をこちらへ差し出してくる。
「以前から提出されていた試作機な、全て試作許可が下りた。運用試験については第13独立部隊に一任するそうだ。当然、宇宙での試験も君達に担当してもらう事になる」
へえ?
「当然試験宙域の選定も君達に任せる。よく考えて決めてくれたまえよ」
「それはワイアット大将直々のご指名ですか?」
「そう考えてくれて構わない。正式な命令はまだだが、先行して準備くらいはしておいてくれたまえ」
「一応確認しておきたいんですが、本当に許可が下りたのは提出している開発プラン全てですか?」
色々と思いついた端から技術部に提案した結果、提出されているだけでも20以上ある筈なんだが。
「間違いない、全て開発許可が下りている」
「開発の優先順位は?」
「そちらも現場判断に任せるそうだ。理解のある上司に恵まれて幸せだろう?」
中将の言葉に俺は肩を竦めて見せる。彼等が言外に指示している内容を正確に判断したからだ。宇宙で俺達を好きにさせる、つまりそれは試験を隠れ蓑にサイド3の調査を行えと言う意味だ。当然これは非正規の任務になる。
「首を飛ばすのは佐官以上にして下さいよ?」
「確約出来んな、君達は有名過ぎる。だからそうならんよう上手くやりたまえ」
ひでえ上司だ。俺は受け取った書籍から栞だけ抜き取ると部屋から出る。そして暫くも歩かない内に端末へ呼び出しが掛かった、画面を見れば発信者はローランド大佐だ。
「さて、どうするかね?」
どのタイミングで何を用意しておくべきか?そんな事を脳内で整理しつつ俺は会議室へと向かうのだった。
「アレン少佐って、一体何者なんですかね?」
「一年戦争の英雄だろう?あのガンダムのパイロット、有名な話だ」
アポリー中尉の言葉にロベルト少尉がそう答える。それに対してアポリー中尉は眉を顰めながら反論する。
「そんな事は知っているさ。俺が言いたいのはそうじゃない、あのブリーフィングを見ただろう?」
「確かにパイロットにしては技術方面に明るいようだが、それだって元テストパイロットである事を考えればそこまでおかしな話じゃ無いと思うが」
「アポリーが言いたいのは周囲の反応を含めた事だろう」
コーヒーを飲みながらクワトロはそう口を挟む。先日行われたマーズジオン製MSに関する報告会で披露されたアレン少佐の推測は常識的な人間ならば眉を顰めるものであり、幾ら優秀な技術者の推論であったとしてもにわかには受け入れ難い内容であった。だと言うのに部隊の人間はそれに動揺は見せても疑う様子は無く、寧ろ積極的に具体的な内容を聞き出す始末だ。最終的にその悪い冗談の様な発言は報告書として纏められ部隊の責任者である中将へ渡されている。一般的な感性からすれば異常と言う他ない状況だ。
「アレン少佐はNTでもないんでしょう?なのにあの受け入れられ方は異常に思えます」
「その言葉は適当ではないな、アポリー中尉。少佐は現在我々がNTと呼称している能力を有していないに過ぎない」
「…それはNTでは無いのでは?」
ロベルト少尉の言葉にクワトロは頭を振って否定する。
「そうとも言い切れん。…アルレットの様なタイプのNTが居る以上、サイコミュに適応しているかどうかだけで判別出来るものではないと私は思う」
「ですが本人も否定しているんでしょう?」
そう聞いてくるアポリー中尉にクワトロは笑いながら口を開いた。
「自分の事を正確に判断出来ている人間などそうは居らんさ。現にここのパイロット達は大半が自分を凡庸な人間だと自認しているぞ?」
少佐などその筆頭だとクワトロは続ける。実際には上澄みも上澄み、彼等が勝てないのならそれは正しく相手が当代最強であるだけだ。
「大尉は少佐がNTだとお考えですか?」
「どうだろうか?本人の言う通りあれはNTの様な超常的な力では無いようにも思えるし、かといって彼の今までを考えれば何の力も持たない者が選び取れた結果とも思えない」
戦果は誇張されているらしいが、それでも彼があのMS部隊を率いて一年戦争を戦い抜き、そしてあのデラーズによるコロニー落としを防いでみせたのだ。それが偶然や奇跡だと言うよりは少佐が特別な何かを持っていたと言う方が納得出来るとクワトロは考える。
「そして私は少佐の言葉を否定しきれるだけの確証が無い」
かつては同じジオンの旗の下にあったとしても、クワトロはマーズジオンを同胞と呼ぶことに抵抗を覚えていた。それは主義主張の食い違いと言うだけでなく、もっと根底にある部分で相容れないからである。
「…奴らなら、連邦に勝てるならその位はやりかねん」
人的資源。総力戦においては人間も資源の一つであり、そのリソースは管理されるものである。しかし火星へと流れた者達は、それを文字通り人間を資源として運用する事で勝てるなら躊躇無く実行するであろう人種ばかりだった。大戦末期、量産されたNTのクローン兵を率いていた故に、クワトロは少佐の語った内容が現実味を帯びていることを強く感じている。
「そう言う意味では少佐が何者であるかなど些細な事だ。彼が善良である事は見ていれば解るし、何よりも味方なのだ。今はそれよりもこの事をどう伝えるか――」
「あ、ここでしたか大尉!」
少し声を潜めてクワトロがそう口にした矢先、入り口から顔を出したカミーユ・ビダン少尉がそう声をかけてくる。
「っ!どうしたカミーユ?」
「百式の件です。要望頂いた内容を反映したデータが出来たので、お時間があればテストをお願いしたいのですが」
「おいおい、大丈夫なのかよカミーユ?あんな変更したらじゃじゃ馬どころか暴れ馬になっちまうんじゃないか?」
「大尉の腕なら平気かもしれんが、百式は量産機なんだろう?普通のパイロットに使えなきゃ意味がないぞ?」
カミーユの言葉にアポリー中尉とロベルト少尉が口々にそう問いかける。彼等はクワトロと小隊を組む関係上、必然的に百式に搭乗する事が決まっているからだ。
「あくまでエース向けのカスタムプランになりますから、難しいなら通常の百式を使って貰えばと」
「カスタムって、そこはドミンゴと混成になるんじゃないのか?」
「ドミンゴの方は特殊部隊向けに調整するみたいです。それで一般部隊のエース向けなら部品の共有率が高い百式をカスタムした方が幾らかましじゃないかって話になってまして」
「あっちも更に盛るのかよ」
呆れるアポリー中尉に対し、カミーユ少尉が苦笑しながら言葉を続ける。
「大尉達のおかげで向こうの開発チームも刺激されたみたいで。ゲーツも張り切っていましたよ」
「ゲーツ少尉には加減を覚えろと言っておいてくれよ、前回の模擬戦でウチの第2小隊が危うく再起不能になるところだったぞ?」
「手加減していたら訓練にならないんじゃありませんか?ララァ大尉やアムロ中尉はゲーツよりずっと強いですよ?」
ロベルト少尉がそう苦情を口にするが、カミーユ少尉は首を傾げてそう言い返す。
「一本取られたなロベルト。カミーユの言う通り戦場で手加減など望めんのだ、寧ろ訓練で強敵に当たれることの方が幸運だろう」
「それにしても限度がありますよ。ガンマ・ガンダムじゃあ、ドミンゴの相手は荷が重すぎます」
「そっちも何とかなるかもしれませんよ?とう…ビダン中尉が技術検証用にガンマ・ガンダムをここで複製するらしいので、もしかしたら改良も頼めるかもしれません」
「そりゃ本当か!?」
「待て、これ以上話すならシミュレーター室に移動した方がいい」
クワトロがそう提案すると全員が席を立ちシミュレーター室へ向かい始める。宇宙世紀0087年3月、オーガスタ基地では静かに戦いの準備が始まっていた。