「では今回の作戦を説明する。とは言え大半の面子は大した事はしないがな」
俺は正面のモニターを操作しながら口を開いた。
「現在我々はゼダンの門、旧称ア・バオア・クーに駐留している。明日0800標準時にここを出発し、新型機の空間試験を実施する。予定ポイントはここだ」
そう言って俺はポインターで位置を示す。
「サイド3と月の中間地点、通称ゼブラゾーンと呼ばれている暗礁地帯だ」
ゼブラゾーン、宇宙移民黎明期のコロニー開発にて発生した資源衛星の残骸を放棄した結果生まれた人工の暗礁宙域だ。更に一年戦争にて発生したコロニーや兵器の残骸が漂着したことでかなり規模も大きくなっているのだが、商用航路に影響が無い事から掃海が後回しにされている場所でもある。
「表向きの理由はコロニー近傍での戦闘に近い環境下での性能評価、裏の理由は新型機をサイド3の至近で運用する事による示威行為となる。…まあ両方とも真っ赤な嘘なんだがな」
俺は笑いながら言葉を続ける。
「新型機の性能評価試験を行う事で連中の目を引き付けている間に少数の偵察部隊をもってサイド3への強行偵察を行う。理想は連中が製造しているであろう新型MSの奪取、あるいは最低でもその存在を証明するデータだ」
「例の生体コンピューターではなく?」
「盗んでくるにはそっちの方が嵩張らないが、恐らくMSよりも遙かに厳重に守られているだろう。はっきり言って我々は潜入だ破壊工作だなんてのは素人だからな、あまり高い目標を設定しても失敗するだけだ」
クワトロ大尉の質問にそう返事をする。些か不満気なのは彼の出自を考えれば仕方ないだろう。
「証拠さえ押さえてしまえば大手を振って強制捜査が出来る。そうなればそっちも見つけられるか、最悪でも秘匿の為に量産は難しくなる。今は堪える時だ」
一度小さく息を吐くと、俺は再び口を開く。
「潜入はクワトロ大尉のアーガマ第1小隊に担当して貰う。それからグレイファントムの第1小隊はこれのバックアップだ。残りは全員ゼブラゾーンで演習になる」
「なかなか厳しい内容ですな。質問でありますが、目標となるMSを奪取する際、こちらの機体の放棄は認められるのでありますか?」
「重大な損傷による緊急時を除き認められない」
俺の回答に質問してきたロベルト少尉が露骨に顔を顰めた。そんなに難しい事を言ってるつもりはないんだがな?
「確かに護衛は神経を使うだろうが奪取した機体は完全で無くても構わないし、そもそも交戦は極力避ける方針だ。それでも難しいというなら人選を見直す必要があるが」
「護衛?輸送ではなく?」
ああ、そうか言ってなかったか。
「サイド3への潜入には俺も同行する。機体の奪取担当は俺だ」
「「はぁ!?」」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ少佐!?」
「提出されたマーズジオンの機体に乗ってたのってまさかこの為!?」
「おい大変だぞウォルター、ウチの隊長はかなり頭がアレだ」
散々な言われようであるがこれが適当だと俺は思う。実際にはもっと向いている金髪が居るのだが、潜入部隊における最大戦力の彼を戦力に数えられなくなるのはリスクが大き過ぎる。かといって最悪追撃を本隊合流までに振り切れない場合を考えるなら人選はかなり絞られてしまう。多分俺以外となるとセイラ少尉かウラキ中尉、後はジェリド少尉辺りだろう。だが彼等は指揮官として判断を下せないし、何よりクワトロ大尉へ指示を出す事が出来ない。そうなるとどうにも俺が一番の適任と言う事になるのだ。
「移動はクワトロ大尉の百式に同乗させて貰うことになる。悪いが頼むぞ」
「本気ですか?」
「本気だよ。幸いと言うべきか彼等の操縦システムは旧ジオンのものを踏襲しているから、余程特殊な認証システムでも設けられていないかぎりは対処出来る」
コックピットの無い完全無人機だとか、どこぞのサイコなザクみたいなのだとお手上げだが。反論が出なかったことを確認し、更に説明を続ける。
「潜入先はバーグコロニーになる」
「バーグですか?リーズゴルではなく?」
リーズゴルはジオン共和国が独自に保有を許可されている唯一のMS生産工場を持つコロニーだ。それだけでなく艦艇の整備や部品製造と軍の製造関連設備が集約されている共和国軍の生命線と言える場所であり、普通に考えれば大本命となるコロニーである。対してバーグはコロニー関連の部品製造や修理用の施設を揃えたコロニーである。こちらもサイド3の財源としては重要ではあるものの、今回の任務からは外れている様に思えるだろう。けれどだからこそだ。
「大事なものをしまうなら金庫の中がいい。簡単には取られないし、泥棒が金庫に近付いたら騒ぎが起きるからな。だがそれは大事なものがここにあると教えているのと同義だ」
連中が新型機の開発は既に我々に露見していると考えているならそちらになるだろう。だが連邦軍はまだそうした行動を見せていない。ならば連中はまだ隠している筈だ。
「アポリー中尉、連中はまだ我々が新型機の存在を知らないと考えている。当然だな、何せ新型機があるという根拠は俺の推測であって何一つ証拠は無いんだ。あちらにしてみればばれていないと考えるのが普通だ。…となれば、如何にも厳重な金庫よりも見落とされやすい場所に隠しておこうと言うのが人の心理だと思わないか?」
どちらのコロニーも毎年行われている定期監査の対象であるが、その内容は同じとは言い難い。特にリーズゴルコロニーは軍事施設として連邦軍の技術士官も監査に参加している上厳しくチェックされている。更に普段から情報部が搬入される物品についても種類どころかそれこそグラム単位で情報収集しているのだ。たかが1機でも数十トンになるMSの資材を誤魔化すのは難しい。だがバーグは違う。
「バーグも勿論監視されているが、リーズゴル程しっかりとは見られていないし、何より大量のデブリが持ち込まれる場所でもある。その全てを詳細に確認することは事実上不可能だ。そしてデブリには一年戦争の残骸も多く含まれている」
そこで一度俺は小さく溜息を吐き、それから最大の懸念点を口に出す。
「そして厄介なのが、ここにもCADCAMシステムがあるだろう事だ」
一年戦争当時、ジオンが莫大な量の現地改修機や派生機を生み出す事が出来た根幹を支えていたのがこの装置だ。生産能力自体は決して高くないが、こいつさえあれば何処でもMSが製造出来てしまうというなかなかにイカれた装置である。
「信じられん事だがコロニーの部品製造用としてあそこには幾つか保有が許可されていた筈だ。製造現場と言う事もあって技術者の出入りについてもそこまで厳しく見られていない。どうだ?こっそりと1~2機のMSを造るには最適だと思わないか?」
俺がそう笑いながら告げると、アポリー中尉は顔を引きつらせたのだった。
「フゥン?地球組の演習に付き合えと」
「うむ、例の借り物の具合も確かめておきたい」
横柄な態度で立っている部下に若干の苛立ちを覚えながら、ジャマイカン・ダニンガン少佐はそう答えた。
「ほほう、上はあれを本気で使うつもりだと」
そう言って部下のヤザン・ゲーブル大尉が獰猛な笑みを浮かべる。どうやらこの男は戦争が始まるかもしれないのが嬉しくて仕方がないらしい。その感情に一切共感出来ないジャマイカンはこめかみを指で押さえつつ言葉を続ける。
「第13独立部隊が行動すれば間違いなく戦闘になるだろう。大尉の望むような大戦争になるかは別だがね」
小競り合いだけで終わらせて欲しいと言うのがジャマイカンの本音だ。彼がUGに所属しているのは連邦軍の正義を示したい訳ではないし、宇宙人共を弾圧したいからでもない。軍の中で最も出世に近いと考えた故の参加であり、更に言えばUGという立場による恩恵に与る為である。後者についてはそれ程大々的に出来ないのが少しばかり不満ではあるのだが。
「まあ宜しいでしょう。ひよっこの面倒を見るのも慣れております」
ヤザン・ゲーブル大尉は一年戦争以前から軍に所属しているたたき上げの軍人である。態度は粗暴であるし、その思考は控え目に言っても戦闘狂であるが部下の面倒見は良く新兵の扱いにも慣れている。カタログスペックだけは良い機体とそれを預けられた新兵を押しつけるには最適の人選と言えた。
「アレキサンドリアを空けておいたから移動にはあれを使え、護衛にボスニアとブルネイを付ける、もめ事はおこさんでくれよ?」
「善処します」
敬礼もそこそこに声を弾ませて部屋から出て行く大尉の背中に、ジャマイカンは大きな溜息を吐いた。
「全く、どいつもこいつも戦争好きばかりで困る」
ジャマイカンは一方的な暴力ならば彼自身躊躇無く振るうが、殴り返されるリスクを犯してまで殴りたいと考える人間ではない。そんな彼にしてみれば上官から受けた今回の命令は極めて不本意なものであるが、命令は命令である。態々出世街道を閉ざしてまで諫言する気など毛頭無いし、それによってどれだけ死人が出ようとその中に自分が含まれなければ彼にはどうでも良い事なのである。
「出来るだけ手早く済ませて欲しいものだな」
そう呟き彼は書類仕事に戻るのだった。