リニアシートと全天周囲モニターの普及は地味に面白い副次効果を生み出した。それがMSに搭乗出来る人間の増加である。
「RXシリーズはもう最悪だったな。コアファイターは詰め込んだ設計だったから兎に角狭かったんだよ。俺みたいに体がデカイと窮屈で仕方なかった」
「……」
「まあこの仕様も不満がそれなりに出ているらしいがな。機材に囲まれていないし見えるのは一面宇宙だろう?だからベテランの中には宇宙に放り出されているみたいで落ち着かん奴もいるんだとさ」
「……」
「まあそんな奴も段々減っていくんだろうな。知ってるか?今連邦軍内だと地球の3軍を統合して地上軍と宇宙軍にしちまおうって話が出ているんだと。まあ実際活動範囲や規模からして連邦軍の半分以上は宇宙軍が担当しているからな。装備もMSが主流になってってるし――」
「少佐」
好き勝手に語っていると漸く相手から反応がある。完全にこちらを持て余した表情で溜息を吐くクワトロ大尉に俺はニカリと笑ってみせる。
「おっと済まん。コックピットに居ても只乗っているなんてのは中々無い体験でなぁ、手持ち無沙汰でつい喋っちまった」
「少佐でも緊張されるのですね」
そうニヒルに笑い返してくるクワトロ大尉に今度は俺が溜息で応じた。
「そら緊張の一つもするだろ。そもそも俺は小心者なんだ」
「その割には随分と大胆な策を立案される」
「つまりその程度の計画能力しかないってこったな。そもそも俺は元テストパイロットだぞ?部隊指揮だのなんだのなんて専門外なんだよ、階級が高くなるとそんな仕事ばかり増えて敵わん。中佐もそう思うだろ?」
俺の言葉にクワトロ大尉の表情が強ばる。まあそうだよな、今まで面と向かって彼がシャア・アズナブルであるとは指摘してこなかったからな。
「私は大尉ですよ、少佐」
「ジオンのエースは連邦に潜入するときに大尉じゃないといけないのか?確かアナベル・ガトーも大尉の服だった」
意地の悪い笑みを浮かべながら俺はそう返す。彼の両手はまだコントロールスティックを握ったままだからだ。
「このまま見過ごされ続けると思っていましたが」
「あれでオーガスタはセキュリティが厳しくてな、改竄に掛かる手間がMS1機の通話ログなんかとは段違いだし、何より俺自身でも何処でどれだけ記録されてるかなんて把握していないんだ。アンタの正体を特定したとして、本人に自白させるには少々基地内はリスクが高すぎた」
「成る程、しかしこの密室でと言うのも些か不用心に思えるが?私がマーズジオン側の人間なら貴方の命はここで潰えるとは考えなかったのかな?」
「あー、その心配は一切無かったな」
目を見開くクワトロ大尉。いや、だってさ、
「クワトロ大尉はまだ人類に愛想を尽かしちゃいないだろう?ならどっちの味方になるかなんて明白だ」
宇宙移民を推進している連邦政府の姿勢は現状彼の望む方向と一致している。無論完全に地球から人類が退去しきる事は難しいだろうが、少なくとも一般市民の生活基盤が宇宙へ移るのはそれ程遠い未来ではないだろう。そうなれば各サイドの権限も必然的に強くなるし、その時に地球連邦軍が正常に機能している必要がある事も彼は理解出来ているだろう。
「少佐は本当に彼等がコロニーを落とすと?」
「ああ、地球に住む人間が宇宙での生活を知らない様に、宇宙に住む人間も地球のことをこれっぽっちも解っちゃいないからな」
コロニー落としが起こした環境破壊は人類史上最も大きな爪痕の一つだ。なにせあれのおかげで地球の地軸が僅かではあるが変わってしまったのである。だがその事についてどれだけのスペースノイドが関心を持っているだろう?アースノイドがコロニーでの生活に興味が無いように、スペースノイドも地球環境などには意識を払っていない。だがそれは当然のことだ、大抵の人々は日々を生きる事に精一杯であり、遠い場所の事になど意識を割いている余裕などないのだから。
「圧倒的多数のジオンにとって、コロニー落としは連邦に対する強力な攻撃という以上の意味を持っていない。だから彼等は次があれば当たり前にまたやるさ」
「…人類がそこまで愚かだと、私は思いたくない」
「そう信じられるのは良いことだ。実際人類全てがそうじゃない、だから今俺達がここにいる。そうだろ?」
戦争なんて起きて良いと誰もが思っているのなら、この作戦は実現なんてしていない。勿論そこには既得権益だとか、支配者側の論理と言った清廉とはほど遠い都合があるだろう。それでも戦争をするよりは余程ましだと俺は思うのだ。
「それにしてもこの任務は無茶が過ぎると思いますが?」
口調をクワトロへと戻し、彼がそう笑ってみせる。だから俺も笑い返しつつ口を開いた。
「そんな事は無いな。何せクワトロ大尉が味方なんだ、だから成功すると俺は確信しているよ」
その返事にクワトロ大尉は一度大きく目を開き、そして声を上げて笑ったのだった。
「相変わらずなんて動きだよ!?」
ビームの弾幕を華麗に避けるMkⅣ改に対し、ジェリド・メサ少尉は思わずそう叫んだ。
『視覚に頼りすぎだぞジェリド少尉!宇宙では感覚をシャープにするんだ!』
『無茶を仰る』
アドバイスとは思えないアドバイスに僚機のカクリコン少尉がそう漏らす。その間も彼等の乗るMSは健気に弾幕を張り続けるが、MkⅣ改の接近を防ぐことは出来なかった。
『一つ!』
そんな言葉と共に振るわれたビームサーベルがカクリコン少尉の乗るMSに直撃、撃破判定を受けた彼の機体はその場で動きを止める。
「この!」
素早くセレクターを切り替えジェリドはビームサーベルを発振し応戦しようとするが、その瞬間機体を衝撃が襲う。モニターをチェックすればバックパックへの被弾、そして推進剤に誘爆したと判定されたそれはジェリドに今日3度目の撃墜判定を齎した。
『だから感覚をシャープにしろと言った。戦闘中は後ろにも目をつけるんだ』
「装甲越しの殺気を感じろって、簡単に言ってくれるぜ」
ヘルメットのバイザーを上げつつジェリドはそう零す。カクリコン少尉が口にしたように、隊のエースからの助言はあまりにも無茶苦茶であるように思えたからだ。
『聞こえているぞ、ジェリド少尉。君は少し自分を低く見過ぎている、少佐は出来ない事をやれとは言わない。そして少佐は僕に君を任せた、つまり君ならこの位は出来ると言う事だ』
「期待されてるってのは有り難い事なんですがね、俺はカミーユ達とは違いますよ」
NTと評される彼等とも多くの模擬戦を経験しているジェリドにしてみれば、最早彼等の存在はインチキに近いとすら思えた。操縦技能は素人に毛が生えた程度でありながら驚異的な先読みで攻撃を避け、そして当ててくる。ここに歴戦の操縦技術が加われば最早手に負えず、そんなパイロットが最新鋭の機体を駆れば結果は火を見るよりも明らかだ。だがどうやらそんな偉大な上官は、どうやら自分も同類だと見なしているらしい。
『そうかな?僕には十分素質があるように思える。おっと、次の相手が来たか』
その言葉に視線を向ければ、白とコバルトブルーというUG専用塗装を施されたジムⅡが小隊で向かってきていた。
「アレキサンドリアの隊か」
『連邦最強と戦えるとは俺もツイてるな!』
興奮に弾んだ声が通信に入り込み、モニターにも相手の顔が映し出される。
『よろしく頼みます、ヤザン・ゲーブル大尉』
『はっはっは!そこらのひよっこよりは楽しませてやるよ!』
その言葉にジェリドは顔を歪ませるが、通信越しにそれを見ていたヤザン大尉が笑顔を消したかと思うと、真面目な声音で告げてくる。
『そっちの少尉達もよく見ておけ、オールドタイプにはオールドタイプなりの戦い方がある』
自分へと向けられた言葉にジェリドは目を見開いて驚いた。
「ただのバトルジャンキーって訳じゃないか」
そう呟きながらジェリドは機体を母艦へと戻しつつ、内心で自らを恥じた。アムロ中尉を前にして、自分は内心勝てる訳が無いと何処か諦めて居たように思えたからだ。そしてそれが戦場でどんな意味を持つのかをヤザン大尉に指摘された様にも感じた。
「やってやる、俺だってUGなんだ」
言いながら彼は視線を模擬戦の現場へと向ける。既に開始されているそこでは、4機のMSが激しく交差しながら戦っていた。
「先ずはしっかり勉強させて貰うぜ、先輩方」
オートパイロットが着艦シークエンスに移る警告を発するまで、彼はその戦闘を食い入るように見続けたのだった。