「どうですか中尉、MkⅣ改の乗り心地は?」
「反応は悪くないけれどごちゃごちゃとものを付けすぎじゃないか?そのせいで神経質な感じがする」
不満げなアムロの言葉に機付の整備員は機体を見上げながら苦笑した。
「MkⅣのコンセプトをそのまま量産のために小型化したって触れ込みの機体ですからね」
「つまり最初から無茶な仕様って事じゃないか」
拠点防衛という性質上、単独で艦隊規模の戦力と交戦する事を想定しているガンダムMkⅣは規格外の巨体に多数の武装を施したMSである。当然ながら操作難易度は跳ね上がる事となり、対策として複数名での運用という方法で強引に解決しているのだ。武装の数を幾らか減らしてはいるようだが、パイロットも一人にしてしまえば意味が無いようにアムロには思えた。
「あくまでこの機体はMkⅤのテストベッドですもの。どうでした、インコムの調子は?」
言いながら近付いて来たのはナナイ・ミゲル中尉だった。NT研究所に所属する彼女はサイコミュ兵器の普及を研究している技術士官であり、彼女の口にしたインコムが最初の成果物になる。
「ビットに比べるとやはり反応がワンテンポ遅れる。それに攻撃位置もわかりやすいな。実際アレキサンドリアのMS隊の隊長は避けていた」
「基地の守備隊にも試して貰いましたが、殆どの方は避けきれませんでしたけど…」
「普通のパイロットを相手にするだけならあんな大仰な装備は必要無いよ。必要なのは普通のやり方では対処出来ない相手への対抗手段だ。それは君自身も良く解っているだろう?」
サイコミュ兵器の普及とは標準的なパイロットが特別な、つまりはNTと同等の戦闘能力を獲得することを目的とした研究だ。そして兵士としてのNTが極めて強力な戦力である事は彼女も研究段階で十分に理解出来ている筈だとアムロは考えた。
「パイロットへの負荷はありませんし、取り敢えずは数を増やして処理限界を狙いましょうか」
「力業ですね。それって制御は大丈夫なんですか?」
「教育型コンピューターをもう一台載せれば十分対処出来るわ」
因みに教育型コンピューターは一台でジム数機分という中々に高額な装備である。それを平然と増やすと言ってのけるナナイ中尉に問いかけた整備員は顔を引きつらせるが、それを見て更に彼女は意地の悪い笑みで口を開いた。
「大丈夫よ、あと2~3台載せてもMkⅤよりまだ安いもの」
「とんでもない話ですね…」
MkⅤは現在オーガスタ基地が開発しているNT専用MSだ。どこぞの少佐がまた思い付きで口にした革新的なサイコミュシステムの小型化がアナハイムエレクトロニクスより提供された構造材生産技術によって実現可能となった事と、大盤振る舞いとも言える今回の試作機群への一斉開発許可によって漸く建造が始まったばかりである。
「ただでさえNTに追随するために複雑化したフレームを、実験室でやっと製造出来る様になった新素材で製造。これ後で高すぎるからやっぱり中止なんて言われないわよね?」
「それは無いと思うが、寧ろそんな機体を実戦に出せるのか?」
「どうかしら?サイコミュは実用化してはいるけれど未知数の部分もまだ沢山残っているから確約するのは難しいわね」
「いや、アムロ中尉が言っているのはそんな機体を実戦に出して整備や修理は大丈夫なのかって話だと思うんですけど。…なんかそれ以前の問題がありません?」
「文句なら少佐殿に言って頂戴。…本当思いつくだけなら子供でも出来そうだけれど、なんで都合良くブレイクスルーが起きるのよ?」
彼女の疑問に明確な答えを持たないアムロは曖昧な笑みを浮かべるしか無かった。
『これは明らかな挑発行為だ!断固たる姿勢を示すべきです!』
「ゼブラゾーンは連邦の管理宙域だ。それに事前の通達も来ている、これで抗議なぞすればこちらに後ろ暗いところがあると喧伝しているようなものだぞ?」
興奮した口調でまくし立てる息子に対し、ダルシア・バハロは頭痛に似た感覚を覚える。マーズジオンの合流後、解りやすい力を目にした彼の息子はその力に完全に酔っているように思える。ダルシアは今更ながらにマーズジオンとの交渉役を息子に任せた事を後悔していた。
「今のお前がするべき事は息を潜めて待つことだ。焦らずに時間を味方にしなさい」
連邦からの独立に十分な武力が必要であることは確かだが、それを使うのは最終手段だとダルシアは考えている。要は武力で圧殺するには厄介なだけの見せ札が用意出来れば今の連邦は戦わずとも独立を承認するだろう。だからこそ戦えばまだ何とかなってしまう今、独立の意思を悟らせる訳にはいかないのだ。
『終戦から7年です。まだ忍従せよと仰るのか?』
「何年待ったかは重要ではない、然るべき時まで待てるかが重要なのだ。それが出来なかった者がどうなったかはお前も知っているだろう?」
人類史上最も多くの人を殺した男も、その信奉者も失敗した。だが彼等は間違い無く優秀であったし、彼等よりも明確に自らが優れていると自惚れられる程ダルシアは自信家では無かったし、彼の観察眼には息子がそうした逸材であるとも映ってはいなかった。そして同時に自分達が彼等には無かった幸運に恵まれている事も自覚していた。
「彼等には時間が無かったが、我々にはある。待つだけで勝てるのだ」
『…っ!』
返事もせずに切られた通信を見て、ダルシアは苦虫をかみ潰した表情になる。彼はすぐに端末を操作すると信用のおける人物に通信を繋げた。
「すまない、私だ。馬鹿息子が暴走しないよう見張りを頼む」
それは極めて真っ当な判断であったと言えるだろう。明らかな挑発は裏を返せばまだ確たる証拠を掴んでいない証左でもあるからだ。ならばこのまま嵐が過ぎるのを待てば全て丸く収まる。それ故に味方の暴走を防ぐのが彼に出来る最善である事は間違いなかったのだ。だが彼は知らない。そんな常識を原作知識からの推測などという出鱈目で覆せる男が敵にいる事を。そしてその男が軍上層部に働きかけるだけの権力を持ち、更には既に戦争が起きる前提で行動を開始している事を。結果彼の出した命令が共和国軍内部の相互監視という事態を引き起こし、本来なら起きえない警備の隙が生まれてしまった事に彼が気が付いたのは全てが終わってしまった。否、始まってしまってからだった。
「最終確認作業、全て完了しました」
巡洋艦アレキサンドリアの艦橋でガディ・キンゼー少佐は技術士官からの報告に頷きつつ、提出された書類に目を通していた。
「うん、問題は無いようだな」
「元々コンペイ島で最終調整までは終わっていましたので」
「つまり戦力として当てにして良いのだな?」
だが彼の言葉に返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いえ、それは確約出来かねます」
「何だと?」
ガンダムMkⅣは連邦軍でも3機しか運用されていない極めて貴重な機体だ。運用自体は非常に癖が強いもののその戦闘能力は破格であり、当然ガディは担当している技術士官なら大見得を切るだろうとまで考えていたのだ。しかし機体と共に出向してきた金髪の女性士官は困った笑みでそう否定し口を開く。
「追加パッケージ込みでの運用は今回が初めてです。シミュレーション上は問題無くとも実戦で不具合が起きない保証はありませんし、何よりパイロットの問題もあります」
「問題無いと報告を受けているが?」
「あくまでシミュレーションの結果ですので。彼女達の経験の浅さは無視出来ない要因です」
「……」
シミュレーションと実戦は違う、それはガディ自身も大いに賛同する意見だった。
「ですので可能ならばベテランの方にバックアップをして頂けると心強く思います」
「そうなるか。だがそれだと予定した運用と異なるのではないか?」
増設したブースター及び武装で敵拠点ないし艦隊への強襲を行うというのが今回持ち込まれているMkⅣの強化計画である。通常のMSによる迎撃を速度で振り切るという正気を疑うコンセプトであるが、残念ながらそれが有効である事は83年に発生したジオン残党によるテロリズムにて証明されていた。尤もその狂ったコンセプトの機体設計に目の前の技術士官が関わっていた事まではガディも知らなかったが。
「戦場において想定外の状況で機体が運用されることは良くある事だと認識しております。ですから彼女達では十分な働きを約束致しかねると申しました」
想定とは違う状況、突発的に発生する不測の事態。幾ら優秀と言ってもそうした事に対する対処は経験がものを言うし、機体への理解度も重要だ。そうした事を踏まえればパイロットをオーガスタから借り受けなかったのは現場を預かるガディにしてみれば頭の痛い話であった。だがそれが事前に知れたのは僥倖と言えるだろうと彼は意識を切り替え笑いながら技術士官へ向けて口を開く。
「流石は第13独立部隊だな、技術士官まで戦争慣れしている」
「有り難うございます」
「尤も上手くいけば我々はここで暢気に訓練をすれば良いだけ――」
そうガディが言いかけた矢先にアームレストに備えられた端末が鳴り響き、緊急の着信を告げる。手慣れた操作でそれを受け取ると彼は小さく溜息を吐き言葉を続ける。
「どうやら楽はさせて貰えんらしい。総員第一種戦闘配置、我らが英雄殿が敵を引き連れて戻ってくるぞ!」
宇宙世紀0087年3月31日、人類は再び戦いへとその歩みを進めていた。
20話近く書いてようやっと原作1話に近い状況になる不具合。