「まいりましたね」
ペガサス級の格納庫には不似合いな機体を見上げながらエディータ・ロスマン大尉は呟いた。ジオン系列機の特徴を備えたそのMSは先程ホワイトベースが誇る当代最高クラスの馬鹿がジオンから盗み出した機体だ。
「なんかこう、キメラみたいなMSですね」
隣に来た若い整備班の少尉がそんな感想を口にする。成程、外観だけ見ればそんな印象を受けるかもしれない。頭部はザクとほぼ変わらないが、胴体や四肢はドムを連想させるふとましさがある。それでいて推進器のレイアウトやダクト関係の処理はゲルググに近い。ジオン系ではあるが、どの機体の後継機であるかと聞かれれば返答に困る姿だ。
「しっかり調べたい所ですけれど、まさか検査拒否とは」
ハンガーにこそ大人しく収まっているものの、コックピットハッチはおろか、各所のメンテナンスハッチまでロックを掛けて調べられるのを拒絶している。これが少佐と亡命してきた二人の判断なら説得も出来ただろうが、実行しているのはMS自身だという。
「ほとんど自我を持ち始めたAIが搭載されてる。機嫌を損ねると最悪暴れかねないぞ」
夕食のメニューでも告げる様な気安さで少佐の投げつけてきた爆弾発言に、受け入れてしまった整備班は顔を青くした。何しろMSの頭部、ザクならば排気ダクトがあった場所にはビーム砲が据えられていたのだから。
「ま、主に忠実なところは好感が持てますけどね」
一年戦争時にオーガスタで研究されていた勝手に暴走するMSに比べれば大分マシだろう。少なくともこちらはパイロットを無事に連れ帰ろうとしてくれるのだから。
「せめてプロペラントの補給位受けたらどうです?逃げるにしても先立つものが必要で―」
いよいよMSを説得するなどという前代未聞の行動に出ようとした所で、後ろから声がした。
「大丈夫だよ、アリス!この人達の言う事を聞いて!」
振り返ればそこには口元にクリームを付けた少女が馬鹿を連れて立っていた。
「ちょっと少佐。大丈夫なんですか?」
「おう、歳を食ってるとは言え小娘に負ける程耄碌はしてねえよ」
中々殺伐とした返答にロスマンは溜息を吐きつつ彼等に近づく。後ろではあれ程頑なだったMSが全てのハッチを開放している。
「ご協力感謝しますよお嬢さん。折角なので少しあの子について教えて下さい」
そう告げると、口元を拭かれていた少女がじっとロスマンを見てくる。彼女が困惑で表情を変える前に、少女は笑いながら口を開いた。
「うん、おばさんなら大丈夫!いいよ、アリスの事教えてあげる!」
「おばっ!?」
「こらこらプル君、デリケートなお年頃の女性に何てことを言うのかね。こーいう時は思っていなくてもお姉さんと言いなさい」
「ありがとうございます。では折角ですからあの子の近くで話しましょうか」
大変挑発的な注意を行う馬鹿に素早く肘鉄を入れると、ロスマンは笑顔で少女に話しかけるのだった。
『弱いな』
「……」
所属不明機の乱入というトラブルを受け、ゼダンの門へ一時帰還したホワイトベース隊は鹵獲した機体のデータを直ぐにUG本部へと送った。結果すぐさま総司令との通信が行われる事となったのだが、総司令であるグリーン・ワイアット大将の開口一番はそれであった。
『連邦との協定によってMSの新規開発は確かに禁止されている。だが報告を読む限りこの機体は既存機体の組み合わせなのだろう?限りなく黒に近いグレーではあるが、あくまで既存機体の延命や廃番部品の代替検討と言われれば苦しいながら言い訳が出来る。強いて言えばOSとそのハードウェアだが、こちらは規制の範疇に含まれない』
元々作業機械を隠れ蓑に発展したMSであるため、現在作業機械として扱われているプチモビや作業ポッドなどと同系統のOSが用いられている。そして戦後の復興においてこれらの労働力は必要不可欠であり、作業性向上や安全性を考慮した場合OSの開発を禁止するわけにはいかなかったという背景があった。
『つまりこの程度の物的証拠では、連中を明確な悪として裁けない。ジオンへ戻り、表向きとは言え武装解除もした連中だからね』
「ままなりませんな」
ワイアット大将の言葉にローランド・ブライリー大佐はそう溜息を吐いた。ジオンとの戦争終結から7年、積極的に進められた各サイドの再建は戦後復興という好景気を与えると同時に一つの変化を齎していた。それがスペースノイドの発言権の増大である。利権が複雑に絡み合う地球に比べ、資金力があれば解決が容易なコロニーへ多くの企業が進出した結果、スペースノイドとアースノイドの経済的格差が緩和されただけでなく、その資金を背景に政治の舞台へと乗り出す者も増えたのだ。連邦政府の法律上スペースノイドが連邦議会へ参入する事は表向き出来ないのだが、そこは幾らでも裏道があり、金さえ支払うのなら誰でも拒むことの無い商人もまた存在したのである。史実であればティターンズの台頭によりこうした動きも掣肘されていたが、組織の建前を忠実に実行し、更にはその長が――その腹積もりはどうであれ――連邦の繁栄を願っているUGは政治的分野においてこれらの流れを止めていなかった。結果本来持ちうる強権もみだりに振えば第2のジオンを生みかねないと自重する事態となっている。
『なに、無茶ではあるが君達は十分良くやってくれた。悪として裁くことは無理でも、連中を仲違いさせるくらいは出来るだろう』
「仲違い…でありますか?」
『今回の一件、ジオンから連邦へ抗議は来ていない。つまりダルシア大統領はフォボスと同道しているが、協調はしていないと言う事だ。ならば誠意をもって話せば余計なリスクを切り捨てるくらいはしてくれるだろう』
あれは計算の出来る男だからね。そう笑うワイアット大将にローランドはどう返事をするべきか迷い、迷っている内に進言する機会を逸してしまう。
『ともあれご苦労だった。以後この件については私が何とかしよう』
「はっ、ありがとうございます!」
『気にしないでくれて良い、これが私の軍での最後の仕事になるだろう』
1年程前からワイアット大将が後継者を選定しつつあり、組織内では政界への転身が噂されている。いよいよそれが現実味を帯びてきたとローランドは理解した。
『君達の作戦は本日をもって完了したと判断する。速やかに装備を纏め、オーガスタへ帰還したまえ。ああ、そうだ。例の大型機は暫くルナツーで預からせて貰うよ、エルラン中将には私から言っておく』
「了解しました、鹵獲した機体と人員については?」
『そちらは君達の得意分野だろう、上手くやってくれたまえ。まあ最悪の場合返品もあり得る事だけは理解しておいてくれたまえよ』
警告じみた言葉を残し通信が切れる。
「閣下、我々は忠実な連邦軍人であります。しかしその言葉を飲み込むのは、少々骨が折れそうですよ」
敬礼を解きながらローランドは大きく溜息を吐き、最後の言葉に対する返事を呟くのだった。
「お疲れ様です、中佐」
「私は大尉だよ、モンターニュ中尉」
港湾内に係留され、大急ぎで出港準備が整えられている艦艇を眺めていたクワトロ・バジーナ大尉は掛けられた声にそう返した。
「大丈夫です、置き去りにした恨み言を言いに来たのではありません。ですがシャア・アズナブル中佐にお聞きするべき事はあるのです」
「……」
沈黙を選ぶクワトロに対し、横に並び手すりを掴んだペッシェ・モンターニュ中尉は視線を彼と同様に艦艇へと向け言葉を続ける。
「貴方の目から見て、どうでしたか、今のジオンは?」
「私は外まで少佐を運んだだけだよ」
「そうですね、でもそれだけでも何かを肌で感じられる。私達の指揮官はそんな方でした」
逃れられない言葉にクワトロは時間の流れを感じつつ、同時に覚悟をもって口を開いた。自分をシャアであると口にしたのは二人目だが、自らの口でそれを肯定するのは初めてだったからだ。
「…今のジオンは、あの頃によく似ている様に思う」
「あの頃、ですか」
「ああ。連邦に諦観をもって従属する者とそれを良しとしない者。そして解決の糸口を見つけ、それに狂奔する者。そんな思惑が入り乱れ、混沌としていたあの頃だ」
開戦前夜、シャア・アズナブルとして士官学校を過ごしたあの頃のジオン公国に今の共和国は酷く似ていると彼は口にする。サングラス越しに問い掛けて来た相手を見れば、彼女も苦々しい表情で返事をする。
「また、なのでしょうか?」
「戦争をやるというのは、本来簡単ではない。だが残念ながら私でも解ることがある」
「なんでしょうか?」
「何処にでも馬鹿は居て、馬鹿程戦争をやりたがる。こんな事でしか飯の食い方を知らん男が、言えた義理ではないのだがね。…ペッシェ・モンターニュ、私からも聞いて良いかな?」
「はい」
「君はどうする?」
それは元ジオンの二人だからこその問い。祖国と呼んだ国が再び戦いを望む時、どうするのかという言葉。だが投げかけた先の彼女は、何故か微笑を浮かべて口を開く。
「安心しました」
「安心?」
「そんな事をそんな顔で仰るのですもの。中佐も私と同じだと言っている様なものです」
そう口にした彼女は、真剣な表情で言葉を続ける。
「この隊に来た時から、私の気持ちは変わりません。今の私の敵は、戦争を振りまこうとする人達です」
決然と言い放つ彼女に対し、クワトロは自らも覚悟を決めるのだった。