逃走を開始して3日目、艦内の空気は端的に言って最悪だった。
「地球に着いたんだろう!?なんで降りられないんだ!」
「ですからここはジオンの勢力圏なんです。今降りても危険なだけですよ!」
「ずっと追われているこの艦に居たって危険じゃないか!同じ危険なら帰る事をワシらは選ぶ!早く降ろせ!!」
昼も夜も無い執拗な追跡による警報は慣れた軍人ですら神経がささくれ立つ。まともな訓練すらしていない民間人にしてみればたまったものでは無いだろう。アムロ達志願者組もかなり憔悴している。不幸中の幸いと言うべきかまだ体調を崩した者は居ないが、それも時間の問題だろう。補給の受けられない現状が続けば、どうしても食事や衛生面で制限が出始めるからだ。
「失礼。ワッツ少尉、ブライト大尉が呼んでいる。艦橋へ行ってくれ」
ワッツ少尉に詰め寄っている民間人との間に入ると、俺はそう言ってワッツ少尉を逃がす。彼は軍人としては線が細く顔つきも温厚そうだから、良く民間人に絡まれるのだ。正直この非常時に貴重な人員を無駄に疲弊させるような事は止めて欲しいのだが。
「な、なんだ、アンタ!?」
「見ての通り連邦軍の士官であります。彼と階級も同じですから、ご要望でしたら私がお伺いしますが?」
笑顔でそう聞くと相手は口ごもり、最後は決まり悪そうに去って行った。まあ、アメフトやってたゴツい現役軍人に凄まれればそうもなろう。けど忘れんなよ?ワッツ少尉だって立派な連邦軍士官だ、素手でアンタを殺す方法なんざ両手でも足りないくらい習得しているぞ。
「…とは言え、いい加減不味いな」
軍人の方は問題無い。疲れていると言っても士気の低下は殆ど見られないから、十分戦闘に耐えられる。けれどブライト大尉の経験不足は否めない。自分を基準にして行動を決めているから、民間人が爆発寸前まで来ている事が今一解っていないように思える。副長を兼任しているワッツ少尉もあの性格だから、こういった問題を報告しているとも思えない。俺は小さく溜息を吐いて艦橋へと向かう。人混みをかき分けてエレベーターを捕まえてたどり着くと、そこではブライト大尉が艦長席に座り、真剣な表情で地図を睨んでいた。
「ブライト大尉殿、宜しいでしょうか?」
「ん?ああ、アレン少尉。どうしました?」
二階級も下の部下に敬語を使うという失態を無視して俺は口を開く。
「少々お耳に入れたい事があります」
そう告げればブライト大尉は顔を顰める。逃げ回るのに手一杯なこの状況で更に厄介事が増えるのだから無理のない話だ。だからといって放置出来る訳もなく、俺は言葉を続ける。
「民間人が限界です。このままですと最悪暴動を起しかねません」
「…何とかなりませんか?」
「難しいですね。幾つか手段はありますがどれもオススメ出来ません」
最も簡単なのは放り出すか処分してしまう事だが、どちらも問題がありすぎる。放り出した場合彼等はジオンに庇護を求めるだろうから情報の漏洩は避けられないし、下手をすればプロパガンダに利用される可能性もある。かといって処分などしてしまえば残りの避難者が確実に反乱を起すだろう、これは拘束に留めても早いか遅いかの差でしか無い。だから敢えてやるならば、一番軍人が割を食うやり方しかあり得ない。
「ここは戦場だと言うのにっ」
「彼等にその理屈は通じませんよ。ですからやるならば状況を変えるほかありません」
「どういう事です?」
つまるところ、彼等は先行きの見えない状況に強いストレスを感じているのだ。だから解りやすく助かるビジョンを提示すれば良い。
「今の内に敵の防衛線を突破しましょう。この艦に乗っていれば助かるのだと言う印象を与えれば多少は大人しくなります」
「簡単に言う」
「寧ろ状況からすれば今しか無いと愚考します。敵の懐に居るのですから友軍の支援は望めません。対して敵は時間があればあるだけ包囲の準備を整える事が出来る」
「だが、既に敵はこちらの行き先を妨害する動きをしている」
「だからこそですよ。敵だって本当は我々に兵力を割きたくはない筈です。私ならば確実に勝てると踏めば悠長に囲ったりなどせずにさっさと終らせます」
そうしないというのは、まだ十分に準備が整っていないという事に他ならない。
「タンク隊の改装も終りましたから、現状がホワイトベースの最高戦力です。この状況で突破が失敗するならば、以後は絶対に成功しません」
「作戦と言うより博打ですね」
「戦争が出来るほど贅沢な懐事情ではありませんから」
俺がそう言うとブライト大尉は大きく溜息を吐く。そして俯いて小さく何かを呟くと、顔を上げて俺に問うてきた。
「アレン少尉、本艦の現在位置に対する適当な作戦の腹案はあるか?」
「はっ、我々は現在太平洋への突破を図っております。ならば今暫く北上し森林地帯へ進入その後西進しシアトル市を目指すのが良いかと」
そう口にして俺はなんとも嫌な気分になった。艦の現在の位置や都市の立地などから考えてシアトルに向かうのは妥当だと軍人としての経験が言っている。だが、あそこは原作でもホワイトベースが向かった先だ。抗えない何かに誘導されているような不快感を覚えて、別の候補を口にするかと悩んでいる間に、ブライト大尉は頷いて決意してしまう。
「確かに、それが良さそうだな」
「ですがこれまでの動きから、敵もその位は予測しているでしょう。なので更に北進しバンクーバーを目指すと言うのも考えられます」
咄嗟にそう提案するが、ブライト大尉は気に召さなかったらしく難しい顔で応えてくる。
「いや、敵の戦線を突破した時点で追撃は免れない。バンクーバーは都市全体が開けていて地上戦力が展開しやすい事を考えれば、多少でも遮蔽物の多いシアトルの方が我々にとって有利に思える。ワッツ少尉」
「はいっ」
「航路の再設定を頼む。アレン少尉は戦線突破の為の準備を進めてくれ」
「了解しました」
「頼んだ。…アレン少尉、その、君が居てくれて助かっている。有り難う」
敬礼をして出て行こうとする俺に、ブライト大尉がそう声を掛けて来た。俺は苦笑しつつ振り返って口を開いた。
「自分も部下に助けられっぱなしです。良かったら彼等も労ってやって下さい。新兵にはそれが励みになる」
「そ、そうか、解った。検討しておく」
その言葉を聞いて、俺は今度こそ艦橋から退出した。
「どうかなシャア。我が軍の新型、MS-07“グフ”は?」
そう聞いて来るガルマ・ザビ大佐に対し、シャア・アズナブル少佐は忌憚のない意見を述べた。
「悪くない、と言いたい所だが随分と極まった機体だな。正直癖が強すぎるように思える」
「だろうな、だがそれが残念ながら我が軍の実情と言うヤツさ」
ガルマ大佐は、ジオン軍は地球侵攻を完全に見誤ったと口にした。
「緒戦をMSで圧倒したが故か、地球でもそれが通じると考えた。いや、最初は順調だったのだからあながち間違いでは無かったのかもしれないが」
18mの鉄巨人が闊歩するには地球は些か広すぎた。重力下におけるMSの運用は宇宙のそれとは比較にならないほど過酷だ。当初の想定よりも大幅に増加した物資の消耗はジオン軍の侵攻を鈍化させ、遂には目標を達成しないうちに進撃限界を迎えてしまう。更に前線で戦車モドキが出現し始めると、ザクの絶対的優位が大きく揺らいでしまった。
「加速性に優れつつ、高耐久。かつ戦車モドキを容易に破壊しうる武装を有し、その上でザクと互換性を持たせて生産性・整備性を維持。などという要求を詰め込んだ結果がグフと言うわけさ。悲しきは貧乏所帯と言うところかな?」
「だが、確かにザク以上の機体ではあるか」
S型と呼ばれる高級機種に乗っていたシャアだからこそそれを実感する。ぎりぎりまでチューニングを施した彼専用の機体に全く引けを取らない加速性能と重装甲を両立させた量産機は敵にとって十分な脅威だろう。だがそれだけにあと少しを望んでしまうのは兵士としての性なのだろうか。
「出来ればあの35ミリガトリングと言うのは変えて欲しいな、白いヤツ相手には牽制にもならんだろう。ガトリングシールドも威力はともかく取り回しが悪すぎる。奴相手ならバズーカの方がまだやりやすいだろう」
「これでも随分改善したんだがね。要望はレポートに纏めて提出してくれ、装備については機付きの整備員に言えば対応してくれるだろう」
そうガルマ大佐が口にした所で机に据え付けられていた端末が着信を告げる。クラシカルな受話器を取ったガルマ大佐は暫く問答を続けるが、その内に段々と表情を険しくし、最後には苦々しい口調で相手を労うと受話器を戻す。
「…木馬が動いたか?」
「ああ、君の言う通り一筋縄ではいかん相手だな。こちらの包囲が完成する前に展開していた部隊を食い破って突破したそうだ」
「不味いな」
太平洋の制海・制空圏をジオン軍は抑え切れていない。更に言えばジオンの海軍は潜水艦を主軸とした小規模なものであり、高速で飛翔可能な艦艇を追撃出来るような能力は持ち合わせていないのだ。
「洋上に出て直に南下とは行かないだろう。キャリフォルニアやハワイもある。だが別の方面へ逃亡されれば厄介だ」
特にアジア方面は戦力的に予断を許さない状況だ。完結した戦闘単位である木馬が参戦するのは歓迎できないだろう。
「…仕方あるまい、ガルシア大佐と連携してガウで攻撃を掛けよう。悪いが付き合って貰うよ、赤い彗星」
「承知した、君の勝利に貢献出来るよう、精々頑張らせてもらうとしよう」
シャアはそう言って頷いた。
そんなわけでシャア君の新型はグフ、それもB3ですよやったー!
この機体は性能検証用に少数持ち込まれた機体で、勿論ジオンのグフが全てこれに置き換わっている訳ではありません。むしろ地球方面軍全体で見てもまだ数機しか無い超レアモノです。ガルマ大佐のシャア少佐へのユウジョウがこれでもかと感じられますね!