『我々は一人の英雄を失った。これは敗北を意味するのか?――』
大きく飾られたガルマ・ザビの遺影の前で、ギレン・ザビが演説を行う。原作でも有名なガルマ・ザビの国葬だ。今頃艦橋じゃブライトが激昂しているのかな、なんてことを考えながら俺はシミュレーションを終え、コックピットから降りた。
「どうだね、中尉?」
数値を確認していたテム・レイ大尉がそう聞いて来る。俺はヘルメットを脱ぐと素直に答えた。
「陸戦用のヘルメットとジャケットは良いですね、着替えが楽です。機体の方はまあ、悪くは無いと言ったところでしょうか」
何せ比べる相手が一年戦争における連邦軍の最高級機だからな、文字通り相手が悪すぎる。
「一応ガンダムと同じ部品という売り文句だがね」
レイ大尉の言葉を聞きながら二人で件のMSを見上げる。RGM-79[G]陸戦型ジムと呼ばれるその機体は、俺の記憶と異なり黒を基調としたガンダム1号機に近い配色になっていた。
「部品の歩留まりのために随分と余裕のある設計に手直しされている。総合性能はカタログスペック通りでもガンダムの8割と言ったところか」
「正直それよりも大分低く感じます。動きも固いですし」
「純粋な機体性能差もあるが、最大の原因は制御側だろう。コイツには教育型コンピューターが使われていないから、パイロットの動きを学ぶなんて事はしてくれない」
レイ大尉の言葉に、俺は率直な意見を述べる。
「ガンダムとの連携は難しいですね。特にアムロ軍曹は良く動く。最悪足を引っ張りかねません」
「となるとキャノン隊に使わせる事になるか、パイロットは誰に?」
「セイラ・マス一等兵を使うつもりです」
漸く一通り航法なんかを学んで貰ったのだが、このまま前線に送られるならコアファイターは明らかに戦闘能力が不足している。せめて数が多ければそれを頼みに多少はやれるだろうが、今ホワイトベースに残っているのは2機のみだ。
「タンクの方は直るのでしょう?」
「ああ、幾らか補給物資に予備のパーツがあったからね。…コックピットの位置は修正すべきだな」
「トップアタック対策もでしょうね。とは言えバズーカを喰らって平気な防弾性能と言うのも」
「それは不可能じゃないぞ?」
俺が唸るとレイ大尉が訳も無いといった声音でとんでもない事を口走る。
「寧ろV作戦機の中では一番重装甲に適しているのがタンクだな。後方支援機という位置付けだったから装甲よりも装弾数が優先されていたんだが、履帯の分重量では他の機体より遙かに融通が利く」
前回の改造で戦車モドキに先祖返りを果たした結果、格闘戦にならなければタンクは非常に強力な前衛である事が判明した。何しろ正面ならばバズーカの直撃にすら耐えられるのである。豊富な武装も相まって適切な距離での撃ち合いならば圧倒的な優位を誇る。ならばいっその事更に先祖返りをして、重戦車にしてしまえばどうか?とレイ大尉は提案してくる。
「装弾数を増やすために弾薬庫のレイアウトも弄っただろう?おかげで上半身、と言うか今なら砲塔だな。あっちはかなり余裕がある。内側に装甲を増やすくらいは難しくない。ついでにスラットアーマーでも付けてやれば射撃戦に関しては十分じゃないか?」
今のタンクは主砲弾薬庫を上半身ではなくバックパックのように背負う形になっている。本体とは装甲で区切られているため、万一爆発しても機体に致命的な損害を与えない構造だ。
「しかし重量が増加するとなると、機動力に問題が出ませんか?」
「そこはジェネレーターの出力を上げればいいだろう。幸い301号機の下半身も回収している」
サラッととんでもねえ事を口走るレイ大尉。この人本気でガンタンクを重戦車にするつもりだわ。
「失礼します。セイラ・マス一等兵、参りました」
俺がそう戦いていると、後ろから声が掛けられた。振り返ると野戦服の上からパイロット用のベストとヘルメットを着用したセイラ・マス一等兵が立っていた。
「ああ、良く来てくれた。それじゃあ早速コイツを試してくれ」
そう言って俺がジムを指さすと、彼女は難しい顔で口を開く。
「この機体を私が、ですか?」
「一応他の連中も適性は見るが、正直今の所君が最有力だな。もしどうしても嫌だというなら納得できる理由を述べてくれ」
「いえ、ありません。やらせて頂きます」
そう答えれば彼女は真剣な表情で頷いた。俺もそれに頷き返しつつインカムを付けてモニターの前に移動する。
「基本の操作自体はガンダムと大して変わらない。ただコックピットのレイアウトが少し違うのと、ガンダムよりも大分おつむが弱いから注意してくれ」
乗り込んだ彼女にそう俺が感じた事を伝える。まあ、とはいっても彼女に対しては要らない心配だろう。何しろ彼女はあの赤い彗星の妹だ。肉体の限界と言うどうしようもない差を除けば、彼女の操縦センスはアムロ軍曹にも匹敵する。どころか繊細な操作と言う意味では彼以上だろう。軍全体の利益を考えるならば、俺の3号機を彼女に回して俺がジムに乗る方が良いだろう。だがその提案はブライト特務少佐に却下された。ついでに横にいるレイ大尉にもだ。ブライトは単純に現状より戦力が低下するのを嫌って、そしてレイ大尉は単純にサンプルの多様性の為にだ。
「サラブレッドでは戦争に勝てんよ」
レイ大尉曰く、セイラ一等兵は扱いが上手すぎるのだそうだ。機体に動作を教え込む分には適任なのだが、優秀すぎる為に教育型コンピューターがパイロットに求めるハードルを上げてしまうのだという。
「つまり自分は下手くその代表というわけですか」
「誤解を恐れずに言えばそうだね。君はガンダムに限界以上の事をさせようとする、アムロもね。だが彼女は性能の限界を見極めて、その中で上手くやってしまう。乗り手として間違い無く優秀だが、それでは教育型コンピューターの真価は発揮出来ないのだよ」
ジムがシミュレーション上で動き始めると、その数値はレイ大尉の言葉を証明するような結果になった。設定されている数値通りの値を彼女は叩き出す。成長するなどという馬鹿げた要素を持つ機体でなければ、正しく理想的なパイロットだろう。
「どうだ、セイラ一等兵。問題が無ければ次の課程に移ろうと思うが」
『問題ありません、お願いします』
「了解した」
即答する彼女に応じて、俺はプログラムを起動する。
「想定条件、地形平地、敵はMS1機だ」
これから幾多のパイロットが味わう仮想データ。もっともコイツはまだまだ発展途上も良いところだから、完成品には全く及ばない。だが現状用意出来る最難関の敵である事は間違い無い。
「流石にガンダムは厳しいんじゃないかね?」
「適当な相手に勝って思い上がられても困りますから」
新人パイロットに自信を付けさせるならそういうやり方もあるだろうが、残念ながら彼女は即戦力になる事を期待されている。なら一番最初に覚えさせるのは彼我の戦力差を冷静に判断出来る臆病さだ。ガンダムとジムの対戦が始まった辺りで、周囲にパイロット達が集まり出す。自分のデータが使われているアムロ軍曹は何となく居心地が悪そうだ。
「コイツが連邦軍の主力機なんだろ?なんかガンダムより動きが悪くねぇか?」
「量産機にはまだ戦闘データがフィードバックされていないんじゃないかな?どことなく固い感じがする」
ジムの動きを最初にそう評したのはカイ兵長とジョブ准尉だった。狙撃を主軸とした戦術を取る二人は、ホワイトベースの中でも一番相手の動きをよく見るよう訓練をしているからだろう。そんな二人の感想を険しい表情でアムロ軍曹が否定する。
「いえ、多分戦闘データ自体は適用されてると思います。多分純粋に機体性能が低いのとコンピューターの処理能力の問題…かな?」
正確に言い当てた息子を見て、レイ大尉が満足気に頷いて口を開く。
「アムロ軍曹の言う通りだ。ジムは量産の為に色々とガンダムから変更された部分がある。その最たるものが教育型コンピューターの未搭載だな。おかげでパイロットに合わせて動きを補正するような器用さがジムには無い」
教育型コンピューターの凄い所はそれだと俺も頷く。MSではコンピューターが搭乗者のバイタルや動作を逐一監視しているのだが、教育型コンピューターはそこから一歩踏み込んでコンピューターがパイロットに合わせた補正を常時行ってくれる。原作中でアムロ・レイの乗ったガンダムがやたらと人間臭い動きをしたり、セイラ・マスが乗った途端急に弱くなったのはこのせいだろう。優秀で身体能力に優れたパイロットならば何処までも強くなる一方で、新兵でもその人物が実行しうる最高値に合わせてエースの動きを模倣してくれる。パイロットにとって大変心強いコンピューターなのだが、こいつには大きな問題がある。高いのだ、それも篦棒に。良くガンダム1機の値段でジムが20機生産出来ると言われる。勿論これは試作機故に生産ラインが存在せず、量産効果が得られないと言う点もあるが、それを差し引いても10倍以上の差がある事も事実だ。その中でも特に差があるのが動力とこのコンピューターである。何しろ動力はコアファイターに納めるために必要以上に小型化されているし、コンピューターは最新鋭の量子コンピューターを利用している。下手な基地のサーバーと同じ機材が積まれているのだ。はっきり言ってジムのものとは文字通り桁が違う。
「動きが悪いのは純粋に機体の性能の問題だな。ガンダムよりも設計裕度を大きく取っている分、どうしても個体差が大きくなる。それをコンピューター側で補正しているから、機械的な動きに見えるんだろう」
とは言えジムだって悪い機体じゃないのだ。機体の性能自体は当然ザク以上だし、コンピューターにはエースのデータが利用されているからそれをしっかりトレースしてくれる。問題はパイロットの負担だが、そこを補えるだけの物量を連邦軍は用意出来る。
「これは確かにセイラさん向きですね」
嫌そうな顔でハヤト一等兵が呟く。機体との折り合いを付けると言う面で彼女以上の人間は居ないからな、そうもなろう。
「ま、俺達も他人事とは言い難いぞ?ジャブローに着けば今の機体がどうなるか解らないんだ。最悪全員ジムに乗り換え、なんて事だって有り得るぞ?そんな訳で彼女の慣熟が終わり次第全員ジムの訓練だ」
俺の言葉に皆一様に嫌そうな顔をする。だが俺は笑顔と命令で押し切るのだった。
08小隊のMSは割と全部好き。