WBクルーで一年戦争   作:Reppu

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28.0079/10/12

「ラサ基地からMSの陳情か。厄介なことだ」

 

報告書の束に目を通しながら、オデッサ基地司令であるマ・クベ大佐はそう漏らした。北米大陸での混乱は漸く収まりつつあるものの、ガルマ・ザビ大佐が死亡した事で引き起こされているレジスタンスの活発化は地球方面軍全体の補給計画に少なくない乱れを生じさせている。当然それはユーラシア方面も例外ではない。

 

「仇討ちはともかくとして、有力な戦力であることは間違いあるまい。後方を脅かされては大事に障るやもしれんな」

 

たかが1部隊が戦局を左右する事はない。それは戦場における真理ではあるが、その1部隊の活躍が全体に与えうる影響が軽んじて良いものではない事も彼は十分理解していた。何故なら圧倒的多数を占める凡人は真理よりも自身の感情で動くからである。

 

(この様な状況下で仇討ちなど悠長な事をと思ったが)

 

彼は顎に手を当てて暫し考えると、端末を操作し副官を呼び出す。

 

「例の仇討ち部隊に追加で装備を送れ。それから保険も必要だろうから、本国に連絡を入れろ」

 

言いつつも彼はこの陳情がどこまで通るかを考える。

 

(結局のところ、人は宇宙に生きようとも変わりはしない。愚かだな)

 

人の革新とされるニュータイプ。ジオン公国の為政者達はこぞってそれを口にして民衆を焚き付けた。暗い真空を切り開き、そこに住まうスペースノイドこそ最も優れた人類であり、優れているから我々はニュータイプなのだと。

滑稽を通り越して哀れですらあるとマ・クベは思う。既に勝った気でいる本国の連中は前線へ物資を送るよりも政治闘争に力を注いでいた。彼らにとって地球で倒れる兵士はただの数字であり、命令は完遂されて当然のものだ。既に自らが何に憤り、反発して武器を取ったかすら忘れているのだろう。あるいはやられた分をやり返すのは当然の権利と捉えているか。

 

(さて、親愛なる我が国の国民よ、優秀だと嘯くのなら相応の振る舞いをしてみせてくれよ?)

 

そう思いながら次なる策を練る彼の顔は皮肉に歪んでいた。

 

 

 

 

「足回りのメンテナンスを重点的に!そこら中に泥が入り込んでるよ!」

 

帰還したジムとタンクに整備員が群がって清掃を開始する。第一機械化混成大隊の基地を発って2日、俺達は現在旧バングラディシュ領内を移動中だ。次の補給を受けるコルカタ基地までは凡そ2日といったところか。

 

「やるじゃんかよ、ガンタンク!」

 

ロッカールームまでの道を歩きながらアクセル軍曹がそう言ってご機嫌にハヤト一等兵の肩を叩いている。

 

「教育型コンピューターも移植してもらいましたから、機体のおかげですよ」

 

ハヤト一等兵は謙遜するが、今回の戦果は赫々たるものだ。何せ敵の物資集積所を丸ごと吹き飛ばした上にMSも1機撃破していた。更にジム隊が共同で1機撃墜しているから、ジオンにしてみれば憤慨?ものだろう。何せ出発してからここまでで同じような事を3回、哨戒部隊への襲撃を2回ほど行っていて、どれも似たような結果を出しているからだ。

 

「それに皆さんがフォローしてくれているから安心して戦えますし」

 

「可愛い事言ってくれるじゃねえか」

 

そう言って隣を歩いていたルヴェン少尉がハヤト一等兵の頭をガシガシと撫でる。何と言うか、あれだな。ハヤトはこう先輩に好かれるタイプだよな。おかげでジム隊との関係はMS隊の中で一番良好だ。

 

「良くやってくれた、4人は一旦休憩してくれ、報告書も後で良い」

 

そう労いの声を掛けて俺は逆方向に歩き出した。彼らと交替で今度は俺が待機に入るからだ。宇宙と異なり地上ではMSへの搭乗が困難だ。本来待機ならパイロット用の待機室に居ればいいんだが、それだとどうしても乗るまでに時間がかかる上に、艦が攻撃なんぞされれば最悪昇降タラップから落ちかねない。なのでMS隊の連中には悪いと思うが、待機はMSに搭乗したままになって貰っているのだ。

ハンガーにたどり着くと、レイ大尉とアムロ軍曹が難しい顔で話し合っているのが目に入る。俺は嫌な予感がして彼らに近付いた。

 

「どうしました、何か機体にトラブルが?」

 

「トラブル、ではあるかな」

 

俺の質問にレイ大尉が歯切れ悪く答える。横を見ればアムロ軍曹も微妙な顔をしている。

 

「どんな問題が?正直軍曹と2号機は戦力の中核です。何かあるなら早急に解決すべきです」

 

そう俺が言うと、二人は益々微妙な顔をする。俺が眉を顰めると、諦めたようにレイ大尉が口を開いた。

 

「その、アムロ軍曹がな、ガンダムの反応が遅いと言っているんだ」

 

「は?」

 

俺が思わずそう言うと、今度はアムロ軍曹が困り顔で言ってくる。

 

「射撃とかがどうしてもワンテンポずれると言うか、思ったタイミングにガンダムが付いてこないんです。前はそうでもなかったんですけど、最近どんどん酷くなってて」

 

再びレイ大尉を見れば、彼は難しい顔で俺の疑惑を晴らしてくれた。

 

「ハード的あるいはソフト的な問題を考えたが、双方とも速度自体は最適化されて向上すらしているんだ。つまり機体側の成長限界をアムロ軍曹が超えてしまっている可能性が高い」

 

「そんな事あり得るんですか?」

 

「生理学上における人間の限界値では不可能な筈なんだがな…」

 

レイ大尉は技術屋だ、数字に生きる彼等にとって計算で導き出された解は極めて重要な意味を持つ。

 

「だが、実測された以上そういう事もあり得るという事だな。差し当たって当面は駆動部のリミッター緩和で対応する。幸い教育型コンピューターの方はまだアムロ軍曹に負けておらんようだしな」

 

しかしレイ大尉は同時に重度の機械屋でもあった。彼等も数字を信奉している事には違いが無いが、それよりも実測値を重んじる流派である。しかも割と禁忌に緩いタイプのようだ。製品はメーカーの指定範囲で使いましょう、万一の際の保証は出来かねます。

 

「なるだけ無茶はさせないようにしたいとは思いますが、難しいでしょうね」

 

「我々が戦えば戦うだけ軍全体の戦力が底上げされるわけだからな」

 

「あの、二人ともそんなに気にしないでください、僕だって軍人です。ちゃんとやって見せますよ」

 

そう真剣な顔で口を挟んでくるアムロ軍曹。すげえな、やっぱりアムロ・レイはすげえ奴だ。

 

「頼りにしてるしやってくれるって信じているさ。だからこれからも何かあったらすぐ言えよ?人間ってのは、すぐに期待し過ぎちまうものだからな」

 

そう言って肩を叩くと、彼は頷いてガンダムへと乗り込んでいく。

 

「子供が大きくなるのはあっという間だな。親の気もしらないで、どんどん成長してしまう」

 

コックピットの隔壁が閉まると、隣に居たレイ大尉がそう呟く。軍人としてアムロをガンダムから降ろせないという判断と、親として危険な戦場に息子を送りたくないという葛藤は、子供の告げた気遣いで少しは和らぐと同時に、寂しさも感じたのだろう。前世も今世でも子供の居ない俺には、想像は出来ても真に理解する事は叶わない感情だ。

 

「思った通りに言ってあげればいいと思いますよ。幾つになっても親に心配されるのはむず痒いものですが、嬉しいものです」

 

それだけ言うと俺も自分のガンダムへと向かう。俺に出来る事をやる為に。

 

 

 

 

「ザク一個中隊分とは、地球方面軍の台所も厳しいだろうに」

 

「大佐殿がこの程度しか送れず申し訳ないと仰っておりました。どうぞご活用下さい」

 

合流したガウから次々と運び出される機体を見て、ランバ・ラル大尉は驚きを隠しきれずにそう口にした。降下に使用したザンジバルの受け渡しと同時に戦力の増強も陳情していたのだが、まさかここまでの補給が受けられるとは考えていなかったからだ。

 

「司令部からの命令故、ドムが送れぬ事も悔いておられる様子でした。せめて数だけでもと」

 

MSに続いて運び出されるマゼラアタックの数に兵達が沸く。宇宙から降ろした装備も含めれば都合2個中隊分に相当する戦力だ。下手な基地くらい攻め落とせる数である。

 

「感謝いたします。なに、私も含め兵は皆古参です。最新の機体よりもザクの方が手に馴染みましょう。マ・クベ大佐にくれぐれもよろしくお伝えください」

 

「承りました。ああ、そうでした。木馬討伐後は、その機体は東南アジア方面軍に渡していただきたいのですが」

 

「気が早いですな、承知しました」

 

そう言ってラルは豪快に笑ってみせる。渡されたザクは地上用のJ型であるし、マゼラアタックも宇宙に持って行くわけにもいかない。今自分が使っている機体とて地上用なのだから、終われば置いていってしまっても構わないだろうと彼は考えた。

 

「では、私はこれで失礼いたします。大尉殿」

 

そう言って実直そうな少尉は敬礼をするとザンジバルへと向かう。答礼とともにそれを見送ったラルは装備の確認をするべく、直ぐに隊長格の面々を呼び寄せた。既に東南アジア方面軍の前線から数多くの目撃情報が上がっている。戦いの時は近かった。

 

 

 

 

「所詮はMSくらいしか能の無い猪か。せめて相打ち位にはなって欲しいものだが」

 

モニターに映ったランバ・ラル大尉を見ながらウラガン少尉はそう溜息を吐いた。確かにザク一個中隊は貴重な戦力であるし、マゼラアタック2個小隊も使い方を間違えねば十分役に立つ。だが主力はグフに置き換わりつつあり、オデッサに限定すれば最新鋭のドムすら近日中の配備が決定している。総合的に見れば今でこそ貴重だが、近く大幅に値崩れを起こす戦力である。そもそも相手はガウ6機とMS・戦闘機からなる部隊を一度退けているのだ。報告を読めば積極的に襲撃を仕掛けているというのだから戦力が回復していると考えるのが妥当だろう。ならばマゼラアタックとの混成2個中隊、しかも大半がザクの部隊では、全く物足りない戦力であると解りそうなものだが。

 

「大した自信家か、それともただの馬鹿か」

 

どちらでも良いが投資分は回収しておきたいのが人情というものだとウラガンは考える。尤も今回の補給を理由に、本来宇宙攻撃軍に割り当てられるはずであった宇宙用ドムであるリック・ドムの生産枠をこちらに譲らせているし、ザク自体も鉱山基地警備などに回すはずであった機体だ。木馬討伐の本命についても既に算段がついており、近くオデッサ基地に着任する。そうなれば宇宙攻撃軍の不始末から起きた一連の騒動を地球方面軍が解決した事になる。そうなれば地球方面軍司令の顔も立てることが出来るので、ガルマ・ザビは悲劇の英雄から真に惜しむべき英雄に塗り直しが利くだろう。それは抜擢したザビ家への貸しとなる上に突撃機動軍の失点回復にも繋がる。延いては発言力の回復に伴い地球方面軍の待遇改善、即ち地上で戦う将兵の利益に帰結する。

将校にとって最も必要とされる才能は兵に好かれる事でも自ら戦う力でもない、兵が十全に戦える環境を整える事が出来るか否かである。とは彼の上官の台詞である。そんな上官が兵の気持ちも解らぬ政治家気取りと蔑まれる時点でジオン軍の組織としての歪さが解ろうというものだ。

 

「まあ、大佐ならば仮に連中が木馬を仕留めても、上手くやって下さるだろう」

 

そう言って彼はシートに深く体を預けた。


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