特徴的な発射音を響かせてロケットが次々と空を舞う。辺りを白く染める白煙を他人事のように眺めながら、着弾位置にいるだろう人間の冥福を祈る。つまり大人しく死ねという事だが。
『凄いですね』
227ミリ多連装ロケットシステム。1機につき実に40発というロケット弾の一斉発射はこれまで大規模な戦闘を経験していないアムロ軍曹には刺激的だったらしい。正直俺もこんな光景を生で見るのは初めてだ。ついでに言わせてもらえばこの攻撃で方が付かねぇかななんて思ってもいる。まあ無理だろうが。
『あっ』
想像通りフラックタワーから放たれたビームがロケット弾を次々と撃ち落とす。
「あいつは厄介でな。天辺に付いている大型のやつ以外にも多数の小型なメガ粒子砲を備えてる。しかも三基がそれぞれの死角を補うように配置されているからな。あの迎撃を突破するにはロケットの密度が足りん」
とは言え完璧には迎撃しきれず数発通り抜けたようだが、その程度では毛ほども揺らいでくれないだろう。ロケットを撃ち尽くしたガンタンク達は即座に主砲の給弾機構を展開し射撃態勢に移行、猛然と射撃を開始する。発射レートは原型機に劣るものの中々の速さだ。尤もやはり数と口径が足りていないのは否めないが。
『MS各隊はそのまま待機』
そう通信が入り、ホワイトベースがゆっくりと浮上する。主砲はともかく、メガ粒子砲は曲射出来ないため射線を確保する必要があるからだ。
『あれ、大丈夫なんですかね?』
不安そうにアムロ軍曹がホワイトベースに視線を送る。おい止めろよ、そう言うフラグを立てるのは。
「情報部を信頼するしか無いよ」
そうして大抵は裏切られる。案の定ホワイトベースの上側をビームが通り過ぎていき、慌てて浮上を停止したホワイトベースが緊急着陸を行う。当然ながら部隊にも滅茶苦茶動揺が走った。
「落ち着け!地平線の盾がある以上この陣地は絶対に撃たれない!」
フラックタワーの高さが凡そ50m、直接射撃できる距離は大体40キロ程だ。つまりMSの高さを考慮しても、80キロという距離は物理的に絶対攻撃できない位置なのだ。事実ホワイトベースは浮上してから撃たれたし、それも随分上方向に逸れた。有効射程そのものは大嘘だったわけだが、それでもこの地点が射撃不能である事実は揺らがないのだ。
「撃たれない砲台よりも周囲を警戒しろ!連中の手札があれだけとは限らない――」
そう俺が警戒を促した瞬間、陣地の近くで派手な爆発が起きた。慌ててセンサー類を調べると、遅れて音響系が砲撃音を観測する。
「ふざけんな!聞いてねえぞ!?」
即座に砲声は解析に掛けられ、ライブラリからその主を特定する。その結果を見て俺は思わず叫んでしまった。
「101よりホワイトベース!当該基地にダブデを確認した!既にこちらの陣地は観測されている可能性が高い!即時部隊の散開、並びに――」
言っている間に再び砲撃が襲ってきて陣地の後方に着弾する。何両かの輸送車両がその爆風に巻き込まれて横転する。だが伝えられた内容は無情なものだった。
『こちら第2機械化混成大隊司令部、ガンタンク各隊は各個に回避行動をとりつつ攻撃を継続せよ。繰り返す、各隊は任意に回避行動をとりつつ攻撃を継続せよ。敵MS隊を釣り出さなければ第4軍は動かない!』
『ホワイトベースよりMS各隊へ、聞こえたな?各隊はガンタンク部隊に随伴し護衛を継続せよ。本艦はこれより回避行動をとりつつ砲撃を行う』
「ちっ!101了解!全機散開!全機散開!まとまらずに動き続けろ!的を絞らせるな!アムロ軍曹!」
『はい!』
思わず舌打ちをしながら指示を飛ばす。幸いダブデの砲撃はビームに比べれば圧倒的に遅いから、間抜けに棒立ちでもしていなければまず当たらない。アムロのおかげでうちの連中の回避機動は一級品だから、予測射撃に巻き込まれる心配はないだろう。だがガンタンクや戦車隊は別だ。
「砲撃を止めさせなければジリ貧だ!俺達は15キロ前進し敵の観測員を始末するぞ!」
GPS砲弾や観測機からのレーザー誘導が使えないため、砲撃の精度は大幅に落ちている。止まって静止目標を撃つのでもそれなのだから、行進間射撃での命中なんて期待する方が間違っている。だが動かずに撃ち合えば間違いなくタンクの方が先に吹き飛ばされるだろう。なにせこっちは至近弾ですら致命傷になる。
『り、了解です。けど、観測員って!?』
そんなもの決まっている。
「歩兵だよ!連中生身でこっちを見張っていやがるんだ!」
(ダブデだと?情報部の連中め、適当な仕事をしおって!)
V・トカチェフ少将は座乗するビッグトレー級セヴェトロヴィンスクの中でそう舌打ちをしかけて何とか思いとどまる。同基地にはマゼラン級にブースターを接続する地下施設などが存在するのだ。陸上艦艇の存在を秘匿可能な能力を持つことは軍人として事前に考慮して然るべきだったからだ。それに情報部を罵った所で状況が改善する訳でもない。
「打撃艦隊を前進させろ。ダブデの相手は荷が重いだろう」
「それでは我が方に敵MSが…」
そう言って渋る参謀をトカチェフは睨みつける。
「それで?友軍が吹き飛ばされるまで呑気に待っているのかね?既にこちらの初期計画は破綻したのだ、臨機応変に対応せねばならん」
悠長に待っていればダブデの支援を受けたMSと交戦する事になるのだ。そうなれば典型的な各個撃破の愚を犯すことになる。それだけは避けねばならない。
「少なくとも彼らがダブデを引き付けている。全力を出すならば今しかない」
トカチェフの指示に従いセヴェトロヴィンスク以下ビッグトレー1隻とヘビィフォーク2隻が増速。主砲をバイコヌール基地へと向ける。
「攻撃開始!」
号令の下、各艦が次々と主砲を放つ。58cm砲から吐き出される砲弾が音速を遥かに超えた速度でバイコヌール基地へと殺到した。当然の様にフラックタワーが迎撃を行うが、殆どの砲弾がそのまま基地へと降り注ぐ。
「馬鹿め!何の対策も無しに挑むとでも思ったか!」
空を焼くビームの輝きにトカチェフが叫ぶ。その声に応じるようにビームの直撃を受けた砲弾はその身を失いながらも地面まで到達する。
「対ビームコーティング済みの特殊弾頭だ、猿真似で守り通せるなどという考えが浅はかなのだよ!」
改造自体は被帽にコーティングを施すだけという単純なもので、元々はメガ粒子砲が急速に普及したことを受け宇宙軍が開発した装備だった。尤もそれだけで砲弾の価格が3倍となるから安易に使えるものではないが今回の様な状況では極めて有効だ。
「フラックタワーに砲撃を集中させろ!」
タワーさえ破壊してしまえば鈍足なダブデなど空軍のカモだ。破壊後は連中を基地ごと石器時代に戻してやればいい。何せバイコヌールの基地能力を連邦軍は当てにしていない。今回の作戦はあくまでジオンの退路を断つことが最優先であり、基地機能の保全は考慮されていなかった。次々と降り注ぐ砲弾が徐々に精度を高め、遂に一本目のフラックタワーが黒煙を噴いて倒れ始める。
「良し!そのまま――」
次だ。そう言おうとしたトカチェフを轟音と閃光が襲う。思わず目を閉じた彼が再び瞼を開いた時に飛び込んできた光景は、激しい炎を上げながら制御不能となり迫って来る僚艦のヘヴィホーク級だった。
「かいっ、避けろっ!」
トカチェフはそう叫ぶが、それは余りにも難しい注文だった。ビッグトレーは機体の移動方法としてホバーを採用している。これは走破性能を犠牲にする代わりに陸上に戦艦を用意するという無茶を実現させ、その艦艇に戦術的に許容できる機動性を齎した。だが同時に幾つかの問題点は妥協されていた。
まずは先に述べた地形への適応。水陸両用といううたい文句から誤解されがちであるが、ビッグトレーに外洋航行能力は無い。厳密に言えば凪いだ海ならば可能であるが、荒天時は近海であろうと航行出来ない。勿論ホバーである以上地面の凹凸とは致命的に相性が悪く、不整地の走破性能は装輪車両にすら劣る。
そしてもう一つが運動性の低さだ。ホバーはその構造上、止まる・曲がるという動作が非常に苦手だ。ここに戦艦並みの質量が加わればどうなるか?その答えをトカチェフは身をもって知る事となる。
「うぉぉぉ!?」
接触した瞬間に感じた衝撃はそれ程でもなかった。僚艦も失速しての衝突であったから真正面からぶつかり合うような激しいものでは無い。しかし10万t超えという質量に蓄積された運動エネルギーが都合よく消える訳もなく、それぞれの船体が破壊という消費を始める。金属が歪み、あるいは破断する不協和音の中でトカチェフが最後に見たのは、艦橋に迫るロケット弾だった。
『やるじゃねえか!』
マッシュ中尉の喝采が通信越しに響く。目論見通りの結果にガイア大尉も頬を歪ませる。
「大した奴らだ」
敵艦隊への意識外からの奇襲。ドムの特性を利用したそれは完璧に作用し、敵艦隊に喰い付いた。
(予想以上の掘り出し物だ)
特務遊撃部隊。ジオン国籍を持たない訳アリを集めたその部隊は、はっきり言って他の軍人から見下されていた。事実大抵の部隊は士気が低く、中には機体ごと連邦への亡命を企てる者すらいる程だ。しかしレッドチームと呼称されるこの部隊は、忠誠心はともかく技量・士気共に正規軍に勝るとも劣らない。それどころか地球方面軍の中でも上位に入る精鋭と言えるだろう。敵前衛である戦車部隊の排除を命じたと言うのに、たった3機で突破したかと思えば、先鋒を務めていた戦艦をあっさりと屠って見せたのだ。
「続け!奴らを食ってしまえば俺達の勝ちだ!」
ガイアはそう叫び部下を鼓舞する。こちらがここまで侵入しているというのにMSが迎撃に出て来る気配が無い。つまりこの部隊は陸上戦艦と戦車で構成された部隊とみて間違いないだろう。一方的に敵を蹂躙する行為に大いに嗜虐心を刺激され、思わず笑みを浮かべる。そして敵艦が最後の一隻となった時、彼の脳裏に一つの魅力的な選択肢を提示する。
(このまま行けば基地の防衛は堅い。ならばここであの木馬を討つのも悪くないか?)
ダブデの攻撃で敵は大きく分散している。対してこちらはほぼ完全なドム一個中隊だ。特務遊撃部隊の技量を見るに、彼らが居ればこちら側の敵を倒すには十分だろう。
「特務遊撃部隊!ケン少尉!ここの敵は貴様らに任せる!マッシュ!オルテガ!我々の隊は木馬を叩くぞ!」
『『おう!』』
待っていたとばかりの返事を聞き、彼等とその部下のドムが進路を変える。その選択がどの様な結果につながるのか、彼らはまだ知らない。
多分このケン少尉はゲーム準拠の性能を有している(嘘